戻る


1章 基本理念

1. 科学技術を巡る諸情勢

(1)  20世紀を振り返って
 20世紀は科学技術の世紀といわれるように、科学技術の目覚しい進歩によって、世界は未曾有の変化をとげた。量子力学や分子生物学に代表される物理、化学、生命科学等の学問の急速な発展と技術の飛躍的進歩を基礎として、先進諸国の人々は、豊かで便利な生活と長寿を獲得した。他方で、科学技術の負の側面が明らかとなり、人間社会と地球環境を脅かす存在となりうることも明らかになった。

 我が国に目を向けると、20世紀に近代化に成功し、経済社会が目覚ましい発展を遂げた。特に、第2次世界大戦後、著しい産業の発展によって奇跡とまでいわれた高度経済成長を遂げ、国内総生産は米国に次いで世界第2位という経済大国となった。それとともに国民生活は豊かとなり、平均寿命は大幅に伸びて、世界一の長寿を達成した。しかし、1990年代に入ると、我が国はこれまでにない長期的な経済不況の中で、いわゆる空白の10年といわれる厳しい時期を経験した。

(2)  21世紀の展望
 21世紀に入って、科学技術はさらに急速に発展し、人類の生活と福祉、経済社会の発展に一層貢献し、世界の持続的な発展の牽引車になることが期待される。
 今世紀は、知を基盤とした人類社会になることが予想されるが、我が国において、このような知識社会を実現し、経済社会を更に発展させるためには、解決しなければならない多くの課題が存在する。
 我が国の経済は、経済のグローバル化と激しさを増す国際的な競争の中で、産業競争力の低下、雇用創出力の停滞等の課題を抱えている。さらに、我が国が直面する少子高齢化は、労働力人口の減少と社会保障への支出の増大といった課題をもたらす。こうした中、国民生活を安定的に発展させるためには、絶えざる技術革新により高い生産性と国際競争力を持つ産業を育て、経済の活力を回復していくことが必要である。
 高齢社会においては、高齢者が、単に生活を楽しむだけでなく、経験や技術等を活かした社会への貢献を通して、生きがいを持ち、健康で活力に満ちた質の高い生活を送れるようにすることが重要である。とりわけ疾病の治療に加え、予防に力を入れ病気を未然に防ぐことで、健康を維持でき、生活の質を向上できるようにすることが必要である。
 最近の情報通信革命は、経済、産業、教育、娯楽などの社会の隅々に浸透し、社会に大きな変化を急速にもたらしつつある。こうした大きな動きに対して、我が国としても機動的に対応し、新しい産業の創出や、更なる社会の利便性の向上を通じ、国民がその恩恵を享受できるようにしていくことが課題である。このため、情報通信革命の中核を担っている情報通信技術の研究開発を進めるとともに、情報格差(デジタル・ディバイド)の解消にも努める必要がある。
 また、21世紀の世界が地球規模で直面する諸問題、すなわち、人口の爆発的な増大、水や食料、資源エネルギーの不足、地球の温暖化、新しい感染症等に対処すると同時に、発展途上国を含めた世界全体の持続的な発展を実現するという困難な課題に挑戦し、人類の明るい未来を切り拓くためには、科学技術の力が不可欠である。これらは、資源、エネルギー及び食料を海外に依存する我が国にとっては、特に重要な問題である。その解決に向けて、供給力の向上等、適切な対応を図るため、国内外の英知を結集することが求められる。

 このような21世紀の世界と我が国が直面する課題を克服していくためには、人間の知的活動の成果としての幅広い知識の創出と蓄積、それを有効に活用するための英知が求められる。その際、科学技術への過信が、地球環境、人類の福祉や幸福をかえって損なう惧れがある。大量生産・消費・廃棄等によって20世紀に地球規模の問題が発生したことは、大きな教訓といえる。
 21世紀を中長期的に見れば、生命科学の発展に伴って生ずる人間の尊厳に関わる生命倫理の問題、遺伝子組換食品の安全性や、情報格差、さらに環境問題等、科学技術が人間と社会に与える影響はますます広く深くなることが予想される。こうした状況に先見性をもって対応するために、科学技術が社会に与える影響を解析、評価し、対応していく新しい科学技術の領域を拓いていく必要がある。このためには、自然科学のみならず人文・社会科学を総合した人類の英知が求められることを認識すべきである。

2. 我が国が目指すべき国の姿と科学技術政策の理念

 我が国が直面している諸課題を克服し今後の展望を拓いていくために、科学技術は重要な鍵を握っている。我が国は、科学技術創造立国の実現を基本とし、総合戦略及びこれに基づき策定される科学技術基本計画、これらに基づく具体的な施策を積極的に展開することにより、科学技術を振興し、直面する課題を適切に克服していく必要がある。先に述べた20世紀の総括と21世紀の展望を踏まえ、我が国の科学技術政策の基本的な方向として目指すべき国の姿を、次に述べるように、「知の創造と活用により世界に貢献できる国」、「国際競争力があり持続的発展ができる国」、「安心・安全で質の高い生活のできる国」の3つとする。

(1)  知の創造と活用により世界に貢献できる国の実現に向けて
 −新しい知の創造−

 「知の創造と活用により世界に貢献できる国」とは、科学を通じて、未知の現象の解明、新しい法則や原理の発見等、新しい知識を生み出し、その知識を活用して諸課題に対応する国である。さらに、そうした知識や知恵を世界に向けて発信し、人類共通の問題解決に資することによって、世界から信頼される国である。
 こうした国を実現していくためには、我が国に科学を根付かせ、育て上げる取組みが必要である。そのため、科学的なものの見方・考え方、科学する心を大切にする社会的な風土を育むとともに、知の源泉である人材を育成し、知を国の基盤とする社会を構築していくことが必要である。
 具体的には、例えば、投資に見合う多数の質の高い論文が発表され、国際的に評価の高い論文の比率が増えること、ノーベル賞に代表される国際的科学賞の受賞者を欧州主要国並に輩出すること(50年間にノーベル賞受賞者30人程度)、優れた外国人研究者が数多く集まる研究拠点が相当数できることなど、世界水準の質の高い研究成果を創出し、世界に広く発信することを目指す。

(2)  国際競争力があり持続的発展ができる国の実現に向けて
 −知による活力の創出−

 「国際競争力があり持続的発展ができる国」とは、現下の経済社会が有する諸課題を克服し、付加価値の高い財・サービスを創出し、雇用機会を十分に確保することで、国際的な競争環境の中で我が国の経済が活力を維持し、持続的に発展を遂げ、国民の生活水準を向上させられる国である。
 産業技術力は、我が国産業の国際競争力の源泉であり、国民生活を支えるあらゆる産業活動を活性化していく原動力でもある。また、産業技術は科学技術の成果を社会において活用する観点からも重要である。我が国経済の活力を維持し持続的な発展を可能とするため、技術の創造から市場展開までの各プロセスで絶え間なく技術革新が起きる環境を創成し、産業技術力の強化を図ることで、国際的な競争優位性を有する産業が育成されることが必要である。特に、研究開発に基盤を置いた新産業の創出が必要であり、このため、科学技術と産業とのインターフェースの改革が急務である。
 具体的には、例えば、TLO等の技術移転機関が質的量的に充実し、公的研究機関からの特許の移転が進み、公的研究機関発の数多くのベンチャー企業が起こるなど、公的研究機関の研究成果が数多く産業へ移転される、国際標準が数多く提案される、国際的な特許の登録件数が増加する、産業の生産性が向上するなど強い国際競争力を持つことを目指す。

(3)  安心・安全で質の高い生活のできる国の実現に向けて
 −知による豊かな社会の創生−

 「安心・安全で質の高い生活のできる国」とは、本格的に到来する高齢社会において国民が健康に生活できるよう疾病の治療・予防能力を飛躍的に向上させること、自然及び人為的な災害やそれによる被害を最小限にとどめること、人間活動の基盤をなす食料やエネルギーの安定供給を図ること、地球環境と調和した産業活動や経済的発展を実現すること、さらに、世界の中で安定した国際関係を維持するとともに、人々が安心して心豊かに、質の高い生活を営むことのできる国である。
 こうした課題を根本的に解決するためには、科学技術の発展とその社会への適切な活用が重要である。すなわち、疾病や災害の発生や影響拡大の仕組みなどを解明し対策を立てていくことが必要であり、科学技術はこのための手段を提供する。同時に、科学技術には負の側面もあり、それへの対応も適切に行うことを忘れてはならない。また、科学技術の先進国として我が国が、発展途上国など国際社会が直面する多くの難問を解決するとともに、国際的地位と国の安全を維持するため、科学技術を活用する努力を行うことも当然である。
 具体的には、例えば、様々な疾患遺伝子の解明とそれに基づくオーダーメイド医療を可能とする科学的・技術的基盤が形成されること、地震、台風等の自然災害の被害が最小限に抑えられること、バイオテクノロジー等の活用により良質な食料の安定的な供給が確保されること、科学技術の持つリスクが軽減されることなどを可能とすることを目指す。これらによって、発展途上国における感染症、災害対策にも貢献することが期待される。

 以上の3つの国の姿の実現に当たっては、次の点に留意することが必要と考える。
   我が国が20世紀に営々として築き上げた世界第一級の科学技術の蓄積を基盤に、これを21世紀に持続し、力強く発展させていくことが必須である。これによって、我が国の直面する課題を解決するとともに、人類社会全体の発展に我が国が科学技術を基礎とした解決策を示し積極的に貢献していくことを、同時に達成する展望をもつことができる。

   我が国は、西洋諸国以外では最も早くから近代化の道を歩み始めた国であり、科学技術文明と固有の文化との共存のあり方について苦悩してきた長い経験を有する。この経験を踏まえて、世界の人々が、それぞれの文化、価値観を維持しつつ、科学技術の恩恵を広く享受することのできる環境づくりに貢献することが重要である。

3. 科学技術政策の総合性と戦略性

 以上のような考え方に基づいて、目指すべき国の姿の実現を図るに当たり、我が国の科学技術政策には、広い視野と戦略的な取組みが必須であり、次のような視点から政策運営を行うこととする。

1  人間生活を支え、産業競争力の基盤となる新しい科学技術を一層発展させる必要がある。同時に、科学技術を総合的、俯瞰的に展望し、21世紀の人間社会のあり方を見据えつつ、人間社会や自然環境との調和を図っていくことが必要である。21世紀の初頭に当たり、新たに発足した総合科学技術会議において、自然科学と人文・社会科学を総合した科学技術を対象として、議論が行われることは大きな意義をもつ。

2  科学技術は尽きることのない知的資源であり、その振興は、未来への先行投資といえる。まず、基礎研究への継続的な投資は、知を基盤とする国の実現の基本であり、適切な評価を通して、一層推進していく必要がある。同時に、質の高い基礎研究や重点分野の研究の成果が社会や産業活動に速やかに還元され、それが次の投資につながりさらに大きな成果を育んでいくというダイナミックな循環システムを戦略的に構築する必要がある。

3  高度な科学技術に支えられ複雑化した現代社会では、科学技術の不適切な利用や管理により、人間の生命・身体の安全を脅かすなどの科学技術の負の側面が現れる状況が増している。こうした科学技術の両面性を踏まえて、「社会のための、社会の中の科学技術」という観点に立つことが必要である。そうした認識の下に、科学技術と社会とのコミュニケーションを確立するとともに、科学技術に携わる者は、社会と人類に対する責任を自覚し、高い倫理観をもたなければならない。

4  21世紀に期待される社会、産業活動、人類と自然との共生にとって必要となる知の革新のために、総合科学技術会議は、総合的、戦略的な政策を作成し、政策推進の司令塔とならねばならない。そのための戦略として、重要分野への計画的投資、研究開発のための基盤整備、厳正な評価とそれに基づく資源の効果的・効率的配分の考え方を示すとともに、その実行に当たり使命を果たす。また、科学技術の負の側面への配慮と対応を重視する。

4. 科学技術と社会の新しい関係の構築

 我が国が目指すべき国の姿の実現に向けて科学技術の振興を図っていくに当たり、特に、社会との関係を考えて政策を展開していく必要がある。科学技術は社会に受容されてこそ意義を持つものであり、社会が科学技術をどのように捉え、判断し、受容していくかが重要な鍵となる。自然科学や技術の関係者はもとより、人文・社会科学の関係者にも、この点に関する十分な認識と努力が求められる。

(1)  科学技術と社会のコミュニケーション
 「社会のための、社会の中の科学技術」という観点の下、科学技術と社会との間の双方向のコミュニケーションのための条件を整えることが不可欠である。
 まず、科学技術の現状と将来に対する正しい情報が提供されなければならない。その前提として、科学技術に関する学校教育・社会教育の充実により、社会の側における情報の受容と理解の下地が十分作られることが必要である。その上で、科学技術の側から、高度化・複雑化する科学技術に関する情報が、日常的に、しかも分かりやすい形で提供されなければならない。
 情報の提供については、科学技術の専門家が責任を負うことはいうまでもないが、専門的情報は、一般人の理解を越える場合も多いので、その解説者の存在が重要になる。研究者や技術者自らが、あるいは専門の解説者やジャーナリストが、最先端の科学技術の意義や内容を分かりやすい形で社会に伝え、知識や考え方の普及を行うことを責務とすべきである。また、社会から科学技術の側に意見や要望が適確に伝えられる機会や媒介機能を拡大するとともに、科学技術関係者がそれらをくみ取り真摯に対応することが必要である。
 人文・社会科学の専門家は、科学技術に関心をもち、科学技術と社会の関係について研究を行い発言するとともに、社会の側にある意見や要望を科学技術の側に的確に伝えるという双方向のコミュニケーションにおいて重要な役割を担わねばならない。我が国の人文・社会科学は、これまで科学技術と社会の関係の課題に取り組む点で十分とはいえなかった。今後は、「社会のための科学技術、社会の中の科学技術」という観点に立った人文・社会科学的研究を推進し、その成果を踏まえた媒介的活動が活発に行われるべきである。
 こうして、社会においても、科学技術のみならず社会を巡る様々な課題について、科学的・合理的・主体的な判断を行い得る基盤の形成を促す。

(2)  産業を通じた科学技術の成果の社会への還元
 科学技術と社会との関係を考える際、もう一つ重要な点は、科学技術の成果を利用可能な形で社会へ還元することである。研究開発の成果の多くは、産業技術として活用されることにより現実に利用可能な財・サービスを生み出し、国民生活・経済社会に還元される。論文発表等による知の創造と蓄積・発信に加え、知を産業技術にまで結びつけ、その活用により社会に直接の利便をもたらすことができ、社会は科学技術の恩恵を享受することができる。こうした視点を重視して、優れた成果を生み出す研究開発の仕組みの追求、一層の産学官連携の強化等を通じ、産業技術力の強化を図ることが必要である。

5. 第1期科学技術基本計画の成果と課題

 第1期基本計画は平成8年度から平成12年度の5年間の計画として、平成8年7月に閣議決定された。同基本計画では、社会的・経済的ニーズに対応した研究開発の強力な推進と人類が共有し得る知的資産を生み出す基礎研究の積極的な振興を基本的方向とし、これらを実現するために、新たな研究開発システムの構築、望ましい研究開発基盤の実現、科学技術に関する学習の振興と幅広い国民的合意の形成について講ずべき施策を取りまとめた。また、政府研究開発投資については、5年間の科学技術関係経費の総額の規模が約17兆円必要とされる一方、厳しい財政事情を勘案することが必要とされ、これらの状況を踏まえ、毎年度の予算編成にあたって、第1期基本計画の推進に必要な経費の拡充を図っていくものとされた。
 第1期基本計画の期間中の施策の進捗状況及び課題は以下のとおりである。
 競争的かつ流動性のある研究開発環境の整備については、競争的資金はほぼ倍増し、若手研究者を対象とした研究資金も大幅に増加した。ポストドクター等1万人支援計画は、数値目標が4年目において達成され、我が国の若手研究者の層を厚くし、研究現場の活性化に貢献したが、ポストドクター期間中の研究指導者との関係、期間終了後の進路等に課題が残った。また、任期付任用制度、産学官連携の促進のための国家公務員の兼業緩和等の制度改善を行ったが、現在までの人材の流動性の向上は必ずしも十分ではない。
 研究開発評価は、「国の研究開発全般に共通する評価の実施方法の在り方についての大綱的指針」(平成9年8月7日内閣総理大臣決定)(以下、「研究開発評価に関する大綱的指針」という。)を策定し、研究機関や研究課題についての評価を本格的に導入した。大学については、自己点検・評価を義務化し、評価の一層の促進が図られた。しかしながら、評価結果の資源配分・処遇への反映や、評価プロセスの透明性は未だ不十分であるとされており、評価の実効性の向上が課題となっている。このため、評価の在り方や方法、結果の公表について、早急に改善が必要である。
 また、産学官連携の推進のため、例えば、国の委託研究開発に係る特許権等の保有、民間企業から国への委託研究の弾力的受入れ等を可能とするなどの制度改革や公的研究機関における体制等の整備を行うことにより、研究成果の活用・企業化に向けた環境整備を行った。公的研究機関からの特許申請数や民間企業との共同研究の数は着実に増加しており、それらを産業に結びつけるための法律に基づく技術移転機関も全国各地で活動を始めた。また、国以外の者が国立大学等と共同して研究を行うために必要となる共同研究施設を国立大学等の敷地内に整備することを促進するための法改正を行った。
 一方、施設、研究支援者数については十分な改善を行うことができなかった。特に、国立大学の施設については、大学院学生数が大幅に増加したこともあり、5年間で1兆円を超える資源を投入したものの、施設の老朽化・狭隘化問題の解消は全体として進んでいない。研究支援者の確保は、国立試験研究機関については若干の改善が見られたのみである。国立大学については、研究支援者数はむしろ減少傾向を示しているが、研究プロジェクトへの大学院学生の参画等により、研究支援体制の改善を図った。
 また、第1期基本計画においては、策定時の時間的制約もあり、国として重点的に取り組むべき科学技術の目標について必ずしも明確に示し得なかったが、第2期基本計画においては、国家的・社会的課題に対応した研究開発の目標を分かりやすく定め、それに向かって戦略的・重点的に取り組むことが必要である。
 平成8年度から12年度までの間の科学技術関係経費は、厳しい財政事情下にあっても、補正予算を含めて、必要とされた17兆円を超える額を実現した。
 実質的に4年間しか経過していない現時点で投資の効果を十分に評価することは困難であるが、第1期基本計画に基づく上記の制度改善等の進展により、研究開発の現場は活性化されつつあると認められる。この期間中に、白川英樹博士が導電性高分子に関する独創的な研究を認められてノーベル化学賞を受賞したことをはじめとして、世界最高水準の科学雑誌へ発表される我が国の論文の占有率は増加傾向にあり、また、スーパーカミオカンデでの物質の起源に迫る研究成果やガン細胞の自殺機構の解明など基礎科学や人類未踏の分野で世界最高水準の成果が上がっている。
 一方、投資の拡大に伴い、これまで以上に関係機関が適切な責任分担と連携の下で、質の高い研究開発をより効果的・効率的に進めていくことが求められてきている。
 以上を踏まえ、今後は、第1期基本計画に盛り込まれた改革を更に継続するとともに、第1期基本計画の期間中に明らかとなってきた課題に適切に対処する必要がある。

6. 科学技術振興のための基本的考え方

(1)  基本方針

 前に述べた第1期科学技術基本計画の成果と課題を踏まえ、我が国が目指すべき国の姿を実現していくため、以下の方針の下、科学技術の振興を図る。

1  研究開発投資の効果を向上させるための重点的な資源配分を行う。
具体的には、
 国家的・社会的課題に対応する研究開発については、明確な目標を設定し、資源を重点化して取り組む。
 急速に発展し得る科学技術の領域には、先見性と機動性をもって的確に対応する。
 新たな知に挑戦し、未来を切り拓くような質の高い基礎研究を一層重視する。
2  世界水準の優れた成果の出る仕組みの追求と、そのための基盤への投資の拡充を行う。
具体的には、
 研究者が自由な発想により最大限能力を発揮できる競争的な研究開発環境を整備する。特に、若手研究者が競争的な研究開発環境の中で力を発揮する機会を拡大する。
 人材は、科学技術活動の基礎となるものであるので、科学技術に関する教育の改革を進めることにより、優れた人材を養成・確保する。研究者の養成には、多様な研究開発環境を経験することが重要であるので、研究者の流動性を確保する。
 よりよい競争の前提となる公正で透明性の高い評価を徹底し、その実効性の向上を図る。
 国立大学等の施設は特に不十分な状況にあるので重点を定めて改善する。また、計量標準、生物遺伝資源等の知的基盤をはじめとする科学技術を支える基盤の強化・充実を行う。
3  科学技術の成果の社会への一層の還元を徹底する。
具体的には、
 食料、経済、産業、環境、健康、福祉、安全などに関して社会が求める課題の解決に貢献すべく、これまで以上に緊密な産学官の連携関係を構築することにより産業技術力の強化を図り、具体的に産業化・事業化に結びつけていく。
 科学技術の振興には国民の支持が欠かせないので、研究者や技術者が自らの責務として、科学技術の意義や内容を分かりやすい言葉で発信するとともに、科学技術に関する学習の振興を図るなどにより、科学技術に対する国民の理解を深め、国民が科学技術や社会を巡る課題に関して、科学的・合理的・主体的な判断を下していく上での基盤の形成を図る。
4  我が国の科学技術活動の国際化を推進する。
具体的には、
 我が国から世界水準の優れた成果を創出し、人類が直面する様々な課題の克服に貢献すべく、主体的な国際協力活動の展開を図るとともに、国際的な情報発信力を強化する。
 国際的にも開かれた国内外の優秀な研究者が集まる世界水準の研究環境を構築する。

 以上の方針の下、世界の動きの速さ、グローバル化の流れ等を踏まえ、可能な限り迅速かつ機動的に改革を進める。その際、不必要な重複や府省の縦割りによる弊害を排することとする。
 なお、科学技術振興についての官民役割分担を明確化し、民間に期待し得るものについては、民間の研究開発を促進する環境を整備することで対応を図る。

(2) 政府の投資の拡充と効果的・効率的な資源配分

 政府研究開発投資については、第1期基本計画期間中の対GDP比率の推移を見ると、欧米主要国は低下傾向が継続する一方、我が国は着実に増加し、現時点では、ほぼ同水準に達しつつある。しかしながら、今後とも欧米主要国の動向を意識し、かつ第1期基本計画の下での科学技術振興の努力を継続していくとの観点から、第2期基本計画期間中も対GDP比率で少なくとも欧米主要国の水準を確保することが求められている。この場合、平成13年度より17年度までの政府研究開発投資の総額の規模を約24兆円とすることが必要である。
(注) 上記は、第2期基本計画期間中に政府研究開発投資の対GDP比率が1%、上記期間中のGDPの名目成長率が3.5%を前提としているものである。

 他方、財政事情については、第1期基本計画期間中の財政赤字の対GDP比率の推移を見ると、主要先進国は黒字化するなど大幅に改善する一方、我が国はむしろ大幅に悪化し、主要先進国中最悪の水準となっている。このような巨額の財政赤字が我が国経済に好ましくない影響を与え、その発展を阻害することが懸念されており、活力ある21世紀の社会経済を築いていくためには、財政を健全化させることが不可欠の課題となっている。

 以上のような観点を踏まえ、毎年度の予算編成に当たって、今後の社会・経済動向、科学技術の振興の必要性、第1期基本計画期間中に比べて一層厳しさを増している財政事情等を勘案し、基本計画の研究システム改革による合理化効果や財源確保の動向等を踏まえつつ、資金の重点的・効率的配分を前提として基本計画に掲げる施策の推進に必要な経費の拡充を図っていくものとする。

 その際、特に、第2章において主要な課題として掲げられた国家的・社会的課題に対応した研究開発分野、競争的環境の強化、科学技術基盤の整備に必要な資金を重点的に拡充する。また、資金の効果的・効率的な活用を図るため、各種の施策・制度、組織・機関について、不必要な重複や縦割りの排除を図るとともに、研究の効果を明確にした目標の作成、研究実態の情報公開、研究成果の国民への説明を責務として求め、研究評価・政策評価の徹底を図り、研究開発の質の向上を図る。更に、民間資金の導入、資産の売却など、一層の財源の確保に努める。


ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ