1 現状と課題

1 検討の背景

科学技術と社会の関わりが深化・多様化する中、科学技術・学術活動を担う人材についても、大学などの研究機関はもとより、社会の様々な場で活躍する者を視野に入れる必要がある。
また、我が国社会が「知」を創造し活用する社会へ移行する中、少子高齢化の進展に伴う若手の供給減少など量的な面での懸念が高まっており、人材養成に当たっては、これまでに増して創造性の向上等、質的な面での充実が必要となっている。他方、国民一般の科学技術への関心が低下しているとの調査結果もあり、これからの科学技術と社会の関係を構築していく上で憂慮すべき状況にある。
一方、人材養成の現場においては、国立大学が法人化し、各大学の自主性・自律性が大幅に増大するとともに、知的創造活動における産学官連携や大学等の地域貢献が進展している。
さらに、経済協力開発機構(OECD)において、科学技術に関する人材養成についての重要性が各国で認識されるなど、人材養成は先進諸国共通の課題となっている。

(科学技術と社会の関わりの深化・多様化)(図1-1)

科学技術は人類社会を豊かにしてきただけでなく、インターネットのように人々の生活にとって不可欠なものとなるなど、社会の在り方自体を進化させる原動力となってきている(図1-2)。しかし、その一方で20世紀における科学技術は、主に大量生産大量消費型のモデルの中で利用されてきたため、地球環境の破壊が深刻化するなどの問題の遠因となっている。また、科学技術の発展は、生命倫理問題など安全・安心に関わる新たな課題も提起している。人類社会が、こうした新たな問題を解決しつつ、持続的な発展モデルを構築していくには、専門化・細分化された知識のみでは十分な対応はできない。様々な分野の知識の再統合や自然科学と人文・社会科学の各分野で得られた知識の統合など、分野を超えた取り組みによって社会の変化に対応していくことが求められている。
このような中、科学技術創造立国の実現を担う人材養成に当たっては、社会との関係を意識した取組を推進していく必要があり、大学などの研究機関はもとより、社会の多様な場でのニーズを捉えた人材養成に努めていかなければならない。(図1-3)

(「知」を創造し活用する社会への移行と少子高齢化の進展に伴う人材供給の動向)

我が国社会は、「知」を創造し活用する力が最大の資源となっており(図1-4)、知識量が飛躍的に増大する中、その取扱いについても質的な転換が求められている。また、我が国における知識への投資状況を見ると、研究開発・ソフトウェア・高等教育に対する投資額合計の対GDP比率において、OECD加盟国の中では中位の水準にあるが、「知」の創造とその担い手となる人材養成に中核的な役割を担う高等教育への投資水準は低い状況にある(図1-5、図1-6)。こうした中、これまでのところ研究者数はほぼ毎年増加している(図1-7、図1-8)が、今後、少子高齢化の進展に伴い若手研究者の供給の大幅な減少が見込まれるなど量的な面で懸念される状況にあり(図1-9)、人材養成に当たっては、これまでに増して創造性の向上等、質的な充実が必要である。

(科学技術に関する国民の関心低下)

科学技術のあり方を社会として適切に判断し、その発展に伴って惹起される新たな課題に対応していく際、国民の科学リテラシーの高さは重要な要素であり、科学的なものの見方・考え方、科学する心を大切にする社会的な風土を育む必要がある。しかし、平成16年4月に公表された「科学技術と社会に関する世論調査」の結果を見ると、科学技術への国民の関心が低下してきており、特に、30歳未満の関心低下が顕著な状況になっている(図1-10)。

(国立大学の法人化)

「知」の時代とも言われる21世紀において、「知」の創造と継承を担う大学の責務はますます重要になってきており、大学は国民や社会の期待にこたえて、その教育研究活動の高度化、活性化を図ることが求められている。平成16年4月より、国立大学が法人化したところであり、今後、各大学が自律的な環境の下で、法人制度のメリットを最大限に活かし、自らの教育目標を明確にした上で、優れた研究や特色ある教育の実践に取り組むことが期待される(図1-11)。

(知的創造活動に関する産学官連携の強化)

科学技術創造立国を目指す我が国において、産学官の有機的な連携を促進し、大学等における知的創造活動の成果を社会に還元するとともに、社会のニーズを大学等に伝えることが重要である。近年、国立大学等と企業等との共同研究の実施件数が5年間で2倍以上増加する(図1-12)など、我が国の産学官連携をめぐる環境は改善されてきているが、新産業創出の観点からも、産学官連携を具体的に幅広く展開していく必要がある。

(大学等の地域貢献の進展)

人材養成の中核を担う大学の果たすべき役割として、教育や研究を通じた地域への貢献は極めて重要なものであるが、近年、地方公共団体の主体的な取組みとして、地域活性化の起爆剤、地域づくりの核として、地元大学の積極的な活用が注目を集めている(図1-13)。地域においては、大学等の知恵を活用して、産学官連携を推進することによって、新技術・新事業が生み出され、ひいては地域経済が活性化されることが期待されているが、一方で、こうした産学官連携を牽引する人材の確保が課題となっている。

(OECDにおける科学技術に関わる人材養成に係る活動の展開)

諸外国において科学技術に関わる人材の養成・確保についての取組が強化される中、OECDの科学技術政策委員会においては、平成16年1月に開催された閣僚級会合において「科学技術人材の養成と流動性の向上」を取り上げ、頭脳流出等の問題点、人材養成に係る量の確保と質の向上、初等教育からの科学技術への取組強化、女性の活躍促進等について議論がなされ、また、それを踏まえた人材関連のプロジェクトが推進されるなど、人材養成は先進諸国共通の課題となっている。また、各国は米国への頭脳流出に危機感を抱いている(図1-14)が、米国においても自国における人材養成は喫緊の課題となっている。

2 検討の視点

科学技術と社会の関わりが深化・多様化する中、
○新しい「知」の創造による社会貢献
○「知」の活用や社会還元
の両面において、それを担う人材養成に向けた取組が重要である。
また、こうした役割を担う人材に共通して必要な能力としては、研究開発活動への関与の度合い等により程度の差はあるものの、高い専門性に加え、柔軟性、創造力、実践力、マネージメント力、国際対応力、社会とのコミュニケーション力などが考えられ、幅広い教養や外国語の運用能力なども不可欠な素養となってきている。
一方、我が国が将来にわたり「知」を創造し活用する社会として持続的に発展していくためには、その基盤となる人材の養成に向けた取組を強化していくことが重要である。具体的には、初等中等教育の段階からの取組や、初等中等教育と高等教育との接続など教育段階の連続性を活かす取組が重要である。さらに、「知」を創造し活用する社会を担う人材として、博士号取得者等は、大学等の研究機関における研究者としてのみならず、社会の様々な場において、多様な役割を担い活躍することが重要である。

(1)求められる人材(図2-1)

(新しい「知」の創造による社会貢献)

「知」を創造し活用する社会に移行する我が国においては、新たな「知」を創造し、未知の分野や未開発の技術を切り拓く、質の高い 研究者が求められる。
こうした研究者の役割としては、文化的・文明的観点から国際社会全体の発展に貢献できるよう、新たな科学的知見を生み出し、我が国の知的資源の充実を牽引するとともに、我が国の産業が国際競争力をもって世界をリードするような独創的な研究成果を創出していく必要がある。また、我が国の国際競争力の源となる研究開発力を担う意欲や能力のある多様な研究者が、その能力を十分に発揮し活躍できる環境を整備していくことが重要である。

(「知」の活用や社会還元)

今日、我が国においては、新たな「知」を生み出す研究開発の分野はもとより、創造された「知」を新たな製品やサービスの形で経済発展につなげていく分野の双方において、その国際競争力を一層向上させる必要があり、「知」の活用や社会還元を担う人材の役割は極めて重要である。特に、科学技術と社会の関わりが深化・多様化する中、持続的発展のためには何が課題であるかを見極め、その課題解決のために「知」を適切に活用していこうという社会・産業ニーズに応えられる人材養成が必要であり、そのためには教養教育の充実とともに産学官連携を強化していくことが重要である。
我が国の国家的・社会的ニーズへの対応や産業の国際競争力強化のためには、新しい知識を技術に結びつける創造性豊かな技術者の存在が不可欠である。
また、研究開発面における産学官連携が進展する中、知的財産の管理・運用や技術経営といった分野を担う人材や、研究開発のマネジメントなどに携わる人材も重要である。
一方、科学技術の発展に伴って惹起される新たな課題に対応していく際、社会全体の科学技術リテラシーの高さはますます重要な要素になる。このため、研究者・技術者と国民一般をつなぐ、いわば対話型科学技術社会を担う人材として、科学技術に関するコミュニケーション、国民一般の科学技術リテラシーの向上を図っていく人材が重要である。

(必要な能力)(図2-2)

上記のような人材に共通して求められる能力としては、研究開発活動への関与の度合い等により程度の差はあるものの、高い専門性に加え、柔軟性、創造力、実践力、マネージメント力、国際対応力、社会とのコミュニケーション力などが考えられる。
また、高度化・多様化する我が国社会において、幅広い教養と多角的な視点から物事を総合的に判断する能力が重要であることは言うまでもないが、国際化の進展に伴い、英語や中国語などの外国語を実践的に活用する能力も不可欠な素養となってきている。

(2)「知」を創造し活用する社会の持続的な発展

近年の急速な技術革新の進展、産業構造の変化に伴い、求められる能力が高度化・多様化する中、我が国が将来にわたり「知」を創造し活用する社会として持続的に発展していけるよう、その基盤となる人材の養成に向けた取組を強化していくことが重要である。
具体的には、次代を担う子どもたちが、初等中等教育の段階から科学技術を学び・親しむ環境を人的・物的に充実するとともに、初等中等教育と高等教育との接続など、教育段階の連続性を活かす取組が重要である。さらに、「知」を創造し活用する社会を担う人材として、高度な専門能力を有する博士号取得者等が、その能力や適性に応じて、大学等の研究機関における研究者としてのみならず、民間企業の研究者や技術者、研究開発の企画・管理等のマネジメント、学校教員、行政機関や国際機関の職員など、社会の様々な場において、多様な役割を担い活躍することが重要である。

3 人材養成上の課題

(1)新しい「知」の創造による社会貢献

世界をリードする質の高い研究者の養成に向けて、国立大学の法人化などの大学改革により、大幅に拡大した各大学の自主性・自律性を最大限に活かしつつ、研究者養成に重要な役割を担う大学院博士課程の教育機能の強化を図る必要がある。
また、我が国全体の研究能力を維持・向上させ、多様な研究者が活躍できる環境を整備するためには、大学や研究機関において、研究者の流動性向上や各人の能力・業績が適切に評価され、処遇に反映されるシステムを整備するなど、多様な人材が能力を発揮できる創造的・競争的な環境を醸成することが重要である。

1 世界をリードする質の高い研究者の養成

民間企業に対する調査結果を見ると、研究者のリソースとしての大学・大学院に望むこととしては、「知識を与えるよりも、考える力をつけさせる」、「入試を単に知識の量を評価する形から、思考力、関心、素養などを多面的に評価する方式に変える」を上げる企業が多くなっている(図3-1-1)。
また、第一次提言で指摘しているように、我が国においては、研究者養成に重要な役割を担う大学院博士課程は、教育的機能が十分に発揮されているとは言えない、博士課程学生の専門分野が比較的狭い、主体的に研究させるという視点や国際的なエリート人材を養成するという視点が不足しているといった問題点がある。世界をリードする質の高い研究者の養成に向けて、今後とも、大学院博士課程の教育機能の一層の強化を図ることが重要である。
さらに、大学学部における教育においては、専門教育に加えて、幅広く深い教養と総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養することが求められているが、実態としては、教養教育を実施する組織の責任体制が明確でないなど、教養教育が軽視される状況にあるのではないかとの指摘もある。このため、課題探求能力を育むために、教養教育の充実や、教養教育と専門教育の有機的連携の確保など、各大学において、その人材養成の目的に応じた特色あるカリキュラムを構築していくことが重要である。
一方、諸外国において研究に関わる人材の養成・確保についての取組みが強化されてきているのに対し、我が国においては、研究者の外国への渡航が増大する一方、優れた研究者が我が国に集まりにくい状況にあり、このままでは「知」の空洞化が起きることが懸念されている。
こうした中、国立大学の法人化などの大学改革により大幅に拡大した各大学の自主性・自律性を最大限に活かしつつ、我が国の大学等の国際競争力を強化し、世界最高水準の研究教育拠点を形成していくことが必要である。
また、国際的に活躍できる研究者の養成に向けては、海外での研究経験が極めて重要である。我が国の研究活動の実態に関する調査結果を見ると、海外の研究機関において研究活動を経験する者の割合は増加しているが、「経験が無い」という回答が約6割を占めており、年齢別に見ると、35歳未満の若手では「経験が有る」という回答は約1割という状況にある(図3-1-2)。今後、我が国研究者が若い時期から国際的な研究の場に参加できるよう、海外における研究経験や外国の研究者との交流の中で研鑽を積む機会を充実していくことが重要である。
他方、今後大きな需要が見込まれる新興分野や融合分野の研究開発に関わる人材不足を補うためには、若手研究者の養成とともに、大学、企業等を問わず、現に活躍する研究者に対する再教育・訓練が必要であるが、そのための体制が必ずしも十分でないとの指摘がある。さらに、科学技術システムそのものを研究対象とする研究者が、欧米などに比べて十分でないとの指摘もある。急速な技術革新が進む中、こうした新興分野や融合分野の研究者を養成していくことも重要である。

2 多様な研究者が活躍できる環境整備

我が国全体の研究能力の維持・向上を図るためには、多様な研究者が活躍できる環境を整備する必要があり、組織の多様性を向上させることは、研究活動を活性化する上でも重要である。
こうした多様な研究者の活躍促進に向けた状況を見ると、大学や公的研究機関における任期制の導入は普及しつつある(図3-1-3)が、先進諸国における状況等も視野に入れながら、研究者の流動性向上に向けた各機関の自主的な取組を一層促進していくことが重要である。その際、若手研究者の流動性を促進することに加えて、各大学や研究機関が、優れた研究業績や経歴を有する研究者を他機関から登用することも重要である。併せて、我が国社会全体の流動化を促進していくことも必要である。
また、こうした人材の流動性を促進する前提条件として、各大学や研究機関において、各人の能力や業績が適切に評価され、処遇に反映されるシステムを整備することが重要であるが、処遇に対する研究者の意識をみると、「研究成果に対する特別の報酬」や「研究費の額」について不満足であるという意見が多い(図3-1-4)。
一方、我が国においては、競争的資金制度改革の一環として研究費による研究支援者の雇用が多くの制度で可能になってきている。しかし、研究者1人当たりの研究支援者数を見ると、民間企業における支援者数が大幅に減少しており、大学等を含めた全体として、平成15年度においては0.28人となっており、欧州諸国の3分の1程度にすぎない(図3-1-5、図3-1-6)。
さらに、第二次提言において指摘している女性研究者や外国人研究者の活躍実態を見ると、その総数及び研究者全体に占める割合は増加傾向にある(図3-1-7、図3-1-8)が、例えば、女性研究者については、研究者全体に占める割合は平成15年度において約11%にすぎず、女性研究者が少ない理由に対する研究者の意識をみると、「出産・育児・介護等で研究の継続が難しい」という意見も多い(図3-1-9)。また、研究活動における創造性等の質的向上が求められる中、創造性豊かな若手研究者の自立性を向上させることも重要である。
こうした状況を踏まえ、我が国全体の研究活動に新たな発展をもたらす意味でも、多様な研究者がそれぞれの能力を十分発揮できるような環境を整備することが重要である。

(2)「知」の活用や社会還元

創造された「知」を経済社会に活かし、持続的な発展を遂げていくため、「知」の活用や社会還元を担う人材養成に向けては、産学官それぞれの特徴や役割を踏まえた連携を一層強化することが重要である。
特に、新しい知識を技術に結びつける創造性豊かな技術者の養成に向けては、大学院修士課程の教育機能の強化とともに、既に技術者として活躍する人材が継続的に能力開発を行う機会を確保することが重要である。
また、研究開発成果の移転を推進する人材として、未開拓の事業にリスクを恐れず果敢に挑戦する起業家や、技術経営(MOT)等に関する深い知見を備えた人材等、産学官連携等を推進する人材の養成に向けた取組を強化することが重要である。
一方で、研究者と社会をつなぎ、また、科学技術に対する意識と理解の涵養、科学リテラシーの向上を図り、科学技術と社会との間の双方向のコミュニケーションを可能とするような、いわば対話型科学技術社会を構築していく人材を養成することも重要である。

1 創造性豊かな技術者や産学官連携等を推進する人材の養成

(1)人材養成面における産学官連携の強化

我が国においては、研究開発面における産学官連携が進展しているが、我が国全体が多様なニーズに果敢に対応していくためには、人材養成面においても産学官連携を強化することが極めて重要である。こうした産学官連携による人材養成に関連した取組として、大学等におけるインターンシップの実施状況を見ると、平成14年度に授業科目として位置付けて実施した大学(実施率)は317校(46.3%)、インターンシップを体験した大学生は約3万人という状況にある(図3-2-1)。今後、理論的・学問的な観点からの「知」の継承と、実践の場における「知」の活用の双方をバランス良く経験し、科学技術の発展のみならず、社会経済の高度化のために自ら発想できる人材が社会で大きく活躍することが期待される。

(2)新しい知識を技術に結びつける創造性豊かな技術者の養成

我が国がものづくりや情報通信技術に立脚した持続的な発展を遂げていくためには、研究者に加えて、技術者の役割が極めて大きく、知識と技術とを結びつけ創造性を発揮するような技術者が求められている。また、最近頻発する工場での大事故は、単なる規律の問題としてではなく、いわゆる現場力の低下の反映であるとの危機感を持った認識が生じている。この背景として、生産活動の海外移転による国内現場喪失・雇用機会減少、職住分離の進展、若者の関心の低下などによる、ものづくりへの接触機会の減少等に伴う製造業就業者の減少が指摘されている。
こうした中、技術者に対する調査結果を見ると、技術者に必要とされる能力については、「自分の能力に比べて技術レベルの進歩が早すぎる」、「専門以外の関連技術に対する習得が要求され、技術上の能力不足を感じる」と考えている技術者が多くなっており(図3-2-2、図3-2-3)、継続的に能力開発を行う機会の確保が求められている。
こうした継続的な能力開発に関連した状況を見ると、社会人に対する教育は様々な機関で実施されており、大学院での実施割合は5割を超えている(図3-2-4)。大学院における社会人の入学者数を見ると、平成5年度から15年度の10年間において修士課程で2.7倍、博士課程で3.7倍と増加する(図3-2-5)などの状況にある。多様化・高度化する能力の習得に向けて、技術者が継続的に能力開発を行う場として、今後は、大学院修士課程における技術者教育の質的充実に向けた取組が重要である。
また、優れた「知」を経済社会に活かしていくためには、技術者と技能者の相互作用が重要であり、製品の高度化や製造技術の向上などの状況を踏まえると、科学技術に関する知識基盤を持ちつつ、優れた技能を持った高度技能者の存在が不可欠である。高等教育機関卒業者の就職状況を見ると、就職者数の減少に伴い、技術者として就職する者の人数も減少している(図3-2-6)が、学歴別に見ると、大学院修士課程卒業者の占める割合が増加してきている(図3-2-7)。
こうした状況を踏まえ、将来を担う実行力・創造力を持った技術者の養成に向けては、大学学部や高等専門学校、さらには専修学校における取組に加えて、今後は、大学院修士課程における技術者養成に向けた取組を強化することが重要である。
他方、安全・安心な社会の実現に向けて様々な取り組みが行われる中、科学技術活動に伴うリスクを評価し、適切に対応することがますます重要になってきており、その中核を担う技術者が社会の中で果たすべき役割を改めて明確にすることが必要である。優秀な技術者を養成・確保していく上で特に重要と考えられる事項に関する技術者に対するアンケート結果を見ても、「技術者に対する処遇と職場環境の改善」や「技術者の社会的ステータスを高める方策」が上位にきており(図3-2-8)、今後とも、技術者が社会的・経済的にその活動の意義や役割に見合う適切な評価を受けられるよう、必要な環境整備を図ることが必要である。

(3)産学官連携等を推進する人材の養成

産学官連携の重要性が認識され、経済活性化への期待感が極めて強く示される中、我が国の産学官連携を一過性のものではなく、持続的に社会経済に影響を与えていくものとしていく必要がある。
我が国においては、極めて短期間に産学官連携を進めるための多くの制度改善がなされ、欧米各国とほぼ遜色がないほどに至ってきている。また、国立大学の法人化によって、産学官連携を進める上での障害は仕組み上ほぼなくなり、今後は、大学等の研究者がベンチャー起業等にリスクを感じながらも積極的に取り組むとともに、産業界のリーダー等が先端技術を中心とした経営の重要性を認識し、実践する段階にある。
このような段階において、産学官連携を効果的に機能させる上で鍵を握るのは、個別事業において産学官連携を実践する人材である。平成14年度において205大学(全大学の約30%)で合計509の起業家育成科目が開設(図3-2-9)されているが、我が国の産学官連携を真に生きたものとしていくためには、未開拓の事業にリスクを恐れず果敢に挑戦する人材を長期的観点に立って養成することが必要である。
一方、大学等の研究成果は、創出された段階では事業化までの道筋が必ずしも明らかになっていない場合が多い。その段階で健全な産学官連携による事業化を実現するためには、研究成果の潜在的財産価値をどのように判断するか、将来の事業化に向けていかに効果的なビジネスモデルを立案し、実施していくのかについて迅速かつ適切に判断することが必要である。こうした活動については、技術を十分に理解するのみならず、経済や経営、財産運用、地域社会との連携等に関する深い知見を備えた人材でなければ十分な対応はできず、これらの能力を有する、産学官連携を推進する専門人材の養成・確保が必要である(図3-2-10)。
なお、平成15年4月には、高度専門職業人養成に特化した実践的な教育を行う専門職大学院制度が創設されており、今後、こうした機関を通じて、技術経営や知的財産などに関する高度な専門的職業能力を有する人材が養成されることが期待される(図3-2-11)。

2 対話型科学技術社会を構築していく人材の養成

科学技術のあり方を社会として適切に判断し、その発展に伴って惹起される新たな課題に対応していく際、国民の科学リテラシーの高さは重要な要素である。研究者と社会をつなぎ、また、科学技術に対する意識と理解の涵養、科学リテラシーの向上を図り、科学技術と社会との間の双方向のコミュニケーションを可能とするような、いわば対話型科学技術社会の実現に向けた人材を養成する必要がある。
こうした人材としては、科学ジャーナリスト・ライターや科学系の学芸員等、職業的に科学技術に関するコミュニケーションの活動に取り組む科学技術コミュニケーターが考えられるが、例えば科学館活動における調査の結果をみると、十分とは言えない状況にある(図3-2-12)。また、科学技術に関する国民の最大の情報源はテレビ・新聞等の媒体であるが、研究機関や研究者からマスメディアへの情報発信が必ずしも適切に行われておらず、マスメディアの記者等も研究の背景や先端的知識に必ずしも精通していないこともあり、必要な情報の取得がスムーズに行われないという状況が見られる。この点に関連して、英国や米国においては、記者のみでなく、科学技術コミュニケーターを養成するための大学院等が存在する(図3-2-13)。
一方、科学的な知識についての普及を図るためのボランティア活動等に対する研究者や教員の関心をみると、研究者では、特に50歳代で「研究者社会と国民社会をつなぐインタープリター」への関心を示す者が3割近く存在するという調査結果がある(図3-2-14)。また、青少年が実体験を通じて科学の面白さなどを感じる機会を充実することを目的として開催されている「青少年のための科学の祭典」の出典参加者をみると、平成7年度以降の出典参加者のうち約60%が教員のボランティアによるものとなっている(図3-2-15)。しかし、ボランティアに対する調査結果からは、「地方におけるこの種の活動への支援は先細りになっている」との意見も出ており(図3-2-16)、今後は、こうした活動を様々な側面から支援していくことが必要である。
さらに、研究者の情報発信に関する調査結果をみると、自らの研究活動の成果が社会に貢献するか否かについて、約7割の研究者が「一般の人にわかってもらえるものだと思う」と回答している(図3-2-17)。また、研究者のアウトリーチ活動(※)に対する意識に関する調査結果をみると、約60%の研究者が「行いたい」あるいは「どちからと言えば行いたい」と回答している(図3-2-18)。今後は、研究者自身が社会との関係を意識して、科学技術に対する意識と理解の涵養を図るためにアウトリーチ活動に取り組み、国民一般に対して自らの研究内容を説明することも重要である。
※研究者自身が研究活動への興味や関心をもたせるために国民一般に対して行う様々な活動

4 「知」を創造し活用する社会の持続的な発展

我が国が将来にわたって「知」を創造し活用する社会として持続的に発展していけるよう、その基盤となる人材の養成においても、連続性を踏まえた取組みが重要である。
次代を担う人材養成に向けては、初等中等教育段階から子どもが科学技術を学び・親しむ環境が人的・物的に充実される必要があり、科学技術分野において卓越した人材を、高等教育との接続なども視野に入れながら、初等中等教育段階からしっかりと養成することが重要である。
また、高度な専門能力を有する博士号取得者等が、大学等の研究機関における研究者としてのみならず、社会の様々な場において、多様な役割を担い活躍するためには、大学院博士課程における産業界や行政機関等での活躍も視野に入れた教育機能の強化を図るとともに、博士課程進学に伴う経済的負担の軽減が重要である。

(1)初等中等教育段階からの科学技術を支える人材養成

初等中等教育段階から子どもが科学技術を学び・親しむ環境を人的・物的に充実するとともに、科学技術の分野について関心を持つ子どもについては、興味や関心等を伸ばすことで個性や能力を最大限に伸長させることが必要である。
国際数学・理科教育調査(国際教育到達度評価学会(IEA)調査)等の近年の各種調査結果(図4-1-1、図4-1-2)によると、我が国の児童生徒の算数・数学、理科の成績や、知識や技能を実生活の様々な場面で直面する課題に活用する力については、国際的に見て上位にある一方、数学や理科が好きであるとか、将来これらに関する職業に就きたいと思う者の割合等が国際的に見て低いレベルであることなどの課題も明らかになっている。
また、平成13年度に実施された小中学校教育課程実施状況調査において、例えば理科について、「当該教科の勉強が好きだ」の質問に対し「そう思う」「どちらかといえばそう思う」という肯定的な回答をする児童生徒の割合は他の教科より多い傾向があるものの、学年が高くなるごとに肯定的な回答が少なくなる傾向がある(図4-1-3)。
さらに、平成14年度に実施された高等学校教育課程実施状況調査においては、数学、理科の2教科において、設定通過率と比較して上回る又は同程度と考えられる問題数が半数未満という結果が出ている(図4-1-4)。
こうした中、初等中等教育においては、基礎・基本の確実な定着はもとより、興味・関心や学習意欲を高めるための取組を推進し、高等教育においてさらに人材養成に係る取組を推進していくことが望まれる。今後、科学技術分野において卓越した人材を、高等教育との接続なども視野に入れながら、初等中等教育段階からしっかりと養成するとともに、そうした人材を自国内でいかに確保していくかの検討や取組を進めることが必要である。こうした検討や取組は既に先進各国で進められており、OECDの科学技術政策委員会等でも大きく取り上げられるようになってきている。
一方、学校教育との連携において、科学館・科学系博物館等の持つ科学技術コミュニケーションの専門性の活用も重要であるが、実態としては、「展示を見せる」、「広報資料・パンフレット等を作成し、学校に配布している」、「展示等の説明をする」といった取組が上位を占めている(図4-1-5)。理数系の教育では、あるレベルに達すると抽象度が高まり難解になることを踏まえ、今後は、科学館・科学系博物館の従来の業務にとどまらない、観察、実験、ものづくり等体験的・問題解決的な学習を通して、実感を伴った理解ができるようにするといった、専門性を活かした形での連携が広く行われる必要がある。
さらに、国をリードしている研究者や技術者の顔が子どもに見えるような社会、そういった人々が尊敬されるような社会づくりも必要であり、学校や地域社会等の場において、子どもが研究者と触れあう機会を充実することも重要である。

(2)博士号取得者等の社会の多様な場における活躍促進

博士号取得者等の社会における活躍状況を見ると、米国においては、博士号取得者が大学等の研究機関に加え、営利企業や政府関係機関など多様な場で活躍しており、平成13年度(2001年)において、営利企業へ就職した者の割合は34%となっている(図4-2-1)。一方、我が国では、博士課程修了者数は増加しており(図4-2-2)、大学等の教員に加えて民間企業等へ就職する者も増えてきている(図4-2-3)が、卒業直後に未就職な者も多い(図4-2-4)。
さらに、企業における博士号取得者等の役割としては、研究開発や製品の開発・設計、研究開発の企画・管理等のマネジメント、知的財産の管理運用など様々な場面が考えられる。しかし、研究者として活躍する博士号取得者等の資質に対する民間企業の意識をみると、「社会での経験に乏しく、企業のニーズに無関心であるなど、企業の研究者としての自覚に欠ける」を上げる企業が多くなっている。また、博士号取得者等の採用実績の高い企業でも、「成果の出やすい研究テーマを与えるなど、修学期間内での学位の取得を優先し、真の実力が身に付いていない。」を上げる企業が多くなっている(図4-2-5)。
また、我が国の大学院博士課程に関しては、米国等と比較して教育機能が不十分である、人材養成の目的や取組が明確でない、目的に沿った体系的なカリキュラムが編成されていないといった指摘もある。
他方、我が国の民間企業では、博士及び修士課程修了者の初任給を学士で入社した同年齢の研究者より優遇している企業の割合は比較的高いが、博士課程修了者のみ学士や修士で入社した同年齢の研究者より優遇している企業の割合はわずか4.2%となっており(図4-2-6)、博士課程進学に伴う経済的負担や博士課程修了後の将来的不安等もあって、優れた資質や能力を有する人材が博士課程への進学を断念することが懸念される。
このような状況下において、科学技術創造立国を目指す我が国社会において、その中心的な役割を担うことが期待される博士号取得者等が、その能力や適性に応じて、大学等の研究機関における研究者としてのみならず、社会の様々な場において、高度な専門能力を活かし多様な役割を担って活躍できるよう、大学院博士課程の教育機能の強化を図るとともに、博士課程進学に伴う経済的負担の軽減や産業界や行政機関などでの活躍を視野に入れた取組を強化する必要がある。

お問合せ先

科学技術・学術政策局基盤政策課

(科学技術・学術政策局基盤政策課)