資料9 柘植主査提出資料

平成23年5月17日

「科学技術重要施策アクションプラン」策定のための検討会に向けた意見

芝浦工業大学学長 柘植綾夫

[意見の背景認識]

総合科学技術会議は、「科学技術重要施策アクションプラン」の対象範囲として、

(1)グリーンイノベーション、(2)ライフイノベーション、(3)復興・再生並びに災害に関する安全性向上の3領域を設定し、さらにこれらを支える基盤である(4)基礎研究および人材育成の強化についても検討の対象とする方針であると理解する。

 上記の(1)~(4)のアクションプランを具体的な予算編成に落とし込み前に、次の二点の曖昧さを初期段階において解消し、明確な作業計画を関連府省に示すとともに、それらの各作業指示の出口に向けた相互連関の明確化と共有化が必要である。この知の統合化によるイノベーション創出に向けたマネージメントに欠くと、第3期科学技術基本計画の教訓を活かすことにならぬ恐れがある。

解消を要する曖昧さ1:(1)、(2)、(3)のイノベーション創出には、その源を創る基礎研究がもともと不可欠であるのに、(4)基礎研究として、各イノベーション創出計画からけりだしていることが、アクションプランの曖昧さを生んでいる。
 (4)項の基礎研究は(1)、(2)および(3)のイノベーション(社会経済的価値創造)の源を生み出す先行研究投資であることの明確な指示が必要である。そして、その計画においては不確実性を十分に認めながらも、仮説として「当該基礎研究の成果は、いずれのイノベーションに結びつくことを目論んでいるかの明確化」が必要である。さらに、「当該基礎研究の成果は対象とするイノベーションに向けた(1)、(2)、(3)のプランにおけるどの応用研究と社会価値化に結び付けるべく目論んでいるか?」の視点に立ったイノベーション創出プロセスにおける位置付けの初期段階における明確化と、イノベーション創出に参加する入り口から出口までのステークホールダー間の共有化が必要である。

解消を要する曖昧さ2:アクションプラン(4)に「基礎研究」と「人材育成」を一緒にして「基礎研究および人材育成」とまとめた為に、(4)における人材育成は「基礎研究を担う人材」に限定するのか、「イノベーションの源から社会価値創出までに必要な多様な人材」を視野に入れているのか曖昧である。
 この曖昧さのままで、関連府省における(1)~(4)の施策の具体化作業に入ると、「多様な基礎研究の成果群を相互に結びつけ、統合化することによってイノベーション創出に結び付ける人材:Σ型統合能力人材」の育成施策の欠落を生じ、ひいては中教審や産業界からも指摘を受けている「大学院おけるイノベーション人材育成教育の機能強化の必要性」に応えられない問題が残る。

 以上の背景認識に立つ問題提起に対して、是非、総合科学技術会議にて整流化と見える化を願いたい。

 以下、事務局から依頼された「基礎研究および人材育成」に係る、(1)大学の多様化と拠点化、(2)大学院教育、(3)キャリアパスについて、論点を提起する。

論点1:大学の多様化と拠点化について

 大学の多様化を促すため、科学技術駆動型イノベーションを担う社会の多様な場で活躍する人材像を明確に示し、その育成策を支援する教育プログラムを政策誘導するべきである。その際、参考資料1におけるp41、図5、図6にて提言されている科学技術駆動型イノベーション創出に必要なイノベーション・ネットワークと、育成すべき多様な人材像(参考資料1、p41、図6のD-型、E-型、B-型、Σ-型)の明確化を誘導すべきである。
 その政策誘導は従来のG-COE等の様な教育政策単独の政策では効果は薄く、アクションプラン(1)、(2)、(3)のイノベーション創出に向けた研究プログラムとの組み込みや一体化、また、それを支える基礎研究、応用研究および統合化研究への取り組みを明確にした大学や大学・研究型独立行政法人の連合を国策的に支援するスキームが効果的である。
 「拠点化」については、「狭義の拠点:Center of Excellence」ではなく、このような「Center of Innovation Network」の構築を誘導する施策が必要である。すなわち、各大学の基礎から応用の特色の特色、並びにそれとリンクした研究者と技術者の育成と、それぞれの教育の特色をイノベーションパイプライン・ネットワーク的な視点(参考資料1、p41、図5)で活かし、それを拠点化するという制度設計を推奨する。
 尚、この制度設計は「教育振興と科学技術振興とイノベーション振興とを三位一体的に推進する制度設計」(参考資料1、p30、4項)であり、この司令塔になりうる政府の機能は総合科学技術会議しか存在しないとの認識に立った行動が極めて重要である。

論点2:大学院教育の実質化とキャリアパスの多様化

 参考資料1においては、第1章の「知識基盤社会が求める人材像」の一環として、1.イノベーション創造に不可欠なチーム力の向上、2.チーム力を強化する多様性の確保、および3.リーダーとしての資質を備える高度人材の育成に向けた施策を提言している。
 また、第2章「社会の多様な場で活躍する人材の育成」において、(1)博士号取得者の社会の多様な場における活躍の促進に向けた大学院教育の充実策、(2)産業界による博士号取得者の受け入れ、(3)博士課程学生への経済的支援の強化、(4)博士号取得者の産業界や理数専科教員等へのキャリアパス多様化の促進、および(5)大学教員の人材育成・教育に係る意識改革等が提言されている。同様の提言は中央教育審議会答申等においてもなされている。
 知識基盤社会と産業が求める大学院教育の実質化は、学術分野ごとの狭義の「教育」の充実化だけでは達成できず、「イノベーション(社会経済的価値創造)」に向けた「生きた研究」と「生きた教育」の三位一体的な推進が不可欠である。
 この視座に立った大学院教育の実質化を誘導する(1)、(2)および(3)のイノベーション政策と科学技術政策の再組み立てが大変有効である。
 アクションプランにおいて「教育の実質化」と「科学技術革新に向けた研究」と「イノベーション創出」とを一体的に推進する意欲を持つ大学院教育の政策誘導を期待する。
 その際に特に強化すべき施策として、米国の大学院教育においては制度化が定着している「大学院生に対する活きた教育と研究とイノベーションへの参加を一体的に可能にする、活きた経済的支援」の制度化である。現状、「教育の妨げにならないように」との観点から、大学院生の産学官連携活動のようなイノベーション創出活動に参加する時間数の制限がなされているが、これでは大学院教育の世界基準化は困難である。産学官連携活動や、それを支えるイノベーション創出に向けた研究活動への実質的な大学院生の参加と、それに見合った国際基準レベルでの経済的報酬制度の構築が急がれる。これを持続可能な制度とすれば、博士号取得者の資質に対する産業界とのミスマッチも自然解消され、同時に日本の「持続可能なイノベーション創出能力」の強化にも結実する。この司令塔として機能を発揮出来るのは総合科学技術会議しかない。

論点3:キャリアパスの充実化に向けて:科学・技術を担う人材育成とキャリアパスの多様化・充実化は何故、教育現場で実践が不十分なのだろう?

 日本学術会議ではこのような命題のもとで、課題別委員会「科学技術を担う将来世代の育成方策検討委員会」を設けた。過去から現在に至るまで、様々な機関、組織が既に多くの共通する提言をしてきており、人材育成面で重要な新たな提言は見当たらないほど、充実した提言は出され尽くしたと言っても過言ではない。(参考資料2)
 しかしながら、初中等教育から高等教育に至るまでに、これらの提言の実践と効果の検証実績は極めて不十分と言わざるを得ない。初中等教育から高等教育、そして市民教育に跨る負のスパイラル構造とまで危惧されている。(参考資料3)
 平成24年度予算編成に向けた科学技術重要施策アクションプランにおける「人材育成」のアクションプランには、「既に出された有効な人材育成策と教育強化策提言が、教育の現場において実践されていない、検証をされていない現状の把握と、その打開策」を誘導する施策が望まれる。 了

参考資料1 「知識基盤社会を牽引する人材の育成と活躍の促進に向けて」、文部科学省科学技術・学術審議会人材委員会第4次提言、平成21年8月31日
参考資料2 日本学術会議「科学技術を担う将来世代の育成方策検討委員会」参考文献一覧(ドラフト)、平成23年5月16日版
参考資料3 柘植綾夫、「科学技術駆動型イノベーション創出人材育成と、国を挙げた教育の質向上への挑戦」、理科教育ルネッサンス懇話会2010.11.30

以上

お問合せ先

科学技術・学術政策局基盤政策課

(科学技術・学術政策局基盤政策課)

-- 登録:平成23年11月 --