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人材委員会(第6回) 議事要旨

1.日時

平成14年4月24日(水曜日)15時~17時

2.場所

文部科学省別館 第5、6会議室

3.議題

  1. 第一次提言(仮称)(骨子案)について
  2. その他

4.出席者

委員

 小林主査、安西副主査、小平委員、郷委員、佐藤委員、谷岡委員、中嶋委員、中津井委員、藤野委員、山野井委員

文部科学省

 山元科学技術・学術政策局長、井上科学技術・学術政策局次長、磯田統括会計官、尾山政策課長、泉振興企画課長、板東高等教育企画課長、土屋基盤政策課長、伊藤計画官、太田主任学術調査官、渡辺科学技術・学術政策局企画官、岩根高等教育局企画官他

5.議事要旨

(1)企業・大学へのヒアリング調査について(自由討議)

 資料3、4に沿って、事務局から説明。主なやり取りは以下のとおり。(○は委員、△は事務局の発言。)

○ 「多様性」とは、組織・社会全体の中で多様な人材が分布しているという意味と、一人の人間についての「多様性」という意味があり、普通は前者を意味すると考えるが、どういう意味で使っているのか。

△ 企業に対するヒアリングにおいて指摘された「多様性」とは、一人の研究者として幅広い柔軟性を持って多様な局面・状況に対して適応できる能力を有しているという、個人における「多様性」のことである。

○ 組織に個々のいろいろなタイプの人がいるという意味での組織における「多様性」は、企業では常識になっている。したがって、企業が問題としているのは個人の「多様性」のことと考えて間違いない。

○ 「多様性」とは、高い専門性を持ちながら他の分野にも理解・関心を持って取り組める能力があるという幅の広さである。現在の大学院制度ではほとんどが修士教育の上に3年の博士課程が積まれることになる。修士を出る段階の学生はかなり幅の広さを持っているが、その後の3年の博士課程において博士論文に集中する結果、幅の広さが失われてしまう。
 一方、5年一貫制では、入学資格が柔軟でないことなどから、うまくいっていない。現在、いろいろと大学院制度の検討が進められているが、大学院制度の複線化、入学資格の多様化・柔軟化という制度的な検討も必要である。

△ 制度上、全員必ず最初からやらなくてはいけないということはなく、個人の能力に応じて早期に終了することも可能であり、個々の大学の方針は別にして、大学院制度はかなり柔軟になっている。

○ 例えば奨学金については、過去に既に奨学金をもらった履歴があると給付が認められないことがあるが、個人の能力に応じて奨学金やTAやRAを与え、修了時にはきちんと審査するという柔軟な制度にすれば、多様性・柔軟性のある人材を育てられるのではないかと思う。

○ 多様で柔軟な人材といった場合に、人間性としての柔軟さや社会性など人格的なものであるならば、むしろ初等・中等教育の問題になる。専門性が狭いという問題については、どのように「多様性」を確保するかを検討しなくてはいけない。
 実際に大学院制度自体は柔軟化が進んでおり、文部科学行政に起因する制度的問題はほとんどないと思う。その一方で、教員資格や栄養士資格が入学の前提になるなど、付随的な資格要件により窮屈になっているところがある。制度面の問題と、事実上の問題点を、レベルを分けて議論していくことが必要ではないかと思う。

○ 博士課程の個々の学生については、幅が狭い、広いなど多様な人間がいて当然であり、全員が幅広くなければならないということ自体が「多様性」を阻害するのではないか。また、米国のPh.D.こそ専門性を重視しているもので、幅の広さを重視しているものではない。

○ 企業において製品を作り上げるためには、基礎的な専門的知識だけでなく、応用的な幅のある知識などの素養が大事であり、それが「多様性」であると思う。

○ 「企業における博士課程修了者修了者の採用に関する状況調査概要」(資料3)を見ると、企業はかなり多様な人材を求めているように感じられる。

○ 企業の採用はこれまでマスターが中心で、ドクターを採用していないところは、ドクターは自分の専門外のことは何も知らない、といった偏見があると思うが、現実は改善されてきている。

○ アメリカのPh.D.における専門性は、幅広い知識などを含んだものが必要で、それがない者はクオリフィケーションを通らない。日本の博士課程の特に教官、教員の専門性に対する意識が非常に狭いのではないかと思う。

(2)第一次提言(仮称)(案)について(自由討議)

 資料5資料に沿って事務局から説明。主なやり取りは以下のとおり。(○は委員、△は事務局からの発言。)

○ 「多様性」を確保するためのキーワードとしてよく挙げられる、「流動性」、「自主性」などについても言及してはどうか。
 また、研究者養成のための学位のプログラムと、高度職業専門人養成のための学位のプログラムを峻別すること、大学組織に置ける助手の位置付け、ポスドクの充実などについての記述も必要であると考える。

○ 現在、大学院部会で専門職大学院について検討を進めているところであり、必要であれば書き込んでもいいのではないか。
 また、大学院重点化以来、定員が増え、少なくとも人文社会系に関しては学生のレベルがかなり低下し、優秀な学生はアメリカの大学院に行ってしまうという問題があり、大学院重点化がもたらした問題点についても検討しながら提言をまとめていく必要があるのではないか。

○ 「多様」、「ニーズ」、「優秀」などの言葉が様々な形で使われ、意味が漠然としてしまっている。
 例えば、「ニーズ」に関しては言えば、研究者の独創性といった潜在的・長期的なニーズと社会的・短期的なニーズという評価軸の違うものが同じレベルで議論されている。現在、重点研究に対する優先的な予算配分により、研究者が予算のつきやすい分野に偏るなど、多様性が損なわれている側面があり、短期的ニーズを反映した政策的な予算等の重点化と、長期的なニーズ、研究者の独創性が芽を出せるような状況の確保をどういう形で調整していくかが重要な問題である。
 また、これまで「優秀」の判断が大学や先生のブランド名などにより漠然と行われ、重点分野への予算配分などもこの漠然とした判断により行われてきたが、「優秀」という概念自体を明確にしなくては、個人の主体性、独創性に対して研究費が付くような状況は生まれてこないと考える。

○ 21世紀COEが研究で世界トップレベルであることは重要であるが、あわせて国際競争力のある人材育成の中身について掘り下げて考える必要がある。
 また、研究者に求められる「多様性」とは、企業の場合では、自分の研究の後に必要な専門性など最終的な工業化に必要なことを考慮に入れて指導的に取り組んでいくことであると考える。
 さらに、欧米にはバイオインフォマティクスの専門的な学科がある。日本でも、大学の中に多様な学際的なものを作っていく制度上の仕組みを整備する必要があるのではないか。

○ 慶応大学では、今年から生命情報学科を創設したが、全体としてこの分野の学科は非常に少ない。
 また、博士課程の専門性のレベルは低下傾向にあると思うが、専門性より多様性、柔軟性と言うとミスリーディングではないか。欧米と日本における博士課程の学生の違いは、基盤となる広範な知識を持った上で、専門的なテーマに取り組んでいくかどうかという点である。

○ 本当の意味での高い専門性とは、ある程度関連分野、他分野のことがあわせて分かるなど、広い知識を基盤とするもので、研究者に対して何を求めていくのか吟味していく必要がある。

○ 多様性の前提となる一定のしっかりとした基礎知識を持っているかどうかは、学部レベルにおける教育によるところが大きい。学部におけるメジャー、サブメジャー、一般教養などの教育がおざなりになっているため、基盤となるしっかりした知識が身につかず、本当の専門性が出てこない。学部教育について検討する必要がある。

○ 中教審が出した「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」の答申の中では、学部では教養教育を重視し、専門性の向上は基本的に大学院で行う、という役割分担などが議論された。

○ 従来の教育は、高度なハウツー人材は生んだが、何のためにやるという目的部分が欠落している人が多い。
 「多様性」が目指すところは、多様性が育成されるような教育プロセスにより、研究者がレベルの高い専門性を習得していくことである。「多様性」を強調してしまうと「多芸は無芸」という印象が出てしまうが、研究者に求められる最終の特性として最も強調しなくてはいけないものは「多様性」なのかどうか、きちんと整理する必要がある。
 教育プロセスについて、海外ではマスターでダブル・ディグリーを認めているところが多い。最終的な出口管理はきちんとするとして、教育の中で正式にダブル・ディグリーを認められ、挑戦するチャンスがあれば、個人の多様性を高いレベルで育てていくという点でもかなり効果があるのではないか。

△ 総合規制改革会議などでも、学部レベルでのダブル・メジャーの推進について言及されたことがあったが、特に制度上のネックはない。

○ ダブル・メジャーは、学部段階でも制度上できるようになっている。昨年から、124単位のうち60単位までは他大学での取得が可能になり、医学系などでは単位のクレジット・トランスファーができるようなシステムになっている。
 「多様性」については、例えば地域研究をやるためにはまずその対処地域の言語を習得する必要があるように、きちんとした基礎を作ってそれを徹底することによって普遍的な広がりが出てくるものであり、初めから学際性などの「多様性」があるわけではない。

○ 制度上ではネックはなくても、大学側の実態からいえば、課程認定がある場合は、単位の制約があり難しい。
 不景気な状況などの影響から、学生、親ともに職業的な資格を求める傾向にあり、単位的な制約から幅が広くならない。資格取得の課程認定を捨てて幅広い教育に取り組もうとすれば、大学をつぶしてしまうのが現状であり、資格の課程認定を根本的に見直す必要がある。

○ 教育研究者養成のためのポスドク制度などについても言及する必要があるのではないか。
 企業で活躍できるドクターの育成の成否は、企業側のコミットメントが大きな要素であり、求める人材、その処遇をオープンにすることなどを含めて取り組んでもらえれば、道が開けていくのではないか。

○ 企業に在籍しながら寄付講座を受け持ったことがあるが、受講生からの評判が良かった。また、教授会に出ることなどにより企業と大学の交流が促進され、いい関係が築けた。

○ 企業は採用に際してドクターとマスターを分けていないのが現状であるが、どういう専門分野のドクター、マスターが何人必要であるといったことまで踏み込んで示していく必要がある。
 また、インターンシップ、期限付き任用などは産学連携の重要なテーマでもあるが、それは企業にドクターコースの人を増やすためにやるのか、国際競争力がある人材の育成のためにやるのか、目的を決める必要がある。

○ 「多様性」の中で重要なのは言語能力、コミュニケーション能力であり、現状では、言葉の壁が人材の国際的な流通性をなくしているといえる。専門性の高い人材を育成するという問題と同時に、日本だけでなく国際社会に通用し、貢献できるような人材としてのコミュニケーション能力、語学能力についても言及する必要があるのではないか。

○ 大学院の組織の中に多様な人材がいることが非常に重要あるが、日本では同質な研究者がグループを組んでしまうことが多い。多様な人材という場合、これまで十分に活用されてこなかった女性研究者について、優れたユニークな研究をできる人材としてきちんと位置付ける必要があるのではないか。

○ 当社(製薬会社)では、今年は191人採用したが、女性の方が1人多い。世の中は女性が活躍していく方向に動いているのではないかと思う。

○ 中教審の大学分科会でも専門職大学院が高度職業人に特化した制度として検討されているが、アカデミックな大学院はどうあるべきかなど、他の答申との関係性の中で議論していく必要があると考える。

○ アメリカのPh.D.では、セオリーとフィールドリサーチを共にきちんとやるので、非常に幅が出てくるが、日本の場合、セオリーに偏ることが多い。そこで、インターンシップなどの形でポスドクも含めて企業に事前研修をさせることなどにより学生の幅を広くさせることも考えられる。現在、産学連携の連携講座がかなり進められているが、寄付講座と違い、企業からの講師が大学の教授会に参加しない。外部の企業の人材が教授会の中に入ってくるように工夫できれば、大学の幅広くなると考える。

○ 連携大学院について、当社の研究所は大学の講座を1つ研究所の中に持っており、研究所の研究員が教授、助教授として指導に当たっているが、教授会には出ることができない。また、そこの大学院に来れば自動的に企業に入れると誤解している人が多い。

△ 骨子案は焦点を絞った形でまとめたが、目的は、研究面でリードしていくトップの人材の育成であり、企業に偏るという意図はない。「多様性」も、企業に就職するためということではなく、大学の研究者としての意味を含んでいる。
 企業への就職については、現実問題として博士課程終了後の行き場がない人が多い状況の解決策として企業への就職も真剣に検討しなくてはならないという趣旨である。
 専門職大学院との関係については、企業の研究者であっても、専門職というより研究者養成の中でやっていくものではないかと認識しており、企業の研究者向けの特別の学位を設けることは特に想定していない。逆に、研究者養成をメインとする大学院でも、企業、大学の両方で通じることを念頭において教育内容を考えてもらいたいと考えている。
女性の問題については、今後きちんと取り組んでいく必要があると考えている。

○ 「21世紀COE」制度は、この人材委員会で議論している世界レベルの研究者養成のための、様々な多様性のある研究環境の一部としての位置付けなのか、それともその専攻のレベルの高さで研究者養成に貢献するという意味なのか。

△ 骨子案での言及は、研究面でCOEというだけでなく、人材養成という教育面でも「21世紀COE」の資金を使ってほしいということである。

○ 研究の人材育成は不可分であるため、このCOEの人材育成上の役割が何なのか、一般社会あるいは他の大学の役割との関係はどうなのか。

○ COEですばらしい研究をしていること自体が、その周辺にいる人の教育になると思う。

○ 「大学院段階での留学等を推進する」というのはとても有効であると考える。文部科学省も十分な支援ができる制度を作っていく必要があると考える。
 「多様性」については、インブリーディングの問題も指摘されているが、世界トップクラスの研究者も個人の素質によって様々なタイプがあり、1ヵ所でじっくり研究をやり遂げるの人もいて、そのこと自体が「多様性」であると考える。

○ 世界に伍し得る大学研究所向けの研究者などは、専門性をずっと追及する中で自然と幅が出てくることもあるが、大学院重点化以来、ドクターが増えて幅も広くなっている中で、質の低いドクターがたくさん出てきていいのかという問題がある。そこで、世界トップの大学研究所向けの研究者養成と、企業に通用するような専門性と応用性を持つ関心の広い研究者養成で、大学院教育を複線化していくことも考えられる。

○ 「多様性」という言葉が安易に使われすぎているのではないか。

○ アンケートなどからも、企業側が多様性ある人材を求めていることが分かるが、研究者も様々なタイプがいて、皆が多様性のある研究者である必要はない。そうなると、最も重要な能力が多様性であるということにはならないのではないか。
 ただ、一方で日本の教育制度、研究機関の中でもう少し積極的に多様性を生かしていくことを重視しないと、結果的には高い専門性を持った人も育たないのではないかと思う。

○ 大学院を複線化すると、大学の研究者と企業の研究者で変な階層が生じるのではないか。企業としてもトップクラスの研究者が必要なのでその点は配慮してほしい。

○ 今まで、大学院教育が複線化されておらず1つのアカデミックな教育体系に限られてきたことから、トップは研究者コースへ進み、そうでない人が何となく企業に行くというような順位付けになってしまっている。本当に優秀な、幅のある研究者は修士で企業に出てしまうことも多いので、博士課程を複線化して、企業を目指した研究者を育てる博士課程が出てくるような状況を作ることが必要である。

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