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中央教育審議会

  

第4章  科学技術の発展と教育

[1]  科学技術の発展と教育

  科学技術は、現代文明の発展を支え、人類の活動範囲を拡大してきた。今後、科学技術は、生命とは何か、物質とは何か、宇宙とは何かといった人類が抱いてきた根源的な問いの解明を試みながら、さらに発展していくものと予想される。そして、これらの発展は、人類にとって豊かな21世紀社会を築く原動力になるものと考えられる。人間の知的創造力が最大の資源である我が国にとって、諸外国以上に、科学技術の発展は重要である。特に、欧米先進諸国に追い付くことを目標に、欧米先進諸国が築いてきた科学技術を活用しつつ、科学技術と経済の発展を遂げてきた我が国は、今後、独創的な科学技術を生み出すなど自らフロンティアを開拓し、人類の知的資産を形成するとともに、[ゆとり]のある豊かな社会を築いていかなければならない。また、経済大国となった我が国は、科学技術の面でも積極的に国際社会に貢献していく必要がある。一方、科学技術が著しく高度化・細分化・専門化する中で、科学技術と社会との調和が大きな課題となるとともに、人々は、科学技術が生活に欠くことのできない重要なものであることを承知しながら、何か分かりにくいもの、人々の安全をも脅かすものとなりかねないといった不安感を抱いていることもまた否定できない事実であろう。
  今後とも科学技術の発展は重要な課題であるが、人々がこうした不安感を抱くことのないような、科学技術に対する信頼感の醸成は極めて重要な問題であることを忘れてはならない。

  科学技術の発展は言うまでもなく、様々な条件が全体として成り立って、初めてなされるものであるが、中でも研究者・技術者などの人的資源の充実はその核をなすものである。そして、そのような優れた人材は一朝一夕に形成されるものではない。初等中等教育の段階から地道な教育の努力をしていくことが不可欠である。このような中で、昨今、青少年の「科学技術離れ」や「理科離れ」といった指摘がある。この点については、我々も種々論議を重ねたが、少なくとも小・中学校の段階では、「理科」に対する興味や関心が、低下しているという「理科離れ」といった現象は明確でなく、むしろ、子供たちが学問的あるいは知的な関心を持って問題を真剣に考える姿勢が希薄になっているという「知離れ」といった現象が生じてきており、それが「理科離れ」として指摘されているのではないかと考えた。しかし、これこそ、我が国の子供たちの教育を考えるに当たって極めて重大な問題であると思われるのである。また、このことに関連して、大学学部への志願者総数に占める理工系志願者の割合が、やや低下傾向であるなど、若者の理工系離れが懸念されている。その原因としては、大学の理工系学部の学生生活に対するイメージや企業における理工系人材の処遇の問題など、様々な事情が指摘されている。
  我々は、まだ進路が明確になっていない初等中等教育段階において、子供たちに豊かな科学的素養を育成することはもちろん重要であると考えるが、大学の理工系分野における魅力の向上や情報発信の取組などを含めた幅広い取組を通じて、我が国における理工系人材の育成を図っていくことが大切であると考える。
  また、「知離れ」といった現象を踏まえ、我々は可塑性に富んだ子供たちが、どの分野に限らず、学ぶことに興味を持ち、様々な体験をする中で、未知のものを知る感動を味わったり、自由な発想を持って様々なことを構想しつつ、知的好奇心を高めていくことが重要であると考える。
  我々は、科学技術の発展に対応した教育の在り方についてこのように考え、特に次のような点に留意して、教育を進めていく必要があると考えた。
  (a) 初等中等教育においては、子供たちの自由な発想を大切にし、特に体験的な学習を通して子供たちに科学的なものの見方や考え方などの豊かな科学的素養を育成する必要があること。そのためにも、これまでの知識を一方的に教え込むことになりがちであった教育から、自ら学び自ら考える力や創造性の基礎となる力の育成を目指した教育に、その基調を変えていく必要があること。
  (b) 子供たちに豊かな科学的素養を育成するため、地域社会において、体験的に学習できる博物館等の整備や社会教育施設等における科学教室の開催など、様々な学習機会の提供に努める必要があること。

[2]  科学的素養の育成に関する教育の改善

  子供たちに、一層豊かな科学的素養を育成していくためには、初等中等教育段階では、理科教育等の改善を図っていく必要がある。
  理科教育については、近年の学習指導要領の改訂においても、観察・実験、探究活動などの、問題を発見し、解決していく問題解決的な学習や体験的な学習を重視する方向が打ち出されてきたところであるが、さらにこうした問題解決的な学習や体験的な学習を重視する方向で改善を図っていく必要があると考える。公式を暗記したり、実験の結果を記憶したりするだけの授業では、科学の面白さは分からない。第1章で述べたように、感動を覚え、疑問を感じ、推論するなどの学習の過程を大切にし、子供たちが、試行錯誤を繰り返し、「発見する喜び」や「創る喜び」などを体験することは、科学的素養の育成に当たって、とりわけ重要なことである。
  子供たち自身の発想を生かした観察や実験などの問題解決的な学習や体験的な学習を十分に取り入れた理科教育を展開していくためには、教育内容を厳選し、教育課程を[ゆとり]のあるものとする必要がある。子供たちがじっくりと考える、[ゆとり]を持った学習を通して、初めて、子供たちは科学的なものの見方や考え方などの豊かな科学的素養をしっかりと身に付けることができるのである。
  小・中学校を通じ、こうした観察・実験などの活動や探究活動は、特定の期間に集中して行うことにより、より効果をあげることができる場合がある。そのため、そのような指導が可能となるよう教育課程を弾力化することも必要である。また、観察・実験などの活動や探究活動などの指導を充実するためには、ティーム・ティーチングの一層の導入をはじめ、グループ学習、小人数学習などの個に応じた指導の充実を図っていく必要があり、さらに、中学校の段階では、生徒の能力・適性、興味・関心等に対応できるよう理科の授業時数の選択幅の弾力化を図っていく必要があると考える。
  高等学校については、生徒の能力・適性、興味・関心等の多様化の実態を踏まえ、生徒の選択をできるだけ生かし得るような教育課程の編成が望まれる。したがって、生徒が共通に学ぶものは最小限にとどめる必要があると考えるが、科学と人間や自然とのかかわりについて適切な知識を持っておくことの必要性や、そのことを理解するために求められる科学に関する知識のレベル等を考慮すると、高等学校の段階で、中学校の理科の基礎的な学習の上に、例えば、科学がこれまで、自然の謎の探究・解明にいかに挑戦し、文明の発展に寄与してきたか、また、今日、科学が人間の生活にどのようにかかわり、どのような課題に直面しているかなどを学ばせることが必要であろう。その基礎の上に、生徒の能力・適性、興味・関心等に応じて、さらに専門的な学習に進んでいけるような履修の仕組みを高等学校段階で整えることを検討する必要があると考える。
  問題解決的な学習や体験的な学習などを生き生きと展開するには、その指導の場を学校の中だけにとどまらせていてはならない。身近な自然も学習の場として格好の場であるが、博物館等の社会教育施設を活用することや、関係団体との連携を図って教育活動を行っていくことも必要である。例えば、科学と人間のかかわりを学習する場合などは、研究所や工場などを見学することも意義のあることであろう。
  今日、科学技術は人類に大きな恩恵をもたらす一方、社会との調和が大きな課題となっている。このような状況を踏まえて、科学と人間や自然とのかかわりなどについての学習を充実させていく必要があるが、こうした学習の指導は、理科だけでなく、技術・家庭科、社会科、国語科などの教科においても、相互に関連を図りながら行っていくことが大切なことと考える。

  以上述べたような教育を実践し、子供たちに真に豊かな科学的素養を培っていくためには、カリキュラムの改善のほか、指導に当たる教員の指導力の向上、学習を支援する施設・設備の整備、入学者選抜の改善など、様々な取組が必要である。
  教員の指導力の向上に関しては、教員の養成、採用、研修の各段階において、実験や実習などを重視し、理科教育担当教員の問題解決的な学習や体験的な学習などにかかる指導力の一層の向上を図らなければならない。特に、養成の段階においては、実験や実習の充実や、それらによる指導方法の習得の重視など、カリキュラムの改善を図っていく必要がある。教員の採用に当たっても、実験等の実技を採用試験に取り入れるなど、採用方法の工夫が望まれる。また、指導体制の充実のため、特別非常勤講師制度を活用して、研究者や技術者等の社会人を学校現場に受け入れることも、積極的に進められるべきであろう。
  施設・設備面においては、学校における観察や実験用設備を一層整備したり、学校単独では設置できない高性能で大型の観察・実験装置等を設置し、子供たちが、観察・実験を楽しく体験することができる場として「科学学習センター」を市町村単位で整備するなど、理科教育の学習環境を整備していくことも必要である。
  また、観察や実験など問題解決的な学習や体験的な学習に学校が十分取り組むためにも、大学や高等学校の入学者選抜について、子供たちが観察や実験などの問題解決的な学習や体験的な学習を通じて身に付けていく科学的なものの見方や考え方が適切に評価されるよう、選抜方法の一層の改善を図っていくべきであると考える。

[3]  地域社会における様々な学習機会の提供

  子供たちに、豊かな科学的素養を育成するためには、学校教育だけでなく、地域社会において、科学に関する様々な学習機会が用意されていることが重要である。様々な学習機会に出会うことで、子供たちの中に科学に関する興味や関心が呼び起こされ、科学に関する夢と期待がはぐくまれていくのである。
  科学博物館などは、今日、子供たちが自らの興味・関心に応じつつ、科学に親しみながら、科学的なものの見方や考え方を身に付けていく上で、大きな役割を果たしているが、これからは、さらに子供たちが、直接、物に触れたり、動かしたりするなど五感を使って体験できる学習の場として整備し、子供たちにとって一層魅力あるものにしていく必要がある。また、科学博物館や少年自然の家などの社会教育施設が、今後、それぞれの特色を生かしつつ、科学についての体験型の学習機会の提供を一層充実させていくことが望まれる。そのためには、特に、学芸員等の職員の資質の向上などを図り、その体制を充実させていく必要があると考える。
  我が国の基礎研究を担っている大学や研究所には、施設見学の機会の提供やセミナーの開催などを通じて、科学の面白さや魅力について、子供たちに積極的に情報発信していくことを望みたい。その際、特に、科学者たちには、試行錯誤を繰り返しながら、生命や宇宙の神秘に迫っている現代科学の本当の魅力を様々な機会を通じて、子供たちに分かりやすい言葉で語りかけることを期待したい。
  我が国の科学技術の一翼を担ってきた企業に対しても、製造現場における最新鋭の施設や設備の見学の機会を子供たちに提供することを望みたい。その際、特に、研究者や技術者たちには、いかに苦労しながら、創意工夫をしつつ、新しい生産技術を生み出してきたかを子供たちに伝えることなどを期待したい。
  また、自然現象に触れて、その神秘に探究心を抱くことは、科学の原点である。その意味で、自然観察やキャンプなど自然に親しむ機会が、できるだけ多く子供たちに提供されることが望まれるところである。
  以上、科学に関する学習機会について、幾つかの例を挙げてみたが、こうした学習機会は、このほかに様々に考えられるであろう。我々は、多くの施設、機関、団体等が、それぞれ特色のある学習の機会を子供たちに積極的に提供していってほしいと考える。しかし、せっかくの学習機会も、どのような活動がいつ、どこで行われているか等の情報が子供たちに伝えられなければ意味を失ってしまう。このため、市町村教育委員会が中心となって地域社会における科学に関する学習機会についての各種の情報をデータベース化するとともに、関係機関や民間団体などとの情報通信ネットワークを形成し、子供たちに情報を十分に提供する体制を整備することが必要であることを指摘しておきたい。


(大臣官房  政策課)




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