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文部大臣諮問理由説明

平成12年5月29日  

  本日は,御多忙のところ,御出席をいただきましてありがとうございます。第17期の中央教育審議会におかれましては,昨年12月に「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」答申を,また,本年4月には,「少子化と教育について」の報告を取りまとめていただいたところであり,厚く御礼を申し上げます。

  我が国が活力ある国家として今後とも発展していくためには,あらゆる社会システムの基盤となる教育の役割が極めて重要なことは今更申すまでもありません。
  文部省においては,昭和60年から62年に出された臨時教育審議会の一連の答申及びそれを踏まえた中央教育審議会等の答申を受けて,個性化・多様化,生涯学習体系への移行,国際化・情報化等変化への対応という視点に沿って,その後の状況の変化にも柔軟に対応しながら積極的に教育改革を進めてきたところであります。また,中央教育審議会においては,「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」の答申をいただいて以来進めてきた改革の残された課題である「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」昨年12月に答申をいただいたところであります。この答申においては,初等中等教育と高等教育それぞれの役割を明確に整理し,それを踏まえた接続の改善について御提言をいただいたところであります。

  さて,来るべき世紀の社会を展望するとき,産業,雇用,科学技術などあらゆる分野で急速かつ激しい変化が起きることが予測されます。
  例えば,高度情報通信社会の到来,特にインターネットの飛躍的発展により,誰もが情報の発信源となることができるようになる一方,反社会的あるいは有害な情報を含むありとあらゆる情報が氾濫するといった現象が生じています。また,これに加えて衛星通信や有線放送の普及により,放送局・放送番組が一挙に増加し,受け身型の情報摂取や断片的知識の無批判的吸収といった傾向が生じているとの指摘もあります。
  さらに,情報通信革命や生命科学をはじめとする科学技術の飛躍的発展が産業構造やビジネスの在り方を根本から変革する一方,倫理上,宗教上の課題を惹起するとともに人間関係や社会の在り方を規定してきた規範やルールを脅かすような問題も生じています。
  また,企業活動が国境を越えてグローバル化し,国際的な産業競争が激化する中で,企業においても年功序列型の終身雇用の慣行が問い直され,一人一人の能力・業績が厳しく評価される実力主義の時代となっています。

  こうした時代にあって,個人としての主体性を失わず,しかも新しい社会の在り方と調和した判断ができる能力が求められているのではないかと考えます。本年4月に開催されたG8教育大臣会合においても,知識社会への移行に伴って教育の在り方の大幅な見直しが必要であるという認識で一致したところであります。
  さらに,地球環境問題や人口・食料問題など地球規模での取組を必要とする課題が山積しており,世界の先進国として我が国もこれらに取り組む意欲と知識を持った人材の育成に積極的に取り組む必要性が高まっていると考えます。また,グローバル化に伴って流動性が高まる中でどのようにして社会的な統合を維持していくかといった問題や急激な情報化の進展の中で生ずるデジタル・デバイドの問題をいかに解決していくかといった,教育に大きなかかわりを有する問題も数多く生じています。

  このように高度化・複雑化し,急速かつ根本的変化を遂げつつある社会における教育の在り方として,中央教育審議会「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」の答申においては,「学問のすそ野を広げ,様々な角度から物事を見ることができる能力や,自主的・総合的に考え,的確に判断する能力,豊かな人間性を養い,自分の知識や人生を社会との関係で位置付けることのできる人材を育てる」という教養教育の理念・目的の実現のため,教養教育の在り方を考えていく必要があるとの指摘をいただいたところです。この指摘は直接には高等教育の役割について整理した部分で述べられていますが,教養教育の理念・目的は,人間として身に付けるべき社会規範なども含め,初等中等教育,高等教育,生涯を通じて行われる学習を通じて達成されるものであります。また,今後,社会の高度化・複雑化が進む中で,このような教養教育の考え方はさらに重要になると考えます。

  こうしたことを踏まえ,これからの社会に求められる教養とは何か,教養教育をどのように充実していくかなどについて中央教育審議会に新たな審議をお願いする次第であります。

  次に具体的な検討事項について御説明申し上げます。
  まず,これからの社会に求められる「教養」の内容についてであります。教養が重要であるという点については,おそらくほとんど異論はないものと思われますが,その具体的内容については,様々な御意見があろうかと存じます。例えば,地球,国家,社会の一員である人間としての生き方・在り方という視点で規範的,倫理的な面を重視する意見もあると思います。また,哲学,歴史,文学といったいわゆる人文学的教養を重視する意見,環境問題,南北間の経済格差問題,人口・食料問題など地球的規模の現代的な課題に取り組む基盤となる学際的教養が重要という意見もあると思います。

  このため,これからの社会に求められる「教養」とは何か,「教養」の具体的内容は何かについて御検討いただき,今後,教養教育を充実させていくための参考となる視点をお示しいただきたいと考えております。その際,既に高等学校への進学率が約97%に達し,国民のほとんどが高校教育を受けていること,大学についても高等学校卒業者のほぼ半数が進学しており,専門学校も含めれば3人に2人が高等教育を受けているという実態に沿って,初等中等教育段階から高等教育段階までの教養教育の在り方を考えていく必要があると考えます。初等中等教育段階については,これまでの中央教育審議会の答申に基づき,自ら学び自ら考え主体的に判断し行動する力や豊かな人間性などの「生きる力」の育成を目指して学習指導要領の改訂を行うなど改革を推進しているところであります。このような経緯を踏まえて高等教育段階における教養教育の在り方と初等中等教育段階における教養教育の在り方の一貫性を図る観点から御検討いただきたいと考えております。

  次に,教養教育の視点から見たこれまでの教育改革の成果についてであります。
  文部省においては,これまでも社会経済の変化等に対応して教育改革を進めてきたところであり,特に臨時教育審議会の発足以来,その四次にわたる答申やそれを踏まえた中央教育審議会,大学審議会,生涯学習審議会などの答申を受けて着実に教育改革を推進してまいりました。

  こうした教育改革の成果については,中央教育審議会「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」において,第2次世界大戦後の後期中等教育及び高等教育の成果を量的側面を中心に分析・評価しているところです。また,各審議会においても,それぞれの分野における改革の成果の評価を行っていただいておりますし,文部省においても平成11年度の「我が国の文教施策」(教育白書)の特集の中で取り上げるなど教育改革の成果の全般的な検証を行ってきたところであります。教養教育の在り方を考えるに当たって,改めて教養教育の視点からこれまでの教育改革を振り返り,その成果を検証し,今後の課題をお示しいただきたいと考えております。

  次に,教養教育をいつ,どのように行うかという点であります。
  初等中等教育段階では,どのように教養教育を行っていくべきか,また,高等教育においては,どのように取り組むべきかお示しいただきたいと考えております。さらに,教養を育むことは,学校教育だけの課題ではなく,社会人,職業人として生涯にわたって学び続ける中で培っていくことも重要であります。こうした観点から,生涯学習における教養教育の在り方についても併せて御検討いただければと思います。

  以上御検討をお願いしたい点について申し上げました。会長,副会長をはじめ,委員の皆様におかれては,引き続きの御審議となり,誠に恐れ入りますが,以上のような趣旨を御理解いただき,何とぞ十分な御審議を賜りますようお願い申し上げます。