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中央教育審議会

1997/11
今後の地方教育行政に関する小委員会 (第3回)議事録 

       地方教育行政に関する小委員会(第3回)

          議    事    録 

    平成9年11月5日(水)  13:00〜15:00
    霞が関東京會舘  34階  ロイヤルルーム


    1.開    会
    2.議    題
        今後の地方教育行政の在り方について
    3.閉    会

    出  席  者

委員 専門委員 事務局
河野座長 安藤専門委員 坂本審議官(生涯学習局担当)
有馬会長 石原専門委員 辻村初等中等教育局長
木村委員 大山専門委員 御手洗教育助成局長
市川委員 小川専門委員 徳永地方課長
薄田委員 尾木専門委員 北村審議官(体育局担当)
國分委員 小澤専門委員 富岡総務審議官
坂元委員 佐野専門委員 その他関係官
田村委員 藤波専門委員   
永井委員 森元専門委員   
   山極専門委員   



○  ただいまから地方教育行政に関する小委員会、第3回を開催させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
  それでは、討議に先立ちまして、10月27日、月曜日に行いました教育委員会等の現地調査の概要について、御報告いただきたいと思います。神奈川県と横浜市における調査について田村委員から、そして宇都宮市と国分寺町における調査について坂元委員から御報告いただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

○田村委員    それでは、当日、神奈川県及び横浜市の教育委員会等学校の実情を視察ということでお伺いしました、横山委員、石原専門委員、岡田専門委員、如月専門委員、佐野専門委員、藤波専門委員、鱒渕専門委員、山極専門委員、それと私の9人でございますが、御指名でございますので、状況の御報告を申し上げたいと思います。
  神奈川県の教育委員会に最初にお伺いいたしました。教育長さんを初めとして、管理部長、指導部長、生涯学習部長さん等、終始フルメンバーでお相手をしていただいたわけですが、何点かについてお伺いをしたことがございます。
  1点目は、県教委と市町村教委の関係についてのお考えに対する質問でございます。いろいろなお話がありましたが、具体的な話では、今検討しているところとして、修学旅行とか、遠足などの届出などは市町村教委に任せるということで、そういったことを具体的な例として今洗い出しをしているところだというお話をしておられました。
  それから、校長のリーダーシップの確立という2点目の質問については、このようなお話がございました。教育委員会の承認を要するものが大変多い。学校管理規則は見直さざるを得ないだろう。見直しは非常に重要な課題だと考えているということが率直にございました。そして、なるべく学校のほうからアイデアを出してもらって、教育委員会はそれを支援するという姿勢を基本にして進めていきたいと考えているということが御説明としてありました。
  そして、神奈川県教育委員会として自慢ができるという意味でお話がございましたのは、具体的に特色のある学校づくりのために、ある程度それぞれの学校の考え方で  ―校長の判断で、使える金を渡している。七、八十万円から100万円ぐらいだということをおっしゃっていましたが、そういったことを利用して特色づくりを考えているというお話がございました。
  それから、3点目の質問である、学校運営に地域住民の声を反映するということについてはどうお考えですかということについては、神奈川県では市町村ごとに家庭地域教育活性化会議というのをつくっているようで、その会議を利用して住民の意見を聴取して、学校へフィードバックするというようなことを具体的に行っていますということで、これはかなりの年月やっているようでございます。こういったようなことが神奈川県の場合には県教委のテーマとして行われていることだというお話がありまして、非常に得るところが多かったという感じでございます。
  それから、県教委の現場ということで、県立の神奈川総合高校をお伺いいたしました。神奈川総合高校は神奈川県が総力を挙げてつくったと言うだけあって、聞くところによりますと総額200億だそうです。大学ができるんじゃないかと思いましたけれども、普通の感覚で言うと、四つか五つ分を1校に集めたということなんでしょうが、200億のことはあるなという感じで、大変すばらしい学校だというのが率直な感じであります。
  その舞台を与えられたということで、校長を初めとして先生方は大変張り切っておられます。将来的な問題としては、特に総合高校のような学校の場合は、中・長期的に学校自らが予算や人事権を県と話し合いをして進めていくということをやりたい。そのことによって効果があるというような、非常に意欲のあるお話が出ておりました。教科が100以上になりますので、先生をどう確保するかというのは大きなテーマになるわけですが、その辺のところは、確かに教育委員会では対応しきれないことが出てくることが多くあるのではないかと、総合高校を拝見していましてそのような感じを強く持ってまいりました。
  次に横浜市のほうにお伺いしました。御存じのように、横浜市というのは人口が300万人、学校数が500校以上ということで、大体200校を超すと校長の顔も覚えられないから、大変だというお話もありましたが、事実、非常に苦労しているようであります。
  幾つかの点で要望がございまして、教育長さんは、横浜商業高校の校長だった方ですが、非常に活発に現場の意見をくみ取ろうという意欲の強い教育長さんでいらっしゃいまして、積極的にいろいろなことについて御示唆をいただきました。
  1点目は、教育委員の数については、現在、5名ということだが、それはぜひ弾力的にしてほしい、上限を弾力的に考えてもらえないだろうかということが、具体的なこととして意見が出ました。
  それから、文化行政について、横浜市の場合は、各行政区に人材バンクというものを設けているわけですが、行政区には教育委員会を置けないので、区長に事務委任をしているということでございます。
  実はそれとのかかわりですが、横浜市の場合は、私もお伺いするということで、いろいろ調べてみて初めて知ったんですが、教育行政が一元化されているわけです。県教委は前から別々ということは知っておりましたんですが、県では、宗教のほうは総務局所属で、教育行政については私立と公立が二元になっている。今の法律が予定しているとおりの形ですが、市のほうは10数年前に一元化されているわけであります。いろいろお聞きしたんですが、実は幼稚園が公立が1園もないんです。全部私立なんだそうです。そのために、幼稚園の教員の研修は、全部市がやっている。そうすると、教育委員会がやらざるを得ないということもおありになるようです。それから、市としても、市内にある私立学校に対していろいろ補助もしているし、研修会等についてもいろいろと連絡を取りながらやってきているということです。
  これは現場の私立の先生方の御意見をまだ聞いていないものですから、具体的にスムーズにやっているのかどうかわからないという条件があるんですけれども、いずれにせよ、横浜市のこの実態については、私はちょっとショッキングでした。うまくいっていればいいんだろうと思いますけれども、実情はそういう状況でございました。ですから、地域によってかなり違うんだなという率直な感じであります。
  それから、市としては、政令指定都市ですけれども、できれば行政区ごとに教育事務所とまではいかなくても、何か取りまとめができる組織がないと、実際上、政令指定都市の場合はパンクしてしまうのではないかということが、話の中では出てきました。
  それから、学校施設を非常に活用しておりまして、これはかなり前から学校の施設が利用されているようであります。「コミュニティ・ハウス事業」という名前をつけて、最初のうちは学校のほうに抵抗感があったようですけれども、長い期間やっているために、地域との連携が生まれて、うまくいきだしている、今はほとんど問題がない。利用者数等のお話がございまして、それらをお伺いすると、順調にうまく地域と学校が融合してやっているんだなという感じを持ちました。
  最後に、横浜市立の吉田中学校を現場の学校として見学させていただきました。吉田中学校というのは、伊勢崎町の繁華街のど真ん中にありまして、東京でいうと新宿の何丁目という感じのところであります。そこで、生徒が非常に少ないということで、普通の中学校という状況ではなくて、特殊に少なくなってしまっている学校です。それでも各学年2クラスずつはありましたけれども、そういう小さな学校で小ぢんまりと経営されているという感じでございました。
  この学校の現状ですが、地域との交流は、毎週土曜日の午後に「親子ふれあいスポーツ」というのをやっているわけでありまして、これは非常に成果が上がっているようであります。
  それから、学校運営については、教育長が学校にお金を渡してやってもらっているんだという話をしていましたが、吉田中学校のように規模が小さな学校では、実際は学校がやるというのも、難しいのかもしれないという感じがいたしました。
  何かまとまらない話で恐縮だったんですが、ほかの委員さんはまた違った意見をお持ちかもしれません。私としては、横浜市の実態というのは非常にびっくりしたというか、〈ああ、そうか〉という感じで、やはり理屈だけではなくて、実態をよく見て、地域の状況をよく見ることが重要だなという感じがいたしました。もっとも私立学校のほうの意見を聞いていませんので、断定的には言えないんですけれども、場所は行ってみなきゃわからないという感じを持って帰ってまいりました。

○坂元委員    宇都宮市と国分寺町へ現地調査をさせていただきました。
  安藤、小川、尾木、児島、森元の先生方、それから私を含めて6名で、宇都宮市と国分寺町に参りました。宇都宮市は先ほどの横浜、神奈川と比べまして、人口43万人、小規模でございます。教育委員会が126名。もう一つの国分寺町は、その30分の1の1万5,000人という人口で、事務局が14名というところで、二つの異なったレベルの教育委員会の活動と、それから市営の美術館、町の公民館のお話を伺ってまいりました。いろいろ勉強になりました。
  宇都宮市の教育委員会でございますが、教育長、関係課長から御説明をいただきました。その後、いろいろ問答がございました。3点ばかり御報告申し上げますと、一つは、この宇都宮市が中核市になるという状況を控えておりましたものですから、県費負担の教職員の任免権を中核市に委譲するということに関する御質問がございました。それに対しましては教育長のほうで、宇都宮市自体に人材が集まるということもあり、年齢構成のバランス等がゆがんでしまうということも考えられるので、県全体のことを考えながら慎重に検討する必要があるだろうというお話でございました。現在でも、いろいろな人事交流が行われているようでございます。これが1点でございます。
  第2点は、特色ある学校づくりということについて、いろいろお伺いいたしました。各学校に20万円から35万円ぐらいをお渡しして、いろいろ特色ある学校づくりを考えていただいている。指導主事の訪問などでございますが、要請訪問というのは常時行われるわけでございますが、決まって5年に1回、管理部門と指導部門の両方の観点からの合併訪問というんでしょうか、そういう訪問があるようでございまして、そのときには県と市との役割分担をあまり考えないで、一緒に行っている。この程度の規模の教育委員会の指導の在り方が反映されているかと存じました。
  第3点は、学校と地域住民との関係でございますが、学校ごとに教育上の問題について、それぞれの地域と意見交換をする地域教育懇談会というようなものを設けて、それぞれの地域の特性を生かした地域ぐるみの学校運営がなされているというお話でございました。
  宇都宮市の教育長を中心とする諸先生方のお考えといいますか、意識が、やはり県全体を担っているというようなところにおありになることから反映された運営とか、お答えがいただけたのではないかと感じました。
  その次に、宇都宮市の美術館でございますが、これは森の中で、市役所から二、三十分かかりますんですけれども、そこで副館長から、いろいろ御意見を伺いました。時間があまりございませんで、十分は情報をいただけなかったかと思いますが、美術館としての広報活動とか、子どもたちに対する絵本の朗読のサービス、美術資料の整理等、ボランティア組織をつくられまして、ボランティアの助けを受けてやっていらっしゃるとか、第2、第4土曜日は小・中学校の生徒さんに無料開放をするというようなこと、それから環境をテーマとしたワークショップのようなことを考えているし、市で宿泊研修などを考えておられますが、その宿泊研修の中に美術館見学も組み込んでもらう。学芸員を公民館等に派遣をするといったような形での、地域文化との交流を図っているという御説明がございました。これが宇都宮市でございます。
  それから、1時間ぐらい離れたところに国分寺町というのがございます。隣の薬師寺町との合併話が出ては壊れてということで、1万5,000名の町民で国分寺という文化遺産を守りつつ行政を進めていらっしゃるわけでございます。ここは町長自らが御出席になりまして、町長がかなり御発言をなさいました。教育長等ももちろんおいでになっておりました。ここでも3点取り上げさせていただきます。
  一つ、指導主事の問題ですけれども、教育委員会の事務局は14名でございまして、指導主事は置かれていない。だけども、各市町村に1人は指導主事を置いてほしいと。先ほどの神奈川には置かれているようにお話を伺いましたけれども、指導主事を国庫補助でもいいから何とか置いてもらえないかという御要望がございました。
  現実の学校訪問は3年に一度だそうでございます。要請をしますと、年に六、七回は来ていただけるということがあるようですが、ほっておくと事務所のほうから指導をいただく頻度が少ないという感じでございました。
  第2点は、学校と教育委員会との関係でございますが、非常に家族的でございまして、校長先生が事務所にひょいと顔を出されたりするというような状況でございます。学校が四つなんですけれども、教育の内容その他は学校に任せて、教育委員会としてはほとんど口を出さないような状況ですけれども、学校の動きは教育委員会が家族的な人間関係の中で非常によく把握をしておられまして、ある意味では教育委員会そのものが四つの学校の共通事務室といいますか、そういうようなファンクションを果たしているような状況だと受けとめました。
  第3点は、教育課程の編成です。先ほどのいろいろな家族的な関係ということがございますので、県教委とか、教育事務所からの御指導はあるけれども、町教委の関与はほとんどありません、学校にお任せしています。あるいは、県と学校にと言ったほうがいいんでしょうか、お任せしていますということで、内容にはタッチされておりません。
  教育委員さんは5名いらっしゃいまして、それぞれが分担して、始業式とか、卒業式とか、文化祭とか、運動会とか、担当して回っていらっしゃるようでございます。
  公民館は訪問する予定だったんですが、時間の関係もあり、お伺いすることができなかったものの、公民館の担当の方においで願ってお話を伺うという形にいたしました。小さな町でございますから、地域ぐるみの運営をなさっている。老人ホームとか、養護学級との交流体験  ―これは学校のほうでございますかね  ―そういういろんなことが本当に家族的に運営されているということでございます。
  43万の都市と1万5,000人の町ということで、43万の都市は県の中心都市でございますから、中核市になったとしても県を背負うんだぞという意識をお持ちであるなということ、それから小さなほうの国分寺町は町長さんが先頭に立って、家族的な運営をなさっていらっしゃる。例えば、町で「子褒め条例」というのをつくられまして、小学校から中学校を卒業するまでの間に、すべての子どもが一つ何かで褒められる。そのための立派な銅メダルなども用意をしていらっしゃるわけでございます。
  見せていただいたところが非常にうまく運営されていらっしゃる場所だったんだと思いますが、いろいろお伺いする限り、大変上手に運営なさっていらっしゃるなということで、いい勉強になりました。御希望等は、県費か国費負担の指導主事を張りつけてほしいとか、幾つかございましたけれども、大変いい勉強になりました。

○  ただいま御報告いただきましたように、今回の現地調査で大変貴重な情報を得ることができました。改めて参加していただいた委員・専門委員の方にお礼を申し上げます。また、御報告をお聞きいただいた委員・専門委員の方からも御質問等もおありかと思いますし、参加していただいた委員・専門委員の方からは御感想もおありかもしれませんが、ひとつきょう御討議をお願いする、その討議の中で関連してお出しいただければと思います。
  それでは、本日は、これから御審議をいただきますが、前回御了承をいただいておりました、我々がこれから地方教育行政の在り方について検討していくについては、中教審の第一次答申、第二次答申で提唱したことを実現する、そこで出てきた問題を解決するという観点から考えても、学校の自主性と責任性を確立するということを基本に据えて、そういう観点から、学校と教育委員会との関係を考え、あわせて市町村・都道府県・国の関係について検討を進めていく。一方で、地域住民の意思をどのように反映するか、そういうことも、学校の自主性と責任性の確立との関連で考えていくほうがいいのではないかということで、大方の方向をお出しいただいていたように思います。
  そこで、きょうの討議は、学校の自主性と責任性を確立するという観点から、学校と教育委員会との関係をどのように考えるか、そういう身近な問題からきょうは検討を始めていただき、あわせて市町村・都道府県・国の関係についても及んでいければと思います。そういうことでお願いしますので、よろしくお願いいたします。
  その討議に入る前に、事務局から説明をお願いいたします。
(事務局から説明)

○  きょうは、先ほど申し上げましたように、学校の自主性と責任性を確立するという観点から、学校と教育委員会の関係をどのように考えていくか、そのことが市町村、都道府県、国の関係についても及んでいくと思います。そういう流れで、ただいまから御意見をいろいろいただきたいと思います。ただいまの説明についての質問もございましたら、その中でお出しいただければと思いますので、どうぞよろしくお願いをいたします。

○  職員の人事ということですが、実は私どもの市の小学校に臨時採用の先生がおりまして、部活で吹奏楽を指導しまして、非常にいい成績をおさめた。ところが、時期がきて、その先生は北海道の資格を持っていたので、北海道へ帰ったんですが、どうしても八潮でまたやりたいと。埼玉県の試験を受けたけれども、受からないんですね。そのようなときに、先生もそこの県の資格がなくても、地教委で  ―学校数とか、いろいろあるんでしょうけれども、枠を設けて、八潮だったら7万5,000の人口ですから、中学校が5校、小学校が10校ですから、1人でも結構ですから、逆指名の制度をつくってもらうとか、そういうのがあれば、その先生もあそこへ行きたい、私どもも来てもらいたいという、両方が合うわけでありまして、そういうことができたらなと、今の話を聞きまして思いました。
  それと、今回の諮問文の中でも、生涯学習社会への移行とか、「生涯学習」という言葉がたくさん出てまいります。そういう中で、生涯学習の必要性という中に、学歴社会の弊害をなくすということが言われております。そういうところからいけば、私は生涯学習の推進というのは、新たな教育改革の推進でもあると思っております。
  これは余談ですが、実は私ども、来年度の一般事務職10名募集いたしました。そのときに、履歴書には学歴は義務教育だけ書いてください。それと年齢制限を、今までは自治体が募集するのは大体二十四、五歳ですけれども、34歳まで引き上げまして、1次試験は筆記ではなく、グループに分けて討議をしていただきますと。そうしましたら、413名の応募がございまして、北は北海道から南は岡山、北海道庁の職員とか、都庁の職員、あと省庁は申し上げませんけれども、国のほうの職員の方も応募されました。生涯学習は学歴が問題ではなく、やったことに対して正当な評価をしてあげようというのが目的だと思いますので、そのように学歴を外したことによって、あるいは年齢を引き上げたことによって、そういうところで働いてみたい、という方が応募されたのだと考えております。

○  今、人事の話が出たので、それに絡めて続けて話をしたほうがいいかなということで、意見を述べさせていただきます。
  きょうのテーマは、学校へ事務とか権限を委譲して、学校の自主性とか、責任性を確立するという方向での議論ですけれども、それにかかわって校長とか、教職員の人事の在り方を見直すことがそれに伴わないと、学校の自主性とか責任性を確保することがなかなかうまくいかないと思うんです。
  先ほど事務局から説明がありましたとおり、定期的な広域転任人事というのが日本の人事行政の特徴ですけれども、それは確かに問題点を指摘される面もありますが、アメリカとか、イギリスの人事の政策と比べてみると、日本の広域的な転任人事はそれなりにメリットがあるような気がするんです。御存じだと思いますけれども、アメリカ、イギリスの場合には、採用とか、人事については、各学校の校長とか、教員自身の異動希望が優先され、教育委員会が計画的・主導的に異動させるというようなことをしませんので、いわゆるいい地域のいい学校にいい先生がいっぱい集まって、校長とか、教職員が10年、20年と一つの学校に長くとどまるというのが一般的です。それはある面では、学校の特性を生かすとか、特色ある学校づくりをするという点では非常にいい条件をつくり出すけれども、学校間の格差など、いろいろ問題も指摘されているのがアメリカ、イギリスの状況です。これから学校の自主性とか、責任性、学校の特色づくりを進めるということで、アメリカ、イギリスのように、一人の先生、校長が20年とか、そのような単位で一つの学校に長期にとどまるという人事の在り方を導入することは果たしてよいのか、いろいろ危惧があります。やはり今の日本の定期的な広域人事行政のメリットはある程度生かしながら、しかしなおかつ、学校に権限を委譲する以上、学校がより動きやすくするために、手直しが少し工夫できないかということです。
  それで、一つは校長の人事については、もう少し長くあっていいのではないかという感じがします。というのは、校長先生の人事がどういうふうなパターンになっており、どういうふうな在任年数になっているかということを調べてみたんです。
  これは全国都道府県いろいろパターンがあって、一概に言えないんですけれども、ちょっと極端な事例かもしれませんが、二つの特色ある県を見てみましたら、校長の転任人事は、学校の威信とか、学校の(偏差値)序列に基づいて、順送り的な人事が幾つか見られるところがあるんです。つまり、地域のいわゆる名門校にはベテランの校長先生とか、高年層の教員が重点的に配置されて、いわゆる問題校とか、底辺校には新任の校長先生とか、若い先生が配置される。そうした順送り的な転任人事があるところでは、やはり順次動かさなければだめだということで、校長先生の1校当たりの在任期間が非常に短いんです。
  これはある県ですけれども、昭和27年以降、10年ごとの校長の平均在職年数を調べてみましたら、27年から36年の10年間は4.16年の在職期間、その次の10年が3.67年、次が2.61年ということで、10年ごとに校長先生の1校当たりの在任期間が短くなってきている。
  さらに、いわゆる底辺校、これは高校の事例ですけれども、偏差値44以下の底辺校の学校を調べてみますと、それがさらに短くなって、校長先生の在職が2.40年という平均値も出ているわけです。
  ですから、すべての都道府県がこうした学校序列的順送り的な校長人事をやっているわけではないし、さまざまに在職期間も工夫されていると思うんですけれども、幾つかの都道府県の事例を見ますと、今言いましたような傾向も出ているので、学校への権限委譲と校長に経営手腕を振るってもらうということをこれから考えていく際には、そうした人事とか、在職年数の見直しも含めてやらなければ、学校管理規則の緩和とかなんかということだけでは済まないような感じがしました。
  ただ、ある委員の方に聞いたところ、やはり特色ある学校づくりをするために、例えば10年間ぐらいの期間で一人の校長先生に責任を持ってもらうような学校も幾つかつくっているところもあるようです。そうした努力もあるようなので、ぜひそうしたことも見直しの一つに入れていただければと思います。

○  いま話がありましたことについてですが、学校の校長の人事にかかわって本市はどんなふうなスタンスに立っているかということをお話し申し上げたいわけであります。
  最近は、校長の年齢は随分下がってまいりまして、当初、私どもの市では校長に任用いたしますのは54〜55ぐらいでございました。ところが、年齢構成が景気の動向等で、教員の採用の数が増えたり減ったり、あるいは子どもの数が減ったり増えたりという関係もございまして、実は校長の登用の年齢が48から49ぐらいにまで下がっております。
  校長を登用する前に、実は大事な人事の部分で、私ども教育委員会としてはどこを大事にしているかというと、教頭の任用に大変気を使っている。将来、校長をおやりをいただくという前提に立って、教頭を登用していく。ここが実は非常に重要な部分なんだと。校長を助けながら教頭職として学校経営、学校運営、あるいは地域との関係、それから教職員はもちろんでありますが、学校体制の中で教頭が生きて、校長を助けながら学校をいい形に持っていく。その教頭を登用するのに非常に神経を使う。教頭だけで終わってしまうという人事はできませんので、将来的には校長をおやりをいただかなくちゃいけないことになるわけであります。
  そういうことから、教頭の人事というのは非常に重要視をさせていただいている。その中から、校長とともに、それぞれの学校で、まさに命題である特色のある学校、あるいは魅力ある学校をつくっていく過程の中で、教頭としての力量を発揮し、そこから校長に登用していくということになるわけでありますが、年齢は随分下がってきております。
  さらに、人材も、実は今、45から55ぐらいまで教員の層が非常に薄うございます。今、30代はたくさん人材はいるんですが、45から55ぐらいまでの人材というのは、校長に登用する、教頭に登用するというのが大変難しくなるぐらい、人材が少なくなってまいりました。
  同時に、本市の場合は、小学校は女性の教員の方が多く、男性が30%ぐらいということになっておりまして、男女比は7対3ぐらいの割合です。今、学校も男性と女性の組み合わせで何とかやっているわけでありますが、来年ぐらいから、例えば小学校でいいますと、校長も女性で、教頭も女性である。もちろんそれでいいわけでありますが、そういうことにぼつぼつ私どもの市ではなっております。
  同時に、それぞれの学校を活性化し、それぞれの地域にお認めいただき、何とかそれぞれが特色を持ったいい学校にしていくために、いろいろ地域との摩擦があったりしまして、校長さんが過去御経験なすったことの中で、この学校にはこれまで取り組んできた状況や地域の実態を踏まえれば、こういう方が校長にいいだろうというふうにして、私どもは登用していくわけでありますが、どうも学校の集団、あるいは地域の実態等を踏まえるとなかなか難しい。そうすると、平均的に言いますと、校長というのは3年ぐらいで他校へ異動をしていただかなくちゃいけない。
  それが通例でありましたが、私はここを何とか腰を落ちつけてやってもらいたいと。それで、御定年になっておやめになるときには、〈ああ、この校長はこの地域にすばらしい業績を残したな。この学校にすばらしいものを残したな〉というように、地域や学校の子どもたちや、あるいは保護者の方々に喜んでいただいて御退職なさるという環境の中に校長さんを置いてあげたい。そこで、少し長いスパンで、今、私がやっています7年か8年ぐらいある一定校に置いておきます校長は、自分のやりたいことといいますか、自分の学校教育に対する理念が生かされた学校経営ができていまして、それはとても意義あることだと考えております。タイプとすれば、長く置いておきたい校長さんと、少し異動していただいて、持っておられるノウハウをむしろこんなところで生かしてもらったら、もっといい形でその先生の個性や力量が発揮できるのではないかという、そういう二つのパターンに分けて、校長の人事をやらせていただいている。
  私は、校長に登用する前に、教頭としてしっかりした前段としての働きといい ますか、それを実は評価したいと思っていますので、教頭さんになる前のそれぞれの先生  方の力量といいますか、それも十分見極めた上で教頭へ登用していく必要を感じています 。
  もう一つは、主任制の問題等が実はこの問題の前段にあるわけでありますが、この問題はまた後ほどお話をさせていただきます。

○  議論が教職員人事のいわば各論的なところに入っているところで恐縮でございますが、総論的なことを申し上げて、時間がありましたら、各論のほうはまた参加させていただきたいと思います。
  一つは、教育委員会、特に市町村教育委員会と学校と関係で、できるだけ校長さんに権限を委譲して、校長がリーダーシップを発揮しやすくするという流れ自体は否定すべきものではないと思います。ただ、そこで、前提条件といいますか、留保といいますか、考えなければならないのは、教職員人事、あるいは教育課程、教育活動の問題、あるいは財務・予算の問題、総合しての話ですけれども、自主性を持つということは、これは以前にも申し上げたんですけれども、当然、責任を伴うということを各校長さんが自覚して、その自覚のもとに権限の執行に当たらなければならないということが前提だろうと思うんです。
  ところが、今の学校の実態を見ますと、これは極端なケースですけれども、通常の学校運営は職員会議で多く決まったところに従う。ただ、教育委員会から特段の指示があればそれは従う、ということだけで過ごしていると言うと言葉は過ぎるかもしれませんけれども、結局、自分で物事を引っ張っていくということがなくて、いわば思考しないでやっているというような実態がありはしないかと思うわけです。
  したがって、校長さんの意識改革と同時に、単に意識改革しただけではなくて、校長さんを支える組織というもの、何もかも一人でやれるわけでないわけですから、そういう支援的な、あるいはアドバイザー的な、相談役的なものが必要であろうし、それは校外においても、それがPTAであるか、地域の組織であるかは別として、校長にアドバイスするなり何なりというような支援体制がなければ、校長は一人でもって全部やらなければならない。そして、責任を取るということは具体的にどうなのか。責任がありますよということだけではなくて、極端に言えば、うまくいかなかったらやめますよという覚悟のもとにやるというくらいの気概がなければ、そういう体制が整わないところで、権限委譲しても、どういうことになるのかという気が一つはするわけでございます。
  これは総論的な言い方で、具体的には、では権限譲渡するといったら、何と何と何をやるのか。先ほど学校管理規則なり、服務規程なりのお話がありましたけれども、このうちの何と何と何をやるのかという個別の問題にもなろうかと思いますけれども、総括的な議論としてはそういうことが一つでございます。
  それから、国、都道府県、市町村の関係で言えば、今、規制緩和と地方分権というのがにしきの御旗になってしまっているわけです。多くの場合はそれでいいんだろうと思うんですけれども、やはり教育行政を考えてみますと、国なり都道府県なりというものは、事教育というのは単に一学校、一市町村の事柄ではないわけで、それは同時に国のほかの行政分野に比べると、国の関与あるいは都道府県の関与がより要請されている分野だろうと思うわけで、そういう視点をやはり忘れてはならないだろうということ。
  それから、現在の地方教育行政制度というのは、理念の一つとして地方分権ということが制定当初からうたわれているわけですから、そういう中で、40年あるいは50年の運用を経て、ここのところはこう改善すべきだという議論は当然あると思いますけれども、「地方分権、そこのけ、そこのけ」ということだけではいけないのではないか。これは総論的な言い方ですが、申し上げさせていただきたいと思います。

○  今、おっしゃられたことを考えますと、大変難しい選択です。校長に権限を与え、あるいは人事でも校長の思うようにやり、校長がもし気に沿わない人事であれば、それはお金を伴って自分で手当てをするというぐらいの権限を与えることにするのか、それとも全体調整的に安全な道といいますか、今までどおり調整的な道を行くのか、その辺をどういうふうに選択するかということだと思うんですね、この分権とか、自主的にということは。
  自主的にやるということになれば、すばらしい校長に当たれば、その学校は非常にすばらしい教育、あるいは意欲ある教育が展開されるだろうし、また良き市民によってそれは支えられるだろう。しかし、その一方、首長の論功行賞的な教育長みたいなものも存在するというふうにちょっと聞いたことがありますけれども、そういう地域にあっては、さして意欲もない、万事定年を、教頭を無事にやり、事なかれというか、無事に校長もクリアし、何となく意気消沈した学校を形成する。しかしながら、まずはそれなりにそう欠点のない学校を展開することになります。その辺の選択を一体どうするのかということですよね。日本の教育はどこまで踏み切れるかという、そういう難しい選択にきているのではないかと思います。ただ、私はある意味では教育というのは、何かいいことをやる競争というところで切磋琢磨して、もう一つ乗り越えて、全体的には何年かかかって、最後は地域もそれぞれ自分に目覚め、教育は学校に任せようと、親や地域が新しく変わっていくのかということを考えると、私はどちらかというとそっちのタイプなんですけれども、むしろ自主的な選択と言うところに、そういう難しい選択を皆さんでなさるかどうかという問題をよく考えなければいけないんじゃないかと思いますね。日本は今までいろいろ欠点はあるけれども、ある程度の教育水準を確保したんじゃないかという実績のもとに発言なさっていらっしゃると思いますので、そこをどう選択していったらいいか、私も非常に難しくて迷っているところです。しかし、今の学校管理規則なんかで目に見えておかしいところは、これは変えなきゃいけないと思います。

○  学校の自主性、責任性の確立は確かに大切ですが、そのためにはいかなる権限を教育委員会が持って、その権限をどう委譲するのかということがきちんとしていないと、これは議論していても理念的な議論だけになるかと思います。
  市町村教育委員会におきましては、人事、財政の権限は教育委員会が持っておりません。持っていない権限を校長にどうやって委譲し、委任するのかということが、法的な一つの大きな問題点として出てくるだろうと思います。そうしますと、幾らここで議論しておりましても、教育委員会が市長部局の人事、財政の一元化の中で一体となってやっている中で、極めて限定されたことしか現実にはできないということであり、具体的にどういうふうにクリアできるのか。あるいは、その枠の中で何ができるかという議論がきちんとされるべきではないかと思っております。
  今、いろいろと校長の人事あるいは期間の問題等ございましたが、これは現行制度内でも十分できることでございます。私どもは、内申するにあたり面接をし、どういう学校づくりをしたいかという観点で、校長が必要とする人材についても、それらをできる限り勘案してます。それから、長過ぎても短過ぎても人事はだめなのであって、そこら辺もまたいろいろと配慮するということなど、具体的に服務監督をし、校長・教頭をほとんどすべて知っている市町村だからこそできるわけで、それをまた知らないところで、機械的にすることも難しいのではないかと思っております。
  もう一つ、それに関連いたしまして、学校というところが基本的に組織として極めてフラットであり、従来の経緯から管理職が管理職として成立しにくい組織という一つの特徴があります。このような組織に権限委譲しても、なかなか難しい問題があることは、既にいろいろな委員の方から別の表現で指摘されていることでございます。学校長が管理職として成立し、学校が組織体として成立して、初めて権限がきちんと行使され、いい教育ができるのではないかと考えております。
  また、県費教職員ということのお話に関連してでございますが、服務監督をする中で、私どもは先生方の資質向上や、研修、つまり教員が質的によいということが一番大切であると思っております。そのために、いろいろな研修をしておりますが、現在、研修は基本的には任命権者の権限でございます。市の教育委員会ができるのは、できる規定と県教委の研修に協力するということでございます。例えば県が実際にやっている研修は、これは義務教育の場合、県によって違うと思いますが、研修の予算の中の約80%が初任者研修であり、そのほかの研修についての予算は約900万、約9%で、あとは市が独自に自主的にせざるを得ない、あるいは上乗せしなければいけないということで、市の予算はおおむね1,500万です。県が全県的にしている予算の約倍近くを投入しています。服務監督の責任から、実質的にこういうことが必要である、こういうことが足りないということで、研修をしているわけです。任命権者が当然すべきことは、県にしてもらうべきであって、緊縮予算の中でなぜ市がしなければいけないのか、という議論が当然出てまいります。その意味では、服務監督をしている身近なところで、実質的に学校を監督し、指導している市教育委員会が、研修についてももっときちんとした権限を持ち、学校運営に対して先生方の資質向上に基本的にきちんとかかわることのできるような制度を置くことが必要ではないかと思っております。
  総論的でございますが、地方分権の中で、地方分権の趣旨が地方自治体にも生かされるためには、行政の多元性の確保と教育の中立性は絶対に必要だと考えております。そのために、教育委員会自体のきちんとした確立と、その中で常勤として教育委員会の実務をする教育長の立場をきちんと確立することがやはり大切ではないかと思っております。

○  まず前置きになりますけれども、先日の教育委員会の現地調査に参加しておりまして、一つ、これは私だけかもしれませんけれども、危惧をちょっと持ちましたのは、お話を伺っていて、ある部分で今のままの教育委員会、学校との関係であるならば、今後、例えば「生きる力」を重視する学校改善とか、あるいは「心の教育」に着目をした特色のある学校づくりということが、現在、非常に大きい課題になっているんですけれども、このままで果たしてそういう理念が各学校に浸透して、各学校が活性化して、それぞれ特色のある教育課程を編成し、教育活動を展開できるだろうかという一抹の疑問を私は感じたわけです。
  そうした課題意識から、基本的にはかなり思い切って学校に権限委譲を持っていって、それを先ほどからお話がありますように、いかに教育委員会がバックアップをするようなシステムをつくっていくか、あるいは地域と学校との関係づくりをどう進めていくかということが、具体的な方策になるだろうと考えるわけです。
  少し具体的なことを申し上げますと、先ほどの御説明の中で、例えば学校管理規則について言いますと、やはり承認事項とか、届出事項は見直していくべきです。実は学校管理規則の中には、文字面にはあらわれませんけれども、一度届け出た教育計画等を変更するときには、また変更届等なかなか難しい手順があると思います。そこも含めて、学校管理規則の内容で、その関係の改善につながる部分は見直すことがまず一つは必要である。
  それから、予算面につきましても、既に手をつけているところがありますけれども、学校長裁量の幅を持たせていくという点に着目すると、これもまた検討すべき方向が一つあるのではないか。予算面については、そのように思います、
  それから、人事面については、学校長から教育委員会に具申をするところがまず基本になるわけでありますけれども、この内申の過程が従来、ややもすると公平というんでしょうか、あるいは格差のない内容にという点に重点が置かれていたようでありますけれども、今後、これも先ほどからお話が出されていますように、学校長の教育理念であるとか、あるいはどのように特色のある学校をつくっていくか、そのためにどういう人事配置をしていくのか、教育活動をするのかということを、もっと重視するような形にしていけば、そこから校長の在職年限という話にもつながっていきます。
  それから、権限委譲することに危惧があるわけでありますから、その危惧をサポートするために、今度は教育委員会のほうで、例えば指導主事というような職員を、どうやって学校管理規則の運用の中で生かしていくのかという課題が出てきましょうし、それから例えば教育活動の展開であるならば、学校の内部と地域との関係、そして教育委員会との関係も持って、サポートシステムをどうやってつくっていって、校長の意識革命を含めて、学校の活性化を図っていくかという課題があって、その辺が今後の課題かなと私は考えています。

○  議論なさっているのとは離れると思うわけですが、小さな町では、学校は住民の心のよりどころなんです。学校と住民を結ぶ役割が教育委員会の仕事でないかなと思っています。ふるさとを愛する心をはぐくむということについて、町民オペラ「縄文ページェント」のことを御紹介させていただきました。小さいときから思いやりの心を育てるということで、私どものほうは幼稚園、小・中学校5校あるんですが、全部の学校に福祉教育の指定校ということで、特別養護老人ホームを訪問するとか、例えば中学校では福祉弁当を子どもたちがつくりまして、ひとり暮らしのお年寄りのところに、弁当を届けることをやっているわけです。お年寄りの人方が涙を流して喜んで、感謝の手紙をいっぱいくれるんです。こういったことで、子どもたちの心が育っていくんでないかなと思っております。
  それから、私どもの町は農業県ですので、田んぼの稲刈りとか、田植えとか、お年寄りと子ども達が一体になって体験学習をしているわけです。そういった農作業体験等が心を育てるということにつながるのではないでしょうか。教育の原点なのかなと私なりに考えたりいたしております。
  子どもや町民の幸せのための教育のサービスをするところが教育委員会で、学校教育だけではなくて、社会教育、生涯学習、文化、芸術、スポーツといったことを、教育委員会の職員が先頭に立って頑張れば、町民の人方もいろいろ支援をしてくれるということです。生涯学習のボランティアとか、社会体育推進委員とか、なるべく学校の行事にそういった住民の教育ボランティアを活用してやっているわけであります。
  教育委員会の役割というのは、学校を指導・監督するという役割もあるかもわかりませんが、涙とか、汗とか、感動というものを、町民とともにつくっていく、結局は町づくりにつながっていくことではないでしょうか。生涯学習で学んだことを、実践で生かしていく。子どもを巻き込んで、町を住みよいものに変えるという活動が、教育委員会の大きな仕事でないかなと思っております。

○  学校の自主性と責任性の確立ということで、先ほどからお話に出ていますように、校長にとっては、学校において一番頼りになるのは教頭でありますし、その次に教務主任、そして教育委員会、地域の方であります。私の経験から申し上げますと、校長のなりたてが東京の離れ島の小さな学校に参りまして、教員は、当時でいうと価値観の対立の激しい学校でありまして、相談相手は教頭だけしかいなかった。そういう中で、校長が一つの考えを出しても、それに「はい」と言ってくれるまでにはなかなか時間がかかります。
  行政のほうも、指導主事は一人しかいない。あとはいわゆる行政系の事務の方ばかりで、学校の教育をどういうように進めていくかということについての相談体制はなかなかつくれない。一番頼りになったのは校長会の先輩、あるいは同輩の方々だったということです。
  もう一つは、地域の方々が、夜、慰めてくれたりして、〈よし、またあしたからやるぞ〉という気持ちになりますが、小さな自治体の中では、校長の相談相手になるようなスタッフは、ぜひ多様な人材をそろえていただくことができないだろうかと思っております。
  また、校長の責任ということであるからには、こういう基本方針を持って、この年度はいきたいということで、それができなければ、やはりおまえはだめだったんだということで、ある程度のペナルティーとまではいかないまでも、「どうしてしっかりやらなかった」ということもまたあれば、より緊張するかなと思っております。

○  中教審答申によれば、これからの学校教育の在り方というのは、学校だけでなくて、家庭、そして地域社会とのバランスといったことを指摘していますし、また特色ある学校づくりとすれば、教育内容、あるいはそれにかかわる教育活動は学校がやるとなると、校長が選ぶということになってくるのではないかと思います。それから、三者のバランスということであれば、地域との連携ですね。学校外の教育をどう取り入れるか、あるいは学校の教育をどのように地域に結びつけるか。そうなりますと、やはり地域との連携が非常に重視されるということが考えられます。
  そこで、校長の任期ということで、御指摘がありましたけれども、校長が校内でのリーダーシップを強く発揮できるというのは、私の体験上、3年ぐらい時間が必要ではないかと思います。毎年、人事で2割から3割の教員が動きます。教頭も二、三年で動きます。そうなりますと、時間を経ながら校内の状況を把握できるのは校長だけなんですね。10年もしますと、赴任した当時の教員はだれもいません、教頭も3人目、教育委員会の人事担当も3人目くらいです。学校を取り巻く状況、あるいは校内の人的な面はかなり異動が激しいんです。その中できちんとした学校経営をするとなれば、腰を据えてやらなければならない。長くいれば、それなりに校内での一つの経営観を持って指導できます。
  特に体験上申し上げますけれども、地域との連携というのは、腰を据えて地域に入り込んで、管理職が意識的に学校とかかわりを持とうとして動かないと難しいということです。校長の任期が、学校経営、そして校内での校長のリーダーシップに大きくかかわっていると私はとらえています。

○  今お話があったように、私たち親とか、地域の住民は、学校というものに対しては地域の宝というふうに考えているわけです。今度、学校選択の規制緩和という問題がありまして、それがどんどん推進されていくようなことになったときに、どんなことが考えられるだろうかということになると、今までそこに住んでいた人が代々そこに通っていた、親から子、子から孫へというふうに受け継がれた学校が、だんだん違ったものになってくるという状況が生まれてくる。そういう中で、学校の在り方、まさに自主性がその学校に問われてくる。もしかすると、だれも行きたくなくなるような学校になるかもしれないというとも考えられるわけですね。
  そうしたときに、今、私たちの子どもが通っている学校の校長先生がどんなことを考えて教育をしているかということを、だれも考えて行っていないわけです。教員のスタッフがどんな人がいるから、ここに行こうなんていうことを考えていないわけです。今度、選択の規制緩和が本当に行われるようになったときには、選ぶ側は、ここの校長先生はどういう人か、その先生の教育方針がどうなのか、またスタッフの先生方はどんな先生方がいるのかということに対しては、今よりも一層、その学校に行かせようとする親や行く子どもたちは真剣に見るわけです。
  そうなってきたときに、小さな市町村で、一つしかないというところは、選択しようにもしようがないというところもあるかもしれませんけれども、ある程度の町になってきて、いろんな学校があるときには、それに耐えうる学校づくりをしていかないと、本当にその学校の特色がきちっと出てこないと、暇な学校が出てしまというようなことが起こり得る。そうならないために、耐え得るものをつくっていくにはということが、地方分権とか言われている中の一番大きなものでなないかと思っているわけです。
  行政の流れの中のいろんな問題があるかもしれませんけれども、その辺にこだわっていたらこれは何も改革できないのではないか。そういうことを抜きにしていろんな考えを出し合いながら進めていかないと、これは前進していかない。確かにものすごく難しい問題がいっぱいあるかと思いますけれども、何もできないのではないかと思います。
  また、先ほどから教頭先生の大切さということが言われておりますけれども、私も何人もの教頭先生に会いましたけれども、まさにこれから校長先生を目指そうという教頭先生と、それで定年を迎える教頭先生との間にはものすごくギャップがある。この辺、校長先生が若くて、教頭先生が校長先生よりも年がいっていて、教頭先生で定年を迎えようとするような場合も私は経験しましたけれども、そういうときに、校長先生がなかなか思うように物事を進められないという現状も見てまいりました。例えば、学校が地域、そして家庭と連携を取らなければという面と、それから学校と地域という線とがあるわけですけれども、学校という点の問題につても、まだまだものすごくいっぱい問題があると感じております。
  学校選択の規制緩和が現実となったときのことを考えて、それに耐え得るような学校づくりをやっていかなければならないのではないかと思っております。

○  私は地域に出て体験型学習を子どもたちに与えるというカリキュラムを考える立場にあって、とてもいい学びをやっている地域あるいは学校を訪問させていただく、あるいは研修の講師として行きますときも、教育長さんの理念あるいは地域の方の理念はとてもすばらしいところが多くて、一方、マスコミ等で言われる一般論としての教育に対する評論が出てきて、自分の頭でなかなか整理できないんです。
  ただ、一つは、第一次答申を受けて、特に少子社会になったときに、学校というのが地域の中でどういうふうに再構築されるのかということが非常に重要な課題になっていくのではないかと思います。まして5日制になりましたときに、子どもたちが地域の中で、ただ子どもだけで育つのではなく、大人とともに育っていくという場をつくっていくという中での教育行政の在り方、もちろん私自身、教育実習の連絡教員としていろんな学校を伺いますので、校長先生、教頭先生の関係なども見えてくる部分があるんですが、その辺が一つの日本の社会システムというか、日本型システムが疲労してきているのかな、限界があるのではないかという気がいたします。
  もう一つは、現場の先生たちも、校長先生、などの教育理念なり経営方針をきちんと見ているのではないか。例えば、ことしの4月から私の大学では、新しい教育課題に対して夜間大学が設置されました。現職の先生が学校を終えられてから、走るようにして夜間大学の授業を受けにくるんです。時々、夏休み中も、不安を持っていらしゃる先生がお手紙をくださったりするんですが、せっかく新しい学びをしていっても、現場に帰ってからそれを取り入れる余地がない、一体どうなっていくんだろうという不安を持ちながら、体力的にもきつい中で、取り組んだからにはやり遂げたいという中で頑張っていらっしゃる先生を思いますと、もう少し校長先生なりの教育理念が検証される場面というんでしょうか、、それをポートフォリオ的に評価していくシステムがもう少しあってもいいのではないか。点数化すると、これはまた子どもたちと同じ問題になるんですけれども、定性的な記述方式で検証していく。これは大学の我々教官についても、自己点検というのが始まっておりますけれども、そこのところがどうも見えてこない。その辺のところも少し検討する意味があるのではないかと思っております。

○  学校の主体性、責任性を促進するために、二つの視点があると思います。
  一つは、学校の主体性とか、責任性、自律性、それらを疎外している要因はどんなものがあるのかということ。それがあるとすれば、そういったものをなるべく少なくしていくという視点があると思うんです。例えば学校管理規則の中でも、瑣末なものであれば、そういったものをもっとスリム化していくという視点もありましょうし、ほかにもあると思うんです。制度的な面で見直していくという視点があると思います。
  もう一つは、学校の主体性とか、責任性をどうやって高めていくか、そのための支援体制をどうしていくか、その視点があると思うんです。これはなかなか難しくて、学校の主体性と言うんですけれども、果たして校長以下、学校というのは本当に主体性を望んでいるのかというと、必ずしもそればかりではなくて、むしろ上から言われていることを忠実に守っているほうがはるかに楽だという考えもあります。具体的に言いますと、文部省は非常に苦労してティーム・ティーチングという形で、加配教員というのを盛んに入れているわけです。実際に学校現場を見ますと、忠実にきちんとティーム・ティーチングをやっている学校もあれば、あるいは加配がなくても今の先生方の間でTTまでやっている意欲的な学校もあれば、中には加配だけもらって、あとはTTをやっていない学校もあります。
  何からそういうのがきているのか。そのとき、校長はどのように考えているのか。あるいは、指導行政というのは本当に行われているのかといったような問題がいっぱいあるわけです。例えば、コンピュータだってあれだけ入れていながら、ほこりをかぶっている学校から、ものすごくやっている学校もあるし、高等学校の教育課程の普通科でも、文部省では弾力化・多様化と一生懸命言っているにもかかわらず、横並びで画一的ですし、中学校の選択履修なんかも、あれだけ国がもっと積極的にやれと言っているのに、学校現場はどっちかというと消極的です。
  こうやって見ますと、むしろ学校の主体性もさることながら、その一方で指導行政、教育課程行政というのは、細かいどうでもいいことは別にして、ある面ではもっと強力に推し進めていくことが、むしろある意味では非常に大事な側面もあると思うんです。例えば、中教審では中高一貫教育を提言したわけです。今、教育委員会のレベルで、本県において中高一貫校をどうするかを考えているところと、あまり考えていないところとあると思うんですけれども、一番大事なのは、中学校が、あるいは高等学校が、自分のところを中高一貫でもっとやりたいんだという提言が、どうして学校から出てこないのか。例えば、自分のところは僻地である。そして、地元のほとんどの中学生は自分の高校にくる。であれば、自分のところの高校とその中学校を一貫にしてやろうという発信的な発想がもっとどんどん出てきて、教育委員会を動かしていくということがないといかんのではないかと思うんです。それはもちろん校長のリーダーシップもそうですし、その校長のリーダーシップを支える教員の組織、運営管理、全体の問題とも絡まっていると思うんですが、そういう2点から少し具体的に考えていく必要があると思っています。

○  校長先生に非常にやる気がある場合に、首長とか、教育長、教育委員会が御理解があり、また先進的なお考えを持っていれば、現行法規でかなりうまくいくと思うんです。問題は、校長先生にやる気があっても、教育委員会にいろいろ報告をしたり届けたりするときに押さえられてくる場合、それから学校の校内の問題と、この二つの阻害条件があったときに、それをいかに克服していくかという問題を真剣に考える必要があると思います。
  前にも出たんですけれども、いろんな地域で規則とか、準則とか、条例がある。あるところの校長が何かやりたいというときに、規則なり、いろんなものに縛られて動けないという場合に、全国のうまくいっているところの規則、条例、そういう決まりのデータベースとか、うまくいっているところのデータベースがあって、それをやる気のある校長が引っ張り出せるとか、あるいは相談に乗っていただける方がいる。これは国が設けても、広域で設けてもいいと思うんですけれども、何かそういうセンターみたいなものがあって、昔でいうと駆け込み寺みたいなもので、情報を差し上げて、ほかの県とかほかの市町村でこういうふうにやっていますよ、おたくのほうもちょっと変えてみたらどうですかという形の変更でございますね。具体的にそういうことについて、相談相手になって、指導してくださる。いろんな体験のある方に、その指導者をやっていただく。そのような整備を積極的に考えたらどうかという点が一つです。
  もう一つは、今、大学が入学者を選んでいますけれども、もう少ししますと、入学者が大学を選ぶようになってくる。学校もある程度の広域学区制にして、二つの学区の間のボーダーラインにいる住民は、右に行っても左に行っても、住民の意思であっちの学校へ行くことができますよと。このことについては中高一貫校ができた場合と、分離校がある場合に、住民が選択できるということで、一つの突破口ができたと思うんですが、それを普通のいろんな学校の間のボーダーラインのところで、特定の地域だけの人が恩恵を受けるという問題点があろうかと思うんですが、それをやりまして、そしてあるところへ子どもが集まったら、今度はその学校の校長さんとか、教頭さんとかの何人かを入れかえちゃうわけです、学校同士で。そういう人事みたいなことをやって、全体の学校を持ち上げるといったような幾つかの新しい試みをやってみることを、提言だと問題なのかもしれませんが、いろいろな方法が考えられるという形で検討したらいかがかと思います。

○  先ほど申したことを若干補足したいと思うんですが、一つは、言い方が悪かったのかもしれませんが、私は学校に自主性を持たせ、権限を委譲し、主体性を持たせることに反対しているわけではないんで、むしろそうあるほうがいいと思っております。
  ただ、そのためにはいろいろな条件整備をしなければ、校長先生がある意味ではかわいそうだ。言うなれば、手足を縛っておいて、「やれ」と言ってもそれは無理なんだと思います。そしてまた、校長先生の器量だけで全部を乗り切れと。それは器量があるに越したことはないですけれども、組織として校長先生が責任を果たせる体制をつくってやらなければ、校長先生を裸にしておいて、「頑張れ」と言ってもそれはかわいそうだ。先ほど相談役が欲しいというお話がありましたが、そういう視点で申し上げたということをひとつ御理解いただきたいと思います。
  もう一つは、一例を申しますと、職員会議というものがあって、職員会議で決めたことはすべて学校の意思である、あるいはまた校長先生はそれぞれの先生が教室で教えていることを見ることもできないという学校が  ―これは地域により、学校により異なりますけれども、いまだにあることも事実なわけで、それを校長さん一人の力で解決しろと言ったっても無理なんで、その辺の環境整備もあわせて考えないと、「さあ、頑張れ」と言われた校長先生は大変気の毒じゃないかと思います。そういったもろもろの環境整備、条件整備をした上で、校長先生に権限をゆだねるということが必要ではないかと思っております。

○  学校の自主性とか、責任性については、協力者会議で幾らか論議の方向性が出ておりまして、その部分を改めて読まさせていただきまして、その観点の中から幾つか私なりの思いであるとか、あるいはその反対の方向性もあるなということも気づくわけでありまして、そういうことを含めて二、三、「論点整理」で出されました方向性について、私なりに意見を述べてみたいと思います。
  一つは、学校と教育委員会の関係でありますが、これはほぼ協力者会議でお述べになっていることに一々賛同でありますが、一方で教育委員会というのは、自治体住民から民主的な手続によってつくられておる。その意思というのは住民の意思であるという認識の上に立てば、民主的に安定した社会を築いていくために、この権限が維持され、むしろ継続されていく必要があるという一方の見方も実はあるわけであります。そういうことからすれば、校長の権限の拡大というのは、学校運営を安定させ、児童生徒の望ましい発達を図る上で必要であるとは考えますが、現在の教育委員会の権限と均衡を保ったものであることが必要である。したがって、例えば人事及び校務に関して現在以上に学校に自主性や自律性を確保する余地がほとんどないと思われるような一方の意見も実はある。しかし、「論点整理」でお述べになっている方向性については、そういう一方の考え方もありますが、私は同感であると思います。
  次の問題でありますが、学校管理規則等による教育委員会の関与の見直しという指摘でありますが、これも関与の弾力化について検討が必要ではないかとする協力者会議の論議に賛成でありますが、しかし、関与の見直しの必要性は十分に理解できるんですが、一方で児童生徒に対する指導の適切化であるとか、あるいは事務執行に当たって適正を確保するシステムといいますか、その検討が十分に行われる必要があると私どもは思います。
  それから、教育委員会の学校に対する指示・命令・指導・助言についてでありますが、これも大体「論点整理」で述べられていることに同感でありますが、例えばこの意見というのは、ややもするといわゆる行政法上の指示・命令・指導・助言、そういう概念整理が出されているのではないかという気がしないでもございません。といいますのは、教育現場というのはすぐれて専門的、あるいは独自であるという領域に立つとするならば、行政一般の論理、行政法上の論理だけではなくて、指示・命令・指導・助言というのは有効に機能させる必要があるわけであります。そういう意味では、教育現場での実態を十分調査をしたり研究をしたりしながら、指導、あるいは命令、あるいは指示、あるいは助言といったことを、少し教育現場になじむものとして整理をさせていただかなくてはいけないのではないかという思いをいたしております。
  それから、予算の編成でありますが、実は私も含めて私どものスタッフとも「論点整理」をいろいろ議論しました。実際に教育委員会で行ったほうがいいと、私ども教育委員会のスタッフの者が言うわけでありますが、一方で学校の自主性や自律性を尊重するというのは、予算編成権も学校に持たせたほうがいいという意見も実はあるわけであります。しかしながら、これは担保される条件が幾つかあるわけでありまして、予算要求を学校ごとにする作業であるとか、あるいはそれをもって教育委員会が編成作業をするというのは、大変な事務量を伴う事柄でありますから、よほどの事務職員の数を増やすとか、そういうことがない限り、なかなか難しい。
  そういう意味において、教育の専門家である校長は事務に弱い立場にございますので、事務職員がそれを預かる。私ども市でいいますと、県費の事務職員と市費の事務職員というのが合わさった状況の中にいますので、県費の予算を取り扱う部分と市費の予算を取り扱う部分で職務分担がなされております。そういう事柄からすると、予算の編成作業を学校で行うという作業は、言うは簡単なことでありますが、それに伴う作業は大変な事務量になってまいります。それに対しての手立てを十分考えていく必要がある。そのことがなされない限りにおいて、予算編成作業を学校でというのは難しい。むしろ運用の面といいますか、先ほど事務局から御説明がございましたように、各学校の校長さんに権限の拡大、そういう運用の拡大といいますか、あるいは裁量の範囲を拡大して、運用の中でそれは幾らか解決できる方法があるのではないかと私は思います。
  もう一つでありますが、学校の教育目標の明確化と保護者や地域に対する説明等でありますが、これは率直に言いまして、「論点整理」で述べられました部分の中に、いいと感ずるものと、これはあまりよくないなと思うものを私は感ずるわけであります。一つには、学校の目標を地域の方や保護者の方が理解し、そのことを通して、学校が日々行っていきます教育実践がさらに充実したものになり、さらに発展していく方向が生まれてくるならばいいわけでありますが、どちらかといえばそれがブレーキになっちゃいまして、学校のやっていることをそれが抑制する働きになるようなことは難しい。したがって、そこの部分の出し方の問題は、当然のことながら開かれた学校といいますか、学校が教育方針をしっかり出していくのは大事なことでありますが、その出し方の方法論の中で、あるいは手続の問題で、これは慎重な議論が要るかなと率直に私は思っております。しからば、どういう方法がいのかということについては、またいつかの時点で述べさせていただきたいと思っております。
  そんなことで、この部分について、「論点整理」の中から私が思いましたことについて、幾つかお話をさせていただきました。

○  最初に教員の逆指名のお話がちょっと出て、一般の教員というのは少し難しいのかなという感じがしますけれども、例えば校長であれば、今の法律の建前からすると、校長は教員で免許証を持っていて、5年以上ですか、あるいは学校の事務職員を5年以上やっていればとか、あるいは教育に関する公務員を5年以上やっていればということがあって、なかなか難しいんだろうとは思いますけれども、私立学校の校長の資格については、かなり自由に選べるようになっているんですね。
  先ほど、教頭になって校長を目指す人と、それで終わってしまう人みたいなお話が出たんですけれども、目指す人が大部分だろうとは思うんですが、せめて私学ぐらいに法律上の建前として、公立学校も校長を民間から引っ張れるような方策は考えられないものか。確かに私立の場合でも、法文を読んでみますと、教育、学術に関する業務に従事し、かつ云々というようなことが書いてあるんですが、そういう方は民間にもたくさんいらっしゃると思うんで、そのあたり、校長ぐらいせめて民間からスカウトしてきて、公立の校長さんが務まるようなことを提案できないものかと考えているんですけれども、いかがなものでしょうか。

○  皆様方の御議論を伺っていて、この議論はいみじくも大学審議会の議論と同種のものであるという印象を受けました。同審議会の管理運営の部会では、大学における教育・研究を活性化するためにどうしたらいいかということで議論がなされていまして、その一つの方策として、最近出てきています教員の任期制ですが、その前に出てきたのが前回申し上げた学長・学部長のリーダーシップです。現状では、学長のリーダーシップがなかなか出しにくいということについては前回申し上げたとおりですが、それでも文部省は、最近は学長裁量経費ということで、例えばある大学では2億5,000万ぐらいの経費を出しています。これは完全に学長が使える経費です。これによってある程度イニシアティブが出せるようになった。これが10億円ぐらいになると、学長のイニシアティブも相当出せるようになるだろうと思っています。私の大学では給与分を差し引いた残りが100億位ですから、10分の1ぐらいのお金をリーダーがハンドリングできるようになると、相当のイニシアティブが出せるだろうと思います。
  もう一つは、ただ今お話がありましたけれども、人事権です。今のところ、学長は人事権が一切ありません。これが若干でもあれば、随分大学がよくなるんじゃないかと考えています。
  現行の日本のカルチュラル・バックグラウンドの中で、いきなり人事に手をつけるというのは非常に難しいとは思いますが、校長先生が人事に多少でも口をはさむことができるようになると、日本の学校は大学を含めて変わるのではないかと思っています。

○  今、おっしゃったことに非常に同感でありまして、似たようなものがあるなと思って聞いておりました。大学の場合の一番問題は、教授会に強い権限が与えられているんです。法律的にもあそこにかなり強い権限が与えられている。もちろん評議会があって、その決定に従って学長は動くわけです。
  そこで、中学校、小学校、あるいは高等学校もそうですが、職員会議の位置づけについて、やはり一度整理しておく必要があるだろう。いろいろの段階があると思うけれども、一体そこにどのような役割があるのであるかということをきちっと調べておく必要がある。既に皆さん御存じのことと思いますが、整理をしておく必要がありはしないかということを感じました。
  もう一つ、校長の相談役が絶対要ると思います。大学でも決して学部長会議や評議会だけが相談相手というわけではありません。もちろん相談していますけれども、それ以外に学長の周りに、ある大学では補佐制度を置いたことが非常に役に立つわけです。副学長及び補佐が何人かいて、その人たちが相談に乗る。だから、校長の相談役をきちっと組織しておく必要がありはしないか。
  それから、やはり校長先生や教頭先生の勤める年月が長いほうがいいのではないかと思います。2年や1年半ではとても新しいことができないと思う。そういう意味で、せめて4年か5年にすることがいいんじゃないかと思います。
  それから、校長が、たぶん今でもやれることは随分あると思うんですが、将来、総合的学習の時間などがいよいよ設けられる場合には、それの内容をどうするかなどというのは、校長や教頭が決めていけばいいのではないか。もちろん周りの先生方と相談してやればいいと思いますが、そこを決めていく力を持つことが必要だろうと思います。
  小・中・高のほうが進んでいると思うのは何かというと、大学だと学長が講義を直接見ることというのは許されないということはないけれども、非常に嫌がりますね、講義権と称して。こうしたほうがいいだろうということを言われることも、非常に嫌がるようですが、たぶん初中教育では、校長先生が結構若い人の授業に入っていけるんじゃありませんか。その点は一つ進んでいると思うんです。そういう意味で、授業指導をどんどんやっていかれたらば、校長先生たちのリーダーシップが確立していくのではないかと思いました。

○  いろいろ貴重な御意見を交換していただいてありがとうございました。
  きょうの審議は以上にさせていただきます。私、伺っておりまして、先ほど現地調査のことに関連して言葉も出てまいりましたが、中教審の一次答申で出しました地域教育連絡協議会、それから地域教育活性化センター、このことは現実に全国各地でいろんな形でかなり取り組まれているということを伺いまして、中教審でしっかり審議して方策を打ち出していけば、これは実現される。だから、この難しい複雑な地方教育行政の在り方についても、中教審として確たる方策を出していけばというふうに考えながら、お話を伺っておりました。
  そこで、次回からですが、差し上げてあります当面の日程を御覧いただければと思います。これから次回の進め方についてお諮りいたしますが、次回、11月10日の第4回小委員会では、きょうのテーマとも関連することですが、積極的な地方教育行政の展開、あるいは開かれた学校づくりを進めるためには、この前から出ております地域住民の意向を教育行政や学校運営に反映し、また住民の協力を求めることが極めて重要であることから、まず次回は地域住民と教育委員会、そして学校との関係、これを一つのテーマとして審議をしていただきたいと思います。そして、できれば広げていって、教育委員や教育長の適材確保方策、あるいは小規模町村の教育委員会の在り方を含む教育委員会の組織・体制の在り方の問題についても、できれば検討を進めてまいりたいと思います、
  そうしたことを受けながら、11月18日の第5回の小委員会以降は、関係団体からヒアリングを行いながら、ヒアリング団体とその関連する論点について、さらに検討を深めていきたいと思います。
  なお、具体的なヒアリング対象団体については、私のほうできょうまでに出ましたことも整理しながら、論点を整理させていただいて、その論点に応じてヒアリング対象団体を考えさせていただければと思いますが、そういう進め方でよろしゅうございましょうか。
  では、そういうことで、よろしくお願いいたします。
  これで本日の会議は終わりでございます。
  次回の小委員会は、11月10日、13時から、霞が関ビルの35階、ゴールドスタールームで開催いたしますので、よろしくお願いいたします。

(大臣官房政策課)
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