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資料3-4-3.黒川清氏 配布資料

学術月報 Vol.59 No.7より
特集:第3期科学技術基本計画と学術の振興

「Science As A Foreign Policy 国の根幹は人つくり」

黒川 清

1. はじめに

 第3期科学技術基本計画作成に当たって日本学術会議は平成17年4月2日に「日本の科学技術政策の要諦」(以下「要諦」)を発表した1).国家ヴィジョンを「品格ある国家」(最近,とみに聞きなれたキーワードではないか?)と「アジアの信頼」の二つとしている.これは学術会議が平成14年に発表した「日本の計画」2)の延長上に位置するもので,わが国の歴史を振り返り,現在の課題,そして将来への展望を展開したものである(これら報告書の英語版は文献3,4)).20世紀の世界の動向を踏まえた,大きな枠組み,急激な人口増加,環境劣化,南北格差の進行等を踏まえ,国連のBrundtland報告「持続可能な成長:われわれ共通の将来」(1987年)頃からの国際的な科学者コミュニティーの活動を踏まえて日本の課題を考察し,第3期計画の位置付けをした.紙面の制限もあり,皆さんには学術会議のこの二つの報告書を読んでいただくとして,ここではこの特集のテーマに限定した記述とする.ここに書かれていること,第3期科学技術基本計画の総予算を決める最後の官邸での総合科学技術会議本会議(平成17年12月)の私の発言等を含めて説明したものが,「IDE」平成18年5月号5)に書いてあるので参照してほしい.

2. 21世紀,日本の課題は何か

 「要諦」に示したように,2050年ごろを俯瞰的に見れば,地球人口は90億に達する一方で,わが国を含めて先進諸国は人口減少,高齢社会を迎える.人口増加とともに,地球規模では更なる環境の劣化,生物多様性の急速な喪失,食料や水,エネルギー資源と地球温暖化,また南北格差と多くの貧困問題,そして,これらの背景と科学技術の更なる進歩によって起こりうる数々の前向きのベクトルの可能性が指摘される一方で,自然災害もさることながら,国際社会の不安定化と人為的因子による大災害の可能性は,実は想像以上に大きい6).

 このような時代の可能性を考えたときに見えてくる日本の国家的課題は何か.日本はこのままで行けば2050年には35%が65歳以上という超高齢社会,人口1億程度と予測される.そのときに還暦を迎える人たちはすでに16歳,50歳を迎える人はすでに6歳,これらの将来を担う世代がこれからの10年間で受ける教育を考えれば,人材育成,大学改革は待ったなしなのである.しかも,現在で世界の多様な文明的,歴史的,社会的,宗教的背景での60%の世界人口を抱え,しかも経済成長の可能性の高いアジアの状況はどうか,世界の動向はどうか,そこでの日本の存在はどんなものかを考え,これらを踏まえて戦略的に国家政策を考えれば,科学技術計画にしても国家の根幹は「人つくり」であることは明白であろう.いくら研究費を投入してもそれを生かすも殺すも「人」なのである.30-40歳以上の人たちは10年先はたいしたことはないと思っているかもしれないが,今10歳,15歳の子供たちの10年先を考えれば事柄の重大性,緊急性が理解できるのではないか.

3. 国の根幹は人つくり

 科学技術がいくら進んでも,それを作るのも,使うのは「一人ひとりの人」である.すべての人たちが科学者になるわけでもないし,研究者になるわけでもない.しかし科学的思考ができることは大事なことである.これからの人つくりは国家の「社会や組織に適合する人」を作るのではなく,一人ひとりが「個」として思考し,考え,行動する,そのような人たちによる社会を構成する,これこそがこれからの人つくりの目標であろう.自他の文化,文明を理解し,その多様性を認識,尊重し,国境を越えて思考しながらも,地球規模の問題を認識しつつ行動できるようなグローバル次代の「個人」が一人でも多いような社会の形成こそが,これからの国家目標ではあるまいか.

 従来の,特に20世紀後半の経済成長の過程での日本の初等,中等教育の評価は国際的にも高かった.基本的には中央政府の指令にそった横並び,単線の詰め込み教育であり,実際には一人ひとりの潜在能力開発というよりは,現実には偏差値による評価軸だけの大学入試へ向けた教育に収斂していたといえる.戦後の40年で世界第2の「経済大国」,「Japan as Number One」になったのである.そのような教育システムで何の疑問を持たないですんだ日本を囲む大きな国際社会の枠組み,つまり冷戦とか日米安保,大量規格品,消費経済というような国内外の状況があり,1940年体制7)とも言われる「政産官の鉄のトライアングル」がよく機能したのである.大学は本格的な学問の場として国際的に高い評価を受けていたわけではないし,社会も企業も「いい大学」での教育に期待していたわけでもない. 「官尊民卑」の序列社会を反映した大学という高等教育機関をこのように見てみると,従来型の日本の教育政策と社会制度は21世紀グローバルの「フラット」な時代8)の人材育成を目標としていたというわけではないし,適していない.

4. 子供は生まれつき科学者:子供の科学離れは大人の科学離れから

 子供の科学離れが問題という.子供は生まれつき好奇心のかたまりで,毎日新しいことに遭遇し,興味を持つ,なぜ?なぜ?と聞く.そのとき周りの大人はなんと答えるか.「花はなぜ咲くの?」,「星はどうして光るの?」. これらに対して当たり前と返事しているようではこどもの好奇心は育たない.小学校高学年から急速に科学,理科への興味は失われていく. 「ときめき」を育む教育9)でなければ,何で科学が好きになれるだろうか.勉強の目的は大学入試にあるから,と周りの大人は無意識に考えてはいないか?大人がどの程度に科学に興味があるのか?各地の大学は,学生も,大学院生,教員も,みんなが普段から地域社会へかかわりあうべきであろう.幼稚園,小学校,中学校等々,また老人施設もいいではないか.核家族,少子化もあって親も子育てに自信がないし,日常的に周りに大人もお兄さんも,お姉さんもいない,先輩もいない,だからこそ大学が地域の日常に関わっていくことを考えるべきであろう10).大学も地域産業との連携などと了見の狭いことだ.日常的に地域社会の人つくりへ関わるべきではないか?「サイエンスカフェ」などは自然に日常の地域活動の一部となるような社会を作りたいものだ.予算が問題なのではない,意識の問題である.大体,日本社会では,科学者であることは誇りであるという認識の社会であったのであろうか.かなり昔には「末は博士か大臣か」とも言われたものだが,どこがどうなったのか少しは考えてもらいたい.

5. 世界の一流大学は何を目指しているか?

 高等教育機関の大学の役割はきわめて重要であろう.研究の場でもあるが,研究者ばかり育てているわけではない.社会の種々の職種の多彩な人材を育てるところである.だからこそ,国際人材競争の時代,世界の「一流大学」,たとえばPrinceton,Cambridge,Harvard等々,そして世界の「一流」を目指す大学は世界の若者をひきつける場所になろうと学部教育に力を入れ,教員の学部教育への要求を高めている.そこへ世界中の意欲ある若者が集まる,大学の評価が高くなる,優れた教師が集まる,大学も好循環を形成する.「一流大学」は世界の人材のネットワークのハブとなり,それがグローバル時代の国の安全保障の基盤も強化できるというものである.「一流大学は国際村化」しているのである11).そして,大学トップも教員も積極的に外から,世界からリクルートする.

 日本にそんな開放的な学部の国際大学があるだろうか.大分の立命館のアジア太平洋大学(APU)位ではないか?ここでは学部学生の42%が留学生であり,よく勉強する.私も訪ね,講義をしたが,日本の学生も留学生も生き生きしている.学長はスリランカのCassim教授である.日本の若者が世界の若者と過ごすことで「外」を意識するようになる.大学院を目指す人たちも多くが海外へ出ようとするだろう.これが国際的人材ネットワークの基本であり,こんなことが,もっと多くの日本の大学に起これば10年,20年後が楽しみである.

 例えば学部学生定員の20-30%を留学生に開放する,授業の30%程度は英語で提供する,英語の授業だけで単位取得でき,卒業できるようにする.日本の若者の意識が変わる,広い世界を意識し始める,留学生に触れて大学院に行くのであれば何も日本である必要はないと考えるようになるだろう.国際社会で活躍する日本人も増える.留学生もいずれ母国で,また広い国際社会でリーダーになる人も多いだろう.日本への感謝の気持も広がるだろう,同窓生の人脈も世界に広がる.日本で働く人もいるだろう,仕事で日本に戻ってくる人もいるだろう,そのうちには子供を留学させたいという人も増えるだろう.留学生には(日本の学生にもだが)奨学金も考えるべきであろう.これも科学技術の国家投資と考えるべきである.国家安全保障の基盤となるのである.そう考えれば,国家政策としてもっともっと開放した総括的な政策ができるのである.できないのは役所の縦割りが課題かもしれない.本当か?

 最も抵抗するのは大学の教員ではないか?特に「一流国立大学」の多くの教員がそれなりの理屈を挙げながら「学部の国際化?英語で授業?世界の若者に評価される?」というだろう.卒業生の多くが海外の一流大学院へ行きたがるだろうが,卒業生を通して大学の学部教育が評価されるのである.「官尊民卑」の日本の価値とは違う評価軸で大学が評価されるのである.これが自発的にできないようでは,日本の大学,つまり「知の社会」はまだまだ「鎖国」といえよう.大学でさえそうなのだから,多くの人の考え方が「内向き」で,「鎖国」なのも致し方ないのである.このグローバルの時代に情けないと思わないのがいぶかしい.これからの時代には「鎖国してはならない」12)のである.

6. 大学の「大相撲化」

 ところで,大学開放よりももっともっと日本人にとっては受け入れられないものがあった.それは「国技」大相撲ではなかったか.バブル経済が頂点に達するころ,小錦は大関になった.しかし,「横綱は神前で土俵入りする,外国人が横綱などとんでもない」といってはいなかったか.しかし今はどうだ.今年の春場所の相撲力士760名ほどで60名は外国人(8%),幕内ではこれが42名中13人(32%)となり,三役と横綱では10人中5人(50%)である.外国人の横綱はすでに3人,いまはひとりだけだがそれはモンゴル,次の横綱も外国人になりそうな勢いである.これが何かマイナスになっているか?この現実は日本人のプライドを傷つけているだろうか?むしろ苦労はしても日本の文化,社会を好きになる,がんばる外国人に親しみを感じ,日本の「国技」相撲に誇りを持っているのではないか.またこれらの外国人力士は母国での日本の評価を高めてくれているのではないか.

 今年はジンギスカンによる大モンゴル帝国誕生800年なのである.いろいろな記念行事が開催されている.そこへ日本政府代表団がこれらのモンゴル力士とともに参加することはどのような外交的効果を持つと考えたことはあるだろうか?これが国家戦略なのであり,外交なのであり,開放された人材育成の「場を提供」していたからこその信用であり,成果なのである.

 大学,特に「一流大学」と思われている,目指したい大学ほど,このような国際的に開かれた場所として人材育成の国際貢献役を果たさないで何をするのだろうか.そうすればみなが後を追うのである.「全入時代」など,何のことを言っているのかと考えてしまう.国家政策もしっかりしてほしいものだ.大学は何も研究ばかりではない,大学にはもっと大事なこと,教育があるのである.「大学の大相撲化」である.テニスもウィンブルドンはプロの夢である,だが長い間,英国人は勝てない.しかし,これが英国にマイナスになっているだろうか.

7. 大型科学研究のありかた

 大型研究や研究施設は高額であり,どこの国でもできることではない.天体観測,宇宙科学,高エネルギー,スーパーコンピュータ等の大型機器,ゲノムやタンパク等々の大型国家投資,これは世界共通の財産と認識すべきである.であれば,世界の研究者,若者に開放し,国際パネルで審査,評価する.日本の研究者ばかりで競争しているなどとは実に了見が狭い,「島国根性」にも困ったものである.将来の世界のリーダーの育成に科学技術で貢献する日本.これが日本の魅力をソフトパワーとしてさらに高める方策のひとつと考えられよう.これらの人材育成こそが国家安全保障の基盤を構築するのであり,この科学研究投資を人材育成からの安全保障の視点からを考えれば,大型機器施設使用料への国家予算など安いものである.つまり国家としての「Science as a Foreign Policy」という視点の政策理念が重要なのである.

 だいたい,科学技術政策にしても,アメリカではこれもやっています,だから日本でも,などといっていて予算請求するなど無理がある.思考が単純すぎる.ヨーロッパでは一つ一つの国がそれぞれ大型研究に投資するのではなく,ユーロ全体として対応している.アジアでの日本はもっとアジアの人材育成,研究者育成への貢献という視点を持つ科学技術政策を戦略的に考えてほしいものである.特に社会的に地位の高い学者,研究者はそれなりに社会的影響が大きいわけで,人材の育成へもっともっと大きな理念を持って発言し,行動してほしい,それが社会的責任というものであろう.

8. おわりに

 21世紀のグローバルの「フラットな時代」では,国力は組織人間や会社人間ではなく「個人」力なのである.どれだけ個人力のある人たちを育成するかが国力の根幹なのである.この50年,日本の(日本だけではないが)多くの科学者も研究者も,アメリカの大学で育てられた人が圧倒的に多いのではないか?みんなアメリカが嫌いになっているのか?むしろ好きになっていたのではないか?これがなぜなのか,しっかり考えてみるべきであろう.科学や科学技術は国境を越えた普遍的な価値を提供する.だからこそ,「Science as a Foreign Policy」としてこれらを考えるべきであり,「一流」大学はまず「大相撲化」へ,そして科学者も政策担当者もしっかりした国家ヴィジョンに立脚した国家政策を立案,施工していくべきなのである.だからこそ人材育成の「場」として,大学も研究設備も,特にアジアの若者へ開放し,率先して範を示すべきなのである.それでなければ, 日本は「鎖国マインド」13)のままであり,これでは21世紀の日本の将来は暗い14).

参考文献

1)日本の科学技術政策の要諦. 日本学術会議,www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-s1O24.pdf,平成17年4月.

2)日本の計画. 日本学術会議,www.scj.go.jp/ja/scj/perspective/index.html,平成14年.

3)Japan Vision 2050. www.scj.gp.jp/en/scj/scj/japan.pdf,2005.

4)Japan Perspective. www.scj.go.jp/ja/scj/perspective/pdf/eiban.pdf,2002.

5)黒川 清. 新科学技術基本計画と大学改革.IDE,平成18年5月号,PP.32-40

6)Martin Rees. Our Final Hour: A Scientist's Warning.Basic Books,2004.

7)野口悠紀雄. さらば1940体制―戦時経済の終焉.東洋経済新聞社,平成7年.

8)Thomas Friedman, The World is Flat: A brief history of the twenty first century. Farrar, Straus and Giroux,2005.

9)黒川 清.ときめきと教育.JILS強光子場科学研究懇談会「光科学研究の最前線」iii~ivページ.平成17年.

10)黒川 清. 「科学者の社会責任:子供を育てる,みんなで育てる」,学術の動向,平成16年8月号.

11)ニューズウイーク(日本語版),平成17年10月19日号.

12)大江健三郎.鎖国してはならない.講談社文庫.

13)黒川 清.鎖国マインドを解き放て.読書漫遊,Wedge,平成18年3月号,JR東海.

14)立花 隆.滅び行く国家 日本はどこへ向かうのか.日経BP社,平成18年.

 

黒川 清(くろかわ・きよし) :日本学術会議 会長

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