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教育振興基本計画部会(第11回) 議事録

1.日時

平成23年10月20日(木曜日)15時~18時

2.場所

学士会館「210号室」

住所:東京都千代田区神田錦町3-28

3.議題

  1. 次期教育振興基本計画に係る有識者からのヒアリング・審議(2)
  2. その他

4.出席者

委員

三村部会長、小川副部会長、大日向委員、岡島委員、金子委員、篠原委員、竹原委員、田村委員、丸山委員

文部科学省

金森文部科学審議官、板東生涯学習政策局長、杉野生涯学習総括官、上月生涯学習政策局政策課長、森友教育改革推進室長 他

5.議事録

【小川副部会長】

 定刻、若干過ぎてしまいましたけれども、ただいまから第11回の教育振興基本計画部会(委員懇談会)を開催させていただきたいと思います。お忙しいところを御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 今日は三村部会長が御都合により会議途中での出席になりますので、副部会長の私が部会長代理を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします。
 また、本日は出席委員数が定足数に達していません。ですから、委員懇談会ということになっておりますけれども、会議の進行は通常の部会と同様に行なわせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
 また、会議も通常どおり公開したいと思いますが、その点もよろしいでしょうか——ありがとうございます。それでは、今日の会議も公開ということで進めさせていただきたいと思います。ありがとうございます。
 それでは、早速、議事に入らせていただきます。今日の議事は、前回に引き続いて有識者の皆様からのヒアリング及び審議を行い、四つの基本的な方向性について論点の洗い出しや論点を深めていくような審議をしてまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。
 まず、今日のタイムスケジュールについて事務局から説明をお願いいたします。

【森友教育改革推進室長】

 まず、配付資料の確認でございますけれども、資料1から資料4までございます。資料1が本部会の当面のスケジュール。それから資料2が、本日ヒアリングをさせていただきます有識者の方々から意見発表いただきます主な内容でございます。それから資料3、3−1から3−5までございますが、有識者の先生方のそれぞれの配付資料でございます。資料4が次回の日程でございます。
 日程でございますけれども、本日も前回と同様、前半と後半に分けさせていただきまして、前半を耳塚先生、岩本先生、牧野先生のお三人の先生方からヒアリングをした後に意見交換をさせていただいて、その後、5分間休憩をとっていただいた上で、後半、黒川先生、船橋先生からヒアリングを行わせていただきまして、その後、意見交換という形で進めさせていただければと思います。
 以上でございます。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。配付資料の確認はよろしいでしょうか。
 それでは最初に、前半の3名の方々から御意見を伺いたいと思います。3名の御意見を続けてお伺いした後に、委員の皆様との意見交換の時間をとりたいと思います。
 まず、前半に発表していただきますのは、お茶の水女子大学の副学長・耳塚寛明先生、島根県海士町高校魅力化プロデューサー・岩本悠先生、東京大学大学院教育研究科教授の牧野篤先生です。どうかよろしくお願いいたします。
 あと、大変恐縮ですけれども、一人概ね20分程度に報告をまとめていただきたいと思いますので、終了3分前と終了時間に事務局から紙を差し入れさせていただきますので、その点もご了解いただければと思います。よろしくお願いします。
 では早速、耳塚先生からお願いいたします。

【お茶の水女子大学理事・副学長・耳塚寛明氏】

 お茶の水女子大学の耳塚でございます。「高校教育と質保証」というタイトルで意見発表をさせていただきます。
 1990年代は高校教育改革の時代でありましたけれども、それ以降、高校は忘れ去られた存在でありました。いわば政策的なエアポケットとして位置付けていいのではないかと思います。そのような状況を踏まえて、高校教育の質保証について重点を置きながら話をしたいと思います。高校教育の研究自体も近年は一時に比べると相当少なくなっておりまして、私自身もしばらく離れておりました。そのために、御見識豊かな委員の方々を前にお話しすることなどあまりないのでございますけれども、お聞きいただければと思います。また、発表の制約上、全ての根拠データを示すことはできませんでした。粗い議論でございますけれども、どうぞお許しください。
 まず、政策的エアポケットとしての高校教育政策ということでございますけれども、中教審のレベルで考えてみますと、1991年を最後に高校教育に焦点付けた諮問・答申はございません。もちろん、これ以外に指導要領の改訂とかキャリア教育に関するもの等々はございますけれども、高校が主題となったものというわけではございません。文科省のホームページを見ましても、「高等学校教育改革の推進」というホームページはありますけれども、しかし、そこに並んでいます項目は総合学科とか単位制とか中高一貫等でございまして、もはや旧聞に属すようなテーマでございます。都道府県レベルはどうかといいますと、高校再編にここのところどの都道府県でも重点が置かれてきたと言っていいんだろうというふうに思います。無論例外はございます。高校再編をそのまま進めるということになると、単に統廃合の問題ということになりますけれども、しかし、この統廃合を高校教育全般の改革の契機ととらえて幾つかの改革を導入したという都道府県がございますが、しかし、全体として見ると、やはり統廃合問題の問題としての大きさというのが目立つと言えると思います。こうして見ますと、矢継ぎ早に施策が繰り出されてまいりました義務教育と高等教育のはざまで、ここ10年以上の間、高校教育は放置されてきたということになります。
 第1期教育振興基本計画において高校教育について言及されている箇所を見ますと、幾つか重要な点がやはり言及されております。質保証、キャリア教育、高大接続、高大連携、それから就学機会の確保であります。いずれも重要な観点ではありますが、質保証、具体的には一番上の方にございますけれども、「多様化する生徒の実情を踏まえつつ、高校生の学習成果を多面的・客観的に評価する取組を進めるとともに、その結果を指導改善等に活用することなどを通じて教育の質を保証し、向上を図る」と書かれています。これを除きますと局所的な言及にとどまっていまして、構造改革的な視点というのは乏しいと思います。
 高校教育課程、教育課程の基準をつくる上での基本的な考え方はどのようなものであったかということを整理しておきます。キーワードは多様化と言えばいいかと思いますが、高等学校は、義務教育ではないものの国民的な教育機関になった。高等学校で学ぶ生徒は、高等教育を受ける基礎として必要な教育を求める者だとか、就職等に必要な専門教育を希望する者であるとか、あるいは義務教育段階での学習内容の確実な定着を必要とする者など、さまざまである。こういう生徒の多様な興味・関心や進路等に応じることができるよう、高等学校においては制度的な枠組みを弾力的にする。例えばさまざまな学科を設ける、また、いろいろな課程を設ける、さらに同一の学科の中でも多様な学びを可能とする仕組みを導入する——コース制なんかもここに含まれてきておりますが、こうした多様な内容をさまざまな方法で学ぶことができる仕組み、これを実現するような仕組みを教育課程の上で表現したものが指導要領であり、この方針のもとに高校教育課程が編成されてきたということになります。
 幾つかの点について見てまいります。まず、必履修科目の単位数を調べてみますと、この図で左側が旧課程、右側が現行——現行といいますのは、これから始まろうとしている25年度のものではなくて今のものでございますけれども、まず、卒業に必要な修得総単位数が現在74ですけれども、この前のバージョンでは80単位以上でありました。それから、図の下の方になりますが、必履修教科・科目は10教科、最低31単位であります。これは普通科の場合、最低38単位でありましたので、ここでも減少しております。この必履修教科・科目の中で科目が指定されている教科は1教科9単位、保健体育だけでありまして、残りは選択必修、必修と言いましても選択になっております。
 この推移を、大雑把ですが、本当は表を並べてお示しするとよく分かるかと思いますけれども、昭和48年度までは85単位以上ありました卒業単位数が現在は74単位以上となっています。普通科の必修単位数、これは家庭科の関係で性別によってちょっと違うところがありますが、男子の場合で言いますと、昭和38年度実施の指導要領では68〜74単位ございましたが、現在では31単位、つまり最も多かったときと比べて半減しているわけであります。改訂の方向は、教育の水準や内容については固定的に考えるべきものではなくて、生徒の実態に応じて、できる限り幅広く柔軟な教育を実施すると、こういう考え方のもとに必履修科目等の設定やその単位数の設定等が修正を加えられてまいりました。
 このような状況の中で、先般の、つまり次の指導要領の在り方を検討するための中教審の部会の中で——教育課程部会の中の高等学校部会でありますけれども、平成19年9月に行われた議論を振り返ってみますと、このようにまとめることができるかと思います。高等学校の必履修教科・科目とは、「高等学校とは何か」ということを学習内容の面から国が示したものであると。では、どういう方向にこれを持っていくべきかということについて出された意見は、現在の選択必履修の考え方を維持すべき、それから、高等学校教育としての共通の内容を充実すべき、逆に、必履修科目の科目指定や単位数についての学校の裁量を拡大すべき。要するに、多様化を一層進めるべきだ、逆に、共通の内容を充実すべきだ、その真ん中等、全てのベクトルが意見として出されておりました。ただ、ここで注目しておきたいのは、高等学校教育としての共通の内容を充実すべきという認識も意見として出されるようになってきた、これが新しい動きではなかったかと思います。
 ただ、結果的に言いますと、25年度以降の教育課程は必履修の単位数は原則として増加させない。国語、数学、外国語については共通必履修科目を設定する一方で、地歴、公民、理科については選択必履修とするということとなりました。共通の必履修科目が国語、数学、外国語について設定された一方で、大枠はいじらないということに最終的にはなったわけであります。
 多様化政策——全体をひっくるめて多様化政策と言っておきますが、そうした政策の帰結はいろんな面にあらわれております。第1に、高等学校のタイプの多様化、いわゆる新しいタイプの高等学校が増えました。90年代でございますが、総合学科、これは普通科でも専門学科でもない第3の学科であります。単位制の高等学校。それから、中高一貫教育、中等教育学校や併設型の中高一貫であります。それから、学科についても普通系の専門学科が多数生まれました。また、学科内部での、例えば普通科の中でさまざまなコース制がとられるようになりました。第二に、教育課程の多様化については、既に申し上げたとおりであります。こうした結果、高校という同一の学校の中にミッションだとか進路だとか、それから学校生活の送り方だとか、さらには教員の勤務の様式だとか職務の中心だとか、そうしたものにおいて非常に多様な高等学校を含み込んだ形で高等学校教育が行われているという状況になっているわけであります。
 ここで、日本の高校教育が持っていたとされる構造的な特徴がこの間にどう変化してきたのかという観点から整理をしておきたいと思います。ここは少し駆け足で話させていただきます。まず、日本の高校教育の最大の構造的な特徴は、それが階層構造を持っている、学校ランク等の形で階層化されているという点にあります。80年代までの日本の高校は、アメリカでのハイスクール改革のモデルとされてきました。一連の高校教育改革は、日本の高校を格差構造の緩和という点では変えることに成功したと言えます。そのことは同時に、構造的な特徴も弱いものにした。偏差値序列体制と並んで、学校のランクは諸悪の根源のように言われました。ただ、高校教育の構造を変えたのはこのような政策だけではなくて、少子化と高等教育機会の開放による脱受験競争時代の到来という、高校教育を取り巻く環境的な変化も高校階層構造を変えるのに寄与してまいりました。
 日本の高校教育の構造的な特質は、バートン・クラークというアメリカの研究者によれば、80年代までの特徴ではありますけれども、次のような五つの特徴を持っていたとされています。一つは普遍的な教育であるということ。二つ目が選抜的な学校を保持しているということ。これは、総合制のコンプリヘンシブ・ハイスクールのような形態とは対照的な形態であります。第3に高等学校が上級学校との接続というのを保っているということ、下級学校と連続しているというよりは上級学校との接続が保たれているということ。それから第4に中央集権であるということ。第5に学校間の競争が存在するということ。この最後の点については、例えば総合制の高等学校を置くということになりますと、地域社会で中等教育機会をその1校が独占するということになりますけど、日本の場合には複数の学校が学区の中に置かれていて、互いに競争するという形態になります。
 ちょっと飛ばします。この構造的な特質がどう変わったかということでありますが、第1に分極化が起こった。高校教育改革が大きな影響を与えたのは、普通科の中位校から専門高校であって、エリート進学校には影響力がわずかしか及ばなかった。その結果、1校1校の間で序列が明確だった高校階層構造が変容して、エリート普通科高校とその他の高校に分極化していきました。それは、「選抜的学校」は維持されたものの、「学校間の競争」は大幅に弱まった、緩和されたということを意味します。
 第二に多様化でありますが、エリートセクター以外の高校では、生徒の学習内容の多様化・個性化が著しく進みました。データは先ほど説明をしたとおりであります。高校が全ての高校生に共通して課す教育内容は、実質的に非常にわずかなものとなりました。
 最後に、大学との関係ですけれども、大学との接続関係を保持したのは一握りのエリート高校だけでありまして、多くの高校は高等教育から離れて初等教育との結びつきを強くしてまいりました。大学で初年次教育の重要性が叫ばれているのはその現れであります。
 こういう多様化した高校教育の姿を、データをもって見ておきたいと思います。この図は普通科だけに限定をしたものでございますけれども、高校のランク別に生徒たちの平均家庭学習時間の推移というのを整理したものでございます。90年代以降、高校生の家庭での学習時間は減少してまいりました。相当に減りました。脱受験競争時代に至って学びから離脱したということであります。この学習時間の減少は、「学びのすすめ」以降、普通科のトップランクではやや増加に転じまして、部分的にではありますけれども、下げ止まったということが言えます。しかしながら、減少の幅が一番大きかったのはセカンドランクの高校、図で言いますと赤い部分でございまして、このセカンドランクの高校生たちは、1990年の時点ではトップランクの高校生と比肩するだけの学習時間がございましたが、今ではサードランクの高校生とほとんど同じところに落ちてまいりました。この結果、高校生の学習習慣は高校階層構造のトップに局所的に見られるにすぎなくなりました。この減少から、高校階層構造の形態の変容をピラミッドから鏡もちへ、つまり、多くの高校の上に一握りの高校が乗っかっているという状況へと変化をしたというふうに言う研究者もおります。
 時間がなくなってきてしまいましたが、高校教育の質保証の問題に移りたいと思いますけれども、教育の質保証といったときに、二つの側面を考えておくことが必要だと思います。一つは、質を保証する制度であります。この制度というのは、例えば国や都道府県や学校や団体がアクターとなって行う教育課程、教育条件、履修認定、修得認定などを保証するような制度であります。インプットの保証とアウトプットの保証がございます。これと並んで、高等学校の場合、特に重要性を持ってきたのは、質を保証してきたメカニズムの部分であります。すなわち、受験競争の厳しさ、高等教育の収容力とか少子化とか高卒労働市場の状況とか、そうしたものがひっくるめて影響を与えたものでございます。この二つが組み合わさって高校教育の質が保証されてまいりました。
 この図は、国研の徳永さんが整理をしたものにちょっと手を加えてまとめたものでございます。説明の時間がなくなってまいりましたけれども、日本の高校教育の質保証はこのように多面的な制度的な基盤を持っておりますけれども、しかし、問題がございます。最大の問題は、このオレンジ色の網かけの部分でございます。すなわち、高校における単位の認定や課程修了の認定は学校長が行うとされていますけれども、これが一体、教育課程履修の認定に相当するのか、それとも、履修を通じて、その結果、知識・技能が修得されたということで認定に相当するのか。明らかにこれは高校によって格段の違いがございます。つまり、認定の基準を同じにする仕組み自体を制度的に変えてきたという点が一番ポイントになろうかと思います。結果として、高校の卒業証書は一体何を証明するのかが不分明な事態が招来されました。
 もう一つ、質保証のメカニズム自体も非常に弱いものとなりました。これは簡単に言えば、勉強しないと大学へ入れないぞというプレッシャーが高等教育のエリートセクターを目指す高校生と高校にだけ局所的に働くようになってきた。この面での質保証の仕組みも壊れたということであります。
 ここから提案申し上げようと思っていたのは、選択肢の一番として、高等学校制度そのものを複線化する。つまり、制度としてこれを分けるという方向性と、もう一つは、単一の高等学校制度を維持した上で質保証制度を一層機能させるという方向であります。高等学校制度を複線化するという方向は、これまで日本の高校が同一の制度の中で機能的複線型とでもいうべき形をとっていたのを、制度的複線型へと転換するということであります。これによって高等学校のミッションの明確さは上がります。そのため質保証制度も機能しやすいという状況が生まれ、多様化にも対応しやすいということになります。しかしながら、デメリットもないわけではなく、学校タイプ・ランクと出身階層の関連は非常に強くなってきておりますので、古典的な意味での複線型、つまり生まれと結びついた教育制度の類型になってしまう、機会を制約する制度となるおそれも強くございます。また、このような複線化を行うとすれば、高等教育あるいは中等後教育機関の整備を行う必要、つまり、例えば四大という一本ではなく、そこにポリテクのような性格の学校を新たにつくるとか、そういうことをしなければ、上級学校との接続問題が生まれてしまうという欠点もございます。
 これに対して、単一の高校制度を維持し質保証制度を機能させるという方向につきましては、単一単線型の教育制度の持ってきた機会の平等を侵さないというメリットはございますけれども、効果的な質保証制度をどうつくり上げていくかという点では困難な課題、解決が可能かどうかという疑問が残るということでございます。いずれにせよ、高校についても質保証の仕組みをつくらなければ、いずれ、高校の学位だけではなくて、卒業証明だけではなくて、高等教育の学位の国際的な価値の低下にも歯止めがかからないであろうというふうに考えております。
 このほか、教育機会の実質的な保証等、幾つかの課題も指摘しようと思ってまいりましたが、時間でございますので、これで意見発表は終了させていただきます。ありがとうございました。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。御質問、御意見あるかと思いますけれども、三人の発表が終わった後に一括して行いたいと思います。
 それでは、岩本先生から、次によろしくお願いいたします。

【海士町高校魅力化プロデューサー・岩本悠氏】

 日本海に浮かぶ小さい島から来ました岩本と申します。よろしくお願いします。今日これからいただいた時間で、この島唯一の高校で今取り組んでいるプロジェクトの取組事例紹介をさせていただきたいと思います。普段学校の授業でも立って話をしているため、座ってしゃべるのに慣れていないので、立ちながら話をさせていただきたいと思います。
 これからの部会にこの事例が生かせるとしたらどうつながるのかというところで、二つの視点を少し頭に入れながら聞いていただくとより良いかと思っています。
 一つ目は、この取組に関して、今、毎日のように全国から視察が来るようになっています。全国から来る方たちの話を聞いていても思うんですけれども、小さい島の一つの事例なんですが、似たような僻地とか過疎地は日本にごまんとあると。都市部の本当に対極にあるようなところは、どこも多かれ少なかれ似たような状況があるので、特別な事例というよりは、日本の末端はこういう現状があるというふうに聞いていただけたらいいかなと。もう一つは、少子化が進む小さい島の話なんですけれども、これをただの小さい島の話と聞くだけではなくて、この島を島国日本というふうにスケールアップさせて聞いてみると、では日本国全体の教育をどう考えていくのかというところにも何かヒントが見えてくる可能性もあるなと思っています。そういった他の地域との関係性の視点と、スケールアップしていくような視点、両方持ちながら聞いていただき、何か参考になるものがあればと思っております。
 まず、海士町とか隠岐と言われても、大体どこにあるか分からないと思うんですけれども、中国地方なんです。日本海ですね。ここに浮いているのが隠岐です。隠岐は、実は島前・島後と二つ大きく分かれているんですけれども、その島前と呼ばれるところが実は三つの島から成っていまして、その中の一つ、海士町に島前高校が建っています。知夫里島とか西ノ島から船で通ってきていて、ここに住んでいる以上、通える高校は島前高校のみ。そういった高校であります。
 こういう僻地の学校が、どういった現状にあるかというところですが、特に少子化がものすごい勢いで進んでいます。過去12年間で、中学校3年生の数ですけれども、3分の1に激減しています。地元の子どもの数が減っていますので、もちろん高校に入学する生徒の数も激減していっている。入学生28人となると、もう全学年1クラスですけれども、統廃合の危機という状況に当時なっていました。そうなると、もし統廃合されたらという不安が非常に地域の中で高まって、子どもが二人とか三人いる保護者さんなんかも高校がなくなったらもう島に住んでいられない。高校に通わせるために本土に出て、向こうで仕事探してやらなきゃいけないと。地域から保護者が子どもを連れて出ていかなきゃいけなくなる。また、今、海士町なんかは全国から若い人たちが移住してくるんですが、特に若い人が子どもを連れてくるというケースが多い。それも高校まで通わせられるから子どもを連れてIターンしてきます。そうしたIターンの人からも高校がなくなるなんて詐欺じゃないかとか、そういった声もありました。そういう不安が地域の中で高まっていました。
 要は、高校が地域からなくなるとどうなるのかというところですが、基本的に15歳から19歳のこの大きい層ですね、ここはみんな地域から出ていかざるを得ない。地域から出ていくということは、どこかに下宿したり寮に入らなきゃいけないんですが、もうこの地域から姿を消すようになる。それだけではなくて、先ほどの保護者の声もありましたけれども、20代、30代とか40代前半ぐらいの層がこの子どもたちを連れて島外に流出していくというようになります。要は、本土の高校に一人子どもを通わせるだけで、3年間で大体仕送り等を入れると400万ぐらいかかるので、やはり経済的負担に耐え切れない保護者さんが多く、出ていってしまう。結局、高校の存続が地域の存続に直結する、そういう重要な課題であります。学校の存在意義は、この少子・高齢化の中で地域が生き残っていけるのか、そこに直結する問題であるというのが、こういう場所での問題の構造になっています。
 県立高校なので、ここで言うと島根県なんですけれども、島根県に「この高校、潰れないように何とかしてくれ」と言ったところ、島根県の教育委員会では、それは各学校ごと、各地域ごとに考えてください、と。県としては、統廃合の基準はしっかり出すけれども、各学校ごとにどういう形で活性化させていくのか、そういったものは県はつくらないので、各地域に任せますということだった。
 では、学校の方はどういう状況なのかと見てみると、当時であれば、もう教員なんか約4割位、この3年間で削減されている。図書館も、人の手が足りないから図書館に鍵がかかっていて、子どもたちはもう本を借りられませんという状況です。教員も、地理の先生が日本史、世界史とかも全部教えなきゃいけないというので、圧倒的に進学とかにも不利ですし、物理の先生なんかいませんから、理系進学できない、こういったような現状があったりします。
 さらに、先ほどの高校の構造の問題もあるんですけれども、離島の高校は他の高校とどう違うのかというので見てみると、二極化したような学力の中、普通、地方であればまだまだ階層構造というのがあって、島根県とか鳥取県なんかそうですけれども、やっぱり進学校と中堅と勉強苦手な子たちが行くところと、大体こうやって階層になっている状態ですが、離島とか僻地の場合どうなっているかというと、難関国公立大学へ行きたいという生徒から、分数の足し算・引き算がまだできないという生徒までが1学年1クラス28人にいて、これを一斉授業でやらなきゃいけない。こういう現状になっています。普通、本土であれば、ここら辺の学力の生徒は学校の勉強なんかしていても大学受験できないので、じゃあ予備校に通おうかとなりますし、ここら辺の生徒たちは学校の勉強なんか何言っているか分からないから、やっぱり小学校、中学校に戻らないといけないと思えば、じゃ公文教室だとか何かそういったところに通えばいいと。そういった民間の教育サービスがあるけれども、こういう僻地だと、子どもの数が少ないですから、そういう民間の教育サービスも全くないという現状です。学校が全部やらなきゃいけないけれども、これだけ幅広いのを1クラスでやるという現状に僻地はなっている。だから、こういう学力が高い層の中で経済的に裕福な家庭は、「島から出ていって都市部の進学校に通わせたい」と言って島から外に出ていく。こういう現状があるということです。
 そもそも何で島に生まれてしまった子はこれだけのハンディキャップを持っていかなきゃいけないのか。教育の機会均等なんていうのは島には適用されないのかなと思ったりするわけです。教員の数は標準法で算定されていたりするんですけれども、それを国とか県に言って変えてもらおうと思っても、なかなかすぐに動くものではない。国が動くのを待っていたら先に地域の方が潰れてしまうので、自分たちがまずはやるしかないということになった。これは高校の問題だけれども、高校だけの問題ではない、地域の問題でもあるということで、地域総かかりでやっていこうということで今取り組んでいるプロジェクトが始まりました。学校の存続を目標にせず、存続の危機というピンチを、教育改革や人づくりを一気に加速させるチャンスと切りかえようとなった。エアポケットと言われていた高校ですけれども、これを人づくりのレバレッジポイントというふうにとらえて、ここを変えることで地域全体の教育や人づくりの取組を一気に大きく方向転換させていこうと。そうとらえて、魅力ある学校づくり——地域としてもこの学校を活かしたい、保護者も行かせたい、子どもも行きたいと思う、そういう魅力をつくることによって結果として子どもも集まり、存続すると。それを目指していこうということで取組ました。
 これは、高校だけの問題ではないので、地域全体の町村長だとか教育長とか中学校も含めて、高校を取り巻くステークホルダーが入って地域総ががりで、学校の未来、そしてこの地域の未来を考えてやっていこうとやってきました。魅力が高まれば、子どもたちが地域の中からも全国からも集まるだろうと。ここら辺の数値を指標にどういう魅力ある学校づくりが必要なのかを、地域、学校、生徒、保護者入れて、ずっと熟議を繰り返してやってきたというところです。
 どういう構想で、どう今進んでいっているかというところですが、基本的に、この地域のこれから先、持続可能であるために、未来に向けてどういう人材が本当に必要なのかという、多分こういうところでも議論されていることを地域レベルで考えました。今の地域の課題って、若い人たちがどんどん流出していて、産業の後継者がいない。既存の産業はどんどん衰退している。だから公共に依存する。この悪循環が回り続けていて、結果として少子・高齢化だとか財政難という現象が起きている。今、地域が向かっていきたい方向性は、若い人たちがどんどん住めるようにしよう、UIターンも促進しよう、後継者を育てて新しい雇用とか産業を生み出していこうと。この現状と向かいたい先のギャップを埋めるために、じゃあどういう人材が本当に今ここで必要なのかというのを議論した結果、出てきたのは、こういう地域で持続可能な仕事を生み出していける、自分のおまんまぐらい自分で稼げる、そういう人材。「地域起業家的人財」と仮に言っていますけれども、こういった人材を育てていかないと、役場が三人空いたから、じゃ三人だけ帰って来れるとか、どこかにただ空いた分だけ入ってくる、雇われるというだけでは、この衰退の一途から脱却できないというのが、もう自明であると。で、目指していくのは、人の地産地商・人の自給自足だと。地域の自立を考えたときに、食料、エネルギー、そして人、この三つの自給自足がある程度できるようになると、こういう地方においても自立に向かっていけるだろうと。
 要は、島からどんどん子どもたちが出て、若い人たちが出ていって、帰ってくる割合って2割とか3割で、7割は地域外、都市部に大体出ていくんですが、ではどうして7割の人が帰らないかの理由で一番出てくるのは、仕事がないから帰れないという言葉。ずっとこう言われてきて、それで人口がどんどん減少していっているんですが、これから育てていきたい地域における人づくりの方向性は、「仕事をつくりに帰りたい」という若者を育てること。仕事がない、それぐらい今、元気のない地域だというのは分かっているけれども、だからこそ自分が帰って元気にしたいんだと思うぐらいの気概を持った若い人たちを育てていかないと、この先、成り立たないというのが熟議の中で分かってきた。
 そこから生まれてきたのが、地域創造コースというコースで、新しいカリキュラムをつくっていこうということになった。発想としては、学校は小さいし、ぼろいし、暗いしと、そういう校舎なんですけれども、いや、待てよと。島全体、地域全体を学校ととらえたら、結構いろんな資源にあふれているじゃないかと。教員の数は減らされていっているけれども、地域の人たち一人一人は意外といろんな専門性があって、いろんな先生がたくさんいる。地域全体を学びのフィールドというふうにとらえてやっていこうと考えた。
 学習も、今までの知識・技能習得型だけではなくて、アクションを起こしていく形態。実際に子どもたちが地域づくり・まちづくりに参画して、行動の中でその子たちが学んでいく。そういった地域づくりと人づくりの循環を回す学習プロセスを導入していこうというコンセプトでいろいろ授業をつくってやっています。
 例えば、地元のいろいろな産業を体験したり、捕った魚を使って地域の伝統の食をやっていくとか、新しいレシピを開発してみるとか、地域をデザインしてみようとか、地域のCMをつくってみようとか、そういったプロジェクトを進める中で学んでいく。基本的には生徒一人一人の興味・関心と地域の課題などを組み合わせながら、どうやって地域社会に新たな価値を提供していくのか、そういった課題解決型の学習をやっていきます。
 具体的な例ですけれども、地域の観光プランを考えようというのを、生徒たちが、大阪から入ってきた子と島の子たちが一緒にチームをつくってやったんですけれども、彼らがいろいろフィールドワークなどをして言ったのは、この地域の一番の資源は人じゃないかと。人と人とのつながり、その関係性が強いというのがこの地域の一番の魅力じゃないかと。この人と人とのつながりを提供していく新しい観光ができないかというのを彼らは提案して、それが文部科学大臣賞とか日本一になったんです。そういう地域のソーシャルキャピタルに子どもたちが目をつけて、それを企画にして、全国から人を募集してツアーをやった。食とか料理に興味がある子は、地域のものを使ったメニューをコーディネートしたり、デザインに興味がある生徒はチラシとかパンフレットとか服とかお土産のデザインをしたり、そういったことをしながら、地域の人たちがものすごくバックアップして、一緒にそのプロジェクトをやることによって結果的に大成功しました。生徒たちもこれをやったことで改めて地域の魅力を痛感して、将来的にはやはりこういう仕事をやっていきたい、または地域に戻ってきてこういうことをやりたいというような感想を非常に強く持ったようです。こういったプロジェクトをやったりしているところです。
 とはいえ、やはり進学というのは保護者の一番大きな関心事ですので、それに対応するためのコースもつくりました。小さい学校というのを逆に一人一人を個別に指導できるという発想に転換し、コースをつくってやっているんですが、やはり学校だけではなかなか厳しい部分もあります。そこで、新しくつくったのが、学校と連携した形での地域の公立の塾です。民間の塾はなかなか成り立たないような環境だけれども、地域として学習の機会を提供していこうということで学習センターというものをつくって、基本的には学校と対立する塾ではなくて、学校と協働・連携する形を目指そうと。学校の進度に合わせて予習・復習をしっかり定着させていく、そういったことをやる。また、学校の授業に全然ついていけない子たちも小学校・中学校に戻って学び直しをしながらやっていくとか、学校の授業だけでは足りない子には非常に高いレベルのものを個別にやっていくということをやったりします。ただ勉強させるだけではなくて、ゼミ形式で、一人一人の生徒が自分のやりたいことを発表して、それに対して他の生徒や地域の人とか含めたチームで、「それだったらこういう人に会いに行ったらいいよ」とか「地域でこういう課題があるから、ちょっと聞いてみたら」とか「今度の産業祭で、そういう店を出してみたら」とか言って、そうやって自分で興味あることからどんどんどんどんプロジェクトをやったり、地域の人と話をしたりしながら、自分のやりたいことを明確化させていくという形でのキャリア教育をやっています。今ある職業からどれがいいか選ぶようなキャリア教育ではなくて、地域にひもづいた自分の問題意識だとか将来のビジョンを見出していって、それを学習意欲につなげていく、そういったスタイルのことをやったりしています。
 あとは、最後、大きいところでは、全国から意欲ある生徒を募集しています。狭い地域の同じ文化の中でずっと育ってきた子どもたちなんですが、そこに全国から多様な価値観・能力・意欲を持った子たちが入ってくることによって、切磋琢磨、刺激を生んでいくということをねらい、地域とか社会貢献志向の高い生徒らを募集して多様性を学校の中に入れています。それによっての学校活性化に取組、今年の4月の入学生3割強の子は島外から来ています。進学実績も上がってきているので、ずっと生徒数が減ってきていたのが、プロジェクトを始めてから、だんだんこういう離島の高校に行きたいという子どもの数が増えて、回復してきているところです。
 この取組の目指す指針をまとめると、一つはこういう離島とか中山間僻地でも教育の質を担保して、未来をつくっていける人材を育てようということ。もう一つが、地域の学校として、今までみたいに都市部にどんどん人材を流出させていく学校教育、地域を疲弊させる学校教育から脱却して、地域を元気にする教育をやっていこうということ。それを、学校だけではどうしてもできない部分があるから、地域と学校協働で融合教育の場をつくっていき、それをやることによって生徒も入ってくるような循環を生んでいこうということです。
 終わりにですけれども、今、なぜ島でこれだけ地域教育に投資をしてやっているのかというところですが、卒業生がそのまま島に残ってくれとは別に思っていません。全国好きなところでやってくれてもいい。ただし、しっかり地域教育をやって、地域に対しての愛着とかつながり感が高まっていれば、どこに出ていっても地域貢献をしてくれる。出ていった先で店を持ったら、そこで地元のものを使ってくれるとか、ふるさと納税などそういったのもあるし、また、やっぱり地域に帰りたいと言って帰ってくる、Uターンする割合も、絶対に高まります。今までみたいに長男だからというので帰ってくるだけではなくて、自らの意思で帰ってくる若い人たちが増えてくれば、地域がまた更に元気になります。もう一つは、教育を地域のブランドにしていこうと考えています。子どもを育てるならここで育てたいというような教育環境をしっかりつくることによって、子どもができたらやっぱり島に戻ろうと言って子どもを連れて若い人たちが帰ってくる。都会で子どものためにいい教育環境で子どもを育てたいと思ったら、こういう地域を選んで移住してくる。そういう形で教育に意欲・関心が高い層がこういう僻地に入ってくることによって、地域はまた元気になって、教育に再投資できる。地域全体のこれからの振興を考えたときに、この教育が果たす役割は、非常に重要であるし、可能性があるということで、非常に力を注いでやっているのが今の取組です。地域総がかりで人づくり・学校づくりをしながら、そこからコミュニティを形成する取組を少しずつ進めているところです。
 すみません、早口になりましたけど、これで終わりにしたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。時間内にまとめていただいて、ありがとうございました。
 では、最後に牧野先生からよろしくお願いします。

【東京大学大学院教育研究科教授・牧野篤氏】

 東大の牧野です。どうぞよろしくお願いいたします。私自身は、生涯学習を学んでおりまして、その観点から、「分配から生成へ」という形で、実際に関わった事例等を御報告しながら、少し私の考えていることを皆さんにお示しして、後から御意見等いただければというふうに考えております。どうぞよろしくお願いいたします。
 生涯学習なのですが、この間、私が大学で授業をやっておりましたら、学校教育を専攻している学生からこう言われました。「生涯学習はうさん臭い」。私はちょっとカチンときたんですが、いや、なかなか言うなあと思いまして、どこがうさん臭いのかという話をその学生と少ししたのですけれども、どうも評価・基準といったものがはっきりしないのがいけない。これはある意味では仕、生涯学習というものの多様性・多義性からいって、方がないことだと思いますし、また、これから生涯学習がこの社会の中で重視されていく過程で、やはり評価や基準といったものをどうとらえ返していくのかといったこともこれから大きな課題になっていくのではないかと考えております。
 今日お話をさせていただきたいと思いますのは、一つは、生涯学習という立場からこの社会がどう見えているかという問題、二つ目は、私どもがやっておりますいろんな実践から見えてくる子どもや大人たちが抱えている大きな問題、そして三つ目に、それをベースに、もう一度、教育の在り方や教育行政の在り方を考えていこうとすると、どうなるだろうかということです。
 いただきました教育振興計画の基本的な考え方の中に、我が国の直面する問題としてこの七つが挙げられておりました(スライド参照)。これを私自身の方から少し解釈しますと、一つは少子・高齢化の問題が、皆さん御存じのとおりですけれども、課題化されてきています。特に、人口減少と高齢化、それから少子化の問題、特に今後増えていきます後期高齢者(75歳以上)の方々をどうするのかといったことが大きな課題になってくるだろうと受け止めております。
 人口構成の変化ですが、1970年、大阪万博の年、この年に日本は高齢化社会、人口の7%が高齢者であるという時代に入りました。そして90年、そろそろ高齢社会に入る頃です。それから2010年、最近の人口ピラミッド、今後、2030年、50年とこのような変化をすると。そして、現在の予測によりますと、2035年には全国で33%、島根県など高齢化率の高い地域がありますが、実は東京も2035年には30%を超えると予測されておりまして、あと20年で首都圏が高齢者1,000万人時代を迎えると。そのうち600万人が75歳以上であるという時代が、そこまでやってきているという問題が一つあります。
 その意味では、日本というこの国は、市場規模がどんどん小さくなっていく。そして労働力が高価になっていく。さらに、85年以降の円高基調の経済構造の中で、いわゆる大量生産・大量消費をベースにした輸出主導型の産業構造を、内需主導型の構造に変えていかざるを得ないような時代を迎えているということがあるかと思います。それからもう一つは、福祉がどんどん縮小していかざるを得ない状況が招かれていくのではないか。その意味では、自己責任や自立が叫ばれる社会がやってきていると理解しております。
 さらに、それと関わって、例えば雇用の問題も大きく転換してきている。例えば、ここのところずっと若者の就労問題が取り上げられておりますが、基本的にはいわゆる常用と短期・臨時の関係を見ていきますと、常用と短期・臨時の比率はあまり変わらないと言われますが、実は常用の中に正規から非正規へという形での切りかえが大きく行われてきている。そして、各企業の生き残りということも考えていきますと、今後、この方向がどんどん強くなっていくのではないか。それを従来のような雇用の在り方、つまり終身雇用で年功序列、仕事に対して雇用で報いる在り方をベースに考えると、ある意味では働く人々が誇りを奪われていくというような時代がやってくるのではないか、そう思います。
 そして、特に平成10年(1998年)からですけれども、自殺者が急増している。このうちの約6割は男性であると言われていますが、それまで2万5000名くらいであった自殺者数が、その後3万名を超え、ずっと高原状態が維持されているような状態になってきている。人口10万人あたり25名、これはかなり高い数字です。
 さらにもう一つは、帰属という問題、個人がどこかに帰属をして自分の在り方を担保すると言われますが、そういう構造がある種、根本から壊れ始めている。一つは企業、それから家庭、もう一つは地域ですけれども、実は平成の大合併以降、自治体レベルでの基層自治組織と呼ばれる町内会ですとかそいう住民生活レベルのコミュニティが壊れ始めているという状況があります。日本の社会は、皆さん御存じのとおりですが、小学校区をベースにしながら地域社会をつくってきたという明治以降の流れがあるわけですが、そうしたものが平成の大合併以降、今の海士町の話もありましたが、学校統廃合等を含めて人々の生活基盤であるような基層の自治組織が壊れ始めているという問題が出てきています。人々が社会の中で浮遊していくような時代がやってきているといってよいのではないかと思います。
 その意味では、人々が、大きくつながりが切断をされていって、そして孤立化していく。その中で人々は「意味」にすがろうとするようになる。自分がこの社会に存在している意味、働く意味、ここにいてよいと思えるための意味、そういうものにとらわれになってしまう。そして、その「意味」がとらえられないことによって一つのうつ状態になっていくような状況が社会的な構造という形であらわれているのではないかと理解しています。
 例えば、これは私の学生たちが書いてきたレポートの一節です(スライド参照)が、若い人々がこういう状況を抱え込んだまま生きているような状況が出てきています。「わたし」に飢えている。私とは一体何であるかといったことが分からない。そういう状況の中で、若い彼らは自らの生を生きていかなければならないような状況が出てきていると思います。
 その意味では、少し雑駁な話になり、ここがうさん臭いのかもしれませんが、若者を中心にした「わたし」のありようといったものが大きく変わろうとしている。また、「わたし」のありようといったものが課題化されてきているような社会に、私たちは今生きているのではないか。もう一度、人が育っていくということと学びの関係を原理的に問い返していく必要がある。そこからさらにもう一度、学校ですとか行政ですとかの役割を問い返していく必要があるのではないかと考えております。
 次に、教育振興基本計画において、課題の打開の方向性としてはこの三つが示されております(スライド参照)。これは私たちが実践し、また私どもが主宰してきたいろんな活動がほぼ重なってくるのではないかと考えております。一つは、高齢社会に対応した実践です。御紹介しますのは、「くるる」と呼んでおりますけれども、岐阜県——私は東大に移る前に名古屋大学におりまして、岐阜のある企業と一緒にシニアプロジェクトといった形でセミナーを中心にした高齢者の社会参加の事業をやってきておりました。この「くるる」セミナー、既に10年間続いておりまして、約1万2,000名の方が参加されて、現在約800名の方が自主グループをつくって活動されています。2005年には愛・地球博、万博にも呼ばれて公演し、さらにそこで高齢社会宣言を自ら出してくるようなことを行いました。このセミナーを通して、高齢の方々も、いろんな社会参加の機会を得て、そして仲間と一緒に活動していく中で、いろんな力を発揮していかれる。そして、その活動を社会に展開していきながら、社会の在り方を変えていく力になっていくのだということを強く実感しています。
 この活動は、基本的には、新しいつながりをつくっていくものです。その過程で、高齢者の尊厳と生きがいと満足、そして社会貢献というような、ある面、自己の内的な循環が形成されることによって、参加者の皆さんが、そこに生きている実感を強く持つようになる動きが見られます。そして、自らいろんな活動を展開していく。活動の過程で、例えば最初の頃は、社会関係的な存在、ある種、他者に依存するような関係であった方々が、自律的なアクターとして自ら立っていこうとするような事例を、私たちはたくさん見てきています。
 それから二つ目は、岐阜の「くるる」をベースにしまして、東大に移ってからですが、千葉県の柏市で「くるるセミナー」という形で、新しい形での地域の人間関係のつくりかえ、ネットワークの張り替えということを始めております。これもセミナー事業を中心にしながら、地域の、高齢者の方々も含めていろんな方々がいらっしゃいますので、様々な住民の方々が新しいネットワークをつくっていくきっかけを得て、そして自らが社会に出ていけるような力をつけていくというセミナーを展開しています。基本的には自主グループができ上がってきて、現在、小さな自治会ですけれども、100名ぐらいの方々がいろんなグループをつくりながら新しいネットワークをつくっています。そして、相互見守りという形でこの地域を変えていこうという動きを示し始めています。それを受けて新しいまちをつくろうということで、「つながりをつくるまち」という形で、この自治会で今、高齢者を中心にしながら、お互いが見守りをする、そして一生涯そこに住めるまちをつくろうという形で、人間関係の組みかえが始まっています。
 例えば高齢社会または高齢者教育の関わりでは、Aging in Placeという言い方をします。地元で老いることができる、または地元で一生を終えられるという社会をつくりましょうということなのですが、ここではもう少し欲張って、Aging in Place、それからLiving in Place、それからLoving it in Place。そこで老いることができるだけではなく、ある種、QOLを保ちながら自分が納得した人生を終えられるような、愉快に生きていかれるような地域をつくりましょう。さらには、好きなものがそこにちゃんとあって、そして自分でその地域を自ら選択して生きていかれるようなまちをつくろうと。その意味ではAll in Place、全てそこにあるのだというまちをつくろうという形で、今、事業が展開し始めています。
 そして、多世代が交流しながら、新しいまちをつくっていくような仕掛けをつくろうというので、こういうようなイメージですけれども(スライド参照)、拠点をつくりながら、交流と学習と安心、そして中心に生きがいがあって、その周辺にいろんな地域の資源を配置するような形でまちをつくりかえようという動きが、自治会レベルで今出始めています。
 それが「多世代交流型コミュニティ」という形で、今、実行委員会ができまして、小中学校の校長、PTA会長、さらには自治会長、さらにはまだ消防団がありますので消防団長ですとか、地元のいろんな方々が参加をしながら、地域が一つの家族になるような形で子どもたちを育てましょうと。そして、これは先ほどの海士町の話にもありましたが、帰ってくる子どもたち、または将来ここに帰ってきたいと思えるような地域をつくろうというので動き始めています。
 それを関わっている住民の皆さんは「新しい鎮守の森」と言い始めていまして、自分たちが子どもの森になるのだと。そして、多くの木がここに育っていって、将来、種を持って帰ってくることを期待したいと。そして、これを新しく私たちのほうで「たまご」プロジェクトと名付けていますけれども、他人の孫を自分の孫にすると地域全体がたくさんの孫になって帰ってくるということで、「たまご」(他孫→多孫)と言っていますけれども、既に実行委員会ができて、ネットワークの形成と拠点となるコミュニティ・カフェの整備が始まっています。
 さらに、若者たちの一つの実践ですけれども、農業に対して今関心が高まっていますが、これは私が名古屋大学にいるときに私の卒業生たちがつくった農業ベンチャーがありまして、その彼らが今、中山間地に入りながら、農作物の流通と若者の雇用創出、そして地元との共生を模索しながら活動を始めています。これは愛知県豊田市の中山間村でやっております。
 この活動で彼らが直面したのが流通の問題でして、流通も新たにつくってしまおうということで移動販売といいますか、農家の自家用野菜を買い付けしながら、自分たちがつくったものも一緒に持っていって、都市で直接売る仕組みを作り上げました。対面販売しながら、つまり生産者と消費者のお互いの共通理解をつくりながら、市場と生産地、さらには生産者と消費者を結びつけていこうという活動をしています。今、彼らは私たちよりも給料をたくさん取り始めていまして、今、名古屋市内で売っているんですが、販売拠点が30カ所ぐらいになったとこの間言っていました。最盛期には、一人当たり1ヵ月100万ぐらい売り上げるといいます。そういう形で、新しい社会的な循環ができ始めています。
 さらに、この実践をベースにしながら、ちょっと名前は大きいんですけれども、豊田市の中山間村で「若者よ、田舎をめざそうプロジェクト」というのを始めています。これは全国から10名の若者を公募して、疲弊している中山間地に住まわせて、新しい農的な生活を模索しながら、中山間村を元気にしようというプロジェクトです。例えば豊田市も車のまちで有名で、財政力はあるんですけれども、合併した後、合併をした周辺の町村のほうが疲弊をしてしまいまして、急速な過疎化と高齢化が進んでいるという実態があります。それに対して私たちが調査に入れていただいた結果なんですが、一つは職がないということもありますし、農業では食えないという問題もありますが、基本的には車で30分から1時間の通勤圏で若者がごそっと抜け始めている問題がある。それはなぜかと問うていきますと、基本的には、それは地域の文化的な資源の問題ではないかということになったのです。そこで、農村で生活したい若者たちを全国公募して、彼らにこの地域に住んでもらいながら、新しい農的な生活を実現していく。それを私たちや行政が支援しながら、彼らが自立できるように支援していこうというプロジェクトを始めて3年になります。来年の3月で期限が切れるわけですけれども、この10名のうちメンバーの入れ替えなどがありましたが、10名全員が継続的に残って生活をしたいと意思表明しています。こういう形(スライド参照)で、なかなかうまくいかないんですが、楽しそうな生活をしています。この10名は実は大学院卒、ドクターを終わった者や専門学校または高卒、いろいろいるわけですけれども、また年齢も三十幾つから、もうじき40歳ぐらいから二十何歳という具合にばらばらなのですけれども、共通項があります。定職についたことがないということなのです。この就職難の中でフリーターしかやった経験がない、または季節工、期間工であった者がいるわけですが、その彼らが定着志向を示し始めている。そして地元も歓迎してくれて、地元の高齢の方々が疲弊し切って無気力化していたわけですけれども、再度、自分たちのまちをつくりかえようという動きを示すようになってきた。そういう事例が挙がってきています。
 さらに基礎自治体ですね、これは長野県飯田市の事例ですけれども、地縁共同体の再編といったことを私どもの研究室と一緒にやったりしています。ここも実は合併町村でして、今度、リニアが来るということで沸いてはいるんですが、簡単に言いますと、過疎化が進み、高齢化する中で、疲弊していってしまう。このような問題に直面して、市長が、例えば人材サイクルというふうに言い始めている。つまり、人が帰って来られるようなまちにしたい、または、帰って来られる人材を育成する。さらには、IターンまたはJターンという形で、この飯田に来たいと思えるようなまちをつくっていくと。そのときに、多様な文化資源をたくさん持っている地域ですので、そうしたものを活用して、私たちの専門でいえば公民館ですけれども、公民館を中心にしながら地域の人的な循環をつくっていく。文化的な資源等を発信しながら、学校や地域、それからさらには市全体、さらには外部との循環関係をつくっていって、魅力あるまちをつくろうという形で今動いてきています。
 さらに、これは都市部での実践ですけれども、「ものづくり」の社会化事業という形で、市民の創造性と社会とを結ぶハブとしてのMONO−LAB−JAPANという活動を、今、企業の協賛を受けてやっております。これはもともと特に若い子たちがコンピュータの中である種バーチャルな世界で遊んでいて、物をつくった経験がない、また、物が実体化してくるといったことに驚きを感じないという状態があることに対して、物をつくり出す、実体化していくという楽しみを得てもらおうということで進めてきた活動です。しかし、最近は少し違う傾向が出てきています。この活動には、中堅クラスの企業の方々にお願いをして一緒にやっていただいていますが、この方々が言うのには、開発部門がものづくりが楽しくない、または自分が仕事をしていて楽しいと思ったことがないということなのです。その意味で、社員をここに派遣して一緒に学ばせてくれというような企業が出始めています。物が満ちあふれている中で、自分が一体何をしたらいいのか、今までは与えられた仕事をしてきたけれども、そこで自己実現をしていかないという現実があるようなのです。
 すみません、ちょっと端折ります。私たちがやってきた実践から得られる市民の学びの展開というのは、非常にプリミティブな動機から始まって、活動していく中でどんどんどんどん次へ次へという、いわゆる駆動力が出てくるようになる。例えば、事後性と過剰性と私たちは言ったりしますけれども、市民は、最初から分かっているものをやったり、学んだりしているわけではなくて、参加することによって、後から自分の変化に気づいて、嬉しくなって、次へ行こうとするような過剰性が芽生えてくる。そして、自分の中で自分への認識を巡る循環のサイクルが出てくると、社会にそれが展開していく。自分ももっと社会に参加して、そして次の段階へ、次の自分を実現して行こうとするような動きが出てくるようになる。そして、その中で持続可能性といったものも課題になってくる。従来ですと、この持続可能性というのは、開発する、中にあるものを引き出していくというように言われたわけですけれども、むしろそうではなくて、常にそうある私をつくり出していく。引き出すのではなくて創造していくという形で、この社会の関係の在り方を組みかえていくということが可能になる。こういうことを、市民の学びは示しているのではないかと思います。
 この意味では、社会の在り方というのは、事後性と過剰性に基づいて学習を進め、自分への駆動力が高まっていく私たちが、他者との間である種、贈り物とお返しという関係をつくっていくことで過剰な循環をつくり出していく。そうしたものを社会の中に実現していく。学びも、分配をして物を持つ、また、知識を分配されて覚えていくということではなくて、むしろつくり出していくという形に組みかえていく必要があるのではないかと強く感じています。
 その過程で、私たちは相互に信頼をし合うこと、「わたしたち」が「わたし」であるという関係の中で、「わたし」への病、「わたし」にとらわれていく病が癒されていくような人間関係を築いていくことができるようになるのではないかと思います。
 こうすることで、最後のところですが、行政の方向性としまして、絆づくりと活力あるコミュニティの形成ということなのですが、例えば生涯学習を考えますと、今までは学習機会を提供するという立場であったわけですが、ある種それは分配であったかもしれない。また、知識を提供するような場を設けましょうということであったわけです。しかしむしろそうではなくて、生成をしていく場としてのOSとしての生涯学習、これは、ちょっとイメージ的になってしまい、ちょっと漠然としていますけれども、オペレーシングシステムとしての生涯学習があって、それを人々が利用することによって新しい知識や新しい自分や新しい社会をつくり出していくというような形での在り方といったものへ組みかえていく必要があるのではないか。さらには、他者と出会える、そして自分をそこで循環させていく、いわゆる過剰性と事後性といったものの循環をつくり出していくための想像力を持てるようになることのベースをつくっていく、それが生涯学習ということになるのではないか。その意味では、この自分を他者との関係において作り出し続けていくことを、私たちは「知の循環」と呼んだほうがいいのではないか。単に知識が分配されて、それを蓄積していく、または所有するということではなくて、知識をつくり出していく、自分を作り出していく、そして、それがどんどんどんどん自分が変わっていく、知識もどんどん変わっていくことへとつながっていくような社会をつくっていく。こうしたことが、これから求められてくるのではないかと思います。そして、その学びのコミュニティが生涯学習をベースにしながら、イチゴのリードが伸びていくようにあちこちに増殖していくような社会、つまり多元的で多様性を持つような社会が生まれていく。そこに新しいコミュニティ・ビジネスですとか小型の小さなビジネスがたくさん生まれてくることによって、それが社会を覆っていく。こういう社会が構想され得るのではないか。まさに先ほどの海士町の御報告の要点はそこにあるのではないかと考えています。そして、それを支えていくためのプラットフォームとして行政が存在するようになるのではないかと思います。さらに大学等ですと、そうしたものを支えていくための共同プログラムをつくったり、また私たち大学の教員が市民に学ぶ過程で新しい「知」の在り方を抽出していく、そういう役割を担っていく必要があるのではないかと考えています。
 これらの意味では、今後の在り方としましては、「わたし」が常に「わたしたち」として生成し続けていくような社会、そこに、知の分配だけではなくて、むしろ想像し変化していく、多元化していくということをどう組み込んでやるかということが、今後の社会の在り方として問われているのではないかと強く思います。そして、今までの強い社会というのは、強い個人、自立した個人が屹立する社会が構想されていた面があるかと思いますけれども、むしろ今後の社会というのは、下にあります、ちょっと字が分かりにくいですが、勁い、ある意味で折れにくい、しなやかでありながら折れない社会、お互いが頼りながら一つの社会を形成していくという社会。個人が屹立するのではなくて、お互いに頼り合いながら、実はその相互の間に新しいものをつくり出し続けていく社会といったものが構想されていくのではないかと感じています。
 さらに最後になりますが、生涯学習がうさん臭い一つの理由としての評価の問題ですけれども、従来ですとPDCAと言われたりしますが、plan・do・check・actという形で評価がなされてきました。これはある種、分配を評価するといってもよいのではないかと思います。分配した結果はどうだったか。予測を改めて評価するということではなかったか。しかし、これからの社会というのは、生成、予測がつかないものをどうするのかといったことが問われてくる。それこそが質という問題と関わってくるのではないかと思います。その意味で、ちょっとこれもこなれない表現ですが、例えばVPSという形で、ビジョンがあり(vision)、そこに参加する(participation)ことによって満足(satisfaction)をし、次のビジョンが生まれてくる。そこにはどうなるか分からないある種の事後性や過剰性があるのだといったことをどうとらえていくのか。生成と多元性といったものをどうこれから評価指標に入れていくのかといったことが問われていく。その意味では、これは一般的なものではなくて個別事例、また、個別的なコミュニティを対象にしていくものになるかもしれないと考えております。
 時間ですのでこのあたりで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。
 残り30分程度ありますので、今の3名の先生方の発表を受けて、委員の皆さんから御意見、御質問、伺いたいと思います。御質問、御意見のある方は、従来どおり名札を立てていただければと思います。では、よろしくお願いいたします。
 では、丸山委員からお願いします。

【丸山委員】

 どうもありがとうございました。耳塚先生と岩本さんに質問があります。
 耳塚先生、単位数が半減したということについて、その功罪を、教育学を御専門の立場からお聞かせいただきたいと思います。
 岩本さんにお伺いしたいのは、仕事をつくり出すという目標を掲げておられますが、どうやって、どの分野が有望なのでしょうか。先ほどの御説明ですと観光というものを柱にしておられましたが、その観光資源というのは豊富なのでしょうか。観光で雇用を創出するということは可能なのでしょうか。また、極上の島留学ということで外から子どもさんたちを呼ぶ計画をお持ちだそうですが、その情報発信をどのようにされているのかをお聞かせください。

【小川副部会長】

 はい、ありがとうございました。
 他に委員の方ございませんか。では、何人か御質問を受けてからまとめてお答えいただくことにします。
 竹原委員、よろしくお願いします。

【竹原委員】

 ありがとうございました。私は岩本さんと牧野さんの話で共通項を見たり、自分たちのことに引き寄せながら聞いておりましたけれども、一見、過疎ですとか少子・高齢化ということがマイナスの社会課題のようにありますけれども、それをプラスに転じ、それを核にして地域をつなげていく、再生していく、子どもたちを元気にしたり高齢者を元気にするという、その仕掛けに感激をいたしましたが、そのきっかけをつくるときのポイント。多分それはまちの合意がなければできないことで、やっているうちにだんだんに合意形成がされたのかもしれないんですが、そのプロセスを教えていただきたいと思います。

【小川副部会長】

 田村委員の御質問を伺った上で次に進めたいと思います。では、よろしくお願いします。

【田村委員】

 牧野先生に、人間としての発達課題があって、精神発達していく過程で、今のようなプロジェクトが実行できるような教育をどこでやったら一番最適だと思っておられますか。僕は率直に言って大学じゃ遅いだろうと見ているんですけれども、その辺のところの御意見、実感を持っておられると思いますので。それが今の教育の中身の批判、改善していくきっかけになるといいと思いますし、その辺のところがちょっとあまりはっきりしていなかったので、お伺いできればと思います。ありがとうございます。

【小川副部会長】

 では、ここで、まず耳塚先生に一つ御質問と、あと岩本先生に二つですね。あと、牧野先生に、今の田村委員の御質問がありました。
 では、耳塚先生からお答えいただければと思います。

【お茶の水女子大学理事・副学長・耳塚寛明氏】

 御指摘の箇所ですが、普通科の必修単位数が最も多かったときに比べると半減しているという箇所についてだと思いますが、功といいますか、そのことによって多様な生徒への対応が可能となったことは否定できないと思います。ただ、半面、必修部分が小さくなることは、単一の学校が持つべき学習内容という点での共通性の部分が小さくなるということでございますし、もう少し大きく見れば、知識基盤社会で何を学習すべきか、全ての者が学習しておくべきかということについて、その観点から十分かどうかという問題があろうかと思っています。

【小川副部会長】

 では、岩本先生、お願いします。

【海士町高校魅力化プロデューサー・岩本悠氏】

 はい。最初いただいた質問で、仕事をつくるというが、どの部分を考えているのか、観光資源は豊富なのかということですが、仕事をつくるといったときに、どの分野かは特定していませんが、基本的には外貨を稼ぐというのが大きな柱になっています。内需はさすがにちょっと厳しいところもあるので、どうやって外貨を稼いでいくのかというところで、その中の一つがやはり観光です。観光資源は豊富かと言われたときに、非常に難しいんですけれども、先ほどちょっと言いましたが、生徒たちが発見した観光資源はつながりであると。人と人とのつながり、人と地域のつながり。こういう目に見えないけれども、これが実は価値があるんじゃないかと言って提案した観光コンセプトがあって、今までの自然とか遺跡だとかというのは、もちろん隠岐でもやってきたんですが、これからはつながりみたいな、要は目に見えないけれども、ソーシャルキャピタルみたいなものを価値として売っていく。人と自然との関係性が希薄になっているから、今、自然体験ツアーが流行っています。ただ、これからは人と人とのつながりも希薄になってきている中で、今度は自然体験じゃなくて人間体験だとか人と人とのつながりを感じて、そこに満足を持っていくとか、そういった新しい観光のスタイルはないかと、子どもたちが考え、それも観光協会のほうで少し形にできないかとか言っています。あと、外に対して物を売っていくときも、値段の安さではなくて、今、売りにしているのは、その意味だとか物語だとかです。どういう歴史・文化の中でどういう人たちのどんな思いを経てこれがつくられているのか、そういった物語とか意味をちゃんと乗せて、そこに価値を感じて、ある程度の値段でも買ってもらう。そういうところを今もしくはこれから、島としては外に対して価値としてやっていく。そんな分野になるんじゃないかなと思っています。
 情報発信をどうしているのかというところに関しては、基本的にネットですね。ツイッター、フェイスブック、ブログとか、そういったところでの情報発信をしながら、全国いろんなところに行って説明会を開いたりしています。残念ながら、よく分かったのは、全国8カ所東北から九州まで説明会とかでもやりましたけれども、地元に近づけば近づくほど、田舎に行けば行くほど人が集まらない。やはり最も人が集まるのは東京で、東京は何回かやってもものすごい数が集まるけど、中途半端な中堅都市はやはり東京を向いている。東京まで行くと、もうこの先行っても何もないんじゃないかみたいなことで、こういう場所に価値を見出すようです。やはり都市部の人たちのアンテナには結構ひっかかっているけれど、田舎の方だと今さら田舎に行きたくないよと感じるのか、情報発信がなかなか届かないということがよく分かってきています。
 あともう一ついただいた質問で、そういった活動をポジティブに変えていくきっかけのポイントは何だったのかと。どういうふうに変革をデザインしたのかというところですが、やはり最初のきっかけは危機感です。こちらから地域に出ていくときも、ある程度意図的に危機感を醸成させていく説明の仕方だとか対話の在り方みたいなものを、最初の段階ではちょっと強く意識していました。そういう中からだんだん参画の機会とか参加の機会を少しずつつくっていって、関わることが今度は楽しいとかやりがいがあるというところで、だんだん参画の頻度だとか質を高めていくといった、何かそういう流れで少しずつ少しずつ回ってきているかなというところです。
 すみません、長くなりました。以上です。

【小川副部会長】

 では、牧野先生、お願いします。

【東京大学大学院教育研究科教授・牧野篤氏】

 ありがとうございます。二つの質問をいただきました。二つとも関連すると思いますが、一つは、例えば合意形成のプロセスといいますか、きっかけづくり。今、岩本先生がおっしゃったことと関わるのですが、一つはやはり危機感です。例えば多くの自治体、特に中山間村なんかですともうある意味で疲れ切ってしまっていて、危機感を超えてあきらめているところがたくさんあるわけです。それに対して、例えば一人か二人の地元のリーダーの方々が危機感を持っていらっしゃって、何とかならないかという形で私たちが現場に入るわけです。けれども、やはり最初は「何しに来たんだ」という態度でずっとあしらわれます。それでも無理やり「とにかく泊まらせてください」みたいな形で、酒を持って入って、1週間、2週間いるといろいろ語り始めてくれる。そういう意味では、相互承認関係といいますか、相互に認め合う関係を潰してしまっているところがあるので、それをどう回復していくのかといったことから入らないと、多分もうだめじゃないかなというふうには感じています。
 そういうプロセスを経て今までの活動をやってきたのですが、私の実践例でお気づきかもしれませんが、自治体がほとんど入っていません。ほとんど企業と民間の団体とかボランティア組織とかと動いています。これはなぜかといいますと、行政は継続しなくなってしまうからなのです。人が替わると全部変わってしまって、前任者のことは継続しないというようなことが、特に地方の行政はよくあるものですから、その意味ではやはり信頼関係を維持していくというのはなかなか厳しいところがあります。今後、それでも、やはりそうしたものを何とかしていかなきゃいけないだろうなとは考えています。
 それから、参加する人々をどうするのかというお話ですけれども、これもいわゆる承認関係といいますか、相互に認め合う関係をどこからつくるかといえば、もう一生涯だろうと思います。大学ではもう手遅れだとおっしゃるのは、私どももよく分かる感じがします。例えば先ほどのものづくりの講座をやったりして、子どもたちに来てもらいますが、やはり最初のうちは、何か持っているのに自分でふたをしてしまっているんですね。分配されているものに対しては答えるけれども、自分で何か持っているのに、それをどう引き出していいか分からない状態でふたをしてしまっている。それを例えばメンターの方々がいるわけですけれども、メンターは企業を退職された技師の方々が多いんですが、その方々がものづくりってこんなものなのだというふうにして、叱りつけながら、だけど、切り捨てない関係で指導していくうちに、ふたがあいてくるようになって、どんどん自分であれをつくりたい、これをつくりたいと言い出し始める。ちょっと極論ですが、今までの産業社会は、知識を分配し、人々を選抜していくということが基本的なシステムとしてあったとすれば、今後、そうではなくて、自らつくり出していく、そのときには自分がつくっていくだけではなくて、信頼関係の中においてこそ、物が、知識ができてくる、または知識なり物なりから新しい価値が生まれてくるのだというようなことをどうするのかといったことが問われているのではないかと思います。ちょっとあいまいな話になってしまいますが。その意味で、家庭教育であるとか地域の問題も含めて、どこからということではなくて、いつでも、どこでもという形になっていなければいけないのではないかと思います。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。
 今、3名の先生にお答えいただいたんですが、質問された丸山委員、竹原委員、田村委員、何か追加で御意見等ございますか。
 じゃあ、田村委員、どうぞ。

【田村委員】

 すみません、申し訳ないです。お伺いしたかったのは、強い個人でなければ連携できないですよね。つまり、頼り合ってばっかりじゃ何も生まれないわけだから。だから、それぞれがやっぱり強くなくちゃいけない。それが提携するところで意味が出てくるわけですが、それが年代の発達課題と申し上げたのは、どれぐらいの年になるとそういうことを意識できてくるのかなという。何かお気づきでしたら教えていただければと。どこかであると思うんですよね。これぐらいになってくれば分かるぞとかね。

【小川副部会長】

 では、牧野先生よろしいですか。牧野先生、よろしくお願いします。

【東京大学大学院教育研究科教授・牧野篤氏】

 強い個人とおっしゃるのが、同じかもしれませんし、ちょっと違うのかもしれないのですが、いわゆる自立して強くあれ、例えば人と競争して勝てる人間になれというようなことではないのだろうと思うのです。むしろ、しなやかでありながら、いろんな価値を持っていながら、常に自分が生まれ変わっていくというような意味において勁い「わたし」がいるべきであって、そのときに勁くあるためには、実は他人が必要であるという関係に入れるような「わたし」がそこにいるのだというように、ちょっとこれもあいまいになってしまいますけれども、思います。その意味では、分配をしてもらうだけの、所有するだけの、所有を争う「わたし」ではなくて、むしろ、もらったら返していくとか、その関係の中に生きようとする「わたし」といったものがそこにないとまずいのではないか。それはいつぐらいからかというお話しなのですが、いわゆる発達段階というか、年齢の段階でいきますと私もよく分からないところがありますが、例えば社会的な自我が形成されていく第2次成長期の頃ですね、例えば13歳から15歳ぐらいで社会に開かれていく、このあたりが重要かなとも思います。その意味では、今日の高校がどれくらい重要な役割を果たすかということになっていくと思います。高校が基礎教育から高等教育への、または職業生活への接続という課題だけではなくて、むしろ社会との接続ですとか多様な人間関係の中で生きていくために高校がどうあるかというような議論がなされていくことが、例えば学校制度ということであれば必要ではないかなと思います。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。田村委員、よろしいでしょうか。

【田村委員】

 ありがとうございました。

【小川副部会長】

 他にどうでしょうか。あと10分程度時間がありますけれども。
 では、岡島委員、どうぞ。

【岡島委員】

 それでは、牧野先生にちょっとお尋ねしたいんですが、今、自治体の人が替わるとだめだって言いましたけど、例えばトップがやる気があれば、替わっても変わらないわけですね。例えば市長とか首長が。そこら辺のところはいかがなんでしょう。いろんなところでは、担当が替わるんだけど、本気で自治体とかそういうところがやるところは少ないんでしょうか。

【小川副部会長】

 では、金子委員、どうぞ。

【金子委員】

 耳塚先生にお伺いしたいんですけれども、お話は大変よく分かったんですが、ただ、お話を伺っていますと、今までの高校政策はかなり行き詰まりにあると。それはかなり多様化と関係があるということですが、そうしますと、どこに次の新しい発想を求めるかということになるんだと思うんですが、私、個人的にはやはり教科とか教育課程をこれを以上精緻化したり、あるいはもうちょっと表面的に何かさまざまなニードに合わせていくというのも無理であって、むしろ非常に重要なのは、高校がかなりの多数の生徒にどの程度のものを、どういった学力を保証しているのかということを何かの形で示すというか、試すメカニズムをつくることが必要で、それは私は必ずしも科目・教科に直接対応しなくてもいいのではないかと思うんですね。さっき海士町のお話なんか聞いていても、非常に生徒が生き生きとしているのは、教科を超えたところでいろんなことをやっている。それも特定の職業の準備というふうに必ずしも考えていないと。そういうところでむしろいろんな刺激が出てきている。それはただ発展させるだけですから、もう一方で、必要な最低限の例えばコミュニケーションとかの能力も保証しなければいけない。しかし、その意味でも、例えば国語の点数をきちんととらなければコミュニケーション能力がないかというと、実は教科としての国語は必ずしもそれに対応しているわけではないのではないかと思うので、そういう意味では、私、国民教育の一種の終点としての、最終段階としての高校教育で保証すべき学力というのを必ずしも教科という形で考える必要はないのではないかと。そういうところから新しい考え方が生まれるのではないかと考えるんですけれども、御意見をいただければと思います。
 以上です。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。
 では、岡島先生の御質問が牧野先生と、あと今の金子先生の御質問は耳塚先生に対する御質問だったんですが、岩本先生にも何かお答えいただければお答えいただきたいと思いますので。
 では、牧野先生から最初言っていただけますか。

【東京大学大学院教育研究科教授・牧野篤氏】

 はい、ありがとうございます。首長がやる気があればというのは、そのとおりだと思いますけれども、あと、私どもの経験から言いますと、首長がやる気があっても動かなくなってしまう。動かそうとするときにどうするかといいますと、例えば、担当レベル、大体課長レベルなのですが、課長レベルとつき合って動かしていきながら、彼を籠絡して彼が替わってからも、自分の元部下ですとかいろんな方々にネットワークを張れるようにして動かしています。首長の関係でいきますと、確かにやる気がある、今、改革派の首長はたくさん出てきておりますので、動こうとしているところがたくさんあるわけですけれども、実際に例えば市ですとか町ですとかというところの行政職員の全体の動きの中でどういうことになっていくかというのは、またやっぱり個別の問題がいろいろありまして、なかなかうまくいかないのではないかと思います。
 ただ、そこにまたもう一つ問題は、教育委員会制度の問題を、やはりどうしても首長は言わざるを得なくなってくるところがありまして、特に生涯学習といったものを教育委員会の中に置いておくのか、または首長部局に移すのかといったことが大きな課題になってきているように思います。その意味では、こちらの仕掛ける側からどういう形で行政の職員の方々を、悪い言い方ですけど、取り込んでいきながら、継続的なシステムとして動かしていけるような関係をつくっていくかということが問われているんじゃないかと思います。

【小川副部会長】

 はい、岡島委員、よろしくお願いします。

【岡島委員】

 牧野先生にそれをお聞きしたのは、実はうさん臭いっておっしゃいましたね。私も30年近く自然学校とか自然体験をやってきてずっと言われてきたんですよ。それでよく分かるんですけどね。というのは、うさん臭いということは、権威が認めてないからなんですね。だからうさん臭いわけです。今、岩本先生と牧野先生が言ったことはすごくいいことだと思うんです。だけど、すごくいいことだけど、国とか、それから首長さんもそうですけど、そういうところがきちんと位置付けてない、認めてないからうさん臭いので、やっているのはいいんだけど、何かなというところが、一般の人にはそう思えるというところなので、私がここで言いたかったのは、国とか文部科学省とかそういうところでうさん臭くない形に位置付ける方法はないものかと、そういうことを言いたかったんです。
 以上です。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。
 では、先ほどの金子委員からの質問を耳塚先生、その後、岩本先生よろしいですか。その後よろしくお願いします。

【お茶の水女子大学理事・副学長・耳塚寛明氏】

 うまく答えられるかどうか分かりません。まず、これまでの高等学校についての一連の多様化政策、特に臨教審の終わりぐらいから90年代にかけての政策は確かに行き詰まりであって、ひどい言い方をすれば底抜けの改革だったという気がいたします。つまり、大学教育との接続とか高校の質自体が放っておいても維持されるんだというような前提に基づいた問題があって、そこで今、我々は困っているんだと感じています。
 では、この後どういう方向を目指すかということについて、金子先生の御意見は半分ぐらい理解いたしました。私、今日、時間がなくてしゃべりませんでしたが、一番最後に書いておきました。一番最後のシートにございますのは、上級学校や職業世界との接続ということについて書いたものであります。おそらく具体的に議論をしていくと似たような議論になるのではなかろうかと感じているところです。進学者でも、大学受験を超えて、つまり教科の知識ということにとどまらず、大学に入った後で、あるいは社会に出てから、生きて働くような形で力をつけさせるということを考えていかなければならないのではないか。もう少し、具体的に言えば、例えば学力の国際標準だとか活用とか探求だとか、そういうものに力点を置いて、教育の方法とかに工夫を加えるべきだと思います。要するにどういう学力なり力というのを保証していくのかということに立ち戻って高等学校とは何かということを考えていくべきだという点では金子先生に合意をします。ただ、そこにおいて、これまで教科・科目の中で修得することを求めてきた知識とか技能とは、全然別の力を保証していくという方向に議論を転換するのは現実には難しい。
 もしおっしゃっているような方向で検討できれば、それは本当に望ましいんだろうなと思いますが、ただ、難しいと思いますのは、就業力とか人間力とかを身につけさせるようにと盛んに教育現場に要望・要求が来るんですけれども、就業力を大学で身につけさせろといったって、実のところ非常に難しいわけであります。つまり、既存の内容と方法は重視しつつ、その学習を通じて就業力とか人間力をつけるというのは非常に難しくて、ノウハウが現場に蓄積しているわけではありません。ですから、議論としては重要だというふうに思いますが、今のところはやはり既存の内容・知識の学習を通じて目指すべきものを明確にしていくという方向が現実的であろうかと思っております。

【小川副部会長】

 岩本先生、手短にお願いします。

【海士町高校魅力化プロデューサー・岩本悠氏】

 はい。教科とか教育課程でない何かじゃないか、そういった思いがあるのかと思ったんですが、全く答えになってないんですけれども、今、現場でやって非常に思うのは、生徒たちが特にどういった場面ですごい生き生きと学習意欲を発揮したりしやすいかというと、やはりリアルな現場とかリアルな課題を扱っているというところです。地域の実際の課題だとか地域のいろいろな問題だとか、実際計画したことを実践で本当にやってみる、それでお金をもらってみるとか、そういう中で、特に普通の勉強に対して意欲がわかない子ほど、そういうところでは結構生き生きとやる部分がある。やはりそれをやることで実際の地域の人とかいろんな方から反応があるとか、実際、自分がやったら何かが変わったという、そういう実感が非常に意欲を高めている。かつ、習ったことがどう生かされるのかとか、社会で言われていることって何か新聞を読んでもよく分からないけれども、地域で実際やっていくと社会の縮図みたいにそういったものが地域の中でも起きているということが少しずつ見えてきたりする。そういう中で、さらに学習への意欲みたいなものが高まっていくのかなと。じゃあ、そこでつく力って何なのかって、僕もよく分からないんです。何か活用する力みたいなのをよく言われると思うんですけど、そういったことだと思うし、つなげていく力なのかなとちょっと今思いました。いろいろ分断化されていろんなことを学んでいったものを、どう統合していくのか。今の自分の興味・関心と社会の問題をどうつなげていくのか、何か異なると見えてきたものをもう一度つなぎ合わせてそれを生かしていくという、非常に抽象的なんですけど、何かそういったものなのかなというふうには感じています。
 すみません、以上です。

【小川副部会長】

 はい、ありがとうございました。
 今、お二人からお答えいただいたんですが、金子委員、よろしいですか。はい、ありがとうございました。
 では、前半のヒアリングについてはこの辺で議論を終わりたいと思います。
 発表いただいた耳塚先生、岩本先生、そして牧野先生、本当にありがとうございました。
 後半のヒアリングに入る前に5分程度休憩したいと思います。47分ぐらいから再開したいと思いますので、よろしくお願いいたします。午後4時42分 休憩 午後4時47分 再開

【小川副部会長】

 では、時間になりましたので、始めさせていただきたいと思います。
 後半のヒアリングは、政策研究大学院大学アカデミックフェローの黒川清先生です。もう一人は、株式会社ウィル・シード代表取締役社長・船橋力先生です。よろしくお願いします。前半と同様に、お二人から御意見を続けてお伺いした後、まとめて意見交換の時間をとりたいと思いますので、よろしくお願いします。
 では、黒川先生、よろしくお願いいたします。

【東京大学名誉教授、政策研究大学院大学アカデミックフェロー・黒川清氏】

 ありがとうございます。今日、私、パワーポイントを使いませんので、お手元の資料とレジュメで行こうと思っておりますが、私、ちょっとへんなキャリアなので、御存じの方は繰り返しかもしれませんが、私、東大の医学部を出て助手もやった途中から30過ぎてアメリカに行って、それから15年居座っちゃったというキャリアです。その間、四つ大学を変わって、最後はUCLAの内科の教授をしていたんですが、内科の医者です。カリフォルニア州の医師免許も持っていますし、向こうの内科と腎臓内科専門医の試験資格も取らないと競争にならないので、30代の後半は猛烈に苦労しました。そういうキャリアでいたときに、世の中が少し変わったのかもしれませんが、83年に東大の教授候補にしたらすぐに落ちたという話がありました。「助教授で帰って来ない?」って話に誘われまして、UCLAの学部長と相談したら「二、三年やって、嫌だったら帰ってきたらいいんじゃないか」と言うので、帰ってきたのが結末でございます。
 そのとき気がついたのは、学生は猛烈に優秀なんだけど、やっぱり社会に出て30半ばぐらいになると何か非常に活気がないなというのが私の一番の命題で、いろんなエレクティブ選択科目を出したり、海外からの交換留学とかいろんなことをどんどん自分なりにやれることをやりまして、その頃がちょうど世界の大学教育が猛烈に変化を模索し始めたころでした。というわけなので、そういうキャリアだと思って、少し暴言を吐くかもしれませんが、お許しください。
 レジュメですけど、この20年、特にこの10年、急に先が見えなくなってきたグローバル化ということです。それで、世界のパラダイムの大転換ということで、いろいろ書いてあるのは、もう全て書いてあります。どうやって改革をするかというだけの話で、そこの原則は何かということを皆さん模索しているんだろうと思います。
 そこで、例えば去年の12月17日から始まったアラブのスプリング、それによってオイル高騰とか不安定な世の中になりました。特にここに書いてないのは、グローバル化のうちの人口増加だとかいろんなことがありますが、60%超がアジアでみんな成長している可能性が非常に強いというところです。その中で日本はアジアなのかという意識が非常に欠如していたのは、今までの日本の歴史が日米欧という関係だったということをどうやって脱却するかということ、大事だと思います。次の世代は必ずそういうところですけど、我々の時代は日米欧で済んでいたというところにいて、日本だけアジアから外れているなというのが、アメリカなんかで15年も暮らしていると非常によく見えるということであります。
 それで、グローバル化の問題は人口が急増してきたということで、今、70億を超えていますし、この100年間で4倍以上になっていますから、その問題と、ネットでどんどんつながったということで、むしろ「タテ」の構造より「ヨコ」の構造に人々が動き始めた。企業も組織もみんなそうですが、「ヨコ」になり出したというところに日本がついていけないというところに基本的な問題があるだろうと思います。
 ヒューマンリソース「人材」と言われ出したのは90年の始まり、いろんな本に出てきたのはですが。95年ぐらいからヒューマンキャピタル「人財」という言葉がかなり出始めて、日本の日経とかいろいろ見ていると、4対1の割合で「人財」という財産の財になりましたが、エコノミスト、ファイナンシャル・タイムスでは、キャピタルとリソースの比は、「リソースが2、キャピタルが1」で、そういう認識が社会にあるという時期であります。
 それで、2000年から急に変わったのは、2000年は日本はIT基本計画、基本法ができまして、技術の進歩によってインターネットがつながり始めたのは1991年、冷戦が終わったときです。ちょうど20年前ですけれども、ワールド・ワイド・ウェブというのが出てきて、どんどんつながり始めたんだけど、従来の電話の回線で使っていたので非常に遅い、お金がかかると。一部の人にインターネットのアクセスがあって、UMINなんか入れましたけれども、2001年からぐっと規制改革とテクノロジーその他で、今やみんながモバイルフォン、コンピュータを一つ、二つポケットに入れて歩いています。しかも、これは毎年、今のところ売れる携帯電話が多分毎月四、五百万台売れていますが、世界中で、そのうち60%以上がスマートフォンになってきて、どんどん使い易くなる、見えるというふうになってきたのは大きな違いでありまして、最近の赤ちゃんから幼稚園はみんなタッチパネルですね。ボーンデジタルじゃなくて、ボーンタッチパネルになってきて、最近の赤ん坊はテレビのスクリーンを手で触って動かそうとするぐらいの変わり方だということです。つまり、世界中の人が見えるものにどんどん接触できるようになったということで、例えばウェブに乗っけるようなソフト、ウィキもそうですし、ツイッターもそうですし、フェイスブックでアラブのスプリングとか、つまり下の一人一人に知識なりエンパワーするツールがたくさん出てきたというところに、今までとしては、オーソリティは猛烈に抵抗しているというのが、日本の現状もそうだろうと思います。つまり、過去の世代が新しい世代を一生懸命何とかしようと思っているんだけど、実は自分のところの権益を侵されたくないというのはこれは仕方がないんですが、そういうことかと思います。
 ここで将来の人材をどう育てるか。世界の教育機関の共通の悩みです。どこでもそうです。その変化に対してどういうことかということですが、特に英米の大学は、いわゆるリーディングユニバーシティというところほど猛烈に苦労しておりまして、なぜかというと、どういう人材を輩出していくかということが大学の一番の目的だと思っているわけで、それが将来、世界のリーダーになるのか、いろんなところで活躍できるような人間にしたいということで、自分たちの伝統的な社会の強みと弱みを認識して、国境を越えたネットワークをつくらせようということ。今までは例えばグラデュエートスタディをやっていましたけど、とんでもない、今、プリンストンもハーバードもMITも、いかにアンダーグラデュエートでいろんな外を見て、実体験をして、自分は何をしたいのかと、何に一番情熱があるのかということを感じ取らせる教育ということに熱中しております。それには世界に行かせようということで猛烈にやっていますが、実はアメリカの今の大学は非常に人気がありますが、今のようなリベラルアーツを専門にした4年間、その後、専門職、社会に出る、それから専門職のキャリアを積むというのが、実は100年前のチャールズ・エリオットという学長が猛烈に苦労しながら、教授たちが一番抵抗するわけですが、こういうシステムにしていったというのがハーバード大学のその頃の悩みであります。
 さて、そこでいうと、今の日本の教育の変遷と時代の要請は一体何なのかということを考えてみましょう。つまり、今のアメリカの大学は非常に高い価値を与えているということを世界中に認識されているわけですが、その理由は100年前の改革にあったということであります。
 それで、日本の社会の変遷と日本の社会、入試制度、就職制度などを考えなくちゃいけないわけですが、最近、東大——東大と言われると、日本の教育の中では大学では信仰の対象ですからね。そこのトップが入試を見直すぞ、秋卒について考えようと言っただけで、あれだけ新聞が書くというのは、後ろで文科省と一緒に考えているのかもしれないけど、やっぱりそれだけのインパクトがあるわけです。よその大学がそんなことやったって誰も見向きもしない。今までの権威であればあるほど、それは過去の社会制度ですが、そのトップの責任はそれだけ大きいということですね、社会的に。それが社会の世論を喚起して変化への政治的あるいは役所というようなところの応援団になってくるということです。最近は文部科学大臣ももうちょっと他のことも考えたらいいなと、教育のカリキュラムを自分たちでやったらいいんじゃないということを言うことが大事で、メディアもどちらかというとそっちを見ますから、それがきっかけになってムーブメントになってくるということじゃないかと思います。そういう意味では、私は小宮山さんになったときから「東大総長機関説」と言っているのはそういう意味です。他の人が言っても誰も聞かないと。だけど、東大の総長が秋卒入試制度と言うだけの話でワーワー動き出すというのが非常に大事な過去のパラダイムのトップの人たちの社会的責任だということであります。
 そこで、ちょっと振り返ってみると、資料1を御覧ください。直観的に見ると日本は「形」による秩序形成だったのではないかと思います。日本以外は大体機能と能力によっていい人がどんどん出てくる。最近のオリンパスの話もそうですし、いろんなことが出てきますよね。オリンパスの問題もあっという間にウォールストリートとイギリスでは大騒ぎして、ビデオが出たりワーワー言っているんだけど、日本の新聞は全然書いてないと。一昨日の日経が囲み記事で、今日の日経ももうちょっとということですけど、世界中のみんなが知っているのに、日本だけが知らないのはなぜかということを考えてください。この「形」という秩序形成でうまくいったのは今までの産業構造と経済成長でうまくいっていたからと。これが20年前の冷戦の構造の終結ということとインターネットということが始まっておしまいになったということです。
 この一番縦のこのクリックありますね。日本の形の三角の頂点を、15年ぐらい前、10年前もそうかと思うけど、これを「一番上の組織は何?」と言うと、大体90%の日本の人が「内閣」なんて言わなかったですよ。「霞が関」と言いますね。これをクリックすると、また同じ三角形が出てきます。「これ、何?」と言うと、大体「大蔵省」と言いますよ、9割の日本人が。そういう社会だったんですね。そこに行くのはどうしたらって、もう一回戻すと、東大法学部に入ればいいんだという話がまず条件になってきますね。そのための中学、高校の教育だったということで、あとは単線路線、終身雇用、年功序列という話だったということです。したがって、外が変わると一番変われない構造になっているというのが日本の伝統です。
 その次ですね、次は実際の数でございます。二番目ですが、日本の背景ですが、20年前の教育を見てみると、その背景をちょっとお話ししているわけですが、日本の社会の今の制度、それから実際の大学その他については20年前には義務教育で、中学生のときは3年、それから高校生が3年、大学は4年ですから、大学進学率は5〜6%だった。1960年で11%です、英米仏は5〜7%ですから、日本の方が高かったんですね。これは公的な教育がかなり充実してきたということであります。アメリカはこの時代で20%を超えていました。それは、全部が徴兵制で、しかもリンカーン大統領のランドグランド・アクトがあって、全部州がただで学校のためには土地を出すというのが、リンカーン大統領が1863年にやったことですが、それによって公立の大学がみんな、カリフォルニア大学、テキサス大学、いろんなところがそれを受けているわけで、私立、今、スタンフォード、ハーバードと言っていますけど、これはごく一部で、今でも学部教育の大部分は公立、75〜80%だと思いますが。それから、産業が工業化して、22歳で卒業するまで大学に行っていてもいいよとなってきて、それはイギリスも同じで、2005年には西洋、イギリスもアメリカも日本も全部、大学は半分が行くようになったというのが現在の在り方です。それは大学卒業まで待てるような産業構造になっていたということですね。1次から2次産業、3次産業になってきたということであります。日本は特に高等学校に、97%が行くというのが現在ですが、2025年まではこの人口がどんどん減るということが日本の一番の大きい課題です。
 それから、戦後の高等教育、20年前までは大学の何々学部というところに最初から入ることになっていて、そのためには理系、文系というのが分かれて、高校1年が終わったころから大体受ける科目が変わってしまうというように、勉強の方向がなっておりまして、しかも、大学院にしても大体縦に進むという構造から成っていました。しかも、ある大学の何学部に行けば大体どういうところに行けるという話が形成されていたということで、そうなると、引き戻すと、高校1、2年で大体行くところが決まるよと。大学に入ってしまえば、あとは4年間のモラトリアムだったということは、ここに座っている人たちは大学で猛烈に勉強した記憶がないと思いますが、そういうことだと思います。そういう人にあんまり言われたくないよというのが、若い人たちの気持ちだろうと思います。
 裏に行ってください。裏はだから、21世紀になるとグローバル化、「タテ」から「ヨコ」へということになれば、個人の強み、弱みを認識しながら、やっぱり友達というか、ネットワークをつくらなくちゃいけないわけなので、そういう意味では、高校は卒業までは理系、文系なんかなしと、もしやるのであればね。専門高校ももちろんすばらしいです、戦後の産業構造を支えた人たちです。それから大学も、やはり一口にして、専攻をやるような、100年前のアメリカの大学がとったようなことを頑張ってやるより仕方がない。その間にぜひ高校のときは、アメリカン・フィールド・サービスとかいろんなことがありますが、1学期でもいい、夏休みでもいいって、どんどんどんどんお互いに交流しようと。相互ですね。行っているだけじゃ先生が変わりませんから、双方向でやると。大学もどんどん双方向でやろうと。ギャップイヤーなんて当たり前よということでやらなくちゃいけない。大学院はよそに行くとか、大学院でやっぱり一、二割は外に行ってほしいなと。それからまた帰ってくる。Ph.D.を取ってまた帰ってくるというような人がどんどん出るところが、今のアジアの一番の強さです。そことどうやって競合するのかということですね。
 というわけで、政策の基本ですが、裏に行っていただいて、最初の3行に書いてありますが、ここに書いてあるいろんなまとめ、全部これはすばらしいんですけど、ここで一応基本的な考え方として、いろんな場での実体験というのはすごく大事。この実体験というのが違う人たち、それから世代の違う人たち、皆さんがやっているのはそういうプリンシプルを実現しているというところが、子どもたちに多様な価値、それから、いろんな人たち、職業人、お年寄りが混ざるような実体験、その中に外国人との交流、ホームステイでどこかに行くとかいう話も大事だし、さらに、小学校から一番大事なのはチームと、それからコラボレーションということをやっていくというのが全ての教育の出口に大事で、自分だけでやるという話じゃなくて、むしろプロブレム・ベースド・ラーニングのようなプロブレム・オリエンテッドのようなことをどんどんやっていく。これがフィンランドなんかがやっていることですが、コンピュータも使うと。それから、多様化ですね。ボーダーを越えるという話が、実体験をさせない限り絶対分からないです。全体をやる必要はないけど、せめて1割、2割は1ヵ月ホームステイをしてみるとか、中学、高校になるともうちょっと長いというようなことをぜひしないと、何をやっても身につかないだろうと思います。
 そこで将来への国際交流(双方向)を、いろんな流儀でやるということで、これが実を言うと国力に非常に大事だということが、アン・マリー・スローター — プリンストンのウッドローウィルソンの学部長の女性でしたけれども、オバマ政権になってすぐ国務省の政策局長に抜擢されました — 彼女が、やっています。
 その次に、若いときの異国の実体験というのが非常に大事で、この交流によって友達のネットワークがフェイスブックでも何でもつながるわけで、会ったことのない人のフェイスブックとかメーリングリストは全く意味が違います。
 それから、若者が内向きかと言われますが、これは後で説明します。そんなことはないですね。
 異国との実体験はほとんどのコモンランゲージはブロークンイングリッシュに今ではなっていると思いますが、そういう機会をどんどんつくることによって早く違った言葉にも——別にうまくなる必要は全然ありませんが、慣れてくると思います。
 実際のプログラムはどんなことがあり得るかというと、一つは、アメリカン・フィールド・サービスのような高等学校のとき1年休んでどこかに行くというのは非常にいいんですが、最近では、行きたいと言って、親も行きたいと言っても、高校の先生が嫌だという例もあるとか。産経にも書かれていますが、それはなぜかというと、東大に入りそうな生徒が1人減るのは高等学校の評価が落ちるみたいな話を、何か本末転倒なことを言っています。それから、AYEPOというのは、14歳〜16歳位のアジアから30人、それから日本が45人、沖縄で、私が安倍総理のときの顧問をしたときに入れたんですが、沖縄で3週間合宿をする、その中にホームステイとかいろんなことが入っておりますが、もう今4年目になりました。自分たちで目的を見て、今、水というテーマで詩をつくったり、その連中がみんなフェイスブックでつながっていて、毎年8月になると盛り上がっているんです。そういうことをやるとか、今、大学のグローバル30、これもみんな予算を切られているので広がらないんですが、これは国の予算だけじゃなくて、自主的にやれることをやっていくというのがすごく大事だと思います。
 それから、私は、なかなか大学も変わらないので、「休学のすすめ」ということを去年から発信しておりまして、ぜひこれは書いてほしいんですが、4年間の授業料で5年間かけて大学を出てみようというのはすごく大事なわけです。なぜかというと、大企業は新卒にこだわるという変なくせがまだあるからです。「休学のすすめ」となると、実はそうすると学生の選択になります。「そうか」と、休んで行ったり、半学期だけ休んでみたりして行く人もいますし、大学で勉強しようと思えば交換留学でどんどん行けばいいわけなので、むしろ一番問題は休んだときですね。国立の場合は授業料を取られないのですが、私立では結構取っているんですね、学生がいないにもかかわらず。これをやめてもらいたいということで、これは学生と一緒に運動を始めようと思っているんですが、これは大臣その他にも言ってありますが、私立としてはほとんどの学生がみんな戻ってきます、トランスファーはないですから、4年分の授業料は取って、帰ってきたらそれはもう授業料を払わないでいいというふうにしなくちゃいけないと思います。ぜひこれはやってください。慶應は安西さんのときに休学中は授業料をとらない、今、3年生までは休んでも授業料は取らないというふうになっていると思います。それが教育者の見識の問題だろうと思います。つまり、私立大学は理事会があって財務状況がありますから、4年間の授業料で5年間で卒業するという学生が10%、20%いてもあまり問題ないと思います。それから、ギャップイヤーですね。そういうことをごく一部の企業もやっていますが、ぜひ考えてほしいと思います。一括新卒入学というのはちょっとなるべくやめてほしいなと思います。
 それから社会貢献の実体験、これはすごく大事です。岩本さんがやっているところもそうですが、社会貢献の実体験、高校生、中学生はぜひ小学校なんかにも行って、一緒に先生と授業に参加すると、先生のありがたみが分かるというのもすごく大事なんですね。大学生は中学とか小学校、それからいろんな社会活動にどんどん行くと。むしろ大学に入るまでの高校生は、アメリカの一流大学は割にそうですが、1年間に100時間のボランティア活動をしていないとエッセイでもだめでしょうね。ボランティアが単なる自分の趣味じゃなくて、特に貧困とか、そういう自分たちができないことをやっているということはすごく評価されます。そういうことです。
 それから、よその人たち、若い人たちに教えるというのは自分の勉強に一番なるわけで、大学生も自分たちがティーチング・アシスタントをやるとか、大学生が地元の高校、中学、小学校に行くとか、高校生は中学校、小学校に行くというような話をかなりやるべきですし、そのインセンティブは、そういうのを将来教員になるための単位に認めてあげるというような話もいいと思います。
 それから、最近、非常にアメリカで人気があって、学部を出た人の一番優秀な人たちが一番行きたがるのはTeach for Americaですね。恵まれない地域の中学、高校の先生を2年間やる。ゴールドマン・サックスに入ろうが何しようが、こういうところに行った人のバリューは猛烈に上がっています。なぜかというと、リーダーシップができている。それから、教育に熱心になる。それから、自分がいろんな大企業に入っても、貧困の人たちがいるんだという意識が体にしみついているということで、そこに常に気が回る人になる、一石三鳥以上の効果があると。今、日本でもラーニング・フォー・オールという名前で松田君なんかがやっていますが、私も応援しています。今ここに、ハーバードで卒業生の17%がアプライしてきます。イエールも14%がアプライしてきます。そこで選抜されるだけで大変です。年間4,000人やっていますが、2年間。就職決まっていても、みんなそっちに行くと言ったら大歓迎ですね、企業は。「2年したら戻ってこいよ」と言うぐらいの人気です。
 Teach for Americaの次に海外青年協力隊のようなピースコープですね、ケネディ大統領の。すごい人気で、世界の恵まれないところにどんどん行こうというのが、新卒の人の第五番目ぐらいの人気だろうと思います。そういう話をぜひやってもらいたいなと思います。
 ということで、私としては、ハーバードへの留学生が減ったとかいろいろ言っていますが、参考資料の最後三つを御説明します。次のは、これはもう5年前に書いたんですが、国の根幹は人つくり」ということです。実はこれ、「Science As A Foreign Policy」というタイトルで学術月報という、学術振興会の月刊誌に出したんですが、「タイトルが英語じゃ困ります」と。「見出しが英語じゃ困るんだ」と言われたので、「国の根幹は人つくり」としました。
 その次に、これは3年前の『SCIENCE』に書いたエディトリアルで、日本はまだまだ鎖国だなと。これは専ら大学のことを書いてありますが、企業のこともついでに何となくにおわせております。女性のリーダーシップも非常に遅れているというような話が書いてあります。
 それからその次の資料5ですが、さっき言ったように、休学してどこかに行こうというような子どもたちを積極的に応援しようと。別に自分たちで行くんですが、せめて私立大学は学費なんか取らないでねということと、できれば企業もぜひインターンシップとかいろんなことをどんどんやりながら、学生に仕事の現場をいろいろ体験させるということをぜひ中学、高校、大学でやっていただきたいと思います。
 最後の一覧表ですが、「最近、日本の若者は内向きで、留学しないよね」って言っていますが、これはハーバード大学のインターナショナル・スチューデントの実際の数と日本の他の国を比べてください。1991年、冷戦が終わってインターネットのワールド・ワイド・ウェブが出てきたとき、179人、日本ですね。それから、はしょって言うと、2001年は日本の数は162です、10年後。2010年、その10年後は100です。常に日本の数は減っています、91年から。ところが、カナダ、チャイナ、サウスコリア、UK、インディア、ジャーマニー、シンガポール、全部増えています。このインパクトは一体どうなのだろうかという話ですが、実を言うと、この日本が減っているというのは経済が調子悪くなっただけの話です。つまり、今まで留学した人はほとんど大学院で行っていたはずです。学部で行っている人は極めてそのころから少ないです。大学院へ行っていたのは、ほとんどが企業や役所から行っている人ですから、自分の金じゃないですよ。そういう人たちが行っているんだけど、帰ったらばどういうふうになっていたかというと、ほとんどが入省、入行、入社の年次に戻っています。というわけで、これはそれだけの事由であって、若い人たちは決してそうじゃなくて、今の大学生は平成元年から4年に生まれた人です。この世代の親の世代考えてください。生まれてからいい話聞いたことないはずですよ。だから内向きになっているだけの話で、親の姿を見ているから子どもはそうなるだけの話です。
 ありがとうございました。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。
 次に、船橋先生、よろしくお願いします。

【株式会社ウィル・シード代表取締役社長・船橋力氏】

 ウィル・シード、船橋です。よろしくお願いします。
 非常に短い時間ですので、私に期待されているのが、多分——企業の人材育成をやっていますので。それで、特に3.11以降、拍車がかかりまして、企業が海外に拠点を出す数、それから駐在員の数、全部増えています。多分日本にマーケットがこれからなくなっていくんだろうということに対してですね。それに伴ってグローバル人材育成だったり、外国人の採用だったり、ものすごい拍車がかかっています。多分そこら辺の内容がいろいろ初等・中等教育あたりにもヒントがあるだろうと思っていますので、そこをメインに話したいと思います。もう一つ、非常に珍しい会社だと思うんです。企業の人材育成と同時に学校教育もやっています。60自治体で890校で、多分一つの団体がこれだけやっているというのは一番多いんだと思うんですね。そこからちょっと見えてきていることの中で一つだけ気になっていることをお話ししたいと思っています。よろしくお願いいたします。
 簡単に自己紹介をします。2ページ目にありますが、私は今41歳なんですが、父親の仕事の転勤の関係で3歳から7歳までアルゼンチンのブエノスアイレスにいて、小学校の途中から高校の1学期まで日本の横浜の公立学校にいました。その後、ブラジルのサンパウロに行って、大学は日本なんですけど、伊藤忠に入って1年、インドネシアに駐在というような経験の中で、差別に遭ったり、いじめに遭ったり、日本と海外の学校を両方見たというところが経験としてあります。
 伊藤忠をやめて起業した1個の理由が、やっぱり大学のとき非常に不思議だったのが、海外の同世代と比較してあんまり、社会のこととか文化のこととか歴史のこととか、話す人は話すし、話さない人は話さない、あんまり興味を持たない。海外だと当たり前だったのがと。何でだろうなと思ったときに、一つはやっぱり島国であるということで、あんまり外の情報が入ってこない、触れないということもあるし、海外のときは何か体験しながら学ぶことが多かったんですね、先ほどの岩本さんのような。やっぱりそういうものが日本の学校教育にあると、もっといろんな視野を広く持ったり視座が高まったりということがあるんじゃないか。それで考える力もつくんじゃないかと。これが学校教育に多分必要だろうというふうに非常に思ったことから、簡単に言うと起業しました。
 そういう意味では、今、何をやっているかというと、学校教育改革を——教育改革と言っちゃ失礼ですね。子どもの教育に関しては、文科省さんじゃないですが、経産省さんからの委託で890校に体験型教育として、シミュレーションゲームを使いながら授業の中でいろんなことを学ぶということをしています。私が思っていたのは、先生方一人一人のトレーニングよりも、先生が誰であろうともそこそこ90点ぐらいのクオリティーが担保できるものを1個広めたほうが早いんじゃないかということで、そういう手法を広げました。そういう意味で経産省からお金をいただいて我々も授業をやるけど、2年目は先生にそのノウハウを教えて、先生が勝手に自立・定着させていくやり方にしました。
 もう1個は、そういう子どもの教育をずっとやってきたことから、最近、ゆとり教育を受けた世代の話がありますけど、どうやってアプローチすると彼らがとても意欲が高まるのかというノウハウとか背景も知っているので、企業の人材育成でも特に若手の教育は得意としています。ここ2年、グローバル教育に力を入れ始めました。ちょっと背景を話しますと、2009年にダボス会議のヤング・グローバル・リーダーというのに選んでいただきました。40歳以下の世界のリーダーが毎年150名から200名選ばれます。日本からも毎年6名ぐらいで、大阪の橋下知事とか勝間和代さんとかも同世代です。本当にリーダーかって微妙なのは、海外の場合は大臣とかいろいろいるんですね。ただ、5年以上何かのポジションを持っていなくちゃいけないというような条件がある中で、日本だと優秀な人って多分官僚の方とか企業にいるんだけど、40歳未満で部長とかいないんですね。だから、起業家とかそういうのになっています。
 ここはちょっと衝撃だったのが、私は帰国子女だったし、伊藤忠にいたときも海外ビジネスをやっていたんですが、日本でドメスティックに10年間起業していたと。2009年にダボス会議とかいろいろ出るようになって、一つは、明らかに日本パッシングというか、日本に対するプレゼンスが少ない。例えば、ヤング・グローバル・リーダー80人でハーバード・ケネディ・スクールに10日間通うコース、10日間のいろんな授業の中で日本の話題が2回しか出ないと。例えばここ20年の1%未満の成長率の国はどこかといったら、日本じゃないんですけど、みんな手を挙げたり、あとは、ちょうどクロマグロの事件があったときに、その事件のときだけ急にバッシングを受けたり。そういうふうで、全く日本の話題は出ないんだけど、夜はみんなすしを食べに行くみたいな仲で、私がすごいショックだったのは、私が海外に出たときはもうジャパン・イズ・ナンバーワン、ソニー・イズ・ナンバーワン、みんなこっちを見てくれて「おはよう」、「おはよう」だったのに対して、今、海外に行くと「アンニョンハセヨ」だったり、そういうわけですよね。そういう中でそれがショック。と同時に、自分も筋力が落ちたわけですね。久しぶりに海外に行ったら、語学も落ちているし、妙に空気を読む自分はいるし、外国人の中に囲まれると弱い自分もいるみたいな、そういうところから、これはヤバイなと。日本の企業と日本の人も私と同じような、どこの職場のどの立場であっても同じような痛い目に遭うだろうということで、早くやらなくちゃと。
 と同時に、ちょうどダボス会議で緒方貞子さんが我々リーダーに話したのが、何で日本の企業は日本人だけで戦おうとするのかと。サッカーのプレミアムリーグだったら外国人がいろいろいる中で強いチームをつくるのに、なぜ日本人だけなんだと。そうだなと思って、ちょっと矛盾があるんですけど、人材育成は何よりも大事。教育が大事。時間がかかる。ということは、外国人の優秀な人を日本に連れてくるというのも短期的には必要だということで、今、それをやり始めています。ちょっと前提が長くなりました。
 その中で、今、企業でどんなことが起きているかというのも含めて話します。多くは、皆さんグローバル化の話とかBRICsとか2030年には50%の市場がアジアになるとか、あるいは日本以外の韓国のサムソンをはじめ中国の企業、ブラジルの企業がと、どんどんプレーヤーが増えていると。ビジネスも複雑化しているし、難度があると。ぜひ今からの未来をつくる子どもたち、学生のことを考えていただきたいんですが、20年前、30年前の日本人が海外に出ることよりも、これからの彼らが海外に出ることのほうが日本に対してのリスペクトも低いですし、プレーヤーも、例えば日本の大学生が275万人に対して中国とインドだけで3,300万になると。プレーヤーの数も増えているし、リスペクトは低いし、複雑になっているし、今までの我々が海外に出ていくときよりも難易度が圧倒的に高くなると。ステータスも低いという中で、なるべく早くやっぱりグローバル人材を育てていかなくちゃいけないんじゃないかなと私は思っています。ただ、全員がグローバル人材になるべきかというのはまた別です。それから、グローバル人材という定義も非常にあいまいで、企業が求めているのはむしろリージョナル人材というか、ある地域で活躍してくれればいい。だけど、メーカーのトップの方とかだと、例えばネスレなんて典型的ですけど、必ず3カ国のトップをやって初めてトップになるとか、そういうこともある中で、このグローバル人材って何だと。リージョナル人材って何だと。あるいは、日本にいながらそれなりに英語ができるというのも含めて、じゃ全員がなるべきかとか、そこから考えていかなくちゃいけないんじゃないかなと思っています。
 ちょっと前段長くなりましたけれども、今日、私が話したい点は大きくこのグローバルに関しては三つあります。一つは、世界の動きと日本の向かうべき方向を見据えて、戦略的にエリート教育じゃないですけど、世界水準の教育を受ける人を3割ぐらい持つべきじゃないかと。日本の教育ってやっぱり海外に行くとすごいなと思うのは、やっぱりナショナルミニマムというか、ベースのことがちゃんとしている。ほとんど全員がちゃんとしているのは重要だと思うんですけれども、ただ、じゃ世界水準の人たちと対応できる人がいるのかというと、多分非常に少ない。特にビジネススクールでいくと、日本に世界の100位以内のビジネススクールがないわけですね。それなのに何となく学んだ気になって、しかも、分かりやすく言うと、日本人って同質な人ばかりですよね。同じような経験して、同じような視点の人ばっかりで議論して、じゃあ果たしてそれで多様性が身についているのかというと疑問な中で、やっぱり30%ぐらいは、エリート教育じゃないですけど、世界水準に触れる機会を持つべきじゃないかなと思っています。
 それはなるべく早く、僕らは早期・定期・先行経験って呼んでいるんですが、なるべく早く送る。だから、企業の場合だと、今もう1年目から5年目、例えば総合商社とか伊藤忠だと5年目まで全員を半年間海外ですと。行くことが目的じゃなくて、何をさせるかが目的なので、行きながら20カ国の人と触れ合って異文化コミュニケーションを学ぶとか、リサーチを3カ国させるとか、ちゃんと課題を与えたりします。それから、経営者スクールに関しては、MBAを2年学ぶのはもう時間がもったいないというので、1年ぐらいになっています。という中で、ハーバードとかアメリカ系のスタンフォードとかMITより、むしろ、最後のページについているスイスのIMDとか、要はアメリカのビジネススクールというのは、アメリカ人が教えて、アメリカ人が多くて、アメリカのケーススタディーが多いのに対して、これからはアジアだ、それ以外だということは、例えばスイスだと70カ国で、教授もインド人が教えたり、中国人が教えたり、アフリカ人が教えたり、ケーススタディーもあるというようなところに移っていくと、そんなのもあります。そういう中で早く行かなくちゃいけない。筋力と一緒なので、定期的に行かなくちゃいけないということが必要かなと思っています。
 具体的にじゃあどんな能力が必要かというところに関しては、4ページ、5ページに参考までに出しました。これはあるセミナーで、例えば企業の人が32歳までにどんな能力を持っておくことが必要かというときに、私が出した四つなんですけれども、これがグローバル人材という意味じゃないです。日本人が持ってなさそうなことを四つ挙げました。一番大事なのは、例えば人間力とか問題解決力とかだと思っていますけれども、例えば問題解決力も、さっき言いましたが、日本の中で問題解決力、多様性が低い中で、同じような答えを持っている人の中で本当の問題解決力がつくとは思っていません。なので、やっぱり海外に行かなくちゃいけないんじゃないかと。情報収集・解釈力というのは、日本のメディアの方もいらっしゃる前であれですけど、例えばシンガポールにいると、シンガポール以外の国のニュースが85%ぐらいあって、シンガポールのニュースが15%ぐらいだとします。日本のメディアを見ると、多分海外の情報が15%で、日本のニュースが85%で、しかもほとんど似たようなニュースだと。これだとやはり、例えばさっき黒川先生がオリンパスの話で言いましたけど、世界の我々のヤング・グローバル・リーダーの仲間ではオリンパスの話題とかワーッとなっているわけですよ。でも、日本だと知らないとか、そういう日本がどう見られているかも含め、日本から世界を見るじゃなく世界から日本がどう見られているかが大事じゃないかと思っています。
 語学力に関して言うと、本当にBRICs含めものすごい発展をしています。じゃあ、ブラジル、インドネシア、ベトナムとかも含めて英語でいいのかというと、多分違うんですよね。本当に根づいていくには、ブラジル語だったり、ポルトガル語だったり、インドネシア語だったりしなくちゃいけないときに、僕は語学に関して言うと、ちょっとソリューションも入っちゃいますけど、例えば中学校から英語プラス第2外国語を学ぶことを必須にしたほうがいいんじゃないかなと思っています。英語も、完璧な英語を学びたい人、学ぶべき人という群と、先ほど黒川先生がおっしゃったように、グロービッシュというか、ブロークンイングリッシュで十分な人たちと、あと、むしろ第二外国語というか、インドネシア語かブラジル語かベトナム語かを選ぶぐらいあっていいんじゃないかと正直思っています。極論を言うと、TOEICとか500点とかいうレベルの英語であれば、多分5年後、10年後は全く無意味だと思います。だったら、インドネシア語500点のほうが圧倒的な付加価値が出てきたりするので、これからの世の中が、経済がどうなっていくというときに、全員一律同じような英語を学ぶべきなのかというと、非常に疑問だと思っています。
 環境適応力というところ、三番目に関しては、異文化理解とかダイバーシティとかタフネスとかありますけれども、世界の全ての異文化を理解していくのは無理なので、むしろ、全て前提が違うんだというクリティカル・シンキングと呼ぶようなものを身につけさせるとか、あるいは、タフネスはとても大事だと思います。海外で今駐在している人の多くがメンタル・タフネスをやられて帰ってきているんですね。それはきつい環境に慣れていないというのもありますが、その次の発信力にもつながってくるんですけど、自分のことが語れなくて、日本人って協調性があるので、どんどん他の国に合わせていっちゃったがゆえに自分を失って潰れていくみたいなところがあるので、実は僕はこの四つの中では一番大事なのは発信力と書いていますけど、これは主張力じゃなくて、自分のこととか自分の国のこととかアイデンティティとか、宗教でもいいんですけど、何か軸を持つこととか、こういう教養が一番大事なんじゃないかなと思っています。
 具体的な話に戻りますと、そういう意味で、中学、高校でできたら30%ぐらいの人材は必ず中・高で1年間の留学の義務。小学生はやっぱり日本でしっかり学ぶのが大事かなと思うんですけど、必ずサマータイムは1か月海外に行くとか、3割ぐらいは、国のお金か何か、親のお金でもいいんですが、そういう場を意図的に設けていかないといけないんじゃないかなと思っています。
 二つ目が、やはり飛び級制度は、あったほうがいいんじゃないかなと思っています。何で留年があって飛び級がないのかというのは非常に僕は不思議で、これからしかも少子・高齢化の中で、早く社会に出てもらう人を増やして働いてもらったほうがいいんだとすると、やっぱり吹きこぼれ対策も含めて飛び級はあってもいいんじゃないかなというのは1個あります。
 三つ目が、黒川先生おっしゃったギャップイヤーもそうです。もう1個は先行内々定制度というのを提案したいんですけれども、これはどういうことかというと、日本の企業だけ、日本の就職だけ終身雇用に近いと。韓国もちょっとありますけど。ポテンシャル採用、人間力だけ見て採用するのってほんと日本ぐらいなんですね、海外と比較して。だとしたら、それはじゃあそのままで行くとしたら、私の会社も人材採用やっていますけれども、大学2年生ぐらいのときに面接すれば、もう大体わかるんですよね。大学4年間で伸びる人もいるけど、大体わかるんです、彼がどういう思考かとか優秀かどうかと。だったら、僕だったら、例えば1年生か2年生のときに内々定を1回面接して出して、そのかわり残りの大学生活できっちり何を学びなさいという課題を与えて、できないと内定をあげないと。私、遊んでいましたから、よく分かるんですけど、大学時代をどう充実させるかというのが大事な中で、何かそういう企業との連携で先行内々定制度を設けると。ただ、学業をおろそかにしろという意味じゃないです。インターンとかそういう、スキルを身につけろといった意味じゃなくて、その課題はちゃんと学校と企業で連携すればいいと思うんですけれども、あるいは官庁で連携すればいいと思うんですけど、そういうことをやるべきじゃないかなと思っています。
 先ほどの語学の話で言うと、本当にグローバル人材なのかリージョナル人材なのかによって、英語はグロービッシュで500点程度だけど、インドネシア語完璧になるとか、そういうものとかでもいいし、もう高校受験から選択できる状態があってもいいんじゃないかなと思います。むしろそうやったほうが中学校とか差別化、インドネシア語に力を入れていますとかポルトガル語に力を入れていますなんていう学校があってもいいし、何かそういう差別化が進むんじゃないかなと思います。
 あとは、ちょっと教育か分かりませんけど、スポーツ界に学ぶべきだなと思うのが、発掘ですよね。人材の発掘という制度をあんまり聞かないので、例えば私の会社、オリンピック協会の研修もやるんですけど、やっぱり地域、文科省の方々と連携して早いときからオリンピック選手とか国体で活躍する選手を発掘しに行ったりしているわけなので、何かそんなのもあってもいいかなと思います。
 教員の話はちょっと長くなるので省きますけど、やっぱり教員の方も50%以上は海外経験をしていてほしいなということがあります。一つはこれ、文科省か分かりませんけど、私が提案したいのは、Jリーグに学ぶということなんですね。Jリーグって何をやったかというと、いち早く外国人を入れて世界の水準を見せて、世界の水準に触れることで日本人はどこが得意かと。パスが得意とか、走るのが得意とか見つかったりするということもありますが、もう1個、大事だなと思うのは、地域密着型で発展したということだと思っています。なので、グローバル人材育成に関しても地域密着でJリーグみたいのをつくったらどうかなというのがあります。多分、岩本さんがいる田舎とか含めて、まだ海外に興味がないけれども、わざとそういうところに出かけていって外国の映画を見せるなり、外国の人が来て話すなりで、ちょっとちっちゃい子はイベントだけど、中学生、高校生からは各地域から10人ぐらいはスイスのボーディングスクールに送るぞとか、何かアンダー18とかアンダー16とかありますよね。同じようなことをやっていったらいいんじゃないかななんて思っています。
 ちょっと前後しますけれども、そういう意味で、グローバル人材の育成において必要なことというのは、5ページ目に書いていたんですけど、一つが、いち早く世界水準に触れると。これは、本当は日本ってすばらしい国なんだけど、どれだけユニークで極東にあるかという認識を持つこともそうだし、やっぱりベンチマークにもなると思うんですよね。なので、なるべく早くそういうところを身につけたほうがいいなというのと、二つ目が、やっぱり原体験。これ、失敗体験、成功体験をする場が日本の環境では非常に少なくなっていて、企業からもそういう体験をさせてほしいと。例えばマネジャーになるときに、部下を育成したことがないので、いきなりマネジャーになる前に途上国のNPOに行ってマネジメント経験をさせてほしいとか、きつい体験をさせてほしいとか、問題解決の練習をさせてほしいというのがあるんですが、多分日本の子どもも同じような気がするんですね。これはグローバル人材育成の話の参考にしていただけたらと思います。
 あと3分で簡単に、学校教育の方で思っていることが一つだけなんですけれども、教員の質が低下しているとか、3年で3割の教員がやめるとかいう中で、僕が学校現場を見ていて思うのは、先生の役割が多過ぎるということなんですね。教科も教えるし、生活指導もするし、進路指導もするし、部活もするし、何か子どもが事件を起こしたら出かけていかなくちゃいけないと。これが例えばフィンランドだったら、進路指導はソーシャルワーカーがするとか、部活は地域でクラブに入るとか、あるいはフランスだったら、学校の外で事件が起きたら先生は全く見なくていいとかいう中で、先生の役割が多過ぎると。だから、地域と家庭とが連携しなくちゃいけないと。これは理想論だと実は思っていまして、やっぱり先ほどの海士町の例が1個参考かなと思うんですけど、公立の塾だよね。なので、僕のイメージは、半官半民の塾というか、むしろ文科省が日本にある塾を全部買収してもらえないかなと思っているんですよ。
 私、娘が二人いるんですけど、非常に疑問に思うのが、税金で教育費払っているのに、何でまた塾に払わなくちゃいけないんだというのはものすごい疑問です。その教育費を稼ぐために共働きをし、会社側からワーク・ライフ・バランスだと言われ、学校に行くと子どもは先生に対するリスペクトがなくて、お母さん方もみんなそういう会話をするわけですね。だから、夕方までぼーっとしているわけです。ぼーっとした後に塾に9時まで行っていて、これ、何なんだと。先生もかわいそうだなと。先生が1時間の授業を準備する時間が10分しかないと。これはもうおかしいわけですよね。塾が施設を持たない、ビルの中で教えるんじゃなくて学校に教えに行けば、圧倒的に人件費だけになって安くなったりするわけで、何かイメージとしては、例えば今、震災が起きて本当にお金がない地域だったら、絶対そういうことやると思うんですよ。これだけ塾がはびこっているのって日本だけで、塾を批判しているわけじゃないんですけど、どう見ても無駄が多いので、何か塾と学校が一体化してほしいなと。塾というか、もう3時以降は遊ぶというぐらいの、親子のコミュニケーションもないなんて言われている中で、そんなことを思っています。ちょっと暴論かもしれません。あるいは、先生方に、例えば教科指導する先生と人間教育だけを教える先生とか何か分けてあげるとか、あるいは、理科と社会だけは塾の先生がやるけど、国語、算数はやるとか、あるいは、いきなり5教科じゃなくて、段階的に10年後に先生が5教科教えていいとか、何かいろんな分業とか段階論とかがあるような気がするので、このままだと本当に無駄な時間と人を両方充てているような、全員誰もハッピーじゃないような状態が続いていくので、どうやればいいのかというのは難しいかもしれないんですけど、特に東京都内の学校においては先生に対するリスペクトがないとか、確かに先生もかわいそうです。NHKの教育テレビを見ていたら、1,000万ぐらいかけておもしろい番組をつくるわけですね。それと子どもは比較するわけですから、そりゃつまんないですよ、先生が10分で準備するのは。だったら、もうちょっと専門性を持たせるとかですね。ただ、日本の学校の教育現場に行きますと、いや、人間教育と教科指導と全部するのが日本のいいところなんだと。それはそうかもしれませんけど、限界もあるし、そうじゃないのを求めて教員になりたい人もいると思いますので、何かそこら辺もちょっと思うことです。その方が、先生が足りないというところの質の低下も含めた文科省さんの抱えている課題も解決するんじゃないかななんて思いました。
 以上です。

【小川副部会長】

 はい、ありがとうございました。
 じゃあ、今のお二人の先生方からの発表について、委員の皆さんから御意見、御質問を受けたいと思います。御質問、御意見ある方、また名札挙げてください。
 まず、篠原委員、どうぞ。

【篠原委員】

 どうもありがとうございます。黒川先生と船橋さんとお二人にお聞きしたいんですけれども、今日のテーマは、グローバル人材をどうつくっていくかということと、それからイノベーションの人材をどう養成していくかということだったと思うんですが、お二人にぜひお聞きしたいのは、今、例えば英語教育というものが、小学校5年生から新しい学習指導要領で教えるような流れになっております。これをもっと、小学3年生や2年生まで落としていくべきだという意見も議論もいろいろ出ているわけですね。グローバル人材ということを考えたら、先ほど船橋さんの話にもありましたけど、語学というのは一つのポイントではあると思うんです。英語に限らずですね。ただ、私なんかはどちらかというと、やっぱり小学校低学年のときはむしろ日本語と、国内のことをしっかり勉強して、コンテンツをしっかり身につけさせた上で英語を教えていく。それが本当のグローバル人材の流れになっていくんじゃないかというような気がしているんですけど、どうでしょうか。語学力というのはあくまでツールだと思うんですが、その辺、お二人の御見解を伺います。
 それからもう1点は、今、教育にデジタル教材をどんどん入れていこうという流れがあるでしょう。IT教育という立場からすれば非常に有効なのかもしれませんが、これも、初等教育のあまり早い段階からそういうものを入れていくことの功罪というのはあると思うんですね。人材育成という面では、プラスの面とマイナスの面と両方あると思うんですが、どういうふうにお二人御覧になっているのか。これもまた私の個人の意見ですけれども、デジタル教育ということの前に活字にもっと触れさせるとか、あるいはフェース・トゥ・フェースで人間関係をつくるとか、そういう基礎的なものをまず身につけさせることが大事なのでは。そういうアナログ的な部分がまずあって、その上でデジタル的なものに対応していく流れにしないと。これもさっきの英語教育と日本語と同じなんですけど、何かその辺をうまくかみ合わせていかないと。グローバル人材はできた、ITをこなせる人材がたくさん日本からも出てきましたというだけでは。「あなた日本人なの? 何人なの?」というアイデンティティがなくなるような教育の流れでは私はちょっとまずいんじゃないかと思っているんですが、お二人の御意見をお聞きしたいと。

【株式会社ウィル・シード代表取締役社長・船橋力氏】

 はい。

【小川副部会長】

 ちょっとごめんなさい。お一人だけ、すみません。

【大日向委員】

 ありがとうございます。大変刺激的なお話を伺いました。本日のテーマはグローバル人材の発掘・育成ということですので、そういう観点からすると、私のお尋ねすることはピントがずれていくことは十分承知の上で特に船橋先生にお伺いしたいと思います。今、18歳人口の5割が大学に進む時代になっております。そういたしますと、大学の内容も様々なんですね。お二方のお話は、一流大学とか世界に通用する大学に焦点が絞られていて、黒川先生のレジュメにもそうした言葉が書かれていますが、一方で実際には多様な大学があり、そこに進んでくる学生たちも家庭環境も非常に多様です。学費を稼ぐためにアルバイトに明け暮れているような学生たちもいる。そういう学生たちを対象にいかにグローバル人材化していくことが可能なのか。船橋先生は先ほど中・高で30%は留学を義務化したらいいとか、あるいは塾のことは無料化できるほど底辺の底上げというようなことも考えていらっしゃるんだと思いますが、船橋先生がお考えになっていらっしゃる幾つかのこういう御提言は、何割ぐらいの子どもたち、学生たちに通用する汎用性があるというふうに考えていらっしゃるのか、そこをお伺いできればと思います。

【小川副部会長】

 では、今の2人の質問について、では、黒川先生、船橋先生。

【株式会社ウィル・シード代表取締役社長・船橋力氏】

 まず、英語教育の件ですけど、英語教育のプロではない前提でお話ししますが、私は、まず日本語が大事だけど、発音とかはちっちゃいときからのヒアリングを含めてなので、英語で歌を覚えるとか音楽に混ぜるぐらいの、だから、英語と音楽を一緒にしちゃうと、そのぐらいでいいんじゃないかなと思いますし、じゃ、きれいな発音の英語がこれからずっと望まれるのかというのも微妙なので、まずは日本語で、極論、中学校からでも全然遅くないと思います。それからの頑張り次第だったり、1回海外に行ってとにかく興味を持てば学ぶというのが僕の持論なので、そんな早くから英語をやるという必要はないんじゃないかなというのが私の持論になります。
 デジタル教材に関しましては、おっしゃることはよく分かりますが、ゼロサムじゃないと思うんですね。だから、例えば算数はもうデジタル教材にしちゃうとか、むしろ原体験とかコミュニケーションの機会も少ないのも事実なので。だけど、多分これからの時代、絶対デジタルは必要だし、というときに、IT教育という授業ができても意味ないと思うんですね。だから、ゼロサムじゃないんですけど、ブレンドというか、混ぜたり、それなりには間違いなく今後必要だと思います。世界の私が見てきているいい学校という定義もあれですけど、もう普通に算数はそれで勝手にやらせて、パソコンで習熟度合いを見たり、見ながら違う質問を渡したりとか、よっぽど効率的に例えば算数とかはやっているので、それは日本の学校もできるんじゃないかなと思います。
 大学の先ほどの質問に関しては、全員というイメージじゃないんですね。3割ぐらいはやっぱりそういうふうになっていかないと、今後、日本がグローバル環境に対応できていかないんじゃないかと。お金の問題とかはちょっと正直分かっていないところがあります。ただ、一方で、黒川先生も御存じだと思いますけど、いろんな留学の奨学金の制度があるのに応募が足りないとか、あるいは、応募はあるんだけど、男性に限ってお母さんが止めるとか、何かそんなのもいろいろあるみたいなんですけれども、お金の問題はちょっとさておきなんですが、塾に行くお金がなくなれば行けるんじゃないかなんて家庭から出してもいいと思うんですけどね。そこら辺はちょっと仕組みまでは分からないんですけど、僕は3割ぐらいはやっぱりそういう環境に触れていかないといけないんじゃないかなという気はしています。ちょっと答えになっているか分かりませんが。

【小川副部会長】

 では、黒川先生、お願いします。

【東京大学名誉教授、政策研究大学院大学アカデミックフェロー・黒川清氏】

 一つはデジタル時代ですけれども、それはみんながすごく苦労することで、実際にフィジカルに先生といてアナログの生活を一緒にやるというのは、大学でもどこでも大事だということはみんな分かってきています。ただ、補習的な授業で、私が一番好きなのは、カーン・アカデミーという、khanacademy.orgです。彼はもともと数学・物理をやっていたんだけれども、いとこの教育をオンラインでやったら、全部自分でつくり出して、医学から何から、いろんな工夫をしながら、フリーでどうやって子どもたちがエンゲージしていくかという話をそれぞれ苦労していますから、ぜひそういうのを使う。実はカリフォルニアの中学なんかではそれがもう採用されていて、もうデータもとったんですが、人によって遅い子っていますよね、幾らでも。それが、それを使っているとどんどんどんどんキャッチアップして、後ではずーっとトップになってくるとか、いろんな事例がある。やっぱり子どもたちが「これは、私、好きよね」というふうにさせる教材もあっていいわけですよね。先生の授業が嫌いというので中・高からその科目が嫌いになる人は幾らでもいるわけですから、それが一つですね。だからやっぱり組み合わせだと思います。いろんなリソースがありますから、それでどれがいいかという話は、それぞれの子どもによってもある程度違うと思うけど、すごくたくさんあります。
 それから二番目は、海外とか異文化の交流の、若いとき、子どものときの言語もそうですけど、今やっぱりインターナショナルスクールでもそうだし、ワシントン郊外にあるのは、イマージョンクラスって全部日本語でやる学校の人たちは、別に英語ができないわけじゃなくて、両方できちゃうわけですよね。日本でも沼津にありますけど。そういう子たちが本当にだめなのというと、むしろそうじゃなくて、最近では、バイリンガルの子どもたちというか、バイリンガルに育った人は、アルツハイマーになる時間がですね、ならないとは言わないんだけど、5年から6年延びるそうですよ。同じことを見ても違った考えをするというのがすごく大事で、日本で住んでいる限り、インターナショナルスクールに行っても日本語がみんな達者ですし、そういう話をどうするかという話かなと思います。若いときに、そういう環境に入れるのもすごく大事だと思いますね。
 それから三番目に、学校の先生が足りないというのは確かにそうです。私、いろんな大学院の子なんかを見ていると、中学、高校の先生と一緒になって授業をやり出す人たちが結構いるんですね。毎日じゃないですけど。そうすると、中学、高校の先生の数学とか理科は、自分たちが専門じゃないという引け目があるのかもしれないし、現役の大学院の人たちも行ってみると、先生は教えるスキルがすばらしいと。だけど、先生たちと一緒にやることによって、先生たちはそういう人たちと一緒にやっているんだよということが自信になり、生徒たちに強いメッセージで出てくるんですね。だから、そういうことをやる人が出てくると、例えば35歳ぐらいになって、「私、研究じゃなくて、やっぱり学校の先生になりたい」って人も結構いるけど、今の体系じゃ非常になりにくい。だから、それをかなり必修化して、週に何回かそういうことをやる人について、教師になるような単位のクレジットをあげたらどうかと。そうすると、途中でやっぱり研究じゃなくて教育をやりたいといったときに、教育のいろんな必須の単位はどこかで多分夏休みをとれますから、ぜひそういうふうにやる。いろんな社会とのコラボレーションをつくる場が、さっき言った小学校であり、中学校であり、高校であるとすごくいいなと思っています。それによって先生は自分のところにフォーカスする。その小学校や何かがぜひ社会に開かれた場になって、いろんなおじいちゃんもおばあちゃんも世代を超えた人たちが出会う場所になれるようになってくると、いろんな新しい社会起業家も出てくると思います。
 それから、外に行くことの大事さは二つあって、一つは、世界のトップを見せるということはすごく大事ですよね。だから、自分が下手でもあそこに行こうとしているやつがいるんだということから自分に謙虚さが出てきます。それから二番目は、外に行っていると、自分が個人として行っていますから、大学卒業するまでは、企業じゃないですから、そうするとね、愛国心が出てくるんですよ、子どもでも。それで勉強しようというモチベーションがすごく出てくるみたいです。モチベーションとしてどうやって日本の文化を学ぶかということで、この間も言っていたけど、すごい愛国心が出て、日本のいいところがたくさん見えてくる。ただ、日本の弱いところもよく見えてくるという話がすごく大事だと思います。

【小川副部会長】

 はい、ありがとうございました。
 あと田村委員と金子委員、よろしくお願いします。では、田村委員の方から。

【田村委員】

 ちょっと個人的なことも含めて黒川先生と船橋先生にちょっとお伺いしたいんですが、黒川先生には、実は今、アンダーグラデュエート、プリンストンに行っている学生が何をやっているかというと、ダンテの『神曲』を読んでいるんですね。これはチュートリアルで集中的にやっているんですね。この時期があるんですね。日本の学生だったら何を読ませたらいいと思われますか。うらやましいと思うと同時に、日本の大学生も何かそういうことをやらせたいというふうに思うんですよね。だけど、言葉がだめだからというので全然やっていないとすれば、これは何とかしなきゃいけないわけですから、何かいいお知恵はないでしょうかと、これが1点です。
 それから、船橋先生にお伺いしたいのは、基本的に日本人というのは何かあるとすぐ固まりますよね。先ほどのお話に出ていましたけれども、他の国と交わることはあまりしないと言われていますよね。いろんなところで目にされていると思うんですけど、それはどうしたら解決しますでしょうか。何かお考えがあればぜひ。

【小川副部会長】

 じゃあ、金子先生、お願いします。

【金子委員】

 私、黒川先生にお尋ねしたいんですけれども、このレジュメに「タテ」から「ヨコ」へって書いてあって、確かに日本の教育制度は、この図にもありますけれども、高校から特に大学に入るときに相当細かく分けてしまって、大学への入口って今、1万くらいあるんですよね。もう学部、コースに分けて。しかも、それぞれ非常に違う入試をやったりして、中に入るときにものすごく細かく分けてしまう。それから、中でもかなり細かくて、大学院に入るときもまた細かいと。そこら辺、非常に弊害があるということは一般的には言われているんだと思うんですが、ただ、その割にこういう構造を保存しようとする抵抗が非常に強くて、一つはこれ、大学の中の組織的なポリティクスといいますか、自分の領土を守りたいというのが出てきてしまうと。それは率直に言ってかなり強い理由だと思いますが、ただ、もう一方で、研究者といいますか、学者の中にも、やっぱり小さい領域でやっていたほうが実はかなり効率的というか、いいんじゃないかという考え方も実はかなりあるんじゃないかと思うんですね。私、前いた大学で学部長だけで酒を飲む席なんかがよくありまして、ノーベル賞のリストに入っているというような人も何人か入っているような席ですが、そのときに話をしていると、小講座制的なのもやっぱりいいんじゃないかという部分はかなりある部分ですね。それはどうしていけないのか。それから、どうしていけないかという証拠をどう示すのかというのは、私、よく分からないというか、これはアメリカがそうじゃないからという議論も一つはあるんですが、ただ、アメリカが違うからというのは、やっぱりそれだけでは説得力に欠けていて、実は日本のかなりのところは、今までの少なくともアチーブメントはむしろ小講座的な小グループに固まっていて、しかも若いときからかなり専門化させていたのが役に立っているという議論もあるんだと思うんですけれども、そういう点について黒川先生はどういうふうにお考えになるかをお聞きしたいと思います。

【小川副部会長】

 じゃ、最初、黒川先生に二つの質問をお答えいただいて、その後、船橋先生の方にということでお願いします。

【東京大学名誉教授、政策研究大学院大学アカデミックフェロー・黒川清氏】

 大学の先生たちは、「まず研究だ」って言うんですよ。研究がだめだと「教育が忙しいから」って言うけど、「教育やってないの?」と言うと「いや、研究が忙しい」と言う。それはですね、明治19年の帝国大学令に書いてあるけど、そのときの日本だからしようがないんだけど、大学は研究が一番最初に出てくる。それを使って教育と、例えば医学部の場合は診療に資すると書いてある、これ、直しましたよね。平成元年以後のいつの間にか直っちゃったなと思っていたんだけど、つまり、教育をする場所だという意識がないですよね。なぜかというと、つまり、4年たってどんな人にして社会に出すかということが大学の一番の使命なのに、やっぱり今までは研究の業績で上がってきたという縦の単線路線で助教授、教授となってきていた。その先生たちじゃ、自分がそういう教育、例えばダンテの『神曲』とかいわゆるリベラルアーツ、そしていろんな先生に育てられたって実感がないでしょう。あります? つまり、大学4年間はモラトリアムだった。そこでいろんな人に育ててもらったよねという実体験がない人は、もしその人が上に上がってくれば、「教育、教育」と言っているけど、そういう教育の実体験がないから、どうしても学生にそういう優しい気持ちにならないですよ。自分はみんなに育てられたんだなという感覚、これはすごい良循環になっているんですね。縦だからいいとか悪いじゃなくて。例えば、もしノーベル賞がいいとしたら、この21世紀になって10人、日本人もらっています。そのうち六人、化学ですよ。四人、物理ですよ。そのうち何人、日本でずっと研究した人だと思います? 三人は南部さんと根岸さんと下村さんって、みんな米国でやってきた人だから、違ったところでそれなりに独自性というのはすごく大事。日本だと同質性という話になってしまうので、そこのところが弱いんだということを認識しているところが大事。いいんだ、いいんだと言うことは構わないんだけど、じゃ、それでいいのかというと、弱いところもあるなと。例えばこの間もハーバードの学生たちと80人の高校生を相手にしてリベラルアーツの一週間の合宿をやったんですけど、そのとき学生がつくってくる問題は、例えばパレスチナでミルク屋さんをやるというテーマで出てくるわけですよ。ハーバードの学生は、自分はそういうのを受けているから考えてくる。そうすると、ポリティクスもあるし、製造のプロセスもあるし、何がバリューかとか、生活の中に何がないって、もういろんなディメンションで同じテーマをみんなと議論する。だから、違った学部の先生が集まってそういう話を一つの問題を学生と共有するのはいいんじゃないかなと思っています。だから、そういうやり方をみんな苦労しているので、今までのやり方もいいんだけど、そうじゃないのもあるということを教えないと。今度、企業が海外で学生のリクルートをするORFってありますよね。去年はがーっと変わって、ほとんど日本人じゃなくて日本で仕事したいって人がどんどん集まってきた。大手でも大分採用していますよね。そういうふうに大学の方もキャッチアップしていないので、今、大学と社会がずれ始めているなというのは大学生にとって非常にかわいそうだなと思います。

【小川副部会長】

 では、船橋先生、お願いします。

【株式会社ウィル・シード代表取締役社長・船橋力氏】

 どうしたら群れないか、固まらないかですよね。本当にヤング・グローバル・リーダーと呼ばれている我々であったりダボス会議に出ている方々であっても、その会場に行くと結構群れていますから、もう日本人の特性・習性というか、人間やっぱり同質性があるところにいたほうが居心地がいいというところが原因だと思いますので。ただ、ヤング・グローバル・リーダー、私もそうなんですよ。良くない、良くないと思いながらもやっぱりそうなってしまっているから、自分の中では段階論をつけて、やっぱり何回か行くとだんだん群れなくなったりね。ただ、群れるべきときは群れるんですけどね。なので、やっぱり段階論。いきなり行くとやっぱり全員知らない人ばっかりで群れるんだけど、何回か段階論を経るということと、これ、参考になるかわからないんですけど、企業の人を今、我々が海外に送ったときは、例えば語学学校に送ったら、午後、部活に入りなさいと。ただ、部活も日本人がいる部活に入ったらマイナス1点という評価で、日本人がいないとプラス5点とかですね。そういうのとか、週末会う人が日本人だとマイナスで、外国人何カ国の人に会うと加点主義とか、企業のお金で行っていますからそこまでできるわけですけど、そういう意味で意図的に何かをデザインするというか、仕掛けをするというか、そういう意味で一人旅の奨励みたいなことになるんじゃないかなと思います。
 すみません、ちょっとそのぐらいしか思いつかないです。

【小川副部会長】

 田村委員、金子委員、よろしいですか。何かまた。いいですか。

【田村委員】

 お薦めの本はないですか。

【東京大学名誉教授、政策研究大学院大学アカデミックフェロー・黒川清氏】

 たくさんあります。やっぱりたくさん本を読ませるということが大事で、もちろん一流大学じゃなくてもそうだけど、大学に入ったらやっぱりリーディング・アサインメントは猛烈に多いですよね。米欧でもいい大学に行けば行くほど、塾じゃないけど、合宿しているじゃないけど、一年生は寮です。そういう話をどのぐらいやるかという話の、それはテクニカリティで知っている人はいるかもしれないけど、やった経験、受けた経験がない人にやらせるというのは非常に難しいですよ。だから、むしろそういう経験のある人をどういうふうに入れてくるか。それから、そういうところにどんどん先生も行ってみるか。1年ぐらい行ってみるとか、やっぱりそういうことをしないと好循環がなかなか生まれないかなと思います。

【小川副部会長】

 では、最後、三村部会長から御質問がございます。よろしくお願いします。

【三村部会長】

 非常にエキサイティングな話、ありがとうございました。お二人から見ていると、グローバル人材、なかなか育たないと、このように見ておられる。そのためにいろんなことをやらなきゃいけないという御提案も非常に一々納得的でありました。ただ、企業の立場で、いよいよこれからグローバル化を進めるという立場からすると、例えば商社の伊藤忠さんも、それから三菱も、みんな社内出たら数年以内には必ず外国に出させるという、こういうグローバル人材の育成のためにものすごく力を入れているわけですね。それから他にも、例えば我々もそうですけれども、グローバル人材を入社のときから、例えば今年は22%、何らかの意味で留学生あるいは外国圏からも我々としてはリクルートすると。こういうことで、おそらく今、日本全体でこういう問題意識を持って猛烈な勢いで企業がそちらのほうに一生懸命移行していると思うんですね。ですから、大事なことはおそらく、これをやらなければ生きていけないという、そういう切迫感があれば、先ほど、内向きというのも、要するにそういうような状況だったからそうなったと、こういうふうにおっしゃったんだけれども、私は、全体のニーズがはっきりすれば、あるいは企業の立場からすると、こういう人間が欲しいんだと、ぜひとも留学した人間の方が同じ条件だったら我々は欲しいんだと、こういうメッセージを与え続けることによって、言われているような内容も徐々に変わっていくのではないかというふうに強く期待しているんですけど、これについてはいかがでしょうか。

【小川副部会長】

 では、お二人の先生から一人ずつお答えいただいて終わりたいと思います。

【株式会社ウィル・シード代表取締役社長・船橋力氏】

 いや、もう本当におっしゃるとおりだと思います。ただ、私も2009年にダボス会議に行くまではこう言っていなかった。帰ってきて言い始めて、お客さんもぴんとこないし、自分の会社の社員に全社朝礼で毎週言っても全然ぴんとこない。ただ、お客さんがたまたま海外に行って戻ってきたら同じ感覚になるということで、分かったのが、海外に行くしかこの危機感は気づかないということで、早目に子どものときから行ってほしいなというのが一つあります。でも、そうじゃない限り、やっぱり今の世の中のお母さん方は、日本の大学——否定しているわけじゃないんですけど、にまず入れたいになっていますし、それが就職に安全なんだろうと思っているけれども、多分10年後どうなっているのかって、全くそうも私は思っていませんし、必ずしもそうじゃないと。だから、そこら辺のずれは、タイムラグというか、ずれはあると思いますし、そこら辺はどうしたらいいのかちょっと分かりません。

【東京大学名誉教授、政策研究大学院大学アカデミックフェロー・黒川清氏】

 三村さんのおっしゃるとおりで、会社側がかなり今変わってきているし、商社なんかも若い頃に必ず2年海外に行かせるとか、いろんなことを工夫し始めましたね。そうすると、グローバルカンパニーだと最初から外の人材も採っています。去年は明らかにORFもそうだったので、どういう会社が行っているとリストされているのですぐ分かる。今まではほとんど日本人の人ばっかり来ていた。リクワイアメント書いてありますから。そういう意味では、大学が変わるというのはなかなか難しいですけれども、そういう意味では、交換留学で行っている子たちともこの間話をしたんですけど、「1年交換留学して帰って何が一番心配?」って言ったら「就活だ」って言うから、「何を言っているんだ。あなたたちはグローバル人材になり得るんだから、就職は、日本の会社になんて限る必要はないでしょう」と。日本の会社にいたって終身雇用なんてもう保障されてない。むしろ前の世代にそういう日本人が少ないから。中国とかインド、そういう人たちがごろごろいるので、みんな愛国心はあるので、海外と自国の両方で活動できるというビジネスがどんどん出てきている。そういう日本の人材があまりにも少ない。これからやっぱりどんどん減ってはくるんだけど、そういう人のインパクトって相当あると思いますね。これがヒューマンキャピタルという名前がどんどん出てきた理由だと思います。

【小川副部会長】

 ありがとうございました。
 残念ですけど、時間が迫っていますので、これで終わりたいと思います。黒川先生、船橋先生、ありがとうございました。
 最後に、事務局から今後の日程をお知らせください。

【森友教育改革推進室長】

 次回の日程でございますが、資料4にございます11月18日、来月の18日の金曜日、ちょっと早うございますが、9時から11時ということで、骨子のイメージについて御審議いただければと思っています。場所についてはまた追って御連絡申し上げます。

【小川副部会長】

 はい、ありがとうございました。
 じゃ、これで今日の部会を終わります。ありがとうございました。

── 了 ──

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-- 登録:平成24年01月 --