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基本問題部会(第15回) 議事録

1. 日時    平成14年10月17日(木)  14:00~17:00
   
2. 場所    ホテルフロラシオン青山「芙蓉」(2階)
   
3. 議題    教育基本法および教育振興基本計画について
   
4. 配布資料
資料1       中間報告各章の構成(案)
資料2       第2章  新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について(素案)
資料3       第3章  教育振興基本計画の在り方について(素案)
資料4       序章(骨子案)
資料5       教育基本法・日本国憲法(条文)
資料6       「一日中央教育審議会」意見発表者・傍聴者の募集
資料7       今後の日程(案)

参考1       教育の課題と今後の教育の基本的方向について(素案)
参考2       第14回基本問題部会における主な意見の概要(案)
   
5. 出席者
委  員: 鳥居会長,木村副会長,市川委員,梶田委員,黒田委員,國分委員,
永井委員,山本委員,渡久山委員

事務局: 河村副大臣,池坊大臣政務官,小野事務次官,間宮文部科学審議官,御手洗文部科学審議官,結城官房長,近藤生涯学習政策局長,矢野初等中等教育局長,工藤高等教育局長,山元科学技術・学術政策局長,銭谷文化庁次長,有本生涯学習政策局審議官,名取主任社会教育官,磯田総括会計官,山中総務課長,小田大臣官房政策課長,布村生涯学習政策局政策課長,高橋主任教育改革官,その他関係官

6.

議  事
鳥居部会長  それでは、本日の基本問題部会を開催させていただきたいと思います。
  今日は、新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方につきまして、中間報告の素案、その中でも特に「第2章」と「第3章」の素案が新たに資料としてつくられました。これを中心に御審議をいただきたいと思います。
  それから、去る9月の第13回、第14回の部会と総会の議論を踏まえまして、中間報告の「序章」というものをつくってもらいました。これは総会及び部会で出ました御意見をいろいろと考えてみた結果、やはり序章が必要ではないかということで、書いてもらったものでございます。これにつきましても、後ほど時間が余りましたらぜひ御審議をいただきたい。もし間に合わなければ次回の部会で御審議をいただきたいと思います。
  それから、全体の構成を常に頭に入れておく必要があるということで、全体の構成についての資料を用意いたしました。これも後ほど事務局のほうから御説明いただきたいと思います。場合によっては、全体の構成のところは先に説明してくださっても結構です。
  それでは、その辺のところを配慮しながら、主としてまず資料2、つまり、教育基本法の問題についての「第2章」の素案を御審議いただくことにします。説明は事務局からお願いしますが、事務局から副大臣の交代等について先に御説明があると思います。よろしくお願いします。

事務局  資料の説明に先立ちまして、副大臣、大臣政務官の交代がございましたので、御紹介申し上げます。
  10月2日付で青山副大臣、岸田副大臣の後任として河村副大臣、渡海副大臣の就任がございました。河村副大臣は後ほど出席の予定でございます。
  また、10月4日付で加納大臣政務官の後任として大野大臣政務官の就任がございました。池坊政務官は留任で、今、御出席をいただいてございます。後ほど河村副大臣、池坊政務官から御挨拶をさせていただく予定でございますので、よろしくお願いいたします。
  それでは、資料の御説明を先にさせていただきます。
  資料1は、会長から御説明いただいたとおり、A3の一枚紙で、中間報告全体の構成がわかるようにということで作成したものでございます。
  資料2につきましては、12ページまでのもので、「第2章」の「新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方」の素案でございます。
  資料3が、「第3章教育振興基本計画の在り方について」の素案で、16ページまでのものでございます。
  資料4が、2枚組で「序章」の骨子案という形で、これも後ほど御説明、御審議をいただくことになります。
  資料5が、いつもの教育基本法、それから憲法の抜粋条文を掲載させていただいた資料でございます。
  資料6、資料7は、今後のスケジュールに関します「一日中教審」の募集の一枚紙と今後の日程を記したものでございます。
  参考が二つございます。参考1は、9月に御議論いただきました「第1章」に相当するところの素案を念のために配付させていただいてございます。
  参考2は、前回の9月20日の基本問題部会の意見の概要(案)という形になってございます。
  それでは、先に資料1の確認だけをさせていただきたいと思います。真ん中に「第1章」を位置づけてございます。「教育の課題と今後の教育の基本的方向について」ということで、これは9月に部会2回、総会で御議論いただいたものになります。
  本日、右側の「第2章」に相当する部分と、左側の「第3章」を中心に御審議をいただきたいという場でございます。
  9月の部会、総会におきまして、「第1章」、それから特に「第2章」の教育基本法の見直しの必要性について、国民の方々により明確に伝わるように、わかりやすくあらわすべきではないか、そういう多くの御意見がございましたので、資料4でお配りしております「序章」という形が、一番上のほうに枠としてとってございます。「第2章」「第3章」の御議論をいただいた後、全体の構成、内容をまた御審議をいただきたいということで、お配りしてございます。
  それでは、資料2の御説明に移らさせていただきます。
  資料2につきましては、7月までに何度も教育基本法につきまして御議論いただきました。それを7月の総会の段階で、論点の整理という形でおまとめいただいたものを踏まえまして、今後の教育基本法の在り方について御議論いただく素案として作成させていただいたものになります。
  「1」番といたしましては、まず「教育基本法見直しの必要性」というところから始まってございます。こちらは「(1)」におきましては、最初の「○」でございますが、前章、いわゆる「第1章」におきまして、「1」から「5」という形の項目で御審議をいただいたところであります。それらを踏まえて、新しい教育基本法がどうあるべきかということで、法の成立過程を含めて全体にわたって検討を行っていただいた。
  二つ目の「○」になりますが、「個人の尊厳」「真理と平和」「人格の完成」などの理念は、現行の基本法を貫くものとして、新しい時代の教育の基本理念として大切にしていく必要があるというお考えのもとに、「しかしながら」の後に、「新しい時代を切り拓くたくましい日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分」ではないか。「見直しを行うべきであるとの結論に至った」という形でまとめてございます。
  そして、その主な点はということで、「1」から「6」の大きな6本柱で構成されております。
  最初の「1」が、「国民から信頼される学校教育の確立」ということで、見出しとして3点に分けて構成されてございます。
  一つ目は、「一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす視点」ということ。
  二つ目が、「豊かな心と健やかな体をはぐくむ視点」。
  三つ目が、「グローバル化、情報化、地球環境、男女共同参画など時代や社会の変化への対応の視点」ということで構成されてございます。
  2ページ目には、二つ目の柱になります「『知』の世紀をリードする大学改革の推進」ということを掲げてございます。
  「3」といたしましては、「家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進」という項目。
  「4」といたしましては、「『公』に関する国民共通の規範の再構築」という大きな項目のもとに、2点。
  一つ目が、「『公』に主体的に参画する意識や態度の涵養の視点」ということ。
  二つ目として「日本人のアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)の視点」とあわせまして、「国際性の視点」ということで構成してございます。
  「5」といたしましては、「生涯学習社会の実現」。
  「6」といたしまして、「教育振興基本計画の策定」の根拠となる規定を置くということで、この6本の視点を、新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方として見直しを行う視点として位置づけてございます。
  3ページ目からは、「(2)」といたしまして、「教育基本法見直しによる教育改革の推進」ということで、見直しを通じまして、御意見としては、最初の「○」の一、二行目のところで、「教育基本法を改正しても教育現場が直面する課題が解決するわけではなく、改正する意味がない」のではないかという御意見もあるということを踏まえまして、「しかし」といたしまして、中央教育審議会といたしまして「教育の基本的な理念・原則を定める教育の根本法としての教育基本法の意義を十分に踏まえ、教育の諸制度を個別に論じるだけでは取り上げにくい、教育の目的、学校教育制度の在り方、家庭教育の役割など、教育の根本的な部分について議論を行うことが重要であると考える。」。そして、「今後、議論を深めることにより、教育基本法の諸規定を見直すとともに、それを受けて、『生涯学習振興法』や学校教育法・社会教育法などに定める具体的な制度等の在り方や学習指導要領など、教育諸制度の見直しを行うことが必要である。そして、これらの制度的改善は、さらに個々の学校等における日常の教育活動や、家庭教育の在り方の見直しや改善につながっていく」という、教育基本法の見直しを通じて、教育改革をさらに進めるということを、ここの「○」で示してございます。
  二つ目の「○」といたしましては、教育基本法の見直しだけではなく、「第3章」にもございます制度的な改善を体系的に位置づける教育振興基本計画の策定が相まって、実効性のある教育改革を進めていかなければならないということを触れさせていただいております。
  三つ目の「○」では、これらの検討に当たりまして、国民的な議論が不可欠であること、今後、幅広く御意見をいただいて議論を深めていくことを記してございます。
  4ページ目からが「具体的な見直しの方向」でございます。
  最初の「○」の、「(i)」「(ii)」におきましては、1点目といたしまして、今後の教育においても大切にすべき普遍的な理念は尊重しながら、「第1章」で述べた教育の目標を実現するため、新しい教育基本法はどうあるべきかという視点から見直すこと、2点目といたしましては、現行憲法を前提として見直すこと、ということをまず位置づけでございます。
  その後、なお書きのところで、教育基本法の前文につきましては、教育基本法全体の見直しの考え方が決まった後に改めて検討することが必要であるということをまず押さえてございます。
  そして、「また」のところでは、教育基本法の見直しに伴う、学校教育法等関係法令の見直しにつきましては、今後、中央教育審議会の関係分科会等において、具体的に検討を進めるということを記してございます。
  「(1)」からが、改正の方向、見直しの方向についてで、資料5の条文と、あわせて御覧いただければと存します。
  「(1)」につきましては、「教育の目的」第1条、「教育の方針」第2条にかかるところを「教育の基本理念」という形でまとめて記してございます。
  最初の「○」では、現行の規定にございます、「真理と正義」「個人の価値」「勤労と責任」「自主的精神」などにつきましては、基本的に大切にするということを前提として、二つ目の「○」になりますが、以下の「(i)」から「(vii)」に掲げられたところによりまして、新しい検討すべき課題として教育基本法に規定すべきと考えられる事柄を掲げてございます。
  そして、5ページ目になりますけれども、具体的に基本理念として特に何を規定すべきかにつきましては、今後、本報告についての国民の方々からの御意見を十分に踏まえて、引き続き検討していくこととするということで、中間報告の段階では、これらの検討すべき課題を掲げるという形になってございます。
  最初の1点目が、「個人の能力の伸長、創造性の涵養、個人の自己実現、努力や向上心」、2点目が「感性、自然や環境との関わり」、3点目が「社会の形成に主体的に関わる『公』の意識、公共心、道徳心、倫理観、自律心、規範意識」、4点目といたしまして「日本人としてのアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)と、国際性(国際社会の一員としての意識)」を掲げております。
  6ページ目になりますが、5点目の柱として「生涯学習の理念」、6点目といたしまして「時代や社会の変化に対応した教育」、7点目としまして「職業生活との関連の明確化」ということを掲げているところでございます。
  今のページの「生涯学習の理念」というところでは、法律の制定当時は生涯学習という理念が示されていなかったということも、一つの背景として御議論いただいておりますし、6番目のところで、「時代や社会の変化に対応した教育」の必要性も多く御意見をいただいたところでございます。
  7点目のところでは、職業意識、職業観のしっかりとした育成でありますとか、専門的な職業的な能力を高めるという観点も多くいただいたところでございます。
  前のページに戻らせていただいて恐縮でございますが、一つ目のところでは、国民一人一人の方々の能力を最大限に伸ばすという視点でありますとか、創造性の涵養が今後、日本人の在り方として重要な課題ではないか、それから自己実現、努力や向上心も御議論いただいたところからでございます。
  二つ目のところでは、「感性、自然や環境との関わり」という事柄の重要性も、多く御指摘をいただいたところでございます。
  3点目といたしましても、奉仕体験活動に関する答申のところでは、「新たな公共」という形で御議論をいただき、公に主体的に積極的に貢献する意識の涵養の重要性という事柄でありますとか、道徳心、倫理観、自律心という事柄の重要性も多く御指摘をいただきました。
  そして、4点目のところでは、日本人としてのアイデンティティということで、国際社会が進展する中での日本人としての在り方、そして日本人として基本的に身に付け、習得しておくべき伝統、文化の尊重でありますとか、国家や社会、郷土を愛する心が基本ではないかという御議論を踏まえて、1条、2条の関係では、七つの項目について、今後、特にどのような形で規定に示していくかは、国民の方々の御意見を伺った上で、最終答申の段階で方向づけを考えてはどうかという形になってございます。
  7ページの「(2)」におきましては、「教育を受ける権利、義務教育等」という大きな項目の中で、「1」番目といたしましては「教育の機会均等」、現行の3条に関する論点の整理となっております。
  最初の「○」といたしまして、教育の機会均等につきましては、憲法の教育を受ける権利、法の下の平等等の規定を受けて、この点につきましては、将来にわたって大切にしなければならない重要な原則であるということをまず示した上で、二つ目の「○」でございますが、御意見として、憲法には「教育を受ける権利」とあることを踏まえて、教育基本法では「教育を受ける機会」と規定されておりますけれども、憲法と同様に「権利」と改めてはどうかという御意見。
  それから、生涯にわたり学習する権利を規定してはどうかという御意見。
  これらにつきましては、憲法の規定を踏まえて、それを具体化する形で教育基本法に「機会」ということが確保される施策を進めることが重要であるという趣旨を表現したものであるという観点でありますとか、生涯学習の理念を規定することとどのような形で整合性を図っていくのかということから、引き続き検討するという形でまとめてございます。
  三つ目の「○」としまして、障害者など教育上特別の支援が必要な者について、新たな規定を追加すべきではないかという御意見もあるところでございます。この点につきましては、引き続き検討していくという形で整理してございます。
  「2」が「義務教育」に関して、現行の第4条に関する点でございます。
  二つ目の「○」のところで、義務教育期間9年間につきましては、現行の規定に「9年の普通教育を受けさせる義務を負う」という形で規定がございます。この点につきましては、短縮あるいは延長を求めるという形の御意見はなかったということで、その一方で、規定上は9年の普通教育という形で位置づけた上で、義務教育制度につきまして、できる限り弾力的なものにすべきという観点から、「(1)」から「(3)」までの御意見が出ていたという形の整理になっております。
  一つ目が、就学年齢の弾力的な点。
  二つ目としては、8ページ目になりますが、学校区分、具体的には幼稚園、小学校の連携、小学校、中学校の連携などの多様な連結が可能となる仕組み、あるいは保護者の学校選択、教育選択などの仕組みという弾力化につきましての御意見がございました。これらの点につきましては、学校教育の基本にかかわる重要な課題ということで、今後、本審議会の関係分科会において検討する必要があるという形で整理してございます。
  「3」が「男女共同参画社会への寄与」ということで、現行第5条の「男女共学」に関する規定にかかわる事柄でございます。制定当初、男女共学を推進するという観点からの規定という前提でございますが、現在では男女共学の趣旨が広く浸透するとともに、大きな性的な差別もなくなったこと、そして、今日の段階においては男女共同参画社会の実現、あるいは男女平等の促進に寄与するという新しい視点から、教育基本法において教育の基本理念という形で規定することが適当ではないかという形で整理してございます。
  続きまして、大きな項目の「(3)」は「国・地方公共団体の責務等」ということで、現行の第10条「教育行政」に関する規定に関するものでございます。
  最初の「○」といたしまして、1行目から、「教育は不当な支配に服してはならないとの原則」ということ、それから「必要な諸条件の整備」を目標として行われることという規定がございますが、前者の「教育は不当な支配に服してはならない」ということは重要な教育の基本理念として、今後とも大切にしていく必要があると考えるという結論。
  そして、2項にございます「必要な諸条件の整備」の内容につきましては、既に判例により解釈が確定しているという経緯を踏まえて、国・地方公共団体の責務を含めた教育行政の基本的な在り方を示すという新しい視点から規定することが適当であると考えるという形で整理してございます。
  「さらに」というところでは、「第3章」にかかわりますが、教育の基本理念、基本原則を実現する手段として、教育の振興に関する基本計画の策定の根拠となる規定を置くことが適当であると考えるという形で位置づけてございます。
  9ページは、「(4)学校、家庭、地域社会の役割等」についてで、「1」が「学校」ということで、現行の第6条「学校教育」という条項に関する事柄になります。現行法では「学校教育」として、学校については公の性質を持つという規定がなされておりますけれども、学校の役割について規定がないのではないか。今後とも学校教育が中心的な役割を果たすことが期待されていることから、例えばという形で、新たに学校の役割として、「知・徳・体(知識・技能と学習方法の教授、人格の陶冶、道徳教育、体育・スポーツ、芸術など)を教授する場であること等を明確に規定することが適当と考える」ということでありますが、具体的にどのように規定をすべきかという点につきましては、引き続き検討していくこととするという形にしてございます。
  「(i)」のところでは、その際に、理念のところにも関連いたしますが、現行の教育基本法につきましては、初等中等教育中心の規定で、制定当初は大学の進学率が1割にも満たなかったということを背景としてなっているけれども、今後は高等教育の視点をしっかり盛り込むべきではないかということ、それから2点目といたしましては、高等教育や就学前教育などにおいての私立学校の役割、あるいは教育の振興を図ることの重要性にかんがみて、それを踏まえた規定としていくべきであるということも、あわせ位置づけてございます。
  次の「○」として、学校の設置者につきましては、現行の規定で、国、地方公共団体及び「法律に定める法人」に限定するという原則を規定してございます。具体的な「法人」の範囲は学校教育法にゆだねているということで、ここは引き続き学校教育法上の問題として考えることが適当という形で整理してございます。
  「2」が第6条の第2項に関する事柄で、「教員」についてございます。教員につきましては、学校教育における教員の重要性を踏まえてということで、教員の使命感、責務を明確に規定するとともに、研究と修養等により資質向上を図ることの重要性について規定することが適当であるという形で整理してございます。
  「3」が第7条の社会教育の中に位置づけられております「家庭教育」についてでございます。家庭教育につきましては、御議論を踏まえまして、家庭は教育の原点である、すべての教育の出発点であるということを踏まえた上で、現状の中で、家庭教育の機能の低下が顕在化している。「しかしながら」ということで、現行法の規定を紹介した上で、家庭の果たすべき役割や責任について新たに規定することが適当と考える。「その際には」ということで、なお書きで、家庭が子どもの教育に第一義的な責任を負っているという観点に十分留意し、最小限の範囲で規定することが適当と位置づけております。
  二つ目の「○」では、家庭教育に関する教育行政の役割として、家庭教育の充実を図っていくという観点を踏まえて規定することが適当であるという形に整理してございます。
  「4」が同じく第7条の「社会教育」に関する点でございます。「社会教育」につきましては、下から3行目ぐらいですが、新たに生涯学習の理念や学校・家庭・地域社会の連携・協力の必要性について提案されているところであり、これらと相まった形で、今後、社会教育の振興が図られるようになることが望まれるという形で位置づけてございます。
  「5」が同じく第7条に関連することになりますが、「学校・家庭・地域社会の連携・協力」ということで、次の11ページの6行目から、現行法は地域社会について何ら規定をしていない。そのため、学校・家庭・地域社会の三者が緊密に連携・協力して、子どもの健全育成等に取り組む重要性を踏まえ、新たに連携・協力等についての規定をきちんと位置づけることが適当と考えるという形で整理してございます。
  「(5)」が「教育上の重要な事項」といたしまして、「1」が「国家、社会の主体的な形成者としての教養」ということで、現行の第8条「政治教育」に関する規定にかかわる事柄になります。
  最初の「○」として、第8条の第2項、教育の政治的中立を確保することは今後の教育においても重要な原則として大切にしていく必要があるということを、最初の「○」で位置づけております。
  二つ目の「○」で、国民一人一人が「公」に主体的に貢献しようとする社会におきまして、国家、社会の形成に主体的にかかわり、諸問題の解決に積極的にかかわっていく態度を育成することが重要であることから、その旨規定することが適当と考えるという形で整理してございます。
  「2」が「宗教に関する教育」、第9条の規定に関することでございます。最初の「○」は、11ページの最後のほうになりますが、宗教に関する教育については、以下のように様々な意見が出されたが、意見が集約されるには至っておらず、憲法の規定する信教の自由や政教分離の原則に十分留意しながら、引き続き検討していくこととするという形で、以下の「○」のところに御意見を紹介する形になっております。
  そして、なお書きのところでございますが、憲法第20条第3項を受け、国立、公立学校においては、政教分離の原則が適用され、特定の宗教のための宗教教育や宗教的活動が禁止されることは、今後の教育においても重要な原則として大切にしていく必要があるということで押さえてございます。
  最初の「○」になりますが、宗教一般に関する教育につきましては、御意見を紹介しながら、5行目の後段ぐらいからですが、「その重要性を指摘する意見が多かったが、いかなる場でどのような内容で行うべきかについては、様々な意見が出された」という形で整理してございます。
  二つ目の「○」のところでは、宗教に関する教育に関しては、知識や宗教的な文化、価値について理解させる教育、あるいはカルトやマインドコントロールから自分を守るため適切な判断ができるようにする教育という二つの側面があるということなどからの御意見を紹介しているところでございます。
  最後の「○」のところでは、第2項の禁止のイメージが強過ぎて、第1項により尊重されるべき宗教に関する寛容の態度、宗教の社会生活における地位について学校で十分教えられていない実態があるという事柄の御意見、その一方で、現行規定は特に不都合はない、見直す必要はないという形で、最初に出させていただいたとおり、意見が集約されるには至っていないという形で、12ページでは、多様な意見があることを紹介するという形になってございます。
  以上が資料2の御説明でございます。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  それでは、資料2でございますが、「第2章」、教育基本法の基本的な考え方、どこを見直したらいいかという考え方を書いたものでございます。これにつきまして、過不足がまだあるという御意見もおありだと思いますし、それから、ここに書いてある文章でだんだんに固まっていって、中間報告に向かった場合に、ここだけはどうしても直したほうがいいという御指摘もおありだろうと思いますので、これから御審議をいただきたいと思います。
  それでは、全体の構成については何か御意見ありましょうか。全体の構成をあらかじめ御覧いただきたいと思います。
  「1」番が「教育基本法見直しの必要性」で、「(1)」と「(2)」があります。「(1)」は1ページの一番上、「(2)」は3ページの上から4行目です。
  「2」番目は、「具体的な見直しの方向」でして、その「(1)」が4ページ、「教育の基本理念」がずうっと続きまして、「(2)」が7ページの一番上にございまして、教育を受ける権利、義務教育等です。「(3)」が「国・地方公共団体の責務等」、8ページにあります。9ページに「(4)」として「学校、家庭、地域社会の役割等」、それから「(5)」は11ページにありまして、「教育上の重要な事項」、以上です。この構成をちょっと御覧いただいて、後ほどで結構ですが、構成をこう直すべきだという御意見がありましたらお願いをしたいと思います。
  次に、1ページから始まっています「教育基本法見直しの必要性」についての記述、3ページまでいっていますけれども、これについて御意見がありましたらお願いしたいと思います。

  まず全体の構成の問題ですけれども、たしか前回の総会でも、見直しの必要性とか、あるいは振興基本計画の必要性とか、あちこちに出てくるけれども、その辺どうなっているのだということがあって、たしか会長から、いや、「第2章」「第3章」ができた時点で、「第1章」を見直しますという議論があったと思うので、念のためですけれども、私も「第1章」にどういうふうに書いてあったのか、パッと出ませんけれども、「第2章」「第3章」がある程度固まった段階で、順番が逆かもしれませんが、「第1章」を見直す。あるいは、新たに「序章」というのが加わるようですので、「序章」も含めてそれを見直す。全体として統一のとれたものにするというふうにする必要があるのではないだろうかと思いますので、念のためですけれども、発言させていただきます。

鳥居部会長  まさにおっしゃるとおりだと私も思います。既に「第1章」については、総会を含めまして3回審議していますので、1回はパスをしたということになりますが、今、委員から御指摘のとおり、「第2章」「第3章」を審議してみると、「第1章」の見直しをすることはどうしても必要だと思います。
  「序章」については後ほど御紹介するつもりでいたのですが、2枚ものですから、ちょっと御覧いただきますと、今日の資料4になっています。資料4は、今、委員から御指摘の教育基本法改正の必要性といったたぐいの文言はほとんど出てこないのです。これは割とすっきりと上がっていると私は思っていますが、また後ほど御検討いただきたいと思います。
  事務局、今の御指摘はよろしいでしょうか。何かコメントはありますか。

事務局  「第2章」「第3章」を御議論いただいた上で、「第1章」「序章」も含めて全体として御議論をいただければと考えてございます。

鳥居部会長  なお、「第1章」の原稿は、今日の配付資料の中に入っておりますので、御覧ください。

  全体の構成ではないのですが、もう一度読み直してみまして、これは本当にまとまって見えてきたなとまず思うのですが、どこに入れたらいいかわかりませんが、初めのほうに、やはり子どもの基本的な人権とか、そういうのと義務ですね―韓国のあれにもあったようなね―やっぱり入れておくべきではないか。
  今、下手なワーディングをしてみたのですが、例えば私が頭に浮かびましたのは、「子どもはそれ自体、一個の人格として尊重され、基本的人権を持つ存在であることを大前提として教育されねばならない。しかし、このことは子どもが自分の恣意に任せて自己主張することを容認することを意味するものではなく、家庭・学校・社会は責任を持って子どもの指導に当たるべきであり、子どももまたそうした指導に従う義務を持つ」というような、子どもの規定の仕方ですね。
  小さいとどうしても不完全な存在という見方をしてしまうのです。あるいは、すべて社会とか、親とか、学校にお任せして、何とか育ててもらう存在ということになりがちなのですけれども、やはり日本も児童の権利条約に批准したこともあり、どんなに小さくても、それ自体として尊重されなければいけない。ただ、それが誤解されて、恣意的な自己主張の根拠にされても困る。ですから、一人一人が一人の人格として、あるいは基本的人権を持つ者として尊重されということが一つあると同時に、セットとして、しかし指導はきちんと責任を持って家庭や学校や社会がしていかなければいけないという規定を、どこかに入れておくといいなと思いました。一つこのことを申し上げておきます。
  これは基本法にはなじまないかもしれませんが、もっと言いますと、今、中絶でたくさんの赤ちゃんが死んでいる。第2次大戦の戦死者よりはるかにたくさんの赤ちゃんが闇から闇へということがあるわけです。そうすると、どんなに小さな命であっても、それ自体尊重されなければいけないというニュアンスですね。これは基本法ですから書けないだろうと思いますけれども、私が今申し上げたことの背景には、そういうこともニュアンスとして入ったような意味での命として尊重される。何かそういうのが最初のほうにあってということが、何か表現できるといいなと思いました。
  全体的には非常にいいのですけれども、そういう視点をぜひお願いしたいと思います。

鳥居部会長  今のお話を整理すると、こういうことでしょうか。まず一人の人間、あるいは命として尊重されるという事柄をどう謳うかということがまず一つあって、もう一つは、学校の役割のところで、いずれ後で出てくることはくるんですが、学校の役割というのは9ページの全ページですが、そこでもう1回議論しなければいけないのですが、学校の役割についての我々の考え方がまだ未整理なのかもしれない。9ページでは、学校の役割として何を規定すべきかという点については、引き続き検討していくことにするという文章に今日はなっています。今、そこに触れられたと思います。
  ちなみに、話の糸口になるかと思って申し上げてみたいと思うのですが、明治5年の学制を敷いたときに、時の文部大臣というか、文部卿の森有礼は「エデュケーション」の訳語を教え育てる「教育」とした。ところが、福沢諭吉は「いや、潜在的に持っている能力の開発に近い用語を使うべきだ」と言ったと言われています。考えてみると、学校の役割として両方が必要なのではないか。梶田先生がおっしゃったように、裸で生まれてくる子どもに、やはり教え育ててやらなければ身に付かないことは教え育てる。訓育といいましょうか。それがまず第1の学校の役割です。
  2番目は、まさに持っている才能の開発を支援してやるということが大事で、この二つ両立てで書いてあるのが本来なのではないか。
  ほかの国の教育法、例えば1988年のイギリス教育法を読んでみると、ある程度書いてあるわけです。それに加えて、今申し上げた二つのこと、訓育と才能開発のどちらも人にやってもらうだけではなくて、自分でやるのだという3番目の大事なテーマがあって、それが学習ということで、学校はそれをサポートしてやるというのが大事な仕事としてある。これも国によっては教育法に書いてある。日本ではどうするのかという問題が残ります。
  最後に、ほかの国の教育法を見てみると、この三つことを学校がやるとき、さらに強く念頭に置いて書いているのが、ソーシャライゼーション、社会に出ていくときの支援をしてやるということと、個人が独立するのを支えてやるということと、この二つのことを書いている国が結構あるのです。
  ですから、このことにどう触れるのかという問題ではないかと思います。そんなふうなことを取っかかりにして御審議をいただければと思います。

  3点ばかり申し上げたいと思います。
  第1点は、1ページ目の「(1)」の「見直しの視点」の2番目の「○」のところに、「見直しを行うべきであるとの結論に至った。」と、こうございますが、この結論はいつ、どこで、どなたがお決めになったのでありましょうか。私は少なくともこの基本部会ではそういう決をとったという記憶はないのでございます。あるいは、総会で行われたのかもしれませんけれども、新聞にはもう「基本法を改訂することに決定した」という報道がされておりますが、この点を明らかにしていただきたい。
  それから、2番目としまして、2ページには、「2」「3」「4」「5」と、いずれも終わりが「視点が明示されていない」ということで終わっているわけでございまして、これはつまり、こういうことが書いていないということなのですね。しかし、こういうことが書いていないということを挙げれば、幾らでもあるわけでございまして、改訂が必要だということを納得させるためには、今の基本法ではこの点が困るのだという点を明らかにする必要があるのではないかと思います。「この点が書いていない」ということでなくて、「この点が困る」と。基本法にはこういう記述があるから、日本の教育を発展させていく上で障害になっているということが明らかにされなければ、改訂を納得させる理由として弱いのではないかと思います。
  それから、3番目に、学校の役割を規定するということでございますが、あと家庭も地域社会もございますが、こういうものは基本計画に書くのはいいと思いますが、基本法は25年か30年か知りませんけれども、ある程度安定したものであるとするならば、この間に学校も、地域社会も、家庭もどんどん変わっていくと思うのでございます。例えば、営利企業が学校事業に参画する、あるいはバーチャル大学とか、そういったものができてくる。グローバルなバーチャル大学ができてきて、日本の学校がその子会社になるというような事態も考えられるわけでございます。
  そういうことを考えますと、ここで役割を規定してしまうのはいかがなものか。役割は学校教育法で規定するほうがいいのではないか。現に学校種別ごとの目的、目標も書いてございますので、基本法に書くのが果たして適当だろうかという疑問でございます。
  以上、3点申し上げました。

鳥居部会長  御指摘の1番目は、この諮問を受けて、総会で審議をして、見直しの方向で議論を始める。したがって、基本問題部会をつくるというふうにしたのです。そこはそういう経緯だというふうに御了解をいただきたいと思います。
  2番目の、明示されていない型の表記の仕方であるというと、もう一方では、現行の教育基本法のどこがまずいかという議論も必要だという、こういう御指摘だと理解してよろしいですね。そうすると、明示されていないという書き方で文章ができ上がっているこの部分はとらなくても、むしろ現行の教育基本法の問題点についてまた別途議論してもいいわけですね。

  ただ、これでは絶対に変えなければならないという理由にはならないのではないか。やはり支障があるというほうが、絶対に変えなければならないという理由になるのではなかろうかと思うのです。

鳥居部会長  なるほど。そうも言えますけれども、明示されていないので、そこを明示する必要のあるものは突っ込むというのもまた重要な改正であることは先生もお認めになる。

  ええ。

鳥居部会長  わかりました。それから、役割については、さっき私がちょっと申し上げましたように、ここ20年ばかりの間につくり直された教育法、一番典型的なのがサッチャー首相のもとで、最初、1980年につくり直しが始まって、88年教育法で完結したサッチャー改革を受けて、ブレア改革というのを見ても、それから、この前からここに配付してある資料に入っていますけれども、フランスのジョスパンのときの1992年かその辺の改正もそうですし、ドイツの場合もそうですし、学校の役割というのは、教育法ないし教育基本法に書いてあるように思うのです。それを先生のお話だと、むしろ日本の法体系でいうと学校教育法に入れるほうが適当ではないかというお話ですね。
  これは実は我々が突っ込んで議論していないことが一つあると思います。というのは、現行の教育基本法は、人の理解の仕方によって違うと思いますが、7分3分ぐらいで、理念法、プラス実体法的なものがほんのちょっと入っているということです。その実体法的なもの、例えば男女共学について書いてあるところとか、あるいは特定の宗教について教育をしてはならないというのは、実体法的な性格を持ちながら、同時に理念法的な性格を持っている部分です。
  教育基本法というのを純粋に理念法にとどめるのか、それとも理念法、プラスある程度の実体法の骨格部分、一番太い柱の部分をここに入れるのかという考え方について、実は突っ込んだ議論を今までしていないのです。
  ただ、今御紹介したイギリス、フランス、ドイツ、韓国等を見ると、大体流れとしては、理念法、プラス実定法の一番太い柱の部分は基本法に入っているという構造になっているものですから、いつの間にか、少なくとも私に関しては頭の中で、それが強い影響を受けていたと思います。今の御指摘をそのような意味でとらえると、ぜひ今日、御審議をいただきたい。大事なテーマに触れられたと思います。

  ですから、私は最初から、基本法は理念法である、したがって、様々ここに、必要である、必要であるというふうに書いてあるようなことは、別途、基本法と並行した法律を制定して、そこに盛り込むべきではなかろうか。つまり、理念法の中に実体法的なものを突っ込むのは格好が悪いし、釣り合いがとれないという考え方です。

鳥居部会長  格好が悪いかどうかは、人の判断はいろいろだと思うのですけれども、そういう考え方もおありだということはわかりました。

  会長から、見直しの必要性のところについてということですけれども、全体としての感じをまず申し上げたいと思います。
  私は、結論を言うのは早いかもしれませんけれども、総会あるいは部会で様々な意見が様々な立場から出たわけです。ただ意見が出ただけではなくて、相反するものも出ているわけです。そういう視点を見て、しかし、まとめをしなければならないというときに、これは現段階ではもちろん一つの案ではありますが、よく集約しているというふうに―もちろん宗教教育みたいに、まだこれから集約しなければならないものもありますけれども、全体としてよく集約していると思います。
  ただ、これについては、集約の仕方に議論のある方もありましょうし、今議論があったように、わしはそれは反対だ、と前から言っているという方もおられるかと思いますが、それはしかし、ある程度やむを得ないことであろうと思います。
  特に、今の、そういう視点が明示されていないという点について、何が困るのだ、何が障害なのだということを言わなければ、説得力がないというお話でしたけれども、それは確かにそういうものがあればそうかもしれませんが、現在の教育基本法の中で、禁止しているものは少ないわけですね。むしろ、例えばこの中で言えば、家庭教育のことで、学校、地域社会、あるいは家庭の三者連携、これは当たり前のことになっています。教育基本法は別に禁止しておりません。それは既に何十年来と言っていいくらいですけれども、学習指導要領、その他の中でも取り上げられている事柄であると思います。あるいはまた、日本人のアイデンティティの問題で、国際化を迎えて、こういった視点からのものも既に言われており、学習指導要領には取り上げられているわけです。
  そういう意味では、困るとか、障害になるということではないのだろうと思います。しかし、それはこれから基本法の中にきちんと位置づけることによって、むしろ積極的にそれを踏まえて教育施策を展開していく。そういう視点であるのであって、そういう視点が明示されていないと困るとか、障害になるとか、そういう議論ではないのではないかと思います。
  それから、若干発言のついでで、細かいことですけれども、3ページの「(2)」の最初の「○」の4行目、「教育の諸制度を個別に論じるだけでは取り上げにくい」云々と、こういうのがありますけれども、多少細かいですが、これでもいいのかもしれませんが、「教育の諸制度・諸施策」ぐらいにしておかないと、単なる制度だけでなくて、施策の問題もあるのではないか。多少細かい議論で恐縮ですが、御検討いただければと思います。

  1ページは、見直しの必要性と、今の方向性についてダブっているのですけれども、まず今の視点のところで発言させていただきますと、2番目のパラグラフの、重要な理念や原則が不十分であるというのは、それはそのとおりですね。認めるのです。その後の記述で、やっぱり不十分だ、それでも、という感じがしますので、それは後ほどまた言わせていただきたいと思います。
  そこで、先ほど委員からありました「結論に至った」という部分ですね。9月30日の総会で、いろいろな委員の発言をお聞きしていますと、必然性があまり見られないのではないかという発言が割と多かったと思うのです。ですから、今、会長からも言われましたけれども、やっぱりもう一度、この文言をここで固定するのではなくて、もっと議論させていただかなくてはいけないのではないかという気がします。ということは、9月30日の総会では、恐らく多くの委員から、いろいろな疑問点が出たと思うのです。見直しを否定するという意見よりは、まだ十分に議論する必要があるのではないかという感じを私は受けましたので、「結論に至った」というのは少し書き過ぎかなという気がいたします。
  2ページ目ですけれども、2ページ目に「公」の部分が出てきます。これは奉仕活動のところでも出たのですが、「官」と「民」、あるいは「公」の関係がいろいろ出てきたときに、これは議論した話でもありますが、やはり主権者としての基本的人権がきちんと担保されることが前提だと思うのです。「公」があって「個人」があるのではなくて、あるいはまた大きく言いますと「国」があってではなくて、「国」とか、「社会」とか、「公」の場合には、主権者としての基本的人権が担保されることが前提でなければならないような気がします。
  次に、「日本人としてのアイデンティティ(伝統……)」というのがありますが、「国や郷土を愛する心」というのはそのとおりですけれども、今日の新聞あたりにもありましたけれども、こう言うとやさしくなるのだけれども、新聞では「愛国心」とパッと出てきますわね。「愛国心」という言葉の中には、いろいろな問題が含まれています。これが偏狭なナショナリズム的な「愛国心」というようになっては非常にまずいと思います。ここで言う「国を愛する」とか、あるいは「郷土を愛する心」というのは、誰でもストンと落ちるのですけれども。また、日本のかつての歴史を見たら、超国家主義の中に多くの国民教育がなされてきて、多くの反省がなされてきたという、国としての大きな問題点を持っておりますので、この辺は非常に気をつけていかなくてはいけない部分だと思います。
  ですから、私たちの認識としては、そういうように偏狭なナショナリズム的な意味でのものではないという認識をきちんととらえなくてはいけないと思います。そうでないと、現代の国際化と言われる部分とは、逆に矛盾したり、あるいは国際的な日本人がこれでは育たない場合もあり得るわけですから、気をつけるべきだと思います。
  次に、教育振興基本計画のところの策定に、どうしても私はいつもこだわるのは、財政措置ですね。それはやはり何か入れておいて、後ろのほうにも出てきますけれども、せっかく視点というところで出てきますので、これをここできちんと入れていただきたい。特にこれだけの大きな教育改革をしていこうという場合に、きちんとした財政的な裏づけなり、財政計画が伴わなければ、これは成功しないものだと思います。
  3ページに「教育基本法見直しによる教育改革の推進」ということがありますが、幾つかの部分が出てきます。最初の「○」の中に、今後、教育基本法の諸規定の見直しをする場合に、生涯学習振興法とか、学校教育法がありますけれども、それと同時に、この見直しの視点の中に、ぜひとも国際的な諸条約、例えば先ほど委員からも言われた子どもの権利条約の規定とか、あるいは国際的な人権規約とか、そういうものをも視野に入れた形がないと、非常に広がりがないという気がします。そういう意味では、そういうことも含めてぜひともお願いしたい。
  それから、後ろのほうに出てくるのですが、この中に出てこないのは、男女の共同参画の視点です。これはある程度この辺の、視点の中に入れておいたほうが、次の見直しの方向性の中でももっと意義づけが生きてくるのではないかと思います。以上です。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  最初の二つの御指摘は、仮に教育基本法の見直しをし、文言を直し、条文を直すとすると、そこに入れるとは限りませんね。

  そうですね。

鳥居部会長  というのは、要するに「公」という字を、55年以上前の「滅私奉公」の「公」の字だと解釈しないでくれよという断り書きを、まさか新教育基本法の中に入れるわけにいかないから、説明をする文章のほうでそういう解説を丁寧にするということですね。

  それともう一つは、先ほど委員も言われましたが、基本的人権、子どもたちの人権、あるいは国民主権という部分の、そういう権利部分というものが、実は記述の中で弱くなっていると思うのです。ですから、せっかく憲法の枠内、あるいは先ほどありましたように「個人の尊厳」とか、「真理と平和」とか、今、規定されている憲法や教育基本法の理念を受け継ぎながらまた変えていくというのだったら、その理念の中でもきちんとした人権意識や人権感覚などが入ってくるような記述であってほしいという気がします。

  教育基本法について私たちが出す記述について、これから国民に問うわけですけれども、国民がどう受け取るかということを慎重に考えなければいけないと思います。また、メディアがいろいろなことを拡大再生産していくという情報化時代の現実もあります。そして、教育というのは、取り返しがつかない、つまり、リスクをとって、何か大きく前を否定して変えていくものではないのではないかという感じがいたします。というのは、今まで私たちは人生をこれだけ生きてきているわけです。その全人格を否定するというトーンでいくべきではない。
  全体的には慎重に書かれておりますけれども、例えば今話題になっております「見直し」という文言ですが、ほんのちょっと言葉を見直すのだというトーンから、大きく改革的に、前は悪かったから、すべて変えるのだという解釈まで、非常に幅広い考え方が成り立つわけです。今までずっと審議に出ておりまして感じておりましたことは、それほど今までの教育基本法が間違ってはいなかったというトーンできたと思います。ただ、現在の視点から見て足りない点がある。それを補足しようという流れできたように思っております。それを「見直し」というふうに言うのか、「原則は不十分であり、補足すべきである」という感じなら、たぶん審議会の委員の先生方も……。もっと改革すべきだとおっしゃる国民会議の言い方などもあるわけでしょうけれども、そのほうが妥当なのかなという感じがしております。
  現実には教育の現場では、現代の不易流行という視点から見たいろいろな改革、例えば学校とか、家庭とか、地域社会の連携・協力の推進なども、既に行われようとしているわけです。ですから、実はなだらかな補足として、教育基本法のほうが追いついて文言を変えようとしているとは思うのですが、やはり世間というか、国民があまり誤解をしないように、私たちが今までやってきたこともよかったのだと肯定的に受け取るような文章にすべきだと考えております。以上でございます。

鳥居部会長  今おっしゃったのは、特に今日のペーパーで言うと、1ページの2番目の「○」の最後の3行なのです。「しかしながら、現行法には、新しい時代を切り拓くたくましい日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、見直し」と言っちゃったので、その「見直し」が、今おっしゃる意味できついということだと仮に解釈させていただくと、例えば「見直しを行うべきである」のところは、その前の部分を若干直す必要があると思いますけれども、仮に前の部分を生かしたとしても、「……観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、時代に合わせて修正すべきは修正し、足らざるは補う必要がある」というような感じでおっしゃっているわけですね。

  はい。基本的な理念、「個人の尊厳」「真理と平和」「人格の完成」など、この貴重な理念は引き継ぎつつということだと思うのです。この辺の文章をもう少しストンと落ちるように修正する必要があるかと思います。

鳥居部会長  2行目の「普遍的なものであり」ではなくて、「普遍的なものは引き継ぎながら」というふうなことをおっしゃりたいわけですね。

  はい。その文章がすべてその後の、つまり、国家主義に返るのだとかいうような誤解を生じさせるのではないかと思うわけです。某新聞のトップのメディアにもございましたように、その辺を心配して私は発言させていただきました。

  今、委員もおっしゃったし、先程の委員もおっしゃったのですけれども、何か言葉の問題が難しくて、本当にと思うのですが、2点だけ短く申し上げます。
  2ページの「公」というやつですね。前に「新しい公共」という言葉で使われていたのが、この「公」だけになって、「新しい公共」だとまだやわらかかったのです。でも、この「公」になった途端に、何か「私」というものがなくなって、「個人」がなくなって、からめ取られてしまうようなニュアンスが私もどうしてもあるのです。
  ですから、「公共」という言葉を使うとか、なかなか熟しませんが、「公」のかわりに「公共」という言葉を使うとか、あるいは「共同体」という言葉を使うとか、何か新しい工夫をしないと、滅私奉公ではないけれども、一人一人がなくてという感じの、どこかに「公」があってね。「新しい公共」は違うのです。一人一人がしっかりしていて、そしてみんなで参画してパブリックな世界をつくっていくわけですが、そのニュアンスがなくなって、個人を離れて「公」があるような感じがします。これは少し検討せんといかんかなと思いました。
  もう一つ、2ページで、これも委員が御指摘になりました「日本人のアイデンティティ」のところです。これは新聞で「愛国心」と縮めて書かれると、何となくギョッとするところがあって、エスノセントリズム的な、先ほどおっしゃった偏狭な愛国心になってはいけないので。ですから、その前にきちんと「国際社会に貢献しようとする意識を」―この辺が実を言うと、平仄が合っていないのです。何々の育成を図るためには、「意識を涵養するとともに」でしょうね、たぶん。「自覚し国際社会に貢献しようとする意識を涵養するとともに」と、これがあるからいいようなものの。
  その次は、「自らのアイデンティティの基礎となる伝統、文化を尊重し」ではなくて、「伝統、文化の理解、継承に努め、国や郷土を愛し、参画し、発展させようとする心を育てることが」というようなね、ちょっと言葉を補ったほうがいいのではないか。今までよくあるように、「国や郷土を愛する心」と言ってしまうと、どうしても何となく偏狭なほうにもイメージがいってしまうという感じがあります。「愛し、参画し、発展させよう」というぐらいのね。結局、中身は同じことなのですけれども、言葉を補っていってはどうかと思います。以上です。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  今の御指摘の二つの点のうちの「公」のほうですけれども、これは今日お配りしてある「参考1」という資料がありまして、これはさんざんここで議論してきた「第1章」に相当するものなのです。この11ページをお開きいただきますと、11ページに、今、梶田先生がおっしゃってくださったとおり、書いてあるのです。つまり、「4」の「『新たな公共』を創造し、21世紀の」云々と書いてありまして、ここでは「新たな公共」という言葉を使っていますので、これを継承するかどうかという点で、事務局ともまたお話し合いをして、今の御意見を十分受けて、委員からも御指摘がありましたので、検討しましょう。
  それから、「愛国心」なのですけれども、これは戦後57年というか、もうちょっと戦争中までさかのぼれば、戦争中からの61年間の歴史を引きずっているから、「愛国心」という普通に使っていれば何でもない言葉に、特別のにおいがついてしまったわけですね。本当に悲しいことで、昔、「便所」と呼んでいた「便所」という言葉は、何となく臭いにおいがついてしまったので、「お手洗」に取り換えた、「雪隠」に取り換えた。取り換えても取り換えても、においはついてまとってくるというのと同じことでね。これはいつまでもこんなことをやっていたら切りがないとは思いますけれども、つまり、もう少しストレートに普通のパトリオティズムという意味の、あるいはパトリオットという意味の、どこの国の人も持っている感情というだけの意味にとどめられる時代が来るまで、我々はにおいと戦い続けなければならないということだと思うので、何か工夫をするしかありませんので、今、お二方から御指摘いただきましたような形で、我々はにおいのついている意味の「愛国心」という言葉を使っているつもりはないのだということを何とかしてわかっていただく努力を続けるしかないと思いますので、ちょっと工夫します。その点で、どうぞ。

  どこにもパトリオティズムはあるのですね、愛国心は。でも、これが今、反省もされていると思うのです。昔、フランス革命の後にもジャコバン・ナショナリズムということが言われたわけですが、一国だけを考える、自民族だけを考える愛国心はだめなのだ。愛国心ではあるけれども、世界人類の中の愛国心というね。それは今、反省になっていると思うのです。
  ですから、これは難しいのですけれども、そのニュアンスが何か出てくるような、愛国心というのは開かれた愛国心であるというね。普通の意味での愛国心だと、今まで愛国心の戦いで戦争に導いてきたというものにもなりますので、そういう意味で、普通の愛国心ということから、もう一歩だけ進めてもらいまして、「新しい時代の愛国心」というぐらいの頭のひねり方をしなきゃいけないかなと思います。

  お話に関連して一言だけあれしますと、「新たな公共」と「公」との関係ですけれども、実は今日のあれを見て、今まで「新たな公共」と言っていたのが消えたなとこう思ったのです。で、質問しようと思っていたのですが、「新たな公共」というのは、わかったようで、私には何だかよくわからない言葉ですね。もし使うのであれば、それについて、これはこういう意味だよというのをどこかに書いてやらないと、新しい概念だろうと思うので、何のことだろうかと思うと思うのです。ですから、どういう用語を使うか、単に裸で「公」と言うと問題があるならば、何かワーディングを工夫するということがあると思いますが、無条件で「新たな公共」に復帰するというのは、どうかなという気がいたします。
  それから、今、「愛国心」で議論になりましたけれども、何も「愛国心」に限らず、あるいは先ほどの「見直す」という用語自体もそうですけれども、できるだけワーディングに気を使うということは大事ですが、あまりに気を使い過ぎて、何を言っているんだかわからないということになってもこれも困るわけですので、やはりある程度わかる表現、そしてどうしても誤解が生ずるようなことについては、どこかで解説するとか、これはこういう意味なのだよということをやらないと、えらい回りくどくて、さっぱりわからないということにもなりかねませんので、工夫するという考え方自体は結構ですけれども、その点をお気をつけいただきたいと思います。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  今の御指摘はとても大事なことをおっしゃっていただきました。さっき御紹介した「参考1」の11ページの下から2行目に、極めて舌足らずで、後で直そうということになっている表現があります。「一方、ボランティア活動など『新たな公共』」となっていまして、今、誠にお粗末な状態にとどめてあるわけです。「ボランティア活動などが『新たな公共』かよ」と言われたら、情けない話になってしまいますので。
  これは経緯を申しますと、「新たな公共」というのが初めて私の目にとまったのは、司法制度改革審議会です。司法制度改革審議会のときは、この言葉はしょっちゅう使われたのです。ただ、そのときには一体どこから出てきたかというと、戦後ずっと我々が中学生、高校生に、昭和24~25年頃使った『民主主義』という教科書がありまして、あの教科書のとおりの民主主義をずうっとなぞっていくと、そこには官でもない、民そのものでもない、公共空間があるという議論をしきりとしたのです。そのときは、使っている人はみんな腑に落ちていたのだけれども、それをここの最後の2行目の「ボランティア活動など」とやっちゃうと、全然舌足らずなので、今の御指摘のように、少し工夫をしてもらうことにしようと思います。

  幾つかあるのですが、最初に教育基本法の改正の必要性云々ということなのですけれども、見方を変えますと、教育基本法というのは、この下にいろいろな教育の法体系があるわけですから、その一番上にある公理のようなものだと思います。理念と言えば理念ですけれども。公理というのは、今の考え方で言えば、どうしてもほかでうまくさばききれないので、新しく何か公理となる命題を立てなくてはならないときには立てていいということになっています。
  ですから、先ほどの委員の御意見に私は賛成ですけれども、今の法体系の中でどうしても足りないというのを、ここにつけ加えていくというのでいいのではないかと思うのです。そのことは今まで議論していますから、それを加えていく。したがって、公理ですから、当たり前だということを言えばいいのだと思うのです。それが1点です。ここに書いてあることは、それで納得しているのです。
  これから申し上げることは、「序章」になるのだろうと思います。ここでもって、これから新しい日本社会の再生とか、いろいろなことを言っているのですが、方向が見えないのです。どこの世界でも見えないから仕方がないのかもしれないのですが、しかしその中で一つ、表に出せるか出せないかは別として考えなくてはいけないのは、日本民族というのは、昔から調和というものを大事にしてきた民族だと思うのです。先ほど委員がおっしゃっていたことにかかわりますが、我々は「0」「1」で物を考える癖がついています。あれかこれかとか、クリスプ概念でパリパリッと割って、こっちだ、あっちだ、あとはだめとか、そうなっていますから、そこのところをファジー概念にして、あれかこれかではなく、その真ん中もありますということで、前を否定するのではなくて、調和を保っていくという考え方を持てないか。出す必要があるかどうかわかりませんけれども。
  前から申し上げているのは、物を考える軸みたいなものがあるはずだ。その軸として、例えばですけれども、調和性とか、均衡というものを考えてみたときに、それを保っていく。それを両極のどっちかに持っていってしまうのではなくて、全体の調和を保っていく。というのもあるのではないか。ですから、「時代の激しい変化の中で、調和や均衡を保ちつつ発展を図る」というあたりの方が日本人に合っているのではないかと思うのです。
  そういう点でいきますと、先ほどのところですけれども、「公共」とか、「公」という話で、生涯学習分科会で21回ぐらい議論した中で出てきたことは、個人と公の両方のバランスをうまく保っていかなくてはいけないのだという話だったと思うのです。
  「公共」については、お互いに助け合ってというような特徴は出していますけれども、定義はしない。新しくつくっていくところを定義してしまうと、これだと決めつけてしまうのでよくないという議論が大勢を占めて、奉仕活動の中でもあまりきちんとした定義はしていないのです。ただ、特徴はこういうものだというのを、互恵性とか、いろいろなことで、出していると思います。
  そういう点でいきますと、今日のこの資料2でいえば、5ページの「iii」に、「『公』の意識」のことがございます。その頭に確かに書いてあるのですけれども、「これからの教育には、個人の尊重とともに、『公』に」これこれこれをする意識が重要であると書いてあるのです。ここに確かに書いてあるのですけれども、これではわかりにくい。ですから、先ほど申し上げたのですけれども、「個人と公の調和を保ちながら発展を図っていく」とか、あるいは「自己実現」と「公共」の両方を同時に考えていくとか、そういうことが必要なのではないか。例えば、「個人の尊重と公への貢献の調和を保つ必要がある」とか、そういう考え方が必要なのではないかと思います。
  それに絡んで、「日本人としてのアイデンティティと、国際性」とありますが、これも5ページでいくと、「と、国際性」と書いてあるのです。並んでいるだけなのです。ここは、国際性をこれから持たなくてはならない、その中で、日本人の意識、アイデンティティを持っていなければ困るでしょうという話だと思うのです。そのあたりの両者の関係をちょっと言っていただければ、ここのところの問題はかなり解けるのかなと思います。
  生涯学習のこともあるのですが、それはまた後ほど機会がありましたら。以上です。

鳥居部会長  司法制度改革審議会も同じ議論をしたのですが、こういう表現で落ちついたのです。「公共空間の支え手としての認識をはっきり持つ」という意味です。そっちのほうがここで言いたいことに近いのだけれども、またそうすると、「公共空間」という新しい単語が出てきてしまうので言いたくないのだけれども。ありがとうございました。
  生涯学習のところについて、御発言を続けていただけませんか。

  「生涯学習社会の実現」ということがここの中で出てきて、私は結構だと思いますが、これはどこで触れていいのかわかりませんけれども、むしろ基本計画のほうなのかもしれませんが、ここ10年、日本は生涯学習社会の実現ということを目指してやってきていると思います。ここの中にある定義も、中教審が臨教審の後、再開されたときに出てきた物の考え方で、これでずっときていると思います。
  ただ、社会全体でこれに取り組まないとうまくいかない問題だと思います。学校教育は一所懸命やってきているのです。それから、社会教育も一所懸命やってきているのですけれども、社会全体が取り組まないとなかなかうまくいかない。具体的に言いますと、例えば就職のとき、採用試験等々のときには全然そこのところが考えられていない。そうすれば、それに合わせて、学校のほうは従来どおりということになりますから、総会のときに、全国高等学校の会長が御発言になりましたけれども、今の入試がどれだけ個性をつぶしたり、創造性をつぶしているかわからない。入試の抜本的な改革をしてくれと言うけれども、それができない。社会全体で生涯学習社会ということを目指していかなければできない問題だと思います。
  今、経済界の中だって、従来どおり人物で採るだけではなくて、その人が何を身に付けたかということで人を採っていくという傾向が出てきています。そういうところがありますから、それに対応できるようにこちら側でも考えていかないと、これはいつまでたってもうまくいかないのではないかと思います。そのために、「学習成果の評価と認証」というのを入れていただいていますけれども、社会全体のことですから、この審議会でどれだけそれにアプローチできるのかということもあるかも知れません。鳥居会長もおっしゃったように、今までも積極的に働きかけてくださったこともあるわけですから、基本法改正の根底のところで生涯学習社会のことについては、社会全体で取り組むという姿勢も出していただいたほうがいいのではないかと思います。以上です。

  第2章の「(1)」の二つ目の「○」の下のところですが、これから送り出す人材ですが、「新しい時代を切り拓くたくましい日本人」だけでいいのでしょうか。この文章全体の中に、経済的な原理みたいなものだけが働いているような気がして、たくましい日本人だらけになってしまうと……。日本人というのはもう少し調和的であり、さっき委員がおっしゃいましたけれども、平安時代の何百年も戦争をしなかった日本人、江戸300年、戦争をしなかった日本人の中に、調和に優れた日本人、わびもさびもある日本人というのがいたはずなのですね。もちろん今、経済的な戦争の中で大変なのはわかるのですけれども、そうかなあ、という感じがいたします。もっと教養豊かな心、豊かな人たち、どんなブルーカラーでも、ヨーロッパなんかへ行きますと、たまにドライバーでも非常に教養あふれる方々がいらっしゃいます。そういう日本人を育成するのではないかという感想を持ちます。

鳥居部会長  つまり、「たくましい」という形容詞はもうちょっと工夫して、もっと広いコンセプトとか、前向きな新しい時代向きのコンセプトに置き換えてみる必要があるとおっしゃっていると思いますので、ちょっと工夫させていただきます。

  サービス化の時代で、心やさしい人が経済的な原則に勝ち得る場合も福祉の中ではありますし、もう少し私たちは考えてみたいと思います。

  5ページの「日本人としてのアイデンティティ」のところがございます。ここは国際性のところが非常に出ているわけですけれども、僕はここに、最後の行のところですが、「世界の平和と人類の福祉に貢献する日本人」という言葉は入れたほうがいいのではないかと思います。ということは、その前の「教育の基本理念」にも一定程度そのような考え方は出ておりますので、ここでは国際性を持った日本人というところですから、ぜひこれを入れていただければと思います。
  7ページの「義務教育」のところですけれども、会長もよく言われているのですが、義務教育の期間の9年間です。短縮あるいは延長はなかったということなのですが、今後の検討課題として、例えば18歳までの教育を何らかの形で保障する、そういう考え方が出てこないだろうかと思うのです。今後、例えば知識社会あるいは知的社会へ至るために、基礎・基本を一定程度保障していくという意味では、18歳までの教育保障というのがあっていいのではないかという気がいたします。
  9ページの「教員」のところですが、ここには教員の使命とか、責務というのがよく出てくるのですが、大事なことは、教員は養成だと思うのです。教員の養成をいかにすべきか。「養成」という言葉がここの中に出てこないのです。もちろん次のところでは出てくるのですが、これをぜひ入れていただきたいと思っています。以上です。

  今の委員の2番目の18歳までの保障というのは、一つの考え方としてはあり得ると思いますけれども、少なくとも今までの議論では出ていないわけです。具体的に18歳というと、現在の義務教育9年を12年にする、今の中学年齢を前提としますとね。そういうことになるわけで、それについては今後、議論がかなりされてしかるべきなので、現段階でこの中に書き込むというのはいかがなものかと思います。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  今の委員の御発言、それから先程の委員のお話は、結局、現行の教育基本法の第4条に書いてあるところを、今後、我々審議会だけでなくて、社会的にも考えていただくし、それから行政府においても、立法府においても考えていただかないといけない問題で、一番肝心な大きな問題は、第4条第2項に「授業料は、これを徴収しない」と書いてありますけれども、これを残すのか残さないのかというところに大きな関係が出てきます。その辺のところは、今日はちょっと議論は無理ですので、今のお二方の御発言をいただいたというところにとどめたいと思います。
  それでは、まだいろいろ御発言、御希望もおありかと思いますけれども、次に進ませていただきます。次回、継続でまた御審議をいただければと思っています。
  それでは、資料3でございます。「第3章教育振興基本計画の在り方について(素案)」、これも事務局から御説明をお願いします。

事務局  資料3につきまして、簡潔に御説明申し上げたいと思います。
  1ページ目になりますが、「第3章」「1」番として、「教育振興基本計画策定の必要性」ということで、最初の「○」では、前章、今御審議いただいた「第2章」で、教育の基本理念、基本原則の見直しとともに、具体的な教育制度の改善と施策の充実が相まって、初めて教育改革が実効あるものとなるという御議論をいただいたところを位置づけてございます。
  二つ目の「○」のところですが、現行の教育基本法には教育基本計画に関する規定が置かれていないため、現在まで教育に関する政府全体の基本計画は策定されていないこと、最後の4行ですが、政府として未来への先行投資である教育を重視するという明確なメッセージを国民に伝えるためにも、また、施策を国民にわかりやすく示すという政府としての説明責任を果たすためにも、教育の根本法である教育基本法に根拠を置く教育振興に関する基本計画を策定することが重要であるということを位置づけてございます。
  次の三つ目の「○」では、2行目からですが、計画の基本的な考え方、そして計画に盛り込むべき施策の基本的な方向について審議を行ったこと、そして計画の骨格となる考え方を示すこととした。今後ということで、関係分科会において計画に盛り込むべき政策目標や施策の具体的な検討を行うこと。そして、政府においては、根拠法の制定後―教育基本法の改正後になりますが、速やかに教育振興基本計画を策定することを期待したいというのが1ページ目でございます。
  2ページ目は、「基本的な考え方」という形で、「(1)」では、計画期間につきましてはおおむね5年間とすることということをまず規定してございます。それから、対象範囲につきましては、原則として教育に関する事項とし、高等教育と密接に関連する学術やスポーツ、文化、芸術、教育等もこの計画に含めるものとするという整理でございます。
  「(2)」が「これからの教育の目標と教育改革の基本的方向」ということで、これからの教育の目標は「第1章」で御議論いただいた5本の柱を規定してございます。一番最後のほうの「○」からですが、この目標を踏まえて、教育改革の基本的な方向性につきましては、この目標と「第1章」で述べた目標実現のために重視すべき事項を勘案してということで、2ページから3ページ目までの6項目、一つ目が「教育改革の基本的方向」として、「一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす教育の推進」、二つ目が「豊かな心をはぐくむ教育の推進」、三つ目が「健やかな体をはぐくむ教育の推進」、4点目が「『知』の世紀をリードする大学改革の推進」、5点目が「グローバル化、情報化等社会の変化に的確に対応する教育の推進」、6点目が「生涯学習社会の実現」ということでございます。
  「(3)」につきましては、「政策目標の設定と施策の総合化・体系化、重点化」ということで、計画には具体的な政策目標と施策を明記する必要があること、そして政策目標の策定に際しては国民にわかりやすい目標を設定することが重要、また、できる限り数値化すること、そして計画の策定に際しては10年後の社会の姿を見通しながら、今後、5年間に重点的に取り組むべき分野・施策を明確にする必要があること。
  次の「○」におきましては、施策を総合化、体系化する必要があること、施策の優先順位を明確化し、重点化を図る必要があること、それからこれまで中教審などの答申等における提言がどれだけ実現されているかについての検証が必要であることに留意すべきことということでございます。
  「(4)」では、「計画の策定、推進に際しての必要事項」ということで、一つ目が「教育投資の充実」、4ページ目に移りまして、二つ目が「国と地方公共団体、官民の適切な役割分担」、3点目は「厳格な政策評価の実施」という形で、計画の策定推進についての必要事項として3点を位置づけてございます。
  大きな「3」番からが、「教育振興基本計画に盛り込むべき施策の基本的な方向」ということで、最初の「○」におきましては、これまでの御議論でも、主要な施策について具体的にわかるようにという御意見もございましたので、ここでは初等中等教育、高等教育を中心として7項目の主要な施策の例示をまず挙げてございます。
  そして、4ページ目の一番下の「○」では、今後、審議会の中の関係分科会におきまして、以下のような基本的な方向に沿って計画に盛り込むべき施策を検討することが適当ということで、先ほど教育改革の基本的な方向を6項目に整理をさせていただきましたが、5ページからは、それぞれの項目ごとに、ローマ数字の括弧書きで25の観点に区分して議論を整理してございます。その中で、施策として検討すべきということの方向を、今回、整理した形になってございます。
  「1」の一つ目の基本的な方向におきましては、「(i)」が「確かな学力の育成」、「(ii)」が「個性、才能を伸ばす教育の実現」、6ページにまいりまして、「(iii)」が「科学的素養を育成する教育の推進」、「(iv)」が「柔軟な教育の仕組みの導入」、「(v)」が「優れた教員の養成・確保」、7ページにまいりまして、「(vi)」が「教育施設・設備等の整備・充実」、8ページ目には「(vii)」として「保護者・住民に信頼される学校づくり」、「(viii)」点目は「私立学校教育の振興」でございます。
  「2」の二つ目の基本的な方向としては、「豊かな心をはぐくむ教育の推進」。その中では、「(i)」が「豊かな心の育成、自立心、公共の精神の育成」、9ページ目に「(ii)」点目としまして、「文化芸術教育・学習の推進」、「(iii)」点目といたしまして「幼児教育の充実」、10ページにお移りいただきまして、「(iv)」点目が「家庭の教育力の向上」、「(v)」点目が「地域の教育力の向上」。
  11ページからがが3点目の基本的な方向として「健やかな体をはぐくむ教育の推進」で、「(i)」点目が「健やかな体の育成に向けた取組の充実」、「(ii)」点目が「子どもに対する健康教育の推進」。
  12ページからは、四つ目の基本的な方向として「『知』の世紀をリードする大学改革の推進」で、「(i)」が「『知の拠点』を支える教育研究環境の整備」、「(ii)」点目が「教育研究機能の充実」、13ページにいきまして、「(iii)」点目として「評価制度の導入・整備」、「(iv)」点目が「社会・経済の発展への積極的貢献」。
  ページをめくっていただきまして、五つ目の基本的な方向として「グローバル化、情報化等社会の変化に的確に対応する教育の推進」として、「(i)」として「教育の国際化の推進」、「(ii)」が「教育の情報化の推進」、「(iii)」が「環境教育の推進」。
  最後の6点目の基本的な方向としての「生涯学習社会の実現」で、「(i)」が「生涯学習社会の実現」、おめくりいただいて最終ページで、「(ii)」点目が「男女共同参画に関する教育・学習の推進」、「(iii)」点目が「生涯スポーツ社会の実現」という形で、「第3章」の素案となってございます。よろしくお願いいたします。

鳥居部会長  先ほどと同様でございまして、今日は初めて振興基本計画の在り方についての素案が出てまいりました。もちろん、それぞれ委員の皆様のお考えはいろいろな形でお伺いしてまいりましたし、総会でもお伺いしてまいりましたが、体系的にこのように書きまとめたものは初めてでありますので、この構造といいますか、構成について御意見があればぜひおっしゃっていただきたいし、その構成の中で、この点はつけ加えるべき、あるいは外すべきという御意見がありましたら、過不足論についてもお願いをしたいと思います。

  先ほどの基本法のほうで「新しい公共」ということがずっとあれになったのですが、そのための教育ですね。「新しい公共」教育というか、「公民」教育というか、これをこの素案で読み込みをするとすれば、8ページの終わりから9ページというあたりにないわけではないのですが、もう少し基本法につじつまが合う形で、この辺、一人一人が市民的意識とか、社会的意識に目覚め、新しい形で社会に責任を持って参画していくという在り方の教育ですね。「公民教育」というと、これも昔の手あかがついていますので、なかなか難しいですが、その辺を書かなくてはいけないのではないか。
  ここに「国家・社会の形成者としての資質を」というのですが、これはちょっと堅すぎるような気がするのです。こうやると何かまたものすごく肩が重くなっちゃって。それよりも、まさに「新しい公共」です。一人一人が社会的な責任に目覚め、市民的責任に目覚め、それから先ほどおっしゃったボランティアなんかも含めてですが、社会貢献の可能性を探り、そしていろいろな形で社会参画していく、そういう教育の在り方みたいな。これはワーディングのほうはお任せしますので、そういうことを思います。

鳥居部会長  今御指摘のことは、実は2ページの「これからの教育の目標」、下半分のところにも五つの「・」がありまして、その4番目の「・」に、さっきから議論になっている「『新たな公共』を創造し」云々というのが出てまいりますので、こことも連動しながら考えないといけませんので、おっしゃるように考えてもらうことにします。ありがとうございました。
  それから、考え方ですけれども、これは事務局の説明にあったのですが、私からもう1回、確認のために申し上げたいのですが、事務局はこうおっしゃったように思うのです。1ページの下から4行目の右端を御覧いただきたいのですが、「今後、本審議会の関係分科会において、計画に盛り込むべき政策目標や施策の具体的な検討を行う」と書いてありまして、ここで書いてある「関係分科会」というのは、中央教育審議会の五つの分科会を指しているわけですよね。そこにこれから球を投げる、お願いするということですね。

事務局  はい。この答申を踏まえて、基本計画の策定は教育基本法が成立後、政府として閣議決定をする。その段取りに向けて、具体的な施策のありようにつきましては、関係分科会で御議論いただきたいという流れを考えてございます。

鳥居部会長  というわけで、委員が最初にまず御発言くださいましたが、委員の御指摘になられた点も、たぶん五つの分科会のどこかでさらに詳しく議論することになると思いますので、その意味で、基本的な方向を今日は御示唆いただいておけばありがたいということであります。

  それとあわせて、初めにあります「日本人としての資質」、これはどの辺ですかね。

鳥居部会長  まず教育基本法に関係してきます。

  つまり、2ページで言いますと、「これからの目標」で「国際社会に生きる教養ある日本人の育成」というのが五つ目に出ているわけですが、これの敷衍したやつはどこかにありますかね。

鳥居部会長  例えば5ページの「個性、才能を伸ばす教育の実現」もその一部でしょうし、6ページへいきまして、「科学的素養を育成する教育」あたりが、それに関係してくるのではないでしょうか。それから、8ページの「豊かな心をはぐくむ教育の推進」というわけで、例えば、一部は初等中等教育分科会で御審議いただかなければなりませんし、一部は大学分科会で御審議いただかなければならないと、こういうことになるかと思います。

  やはり項目は出しておいたほうがいいと思うのです。これからの教育の目標ということで五つ挙げてありますから。確かに伝統とかというのがチラッとはどこかには出ているのですけれども、項目として独立させて、日本の伝統や文化の理解、継承ということが必要ではないか。独立した項目として出しておかないと、例えば今度初等中等教育分科会にいって、あるいは教育課程部会にいって、これからの小・中・高の教育内容を考えるときに、なかなかきちんとした位置づけにならないのではないか。
  先ほどの基本法の話でもそうでしたし、これからの教育の目標でも、これは割と大きな話なのです。国際性と日本人のアイデンティティ、これを両方バランスのある形でやらなければいけないでしょう。片方だけではいけないものですから。世界に開かれた新しい日本人としてのアイデンティティなものですからね。私は意見として言いますと、これをどこかで独立させておいてもらいますと、ありがたいなという意見です。

  それに関連して。冒頭に私は、「第2章」「第3章」をやった上で、「第1章」を見直すということを申し上げましたけれども、委員がおっしゃるように、逆に「第1章」から導かれるものがあるのだろうと思うのです。
  ちょっと感覚的で、具体の表現の照らし合わせではないのですけれども、「第2章」の基本法については、「第1章」を受けたという感じがかなりするのです。しかし、「第3章」の振興計画は、「第1章」を受けたという、今、例えば委員がおっしゃったような視点が、ちょっとどうかなという。これは感覚的な話で、具体に照らし合わせたわけではないのですけれども、そんな感じがいたしますので、そういう視点も大事ではないかと思いますので、一言申し上げたいと思います。

  質問ですが、3ページの「(3)」の最初の「○」の下から2行目のところに、「10年後の社会の姿を見通しながら」という言葉が出てくるのです。この「10年後の社会の姿を見通しながら」というのは、今日の資料1の真ん中の「第1章」に、「激動の時代への挑戦」というので幾つか項目が挙がっています。こういうようなことなのか。最初の頃に、「人材養成、教育の目標について」という資料をいただいたのですが、その中に「目指すべき社会」というのが入っているのです。それは文部科学省だけではなくて、ほかの省庁のも全部かかわってきまして、科学技術創造立国とか、持続的に発展し、世界をリードし、世界に貢献する国とか、いろいろ入っているわけです。そちらのほうも含めて言うのか、今日は時間がないですから、質問だけさせていただいておきます。

  2ページですけれども、これはトーンといいますか、基本的な考え方に属するものですが、「これからの教育の目標」というところに、「豊かな心と健やかな体」というのがあります。これはマイノリティ、障害を持った子どもたちに対してどういうような考え方だろうかと思うのです。
  教育の現場では、「健やかな体」といったときに、ハンデキャップを持っている子どもたちにどういうように対応するのかという部分が出てくるのです。ですから、これがもしも教育の目標だったら、もっと高いレベルで、それをもインクルードしたような表現で、人間教育があってほしいなという気がするのです。これはずっとそのトーンになっていますから、これはどうでしょうかということです。
  それとマイノリティの部分を包含したような目標ということがあっていいなという気がします。
  それから、これは感覚的で申しわけないのですが、この計画が5年程度というのですけれども、学校では大体6年とか、3年刻みというのが大きいのです。ですから、これは何かこういう考え方が出てこないかどうかという気がしてならないです。いつも計画を立てるときに、小学校の1年生が入ったら、6年まではこういう感じでいきますよという感じが出てきますから、そういうのも一つどうだろうかということがあります。
  それから、4ページの「教育振興基本計画に盛り込むべき施策」に、「確かな学力」とか「新たな教員評価システムの導入と成果」というのがあります。あるいはまた、「適切な優遇」というのがありますが、それはそれでいいとして、やっぱり教員の計画的な養成にもう少し力を入れていただきたいと思うのです。特に今、大学卒を中心にして考えていますけれども、将来、大学院、また、それ以上の学歴を持った者を、例えば校長とか、教育長に採用していく方向性も目指していくために、教員の養成については、そういう側面が生きていけるような計画があることは非常にいいことではないかと思います。

鳥居部会長  それは6ページの一番下に出てくるのですが、それとの関係でもう1回見てください。「優れた教員の養成・確保」とあるでしょう。それの具体的記述が7ページの上半分に出ていますので、そこも含めて議論していただいて。

  そうですね。いずれにしろ、ここには教員の評価としか出ていないものですからね。評価の前に、まず養成が先ではないかという気持ちなものですから、これを大事にしていったらどうかということです。
  5ページに、国語力のところがありますね。僕は外国語の力をもう少しつけていくことも、今後、大事ではないかと思います。そういう意味では、ここにもそろそろそのような考え方を入れていかれたらどうかという気がいたします。以上です。

  計画という以上は、評価が大事になってくると思います。この中にも4ページに「厳格な政策評価」があり、8ページに「学校評価」、13ページに「大学評価」とあるのですが、この関係はどうなのですかね。教育政策の評価は大事で、文科省でやっておられるようですけれども、教育活動や教育事業の大部分は地方公共団体や学校法人がやっているわけでして、文科省の政策の大部分は完結しないでいるわけでございます。その完結しないものを、そこでちょん切って評価するのか、それとも末端までいった国全体のトータルな評価をするのか、そういうことが果たして可能なのかという疑問もございます。
  それから、大学評価の場合にも、これは大学評価・学位授与機構が国立を対象とされるのだと思いますけれども、圧倒的大部分を占める私立大学の評価は、大学基準協会がやるのでしょうか。設置者ごとに評価機構が違っていて、全体的な比較ができるのかどうかということもあります。
  それから、小・中・高校の学校評価は、ここに学校評価と挙がっていませんが、具体的にどういうふうにやるのかということがあまり書かれていないので。
  そういった大学評価、学校評価、あるいは政策評価の問題と、その三つの評価のつながりはどういう関係になっているのかということも明らかにしていただかないと、これは普通の人はわからないのではないか。
  もう一つは、10ページに見出しで、「家庭の教育力」「地域の教育力」が重要だということが書いてあるのですが、これも一応もっともなようには思いますが、一体、「教育力」というのは何か。これは教育関係の辞書を引いてみますと、どこにも出ていないのです。「自己教育力」というのは出ている辞書もあります。これは文科省が「自己教育力」というものを政策に取り上げたので、入ったのだと思いますが、「家庭の教育力」とか、「地域の教育力」という項目がない。『日本の教育力』という本がございますが、これを読んでみても、これは心理学者が書いているのですけれども、教育力とは何かという定義が全くない。非常に魅力的な題ですけれども、中身は違うわけでございます。一体、「家庭の教育力」「地域の教育力」というのは何を指すのか。これを英語で言ったら、「教育力」というのはどういう表現になるのか。
  また、「学校の教育力」というのは普通言わないのです。「学校の教育力」と言わないのに、何で「家庭の教育力」「地域の教育力」と言うのかというところがわかりませんので、御存じでしたらお教えください。

鳥居部会長  二つの大きな質問が出ましたが、前の御質問の学校に対する評価については、特に初等中等教育に関する学校の評価については、これから初等中等教育分科会で審議してもらうことになると思います。それから、大学分科会が既にある種の、第1回目の結論は出しています。
  それから、小中学校と大学等の高等教育段階の学校の評価の総合的なということをおっしゃられたのですが、どういうことになるかはまだわからないのですが、確かに総合的な評価というのは何かありそうな気もしますので、これは分科会にお願いして、これから審議していただくときに、一つの分科会だけに球を投げてもだめだという御指摘だと受けとめておけばいいと思います。

事務局  お手元の厚いほうの資料でございますけれども、ファイル関連資料というのを繰っていただきますと、8月5日の「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」という答申が入っております。その中に、現段階での中教審としての考え方が整理されております。

鳥居部会長  大ざっぱにわかりやすく言うと、国立大学については、学位授与機構が評価をすることが決まっている。それから、大学基準協会というのは昔からあるから、そこが既に半ばある種の評価機関として存在していることもお互いに認めていて、そこが評価するのは結構だと。それに加えて、ロースクールに関しては、評価機関が名のりを上げて当局が認証すれば、その評価機関の評価はオーソライズされた評価として意味がある。
  それから、一般の大学に関しては、たぶんそういうものの応用問題として、これからいろいろなことが行われることになるだろう。評価機関として名のりを上げる準備をしているところが、仄聞するところによると二、三あるというのが現状と、これでいいですか。

木村副部会長  これから行われる評価は、大きく分けて二つになると思います。一つは、国立大学が独立行政法人化後に、国立大学評価委員会が行う評価です。この評価では、法人の活動のすべての面、つまり財政、施設、研究、教育等について評価することになります。このような評価は先行法人について既に行われています。しかし、国立大学については、数が99もあり、大学の間で、研究と教育については大学評価・学位授与機構の評価を尊重するということになっているのです。これが、独立行政法人としての評価です。
  この度、新しい法律ができまして、すべての大学が認証評価を受けなければならないということになりました。認証評価を行う機関としては、鳥居会長がおっしゃったように複数あっても良いということになっており、大学評価・学位授与機構も一つの候補でありますし、大学基準協会もまた、一つの候補であります。さらに、私立大学協会で検討されているやに聞いております評価機関も候補の一つであろうと思いますので、委員の御発想と違って、すべてをある一つの尺度で見ようという考えではありません。これはいわばアメリカ流でありまして、いろいろな評価機関があってもよろしい。そのような状況の中で、適格認定、認証されたものについて、国民が判断するという立場です。我が国はそういうふうな方向へ行こうということですから、少なくとも高等教育機関については、全部同じ尺度で評価するという考えではない。ただ、国立大学については、独立行政法人としての評価を受けなければいけない、こういうことだと思います。

鳥居部会長  ありがとうございました。

事務局  初等中等教育の評価は、8ページ目に項目を立ててございますが、小・中・高等学校、幼稚園などにつきましては、この4月から学校設置基準を改正して、自己点検、自己評価がスタートしておりますので、行政の役割としてはここに学校の評価の推進という位置づけにしてございます。
  13ページのところの高等教育については、今、木村副部会長から御説明いただいたように、既に評価制度が定着してきて、多元的な評価システムの導入という段階にきておりますので、行政の役割としては導入整備という位置づけにして、そういう形で評価をしていきまして、全体の政策評価というのは文部科学省が自ら取り組む政策評価になりますので、そこは実施という形で、計画上は位置づけてございます。

鳥居部会長  それから、先程委員は、もう一つ、大事な問題を提起されておられまして、「教育力」という言葉は聞いたことがなく、辞書に載っていない言葉なのだと。教育学の辞書には乗っていない言葉なのかもしれませんが、これはまた事務局でも、どういう意味であったかということは検討してもらいますけれども、先ほど来の議論を踏まえますと、教育の中身には訓育という側面と、学習をサポートするという側面と、才能を伸ばしてやるという側面があって、さらにその先を読むと、一人一人の人間が自立していくのをサポートする、それから社会の一員となっていく、ソーシャライゼーションのサポートをしてやるという意味とがあって、今、五つ言いましたが、そういうことをしてやる能力が高まっていかなければいけない。我々はそういう能力を、社会的にも、学校としても、家庭においても、地域社会においても高めていかなければいけないという心で書いているつもりなのです。それを「教育力」というたっら3文字で表現していいかと言われると、詰まっちゃって、何とも言いようがないので、後でこれは研究をしてもらうということで、宿題としてお預かりする。表現を今私が言ったような表現にさせていただくかもしれないし、とにかく皆さんに意味を理解していただくことが大事ですから、お預かりということで。

  厳密に言うと、会長のおっしゃったようなことになるのかもしれませんが、「教育力」というのは教育界では年中使っているわけですね。「家庭の教育力」「地域社会の教育力」。言葉のほうが先にいっていますから、定義は別に厳密に定義して使っているわけではないので、およそのコンセンサスは得られているのだろうと思います。辞書にないとか、あるいは心理学にないというのは、それは古いのであって、一々厳密にやる必要はないのではないか。

  「教育力」で、あるいは妥当なあれではないかもしれません。私はこう思うのです。「教育力」という言葉を使うから、話が空転するところがあるのです。私は、「地域の教育力」と言われて、いつもわからんのです。一体何のことだろうと思うのです。例えば、私の住んでいる隣近所に、地域が成立しているかどうかと、まずそう思いますね。では、近所に子どもがいるけれども、どういうふうにするのが「教育力」なのだろうかと思いますでしょう。家庭は、まだ親が子どもをどうするかということでわかるけれども。
  あえて言います。この10年ほど文科省が使ってこられた言葉の中には、空転しがちなね。イメージ論としてはわからぬわけではないけれども、逆に言うと、イメージでわかってしまうから、実態と全然かみ合わない。言葉だけで空転していく。よく言う地域と学校と家庭の連携というのもそうです。一体、何のこっちゃ、というのがね。例えば学校に具体的に言ったときの話になるわけです。地域の有力者が校長に文句を言えば、それが地域と学校の連携なのかという話になるわけでしょう。
  そういう意味では、今、委員がおっしゃったこともよくわかるのですが、「教育力」と使ってはいけないとも私も思わぬけれども、もし空転しがちな言葉があれば、それはできるだけ避けて、もう少し具体的に地域でこうしてほしいと。よその子どもでも注意してほしいとか、そういうのがありますわね。例えば、それがもし皆さんの頭にあれば、そういうことを言ってほしいとか、あるいは地域で子どもたちを連れて、何家族も連合して子どもたちを連れて、例えばいろいろな野外活動をするのがいいとかということであれば、わかりやすいと思うのです。私はそのように思います。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  大体こういう感じで、事務局に次までに検討してもらいたいと思います。

  これは振興計画ですよね。その中でぜひやっていただきたいのは、進路指導なのです。進路指導は今までどちらかというと、率直に言って受験指導にすぎなかったので、学力もそうですが、もっと幅広い能力を発見して、仕事場につなぐというか、つまり、仕事で人生を送る人が多いわけです。その辺、厚労省とか、産業界とか、様々なところと連携しながら、子どもたちを見守っていくような進路指導の体系を振興していただきたいとぜひ思います。

事務局  資料3の6ページの三つ目の「○」として、「将来の生き方や職業を主体的に選択・決定できるようにするためのキャリア教育の充実」ということを位置づけてございます。

鳥居部会長  資料3についても、資料2の6ページのような書き方のほうがいいのですね。

  これは大きいのですね。勉強だけできても、社会に適応できないのがいっぱいいますから。

鳥居部会長  これはぜひ検討させていただこうと思います。さっきも御紹介しましたけれども、イギリスの教育法とか、フランス教育法、ドイツ教育法は、書いてありますのでね。全くおっしゃったとおりのことが。

  4ページのところで、中ほどの大きい「3」のところですが、「計画に盛り込むべき主要な施策としては、例えば」とあります。これは私も総花的に書くよりは、ある程度重点を絞って書くという意味合いにおいては賛成ですが、これは例示されているのを見ますと、学校教育ないし学校のことばかりなのです。これが重要な要素であることは私もわかりますけれども、これは例示ですが、あたかも学校教育だけのことをやるのかという印象があるので、何の例がいいかわかりませんが、学校教育以外のことも何か大きな柱一つくらい載っけておかないと、学校教育のことばかりではないかと、こういうふうになってしまうのではないだろうかと思いますので、御検討いただければと思います。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  さきほど、「第2章」を審議したときの最後のころに、教育基本法の第4条第2項に触れたのですが、「第3章」にも関連のある問題が出てきます。7ページの「○」印の下から3番目に、「義務教育費国庫負担制度の見直し」というのがあるのです。
  これはさっきも誤解されては困るお話としてお話ししたのですが、義務教育費というのは無償とすることは憲法第26条で最初から決まっているわけです。ただ、義務教育費の国庫負担制度の見直しというのは、義務教育費を無償しているうちのどの部分を国庫負担とし、どの部分を地方の負担に割り振るかという話をしているわけですけれども、どうもいろいろな人とお話をしてみたり、あるいは一部のメディアの報道を見たりすると、一部国庫負担制度をやめるのだとか、あるいは義務教育費の無償というのをやめるのだと言わんばかりの議論も少しずつ散見されるようになってきて、そうすると、これは憲法改正の話までいってしまうので、そうではないのだということをここで確認しておきたいと思います。
  そうではなくて、あくまでも憲法に書いてある、義務教育費無償という我々の国家が今とっている方式は、少なくともこの審議会の審議の場では変えない。その中でということだと思います。
  読んでみると、7ページの上の文章の中には、それらしき説明がちゃんと出ているのですが、そこを読まないで、列挙型のところだけ読まれちゃうと非常に危ないという感じがします。

  今、会長が言われたので、7ページと6ページの関係ですね。6ページに、地方分権が進む中の柔軟性で、例えば今、40人学級です。各都道府県の判断で、もっと少人数学級ができるようになっています。ただ、実際にやられていく幾つかの県、30県近くありますけれども、それぞれ各自治体は、自分たちの財政能力に応じてやっているわけです。例えば30人のところもありますし、38人もありますし、また、学年を1学年だけにしているところと、2学年にしているところとか、実際にそういうことがあります。
  では、機会均等なり、あるいはこういう条件が果たして平等に保障されるだろうかという部分が実際あるのです。しかし、まだ全く40人学級をとっていない県もあるのです。見ていると、豊かだなと思いながらも、それをやっていないというのもあるのです。ですから、そういうことになってくると、今の話はよくわかります。国が負担するのと地方が負担するのがありますけれども、ナショナルミニマムといいますか、一定程度、この程度は保障するのだというのがなければ、各自治体によっていろいろ違いが出てくるのではないか。先ほど委員も、経済界がいらっしゃらないとおっしゃったのですが、オプティマムというのはどの程度のことを言うのか。質的な転換まで図っていくというのか、この辺の部分を私は危惧しているところです。
  ですから、ここで言っている「地方分権の進む中で」というところですね。これが果たしてどの程度のものを国が保障し、あるいはどの程度のものは各自治体に任せ得るのだということができるのかどうかということで、今、既に幾つかやっている自治体の中では、少人数学級がまちまちになっているのです。そういうことでいいのだろうか。あるいは、それは国の今のナショナルミニマムという考えから、ある程度容認できる範囲なのかどうか。率直に申し上げて、財政困難なところではやるにもやれない。特に、ある教育長からお聞きしたのですけれども、正規職員で採った場合、子どもたちが減っていくという過程では、なかなか踏み切れないということもございまして、これは長期計画を立てていく中で、きちんとした考え方も出していただきたいと思います。

鳥居部会長  委員が御指摘の問題は、先ほど来繰り返していますけれども、イギリスが経験した問題ですからね。要するに、サッチャーが1980年段階で見直してみたところ、1944年教育法のとおりずうっとやってきたら、地方分権が行き過ぎて、今おっしゃったような現象が起きている。ナショナルミニマムが保障されなくなっている。だから、地方の教育当局に何もかも任せるわけにはいかない。ナショナルミニマムというか、ナショナルカリキュラムとか、そんなものをもう1回カムバックさせるために、サッチャーさんは改革をやり直したわけです。これは大きな問題ですね。

  そのことをどこか理念として一つ書いておいたらどうですか。つまり、今、ナショナルミニマムか、ローカルオプティマムかというのは、とんでもない二者択一だと思います。教育というのは、ナショナルミニマムはやはり必要なのです。しかし、その上で、柔軟な制度の中で、それぞれの地方ごとにオプティマムなものを求めていく。両方とも必要だろうと思うのです。ただ、規制緩和の中で、いわば二者択一論という不毛な発想がどうもあるような感じがします。会長がおっしゃったことを、どこか一つ書いておかれたらどうでしょうか、理念として。

鳥居部会長  検討したいと思います。

  教育設備施設の問題です。一般教室の冷房のお話も文部科学省から出ましたから、なかなか意欲的だなという感じもしますけれども、耐震性の問題ですね。今の耐震基準からすると危ない校舎が、既に何%かありますね。65%、あるいは70%あるのではないでしょうか。これをいつどういう形で改築していくのかという場合に、非常に困難なのは、例えば国が3分の1を補助する、あとの3分の2は各自治体、設置者が責任を持つということになったら、3分の2の金がないために、国から3分の1が出ても改築できないという現実があるわけです。
  ですから、それは単なる文科省だけの問題ではなくて、国の施策として学校の子どもたちに安全な校舎を与えるということは、何らかの形できちんとできないだろうかと思うのです。これは国も金もないと言われている中では、政策選択の問題だと思うのです。いざといったときに学校が避難所になっている。危険な状況の中で避難してくるという、これは施策としても緊急を要する課題ではないかという気がしてならないのです。こういう視点で、援助の在り方、あるいは増改築、あるいは緊急に対応すべき課題については、特別な予算を組めるという国のシステムがあっていいのではないかという気がしてならないのです。

  12ページ以降の「『知』の世紀をリードする大学改革の推進」というところで、どういう方針なのかということを逆に教えていただきたいと思っています。14ページ、この辺に書かれていることは、比較的簡単にすぐできる、それでも難しいかもしれませんが、例えば国際化というところに、英語が4ヵ所も出てくるわけです。国民全体の英語力の達成、国際社会で活躍できるコミュニケーション能力の向上、英会話活動の英語教育、中・高・大学における英語教育と、こう英語教育が四つぐらい並んで出てきて、すごく重要なのは全くそのとおりであると思います。
  12ページを見ても、「大学間あるいは内外の……」、この「内外」をどう読むのか。国の内外なのか、よくわからない。「……研究機関との間の人的交流」というのは、たぶん日本の国の中での大学あるいは大学外のところとの人的交流だろうと考えるのです。
  海外のトップの大学の大学院を考えてみると、本当に優秀な大学院生をどうやって世界中から集めてくるかということをものすごく熱心にやっているわけです。自分たちから探すぐらいの努力をして、非常に優秀な人を大学院生から集めて、その人たちが大学に残って、あるいはあちこちに行って力となっていくわけです。
  つまり、留学生の交流とか、そういう短いスパンのことではないことに対して、日本がどれだけ国を開いていくのかというのは、非常に大きな政策だと思うのですが、それがあまり見えなくて、割と閉じて、日本という国があって、日本人はもうちょっと英語がうまくなるようにしましょう、日本人はもうちょっと留学生と交流しましょうという、割と簡単にできることが書いてあるのですが、本当にそれでいいのか。
  それとももっと何か踏み込んでやっていかなくてはいけないのではないかという気がするのです。そういう感じがあまり感じられなくて、割と簡単にできそうな、英語を小学校からやりましょうとか、そういうことだけでは、たぶん「知」をリードする大学改革とか、大学院教育の改革とか、あるいは研究とか、そういうことはできないのではないかという気がします。それがそこここに感じられますので、ちょっと意見を申し上げました。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  非常に大きな問題を指摘してくださったと思いますので、委員の御指摘はぜひ受けとめて、次回にはここがもっと気宇壮大な書き方になっているように、工夫させていただきたいと思います。我々が普通にアメリカの大学院に迎え入れてもらって、ごく当たり前にアメリカの大学に溶け込んで仕事をした、そういう経験を持っている人たちから見れば、日本ってまるっきりお粗末過ぎますから、それでは日本の将来はないという。

  トップの人に来てもらう努力をしているということなのです。数ではなくて、クリーム・オブ・ザ・クリームの人が集まってくるようなところになるということが、また、そういう人の力をかりることが、お互いにいい。その人たちも日本に来たことが「いい」と思ってほしいし、日本もそれで良くなるということではないか。閉じてしまっていては、たぶん遅れてしまうのではないかという気がいたします。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  それでは、このあたりで「第3章」についての御審議は、今日の分は一旦打ち切らせていただきます。ただ、先ほどから繰り返していますように、次回また、事務局から、修正版が出てくると思うので、御審議いただくという形になると思います。
  最後に「序章」ができていますので、「序章」にお目通しをいただいて、御意見をいただいてはどうかと思います。
  これも事務局から御説明をまずお願いいたします。

事務局  全体の構成につきましては、先ほど資料1を広げていただいたところで、9月に「第1章」の御議論をいただいたときに、全体として教育基本法の改正の必要性が、国民の方々にもっとはっきり、明確にわかるようにしてはどうかという御議論がございまして、「第1章」の「まえがき」という形で工夫をしておりましたが、会長、副会長の先生方と御相談をして、これは序章として、全体にまたがる事柄として、「第1章」の骨格と「第2章」の教育基本法の見直しの必要性を明確に「序章」に位置づけてはという形で、骨子案を作成してございます。
  1ページ目の最初の「◎」が、中教審の審議につながっております教育改革国民会議で教育基本法見直しの観点として3点の提示があったこと。
  二つ目の「◎」で、本中央教育審議会におきましてということで、21世紀を迎え、教育基本法の改正に当たり、「1」から「6」という形の社会の大きな変化、流れをつかまえたということで、「1」が「日本社会の再生」ということ。かなり明確に問題点、課題を指摘すべきではないかということを踏まえた形で、四つの「○」で構成されてございます。
  「2」番目が「グローバル化の進展と国際的な大競争時代」、「3」が「『知』の世紀への対応」、「4」が「少子高齢化による社会の活力の衰退」、「5」として「心の危機」という形で、大きな社会の変化、流れをつかまえた上で、次のページの「6」として「教育再生への挑戦」という形で、教育につきましては、「保護者の期待に真に応える学校教育の確立」「子どもの学ぶ意欲、規範意識、勤労意識、体力の向上」「過度の平等主義から脱却し、社会の変化に対応する学校教育の改革」「世界的な大競争時代に対応する人材を育成する大学改革」「外国語を使える日本人の育成の必要性」「学校完結型から生涯学習社会への転換の必要性」「家庭、地域社会の教育機能の再生」などという形で、整理をさせていただいております。
  次の「◎」といたしましては、「危機に直面する我が国社会が、創造性と活力に満ちた豊かな社会として発展を続けるため」ということで、行政あるいは司法などの社会全体の大きな改革と一連のものとして、21世紀にふさわしい国の形の再構築を図るということに教育改革を位置づけるべきという形での議論を整理させていただいております。
  最後の「◎」として、第2章に掲げました教育基本法の見直しの必要性の六つの項目につながるという形で、「序章」を構成してございます。
  以上でございます。

鳥居部会長  これも何度も何度も書き直したり推敲したりしてくださった結果でございます。その過程では、皆様からいただいた御意見を十分取り入れたと事務局も私も―木村副会長にも随分御努力いただいて、御指導いただいたわけですが、推敲したものでございます。
  ちなみに、今まで出た議論の中で、我々がこれを書いてもらうに際して一番気にしたのは、すべてネガティブな表現で国民に危機を訴える訴え方も一つある。しかし、そうではなくて、前向きにこういう国にしようではないかという訴え方で書き直してみたらどうなるかということでやったのです。やったことはやったのですが、それでも「危機」という字が3ヵ所ぐらい出てきてしまうという結果になっています。そんなことも踏まえて、今日のところでもし御意見をいただければと思います。

  これは伝え聞いているだけで、私が直接聞いたわけではないのですけれども、たぶん昭和20年代の教育基本法案での話だろうと思うのですが、ギリシャ哲学を専攻なさっている田中美知太郎先生が大学紛争の頃、文部省の方に「よき政治がよき教育をつくるのではない。よき教育がよき政治をつくるのだ。ところが、ギリシャは最後、それを間違ったから、国が滅びた」といわれたそうです。やはり「序章」では、「よき教育が国をつくっていく」ということを、平凡かもしれませんけれども、頭の一番いいところで言っていただきたいというのが希望です。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  どういう表現がいいですか。今のような表現ですか。

  いやいや、表現はどういう表現でもいいのです。

鳥居部会長  でも、今おっしゃっていただいたような言い方のほうがよくわかるのですかね。「国家百年の計」ではかえってわからない時代がきちゃっているのでしょうかね。どうでしょうかね。
  大事な御指摘をいただきました。ありがとうございました。
  そのほか、いかがでしょうか。

  この「序章」は、「第1章」と「第2章」の「序章」という意味ならわかるのですけれども、「第3章」との関係で、つまり、この「序章」は基本法のことだけ言っているのではないかという気がするのですが、そうではない。それでいいのでしょうか。つまり、最後のほうに、振興計画の策定というのがありますけれども、これは基本法の改正としての事項として載っているので。その辺はどうなのでしょうか。

鳥居部会長  そう読めば読めるかもしないのですが、要するに構造図では……

  それでは全体の「序章」ですね。

鳥居部会長  そうです。

  しかし、中身を見ると、基本法の「序章」になっているのですね。いや、中身が悪いとかいいとかでなくて、構成上の話です。

鳥居部会長  ちょっと検討しましょう。

事務局  最初に「第1章」の「まえがき」というところを書き込んでいたところを、「第1章」から外れるというか、「第1章」「第2章」にまたがるということで、今、「序章」という形で位置づけてございますが、委員がおっしゃるとおり、「第3章」のところはあまり明確にここには位置づけがないというのが実態でございます。

鳥居部会長  これはどうでしょうかね。これが頭にくっついていて、「第1章」がきて、「第2章」がきて、今、これを横に書いてあるからあれなのですが、「第3章」がくる。縦にずっとつながっている3章ものの中間報告を考えているわけです。それの「序章」としては、基本法に偏っていると。

  どうでしょうかね。感じ方の問題ですけれども、私にはそういうふうに感じられるのです。

鳥居部会長  振興基本計画については、2ページの一番最後に出てくるので。何かうまい方法でちょっと整理しないと。再整理ですね。

  せっかくここまでまとめられたものですから、御活用されたらいいと思うのですけれども。

鳥居部会長  ありがとうございました。そこのところは検討させていただいて、来週までに。

  「第3章」の内容構成を、「序章」「第1章」「第2章」ともう少し平仄を合わせていただいたほうがいいのではないかと思います。その辺もあわせて、これがうまくいくかどうかあれですけれども、御検討いただければと思います。

鳥居部会長  ありがとうございました。
  それでは、今日は、「第2章教育基本法の在り方について」「第3章教育振興基本計画の在り方について」、全体の「序章」になるであろう部分について御審議をいただきました。今日は何にも最終結論を出したわけではありませんで、むしろ来週に備えての徹底審議をしていただいたということでございます。
  今日は、河村副大臣、池坊大臣政務官がおいででございますので、少しお話をしていただきたいと思います。
  それでは、河村副大臣から、御挨拶を兼ねて少し御意見を……。

河村副大臣  どうも皆さん大変長時間でお疲れでこざいました。私、公務出張をいたしておりまして、途中から参加をさせていただきまして失礼をいたしました。
  このたび、小泉内閣の改造に伴いまして、私、副大臣としては2度目でございます。また、総括政務次官を入れますと3度目の務めになるわけでございますが、皆様のお仲間に入れていただくことになりまして、改めて教育基本法をはじめ、振興基本計画等々、皆さんが大変な時間をかけながら御努力いただいていることに、まずもって心から敬意と感謝を表したいと思います。
  実は私は、自由民主党のほうの教育基本法に関する特命委員会の事務局長も今までいたしておったわけでございまして、党側のほうでこの問題についてはいろいろな議論を踏まえてきたわけでございまして、それとのすり合わせといいますか、そんなことも感じながらお聞きしておったわけでございます。この中教審基本問題部会の先生方は、突っ込んだ議論をされておるということを認識いたしました。我々のほうはどっちかというと、外部からいろいろな方々に来ていただいて、思い思いにいろいろな話を聞きながら、日本のこれからの在り方についてお互いに考えてきたわけでございます。
  今、党内では、どちらかといいますと議員同士がお互いにフリートーキングするような形になっておるわけでございますが、中教審基本問題部会もここまでお詰めになって、いよいよ一つの報告の形がだいぶ出てまいりました。党のほうもかなりペースを早めて、議論をある程度まとめていかなければいけないのではないかと、このようにも思っておるわけでございます。
  私自身、最初は中曽根文部大臣のときの総括政務次官でございまして、あのときにまさに小渕内閣で教育改革国民会議、私的諮問機関ではありましたが、その中で広範な教育に対する議論がされて、一つの方向として、教育の根幹である、教育の憲法と言われる、新しい時代の教育理念を打ち立てる必要があるのだということで、一つの結論が出されておったわけでございます。それを受ける形で、森内閣において、中教審への方向づけがされたわけでございます。そのときも私は、町村大臣の下で副大臣をしておったわけでございますが、いよいよ今回、遠山大臣の下で、皆さん方へ諮問をお願いをする。そして、その議論をしていただくというところにきまして、私またここへ帰ってきたわけでございます。
  今回、副大臣を受けるに際しまして、特命事項といたしましても、教育基本法の見直しという事項も入っておりまして、私自身も非常に責任を感じておるところでございます。確かに昭和22年3月の教育基本法、今日使われている教育基本法の成立の経緯等を見ても、ある意味では非常に重たい、また、重要な法律でもございまして、これを見直すことは、教育の大きな転換期にきているという意味で、この基本問題部会は大きな役割を担っておられると思っております。
  我々自民党議員の中で話しても、いろいろな議論はするのでありますが、さあ、いざまとめるとなると、なかなかこれはそう簡単に右から左にいくことではないぞという意識は、やはり皆さんそれぞれお持ちでございます。しかし、今の教育の現状を見るときに、教育の基本といいますか、我々が危機感を抱いている教育に何が欠けているのだろうかということは、みんなで考えなきゃいかんという思いを強めておるわけでございます。
  先ほど委員が、奇しくもといいますか、的確に御指摘をなさいましたが、成立のときの田中美知太郎先生のお話は、まさによい教育がよい日本をつくるし、その中にやはり政治も含まれているわけで、それを聞きながら、政治のいろいろな問題について、逃げ道をつくっていただいたような気もして、ほっとしながらも、しかし政治にも大きな責任があるということは免れないわけでございます。
  そういう意味で、今回は、この問題はある意味では大きな政治的な問題も確かに含んでおると思うのです。今日は池坊大臣政務官も御一緒でございますが、与党を編成いたしております公明党においては、まだまだこの問題について真正面から取り組んでおられない面もございます。政務官がここにおいでになって、この議論をお聞きになりながら、この問題の重要性を認識していただく重要な役割を担っておられると思います。与党の中でもやらなければいませんし、この問題は既にイデオロギーを超えてやらなければいけない問題であると思っております。ここまでお詰めいただいて、これからいよいよ一般の国民の中で議論をしていくことが大事になってきたと思っております。
  特に「新しい公共」という言葉が出ています。これを国民にどのような形で説明をするのかということで、恐らく今日もいろいろ議論があったろうと思います。確かに公の気持ちといいますか、そういうものが―小渕総理がいみじくも教育改革国民会議の皆さんに、池田潔先生の『自由と規律』をお渡しになって、そういうことを特に説かれたと聞いております。そういう面が日本の今の我々に欠けているし、日本人としてどう生きていくべきかということが問われておると思います。
  私も4人の子どもを育ててみて、いずれも大学生以上になっておるわけでありますが、全部うまいこといくというわけにいきませんで、個人差もありますし、いろいろありますが、相対的に見ていて、我々のとき以上に自分中心になっておるということを本当に感じるわけであります。これは戦後の教育のある意味では成果であるし、しかし考えてみたら、日本だって戦後、一国平和主義と言われるように、日本の国自体が自己中心になっておったわけでありまして、必すしも子どもを責めるわけにはいかないという思いもいたしながら、そうは言っても、このまま放置はできない。やはり基本から考えていく必要があろう。その意味では、国民全体の意識改革が必要でありますから、そういう意味で、教育基本法を見直すということは、いい意味での国民に対するショック療法といいますか、そういう言葉を使っていいかどうかはあれでございますが、一つの大きな提言になるし、国民全体でもう1回日本を考え直そうということにつながっていくだろうと思うわけでございます。
  そういう意味で、この基本問題部会をはじめ、これからの時代でありますから情報公開ということで、一般にも公開の意味を込めて、マスコミの皆さんがいつも参加をされておるそうでございます。そこで、マスコミの皆さんにもしっかりお願いをしなきゃならんのでありますが、これは日本の21世紀といいますか、これからの日本にとって非常に重要な課題をここで議論されておるわけであります。今日の新聞を見ても、「愛国心」という言葉がバーンとくる。それは確かに今までなかったことをやるのですから、いいですけれども、そのことだけをここでやっているわけではありません。そう見ると、国民はどう思うかというと、また何かそういうことをやっているのかというふうなイメージになりかねない。そこのところは、確かにニュース性としてはそうかもしれないけれども、この問題は非常に大きな問題でありますから、日本の国をどうするかという方向でありますから、そのところはぜひしっかり見据えた上で、お扱いをいただきたい。しかし、ある意味では大きな話題を提供していただくことは大変意義のあることだと思っておりますので、このオープンにした協議の中で、的確なとらえ方をぜひしていただきたいと思います。
  文化審議会のほうで、岡田冨美子先生の詩のことも紹介されておりました。日本が戦後、ある意味では疲れてきた、そしてもっと自信を持たなきゃいけないということが、詩になっていることを、新聞に取り上げていただいておりました。まさに今の日本はそういう状況にありますから、もう一度元気のいい日本を取り戻すためには、よき教育だ。これはまさに国民の皆さんがそう思っていると思います。
  もう一つ、振興計画もあるわけでございます。小泉総理が「米百俵」のお話をなさったときに、これはまさに教育の問題であって、もっと平たく言えば、教育投資の話なのであって、私はこれはいいなと思ったのですが、反面、ややもすると方向がちょっと違うほうへ使われているような気がするわけでありまして、これからはまさにその方向へ行かなければいかんと思っております。
  そういう意味で、今、最後の大詰めにきておるわけでございますが、ここまで議論をお進めいただいて、一つの大きな方向を出していただいて、私も今日拝見をして、よく今の現状をとらえて、また、これからの方向を打ち出していただいていると思います。あとはこれをどのようにまとめ上げて、できてきたものが、国民にとってわかりやすいものでなければいけない。ストンと胸に落ちるようなものでなければなりませんから、それをどのような形で表現していくかというのは、なかなかこれまた容易なことではございません。我々議員同士で話しているのは、日本の名文家と言われる人たちに何人か集まっていただいて、ひとつつくっていただいたらどうだ、とても我々の手にはいかないぞなんていう話もいたしておるわけでございます。
  そういう意味で、国民に理解され、そして支持される、立派な新しい教育基本法ができることを私は切に祈っておるわけでございますし、私もその責任の一旦を担って、皆さんと一緒に努力させていただくことを大変光栄に思っておるところでございますので、どうぞよろしくひとつお願いをしたいと思います。ありがとうございました。

鳥居部会長  どうもありがとうございました。
  では、池坊政務官、どうぞお願いいたします。

池坊政務官  このたび再び政務官のお役をいただくことになりました。皆様方には御熱心に審議をしていただきまして、本当にありがとうございます。
  私も時間が許す限り、いつも審議会には出席させていただいております。教育の憲法でございますから、極めて重要な改正だと思っておりますので、私個人は拙速にならないように、慎重にきめ細やかに、丁寧に御審議いただけたらと考えております。
  それとともに、この審議会の審議がひとり歩きをしないようにという思いもございます。私、今朝新聞を見まして、2点のことを感じました。
  1点は、法の見直しを行うべきとの結論に達したと書いてあって、私は出席をいつもいたしておりますが、その方向で審議はされているけれども、いつその結論に達しちゃったのかなと私は思いました。
  もう1点は、先ほどからいろいろな方々の御意見にございましたように、私も国を愛する心を持っておりますし、次の世代にはそれを持ってほしいと念じておりますが、それが「愛国心」と書かれると、私は何となく違うなと、新聞を見て思いました。お便所がトイレになって、私はにおいも消えたし、清潔にもなったと思っている人間で、率直に申しますと、文言によっては極めて怖いというか、危ういという思いをちょっと感じているところでございます。
  また、保護者の84%が教育基本法の内容を知らないという現実を踏まえましたときに、教育改正が必ずしも国民の盛り上がりの中での改正でないということを考えて、盛り上がり、みんなの理解を得ることが必要なのではないかと考えております。「序章」の中に、日本の教育は危機に瀕しているとの認識のもとに、教育基本法を見直すと書いてございますけれども、先ほど何か困っている点があるのかというお話がございました。今の教育基本法の中で、何一つ困っている点はないと思います。ただ、21世紀を見据えたときに、足りない点があるのかと言われたら、足りない点はあるのだと思います。ですから、その危機が、今の教育基本法のために危機に瀕しているのでは決してないであって、学校教育、様々な教育の荒廃は、教育基本法とは何ら関係はないと思います。その辺はきっちりと分ける必要があるのではないかと考えております。
  先ほど耐震のお話が出ましたけれども、今、私どもの党では、3分の1を2分の1にしたいという議員立法を検討中でございます。皆様方とともに、これからいい方向に向けて、それぞれ努力していけたらと考えております。
  これからもよろしくお願いいたします。

鳥居部会長  どうもありがとうございました。
  それでは、最後に事務局から、今後のスケジュール、特に公聴会の件も含めてお願いします。

事務局  資料6と7を御覧いただきたいと思います。
  資料7のほうに、今後のスケジュールとして、基本問題部会は、来週の木曜日、24日、午前10時から1時までということで、この同じ場所で開催の予定でございます。
  その後、総会につきましては、30日の水曜日、午後2時から午後5時という形で設定をさせていただいております。
  今、会長、副会長と御相談しているところでございますが、中間報告をいただく際に、もう一度11月の中旬ぐらいに総会を開いていただいて、そこで中間報告をお出しいただくという予定になるのではないかと、今、準備をしているところでございます。
  それを踏まえまして、資料6の「一日中央教育審議会」につきましては、まず中間報告に対しまして国民の方々の幅広い御意見をいただこうという趣旨で、そこにございます11月30日の土曜日、12月7日の土曜日、14日の土曜日と、東京、福岡、京都という形で、全国3ヵ所で地方公聴会を開催することにつきまして、9月30日の総会で御了解をいただき、準備を進めてまいりまして、その結果、本日から意見発表者の方、それから傍聴者の方の募集を開始させていただくということで、この資料で準備を取り進めをさせていただきたいということで、御報告申し上げます。よろしくお願いいたします。

鳥居部会長  ありがとうございました。今日はこれにて散会をさせていただきます。