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参考資料2 義務教育特別部会(第1回~第9回)における主な意見

1.子どもの現状、学力、教育内容、義務教育制度

(1)子どもの現状、学力

  • 子どもたちの学ぶ意欲の低下、学習の動機付けの乏しさが問題。
  • 義務教育修了後のニートの増大も視野に入れるべき。
  • ニートなどの問題は、終身雇用が崩れ、転職が増える社会構造の変化
     企業の雇用体系の変化に学校教育が対応していないことが原因。企業におけるOJTに頼るのではなく、学校で技能を身に付けることが必要。
  • 大人社会全体の知的好奇心の低下や大人のコミュニケーション能力の不足が問題。
  • 若者のコミュニケーション能力を高めるための取組が必要。
  • 子どもの人間形成のためには、何のために学習するのかについて考えさせるきっかけを作ることが重要。
  • 今の子どもたちには、人間形成過程での実体験が不足していることが、様々な問題の原因。体験学習の充実が必要。
  • 学校においても社会全体においても、個の育成と同時に、集団性の育成が必要。
  • 子どもの発達の早熟化の一方で、体力の低下など相反する実態がある。
  • 人間形成と学力向上のためには、生活習慣の改善が重要。
  • 人間形成の観点からは、競争原理中心の教育だけでは効果があるとは言えない。
  • 学力の二極分化の実態把握が必要。
  • 勉強が人生の成功に直結するという確実性が減少していることが問題。
  • 将来の職業や生活への見通しを与えることは、今後の教育の重要な課題。
  • 社会生活を営む大人のモデルに向かって子どもの頃からの職業理解、社会参加、教科学習の在り方を考えることが必要。
  • 教育において、苦労が成功につながるという経験を与えることが重要。
  • 外国の現地校やインターナショナルスクールで教育を受けた帰国生徒のいい面から、我が国の義務教育の改善策を学ぶこともできるのではないか。

(2)教育内容

  • 教育の方針は明確で安定したものであることが必要。
  • 現行学習指導要領の学力観を是とするのが正しいと考えるが、まずそのことを明らかにして議論を始めるべき。
  • 学力とゆとりとは対立するものではなく、双方が必要。
  • 小学校では知識・技能の基礎学力、中学校では知識・技能を活用して、自らの考えを形成し、表現し、他者に働きかける能力が重要。
  • 総合的な学習の時間は、学校によっては成果を上げている。国際学力調査の結果から短期間で方針を変えるようでは、安定性が揺らいでしまう。
  • 総合的な学習の時間の在り方について、広範な見地から検討が必要。
  • 学力のうち、思考力、知的好奇心、自分で考える力などの面を育成するため、総合的な学習の時間の活用が必要。
  • 総合的な学習の時間で、意見発表などの表現力の育成を重視することにより、学ぶ意欲や、国語・英語などの授業にいい効果が表れている。
  • 考えさせる教育に転換するためには、大学入試問題がそのような出題に改善されることが必要。
  • 学校における指導の在り方として、「教えずに考えさせる授業」ではなく、「教えて考えさせる授業」が重要。
  • 教科の基礎知識などの「習得サイクル」と、総合的な学習の時間などの「探究サイクル」とをバランスよく取り入れることが重要。
  • 従来から、習得型、探究型双方の教育が行われてきた。
  • 義務教育においては、基礎的な知識・技能を習得させる教育の充実をより重視すべき。

具体的な教育内容について

  • 日本のものづくりを支えている力を維持する方策の検討が必要。
  • 経済、法に関する教育、消費者教育などを充実することが課題。
  • 国際化に対応し、早い段階から英語教育を実施することが必要。いつからどのような指導で行うのが効果的か検討が必要。
  • IT教育と心の教育のバランスをとることが必要。
  • 英語教育やIT教育を進めることの功罪の検証が必要。
  • 全ての教科の基本である国語力の育成が重要。そのために学校図書館や司書教諭の役割が重要。

全国学力調査について

  • 全国学力調査の実施に当たっては、地域差、男女差、教師の指導による差などを分析できる規模・方法であることが必要。

教科書について

  • 日本の教科書は、欧米や中国の教科書と比較して分量が少ない。それにもかかわらず高い学力を維持してきたのは教師の指導力が高いから。

学校週5日制について

  • 学校週5日制により、芸術、体育、生活習慣、自然体験など、創造力や体力を身に付ける重要な活動の時数が減っている。
  • 学校や教育委員会の判断により、土曜補習や授業参観などは現状でも可能。
  • 学校週5日制に関しては、教員の勤務時間や学校の授業時数のどの部分が国で決めるべきミニマムかの検討が必要。
  • 学校週5日制の導入を地方の判断に委ねる場合、学習指導要領と財政負担の問題は混乱のないよう担保が必要。
  • 学校週5日制の扱いを変える場合には、各地方の判断に委ねるのではなく、ナショナル・スタンダードとして行うべき。
  • 学校週5日制は、導入以前から子どもや保護者は反対していたが、結論ありきで導入が決定されたことが問題。
  • 家での手伝いをせず、テレビを見る時間が長いという問題がある中で、家庭や地域の教育力を取り戻すための学校週5日制を見直し、再び学校に戻すことには賛成できない。
  • 学校週5日制は、慎重に時間をかけて進められてきた。それを前提に、土曜日の活用にどのような工夫が考えられるか、教育的観点からの検討が必要。
  • 土曜日には社会教育、生涯学習での活動が広がってきている。授業時数を増やす場合に、学校週5日制を見直さずに、総授業時数を増やす方法が考えられる。
  • 諸外国の大半は学校週5日制であることを踏まえることが必要。
  • 1週間のうち授業のない2日に欠けているのは、生涯学習の条件整備であり、学校週5日制をもとにもどすという議論は拙速に過ぎる。
  • 自治体として、土・日の時間の有効な活用のための取組が実を結び始めている。あまり軽々な判断で学校週5日制を見直すという結論を出すことは現場として受け入れられない。

(3)義務教育制度

義務教育の目的・目標

  • 義務教育の目的は、一人一人の国民の人間形成と、国家・社会の形成者の育成の二つ。さらに、今日のグローバル社会、生涯学習社会において、義務教育で身に付けるべき資質・能力が改めて問われている。
  • 義務教育の内容・水準は、全国的に一定基準以上のものを確保することが必要。
  • 簡潔な言葉で国がナショナル・ミニマムとしての教育の基本を示すことが必要。
  • 義務教育の終了時点である中学校において具体的に何をどこまで達成するのか、義務教育9年間を見通した目標の明確化について検討が必要。
  • 小学校と中学校との違いを踏まえた議論も必要。
  • 義務教育の目標を達成するための評価に関し、課程主義・修得主義の考え方を重視することについて検討が必要。
  • 「普通教育」という言葉の概念について検討が必要。
  • 義務教育に関して、学校に通学する子ども本人の責務をどう考えるかについて検討が必要。

その他

  • 幼稚園や高等学校を義務教育の対象とすべきか議論が必要。
  • 義務教育の年限について検討が必要。
  • 少子高齢化、家庭の教育力の低下という状況の中で、5歳児からの就学についても検討すべき。
  • 幼小連携、小中連携等の検討が必要。
  • 学校種間の連携、カリキュラム区分の弾力化などについては、研究開発学校や構造改革特区などの実験校の成果を生かして検討すべき。
  • 構造改革特区は、該当の学校や地域で成功しているといっても、他の学校や地域でも成功するという保証はない。実験ではなく、論理的に検討し、諸外国の例なども参考にしながら検討することが必要。
  • 公立学校に限らず、私立学校、学習塾、フリースクールも視野に入れるべき。
  • 小・中学校で私立学校を増やし、義務教育を活性化させる方策を検討することが必要。
  • 小・中学校に私立学校が少ないのは、元々多かった私学が戦前にどんどん公立化していったという歴史的経緯があること、県の私学審議会が新規参入を規制していること、最近まで小・中学校設置基準がなかったこと、義務教育は公立では無償であることなどが関係している。
  • 私立学校が増えると、受験競争や受験学力の問題など、様々な面で好ましい教育の在り方を追求する上で問題もある。
  • 私立学校に対する都道府県の管理は、ある面では公立学校より厳しい。
  • 義務教育については、通学時間が長くなりすぎないようにして心身の健全な発達を図ったり、家庭の経済力の差によって教育水準に差が出ないようにするため、公立学校での教育を基本に考えるべき。
  • いわゆる「フリースクール」などにおける就学機会の在り方について検討が必要。

2.教師像、教師の質の向上

(1)あるべき教師像

  • 「教育は人なり」。よい教育のためには、優れた教師が不可欠。
  • 教師としての使命感や誇りは、授業で格闘する中から生まれてくるもの。
  • 優れた教師の条件は、1教育的な情熱・真剣さ、2教育的力量(教師は授業で勝負する)、3総合的な人間力。
  • 教職にある者が努力すべきポイントは、1.対人的関わり能力の点での成長、2.人間として社会人としての成長、3.集団指導の専門家としての成長、4.教科指導の専門家としての成長、5.学び続ける知識人としての成長。
  • 教師に求められる能力として、深い教材解釈能力が重要。
  • 求められる教師力は、1.子ども理解力、児童・生徒指導力、コミュニケーション・スキル、2.学級作りの力、3.学習指導、授業作りの力、4.同僚性の確かさ、5.人格的資質。
  • 最近の問題の一つは、操作的・技術主義的な教育がもてはやされていること。
  • 理想の教師像とは、現時点で優秀な教員であることに加え、その優秀さを発展させることができること。
  • 教師のあるべき姿として、事務職員や栄養教諭等学校で働く職員全体との協力、協働の姿勢が重要。

(2)信頼される教師の確保

教師の質の向上

  • 教育改革により、現場の教師を励ます方向が必要。
  • 教師の質の低下という批判が多いが、圧倒的多数の教師はしっかりやっている。
  • 今後の教員数の需給予測によると、財政難と教員不足が同時に起こりかねない。教師の質と量の確保策を講じることが必要。
  • 教員の需給予測で今後教員給与費が増加すると言っても、全国的にはピーク時でさえ7パーセント程度の小さな伸びに過ぎない。
  • 教師の質の向上のためには、校長のリーダーシップとともに教師間のチームワーク、さらには学校を支える教育委員会の役割が重要。
  • 教員の質の向上のためには、待遇の改善が図られ、魅力ある職場であることが必要。
  • 人材確保法の精神は今後も維持すべき。

採用、研修

  • 採用や初任者研修、10年経験者研修等の現職研修を通じて、実力ある教師の確保・育成を図ることが必要。
  • 大量の退職者が出る今後10年の間に質の高い教員の採用をすることが極めて重要。
  • 学校ボランティアとして教えていた者の中から優れた者を市区町村が採用できるようにしてはどうか。
  • 校内研修や行政研修といった体系的な研修と教師の主体性を重視した自己研修の双方が必要。後者については、民間教育団体も積極的に活用すべき。
  • 教師は現場で育つものであり、現場における自主的な研修が重要。
  • 教員養成や免許制度の改革が検討される中で、初任者研修は現状のままでよいのか検証が必要。
  • 研修の在り方に関し、講義形式だけでなく、実践的な指導力を身に付けさせる内容・方法を充実することが必要。

教員評価

  • 教員評価については、適切な評価と給与体系の見直し、個性を活かしたキャリアの複線化が重要である。
  • 現在の勤務評定は相対評価であり、頑張っている者でも低い評価を与えなければならないことがある。
  • 学校教育や教師に対する信頼を回復するために、教員評価への取組が必要。
  • 学校・教員評価の実施に際しては、教師の権限と責任を明確にすることが必要。
  • 教員評価においては、主観性や恣意性を排除し、客観性をもたせることが必要。
  • 教員にやる気と自信をもたせ、教師を育てる評価であることが重要。
  • 評価では、「査定型」よりも「自己啓発型」「集団啓発型」の方が有効。賞による評価も有効。
  • 不適格教員の認定を急ぐよりも、長い目で捉えて職場の同僚性を発揮し、前進していくことが重要。全員のレベルをアップさせることで個々の教師の能力を高める視点が必要。質の高い職員室文化の形成が課題。
  • 同僚性、すなわちチームワークは重要であるが、それとともに個人の評価も重要であり、両者をうまく組み合わせることが必要。
  • 教師が互いの授業を見る、授業を公開する、外部の視点を取り入れるなどにより教師のつながりを再構築することが重要。
  • 教員の表彰制度について教員に聞くと、表彰された場合、給与面での処遇よりも、希望する学校への異動など教師としての実践力を高められるような人事面での待遇を求める声が強い。
  • 教員評価について、インセンティブを高めることと人材育成は双方とも重要。
  • 教師を志望する最大の理由は使命感であり、給与面にこだわらないとも言われる。他方、努力する教員としない教員がいるのは事実であり、そのような教員の負担の違いを給与にどう反映させるかについても検討が必要。実践力・力量を高めるための研修等の機会を報償として与えることも考えられる。
  • 教員に内発的な動機だけでよいとは言えない。国として教師が社会的に信頼される仕組みを作り、それにふさわしい処遇を設定すべき。
  • 教職員の評価と処遇については、学校の組織内だけでなく、社会的に教職の価値・資格が高く評価される方策を検討すべき。
  • 優れた指導力を有する教員について、校長と同等の待遇とすることも検討すべき。また、「教師の日」を制定し、その日に優れた教員を表彰している国もあり、我が国でも検討すべき。
  • 教員が管理職を評価したり、子どもが先生を評価するということも考えるべき。
  • 教員採用試験に合格しても教師として適さない人もおり、不適格者を認定する措置も必要。
  • 評価や処遇の問題については、具体的な実施は地方で考えることであり、中教審で余り細かく議論しないほうがよい。

外部人材の登用

  • 外部人材の学校教育への登用は、学校現場の活性化につながる。
  • 多様な人材を学校に受け入れるに当たっては、校長のマネジメントが重要。
  • 民間人校長の登用に当たっては、教育への高い見識と周辺の経験が重要。
  • 民間人校長としては、40台の者を積極的に登用すべき。
  • 教頭の資格要件を緩和し、民間からの教頭登用を可能とすることも検討すべき。

(3)教員養成・免許制度の改革

教員養成の在り方

  • これまでの教員養成では、教育実践能力や研究者的探究能力を十分育成できていない。養成段階は、最小限必要な資質能力を身に付けさせる段階とされているが、大学においては、このことを踏まえたカリキュラム編成や成績評価になっていない実態がある。
  • 実践力ある教師の育成のためには、現場を視野に入れた教員養成が不可欠。
  • 教職課程における教科専門科目と教職専門科目の統合の在り方について研究が必要。
  • 今後15年で半分近くの教師が入れ替わる。採用倍率が低くなる状況の下でどのような教育課程が必要かを議論することが必要。

大学院における教員養成

  • 教員養成に大学院を活用することを検討すべき。現状の専修免許状取得者が現場で評価されないのは、量的に少ないということと、教科専門科目、教職専門科目のいずれかの履修でも免許状が授与されることに原因があり、この点は検討が必要。
  • 今後、専門職大学院での教員養成を行う場合、その修了者に対する処遇も引き上げる必要がある。
  • 現状では、大学院を出た教員が必ずしも優れた教員であるとは思われない。
  • 大学院での教員養成に当たっては、カリキュラムの在り方が重要。

教員免許制度の改革

  • 単位修得と免許状の授与を分け、大学の教職課程では単位認定だけを行う制度にすることも考えられる。例えば、単位取得者はいわゆる仮免として1年間の条件をつけて現場に立たせ、初任者研修を経た後に試験を行い合格すれば免許状を授与することが考えられる。
  • 教員免許更新制は、教員の力量アップにはあまり有効ではなく、人材の幅が狭くなりかねない。
  • 教員の評価は難しいが、そのことを理由に教師の質の確保に問題が生じていることも認識すべきであり、教員免許更新制にも後ろ向きになるべきではない。

3.学校像、家庭・地域の役割

(1)これからの学校像

  • 学校が、共同体としての性格や権威性をどう取り戻せるかという視点が必要。
  • 学校がオープンで、透明性が高く、フェアな場であること、すなわち学校で民主主義が実践されていることが必要。オープンな議論がやりにくかったり、タブーがあったり、情実により物事が決まったりすることがあってはならない。

学校の自主性・自律性の確立

  • 現行の制度の下でも、校長の裁量で相当の改革が可能。図書館を活用した読書振興や休業日を活用した教育活動なども校長の裁量で可能。人事面、予算面では不十分な面がまだある。
  • 英国では、学校理事会に予算権があり、学校が自主的に予算の使途を決めることが可能。
  • 学校と教育委員会の関係については、一定の枠内での権限移譲を進め、学校の裁量権の拡大を進めるべき。

学校の組織運営

  • 学校を組織的に運営し地域のニーズにこたえるためには、管理職を補佐する権限を持つ主幹等の職を配置することを検討すべき。また、学校の事務体制を見直すことが必要。
  • 新たに主幹等の職を導入することは学校の体制を複雑化するおそれがある。一定規模以上の学校等に教頭を複数配置するという方法での対応も考えるべき。
  • 校長のマネジメントにおいては、コミュニケーションと時間のマネジメントが重要。
  • 若手の機動力のある教員の実力が発揮されるようにすることが重要。
  • 学校現場の忙しさが増しているが、実際の教育活動に不可欠な要素とその周辺的な要素との優先順位付けを校長が行う校内体制が必要。
  • 学校の権限が拡大されると、その組織運営のあり方として、意思形成過程が民主的かどうかが重要。
  • 民主的な運営の名の下に、これまで学校ではすべての意思決定に全員の合意形成が必要ととられてきたが、同時に組織的な運営が必要。
  • 学校の職員会議では、図書館司書などの非常勤の職員も正規のメンバーとすべき。
  • 学校の組織の中で最も欠けているのが地域への開放性である。地域に開かれた学校という考えを一層強化すべき。
  • 事務の共同実施だけでなく、隣接する小中学校などで校長や教員の兼務を行うことも検討すべき。
  • 高校は事務が充実しているので、その分、教師は授業に専念できるが、小中学校についても、もっと事務を充実することが必要。
  • 学校の組織について考えるのは、子どもの教育の質の向上が目的であり、この点についてのデータに基づく議論が必要。

管理職の適材確保

  • 管理職候補者登録制の導入を検討すべき。
  • 管理職については、女性管理職の確保も重要。
  • 女性管理職については、これを増やすということを法律などで盛り込むことも考えるべき。

(2)学校・地方自治体の取組の評価

  • 英国においては、教育水準局(OfSTED)が学校監査を実施している。約1.5パーセントの学校が改善命令を受け、それでも改善されない場合は、学校の閉鎖命令が出されたり、「フレッシュスタート」として教職員の交替が行われたりしている。
  • 英国で学校監査を担当するのは、「勅任視学官」であり、その地位は相当高い。また、非常勤の視学官は、学校監査のための訓練を受けている。
  • 学校の質の保証を求める保護者のニーズは強い。国の基準等による事前のチェックだけではなく、教育の質についての事後チェックを充実することは今後日本でも必要。
  • 学校評価については、自己評価の実施及びその結果の公表を義務化することや、外部評価を充実することが必要。

(3)学校と家庭・地域との連携の推進

  • 学力向上のためには、睡眠時間の確保、食生活の改善、家族団らんの確保など、家庭と連携した生活習慣の改善が不可欠。
  • 教育における保護者の責任を明確化すべき。
  • 晩婚化などの影響で親の年齢が上がっており、単に家庭の教育力の回復を言うだけでは解決しない問題があるのではないか。
  • 家庭や地域の教育力を取り戻すことは当面は相当難しく、生活習慣、自然体験、創造性や体力の育成など学校が引き受けるしかない。
  • 本来家庭が果たすべき機能が学校に持ち込まれ、教員の多忙化を招いている。社会政策として家庭や地域を強化することが必要。
  • 家庭や地域の教育力が低下しているからと言ってそれを学校に委ねると、学力など学校本来の機能の発揮にますます支障を来たす。
  • 学校の活性化のためには、PTAや学生など多様な人材を学校に受け入れることが有効。
  • 学校内に、地域住民や保護者による学校支援のためのボランティア組織を作り、ティームティーチング、学校図書館司書、環境整備などに協力を得ることは有意義。
  • 学校外の学習活動に対する支援が重要。
  • 学校評議員のうまくいっている事例など地域との連携の成功例について、情報の共有を図ることが必要。
  • 学校運営協議会制度が導入されたが、まだ十分に広がっていない。
  • 「教育の日」や「教師の日」を導入することは、国民全体の教育への関心を高めることにつながるという点でも有益。

4.教育委員会の在り方

教育委員会制度の意義

  • 教育委員会制度の意義として、政治的中立性の確保、首長からの独立性、レイマンコントロール、合議制といったことは、知事の間でも一定の評価を得ている。
  • 現在の教育委員会制度は、運用が良いかは別にしても、制度的には民意の注入と政治的中立性を兼ね合わせたよく考えられた制度だ。
  • 教育委員会制度は、どのような首長のもとでも、ある程度標準的な国民教育が行われるような制度的保障であり、国・都道府県・市町村がお互いに協力、牽制し合いながらやっていく上で大事な制度。
  • 教育委員会が変わっていくのに時間がかかるが、教育には激変緩和、安定性が重要であり、そういう面も大事。
  • 憲法や教育基本法が保障している国民の教育の権利を教育行政がどういう形で担保するかということが非常に大事。全国的な水準、ナショナルミニマムの維持、機会均等、無償性を保障するためには、教育行政の中立性、安定性、継続性が担保されたシステムである必要であり、そういう意味から教育委員会をとらえることが必要。
  • 戦後の行政委員会制度は政治的中立や安定性・継続性、専門性のために設けられたと言われるが、今日の自治体では、このような考え方は教育委員会には当てはまらない。
  • 教育委員会は、公選制の時は一定の存立意義もあったが、既にそれも廃止され予算調整権も議案提出権もない今の教育委員会は、全般的には形骸化している。
  • 教育委員会は合議制なので、意思決定の迅速性に欠けるとか、責任の所在が明確でないという意見もある。
  • 教育委員会制度のもとで、都道府県教育委員会、市町村教育委員会に対し、文部科学省の意向がそのまま首長の意向と関係なしに指導・監督という形でおりてしまうという、縦割りの弊害がある。

教育委員会の設置の在り方

  • 全国市長会が行ったアンケート調査結果では、教育委員会制度に対して、選択制、廃止などの改革意見が全体の約60パーセントで、現行制度を維持するという意見の35パーセントを大きく上回っている。また99市長が「現行の教育委員会制度を廃止し市町村長へ移管すべき」と回答している。
  • 市によっては、教育委員会の形骸化、機動性・弾力性の欠如などの指摘がある。また縦系列の中央指導システムにより、首長による総合行政の推進に弊害が生じている。一方、教育委員会が有効に機能している市もある。したがって、教育委員会の設置は、選択制にすべき。
  • 地方分権を進めていくためには各種行政委員会の必置規制を見直すべき。少なくとも町村の教育委員会については、その設置を町村の裁量に任せるべき。助役・収入役も必置とはなっていない。
  • 大きな市と町村とは事情が違う。小規模町村の教育委員会は首長部局の一部署と変わらない状況であり、廃止しても問題はない。
  • 今の教育委員会は形骸化し、実態として審議会のようになっている面も否めない。実態に合わせて審議会とし、一定の重要な事項は必ず審議会の議を経るという形で運用することも考えられる。
  • 教育も総合行政の一環でしかない。教育だけが特別ではなく、首長部局に移すという選択肢があってもいい。
  • 1万人以下の自治体のようなところでは教育委員会が機能するはずがない。
  • 町村では、かわりに総会を置けば、議会さえ置かなくてもいいようになっている。
  • 地方行政は、情報公開制度やパブリックコメントなど、住民監視のもとに行われている。教育分野は市民の関心が強く、当然そのようなチェックを受ける。選択制ぐらいは考えていい。
  • 研究者が実施した市長に対するアンケート調査では、首長の多くは教育委員会の長所を評価し、現行制度の廃止ではなく制度的な改善を図りつつ教育委員会を維持することを支持している。
  • 分権改革の中、市町村への権限移譲が進むと、ますます教育行政の公正中立で専門的な運営が要請される。それを考えると、教育委員会の長所は、これまで以上に維持すべき。
  • 教育委員会の設置を選択制にした場合、教科書採択は誰が責任を持つかなど問題が生ずるおそれがある。
  • 教育委員の給料はあまり高くない。教育委員会制度はお金がかからず、財政面からの問題はない。
  • 教育委員会制度はもともと地方分権のために導入されたもの。地方分権の推進上問題があるなら、問題になっている部分を改善すればよい。
  • 教育委員会を任意設置とすべきかどうかは、これまでの地方教育行政部会の検討結果を踏まえながら、検討することが必要。新規事業などは首長部局の方が機動的に対応できるという面もあるが、学校教育、とりわけ義務教育のように継続的に取り組むべき事項は、民意を汲みながら専門的、安定的に取り組める体制の方が優れている。
  • 教育委員会制度については、制度としては全国一律であるべき。任意設置は十分慎重に考えるべき。
  • 教育委員会制度の廃止や任意設置によって教育行政が現状より活性化される保障や見通しがあるわけではない。むしろ継続性、安定性の面で危険性が大きい。
  • 教育行政が首長部局に移管された場合、首長に権力がこれまで以上に集中する。これは地方における中央集権化になりかねない。
  • 首長は選挙によるチェックを受けるという考え方もあるが、選挙は教育だけでなく様々な争点で行われるもので、教育行政の良し悪しが焦点化されにくい。4年という期間も長い。
  • 教育委員会の代替措置として提案されている審議会は、独立した機関でもなければ決定機関でもない。また現行の教育委員よりもさらに高い意識を持った人材を確保できるかどうかも難しい。
  • 教育委員会が所管する教育行政の性格は、指導・助言・援助といった非権力的なもので、一般行政とは異なる。教育行政が首長部局に一元化されることは、教育行政の性格や本来のあり方からいっても妥当ではない。
  • 首長の権限や、政策決定、行政執行の多元化を図る役割を担うものとして行政委員会がある。首長制度の廃止や見直しの議論があって初めて教育委員会の任意設置や廃止の議論ができる。助役や収入役と同じレベルで必置を外せという議論はポイントを外れている
  • 知事は権限が強過ぎる。また仕事が多過ぎて隅々まで目が行き届かない。実態を踏まえると、教育の分野は、首長が権限を取り込むより教育委員会の所管としておいた方が良い。
  • 教育委員会の任意設置はあり得ない。国家経営の根幹たる義務教育を確実に担保するための行政制度のあり方として、教育委員会制度は絶対必要である。
  • 教育は専門性を非常に必要とする分野であり、3万人規模の町で行うことは難しい。教育委員会制度は基本的に必要。
  • 現場から見ると教育委員会制度は残しておく必要がある。子供の教育、特に義務教育が首長の変更によって変わるようなことがあってはいけない。
  • 最近いろいろ改革が進んでいるが、それらは教育委員会制度のもとで進められており、教育委員会制度自体に問題があるとは考えられない。
  • 教育委員会の任意設置について、知事の間でも意見は分かれている。
  • 教育委員会は理念と実態が異なっていることも事実であり、実態を踏まえた議論が必要。
  • 教育委員会のどこがどうなれば活性化したことになるのかをはっきりさせて議論すべき。
  • 教育行政の適切な遂行、チェック機能、企画立案という教育委員会の重要な機能を確認しながら、教育委員会制度をさらに改善していくべき。
  • 義務教育段階では、日常的に行われている教育活動の継続性が極めて重要であり、その改善はほとんど現場で教員や教育委員会の努力で行われている。首長によるラジカルな改革を必要とするようなものはほとんどない。

首長と教育委員会との連携

  • 教育は住民の最大の関心事の一つであり、首長が軽視することはないが、教育委員会制度の下で、首長は教育になかなか関与できない。
  • 多くの知事が、首長と教育委員会との連携が必要と考えている。
  • 教育は自治事務であり、首長が関与し、地域における教育の責任を明確にすることが必要。
  • 地域が一体となった行政を進めるには、教育行政に住民の代表である首長の意向が反映されるよう、制度上、運営上の適切な措置を講じることが必要。
  • 教育委員と首長が毎月懇談を行っている自治体もある。いろいろな事例を踏まえて議論すべき。
  • 首長の教育行政に対するイニシアチブや、首長と教育委員会の連携、協力を強めるための制度改正が必要。
  • 首長は教育委員の任命権を持っており、首長と教育委員が定例的にあるいは事項に応じて話し合いの場を持つべき。
  • 教育委員の任命や予算編成、自治体の中長期計画の策定など、現行制度のもとでも首長はさまざまな形で教育委員会に影響を与える手段を持っている。教育委員会制度によって首長が教育になかなか関与できないという認識は誤り。
  • 今の教育委員会の問題の多くは首長の努力によって修正できる。教育委員会の問題は、首長が本来期待されている権能を行使していないという、首長のあり方に起因するものがかなりある。

首長と教育委員会の権限分担

  • 学校教育や社会教育については、引き続き教育委員会が担当すべき。しかし、文化・スポーツ等については、自治体の状況に応じ、首長が担当できるようにすることを検討すべき。
  • 生涯学習等の分野は、市長の責任のもとで行うことを原則とすべき。一般行政の福祉部局等と緊密な連携が必要であり、また、教育委員会の所管とする特段の必要性も認められない。
  • 生涯学習等を含めて教育行政全体を総合行政の中に位置づけるための見直しが必要。一方、教育委員会方式の方が適当であると判断するところもあり、そこでは教育委員会を設置できるよう、制度を弾力化すべき。そのような弾力化によって地方の裁量が増える。
  • 高等専門学校の所管を首長部局に移すことも検討すべき。
  • 生涯学習については、首長が所管できるような仕組みにしておいたほうが良い。文化・スポーツはコミュニティ活動と非常に密接に関係するので、地域社会の問題として一元的・総合的に考えるべき。
  • 教員の協力が必要な場合は、学校と行政各部局との連携のもとに進めていけばいい。
  • 生涯学習については、学校の教員の協力が非常に大事であり、学校教育と一体的に進めるべき。
  • 完全学校週5日制のもとでの学校・家庭・地域の連携や、家庭・地域の教育意欲の向上の面からも、教育委員会で生涯学習、文化・スポーツの振興を一体的に取り組んでいくことが重要。
  • 社会教育における政治的中立性を担保していくため、教育委員会が責任を持つとことが必要。
  • 生涯学習については、学習機会の提供自体は誰が行ってもよいが、学歴社会から学習社会への移行のための学習成果評価の新たな仕組みづくりなど専門性のある部分については、教育委員会で担うことが必要。
  • 文化行政については、一般行政で担っても問題ないが、文化財保護については専門性が必要であり、教育委員会で担うべき。

教育委員会の組織・運営

  • 教育委員会の委員の人数、任期など組織の弾力化が必要。
  • 自治体がそれぞれの状況に応じて教育委員会の組織、運営を幅を持って決定できるようにすべき。
  • 教育委員会制度は、任意設置でないほうが良い。ただし、教育委員を確保する方法については工夫が必要。また、人数についてもある程度弾力化して、規模に応じて一定の幅の中で実態に合わせられるようにすべき。

教育委員の選任

  • 教育委員の公選制を全国一律で導入することには慎重であるべきだが、こうした選任方法をとることも地方の判断に委ねることが考えられる。
  • 首長は自分の教育に関する意志を体現してくれる立派な人を教育委員として選べばいい。また、議会も、教育に関する見識を一人一人に問うなど、教育委員の品質管理をすべき。現在の制度は、そのような運用を念頭に置いたものとなっているが、そうしていないため弊害が出ている。

教育委員会と教育長の関係

  • 教育委員会の役割を、地域における政策課題の設定や教育長・事務局の行政執行の評価とし、その下で教育長に大幅な権限を付与するよう、両者の関係を明確化すべき。
  • 教育委員会制度では責任があいまいになる。6人の教育委員の中から教育長を選んでおり、また教育委員それぞれの責任は6分の1となる。

5.国と地方、都道府県と市町村の関係・役割

国と地方との関係・役割

  • 国は義務教育制度の根幹を定め、具体の取組は地方に任せるべき。国は標準法、学習指導要領など統一的・基本的な基準を定めることを基本とし、地方は、国の基準を確保しながら、独自の創意工夫により自主的・自立的な教育の実施を担うことを基本的な役割とすべき。
  • 国は、全国的な水準、ナショナルミニマムの確保を役割とすべき。その上で、地方においては、自主性を発揮し、ローカルオプティマムにより教育を実施することを基本とすべき。
  • 義務教育の目指すものは個人の育成と国民の育成であるが、この国民の育成をどこで担保するかをよく考えることが必要。
  • 実際の教育活動について地方分権を進めることと、財政面その他の教育条件整備の責任を負うこととは別に考えることが必要。
  • 例えば、学校の安全管理などは、設置者である市町村の責任であるなど、国と地方の責任と関与の程度を明確にすべき。
  • 地方の独自性を発揮させる改革は賛成だが、地域間格差を発生させる不安もある。地方の自由度と義務教育の保障とのバランスは、財政規模の小さい町村の事情も含めて検討することが必要。
  • 学校教育の質の確保のために、ある種の基準で最低ラインを確保するとともに、個別の学校における改善のシステムを国や地方がサポートする体制を考える必要がある。
  • 教育行政については、文部科学省から教育委員会への縦系列の集権的な関係がある。分権時代を迎え、いい意味での競い合いが必要。縦系列を分権型に改めるべき。そのためには、十分な財政措置も必要。
  • 構造改革特区で教育分野の取組が多いのは国の規制が多いことの現れ。
  • 教育行政は、上意下達の円筒型行政である。教育は地方の自治事務であり、地域のニーズに応じたものとするのが本来であるが、独立的な、いいかえれば閉鎖的な仕組みが妨げになっている。
  • 教育行政の分野での国からの指導は依然として細部にわたっている。国は、学習指導要領、標準法、国際比較・分析などに責任をもち、地方に任せるべきところは任せ、分権型のシステムに変えるべき。
  • 最低限これだけは必要というものを中央で制度化し、あとは現場の自由に委ねるべき。文部科学省の役割も変化しなければならない。
  • 国家の形成者たる国民の育成について国が責任を持つのは当然。しかし、地方もその責任を分担すべき。国は学習指導要領や教科書検定等で具体的な基準を示せばよく、我々はそれに則って、地方の特色や工夫を生かした教育を行っていけばよい。
  • 学校を対象とした補助金が国から県教育委員会を通過して支出されている。国は事務費を出していないのに、県はその事務処理に膨大な時間等を費やしている。このような仕組みは根本的に見直すべき。
  • 近年、教育分野でも地方分権、規制緩和のための制度改正が相当進められてきている。それを踏まえた議論が必要。
  • 学校に対して細部にわたるまで規制・指導しているのが国なのか、教育委員会なのか検証が必要。
  • 地方が国の指導を受けて行政執行を行うことは、どの行政分野でも当然あり得る。それを上意下達といったマイナスのイメージだけでとらえるのは不適切。
  • 規制緩和が主張されるが、新しい試みをする際に障害になる規制はほとんどない。

教員人事権の市町村への移譲

  • 小・中の教職員は中核市で平均2,000人、人口10万人規模の都市でも平均500人となっており、都市自治体に人事権を移譲しても円滑な人事運営に支障は生じない。広域的な人事交流が可能となる措置を講じながら、中核市をはじめとする都市自治体に所要の税財源措置と合わせて早期に移譲すべき。
  • 県費負担教職員制度は、身分は市町村なのに任命権は県にあり、給与は国と県が半分ずつ負担するというちぐはぐな制度であり、本来の正常な制度に改めるべき。
  • 教員の定数や人事権は、市町村にも十分能力はあり、規模に応じた移譲を進めるべき。
  • 人事権については、地域によっては、市町村単位の配置・異動を行い、事実上、市町村に下りているところもある。
  • 教員の人事権の中核市への移譲については、35の中核市のうち、10市が「積極的に検討」し、20市が「前向きに検討」している。
  • 教育委員会自身が、今抱えている教員の資質向上をしっかりしなければならないという切実な環境を整備するためにも、人事権の移譲は必要。
  • それぞれの所属団体に対するロイヤリティをそれぞれの教員が持つという意味で、市町村が人事権を持つべき。
  • 知事会は、設置者である市町村の権限、役割を拡大していくことについて協力する立場。ただ、実際に人事権移譲の具体論になった場合、教員の人事権を持つのであればその人件費も負担すべきと強硬に主張する知事が多い。
  • 教員の人事権を市町村に移譲することについては、1県費負担教職員制度を維持しながら内申権を強化する方法、2県費負担教職員制度を見直し一定規模以上の自治体に移譲する方法、3希望する自治体に移譲する選択移譲の方法、4すべての市町村に移譲し実施が困難なところは広域的に処理したり都道府県に委任する方法、又はこれらの組合せといった選択肢が考えられる。
  • 給与費の負担を伴うと思われる人事権そのものの移譲を行うことと、内申権をうまく活用して運用することとの比較検討が必要。
  • 地域間格差があり、小規模町村で任命権や給与負担を担うことは困難。任命権と財源を市町村に移譲した上で、広域的な教育行政を担う組織を作るべき。県内に一又は複数の人口30万人以上の広域組織を作ることが考えられる。
  • 現行の制度を維持しながら、市町村からの内申をさらに強化していく方法、もしくは、中核市など一定の人口規模以上の自治体に人事権を移譲する方法を検討すべき。
  • 一定規模以上の自治体に教職員の人事権を移譲する場合は、資質の高い教職員が都市部に集中して周辺部が落ち込み教育格差が生じることのないような制度的担保が必要。
  • 複数の自治体が協同で広域人事を行うという考え方もあるが、自治体同士の利害関係や、協同作業をどのように行うのかなど、決して易しいことではない。
  • 教職員の人事権については、人事管理するスタッフの問題や採用の問題などを考えると、中核市ぐらいまでの規模なら移譲も可能。ただし、その場合は給与も市が負担すべき。その際、人事権を持つ市が2分の1を負担し、国が残りの2分の1を負担すべき。
  • 内申権の強化については、内申権をそれぞれの自治体が主張したところで、どこかで調整しなければならず、現実的でない。
  • 人事権は一定規模の市町村までは与えてもよいのではないか。1万人規模になると人材を確保することが不可能。人口3万人や5万人規模でもなかなか難しい。
  • 現行制度を廃止して市町村に全面移譲するという考え方はとるべきでない。小さな町村では教職員の採用事務を行うスタッフとノウハウを備えることは非常に困難。また、離島や遠隔地でどう人数を確保するか、また優秀な人材が確保できるかという問題がある。結果として、教育の質の低下や慢性的な教員不足を生じる自治体が全国で多く出てくることが懸念される。
  • 幼稚園は市町村の所管だが、財政状況や採用条件の違いにより異動が滞っている。このような状況を考えると、ある程度の広さの中で人事交流をしていく必要がある。
  • 教員を小さな規模で採用するようになればなるほど、教育の安定性、教育の質、教員人事の公平性が問題となる。ある程度の広域性は不可欠。
  • 人事権を現場に近いところに移譲した場合、情実人事が行われたり、人事が停滞し教育の質が低下することが懸念される。
  • 豊田市(人口35万人)が人事権の移譲を受ける場合、職員8人の組織が新たに必要となる。
  • 教員人事を現場に近いところに移譲することは必要だが、全国的に教員の質をどう確保するか、また、地域ごとのアンバランスが生じないようにどうするかが課題である。
  • 人事権といっても採用・異動・昇任・給与の決定など様々な要素があるが、これらをどう整理してどのようなシステムにするかが課題である。
  • 教員人事権の中核市への移譲に対して、一部の中核市が懸念している問題は、給与費の負担の在り方がどうなるかはっきりしない点である。
  • 教員人事権が移譲された場合には、20年後、30年後にも優れた教員が確保されるよう、市としての研修体系の検討が必要。
  • 教員人事権の市町村への移譲に当たっては、現在すでにいる県費負担教職員の人事権も移すのかについて検討が必要。
  • 供給に対して需要が過多になった場合に、教員の数と質をどう確保するのかを前提に人事権の問題を考えるべき。採用と任命が一体であるとすると、それを非常に小規模な自治体に任せたとき、売り手市場の場合人集めが大変難しくなる。
  • 今後10年程度の教員の需要・動向予測を前提にして、いかに地域間格差を縮小するような採用の仕組みとするかが、人事権に関する今後の重要な課題。どの単位だったらそれが可能になるかという議論は、財政的な問題や、都道府県の教員養成の問題と合わせて議論する必要がある。
  • 学校ボランティアとして教えていた者の中から優れた者を市区町村が採用できるようにしてはどうか。また、全体の採用数の半分を都道府県、半分を市区町村が採用するようにしてはどうか。
  • 人事権を校長に移譲してほしいという要望は、採用を各学校でさせてほしいということではなく、校長にある人数を与えてその中の使い道を自由にさせてほしい、ということではないか。

学級編制

  • 学級編制に関する都道府県の権限(学級編制基準の決定)について中核市をはじめとする都市自治体に規模に応じて移譲すべき。学級数と教職員配置は密接な関係があり、一括して扱うことが合理的。
  • 学級編制の基準は、義務教育運営上の根幹の一つであり、その上限は国が決めるべき。その範囲の中でどう学級編制を決めるかは、それぞれの自治体が考えればよいが、その場合、財源と人事権も一括で考えるべき。
  • 一律に学級30人とすると、教室が足りず学校施設を見直す必要が出てくる。学級編制を一律に30人とすることは疑問。
  • 学級編制の基準を例えば30人とした場合、学年31人だと15人と16人の2学級となるが、これで学級として成立するかどうか。国の基準では上限だけでなく下限も定める必要がある。
  • 少人数学級の効果は、不登校数の減少、学力の向上、子どもに落ち着きが生まれたなど定性的な効果があった。学力結果を見ると、少人数学級の方が結果がよい。
  • 少人数学級を推進する際には、都道府県や市町村の裁量で行うことは無理があり、国が財政的負担を含めて主導的に導入すべき。
  • イギリス・アメリカでは、小学校低学年での少人数学級で効果を上げており、財政的な制約を考えれば、まず小学校低学年を優先すべき。
  • 15・16人の学級が生活集団としては不十分ではないかと思う。上限だけでなく、20人以上の学級というような下限も定めるべき。そうした幅の中で、校長に裁量を持たせ、少人数指導、TT、教科担任、習熟別指導など、実情にあった取組を可能にするべき。
  • 生徒が編制基準を一人超えたら学級を分割するのではなく、柔軟な工夫も考えるべき。
  • 少人数学級における指導上の新たな工夫の検討が必要。小学校低学年では、学習上のしつけ指導を行っており、非常に重要。
  • 次期改善計画の議論の際には、第7次改善計画と同様に生活集団の機能を重視すべき。
  • 少人数学級をしたときに教室が足りるのかという問題も議論すべき。
  • 第8次定数改善計画に進むべき。
  • 財政論として、どこを削ったら、定数改善の財源が出るかも議論すべき。
  • 次回の定数改善で、学級規模がOECD平均程度になるようにすべき。
  • 改善計画で休む年がこれまであったが、義務教育の内容の変革期にある今、それと連動して、休まず改善計画を進めていただくことをこの部会で確認できればと思う。
  • これまで、日本の教育は現場の情熱によって成果を上げてきた。安上がりで学校をやっていこうという発想は捨てるべき。

その他

  • 都市の規模を考慮しながら、都道府県の指導を廃止することも検討してほしい。
  • 教科書の採択を市町村ごとで行う制度に改めることも検討すべき。

6.教育費総額等の在り方

  • これまで教育改革国民会議や中央教育審議会において、教育改革を実行するために財政支出の充実が必要である旨の提言がなされているが、具体的な教育費の充実は図られていない。
  • 我が国おいて、教育に関する公財政支出が低いという状況を国民に訴え、このことをしっかりと踏まえた上で、政策決定をしていく必要がある。
  • 日本の産業競争力は国際的に下がる一方であるが、その要因として、教育に関する投資が増えてないということが考えられる。
  • 家計負担が諸外国と比べても非常に多いのも日本の特徴であり、特に複数の子どもを持つ若い世代が多額の教育費を負担することは、少子化の問題も含めて、社会的な活力の点でも非常に重大な問題。
  • 国として、公的セクターとして教育費をもっときちっと投資としてつぎ込むべきだということを確認すべき。
  • 日本では授業料以外の家計負担が大きいことをもっと議論すべき。
  • 我が国では、教育の保護者負担が大きく、それが結果として実質的な教育の機会均等を制限している。国策としてきちんと財政措置すべき。
  • 教育総額の増額の話だけでなく、具体的に各項目のどの部分を増やすのかという議論が必要。
  • 教員配置、学校施設の改善、教科書無償、就学援助など、教育費の各項目でみて、トータルで公財政支出を増やすことについて共通理解できる。
  • 教育にお金がかかることを国民にもっと伝えるべき。
  • 新規に予算を取る場合と実際に現場でそれを使う場合の運用の仕方の工夫が必要。
  • 子どもが減るからこそ、国として教育に金をかけるべき。
  • 各国の教育費が1995年からの6年間でどれだけ増えたかを見ると、我が国の水準は極めて低い。また、教育費の上昇とGDPの上昇を比較すると、わが国では経済の拡大に教育費が追いついていない。
  • GDPに対する小学校から高校の教育費の割合を見ると、諸外国との比較で明らかに我が国は低い。また、このことは高等教育についても同様である。主要国の教育費の対GDP比率の経年変化を見ても、我が国は低い水準で推移している。
  • 国と地方を合わせた政府総支出に対する教育費で見ても、諸外国に比較して日本の水準は低い。
  • アメリカでは1995年から2004年の10年間で、初等中等教育の予算が170パーセントになっている。このほか、アメリカにはスカラシップが多くある。さらに、教員の多くは修士以上であり、これについても膨大な投資がなされている。これらも視野に入れると、いかに日本が教育にお金を使ってないかということが分かる。
  • アメリカおいては、州によって、貧しい地域ほど教員の給与が安く、このことと子どものテストスコアとは明らかに相関がある。アメリカ全体で見たときの教員の雇用の問題というのは、ある意味では非常に地域間の格差が大きいというのを前提に考える必要がある。
  • 英国においても、高等教育に2006年までに2004年比で30パーセント増やすほか、教育費全体でも近年で120パーセント以上お金を増やしている。
  • ドイツについては、公財政支出が低いように見えるが、中等教育機関の相当部分が、企業が半分の費用を事実上出しているような徒弟制によっているため、実際には教育に公的予算以外の費用が投入されている。
  • 図書費、教材費、旅費など、教育にかかる費用の総額が、いわゆる基準財政需要額に対してどのような割合になっているのかという、全体の議論も必要である。
  • 公的支出と各家庭の支出をあわせた我が国全体の教育費と学力の国際比較とを比べ合わせると、日本の教職員がどれだけパフォーマンスを出しているのかが分かる。

お問合せ先

初等中等教育局教職員課

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