大学院教育の実質化の検証について(案)

1.検討の経緯

 中央教育審議会は,平成17年9月に「新時代の大学院教育」(以下「大学院答申」という。)をまとめ,学生に対する体系的な教育を提供する場として,教育の課程を修了した者に特定の学位を与える課程制大学院制度の趣旨に沿った教育の組織的展開の強化,すなわち大学院教育の実質化を求めた。また,同答申に基づき,文部科学省において,平成18年3月に,平成22年度までの5カ年の振興計画として「大学院教育振興施策要綱」(以下「施策要綱」という。)が策定され,研究科・専攻ごとの人材養成目的等の公表,成績評価基準の明示等を課す大学院設置基準の改正が行われた。

 現在,大学分科会の各部会,ワーキング・グループでは,中長期的な大学教育の在り方に関して審議しており,1.学位を与える課程(プログラム)に着目して大学教育の質保証を推進,2.各大学が,個性・特色に応じて機能別に分化し,その進展を踏まえて施策を展開,の2つの観点を柱に検討を進めている。

 この中で,大学院部会では,今後の大学院教育の改善の方向性を明らかにするため,人社系,理工農系,医療系及び専門職学位課程のワーキング・グループを設置し,平成21年9月から,「大学院答申」に掲げた大学院教育の実質化等の進捗状況や課題を検証し,今後の改善方策について検討を行っている。

 検討に当たっては,人社系,理工農系及び医療系ワーキング・グループでは,学問分野別(人文学系,社会科学系,数物科学系,物質・材料科学系,電子・情報科学系,機械工学系,建築・構造工学系,生命科学系(生物学及び農学),医学,歯学,薬学,看護学)から抽出した約350専攻に対する書面調査を行い,さらにヒアリング及び訪問調査を行った。また,専門職学位課程ワーキング・グループでは,法科大学院と教職大学院を除く,全84専攻に対する書面調査を行い,さらにヒアリング及び訪問調査を行った。

2.大学院教育の実質化に関する検証結果

 上記検証の結果から,全体的には,「大学院答申」や「施策要綱」に基づく大学院設置基準の改正,グローバルCOEプログラムや大学院GP等の施策の効果として,修士課程段階 を中心に大学院教育の実質化に取り組んでいる大学院は増加し,修士課程段階は産業界等に就職する職業人養成の役割を担ってきている。

 一方,人材養成目的や修得すべき知識・技能,入学者受入方針の記載が抽象的で,博士課程段階 については,博士の学位が如何なる能力を保証するものであるか等の共通認識が確立されず,個々の教員の研究活動を通じた教育にとどまるものが少なくなく,修了者が社会の様々な場で活躍する多様なキャリアパスが十分に開かれているとはいえない。
 こうした中,学位授与や修了後のキャリアパス,経済的な負担の見通しが明らかでないことなどから,博士課程段階への進学率が低下している分野も多い。

    (主な成果)
    ○ 分野を問わず大半の大学院が,「大学院答申」以降に人材養成目的を明確にするために学則等を改正し,また,大半の大学院でコースワークの充実等により専攻横断的な科目履修に取り組んでいる。
    ○  経営学などの社会科学系や医療系の大学院では社会人 学生の割合が高く,多くの大学院が長期履修制度や夜間・土日開講制など履修機会の確保に取り組み,また,物質・材料科学,機械工学など産業界との結びつきの強い分野を中心に企業等との連携による教育プログラムやインターンシップの取組が進展している。
    ○  ほとんど全ての大学院において経済的支援の取組が実施され,受給人数も全体的に増加傾向にある。
    ○  グローバルCOEプログラムや大学院GP等の支援が改革意欲を促し,選定された拠点では,博士課程段階を含めた体系的な大学院教育を確実に実施し,また,経済的支援の充実,国内外の研究プロジェクトへの参加等に意義ある改革が進展している。

    (主な課題)
    ○  一方,人材養成目的や修得すべき知識・能力,入学者受入れ方針の記載が概念的・抽象的で整合的ではない大学院や,実際の教育や入学者選抜がこうした目的に沿って展開されているとはいえない大学院もあるなど,大学院教育の実質化の取組には大学院間で相当な差がある。
    ○  前述の支援事業も,取組が単発的でその成果が大学院間で広がっておらず,参加していない専攻との間の格差が広がっているという指摘もある。
    ○  博士課程段階については,グローバルCOEプログラム等の選定拠点をはじめ複数の教員による論文指導を行う大学院がみられるが,博士の学位が如何なる能力を保証するものであるか等の共通認識が大学院間,社会全体ともに十分には確立されておらず,課程を通じた人材養成目的や修得内容が曖昧で,博士課程段階の教育が個々の教員の研究活動を通じたものにとどまっていることが多い。
    ○  多くの大学院で研究の進捗状況に関する中間発表を行うなど,学位の質を確保しつつ円滑な学位授与を促す取組が行われているが,標準修業年限内での博士号の学位授与率は「大学院答申」以降も大きな向上はみられない。
    ○  人文・社会科学系の大学院修了者のキャリアパスの中心は主に大学教員にあり,博士課程への進学率も高いが,修了者が社会の様々な場で活躍する多様なキャリアパスが確立されず,学位授与の促進や将来のキャリアパスが十分に学生に明らかにされているとはいえない。
    ○  理工農系については,大学院教育の方向性と産業界等の期待とのミスマッチがあり,教育内容やキャリア支援体制が多様なキャリアパスに十分に対応しているとはいえない。
    ○  医療系については,学生の専門資格志向,医師・歯科医師臨床研修制度や薬学部教育6年制の導入,看護系大学の増加などは,研究者を志す学生の減少などキャリア形成に大きな影響を与えるとともに,改革を進めようとする大学院に少なからず影響をもたらしている。
    ○  専門職大学院は,平成15年度の制度創設以降の急速な広がりに伴い,産業界や職能団体等との連携,他の学位課程や学校種との関係等についての諸課題が指摘されている。

 

3.大学院教育の改善の方向性

 社会のあらゆる分野において,イノベーションを生み出し,地球規模の諸課題を克服するとともに国際競争力を強化するためには,国内外のあらゆる分野で国際的に活躍できる専門能力と高い倫理観,世界観,歴史観や感性等を備えた世界的なリーダーや,教育研究機関のみならず,産業界や政財官界や国際機関,ジャーナリズムなど社会の多様な場で活躍する高度な専門人材の養成・確保が必要不可欠である。先進主要国やアジア諸国においては,国際競争力の強化のために博士号取得者を増加させ,世界から優秀な人材を獲得しており,世界の研究・ビジネスでは,質の保証された博士号を取得していることが対等な交渉を行うための必須要件になってきている。

 したがって,今後の大学院教育には,専攻分野の枠を超え,課程を担当する教員間の綿密な協議に基づき,修得すべき知識・技能の内容を具体的かつ体系的に示し,これを確実に修得した者に特定の学位を授与する学位プログラムとしての大学院教育を構築し,特に博士号の授与までを一貫して見通し社会の要請に応える博士課程教育を確立する必要がある。

 このため,大学院部会では,現在,以下の観点から検討を進めている。

  • 教員の意識改革を進め,課程を通じた組織的な教育・研究指導体制で体系的な大学院教育を確立し,学位取得者の質を保証すること
  • 産業界等との協議・連携を通じて,多様な学修研究機会に接しながら,社会の多様な場で活躍できる人材を養成する開かれた大学院教育を確立すること
  • 国内外の多様な場で中核的人材として活躍できる人材を養成する博士課程教育を5年間を通じ一貫した学位プログラムとして確立すること
  • 国内外の優れた学生が希望する大学院に進学できるようにすること
  • 社会をリードする知見と応用力を有する高度専門職業人を養成するという本来の役割や機能を踏まえて,専門職大学院の質の向上を図ること

 大学院部会では,引き続き,前述の大学院教育の実質化に関する検証結果の分析等を通じて,学位プログラムとしての大学院教育の構築を促進していくために必要な政策手段を検討する。

4.大学院教育の改善に関する検討事項

(1) 組織的な教育・研究指導体制による体系的な大学院教育の確立

 修士課程,博士課程(一貫制・区分制)及び専門職学位課程の各課程を通じた組織的な教育・研究指導体制により体系的な大学院教育を確立し,高い専門能力とともに幅広い視野等を備えた人材を養成する観点から,以下の点について更に検討を進める。

    主な検討事項

    • 課程を通じて,複数教員により専攻分野を超えた組織的な教育・研究指導体制を構築するため,従来の講座の枠を超え,課程を担当する教員の役割分担と連携の組織体制を明確にすること
    • コースワークから研究指導へ有機的につながりをもった体系的なプログラムを構築するため,課程を担当する教員間の綿密な協議に基づき,修得すべき知識・技能の内容を具体的かつ体系的に示すこと
    • 小規模な専攻などでは,専攻横断的な教育や大学間の連携・協力などによって,組織的な教育を充実すること

 

(2) 産業界等との協議・連携を通じた開かれた大学院教育の確立

  産業界や地域社会,国内外の多様な機関との連携により多様な学修研究機会に接し,社会人を含め国内外の様々な背景を持つ学生が互いに切磋琢磨しながら,社会の多様な場で活躍できる人材を養成する観点から,以下の点について更に検討を進める。

    主な検討事項

    • 大学院が養成する人材象と産業界等の評価や期待を共有し,キャリアパスに関する認識を高めるため,専攻分野や業種などに応じた,国レベル,大学レベルそれぞれにおける産業界等との協議の場を設置すること
    • 国内外の多様な機関との連携を強化し,様々な研究プロジェクトへの参加,インターンシップ,TA・RAなど多様な学修研究機会に豊富に接する教育を充実すること
    • 人材養成目的,修得させるべき知識・能力の体系,入学者受入れ方針を整合的に規定するとともに,教育課程,成績評価,教育研究組織,学生支援等の情報の公表を促進すること

 

(3) 5年間を一貫して見通した博士課程教育の構築

 一貫した学位プログラムとしての博士課程教育を確立し,専門領域のみならず幅広い知識や社会の変化に対応できる素養,高い倫理観,語学力等を備え,国内外の多様な場で中核的人材として活躍する人材を養成する観点から,以下の点について更に検討を進める。

    主な検討事項

    • 博士号取得者が国内外の多様な場で中核的人材として活躍していくため,各大学院や社会全体に,博士の学位が如何なる能力を保証するものであるか等の共通認識を確立すること
    • 博士論文作成に着手するために必要な基礎的能力を体系的なコースワークを通じて修得しているか否かについての審査を,修士論文の作成に代えて博士課程(前期)修了時に行う場合の制度的取扱いを明確にするよう検討すること【大学院設置基準の規定整備】
    • 一貫制博士課程,区分制博士課程の趣旨がより明確になるよう標準修業年限や修得単位数のあり方を検討すること【大学院設置基準の規定整備】
    • 国内外のあらゆる分野で国際的に活躍できる専門能力と高い倫理観,世界観,歴史観や感性等を備えた世界的なリーダーを養成し,我が国の成長を牽引する世界的な大学院教育拠点の形成を産学官が連携して推進していくこと

 

(4) 優れた学生の進学促進

 国内外の優れた学生が希望する大学院に進学できるようにする観点から,以下の点について更に検討を進める。

    主な検討事項

    • 入学者受入れ方針を明示し,これに基づいて多様な能力や意欲,将来性を見極める公正な入学者選抜を実施すること【大学院設置基準の規定整備】
    • 優秀な学生に対する給付型の経済的支援を充実するとともに,例えば,各大学において,学生に対する経済的支援等に関する見通し(ファイナンシャル・プラン)や経済的支援等の実績の提示すること

 

(5) 高度専門職業人養成を担う専門職大学院の質の向上

 社会をリードする知見と応用力を有する高度専門職業人を養成するという制度創設の理念に立ち返り,本来の役割や機能に照らし合わせ,教育内容の充実や質の向上等を図る観点から,以下の点について更に検討を進める。

    主な検討事項

    • 博士課程(後期)との接続の観点から,平成25年度までの専任教員のダブルカウントの特例措置終了後の制度的対応を検討すること【専門職大学院設置基準の規定整備】
    • 認証評価機関が存在しない場合の特例措置(免除規定)の見直すこと【学校教育法,学校教育法施行規則の規定整備】
    • 実務家教員の定義・基準などを明確化すること【専門職大学院設置基準の規定整備】
    • 社会的要請を踏まえた規模や教育課程の在り方を検討すること
    • 他の学位課程や学校種との関係を明確にすること

 

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高等教育局大学振興課大学院係

-- 登録:平成22年07月 --