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大学教育部会(第3回)議事録・配付資料

1. 日時
平成18年4月14日(金曜日) 15時〜17時

2. 場所
三田共用会議所 第4特別会議室(4階)

3. 議題
(1) 意欲ある学生を社会に送り出すための各種の支援方策について
【意見発表】 黒田 薫専門委員
小杉 礼子専門委員
本田 由紀専門委員
【自由討議】  
(2) その他

4. 配付資料
資料1   第3期中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第2回)議事要旨(案)
資料2 大学教育部会での検討課題に関する主な意見等
資料3 大学における学生支援の取組状況について
資料4 企業が求める学生像考察例(黒田 薫専門委員)
資料5 若年労働市場の変化と大学教育の課題(小杉 礼子専門委員)(PDF:231KB)
資料6 大学教育の「職業的意義」について(本田 由紀専門委員)(PDF:244KB)
資料7 大学分科会関係の今後の日程について

(参考資料)
参考資料1   最近の高等教育に関する新聞記事
参考資料2 大学教育部会委員名簿(平成18年4月1日現在)

(机上資料)
大学教育部会関係基礎資料集
高等教育関係基礎資料集
我が国の高等教育の将来像(答申)
新時代の大学院教育(答申)
経営困難な学校法人への対応方針について
教員分野に係る大学等の設置又は収容定員増に関する抑制方針の取扱いについて(報告)
大学の教員組織の在り方について(審議のまとめ)
大学の設置認可制度に関するQ&A(平成17年度)
大学設置審査要覧(平成17年改訂)
文部科学統計要覧(平成18年版)
教育指標の国際比較(平成18年版)
大学審議会全28答申・報告集
中央教育審議会 答申
「大学等における社会人受入れの推進方策について」「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」「大学院における高度専門職業人養成について」「法科大学院の設置基準等について」「新たな留学生政策の展開について」「薬学教育の改善・充実について」「新しい時代における教養教育の在り方について」

5. 出席者
 
(委員) 木村孟(部会長),江上節子(副部会長),相澤益男(分科会長),飯野正子,金子元久の各委員
(臨時委員) 天野郁夫,石弘光,黒田壽二,菰田義憲,永井順國,中込三郎,森脇道子の各臨時委員
(専門委員) 北原保雄,黒田薫,高祖敏明,小杉礼子,高塚人志,土井真一,平野眞一,本田由紀,山根一眞の各専門委員
(文部科学省) 石川高等教育局長,磯田高等教育局担当審議官,清木高等教育企画課長,小松国立大学法人支援課長,中岡大学振興課長,浅田専門教育課長,村田学生支援課長,安藤私学部参事官 他

6. 議事
  (□:意見発表者,○:委員,●:事務局)

 
(1) 事務局から「大学における学生支援の取組状況」についての説明があり,その後,自由討議が行われた。自由討議の内容は以下のとおりである。

 
委員  オフィスアワーについて,オフィスアワーという用語を使用していなくても,オフィスアワーの定義に合致しているものについては,「実施」に含まれているのか。

事務局  そのとおり。

委員  「未実施」となっているものが17.1パーセントあるが,これらについては,教員が学生からの相談を受け付けていないということか。

事務局  必ずしもそうではない。オフィスアワーという名称を使用していなくても学生相談を受け付ける時間を設定していれば,「実施」に含めている。

委員  オフィスアワーという名称を使用していなくても,教員が学生相談を常時受け付けている大学も相当数存在している。

事務局  平成17年度の調査は「独立行政法人日本学生支援機構が『学生支援情報データベース』の構築のために,国公私立の大学,短期大学,高等専門学校に対し,調査」とあるが,専門学校については,どこまでが調査対象となっているのか。

委員  専門学校は調査対象となっていない。

事務局  専門学校は日本学生支援機構のデータベースの対象外とのことだが,今後はデータベースの対象として含めるのか。

委員  日本学生支援機構のデータベースは誰もがアクセスできるものである。データベースに盛り込むべき学校種やデータについては,現在検討中である。

事務局  専門学校の学生も日本学生支援機構から奨学金を受けており,専門学校のみ何もデータベースが存在しないというのは違和感を感じる。

委員  専門学校からどのようなデータの提供を受けられるのか,提供されたデータをどのように活用していくのかについて,今後検討してまいりたい。

(2) 意欲ある学生を社会に送り出すための各種の支援方策について,有識者から意見発表があり,その後,質疑応答が行われた。意見発表と質疑応答の内容は以下のとおりである。

  【黒田薫専門委員の意見】
   企業の人事採用担当者にヒアリング等を行った結果を基に意見発表したい。
 企業が採用したい人物像とチェックポイントは各社で共通しており,かつ,長年変化していない。それは,文科系・理科系を問わず,1大学時代を真摯な態度で過ごしたか,2大学卒業者としての一定の知識水準があるか,3社会生活・企業活動への適応性を有しているかの3つである。また,性格特性としては,1明るくバイタリティがある,2若者らしいひたむきさと柔軟さがある,3反応が良いことが挙げられ,行動特性としては,1物事に前向きに取り組む,2困難にめげないことが挙げられる。
 人事採用担当者が学生に対して持つ全般的な印象は,学生が大人との会話に慣れていないということである。20〜30年前に比べれば現在の学生は格段に経験が豊富であるにもかかわらず,自らの経験を抽象化し,知識背景が異なる相手に伝えるという訓練ができていない。また,入社後も仲間同士で生きている世界を引きずっている印象を受ける。彼らを入社後どのように変容させるかが,現在の企業研修の課題である。
 採用面接を受ける学生に対して,「我が社をどのような基準で選んだか」と質問すると,殆どの場合「社会的貢献度が高い」「海外で活躍できる場がある」「自己成長につながる」という回答が返ってくる。また,材料を収集し論理的な考え,相手を納得させる訓練を積んでいない学生が目立つ。大学におけるゼミは価値の高い教育訓練の場と考えているが,ゼミの担当者が自由にテーマを選択させ自由に研究させている例が多いと聞く。大学1,2年生のうちに専門教育を受けるための基礎的な教育を施す必要があるのではないか。
 面接の際に学生時代のアルバイトにより,社会の諸側面を理解したとアピールする学生が多いが,アルバイトの経験を一般化・概念化することができていない。また,論理的思考能力やコミュニケーション能力が不足している。企業から見てこれらの能力が重要であるという点には異論はないが,これらの能力は大学で教育すれば伸びるというものではなく,社会との接点を通じて鍛えられるものである。企業が大学に求めることは,大学在学中に学生をしっかり鍛えて欲しいということである。そのため,大学にはしっかり教育する仕組みや環境づくりに取り組んで欲しい。
 語学については個人差があるが,平均的なレベルは20年前と比べ高くなったと感じている。しかし,大学では最低限の英会話能力を教育して欲しい。一方で,企業は大学教育に対して「マナー教育」は期待していない。採用の際,最低限の社会的常識をわきまえているかどうかについては,採用の判断の上で大切な要素であるが,社会常識は本人と社会とが関わり合う中で身に付くものである。
 企業が採用時に重視しているものの1つとして「知的好奇心を持っているか否か」がある。大学には知的好奇心を掻き立てるパワー,言い換えれば「学生を巻き込む力」が欠けているのではないか。大学では,あるテーマに興味を持って最後までやり抜くことを後押しする力や「場」づくりを支援する力を学生に付加して欲しい。全体を統合して学生のやる気を引き出すための仕組みができないか,各大学でも考えていただきたい。

  【黒田薫専門委員の意見に対する質疑応答】
 
委員  御社では採用したい人物のチェックポイントをクリアしている学生を採用できているのか。

意見発表者  相対的に見て優れた者を採用するようにしている。他企業との関係もあるのではっきりしたことは言えないが,我々の考え方に合う人材を採用していると考えている。

委員  企業側では採用時に学生を見分けるのが難しいが,大学側で企業が求めるニーズに合う人材を輩出するように努力して欲しいということか。

意見発表者  そうだ。

委員  今の話を伺っていて,50年前と同じことを言っているという印象を持った。企業として,新規採用者が10年後,20年後に成長しているのかどうかのフォローアップは行っているのか。また,それを採用基準に反映させていくなどの努力を行っているのか。

意見発表者  課長昇進前に研修等を通じてフォローアップは行っている。また,OJTを通じて部下の育成や目標管理等を行っている。

委員  採用時に期待する学生像を学生に当てはめているにもかかわらず,10年後,15年後にそれが役に立っているかと言えばあまり役に立っていないように思う。企業は長期的な視野での採用基準について検討しているのか。それをつくることは難しいのか。

意見発表者  難しいだろう。

委員  採用した学生が20年後にどうなっているか,企業は検証していない。そこが日本の企業の弱点ではないか。そこを論理的に行えば,学生にもフィードバックできるのではないか。就職担当をしていた際に感じたことだが,企業が求める人材像が毎年変わる点にも問題があるのではないか。

意見発表者  その点は企業側の大きな課題であるが,外部環境である人事・評価制度も変化している。

  【小杉礼子専門委員の意見】
   若者の就業状況の変化について,最近14年間で男女とも正社員の割合が減少し,パート,アルバイトが増加している。また,ニート,フリーターも増加している。このような就業状況の変化の原因は,大学卒業時の無業率が近年上昇していることによる。平成2(1990)年には約5パーセントであったものが,平成11(1999)年には20パーセントを超えるまで上昇している。一方,大卒求人倍率と大卒無業率の関係についてみると,求人倍率の下落とともに大卒無業率が上昇しており,両者に相関関係があることがわかる。しかし,近年では求人倍率は上昇しているが,大卒無業率は下落しないなど,求人面だけでは説明できない部分もある。
 大卒無業率が上昇した一番大きな要因は,企業の行動変化である。企業行動に変化が生じたのは1990年代初めからの景気の低迷により,日本型長期雇用慣行が崩れ,新規学卒者の採用を絞る一方でアルバイト・パートを多用するようになったためである。また,産業構造の変化の中で専門性の高い人材需要が伸び,特に高卒者の求人数が圧倒的に減少した。さらに,企業の経営方針が短期的利益を重視し,人材の早期戦力化・早期選抜を行うようになった。これらの要因により,若年者の正社員での採用が限定されている。
 一方,正社員と非正社員の間の労働条件の格差は改善されていない。また,非正社員が正社員に転換するには,未だ高いハードルが存在している。15〜34歳の離職者について離職前後の就業形態を見ると,非正社員から正社員となった者の割合は下落している。このように,いったん非正社員になると,その後,なかなか正社員に異動できない状況になっている。
 1990年代初めまでは殆どの学卒者が就職し正社員となっていたが,不況や雇用慣行の変化により,正社員になる者の割合が減少している。今年の学卒者の状況は,約6割が正社員になっているが,残りの約4割は正社員になっていない。彼らがフリーターや派遣・契約社員になっている。中でも,低学歴者や学校中退者は,現在の就職の仕組みに当てはまらず,ニート・フリーターになっている。また,大卒のニート・フリーターも数は多くないにせよ,増加している。
 大学生の現状について,昨年11月に内定を得ていないが就職活動をしていない大卒予定者に対して調査を行ったところ,約半数が大学院等への進学を希望していると回答があった。一方,「未定・迷っている」と回答した者が約12パーセントいた。「未定・迷っている」と回答した者の多くは,就職活動を経験しているが,その過程で自分がどのような職業に就きたいのか,何がしたいのかわからなくなり,不安に思ったり混乱したりしているようだ。また,「就職活動にはお金がかかるため,実家に帰ってから就職活動をする」という地域間移動の問題もある。卒業後の進路予定と就職活動の関係を見ると「未定・迷っている」と回答した者も会社説明会に参加したり,面接を受けたりしており,全く何もしていない者は殆どいないことがわかる。
 最近4,5年の就職活動の変化により,インターネットによる就職活動が普及したが,これが学生の迷いに輪をかけているのではないか。インターネットに頼り,自ら行動しない学生が増えており,情報を集めることで就職活動をしたと感じている学生が多い。そのため,学生が先輩を訪問したり,企業見学をしたりという行動が見られなくなったのではないか。また,大企業の就職内定時期を過ぎると,中小企業の求人があっても,学生が就職活動は終わったと思いこみ,活動を諦めるようなこともある。インターネットによる就職活動の功罪ではないか。
 また,近年では大学中退者が増加している。不況や雇用形態の多様化により,就職に対するプレッシャーが強くなり,戸惑いが生じ,ドロップアウトする者が増えているのではないか。最初のタイミングでうまくいかないと,後々まで影響を引きずることを知っているため,今の学生は非常にまじめで熱心だと言われている。一方で,今の学生を見ていると,産業界が要請する社会人基礎力であるコミュニケーション,実行力,積極性といったものにかなり危うさを感じる。
 大学教育に期待する役割としては,就職支援を行い,学生に進路選択力・キャリアデザイン力,社会人としての基礎力,専門知識を付加するとともに,1最後の教育段階として,産業界や高等学校との接点としての役割,2キャリア教育と専門教育・教養教育の分担と連携,3生涯学習(生涯職業能力開発)機関としての役割を期待したい。

  【小杉礼子専門委員の意見に対する質疑応答】
 
委員  大学卒業時点の無業率が約20パーセントで推移しているが,これから先の見通しはどうか。求人数は微増の傾向であるが,無業率に影響はあるのか。

意見発表者  今年のように求人数が多ければ無業率は下がるが,以前の水準までは下がらないだろう。近年の無業率の上昇は学生の行動の変化,つまり迷いや戸惑いによるところが大きいのではないかと考えている。専門教育の中で例えば将来について考えるような教育が必要ではないか。

委員  フリーター,ニートの問題については,高校生の段階から学生に対して労働観・勤労観を植え付けるような教育をすべきではないか。労働界では,高校と協力して寄附講座をつくり,労働観・勤労観を植え付けるための行動を行っている。
 また,「高校生のときになりたい職業について考えておけばよかった」という声を聞くが,その点について,補足するデータ等があれば示して欲しい。

意見発表者  データに基づくものではないが,「高校生の時にやっておけばよかった」という意見は確かに多かった。今後,調査していきたい。

委員  ニート・フリーターは昔から存在していたが,バブル経済が崩壊し数が増加し目立つようになったため問題視されるようになった。これだけニート・フリーターが増加したのは,企業の採用行動による部分が大きいのではないか。企業が採用数を増やせば今の状況は改善するのではないか。
 また,非正社員から正社員に転じる割合は今後どれくら伸びると考えているか。

意見発表者  「若者の自立・挑戦のためのアクションプラン」が策定され,正規雇用の拡大に向けて取り組んでいるが,非正社員が正社員となるケースは減少し,格差が拡大しつつある。これは良くない状況である。これまでの政策では不十分であり,もっと強力な政策が必要である。
 企業が雇用を拡大すれば,無業者数やその比率は減少すると思われるが,いわゆる大学全入時代を迎え,日本の学生に対してどれだけ企業側が門戸を広げるべきかという問題は残る。企業側には,必ずしも日本の大学卒業者にこだわる必要はないのではないかという意見もある。楽観できる状況ではない。

委員  就職の問題には,いくつかの段階があると考えている。まず,高校生の段階で大学での専門分野を選択するという段階がある。大学は高校生の進路選択が円滑になるよう協力すべきではないか。分野ごとの状況をみると,理系に進学した学生は比較的意識が高い。
 現在,就職活動が前倒しになり,3年次の頃から活動しなければならない。インターネット等の情報に踊らされているというよりは,そうせざるを得ないという状況になっている。おもしろさや興味といったものが固まる前に動かざるを得ない状況になっている。大学院はもっと状況がひどく,修士課程の1年次から活動を始めなければならない。
 学生の行動を見ていると,就職活動の中で何度も挫折することで自分に対する自信を失っているように見える。また,これだけニート・フリーターの数が増加すると,学生も親も恥ずかしいという気持ちが薄らいでしまっている。高校とも連携してこの問題の解決にあたるべきではないか。

委員  就職率は,1960年代に90パーセント程度であったものが,学生数の急増により,1970年代には60パーセント程度に落ちている。このとき見られた傾向として,それまで大学生が就職しなかった業種に大学生が就職するようになり,そのことがきっかけで就職率が再び伸びた。1990年代の傾向としては求人数が減少する一方で進学率が上昇し大学卒業者が増加しているが,大学卒業者が就職したいと思う企業の求人が増えていないということである。1960年代に起こった変化とは別の変化が起きなければ,ミスマッチは解消されないのではないか。

委員  大卒求人倍率と大卒無業者については,男女の違いもあるのではないか。全体を通じて言えることだが,男女の違いに着目した議論が必要ではないか。大学も企業もその点を考慮すべきではないか。平成19(2007)年に団塊の世代が大量退職が始まるが,その際,女性や高齢者をどのように活用するかが議論されており,そのことにも注意を払う必要がある。

意見発表者  男女別の分析は確かに必要であると考える。

委員  就職の問題について,学生支援という枠組みで考えた場合,大学は何ができるのか。インターンシップやキャリア教育等,大学は教育面でできることは行っているのではないか。大学のカリキュラムの中で教養教育の比重が減少し職業教育へと重点が移りつつあるが,一方で,企業は基礎的な教育を施して欲しいと要望している。就職率を上げるだけではなく,大学が基礎的なことをすべきなのかもしれない。企業の要望に応えるために大学が学生に何を教えるのかについてはカリキュラムの問題にもつながる。ひいては「大学とは何か」という議論にもつながるのではないか。

委員  学生の需給の問題の他に労働法制の問題もある。1990年代に労働者の仕事観が多様化し,労働基準法等が個性化・多様化・柔軟化の方向に改正された。また,産業構造が変化し,サービス業等で求人数が増加した。これらの業界では有効求人倍率が1.5倍とも言われているが,実際には非正社員数の伸びが大きいためである。
 アメリカでは,1990年代に新たに80万もの企業が興り雇用の受け皿となっているが,日本ではそのような受け皿がない。また,日本では学生に対して起業するための教育を行っておらず,起業できるような教員も多くない。大学教育は将来の職場づくりについても検討すべきではないか。

  【本田由紀専門委員の意見】
   日本は諸外国と比べて大学の知識が職業において活用される度合いが低い。ヨーロッパの11カ国と日本で共通の調査票を用いて実施された調査によると,日本は職業における大学知識の活用度が低い。他の調査でも,学校教育の意義として「職業的技能の習得」を挙げた比率は日本が最も低い。このような結果は,大学を始めとする学校教育のみの責任ではなく,企業側にも責任があるのではないか。しかし,日本では,学校で学ぶ知識の有効性が実感しにくいことは確かである。
 国内の専攻分野別に大学教育の職業的意義の位置付けをみると,社会科学,人文科学,理工という大学教育の中で規模が大きい分野は職業的意義が低く,家政,芸術,教育,保健という規模が小さい分野は職業的意義が高いという結果が出ている。東京大学の矢野眞和教授によると,日本で大学の知識を職業で活用させる度合いが低いと言われるのは,大学教育や卒業時の知識・能力と現在の地位との間に直接的な連関がないためであると述べている。つまり,大学時代にどれほど学習に熱心であったかということは,卒業時の知識の能力の獲得度に影響しており,また,卒業時の知識や能力の獲得度合いは,現在の知識や能力の獲得度に影響している。さらに,現在の知識や能力の獲得度が現在の地位に影響しており,間接的な関連性はあるので,大学教育は何もしてこなかったというわけではないというのが矢野教授の主張である。しかし,直接的な連関が目に見えにくいというのは問題があると考える。
 1990年代以降,進学率の上昇に伴い,大学卒業者数が増えた一方,その分だけが進学も就職もしていない者が増えている。また,大学卒業者が卒業後3年目までに離職する割合は増加傾向にある。大卒労働市場が非常に厳しかった1990年代後半も,大学卒業者の卒業後3年目までの離職率が上昇している。通常,労働市場の環境が厳しいときには,労働者は離職しないことを選択するはずだが,離職率が上昇していることの背景には,就職時に就きたい職業と就いた職業との間にミスマッチが起こっていることが挙げられる。ミスマッチについては,企業の採用慣行に由来する長期的,本質的な要因と大卒者の就職が厳しく,本人が望まない職業に就職せざるを得なかったことが原因で離職しまう短期的な要因の両方が考えられる。
 そもそも日本の大学卒業者の就職採用慣行には,矛盾が内在しているのではないか。新規大学卒業者・大学院修了者を採用する際に企業が重視している項目を見ると,どの規模の企業でも最も重視されているのは「熱意,意欲」である。また,大企業はそれらに加え,「行動力・実行力」「コミュニケーション能力」を重視している。一方で,中小企業では「専門的知識・技能」「一般常識・教養」を重視している。また,新規卒業者の採用プロセスの問題点について調査したところ,「採用基準が明確ではない」等の項目について企業と学生の間で受け止め方に大きな違いがある。また,企業も若手社員の早期離職の原因として,個人的理由と並んで,「採用時のミスマッチ」を挙げている。また,仕事上で求められる能力の開発方針に関する企業の情報提供の認識についても,若手社員と企業との間で大きな認識の違いがある。
 このような状況に対して,平成15(2003)年から開始されている「若者の自立・挑戦のためのアクションプラン」の今年度の計画においても,産学連携を通じて高度・専門的な人材育成の推進の必要性や産業界をはじめとする社会のニーズに対応する企業,人材育成の必要性を謳っている。
 残された政策課題としては,大学教育の中身をどうするかについて,各大学の努力に任せるだけではなく,一定のモデルや指針を示す必要があると考える。その際,大学教育に存在する対立項間の関係性を再編していくことが必要である。例えば,教養教育(一般教育)と専門教育(職業教育)をどうするのか,専門教育における実践と理論のどちらを重視するのか,産業界のニーズに適応していくのか対抗するのか,学部教育と大学院教育の関係をどう考えるのか等について検討しなければならない。
 さらに,大学教育の「職業的意義」を向上させるために,大学は企業の人材ニーズを把握するとともに,それに対して大学独自のメタ知識を付加することで職業的意義の高い教育内容を構築し,外部に明示していくことが必要ではないか。その際,大学の意義は,職業的意義に限られるものではなく,人間形成的意義や市民的意義等とのバランスをどうとるかということも考える必要がある。例えば,学年が上がるに従い職業的意義に比重を置き,学年が低いうちは人間形成的意義や市民的意義に重点を置くようないくつかのモデルカリキュラムを提示することも必要ではないか。
 産業界も必要とする人材像を明示し,企業内部と大学を含む外部において,人材育成の役割をどのように分担するのか,大学側と産業界の対話が必要ではないか。また,大学教育の職業的意義を尊重し,ミスマッチを防ぐような丁寧な就職−採用活動が行われるように,例えば,在学中の就職−採用活動を抑制又は禁止し,卒業後に就職−採用活動を行うことも考えられるのではないか。新規学卒一括採用という従来の慣行を見直すことで,現在ある既卒者差別の防止にもつながるのではないか。

  【本田由紀専門委員の意見に対する質疑応答】
 
委員  「日本では大学知識が職業において活用される度合いが低い」とのことだが,本当にそうか。日本の企業がそう言うため学生がそう信じているだけではないか。ヨーロッパでは,中等教育段階で一般教育を行い,高等教育段階では職業教育を行い,大学は職業教育機関と建前上は捉えられているが,実は大学で学んだことを直接使っている人は少ない。
 大学教育と職業的意義のミスマッチを解消することが必要であり,そのために大学教育を具体的に役に立つものにしていく必要があるとのことだが,構造的な就職の問題はそれだけでは解決できないのではないか。新しい産業が具体的にどのような職業能力を必要としているのかがわかりにくいという本質的な問題がある。現状で必要とされる能力を明確にして,それに合わせて大学教育を変えていくだけでは問題は解決できないのではないか。むしろ逆に論理的思考を高めることも大切ではないか。

委員  大学としてどのように対応するのかについて,大学をひとくくりにして議論することが困難な状況にあるのではないか。様々な分野における最先端の問題に対応できる人材を養成して欲しいという要望がある一方で,進学率が50パーセントを超えている中で学生全員にそれだけのものを要求するのかという疑問がある。
 大学で専門教育を行っても,それを活かす職業に就けるかどうか問題がある。進学率が向上している状況で学生の迷いをなくすのは困難ではないか。
 どのような人材が必要かを踏まえた上で,期待される教育の構想を段階別にどう振り分けるのか,学部は何を,大学院は何をすべきかということを考えるべきではないか。そして,高等教育をどのように分化し多様化させるのかを考えるべきではないか。

委員  これまでの議論は文化的にも歴史的にも重要であり,大学だけの問題としてとらえるべきではないのではないか。目指すゴールは何かということをまず議論すべきではないか。ニート・フリーターを救済することが目的なのか。彼らが増えることが大学・企業にとって問題となっているのか,負担となっているのか。何もしていなくても生活ができてしまうほど日本の経済水準が向上しているということではないか。
 日本は企業そのものが老齢化している。ベンチャー企業が増えないのは企業自体がこれまでやってきたことを反復しているだけだからではないか。私は「メタルカラーの時代」を連載するにあたり,製造業の関係者と約750回の対談を行ってきた。その際,私が必ず質問するのは「大学時代に何をやってきたか,何を目指し,どのように就職して今の仕事に行き着いたか」である。実際に大学時代にやってきたことが現在の職業に結びついている人は殆どいない。
 大学という場所は仲間や恩師というネットワークを得るという意味では大きな役割を持っている。大学時代に学んだことはすぐには役に立たないかもしれないが,将来的には必ず役に立つのではないか。団塊の世代の大量退職が話題となっているが,若者達に社会や産業界が求めている課題を伝えていくことが大切ではないか。
 今の日本の企業は若者を信じない,若者に任せないという傾向がある。就職については,そもそもほぼ全員が希望の職種に就けていないという意味ではミスマッチがあるのではないか。企業そのものや経営者も意識を変える必要があるのではないか。日本の企業は農耕型であり,自営業者等は狩猟型と言われてきた。そうすると,ニート・フリーターは時宜に応じて移動し,その場の文化に馴染む遊牧民型ということができるのではないか。まずは,もう少し明確なゴールを定めて議論すべきではないか。

委員  企業が老齢化しているという意見があったが,企業関係者に話を聞くと,逆かもしれない。企業が急速に農耕型から狩猟型に内部変革をしているのに対して,大学側がついていけないという実情もあるのではないか。変容した部分に対してどのような人材を送り込むかという点で企業と大学との間に差があるのではないか。
 企業と大学との間で人材養成について役割分担をすることは重要である。大学と企業の間には現在温度差がある。どのようにお互いが在り方を見出していくかが課題ではないか。

委員  企業が変わっているということは認めるが,業種によって差があるということも認識しておかなければならない。今日の日本を築いたのは製造業であり,産業界も社会も大学もそれに合わせてきた部分があるのではないか。その意味では企業には未だ旧態依然としている部分があるのではないか。

委員  学生は就職の際に大企業という言葉にプレッシャーを受け,就職先を探すに当たって大企業でなくてはならないという印象を持っているのではないか。働くことの意義を大学教育を通じて植え付けることが必要ではないか。

委員  「企業は変化しているのか」という点について,以前大学で就職担当の教員にアンケートを採ったところ,企業は熱意や元気さを重視しており,知識や能力を重視していないとの意見が多かった。求める能力を明示して採用している企業は昔と比べて増えているとは言えないのではないか。
 また,非正規雇用者から正規雇用者への転換が進んでいないのは,企業だけの問題ではなく,日本の構造的な問題ではないか。


7. 次回の日程
  次回は,平成18年5月15日(月曜日)17時〜19時に開催することとなった。

(高等教育局高等教育企画課高等教育政策室)

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