ここからサイトの主なメニューです

大学院部会(第45回) 議事録

1.日時

平成21年6月23日(火曜日) 17時~19時

2.場所

金融庁 12階 共用第2特別会議室

3.議題

  1. 修士課程・博士課程の関係性について
  2. 国際的に卓越した拠点形成について
  3. 大学院部会における審議のまとめ(骨子案)について
  4. その他

4.出席者

委員

(委員)荻上紘一、郷通子の各委員
(臨時委員)有信睦弘(部会長)、今榮東洋子、河田悌一、木村孟、小杉礼子、中西友子の各臨時委員
(専門委員)延與秀人、桐野髙明、菅裕明、角南篤、続橋聡、中西茂の各専門委員

文部科学省

(文部科学省)坂田文部科学審議官、布村文教施設企画部長、合田総括審議官、土屋政策評価審議官、久保高等教育局審議官、戸谷高等教育局審議官、藤原会計課長、小川文教施設企画部計画課長、片山高等教育企画課長、義本大学振興課長、永山国立大学法人支援課長、藤原専門教育課長、戸渡科学技術・学術政策局政策課長、榎本高等教育政策室長、今泉大学改革推進室長、浅野専門職大学院室長他

5.議事録

【有信部会長】
 それでは、所定の時刻になりましたので、第5期中央教育審議会第45回の大学院部会を開催します。本日はご多忙の中出席いただきまして、ありがとうございます。
 本日は前回ご案内させていただきましたように、まず修士課程及び博士課程の関係という観点からのお話、それから国際的に卓越した教育拠点の形成についての2つのヒアリングを行った後に、これまでの大学院部会での「審議のまとめ」の骨子案について、議論をいただきたいと思います。よろしくお願いします。
 それでは、まず事務局から資料の確認をお願いします。

【今泉大学改革推進室長】
 失礼いたします。それでは、お手元の配付資料の確認をさせていただきます。
 資料1-1は、本日、木村委員からご発表いただきます博士課程3年制についての資料でございます。資料1-2は、事務局から提出した修士・博士課程の関係についての資料でございます。資料2は、角南委員からの中国の大学・大学院を中核としたトップ拠点形成の取り組みについての資料でございます。資料3は、中央教育審議会大学院部会における審議のまとめ(骨子案)についての資料でございます。資料4は、大学院部会の今後のスケジュールについての資料でございます。参考資料といたしまして、6月15日に大学分科会から出されました第一次報告でございます。また、大学院教育の現状について、これまでの本部会に提出いたしました参考資料をまとめた参考資料2というものがございます。
 それから、机上配付資料といたしまして、本日角南委員からご発表いただきます資料に追加して、表4、清華大学とMITの関連データ比較という資料がございます。また、事務局から、国立大学法人等の積立金等についてという資料がございます。さらに、審議のまとめについて、先日委員の皆様に事前に送付いたしまして、いただいたご意見をまとめたものを机上に配付させていただいているところでございます。
 以上、不足等ございませんでしょうか。よろしくお願いします。

【有信部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、まず議題1として、木村委員から博士3年制課程についてのプレゼンを行っていただきたいと思います。それでは木村委員よろしくお願いします。

【木村委員】 
 資料は博士課程3年制についてというものです。
 私が大学の学部を卒業したのは昭和36年で、東京工業大学に職を得て、助教授になってからすぐ就職担当の手伝いを何年かやりました。企業の人事の方がお見えになると、最初に私が対応して、それを担当の教授に伝えるという役をやっておりましたが、そのときに求人に来られた方が例外なくおっしゃっていたのが大学院生は勘弁してください、学部生をくださいというセリフでした。昭和40年ぐらいですから、大学院の学生はさほど数は多くはない時代でした。しかしながら、ある程度の数はいて、就職に非常に困っていました。
 ところが、それから5~6年たつうちに、こちらの努力として学部の学生1名と修士の学生1名をつけて、何とか修士の学生も一緒に面接してくださいということでお願いすると、初めのうちは修士の学生を採用していただける確率は5割ぐらいでしたが、そのうち完全に逆転して、修士の学生しか採っていただけなくなりました。殊に工学関係は、現在はほとんど修士課程修了者が採用の主役になっていると申し上げてよろしいかと思うのですが、その間、特に企業が修士課程修了者にインセンティブを与えたわけではありません。
 それはそのはずで、学部の学生と修士の学生を一緒に出しますと、明らかに修士の学生の方がしっかりしていますから、そっちを採用していくというようになったということです。
 ところが、ドクターとなるとほとんど採用していただけないという状況は、どうしてだろうということを随分学内でも検討したのですが、回答は出ませんでした。
 たまたま前後3回ほど英国に長期滞在する機会がありまして、殊に後半の2回はケンブリッジ大学にいたのですが、1つのグループに30人ぐらいの博士課程の学生がいました。学位取得後、この学生のほとんどは実業の世界に入っていきました。アカデミシャンになった者も、いったん実業の世界に入って、それからまた大学に戻ったという者です。実業経験がなくアカデミシャンでずっといたのは30人のうち2~3人しかいないという状況でした。
 その違いは何だろうと考えました。英国の社会の特徴もありますが、やはり年齢ではないかというのが私の考え方であります。「年齢」という意味は、英国の大学、オックスフォードとか、ケンブリッジとか、そういうところでも工学系の学生は、学部を卒業してすぐ大学院に進むという者はほとんどいません。私が1回目におりましたケンブリッジの場合には、一番若い学生でも企業で3年間働いた者でした。長いのになると、7年、8年と働いた後に学位を取りに来ていました。そのような人たちは、ドクターをとると、非常に有利な就職が待っているということで、年齢は全く関係ありません。
 それに比べると、日本の場合には5年間というドクターコースの長さがありますから、企業はその年齢にこだわるのではないかというのが私の結論で、そういうことから前々回に、3年制はどうだという提案をしてみた訳です。
 いろいろ書いてありますが、1ページ目の左側が我が国の学位制度でありまして、我が国の学位制度もいつの間にか英国みたいに非常に複雑になったなという感じがいたします。博士課程は一番左が5年制の一貫制、その次に前期(2年)と後期(3年)に分かれている区分制、それから、従来型の煙突型と言われる3本が走っております。
 「我が国の現状」を見ていただきますと、4行目の矢印の後ですが、平成18年度で594名が短期修了をしております。そのうち一番左の一貫制での修了者はわずか166名です。2番目の区分制ではかなり修了者が出ているということは言えますが、全体の割合からすると、決して高くはない。しかも3年で修了した者というのは、非常に少ないのではないかと思います。
 次のページが結論になっていますが、右側の図に博士課程3年制(イメージ)として書いた通り、従来アカデミックキャリアとなっている博士課程について、何とか産業界志向の博士課程もおいてはどうか、と考えております。また、私は工学に関しては、この博士課程3年制もアカデミックキャリアとしてもいいのではないかと思っております。
 ただし、条件があります。英国は、ご承知のとおり、学部3年制ですが、有力大学の工学部を見ていると、学部のときにものすごく勉強しています。単純に授業時間だけを比べても、日本は学部4年制ですが、4年次は卒論という名前をかりて、ほとんど授業をやっていないことから、トータルで授業を受けている時間は3年制である英国よりも少ないという状況になっていす。
 したがって、学部でしっかりと勉強させれば、博士課程3年制は可能ではないかと考えております。資料で現行の博士課程に「アカデミックキャリア」と書いていますが、これは折衷案で、私は博士課程3年制のほうも「アカデミックキャリア」でいいのではないかと思っています。
 ずっとこう考えていたのですが、こういう公式の場で3年制について言い出せなかったのは、今、修士課程の修了者というのは、工学部に関してはステータスがかなり確立しているのに対し、それが3年制を導入したことによってどうなるか、全く先が読めなかったからです。冒頭申し上げた、私が助教授になりたてのころの状況と今は変わっておりまして、修士でないと相手にしてくれないという状況になっております。そこまでステータスが確立しております状況のもとで、博士課程3年制を入れたら、一体修士はどう扱われるのかという心配があります。
 そういうことから、2ページへ戻っていただきますと、イギリスの学位制度ということで右側に図が出ておりますが、私が英国におりましたころには、主要大学については修士課程を持っているところはあまりありませんでした。右側のリサーチスチューデントとして初めからドクターを取るものとして入ってくるということです。前々回申し上げたかと思いますが、ケンブリッジ等では30年ほど前は、ドクターを取らせようと入学させて、不適格だという者については、修士を与えて追い出すということをやっておりましたが、最近、オックスフォードでもマスター・オブ・サイエンスを出していると聞きました。そういう3年制の博士課程と2年制、あるいは1年制の修士課程、これはまた英国はいいかげんで、1年でも修士が取れるのですが、そういう両方のコースを走らせているようですので、日本もそのような制度を考えてみたらどうだろうというのが私の提案です。
 ただ、学部のプログラムをきちんと勉強させるという条件付きです。それがあれば、博士課程は3年でいいのではないかと思っております。しかし、そこまで急に踏み切るのはなかなか難しいだろうということで、日本的なやり方ですが、現在のこの3本の制度と英国型の制度を組み合わせてみたらどうだろうかということを考えております。そうすれば、修士のステータスの問題も多少は解消するのではないかと思います。自信はありませんが、一つの提案としてはあり得るのかなと考えております。申し上げたいのは、とにかく日本は年齢にこだわる社会ですから、できるだけ若いうちに訓練をして出すということで、2年の修士をたくさん採用していただいていますが、もう1年ドクターコースでやってもらっても、企業は多分採用していただけるのではないかということです。ただ、もちろん大学の対応ということが最大の問題で、そこでいわゆるたこつぼに入れない、先生方の奴隷にしないという条件がありますが、そういうことを徹底すれば、企業も相当採用していただけるのではないかと考えております。まだ私自身の中で整理されておりませんが、漠然とここ20年ぐらい考えてきたことのごく一部でありますが、ご紹介させていただきました。
 以上でございます。

【有信部会長】
 どうもありがとうございます。それでは、事務局から補足をお願いします。

【今泉大学改革推進室長】 
 続きまして、資料1-2の補足をさせていただきたいと思います。
 ただいま木村委員から博士課程3年制のご発表がございました。その中で修士をどう扱うのかというのが非常に大きな論点であるという旨のご発言がありました。この修士課程をどうするのかというのは、実際、非常に難しい問題がございます。ご存じのとおり、我が国の大学院の仕組みは、一貫制の博士課程と区分制の博士課程、修士課程、さらに専門職大学院という形で、非常に複雑な仕組みになっております。
 そういう中において修士の教育目的について、博士課程前期との区別をどうするのか。そもそも博士課程前期は修士とみなすという規定が設置基準上ございますので、博士課程前期では教育目的をどうするのか。また、専門職大学院ができたことによりまして、修士の教育目的がさらにあいまいになってきております。修士課程というものが設置基準に書いてあるとおり、幅広い分野で活躍し得る職業人の養成なのか、博士課程の準備過程なのか、それとも専門職大学院が担う専門職人材養成以外の部分を担う課程なのか。果たして修士課程の教育目的なり、存在意義というものをどう考えていくのかということは、木村委員のご発表とも関連して非常に重要な論点でございます。
 また、修士課程の修了要件及び博士課程後期への接続についても課題がございます。博士課程前期については、修士とみなすという規定がございますので、修士論文の作成を求めているのが通例となっております。その一方、一貫制博士課程の場合には、2年次から3年次に上がるときに特段修士論文の作成を課しているというところはなく、一部の大学で修士論文を課しているところもあるのですが、基本的には博士論文の作成のみで済むという形になっております。つまり同じ博士課程でありながら、2年次から3年次に上がるときに、実は区分制と一貫制において取り扱いの差が生じているという状況がございます。
 今後検討するに当たって、修士論文の作成が教育上果たす役割は非常に重要であるということは、前回の大学院部会でも指摘されたところでございますが、例えば専門職大学院のように、標準修業年限と必要単位数の習得によって修了する仕組みとか、またはアメリカの大学院のように、各年次において定期的に適性試験等を実施して、その適正性を審査していくというような仕組みについても、そこに求められている人材育成像に応じて考えられるのではないかと思います。
 以上のように、修士課程について、教育目的、修了要件、博士課程との関係、これについても木村委員のご発表とあわせてご議論いただきたいと思います。

【有信部会長】 
 ありがとうございました。ご議論をいただく前に、たしか5年前の新時代の大学院教育に向けてという答申の中では、修士課程、博士課程それぞれについての役割の定義がきちんとなされていて、かつ博士課程においては前期、後期ということにかかわりなく、修士論文を必修としなくてもよいという提言が確かされていたはずです。したがって、それぞれの大学の判断で可能であるというように多分提言はなっていたと思います。それを踏まえてご議論をお願いしたいと思います。
 それから、木村委員の年功の話についても、極めて日本は年功にセンシティブであるということは事実でありますが、現実には今の企業の中における年功序列、終身雇用の体制というのは、よく言われていますように、第2次世界大戦後の極めて特殊な状況の中で形成されて、それがたまたま日本の産業振興のフェーズに合致した。それから、教育制度がそれにうまく相乗効果をもたらしたという、さまざまなポジティブな連関があって、今のような体制ができてきたのであって、これは日本に昔からあった体制では決してないのです。現実に企業の中でも、既にそういう体制は崩れかけてきておりますし、年功という意味での逆転現象は日常茶飯事に起きています。したがって、将来を考える上では、今の年功的な考え方がいつまでも続くかどうかということについても、一応議論の余地があるという観点で議論をしていただければと思います。議論をよろしくお願いします。

【菅委員】 
 実は私も木村委員によく似た考えを持っております。5年前に本を出版したときも、博士課程を一貫制の4年にすべきだということを述べていまして、その理由は、3年の場合は現状からあまりにも落差があり過ぎるので、社会が受け入れてくれないという危惧が少しありまして4年と言っているのですが、4年制にするということを考えた場合、幾つか条件があります。
 まず、第1に、現状を見ますと、今、ほとんどの学部の学生は大学院にそのままエレベーター式に上がります。ということは、もしここで4年制を強制的に入れ込めば、いきなり全部の大学院は4年制になるだろうというのが、まず一つの考え方です。
 そのときには4年制で十分な研究をするためには、まず学部の卒論を廃止すべきだと思っております。そこに博士課程のときに必要な、いわゆるカリキュラムの議論があったわけですが、それを全部押し込むというのは全く木村委員がおっしゃったことと同じで、4年制の学部の卒論のところを大学院の教育に充てるというのがまず前提にあります。
 実はそうしますと、学生が大学を移動しないという今の状況が壊れます。なぜかといいますと、動かない理由の一つは、実は卒論があって、そのまま自分の研究を続けたいから動かないのです。同じ大学の中でも研究室間でほとんど動きがありません。結局、卒論をそのまま続けたいがゆえにそういうことが起きるので、卒論をなくしてしまうと、そこに移動が始まるかもしれません。したがって、もともとの考え方は、いきなり4年制を入れても多分そのまま運営できるだろうということと、卒論をなくすことによって移動も同時に起き出すのではないかというのが、私の期待であります。
 まとめますと、学部の間にしっかりと教育をし、修士・博士の一貫コースを4年制として全部押し込んでしまうことによって、博士課程の例えば1学期だけを授業カリキュラム──カリキュラムも例えばプロポーザルとか、そういった自分の能力の発展に重要なカリキュラムを入れて、残り3年半は徹底的に研究をしてもらうというような形の一貫コースは可能ではないかと思っています。
 したがって、基本的には木村委員のおっしゃったようなラインに乗っかっている考え方です。
 以上です。

【有信部会長】 
 ありがとうございました。いろいろ刺激的なご意見だったと思いますが、ほかにどなたか質問、ご意見を含めて。どうぞ。

【延與委員】 
 修士に3年制というものを入れる事には私も賛成で、意見伺いまとめに書かせていただきました。修士論文のレベルは、私は理学系ですが、諸外国に比べて低いなというのを感じています。きちっと3年次までいるのは論文教育に根づいた日本流の教育をするのにいい機会であると思います。
 ただ、それを博士と呼ぶかどうかには異論があります。オックスフォードの人達と大分つき合ったことがあるのですが、博士と呼ぶには実力が足りないと思われていて、ヨーロッパの基準からみてもイギリスの博士というのはちょっと落ちるというような、呼び方の問題だと思うのですが、そういう印象があるかと思います。呼び方をよく考えた上で、ご提案のようなバラエティを4つ設けるというようなことはいいと思います。本質的には、おのおのの大学が大学の実情に応じて方針を決めていけばいいのかなという気がいたします。
 それと、年功序列のことですが、私が個人的に感じたのは、日本で非常にこれが厳しくて諸外国ではわりとそこが緩やかになった最大の原因というのは、徴兵制がいつまであったかに拠っているという事です。要するに学問を始めるときのスタートラインがはじめからずれていることに慣れているという環境が根本的にあるわけです。徴兵制は完全なシビルサービスなので、カウントしないという土壌があります。ここはやはり日本がまねできないところなので、残ってしまうのではないかなという気がしております。
 以上です。

【有信部会長】
 確かにそういう意味では日本の年功的な考え方というのは極めて根強くて、1本のレールから外れると、取り返しがつかないという恐怖感にさいなまれながら、そのレールから外れないようにということで、さまざまな制度設計もそれをむしろ助長するような形になっているような気がします。確かに徴兵制のようなものがあると、一旦そのレールが分断されるものですから、それへの執着が比較的薄い。
 それからもう一つは、我々の責任でもあるわけですが、実際に年功序列体系ができ上がる過程の中で教育を受けて育ってきた親が、むしろそれをますます助長しているというところがある。それに対して企業は現実的に対応しなければいけないので、必要であればどんどん壊してしまうというのが企業のあり方ですから、その辺で実際には認識の齟齬も出てきているという現状だろうと思います。
 それから質問ですが、木村委員の提案のように、3年制だとか、一貫制だとか、修士・博士というか、前期、後期と分断した課程だとか、これは制度的に私たちはこういう体制をとりますと申告することが義務づけられているのですか。

【今泉大学改革推進室長】 
 そもそもこの博士課程等の研究科を設けることは設置認可事項になりますので、そういう形で認められているところでございます。

【有信部会長】 
 つまり設置認可のときに、そういう形で申請をするということで、あとは一旦設置認可が認められると、また変更しようとする際は、変更申請をしなければいけないということですね。

【義本大学振興課長】 
 補足しますと、基本的には設置認可のところでの審査という形での関与でございまして、それ以降は、例えば新しい学位分野を導入するとか、全面改装という形以外であれば、届出という形になります。

【小杉委員】 
 大学の外の人間なのでよくわからないのですが、今まで何で5年も必要だったのでしょうか。3年で一人前の研究者になれるのに、何で5年もかけなければいけなかったんだと非常に疑問に思います。ほかの国の例を見ても、確かに日本は長いほうだなということで、そこが疑問なのが1つ。
 それから、3年制を支持する理由として1つ挙げられるのは、日本の企業の採用慣行を考えると、フリーターと一緒にしてはいけないのですが、フリーターの場合は25歳までだったら採用されるけれども、それを超えるとなかなか難しいということがあるので、それは企業の中で育成するということを考えると、そのぐらいの年齢までのほうが育成しやすいという気持ちがあると思います。年齢の部分はきちんとした年功序列でなくても、年齢感覚というのは今の企業でも非常に強いのではないか。例えば28、29という20代後半の人だったら、このくらいのことは期待したいという期待水準があると思うので、そうすると企業の中で20代後半に期待されること、つまりある一定範囲について自分の責任を持って何かができるというところぐらいまで期待されるとすると、博士課程を出た人間がそれと比べてどうかとか、そういう見方をされるのではないかと思います。
 そうしたときに20代前半までの人でこれから伸ばす人という考え方であると、企業の中でも既に多くの人が5~6年経験を積んで、それなりに一つのポジションの中のある部分を責任を持ってできるだけの力を持った人となります。それとの見合いを考えると、博士課程に対しての躊躇があると思うので、もし博士課程で研究者としてのトレーニングをきちんと積んだ人間が、早い年齢で企業に応募してくるのだったら、多分採用可能性はかなり高まるのではないかと思いますが、よくわからない疑問の1つでした。

【有信部会長】 
 ありがとうございました。企業が年齢にこだわるのは、今おっしゃったとおり、育成という観点があるからです。つまり企業は若いうちに人材を採用して、長い時間をかけて管理職の階段を上らせていくために教育をし、育成していくというプロセスを組んでいて、それに則って今までの採用活動をやってきたということは事実であります。それがだんだん崩れてきて、特にいわゆるブルーカラーであるとか、現場からどんどん崩れてきているわけです。それは企業の構造そのものが変わってきたということがある。最後に残ったのが、いわゆる幹部候補生だけは育成をきちんとしなければいけない。だから、採用も育成も幹部候補生についてはきちんとやりましょうと。こういう話できていたのだけれども、これも実はまた崩れつつあるというのが現状です。
 だから、例えばある時点で非常に優秀な人を採用したとして、その人が例えば企業の中で幹部候補生として育成されてきた人と比べて、パフォーマンスが上であれば、当然それは入れかわってしまう。こういうことが現実に起こりつつあるというのが企業の現状だろうと思います。ただ、それがドラスティックに外に見えるような形にはなっていませんが、皆さんが信じているほどの確固たる育成が既にやり切れなくなっているというのが実情だろうと思います。
 それから、もう一つ重要な指摘として、菅委員から卒論をやめるという提案がありましたが、これについて何かご意見は。前回、堀井委員が修士論文について、非常に教育効果のあるものだという主張があったと思います。卒論についてもおそらく同様の主張があると思うのですが。

【角南委員】 
 私もアンダーグラデュエイトがアメリカでしたが、卒論に関してはインディペンデントスタディという形で選択をするオプションがありました。ただ、菅先生がおっしゃったように、多分大学院のカリキュラムを前提にしているところもあるので、基本的には教育プログラムが一貫してできていて、それで教育的効果という面ではきちんと整備されているのかなと思っています。もちろんセミナーであるとか、いろんな形で卒論という形をとらなくても、ペーパーを書かせる中での個別の指導は当然あるわけですから、そこのところを一般的に全部卒論を書かせる、あるいは就職活動が4年の中に食い込んでくるという状況で大学院のシステムを整えても、なかなかそこのところは難しいなということで、それを一緒に議論することは非常に重要であると思っています。

【桐野委員】 
 理工系と比べて医学系はかなり違うので参考になるかどうかわかりませんが、医学部は6年間で卒論なし、修士なしの4年間というものです。今、2年、3年の修士・博士を少し短くするというのは、かなり現実的であると思います。昔、医学系で大学院に入学する人は重点化前で3,000~4,000人ぐらいでした。これはほとんどPIになって、研究者になっていくコースを目指す人たちで、医学博士は沢山いるではないかと思われると思いますが、そのころは論文博士でほとんどが博士号を取得していました。
 ただ、重点化以降だんだん増えてきて、現在は1万5,000~1万6,000人ぐらいが大学院の学生だと思います。要するに医学部卒業者の半分ぐらいが行っています。大体卒業して3年とか4年たって、27~28歳から30歳ぐらいになって、4年間の大学院に入ってきますが、そのときはほかのところに就職をするか、パートタイムの医者として働きながらやっているということが多いです。
 だから、共通点がほとんどないのですが、フルタイムで大学院生をやってないのではないかと言われればそうかもしれませんが、4年間で論文を大体書いて、博士審査を通してはいます。ただ、非常に優秀な学生で3年間のうちに超一流の雑誌に非常にすぐれた研究を出したような場合、3年目で卒業させるという制度があります。だから、きちんと準備をして教育して、論文を書かせてという、かなり大変だと思いますが、4年は現実的であると思います。3年はかなり大変ではないかなという感じがします。

【義本大学振興課長】 
 こういう議論を提起させていただいた背景としては、博士課程と修士課程の関係を議論するには避けられない課題だという認識がございます。その中でこういう形でご提起をいただいたわけですが、木村先生の資料にもございますように、先ほどご提起いただいたように、かなりいろんな論点があると思っております。学部教育の問題もそうでございますし、それから日本の学位ないし博士制度が国際的にどう通用するか、それによってどんな影響が生じてくるのか。他方、質保証の問題については、学部、大学院も含めて今議論して、その中においていろんな形でそういうシステムをつくっていこうという途上の中において、こういう制度を考えることについてどういうふうな絡みがあるのか、その辺も含めて是非のご議論をしていただければという形で事務局としては考えております。

【有信部会長】 
 ということで、是非についていうと、みんな是の方向の意見になっていると思いますが、これもこの後またまとめの議論のところで少し続けて議論をさせていただければと思います。

【木村委員】 
 先ほどは申し上げなかったのですが、工学については英国と制度的にだけは比べられない側面があると思います。私が申し上げるまでもなく、ヨーロッパではエンジニアリングというのは個人ベースのトレードです。コンサルティングエンジニアは、ほとんど個人でビジネスをして、その人たちが集まってインスティチューションをつくったという歴史があります。日本の場合はそうではなくて、企業が中心です。
 ですから、ドクターコースの卒業生云々という場合に、その過程で英国と日本を比較できないという側面があると思います。企業、会社というものが日本は中心ですから。英国の場合は、彼らは別にエッソに就職しようとか何とかあまり考えていません。自分で会社を起こしてという連中が圧倒的に多いわけです。その辺の環境の違いがあります。アメリカの状況は、あまりよく知りませんが、私の友人の話によると、日本と英国の中間ぐらいかなという気がします。工学だけで議論するとすれば、その国の理念、背景みたいなものも考えていかなければ、なかなかうまくいかないのではないかと思います。

【有信部会長】 
 重要なポイントだと思いますので、今後の議論のときにぜひ頭に入れて、よろしくお願いしたいと思います。それでは、引き続き角南委員からのプレゼンテーションをお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

【角南委員】 
 たしか1年以上前になりますが、そのとき私は委員ではなく有識者としてですが、中国の大学、高等教育についての取り組みということでお話をさせていただきました。今回は新しくなっている部分を中心に、ご紹介させていただきたいと思っています。
 それから、後で詳しく触れますが、最後に千人計画という、これは一番最近の中国の海外からの博士号を持っている、国籍は問わない人材招聘プログラムということで、今、共産党組織部を中心に非常に力を入れている取り組みがございます。こうしたことは中国がここ数年間で世界の中でも注目されるような研究、あるいは教育拠点の形成を目指している一つの取り組みということであります。
 私は普段大学にいるのですが、週に2日ほどの非常勤で科学技術振興機構に設立されました中国総合研究センターというところで仕事をさせていただいておりまして、そちらでは中国の科学技術とか、人材とか、こうした情報を集めて、皆さんに公開しております。ご関心のある方はそちらのホームページを見ていただければ、きょうの私の資料も、それから背景にあるペーパーも掲載されておりますので、読んでいただければと思います。
 きょうの資料の内容ですが、今の中国の高等教育の状況ということで、大学の進学率及び大学院への進学率も含めて大きく伸びているということを紹介したものであります。これは時間の関係で割愛させていただいて、一つの出発点として、重点化について取り上げて、お話をさせていただきたいと思います。中国はご存じのとおり、非常に重点化、つまり、これは教育機関だけではなくて、研究機関も含めてトップレベルの拠点を選定して、かなり長い期間をかけて特別に予算、あるいは制度上の優遇政策を行っていくという非常に特色のある発展戦略をとってきております。
 ひもとけば1958年、9年あたりから、この重点化によって特に中国の高等教育機関を世界一流の機関にしたいという、これは国家の夢ということで、50年近くこの政策がとられております。もしかしたらこの中に読まれた方がいらっしゃるかもしれませんが、この5月の頭に私は朝日新聞と一緒に中国に行きまして、重点化の功罪、光と影を取材してきました。これは朝日新聞の大学面のところで3回にわたって中国の高等教育事情ということで、ゴールデンウィークの後半から掲載されまして、この重点化ということについて、中国の中では相当いろんな意見があるのではないか。特に教育あるいは研究者にとっても、拠点形成というのがわかりやすいのですが、そこを目指して、ある意味で競争させられる、あるいはそこに入らない人たちというのはどんな状況になっているのか。
 そういう問題意識の企画で私が一緒にやってきたのですが、一般的に中国の研究者、教育者はこの重点化を非常に当たり前として受け入れているということがわかってきました。重点化についてはいろんな取り組みがありますので、この資料でいいますと、18ページのところを見ていただくと、一番有名な211プロジェクトと。これは1993年、一部の大学を選んで、予算も優遇的に配分する。211プロジェクトに認定されなかった大学はどうなっているのかいろいろと見てみますと、こうした211プロジェクトに入らなかった大学でも、例えば北京市、あるいは上海市という財政の豊かな省レベルにくっついている大学では予算はそれなりに優遇されているのですが、経済発展がおくれている地域の大学は一番苦しい状態にあります。
 211工程は中央政府が全体的なバランスも考えながら、満遍なくできるだけ地方の大学も重点大学として認定し重点化を図っているということで、必ずしも沿海部のトップスクールだけが選ばれているわけではないのですが、いずれにしても限られた財政、そして限られた時間の中でいち早く大学のレベルを上げていく、そして教育のレベルを上げていく。そのためには優秀な教員を海外から呼び戻して、沢山そこで働かせて、そのための財政あるいは制度上の優遇を図るということです。この211プロジェクトというのは非常に重要なプロジェクトでありまして、現在、百数校が認定されています。
 それから、985プロジェクトというのが19ページにありますが、これは世界レベルの大学建設のため、さらにトップレベルの、211プロジェクトの中から38校が認定されているところです。これは98年5月に江沢民が北京大学の創立100周年大会で、世界先進レベルの一流大学を中国は持つということが長年の夢であると言ったことを受けたものです。これもご存じのとおり、文革のときに足踏みをした時期がありますので、それからいち早く立ち直るためにもさらに数校を選んで、今はだんだん膨れて30校ぐらいですが、そういう形で211の上にさらに重点化していくということであります。
 それから、大学だけではなくて、20ページには重点学科ということで、各学科あるいは研究室レベルでも重点という言葉が使われて、優遇投資、重点的な投資をさせるというような措置がとられています。そこには具体的な数字が載っております。
 それから、こういった重点化に認定されると、少なくとも財政的にいろいろな形で優遇されると言われているのですが、それ以上に優秀な学生を比較的優位に集められるということで、財政というよりは、むしろブランド的な位置づけが非常に高いということです。それから、そのブランド力を使って、今度は産学連携を展開させることによって、独自の資金も稼げるようになっているということであります。必ずしも交付金のようなものだけが効果を上げているのではなく、むしろ認定されるということが中国の今の大学の競争社会の中では非常に効果が効いているということです。9ページに皆さんご存じの北京大学の例を書いておりますが、重点化の大学としてのモデル校的な役割をしています。
 北京大学の最近の流れの中で一番力を入れているのは、大学院教育をきちんと制度化するということです。北京大学には、これはよその大学もわりと似たような制度になっていますが、研究専任という、アメリカでいいますと、カレッジ・オブ・アーツ・アンド・サイエンスというところが全体の大学院制度を管轄しているところがあります。そこで、これまでは3年の修士が中心だった大学院から博士課程を中心にしたいと。そのときに修士3年、博士3年の6年を短くして、しかも修士をなるべく博士一貫課程のほうに組み込むということで、一番下の博士前期・後期という、一貫5年コースというのが一つの新しい取り組みとして行われています。修士は1年で、優秀な適性審査に受かった人間が即博士課程に入るということで、全体で5年です。これは自然科学も文系もみんな似たような形でやっています。
 もう一つは後でご紹介しますが、海外の優秀な中国の研究者、教授を連れて帰ってくる、あるいはイエールなどいろいろなアメリカの大学、あるいは欧米の大学とジョイントしてプログラム、カリキュラムをつくっていく上でこういう制度が整えられないと、連携が進まないということもあって、このように重点大学の中では、特に博士課程における制度改革が進んでいます。こういう点については、ここで議論していることと非常に似ているような話があるということです。
 これはお隣の中国の話ですが、我が国にとっては中国からの留学生が一番多いわけでありますし、中国の大学院の制度改革というものがある意味で制度の中でどれぐらいの整合性が、例えば日本の大学院等に出てくるかによって、学生交流においても非常に大きな影響が出てくるだろうと思います。少なくとも今は中国の大学院は、欧米のシステムに非常に近い形になっていっていますので、これについても我々は視野に入れておく必要があるかなと思っています。
 最後に、22ページに海外人材のことについて書いてありますが、この後書かれているプログラムはすべて海外のトップレベルの研究者、あるいは教育者を中国に招聘するというものです。基本的には海外の中国人が対象になっているので、我が国が今よく言っているような外国からの研究者を入れるとか、そうすると言葉の問題とか、いろんな文化の問題が必ず出てくるのですが、中国の場合、最初は中国人で欧米にいる人を呼び戻す。これが一つのポイントになっているということです。
 それで、最後の27ページに最近私が一番注目している政策ですが、この海外ハイレベル人材招致「千人計画」というもので、中国共産党中央組織部がかかわっていて、非常にハイレベルの政策になっています。対象は国籍を問わず、原則55歳以下で、海外で博士号を取得している者です。それから、もう一つ今の中国の国家政策として、自主イノベーションがあります。自分たちの知的財産を高めてイノベーションを図って、経済の競争力をつけるという政策が国家戦略の中核にあるわけでして、そういうことを担える海外の人材を処遇して連れてこようということで、自主知的財産権を持つ、またはコア技術を把握している海外での起業経験を持ち云々と書いています。そういう創業人材はこの千人計画の中でも重要なターゲットになっています。
 したがいまして、これはブレーンサーキュレーションというポジティブなことを考えれば、我が国にいる中国の優秀な研究者はこの千人計画の対象に当然なってくる。その際に本人及び外国籍の配偶者、つまり中国人ではない配偶者、あるいは子女についても外国人永久の居住証ということで、グリーンカードのようなものを出す。あるいはその下にありますような、さまざまなインセンティブをつけているということがあります。
 これは今までの中国の海外の優秀な人材を集める拠点形成政策の中でも、かなり踏み込んだいい条件のものになっています。この裏にはここまでしないとさらに優秀な人材を呼び戻すことができなくなってきたという、今の中国の現状をあらわしているとも読み取れるのでありますが、そうした中で今後、中国のみならず、人材をめぐった条件闘争というか、条件の提示の出し方、研究費もただですが、これぐらいつけますよ、あるいはグリーンカード、家族に対してもこれだけのことをやりますよというようなことが、アジアの中でもかなり大規模で出てきたということは、今後、大学院改革のみならず、我々の取り組みを議論する中でも参考にしておく事例かなと思って発表させていただきました。

【有信部会長】 
 どうもありがとうございました。質問でもコメントでも何でも結構ですので、よろしくお願いします。

【菅委員】 
 質問をさせてください。千人計画ですが、私の友人も入っていると思うのですが、これは例えばアメリカに職を持っている人はその職をキープしながら、こちらに入ることも許しているのですか。それとも向こうは退職して戻ってこないといけないのですか。

【角南委員】 
 中国は昔、海亀政策ということで、基本的には海外に留学した人が帰ってくるという、今、菅先生がおっしゃったような籍を残しながらということではなかったのですが、だんだん行ったり来たり、つまり渡り鳥という、中国で別の呼び方があるのですが、アメリカにグリーンカードを持っていて、アメリカで研究していても、こうした優遇政策の対象として認めるというように徐々に変わってきておりますので、今おっしゃったような方々も対象になってきているだろうということであります。

【中西副部会長】 
 1つ質問ですが、9ページの中国の大学院制度改革についてというところです。修士課程を3年から2年短縮とあり、博士課程を3年から4年に延長しているとあります。そしてその下に博士前期・後期コースは1+4で、5年コースに延ばしていると書かれているのですがもう少し説明していただけますか。

【角南委員】 
 すみません、説明が少し足りませんでした。従来は博士3年、修士3年で6年ということを考えますと、5年一貫にすることによって1年短縮をしているというように読んでいただけるとありがたいです。私の先ほどの議論もそうですが、私自身はコロンビア大学であまり優秀な学生ではなかったからかもしれませんが、8年ちょっと博士におりまして、その当時からこれは長過ぎると。私は社会科学だったものですから、平均ではあったのですが、それでも5年にしろということで、相当なカリキュラム改革が私が在籍しているときでも起きています。こういう全体の流れの中に北京大学、重点大学も乗ってきたということで、紹介させていただきました。今までは修士が中心だったので、これは多分、旧ソ連とか、いろんな影響で制度設計をされていたものをむしろ、欧米とも整合性がとれるように、博士を中心とした1年、4年の5年という流れがほかの大学にも起きているということで、むしろ短縮をしているという整理をしてきているということです。

【中西副部会長】 
 それからもう一つ、日本は大学によって違うとは思いますが、ドクターをとるためには少なくとも論文を3本ぐらいファーストネームで書くことを義務づけているような傾向がありますが、中国はどういう規定があるのでしょうか。

【角南委員】 
 論文を書くこととディグリーを取るということのプレッシャーは、むしろ日本以上にあると思います。特に理系ですと、あまりにもプレッシャーがあり過ぎて、なかなか生産する、つまり論文を書くことが主になってきて、研究がおろそかになっているのではないか。これは私だけではなくて、中国の同僚が非常に危惧するぐらいの事態になってきています。特にトップジャーナルに対する比重をかけて、どのジャーナルに出したかというのは点数がそれぞれ違っていまして、非常に細かく評価の対象にもしています。
 ただ、中国科学院がやっている中国科学技術大学というところは、それに備えるために学生に早くからプロポーザルとか、論文の書き方の指導をやっている状況であると思います。

【桐野委員】 
 中国では、例えば北京大学とか上海交通大学とか、いろいろ有名なところがありますが、学生の移動というのはあるのでしょうか。

【角南委員】 
 学部から大学院ということをいえば、かなり動いています。全国統一入試で、タイミングもあると思うのですが、地方の大学、自分の近くにある大学の学部に入ってくる学生が、大学院で中央の、あるいはトップレベルの大学を目指して大学院に行くということで、おそらくそういう人のほうが多いと思います。
 ただ、例えば飛び級で北京大学の博士課程に22歳ぐらいで入っている優秀な学生もいたりしまして、それは学部からずっと飛び級で博士一貫課程に入って、20代半ばで博士になってしまうという例もありますが、大体一般的には移動します。戸籍制度がありますので、移動することが非常に強みになります。地方にいると、そこの戸籍に縛られますので、優秀な人材獲得の形成のところにもあなたの好きな場所を選べますよというのが書いてある理由は、戸籍を、つまり自分が住みたい場所を選べるということが一つの競争力のインセンティブになっているということです。

【菅委員】 
 このように移動するとか、そういうときの問題として経済的サポートが必ず出てくる。中国は今、どれくらいの博士一貫コースに入った学生がサポートを受けているのですか。

【角南委員】 
 これはなかなか難しいのですが、学費がある意味でコントロールされている、抑えられているので、財政的なサポートという意味ではまだまだ未整備だと思います。ただ、RAとかTAという形で、博士課程の学生は仕事をしながらやっているので、そこで学費についてのサポートを得ているという形が主だと思います。

【河田委員】 
 私も中国のことを研究していて、大学の制度のことについてはいろいろ教えられたりして、ただ1つ中国は一色ではない。革命はどこそこに学べというモデルができて、それに乗っていくという方向がありますから、例えば北京大学ではマスターが3年から2年。私が去年行った武漢の大学だと、1年間でマスターを出します。東南アジアから先生方を呼んできて、彼らにとっては1年間で教えることによってマスターを出しますとか、いろいろやっていますので、これは非常に大事な資料であるし、モデルになると思いますが、全部これで中国、日本の26倍ある国土のところが一色にやられているのではないと思われたほうがいいと思います。

【有信部会長】 
 どうもありがとうございました。追加の質問ですが、ここに95年と2005年の比較表が机上資料でありますが、たしか95年ごろだと、大学の教員の給料というのは、もともと公務員の給料もそうですが、かなり低くて、多分給料だけでは生活ができないぐらいの感じだったと思うんです。それが今の2005年のレベルになると、結局、海外から呼び戻したりすると、逆に高給を提示しないと戻ってこないと思いますので、その間で全体として給料が上がる方向にいっているのか、それともそのままできているのか、どうなんでしょう。

【角南委員】 
 先ほどのご指摘ありがとうございました。まさに大学によってかなりの差は出ていて、きょうは重点大学の特にその中でも985とか、いろんなレベルの大学はあのイメージを持っていただけると幸いです。給料に関していえば、そんなには伸びていないですが、ただ、これは研究所もそうですが、基本給というよりはそれ以外のボーナスを上乗せすると、基本的にはかなりの給与が優秀な人材、特に海外から帰ってきているような人材には提供されている。全体的な所得の格差というのは大学の中でもかなりありまして、個人レベルで話をしていると、それは問題であるというように指摘される先生もいます。
 ただ、基本的には、そんなに教授の給料というもの自体はドラスティックに伸びているというわけではなくて、全体的にボーナス的に賞与というか、別の形で得ているものを足すと、それなりにトップレベルの研究者、あるいは先生は生活水準が上がってきているということだと思います。

【有信部会長】 
 それでですけれども、少し気になるのは、いわゆる先端的な研究拠点等々に対して国策でいろんなことをやっているのと同時に、各大学が自分たちの研究成果を商業化するためのさまざまな企業集団を抱えていて、特に北京大学だとか、清華大学だとかいうところは大学の周りに企業集団がずらっとビルを建てて並んでいて、しかも大学の先生の給料は安いものだから、結局、自分たちはそこで兼任をしながらという形で進むと同時に、大学院生もそのために実際には使われてしまうということが現実にかつては起きていたんです。それは、本来の重点化等々でいう先端的な研究をやるところと少しずれてしまうような気もするのですが、現状はどんな感じでしょうか。

【角南委員】 
 これも一般化するのは非常に難しい。まだばらついて発展していますが、今ご指摘のような合弁企業をめぐる問題点というのは存在しておりますし、その問題点は認識もされていて、そのためにいろんな意味で研究、あるいは博士を指導するということに対するインセンティブを学内で設けています。特にトップの大学については教育面に力を入れないと、まさにおっしゃられるとおりの状況に進んでしまうというのは危機的で、何とかという先生は非常に有名で、いろんな会社の役員もやっているが、大学での教育は全く問題であるということが大学の新聞で出たりとかというケースもあったりしましたので、ある意味ではおっしゃられた指摘はもう既に出ています。ただ、それに対する改善ということも当然議論されていますので、改善が見られるところとまだ発展途上のところとばらつきがあるので、一般的にどうだというのはちょっと言えないと思います。

【今榮委員】 
 211プロジェクトには一応大学と重点学科と書いてありますが、これは一旦認定されると、引き続きそういうサポートがあるのか。それともある程度、例えば重点校がかわるのか、そのあたりのシステム的なところはどうでしょうか。

【角南委員】 
 認定をされますと、必ずどこかの段階で評価を受けて、それで外されるケースもあります。過去に数校入れかわっているのも事実でありますし、詳しい大学名はホームページを見ていただけると入れかわっているのがわかります。
 私は今回のレポートの中でも、その評価をどうやっているのかというのを聞きました。それで、今回科学技術振興機構のホームページに載せているリュウ先生というのは、向こうのまさに中教審の大学院部会のようなところの委員の先生で、彼はそういう評価に参加したということでありますが、理想的な評価というわけではなくて、非常にクローズドでやっていると。ただ、評価は行われているのと、それからアドホックです。だから、5年と区切っているわけではなくて、何かの機会にあって、第1次、第2次、第3次というように発展してきていますので、そのときに入れかわる。次はいつあるのかというと、それはまだわからないということです。

【有信部会長】
 角南委員がいろいろ指摘をされたように、中国は大きく変わってきていますし、その中でもかつては比較的日本に近い形でやられていたものが、急速に、どちらかというと日本を飛び越えてというか、日本よりは、あるいはかつてのロシアなどよりはずっと欧米に近いシステムになっていて、学生の思考等々もかなり欧米に近い。特に米国に近いような傾向が表向きは見られるような気がします。だから、そういうこともぜひ頭に入れながら、今後の議論を進めていただければと思います。
 それでは、議題3として、大学院部会における審議のまとめ(骨子案)というのをきょう準備していただいていますので、これを事務局から簡単に説明をお願いします。

【今泉大学改革推進室長】 
 失礼いたします。皆様、資料3と机上配付資料にしております「大学院教育改革に関するご意見伺い」まとめ、資料番号はついておりませんが、その2種類をごらんいただければと思います。
 資料3の骨子案につきましては、委員の皆様方には先日事前に送付しております。ですので、内容についてはご一読いただいていると思いますので、割愛させていただきます。
 この資料3の中身については割愛いたしますが、その枠について簡単にご説明いたしますと、これまでの大学院部会において皆様からご意見をちょうだいしました。その意見の内容をまとめたものでございます。その枠としては、これまで平成17年の大学院答申を踏まえて、大学院教育振興施策要綱等いろんな諸施策を講じてきたところでございます。その進捗状況の検証という形でまとめさせていただきました。
 その結果、幾つか課題があるので、その課題について、大学院教育の実質化と産業界のニーズとのミスマッチの解消についてという項目と、大学教員の意識改革についてという項目、大学院の適正な量的規模という項目、大学院生をめぐる諸問題、ここの中で進路と経済的支援の問題、こういう形でまとめさせていただいたところでございます。
 2ページ以降については、主な意見を挙げさせていただいているところでございます。
 机上配付いたしました「ご意見伺い」まとめでございますが、これはこの骨子案について事前に委員の皆様に送付して、その送付したものに関するご意見をまとめたものでございます。すべて名前を付した形で、ただいま申しました各項目について項目分けをしているところでございます。この骨子案の中には、「ご意見伺い」の中身についてはまだ反映しておりません。本日、この大学院部会の中でご議論いただいて、その中で出てきた主な意見について、骨子案の中で取り組んでいくと。そういう形で考えているところでございます。ですので、この「ご意見伺い」の中でご意見をご提出いただいている委員の皆様に関しましては、ぜひ本日の会議で積極的に触れていただきたいと考えている次第でございます。以上でございます。

【有信部会長】 
 ありがとうございました。きょうは残りの時間をこの件についての議論に充てたいと思いますので、ぜひよろしくお願いしたいと思います。
 基本的にはこれでまとめていくという方向になるわけで、できるだけ具体的な中身を折り込みながらまとめられればと思いますので、ぜひよろしくお願いします。

【延與委員】 
 基本的なことをお聞きしたい。このまとめというのは、この審議の結果として文科省に伝えるという扱いでしょうか。いろんな記述のなかに、大学が法人としてやるべきこととか、文科省が施策としてやることが望ましい事とか、いろんなことがごっちゃになっているような気がしまして、お聞きしているのですけれども、このまとめの趣旨がよくわからない。文科省の会議だから、文科省に対して言うのでしょうか。

【有信部会長】 
 それは要するに中教審の趣旨ということになると思いますので、これはぜひよろしくお願いします。

【義本大学振興課長】 
 この審議は、昨年9月に、中教審に対して中長期的な大学のあり方について3点の諮問をさせていただきまして、その流れを受けて議論しているところでございます。過去の中教審の議論でも、例えば学士課程の答申というのを昨年の12月に出してきましたけれども、その答申の中においても、国がやるべきこと、あるいは大学自身の取り組みとかいろいろまじっておりまして、形としてまとめる段階においては、だれが主語かという整理も出てくると思います。ただし、今は基本的には審議の経過でございますので、その中間的な整理をいただくというような性格だと思っております。

【有信部会長】 
 ありがとうございました。これはもともと文部科学大臣の諮問を受けて、大学分科会で大学教育のあり方についての審議をする。その中で、特に大学院については、大学院部会というところで集中的に審議をしますということで、要は大学院のあり方がどうであるべきかということが主でありまして、それに対して国として、行政としてやらなければいけないこと、あるいは大学がみずから自主的にやればできることということで、最終的には整理されてくる。だから、議論に際しては、とにかくどう日本の大学院があるべきかということを、ぜひ重点的に議論していただければと思います。

【菅委員】 
 この骨子案を読むと、大体何とかが必要とか、何とかが重要であるということで大体終わっているのですが、これは今後、具体的にどうするかというのも書き込んでいくという指針をここに出しているという理解でいいですか。

【今泉大学改革推進室長】 
 そのとおりです。

【菅委員】 
 多分、具体的にこれをどうするかというのはとても難しいことなので。

【有信部会長】 
 だから、特にそういうことについてご意見があれば、あるいはこういうことはぜひ避けたいということでも結構です。

【義本大学振興課長】 
 ちょっと補足させていただきます。冒頭、部会長からお話がございましたように、5年前の大学院の答申については答申という形でまとめて、その成果をプログラム的に実施するような、いわばアクションプランという形で大学院施策要綱というのをまとめさせていただきました。おそらく今後、この議論の成果として、この大学院施策要綱の後継のようなものを考えるかどうかということも一つ出てくると思いますし、そこで具体に施策として体系的なものがまとまってくるという話だと思っております。

【有信部会長】 
 このように骨子案という形でまとめられていて、これはわりとコンパクトにまとめられているので、なかなか意見が出にくいのかもしれませんが、特に大学院教育の実質化ということについては、先に産業界サイドからさまざまプレゼンをいただいて、知識的なレベルで産業界が期待することと、それから資質として期待をすることということで、それぞれ期待が述べられたと思います。
 知識については基本的にきちんと枠が決められると思いますが、資質については実際そう簡単には大学院の中で、例えば創造的とか、幾つかあったと思いますが、そういう部分の教育をどうするかというのはそう簡単にはガイドラインが出せないかもしれないですが、こういうことについてもぜひご意見があれば出していただければと思います。
 それから、教員の意識改革という意味では、大学院が教育をする場であるという点について、どういう形で意識改革をしていくかということで、ここに例えば処遇等々という具体的な策の例も出ていますが、こういうことについてもご検討をお願いしたいと思います。 あと、量的な規模については、現実に文部科学省から次期の国立大学法人の中期計画に向けてという中で、博士課程、法科大学院等々については、量についての検討をきちんとやってくださいという方向づけがなされていますが、これについては先般も説明がありましたように、初めから減らせということで指示を出しているわけではないということです。
 規模についてもう一つ考えなければいけないのは、分野ごとにどれだけの規模が必要かという視点が今まであまり議論されていませんので、特にどうしても議論が理工系の話に集中しがちになってしまいますが、例えば人文社会系でどれぐらいの大学院生の規模が必要か。ただし、これは大学院でどういう教育が行われるかということにもかかわるわけでありまして、例えば欧米での人文社会系の大学院のPhDの輩出数と日本のPhDの輩出数を比べても、そこで教えられている内容によって多分違うところもあるだろうと思います。量についてはもう少し分野ごとに突っ込んだ議論をしないと、きちんとまとめられないだろうと思いますので、ここは少し先に問題を投げるという形になるだろうと思います。
 あとは、大学院生へのサポートの話、これについては具体的な案として、菅委員から競争的研究経費を、極端な話をすると、教員の給与に使えるようにしようという具体的な提案がありました。これそのものは現実的にどうこうという議論はありますが、これぐらいの配慮も含めて検討したらどうでしょうか。
 それから、きょう議論しました修士課程・博士課程のあり方ということで、5年前の答申の中では、修士課程と博士課程というのを明確に分けた議論になっていて、その当時は修士課程というのは特別な修士課程という言い方をしていました。確か博士課程前期と、ちょっとあいまいな部分があって、博士課程前期・博士課程後期というものと修士課程というものが並列に議論をされていて、ところが最終的なところで博士課程前期と修士課程の明確な区別づけがやり切れてなかったところはあったかもしれません。そこがまだあいまいなままで、ただし、修士課程はその後の専門職大学院の方向につながっていくような議論の流れだったように思いますし、博士課程は高度な専門的知識を持った研究者、あるいは職業人の育成という方向に流れていくという、そういう全体の構成だったような気がしていますが、そういうことを含めてこれをもう少し実質化していくためにはどういうふうにしていけばいいか。こういう話だろうと思います。

【荻上委員】 
 部会長が言われたことに少しかかわるかと思いますが、今、学位プログラムの検討が別なところで行われています。学位プログラムという考え方に立てば、博士前期課程とか、博士後期課程というのは非常に不思議なもので、つまりどういう学位を授与するための課程かというと、博士前期という学位を授与するわけではないので、そうすると修士課程とか、博士課程とかいうほうがごく自然となる。学士課程や修士課程、博士課程という、授与する学位に注目した考え方です。
 学位プログラムという考え方はどうなっていくのかまだ全くわからない段階ではありますが、そういう考え方に立つとすれば、何年制というのもあまりこだわる必要がなくなってきて、そのプログラムを修了するという考え方です。学位プログラムに近いような考え方をとっていると思われる国では修業年限を決めているわけではなくて、ここの資料でもありますが、標準的には何年から何年ぐらいが多いということになっているかと思います。学位プログラムを我が国の大学制度にトータルに取り入れるというのはいろいろな点で難しいのではないかと思いますが、まず大学院課程において導入する方がやりやすいのではないかと私は思いますので、大学院課程で修士プログラム・博士プログラムというものを導入することの是非も含めて検討してはいかがでしょうか。

【有信部会長】 
 ありがとうございます。非常に重要な指摘で、半分は目からうろこが落ちるような部分がありますが、確かにそうですね。前に学位プログラムについて米国の例を紹介していただいたことがありますが、それはこのコースでは、例えばPhDとマスターとバチェラーの学位を与えます、このコースはマスターの学位だけです、このコースはPhDの学位だけですというふうになっていて、ただ、それは実際には学部組織というのとは違う形になっていて、ここは非常に難しいと思いますが、日本の大学とアメリカの大学との基本的な違いの部分があります。
 日本の場合は、事務当局しか経営をやってなくて、アカデミックなところについては、学部長は選挙で選ばれて、学部ごとに基本的には学部自治ということで経営がなされている。そうすると、学長は一体何をやっているのか。名目上はCEOであって、ここにも学長はおられますが、CEOであって、アカデミックヘッドであるのですが、現実的には経営という意味では非常にやりにくいという構造になっていて、その点もきちんと議論しようと思うと、そういうところまで突っ込んで議論しないといけない。ただ、それはちょっとやり切れないだろうと思いますが、少なくとも大学院に限っていえば、今言われたような議論は可能だと思いますので、そういう点でも少し議論していただければと思います。

【延與委員】 
 私は日本で大学院教育を受けて、その質の高さに非常に感謝しております。一応、世界に出ても通用する学者に育てていただいたという感謝があります。こういう審議の中、我が国の大学教育の強いところは何かという、問題点を探すのはいいのですが、強いところを伸ばすというのはとても重要なところです。それは何なのかという総括が多少あってもいいのではないかと思いますので、ご検討いただきたいと思います。

【菅委員】
 ここに書いてあることは、問題点を指摘して、これは正しいとか、そういうことなので、多分言えないと思います。もう少し具体的なものがあれば、これはこうしたほうがいいのではないかという議論は起きると思うのですが、我々にこの答えを全部ここで言えというのはかなりきついかなと思います。先ほどの話は、私はとてもいいと思いますが、先生は日本の大学院教育のどの点がいいと思いますか。

【延與委員】 
 論文を書かせて教育するという徒弟制度的なところです。それを受けて海外へ出てみたら何も恥ずかしくなかった。これはすごいことであると僕は思っているのですが。実証は難しいですが、自分が外国で4年ほどポスドクをやった際に一番得たことは、自分は世界に通用するのだなという実感です。日本でガラパコスの中で育てられましたが、やはりいいものであると思っています。そういう素直な感想です。とりとめがなくて申しわけありません。

【河田委員】 
 私も中国哲学という分野で非常に徒弟制のところで、3年に1度ぐらいしか大学院へ上がってこないところで育てられてとてもよかったと思うし、それで学者になれたと思います。ただし、今、私立大学の学長になってみると、それでは社会科学も文学ももたないわけです。ようやく修士課程の段階で理工系の学部は、うちは3学部あるのですが、そこのところで1.5倍ぐらい入ってくれて、三百数十人いる。それによってもっているわけです。しかし、大学院の博士課程にはほとんど行かないで、20人ぐらいしか行ってない。あとは全部出ていってしまって、我々の大学の、あるいは大手の私立大学の大学院はいいのかもしれないが、経営的にはとてもやっていけないし、中国と競争したときに果たして中国のトップレベルの大学とはとても勝負にならない。彼らはあれだけ国家戦略、あるいは地方の政府なり、省のトップがあれだけやって、これもそのうちではなく、今でも負けていると思います。東南アジアの留学生は日本に来ないで、中国でマスターを取ったほうが価値があるというように考え始めていますから。
 だから、そういう意味で今までの徒弟制はよかったけれども、それは過去のもので、とてもそれではやっていけないし、国立の旧帝大ならそれでもいいでしょうけれど。だから、やはり国際的に通用する人材を出さなければならばい。そのためには今までのような徒弟制でやるのではなくて、きちんとしたカリキュラムに沿って教育をやるのを明確にして、それでこういうことをやりますという到達目標も決めて、質を高めなければならないし、これは非常に難しいところです。

【延與委員】
 修士をどうするかという問題ですが、博士までの教育としては悪くなくて、修士卒で企業を支えることを前提すると、我々のやってきた論文重視の教育に限界があるというご意見には僕も非常に賛成します。そこは見直すべきです。どうするといいのかという事に関してはいろんな意見があったと思いますが、博士までつくる研究者育成というところではまだまだいいところがあるのではないかという事だと思います。結局、修士卒のレベルが問題となってくる。

【有信部会長】
 例えば学部の教育についても、ある意味で卒論が非常に効果的であるとか、そういう議論が出ていて、何年か前から、要するに従来の大学の教育は講義という言葉でも象徴されるように、一方的にある種の知識をマスである学生集団に与えていた。結局、トレーニングという観点がないわけです。理解できる者だけが理解すればいい。こういう形でやってきて、初めて卒論になって研究室に配属されて、直接指導を受けて、そこで周りの人たちと切磋琢磨しながら指導を受けるというので、ここの教育効果は抜群にあるわけです。
 したがって、修士課程でも研究室に配属されて、研究室の先輩、後輩と切磋琢磨しながら直接教授の指導を受けて、あるいは助教授の指導を受けて、助手の指導を受けてという人間関係が極めて密になってきて、その中で鍛えられるということがあって、それは教育効果が高いのは当たり前の話です。
 これは何年も前に反省をされて、例えば東大でPBLを始めるということがあったのは随分前です。工学部の一部では、大学評価が検討されているような時代にやり出していたはずです。PBLというのは、教員がとにかく直に学生と向き合ってということでやり出したけれども、これはものすごく教員の負担が増えます。しかし、そういうことをやらないとほんとうの意味の教育ができないということで、だんだん教育も変わってきているというところがある。例えばアメリカで実際に学部教育を受けた方がおられると少し意見を伺いたいと思いますが、アメリカの場合は、例えばアメリカのアクレテーションのABETという団体がありますけれども、教員のことを何と言っているかというと、インストラクターと言っているわけです。
 つまり教員はティーチャーでもなく、プロフェッサーでもない。だから、考え方が多分違うのだろうと想像していますが、結局、講義ごとに宿題を山ほど出して、学生にトレーニングをしてということが、多分、教育の仕方が基本的に違うということもあって、なかなかコースワークということも同じレベルでは言えないのかなという気もしているのですけれども、だれかその辺の知識のある方がおられれば。

【菅委員】 
 私は大学の学部は日本ですが、向こうの大学の教員をしていたので、教えた経験はあります。基本的にアメリカの学部の教育というのはとてもシステム化していて、教科書があって、インストラクターの人たちはそれに沿ってやるというのを前提にしています。日本みたいにみんなばらばらに勝手なことをするというのはまずなくて、教科書を、例えば私が化学の授業を持ったとしますと、化学の先生たちが集まって今年はこの教科書をやりましょう。最新版を必ず使う。その幾つかある中を検討して、これに今年はしましょうと決めたら、その教科書に沿ってできるだけ忠実にこなしていく。それに問題集があって、それも着実にこなしていくという、そういう意味ではインストラクター的な役割を果たすのがアメリカの学部教育です。だから、特色というのは実をいうとそんなに学部はなくて、むしろ大学院に入ってからのほうが随分特色が出てくるというのがアメリカの大学だと思います。私はアメリカで学部の教育の接点はないので、それ以外のことはよくわかりませんけど。

【有信部会長】 
 だから、そういう意味ではいい面、悪い面あるわけですね。そういう中で、今、日本の学部教育というのは逆に言うと非常に特色があって、アメリカのように、アメリカが学部でやらなければいけないというか、大学院でやっていることまで含めて既に学部でやっているというご意見もありました。ただ、今、それがだんだん厳しい状況にもなっているということもありますし、一方で国際化時代の中で諸外国の、これは今紹介があった中国等も視野に入れながら、諸外国とのバランスを考えて、日本の大学院をどうしていくべきかと。こういうふうに考えなければいけないという視点もありますので、特に学位プログラム的な観点を入れるとどうなるかという点については、菅先生、どうでしょうか。アメリカは基本的にはそういう感じでやっているような印象を受けたのですが。

【菅委員】 
 そのとおりだと思います。先ほどの徒弟制度のところにもちょっとタッチしたいのですが、日本は確かに徒弟制度として非常にすばらしいシステムで、後継者を育てるという意味では多分、世界の中で一番すぐれているかもしれないシステムで、今まで動いてきたと思います。ただ、それの一つの弊害は自分の分野のみで、クロスできないことです。ですので、今、サイエンスがいろんな境界領域で新しいことが生まれるという状態になりつつあって、そこから新しい産業が生まれているという現状を見ると、徒弟制度というのは限界が出てきているというのが多分現実で、おそらく大学院の教育をどう改革するかというところは、そこをちょっと考えなければならない。今から5年、10年後はもっと境界領域が重要になってくるときに、徒弟にこだわっている、自分の後継者を育てるということにあまりデューティを見出してやっていると、ほんとうの意味でのガラパコスになってしまうというのが私の危惧です。
 ガラパコスになってもいいですが、それがちゃんとわかっているガラパコスならいいのですが、完全にガラパコス状態になってしまうと、世界の流れからは乗りおくれてしまうということを私自身はちょっと危惧していまして、とにかく境界の人たちを今後日本から輩出していくためには、学部の教育できちんと基礎を固めるというのが第1にあって、その後に今度は大学院教育にしても、自分の後継者を育てるということから少し視点を変えて何か教育を加えていかないとだめだろうなという気はします。

【義本大学振興課長】 
 先ほどのご指摘で、まだこれだけでは議論がしにくい、イメージがわきにくいという話がありまして、この性格はこれまでご議論いただいたことを整理したものでございまして、逆にこれをさらに深めていって肉づけしていただくということを私どもとしてはぜひお願いしたいと思います。
 それから、先ほどちょっとご紹介差し上げましたけれども、別冊で大学院教育振興施策要綱という資料がございます。これは5年前の答申を受けて、平成18年3月に文部科学省の名前で決定させていただいたものでございます。例えば、4ページを開いていただきますと、大学院教育の実質化と書いてございまして、具体的には、例えば大学院設置基準を改正し、こういうふうな規定を置くとかいうことが出てまいります。
 ですから、この資料でいいますと、この骨子案の3ページの上のほうでございますが、大学院教育の実質化及び産業界のニーズとのミスマッチの解消についてということになりますと、この2つ目のポツで、大学院において、学問分野ごと及び学位レベルごとに、修得することが期待される知識・技術体系や資質能力の公表を義務化する必要ということになると、これは設置基準の改正ともつながっていくような論点でございます。そういうようなことも含めて、ここがまだ問題だとか、あるいはこの点が足りないとかいうことも含めてご議論いただければと思っております。確かにこれはやや抽象的でございますが、もう少しはっきりさせるということであれば、そこも一つのご意見かと思います。
 それから、先ほど室長からご説明させていただきましたが、先生方からいただいた意見を取りまとめておりますので、これとも照らし合わせながら、むしろこういうことを具体的に書くべきではないか。あるいは先ほど有信先生からございましたように、規模については分野ごとにやるべきではないかということであれば、例えば今後、審議をまとめた以降、ワーキングを設けて分野ごとに、規模の議論ですとか、あるいは知識・技術体系の問題についても考えるとかいうこともございますし、そういう今後につながるようなご提案もあわせていただければ、この中に盛り込んでいくことになるのではないかと思っております。

【角南委員】
 私もアメリカの大学、学部、高校からずっと向こうですけれども、やっぱり多様性ということも一つ重要かなと思っています。私はリベラルアーツのカレッジも経験があって、そこではカリキュラムはすごくかっちりしている中において、例えばケンブリッジ大学の先生が来るとシラバスを全く使わない講義があって、これがまた人気でして、だからそういう選択肢もあっていいのかなと。論文も、卒論を書くコースもあれば、そうではないところもあって、中国も先ほどご指摘があったとおり、いろんな教育のスタイルというのがあります。学生は自分が常にこれだけのコストを払って、こういう教育を受けられるということが、非常に見えるという点については、方向性はそういうふうに整備していくんだろうなと。
 ただ、1つのモデルだけに収れんしていくのではなくて、幾つかの選択肢も必要になってくるし、アメリカで今問題になっているのは、例えばそういったリベラルアーツのようなカレッジは非常に人気がなくて、どうしても大きなユニバーシティ、ステートユニバーシティみたいなところになっていく。そうすると、アメリカの教育はほんとうにいいのだろうか、高等教育はいいのだろうかという議論も一方であります。
 だから、多様性を担保していくという方向性もどこかに書いておく。先ほど徒弟制度という話がありましたが、学問によってはそれは非常に有効的なやり方となるのではないか。それを全くアメリカでは受けられないというわけでは必ずしもないと思いますので、そういう方向は認識しておく必要があるかなと思います。

【木村委員】 
 徒弟制度の話ですが、私も個人的には日本の教育のよさというのはあると思います。今から大分前ですが、昭和の終わりころ、東工大の留学生センター長をしていたころです。実はアメリカで科学技術日本語というのがものすごくブームになったことがあって、それのシンポジウムに2度参加しました。
 それで、一体日本では日本語を非漢字圏の学生にどうやって教えているのだということがアメリカで議論になったのですが、私は全く専門外ですが、エリノア・ジョーダンという、これはチョムスキーのお弟子さんで、ジョンズ・ポプキンズにいた方です。この方は日本のことを非常に良くご存じで、日本人が日本の大学で非漢字圏の学生たちに日本語を教えているやり方で、外国人の学生がある程度日本語をマスターできるやり方は奇跡にしか思えないと言っていました。日本ではどういうやり方をするかというと、工学系だけしか知りませんが、ほとんど日本語はできない、少しのプレトレーニングを受けてきた学生にいきなり輪講等をやらせる。読ませて日本人と一緒に日本語で発表させる。そういうことをやることによって、かなり日本語のコマンドが上がってくるということは、アメリカでは考えられないということを盛んに言っていました。これも日本的な徒弟制度のやり方で、その良さというのは私あると思います。
 東工大の私の経験でも、私が助教授のころは暇だったので、そういうことができました。しかし多忙になって、それができなくなってしまった。そうなるとどうすれば良いかというと、やはりシステム化する以外にない。それから、先生のおっしゃったことは私もよく理解できて、ケンブリッジでは学生と先生のつき合い方は極めてビジネスライクです。日本人はしょっちゅう一緒に酒を飲んで、先生の人格にも触れることができる。そういうことが一種のメンタリングになっているわけですね。しかし、これも暇がなくなってきてしまった。
 ですから、先生のおっしゃることはそのとおりで、このちっぽけな東洋の端っこにある国からこれだけノーベル賞が出るとは、私は奇跡だと思っていますが、これは日本的な教育の良さによる処が大きいと思います。しかし、そのやり方が最近は通用しなくなってしまった。殊に外国との競争になってきて、外国の学生を受け入れる必要があるとなったときには、なかなか日本的なやり方というのは理解されない。私もそういうことで留学生と大きなトラブルを起こしたことがあります。ということで、これからのやり方については考えていく必要があるのかなと思います。メンタリングの方法としては確かによかったけれども、マス化することによってそれが機能しなくなったのではないかという気が強くしてしようがありません。

【有信部会長】 
 ありがとうございました。そういう意味ではもう少しグローバルな視点であるべき姿を考えた上で、今との落差をどうつないでいくかという形の議論にならざるを得ないだろうと思います。

【中西副部会長】 
 骨子案は全体的に簡潔で、非常によくまとまっていると思いました。個人的にはこれでいいのではないかと思ったのですが、詳細版についてあえて2つだけ言わせていただきます。量的規模のところですが、多様性や、複雑性も考慮するというところが少し読みづらくなったという印象を受けました。
 もう1カ所は、これもあえて申し上げますと、最後の4ページの一番下の社会人の受入拡大方策についてですが、「大学院で学びたい人に対して、いつでも大学院に行ける体制を構築すべきであり」と書いてありますが、構築するのは新しく何かをつくるということではなく、途中からいろいろな人が入ってくることを特別視しないような形となるような運用が必要だと思います。あえて2カ所だけ言わせていただきましたが、このまとめは非常にいいと思いました。それから、皆さん方からのご意見伺いもまとめ直されており、大切な意見が入っていると思いました。以上でございます。

【桐野委員】 
 大学院教育の多様性についていろいろ意見があって、徒弟制度がわりとポジティブに語られているのでちょっと驚いたのですが、医学部における教育は大体が徒弟制度で、評価を受けていなくて、医学部の教育についてはおれは東京大学医学部を独学で卒業したという結構有名な先生もいまして、教育というのは何ぞやって、逆説的な面があると思います。もちろん多様性を残して、日本的な徒弟のよさをある程度見直すのはいいかもしれないですが、徒弟という言葉はここにはないと思うのですが、ここに入れるのでしょうか。
 それからもう一つ、適正な量的規模については、これは僕個人の印象ですが、すごく重要な問題で、数と分布の制御というのは、今、医師の量的規模と分野別の配置というのは大体失敗しています。これは要するに全体的な適正数というものと局所的な、つまり大域的な適正数と局所的な適正数が全然合わなくて、局所的には増やしたほうがいいけれども、大域的には減らしたほうがいいというような現象が各所で起こります。これはインドの人口問題みたいなもので、非常に制御が難しいです。そういうことがこれから少子化で、人材が非常に枯渇して重要になるときに起こりますと、すごく国力というか、そういう意味で損失になると思います。
 意見としても書きましたが、自分としては後で考えてみると、少しディスアポインティングなところにいって、呆然としている若手が結構いまして、そういう意味ではここに書いてありますように、適正な量的規模の検討を行うということがかなり重要ではないかと思います。例えば法科大学院なども自由な競争でつくって、最終的には徐々に淘汰されるということになっているのですが、それは多分そうなんだろうと思うのですが、その間にかなり時間がかかります。5年、10年。その間には無駄なコースを歩む人たちがかなり出ますので、何かいい仕組みでもう少し早めにこういう量的な規模についてのアドバイスをするようなことがあればいいんのではないかと思います。

【河田委員】 
 徒弟制がいいとは私も思っていません。家内工業時代からマニファクチャーにならなければいけないというのが私の考えでございます。

【小杉委員】 
 その徒弟という言葉に反論しておかなかったので。自分と同じ道をつくるというだけならそれでもいいかもしれませんが、今の問題は進路を失った若い人たちが目の前にいて、それを見た次の若い人たちが博士課程にいくのは損だと思うようになるとか、こういう時代ですので、それを踏まえて量的規模をきちんと押さえた情報メッセージを出すとか、キャリア支援をもっと積極的にするとか、これまでの徒弟ではない形で産業界にも入っていける人材をつくるとか、そういうことの重要性も改めて必要なのではないかというふうに思いました。
 以上です。

【義本大学振興課長】 
 この施策要綱の1ページにもちょっと書いております。今、徒弟制の話が出ておりますけれども、徒弟制的な教育は限界という言葉を使って、当時もこの議論について一応整理をさせていただいたようでございます。

【有信部会長】
 この議論は前回のときにやって、一応の位置づけは明確になっていたと思います。おっしゃるとおりだと思います。 それでは、時間も来てしまいましたので、この詳細版等々についても実は最初にそれぞれ課題が書き並べてありますが、実際にはここにもう少し将来を見た上で、現在、例えば博士課程が定員割れを起こしている。現実には定員を決めたもともとの趣旨があったわけです。そことの落差ができていて、これは単に希望者が少なくて定員割れを起こしているから、規模を減らせばいいという議論に結びつくような話ではないはずで、もともと将来の日本の制度設計の中でそれだけの高度な知識基盤を持った人材が必要だという前提で設計されたものがなぜそのとおりに進んでないのか、こういう視点でのとらえ方をしていかないと、先の施策がうまくつながっていかないと思います。
 だから、そういうことも含めて少し事務局とも相談させていただいて、次回、7月10日ですか。次々回でまとめていきたいと思いますので、その前にもう少し皆さんで議論できるようなまとめ案をできるだけ準備できればと思っています。ということで、引き続きこの議論は続けさせていただければと思います。
 それでは、残り机上資料で国立大学法人の積立金に関する資料というのがありますが、これについて事務局から説明をお願いします。

【永山国立大学法人支援課長】 
 国立大学法人支援課長でございます。お手元に国立大学法人等の積立金等についてという4枚の資料がございます。当部会の議事とは直接関係ないのですが、財務省の審議会ですとか、国会でも取り上げられましたし、報道等もございましたので、かなり誤解を招くような表現がございましたので、機会をとらえて関係の方々にご説明しているものでございます。
 資料をざっとお話し申し上げますが、1ページ目で3,001億円のいわゆる積立金等があるということでございまして、このこと自体は間違いではないのですが、報道等では、埋蔵金3,000億円とか、財務省が発掘したと。こういった表現もあるのですが、この3,001億円のうちの半分以上は会計基準に従って会計処理をしたということで、形式的・観念的利益と言っておりますけれども、実際に法人に現金などがあるというものではないです。
 その辺は2枚目、3枚目で少し説明をしておりますが、2ページ目をごらんいただきますと、1,555億円のうちで、基本的には附属病院の関係でこういう帳簿上の利益という形のものが生じているのですが、これは現金等が残っているものではない。一番大きなのは、一番上の附属病院の施設整備に関する借り入れをすることによって立てていると。その際の減価償却の費用と償還期間のギャップによるものということなのですが、詳しい説明は省略いたします。
 残りの1,446億円というのは確かにお金はあるのですが、これは法人の制度の導入に伴って、人件費節減等の自己努力でためたお金ということで、計画的に使うということが前提のものです。したがいまして、報道にあるように、予算が未使用だとか、自由に使うことができる埋蔵金だということではないということをご理解いただければと思います。
 私のほうから以上でございます。

【有信部会長】 
 ありがとうございました。それでは、今後のスケジュールについて事務局から説明をお願いします。

【今泉大学改革推進室長】 
 それでは、今後のスケジュールについてご説明申し上げます。資料4をごらんください。
 次回は7月10日(金曜日)10時から12時まで、この金融庁ビル13階共用第1特別会議室にて行われます。次々回については7月31日(金曜日)17時から19時まで、場所は未定でございます。 以上でございます。

【有信部会長】 
 どうもありがとうございました。それでは、一応これで本日の審議を終了させていただきたいと思います。どうもご協力ありがとうございました。

お問合せ先

高等教育局大学振興課大学改革推進室

大学院係
電話番号:03-5253-4111(内線3312)

-- 登録:平成22年07月 --