ここからサイトの主なメニューです

大学院部会(第39回) 議事録

1.日時

平成19年9月21日(金曜日) 10時30分~13時30分

2.場所

三田共用会議所 第3特別会議室(3階)

3.議題

  1. 大学院設置基準の改正について
  2. 専門職大学院の在り方について
  3. その他

4.出席者

委員

(委員)荻上紘一(部会長)、金子元久(副部会長)、黒田玲子、佐伯啓思、野依良治の各委員
(臨時委員)天野郁夫、生駒俊明、石弘光、黒田壽二、小宮山宏、長田豊臣、菱沼典子、矢﨑義雄の各委員
(専門委員)伊藤文雄、川村正幸、菅裕明、福田康一郎、山田礼子の各委員

文部科学省

清水高等教育局長、磯田私学部長、土屋高等教育局担当審議官、久保高等教育局担当審議官、合田大臣官房総括審議官、藤嶋政策評価審議官、藤原高等教育企画課長、中岡大学振興課長、杉野私学行政課長、鈴木高等教育局企画官、井上大学改革推進室長、新田専門職大学院室長、平野大学振興課課長補佐 他

5.議事録

(○:委員、●事務局)

(1)事務局より、配付資料の説明があった。 

(2)会議の公開について諮られ、公開となった。

(3)大学分科会の審議状況等について事務局から説明があった。

(4)大学院教育振興施策要綱関連の概算要求並びに今後の対応について、事務局から説明があった。

(5)「大学院設置基準の改正」について、事務局から説明があり、質疑応答が行われた。質疑応答の内容は以下のとおり。

○ここでの意見、議論、さらにパブリックコメントの意見を踏まえて、11月の大学分科会で審議をしていく予定である。

○前期2年、後期3年を超えることができるという規定は夜間大学院に限る必要はない。もう既に超えているところがあるとのことだが、具体的にどのようなケースがあるのか。

●現在、博士で夜間でない形で、長期の在学コースを設けているところは15大学ある。典型的な例としては、看護系の大学があり、看護師が現職のまま通うケース。それも夜間ではなくて、週末1日だけ通うような形で柔軟な履修形態をとっているところがある。

○在学年限のことが書かれているが、年限の問題だけではなく、履修単位やコースワークの問題がある。3年に延ばすということは、修士課程修了時に必要とされる履修単位を増やすことを含んでいるのか。単に年限を延長するだけなのか。

●現在の長期在学コースについては、修士の規定を見ると、特に年限が延長できるという規定だけ置いており、単位数の扱いについては各大学の判断にゆだねている。今回についても、単位数の扱いについては、各大学の判断にゆだねることになると考えている。

○この改正のねらいは、修士課程を後期から1年持ってくることなのか、あるいは新規に1年足して3年にすることなのか。ねらいがわかりにくい。これまでの流れは、前期2年でも長過ぎるので、1年で卒業し社会に出るというコースを設けることであった。1年短縮する話はどちらかというと社会人向けであり、今回は研究者養成のためとは書いていないが、暗黙のうちに了解したコースワークの変更という理解でいいのか。また、今、多様なニーズと多様な人材育成を大学院はやっているので、大学院の各コースの性格等を書かなくていいのか。

●今回改正を考えている事項以外にも、かなり制度を柔軟化しているので、それらを活用し、各大学の多様な取組みを促していく方向で考えている。

○その場合、主に研究者の養成、研究者育成のためのコースにねらいがあると明記するのか。

●そのような方向性は多分に考えられるが、条文上必ずしもそれに限定した書きぶりにする必要はないと考えている。

○現行の設置基準では、修士課程2年、30単位以上が求められている。そうすると、3年に延ばすということは、単位数を増やすことを前提にしていると思う。そうではないのか。

●標準修業年限の部分だけを今回は手当てしているので、必要修得単位数については各大学の30単位以上という範囲で判断いただくことになる。

○現行でも、3年で30単位でやっているところはある。単位数を増やしてしまうと、それができなくなることも出てきてしまう。その部分で弾力性を持たせ、各大学の判断で弾力的な対応を可能にするという趣旨かと思うがいかがか。

○新時代の大学院教育の答申にも出ているが、修業年限内に学位の授与ができない場合の扱いをどうしているかというと、大学の裁量に任されている。最近の状況を見ると、修業年限内の学位授与が少ないという報告もあった。年数だけやれば、実質化もあわせてできると考えているのか。ただ年数だけでいいのか。

●修業年限内の学位授与は非常に大きな問題。新時代の大学院答申の方向性を踏まえ、別途施策をきちんと講じていく必要があると考えている。今回の改正は、そのような問題に対応する趣旨ではないので、その点はご理解いただきたい。

○教育再生会議等から発信された要素も多々あるのではないか。政治的な流れは、混沌としており、過去1年間ぐらいの間に出た話を、恒久的に設置基準に入れ込むことには違和感がある。

●夜間大学院に限っては、博士課程を長くすることが要綱上書いてあった。大学院の方から質問があれば、取り扱い上そういうことができると説明させていただいている。ただ、現状ではわかりにくいため、その部分について手当てをさせていただきたいと考えている。

○多様性があることはいいこと。ただ、先ほど研究者を対象にしているかという発言があったので、私は研究者を対象にしているのではないと理解しているということだけは言っておきたいと思う。
 国際化を考えたときに、修士号というのはインターナショナルに通じる学位でないが、3年かかって修士号を取ることは、それなりにメリットがある分野もある。ただ、研究者を目当てにしていると言われると、恐らくそうではないだろう。

○先ほど事務局から例に挙がった看護系の教育について話をしたい。看護系では、現職の看護師たちが、より自分の専門性を磨くことが求められているし、自分たちも求めている。
 その場合、長期に年限が設定されていることは非常にありがたい。むしろ研究者養成のためには、集中した方が有効だと思っているが、現職で臨床領域で活躍する人の知識を増やし、リーダーシップをとれる人材に育てるには、自分の専門を持ちながら、研究手法を学んでいく制度が有効に使われている。
 3年の長期在学というのは、初め2年で入り、3年に延ばすといったいいかげんなことではなく、初めから3年で履修計画を立てて行うことができれば有効であろう。ただ、延ばすことができるというだけでは実際に運用する各大学院の責任になってしまう。

○現行では15大学が運用上認められているようだが、設置基準が改正されれば、運用上ではなく、制度として位置づけられる。その意味は大きい。
 また、前期3年の場合には、看護系で行われているような形もあるし、飛び入学し、学士課程の4年目と修士の2年を合わせて3年というような意味の3年もあると思う。そういう理解でよろしいか。

○研究者養成には余り役に立たないという意見もある。ここに出ている改革のねらいからすると、前期課程にコースワークを充実すると書かれていて、単位数をふやし、研究者養成の基礎教育もしっかりやろうという話になっていくと思う。そうすると、研究者養成のために3年間コースワークをやるというのがどうしてあるのか。学部教育がきちんとしていればいいし、飛び入学の人で学部教育が不十分だというのであれば、履修プランをつくるときに、学生に学部内でこれだけ取りなさいと言えば済む話である。研究者養成のために3年にしなければいけないのかわからない。

○これは3年にするということではなく、3年にすることも可能なように制度改正をするということだと思うが。2年を標準にするか、3年を標準にするかは、各大学の判断と私は理解しているがいかがか。

○前期3年にすることがコースワークで、その柔軟性を持たせることに異論はない。だが、例えば法科大学院は、法学未修者は3年間であり、コースワーク的な課程といえる。
 博士課程では、規定上2年になっている。そうすると、先ほどの基本方針の修士課程前期3年、博士後期課程2年との関係で、博士後期課程を2年ととられてしまう問題をどう考えるか。現実に、法科大学院については2年という問題があるので、前期3年、後期3年という形が原則だととらえられるのかどうか。その点もきちっとしておく必要がある。

●多くの部分は現行制度で対応するので、今回は手当ては考えていない。誤解のないよう施行通知等で周知したい。

○現在できることが、改正によりできなくなるということは何もないのか。

○法科大学院では、研究者になろうという者が博士後期課程に入ることが基本だと思う。法科大学院の3年を修了した者が博士後期課程に入ってくることを考えたときに、博士論文を2年間で書けるか、博士号の取得が可能かとなると、現実には難しいだろう。
 例えば法科大学院を出た人が5~6年弁護士として働き、実務経験を踏まえて博士後期課程に入ってくる。それであれば、2年で博士号を取得することも可能かと思う。その場合には3年が原則で、優秀な者は2年という形で考えていいと思うが、制度上、既に前期課程が3年となっているので、博士後期課程は2年と規定ができているので、今の問題は誤解を生みやすい。法科大学院についても3年を原則とするのであれば問題ないが、その点をもう一度考えてほしい。

○教育再生会議等で議論されていることは、大学院教育をいかに実質化するかという具体的なものと考えている。アカデミアの後継者養成と高度専門職養成の2つが大学院の大きなミッションではないかと思う。
 アカデミアの後継者としては、博士号が世界共通のパスポートであり、それは充実したものにしなければいけない。
 一方で、理工系は、産業界が大きなジョブマーケットになっており、産業界側から見ると、現在のところ80%、90%ぐらいの技術者については修士取得者という現状がある。このような社会の要請にも応える必要がある。
 現行2年で修士号を取っているが、これには産業界では不満がある。不満の一番大きなものは、非常に知識が細分化しており、もう少し広い範囲の知識を与えてほしいという要望である。実際に工学部、農学部、理学部など相当数が産業界に出ており、要望を満たすためには、広い知識を与えなければならず、コースワークの充実が求められる。
 そうなると、アメリカ等で行っている3セメスター程度で、1年半程度のコースワークを徹底してやっていく。それを認定した上で、すぐれた教員が個人指導することになる。そうすると、コースワークも徹底した上で個別の研究指導もやるとなれば、2年ではとても目的が達せられない、3年ぐらいかかるだろうということである。
 現実社会の要請を踏まえると、今の修士課程で産業界を中心に出ていく人たちをきちんと育てるということも大学院の実質化に向けた一つの方向だろう。人文社会系に関しては、例えば法学部だと、法学研究科とロースクールとに分かれている。理工系に関しても、工学研究科、理学研究科と後継者養成のための5年ぐらいのコースをきちんとやる。あと、ロースクールあるいはビジネススクールに倣ったような高度専門家、専門職養成のコースをきちんとつくっていく必要がある。
 これは弾力化であるとともに、単位とも連携してくると思うが、そのような社会が求める実質化した大学院教育が必要だと思っている。国際競争力を日本が保つためには、単位についてもきちんとしたものをつくっていく必要があろう。
 現実は、産業界が博士だけを採るわけにもいかない。5年間のコースを充実するとともに、現実的な産業界の担い手をつくっていくことも大事である。とにかく充実した、実質化を伴った大学院教育が必要だと思っている。

○私自身は弾力化に対して非常にポジティブな意見を持っているが、自身アメリカで単位、Ph.Dを取得して日本に帰国してきたためである。アメリカの場合は博士号を取るのに4~8年とかなり幅がある。教育に十分クオリティーがあるかどうかが重要で、Ph.Dは5年で取らなければならないという感覚はアメリカにはない。
 もう一つ、アメリカの場合は、クレジットを1、2年生のときに非常にたくさん取る。1年生、2年生のときに取って、クレジットの数で授業料が決まる。州立大学では、大体1年間に7,000ドル、大学院では1、2年生のときは7,000ドル払う。ところが、3年、4年、5年になると、研究だけのクレジットになるため、700ドル程度になる。よって、大学院の学生は十分研究をし、自分の教育をちゃんと受けて卒業するという感覚がある。そういうことも考えながら弾力化していただくと、日本に根づいたものになるだろう。

○今回の制度改正は、今までも必ずしもできなかったものではない。わざわざ制度をつくるということは、一種のメッセージを発するということであり、この制度を導入することによって、どういう方向が望ましいのかを政策的に言う必要がある。
 これまでの議論では、何が望ましいのかについては、必ずしもコンセンサスができていない。これは大きな問題。職業教育について3年程度必要なものがあるという観点もあるし、専門的な研究者養成についてはそうでもないという意見もある。工学系については、修士で就職する人が多いので、修士のクオリティーを上げてくれとの話のようだが、人文社会系については、2年を3年にするとほとんど出ていない状況である。
 工学系については、4年ぐらい前に日本学術会議の工学研究委員会で議論があり、学生調査や教員の理念調査もやったが、3年にしろという意見はほとんどなかった。確かに、学生の要求と教員側が認識しているニーズが大分ずれていることはわかった。日本の大学院では、教員側は自分の研究のチームに学生も加えることにより、研究ができていると考えるが、学生側は必ずしもそう考えていない。もう少し体系的な広い研究を要求しているのだと思う。問題は、この制度ができたときに、我々が発するメッセージを明確にしておかないといけない。ただ要るという説明をしているだけでは、中教審としての使命は果たせない。

○今の話は分野により、大きく異なると思う。また、医学系をどうするかは考えないといけない。弾力的で、かつ、メッセージ性のあるものを発する必要があると思う。
 医学部は、6年間の医学部教育をやり、国家試験を通って、2年間の診療研修を受けた後に、医者になるケースが多い。さらに、臨床研究あるいは基礎医学の研究をする人は、プラス4年で学位を取ることになる。一番若いドクターで30歳である。医学は大変大事であり、立派な臨床医学研究者や基礎医学の研究者を育てる上で、大学院をどうするかである。
 アメリカ等ではメディカルスクールで、4プラス4で学位が取れる。これとの整合性から、医学系の大学院をどのように変革していくかも踏まえて考えなければならない。
 この制度変更が、医学系の大学院の変革を妨げるものであってはならない。そういう意味で、フレキシブルなことをここで謳うことはいいと思う。医学系のことについては、ぜひ真剣に議論いただきたい。
 大学院については、後継者養成の問題と高度専門職の養成の2つの使命をどのように実質化していくか大変大事だろう。医学系の大学院の問題に対して議論が全くないのは、不思議である。

○対社会のことを考えたときには、医師の養成がある。現状をみると、通常の学部6年、その後に2年の研修、臨床研修がある。これは学部教育がしっかりしていないために、現場の研修をしないといけなくなってきたためである。現在、学部教育の大規模な改善を行っている最中である。研修が短くなるという話があるが、まだそこまでの状況ではない。
 その後は4年間の大学院。ここが全く実質化していない。最近、大学院の改革が始まったばかりで、例えば大学院教育改革プログラムをみると、社会人対象が多い。現場で医療に携わりながら、臨床研究をやっていくことはかなり大事だが、4年は一貫性であるため、4年間で本当に研究に打ち込む時間がどれだけとれるかは非常に疑問。従って、必要に応じて、修士でも長期在学コースが一般化すれば、かなりの利点になる。ただ、それをコースとして設置して、単位数を変えていかないといけないというイメージがわかない。
 また、医学部の医師の養成コースをワンランク上げて、大学院の位置づけにするという議論もあるが、今後検討していただきたい。

○医学部の教育は、実際は2プラス4。大学、メディカルスクールは4プラス4。その兼ね合いをどうするか。また、メディカルスクールをどういう趣旨でつくるのか。よき医師、レベルの高い医師を育成するのか、あるいは医学研究者を育成するのか、その議論が大切だと思う。
 例えば、2プラス4と、4プラスの4のところは、各国ばらばら。日本だけが六年制ではなくて、有力な先進国も六年制のところがたくさんある。アメリカで行われている4プラス4のMDが医学研究に貢献しているかというと、アメリカでも議論のあるところ。以前は、ノーベル賞の医学生理学賞の受賞者の85%ぐらいはMDだったが、最近は、それがどんどん落ちて50%を割るような状況で、アメリカも4プラス4のメディカルスクールがいいのかどうか議論があるところである。
 今では、本当の医学研究者を育てるために、四年制のメディカルスクールにプラス1年を加えて、五年制のメディカルスクールというのも出てきている。日本も目指す方向がどういうものかという議論をしないと難しい。
 それから、アメリカでは、4プラス4の4がリベラルアーツの4だが、その内容が我が国の4と同等かどうかというと、アメリカのメディカルスクールに入る人たちの前の4の内容である。全然違う。では、我が国の4がメディカルスクールの前の4に相当するかどうかというと、それも極めて疑問。単に修業年限を長くする感覚もあり、4プラス4で、さらに臨床教育が充実しないといけない。4プラス4プラス2になると10年かかってしまう。従って、議論がなかなか統一されないところがある。

○設置基準はフレキシブルにしていただく。その上で、各分野について、研究者養成をどのようにするのか、高度専門職の養成をどうするのかをきちんと議論いただいて、大学院教育を実質化していただく。その方向で議論いただければ幸い。

○今まで専門職大学院で1年、2年、3年を設けていた。学位は同じ、要件単位も同じ、違うのは授業料。1年と2年と3年を学生に選ばせる。それと同じようなことを博士課程にやった場合、2年のプログラムとか3年のプログラムのどちらを取るかという問題がある。

○制度としては弾力化される。それから、どういうメッセージを発するかは、分野や大学の考えによるのではないかと思う。

○確かに3年にしたいという希望が工学で出たが、多くはない。ただ、分野等により、やり方が違う希望を持っていて、強い要望がある。従って、数が多いことが重要ではなく、強い希望があることは一つの今後の方向として個性化を促していく。流動化や国際化と並んで、個性化は今後のキーワードだと思う。大学院で学生も大人なので、ある程度実験を許す流動性はあってもいいというのが、一つのメッセージではないか。

○流動化、多様性、自己選択は非常にメリットである。国際化の観点を考えると、ぜひ国際的に通用するものをつくっていただきたい。世界トップの優秀な若者が日本の大学院に来て学んでほしい。大学の自己選択か、教員個人自己選択か、その辺は奨学金制度や授業料などに複雑に絡んでくる。
 また、クントの法則にしろ、マルコフニコフの理論にしろ、エントロピーは、欧米では、大学受験の科目である。エレートとかインターナショナルバカロレアを受けるには、それらを学習していないと大学院に入れない。日本はそれを理系の大学院で教えているという大きなギャップがあり、その点を何とかしない限り、優秀な大学生も大学院生も日本には来ない。つまり、日本の大学の教えていくレベルが遅れている。
 本当のイノベーションは深い教養に根差したものであると思っている。そういうことを学部でもしっかりやっていただきたい。そういう大きな問題があるので、再生会議では中等教育の問題までも含めて考えていただきたいと思う。

○中国と比べても、小学校レベルでさえ、2年程度教えている内容が遅れている。ここだけで3年か2年かということだけではなく、もっと根は深いことを理解いただきたい。

○設置基準改正については、本日の意見及び今後のパブリックコメントの意見等も踏まえ、11月の大学分科会で審議することになる。事務局に意見整理をお願いしたい。
 他に意見がある場合は、9月28日までに事務局に連絡願いたい。

(6)「専門職大学院のあり方」について、事務局から説明があった後、意見交換が行われた。意見交換の内容は以下のとおり。

○本日の意見などを踏まえ、それらを整理し、次回の議論につなげていきたい。
 学位の名称は、もう専門職でも既にたくさん出てきている。トータルでは580と聞いたが、学士、修士、博士、すべてを合わせて580なのか。それとも学士だけで580なのか。

●学士だけである。

○入学生の中で、特に留学生、外国人学生の割合はどの程度か。各専門職大学院ではアジアからの留学生が多いのではないかと思うが、数はどの程度か。

●今回の調査では、留学生か国内学生かは区別できない。

○学位が非常に柔軟化しており、国際的に通用するのか疑問な専門職学位が、自前のテストで出されており、それがまかり通っているような印象がある。もともと専門職大学院はプロフェッショナルスクールといえど、大学院なので、その学問分野が成立した上で専門職大学院として成り立たせ、専門職を養成するのが本来の姿。しばしば気になるのは、そういう学問分野として本当に成立しているのかわからないものが専門職大学院として申請してきている。
 その点は整理し基準を明確にしないといけないと思っている。また、専門職学位の設置審査のときには英語の文章も出してくるが、外形的には国際水準で通用している専門職学位が、実際に中身を見ると、スタンダードな教育課程と離れたものがある。そのあたりも何とかしていくべきと感じている。

○専門職大学院のアフターケアに相当回っているが、これで専門職大学院かと思うようなカリキュラムばかり。専門職として、どういうことをやるべきかが決められないまま認可しているので、教育内容が違うが、同じ名称を使った大学院がでてくる。専門職の学位の名称もばらつきがある。
 これについて、専門職学位には何々学という「学」はつけないということになっていたと思う。専門職の場合では、経営修士となるはずで、経営学修士と「学」が入っていることは、一般の大学院の修士課程が想定される。「学」は外すという申し合わせがあったような気がする。その点は確認しておきたい。
 専門職大学院のあらゆる分野で専門職は出てくるが、ある程度、大学院としてのレベルをどうするかは決める必要があると思う。また、教育研究経費を非常にかけている。中身を見ると、教育研究経費の8割は賃料。これが教育研究経費に加算されている。校地・校舎の自己所有要件がなくなり、借地・借家でよくなっているので、それが全部教育研究費に加算されている。それを差し引いてみると、たかだか2割ぐらいしか教育研究費に使われていないことになり、非常に中身が貧弱。準則主義なので認可せざるを得ないが、このような状態には非常にストレスがたまる。

○ある専門職にアフターケアに行った際、留意事項に対応するために研究費を百数十万使っており、随分使うものだと思ったら、これは一人当たりではなく、何十人かの金額であったことには驚いた。
 また、学位名称に「学」をつけないという申し合わせがあったのか。そうすると、この「学」がついているのは、申し合わせ違反となる。そういう申し合わせがあったとすれば、これを認めてしまったら、もうしようがないのか。「経営学」と「経営」、「公共政策」、「公共政策学」意外にも何かあるのか。

●「学」を付すかどうかに関して、設置審の中でも議論があったが、設置審査の内容やルールにより、決まっているということではなく、専門職大学院に関して、それぞれの関係分野の委員間の議論で、この分野は「学」を入れるのはおかしいという一種の暗黙のコンセンサスがあり、それを踏まえて、審査の中では統一すべきではないかという議論があったことは承知している。いずれにしろ法制度的なルールで、つける、つけないが一律に決まるものではないと承知している。

○特に定員充足率の問題について、何か資料はないかと言ったことがある。経年変化ではどうなっているのか。1.0に満たないのが60、1.0を超えているのが80あるが、これをもってよしとするか。あるいは設立以来、どのように変化してここまで来たのか、改善されたのか、悪化された姿なのか。この点はさらに見たい気がする。国内大学院を含め、すべての専門職大学院は、どのぐらい定員を満たしているかにカギがあるので、改善の方向に向かっているならいいが、悪化となると、倒産するのではないか心配である。
 また、「0.75~0.99」の欄について、これは0.99が28あるのか。この辺は、もう少し細かい単位の比率を含め、気になる点である。更なる調査があるといい。

●今回の調査は、調査時点は、18年10月1日現在である。それから、ロースクールは、志願倍率については1.0をすべて超えているが、充足率で1.0を割っているものが幾つかある。ロースクールの場合、他の分野と異なる点は、評価を厳正にしていることもあり、その点で、クオリティーコントロールの観点から、ぎりぎりの合格者を出したりというようなことがあるため、結果として入学者数が1.0を割ってしまう状況がある。
 一方、前年度、1倍を超えたところは、次の年次でプラスマイナス1.0に近づけるため、若干1.0を割っている状況がある。

○経年変化はどうか。

●経年変化については、ざっとみると、低いところについては、低下して今に至っているところが若干多いと感じる。

○0.5未満のところは、何年も持ちこたえられない。そういう意味では、あと数年すると、どんどん減っていくのかもしれないが、実は低いところは大体固定しているのではないか。個別の大学院を見れば、下の方に固まっているところは、ある固有の層なのではないか。

●大学によって差はあるが、かなり低いところは、入学定員が15~20人で設定しているか、70~100人で設定をしており、後者の場合には定員が多すぎて結果として充足率が低くなってしまう。入学定員の設定が果たしていいのかという課題もあるかもしれない。

○一通り意見が出たので、事務局は本日の意見を踏まえ、論点の整理をし、次回以降の議論につなげていただきたい。

●学位に付記する名称の多様化に関しては、580種類もある状態で、本当に出口管理ができるのかと、学士課程教育の議論の中でも強く意見が出されている。報告書の中でも、17ページで、何らかのルール化の検討も必要ではないか、国際通用性に照らしたチェックがなされるようにすべきでないかという趣旨の提言をいただいているところである。

お問合せ先

高等教育局大学振興課大学改革推進室

大学院係
電話番号:03-5253-4111(内線3312)

-- 登録:平成22年07月 --