昨年10月に行われた中教審答申の趣旨を説明するこの「特集」、第5号(昨年12月配信)に続いて「総合的な学習の時間の一層の充実」についてご説明します。今回は、特に、答申の前提となっている「総合的な学習の時間」の意義、子供に身につけさせたい力との関係などについてふれたいと思います。
「総合的な学習の時間」は、言うまでもなく、平成8年の中教審第一次答申で提唱され、平成10年の教育課程審議会答申を経て新しい学習指導要領において創設されたものです。「総合的な学習の時間」は、基礎、基本を徹底し「生きる力」を育むという新しい学習指導要領の基本的なねらいを実現するために、大変大きな役割を担っています。
新しい学習指導要領は、知識や技能を単に教え込むことに偏りがちな教育から「生きる力」を育む教育へとその基調を転換することを目指しています。これは、上に掲げた中教審一次答申でも述べられているように、学校で学んだ知識を単に記憶にとどめているだけでは、これからの変化の激しい社会を生きていくことが難しくなっていく、という考えに立ってのものです。そして、この「生きる力」を育む教育への基調転換の一つの大きな柱が「総合的な学習の時間」の創設なのです。
学習指導要領では、「総合的な学習の時間」については、教科とは違って、具体的な「目標」や指導する「内容」が示されていません。示されているのは「趣旨」、「ねらい」、「学習活動の例」などです。そして、これらに示されていることを一言で言えば、「総合的な学習の時間」は、子供たちに「生きる力」を育むために、それぞれの学校が地域や学校、児童生徒の実態に応じて、それぞれ内容を考え、工夫して指導を行うものであるということです。
私たちが実際に直面する問題を解決する場面を考えると、その時に既に身に付けている知識や技能を用いることはもちろん、解決のために必要な知識を新たに獲得したり、それらを組み合わせたりして解決策を得ようとします。そのためには、新たに何が必要なのかということを考える力が必要ですし、自分で調べる力などが必要になってきます。そして、それらを総合化して自分で考え判断して解決する、解決策を実行に移し人に伝えていく、そのための力を持つ必要があります。さらに、それをやり抜こうとする意欲や態度が重要となることは言うまでもありません。
このような力を子供たちの身に付けさせることは、もちろん従来も教科の指導でも行われてきたことでありますが、教科の指導が目指すものは、当然のことですが、教科の目標に沿って内容を自らのものとして身に付けさせることにあります。これに対し、「総合的な学習の時間」は、特定の内容を身に付けさせることを主眼にするのではなく、上に述べたような力を養うことそのものを目的としています。
また、少子化、核家族化、生活の都市化など子供たちを取り巻く状況の変化から、自然体験や社会体験などの機会が減少し、人や物と関わる力の低下も指摘されているところです。体験の減少は、教科で学んだ内容を実感して体得する機会が不足することをも意味します。「総合的な学習の時間」において体験的な学習を重視しているのは、このような面を学校において補う必要があるとの認識が背景となっています。
「総合的な学習の時間」において、子供の主体性を発揮させることが大切であったり、学習の内容を横断的・総合的なものとしたりすることは、このような「総合的な学習の時間」の目的や設置の背景から自ずと必要となってくることなのです。
今回の答申でも述べられているように、新しい学習指導要領への移行期間中から、「総合的な学習の時間」の実践については様々な取り組みがなされてきており、現在多くの学校では、以上のような「総合的な学習の時間」の趣旨をふまえた指導が行われています。そして、保護者や教員に対する意識調査の結果から、子供たちが自分で進んで学ぶ態度が身に付いてきた、などの成果もあがってきています。
しかしながら、一部には、学習指導要領の記述を表面的に捉えて、実践が上述の「総合的な学習の時間」の趣旨から導き出されたものとはなっていない例も見られるところです。例えば、「活動あって内容なし」と言われるように、ただ単に体験的な学習活動のみを羅列し、そのことを通じて子供たちに身に付けさせたい力を学校として明確にしていない場合などです。答申では、以上のような認識を踏まえて、改善の諸点を提言しています。
次回には、提言の内容について説明しますが、個々の提言の内容について考えるときにも、常に「総合的な学習の時間」の趣旨、そしてその趣旨と提言内容との関係について意識する必要があると考えます。
前回は、国際比較調査の結果から見た我が国の学校の授業時間の状況について説明しました。
6回は、「総合的な学習の時間」の成果や課題等について、文部科学省が実施した調査を中心に解説したいと思います。
平成15年に、文部科学省が児童生徒、教員、保護者を対象として実施した「学校教育に関する意識調査」の結果によれば、児童生徒の「総合的な学習の時間」の満足感について、小学校5年生の約9割が、中学校2年生の約8割が「好き」「どちらかと言えば好き」と回答しています。
また、日本PTA全国協議会が平成15年に実施した「学校教育改革についての保護者の意識調査」によれば、保護者の約半数が「非常によいと思う」「まあよいと思う」と評価しています。前述の文部科学省の調査でも、小学校で7割以上、中学校で6割以上の保護者が「総合的な学習の時間」による子どもの変化として、「総合的な学習の時間」の内容など学校であったことを家で話すようになったと回答しているほか、小学校で約4割の保護者が、中学校で約3割の保護者が「総合的な学習の時間」で興味を持ったことを家で勉強するようになったと回答しています。
さらに、教員についても、前述の文部科学省の調査によれば、「総合的な学習の時間」による児童生徒の変化として、約5割の教員が自ら学び自ら考える力などの主体的な学習態度や意欲が高まった、思考力や判断力、表現力を身に付けたと回答しています。
これらの調査結果からは、本格実施に入って2年目を迎えた「総合的な学習の時間」について、児童生徒のみならず、保護者、教員についても一定の評価を得られていると考えます。特に、保護者や教員の調査結果からは、今の子どもたちの学力で近年特に課題とされている学習意欲や学校外での学習態度、思考力や判断力、表現力の面で、「総合的な学習の時間」について肯定的な声が比較的多いことがわかります。
一方、これらの調査結果や中央教育審議会教育課程部会の審議からは、各学校における「総合的な学習の時間」の取組状況についての課題も浮かび上がっています。
文部科学省の教員に対する意識調査では、「総合的な学習の時間」による児童生徒の変化として、「総合的な学習の時間」で得た興味や関心などから、教科の勉強を熱心にするようになったことについて肯定的な声が比較的少ないほか、保護者に対する意識調査からも「総合的な学習の時間」での学習をきっかけに好きな教科ができたということについて肯定的な声が比較的少ないことがわかります。また、同じ教員に対する意識調査では、体験や活動をさせるのに精一杯で、児童生徒が学習意欲も含めた学力を十分に伸ばすことができなかったと考えている教員が4割以上います。
また、教育課程部会の審議では、実施上の課題として、学校としての全体計画の作成、具体的な指導の改善、評価と次年度の指導・計画への反映等があげられています。
各学校においては、来年度に向けて、これらの調査結果や一部改正の内容を踏まえつつ、改めて、具体的な指導の改善、評価の在り方、学年間・学校段階間の連携などについて、それぞれの「総合的な学習の時間」の取組状況について検証することが重要ですが、その点については、次回の特集をご覧いただきたいと思います。
なお、平成15年5月に国立教育政策研究所が公表した「通信簿に関する調査研究」によれば、ほとんどの学校で通信簿で「総合的な学習の時間の記録」の欄を、約6割の学校で学期ごとに評価欄を設けているものの、評価の観点が示されているのは小学校で約2割、中学校で約3割にとどまっていました。このことからも、各学校で、「総合的な学習の時間」における児童生徒の学習活動の評価を一層工夫することが求められることがわかります。
文部科学省では、各学校の「総合的な学習の時間」の取組を支援するため、平成11年に事例集(小学校編、中学校編、高等学校編)を作成したほか、指導計画の作成などについて各学校の参考となるよう、国立教育政策研究所教育課程研究センターにおいて、事例集の第2集を学校段階ごとに作成し、既に刊行中です。
また、学校外の人材の活用等に役立つよう、文部科学省のウェブサイト上に「総合的な学習の時間」応援団のページを開設しています。さらに、平成15年度からは、「総合的な学習の時間」推進事業を実施し、全国7都県を推進地域として指定して実践研究を行っているほか、各学校が参考にできるような学習プログラムの開発、NPO等と連携した実践研究を行っています。
ファクシミリ番号:03-6734-3734
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-- 登録:平成21年以前 --