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初等中等教育分科会(第42回) 議事録

1.日時

平成18年8月21日(月曜日) 15時~17時

2.場所

グランドアーク半蔵門 「光の間」3階

3.議題

  1. 義務教育の目標について
  2. 義務教育の年限について

4.出席者

委員

 木村分科会長、赤田委員、衛藤委員、加藤委員、角田委員、中嶋委員、中村委員、増田委員、井上委員、今井委員、河邉委員、黒須委員、甲田委員、高橋委員、田村委員、渡久山委員、西嶋委員、平出委員、北條委員、宮崎委員、横須賀委員

文部科学省

 鳥居会長

オブザーバー

 結城事務次官、近藤文部科学審議官、尾山審議官、銭谷初等中等教育局長、合田審議官、徳久初等中等教育企画課長、常盤教育課程課長、蒲原幼児教育課長、藤原企画官、その他関係官

5.議事録

【木村分科会長】
 それでは、ただいまから中央教育審議会第42回初等中等教育分科会を開かせていただきます。
 本日はお暑い中、また、お忙しい中をお運びいただきましてありがとうございました。本日から、前回の分科会で配付させていただきました初等中等教育制度をめぐる主な課題にある論点に沿って審議を進めてまいりたいと存じます。本日は、義務教育制度に関する課題のうち、2点の議題を取り上げさせていただきました。
 まず1点が、義務教育の目標についてです。第2点が、義務教育の年限についてです。この2点についてご審議をお願いしたいと存じます。
 それでは、最初の議題であります義務教育の目標につきまして審議を開始したいと存じます。義務教育の目標につきましては、昨年10月の答申におきまして、義務教育9年間を見通した目標の明確化を図る必要があるという提言がなされております。この答申の前に出されました昨年の1月の審議のまとめにおきましても、学校教育法において小学校の目標については比較的詳細な規定が置かれている一方、義務教育の終了地点である中学校の目標は、具体的に何をどこまで達成することが求められているのかが明確ではないという指摘をいたしました。
 したがいまして、この答申を実現するためには、学校教育法の中に義務教育の目標規定を新しくつくってはどうかと考えている次第でございます。また、国会で継続審議となっております教育基本法の改正案につきましては、教育の目標や義務教育の目的が新しく規定されております。教育基本法が掲げております教育目標は小中学校のみならず、教育全般の目標でありますので、教育基本法案も考慮しつつ、本日は義務教育の目標としてどのような事項を盛り込むべきかについて、限定してご審議を賜ればと考えております。よろしくお願いいたします。
 それでは、まずご意見をいただきます前に、事務局から配付資料についてご説明いただきたいと思います。藤原企画官、よろしくお願いいたします。

【藤原企画官】
 それでは、失礼いたします。お手元の資料に即してご説明申し上げます。義務教育の目標につきましてご議論いただく上でご参考となる資料ということで、幾つかのものを用意させていただきました。
 まず最初に資料1でございます。こちらは、前回お配りいたしました議題のうち、今回関係のあるものを抜粋したものでございます。1つ目の義務教育の目標について、これが今回のまず第1のテーマでございます。義務教育の年限、これが2つ目のテーマということで、この点につきましてご議論いただきたいということでございます。
 続きまして、資料2でございます。これは以前にもお配りしたものでございますけれども、今国会に提出いたしております教育基本法案、そして現行の教育基本法との対比表でございます。関係の部分だけ簡単にご説明申し上げますが、この資料の1ページ目、中ほど以下で、まず教育の目的というのがございます。これは、現在もそれに関連する規定があるわけでございますけれども、基本法案では、第1条といたしまして、「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」という規定が設けられているわけでございます。
 続きまして、2ページ目、第2条、教育の目標でございます。ここの規定ぶりが現行の規定に比較いたしまして大幅に充実されているというのが、教育基本法の1つの特徴でございます。簡単にこれもご紹介申し上げますけれども、1から5号までございます。「第1号が「幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと」ということで、知徳体、この三者をあわせ持った人間形成ということをうたったものでございます。
 第2号が主として個人に関するものということでございますけれども、「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと」。
 第3号が主として公との関係を規定したものでございます。「正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」。
 第4号が、生命の尊重、環境の保全といった内容を規定しております。
 第5号が、伝統文化の尊重、我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うことといった内容を規定しているものでございます。
 それから、2ページめくっていただいて4ページ目でございますけれども、新しい基本法案では、義務教育の規定を幾つか修正がなされているわけでございます。
 まず第1項でございますけれども、現行の規定では「国民は、その保護する子女に、9年の普通教育を受けさせる義務を負う」というふうに規定がされていたわけでございますけれども、新しい教育基本法案では、将来のこの年限の延長などがより柔軟に対応できるようにという趣旨も含めまして、「別に法律で定めるところにより」という形で、9年の文言を削除してあるわけでございます。
 第2項を新設しておりまして、「義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする」ということで、ここに義務教育の目的というものが明確化されているわけでございます。これを踏まえて、学校教育法の規定はどうあるべきかということが議論になるということでございます。
 同じページの下のほう、第6条でございますけれども、学校教育の条文でございます。第2項が新設されております。「前項の学校においては、教育の目標が達成されるよう、教育を受ける者の心身の発達に応じて、体系的な教育が組織的に行われなければならない。この場合において、教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならない」ということで、現行法にはない内容が新たに盛り込まれているわけでございます。
 以上が資料2でございます。
 続きまして資料3についてご説明申し上げます。こちらは、小学校、中学校、高等学校等のそれぞれの学校種別の目的、目標に関する現在の学校教育法における規定ぶりを抜粋したものでございます。それについて改めて詳細にご紹介することは省略いたしますが、小学校につきましては初等普通教育を施すことを目的とすると。中学校は、小学校における教育の基礎の上に中等普通教育を施すことを目的とするという規定ぶりになってございます。また、高等学校につきましては、次回以降でございますけれども、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とするという書きぶりになっているわけでございます。
 ここの部分で、普通教育とはそもそも何かというのは、以前にもこの初中分科会でも若干ご議論いただいたところでございますけれども、一般的に申し上げれば、普通教育というのは専門教育に対置される概念でございまして、国民に共通して必要とされる一般的、基礎的な教育を言うものであるとされているわけでございます。そういった普通教育の中身、それぞれの学校種段階において、こういった規定ぶりが今後とも適当なのかどうかという点につきましても、ご意見を賜れればと思う次第でございます。
 資料4でございます。こちらは教育基本法案と、現在の学校教育法の対比表でございます。これは厳密なものではございませんけれども、一番左の端が今国会に出しております基本法案の内容でございます。1条の教育の目的、2条の教育の目標、1号から5号まで。また、5条の義務教育の規定や、6条の学校教育の規定、それぞれに対応する規定が現在どんな形で置かれているかというものを示したものでございます。見ていただきますと、必ずしも十分対応していない、教育基本法案にはあるけれども、学校教育法にはないといった条文があるということがおわかりになるかと思います。
 続きまして資料5でございます。こちらは修業年限の関係でございますので、また後ほどこのお話をしていただくときにご説明申し上げたいと思います。
 資料6でございますけれども、これは中教審のこれまでの答申などを抜粋したものでございます。2ページ目が昨年の10月に出されました中教審の答申、「新しい時代の義務教育を創造する」という答申で書かれた部分の関係部分でございます。
 また、3ページからは初中分科会における審議のまとめ、17年1月にまとめられた内容でございまして、ここである程度義務教育の目的、目標についてご議論いただきました。その内容をまとめているわけでございます。
 7ページ目、これは平成15年3月20日、教育基本法案のベースになりました中教審の答申の抜粋でございます。
 11ページ目以降は、もうちょっと古い段階の中教審答申ということになりますけれども、平成11年に出されました初等中等教育と高等教育の接続の改善についての答申でございます。その他、関係の答申を抜粋しておりますので、ご参考にしていただければと思います。
 また、17ページ、最後の8番目のところでは、現行の学習指導要領におきまして、各教科の目標が規定されているわけでございます。小学校、中学校ごとに国語、社会等の教科別に、それぞれの教科につきまして総則で書かれているような内容の部分を抜粋しているわけでございます。
 続きまして、資料7でございます。この分厚い冊子をご覧いただければと思います。このうち、14ページをお開きいただきたいと思います。これまでも何度か、いろいろなところでご覧になっている資料かと思いますが、ごく簡単にご紹介して議論の参考にしていただければと思います。
 まず最初の14ページでございますけれども、これはPISA2003の概要ということでございます。よく言われているあれでございますけれども、数学的活用能力、科学的活用能力、問題解決能力、ここら辺は1位グループにあるわけでございますけれども、読解力が非常に低下傾向にございまして、OECD平均と同程度、14位という結果になっているという状況でございます。
 また、下半分でございますけれども、授業を受ける姿勢はよいのでありますが、学ぶ意欲や学習習慣に課題があるということでございます。学ぶ意欲といたしましては、例えば数学で学ぶ内容に興味ある生徒というのは、OECD平均では53パーセントの生徒が関心があると答えているわけでございますけれども、日本の生徒は32.5パーセントであるということがございます。
 また、右端、学校以外の勉強時間につきましては、OECD平均では週当たり8.9時間勉強しているのに比べまして、日本では6.5時間しか勉強していないということがございます。
 次の15ページ、これはTIMSS2003の概要でございます。この結果につきましても、おおむね似たような結果が出ているわけでございます。これは中ほど、左側が算数、数学の経年変化での成績、右側が理科に関しての成績ということでございます。中学生の数学で言えば、39年が2位であったものが、その後、1位、3位、5位、5位となっておりますし、中学校の理科に関して言えば、1、2、3、4、6という順位の変遷を経ているということでございます。
 また、左下、中学校の数学/理科に対する意識といたしまして、これを楽しいと思うという生徒の率が低くなっているという状況がございます。また、右下、学校外での時間の過ごし方ということでございますけれども、宿題をする時間が日本は1時間程度、その一方で、テレビやビデオを見る時間が長い、家の手伝いをする時間が短いという状況があるわけでございます。
 続きまして16ページでございますが、こちらは読書の関係でございます。児童生徒の1カ月平均読書冊数の推移ということでございますが、最近ちょっと増加傾向にはあるわけですけれども、小学生は7.7冊、中学生は2.9冊、高校生になりますと1.6冊という状況がございます。
 それから、17ページは全国の学校図書館以外の公共図書館における小学生1人当たりの年間の貸出冊数の推移でございます。16年、直近の数字で18.7冊となっているわけでございますけれども、この数字はずっと上がってきているという状況がございます。
 18ページは子どもの体力の推移でございまして、全般的に言えば長期低下傾向が見て取れるということでございます。
 19ページは中学生に身につけることを望んでいる能力・態度ということでございまして、これは中学生を持つ保護者、中学校の担当の教員に聞いたものでございまして、さまざまな項目が並んでいるということでございます。
 20ページが、中学生が「とても悪い」及び「かなり悪い」と答えた行為についてということでございますけれども、1983年と95年の比較の調査になっているわけでございます。これを比較して見ますと、ほぼすべての項目でかなり大幅に悪いと思う生徒の割合が下がってきているということでございます。例えば、一番下、放置してある他人の自転車に乗るというのは、1983年には86.8パーセントが悪いと言っていたわけでありますけれども、これが77.3パーセントに下がっていると。あるいは、その1つ上の自室でたばこを吸うというのも、79.7パーセント悪いと思っていたのが65.1パーセントに下がっているということで、倫理観、規範意識が低下しているということがわかるわけでございます。
 次の21ページは、「高校生が絶対にしてはならない」と答えた行為ということでございます。これは日本、アメリカ、中国、3カ国で比較しているわけでございますけれども、全般的に見まして、日本の生徒はいろいろな行為が必ずしも悪くない、絶対にしてはならないわけではないと考えている率が高いわけでございます。例えば、中ほどあたり、お酒を飲むという行為につきましては、アメリカであれば52パーセントが絶対にしてはいけないと。しかし、日本の生徒は36.7パーセントであると。また、その右隣、学校をさぼるということにつきましては、アメリカは49.8パーセント、日本は30.8パーセント、中国は63.8パーセントが悪いと思っているということでございまして、各国比較でも非常に倫理観の低下というのが明らかであるということが言えようかと思うわけでございます。
 22ページは責任感を伴うことはできるだけ避けたいと考える青少年の割合の推移ということでございます。これは、全国の16歳から29歳の男女2,500人を対象として行った調査でございますけれども、経年比較で見てみますと、この数字がだんだん上がっていると。とわりけ16歳から19歳、若い世代で責任感を伴うことは避けたいという割合が近年急に上昇してきておりまして、20.2パーセントというのが2001年の数字でございます。これが16歳から29歳の全体と逆転しているというのが、その特徴になっているわけでございます。
 23ページは校内暴力の数値ということでございます。若干、ここ数年では減少傾向にあるわけでございますけれども、長期的には増加傾向にあると。また、校内暴力につきましては、中1、中2、中3と数がぐっと上がっていくという傾向がございます。
 一方、次のページのいじめにつきましては、小6から中1にかけてぐんと数が増えまして、その後減っていくという傾向がございます。
 25ページは不登校児童生徒でございますけれども、これも学年を追うごとに数が上がっていくという傾向でございます。
 26ページは朝食欠食の児童生徒の割合ということでございます。中学校の男子、女子、小学校の男子、女子という区分別に数値をとっているわけでございますけれども、中学校の女子が非常に多くて、13パーセントが1週間に二、三回食べないことがある。四、五回食べないというのが2パーセント、ほとんど食べないが5パーセントということで、合わせますと7プラス13で、20パーセントの中学校の女子生徒があまり朝食を食べていないという状況でございます。また、その下の小学校の数値を見ていただければわかりますように、小学校の段階から朝食の欠食というのは始まっているという状況でございます。
 27ページ、肥満傾向の児童生徒の割合ということでございます。昭和57年から平成16年に比べて経年比較をとっているわけでございますけれども、全体的に言えば、やはり肥満傾向の子どもが増加傾向にあるということがわかります。直近の16年の数値は、その前の平成14年よりは若干改善の傾向があるわけでございますけれども、全体としてはかなり増えているという状況でございます。
 以上、ちょっと長くなりましたが、ご参考までに資料の説明を申し上げました。よろしくご議論のほど、お願いいたします。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。ご議論いただきたいのは先ほども申し上げましたように義務教育の目標についてでありますが、ご紹介いただきましたように、既に昨年の1月に出しました審議経過報告をご覧いただきますと、そこにお出しいただきましたご意見が少し出ております。それをご覧いただきながら、足りないところ、お気づきのところがございましたら、頂戴したいと思います。
 また、ただいま資料についてご説明をいただきましたが、それについての質問でも結構でございます。よろしくお願いいたします。いかがでございましょうか。どうぞ、角田委員。

【角田委員】
 まず、教育基本法について、今日は義務教育の目標に限定してということでございますから、そちらのほうを話をしなければいけないんだと思うんですが、私自身としては、この教育基本法、学校教育のことだけではなしに、今回、いわゆる生涯学習の理念が入って、家庭教育、子どもの教育について第一義的責任を負うのは、父母、その他の保護者であるということが明確に出されてきているということ。どうしても教育基本法ということになれば、学校教育が中心にならざるを得ないように思われがちなんだけれども、しかし、これは学校教育だけではなくて、家庭教育や社会教育を含めて、今回は広く、大きくなってきているということに、もう一回私たちがきちっと意識を持ちながら、と同時に、さらに今後、この教育基本法の中に、この案が通れば、教育振興基本計画のところでさらに具体的なものが出てくるわけですから、この辺についてどういうものが盛り込まれていくのか。その辺のところを、ただ静観していればいいのか、中教審として、このぐらいの時期にこのぐらいのことをやる必要があるのではないかということを出す必要があるのかという感じもするわけですが。
 それはさて置きまして、今日の義務教育の目標に限定して審議するということでございますので、もう一回、教育の目的、目標のところで、私の感じているところでございますけれども、今回の第2条の教育の目標というところに、改めて5つの目標がはっきりと出てきているわけでございますが、いずれも大変重要なことだと思います。したがって、このことについては学校教育法の中にもきちんとこれを受けて盛り込んでいく必要があるのではないだろうかと思うわけです。
 先ほどの説明の中にもございましたけれども、資料3のほうになるかと思いますが、このところには小学校教育の目標ということで8つの項目が挙がっているわけで、かなり具体的な表現で出ているわけです。各教科の目標に近いものが出てきているわけですが、中学校のほうが、小学校のことを受けてということであるにしても、ちょっとバランスを欠くような感じがいたします。前からも指摘があったことではありますけれども、やはり各教科のことについて、あるいは、新しくなってきている、今英語であるとか、情報であるとか、学習指導要領に盛り込まれた要素も新たに盛り込んでいく必要があるのではないだろうかと思うのが、2点目でございます。
 最後に3点目なんですが、新しい基本法案第5条の義務教育として普通教育の目的というのが書かれているわけですけれども、私たち法律の素人という立場からすると、学校現場からすれば、普通教育に対する対語は、どちらかというと特殊教育という言い方になるのかと思いますが、ここでは、先ほど説明があったように、専門教育がその対置する概念であると。それにしても、この普通教育というのがなじみが薄いといいましょうか、わかりにくい、漠然としている。初等普通教育、中等普通教育、あるいは高等普通教育と出てくると、余計普通教育という言葉が目立つんです。この普通教育というのが一体どういうことなのかというのが、どうも抽象的で、わかりにくい感じがしますので、この辺について、学校教育法の中か、しかるべき場所でもう少し明らかにしていただいたほうがいいのかなという感じがしております。
 以上、3点、申し上げさせていただきました。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。井上委員、お願いいたします。

【井上委員】
 4点ほど申し上げたいと思います。まず、普通教育につきましては、現行の教育基本法、あるいは学校教育法では必ずしもその内容が明確に示されていないわけですが、今回の教育基本法案の第5条には、義務教育として行われる普通教育は各個人の有する能力を伸ばしつつ、社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとするというように、かなり明確に規定がありますので、そういう意味では、目的としての普通教育というのは、従来の学校教育法と同様に規定していいのではないかというのが、まず第1点でございます。
 第2点は、今まで中教審でいろいろ議論し、昨年10月の義務教育に関する答申などを考えますと、義務教育9年間を見通した目標の達成を目指して、小学校も中学校も連携を一層進める必要があると思います。また、そのため、義務教育9年間全体を見通した目標をしっかりと規定することが重要ではないかと思っております。
 第3点として、そのためには、教育基本法案の第2条に掲げられた5つの教育目標というのは、いずれも教育上重要な事柄でありますので、義務教育の目標としても盛り込むべきではないかと思っております。
 第4点目としては、義務教育9年間を見通した目標をある程度詳細に規定すれば、小学校の目的は義務教育の基礎の確立ということになります。また、中学校の目的は、義務教育の目標の達成という整理になると思うわけでございます。これまでも、義務教育の到達目標を明確にすべきだということで、教育課程部会等でもそういう議論が進められているところでございます。小学校、中学校のそれぞれの目的を明確にして、義務教育全体としての到達目標を具体的に規定することが今求められていると考えております。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。どうぞ、中村委員、それから加藤委員。

【中村委員】
 まず、質問なんですけれども、現行のこの学校教育法の中学の部分、非常に簡単に書かれていますけれども、これは書きたくても書けなかったのか、何か経過があってこういうことになっているのか、私、知らないものですから、何かわかりましたら、ひとつ教えてもらいたいと思います。
 それから、教育基本法案の中で具体的にこういうふうに書かれておりますから、当然学校教育法でも、これをフォローするような具体的な目標を書くべきだと思います。どうしても、従前の学校教育法に書かれておりますように、日常生活に必要なとか、どうともとれるような表現を使いやすい。特に規律規範の面では、日常生活に必要な規律規範というのは、あるべきものから随分変わってしまっていますので、先ほど資料のご説明でもありましたように、現在の子どもたちの現状をとらえたときに、日常生活に必要なということでいいのかどうなのか。強制するわけにはいかないのでしょうけれども、何かあるべき姿というのを我々は目指したほうがいいのではないかと。
 その点で1つ難しいのは、今ご意見がありましたように、中学校で義務教育の修了目標をどういうふうに設定するのか。特に規律規範の点で、表現が非常に難しいとは思いますけれども、国民の教育に対する関心、あるいはご批判にこたえるためには、我々がやっている教育というのは、こういうことまでは常識としてちゃんと義務教育で教えてきますよということを、やっぱり宣言しておく必要があるのではないかと、こんな感じをしております。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。加藤委員。その前に、今の中学校の資料3の件、何かわかりますか。

【藤原企画官】
 現行の学校教育法、昭和22年にできたわけでございますけれども、そのときに一般で言われておりますのは、小学校に相当するものは戦前からあったわけでございますが、中学校を戦後、制度として創設いたしましたときに、ある意味では、ないところに新たにぽんと中学校を乗せたということで、若干小学校の規定だけが先行し、中学校はそれにつけ加えて規定を書いたといった経緯があるのではないかと、一般には言われているかと思います。

【木村分科会長】
 加藤委員、お願いします。

【加藤委員】
 まず、今回、議論経過を振り返って見ると、これまでの義務教育を親たちがどのように感じ、また、社会がどのようにとらえているかということを、中教審としてもいろいろ考えた結果、今回のように、例えば基本法の中への書き込みも、従来よりはより具体化が図られていると思います。そういうことで、3点ほど申し上げたいんです。
 今やはり必要とされているのは、これをこれから社会、親の側から見て、あるいは子どもたちが考えたときに、具体的な目標といったときに、やはり本当にわかりやすいもの、子どもたちから見てもわかりやすいものであり、親から見ても、義務教育は何をして、何が達成されるのかということがわかりやすいということが必要だろうと思います。
 もうちょっと具体的に見ますと、1つは、義務教育でありますから、ナショナルミニマムであることははっきりしているとは思うんです。ただ、そのときに、かといって理想といいますか、マキシマムと言ったらいいのか、今、中村委員も言われましたように、1つの理想を掲げておくということも必要だろうと思いますので、そういう面では両方なのかもしれないのですが、しかし、今回は、よりミニマムを意識した目標設定がされなければいけないだろうと。
 そのときに、そういう目で見ますと、やはり今の学校教育法の中学の教育の目標というのは極めてあいまい過ぎて、わかりづらいと思います。私は以前から、かつて中学卒業で社会に出ていく子どもたちが多かった時代を振り返れば、義務教育というのはある種の一人前の社会人をつくり上げるための教育であって、それが修了すれば一人前の社会人なんだと。逆に言うと、そういうバーを定めておくということでよいのではないかということを申し上げてきたと思うんです。
 それは、一人前の社会人というのは何なのかということを具体的にあらわしていくと。そのときに、知徳体というのは今回極めて明確に基本法でもうたっていこうとされていますけれども、知とか体で言えば、やはりミニマムのところを大いに意識すべきだと思うんですが、徳のところになると、おそらく、今中村委員が言われたように、ミニマムではあり得ないんだろうと思うんです。そういうところのしっかりとした区分けをした上で、極めてわかりやすく、具体的であるということが必要なのかと思います。
 最後に、少し、これを今後社会に対して提案していくというか、そういうことを考えたときに、社会の側から見たときに、中学卒業という1人の人格といいますか、私が先ほど申し上げた一人前の社会人ということで、どうあってほしいのかという、逆から見た提案、あるいは社会の側から見た中学3年卒業生という、少し何らかの形で社会の側に問うてみたらどだろうかと。今具体的に、私は幾つかイメージは持っているんですけれども、そういうことを少し議論してみて、一人前の社会人というものの具体的なイメージをつくり上げてみたらどうかという気がしておりますので、そのことを申し上げておきたいと思います。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。それでは、高橋委員と横須賀委員、どうぞ。

【高橋委員】
 ありがとうございます。今、教育基本法の改正案を拝見したわけですが、具体的には、学校においては学習指導要領が指導に当たっての基準になっているわけです。ただし、指導要領は10年ごとに改定されまして、具体的なものとしてあります。私としては、この教育基本法と学習指導要領をつなぐというか、結びつける、そういう点では対抗的な基準としての目標ということでお出しいただけたらどうかと思っています。現行の学校教育法は大体教科に即した形で出されておりますが、これまでの学習指導要領の改定の経緯があるわけですので、そういったことを踏まえて、今後の課題などをさらに勘案しながら、各教科等のものを出してもらいたいということが1つでございます。学校においては、それを目標にしてやっていくことになりますので、そのことをまずお願いしたい。英語などは現行の中にございませんので、そういったものをつけ加えてもらいたいということが1つです。
 2つ目に、今日の案の中にございましたが、教育基本法の4ページだったでしょうか、ここに学校教育の第6条、2項あるわけですが、その中で学校生活を営む上で必要な規律、あるいは、みずから進んで学習に取り組む意欲、こういったことは生涯学習の基礎を培うという点からして極めて重要なこと。国際的な学力調査の結果から見てもここは課題になっているわけですから、ぜひこのようなこともその義務教育の目標の中につけ加えていただきたいなと。
 それと、道徳教育、これは総則に位置づけられているわけですが、この辺のところも現行の中ではない部分かなと思っていますので、この道徳教育につきましても、これまでの学習指導要領の変遷等を踏まえてお出ししていただけると、ありがたいかなと思います。
 それから、これまでの中教審の議論の中で、国語力の育成ということも大きい項として挙がっておりました。私は、このことなども入れていただいてよろしいのではないかと思っております。
 さらに資料4の中に、3ページでしょうか、教育基本法の改正案の5につながってくるところということで申しますと、現行の学校教育法の小学校では2に相当するというつながり方になっていますが、中学校段階については、これもないんです。ですから、こういったことも加えていただきたい。
 今3ページをご覧になっていただいているかと思いますが、中学校の3のところ、2も3も読んでみて、なかなか不易のことかなと思いながら読んでいるんですが、その3のところに公正な判断力という言葉があります。高等学校の目標ですと、この部分が健全な批判力という言葉になっています。私は、義務教育の目標ではあるけれども、当然のことながら、高等学校教育との関連を図ってお考えいただきたいということを要望させていただきたいと思って、今発言させていただきました。
 まことに手前勝手で恐縮なんですが、今日所用がありまして、私、途中退席をさせていただきたいと思っております。それで、議題2に関係することについて簡単にだけお話しさせていただきたいんです。私は義務教育の年限につきましては現行9年で、まだよろしいのではないかと思っております。
 先ほど資料説明にもございましたが、文科省さんの意識調査の結果を見ましても、世論の関係で言うと、まだ現状という声が大きいと思っておりますし、もし行うとすると、制度の大幅な改正となるわけですが、そのメリットの部分が具体的にどういうことがあるのかということは、まだ必ずしもはっきりしていないんだろうと思います。そういう中で考えてみましたときに、私は現状においては現行9年というところで、いかがなものかと思っているところでございます。
 以上でございます。ありがとうございました。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。横須賀委員。

【横須賀委員】
 昨年の10月に中教審答申で、新しい時代の義務教育を創造するという答申がございました。私は拝見しておりまして、おもしろいと言ったらいいのか、大事だなと思ったことの1つに、義務教育の目標を示す言葉として人間力という言葉が使われていたことです。
 この資料6の抜粋のところには出ていませんけれども、3ページのほうの初等中等教育分科会の審議のまとめ、私はこの時期には参加しておりませんけれども、そこの義務教育の目的、目標の丸で整理されている、一番下の丸のところにたまたま書かれていますが、義務教育の目的とは、「人間力」を備えた市民となる基礎を提供すること。つまり、社会に生きる市民として、職業生活、市民生活、文化生活などを充実して過ごせるような力を育むことと言えると、ここで「人間力」という言葉がたまたま抜粋されておりますけれども。10月の中教審答申の中ではもっと重要な概念のように使われていたと思います。
 雑誌の記事等で読んだんですけれども、それに先立って内閣府で人間力について研究するプロジェクトができていたということも拝見したりしているわけですが、この資料3の初中分科会の審議のまとめのところでは、人間力というのは生きる力として、文科省が教育改革の中で提供してきたことと軌を一にするというふうに説明されています。
 私も、生きる力とか、学ぶ力とか、人間力という言葉の争いをするというのは、あまり意味があるとは思えない、どう違うのかとか、そういうことをあまり議論しても仕方がないと思うんですけれども、やはり生きる力といったときに、学ぶ力、学習の問題というのが、もちろん言葉の上でいって落ちているわけではないんですけれども、流れとしてはややそういうところが不十分だったような気がするんです。一方では、教育現場などでは一般的に、伝統的に学ぶ力のほうに力点がかかってしまった流れというのがあったと思うんです。
 そういう意味で、今度の中教審答申に人間力という言葉が入ってきて、これは新しい角度を提供しようとしているのだとすれば、私は生きる力と学ぶ力というのを両方大切にして、むしろ統一していく観点を強調したのかなと思ったりしたわけです。
 せっかく10月の答申の中で、私なりの読み方では重要な概念だとされている人間力という言葉が、もし私のような解釈でいいのであれば、これからのご審議、文言がつくられている中でも大事にされていっていいのではないかと、そんなふうに思いました。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。今先生のご指摘のとおり、初中分科会はどちらかというと、今のところ教育課程部会等から上がってきたものを審議するということを行っておりますが、この人間力という言葉、あるいは定義については、教育課程部会では前面に打ち出しております。今まさしく先生がおっしゃったような解釈のもとに、生きる力の延長線上、さらに大きなものという概念でつかまえております。
 ということで、教育課程部会からの報告の中には、それが非常に大きなキーワードとなって出てくるものと考えております。
 渡久山委員、どうぞ。

【渡久山委員】
 1つは、小・中・高等学校については普通教育というようにして、高等教育、大学、高専あたりと区別して構造化されているような気がします。そういうように書かれていると思います。ですから、それはそれでいいんですけれども、1つは、小学校、中学校、高等学校、同じなんですけれども、それを核として教育基本法の目的のどの部分を小学校が主に担うのかという観点で書くのか、あるいは、それとも、ここに書いていますような形で非常に抽象化するか、どちらかだと思うんです。これは1つあると思います。あるいは、また、例えば人格の完成ということの中身を、小学校では何を指すのか、中学校では何を指すか、こういう形になろうかと思います。
 それから、目標の問題なんですが、これは教育基本法ではいろいろもっと具体的にありますけれども、現行の学校教育法における目標、中学とありますけれども、これを比較して見ますと、小学校、中学校も1、2、3というところは大体似ているんです。非常に抽象的な、社会的な、国家的な、似ているんです。4からは教科になっているんです、小学校の場合。国語、あるいは算数、理科、体育とか、最後は音楽、美術、文芸、そういうのは中学にはないわけです。
 ですから、もしも中学で書くとすれば、それと同じような文言で、中学らしい教科の内容を書くかどうか、これをつけ加えるかどうか。これは中等学校教育でもそうなっています。ただ、幼稚園の場合には若干教科の部分が入っています。そういうことですから、構造的に、この辺の教科の部分まで目標に入れるかどうかという形が1つだと思います。
 それから、考え方なんですが、これは資料3の中でですけれども、小学校の18条の中に3というところで、衣食住、産業等についてというところがあるんです。中学では職業と勤労なんです。教育基本法にも産業という言葉は出てこないんです。ここで産業という言葉を出しているんですが、それでいいのかどうか。例えば、小学生ですから、勤労という言葉が不適当であれば、職業としたほうがいい。産業という言葉がなじむかどうかという部分が1つあります。
 先だっての教育基本法改正のための中教審での答申の中では、やっぱり生涯学習体系というものを考えて、少なくとも普通教育はその基礎教育だと、一等最初の入り口だということだったと思うんです。そうでありましたら、小・中・高等学校の段階においては、それぞれの段階で、これからつないでいく生涯学習社会における非常に入門的な学習のシステムだという形で位置づけるということは、新しい教育基本法をつくるときに議論した際の1つの視点だったのではないかと思いますので、そういう形が出てきていいのではないかという気がいたします。以上です。

【木村分科会長】
 では、平出委員。

【平出委員】
 ただいまの渡久山委員と、後半は同じような意見になるかと思うんですけれども。この間、この分科会でも、教員養成部会でも、例のキャリア教育に関する答申で行ったと思いますし、食育と言われているものについても言及して、まとめたかと思います。とくに食ということに関係するなら、ただいま渡久山委員が指摘しました現行の学校教育法、小学校のこの3ページの3のところですが、衣食住と産業とは少し異質なものかと思います。むしろキャリア教育のほうにくるめて扱ったほうがよろしいのではないかと思っております。
 キャリア教育は義務教育段階においても系統的、組織的にしっかりやるんだということになっております。小学校段階から勤労意欲、意識の理解というかのがあっていいのかと思っております。それをどこかにつけ加えて、中学校のほうにスムーズにつなげていく必要があると思います。
 それと、現行の、今の上の3でありますけれども、郷土及び国家の現状と伝統について正しい理解に導き云々なんですけれども、よく言われております市民教育とか公民教育のねらいの趣旨というものをこの中につけ加えてみたほうが、よいのではないかと思います。
 どの程度具体的なところのものを取り扱うかということで、相当違ってくるかと思っております。だから、まとめ方として、例えば国語教科とか、理数系とか、教科として歴然としているわけなんですけれども、こういう形でまとめていくのがいいのか、あるいは、もう少し統合させてまとめたほうがいいのか、これは議論しなくてはならないと思います。これは横須賀委員も指摘しました、例の学ぶ力とか、学ぶ意欲、態度の問題とか、それとの関連で体力の向上とか、必要な云々ではなく、望ましい体力の向上という表現がいいのかどうかということも含めて、議論の余地があるかと思っております。以上です。

【木村分科会長】
 では、田村委員、お願いします。

【田村委員】
 ありがとうございます。教育基本法の新しい法案の4ページ、義務教育の中身に関してかなりはっきり書いてあるわけですが、これをもう少し徹底して、いろいろな学校教育法の中に明示する必要があるのかと思います。この義務教育の5条の2のところに、個人の有する能力を伸ばしつつ、社会において自立的に生きる基礎と書いてあります。つまり、義務教育の中身としては、まず最初に来るのは、各個人が自立するための能力を身につけさせる、これが第一です。これが大事なところなんです。
 その次に、各個人が自立するために能力を身につけるために学ぶけれども、個人、個人の力は大したことができないので、みんなでいろいろな形で協力していかなくてはならない。それが社会とか国家ということの意味なんです。ですから、その部分を学校の現場では、ソーシャルスキルという言い方をしていますけれども、その部分がある意味では平等に、大事なこととして認識されていく必要があるということだろうと思います。
 その部分で言うと、スタートは、個人の能力をいかに高めるかということだと思います。それをさらに補完する意味で、社会の形成者としてのソーシャルスキル、みんで協力してやるということをちゃんとやっていく、こういう教育内容、この2つのことを明示すると同時に、もうちょっとはっきりと書いたほうがいいのではないかと思います。
 その考え方からしますと、これはしようがないんだろうと思うんですけれども、学校教育法の中に、心身の発達に応じて普通教育を施すことを目的とすると書いてあるんです。これは、初等普通教育が学べるところだと書いてはまずいんでしょうか。つまり、1人1人にとっては学ぶことが権利なんですから、その場を利用する権利を持っているという書き方のほうがはっきりするのではないかと思うんです。
 そこのところを国なり社会が、必要だから個人個人に学びなさいよと言っているようにとられていくことが、結果的にはどうも意欲を高めていかなくなると、こういうことにつながらないかと。それは法律の書き方ですから、専門家として、文科省としてはご意見がおありになるでしょうから、お教えいただきたいんですけれども、そういう方向に持っていくことはできないだろうかと思っております。以上です。
 なお、自立ということで言うと、義務教育期間というのは、幼稚園のとき、あるいは小学校1年のときの第1次反抗期、それと、中学2年のときの第2次反抗期、自立期と言いますが、この2つのきっかけで人間は精神的な自立の手がかりを得ると考えられています。ですから、義務教育と自立するということは絶対に切っても切れないことだろうと思います。年限についてはいろいろなお考えがあると思いますけれども、今の決め方は、そういう意味では、非常にいい決め方ではないかと見ていますけれども。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。では、今井委員、どうぞ。

【今井委員】
 代表的なもので言えば、例えば今月号の『中央公論』等に幼児がかいた絵の記事が載っていたんです。手がない絵をかく幼児が増えていると。それに関する分析はいろいろ出ているんですけれども、例えば手を意識できない子がもしかしたら増えているのではないかという結論を出している書物もありました。それで言うと、例えば優しい社会であるし、おじいさん、おばあさんと同居している家庭であれば、ケアを必要以上にしてしまう、いろいろな状況はあるんですけれども、そういう社会の変化が非常に顕著であって、それが現在の子ども、比較的年齢層が低い子たちにとって、どちらかというとマイナスに働いてしまっているという現状はあると思うんです。
 その中で、例えば50年後、100年後、どうなるかということに関しては自分は思いもよらないんですけれども、例えば1つの理由として、できるだけ早い段階でそういう子たちにサポートの手を差し伸べるということは、私は非常に必要なことではないかと思うんです。例えば、教育基本法でも年限9年と書かれずに、法律によるということで、私はできるだけ早い段階で学校教育の中に幼児を取り込むと、学校教育の中で国として教育していくという考え方は、とても大事な考え方ではないかと思います。ですから、せっかくですので、今回の年限ということでありますもので、私は個人的には、幼児の段階のほうに年限を伸ばすことに関して非常に賛成であります。
 もう一つ、学校が教育に対する責任を負うのは当たり前のことなんですけれども、家庭に対しても、逆に言えば家庭は今困っている段階であると思うんです。例えば、父子家庭、母子家庭が増えているとか、お父さん、お母さんが仕事が不規則で子どもの教育をしたくてもできないとか。しかしながら、第一義的に教育基本法にあるように責任を有する者であるということは、画期的な文章ではないかと私は思います。
 学校教育のほうの責任の水準も上げるし、さらにはその状況の中でも、苦しい思いをしても、お父さん、お母さん、頑張ってねというケアで、どの段階での表現になるかわからないんですけれども、保護者、または家庭へのあるべき姿というか、これは議論が出ることは百も承知で言うんですけれども、より望ましい姿というのを何らかの形で示すということも必要なのではないかと、私は思います。長くなりました、済みません。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。他に。増田委員。

【増田委員】
 資料7を見させていただきまして感じたことは、中学生の規範意識というものも低くなっているなということですとか、自分で責任をとる能力も落ちていて、また、体力も昭和60年以降ずっと低下しているんだなということを、改めて感じました。
 私の考えを言わせていただきますと、いつも人間の体というのを木に例えて考えているんです。身体というのは木の根っこの部分に当たると思うんです。身体が太くなってくると、この幹である部分がしっかりしてきて、そこには心という意識ですとか、道徳心という幹が太くなっていくと思うんです。それから枝葉のところで知識とか教養が広がっていくと考えている中で、やはりそこの体力の低下もそうなんですけれども、今全体的に規範意識が低くなっているということを踏まえまして、とても大げさな意見になってしまうかもしれないんですけれども、ここの資料2にあります教育基本法案の第2条の中で、幅広い知識と教養を身につけとありますね。そこの部分、今の状況からいくと、それを逆さまにしてもいいのではないかと思えるんです。つまり、根っこの部分のところを先に言いまして、すこやかな身体を養い、豊かな情操、道徳心を培うとともに、幅広い知識と教養を身につけ、真理を求める態度を養うことということを考えるぐらい、もっと根っこの部分が大切で、それから幹でしょうということを日ごろから考えていまして、発言させていただきました。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。宮崎委員。

【宮崎委員】
 1点だけ考えを述べさせていただきます。この学校教育法ができた当時の状況と今では、様相が一変していると思っております。当時、小学校から中学校に義務教育が延長された時期でありましたし、中学校で一完結するという仕組みの中で学校教育法ができたということだろうと思います。
 ところが、現在では、高校教育まで国民のほぼ9割以上が教育を受ける時代になっております。義務教育の年限の延長とは別に、それぞれの幼稚園、小学校、中学校、高等学校、あるいは中等教育学校のそれぞれの役割を明確にした上で、それぞれの学校の目標の設定をすべきではないかと考えております。
 その点で、各学校の目標の中に、例えば現行の学校教育法では、第18条4項以降はいわゆる教科について規定があって、第36条、第42条などにはない。第78条の幼稚園の規程においてはかなり細かな対応がされているわけですが、時代とともに教科の考え方なども変わっていくこともあり得るので、そこをどこまで書き込むかいうことも十分留意しておく必要があるのではないかと。
 私が申し上げたいのは、現在の学校教育法が小中学校で一完結して国民の育成をするということを念頭に置いた規定ぶりであったということからすれば、時代とともに変わってこなければいけない部分という点を時代の要請に応じてどう書き込むかいうのが、一番ポイントになる。もう一つは、教科についてどう考えるか。そこが、書きぶりとして検討する必要があるのではないかと思っております。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。他によろしゅうございますか。甲田委員。

【甲田委員】
 今田村先生がおっしゃった、学校というのは自立への道をつけていくというのを、いつもいつも考えながら教育課程を組み、日々の教育活動をしているんです。ところが、この間、小・中・高の先生方が集まったある会合があって、お互いに言い合おうよという話がありまして、義務教育で育っていないものは何なのかと。中学校の1つは、教科としては体育を取り上げてみたいと思うんです。真っ直ぐ走れない子、あるいは鉄棒にぶら下がれない子、ぶら下がっても、すぐ落ちしてしまう子、ボールが2回突けない子、こういったものが中学校に来るということ、そのことをどう考えるのか。できなくてもいいよと、例えば完璧に50回突けるとか、そんな話でなくてもいいと。とにかく小学校を終わって、やったことがない子が中学へ来ている、これはやめてくださいよと、中学校の先生の悲壮な声があったわけです。
 高校側からすると、例えば数学を例にとりますと、分数計算はもちろんのこと、その他の3とか4とかをとってきた子どもたちにしても、やはり1つのそういった計算のドリルみたいなものを重ねていないから、発展性がないのだと。ここは中学の先生方、何とかしてくださいよという声ばかりがたくさん出てくるわけです。
 ですから、いろいろ例は挙げられますけれども、義務教育全般の、先ほどあったミニマムスタンダード、ナショナルスタンダードと言ってもいいんですけれども、これが本当に各校種の中で、できたか、できないかは別として、とにかく子どもにできるだけ多くいろいろなことを経験させるということができるものでないと、義務教育としての役割を果たせないだろうと。文言上でいろいろ言っても、今は、現場のほうとして、実際の次の教育を受け持つ者として不満ばかり持っている社会なんだろうと思うわけであります。
 したがって、ミニマムスタンダードを、小学校でこの文言はまた別としまして、中学校においても、やはり項目として、できるだけ数多く挙げていただけたらいいなと思っています。つまり、それが親御さんがこれを見て、ああ、そうか、こういうところは私の責任なんだなと。学校だけに任せても、なかなかできないものっていっぱいあるね、でも、学校、頑張っているねということが、メッセージとして受け取れるような法律でないと、またこれまでのような40年の時代が流れていくのではいなだろうかという気がいたします。保護者の教育、何をすべきかということをメッセージとして伝える学校教育法でなければいけないなと思っているわけです。
 例えば、皆さん、わかると思いますけれども、ボールを突いたり、向こうから飛んできたのを適応してキャッチしたりというのは、5歳のころが一番伸びるわけです。ここを過ぎてしまうと、なかなか伸びないんです。そういったことを考えると、今言ったようなことが必要かなと思っております。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。よろしゅうございますか。
 それでは、この議論は以上とさせていただきます。ご承知のとおり、継続審議になりましたので、今のところ我々としては隔靴掻痒の感があると思います。これがきちんと決まった段階でありますと、相当シャープな議論ができるのですが、内容が変わる可能性がないとは言い切れません。これがきちんとした形になった段階では、また別の議論にならざるを得ないかもしれませんので、今日の議論はこの辺でおしまいということにさせていただきたいと思います。
 これは事務局、今後何回か、このテーマについては予定として議論するんですか。

【藤原企画官】
 今後の議論の進め方というのは、また状況を見ながらご相談させていただきたいということでございます。もちろん、今回で議論が終わりというわけではございません。また改めてご意見を賜る機会を設定させていただきたいと考えております。

【木村分科会長】
 いずれにしても、我々としてはっきりしたことが言えるのは、教育基本法の案がある程度確定した段階ですね。

【藤原企画官】
 はい。

【木村分科会長】
 その点だけ確認させていただきたいと思います。ありがとうございました。
 それでは、次の議題、既に先ほどの高橋委員、今井委員からご意見として出ておりますけれども、修業年限の問題に移りたいと存じます。昨年10月の答申におきまして、義務教育9年の延長や就学年齢の引き下げについて、今後引き続き検討する必要があるという提言がなされております。また、先ほどから何度も出ておりますが、教育基本法案では、義務教育年限9年の規定が削除されまして、それが学校教育法にゆだねられた形になっております。
 そういうことで、少しこの機会に義務教育の年限についてご審議いただいておいたほうが良いと考え、取り上げさせていただきました。
 それでは、再び藤原企画官から、先ほどの資料5について少しご説明いただいて、またご意見をお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

【藤原企画官】
 それでは、お手元の資料5をご説明申し上げます。こちらは現在の学校教育法における規定ぶりでございます。教育基本法、現行では9年と明記されているわけでございますけれども、その規定を受けて、学校教育法で小学校の修業年限は、6年とする。中学校の修業年限は、3年とするという形で、それぞれ19条、37条で規定が設けられているわけでございます。
 また、22条、39条におきまして、具体の就学の時期も細かく規定されているわけでございます。22条について申し上げますと、保護者は、子女の満6歳に達した日の翌日以降における最初の学年の初めから、満12歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校等に就学させる義務を負うという規定ぶりになっているわけでございます。これによって9年の義務教育が実質的に担保されているということでございます。
 続きまして、お手元のこの分厚い資料7でございます。そちらの10ページをお開きいただきたいと思います。義務教育年限の国際比較ということでございますけれども、大体国際的には、ご承知のように6歳から15歳の9年間を義務教育とするところが多いわけでございます。日本の他、アメリカでありますとか、ドイツでありますとか等々でございますけれども。一方、9年間を超える例といたしましては、イギリスなど、これは日本よりも1年早く義務教育が開始されまして、1年遅くまであるということで、11年間が義務教育でございます。また、フランスなどでは高校1年生まででございまして、合計10年が義務教育の期間となっているところでございます。
 続きまして11ページでございます。これは、昨年の義務教育の10月答申の前に行われました意識調査の結果でございますけれども、小学校への入学年齢を5歳にすることについての意識調査ということでございます。それぞれ、保護者、学校評議員、一般教員、校長、教頭等と聞いているわけでございますけれども、全般的にこの就学年限の引き下げということにつきましては、必ずしも賛成は多くないという状況でございます。
 また、次の12ページは、義務教育の期間を9年より長くすることについての調査結果ということでございます。これにつきましては、保護者が若干賛成が多くなっておりますけれども、全般として見れば、やはり賛成の意見が低いという状況でございます。
 13ページは3歳から5歳児の年齢別の就園状況ということでございます。一番下の3歳児でございますと、幼稚園が36パーセント、保育所が38パーセント、いずれも通っていないというのが26パーセントでございます。これが5歳児になりますと大分数字が上がるわけでございますが、幼稚園が58パーセント、保育所が39パーセント、3パーセントがいずれにも行っていないという数字が残るわけでございます。
 また、これと関連いたしまして、同じ資料、48ページ、後ろのほうでございますけれども、ここで幼稚園に関して、公私の数の比率を掲載しております。幼稚園の中の公私比率は都道府県によってかなり大きな差があるわけでございますけれども、一番多いところでは、9割近くが公立であるというところがある一方で、低いところでは1割にも満たないという状況で、ばらつきが大きくなっているという状況でございます。
 これは参考程度でございますが、28ページでは、小中一貫教育の取り組みの状況、29ページでは中高一貫教育校の推移等の資料を掲載してございます。
 最後に、お手元の資料6でございますけれども、その2ページに、昨年10月の義務教育答申の抜粋が掲載してございますが、その一番下のあたりでございます。第2部の第1章(3)義務教育に関する制度の見直しというところでございますが、この10月答申では、幼稚園や高等学校を義務教育の対象とするなど義務教育の年限を延長すべきとの意見、義務教育への就学年齢を引き下げ5歳児からの就学とすべきとの意見なども出されたが、これらについては、学校教育制度全体のあり方との関係など慎重に検討すべき点があること、義務教育に関する意識調査の結果ではこれらの事項について賛成する割合が全体として低かったことなども踏まえ、今後引き続き検討する必要があると答申されているところでございます。以上でございます。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。今の同じ資料の6の5ページの義務教育制度の改革の方向の3番目のところに、義務教育の年限というところがありまして、少しですけれども、これまでに出されたご意見の主なものを掲載してございますので、ご参考にしていただきたいと思います。
 それでは、ただいまの説明に対しましてのご質問でも結構ですし、ご意見を賜れればと思います。中村委員、どうぞ。

【中村委員】
 このいただいた資料の7、分厚いものですけれども、この11ページと12ページ、統計資料、あるいは意識調査というのはいろいろな解釈があると思うんですけれども、これを見ますと、11ページで、学齢を引き下げることについて言えば、賛成している人たちが非常に少ない。それから、12ページは、これは学齢を上に伸ばして9年なのか、下に伸ばして9年なのか、よくわかりませんけれども、上だと考えると、見方によっては保護者の気持ちがよく出ているなという感じがします。
 と申しますのは、高等学校で非常に授業料等の負担が増えている。できれば、義務教育になれば無償になるだろうという考えもあるでしょうし、最近ですと、中学を卒業して就職、あるいは就労しないという子どもがいないので、どこかに子どもの居場所をつくってほしいという観点から考えると、高等学校段階を義務教育化してくれれば、完全な安住の地が子どもに与えられると。いろいろな解釈はあるんでしょうけれども、どうも私はそういうふうにこれを見てしまったものですから。
 したがって、高等学校を義務教育化することというのは、親は5歳程度に比べれば多くはなっておりますけれども、教育長、校長等は非常に少ない率であると。こういうことから考えると、私ども、義務教育というのは社会福祉でもないし、社会的な収容施設をつくっているわけではありませんので、高等学校を義務教育化するのはいかがなものかなという感じはします。
 5歳程度からというのは、例えば、先ほども議論がありましたように、義務教育の内容を非常に増やさなければいけない。しかも、5歳程度、あるいはもっと極端に言えば3歳程度から、義務教育でこういうことを小さい段階から教えるという、何か課題があって年齢を引き下げる、修業年限を伸ばすのであればいいんですけれども、どうもそうでもなさそうな気もする。ということでもありますし、これは保護者も含めて、入学年齢を5歳にすることについては賛成が非常に少ないという実態を踏まえますと、相当今後も慎重に議論して結論を出してもいい問題ではないかと。
 それから、私、教育長をやっていますので、地方公共団体にとってみれば、義務教育で国庫補助金が来るのだろうという前提に立てばいいんですけれども、なかなか国のほうも財政状況は厳しい、地方も苦しいという状況を考えますと、9年を伸ばすということについて言えば、財源保障がないと、地方団体にとっては非常に苦しい状況ですし、大反対の論が多分起こるでしょうという感じはしております。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。他に。それでは、黒須委員。

【黒須委員】
 今、教育長の中村さんから話がありましたけれども、私は大反対というほうではないんです。それは、今、小学校での学級崩壊というのが低学年化していますね。本来だったら、家で躾というものをきちんとしなければいけないのに、ほとんど家庭での躾がなされていない。
 というのは、例えば学校へ入る前の保育園などでも、延長保育される保育園が人気があるわけです。延長保育で、7時、8時まで保育園に預けられると、親御さんと一緒にいる時間というのは極めて限られてしまうわけです。そうすると、本来の子どもとしての躾というものを受ける機会が少ない。あるいは、今幼稚園や保育園でも自由保育というのが非常に多くあって、自由をはき違えているところがあるわけです。そうすると、幼稚園や保育園でもきちんとした教育と言ったらいいのか、本来の躾というものもなされていない。
 だから、最近は、小学校でも低学年の学級できちんと学習できないというクラスがたくさんできてきてしまっています。先生がお手上げだというのが最近多いです。そういうことを考えると、積極的にということではないんだけれども、やむを得ないのかなと。
 幼稚園などでも、公立が多い県があったり、私立が多い県があったりとか、いろいろばらばらですけれども、例えば私どもの市では、公立の幼稚園というのは一つもないんです。幼稚園は全部私立に任せているんです。保育園も今、16園、公立があるんですけれども、約70園の保育園は私立で、公立はやめさせようと思っているんです。そういうことを考えると、極めて統一されていない幼児教育、幼児保育というのが行われるということが現実にあるわけですから、小学校、中学校の教育がきちんとなされるためには、義務教育の延長をする、低年齢化するというのはやむを得ないのかなと思っています。
 教室が足りないとか、いろいろそういう問題も出てきますけれども、今子どもが減っていますから、現実には空き教室というのが非常に多くなっているんです。ですから、空き教室をどう使うかというのが、地域でも行政の中でも大きな課題になっていますから、物理的な面については、そう大騒ぎすることはないのではないかと思っています。
 これはやむを得ない視点から、延長するというのは検討する価値はあるのではないかと思います。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。渡久山委員。

【渡久山委員】
 私は義務教育は何らかの形で延長するべきだと思います、方向で。1つは、我が国でも、既に中教審では昭和46年に5歳児から入学した形のものをつくって、義務教育の延長というものについて一定程度の考え方が出ていたんです。しかし、あのときには非常に財政的な裏打ちのある答申だったんですけれども、それが全くぽしゃってしまっているわけです。
 ただ、1つは、やっぱり今の国際比較の中でだんだんインテリ化していっているというのが実情なんです。文化や文明、いろいろな科学技術等もだんだん高度化していく。そういう中で、やはり1つの学問、技術、あるいは技能等は長期的な研修、研究、修養が必要になってきているというのが現状ではないでしょうか。そういう中では、きちっとした義務教育で子どもたちの未来を保障するということは、私、非常に大事だと思うんです。
 教育は国家戦略としてとよく言われますけれども、全くそういう面で、戦略性が今のところ、政策として十分かどうか。極端に言えば、十分ではないような気がしてならないんです。それは、先ほど中村教育長も言われたけれども、日本の教育の一番の欠点は財政力がないことなんです。例えば、今国が3、地方自治体が4、個人負担が3です、大体大きく分けて。個人の自己負担が非常に多過ぎる。だから、受益者負担主義と言われてもいいくらい、そうなっている。国が出すのが少ない。これはOECDでの比較を出すまでもないんですけれども。
 そういうものが1つあって、財政的な今の状況の中でということであれば、非常に困難です。だから、これはきちっとした国家戦略として、教育財政を豊かにしていくという戦略がなければならないと思うのが1つです。
 もう一つは、今、高等学校まで入れて、日本の義務教育は必ずしも成功しているとは言えない。要するに学力の七五三と言われているのは、こういう学習指導要領がきちっとできているんだけれども、到達度が必ずしもそれに達していない。そこには非常に乖離した状況というのがずっとつくられながら、今学校はきているわけです。先ほどの議論にもありましたように、小学校から中学校に送る場合に学力不足が言われるし、中学校から高等学校にも言われるし、あるいは、高等学校からひょっとすると大学に行く場合もそういうことが言われている。その辺をきちっと解消していくということが前提というか、それも同時にやっていかなければ、義務教育の中身もできてこなければ、延長しても成功しないと思うんです。
 そういう意味では、この間の教育基本法の国会での議論のときに、民主党が高等教育に対しても漸進的な無償制度というものを追求すべきだという案を出していました。それなどを見ますと、これは国際条約、まだ我が国の政府は保留していますけれども、そういう形で、子どもたち、あるいは教育にきちっとした財政保障をしていくというのが大事ではないかと思います。
 今日、ここの資料の中で見せていただいたように、イギリスでは11年ですし、フランスは10年ですが、おそらく国際的には、長いところは13年まであると思います。10年以上がほぼ18国家ぐらいあると思いますから、そういうことを考えてきますと、日本もこれだけ経済的な大国だと言われていながら、教育にとっては必ずしも大国とは言えない。逆に小国だと、前文部大臣の町村さんが言っていましたが、そういう状況にあると。
 ということを考えますと、私はもっと義務教育の内容の改善等を含めて、あるいは財政的な問題等の措置を含めて、延長していく方向で考えるべきだと思います。それは5歳児に行って10年にするか、それとも、今のように6歳児入学にして、高等学校までの12年にするか、これはいろいろな議論があると思いますけれども、どちらでもいいんですけれども、そういう議論があってほしいと思います。以上です。

【木村分科会長】
 では、北條委員。

【北條委員】
 既に17年の秋の段階でのご議論でも相当なされていたことだとは存じますが、念のため意見を言わせていただきますと、我が国が、例えば幼児教育段階だけではないんですけれども、幼児教育段階に公費の投入がいささか心もとないというのはまさにそのとおりで、これは今後改善していかなければならない点だと思います。そういう願いが込められて義務化というお話が出るのは、私はよくわかります。そういう意味では反対ではございませんが、全体的に見るならば、先ほど中村教育長が言われたような主張が極めて妥当な主張であろうと考えます。
 一応5歳児のことについてだけ言わせていただきたいと思いますが、5歳児の問題で義務化とか、無償化とか、いろいろな言い方がされますが、そこで言われていることは、言っておられる方によって内容が大変ばらばらなお話に、今のところなっております。例えば、先ほど5歳児を学校教育の中に迎えるべきだというご発言がありましたが、幼稚園教育は、ご承知のように学校教育でございますので、既に学校教育の対象にはなっているわけでございます。
 また、5歳児を小学校に迎え入れるということで、その際、それでは、5歳児の教育内容はどうするのか。新たなものを考えるのか。現在、幼稚園教育の場では、3歳、4歳、5歳というくくりの中で、それぞれの段階に応じた教育内容を整理しているわけでございます。また、今その充実に向けて進んでいこうとしているとき、そこら辺の整理が大変粗っぽいところでいろいろなご意見が出てまいりますが、これは混乱のもとであると思います。
 もう一つは、今、やはり5歳児段階が幼稚園と保育所にお子さんが分かれて就園している。しかし、それをトータルすれば、もう既に30年ほど前から、これ以上の5歳児の就園率の上昇はないというところまで来ているわけです。これを義務化することによって、一体何をどう動かそうとしているのか。これはいろいろな言い方があり過ぎて、もう少しきちっと整理した議論がないと、混乱のもとだと考えます。

【木村分科会長】
 では、井上委員。

【井上委員】
 まず、教育条件の整備、すなわち子どもたちの教育環境を整えるという理想論から言うと、できるだけ学校教育で子どもたちを受け入れていくということは、目標としては必要なことではないかと思うわけでございます。ただ、現実的に考えた場合に、我が国は世界でもまれな少子高齢化社会が進行しているということがございまして、特に少子化が著しく進行していることはご存じのとおりでございます。
 そういう点からいって、修業年限の引き下げの問題を考えてみますと、これは実際に少子化が進行して、家庭の二極化の指摘というのはもちろんあるわけですが、一般的に言うと、子どもの過保護化、子どもたちの幼稚化というのが進行しているのが実態ではないか。そういうのが小1プロブレム等にあらわれているというふうに思うわけでございます。そういう意味から言うと、修業年限を引き下げる場合に、5歳児が果たして学校教育を受けるだけの身体的、精神的な発達状況が整っているかどうかとか、あるいは、生活習慣等自立しているのかどうか等、総合的に現状の実証的な研究が必要ではないかと思うわけでございます。
 特に5歳児については、先般の学校教育法の改正によって、幼稚園と保育所の総合化と申しますか、認定子ども園制度が発足するわけで、そういうものの状況等を踏まえて、5歳児について、果たして修業年限を引き下げる必要があるかどうかというのは、さらにそういう実情を踏まえながら検討していくべき事柄ではないかと思うわけでございます。
 そういう意味で、現在の満6歳の修業年限というのは、子どもの発達状況から見ても妥当ではないかと私は現在思っております。今までも「46答申」をはじめ、いろいろ議論が行われていることは事実ですが、そこのところで教育的に、学校教育を受けるだけの効果が期待できるかどうかというのは、必ずしもはっきりしていないという点があるのではないかと思うわけでございます。
 修業年限の延長の問題でございますが、これも学習の到達度、理解度という点から見ると、高等学校の今の生徒たちの状況を見ると、義務教育9年からさらに延長するというのは、学ぶ意欲が必ずしもない子どもたちを学校に拘束するというのは、子どもたちの教育上よくないのではないかと思うわけです。その辺も、教育をするからには、それだけ教育効果が期待されるわけでございます。それだけ財政的な負担が必要になってくるだけに、教育投資した場合にそれだけ効果が上がるかどうか、そういう点も踏まえて十分に検討すべきではないかと思うわけでございます。特に、今の財政需要を考えた場合に、修業年限を、義務教育の期間を延長するというのは、これは現実的に考えると困難を伴うことではないかと思います。
 むしろ、義務教育の条件整備をさらに進めて、教育効果を上げるほうが現実的ではないかと、このように思っているところでございます。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。河邉委員。

【河邉委員】
 本質的なことは北條先生がおっしゃってくださいましたし、私も基本的に、今、井上先生がおっしゃったことに賛成です。学校教育と言ったときに、固定した教育方法とそれが直に結びつく話し合いをしていると、どこかで間違いが生じるだろうと思います。どの年齢の子どもに対しても、その子どもの発達に応じた教育の方法というものがあるべきで、幼児期にふさわしい教育の方法というものは、それが義務化されようが、されまいが、考えていくべきだろうと。
 そのときに、今幼稚園の専門部会でも話し合っていますけれども、家庭教育の成果を踏まえた上で幼稚園教育を考えなければならないという議論になっておりまして、家庭の教育力が低下している今、幼稚園教育の中で具体的な活動を通した、体験を極めて重視した教育の方法というのはますます大切になってくるだろうと思われます。それをまず1点、踏まえておきたいと思います。
 北條先生がおっしゃったように、幼稚園も学校教育です。甲田先生がおっしゃったように、五、六歳児は運動能力の調整力が飛躍的に整う時期で、そのときに体のぎこちなさが克服されると、中学校や高等学校に行ったときに運動がなめらかになるという調査結果も出ています。運動はとてもわかりやすい科目ですけれども、幼児期の経験が学校教育の中で最初の第一歩で、基礎になっているということは明らかです。
 ですので、ここで言うべきことではないかもしれないんですけれども、幼稚園は学校教育法第1条では、「及び幼稚園」というふうにつけ足しみたいになっていますので、発達的には、幼稚園、小学校、中学校、高等学校というふうに、きちんとした発達の順序で、そのものの位置づけも考えていっていただきたいと思います。以上です。

【木村分科会長】
 加藤委員。

【加藤委員】
 この修業年限については、私自身はいわゆる教育界に身を置いているわけではなくて、門外漢的な者ですから、これまでも発言は難しいなと思っていたんですけれども。少し専門外の立場から、いろいろな皆さんのご意見を聞いている中で、この9年、6年、3年なのか、中身の問題はちょっと分けておきまして、9年ということについて、今回基本法に書かれなかったんですが、これを変えるだけの必然性というものが本当にあるのかどうかというのは、少し疑問に思っております。もっと検証が必要なのではないかと。
 それは、国の財政とのかかわりから発言されたご意見がありましたけれども、そのことも私が思ったところであるんですが、そもそもこの9年間で達成すべきものというのは、今目標のところでいろいろと議論いたしましたけれども、その面積という意味では、時間というか、義務教育で確保されるトータルの時間は相当減らしてきたわけです、9年間の中で。そのことをもう少し考える必要があるのではないかと。
 時間という意味では、今別の部会で議論しております子どもの居場所づくりなどを考えると、もう少し学校に長くいてもいいのではないかという意見があったりするんですけれども、そういう意味からは、面積を増やす方法というのは、中身の充実とともに、まだいろいろとあると私自身は思います。
 であるならば、今度は今あるように上に伸ばすのか、下に早くするのか、そういうことで言えば、上に伸ばすほうで言うと、社会が多様化している。その中で、またくどいことを言うようですが、中学で社会人一人前として社会に出ていくとすれば、そういった多様化する中で、社会と一緒に考えて受け入れていくという、学ぶ意欲の問題、手に職という、そういう世界をもう一回日本は取り戻さなければいけないのではないかと、私は常々言っています。そういう意味では、そのこととともに考えれば、果たして義務教育を上に伸ばすニーズがあるのかどうかということを思います。
 それから、下ということで言えば、これはそもそも家庭と幼児教育期、そういうところで行うべきこととの境界というのは、私は伸ばすほうに必ずしも積極的な理由は見つからなくて、まだまだ、ここも多様と言っていいのかもしれませんが、小1プロブレム等を申し上げているんですが、今ある問題を解決するためには、もう少し多様な対応というのが必要で、その場合には、義務教育という形で画一的な方向に行くことは必ずしも望ましくないのではないかと思いますので、9年というものを動かすだけのニーズというのは、それほど高くないのではないかと思います。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。では、角田委員と田村委員。そこでおしまいにします。

【角田委員】
 ありがとうございます。私も9年間の義務教育というのを維持するということで、意見を申し上げたいと思います。現在、特に教育内容から、あるいは幼児児童の心身の発達という観点から、伸ばす必要があるという議論が出ているわけではないんだろうと思います。したがって、この両面がどうしても必要だということであれば、9年間のカリキュラムをもう少し伸ばすとかいうことが必要かと思いますけれども、現状でそういうことの課題、要請がないということ、あるいは、さまざまな今まで出てきているデータを考えても、この9年を伸ばすに足る根拠はないのではないかというのが、1点目の理由です。
 もう一点目は、小1プロブレムの解消ということがよく挙げられるわけですけれども、よしんば5歳に就学年限を下げたとしても、じゃ、4歳の子どもたちがきちんと就学してきたときに問題を起こさないという保障があるかどうかということになると、これはまたわからない。結局は家庭の教育力、あるいは家庭に対してどれだけの支援が行われていくかということが、この小1プロブレムの解消につながってくる。もちろん、小1プロブレムの場合には、小学校1年生の教師の指導力の問題も当然あるだろうとは思いますけれども、小1プロブレムの解消のために修業年限を下げるということは、あまり効果のないことではないかと。もっと本質的なことを考えて、その小1プロブレムの解消には当たっていく必要があるのではないかと思っております。
 以上の点から、9年間ということでよろしいのではないかと考えています。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。田村委員、どうぞ。

【田村委員】
 ありがとうございます。今お話しされた角田先生の考え方と基本的にはあまり変わっていないんですが、ただ、義務教育の9年という、これは言ってみれば20世紀の発想であることは確かで、世界中、大体20世紀の間に普及したという仕組みだろうと。21世紀にそれを考え直すという意味でいろいろな議論をされるのは結構だと思うんですけれども、我が国で言うと、やはり国際化、グローバリズムというものがいろいろな意味で義務教育にも影響を及ぼしていることは事実です。
 現実問題として、義務教育違反と言われるようなケースが大都市を中心にして起きている。それは実際上、手がつけられないものですから、そのままにしてあるわけですけれども、それはどういうことを言っているかというと、義務教育を年限を変えるという意味ではなくて、中身を議論しろという話なんだろうと思います。その点では角田先生と同じ考えなんですが、今のままの義務教育、あるいは義務教育違反という形で対応しても、解決にならないような時代が来ている。中身がどうあるべきかということを、小学校、あるいは中学校において、もう少し議論する必要があるのではないかと。
 これは当然、高等学校教育の内容に影響があります。多様な子どもたちの発達、変化を受けとめた学校制度というものをどうつくるか。最後に言いますと、21世紀型の学校というのは、おそらく親がその判断に参加して、自分の子どもが学校に行くまで発達しているかどうかを見取って学校に行かせると。学校のほうもそれを認めて受けとめると。こういう方向に行くのだろうと考えますと、世論調査がこういう数字ですと、全く無理だなというのが率直な感じです。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。よろしゅうございますか。
 それでは、平出委員、最後にお願いします。

【平出委員】
 かねてから私は、5歳児を義務教育に組み入れるのが望ましいのではないかという主張をし続けていたわけなんですけれども、この世論調査を見て落胆いたしました。なぜかと言いますと、20年、30年前の5歳児の心身の発達水準というのは、現在と相当差があるということでありますし、幼児教育に関する充実が相当行われてきているので、21世紀の国のあり方を考えてみたときに、ぜひ教育期間を長くする必要があるという発想でもありました。
 それに替わる案を考えなくてはいけないとするならば、5歳から15歳の10年間のうちの9年間として、先ほど田村委員が指摘いたしましたように、親の決断というのがそこに入ってくる余地があるということも考えられます。これもだめだというようでしたら、小1プロブレム対策だけではないんですけれども、幼稚園と小学校という学校種別間の組織的、系統的な連携のあり方というのをぜひ考えていくべきだろうと思います。
 例えば、幼稚園の5日間のうち、1日は小学校の空き教室に行って低学年との交流をするとか、小学校の先生方の話を聞くとか、そういうことをして、幼稚園と小学校がいかにも質的に異なるんだとか、雰囲気的にも子どもたちが異なっているんだ、怖いところなんだ、大きなお兄ちゃんたちがいるところなんだというような、段差のあるような意識、認識を持たせないやり方を考えてみるとか、幼稚園年長組1年間と小学校6年間を通した教育課程を試行するとか、そういうことをして、義務教育の教育目標をしっかり達成させていくという手だてもあるのではないかと思っております。
 幼稚園の先生方の意見も聞いてみたいところなんですけれども、それがなくて、こういう結果になっていて、いかにも全体が他人任せであるという印象を持つ次第であります。以上です。

【木村分科会長】
 ありがとうございました。それでは、議論は以上にしたいと存じます。田村委員のご意見の中に、親の判断というお話が出ました。現在はどうなったか、私はその後のことをよく知らないんですが、私がスコットランドにいたときは、イングランドと違って、1年早く学校に入れられるシステムになっていました。親の判断に加えて、先生、学校が認めないとだめということでした。親、先生、学校間で大変な議論が交わされていました。そのようなことが日本で機能するとは、とても思えません。その後、スコットランドがどうなったかはわからないんですが、非常に難しいですね。
 日本ですと、1年早く入れられるとなったら、ほとんど全員が希望することになると思いますが、スコットランドはそんなことはないんです。半分ぐらいだと思いました。敢然として自分の子はまだ早いと判断する親が半分ぐらいいたようです。このようなシステムが日本に持ち込まれたとしたら、健全化するのに50年ぐらいかかるんじゃないでしょうか。

【田村委員】
 家庭教育が変わるのではないでしょうか。

【木村分科会長】
 そうかもしれませんね。学校のほうは、両親がいかに主張しても、学校で早過ぎると判断したら絶対に受け取らないんです。その辺はさすがだなと思いました。
 それでは、本日の議論は以上とさせていただきます。ありがとうございました。
 今日の2つの議題について、出たご意見を事務局にまとめておいていただきたいと思います。それを次の機会にご披露いただいてから再び議論するという方法をとりたいと思います。よろしくお願いいたします。
 それでは、本日は活発なご意見、ありがとうございました。最後に、今後の日程について事務局からご説明をお願いいたします。

【関崎教育制度改革室長補佐】
 次回の日程につきましては、9月6日、水曜日、午前10時から高等学校の目的、目標につきましてご審議いただく予定でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

【木村分科会長】
 本日は以上とさせていただきます。ありがとうございました。また次回、よろしくお願いいたします。

─了─

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