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初等中等教育分科会(第29回) 議事録

1.日時

平成16年10月20日(水曜日) 15時~17時30分

2.場所

東京會舘 11階 シルバールーム

3.議題

  1. 義務教育に係る諸制度の在り方について
  2. 「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」
    (中間報告)(案)について
  3. その他

4.出席者

委員

 鳥居会長、木村分科会長、國分副分科会長、加藤委員、田村委員、渡久山委員
臨時委員
 今井委員、河邉委員、高倉委員、平出委員、藤崎委員、宮崎委員、若月委員

文部科学省

 山中初等中等教育局担当審議官、前川初等中等教育企画課長、塩見教育制度改革室長、山下特別支援教育課長、その他関係官

オブザーバー

研究開発学校発表者
 長岡利生先生(広島県呉市立五番町小学校校長)、二宮肇美先生(広島県呉市立五番町小学校)、山鹿真人先生(鹿児島大学教育学部附属小学校)、安東信哉先生(岡山大学教育学部附属小学校)

5.議事録

午後3時 開会

(○=委員、●=意見発表者)

(1)義務教育に係る諸制度の在り方について、小・中学校における連携に関する取組を行っている小学校の研究開発学校より、資料1~3に基づき、研究の概要や成果、課題等について発表をした後、意見交換を行った。

委員 平出委員
 2つほど感じたことですが、1つは、鹿児島大学の小学校についてお尋ねします。このお取組は大変すばらしいもので、教えていただくことが多々ありますが、これは現行の学習指導要領の内容を前提条件としている取組でございますか。
 もう1つは、ただいま発表していただきました岡山大学も、目の覚めるような内容でありまして、今後、考慮していく上で有意義であったと思います。この考え方でいきますと、私はかねてから幼稚園年長組は義務教育に入れたほうがいいのではないかという主張をしている者の一人でありますが、幼小連携という考えで研究されているわけですが、例えば幼稚園の年長組は義務教育の中に組み入れてもいいのではないかというお考えが、この成果から出てくるものでしょうか。この2点についてお尋ねしたいと思います。

意見発表者 山鹿発表者
 本研究は現行の指導要領の枠内で行っているものです。

委員 平出委員
 そうしますと、指導要領の内容を、例えば小学校4年と小学校5、6、中学3年と一緒にしてしまうということを考えるときに、要領をそのものにふさわしい形で変えていくことも当然考えられることだと考えてよろしいですか。

意見発表者 山鹿発表者
 本校で考えましたのは、現行の指導要領を、例えば4年と5年の間で区切って中身を変えてしまうというよりは、今のままで、そこで大きく区切って、そこに指導体制を区切りの後から変えていこう、もしくは区切りの前から重点化していこうと考えているものです。

意見発表者 安東発表者
 今の御質問ですが、私の意見としましては、年長を義務教育化すべきかどうかについてはわかりません。ただ少なくとも、今の小学校の授業のような形で行うことは難しいのではないかと思っています。
 その理由としては、発達段階にあった形で価値に触れさせることは必要ですし無理のないことですが、小学校のような一斉指導は幼児にはなじまないというのが、まず一番大きな点です。幼児は、生まれてからの年数も短いものですから、一人一人の差が非常に大きく、一人一人の課題を大事に考えないといけません。今の幼稚園教育要領にも謳われていることですが、私もそのとおりだと思います。
 もう1つ、単元化しにくいということがわかっている点です。例えば、小学校の数であれば、足し算をやって、足し算をやった後、まだこのことはわかっていないからもっとこれをやっていかないといけないね、やろうやろうというように、子どもにとって、数なら数で系統的、段階的に深めていくことに抵抗が少なくなっていきます。しかし、幼児でそれをやろうとしても、単発の遊びに終わりやすいのです。今日も楽しかった、また明日も同じことがしたい、というように、同じことを繰り返すことは好きであっても、どんどん価値の性質に向かって深めていくことを性急に進めることには非常になじみにくいのです。数に関する保育を行った例ですが、持っているドングリの数を数えてみるとか、プリンカップのような入れ物で量を量ってみるということをやってみました。そのときには、ドングリが何個あったよ、とか、ドングリ御飯が何杯もできたよ、とかいったように、数を数えることや量を測定することそのものは幼児にとってもおもしろいのですが、それ以上に深めていく方向にはなりにくいことが分かりました。
 これらのことから、発達段階にあった形で価値に触れる遊びを行い、価値への興味関心を培うことは必要ですし無理のないことですが、小学校のような単元の流れに沿った、しかも一斉指導だけのような形での学習のやり方では難しいと思います。

委員 渡久山委員
 1つは、どちらの先生方の実践もすごくすばらしくて意欲的だと思います。それで、呉の先生にお聞きしたいのですが、ここでは区分を子どもたちをみんな一緒にして、教科別でなくて、年齢別に区切ってありますね。しかし、鹿児島大学の場合には、教科によって区分をつくっているのですよね。例えば、小学校の4年生から5年生というところで切っているのは、教科によっては一致しているところもあるのです。しかしまた、そうでないところもあるのです。それぞれのメリット、あるいはデメリット等もあると思いますが、どうですか。お互いに見ていただいて、どういうことを感じられるかというのが1つです。
 もう1つは、学級がそれぞれ40人か何十人かわかりませんけれども、学級の規模ですね。それと中学校と小学校では校舎が全然別な形になっていますよね。その場合に、子どもたちが具体的に移動したり何かしたりする、あるいは教員の具体的な問題については、私はここで言われているように有機的な連続性が必ずしもあるという感じはしないのです。あるいは、疑問がわくのですが、どうでしょうか。

意見発表者 長岡発表者
 鹿児島大の場合は教科ごとに区分されている。呉の場合は全部の教科にわたって学年で区分している。私どもが研究開発を始めたときに、すべての教科について、呉の特色を出した教育課程にしていくことが難しいところもあったのです。ですから、とりあえず説明の中にありましたように、国語、算数・数学、英会話、選択教科、生き方学習ということに焦点を当てながら、教育課程をつくっていった。全部の教科について詳しくやったわけではありませんので、それだけの時間数もありませんから、今からやってみると、鹿児島大学附属のような結果が出てくるかもわかりません。ですけれども、私たちは4、3、2で区分したことについては、実際に子どもたちの様子を見ながら、データをとりながら、その結果、これでおよそうまくいっているのではないかというデータ上からの確信といいますか、そういうものは大体いけるのではなかろうかという思いを持っております。
 もう1点ですが、私たちの3つの学校については、1つの道路を挟んで3つの学校が隣り合わせの状況でありますので、1つの小学校については、本校の校区内にもう1つの学校がある。その学校の校区には学校を建てる場所がなかったということで、たまたま3つの学校が隣り合わせのような状況でありますので、そういう面からいくと、連続性というのはかなりスムーズにいっているかなという気がします。

意見発表者 山鹿発表者
 実際に教育課程上で運営していくとなると、このような形で分けるという幾らか思い切った分け方がちょっと必要になってくるのかなという感想を持ちました。
 といいますのは、本校では教科ごとの特性に応じて、そして子どもそのものの発達の特性に応じて、それぞれの教科の小委員会をつくって、その教科ごとに話し合った結果、そして実践を重ねた結果がこのような形になるわけです。それを実際、教育課程上にそのまま位置づけるとなると、非常に複雑になってしまって、運営が難しいのかなということを感じているところです。
 ただ、先ほどの御質問でもお答えしましたように、現行の指導要領の枠内、そして現行の教育課程の枠内で行うとしたときに、この考え方を生かすことで、それぞれの各教科の単元を授業する際の目標の中に、今回出しました問題解決の能力を位置づけて、それを重点的に育成していくということによって、現在の教科担任制度の中でも有効に活用できるのではないかということで、今は本研究を活用しているところです。

委員 渡久山委員
 今お聞きしたのですが、たぶん学年で分けるほうが子どもたちも取り扱いやすいですよね。取り扱うという言葉は悪いですが、専門用語というか。しかし、教科で分けると、こうなるんですね。しかし、どちらの学校も私はちょっと感じるのは、先生方、これをやっていくのに非常に忙しいでしょう。加配か何か、特にあるのですか。現場の感覚からすると、非常に忙しいという気がしてならないわけです。

意見発表者 長岡発表者
 私たちは研究開発を受けて取り組んでいるわけですから、当然、文科省のほうからは研究開発の加配はあるわけです。だけど、どういうわけか今年は加配がゼロなのですね。昨年度までは3つの学校に一人ずつの加配をいただいておりました。今年は、彼女も学級担任を持たざるを得ない状況になりましたので、そういう面ではかなりしんどい状況はあります。

意見発表者 山鹿発表者
 先ほど申し上げた教科担任制を実施する上では、やはり加配が必要なのですけれども、研究開発も外れている状況の中で、通常の人数、体制でやっております。ですので、完全な教科担任制というわけではなくて、部分的な教科担任制ということで現在はやっているところです。ですので、確かに忙しい、難しいなというところは感じております。

委員 田村委員
 大変すばらしい研究成果で、びっくりしながらお聞きしていたのですけれども、接続するということは非常に効果があるということは、何となく今までも経験的にわかっていた。それが裏づけられたという実感があります。同時に、例えば幼稚園から小学校へ行くときに、幼稚園の年長さんは幼稚園で最長学年であるということの効果がありますね。明らかに意識が変わるんですね。それが小学校へ行ってまた先祖返りみたいに退行してしまうという現象があります。そのことが問題とされて、これは小学校から中学校へ行くときも同じようなことがあるのです。その問題を何か意識されたかどうか、それをお聞きしたかったのです。
 もう一つ、自尊感情による区分けですけれども、実は前から議論されているのですが、OECD等の調査によりますと、日本の親の子どもに対する意識が、子どもが大きくなるに従って、自分の子どもを誇りに思うというパーセンテージが激減していくのです。それがOECDの調査では、外国の親はそうではないのです。17ぐらいまですごい誇りに思っているわけです。それが関係しているのだと思っていたのですが、発達課題だけの問題でこれを取り上げていいのだろうか。そうでないとすれば、その部分は区分けされるときの材料として、親の対応を工夫するなり、学校の評価の表現方法を工夫するなりしないと、その問題が解決しないままに、この現象だけを取り上げて区分けすることは問題が出る場合があるかなという気がしていて、どうなのだろうということが悩みの1つだったのですが、その辺は何かおわかりになっていることがあればお伺いしたいと思います。

意見発表者 二宮発表者
 小学校から中学校に上がるときの接続をするときに、中学校の1年生が赤ちゃん返りをする。小学校6年生で最高学年であるということで、確かに子どもたちがしっかりしてくるというのは、私たちの学校も確かにそうであります。そして、中学校1年生になると、ほんとにやんちゃになってしまうなというのもそうでした。しかしながら、5、6、7学年で共に学ぶという場面をつくることによって、自分たちがリーダーなんだという場面をつくり出すことによって、いつも再低学年で、ついていくだけではなく、リーダーとしてやらなければいけないという意識を呼び起こすということを意識してカリキュラムを組んだことも確かであります。その効果はやはり出ているように感じております。

委員 田村委員
 年長の効果はいつ出るのですか。最高学年であるという意識の効果はいつのときに出てきます?

意見発表者 二宮発表者
 私たちは6、3制の中でカリキュラムのつながりを研究していますので、6年生を卒業したら、校舎も違う中学校に入学して学習していくという、校舎が変わっていくという現状の中での研究です。ですから、一体型の小中一貫校があるわけではありませんので、小学校6年生は小学校6年生で、そのグループでの最年長であることには違いない。ですから、小学校6年生の学校のリーダーとしてのよさと、そして中学校1年生でも5、6、7学年で一緒に学習することのよさと両方あわせもって、カリキュラムとして一つのものになっているととらえています。ですから、今の形でいきますと、6年生を卒業して、中学校に入るという形の中での一貫教育、カリキュラムの一貫制ですから、6年生の最高学年としてのよさと、中1が最低にならないよさとあわせもったものができたのではないかと考えているところです。
 それから、自尊感情についてですけれども、私たちの研究の中で、先ほどもグラフにも示しましたが、急激に5年生が下がってくる。これはどうしてなのだろうということを教職員で話し合いました。先ほど先生が言われたように、親の評価が変わってくるのではないかということも、確かに意見として出てきました。4年生までは、何か新しくできるようになったら、とにかく「すごいね、すごいね」と褒められていく。ところが、5年生ぐらいになると、例えば学校の代表として表彰されたりとか、そして何かに選ばれたりとか、そういうことに対して、あの子はすごいねという評価に、親自身がだんだんなってくる。そういうところもあるのではないかという担任の生々しい意見も出てきました。
 でも、私たちはそこまで親の意識を一変させるようなことは、今現在、つらい状況にあるということで、これを何とか学校教育の中で改善させたい。あなたがそこにいるだけで、あなたのすべてがあなたなんだと認めてもらう場面をつくりたいということで、例えば生き方学習で、地域に出かけていきます。地域に出かけていくことで、学校の中では疎外されているような子どもでも、地域の中では「頑張っているね、○○ちゃん」という声をかけていただく。そのことで自分のよさが再発見できる。そういう場面がカリキュラムの中でつくり出せるんだということで、私たちはさらに生き方学習を進めていきたい。
 今、キャリア教育等で、職業教育、地域に出かけていってというものもいろいろ出てきていますが、私たちの学校はそれを実際やってみることで、その効果をすごく実感しているところであります。地域に出かけていって、声をかけてもらったことが、子どもたちの自尊感情を確かに上げています。
 それから、大きく年齢の離れた子どもと交流するということで、自分にできないことができる。特に中学生なんか、つっぱっている子ども、ちょっと非行に走りかけている子どもが、この時間が好きなんです。異学年の交流の時間が好きなんです。すごくいい顔をするのです。つっぱらなくてもいいんですよね、小さい子がそばに寄ってくるんです。学級、学年の中では、ほかの子が遠巻きに見ている子どもたちが、自分はどうせこんなおれなんだと思っている子どもたちが、小学生と交流することで、小学生が「お兄ちゃん」と寄ってくる。そのことで自尊感情が確かに回復できるという場面が、私たちの交流活動の中でつくられています。そのことによって、データをとってみても、自尊感情の回復、極端に低い子が減ったということで、私たちは一定の成果を得たと考えています。

意見発表者 安東発表者
 まず赤ちゃん返りにしても、自尊感情にしても、一番に考えないといけないのは、その時期の子どもにとっての課題は何かということを考えることなのだと思います。例えば、必要以上に丁寧に扱い過ぎないということで赤ちゃん返りが防げるとか、自尊感情にしても、大きな子どもには、ただ単に「いいね、いいね」と言っていただけでは満足できないけれども、何がどのようなストーリーでどう解決したらよかったかということをはっきりさせるようにすると自尊感情が高まるとか、赤ちゃん返りの問題にも、自尊感情にも、それぞれの段階に応じた指導があるのだと思います。
 どこで区切るにせよ、区切りをつくったら、その都度赤ちゃん返り的な現象が起きます。つまり、区切りが大事なのではなく、それぞれの段階に応じた指導が考えられ、応じた手だてが行われることが、結局は大切なのではないかと思っています。子どもをもっと知ることと、時期に応じた指導を行っていくことが一番大事なことなのではないかと考えています。

委員 田村委員
 お伺いしたかったのは、区切りすることによるプラスがあるわけですよね。赤ちゃん返りと申し上げたのは、そのプラスの意味で申し上げたのです。プラスがなくなっちゃわないかという何か御配慮があったのかということを聞きたかったのです。マイナスのことは聞いてないのです。

委員 今井委員
 それぞれの先生方にお伺いしたいのは、これだけユニークな取組をなされている中で、学校で使っている主な教材は、どのようなものを使っているのか。例えば自主的に教材を開発しているのか、教科書を使っているのかお伺いしたいと思います。

意見発表者 安東発表者
 端的に言うと両方です。「かけはし学習」でいうと、一般的な教科の枠組みでやっていませんので、教科書どおりにはできません。しかし、教科書を参考に使うことはもちろんできます。例えば物語であれば、国語の教科書を見れば参照できるわけですから、そのような形で使うことはもちろん行っています。
 一方、今のような幼児の遊びみたいな活動を小学校の中に盛り込んでいって、環境の中から目的意識を見つけるという活動がフィールド学習です。そのときには新たな環境を探しに行くとか、新たな教材をつくるとか、そのような取り組みはもちろん必要なことと思っています。

意見発表者 山鹿発表者
 本校では、教科書をもとにして行っておりますが、先ほど御説明した問題解決の能力に照らして、十分でないものについては、複数教材を用いるなどのことをしております。また、英会話につきましてはまだ教科書がございませんので、自作教材ですべてやっております。

意見発表者 二宮発表者
 私たちの研究も、国語、算数・数学については、既存の教科の中身、教材を使って、それプラスアルファという形でやっておりますけれども、英会話、選択教科、生き方学習については、私たちが開発した教材で取り組んでまいりました。

委員 藤崎委員
 すばらしい成果を上げて、先ほどのお話にありましたけれども、大変だっただろうなと思います。私、特にお聞きしたいのは、小学校と中学校では日課表が違ったり、1時間の時間が違ったりしています。そのような調整、あるいは年間の行事予定について3校でしたら、それぞれの運動会とか、どういう形でやるのかなと、実際に感じるのです。その辺の御苦労はどのように調整されたのか。
 今日御発表の資料の最後に、指定期間が終わっても、与えられた条件の中でさらに推進していきたいとありますが、この中でたくさん成果があったと思うのですが、これだけはこれからもやっていこうとされている部分はどのあたりなのか教えていただければと思います。

委員 若月委員
 特に五番町小学校と鹿児島大学の小学校で2つの実践報告がありましたが、これを見るときの見方を間違えてはいけないなということを強く感じました。
 どういうことかというと、五番町小学校のほうは小・中の接続とか、一貫というものを考えるときに、教育課程そのもの、あるいは今の子どもたちの実態、あるいは教員が持っている文化という、今の学校というものをすべてトータルした観点から一貫教育をとらえているということです。
 鹿児島大学の小学校は、一貫教育をしていくという主なバイアスのかかっている観点は、あくまでもカリキュラム上の工夫というところにその大きな力点がかかっていると思います。したがって、カリキュラム上の工夫で、今、学年はこういうふうに分けているというその部分だけですから、今の小・中全体の接続といったようなものがどうあるべきかということは、なかなか機能できないだろうと思うのです。
 確かに鹿児島大学の小学校の報告は、これから小中一貫校のカリキュラムを考えていくときに非常に重要な視点を今日は与えてくださっていると、私は大変感謝しております。
 しかし、それと同時に、五番町のほうは、そういうものもさることながら、学校全体を見ているということで、この視点をきちんと区別して見ないと、これからの小・中の在り方をどうするべきかといったところの軸がぶれてきてしまうのではないかという気が強くいたしました。
 特に、鹿児島大学の場合には、生活面であるとか、子どもの成長面であるとかといったようなことは、研究の対象にはとりあえずなっていらっしゃらないように伺いました。そういうところからも、トータルな視点といったようなものを見失ってはいけないだろうというのが意見です。
 それから、忙しくなるということですが、確かに忙しくなるかもしれませんが、ここでは忙しくなるかならないかというのは、この分科会の議論ではないと思うのです。やはりあるべき小・中学校のこれからの在り方はどういうことかということを考えていく視点で絞っていかないと、別の要素が入ってきてしまうと、これはなかなか難しい問題がある。確かに先生がおっしゃるように、教員の負担といったようなものを考えていくことは当然のことでありますけれども、とりあえずここでは外しておいたほうがいいのではないか。
 幼稚園についてですが、これもどちらかというとカリキュラムの側面が非常に強く出ている。子どもの生活といったような部分をよく検証していかないと、なかなか幼と小の接続、あるいは義務教育の就学年数をいつごろにしたらいいかという話にまでなると思いますが、なかなかその辺まで話が進まないのではないかと思います。

委員 加藤委員
 特に五番町のケースで言うと、クラスの人数は先ほどお答えがなかったので、ぜひ教えていただきたいのですが、これは2つの小学校から1つの中学校にまとまるようなケースだと思うのですが、この場合のクラスの人数と、どういう組み合わせにされていたのかというあたりはぜひ教えていただきたいと思います。
 それから、アンケートでもそうですが、特に五番町の場合には、内面的な形成なり発達なり、そこに非常にスポットが当たっていると思うのですけれども、例えば先生の側から見て、教え込む知識の量といいますか、学習の目標となっているものの量との関係で、そういうことはあまり考えないで、主として精神的な発達といいますか、内面に目を当てられているような気もしますので、その辺のところは先生方から見てどうだったのか、あるいは生徒ほうでもうちょっとこういうこともやりたいとか、そういう反応があったのかなかったのか、その辺をお伺いしたいと思います。

委員 河邉委員
 私は、幼小連携のことでちょっとお尋ねしたいのですけれども、とてもよくこの構成ができていて、学ぶ内容の9つの要素と10の価値の分け方は、子どもの発達段階にとても即しているなと感じました。このように保育ができたら、とてもやっていて楽しいと思います。
 学ぶ内容と、教科構成というのは学び方だと思うのですけれども、これはある程度連動していると思います。ところが、「補助資料」の「12」を見ますと、学び方はやはり幼稚園の時代は、「Active-U」で通していて、「かけはし学習」は1年生の4月からになっている。だけど、私の実感では、幼稚園の3学期になりますと、10の価値の中でも、「あらわす」とか、「言葉」というあたりは、小学校の「かけはし学習」のステージ学習に当たるようなものが少し入ってきても、きっとそれはより深く子どもの中に入ってくるように思うのです。そのカリキュラムのあたりでもう少し柔軟性のあるような発想はなかったのか、今、試し中なのか、教えていただけたらと思います。

意見発表者 長岡発表者
 では、学校の規模について私のほうからお答えいたします。一つの小学校、二河小学校は、全校で120人ぐらいで、学級でいうと1学年1学級、20何人のところもあれば、10何人のところの学年もあります。私の学校は、全校で350人ぐらいで、全部25名以上、多いところは37人ぐらいいる学年もあって、全部2学級です。それから、二河中学校は210ぐらいです。2学級です。そういう規模でやっております。
 それから、さきほど委員の方からお話がありましたように、現実には忙しいのです。忙しいのですけれども、研究開発は今年で5年目の継続をやっておりますので、大体忙しさには慣れてまいりました。新しいことを生み出すのには、どうしても負荷がかかるのです。新しいことを生み出すということに学校の教職員が誇りを持って主体的に取り組んでくれていることについては、非常に感謝をしておりますし、そういう学校になりつつあるなということを喜んでおります。ですから、忙しさをとやかく言っているわけではありません。

意見発表者 二宮委員
 教諭の立場では、さらに加配があれば、もっともっとこんなことができるかなという思いもちょっとつけ加えさせていただきながら、日課表とか行事予定表などは、確かに研究初年度は全然別個のものでやっていましたから、全く1つのことをしようとしても、日程がとれない、忙しくてそんなことはできないという苦しい状況でした。3つの校種の違う学校が1つのことをするというそれだけでも、新たなシステム開発としてどのように行っていかなければいけないかということを、私たちは研究報告の中でもまとめております。研修の持ち方にしても、日課表をどのようにするかにしても、一応45分と50分を全く一緒にはできませんので、3時間目と5時間目のスタートラインをそろえるという工夫をいたしまして、授業が、先生方、そして子どもたちが生き生きできるようにしてあります。週時程表の中に、ここで一緒に交流授業をするというところも決めたりしています。年間行事予定表は、前年度末に3校の教務主任、校長、研究主任が集まって、3校の年間計画を一緒に立てていくということで、忙しい時期を一緒にして、行事を一緒にするという形で取り組んできています。本当に大変で、苦労話をすれば何時間でもしゃべれます。
 そのような形で、ハード面の整備は絶対に不可欠です。それと同時にソフト面、保護者にいかに説明していくのか、そして教職員をいかに変えていくのかというところも大きな要素となってきます。教職員が変われば子どもたちが変わり、子どもたちが変わると、親が変わってきます。これは私たちの目の前の子どもたちで本当に実感しているところであります。
 そして、教材について御質問についてですが、子どもたちのほうでどのようにやりたいということがあるかとか、内面だけに向いているのではないかというお話があったかと思いますが、私は長いこと中学校の教員をしていまして、本当に悩みだったのは、この子を何とか高校に入れたいと思うのに、その子に学ぶ意欲がない。どんないい教材を持ってきても、どんな熱心な先生がその子に関わっても、学ぼうとする気持ちがないとだめなんです。ではどうしたらその子が学ぼうとするのか、そう考えたときに、やはり中学校からではだめだ。小学校のときから学ぼうとする意欲、学ぼうとする人間のベースをつくっていかないと、中学校からでは遅いということをこの研究に入る前からずっと思っていたのです。
 小中一貫教育のこの研究によって、小学校1年生からかかわって、そういうことができるということで、確かに意欲のない子どもが減少してきている。それは教職員が変わって、そのように指導しているからに違いありません。ですから、まず先生たちが変わる。先生たちが変わるためには、様々なカリキュラムなり、日ごろの取組が必要ということで、小と中、同じ義務教育なのに、どうして手をつなげないのかという思いが、私はこの研究にかかわって、さらに強く思っています。

意見発表者 安東発表者
 安東発表者 「かけはし学習」のステージ学習のような与え方はできないのかと言われましたが、おっしゃる通り、価値によってはある程度できるものもあるかもしれません。それは価値によってその性質が違うので、望ましい触れ方や出会う時期が価値によって違うこともあるかもしれないからです。
 価値への触れ方については、幼稚園においては、自由保育と組活動をうまく組み合わせることが大切だということがあります。例えば、自分の目的を自分の方法で解決するという時間が自由保育であるとすれば、その中から見つけた、価値に触れることで楽しいことや、みんなですることそのものの楽しさを体験する活動を、組活動として広げるなど、このあたりをバランスよく行うのが、実際に幼稚園のカリキュラムを行う上では大事だと思います。
 しかし、教科のような与え方でできないかと言われたら、私たちはあえてそこまでの与え方をしなくていいのではないかと思っています。それは、小学校で、先ほどの「かけはし学習」のような、こういう時間が欲しい、こういうふうに別途やるような教科の時間が欲しいという体験があること、つまり教科を生み出すプロセスを大切にしているからです。教科への分化は小学校になってからで十分できると考えているのです。
 ここから先は私たちの研究を超えてしまいますので、詳しく述べられないのですが、例えば5歳を義務教育として行わないといけないのか、それとも今までのような形でいいのかというと、この研究からだけでは正直言って私には判断できません。ただ、義務か義務じゃないのかということよりも、むしろ5歳において必要な内容は何か、5歳において必要な価値への触れ方はどうあるべきか、そして個々の課題をどう受け止めるのか、ということが保障できることこそが大切だと思います。義務かどうかを決める点としては、日本人としてどこまで共通に学ぶのか、それはいつからやるべきなのかということが論じられるときの話で、私たちの研究はそこにまではまだ触れてはいないのではないかと思っています。

意見発表者 山鹿発表者
 確かに本校の研究としては、教科の特性、そして子どもの思考の発達というところに重点を置いて、それぞれの教科の問題解決の能力を設定してまいりましたので、そういう意味では、カリキュラム上の工夫ということになるかと思います。ただ、この研究をスタートする上で、生徒指導上の小学校の生徒指導の在り方と中学校の生徒指導の在り方が非常に違うといったところも課題として、それをクリアするための研究ということもスタート地点でございましたので、例えば教科担任制を組んだり、それから教育課程例で挙げました、教科によっては中学校の教師が小学校にくることによって、子どもを複数の目で見たり、それから教科担任制を組めば、より子どもに自主・自律の面が求められるわけですから、そういったところを含んでの教科担任制もしくは乗り入れといったことによって、より子どもの発達や成長に応じた教育ができてくるのではないかと考えております。

(2)宮崎委員から義務教育における特別支援教育の在り方に関する発表を行い、高倉特別支援教育特別委員長より「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」(中間報告)(案)の発表の後、意見交換を行った。

委員 田村委員
 20ページのところですけれども、実は幼児教育と称して、今、幼稚園と保育所の教育をいろいろな形で統合してまとめていこうという議論が進んでいるのですけれども、その中で、現場にいる先生方からの意見ですが、ADHDとか、LDの子どもたちが非常に増えてきているんだそうです。異常に増えてきているんだそうです。その実態がありますので、このところはもうちょっと詳しく書き込まれたほうがいいのではないでしょうか。つまり、何が原因がわかりませんが、そういう報告が上がってきていますので、いろいろな事情があるのではないかと言われているのですけれども、とにかく非常に増えてきているということです。
 ですから、これは「等」ということでいいのですが、ちょっと書き込まれたらどうでしょうかね。つまり、お母さんたちが非常に不安を感じ出していることが一つでございます。
 また、相談センターとしてセンター機能の意味があるのかどうか。学校に行くようになってから相談する以前に相談に行けるような仕組みを提案するとか、これはどうしても何かやらないといけないのではないかという気がします。

委員 渡久山委員
 1つは、今まで特殊教育と呼んでいたのを、特別支援教育というようにしたのは一歩前進だと思うのです。ただ、厚生労働省あたりは障害児、障害者と呼んでいますので、政府としてどうするのか。ハンディキャップド・チルドレンというのをどのように見るのか、今後の課題としてもっと検討されたほうがいいと思いますが、これは1つ前進だと思います。
 ただ、全体的に見ますと、去年出した協力者会議の報告から見ますと、ノーマライゼーションやインクルージョンという立場から見ますと、若干後退しているような感じもしないではないのです。何かというと、LD等を特別に取り出していることが、逆にノーマライゼーションとか、インクルージョンというところから見れば、何となく逆に特殊化しているみたいな感じを受けるわけです。ですから、今後は、これは具体的に、それだけ特別支援学校や教室でどういう形でやっていくのかということが非常に大事な問題だと思います。
 最後に、先生も言われたのですけれども、もっと障害児や障害者のために国が財政的な問題を含めて支援するということをきちんとしなくてはいけないと思うのです。現在の場合も、例えばここで特別支援コーディネーターをつくるという話が出てきますが、果たして定数が増えていくのだろうか。現行の定数でやっていけという話になるのか。私は北欧の障害児教育から見ますと、日本の場合は極めて財政的には定数から見ても非常に貧弱で、貧困だという気がするのです。そういう意味では、もっと努力をされるべきではないかという気がいたします。

委員 若月委員
 全体的に理念というものは大変すばらしいと思いますし、それがよく伝わりますが、このままでいくとどうも形骸化するなという印象を非常に強く持ちます。
 例えば、12ページの「2」番の上のパラグラフですが、「保護者の理解と協力が不可欠」だというのですけれども、例えば具体的にこれからは、LDとか、ADHDなどの子どもに出会うことがある。この場合に、こう書かれていたって、現場はそうはいかない。ここは親の同意が必要なのか、あるいはこれからはとにかく学校が主体的になって進めていくのだということについて、もう少し、現場が「よし、この方向でやれるんだ」という、よりどころになるような表現が必要ではないかと思います。
 それから、このままでいくと、何か設置者や自治体に任されっ放しになるので、形骸化するなと強く思ったのは14ページであります。14ページの特に真ん中でありますけれども、下から4つ目のパラグラフです。「『特別支援教室(仮称)』の構想が目指すものは」というパラグラフから下の部分ですが、要するに何を言っているのかわからないというか、あまりにも玉虫色なのです。一体、特別支援教育の理念はどこへいってしまったのかという感じがします。結局は今のままでもいいという意見もあるから、それでもいいというようなとられ方をされるのです。これでは結局、形骸化されると思います。
 さらに、教員の職員配置システムとの関連を検討するということになってしまうと、ますます、ここに人との裏づけがなくなってしまえば、現場はもっと動かなくなる。そうなると、すばらしい理念なのに、結局、こういう表現が出てくるということは、今と大して変わらずに、ただ名前だけが特別支援学級になりましたと、最悪のことになるのではないか。
 これは15ページの上から2つ目のパラグラフも同じだと思うのです。これも教師の専門性の確保の在り方について、具体的な検討を進めるとありますが、ここももう少し具体的な方向性をきちんと出すなどしていただきたいということ。
 それから、17ページの教員の免許制度についてはわかりますけれども、その前に、これからの大学における教員養成課程の中での教職免許状取得の単位の中に、これからこれだけ必要になってくる講座というものは、ここで提言すべきものなのかどうなのかはわかりませんけれども、これだけすばらしい理念を実現するためには、ここには大学に対して1つのメッセージを、送っておく必要があるのではないかと思います。
 最後のところですが、いわゆる盲・聾・養護学校は今まで高等部というのがありました。市町村において、いろいろ特別支援教育をやっていこうという時に、高等部とのつながりが、もう1つはっきり見えないのです。この点も徐々にやりながらという部分があることはよく承知しておりますけれども、どうもよく見えていないなという感じがしました。

委員 高倉委員(特別支援教育特別委員会委員長)
 こういう文章をつくる場合には、事務局のほうでもかなり神経を使ってくださいました。それはいろいろな状況がございますが、省内の意見の取りまとめというのもございますし、いわゆる障害者教育の問題というのは、教育、医療、福祉、労働を横断的に考えていかなければならないということで、関係省庁とのいろいろなすり合わせ等々もまだ必ずしも十分になっていない。そういうことで考えていきますと、まだ中間報告だという若干の甘えはございます。今いただきましたような御意見を十分に念頭に置きながら、さらに検討を進め、また、本答申までにはそういったことをうまく入れ込めるような努力をしたいと思います。

委員 木村分科会長
 総会までしばらく時間がありますので、その辺のところについては、委員長と御相談をして、今、我々がここで議論しているアイデアがさらに鮮明に出るように工夫をさせていただければと思いますが、その工夫の仕方については御一任いただければと思います。

委員 國分副分科会長
 大変難しい課題であるというふうに私も承知しておりますが、委員長はじめ、委員会の皆さんがこういう形でまとめていただいて、大変だっただろうと思います。ただ、先ほどから御意見がありましたように、高く理念を掲げる一方で、抵抗・反対もあるし、いろいろな問題がございますので、後退とか、停滞でなくて、一歩一歩でも進むような形にまとめていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

委員 平出委員
 基本的には賛成であります。難しい課題についてよくまとまりつつあるという印象を受けます。
 実は私、神奈川県の教育委員をしておりまして、9月の初頭、千葉県の教育委員会が主催で1都9県の教育委員長の集まりの場で、たまたまテーマがこの特別支援教育の在り方で、各都道府県がどういう取組をしているかということについて意見交換をいたしました。多くの方たちの印象は、何よりも学校の現場にいる教師の意識改革がどのくらい進む形で内容がまとまるのかということ。
 2つ目は、例えばコーディネーターという言葉を使われているのですが、特別支援教育コーディネーターをそのまま使う県もあれば、あるいは自律教育コーディネーターという従来使っていたものを使おうとか、あるいは教育相談コーディネーターとか、かなり違うのです。それがいいという形で話が進められていったわけですが、それは委員が指摘されましたように、随所を検討する必要があるとか、柔軟に対応していいのではないかということが、この理念を実験する上で若干マイナスに働くのではないかという気がしております。都道府県教育委員会は必要だという時代になってきているので、ぜひ実現したいという意欲を示しておりましたので、どうぞそのあたりをお含みいただきたいと思います。

委員 木村分科会長
 私もかなりの回数、特別委員会に出させていただきましたが、今の御意見はよく理解できるのですが、ほかのこれまでの委員会に比べると、直接のステークホルダーが参加しておられますので、非常に多種多様な意見が出ています。そのため、この文章をつくるのは非常に苦労しているのです。それはもう行きつ戻りつで、ほかの件とは全く違って、非常に難しさを私自身感じました。そういうことで、多少今のような御意見が出ることは理解できますけれども、特段の御理解を賜ればというのが正直なところです。私自身も出て、よくわかりました。確かに直接こういうことにかかわっておられる委員の方がたくさんおられて、その方の意見が必ずしも1本にまとまっていかないという状況ですね。殊に現行の制度に対する思い入れを持っておられる方もいらっしゃいますし、特別支援という形をもっと強く出せという御意見など、非常に難しかったというのが実情でございます。
 私は、もちろん修文の必要はあろうかと思いますけれども、今の御意見のように、一歩一歩前進するような形で、これが世の中に出ていけばいいのかなと思います。

 事務局より、今後の日程等の説明が行われた後、閉会となった。

午後5時33分 閉会

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(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)

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