ここからサイトの主なメニューです

初等中等教育分科会(第23回) 議事録

1.日時

平成16年6月11日(金曜日) 15時~17時

2.場所

霞が関東京會舘 シルバースタールーム(霞が関ビル35階)

3.議題

  1. 義務教育に係る諸制度の在り方について
    ・委員からの意見発表(田村委員、永井委員)
    ・自由討議
  2. その他

4.出席者

委員

 鳥居会長、木村分科会長、國分副分科会長、小栗委員、田村委員、渡久山委員、橋本委員
(臨時委員)
 今井委員、角田委員、永井委員、野村委員、平出委員、宮崎委員、森川委員

文部科学省

 矢野文部科学審議官、近藤初等中等教育局長、辰野初等中等教育企画課長、森初等中等教育企画課企画官、塩見教育制度改革室長、前川財務課長、義本幼児教育課長、その他関係官

5.議事録

午後3時 開会

(○=委員、●=事務局)

(1)永井委員、田村委員より資料に基づき意見発表が行われた後、発表に関する意見交換。

委員
 資料2の2枚目のところに、「今後、義務教育の例外的措置として、一定の条件つきでフリースクールでの教育機会を認める」というのがございますけれども、その「一定の条件つき」というのを、委員としてはどういうふうな条件が考えられるか、ちょっと教えていただければと思うのですが。

委員
 答えの持ち合わせが明確にあるわけではありませんけれども、例えばフリースペース、フリースクールの中で、NPOの法人格を持っているところであるとか、あるいはかつて不登校問題で民間施設のガイドラインをつくり、かつそれに沿って当時の文部省が、どういうところがそういうところに該当するかというかなり絞った基準をつくっているのですね。そういったものを適用するであるとか、あるいはここに書いてあるとおり、インターナショナルスクールなんかは構わないのではないかという程度のことでありまして、明確な基準づくりはまだできていません。それこそ、今から議論をして詰めていく……。
 例えば一番厄介なのが、40万というふうに一時言われていましたけれども、塾の存在をどうするかといったようなことだって大変に厄介な問題でありますので、これも軽々にはお答えできないといいましょうか、相当詰めなければならないことになってくるのだろうと考えています。

委員
 不登校が大変多くなっていて、それに比べて不登校児に実際に手を差し伸べられている数が非常に少ないというようなことを非常に憂いているわけでございますけれども、特に不登校が指導要録上出席扱いとされるといったような子ども、つまりNPOだとか云々のフリースクールに入っていた子どもたちが、出席日数としてカウントされているという子どもは、現実としては非常に少ないのだろうと思うのです。
 そうなってくると、「一定の条件つきで」というところが、今の認定の仕方でやるとかなり限られてくるのではないか。だから、こういうふうなことをすることで、果たしてどの程度のものが認められるのかどうかというのが、ちょっとまだ私にはよく見えてこないので、御質問させていただきました。

委員
 同じスリースクール的存在の中に、こういう事例もあります。先ほどのNPOではありませんけれども、岡山県の津山市にあるのですが、市の教育委員会が建てた建物の中に、市の教育委員会が雇った先生のOBを管理者として置いて、指導者のスタッフはすべて民間のボランティアでやるという形で行われているフリースペースがあります。言ってみれば、公設民営方式とでも言いましょうか、そういうスタイルのものも存在していますので、いろいろ当たっていけば、いろいろな方法が考察し得るのではないか。今、たまたま不登校の問題に限って申し上げましたけれども、そういったようなケースもなくはない。まさしく、官と民の中間にパブリックというものがあって、そこの部分を官ももちろん担わなければならないし、民のほうの側も主体的に担っていくのだという、いわゆる「新しい公共」の概念にあてはまるようなことも、今からは出てくるのではないかと考えます。

委員
 まだ私も今の説明を聞きながら見ているだけなものですから、詳しくわからないのですけれども、都市部の保護者、母親の中に、あまり満足に感じていないという方が多いというふうに結果で出ているわけですが、この辺はどういうふうに解釈をしたらよろしいのか、ちょっとお考えを教えていただけるとありがたいのですが。

委員
 これは、なかなかに簡単にはこうだということは言いにくい部分があるのですけれども、やはり多様な教育機会というのが都市のほうがあるのでしょうね。情報が大量に存在していますから、そういう意味で、一種のフラストレーションというのか、都市部で生活しているということは、常に何かを求める、人に取り残されているのではないかとか、そういう意識がもともと強くなりますよね。ですから、それがいい意味で働けば進歩につながりますけれども、それだけでもないマイナス面も出てくるわけですね。
 だから、満足度が低いのは、結局、親の意識が明らかに都市部とそうでない地域との学校に対する期待度が違うのだろうと思うのです。都市部の学校が特別に悪いということはないのだろうと思います。わかりませんよ。だけれども、感覚としてですよ、ないのだろうと思います。
 この前地方の山間部に行ったのですけれども、そういう場所でも1割の親が離婚しているわけです。小学校で。そういう意味では、社会変化というのは全国的なのだろうと思うのです。都市の環境がそういうものを生み出しているというふうに考えたほうがいいのかもしれませんね。
 学校の教育内容は、私はそんなに違いはないと思っています。あちこち回った感じではないですね。私が行ったところでは、地方のある小学校に、小・中連携をやっているというので見に行ったのです。そうしたら、「先生、うちでも小学校卒業生の3割は私立に行っています」と言うのですね。だから隣の中学校に行かないのです。そういう意味では、やはり全く問題がないということは言えないのだろうと思います。
 だから、お答えになるかどうかわからないですけれども、小学校はそれほど不満に思われていないのだと思いますね。感じでですよ。中学校は何か問題があるのかなと。どうやったら直るのかなという、そんな感じですね。

委員
 幾つか質問があるわけなのですけれども、ちょっと小さいことでありますが、資料2の3枚目、「多様な学校間連携」で、例の46答申による「先導的試行」。実は私、私の上の教授と一緒に、当時、文部省から研究費を2年間いただきまして、それでしかるべき報告書を出すことは出したのですけれども、幼稚園と小学校、中学校を調べまして、結論の幾つかの1つというのは、例えば3年制の幼稚園ですと、3年保育というのはもう猛烈に早生まれ遅生まれで差があるのです。ですから、一緒にしてやることはできないぐらい差がある。しかし、幼稚園の先生方が一所懸命指導していって、年長組になりますと、年長組さんにふさわしい期待を先生はするのですよ。期待されるにふさわしい役割・行動を年長組さんというのは始めるのです。年少組さん、小さい子どもが来ます。皆さん一所懸命手をとってあげて、育てましょうとか、指導しましょう、大切にしましょうと。だから、幼稚園の年長組は、年長効果、最年長効果。
 しかし、その幼稚園生が今度小学校へ入ると、小学校では上級生から、かわいい小学1年生がやってきますと、途端に最年少効果、赤ちゃんもどきになってしまうのです。それと対比して、小学校高学年というのは、生徒会とか何とか、演劇や何かも一所懸命やって、6年生になりますと立派な期待されるにふさわしい役割・行動を果たす。それもまた中学校へ行きますと、中学3年生にガクッとやられてしまう。変なものが見られたものですから、思い切って幼・小を少し連携させて、試験的にやってみたらどうか、あるいは小学校6年をどこかで切って、カリキュラムも含めて何かできないか。たまたま附属小・中がありましたものですから、それをやってみたいという気持ちを持ちながら、なかなか進まないまま終わったという経験がございます。「先導的試行」に、当時、文部省もしかるべき予算を出して、幾つかの大学等では報告書を提出しているはずであります。

委員
 中身はすごくよかったというふうに今でも言われています。しかし、それはあくまでも点なのですね。どこかに線なり面になったというのはほとんどないわけでして、もったいないというのはそういうことだと思うのです。

委員
 連携の問題で言いますと、私は御指摘のようなことは正しいと思うのですが、教師に問題があると思います。ですから、小学校の先生の態度を変えない限り、その問題は幼・小連携がプラスになるふうには働かないと思います。
 それは明らかに、中学なんかでもそうですが、いろんな小学校から来ますよね。まず自分の中学校に合わせるような教育をするのですよ、最初に。だから、多様に育ってきた子を、教えやすいように、自分の学校でみんな一律にしようとするのです。だから1年生扱いするのです。それを6年生を7年生だというふうにすると、バラバラなのだけれども、教師はやりにくいけれども、子どもにはそのほうが伸びる余地がたくさんあるのです。そのいい証拠が、中・高一貫校なのですよ。だから、教師に問題がある。教師に問題があるというのは、教師の免許状の問題でもあるし、文科省も少し責任があるかもしれませんが、処遇の問題でもあるのですね。違う扱いしているということが、やはり決定的にそこに差をつくっているのではないかと思います。だから、連携がうまくいくためには、そこまでメスを入れないと、連携させる意味がないと思いますね。

委員
 幼・小の場合なのですけれども、調査していて、幼稚園に赴いて目的を説明いたしますと、圧倒的に幼稚園は私立が多く、小学校は公立が圧倒的に多いので、幼・小連携ということで、私立の経営などが将来問題になるのではないかということを危惧して、幼稚園側というのは難色を示しましたですね。私学と公立、官と私との関係の幼・小連携というのは、極めて大きな問題であろう、そういう気がいたしました。

委員
 資料2の1ページ目に、権利としての教育ですね。それが義務から今度は強制されるものへと変質していったと言って、そして70年代にいろいろの現象が起こったとあるのだけれども、これは強制色があらわになった学校での異議申し立てだという話なのですが、権利からいわゆる強制的義務というものは、具体的にどういうようなことを先生は考えていらっしゃるのか。変質という言葉で表現されているわけなので、その辺をちょっと教えていただきたいなと思うのが1つです。

委員
 ここの部分は、法律上における権利・義務の関係でとらえないでいただきたいと思います。子どもの心理的な受けとめ方としての強制であるとか、権利であるとか、義務であるというふうにまずは御理解いただきたいというのが、私の真意であります。これでおわかりでしょうか。
 言ってみれば、学校教育が本来的・宿命的に内在する形で持っている強制色が、歴史の中であらわになっていったというような側面がどうしてもあるのだろうと思うのです。それがちょうど爆発したのが1970年前後で、そのあたりに、例えば「脱学校の社会」であるとか、あるいは「教室の危機」といった幾つかの反学校的、脱学校的、あるいはフリースクール運動的な動きが世界的規模で広がっていく時期があるのですけれども、そのあたりのバックグラウンドがちょうどこの1970年代に日本でも吹き荒れてくる。そして、フリースクール運動は、80年代の臨教審の最中ぐらいまで非常に活発に続けられていく。それが1つの自由化論の引き金にもなっていたというような経緯があるように思います。ですから、あくまでも法律上の権利・義務・強制とかというふうにとらえないでいただきたい。

委員
 私も法的な感じではないわけですよね。法律は変わっているわけではないので、それはそれでいいのですけれども。ただ、そういうことが事実、学校、特に公教育といいましょうか、小学校あるいは中学校段階では、そういう受けとめ方が子どもたちもある。それが何なのかというと、具体的に言うと、教科が難しくなって強制化してきたのか、あるいは逆に受験体制が非常に強化されていく中から、どうしても受験のための学力をつけるということで強制されて、具体的には教えることの強制と、そういうようなものからなのか。
 そういうことから、逆に70年代はこういういろいろなネガティブな反応が出てきたのだけれども、今度は、三無ですね。気力がないとかという、三無とか、あるいは六無とかと言われる状況が出てきて、子どもたちが学校から逃避する。学びから逃避するというような状況まで追い込まれつつあったのではないかということを、ちょっと私も非常に関心があるものですから、そういうふうな感じで受けるのです。やはり法的な問題というよりは、学校の中の公教育活動の中で強制的な要素が出てきて、教育そのものに変質を来していったのかなという感じがちょっとするものですから、先生の考え方を……。

委員
 ただ、このころが日本が一番の世界のモデルだろう思うのですけれども、学校教育における効率化、集中化、規格化が、言わば完成品になっていくという時期でもあると思うのです。その枠の中で、ある種の息苦しさが生まれてきたということも、他方事実だろう。当時は世界に冠たる、世界に誇り得る初等中等教育というふうに、日本も世界も言ったはずです。ところが完成品になったある種の、「負の副作用」と臨教審は使っていますけれども、それがあらわれてきたのではないかと私は考えております。

委員
 人権としての学習権の保障の問題です。人間は学習的な存在で、知り、わかり、できる喜びを持つ存在です。すべての子どもに知り、わかり、できる喜びを享受させることを保障するのが義務教育です。その義務を親が負い、その義務を全うさせるために公がそれを保障していかなければなりません。知り、わかり、できる喜びを保障するのが基本的な人権だと思います。
 この高度な複雑な社会をとにかく生涯にわたって何とか人間として生きていける基礎的・基本的なものを習得させねばなりません。その資質能力を義務教育で育成する。それも人権としての学習権の保障です。そうしなければ人間として生きていけないからです。そういう基本的なことについて、すべての子どもに知り、わかり、できる喜びを享受させる。そのためには、優れた教材が必要です。
 ところが、一方では高度な複雑な現代社会にあって、国際競争が激しくなってきて、非常に高い学力、資質、能力を要求されています。小学校、中学校で知り、わかり、できる喜びを享受させないまま、子どもがちょっとつまずいても子どもの立ち直りを期待して教えれば学力がつくが、そのままにして先にいってしまうやり方のために、落ちこぼれや不登校の子どもが出てきたのです。
 そういう矛盾があって、人権としての教育が、高度な複雑な知的競争の激しい時代に、知り、わかり、できる喜びを享受させることをしないまま、一部の者が新幹線教育の勝利者になっているという現実があります。1度つまずいて倒れたら、そのまま先に進む。それに対して、子どもたちが反抗し、学級崩壊が起こり、あるいは無気力になっていったのではないかと思うわけです。そこのところを整理していかなければ義務教育の在り方について考えることは不十分だと思います。
 そのような資質能力をつけるために、義務教育を9年にするか、いや、高度な複雑な社会だから、10年にするか、あるいは6歳からではなくて5歳からやっても十分だということだったら、5歳からやって10年間なり11年間なり義務教育をしていくなどの検討が必要です。そして高等教育を受けるときには、そういう知的欲求を満足させて、意欲的に学習するような大学生にしていかなくてはなりません。―大学に入った途端に勉強しないような学生ではなくて知的追求をして探究していく資質能力を持たねばなりません。

委員
 ソフトの面からアプローチすれば、そういうような要素もたくさんあるのだろうと思います。いろんな要素が絡み合って今の状況があるのだと思います。私が言っているのは、極めてマクロな視点から述べているにすぎないので、もっともっとミクロなものをたくさん見渡していけば、いろんな要素が出てくるのだろう。それに対してすべての目配りをしていかなくてはいけないのではないかと、私自身も思っています。

委員
 今の不登校を起こしている子どもたちをフリースクールなどで、NPOで教育すると、知り、わかり、できる喜びを持つことが出てくるわけですね。それは実は、もともと小学校中学校でそういうことが可能なわけだし、しなければならないことだと思うわけです。
 それと先ほどの幼・小の連携の問題ですが、私も学長をやる前に11年間ほど、幼稚園で共同研究をやってきたのですが、年長組の子どもたちは、年少さんを非常によく面倒見て、指導して、年長さんとしての意識を持っているのに、小学校に入った途端に、退行して1年生になってしまう。

委員
 赤ちゃんになってしまう。

委員
 幼稚園でせっかく伸びたものが小学校で生かされてくることによって伸びるはずなのに伸びない。幼小の連続性の問題です。これは小と中との関連性・連続性の問題も同様に検討しなくてはなりません。
 私が入ったのは私立の幼稚園ですけれども、そこでいろいろ身体的な、知的な障害のある子どもに対して、私立と公立の関係もありましたが、幼稚園の先生が小学校に6ヵ月間出かけていって、また、小学校の先生が私立の幼稚園にやって来て、その子が3歳、4歳、5歳の間にどういうふうに発達をしたのかというような情報交換をしている私立幼稚園と公立の小学校があるわけですが公立と私立でも可能なわけですが、少なくとも国立の教員養成大学の附属幼稚園・小・中の中での連携が可能なわけです。しかし、国立の教員養成大学のほとんどがやってこなかったのではないでしょうか。今、そういうことを、実験的に先導的にやっていく時期ではないだろうかと思うわけです。
 それから、もう1つ。私は大学院時代ですから、もう随分長い前のことですけれども、イギリスの教育の演習で、イギリスでは小学校1年生の場合に、保護者が学校に行って学校と話し合って、うちの子どもは成長が不十分だから4月から入らずに、3ヵ月後に入学させていただきますと、日本のように4月に一斉に入るのではなくて、たぶん1年を3回ぐらいに分けて、入学時期を親と学校が話し合って決める。しかも、親が、教育をする権利というのは、十分教育が学校でできるような条件を整えてから小学校に入れるというようなことを決めているというのです。もう40年以上も前の大学院時代に、イギリスの教育について勉強した時に学んだことですけれども、今のイギリスの状態はいかがなのでしょうか。
 もしそういうことがあれば、一斉に一律にやるのではなくて、日本の場合でもそういう試みが可能なのではないだろうかと思ったわけです。

委員
 イギリスの場合は、入学式というのはないのですね。ですから、五月雨のように来るわけです。ニュージーランドもそのようです。イギリスの形をとっていますから、全く同じですね。私もニュージーランドに行ったときに目の前で見ましたけれども、親が連れてきて、先生と親が相談して、この子を預かるか預からないかというのを議論して決めるのです。一定の年齢の幅はあるけれども、そういう作業というのは非常に大事だと思うのです。
 日本は入学式で今までは済んでいたのです。ホモジーニアスでしたから、そんな手をかけなくてよかった。だけどもう今は、それで済まなくなってきているのではないか。だから入学式ということで一律にやるのではなくて、1人1人見るように、入り口のところも義務教育でやるべきではないか。
 それから、たびたび申し上げていますけれども、義務教育といっても小学校と中学校は全く私は違うと思います。ですから、どっちをどっちにするのかわかりませんけれども、小学校5年でいいのか6年でいいのか、あるいは中1でいいのかわからないけれども、その辺で一区切りだと思いますね。そこから先とは全く違うと思うのです。
 知り、わかりという、そういうわかる喜びなんていうのは、上に行けば行くほど、何のために勉強するのっていう質問のほうが強くなってくるのです。わかることで感激するという年代と、何の役に立つんだということに対する答えに対して意欲が出るというのと、ちょっと年代的な精神年齢の発達段階が違ってくるのではないかと感じているものですから。だから、義務教育を小・中一緒に考えるのは、明らかな間違いだなと思っています。しかし、正しいと思っている答えを持っているわけではありませんので、難しいのですけれども、その辺でやはり一区切りあるのではないか。
 それから、入り口は、6歳は遅いのではないかなと思うのですけれどもね。これは非常に難しいのですけれどもね、幼稚園があるから。でも実質的にはできるような気がしますよね。巻き込んで一緒にやっていけばいいわけですから。私立の幼稚園のままで内容を整備していけばいいわけですからね。

委員
 就学機会の弾力化の話の中の、特に理由の1、2のところで幾つかお話をさせていただきたいのですが、子どもたちの状況を見てみますと、確かに学校が行かなければならないところに変わったというのは、子どもたちの様子を見ていてとてもよくわかるのです。これは小学校であれ、中学校であれ、本当にそういう傾向が非常に強まってきているなという気がします。
 ですから、義務教育制度で、何度も何度も学校の意味ということについて、これまで答申で書かれてきたことでもありますが、何のために学校に行くのかということが、そういう意識というか、子どもたちにとってうまくフィットしていないなという気がするのです。このところをきちっと整理しないで、就学機会を弾力化して、早くからということになってしまうと、ますます子どもの状況がある意味で難しい状況が出てくるのではないか。そこが一番子どもの意識、小学校と中学校は違うというのもなるほどなと思いながら伺ったのですが、やはり学校に行く意味を改めて問い直し、学校の意味を問い直すことが必要なのではないかということが1点です。
 2点目は、不登校問題ということで、不登校の調査がずっと進んでいて、昨年初めて調査をして減ったわけで、その点ではこれまでの文部行政で努力をされたことが具体的に実りつつあるというふうには思いますが、現実には非常に厳しい子どもたちもまた状況として生まれてきている。
 その際に、この協力者会議のときにお話があったホーム・スクーリング制度ですとか、そういったようなことが、本当にいろんなことで取組がされてきたかというと、決してそうではないと思うのです。若干NPO法人格をとってとか、あるいは幾つかの行政、自治体で少しそういう検討がされている。やはり取組がされていかなければいけないのではないか。不登校者について何らかの仕組をつくっていくことが、不登校者を救っていくということになりはしないかと私自身は思っていて、そのあたりの取組からもう1回、学校制度を見直してみるという視点も必要なのかなと思っております。
 それから、日本の場合、1900年(明治33年)の第3次小学校令で、幾つかの仕組ができたと私自身は思っています。これは確立したわけですけれども、私が注目しているのは、これは前にもお話をしたことなのですけれども、第3次小学校令の中で、33条の中に就学猶予免除規定がきちっと確立をしたというのが一方であるのです。その考え方というのは、現在の学校教育法の中にもずっとそのまま続いてきているのですが、そういう点では就学猶予免除-免除というのは置いて、猶予という規定を、一体この中でどう考えるのか。
 つまり、2枚目から3枚目にかけての段階では、心身の発達について大きく課題がある子については、就学猶予や免除というのは、ある意味でまだできるになっていますし、私の見た子の中にもそういう子はいるわけです。ただ、その点が弾力化されてないということは事実です。そのあたりは、やはり工夫をしていく必要があるのではないか。
 今の議論の中では、それをできるだけ早い段階でという意味で田村先生なんかはおっしゃっているところなのですが、そこをするときに幼児教育を一体どう考えるかというのも改めて考える必要があると思います。
 それから、1点だけ事務局にお尋ねしたいことなのですが、学校に行かないで卒業したというお話が出ていたのですが、実はこれは法律ではどういうふうな規定で考えられているのか、ちょっと私もそこを十分考えたことはなかったのですが、中学卒業認定試験というのが、文科省がやっている試験の中で一番小さな国家試験ですよね。約100人前後ぐらい。
 その問題については、これもある意味で課題のある子を救うという視点では、非常に重要な側面を持っていたというふうには私は思っているのですが、このあたりの位置づけをきちっとしていくと、学校制度のある意味で例外規定の中で考えられている問題も整理できるのではないかという気もしているところです。これは私はそれをやったことが決していけないというのではなくて、非常に重要な意味を持っていたという意味で申し上げているのですけれども、その点は法制度上はどうなっていたのかをちょっと教えていただきたいと思います。

事務局
 中卒認定試験の法制上の位置づけということでしょうか。基本的には、先ほど先生御指摘ありました就学の猶予免除を受けた人などを中心に、高等学校入学資格を認定するということで実施しておる試験でございまして、現在も先ほど御指摘がありましたように100人以下の、おおむね70人程度でしょうか、年間その程度の受験者がおる試験になっております。これはきちっと法的にも法令上位置づけられた試験として運用されているところでございます。制度の弾力化はしておりますので、もちろん就学の猶予免除を受けた人以外でも受験しています。

委員
 帰国子女とか、結構入ってましたよね、たしか。

事務局
 そうですね。そうした事情で受験されるということももちろんございます。

委員
 制度に関する話し合いの中で、もしかしたら教育の内容に関することで場違いになってしまうかもしれないのですけれども、いろいろと教育の制度が多様化して、総合的学習とか、個に応じた学習等々の制度は多様化してきたのですけれども、その結果、逆に現場では時間の取り方が自由にならなくなったという現状、それからまた保護者の要求が特別化するような中で、中学校の保護者が3分の2もとりあえず満足していただける状況というのは、何となく安心といっては何ですけれども、そうなのかというふうに思いました。
 それで、公立学校の教員なのですけれども、自分は要するに中学校の中で何を学習させなければいけないかというと、もちろん学力というか、教科の学習もとりあえず一番に挙げなければならないとは思うのですが、その中で2番目に自分がいつも主張をしていることは、要するに集団の中での個のトレーニングというか、これもかなり重要な仕事ではないかなと思っているのです。それが全体主義とかそういうふうに受け取られるとちょっと残念なのですけれども、そういう集団の中の一員の意識をより今よりも考えさせていく。それが定着するかというとまた別の問題ですけれども、考えさせていく環境づくりというのが、義務教育の中ではより必要になってくるのではないかと考えています。
 剣道のことわざの中に、「守破離」なんていう言葉がありますが、これは日本の伝統的な教育の考え方だと思うのですけれども、やはり義務の段階では守というのですか、モデルをまねたり、人とのいい点悪い点を比べたり、それから集団の中での生き方を学んだりするようなことがとても大事なことではないかと考えています。ですから、ちょっと制度とはかなり離れてしまいましたけれども、感想として述べさせていただきました。

委員
 1つ1つごもっともと思って、これは現状の問題と我々のあるべき姿というか、夢を描けば求めるものがたくさんあるわけですけれども、現状の中で考えるとすれば、一定の特例ないしは条件つきでという、就学機会の弾力化についてはそういうことなのだろうと思いますけれども、条件というものをどういう形で見るか。先ほど来いろいろやりとりがありましたので、いろいろ問題はここにあるのだろうと思います。
 それから就学時期の問題についても、学校というのは子どもたちにとって何なのか、どうあるべきなのかという、そういう根本的な問題があるのだと思いますね。その中で、最小限の公の教育としてどういうものを保障するか。義務制というのはそうですから、その場合には子どもたちの年齢、発達段階も考えなければいけませんし、それから親の求めるものもあるでしょうし、学校としては学校として考えなければならないものがあるわけです。
 たまたま岡山大学の附属学校が今ちょうど文科省の指定を受けて、幼・小を中心に連携の実験的な研究をやっていまして、もう3年たちましたけれども、レポートももう出したのですが。私もそれを見ながら思うのですけれども、制度の問題はいろんな議論があると思いますので、幼・小、小・中、中・高、連携の問題も絡んで、制度的にはあるのだと思いますけれども、問題は子どもたちにとって、保護者にとってという議論をし始めますと、先ほどの幼稚園段階でも力のある子はできるだけ早くと、こういう論理が出てくるのだと思います。
 ただしかし、一方で学校なり教師の側で考えてみますと、学校こそ子どもたちが、多少能力差はあっても、同年齢の者が入ってきて、そこでお互いに切磋琢磨して、社会性もそうなのですけれども、そういうものを身に付けていく場でもあるわけですね。ですから、学力面とか、能力ということを中心に考えれば、能力差に応じてというようなことでの考え方は出てくると思うのですけれども、もうちょっとそのあたりは、年齢ということにあまりこだわらない見方もあるでしょうし、どこか年齢的なものをやはり基準にして考えなければならない部分もあるのではないかとも思います。
 それから、やはり幼・小、これも制度的な面とカリキュラムの問題で、ここにも出ておりますけれども、生活科等でカリキュラムの連携を図っていくということは以前から言われてきたことです。問題は小学校の場合には、中学年、高学年に行きますと教科の論理が入ってきますので、それと中学校の教科の論理、これはどうしますかという。高学年あたりへ行きますと、かなり中学校の教科で連携をとれるのだろうと思います。中・高については、今たくさん幾つかの学校ができておりますように、やはり教科専門性が高くなってきますから、中・高こそ連携をということになるのだろうと思うのですが、これも教科というものは何なのかということを、もう一遍きちっと議論しないといけないのではないかという感じがします。
 いろいろあれなのですが、ただ全体的な考え方として言えば、やはり永井先生が言われるような形になるのかなと思うのですけれども、連携というのはどこまでどう進めるのか、私もあまり思いつきで言うわけにはいきませんけれども、実際にこうして実験校でやってみてもなかなか難しい、いろんな要素があるということがよくわかりました。ですから、これはただ制度的な面の視点だけで改革できないところがあるのではないかと思います。内容的なものですね。特に子どもと教師と保護者、それから先ほどの教育の中身で言いますと、人間教育の問題と学力形成の問題をトータルに考えてどうなのかという、何かそういうことを総合的に考えての判断がどこかで必要ではないかとも思うのですが。

委員
 今、幼・小の話に関連して思い出したことがあります。私はオランダという国の教育システムに関心を持って、何度か取材調査に行ったことがあるのですけれども、この数年間は行っていません。もともとは全国的規模で、学校選択の自由が保障され、かつ極めて手軽に学校をつくることのできるシステムが用意されているというところから、行ったのですけれども、主題はそうではありませんで、実は今オランダの国は8年制基礎学校が義務教育として位置づけられているはずです。
 しかしながら、実はこの8年制基礎学校は、もともとは6年制の小学校と2年間の幼稚園とが、1970年代に連携を始めて、1つのモデルケースをつくった。それに対してアムステルダム市が補助金を出した。続いて国が、これはおもしろいではないかというので全国に進めた。だんだんと基礎学校制度というものの枠組みができ上がっていく。と同時に、いつからなったのかちょっと記憶がないのですけれども、当初は6年間の義務教育と、義務教育ではない幼稚園をくっつけた基礎学校だったのです。ところが、現在は、8年制の義務の基礎学校になっていると伺った記憶があるのですけれども、そういうふうにある1つのケースから、市が認め、国が認め、そして義務化されていくといったようなシステムが現にあるわけですので、そういったような手法をとることも1つの参考事例として考えてもいいのではないかと思いました。

委員
 「就学時期の弾力化」とか、その次の「多様な学校間連携」というのはかなり示唆に富んで、検討をさらに進めてみたいという気がするのですけれども、一番初めの「就学機会の弾力化」ということにかかわる一抹の危惧というものがございます。
 それは、教育というものをどう考えるかとか、人間形成ということ……。不登校を中心にして考えていってしまいますと、専ら個々人の資質、能力の向上というところだけで走りやすい。だけど教育というのは、本来、個には、他の、例えば国とか、社会への貢献者としての云々という、そのものも目的としてあるはずなので、「1」の「就学機会の弾力化」を進めれば進めるほど、その目的というのが希薄化してくるのではないかという気がするわけなのですが。

委員
 私は、不登校問題からアプローチしているわけではありません。たまたまこういう事例が不登校の問題に関連してあったという事実関係で、その1つの突破口となり得るのではないかというのが私の趣旨であります。

委員
 したがって、2枚目の、「ただし、副作用や弊害など」とありますね。このあたり、もう少し具体的に検討していく必要があるのだろう、あるいは問題を幾つか挙げてみる必要があるのではないかという気がいたします。

委員
 その点に関してなのですが、今、我が国では総合施設というものをつくるということで、幼児教育の研究を始めております。御存じのように、0歳から2歳までは「保育」という言葉を使うのですが、3歳から「教育」という言葉を使って、いわゆる就学前教育、幼児教育ということで、3年間の教育、カリキュラムもできていますし、教育要領もできているわけです。
 その前提で考えてみると、システムとしていよいよ幼児教育と言われる部分が、学校教育と接続するという意味で、制度ができ上がりつつあるというふうに私は考えているのです。それは社会的な変化の結果なのですね。つまり、子どもが生まれると、最初に会う教師は両親ですね。家庭がそれに対応していく。ところが、それが崩壊し始めた。次に子どもが接する先生というのは、地域社会、あるいはガキ大将を中心にする地域の友達。これも両方とも、今、もうどんどん崩壊しているわけです。学校教育に対して不満を抱く層が都市に多いというのは、前提条件が子どもにどんどんなくなってきているから、学校教育に適応できなくなってきている子どもが都市部で増えているのだろうと思います。それが全部学校教育の責任になってしまっているわけです。
 それでどうしたらいいだろうかというと、フランスがそういう経験を経てつくった仕組みというのは、要するに幼児教育を義務教育化したのですね。そのかわり、選んでも選ばなくてもいいけれども、保育を組み込んだ義務教育を複線化して、親が選べるようにしたわけです。フランス人はこの仕組をもって、フランスが自慢できるのは、フランス料理と幼児教育だと言っていますけれども、それは本当かどうかわかりませんけれども、そういう流れなのだろうと思うのです。
 家庭がなくなり地域社会が崩壊するというのは、これはとめどもなく進むと思います。先ほど地方の学校の例を申し上げましたけれども、もうどんどんそういう方向に行くのは、これはとめられないわけです。国としては、そこまで手を出してやっていく必要があるだろう。これが1つ。だから、私は幼・小連携というのを積極的に考えるべきだと思っているのです。
 それから、もう1つは、やはり我が国の義務教育制度というのは、1941年の国民学校令のトラウマを引きずっているのですよね。ですから、義務教育は同じことをやらなければいけないとみんな思い込んでいるのです。それは、もうとっくに終わっていることだと思うのです。ただ、同じことをやらなければいけないというのは、アメリカのホーム・スクールの裁判の判決なんか見ていても、アメリカのような国でもやはりある年齢は同じことを教えるべきだということを判例で言っているのです。ただ、それはアメリカの判決を読んだら、8年は長過ぎるという判決でしたよ。日本は9年ですから、アメリカの判例で言えば長過ぎるということになるのでしょうね。判例だと4~5年だったと思いました。
 だけど、そのことにこだわるというのは、やはり国民学校令というのがトラウマとしてずっと残っているのではないか、国民の意識としてですよ、一種の社会資本として日本人の心の中にはっきりと定着してしまっているのではないでしょうか。だから、その部分を乗り越えないと、今の社会の矛盾は乗り越えられないというような気がしているのです。その部分が乗り越えられないと、学校制度はいつも批判されますよ。ただ、税金使っていく学校でやれるかどうか、これはわかりません。また違った意味がありますからね。
 だから、無償というのは私は無理があるような気がしてしようがないのですけれどもね、ある時期以降は。9年は長過ぎるのではないか。ただ、日本人はみんな同じものを学ぶことが必要だと思っているのですよ。それは世界にはそうじゃないと思っている人もいっぱいいるわけですからね。
 オランダの例なんか、非常にいい例だと思いますよね。学校設立の自由というのも、多様な文化を保障するためにそういう考え方を導入しているのですね。だから、それをやらないとオランダが分裂してしまうわけです。多様な文化が存在しているというのは、今の日本の社会の近代化と同じことですよね。いろんな考えを持つ人が出てきた。だから学校も多様にしていかないと、もたなくなるというふうに考えるのですけれども。

委員
 今は制度の話が基本だと思うのですが、やはり制度を考えるにはその学習内容ということを切り離しては考えられないと思うのです。そうすると、先ほどから出ているような、学校で学ぶのは教科学習のみではないですから、そのほかの部分のことも多いのですが、そのほかの部分を今仮に切り離して、教科学習のみの学力という観点から見ると、国民全員に義務教育で一体どこまでの内容を教えるべきかという話に帰着してくるような気が、先ほどもちょっと話が出ていましたけれども、いたします。
 この資料で、中学校になると親の満足度が減るという話がありましたけれども、これはやっている内容が全員の生徒には難し過ぎるということが出てくる、それで生徒が学校に顔が向かなくなって、それが親に反映して、学校は思うとおりのことをやってくれないという批判になってきているのだと思うのです。俗に言う七五三ですか。それでいきますと、高校は3割しか満足してないわけですから、そういう無理がずっと出てきている。これは高校の生徒が97%になったということについてどう考えるかという問題にも波及してくることだと思うのですが。今の義務教育の内容、中学校の最後までの内容を私が考えても、国民全員に学ばせるべきことというには難し過ぎるような気がします。
 では片方はどうかというと、大学での専門教育はどんどん内容が高度になってきていますので、間に挟まれた高校側としては、その乖離がどんどん広がっているような感じがするのです。国民全員に学ばせるべき学力内容と、大学に入って専門教育を受けるにはここまでの実力が必要だという内容が。当然のことです、学問というのは日進月歩ですから。どんどん乖離してきて、それが埋め合わされなくなってきたのが今の状況のような感じがしております。児童生徒には早く理解できる生徒もいますし、理解はできるのだけれども、ゆっくり時間がかかる児童生徒もいるわけです。今の教育の状況は、理解はできるけれども、ゆっくり時間がかかる児童生徒を拾っていける時間がないというのが、中学校でも高校でもそうですけれども、現実であると思います。
 先ほどの、義務教育でどこまで教えるか。じゃここまででいいですよというので、国民全員が納得すればいいのですが、現実には保護者は自分の子どもに対して、ここは学ばなくていいよというと、それに対しては抵抗を示します。すべての保護者が、自分の子どもには全部を教えてくれと言います。それが以前からあった学力の問題にそのままつながってくると思うのです。ですから、この義務教育の問題というのは、あの話に帰着するような内容を含んでいるというふうに私は今のところ考えております。そこのところを考えて、義務教育というのは一体何なのだというところまでさかのぼって考えないと、制度を考える基本にはならないような感じがするのですけれども。

委員
 まず、親の満足度が中学になりますと低下するということなのですけれども、中学生の場合には小学生と比較いたしますと、家庭で親に学校のことを語らなくなる子どもたちがだんだん増えてまいります。また、親も、小学校時代は勤務していないけれども、中学校になると勤務をする。そういった家庭も多くなって、時間的なゆとり、心のゆとりもなくなってくる。そういったことで、ゆっくりと学校のことを聞くというようなことも大変少なくなってまいります。また、もう小学生と違うのだからということで、学校任せ、本人任せのこともだいぶ多くなってまいります。そういったことで、この親の満足度が低下するというのは、どこまで把握をしてこれがどうなのだろうかということがわからなくなる場合があります。
 先ほど来お話が出ていますように、公立の小学校から2割以上が私学に行ってしまう関係で、本当に多い学校は3割ぐらいが私学に行きますので、公立の中学にはそれ以外の子どもたちが入学してくるというケースが大変多いです。小学校3年生ぐらいから、今、進学塾に通っております。小学校時代はよく遊んで友達とのかかわりも本当によくできてというのが、小学校時代の昔だったわけですけれども、今はそんなことではなくて、学習塾、さらに進学塾、そこに数年前でしたら4年生からと言われていたのですが、今は大体小学校3年生から通っております。そういう子どもたちはほとんど私学を受験しております。第2次、第3次まで受験しますと、ほとんど合格しているのが現状です。
 そういうような中で、中学校で親の満足度がこのぐらいだというのは、本当にそうなのだろう、当然なのだろう。だからといって、中学校で手を抜いているとかそういうことは全くありません。むしろ本当に思春期の難しい子どもたちにどのようにということで、教師のほうも苦しみながらもと言ったらいいのでしょうか、苦しみということは横に置いておいても、一所懸命頑張っているのが現状ですよね。そういったこともわかっていかないといけないかなと思いました。
 それから、制度の問題を考えているということなのですが、ちょうど平成14年度と15年度に国と区の研究の協力校として、小・中連携教育を行ってきたのです。この中で、本当に多くのことを学ばせていただきました。それの最初の小・中連携教育を行いたいというような発想が出たときに、先進校が非常に少なかったわけですけれども、たあいのないような言葉が出たわけですが、これは算数のつまずき。「どうしてこんなに多くの子がつまずいているんでしょうね」と。それから、中学1年生がノートがとれない。「これは何ででしょうね」と。そういうようなことが、最初の疑問だったのです。それが連携教育を行う中で、なぜかというようなことも見えてまいりまして、学習意欲の向上を目指しての内容だったわけですが、実際に各教科、それから総合的な学習の時間等を通してということで、全教科行ったわけです。
 教科内容で連携教育を行うということは、本当に重要なことなのだということを思いました。とかく学習指導以外の、例えば部活動でありますとか、総合的な学習の時間でありますとか、それからまたは学校行事でありますとか、それらの連携教育は割合やりやすいのですけれども、各教科指導となりますと、なかなか教育課程の時間帯のこともありますし、教育課程の全体のことにもかかわってくることがありますし、そういったことで難しかったのですけれども、これは進めて、今年度もさらに連携教育を進めながら、今は幼稚園1園と小学校3校、中学校2校ということで、グループでサブファミリーという形で組んで、今、連携教育を推進しているわけです。その中から、小・中の接続、さらにまた連携、このあたりをどのようにとらえていったらよいのか。これも今どんどん研究が進められているさなかだと思いますので、もうしばらくたちますと、また見えてくる部分が出てくるのかなと思っております。
 それから、先ほど子どもの成長過程ということで、幼・小、小・中、中・高、この区切りの中で、子どもたちの成長がとまってしまうのではなかろうかというお話がありましたけれども、子どもの成長は本当にとまるわけではないだろうなということを、私は日々の中で実感しているのです。小学校の6年間で学んできたこと―制度のことは、義務をどこで区切るかとか、それについてはさらに検討を加える必要があるわけですけれども、6年生から中学生になるとき、例えば小学校のときに問題を抱えていた生徒が、中学校でペンディングで来る場合もあります。その子が本当に問題を中学校でもずっと抱えっぱなしかといいますと、そうでもありません。それから小学校でリーダーと言われていた子ども。その子がずっと中学校でリーダーかというと、そうではありません。
 成長過程がそれぞれ校種が変わるごとに、成長しようという子どもたちのその意欲といいますか、それがどこで伸びていくのか。小学校で伸びる場合もあり、中学校で伸びる場合もあり、高等学校で伸びる場合もあり、さらに高等教育を受けながら伸びる場合がありという形で、どこで伸びていくのかは、本当に子どもの成長というのはとめどなく伸びていくといいますか、そのように思います。
 中学校で、今、本校でも12校の小学校から来ております。6割以上が、通学区域の自由化をしていませんけれども、12校の小学校から来ている中で、それぞれが伸び伸びと生活しております。必ず頭打ちをしないようにという形で、いろいろなことを試行錯誤しながらでも進めているわけですが、そういった学校もどんどん増えているということです。

委員
 個人的には、不登校ということに非常に興味を持っているのですが、先ほどちょっとおもしろい議論になりかけたと思ったのですが、とまってしまって残念です。権利から強制へというお話が出ましたが、私は単純な観察をしています。先ほど委員の方が言われたこととも関係があるのですが、ここのところ東京大学の入学試験の問題をずっと見ております。英語と数学についてだけですが、我々が受けたときに比べると本当に難しくなっていますね。
 その選抜に耐えるため、かなり多くの子供達が勉強している。そうすると、学校で教える内容が難しくなってきているのではないでしょうか。その辺にも、1つ大きな原因があるのではないかと思います。

(2)事務局より参考資料に基づき報告。

(3)事務局より今後の日程の説明が行われた後、閉会。

お問合せ先

初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室

(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)

-- 登録:平成21年以前 --