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初等中等教育分科会(第11回) 議事録

1.日時

平成15年8月26日(火曜日) 13時30分~15時30分

2.場所

霞が関東京會舘 ゴールドスタールーム(霞が関ビル 35階)

3.議題

  1. 「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について」(教育課程部会審議の中間まとめ)について
  2. 教育行財政部会における審議状況について
  3. 「食に関する指導体制の整備について」(中間報告案)について(スポーツ・青少年分科会から意見伺い)
  4. その他

4.出席者

委員

 鳥居会長、木村分科会長、國分副分科会長、梶田委員、加藤委員、田村委員、渡久山委員、横山委員
臨時委員
 市川委員、今井委員、河邉委員、高倉委員、永井委員、西嶋委員、野村委員、船津委員、宮ざき委員、森川委員

文部科学省

 矢野文部科学審議官、近藤初等中等教育局長、銭谷生涯学習政策局長、田中スポーツ・青少年局長、高杉スポーツ・青少年統括官、樋口初等中等教育局担当審議官、金森初等中等教育局担当審議官、河野主任視学官、辰野初等中等教育企画課長、大槻教育課程課長、大木学校健康教育課長

オブザーバー

(スポーツ・青少年分科会より)
 浅見委員

5.議事録

(1)「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について」(審議の中間まとめ)について、次の通り審議された。
 ○:委員、●:文部科学省

○ 教育について議論すると、ゆとり教育や学校週5日制によって、場合によったらある種の基礎的な力が落ちているのではないかという、親としての心配が発言の中で見られる。
その観点で、中間まとめを見ると、「新学習指導要領では、基礎・基本を徹底し、自ら学び、自ら考える力などの[生きる力]をはぐくむ観点から」と並列に書いてあり、これは両方大事ということだと思うが、どの部分が現在の状況の真の要因になっているかという分析は、あいまいであってはならない。「基礎・基本を確実に習得させ、個性を生かす教育の充実を目指して」と並列に書いてあるが、並列ではなく、基礎の上に発展系があると考える。

○ 「我が国の子どもたちには判断力や表現力が十分身に付いていない」とあるが、これが基礎的な部分が不十分なことによるのか、あるいはその上に積み重ねられた深化・発展させた総合化された部分によるのかということが、もう一つはっきりしていない。

○ [確かな学力]は、[生きる力]の知の側面としているが、並列的になっていることによって、軸足をどちらに置いた対策なのかということが十分に伝わってこない。自ら学び自ら考えるという方に重点があり、親たちの基礎のところに問題があるという疑問に十分答えきっていない印象を受けるが、委員の方々はどのようにお考えか。私は、基礎の部分を大事にするという方向をもっと打ち出すべきだと思う。

○ 教育委員会や各都道府県の議会では、「ゆとり教育」などで学力低下の問題は相当議論しているが、これまで文部科学省は「ゆとり教育」という言葉は1回も使っていない。

○ 基礎・基本をまずすべての子どもたちに定着させるには、「個に応じた教育」以外にないと考える。例えば、習熟度別授業の良いところは、明らかに不登校生の減少につながっている。学校に行って、先生の話を聞いて内容がわからなければ行く気にならないが、習熟度別授業はレベルが違うクラスができるため、学校で先生が教えることが理解できて、初めて学校が面白くなり、さらに勉強する意欲が生まれるのだろう。

○ すべての子どもたちに学習指導要領に示す基礎的・基本的な内容を定着させ、理解度の高い子どもたちには発展的な学習で更に高めていくという考えでやらないと、実際の現場の教育は成り立たないと考える。

○ 教育課程の流れを考えると、戦後復興を目標に、とにかく知識を伝えて、日本の国力を増強させるということで学校は協力し、それがうまく実を結んできた。ところが小・中・高を通しての教育内容が一番難しくなった1960年頃からいわゆる「7・5・3」と言われる現象が出てきた。
それと同様に、社会が豊かになったことを反映して、多様な希望を子どもたちが持つようになり、画一的な学校の教育がそれに十分こたえられなくなった。それを何とか改善しようと、少しずつ教える内容を減らしながら、子どもたちが自分の一生をどう生きるかということに役に立つものを伝えていこうということで、現在に至っている。

○ 日本の社会が子どもたちに期待しているのは、本来守るべき生活の規範であるが、やってはいけないことを平気でしたり、そういうことをしても恬として恥じないなど、十分に伝わっていない。そのことが問題だと一般の人は認識している。

○ [生きる力]とは、基礎学力だけではない。実社会を一生生き抜くために何を身に付けなければならないかという要素を考えると、例えば規範意識などの守らなければならないものが親から伝わっていなければ、それを全部学校が負担している。そのことを全く無視し、ただ基礎学力をつければいいということでは学校が免責されないという実態を御理解いただきたい。

○ とにかく教える知識の量だけ済ませばいいのだ、わかってもわからなくても授業をやればいいのだという時期があったことを反省し、子どもの生活の時間のほとんどを占めている学校において、ただ知識を伝えるだけではなく、[生きる力]をどうにかして伝えられないだろうかということが、「総合的な学習の時間」の導入や、様々な工夫になってあらわれている。
したがって、[生きる力]の部分として、[確かな学力]という指摘は正しいと思うし、このつかまえ方をやっておかないと、本当の意味で学校教育に対して社会が要求していることにこたえられなくなるのではないかと考える。

○ 今の学校教育の状況は、安心していい段階ではないということだけは、中間まとめの前提として考えておかなければいけない。学校が多くの国民の方々の期待の中で、よくやっているとはなかなか言ってもらえない面があるため、新しい第一歩を進めなければいけない。

○ 中間まとめには大事なことがたくさん書かれているが、結局は新たにどういう段階で、何をどのように取捨選択してやっていくかである。大事なことを全部並列的にはできない。中間まとめに対する様々な意見を踏まえ、答申のときには優先順位がもう少しはっきりするような書き方になれば良い。

○ 「『確かな学力』とは知識や技能に加えて、自分で課題を見付け」と「加えて」があるため、並列的な感じがすることは否めないが、問題を解決する資質や能力まで含めた学力となると、知識や技術、あるいは技能を総動員して問題解決に当たらなければならないわけで、「確かな学力」は問題解決ということを考えれば、重層構造的になっていると解すべきである。

○ 「自ら学び」といっても、自ら学べるだけの方法論を身に付けなければ自ら学べず、問題解決もできない。[生きる力]を育てるためには、自ら学べる方法論を学校の授業の中で教えていかなければならない。

○ 新学習指導要領を教員が二項対立的にとらえていて、知識中心主義と[生きる力]という振り子論で学校現場が動いている感じがする。二項対立的にとらえている教員が多い中で、新学習指導要領の趣旨を正確に理解することは非常に大事なことで、中間まとめを出すことは、時宜にかなったことである。

○ 教育委員会や学校の校内研修などで中間まとめを基に、新学習指導要領の理解を深めていくことが大事である。その手助けをするのが指導主事等であり、中間まとめを実効あるものにするためこれまで以上の何か対策を考えるべきである。

○ 学校現場、社会一般とも、どうしても振り子は今どちらかというとらえ方をしがちである。「新しい学力観」で、振り子が振れ、[生きる力]で更にそちらの方に振れたので、少し基礎・基本がおろそかになっているようだから、また少し振れ戻しが起きているのだろうというとらえ方を一般にはされがちだと思う。

○ 中間まとめは、いつまでもそうやって振り子が行ったりきたりしているというとらえ方ではなく、基礎・基本の着実な習得と、体験的・問題解決的な学習活動のバランスをとって、しかも、お互いに支え合っていくものだということをあらわそうとしている。

○ 「新しい学力観」がうたわれる前の授業は、どちらかというととにかく知識を詰め込み、それがいつ役に立つかというのは、大学に入ってから、あるいは社会に出てからということであった。それに対して、「新しい学力観」や[生きる力]で少し見直しを図った。ところが、保護者を含めた社会一般の不安は、それがややもすると行き過ぎて、基礎・基本をしっかり教えることは、あたかも悪いこと、古いことなのだというとらえ方をされた。学校現場でもそういうとらえ方をしてしまったところもあり、教員がきちんと説明したり、あるいは反復学習的なことをやることが、あたかも古い教育であるかのようにして、一時、現場がそこから引いてしまったようなところもあった。

○ 中間まとめは、単に昔のように戻るのではなく、むしろ学校現場の中でも、体験的・問題解決的な活動も入れていく中で、改めて知識の重要性を子どもが感じながら学んでいけるような学習もバランスをとって入れていこうではないかという趣旨であり、決してただ振り子を戻しただけではないということを読み取っていただければと思う。

○ 中間まとめに、学習指導要領の「基準性」について記述がされたことは評価できる。

○ 今の子どもたちの状況を様々な観点から見ると、大きいのは学習意欲の低下つまり学びの動機づけの部分が大変弱いことである。中間まとめを見ると、例えば「総合的な学習の時間」や体験的・問題解決的な学習、あるいは「個に応じた指導」のところで、それぞれ学習意欲を喚起することが書かれているが、大変重要な問題であるため、重複するかもしれないが、学習意欲を喚起する方法、あるいは学びの動機づけの方法について一つ項目を立ててはどうか。

○ また、「新学習指導要領の趣旨やねらいについて継続的かつ積極的な周知」が大きなポイントである。母親をはじめとする社会一般の理解が決定的に足りないと思う。新学習指導要領の基本的な部分のねらい、あるいは「総合的な学習の時間」の基本的なねらいについて、相当粘り強く、効果的な周知徹底の方法を編み出す必要がある。

○ 一つは「基準性」の問題だが、これは一定程度の合意が得られているような気もするが、問題はその内容で、[確かな学力]の水準や各教科の水準をどうするかである。

○ また、「総合的な学習の時間」については、導入して1年半ぐらいになるが充実しているとはまだ言えないと思う。基礎・基本がきちんと確立していない中で、総合的な学習をしても、効果がどれくらい上がるだろうか。必要であれば大胆な改善をしてくということが大事である。

○ いずれにしても、成果を上げ、目標を達成するには、授業がよくわかり、子どもたちのものにならなくてはいけない。そのためには、学習の意欲をどうつくっていくか、あるいは学習をより効果的なものにするために、条件をどのようにしていくかという、国を含めた支援は非常に大事である。

○ そもそものスタートは、日本の子どもたちに、大人も含めて、考えさせようということであり、ゆとりの中で[生きる力]を育成するということであって、「ゆとり教育」とは言っていない。

○ [生きる力]には知的な側面、情緒的な側面、体力的な側面の3つがあり、この3つが並列になったために、いわゆる学力に関係する部分が少し弱く受け止められてしまった。中間まとめは、決して振り子が戻る戻らないという問題ではない。

○ 総会には、このまま報告し、今いただいた御意見については答申に向けての議論に反映させていただくということでご了承願いたい。

(2)教育行財政部会における審議状況について、事務局の説明のあと、次の通り意見交換が行われた。
 ○:委員、●:文部科学省

○ 行財政全般について議論するつもりなのか。かなりはっきりとした問題意識があり、一つは、義務教育に対する国のお金の出し方を全く変える。つまり、教員の給与を都道府県と市町村が持てばいいという一つの流れが政治的に出ており、それに対してどう対応するのかということが、目下の焦眉の課題ではないかと思う。これにどうこたえるのか、それともこれは困るということであれば、中教審としてやはり意思表示をしつつ、何かそういう考え方を押し返すような論理構成をしていかなければ、それについても論議しているというのは、単なるアリバイづくりになるだけである。

○ 46答申のときから言われているが、子どもの心身発達の現状と今の6・3・3制という区切り方が齟齬を来している。例えば、今の5歳児は、既に読み書き計算ができるにもかかわらず、今までと同じような考え方で、幼稚園教育と小学校教育を分けておいていいのかとか、あるいは思春期発達について、昔は中学校がそれをカバーする学校だったが、今、小学校5年から思春期発達が始まっている。これをどうするか。これも一般的な教育制度をどうするかではなく、かなりはっきりとした形で論議しなければいけない問題ではないか。

○ チャータースクールについて、アメリカでやっていて、面白いから日本でやるのか、それとも日本の今の学校制度や設置主体、運営主体、お金の出し方という点で極めて問題をはらんでいるために、アメリカのチャータースクール的なものを日本にも入れていかなければならないということなのか。それとも、日本の学校教育の制度的な面についての危機意識や問題意識があるために、チャータースクールの問題をこれだけ突っ込んでやっているのか。

● 教育行財政部会での審議事項については、包括諮問のときに幾つか具体的に当面の課題として出された中で、どの順番で議論をやっていくかについては、いろいろなスケジュール等も踏まえながら、まず当面の課題の中で、学校の管理運営については、検討の時期が今年中、今年度中というものからまず着手することとし、その中で、公教育論、義務教育論を今着手しているところ。

● 財政の在り方、義務教育負担金における国の責務については、ワーキング・グループの中で、専門的な見地から検討をさらに並行して進めていくという体制をつくっているところ。

● 義務教育等の弾力化については、非常に大きな話であるため、スケジュールを考えながら時期を見てやっていく方向で、まずは学校の管理運営について進めている。

● チャータースクールについても、学校の管理運営をしっかりと検討していく上で、一つの参考として、実際はどうなのか、あるいはどこに長所があり、また課題があるのかということを客観的に見るために調査し、これをベースに我が国としての公教育の在り方、学校の管理運営の在り方を考えていく方向で進めている。

○ 本日の中間まとめの案が、包括諮問事項の1番目の「初等中等教育の教育課程及び指導の充実・改善方策について」である。
2番目の義務教育など学校教育にかかわる諸制度の在り方については、教育行財政部会で審議する事項で3つに分かれている。第1が義務教育にかかわる諸制度の在り方についてであり、これは就学の機会とか、就学時期の弾力化の問題である。第2が一番大きな問題で、義務教育における教育条件整備の在り方、つまり、国の役割が何であるか。第3が学校の管理運営の在り方について、株式会社等による学校設置、公立学校の民間委託、地域が学校運営などに参加するいわゆるコミュニティスクールの導入などの様々な指摘がなされており、こうした指摘も含め、公教育としての学校の教育活動の確実な実施と充実を図る観点から、新しい時代にふさわしい学校の管理運営の在り方について検討いただきたいということで、現在議論を進めている。

○ 学校の管理運営については、今年末までに中間報告を取りまとめるよう、要請されており、これについては、鋭意議論を進めていきたい。

(3)「食に関する指導体制の整備について」、中間報告(案)(スポーツ・青少年分科会からの意見伺い)について、次の通り意見交換が行われた。
 ○:委員、●:文部科学省

○ 学校教諭制度の問題は、ここ数年いろいろな場で散発的に議論されてきたが、なかなか思い切った提言に至らなかった事情があった。今回の中間報告が出てきたということは、機が熟したということであり、栄養教諭制度を具体的・積極的なかたちで実現して欲しい。

○ 栄養教諭という新たな資格を作ることは免許の総合化の流れと整合しないのではないか。現在の食の指導についてカリキュラムを含めて抜本的に改善する必要があり、それに合わせて栄養教諭制度を創設するという話ならば理解できるが、免許の問題だけが出てきている印象があり、新しい資格を一つ増やすだけではないかと危惧している。

○ 栄養教諭制度の問題は、免許、カリキュラム、配置等の問題とも絡んでおり、問題ごとに別々の審議会で議論してきた従来の運び方とは異なる対応が必要であると思う。

○ 食に関する指導を充実するためには、いきなり栄養教諭制度の創設という結論に至るのではなく、総合的な検討が必要である。たとえば、一般教員の養成課程に栄養に関するものを付加するような道もあるのではないか。

● 食に関する教育の重要性が高まっている中、現在学校で食の指導に携わっている学校栄養職員の専門性を免許で担保し、教育指導に活かしていきたいということである。カリキュラムや配置の問題については将来的な課題として認識している。一般教員の啓発の問題については、現在実施しているパンフレットを通じた周知等も含めて検討していきたい。

○ 中間報告では、食を文化として捉えていることに賛意を表したい。料理は自然的・精神的風土の中で民族や里人の知恵や思いによって創造された文化であり、その料理を盛る器も、食事の仕方も文化である。現在多発する子どもの荒れは、文化としての食をしていないことと無関係ではない。

○ 栄養価の高いものを詰め込むことだけが食事なのではなく、文化としての食事をする人間を育てていく必要がある。望ましい食習慣の形成に加えて食に関する「自己管理能力を身に付ける」という食文化の教育という視点が入っている栄養教諭制度の創設を歓迎したい。

○ 栄養教諭制度を創設することによって、従来の栄養中心の指導に食文化の教育が加わってくる。また、管理栄養士の養成機関で学んでいる人の励みになると思う。

○ 現在の栄養職員の方々の中では、効果的な食の指導を行うために栄養教諭になって栄養に加えて教育に関する知識も身につけたいという要望が強いことをご理解いただきたい。

○ 障害児教育においては、嚥下の問題が大きいので、栄養教諭の職務の中に調理形態の相談指導のようなものを付け加えて欲しい。食文化については小・中学校等で連携してしっかりと指導していく必要があり、その中身について教員養成の在り方とも絡めて検討して欲しい。

○ 家庭科との棲み分けをどうするのか、学校栄養職員の移行も含めた栄養教諭の養成課程をどうするのか、なぜ学校外の専門家の活用や一般教員の研修では不足なのかという3点について言及されると説得力が増すと思う。

○ 栄養指導に加えて食文化というものをどのように学校で教えていくかということを高い次元に立って議論していかなければならない。そのような食の教育に必要な財政問題も含めて総合的な議論を行うことが中央教育審議会の仕事であり、従来の縦割りの審議とは異なった審議の在り方が求められている。

○ 中間報告案について頂戴したご意見は、今後の審議の運び方に関するものも含め奥島スポーツ・青少年分科会長にお伝えしたい。

○ 中間報告については、そのまま総会に報告することで了承願いたい。いただいたご意見等については、スポーツ青少年分科会長とも相談しながら検討していきたい。

(以上)

お問合せ先

初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室

(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)

-- 登録:平成21年以前 --