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初等中等教育分科会(第10回) 議事要旨

1.日時

平成15年5月26日(月曜日) 14時~15時30分

2.場所

ホテルニューオータニアリエスの間

3.議題

  1. 今後の初等中等教育改革の推進方策について
  2. その他

4.出席者

委員

 鳥居中央審議会会長
 木村分科会長、國分副分科会長、赤田委員、市川委員、今井委員、小栗委員、小野委員、梶田委員、河邊委員、高倉委員、田村委員、渡久山委員、西嶋委員、西村委員、野村委員、橋本委員、船津委員、宮崎委員、森川委員、横山委員、若月委員

文部科学省

 工藤文部科学審議官、田中スポーツ・青少年局長、金森初等中等教育局審議官、辰野初等中等教育企画課長、大槻教育課程課長、その他関係官

5.議事要旨

午後3時開会

(1)工藤文部科学審議官から挨拶が行われた。

(2)事務局より当日付けで初等中等教育分科会に分属された委員の紹介が行なわれた。

(3)事務局より配布資料の確認が行われた。

(4)教育行財政部会の設置が承認された。

(5)事務局より資料の説明が行われた後、次のとおり議論が行われた。
 (○=委員、●=文部科学省)

○ 今回の諮問では、教員の問題が柱から外れている。もちろん今まで検討を進めてきており、これまでに答申も出ているが、まだ教員の問題については議論すべき点があると思う。
 教員養成部会で議論は続け、必要なものは答申されるという理解でよろしいか。

● 教員の問題は非常に大きな課題であるから、教員養成部会で不断に検証し、提言を行っていく。
 また、今回は包括的な諮問である。例えば制度や教育課程について議論する中で教員との関係についてもご議論いただきたい。

○ 教育振興基本計画についてもこの分科会で議論することになると承知しているが、教員の問題は一つのキー・ファクターであるということか。

● そうである。

○ 教員の研修、養成等に関することは、従来から教員養成部会で検討してきているが、このたびのような包括的な諮問があると、教育内容、あるいは制度に関連して部会で検討しなければいけない課題が出てくることが考えられ、従前からの議論に加えてあわせて議論を進める必要が出てくるのではないか。

● 包括的な諮問を踏まえた検討を行っていただく予定であり、例えば部会同士の連携なども必要があれば可能であろう。

○ 教員の問題に関連して、全国の教育大学や教育学部の在り方が、今、大きな壁にぶつかっている。
 教育大学や教育学部は昔の師範学校からの優れた伝統を持つ貴重な存在であり、将来に向けての教員養成、あるいは教員の研修にどう生かしていくかということを、個別の大学の工夫というだけではなく全体の問題として考えていかなければならない。
 教員養成部会と大学分科会といった、関連のある部会で合同審議を行うなど、「国立の教員養成の高等教育機関の在り方」についても検討が必要である。

○ 確かに、教員養成の問題は教育大学や教育学部の在り方を離れては議論できない。

○ 審議の進め方についてお尋ねしたい。
 区切りのついたものから逐次答申をすることとなっているが、どこから議論を始めるかによって区切りのつき方というものも変わってくる。
 包括的ということであるから、最初からどの項目についても議論をしていくのか、あるいは、初等中等教育の課程の部分を主にし、次に制度の部分をするといった過程で行うのか。もしくは、部会での議論を先行させてやっていくのか。

● 諮問事項は大きく分けて二つあるということになる。
 一番目の教育課程等については教育課程部会で、二番目の諸制度の在り方については教育行財政部会で、並行して審議を進め、適宜分科会へフィードバックを図るというやり方を考えている。

○ 例えば学校の設置者の問題について、構造改革特区での株式会社、あるいはNPO法人などによる学校設置をめぐる議論がある。これは緊急の案件だと思うが、中教審として後回しに議論するということになっては具合が悪いのではないか。事務方から案件の重要度を示した方が審議しやすいのではないか。

● 部会ともご相談させていただきたい。

○ 現在、「国立大学の独立行政法人化」という、高等教育の行財政改革についての大きな議論が進行している。この進行状況は初等中等教育の行財政にも大きな影響があると思う。
 このように関係する議論がまったく別のところで行われ、結論が出されてその結論に従うようなことになると、今までの議論は何だったのかということにならないかという懸念がある。

● ご指摘のとおり、今回の諮問の中に高等教育との関係が非常に深いものもある。
 行財政制度で例を挙げると、国立大学が公務員ではなくなってしまうと、これまで国立大学の職員に準拠していた公立学校の給与の決め方の根拠がなくなってしまう。それについてどう対応するのか、といった極めて具体的・直接的な影響がある。
 また、学校間連携についても、幼・小、小・中、中・高だけではなく、今や高・大まで含めた連携が現実に取組もなされている。今回の包括的な諮問により、この中教審という場で生涯学習、高等教育まで含めた総合的な議論ができる場が用意されたということであり、そのメリットを生かした高等教育分科会との連携の仕方や、事務的にどう進めていくかなどについて検討する。

○ 第一に、新しく行財政部会が作られるということだが、二つの部会に分属するということがあり得るのかどうか。
 第二に、今回の諮問に関しては教員養成と関係させるのは当然である。国立の教育大学や教育学部の在り方については13年11月に報告書が出たはずだが、その後どのように動いているのかわからない。きちんと関連付けて議論してゆきたい。

● 最終的には分科会長の指名になるが、複数の部会への分属はありうる。

○ 包括的な諮問を受けての議論ということだが、個別のテーマのプライオリティや、それが文部科学大臣の諮問の趣旨に合っているのかどうかという判断は分科会で行うのか、それとも部会に任せるのか。

● 包括的な諮問というと対象範囲が広すぎるが、当面の議論の対象となるのは、3月20日の中教審の答申にもあった就学年齢の問題や学校間連携の問題など、具体的な切り口から入っていくことになるかと思う。
 また、分科会と部会との関係は、事務方としてはそれぞれの部会における議論の進行状況等を踏まえ、分科会長や部会長らと相談しながら調整していきたい。

○ 今、例にあがった就学年齢の問題も、義務教育全体の議論の中の一つのテーマであり、義務教育全体の議論が全くない中でそのような個別テーマの検討を進めていくと、議論そのものが拡散してしまうのではないかという危惧がある。

● まず、義務教育の今日的な状況を踏まえて、その意義、目的とか、学校の役割は一体何なのか、義務教育における国と地方公共団体の役割は何なのか、という基本問題からご議論いただきたい。
 その後、3月20日の中教審答申にあったような、いわば応用問題についての議論を深めていただく。従って、まず部会での議論を行い、その結論を踏まえて分科会での議論を行い、また部会にフィードバックするという手順を考えている。

○ 今回の諮問の大きな二つの柱の一つである「義務教育など学校教育に係る諸制度の在り方」を考えるときには教育委員会制度が大きく関わってくるのではないか。
 従って、部会で教育委員会の制度について議論をしたとしても、それが一体どういう形でつながっていくのかがもう一つ見えない。
 言い換えると、教育委員会制度に関わる議論が出てくる可能性があるということを視野に入れているのか。

● 学校の設置、管理の在り方というものを考える過程で、それらの議論は出てくる可能性があると思っている。
 すなわち、公教育の在り方についての基本的な議論とは、公教育機関を設置し、管理運営していく上でどこがどういう責任を持って、どういう体制でやっていけばいいのか、その責任を今の教育委員会制度が十分に応えきっているのかどうかということも含めたものになるであろう。
 そういう基本論がなければ、具体論を一つ一つやって結論が出るというような話ではない。

○ 本来ならば中教審において議論すべき義務教育などの教育制度の問題が、規制改革会議や地方分権改革推進会議などで一般的な財政論として議論されていることについて、私は危機的な意識を持っている。
 つまり、行財政の問題についてはここ最近の急速な流れの中で財務省などの意向で動く可能性があり、時期的な問題も考慮して議論していくことが重要である。

● 現在、御承知のように構造改革という名のもとに、総理直轄のいろいろな諮問機関、委員会などがあり、教育問題についても、規制改革や地方分権、財政構造改革など様々な角度からアプローチされている。
 さらに、改革のスピードも求められており、本来であれば教育問題については中教審で十分に議論いただいた上で改革を行うというのが従来からのやり方だが、中教審の結論が間に合わずに方向が決められてしまうのは誠に残念である。
 今回は包括的な諮問であるから、時々のニーズに流されて部分ごとにあわてて結論を出すのではなく、もう少し先取りして、戦後50年を振り返って議論し、結論を出していただきたい。
 また、高等教育機関の在り方等についても、初等中等教育分科会という枠組みにとらわれず、問題の事柄に応じ、他の分科会との連携等も含めてより幅広く議論いただきたい。

○ 教育課程の問題については文部科学省の専売特許のような形で議論がなされているが、制度問題と財政問題については、中央教育審議会でも全く議論されていないような状況で他から結論が出てくる。
 政府の内部では、文部科学省も含めて議論もされているのかもしれないが、今までの日本の教育が積み重ねてきた教育の論理や制度について、経済学などを根拠に結論を出されていることに懸念を感じている。
 今回、包括的な諮問ということだが、急ぐべきものはきちんと急いで結論を出し、国民の批判を仰ぐなどした方がよいのではないか。教育については中教審の答申などを踏まえて文部科学省がきちんと責任を持って主張し、教育の論理に立った形での改革が行われるほうが望ましいのではないか。

○ 現在、いろいろな分野で教育の問題が語られているのはよいことだが、教育の論理ではなく、別の論理で教育の問題の議論が進んでいることについては懸念を抱いている。
 例えば、学校の設置主体など、構造改革特区での規制改革は本当に教育のためになるのか。課題がかなりあるような気がしている。
 一般には受けがよいが、制度としてこれから先を考えたときにどうなるだろうか、教育というものをよりよくするという論理がどこに入っているのか、という懸念である。
 また、中教審の他の分科会のみならず、他省庁や官邸、政治家ともこの分科会や部会で結論が出るまで連絡を取らないというのではなく、議論の方向などの途中過程を細かく情報提供をしていかなければ、議論が具体的な仕組みづくり、具体的な教育の動きにつながっていかないのではないかと考えている。

○ 経済財政諮問会議や総合規制改革会議、地方分権推進委員会の議員、委員と話をすると、少し状況が違う。
 彼らは、教育については経済学的な理由だけで変えたくないが、教育学の立場からちっとも提案が出てこない。従って、あのようなアドバルーンを揚げざるを得ないのだ、と言っている。
 それから、特区の問題についても、学校側に責任があることもある。例えば、特区の提案の中で多く問題とされている不登校について、不登校児を今までの私立学校法に基づく学校法人立の学校や地方公共団体の学校がきちんとケアできていないことも多い。従って、現実には株式会社や個人が不登校児の教育をやってきているという状況があるわけだ。
 従って、財政学、経済学的な立場からの指摘に対して、きちんと教育の立場から対応をしていかなければならないのではないか。教育の効果を下げず、費用対効果も高い方法を考えないと、国民から支持されなくなってしまう。

○ 中教審の答申の議論の推移を見ていて、保護者との食い違いを感じている。
 中教審の議論が総論部分にあったときには、保護者も「『生きる力』は非常に大切である。どんどん自分の子どもにもそういう力をつけてほしい」と、大賛成だった。それが、5日制の議論になると「授業時数が減るようである。それでは私の子どもに実力がつかないじゃないか。もっとありていに言えば、大学に入れなくなる。これでは困る」と反対に回った。
 先日、全国校長会でアンケートをとったが、5日制について生徒は「大差なし」を入れると8割が賛成している。しかし、保護者は反対が3割となり、教職員は8割以上が問題を感じている。
 このような総論賛成、各論反対という混乱を招くような議論は繰り返されるべきではない。
 ただ、国家として教育のあるべき姿はきっちり示すべきであり、それが保護者の大多数の意見と違うということもあり得る。ただ、そうなってしまったら、保護者を説得する作業が必要である。
 保護者一人一人は国家を考えるよりは、我が子を考えがちであるということを考慮に入れて、それにきちんと耐えられるような審議をしないと問題が出てくる。従って、一人二人の保護者の意見を公聴会で聞くのではなく、多数の保護者の意見をこの分科会で聴取することが必要である。

○ 昨年からの学習指導要領の全面実施に伴い、今回の諮問理由の説明の中にも含まれているように、少人数学習、習熟度別授業など、一人一人の子どもたちに応じたきめ細かい指導の充実・改善に学校は尽くしてきている。また、指導計画や評価計画、生徒の評価の基準などをきちんと説明するなど、保護者や地域に透明性のある学校経営の努力も行っている。
 さらに「総合的な学習の時間」についても、それぞれの学校で工夫しながら、3年間を見通した指導計画を立てて鋭意努力している。
 この1年間はそれぞれの学校で今まで以上に工夫・改善を行ってきている。これらの具体的な成果もきちんととらえていかなければならないのではないか。ただ単に課題が大きいということのみに目がいってしまってはいけないのではないか。
 また、知識理解は学力調査でわかるが、人格形成等については学力調査では見えない。実技教科等も軽視できないのではないか。
 さらに、義務教育費の国庫負担は堅持していかなければならない。すべてを地方に移譲すればよいというものではない。

○ 文部科学省は、幼稚園を学校教育として位置づけようとし、我々も小学校への接続を考えて教育課程を実施してきたが、幼・小の連携はなかなか進んでおらず、地方自治体レベルでは保育所と幼稚園の一体化の問題のほうが行政主導で先に進んでいる。なぜかというとやはり財政の問題が関係しており、教育の論理が抜けがちになっている。
 従って、幼保の一元化の是非まで問うのではなく、幼児教育をどう位置づけるかということについて議論を重ねてゆきたい。

○ 国の財政事情によって義務教育の子どもたちに教育の差が出るという制度は認められない。

○ 教育課程部会で十分審議された事項の現場での理解され方が非常に違っている部分があるのではないか。例えば、幼稚園教育要領が変わったときも、「指導すべきでない、支援だ」という理解の下、ひどい場合には放任している場合が少なくない。従って、指導されるべきところを指導されないままの子どもが小学校に入学し、それが小学校の低学年の学級崩壊を起こしていることも事実としてある。
 また、中教審答申で打ち出された「生きる力」をめぐっても、知の教育を否定して、「生きる力」をつけさせるのだ、と二項対立的に現場がとらえてしまい、自主性・自発性だということで、子どもの恣意的な行動を許している。本当の自主性とか、自発性というのは、育ててこそ開かれるものである。
 総合的学習の時間も、教科学習を基盤にして初めてその成果を挙げることができるにもかかわらず、教科学習を軽視する方向で進んでいる。
 このような二項対立的な理解がなされると、今回の「個に応じた指導」も、下手をすると一斉学習は全てだめで、個別学習を行うべきである、ととられてしまうと、一斉指導の中で子どもたちが身につけるべき能力を身につけられなくなってしまう。
 現場の教職員が教育課程審議会で答申した新しい学習指導要領を正しく理解し、実際に応用していくためのシステムなり、方策がきめ細かくなされないと、現場はむしろ審議会で答申されたのとは全く違う受け取り方をしてしまい、大きな問題を引き起こしかねない。

○ 小・中・高の現場で、先生がどういうことをきちんと教えるかということと、さらにその先、子どもたちにどういう活動をしてもらうかということが、かなり混乱している。10年くらい前から、先生がきちんと教えることは「詰め込みじゃないですか。子どもの求めに応じていますか」と指摘され、教えたいのだけれども、それを自ら控えてしまい、結果的には子どもたちにほとんど力がつかない、ということになってしまった。
 「自ら学び自ら考え」ということはもちろん大事なのだが、それを身につけるプロセスにおいては、どう考えるか、どう学ぶかということをきちんと先生が教えていくことは大切なはずだ。現場でのそういう実態と、そのような現場にこれからどうやって新学習指導要領の趣旨をきちんと理解していただくかということを、教育課程部会ではしっかり議論するべきではないか。

○ 3月に公表された「今後の特別支援教育の在り方について」という最終報告書では、5地域、4万2,000名の小・中学生を対象として実態調査をした結果、学習障害児、それから高機能自閉症、あるいは注意欠陥・多動性障害の子どもたちが、通常の学級に大体6.3%ぐらいいるという実態が浮かび上がった。
 義務教育に係る新しい学校制度のことを考える場合に、そういった児童生徒のことも念頭に置いた対応をしていく必要がある。
 特に、就学時期の弾力化や学校間連携などについては、特殊教育諸学校についても対応を考えている旨、3月の報告に明記しており、この点も踏まえて審議願いたい。

○ 今の学力論議にしても、「ゆとり」か「学力」かという議論が先行してしまっている。本当に子どもたちに人間としてどういう力をつけるか、必要なものをきちんと指導しないと、主体的な学習はできないのではないかと思っている。

○ 第一に、昔の教養審や教育課程審議会が中央教育審議会一つになったということの意味は「総合性」であり、この初等中等教育の問題などが、ほかの問題とどういう関係にあるかということを考えながら、総合的に審議を進めていく必要がある。
 第二に、我々が現在抱えている過去の評価も重要だが、同時にそれを振り切って、新しい制度を考えなければならない段階である。これは思い切ってやるべきときではないか。
 第三に、日本にはいろいろな違う事情を抱えている地域があることをきちんと考慮し、今の何々分権会議、あるいは何々国民会議という名前の様々の革命評議会的なもので出てくる案が、いかに非現実的かということはちゃんと洗い出していかないといけないのではないか。
 第四に、昔の日本の教育制度では、多くの青年が青年期になると、哲学的な悩みを抱えていた。青年期まで哲学的な悩みを抱えるというようなことができる仕組みを、私たちは失っているのではないか。初等中等教育から高等教育へのリンクをもう一度考え直してみる必要がある。
 最後に、当中央教育審議会、当分科会は、教育問題について責任を持ってやっていくということ。他から見て、「あそこに責任がある。任した」と言ってもらえなくてはならない。

(6)事務局より今後の日程についての連絡があった後、散会となった。

午後4時37分閉会

お問合せ先

初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室

(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)

-- 登録:平成21年以前 --