平成28年3月3日(木曜日) 10時00分~12時00分
中央合同庁舎第7号館 文部科学省3階3F1特別会議室
学びに向かう上で、感情がコントロールされている状態というのは非常に重要であるので、単独で立てられないか。
「精査と解釈」で働く力のうち、相手との関係性を考えながら、自らの主張を具体的に伝えるためにどのような調整を行うのかという点について、「自分の考えや思いの伝達」と記載いただいたが、更に前面に出してはどうか。
「推敲」の「発話の調整」にある2つのポツが重複しているため、一つを「相手の立場や視点を考慮した展開」とし、もう一つとして、自分の主張を伝えるための具体化といった趣旨のものを追加してはどうか。
すべての教科等において言語活動の充実を図る上で、多くの生徒が書けたり話せたりするという言語運用能力を早い段階で定着させて、それをカリキュラム・マネジメントの中でしっかりと意識して、各教科等の授業においてその力を活用した言語活動を行い、今度は教科の中身の質を高める指導につなげていくことが重要である。
全ての教科等と外国語科がどのように関わっているかということも、今の日本の学校現場において大きな課題であると思う。
日本の英語教育で一番求められていることは、完璧な英語を話そうとするというよりは、とにかく英語を使って、分からないところは日本語を使ってもいいので、少しでも話そうとすることである。ただし、その際の話す内容は、挨拶をするという程度のものではなく、議論に足るような内容である必要がある。
ディベートは、自分の論理をどうやって他者に納得させるかという点では大事であるが、他方で勝負に重きを置かれてしまうものである。これからの子供たちにとって一番大事なのは、自分の意見を言いながらも相手の意見を取り入れ、そこからどうやってベストな案を一緒に作っていくかという力であるため、ディベート以外のことも重要である。
伝える相手というものは誰なのか、考える必要がある。いま、日本語が必ずしも十分できない生徒が教室にいることも多くなってきた中で、日本語が通じて当たり前でない人に対して、日本語をどうすべきか、というのも言語能力であると考える。相手に伝わる言葉という、従来の国語教育の中だけではうまく整理できなかったことが見えてくるのではないか。
連携については、資質・能力レベルでのつながりからの内容の再構成、学習活動レベルでのつながりを意識した内容の再構成、題材や学習テーマなどのレベルでの関わりからの内容の再構成が考えられるのではないか。
学習活動レベルで整理しようとすると、数が多すぎて整理しきれないと思われる。このため、連携を考えていく上では、両方の言語を用いながら育成すべき資質・能力がどこにあるのか、また、それをカリキュラム・マネジメントとして示していくことではないか。
子供たちは、いろいろな教科を受けているので、そのことを踏まえ、例えば、英語科の授業で題材に関わって家庭科の教材や資料集を使って授業を行うなど、教科の壁をなくすような学習者基点のカリキュラム・マネジメントができれば、効果があると考えている。
国語科と外国語科・外国語活動において、言語活動や言語に関して説明する用語の対応表などが、連携を考える上での基礎資料としてあるとよいのではないか。
言葉の違いに気付かせるというところにフォーカスしてしまうと、細かい日本語と英語の対応表をどう作るかという結論になっていってしまうので、国語科と外国語科、その他の教科等がどのように連携すべきか、指導はどうあるべきか、というところを中心に考えていく必要がある。
国語も英語も充実した言語活動に導かれるためには、どこがポイントかということを洗い直し、それぞれの違うところや共通するところを明確にしていくことがよいのではないか。
中学校の国語と英語の連携において、英語文章作成能力を付けるために、書きたいことを、分かりやすい日本語にしてから英語にするという事例を紹介いただいたが、英語でアウトラインを書いてから英文を書くという指導にすると、英語の力を付けるという点では、より良くなるのではないか。
英語にする前提で日本語を考えるという発想は、国語科の学習にはない試みだと思う。英語に直しやすい日本語とはどういうものなのか、日本語から発想して英語に直す活動をしながら、日本語を振り返るという取組も必要ではないか。
スキットは、脚本を作ったり、何かを下に構成したり、非常に論理的なスキルを要求する。これを英語で伝えるために、日本語の昔話を再編成したり要約したりすることは、大変面白い取組だと思う。その際、失敗したりして繰り返すことや、人々の前で披露してフィードバックを受けることが大事だと思う。また、昔話だけでなく、四字熟語や慣用句など、日本語独特の言い回しについて自由に話を作らせるのもよいのではないかと思う。
連携の流れを考えると、国語科で育成した資質・能力を外国語科の学習に生かす場合が多いのは当然であるが、英語で学習したもので国語に生かせるものとして、パラグラフ・ライティングがあると考える。
日本の古典や現代文が英語に翻訳されたものを通して、日本語が身近であるがゆえに気付かなかったことに気付くことがあるのではないか。逆に、海外の作品の日本語翻訳されたものを同時に読んでみることも有効ではないか。
日本語や英語など、それぞれの言語を使う力を育成することが最終的な目標なので、その過程において、日本語と外国語の違いに気付くというのはいいが、それが目的化されてしまわないように注意しなくてはいけない。重要なのは、言語を使う力が高まり、深い思考ができるようになり、より充実した言語活動を授業の中でどう展開できるかであって、題材や言語活動がどういうものであるかが一番重要なのではないことに留意してほしい。
それぞれの言葉を使えるようにするためには、やはり、それぞれの言葉の違いに気付いていないと使えないのではないか。そういう観点から、同じ文学作品などを日本語と英語で比べるというようなことは有効であると思う。
言語に関する学習については、繰り返し同じことをやりながら、少しずつ広げていって応用していくという練習が非常に重要だと考える。このため、それぞれの言語の違いに気付くことも重要であるが、それは取っ掛かりであって、途中から意識しなくなるものだと思う。言語の違いについての気付きを、教材に適宜入れたり、先生が適宜意識したりすることも必要ではあるが、言語の学習においては、短期間に集中的に学習することが最も有効な方法であると思う。
特別な教材を用意するというわけではなく、日々の授業の中で、教員が意識して、日本語と外国語の違いについて伝えるだけで、子供たちに言語の違いについての気付きを与えることができると思う。
日本語と外国語の違いに気付くことの意味が、国語科と外国語科では少し違うのではないかと考えている。
他教科との連携のために、先生方には、他教科の教科書を見るようにとアドバイスをしているが、各教科の教科書同士は連動していないため、題材や言語活動としての連携は非常に難しいと思われる。
教員間の連携については、年に1回話し合うというものではなく、年間を通して計画的に連携のための時間をとることが大事だと思う。
ICTの活用には限らないが、言語の学習では個人差が大きいので、一人一人の進度に合った学習というものが大事になってくる。その時に、一人一人の学習や問題点を把握する上で、異なる教科の担当教員の連携というものが有効なのではないか。
教員が行う通常の授業があった上で、個別に生徒が学習する時間において、ICTを補助的に活用することができると思う。その際、教員間の連携やICTの活用という意味での教員研修も必要になると思う。
ともに言葉を合わせながら、思考を重ねながら作文をしたり、議論をしたりというときに、ICTを活用することで、協働学習における言語能力の育成が英語の授業でも国語の授業でも実現すると思う。
教員養成において、中等教育では、教科別に指導法や教科内容を学ぶことが多い。国語や英語などに共通する言語能力の育成を考えた時に、お互いの科目の中で、言語能力について扱うような工夫が必要である。
以上。
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