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教育課程部会 道徳教育専門部会(第10回) 議事録

1.日時

平成26年9月19日(金曜日) 13時30分~15時30分

2.場所

文部科学省 東館3階 3F2特別会議室

3.議題

  1. 「道徳に係る教育課程の改善等について(答申)(案)」について

4.議事録

【押谷主査】
 第10回道徳教育専門部会を開会いたします。
 本日は,堀田委員と無藤委員が欠席です。お二人からは,答申(案)に対して意見を頂いており,本日配布している答申(案)に反映しています。
 また,本日は赤池文部科学大臣政務官にも御出席いただいております。

○ 赤池大臣政務官からの挨拶

【押谷主査】
 ありがとうございます。
 事務局から配布資料の確認をお願いします。

○ 事務局からの配布資料の確認

【押谷主査】
 それでは,議事に入ります。
 本日は,第9回の議論及び意見募集で頂いた意見も踏まえながら,審議のまとめ(案)を加筆・修正して作成した答申(案)について議論いただきたいと思います。
 本日,皆様に議論いただいた上で承認いただければ,本専門部会としての検討は本日までとし,本日頂いた意見を踏まえて,内容を修正した後に,9月24日に中央教育審議会の初等中等教育分科会教育課程部会に諮りたいと考えております。
 では,資料につきまして,事務局から説明をお願いします。
【塩見教育課程課長】
 資料1と資料2は,資料3の意見募集の結果やこれまでの議論で頂いた意見などを踏まえ,第9回で議論いただいた審議のまとめ(案)を修正したものです。
 まず,資料3について,意見募集として,8月27日から9月9日まで募集した意見の概要を説明します。
 意見の総数は,372件でした。多くの意見を頂いたのは,道徳の時間を「特別の教科 道徳」(仮称)として位置付けるということや,道徳教育の内容について,検定教科書を導入することについて,評価を改善することについてです。
 幾つかの意見を紹介します。例えば,道徳の時間を「特別の教科 道徳」(仮称)として位置付けるということに関しては,「特別の教科 道徳」(仮称)を教育課程上位置付けることは適切であるが,学校教育全体を通じて行う道徳教育と役割分担が必要であるという意見がありました。また,「特別の教科 道徳」(仮称)の名称は,国民がなじみやすい名称にしてほしいという要望がありました。教科化せずに,現在のやり方で内容を充実させるための条件整備を進めるべきといった意見もありました。
 目標については,簡潔な表現に改めることは適切であるという意見がありました。また,「実践力」との関係で,「~ができる。~をしなければならない。」という考え方を目標の中で強く打ち出すことは,道徳性の育成を図る上で慎重にすべきではないかといった意見がありました。
 道徳教育の内容について,内容項目は,順序の見直しが必要であるという意見がありました。また,四つの視点の順番や内容を変えないでほしいという意見がありました。内容項目にキーワードを付けてしまうと,徳目的な言葉で表現することになり,教師の考えの広がりを止めてしまい,内容を熟考する姿勢が弱くなってしまうのではないかといった意見もありました。
 効果的な道徳教育の指導方法へ改善することについては,多様で効果的な指導方法に関する認識が共有され,学習指導要領の改訂やその後の文部科学省からの指導等において確実に伝達されるよう望むという意見や,問題解決的な学習や体験的な学習を取り入れることで,道徳的実践力を高めていくことにつながるといった意見がありました。
 「特別の教科 道徳」(仮称)に検定教科書を導入することについては,道徳性は極めて多様な心情,価値,態度などを前提とすることから,検定基準を設けることはできないといった意見や,子供や地域の実態に即した多様な教材を活用することが重要という意見がありました。
 評価については,指導要録に専用の評価欄が必要である,学習している姿や考えの変化を肯定的に捉えた記述式の「記録」的評価が望ましいといった意見がありました。また,現在でも,教員は,教育活動全体を通じて子供たち一人一人の言動を捉えながら,よさやがんばりを認め,励まし合いながら道徳教育を行っており,新たに記述による評価を行う必要はないという意見がありました。また,「パフォーマンス評価」について,注釈の「知識やスキルを使いこなすことを求める評価方法」という説明について,道徳を知識と捉えることは疑問であるという意見も頂いています。評価が導入されることによって,画一的な指導や評価になることに危機感を覚える,あるいは,評価の負担も無視できないといった意見も頂いています。
 その他改善が求められる事項に関しましては,教員の指導力向上について,研修の重要性や,教員養成段階での道徳教育に関わる履修の充実の必要性に関する意見がありました。また,特別支援学級に在籍する児童生徒の道徳教育の充実のための教材が必要であるという意見や,検定教科書の導入に関して,多様な指導方法や内容が出てくるよう配慮することが必要という意見もありました。
 意見募集で頂いた意見のうち,一部を紹介いたしました。
 次に,資料の1と資料2について説明します。資料2は,前回の本専門部会で議論いただいた審議のまとめ(案)からの見え消し修正版です。資料2に基づいて説明します。
 意見募集で頂いた意見や,資料5の委員からの意見などを踏まえて修正しています。
 1ページの,「(1)道徳教育の使命」について説明します。冒頭の部分で,道徳教育の使命が道徳性を育てることであるということを端的に述べた方がよいという意見を踏まえ,追記をしています。
 また,資質・能力の育成に向け,道徳教育は,大きな役割を果たす必要があるという文章を追加しています。
 さらに,道徳教育を通じて育成される道徳性について,「豊かな心」とともに「生きる力」を構成する「確かな学力」や「健やかな体」の育成などの基盤となるものであり,重要であると追記しています。加えて,道徳教育が,児童生徒一人一人の夢や希望,自らの人生や未来を切り拓(ひら)く力を育む源とならなければならないということも追記しています。
 次に,2ページでは,道徳教育の現状の課題について,学校や教員によって指導の格差が大きいという点も追記しています。
 また,道徳教育においては,多様な価値観の,時に対立がある場合を含めて,誠実にそれらに向き合い,道徳としての問題を考え続ける姿勢こそ大事な基本的資質であるということを追記しています。
 「(2)道徳教育のねらいを実現するための教育課程の改善」の部分については,文章表現の適正化を図るための修正が主となっています。
 3ページでは,今回,道徳の時間を教育課程上「特別の教科 道徳」(仮称)として新たに位置付ける場合に,目標や内容だけではなく,教材や評価,指導体制の在り方等を含めて見直す必要があるということを補足として記載しています。
 4ページと5ページは,文章表現の適正化が中心です。
 6ページでは,本専門部会での審議の中で,特に道徳教育が目指すものとして,それぞれの内面の向上が必要であるということはもちろん,それが実際の道徳的な実践につながっていくということが大変重要であるという視点を重視すべきではないかという議論があったことを踏まえて,追記した部分です。
 7ページでは,道徳教育の目標,それから,「特別の教科 道徳」(仮称)の目標について,「特別の教科 道徳」(仮称)だけの目標として記載するよりも,道徳教育全体の目標として書く方がふさわしいのではないかということで,記載を移動しています。
 「『特別の教科 道徳』(仮称)の目標について」という部分では,それに基づいて内省し」という文言を追記しています。また,道徳的心情についての説明として,道徳的価値の大切さを感じて,悪を憎み,善を喜ぶということを追記しています。さらに,「特別の教科 道徳」(仮称)で学んだことを授業の後ももち続けて,それぞれが深め,取り組んでいくという態度を養うことの重要性についても追記をしています。
 これらの修正を踏まえて,7ページの四角囲みの部分についても修正しています。
 次に,8ページの「(3)道徳の内容をより発達の段階を踏まえた体系的なものに改善する」という部分に関しましては,文言の修正が中心です。
 9ページの「内容項目について」の部分では,本専門部会で特に生命尊重の大切さということについて議論いただいたことも踏まえまして,改めて追記しています。
 10ページの指導方法に関する部分では,新しく3行追加しています。審議のまとめ(案)では,多くの課題が指摘されているという内容だけでしたが,それを踏まえて,どういう方向に向かっていくべきかという改善の方向性についても,追記しました。
 10ページの後半では,重点を置いて指導する内容について,「特別の教科 道徳」(仮称)を要として,関連する各教科等,あるいは家庭等との連携も視野に入れた計画的な指導を行うなどの工夫も必要であるということを追記しています。
 11ページでは,情報モラルや生命倫理を扱う上での問題解決的な学習,討論等の重要性についても追記しています。情報モラルや生命倫理については,内容項目の部分でも,今後重視していくべき課題として記載していますので,それを踏まえた記載です。
 「道徳の指導計画の改善について」の部分では,指導計画についての言及が必ずしも十分でなかったという意見を踏まえて,各学校での取組における改善に向けての方向性やヒントにもなるように,詳しく記載しています。
 12ページと13ページは,表現の適正化です。
 15ページは,評価に関して,審議のまとめ(案)では,「パフォーマンス評価」と「ポートフォリオ評価」について,脚注で説明していました。この部分について,知識やスキルを使いこなすという表現が道徳教育に必ずしもふさわしくはないのではないかという意見がありましたので,本文で簡潔に表現しています。
 また,16ページについて,学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の評価は,現行の指導要録の「行動の記録」欄を改善して活用してはどうかという部分に関しては,学校の教育活動を通じて行う道徳教育そのものというよりは,その成果として行動面に表れたものを評価するという表記の方が適正ではないかという意見を踏まえて,修正しています。
 17ページ以降は,意見を踏まえて,文言の追加と表記の明確化を行っています。
 前回からの修正点についての説明は以上です。
【押谷主査】
 ありがとうございます。
 これから審議に入ります。前半部分と後半部分に分けて議論したいと思います。まず,資料2の8ページの「(3)道徳の内容をより発達の段階を踏まえた体系的なものに改善する」よりも前の部分について,議論をお願いします。
【柳沼委員】
 1ページの,道徳性と「生きる力」との関連性についての記述ですが,文章が長くて分かりにくいと思います。「とりわけ,内省しつつ物事の本質を考える力や何事にも主体性をもって誠実に向き合う意志や態度,豊かな情操などは,『豊かな心』とともに『生きる力』を構成する『確かな学力』や『健やかな体』の育成などの基盤ともなるものである」という部分が,理解しづらいです。趣旨としては,道徳性は,「生きる力」を構成する「豊かな心」だけではなく,「確かな学力」や「健やかな体」の基盤ともなるということだと思います。その趣旨が明確になるように修正する必要があると思います。道徳性は,「生きる力」の情意的側面だけではなく,認知的側面や行動的側面の基盤ともなり得るということを分かりやすく示すべきだと思います。
 7ページの「特別の教科 道徳」(仮称)の目標では,従来のように道徳性の情意的側面だけではなく,認知的側面も強調されています。しかし,道徳性の行動的側面は軽視されているように思います。このことは,以前から重視されてきた「道徳的実践力の育成」という文言が削除されたことからも明らかです。これを学校現場の先生方が読んだ場合,「今後は道徳的実践力を育成する必要はないのか」という印象を与えてしまうのではないかと懸念しています。
 その対策として,8ページに記載されている道徳授業の目標について,「道徳的心情や意欲,態度」の後に,「道徳的実践力」も付け足すことはできないでしょうか。答申(案)には道徳授業の目標は,「道徳性を育成することである」ということが明示されていますが,道徳性の行動的側面を構成するのが,本来は道徳的実践力であると思います。確かに,従来の道徳的実践力は,6ページにも記載されているように,「内面的な資質」であるということが強調されすぎたり,道徳性との関連性が分かりにくかったりする弊害もあったと思います。しかし,道徳授業の目標からこの「道徳的実践力」という用語が全くなくなってしまうと,行動的側面がかなり弱くなってしまい,今よりも道徳授業の実効性が弱まってしまうのではないかと思われます。
 本専門部会の議論や意見募集でも,「道徳的実践力という言葉を残してほしい」という要望が多くありました。「道徳的実践力」という用語は,昭和44年の告示を例外として,昭和33年の告示から現在に至るまで一貫して道徳授業の目標として大切にされてきた用語です。いじめ問題でも,単に頭や心で理解させるだけではなくて,実際に適切な対処ができるようになる道徳的実践力を育成することが大事ではないかと思います。諸外国でも,コンピテンシーの概念に近い道徳的実践力の育成は,当然のように道徳授業の目標に入っています。
 以上から,道徳的実践力は,道徳性の行動的側面を構成する要素という本来の意味に戻した上で,道徳授業の目標の中に道徳的実践力の育成を入れてはどうかと思います。
【柴原主査代理】
 その点については,これまでも議論してきたように,これまでの道徳的実践力と,柳沼委員の話にあった道徳的実践力には大きな相違があるのです。通常,道徳的実践力は,国民の多くの方々は,行動的側面まで含めて捉えていました。しかし,学校現場でやってきた者にしてみれば,そうではないのです。いわゆる内面的資質をより深く,しっかりと育むことが道徳的実践につながるのだという理論の中で取り組んできたので,「特別の教科 道徳」(仮称)において行動的側面まで強調することは,いかがなものかと思います。
 仮に道徳的実践力を入れるとするならば,これまでの道徳的実践力の概念規定と大きく異なるものですから,かえって学校現場に混乱を生むのではないかと思います。道徳性という形にしておいて,より実践につなげるということを学習指導要領なり学習指導要領解説の中に具体的に盛り込んでいく。それは,「特別の教科 道徳」(仮称)での取組とともに,特別活動も含めた教育課程の中での取組で,実践につながる活動として改善されるべきではないかと思います。ここまでの議論を踏まえて,そのような枠組みの中で提案する方が,学校現場には混乱を生まないのではないかと思います。
【川田委員】
 道徳的実践力について,意見募集でも,道徳的実践力を大事にしてほしいという意見がありました。道徳的実践力と道徳性は同じような捉えであるという記載について,私は道徳的実践力を,道徳に係る内面の向上のような形で捉えました。
 やはり言葉としての道徳的実践力というのは,今までずっと目指してやってきたものなので,大事にしていきたいと思います。ただ,道徳性と道徳的実践力の関係が混乱を招いているということもあったので,このような記載になったと思うのですが,道徳的実践力は大事にしているということをもう少し追記してもらいたいと思います。そして,道徳的実践力が資質・能力として記載されたときに,どのように道徳に係る内面の向上につながっていくのかということを追記し,道徳的実践力を軽視しているわけではないということが分かれば,現場の教員は円滑に移行できるのではないかと考えています。
【川田委員】
 道徳教育の使命に関する部分で,今回修正が加えられた箇所については,学校の現場では,今,中学生を見ていても,社会の閉塞感があったり,大人のモデルをなかなか見付けられなかったりして,夢や希望,自らの人生を切り拓(ひら)いていこうとする意欲がなかなか高まらない状況もあると思います。教師にとっては,この文章が追記されることで,励みや後押しになると思います。
【谷田委員】
 4ページから5ページで,特別活動と「特別の教科 道徳」(仮称)の関係に関して,特別活動も「特別の教科 道徳」(仮称)もそれぞれの役割があることを踏まえれば,特別活動と「特別の教科 道徳」(仮称)の役割を明確にしつつ,それぞれのねらいや特質を生かしながら連携を一層密にした計画的な指導を行うという内容の方がよいと考えます。
 次に,7ページから8ページの目標についてです。これまでの議論の結果ですので,変更すべきということではありません。しかし,教科化に当たっては,しっかりと35単位時間を着実に行うことと,しっかりとその時間の評価を行うということが,最も重要です。
 以前から議論されてきた道徳性や道徳的実践力の概念については,結局は評価の問題と大きく関係してくるのです。学校の先生方にとっては,この点について混乱が生じる可能性があります。例えば,7ページから8ページにかけて,「その最終的な目標は,『道徳性』の育成であることを前提とした分かりやすい規定とする。」という記載があります。ある程度含みをもたせた表現であると捉えることもできるのかもしれませんが,やはり先生方にとっては,指導要録における「総合所見」欄や「特別活動の記録」欄,あるいは「行動の記録」欄,新しく設けられるであろう「『特別の教科 道徳』(仮称)記録」欄について,それぞれどのような評価規準で,またどのような観点で評価するのかという点について,混乱が生じる可能性があります。「総合所見」欄でも,「行動の記録」欄でも,さらには,「『特別の教科 道徳』(仮称)記録」欄でも,行為に係る評価をしてよいということになると,差別化が図れなくなると思います。
 評価については,今後より具体的に検討していただきたいと思います。私の案としては,例えば,「前提としつつ,各々の役割,-『各々』はいわゆる道徳教育と『特別の教科 道徳』(仮称)のことを示しますが,もう一度申し上げますと,-前提としつつ,各々の役割と関連性を明確にした分かりやすい規定とする。」といった記載にした方が,教育活動全体での道徳と「特別の教科 道徳」(仮称)の目標を考えたときによいのかと考えています。
【吉本委員】
 道徳的実践力に関して,私は柴原委員と同じ考えです。学校では道徳的実践力という言葉が定着していて,それは極めて内面的な資質として理解されており,現在もそのような理解の下で授業が実践されています。そのような状況において,別の要素として,行為まで含めるのだということになると,学校は混乱し,「特別の教科 道徳」(仮称)に対する不信を招く危険性があると考えます。道徳的実践力という言葉を残すのであれば,従来の概念で残すことが妥当であると考えます。
【島委員】
 私も柴原主査代理,吉本委員と同じ意見です。道徳的実践力について,行動的なものに特化しまうことは,これまでの理解と違ってくる懸念があります。また,今回の答申(案)では,特に自立や主体性が大事なポイントだと思います。単に行動の仕方についての指導に偏るのではなく,分かっていてもできない部分について,内面的な力を鍛え,自立を目指し,主体性を育てていくことが大事になってくると思います。
【押谷主査】
 これまでの議論を踏まえて,確認をしていきたいと思います。
 まず1ページで,柳沼委員から指摘いただきました「生きる力」に関する部分についてです。確かに分かりにくい記載になっているのではないかと思います。
 柳沼委員の案としては,どのような表現になるでしょうか。二つの部分に分けて,「また,道徳教育を通じて育成される道徳性,とりわけ内省しつつ物事の本質を考える力や何事にも主体性をもって誠実に向き合う意志や態度,豊かな情操などは,『豊かな心』とともに『生きる力』を構成する『確かな学力』や『健やかな体』の育成などの基盤ともなるものである。」ということでしょうか。
【柳沼委員】
 私の考えとしては,前半にある道徳性の説明で文章を一度区切って,改めて道徳性と「生きる力」の関係を明示した方が分かりやすいと考えます。後半で「豊かな心」とともに「生きる力」を構成する云々(うんぬん)と読んでいくと,「豊かな心」と「生きる力」が並列するように読めてしまい,カテゴリーミステイクが起こりかねません。「豊かな心」というのは,「生きる力」を構成する要素の一つであることを再認識すべきだと思います。一つの案としては,「『生きる力』を構成する『豊かな心』だけでなく,『確かな学力』や『健やかな体』の基盤ともなるものである」と修正した方がよいのではないかと思いました。
【押谷主査】
 もう一つ,ここの表現は,「生きる力」が,従来「豊かな心」,「確かな学力」,「健やかな体」と言われていますが,「豊かな心」のもとになる道徳性というのが「確かな学力」,「健やかな体」の基盤ともなるものですよという意味合いも,この文章の中にはあります。それをうまく兼ねるような表現ということが求められていると思います。
【永田委員】
 「豊かな心」の育成の基盤として道徳教育があるということは,今も前提になっています。「生きる力」を構成する三つの要素があり,「豊かな心」が基盤となりつつも,それに加えて「確かな学力」や「健やかな体」の育成の基盤にもなっているという順序で,より丁寧に表現した方がよいのかと思います。
【押谷主査】
 では,この部分は,今の指摘を踏まえて検討するということでよいでしょうか。
 次に,4ページから5ページにかけて,「このため,特別活動の特質を十分に踏まえた上で,各学校において,特別活動と『特別の教科 道徳』(仮称)とのより明確な関連を図りつつ」という表現を,「特別活動と『特別の教科 道徳』(仮称)との役割を明確にして,関連を図りつつ」などの表現に修正するということでよいでしょうか。
【谷田委員】
 それぞれの役割を明確にしつつ,連携を一層密にしたという方が,つながりがよいのではないかと考えます。
【押谷主査】
 より明確な関連について,役割をしっかりと意識した上でということでしょうか。役割という言葉も入れておいた方がよいということでしょうか。
 現在の表現では,「特別の教科 道徳」(仮称)は,内面をしっかりと耕しましょうということです。特別活動は,実践をしっかりとし,特にこの二つの関連をもたせながら,道徳教育全体の充実を図っていくということを計画的にやっていくという内容になっていると思います。その際,安易に関連を図るのではなく,役割をしっかりと明確にしながらという表現はあった方がよいということでしょうか。
 現在の道徳の時間のキーワードは,補充,深化,統合,道徳的価値及び人間としての生き方の自覚,道徳的実践力などです。3ページでは,「道徳教育と密接な関連を図りながら,計画的,発展的な指導によってこれを補充,深化,統合し,児童生徒に道徳的価値の自覚や生き方についての考えを深めさせ,道徳的実践力を育成するものとされている。」と記載されています。また,「このように道徳の時間を要として学校の教育活動全体を通じて行うという道徳教育の基本的な考え方は,適切なものであり,今後も引き継ぐべきものと考える。」と記載されています。
 つまり,基本的にはこれまでの考え方を踏襲するが,より一層道徳教育に期待される役割をしっかりと果たしていくためには,更に道徳の時間が道徳教育の要として機能していくように,役割をより明確にするということだと思います。
 今まで言われていた道徳的実践力,あるいは,道徳的価値の自覚,補充,深化,統合ということを,全く違う概念で表しているわけではなく,これまでの考え方を踏まえながら,道徳的実践力についての誤解もあるので,それらをより理解しやすい形で表現していこうということだと思います。
 ここでは,道徳的心情や道徳的判断力,道徳的実践意欲,態度を主に書いていますので,これまでの道徳的実践力と余り変わらないという印象を抱いてしまいます。そこで,意欲や態度を育てることなどを通じて,一人一人が生きる上で出会う様々な問題や課題を主体的に解決し,よりよく生きていくための資質・能力を培うという記載があります。今までの不足していた部分を補った部分だと思います。このような表現で十分なのか,あるいは,更に強調する必要があるのかということです。
 これまでの意見を踏まえると,道徳的実践力という言葉は大切にしたいが,今までと同じような概念で捉えられてしまう懸念がある。あるいは,行動的なものを強調すると,誤解が生じてしまう。そうだとすると,今回は言葉としては使わない方がよいのではないかという意見も多かったように思います。
【柳沼委員】
 今回,道徳の教科化が要請されたのは,道徳授業が形骸化しているので,それを克服して実効性を高めようという趣旨がありました。それを実現するためには,本当の意味での道徳的実践力を育成することが肝腎だと私は考えています。
 例えば,外国人が歩いていて,その人と会話をしたいというときに,国際理解や話したい意欲や態度はあっても,英会話力がなければ実際は話せないものです。そこで,国際理解や動機付けの学習をするだけでなく,英会話能力を育成することが大事になります。道徳授業でも,道徳的価値を自覚したり,心情や意欲や態度をもったりするだけでは,道徳的実践力の育成や習慣形成には至らないので,実効性が高まらず,再び形骸化された授業になりかねません。
 教科化に当たっては,その点を改革しなければ意味がありません。各国では行動的側面まで踏み込むことで道徳教育の改革に成功しています。例えば,韓国などは,道徳授業において道徳的実践力や習慣も当然ながら育成しています。本専門部会においても,関根准教授や西野総括研究官からそのような発表がありました。それらを参考にすることで,本当の改革が行われるのではないかと思います。
【押谷主査】
 柳沼委員の話は,例えば,方法知的なものが,道徳的実践力の中に入ってくるということだと思います。知識を通して道徳的実践を意欲付けたり,AEDなどの操作とかを知ることによって実際に助ける意欲につながったりします。そのような力が,道徳的実践力だと思うのですが,それをどのように育てるかが課題になってくると思います。「特別の教科 道徳」(仮称)は,そのようなことを視野に入れて,要としての役割を果たせるようにしていくということは合意できていると思います。
 方法知的なものは,教育課程全体では,特別活動が正面から扱えるでしょう。だから,「特別の教科 道徳」(仮称)を,その枠だけで考えるのではなく,方法知的なものや,実践へとつながっていくような認知の部分ともっと関連をもたせて指導していかなければいけない。だから,そのような方法も取り込んで,「特別の教科 道徳」(仮称)の指導を計画することで,様々な課題に対応できる道徳教育になるというアピールになると思います。あるいは,「特別の教科 道徳」(仮称)でも,方法知に関することを道徳的価値の価値の自覚を深める形で積極的にやるということも,方法としては考えられると思います。
【柴原主査代理】
 現在の35単位時間の中では,行動的側面のスキル学習を入れるのは,難しいのではないかということを以前も申し上げました。時間数を増やした上で,内容項目を限定するということでもあれば,例えば,「特別の教科 道徳」(仮称)の指導内容を「領域A」と「領域B」などとしっかり区別する形で示していくことも考えられますが,現状の条件下では難しいのではないかと思います。
 しかしながら,柳沼委員の意見はとても重要な指摘です。それをどういうように教育課程上に位置付けたらよいのか。それは「特別の教科 道徳」(仮称)だけの問題なのか。これまで教育活動全体を通じてとしながら,学校によっては,教育課程全体としての道徳教育が十分には取り組まれていないといった指摘も成されています。その点については十分留意し,この後,教育課程全体の改訂作業も行われるものと思いますので,その中でも検討される必要のあることだと考えます。
 したがいまして,本日示されている案のような形で,この答申としてはまとめるのがよいのではないかと思います。ただ,繰り返しになりますが,柳沼委員が指摘されていることは非常に大事なことであり,「特別の教科 道徳」(仮称)や教育課程全体が,委員御指摘のような形で機能するように,学習指導要領や学習指導要領解説に記述できればと考えています。
【押谷主査】
 例えば,指導過程の中で,低学年の子供たちに整理整頓を指導したとします。しかし,自分の机の中が乱れてそのままであるというのでは,知識的で終わってしまっているということです。「机の下を見てごらん。どうですか?」と問いかけて,どのように片付けたらよいのかということを取り入れ,すっきりと整理整頓した上で,「どうだった?」と問いかけると,主人公と同じように,気持ちのよい感覚をもつことができ,納得できるでしょう。そのような形で指導過程の一部として取り入れることはできると思いますが,それを正面から扱うのはいかがなものかと思います。誤解を招かないような表現にするということでよろしいでしょうか。
 同時に,今までの道徳の時間と変わらないのではないかという印象をもたれてしまってはいけないので,「特別の教科 道徳」(仮称)においても,道徳性の育成として,しっかりと内面を耕して実践につなげていくということを強調することが重要だと思います。その要として「特別の教科 道徳」(仮称)が機能するようにしていかなければいけません。1単位時間だけで何ができるのということもあるので,関連する教育活動との関わりをもたせた指導を,もっと全面的に出していかないと,道徳教育が変わったという印象が生まれないのではないかと思います。
 一つの方法として,特別活動がずっとクローズアップされています。私は,特別活動と同時に,総合的な学習の時間などももっと関わりをもって,道徳性の育成を図っていくことが前面に出てほしいと思います。また,各教科も,それぞれの特質に応じて,生命尊重については理科との関連をもとにしながらやっていくなどということも,今後の課題かもしれません。指導資料などを通して,現場への指導においてそのようなことを伝えていくことも重要です。そのようなことが読み取れる答申にする必要があると考えます。
 例えば,指導計画に関する部分では,提案で終わるのではなく,道徳の時間と各教科等と密接な関連について記載するという方法もあるでしょう。これまでも関連を図ってきましたが,道徳の時間だけ浮いてしまうこともありました。それはそれなりの理由はあったと思うのです。今回,そのようなことを克服しながら,全教育課程を通してしっかりと道徳性を養っていこうということで,柳沼委員からの話にあった方法知的なものや認知的な部分の深まりも,しっかりと視野に入れた道徳教育をやっていくということです。その要として,「特別の教科 道徳」(仮称)が機能するようにするのだということを,もう少しアピールできるようにしたらよいと思います。
【島委員】
 子供たちの道徳性を育てるのは,35単位時間の中だけではなくて,日常生活や各教科等の中でもしっかりと育てることが大事です。
 そのときに,低学年と高学年では,押さえどころが違います。方法知的なことを道徳の時間に指導することに重点が置かれてしまうと,低学年と高学年でほとんど同じ指導になってしまいます。そうではなくて,認知的な発達を踏まえて内面的な部分を指導するということが必要です。
  また,これまでは道徳の時間だけの指導に限られがちでしたが,教育活動全体でのいろいろな日常生活の指導で,教員が押さえどころを意識しながら指導できるかどうかが,子供たちの心を育て,行動へとつながるような指導になっていくと思います。「特別の教科 道徳」(仮称)の時間の役割と,教育活動全体の役割をしっかりと分けておくことと,両者のつなぎを作ることが重要だと思います。
 そして,発達の段階を踏まえた体系的な指導が,明確に教員や国民に示されていくことが必要であると考えます。
【永田委員】
 今の問題については,押谷主査の話にあった内容が,全体的な方向だと私も考えています。実際には,「特別の教科 道徳」(仮称)というのは,内面的な力を育てていくものであるけれど,今まで以上に道徳的実践を視野に入れないといけないということを示すために,混乱を招いていた用語はきちんと整理していくようにしないと,「特別の教科 道徳」(仮称)として,体面を保つことができないのではないかと感じています。
 3ページに,「特に,道徳の時間は,各教科等に比べて軽視されがちで,道徳教育の要として有効に機能していない」という記載があります。実際には,学校教育では軽視されがちですが,いろいろな調査等にもあるように,国民一般は比較的重視しているということも含め,今まで学校教育の中で忌避されてきた傾向もあるということを重ねて表現する方がよいと思います。道徳教育は,学校教育の場において軽視されたり忌避されたりする傾向が見られてきたことについて,きちんと示していく必要があると思います。
 次に,意見募集の中で若干気になったものは,「特別の教科 道徳」(仮称)の名称は,特別支援教育に関するものなどと混同されがちになるため,名称を考えていくのはどうかという指摘があることです。各教科にはなじまないから,各教科には入れずに,「特別の」という呼称で「特設する」という意味合いになると,教科という名前は付いていたとしても,昭和33年の特設と呼んだときのニュアンスと重なるのではないかという不安があります。特別支援教育に関しては,特に配慮や工夫が必要であるという意味での「特別」だと私は思います。「特別の教科 道徳」(仮称)についても,そのような印象がもたれるようになればと思います。通常の教科より特に配慮や工夫が必要,あるいは,全教育活動に広く関わる全体的な教科という意味で,例えば,「横断的な教科」や「総合的な教科」など積極的な名称を付けることも考えられるのではないかとも考えます。「特別の」が「特設の」という表現に重なりすぎないようにと考えています。
 また,意見募集では,「人間科」の設置には反対であるという意見があります。振る舞いや態度的な面が強調されることへの懸念ということですが,答申(案)では飽くまで本専門部会で挙がった意見についての紹介的な記載ですので,特に問題はないと思います。むしろ,「人間科」という言葉は,しっかりと人間の生き方全体を考える教科であるという趣旨で,格を上げているという印象が強くなると私は思います。
【木下委員】
 現場としては,道徳的実践力は,大事にしたい言葉ではありますが,様々な解釈をしてしまうというような混乱を避けるために,この答申の中には入れない方向がよいと思います。
 今回の教科化において重視したいのは,内面的な耕しをしっかりした上で,道徳的な実践を視野に明確に入れるということではないかと考えます。
 特に道徳性に関しては,きちんと定義し,記載したということが,今回の答申の大きな部分だと思います。その中に記載されている内容から,私たち現場の教師は授業を構想していくことになります。
  認知的な能力については,「分かる」ということを意識した授業にすべきであろうし,道徳的な心情については,「感じる」とか「気付く」というようなことを意識しながら私たちは授業を作る必要があると思います。
 最後に,道徳的行為をするための意欲や態度については,道徳的な行為を目指していくということが含まれています。道徳的な行為を「しようとする」気持ちが高まる授業づくりを意識することが必要になってきます。
 6ページに,その点を意識した内容が含まれていますので,道徳的実践力については,その部分の記述で補うことができるのではないかと考えます。
【柴原主査代理】
 7ページには,目標について記載されています。私たちがこれまで学校で道徳教育を実践してきた中で,重要な概念となるものが,「自覚」ということだと思います。その点についても記載し,学校現場で十分にそのことを理解し,実践できるようにしていくということも大切なことだと考えます。7ページにある記載内容には,「自分との関わりも含めて理解し」という表現や,「内省し」という言葉を入れるなど,「自覚」について関連する内容を盛り込む工夫もしてあります。このことは非常に重要な部分で,「特別の教科 道徳」(仮称)の特質を示す概念でもあり,その部分を記載のような文言で表現しているのですが,こういう形でよいものかどうなのかということも確認しておきたいと思います。
【柳沼委員】
 各国では道徳教育の実効性を高めるために,抜本的な改革がなされています。特にアメリカや韓国などでは,日本と同じように,学校でいじめ自殺事件が頻発したため,真剣に道徳教育や人格教育を改革しました。子供の生命や人生に関わることだからこそ,本当の意味で道徳教育の実効性を高めていかなければなりません。そうした切実で緊迫した社会的・国民的要望にも応えていかなければならないのです。
 日本でも,そうした危機感をもって本気で道徳教育の改革に取り組む必要があると思います。アメリカや韓国では人格教育を道徳教育に取り入れ,認知的,情意的,行動的側面をバランスよく育成することで改革に成功しています。我が国でも,各教科等では「育成すべき資質・能力」を前面に出し,実践面を重視したコンピテンシーの概念と関連付けながら,大きく教育を改革しようとしています。そうした中で,教育の根幹にある道徳こそが改革の先べんを取り,認知的側面や情意的側面だけでなく行動的側面にも取り組んでよいのではないかと思います。
 本部会の第1回の会合から私が一貫して申し上げているのは,道徳教育の目標,指導,評価を一体化して改革しなければならないということです。指導に関しては,今後は「行為や習慣に関する指導」,「問題解決的な学習」や「体験学習」なども取り入れることになり,かなり幅広く充実したものになってきました。評価に関しても,子供の行動的側面をパフォーマンス評価やポートフォリオ評価を取り入れ,また「行動の記録」も活用しながら,かなり柔軟かつ有効なものになってきました。しかし,肝腎の目標に関してだけは,従来通り,道徳的心情や関心・意欲の育成で終わってしまい,道徳的実践力や行動力の育成が入ってこないがために,バランスが悪く弱体化しています。このままだと道徳の目標,指導,評価の一体化は実質的にできず,機能不全を起こすのではないかと思います。
 ところで,4ページでは,「特別の教科 道徳」(仮称)と特別活動との関連性が強調されています。6ページでも,特別活動は「道徳的実践の中心的な学習活動の場」として記載されています。11ページでも,特別活動の重要性が繰り返し述べられています。中教審で道徳教育について答申するのに,特別活動だけこれほど重視し,道徳的実践の中心に位置付けてしまってよいのか,私は疑問に思うところがあります。
 道徳的実践の指導を行う特別活動を道徳授業と関連付けることは重要だと思いますが,そればかりを強調し過ぎると,道徳授業を軽視する向きも出てきます。これでは従来のように,道徳授業では内面を耕し,特別活動では道徳的実践の指導をするという分業制も生じてきます。意見募集でも,道徳授業が特別活動の事前・事後指導のように扱われてしまうことを懸念する意見がありました。そうなってしまうと,特別活動の充実にはなっても,道徳授業は形骸化したままになり,本末転倒になります。とりあえず特別活動で道徳的実践の指導だけやっていればよいという考え方も出てくる可能性もあります。
  「特別の教科 道徳」(仮称)の目標として,問題や課題を解決する資質・能力を培うことを全面的に出すのであれば,学校の教育活動全体で行うことをもっと重視すべきであり,特に各教科や総合的な学習の時間との関連付けを強調してもよいのではないかと思います。
【押谷主査】
 柴原主査代理からの話にあった自覚の問題や,柳沼委員の提案の中で,認知的な面,情意的な面,行動的な面の評価をどうするか,それらを含めた指導ができるようにするにはどうすればよいかについては,指導方法の方で,議論を深めていければと思います。
 先ほど永田委員の話の中で,「特別の教科」(仮称)という言葉が,教科には至らないのでそのような名称であるという印象を生むのではないかということがありました。今回の審議の原点は,道徳の特質を踏まえた,特別な枠組みによる道徳の教科化ということです。では,道徳の特質とは一体何なのかということが書いてないといけないと思うのです。それはどこかというと,例えば,4ページの「道徳の時間については,学習指導要領に示された内容について体系的な指導により学ぶという各教科と共通する側面がある一方で,道徳教育の要となって人格全体に関わる道徳性の育成を目指すものであること」という記述から,各教科よりも上の概念だと分かります。ところが,次の部分では,「原則として学級担任が担当することが望まれる」となると,少し下の概念のように思われます。また,「数値などの評価はなじまない」というのも,下の概念のような印象です。この二つの内容は大事なことなのですが,なぜ学級担任がやらないのかということ,つまり,各教科よりも道徳は大切であり,全教師がやらなくてはならないということや,内面を見る評価が大切であることから,道徳では,数値による評価はせずに成長しているよさを見取っていくことが必要であるといったように記載されるとよいと考えます。道徳の特質として,道徳教育の要として人格全体に関わる道徳性の育成を目指すのだということについて,それはもう少し説明があるとよいと思います。
 それでは,後半の議論に入りたいと思います。
【吉本委員】
 10ページの「多様で効果的な指導方法の積極的な導入について」の第1段落で,今回,追記された文章は,別の箇所に移した方がよいと考えます。
 道徳教育の指導方法をめぐっては,いろいろな問題があります。この部分では一貫して,いわゆる道徳の時間,これからの「特別の教科 道徳」(仮称)の授業の工夫について記載されています。
 新たに追記された部分だけが,道徳教育の実効性を強調した文章になっています。この部分は,道徳の授業の工夫に関する箇所です。新たに追記された文章は,資料2の3ページの内容に該当します。「実効性ある力を育成していく上で,道徳教育も大きな役割を果たすことが強く求められている。」の部分に続けて,具体的な方法についても考えるべきだとした方がよいのではないかと考えます。
 先ほどからの議論で,「特別の教科 道徳」(仮称)は,道徳的実践を視野に入れるとありました。しかし,視野に入れるということは,実践をするということとは違います。あくまでもそれは計画性など,総合的な学習の時間や特別活動との連携を強化していくという意味での視野に入れるということでしたので,新たに追記された文章は実践的な面を強調し,道徳の時間もそれをやるのだという誤解を生むのではないかという考えに基づく提案です。
【谷田委員】
 13ページの,検定教科書に関しましては,基本的に検定教科書を導入することが適当であるという説明がなされていますが,具体的な内容に関する記載はありません。バランスのとれた多様な教科書を認めるとか,民間発行者の創意工夫を生かすということについては,賛成です。ただし,これからの学習指導要領の改訂や,検定の指針の策定については,本専門部会においても,ある程度方向性を示しておく必要があるのではないのかと考えます。
 例えば,13ページに,「私たちの道徳」に関する記載がありますので,「私たちの道徳」に掲載されている読み物資料等を手掛かりにすることとする案です。あるいは,小・中学校の学習指導要領解説には,教材の具備すべき要件に関する記載があります。教材の具備すべき要件等を踏まえて,民間発行者の創意工夫を生かすとともに,バランスのとれた多様な教科書を認めるというような表現があった方が,具体的にこれから教材をそれぞれが作成するときに必要なのではないかと思います。
 教材の具備すべき要件には,例えば,「人間尊重の精神にかなうもの」や,「多様な価値観が引き出され深く考えることができるもの」,また,「生徒の感性に訴え感動を覚えるようなもの」ということなどが記載されています。そのようなことを意図して記載しておかないと,多様な教科書を認めつつも,後で検定を考えるときに,困難な状況が生じるのではないかと考えています。
 可能であれば,13ページの四角囲いの一つ目の丸の「学習指導要領の記述を」の次に,例えば,「教材の具備すべき要件などを踏まえつつ,これまでよりも具体的に示すなどの配慮を行うこと」などの追記が必要なのではないのかと考えます。
 次に,評価に関して,「特別の教科 道徳」(仮称)に専用の記録欄を設けるということについてです。この後,道徳の学習指導要領の改訂があります。恐らく,その後,学習指導要領全体の改訂に進むのだと思いますが,指導要録については,「行動の記録」欄と「総合所見」欄があります。道徳的な実践の場としての意味合いのある「特別活動の記録」欄に加えて,「特別の教科 道徳」(仮称)の専用の記録欄が設けられるということです。これらをある程度明確に区別しておく必要があると思います。また,教育活動全体や「特別の教科 道徳」(仮称)でも,行為に関する指導をするとなると,どこに何を書けばよいのか混乱が生じると思います。
 現段階では,改めて「行動の記録」欄や「総合所見」欄,「『特別の教科 道徳』(仮称)の記録」欄,「特別活動の記録」欄をシャッフルして考えるという状況ではないと思います。少なくとも,道徳の欄だけ新設しようということであれば,そこに評価された内容を記載する上での規定が求められると思います。
 このことから,「指導要録について,全体の項目との整合性を図りつつ」などの表現を追記した方がよいと考えます。また,「学習状況や成長の様子などを」という表現の前に,「特別の教科 道徳」(仮称)の目標を示すことが必要です。このように,「特別の教科 道徳」(仮称)の目標に照らして,学習状況や成長の様子などの文章を記述するための専用の記録欄を設けるということを明確にしておかないと,どこに何を書いてよいかが分からなくなってしまうと思います。
【島委員】
 11ページに,「計画の作成に当たっては,年間にわたって指導内容の全体を調和的に指導すること」という文章があり,このままでは,特別活動の指導計画に関することであるように読めます。また,そこには「計画的,発展的に指導すること」という記述がありますが,実際,特別活動においても,各教科等においても,年間指導計画や全体計画を作成し,計画的,発展的に指導することになると思います。一方,8ページには,「特別の教科 道徳」(仮称)は「計画的,発展的」,それ以外の各教科は「意図的,計画的」という表現になっています。これは,両方とも「計画的,発展的」に統一するのがよいのではないかと思います。
 また,11ページについて,特別活動においても,年間にわたって指導内容の全体を調和的に指導するということは,各学年できちんと指導内容の全体にわたっての指導が行われるということです。そうなると,中学校においては,内容項目を全て毎学年で扱わなくてもよいということと,矛盾が生じてくるのではないだろうかと思います。やはり,中学校においても毎学年で少なくとも全ての内容項目について指導することは,現状を維持した方がよいのではないかと思います。
 さらに,10ページから11ページは,明確に「特別の教科 道徳」(仮称)の指導方法に関することであるということを記載しておかないと,「道徳教育の指導方法をめぐっては」の後に,全ての内容項目を扱わなくてもよいということが入ってくると,混乱してくるのではないかと思います。「多様で効果的な指導方法の積極的な導入について」に,「『特別の教科 道徳』(仮称)の」という表現を入れた方が分かりやすいのではないかと思います。
【吉本委員】
 谷田委員の意見について,13ページの検定教科書に関する意見の中で,「『私たちの道徳』を手掛かりにして」という文言を挿入したらよいのではないかという意見がありました。「私たちの道徳」は,現在,もちろん道徳の時間でも使いますが,全教育活動でも使用するという,多面的な活用を視野に入れた教材です。それを手掛かりにして民間発行の教科書が作られるというのはいかがなものかと感じます。
【谷田委員】
 「『私たちの道徳』の読み物資料を手掛かりにして」という表現です。
【吉本委員】
 分かりました。読み物資料の特性を重視してということであれば,了解しました。
【永田委員】
 キーワードを付すということについて,意見募集で提出された意見の中に,徳目的な言葉で表現すると,指導の広がりや教師が熟考する姿勢が弱くなってしまうというものがあります。確かに,このようなマイナス面もあると思いますが,キーワードを付けることのプラス面の方が大きいという判断だと思いますので,そのことを明確に記載する必要があるのではないでしょうか。
 教育に関係する多くの人たち,例えば,家庭の人や地域の人も含めて,道徳の内容の全体構造やその趣旨を理解して受け止めるには,やはりキーワードが分かりやすさにつながると思います。教師の指導の工夫だけではなく,家庭や地域との連携の広がりも生み出すということを記載するのも一案だと思います。また,中学校段階は大人が読んでもすぐに理解できないところもあり,そのことが今まで道徳の分かりにくさを生むなど,その充実を阻んできたという面もあると思います。
 このことから,9ページについて,内容の体系性を高めるとか,構成やねらいを分かりやすく示して指導の効果を上げるという箇所に,多くの人に分かりやすく,家庭や地域とも共有でき,指導の手掛かりになるというような表現を入れておくことが適当であると思います。
 ただ,その際,固定した価値としての徳目を児童生徒に教え込むことを強調しようとする趣旨ではないことも含めて表現上の配慮をしていかなくてはいけないと思います。
 次に,見出しに関してです。14ページの「(6)一人一人の道徳性を伸ばし,成長を促すための評価に改善する」については,現状の道徳の授業でもこのような認識であると思います。学習指導要領解説では,教師が児童の人間的な成長を見守り,児童自身が自己のよりよい生き方を求めていく努力を評価し,それを勇気付ける働きをもつものであると記載されているので,この表現を生かして,例えば,そのような評価を一層確かなものにするとか,充実するというような表現にしてはどうかと思います。
【德満委員】
 私は,現場の校長として,教員の指導力向上が非常に心配です。17ページの記載について,全体的に語尾が,第1センテンスのところは,「検討を行う必要がある」や「整備することが求められる」,「重要である」,「スタッフの充実も求められる」など,非常にやわらかい表現になっています。もう少し踏み込んで,あと何年間で教師に力を付けてもらいたいと私は思っています。「環境を整備していく」を「するものとする」に修正するなど,取り組んでいくのだという意欲を,教科化に向けて明確にしてほしいと思います。また,教員の指導力向上を推進するための具体的な人的措置を実現するなど,明確に記載する必要があると思います。
 また,1行空いている箇所がありますが,ここは空けずに,国や地方,公共団体において,このような施策を推進していくと明記してほしいと思います。
 さらに,従来の研修に加え,映像なども活用して研修を進めるという部分がありますが,恐らくよい授業風景をほかの先生たちにも見せていくということだと思います。しかし,今,個人情報の関係で,映像の貸出しが難しくなっています。学校名や個人名が特定されるものもあります。だから,本当にこの内容が実現できるかという心配があります。
【木下委員】
 まず,キーワードについては,児童生徒が自己の体験をもとに,具体的に語る窓口であるということを,明記していくとよいのではないかと考えます。教師にとっては,子供たちが授業の最後に何と伝えたらよいか(学び)という目標像を具体化することにつながるという意義があると考えます。
 次に,14ページの評価に関してです。最初に,評価に当たっての基本的な考え方について述べ,その上で,現状,改善という流れにしていくとよいのではないかと考えます。
【柳沼委員】
 評価に関して,「特別の教科 道徳」(仮称)については,指導要録に専用の記録欄を新たに設けるとともに,現行の指導要録の「行動の記録」を改善し活用するという提案があります。
 この点については基本的に賛成ですが,課題も残ります。例えば,「特別の教科 道徳」(仮称)で子供たちの道徳的な意欲や態度が育成され,その延長において子供たちが日常生活で道徳的行為や習慣をした場合,そうした行動的側面の評価を「特別の教科 道徳」(仮称)の欄に書くのか,それとも「行動の記録」に書くのか,という問題です。こうした評価で学校現場は混乱することになると思います。
 これは,先ほどから申し上げている「目標と指導と評価の一体化」がなされていないために生じる問題だと思います。道徳授業の中のことであれば,「特別の教科 道徳」(仮称)の欄に書き,道徳授業の時間外のことは「行動の記録」に書くようでは,連続性がなくなり実態把握もままならなくなります。道徳授業の評価で行動的側面も評価の対象とするのであれば,授業の目標にもそれに対応する文言を入れる必要があると思います。
 また,「特別の教科 道徳」(仮称)の記録欄が「行動の記録」とどのように関連するのか明確になっていません。この点を学習指導要領の「内容の取扱い」で説明する必要があると思います。
 答申案の16ページの枠の中には,この「行動の記録」に関しても明確に記載して提言してはどうかと思います。道徳教育の成果として行動面に表れたもの,例えば,行為や習慣については,「行動の記録」を改善して活用するなどという記載があってもよいと思います。
【永田委員】
 10ページに,授業1時間につき複数の内容項目を関連付けた指導を行うことや,一つの内容項目を複数の時間で扱う指導など,内容項目の多様な扱いが記載されているのは,指導の可能性を開くということであり,重要な方向性だと思います。そして,例えば,一つの大きな題材や,偉大な人物,大きな出来事を複数の時間で扱うということも,方向性としてあるのではないかと思います。そのことについて,12ページに記載されている内容項目の柔軟な扱いの部分で,追記することも考えられると思います。
 次に,特別支援教育に関しては,二つの段落のつながりが分かりにくいと思います。各教科等を合わせた指導が可能となるという表現が3回出てきているので,例えば,後半の「また」の部分の前半を除くなどして,最後の段落の2行目の「各教科等を合わせた指導」というところにつなげて,そのような指導を行う場合であってもというように,二つの段落をつなげてもよいのではないかという印象ももちました。
【押谷主査】
 それでは,後半部分について整理していきます。島委員から,8ページの内容の位置付けに関して,「意図的,計画的」という表現を,「計画的,発展的」と修正してはどうかという提案がありました。表現を統一した方がよいでしょうか。
 また,9ページのキーワードで示すことに関して,デメリットはあるけれども,現場での指導のことを考えればメリットが大きいということを強調してはどうかという指摘でした。場合によっては,たくさんの価値が含まれているということも考えられます。民間の副読本では,必ずそれを入れています。
【島委員】
 小学校は全学年で統一ではなくて,発達の段階を考えたキーワードになるのですね。
【押谷主査】
 発達段階を踏まえるということを強調するよりも,この程度の表現でもよいという考えもありますが,いかがでしょうか。
【齋藤委員】
 キーワードで示すことは必要であると思います。プラス面の方が大きいと思います。
 検定教科書を民間業者が作るときに,キーワードが参考になると思います。逆に,キーワードで示されたことが中心となり,教科書として一つの方向性しかなくなるということも危惧されます。
 キーワードについては,多様な意見があると思います。
【押谷主査】
 本専門部会としては,キーワードで示すことを積極的に進めた方がよいという意見が多かったと思います。
【永田委員】
 例えば,学習指導要領では示さないが,解説の中で示すというのも考えられるでしょうか。
【押谷主査】
 基本的には,全ての副読本でそのようなことが書かれていますので,統一させるかどうかの問題です。
 また,検定教科書を作るとなると,教科書会社もそのように記載するかもしれません。ただ,それを国が示すかどうか,あるいは,本当にそれができるかどうかという課題はあると思います。
 だから,意見としては多かったが,あとは表現をどのようにするかということでよいでしょうか。
【永田委員】
 これまで道徳教育が広がりにくかったマイナス面は,家庭や地域の人にとって道徳の内容が分かりにくかったということだと思います。ただ,キーワードだけで全てを表しているのではなく,内容も一緒に読んで考えを深める手掛かりにすることが重要です。そのようなメリットを強調して,マイナス面としては,固定した価値を徳目として児童生徒に教え込むという意味合いではないということを重視するということを示さなくてはならないと感じています。
【押谷主査】
 例えば,9ページの下から7行目に,「表現の工夫を行うことなども有効と考えられる」と追記するとか,家庭などとの連携においても有効ではないかという意見についても記載するということでいかがしょうか。
【德満委員】
 かつて,キーワードが一人歩きして,友情に関して哲学的な研究授業になったこともあったのですが,飽くまでもキーワードは内容項目を簡単に紹介する言葉として扱い,内容項目に戻れば,キーワードは分かりやすいという利点はあると思います。
【押谷主査】
 次に,10ページでは,吉本委員から,10ページの真ん中の表現を3ページの下から5行目くらいに移動してはどうかという意見がありましたが,いかがでしょうか。
 この箇所は,「特別の教科 道徳」(仮称)に限ったことではなく,道徳教育全体に関する記載になっています。その中で「特別の教科 道徳」(仮称)に関する記載になっていると思います。
【島委員】
 それぞれの文章に,何のことを書いているのかを明示しないと,道徳教育のことなのか,「特別の教科 道徳」(仮称)のことなのかが,分かりにくいのではないかと思います。
【押谷主査】
 評価に関しても,基本的には「特別の教科 道徳」(仮称)の評価についてですが,それに限定するのではなく,いろいろな教育活動においても,これらを勘案しながら実施するというニュアンスだと思います。
 この文章をどこに記載するかというのは場所の問題ですので,内容としては生かすということです。
 10ページの後半で,「など」という表現があります。この「など」の中には,永田委員からの話にあったことも入ってくるのでしょう。でも,このままの表現でよいのでしょうか。
 次に,重点的な指導においては,やはり行動までしっかりと指導でき,評価できるようなものがあってもよいのではないかと思います。
 「関連する各教科等での指導や家庭との連携を視野に入れた」という表現に関して,それは当然のことであり,「連携を密にした」などの表現にすべきではないかと思います。ただ,家庭との連携を余り強調しすぎると,問題があるかとは思いますが,この部分は,「関連を密にした」という表現の方が適切であると思いますが,いかがでしょうか。
 11ページについて,中学校において全学年で内容項目を全て扱うのかどうかということは,まだ結論は出ていません。本専門部会における議論としては,このような意見もあったという表現でよいでしょうか。柴原主査代理,どうでしょう。
【柴原主査代理】
 内容の取扱いについては,やはりある程度押さえておく必要があるという議論だったかと思います。
【押谷主査】
 つまり,方向を結論づけるということではなく,慎重な意見もあったということにも触れるということでしょうか。
 11ページについて,島委員から指摘がありましたが,「計画の作成に当たっては」というのは,当然,「特別の教科 道徳」(仮称)の計画の作成に関することです。分かりにくいようであれば,この前に,「『特別の教科 道徳』(仮称)の計画の作成に当たっては」という表現を入れてはいかがでしょうか。
 次に,12ページについて,永田委員から意見が出ましたが,いかがでしょうか。
【永田委員】
 先ほどページを勘違いしまして,13ページの枠組みについてでした。内容項目の柔軟な生かし方も考慮すべきということを表現の中に入れることも考えられるのではという意見です。もちろん,前の部分で記載されているので,ここに入れる必要はないとの考えもあるとは思います。
【押谷主査】
 13ページについて,谷田委員から,検定教科書について触れてもよいのではないかという意見がありました。しかし,基本的には,教科書は,学習指導要領の趣旨に従って編集するものですので,これより前に書いてあることが,検定教科書の基準であるということになってきます。そういったことについて,教科書会社にしっかりと考えていただく。その基準として,「特別の教科 道徳」(仮称)がどういう時間なのかという目的や求めている方法,内容を反映するような教科書を作っていただくというスタンスでよいのではないかと思います。
 ただ,谷田委員からの話にあったように,「特別の教科 道徳」(仮称)の教科書の著作・編集や検定の実施を念頭に,学習指導要領の記述をこれまでよりも具体的に示すなどの配慮を示すということでしょうか。
【谷田委員】
 これまでよりも具体的にということの中に,やはり教材の具備すべき要件などを明記しておかないと,いろいろな捉え方が出てくると思います。
【押谷主査】
 ただ,具備すべき要件的なものは,これはやはり教科書検定基準と関わってくるでしょうから,学習指導要領に書くかどうかというのは,難しい面もあるかもしれません。
【柴原主査代理】
 少なくとも,学習指導要領解説でもよいのではないでしょうか。教科書は,一般的に学習指導要領解説も踏まえて作成されますので,具備する要件については考慮されるものと考えます。
 学習指導要領は法的な拘束力をもちますが,学習指導要領解説はそうではありません。しかし,教科書を作る上では,一つの基準として扱います。この段階では余り細かく記載しなくてよいのではないかと思います。
【谷田委員】
 これから学習指導要領の改訂が行われて,学習指導要領解説も作成されることになりますが,学習指導要領で,ある程度の方向性は示しておかないといけないと思います。答申においても,教材として具備すべき要件についてある程度入れておかないと,学習指導要領の中に入らない可能性があると思います。
【押谷主査】
 そのような点も含めて,やはり教科書検定基準とも関わってくるでしょうから,これも検討させていただくということでよいでしょうか。
 次に,14ページについて,永田委員から指摘がありましたが,「(6)一人一人の良さを伸ばし,成長を促すための評価に改善する」よりも,「評価を充実する」などの表現に修正してはどうかということについて,そのような方向で検討していくということでよいでしょうか。
 また,評価に当たっての基本的な考え方の部分を,前の部分に移動した方がよいのではないかという意見もありましたが,いかがでしょうか。
【木下委員】
 全部差し替えるということではなく,一つ目と二つ目のパラグラフのつながりがないように感じるので,全体の流れが分かるようにしてはどうかということです。現在のパラグラフはそのままで,「また」というところが唐突に感じますので,「評価に当たっては」という部分を中に入れ込むということです。評価に関する基本的な考えを少し述べる必要があると考えます。
【押谷主査】
 分かりました。その点については検討ということでしょうか。
 16ページについて,柳沼委員から,「行動の記録」についても,四角囲みの中に書いてはどうかという指摘がありました。これも検討ということにさせていただきます。
 谷田委員から,四角囲みの最後の丸について,「学習状況や」の前に,「その目標に照らして」という表現があると,より一層明確になるのではないかという提案がありましたが,これも検討とさせていただければと思います。
 17ページについて,映像の問題についても意見がありました。これについては,映像そのものを使うということについては,反対ではないということでよいでしょうか。ただ,配慮が必要であるということかと思います。また,「求められる」などの表現が多いので,もう少し強調するということもあると思いますので,検討させていただきたいと思います。
 特別支援学校について,永田委員の意見は,整合性が図れるように,簡潔な表現にしてはどうかということですので,検討させていただきたいと思います。
 最後に,自覚という言葉についてです。つまり,単なる理解ではなくて,自覚であるというのが道徳教育の非常に大きなキーワードです。しかも,それは基本的には自分を見つめ,自分との関わりで捉えてみるということであり,自覚という言葉はやはりどこかに欲しいという意見でした。この点についても最大限検討するということでよいでしょうか。
 ここまで議論いただいた内容を踏まえまして,答申(案)の内容については基本的には了解いただいたと捉えさせていただいてよいでしょうか。
 今後は,皆さんからの意見について検討し,事務局と相談して,修正をしたいと思います。その取りまとめにつきましては,私と柴原主査代理に一任いただくということで,よろしいでしょうか。
(承認)
 ありがとうございます。では,そのようにさせていただきたいと思います。
 本専門部会の終了に際しまして,小松局長から挨拶をお願いします。

○ 小松初等中等教育局長からの挨拶

【押谷主査】
 どうもありがとうございました。
 この答申は,これが終わりではなく,これをもとに,新しい「特別の教科 道徳」(仮称)の学習指導要領などを作っていくことになるので,しっかりと答申が反映したものになるよう,また,それを広めていく役割を我々はもっていますので,よろしくお願いしたいと思います。ありがとうございました。
 それでは,今後のことについて,事務局から説明をお願いいたします。

○ 事務局から,答申の取りまとめについて説明

【押谷主査】
 最後に,柴原主査代理からも一言お願いします。
【柴原主査代理】
 委員の皆さんそれぞれの道徳教育に対する熱い思いと,学校現場や国民の方々の道徳教育充実への期待を,これまで10回にわたる本専門部会での協議等を通して改めて感じさせていただきました。
 学習指導要領や学習指導要領解説に記述はされていても,十分には伝えきれていない側面もあるという課題も指摘されています。今日ここに,答申(案)としてある程度まとまりましたが,押谷主査からの話にもありましたように,これから先,学習指導要領や学習指導要領解説の内容をどのように構成し,どれだけしっかりと伝えられるかということが,問われているものと考えています。今後とも力を合わせて取り組んでいけたらと思っています。
 皆さん,本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。
【押谷主査】
 本当にありがとうございました。
 では,これをもちまして終了とさせていただきます。

 

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初等中等教育局教育課程課

-- 登録:平成26年11月 --