参考資料:全特長ビジョン(二次案素案)「共生社会の礎を築く ―特別支援学校からの提言―」

平成24年5月25日
全国特別支援学校長会

 ※この全特長ビジョン(二次案素案)は、平成23年9月に公表した全特長ビジョンー次案に若干の修正を加え、平成24年1月24日開催の全国特別支援学校長会第4回理事・評議員合同会議に提案したものです。

第1章 全特長ビジョンの基本的な考え方

1 全国特別支援学校長会

 全国特別支援学校長会(略称:全特長)は、視覚障害・聴覚障害・肢体不自由・知的障害・病弱等の幼児児童生徒(盲・聾学校専攻科等に在籍する20歳以上の生徒も含むが、以下、「子ども」と表記)を対象とした全国の特別支援学校(公立。私立を問わない)の校長を会員とする教育研究団体である。1963(昭和38)年10月に結成された「全国特殊学校長会」が前身であり、従来の盲・聾・養護学校が特別支援学校へと転換された「学校教育法等の一部を改正する法律」が2006(平成18)年6月に成立したのを機に、2007(平成19)年6月に『全国特別支援学校長会』と改称した。
 本会は、特別支援学校に関する教育の諸課題について研究協議し、特別支援教育の振興を図ることを目的として結集し教育研究活動を展開している。

2 特別支援学校長会の果たす役割

 「特殊教育」から「特別支援教育」へと転換されて数年も経ない今日であるが、障害者権利条約批准にかかる国内法の整備に関連して、現行の特別支援教育の在り方が改めて問われる課題が生じるなど、特別支援教育振興に係る課題は山積している。
 会員個々の学校経営の諸課題を解決していくことと同時に、特別支援教育の振興を図る目的を達成するために、特別支援教育に関する課題を共有し諸課題に対する積極的な取組を推進することが、全国特別支援学校長会の重要な役割である。

3 全特長ビジョン策定の基本的な考え

 これまで特別支援学校は、視覚障害・聴覚障害・肢体不自由・知的障害・病弱等の障害のある子ども一人一人の自立と社会参加を目指した教育を丁寧に積み上げてきた。その取組の成果は、個々の特別支援学校における障害特性に応じた教育の専門性の発揮に現れ、関係者からの高い期待が寄せられる状況になっている。現行の特別支援教育の在り方が問われる課題が生じている今日、特別支援学校の現状を分析し、改めて「特別支援教育とは何か」、「今、校長として何をなすべきか」等を問い直し、これからの特別支援教育の振興を図ることは重要だと考えるものである。
 特別支援教育の理念や特別支援学校が果たすべき役割等について議論を重ねて内容を確かなものにするとともに、明確なビジョンをもつて特別支援教育の振興を図る積極的な取組を進めていくために、全国特別支援学校長会としての課題と取組を共有する『全特長ビジョン』を策定することとした。

第2章 特別支援教育とは

1 特別支援教育にかかわる動向

(1)近年の国際的な動向

 1993(平成5)年の国連総会で「障害者の機会均等化に関する標準規則」が採択されたのに続き、翌1994(平成6)年の特別なニーズ教育に関する世界会議にて、障害のある子どもを含めた万人のための学校を提唱した「サラマンカ宣言」が採択された。続いて、2002(平成14)年に滋賀県で行われたハイレベル政府間会合においてインクルーシブでバリアフリーかつ権利に基づく社会に向けた行動課題「びわこミレニアムフレーム」が採択された。さらに国連総会においては、2001(平成13)年に「障害者の人権及び尊厳を保護・推進するための包括的・総合的な国際条約」決議案が採択されたのに続き、2006(平成18)年に「障害者権利条約」が採択された。

(2)近年の国内の動向

 国内では、 1979(昭和54)年に養護学校義務制が実施されて、すべての障害のある子どもの教育権が保障された。 1993(平成5)年にアジア太平洋障害者の10年が始まることを契機に、障害者の自立と社会参加の一層の推進を図ることを基本理念とした「障害者基本法」が公布された。そこでは、同年度の「障害者対策に関する新長期計画」の「リハビリテーション及びノーマライゼーションの理念」に基づき、障害者の社会への参加、参画に向けた施策の一層の推進を図ることを目的に、障害のある子ども一人一人のニーズに応じてきめ細かな支援を行うために、乳幼児期から学校卒業後まで一貫して計画的に教育や療育を行うとともに、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症等について教育的支援を行うなど、教育・療育に特別なニーズのある子どもについて適切に対応することが基本方針とされた。
 2003(平成15)年の「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」により、障害のある子どもの教育について、障害の程度等に応じ特別な場で指導を行う「特殊教育」から障害のある子ども一人一人の教育的ニーズに応じて適切な指導や支援を行う「特別支援教育」への転換が具体的に示された。そして、2002(平成14)年に、2003(平成15)年を初年度とする10年を見通した「障害者基本計画」が閣議決定され、2004(平成16)年に、障害者に対して障害を理由として差別その他の権利利益を侵害してはならない旨が規定された。また、障害のある子どもと障害のない子どもとの交流及び共同学習の積極的推進による相互理解の促進についても規定が設けられた。2005(平成17)年には、発達障害者に関して、学校教育における支援や就労の支援等を定めた「発達障害者支援法」が施行された。
 2006(平成18)年6月に「学校教育法等の一部を改正する法律」が成立し、2007(平成19)年4月に改正法が施行された。従来の「特殊教育」は「特別支援教育」に改められ、盲・聾・養護学校が特別支援学校に一本化され、発達障害を含めた特別な支援を必要とする子どもが在籍するすべての学校で特別支援教育が実施されるなど、障害のある子どもの教育制度が大きく転換された。
 2009(平成21)年12月の閣議決定により、障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備をはじめとする我が国の障害者制度の集中的な改革を行うため、「障がい者制度改革推進本部」が内閣に設置された。また、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障がい者制度改革推進会議が設置されている。2010(平成22)年7月、障害者の権利に関する条約の理念を踏まえた特別支援教育の在り方について専門的な調査審議を行うため、中央教育審議会初等中等教育分科会に「特別支援教育の在り方に関する特別委員会」が設置された。さらに2011(平成23)年7月、中央教育審議会は「特別支援教育の在り方に関する特別委員会」に「合理的配慮等環境整備検討ワーキンググループ(WG)」をおき、小・中学校等で障害のある子どもに教育を行う際に求められる合理的配慮等についての集中的な議論を進めている。

2 特別支援教育とは

 特別支援教育は、特別支援学校や特別支援学級に在籍する子どもだけでなく、通常の小・中学校に在籍するLD・ADHD・高機能自閉症等の子どもも対象とするものである。障害のある子どもの自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援する視点から、子ども一人一人の教育的ニーズを把握し、その障害特性に応じた生活や学習上の困難を改善又は克服するために、適切な教育や指導を通じて必要な支援を行うものである。
 2006(平成18)年の学校教育法改正により、盲学校、聾学校、養護学校は、複数の障害種別に対応した教育を行うため特別支援学校に一本化され、総合校種の特別支援学校の設置が可能となった。2007(平成19)年4月に文部科学省から通知された「特別支援教育の推進について」では、特別支援教育が法的に位置づけられた改正学校教育法が施行されるに当たって、特別支援教育の基本的な考え方や留意事項等が具体的に示された。通知の中では、「1 特別支援教育の理念」の次に、「2 校長の責務」が明記されており、特別支援教育実施の責任者としての校長の役割の重要性が強調されている。特別支援学校は、小・中学校等に在籍する教育上特別の支援を必要とする子どもに関して必要な助言や援助を行う(センター的機能)ことが期待されているとともに、交流及び共同学習を推進し、地域に根ざした「共に育ち、共に学ぶ」学校としての役割が求められ、各地でその取組が進んできている。
 交流及び共同学習の取組は、在籍する学校で学びながら、同年代の子ども同士の関係を広げたり、必要な専門性の高い教育の場を活用したりするなどの多様な機会を提供することができるものである。交流及び共同学習の取組を一層進めていくことは、障害の有無にかかわらず誰もが相互に人格と個性を尊重しあえる生き方や人間観を形成していくことになる。特別支援教育は、障害のある子どもへの教育だけではなく、障害の有無やその他の個々の違いを認識しつつ様々な人々が生き生きと活躍できる共生社会の実現にもつながり、それはインクルーシブ教育の目指す方向と基本的に同じである。

第3章 特別支援学校の課題と責務

1 特別支援学校が直面する具体的な課題

 特別支援教育の一層の充実を図る上で、現実には様々な課題に直面している。今後の取組を進めていく上での課題として、以下のような点があげられる。

○1 障害種別の専門性向上

 視覚障害・聴覚障害・肢体不自由・知的障害・病弱等の障害特性や教育的ニーズに応じた指導の充実を図るための実態把握、指導計画、指導実践に関する専門性の向上

○2 今日的指導課題への対応

 障害の重度・重複化、多様化並びに発達障害等に対応した、実態把握、指導計画、指導実践に関する専門性の向上

○3 関係機関及び専門家等との連携効果を高めるための校内体制構築

 保健・福祉・医療・労働等との連携、また、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、視能訓練士や心理の専門家、介護福祉士等の専門的な人材活用を可能とする校内体制構築

○4 地域社会の支援・連携体制を尊重したキャリア教育の推進

 地域や産業界と連携し、職業教育や進学等の進路指導の充実及び生活支援体制の整備を図るなど自立と社会参加に向け、地域社会の中で創り上げられた支援・連携に基づく関係諸機関との連携強化及び支援会議の推進など特別支援学校のセンター的機能の一層の充実

○5 研究の振興と教育実践への活用

 国立特別支援教育総合研究所等と連携した障害の重度・重複化及び多様化並びに発達障害等に対応した教育内容・方法、施設設備等に関する調査研究等の推進及び教育実践への活用

○6 人材育成に関する研修等への積極的な協力

 介護等体験や教育実習及び教員免許更新時講習時の特別支援教育に関する講習並びに各教育委員会主催の専門研修への積極的な協力

○7 地域に根ざした学校となるための連携と地域の人材活用

 地域に根ざした学校であるために、特別支援教育に関する積極的な情報発信による啓発活動の推進と地域の人材活用

○8 一貫した指導・支援を実現するための支援体制の整備と積極的な参画

 障害のある子どもの生涯にわたる一貫した支援のための個別の教育支援計画の作成、教育支援や就学相談を実施する体制の整備、特別支援連携協議会等の支援体制の整備と積極的な参画

○9 小・中学校等への支援の充実を図るためのセンター的機能の整備

 地域の特別支援教育のセンター的機能を果たすための特別支援学校の機能の充実、及びその専門性を生かした小・中学校等への支援体制の整備

○10 交流及び共同学習等の障害のある子どもへの理解推進施策への積極的な支援

 一部の地域で積極的に進められている副籍・支援籍の実践と成果を踏まえた、障害のある子どもたちへの理解を推進するための各種施策への支援

○11 複数の障害教育部門を併置する特別支援学校における学校運営上の困難や課題の解決

 各障害教育部門の教育課程の適正な実施、障害種個々の専門性の確保と維持・向上、管理スパンの拡大や経営課題の解決

○12 特別支援学校の教育環境の改善

 特別支援学校の児童生徒数の増加に伴う過密化の解消、安全で教育効果があがる指導を行えるための施設設備面の拡充と充実

2 特別支援学校が担う責務

 特別支援学校においては、障害のある子ども一人一人の教育的ニーズに応じた適切な指導と必要な支援を充実し、可能性を最大限に伸ばすことが重要な責務である。一人一人の自立と社会参加を目指して早い段階からのキャリア教育を推進すること、また、交流及び共同学習の一層の推進を図り、障害のある子どもの社会性や豊かな人間性をはぐくむと同時に、障害のない子どもが、障害のある子どもとその教育に対する正しい理解と認識を深めるための機会を積極的に設けることが重要である。特別支援教育の推進ため、特別支援学校がこれまで蓄積してきた専門的な知識や技能を生かし、地域の特別支援教育のセンターとしての役割を果たすことが重要な責務である。そのため、それぞれの特別支援学校において、教員の専門性向上や校内体制を充実させていかなければならない。それぞれの学校が当面している課題や特別支援教育振興の課題を共有し、課題解決に努めるとともに、全国特別支援学校長会として、障害者の権利に関する条約に基づく教育システムの具現化を目指し、社会全体が共生社会の形成に向けて理解を深めていく特別支援教育の一層の充実に努めるものである。

第4章 全特長の考える将来ビジョン

1 共生社会の実現

 特別支援学校は子どもたちの人権を尊重し、個々の発達の可能性を求めて教育を行ってきた。その成果は、世界的にも質の高い教育に現れている。
 平成23年8月5日施行された障害者基本法の一部を改正する法律では、第一章に「全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」が、目的として掲げられた。
 この「共生する社会」、すなわち共生社会の実現に向けて、特別支援教育の果たす役割は大きい。乳幼児期から学校卒業後まで一貫した支援体制が整備され、すべての学校で共生社会の実現を目指す教育を行う必要がある。また、共に学ぶ教育の実現には教育条件の改善が必要である。
 全国特別支援学校長会は、障害者権利条約の理念である共生社会の実現を目指して教育の在り方について提言し行動していく。関係者の理解・啓発とともに、障害者が地域で暮らすことを前提として、一人一人の社会自立の実現を目指し、ここに10年後の特別支援学校とそれを取り巻く社会の姿を、将来ビジョンとして掲げ、その実現に向けた学校づくりを推進する。

2 10年後の特別支援学校を取り巻く社会の姿

(1)社会との連携の姿

○1 小学校、中学校、高等学校等との学校間パートナーシップの確立

 特別支援教育におけるスクールクラスターの考え方が整理され、地域内のすべての学校固有の機能を発揮し、相互に協力・補完が図られ、地域におけるすべての子ども一人一人の教育的ニーズに応えられている。

○2 地域社会との連携

 地域社会のボランティア団体等、地域コミュニティや各種団体と連携し、地域に支えられる教育が実現している。

○3 教育行政との連携

 特別支援教育の推進が教育改革の柱として位置づけられ、保健・福祉・医療・労働等の関係行政機関等と広域的なネットワークが形成され、教育を支える仕組みができている。

○4 大学・研究機関との連携

 大学・研究機関等との連携を積極的に展開し、専門職の指導・助言を生かして、合理的な指導方法を開発し教育に反映されている。また、特別支援教育で得られた成果は、特別なニーズのある子どものライフ・クオリティを向上させている。

(2)自立と社会参加を確かにする仕組みの姿

○1 キャリア教育

 障害の軽重にかかわらず、生涯を見通したキャリア形成を図るために、個別に教育計画が用意されているとともに、障害の程度や重複の状態に左右されず、ニーズに応じた情報活用や将来設計の機会等が適時用意されている。また、ワークキャリアを含めたライフキャリアの形成のために、必要な情報とネットワークが活用できる学校環境がつくられている。

○2 交流及び共同学習

 個々のニーズを踏まえて、近隣学校との交流及び共同学習を行う。また、提携高等学校と単位互換協定等を締結し、日常の中で、障害のある子どもと障害のない子どもの学び合いが根付いている。また、小・中学校に地域教育籍、特別支援学校に専門教育籍が置かれ、個別の教育支援計画に基づき、それぞれの籍がある学校での教育の比重を適切に定めるなど、小・中学校と特別支援学校双方の教育資源を有効に活用し、最大限の教育成果を上げている。
 また、病気の子どもの就学については、入院の有無にかかわらず、地域の小学校、中学校等との円滑な連携により、自宅等への訪問教育を含めた特別支援教育が実施されている。

○3 本人の希望と特性を生かす教育システム

 後期中等教育の充実のため、特別支援学校高等部においては、理系コース、文系コースの設置、また、社会参加を想定した学科が複数設置されるなど、本人の希望と特性を生かす教育システムが確立している。高等学校で障害のある子どもを高校籍として受け入れるシステム等が工夫され、特別支援学校や地域の人的資源を活用しながら教育できる体制が進んでいる。

○4 教育環境の充実

 子どもの実態に応じたゆとりある教育環境が整備されている。特別支援学校の過密化が解消し、教室・作業学習室・特別教室等のハード面の充実が図られ、社会自立のための一助として有効に機能している。

(3)センター的機能発揮の姿

○1 地域の教育支援センター

 支援を必要とする子どもとその保護者のために、いつでも、だれでも、どのような障害についてでも、相談・資料提供・関係機関への紹介ができる地域に根付いたサポートステーションの機能を発揮できている。

○2 専門職の配置と活用

 職業教育の充実を図るための就労コーディネーター等を配置し、卒業後の進路先確保が容易になっている。生活支援体制の整備も行政と連携し充実している。臨床心理士、作業療法士、言語聴覚士等が配置され、専門家の視点の導入と活用により指導方法の改善が図られている。
 また、小・中・高等学校の教育相談コーディネーターと連携し個別の相談に効果的に対応できている。

○3 学校中継ステーション

 地域の幼稚園・小・中・高等学校だけでなく、大学、各種学校、専門学校、サポート校等、あらゆる教育関係機関とパートナーシップを図り、特別支援教育の中核として、それぞれの学校等が担う特別支援教育をフォローできている。

○4 共生社会の推進拠点

 自立と社会参加に向け、障害児・者が地域で豊かに暮らし、学ぶための支援を行う情報を収集・提供・活用できる拠点としての機能を有している。

○5 国際的なネットワーク

 アジアそして全世界の特別支援学校等の教育機関と連携を図り、国際的な視野に立ち、特別支援教育に関する最新の支援情報や研究成果を発信し合う場として機能している。

 

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初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)