資料4-2:すべての視覚障害児の学びを支える視覚障害教育の在り方に関する提言

すべての視覚障害児の学びを支える
視覚障害教育の在り方に関する提言

―視覚障害固有の教育ニーズと低発生障害に応じた
新しい教育システムの創造に向けて―

平成22年11月15日

関係各位

視覚障害教育研究者一同
代表 池谷尚剛(日本特殊教育学会常任理事)

【はじめに】

 平成22年9月19日,長崎市で開催された日本特殊教育学会第48回大会において,私達,視覚障害教育研究者は,視覚障害教育の当面する問題を話し合う集まりを持ちました。この席上において,障がい者制度改革推進会議における教育の議論が中心的な話題となりました。
 すべての障害者の人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し,保護し,及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進するという障害者権利条約の冒頭にある目的と理念には,私達はもちろん賛成です。また,「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」において「障害の有無にかかわらず,すべての子どもは地域の小・中学校に就学し,かつ通常の学級に在籍することを原則」とする基本的方向が示されたことについては,通常の学校が,障害のある子どもをその一員として認めるという理念を共有するという点においては大切な原則と考えます。しかし,私達は,小・中学校の通常の学級において,視覚障害児の特別な教育的ニーズに必要な合理的配慮と支援,視覚障害児の最大限の発達を保障する教育がどのように実現されるのか,大変心配しています。視覚障害児,特に盲児は,特別な教育的ニーズを持つ子どもたちの中でも圧倒的に少数者であるため,その障害に対応した支援の専門性を地域の学校で継続することは非常に困難です。スウェーデン,イギリスなど,視覚障害児が地域の学校で学ぶことを基本にしている国においても,視覚障害児を担任する教員のほとんどが,視覚障害児を担当するのは初めてという実態があります。このような実態を真摯に見つめた上で,視覚に障害がある子どもたちの学習や成長をより良く育むことができる支援体制を小・中学校の通常の学級でどのように実現するのか,その方策が具体的に示される必要があります。また,子どものニーズにより,視覚障害に手厚く対応できる特別支援学校(盲学校)での教育を望む場合もあります。しかし,「最も適切な言語やコミュニケーションの環境を必要とする場合には,特別支援学校に就学し,又は特別支援学級に在籍できる制度」の対象者として「ろう者,難聴者又は盲ろう者」が挙げられている一方で,盲者が含まれていないことに大きな疑問を抱かざるをえません。
 障害者権利条約第三条(h)にあるように,障害のある児童の発達しつつある能力を尊重することが,条約の原則として挙げられています。すなわち,児童は能力を獲得・開発するという「発達の過程」にあることから,障害児の「人格,才能及び創造力並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させる(権利条約第二十四条 教育)」こととされています。
 この目的を達成するために,視覚障害児には,その障害に起因する特別なニーズに的確に対応できる多様で柔軟な教育のしくみが必要です。視覚障害児が,多様なシステムのどの場を選んでも,そのニーズに応える支援が保障されることが必要です。そのようなシステムにおいては,視覚特別支援学校(盲学校)を専門性の拠点(センター)として位置づけることが必要です。

【視覚障害児の学習を保障するための必要条件】

視覚障害児は視覚に依存しない学び方を学ぶ機会を必要とします。

 視覚障害児の教科教育は小・中学校及び高等学校と同じ目標で行われ,教科書も基本的に同じ内容のものが用いられています。
 しかし,一般の子どもの学習においては視覚がもっとも主要な手段になっているのに対し,重度の視覚障害児は視覚に依存した学習はほとんどできません。したがって,指導に当たっては,視覚に依存しない指導が不可欠であるとともに,その学習活動を通じて,視覚障害児自身が,視覚に依存しない学習の方法を身につけることが必要です。

(1)視覚障害児は,音声を中心にした授業を理解する力を養う必要があります。

 視覚障害児は,授業場面で,黒板や映像教材による視覚的な伝達手段を使うことができません。視覚障害児は音声を中心にして,授業内容を理解します。しかし,音声は,刻一刻消えていくため,それを正確に聞き取るためには,集中力の持続と,論理的な聞き取りによって頭の中に全体像を構築する技術を身に付ける必要があります。
 そのためには,話者(教師)には,全体の構造がわかりやすい論理的な話し方や図的な表現を言葉で説明する技術が必要です。黒板を指し示しながら,「これ」「ここ」といった指示語を多用する授業は,黒板を見ることができない視覚障害児には大きな不利が生じます。
 また,刻一刻消えていく音声をもらさず聞きながら,話の全体像を頭の中で組み立てるためには,静かな環境で,集中力と論理性を養う必要があります。多くの小・中学校の授業場面は騒音が多く,視覚障害児が音声のみに頼って情報を収集するためには苛酷な現実があることに目を向ける必要があります。

(2)視覚障害児は,経験,イメージ,イメージの言語化というプロセスで,学ぶ力を付ける必要があります。このプロセスには,集中力,短期的な記憶力,時間が必要です。

 視覚障害児の経験(体験)の主たる手段は,触覚の活用です。しかし,触覚による体験は,視覚による体験にくらべてその機会が著しく制限されます。動物の観察について言えば,視覚に障害のない子どもは,身のまわりの動物を繰り返し見ているだけでなく,動物園で珍しい動物や猛獣の姿を見ることができます。また,絵や写真,テレビなどの間接的な情報も身のまわりにあふれています。それに対して,触覚で動物を知るためには,実際に触わる必要があり,触わることが出来る動物は限られます。小・中学校の多くの子どもが知っている動物でも,視覚障害児はその名前を知っていても姿は知らないことがしばしばあります。
 このような視覚障害に起因する体験の不足を補うことが,視覚障害児の教育では大切なこととされています。しかし,触わることが出来るものは限られ,触わるには時間がかかるので,何もかも触わって体験するわけにはいきません。そこで,できるだけありふれたものの中から本質的なものを選んで,じっくり触察することが重要で,それを私達は,核になる体験と呼んでいます。
 触察という行為は,両手を使って全体をまんべんなく,細部まで丁寧に触わるという触運動を基本にした探索と,指先から断片的に入ってくる情報をつなぎ合わせて頭の中に全体像を構築するという作業を連続して行うことで成り立ちます。これが,イメージを持つと言うことです。この作業は時間がかかり,集中力が必要です。したがって,一目瞭然という言葉に代表される視覚による情報収集とは必要な時間が全く違います。触わる教材を用意するだけでなく,触覚によるイメージ形成のプロセスを理解して,十分な時間をかけた触察指導がなされなければ効果を挙げることは困難です。さらに,触覚による観察とイメージ形成においては,対話が必要です。自分の得たイメージを言語化し,対話によって深めることでイメージの定着を図り,さらに観察を深めることは視覚障害児の観察指導には不可欠なプロセスです。
 触覚によるイメージ形成,言語化によるイメージの定着は,基本的・本質的なもののイメージの確立,次にその応用として類似のものに広げていくという順序を踏みます。基準になるイメージが確立できれば,その応用は比較的短時間で可能という特色もあります。一方で,一つのものをじっくり触わる時間をかけずに,次々に多くのものを提示すると,イメージが形成されないうちに次のものに触れることになり,混乱してしまいます。このように,触覚による情報収集は,視覚による情報収集と大きな差があります。
 したがって,視覚障害児が初めての体験をするときには,作業量を制限して十分に時間をかけ,核になるイメージを作るプロセスを保障することが必要であり,視覚に障害のない子どもとは,学習における時間配分に大きな違いがあります。

(3)視覚障害児には,作業の前に,空間的な全体像(人や物の配置),時間的な全体像(見通し)を把握する時間が必要です。

 視覚障害は空間認知の障害とも言われます。一瞬にして周りの様子がわかるということはないので常に全体を把握するための配慮が必要です。すなわち,理科の実験などでは,グループで実験をするより一人一人が自分の手で実験をすることが全体像の理解には有効です。当然,実験装置,観察対象は,できるだけ一人に一つ用意することが基本です。
 また,作業を始める前には,作業で使う物を手にとって確認し,置き場を決めることが必要です。また,作業手順を確認し,時間の流れを確認しながら作業を進めることで,見通しを持った主体的な行動が可能になります。
 このような全体像の把握ができなければ,視覚障害児は主体的な行動が出来ません。しかし,いつも全体像がわからない状態に置かれていると,そのことに本人も慣れ,受け身の行動しか出来ないことに,本人も周りの人も問題を感じないようになってしまいます。これは,視覚障害児から,見通しをもって主体的に行動する人間になるチャンスを奪ってしまうことと言っても過言ではありません。

(4)読み書きの指導は,全教科で,指導内容に即して行わなければなりません。

 盲児に対する点字の指導,弱視児に対する視覚補助具の活用と読み書きの指導は,全教科で,教科の内容に合わせて行われます。例えば,小学校1年生の点字の指導は,国語だけでなく,算数では数字や数式の理解とともに,音楽では,歌う,楽器を演奏する等の音楽活動を通して音符,休符などの点字楽譜の基礎が指導されます。学習指導要領に示された内容を,点字の表記としても指導することは当然です。このような点字の指導は高等学校まで系統的に進められる必要があります。そのためには,各教科の担当教員が各教科の内容とともに,その内容の表記に関わる点字指導を行うことが必要です。
 読み書き能力は,当然のことながら学校教育だけに関わるものではなく,一生涯にわたる文字の処理能力,一生涯にわたる読書を保障するものです。したがって,読み書きの速さも含めて必要な文書処理能力を身につけることは,文化的な生活を送る土台を形成することでもあります。また,例えば点字の触読能力の育成には年齢が大きく左右するので,もっともふさわしい年齢に必要な指導を受けることが重要です。

 以上,例を挙げて示したように,「公平」な教育機会,教育の権利を保証するためには障害による困難さと能力の違いに目を向けて,それに応じた教材教具や指導内容・方法や環境を準備することが必要です。すべての児童は,「その能力に応じて,等しく教育を受ける権利(憲法第26条1項)」を有しており,障害のある子どもの教育においては障害による困難や能力の特性に応じた教材教具や指導内容・方法,環境が,いかなる場合においても第一義的に担保されなくてはなりません。ここに挙げたような,視覚障害児の学ぶ力を育てるための指導は,視覚障害児が在籍する全ての学校において必要なことです。このことをどのように実現するのか具体的な議論がないままに,学校教育の場の共有だけが第一義的に進むことは,視覚に依存せずに学ぶ力を育てる機会を視覚障害児から奪うことになってしまいます。

【視覚障害児の心を育てる,同じ障害のある友達】

 視覚障害児の発達には,同じ障害のある友達がいる一定規模の集団の確保が必要です。 視覚障害児は,障害のある子どもたちの中でも少数であり,同じ障害のある子どもと偶然に出会う機会はほとんどありません。しかし,視覚障害児・者との出会いは,以下に述べるように,子どもの成長過程には不可欠な要素です。

(1)視覚障害児どうしの共感を通して感覚を磨く場が必要です。

 視覚障害児にとって,音への鋭い感覚は歩行のためにも欠かせないものですが,これは同じ障害のある友達との音遊びや,音に対する共感を通して育つものです。視覚特別支援学校(盲学校)の幼児たちは,水道の蛇口を調節して水の落ちる音や跳ね返る音を「天ぷらを揚げる音」として楽しんだりします。このような音の楽しみは,視覚障害児どうしではすぐに共感されるものの,視覚に障害のない子どもの共感は得にくいものです。周りの人の共感が得られなければ,視覚障害児自身がそのような音遊びをやめてしまい,さらには,音を敏感に感じる能力を自ら封じてしまいます。
 また,視覚障害児は音に敏感で大きな音に驚きやすいため静かな環境を必要とします。しかし,小・中学校の教室は,多くの子どもたちで喧噪に満ちており,その中で視覚障害児が耳を塞いで耐えているうちに,音に対する感受性をも失っていくことが,スウェーデンの巡回教師(アドバイザー)等から報告されています。
 耳を澄ませて音を聞き分けることが,奇異なことや不思議な能力として扱われるのでなく,視覚障害者として必要な当然の能力として認められ,楽しみながらその能力を伸ばすことができる環境はきわめて重要です。そのためには,視覚に障害のある友達どうしで遊ぶ経験が不可欠であると言えます。

(2)視覚障害児には同じ障害のある友達と心を許して話し合える環境が不可欠です。

 盲学校の卒業生の多くが語っているように,視覚障害のことや,視覚障害者としての将来について心を許して話し合えるのは,同じ障害をもつ友達です。
 インクルーシブ教育の利点として,障害のない子どもが障害のある子どもに親切な態度を示すことが挙げられます。障害のない子どもにとっては,障害のある子どもを含めて多様な子どものいる集団で育つことは基本的に意義あることだと言えるでしょう。しかし,障害のある子どもにとって,それはいつも居心地のよい環境とはかぎらないという事実にも目を向ける必要があります。障害のない子の親切な行為が,同年齢の友達に対する態度ではなく,年少の者に向ける態度として行われていることがあります。そのことを苦痛に思う視覚障害児もいることや,友達の態度から,視覚障害という自分の重い現実に気づいた子どもが,自分一人だけが視覚障害者であることをどのように受けとめているかについても,慎重な検討がなされるべきだと考えます。
 このようなときに,同じ障害を有する友達と,その苦痛や悩みを分かちあうことが必要です。子どもによっては,視覚に障害のある友達がいる視覚特別支援学校(盲学校)の環境が適している場合もあり,また,通常の学校に在籍する視覚障害児にも,学校外で視覚障害児どうしが友達になることができる機会を制度として保障する必要があります。

(3)視覚障害児には,働く視覚障害者のモデルが必要です。

 視覚障害者が少数であるがゆえに,大人の視覚障害者との出会いの機会も多くはありません。視覚特別支援学校における視覚障害のある教員の働く姿は,視覚障害児や保護者にとってロールモデルになっています。同じ障害をもつ大人が活躍する様子に触れることは障害の受容や自己肯定感を育てる上で大きな役割を果たします。視覚特別支援学校は,そこで働く視覚障害のある教員のみならず,社会で自立して働く多くの先輩に,子どもたちや保護者が出会う場としての役割も果たしています。
 小・中学校で学ぶ視覚障害児にとっても,視覚特別支援学校との連携のもとで,働く視覚障害者と出会う機会を積極的に用意する必要があります。

【視覚障害教育のシステムについて】

(1)アセスメントに基づく早期支援体制

 視覚障害児の発達を保障するためには,視覚障害の状態と発達の状態の両面について,専門家によるアセスメントが必要であり,アセスメントに基づく早期支援体制が必要です。視覚機能の発達においても学習や運動能力の発達においても,著しい発達は乳幼児期に見られることから,この時期に専門家による支援がなされることが極めて重要です。各行政単位(都道府県)において,地域の実態に応じたきめ細かな支援システムを作る必要があります。

(2)学校の選択

 特別支援学校,特別支援学級,通常学級などの教育の場の選択に当たっては,専門家による,視覚障害の状態と発達の状態の両面のアセスメントが的確に行われるシステムが不可欠であり,保護者にもこのことが理解される必要があります。
 教育の場の選択に当たっては,保護者の同意が当然必要であると考えます。しかし,その前提として,アセスメント結果や,選択可能な教育システムのそれぞれで受けることができる支援内容について,専門性に基づく判断材料が保護者に提示されることが不可欠です。

(3)「副籍」

 幼稚園や,小,中,高等学校に在籍する視覚障害児が視覚特別支援学校から十分な支援を受けることができるようにするために,また,特別支援学校や特別支援学級の視覚障害児が通常学級との交流及び共同学習をさらに進めるためにも,すべての視覚障害児に,地域の通常学校の学籍と視覚特別支援学校の学籍を持たせる「副籍」制度が必要です。

(4)多様な教育システム

 現在,全国の視覚特別支援学校(盲学校)69校2分校の幼児・児童生徒数の合計は約3,500人であり,ピーク時であった昭和34年の児童生徒10,264人のほぼ3分の1に減少しています。地域差も大きく,人口の少ない県では,学年集団が形成できない場合が多くなっています。このような状況を改善するために,戦後一貫して続いてきた盲学校の体制に,思い切った改革が必要です。
 また,弱視児の大半は現在でも通常の学校に在籍していますが,適切なアセスメントを受けたことがない,あるいはそのニーズに対応した支援を受けていない弱視児が非常に多く存在しています。適切なアセスメントと,補助具の選定,視覚機能の訓練は,視覚がもっとも発達する乳幼児期から始めることが必要で,この時期を逃すと,発達の遅れを生じてしまい,取り戻すことができなくなります。
 また,盲児や重度の弱視児が小・中学校の通常学級で学ぶ場合には,視覚障害教育の専門性を有する教員による手厚い支援制度が必要です。イギリスでは,特別支援の段階を,「スクール・アクション」,「スクール・アクション・プラス」,「ステイトメント」の3段階に分けていますが,視覚障害児は他の障害に比べて「ステイトメント」が多いのが特徴です。ステイトメントのレベルでは,必ず専門家の支援が必要とされ,そのための予算措置もとられています。
 このような課題に対応するために,視覚特別支援学校(盲学校),弱視特別支援学級,弱視通級指導教室などの制度改革と,通常の学校における視覚障害児の支援制度の充実を図ることが必要です。

○1 寄宿制視覚特別支援学校(盲学校)

 障害のある子どもには,同じ障害のある友達や,同じ障害のある教員の存在がきわめて重要でありますが,視覚障害児は低発生の障害であることから,同じ障害のある子どもの集団を確保する観点から,寄宿舎生活にも積極的な意味があると言えます。また,通常の学校ではなかなかリーダーシップを発揮する機会のない視覚障害児にとっては,視覚特別支援学校における生徒会活動などの経験も必要です。このようなことから,小学部にももちろんのこと,特に中学部・高等部では,寄宿制視覚特別支援学校には積極的な意義があります。ただし,異なる障害を対象とする寄宿制特別支援学校の統合や併置には賛成できません。盲ろう分離の歴史を学べば分かることですが,同じ場での教育に問題があったからこそ,分離せざるをえなかったわけです。
 同じ障害のある生徒が切磋琢磨して成長できる集団を保障するための一つの方策として,視覚特別支援学校(盲学校)の生徒と通常の小学校,中学校,高等学校に在籍する視覚障害生徒が,都道府県の枠を越えて学習する機会も試みられています。平成21年度より科学技術振興機構の委託事業として進められている「視覚障害生徒のための科学へジャンプ」では,小学校高学年から高等学校までの学年の児童生徒が,視覚特別支援学校に在籍する者も小,中,高等学校に在籍する者も一緒に学ぶ機会を提供し成果を上げています。
 併せて,通常学校との交流や共同学習をさらに計画的,組織的に行うための形態,例えば視覚特別支援学校高等部の生徒を近隣の高等学校に通わせて,特定の教科(例えば,大学で専攻したい教科)の授業を継続的に受けて,高校での単位取得を可能にする制度を検討することも必要です。その場合,特別支援学校と通常の学校との両方に学籍を置く副籍の制度が有効に活用されると思われます。

○2 視覚特別支援学校の分教室(サテライト)としての,準ずる教育が可能な視覚障害児を対象にした小学校,中学校および高等学校や中等教育学校内に設置する「視覚特別支援学級」

 現行の弱視特別支援学級,弱視通級指導教室を,視覚特別支援学校のサテライトとし,視覚支援学級として盲児の在籍を認める方式です。この方式の長所は,視覚障害児が自宅から通えること,同年齢の子ども集団の中で学習できること,視覚障害の専門家による支援が受けられることなどです。なお,サテライト方式の実現には,「副籍」が望ましいと考えられます。また,都道府県立の特別支援学校の教員を市区村立小学校に派遣することになるので,人事面での手続きも必要になります。
 なお,イギリスでは,「地域の学校」とは徒歩で通える学校とは限らず,リソースベースのある学校に,チャーターしたタクシーで通う例も「地域の学校」への就学とされています。

○3 知的な障害がある重複障害児のための,「複数の障害に対応する特別支援学校」内に視覚特別支援学校(盲学校)のサテライトとして設置する「視覚障害部門」

 知的障害,肢体不自由のある子どもを対象にする特別支援学校に,視覚障害のある重複障害児が在籍する場合,視覚特別支援学校(盲学校)のサテライトとしての視覚障害部門を設置することが必要です。このことにより,視覚障害児が全体を把握できる小規模で静かな環境で,視覚障害教育の専門家によって,触覚や聴覚の発達,弱視児の視覚機能の発達を支援し,視覚障害児の発達を促すことができます。

○4 地域の学校への支援の充実

 全国の視覚特別支援学校では,特別支援教育の発足以後,小・中学校に在籍する視覚障害児童生徒の巡回訪問指導等が増加しており,支援対象児数は,視覚特別支援学校の在籍児数を上回るほどになっています。弱視児のほとんどが通常学校に在籍していること,その中には非常に低視力の視覚障害児もいることを考えると,小・中学校に在籍する支援の必要な視覚障害児は,視覚特別支援学校や視覚特別支援学級の在籍児の10倍程度は存在することが予測されています。
 一方で,小・中学校に在籍している重度の視覚障害児の場合には,週に1回程度の訪問支援では効果が上がりにくいと言う現実があります。しかし,現状では,支援に携わっている視覚特別支援学校は,在籍する視覚障害児の教育を行いつつ人手と時間をやりくりして通常学校への支援を行っているため,これ以上の支援は困難な状況になっています。
 今後,通常学校の視覚障害児への支援はさらに充実する必要があり,そのためには,視覚特別支援学校で通級指導を受けている視覚障害児や巡回指導を受けている視覚障害児を視覚特別支援学校との副籍での在籍児としてカウントし,その人数を視覚特別支援学校教員定数に反映させて,必要な人員を確保することが必要です。このことにより,小・中学校の通常学級に在籍している視覚障害児に対して,専門性が確保された支援を提供することができます。

【視覚障害教育の専門性の拠点】

 視覚障害に起因する特別なニーズへの配慮には,視覚特別支援学校(盲学校)の実践によって培われてきた指導の専門性を活用することが重要であると考えます。
 指導の専門性は,視覚障害児が視覚特別支援学校を選んでも,地域の学校を選んでも保障されなければならない要件です。
 このことから,視覚障害教育の専門性の拠点(センター)として,各行政単位(都道府県)に1校以上の視覚特別支援学校(盲学校)を存続させ,充実させることが必要であると考えます。
 視覚障害児の支援は乳幼児期からきめ細かく実施される必要があり,地域に密着した支援体制が必要です。一方,視覚障害は低発生の障害であり,市区町村単位では,ニーズの発現は単発的であり,支援の専門性の維持・発展は困難です。このような視覚障害児の実態があるからこそ,地域においてニーズに応じた専門性の高い教育を保障するためには,視覚障害教育・支援の拠点(センター)として,と各行政単位(都道府県)に1校以上存在する視覚特別支援学校(盲学校)の改革と活用が必要です。
 以下に,専門性の拠点としての視覚特別支援学校(盲学校)の役割について述べます。

(1)教員の専門性の拠点としての視覚特別支援学校(盲学校)

 視覚障害は低発生障害であることから,通常の小学校,中学校に視覚障害児が継続して在籍する可能性は低く,専門性の継続は困難です。したがって,視覚障害児が継続して在籍する視覚特別支援学校が専門性の拠点としての役割を果たす必要があります。
 視覚特別支援学校の教員の人事には,視覚障害教育の専門性の拠点としての基本方針が必要です。大学・大学院で視覚障害教育を専攻し免許を所持していることを基本にしながらも,中学部,高等部においては,各教科の専門性も考慮されなければなりません。教科の専門性が高い教員を積極的に採用した場合には,一定期間のうちに視覚障害教育の免許を取得させる制度を確立する必要があります。
 採用後の人事異動も,視覚障害教育の拠点校の機能を維持・発展させるという観点を第一に据えて行う必要があります。
 その上で,現行の弱視特別支援学級,弱視通級指導教室を,視覚特別支援学校の分教室(サテライト)として位置づけることで,弱視特別支援学級や弱視通級指導教室の専門性を保障することが可能になります。
 また,通常学級に在籍する視覚障害児に対する支援の専門性を確保するために,支援を必要とする視覚障害児の数に応じた教員を,視覚特別支援学校の教員定数として確保し,専門性の高い教員が巡回指導や通級指導を行うことで,通常学級で学ぶ視覚障害児に対しても,専門性に基づく支援が可能になります。

(2)教材センターとしての視覚特別支援学校の役割

     (ア)点字教科書編集作業

     「文部科学省著作教科書」として作成されている点字教科書の編集作業においては,視覚障害教育の経験豊富な現場の教員が協力者として関わっています。この編集作業においては,理科の実験・観察の方法や社会科の地図や図表の表示方法などに,視覚障害児のニーズを踏まえた修正がなされています。また,国語,算数の点字教科書には,点字の入門期の指導のために入門用の分冊が特別に編集されています。また,点字による筆算の不便を補う方法として,小学2年生から珠算の能力を系統的な指導で育成するための「珠算編」が特別に編集されています。
     文部科学省著作教科書は,検定教科書を原本として編集され,視覚特別支援学校の小・中学部の盲児童生徒は,この教科書を用いて学習しています。また,小・中学校に在籍している児童生徒もこの点字教科書を使用することができます。
     このように,点字教科書編集の専門性を支えているのは,視覚特別支援学校(盲学校)の教員であり,この役割は今後も重要です。

     (イ)試験問題の点訳・墨訳

     平成2年に設立された「全国高等学校長協会入試点訳事業部」は,全国の大学等の依頼に基づき,入学試験の点訳・墨訳を行っています。この点訳・墨訳作業には,教科の専門家として視覚特別支援学校(盲学校)の教員が関わり,原問題の趣旨に沿いつつ盲生徒に解答が可能な試験にするために,大学側の出題者と協議しながら図版等の作成,一部問題の修正,漢字問題等の代替などの作業に当たっています。この作業に当たっては,点字の技術だけでなく,試験問題の内容の理解,高等学校(高等部)の教科学習の内容の理解,および視覚障害に起因する試験解答の困難さの理解等,視覚障害者に対する教科教育の専門性が総合的に求められるため,視覚特別支援学校(盲学校)の教員の関与が欠かせません。このことは,入学試験だけでなく入学後の定期試験にも共通します。また,地域の高等学校の定期試験問題の点訳や墨訳なども,視覚特別支援学校(盲学校)が外部支援活動として担っている事例も多くなっています。
     このように,試験の点字問題の作成・解答の墨訳作業は,試験問題という性格上,どのような組織が点訳・墨訳を担っているかは明らかにされない場合が多いのですが,実際には,その多くが,視覚特別支援学校(盲学校)によって支えられています。

     (ウ)教材・教具の工夫と普及

     視覚障害児の教育には,工夫された教材・教具が欠かせません。視覚障害児用に開発され市販されている教材・教具は少なく,多くの教材・教具は,視覚障害教育に携わる教員の自作教材です。また,「盲人用三角定規・分度器・ぶんまわし(コンパス)セット」のように,盲学校の教員の工夫による自作教具が商品化されたものもあります。理科の実験や調理実習に使われる器具のほとんどは一般に市販されているものですが,使い方を工夫したり,指標や目盛りをつけ加えたりすることにより,視覚障害児にも使えるようにしています。このように,視覚特別支援学校(盲学校)で長年にわたり続けられてきた教材・教具の開発によって,視覚障害児も,小,中,高等学校の児童生徒と同じように実験や実習を含む教科の学習を受けることが可能になりました。教材・教具の工夫と開発は今後も続けられる必要があります。

(3)視覚障害教育の教員養成と研修の場

 教員養成における実習の場としても視覚特別支援学校の存在は不可欠です。北欧諸国では,通常学校における視覚障害児の支援に携わる巡回教師やリソース・ティーチャーは,制度の発足当時は盲学校の経験のある教員がその主体でありましたが,その世代の高齢化に伴い,次世代の専門教員の育成,特に実習場所の確保が課題になっています。
 これまでも,視覚特別支援学校(盲学校)では,視覚障害教育に関わる研修が活発に行われ,通常学校の教員にも開かれて実施されてきました。教員の専門性は研修によって維持されるものであり,視覚特別支援学校(盲学校)が今後もその役割を果たすことが必要です。

(4)視覚特別支援学校の専門性の危機とその要因

 残念ながら,視覚特別支援学校(盲学校)の専門性は十分ではない現実があります。特に,現在の問題は,かつては各盲学校に必ず存在していた専門性の高い教員,たとえば点字指導や珠算指導の名人と言われるような,各学校の専門性を支える教員が極端に減っていることです。では,なぜ,特別支援学校の専門性が低下してしまったのでしょうか。私達は,その第一の要因は,特別支援教育における専門性が軽視されてきたこと,その顕著な例として,各自治体における専門性を無視した人事異動にあると考えます。
 視覚障害特別支援学校における免許保持率の低さはしばしば問題にされてきました。しかし,一方で,大学で視覚障害を専攻した学生が,必ずしも視覚特別支援学校に就職できない現実がありました。視覚障害教育の専門性が教員採用の要件にならないためです。たとえ運良く視覚特別支援学校に就職できても数年間で移動しなければなりません。一方で,視覚障害教育を大学で学んでくる学生が少ないために,視覚特別支援学校に赴任する教員の多くは,初めて視覚障害児に出会い指導法を入門から学ぶ人たちです。しかし,視覚障害児の指導にようやく慣れ,免許も取得できた頃には異動しなければなりません。視覚特別支援学校(盲学校)は1県に1校であることが多く,転勤先の学校で視覚障害指導法を継続して学ぶ機会はほとんどありません。
 学校全体で見ると,高い専門性を有する教員が転出した後に,経験のない教員が転入してくる事態が続き,この繰り返しが,専門性の低下につながっています。
 イギリスでは,QTVI(Qualified Teacher of the Visually Impaired)とよばれる視覚障害の専門教員としての資格は,特別支援学校・学級の教員に法律で義務づけられているものですが,法的には義務づけられていない巡回教師やリソース・ティーチャーにおいてもQTVIの資格取得率が90%を超えています。資格取得が採用の条件になっているからです。もちろん,QTVIの資格を有する専門家を他の障害種の教員に移動させるような人事はありえません。
 専門性崩壊の第二の要因は,児童生徒数の減少と同時並行的に進んでいる重複障害児の割合の増加と,単一視覚障害児の指導機会の激減であると言えます。盲・知的障害児の指導で最も難しいことは,視覚に依存しない概念形成,すなわち,触-運動感覚を通して外界を捉え,認識の力を育てることですが,そのために,継時的な情報を頭の中で再統合することが必要であり,これは,単一視覚障害幼児・児童の指導における重要かつ基本的な課題でもあります。従って,重複障害児の指導の基礎には,視覚障害児の指導の専門性が必要ですが,実際には,教員が視覚特別支援学校に継続して勤務する期間が数年間しかないため,単一視覚障害児の指導に2,3年程度の経験しか有しない教員が重複障害学級の担任になり,重複障害の指導の専門性も育ちにくい状況になっています。重複障害児の割合が増えていることを理由に,教員には複数の障害種を経験する必要性が強調され,頻繁な人事異動の理由とされている場合があります。しかし,視覚障害のある知的障害児の指導は,視覚に障害のない知的障害児の指導とは全く異なるものであります。先に述べたように,重複障害児の指導の基礎には単一視覚障害児の指導の専門性が必要なことから,重複障害児の指導を充実させるためにも,視覚特別支援学校での継続した実践経験が必要であると言えます。
 視覚障害教育に限らず,教員の専門性は,大学で学んだ基礎の上に,教職体験を通じて積み重ねられるものです。視覚障害教育の専門性は,数年ごとのめまぐるしい人事異動の下では育ちません。また,免許も持ち,専門性に裏付けられた実践をしている教員を,専門外の学校種に転勤させることは人的資源の無駄遣いです。
 このことから,視覚障害教育の拠点としての視覚特別支援学校の専門性を維持・発展させるためには,教員の採用,研修,異動について,独自の人事システムが必要であると考えます。

(5)教科別研究会の発展と,視覚障害当事者の発信

 現在,教員の研修意欲は,かつてないほどに高まり,学校単位の研修会が活発に開かれています。また,大学等が主催する全国規模の研究会には,定員を大きく上回る希望者が殺到しています。視覚特別支援学校教員を中心にした有志による教科別研究会も活発になっており,1980年から30年間継続している日本視覚障害理科教育研究会に続いて,2007年には,日本視覚障害社会科教育研究会,視覚障害算数・数学研究会が相次いで発足し,視覚特別支援学校(盲学校)外からの参加者も含めて,活発に活動しています。これらの結果として,日本の視覚障害指導法,特に理数科の指導法は,欧米諸国と比べても非常に高度な水準に達しています。
 さらに,最近の動きとして特筆すべきこととして,盲学校出身の普通教科教員による,各教科の指導法への発言があります。盲学校で一貫した教科指導を受けた視覚障害者が,普通教科担当教員として採用されるようになったのはそう古いことではありません。大学の門戸開放や,点訳ボランティアなどの社会資源の整備,点字による教員採用試験などの課題を一つ一つ克服して教員として採用された視覚障害者が,実践経験を積み,今,やっと,自らの視覚障害体験と教える立場を重ね合わせて,指導法の発言ができるようになったと考えられ,今後が期待されます。

 このように考えると,視覚特別支援学校の専門性の再生は,人事異動や免許の実質化によって大きく改善されると思われます。小・中学校にこのような専門性を有する人材を新たに配置することよりも,特別支援学校の専門性の回復のほうが現実的であることは明らかです。特に,中学校,高等学校では教科担任制をとっていますので,視覚障害児の理解と配慮は全教員に求められます。一人の支援担当教員だけで教科の支援ができないことは先に述べたとおりです。

  視覚障害は低発生障害であることから,通常の小学校,中学校に視覚障害児が継続して在籍する可能性は低く,専門性の継続は困難です。その意味でも,視覚特別支援学校(盲学校)の専門性を充実させ,視覚特別支援学校を地域の視覚障害教育の専門性の拠点として位置づけることは,視覚特別支援学校,視覚特別支援学級,通常の学級のいずれで学ぶ視覚障害児にとっても有益なことであると考えます。

 

「すべての視覚障害児の学びを支える視覚障害教育の在り方に関する提言」に賛同します。

賛 同 者

岐阜大学

池谷 尚剛

筑波大学

青柳まゆみ

岡 典子

河内 清彦

柿澤 敏文

小林 秀之

佐島 毅

鳥山 由子

引田 秋生

宮城教育大学

青木 成美

猪平 眞理

永井 伸幸

広島大学

牟田口辰己

兵庫教育大学

芝田 裕一

福岡教育大学

氏間 和仁

中村 貴志

大阪教育大学

山本 利和

筑波技術大学

加藤 宏

長岡 英司

筑波大学理療科教員養成施設

神田 聖子

徳竹 忠司

濱田 淳

宮本 俊和

吉川 惠士

群馬医療福祉大学

足立 勤一

慶応義塾大学

中野 泰志

日本医療科学大学

佐藤 泰正

杏林大学

新井千賀子

健康科学大学

香川 邦生

長野大学

神尾 裕治

桜花学園大学

柏倉 秀克

川崎医療福祉大学

河田 正興

国立特別支援教育総合研究所

大内 進

澤田 真弓

田中 良広

大学入試センター

藤芳  衛

日本点字委員会

小林 一弘

元筑波大学

皆川 春雄

お問合せ先

初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)