日本高等学校教職員組合

平成22年10月14日

障害者の権利に関する条約の理念を踏まえた
特別支援教育の在り方に関しての日本高等学校教職員組合(日高教)の意見

 

はじめに

 日高教は、教職員団体の大きな使命として、「児童生徒一人ひとりに、ゆとりある、しかも充実した教育」の実現をめざし、教育諸条件整備を求める運動を展開してきた。また、組織内に特別支援教育部を設け、特別支援学校における教育の振興と充実を図る取り組みを進めてきた。
 今回、障がい者制度改革推進会議によって示された「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」の内容には、障がい者施策の世界基準を満たしていくための重要な理念が含まれている。とりわけ、障がいの有無にかかわらず、それぞれの個性の差異と多様性が尊重され、障がいのある子どもが障がいのない子どもと共に教育を受けるというインクルーシブ教育システム構築の理念と方向性については、理解できるものであり、この教育の必要性が示されたことは、障がいのある人々を権利の主体である社会の一員として、真の意味で認めていくことを意味しており、高く評価したい点である。
 我が国の障がい児教育は、1947年に特殊学級としての位置づけから出発した。1979年には養護学校設置が義務化され、2007年には「特別支援教育」制度が開始されるなど、教育の原点として重要な役割を担ってきた。特に、特別支援学校は、特別支援教育の進展とともに、地域におけるセンター的機能だけでなく、特別な支援を要する児童生徒への指導方法や対応を、周辺の教育諸機関や地域等に対し、積極的に啓発する役割を果たしてきた。これにより、幼稚園、小・中学校、高等学校においては、特別な配慮による支援への理解が深まり、いわゆる二次障がいの軽減に加え、障がいの有無にかかわらず、適切な生徒指導の一環としても有効であることがわかってきた。特別支援教育は、インクルーシブ教育への橋渡しとして位置づけられるとすれば、盲・聾・養護学校や特殊学級はもとより、学校制度全体の再検討を促す契機になった点で大きな意味を持つものであった。
 しかし、特別支援教育の重要性が高まっている一方で、今なお改善されていない問題点も含め、インクルーシブ教育の実現には、多くの課題がある。既存の特別支援学校においては、児童生徒数の増加傾向に加え、障がいの重度・重複化、多様化等への対応や、地域のセンター的役割も上積みされるなど、より職務の困難性・特殊性が高まっている。また、児童生徒数の増加に伴う教室不足、障がいの重度・重複化に対応した施設・設備の整備の遅れなど、解決すべき課題は山積している。
 このような状況の下、インクルーシブ教育の実施は、特別支援教育の後退を招くのではないかという懸念が払拭できない。まずは、既存の特別支援学校における教育活動を前提として、十分な予算措置の下、教育環境を整備する必要がある。特別支援学校の位置づけを明確にし、既存の特別支援学校への予算額が削減されるなどの懸念を排除した上で検討いただきたい。
 また、文部科学省が、4月13日に発表した平成21年度特別支援教育体制整備状況調査では、「個別の指導計画の作成」の実施率が62%、「個別の教育支援計画の作成」が44%であったのに対し、高校はそれぞれ14%、11%という低い水準に止まっており、小・中学校と比べ遅れが目立っている。このような現状を十分に精査した上で、高校での受け入れ態勢を慎重に検討する必要がある。
 真の共生社会の実現をめざすインクルーシブ教育システムの構築に当たっては、大きな制度変更と教職員の意識改革を伴う、乗り越えていかなければならない問題点がある。

 

 以下、高等学校及び特別支援学校の現状を踏まえて、問題点・要望等を列記する。

 

  1. 高等学校におけるインクルーシブ教育の導入にあたって、学籍の在り方、校内体制や施設・設備の整備、人的配置について学校現場の意見を尊重し、学校現場に混乱をきたさないよう制度の構築を図られたい。
  2. 1)高等学校の学級編制基準について、30名以下を標準とし、チームティーチング制を充実させるなど大幅な定数改善を図る必要がある。また、義務教育段階との教育環境の変化から生じる心的負担等を軽減するため、インクルーシブ教育に対応したカウンセラーを配置する必要がある。

    2)安全で安心できる教育環境を保障する観点から、手摺りやスロープ、昇降機の設置をはじめとする、バリアフリー化やユニバーサルデザイン化を促進するなど、学校設置基準の大幅な見直しが必要である。また、校内での移動時間や移動の援助を考慮した教育課程編制が必要である。

    3)学籍について、必要に応じて普通校や特別支援学校で学ぶことができるなど、フレキシブルな制度を検討する必要がある。

    4)特別支援教育に関する校内委員会の機能と役割について、更なる充実を図る必要がある。

    5)教職員の配置についての十分な配慮の下、高い専門的知識と能力を有する人材を確保する必要がある。

    6)障がいの程度や内容に合わせた適切な教材・教具等を整備する必要がある。

    7)障がいのある生徒の就労支援について、特段の配慮が必要である。また、生徒の意思決定や志願書類等の作成なども含め、支援・指導体制の再構築が求められる。

 

  1. 障がいのある生徒とともに、障がいのない生徒の権利の保障と、公平性・公正性を確保する観点から、次の事項に留意されたい。
  2. 1)障がいの有無に関わらず、個々の生徒に応じた質の高い教育を実施するため、教職員定数の抜本的な改善等が必要である。

    2)高等学校の学習指導要領について、インクルーシブ教育に対応した改訂を検討する必要がある。

    3)入学試験の合否について、志望校の受け入れ態勢の状況を含め、入試制度の在り方を検討する必要がある。

    4)インクルーシブ教育の観点から、生徒指導について、新たな枠組みでの指導の在り方を構築する必要がある。

    5)障がいのある生徒とない生徒が同一の学習活動を行う場合について、学習評価の在り方を検討する必要がある。

 

  1. 現行の特別支援学校の位置づけ等を明確にし、既存の特別支援学校の教育が後退することがないよう、十分な予算措置を図られたい。
  2. 1)児童生徒数の増加に伴う教室不足等が解消されていないことから、障がいに応じた施設・設備の整備と充実が必要である。

    2)生徒の重度・重複化が進む中、児童生徒一人ひとりの実態に応じたきめ細かな指導を十分に行うには教員数が不足している現状があり、定数改善を行う必要がある。併せて、寄宿舎指導教員の配置に関する基準の見直しも必要である。

    3)特別支援教育コーディネーターの外部支援が多いため、校内での十分な支援が困難となっている現状がある。また、身体の障がいに加えて、心の問題を抱えている生徒も多く、教員だけでは対応しきれないケースがあり、専任のカウンセラーの必要性が高まっている。理学療法士や作業療法士、言語聴覚士なども含めた専門職員の配置と拡充を図る必要がある。

    4)高等学校段階における特別支援教育体制の整備状況について、義務教育諸学校と比較し遅れが目立っている現状を踏まえ、十分な精査に基づき整備を進める必要がある。

    5)特別支援学校教諭免許状の取得率を高めるため、諸条件の整備を図る必要がある。

 

  1. 専門性を有する教職員の確保と専門性の向上方策を講じられたい。

    1)円滑なコミュニケーションの観点から、手話や点字のできる教員を確保する必要がある。

    2)インクルーシブ教育について、管理職を含めた新たな視点での研修を行うとともに、教職員の人権意識を高める必要がある。

    3)インクルーシブ教育には、作業療法士や言語聴覚士、医師や看護師といった各専門職をチームとしてまとめ、総合的に判断し対応する立場の教職員が必要とされることから、その職責に応じた職名あるいは手当等を検討する必要がある。

    4)特別支援学校勤務の教員について、勤務校の担任はもとより、個別の教育支援計画の管理や各校に対する支援を始めとする外部との連携や連絡調整など、一層の重責を担うことから給料の調整額について改善を図るとともに、新たな手当(教育支援手当)を新設する必要がある。

 

  1. その他の留意点
  2. 1)入学試験の会場や定期考査、履修認定、単位認定等における配慮事項等を明確にし、対応する必要がある。

    2)高等学校進学を含む就学先の決定にあたっては、本人・保護者、学校、学校設置者との事前の合意形成や意見調整を図る機会を十分に設ける必要がある。また、そのための調整機関として第三者機関を教育委員会内に設置するよう指導されたい。

 

終わりに

 インクルーシブ教育の理念には異論の無いところである。国際社会では北欧を先頭に着々とノーマライゼーションを推進し、90年代には既にインクルーシブ教育への転換が図られている。日本においても、インクルーシブ教育の実現に向けて前進をすることに吝かではないが、また同時にこれまでの特別支援学校と高等学校等には、人的・財政的制約の中で、それぞれ歴史的に積み上げてきた学校文化や制度がある。したがって、現行の特別支援教育が有するメリットについても、客観的に評価する必要がある。インクルーシブ教育の理念を先行させるあまり、導入を拙速に進めることは、障がいのある子どもと障がいのない子どものいずれにも、教育的な利益に結びつかない懸念がある。

 現在、国と地方の財政状況によって、施設・設備の整備や人的配置が著しく制限されている実態がある。現在及び将来の児童生徒への影響や、社会全体での費用と便益について十分な時間をかけた検討と、現行の特別支援教育及び特別支援学校の在り方についての十分な検証の上で、インクルーシブの理念に基づいた現実的で持続的な教育体制の確立を求める。当面、特別支援学校において、高等学校の教育内容を発展的に盛り込むことや、高等学校において特別支援学級を設けるなど、実現可能な対応から段階的に「日本版インクルーシブ教育」を進めることが望ましい。

 

お問合せ先

初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)