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国の競争力の基盤はものづくりにある。その強みは、消費者の要求水準の高さや判断力にあり、競争力を支える大きな側面である。生み出されたものに対する判断力、目利きなどを大切に維持することが重要である。例えば、楽器の材質による音の違いをとらえたり、品質と音の関係に気付いたりするような観点が大事である。美術では、日本人の持っている微細な部分にこだわる文化やもの自体が持つよさなどを学びとっていくことが大切である。
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課題では、科目でもって学ぶという側面が強いことが示されているが、個人を考えたとき、心の中を自己表現を通じて表すということについても、目標などに含めて示すべきである。
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生きる力を育むことには2つの意味があると考える。一つは、お金を稼ぎ生きていくための技術や能力を身に付けることである。もう一つは、人生を一人の人間として生きていくために必要な力を身に付けるということである。音楽や美術は、この生きていく力の側面をもつ。
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芸術は、人間性の解放という一面をもち、表現を通して心理的抑圧などの問題に解決を与えるものである。ただ、指導内容を身に付けさせることにとどまるならば、かえって抑圧的役割を果たす危険がある。そうならないような具体的な例示ができるか基本である。
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芸術については、世代間の融和を生むことから重要である。我が国の伝統文化継承の観点を色濃くだしていただきたい。
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教育課程部会の議論は知育に偏りがちである。芸術系教科は心の豊かさや感性を高める、情操を豊かにするなどの点で重要である。これ以上授業時間を削減することはあってはならない。伝統音楽には更に親しんでいくべきである。
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音楽、図画工作・美術について、思考・表現の育成には時間がかかる。学校週5日制導入に伴う時間削減により、一番ダメージを受けていると思うが、ある時期に集中的に授業を行ったり地域の音楽を授業で扱ったりする必要がある。
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学校における芸術教育について、子どもたちが生涯に渡ってそのよさを楽しむための資質・能力を養うきっかけとして重要である。
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日本の学校のよさは、芸術について、常に一定の価値を認めて、時数を保持してきた点にある。国際学力調査の点数が高いことも、これらの教科に配慮してきたからだとする研究者もいる。一定の時数を確保し、この種の活動を価値あるものとする考え方を基本とすべきである。
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学習指導要領の改訂ごとに芸術系教科の授業時間数が減っている。この時間数の減少が、結果として、一人の教員が複数校受けもつことにつながり、教師の授業計画や準備時間に影響を及ぼしている。芸術科目は人間的な幅をつける、あるいは生きていく上で必要なものである。人の確保を含めてしっかりと押さえていく必要がある。
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音楽、図工、美術等は情緒を養うために重要な教科であり、力を入れていくべきである。ところが今、学校現場では小学校5、6年生で週2時間の配当ができなくなっている。表現方法の多様化ということからすると、音楽、絵画、造形などは言葉以上に国際的に共通した言語である。子どもたちの情操を豊かにする意味や国際的な万国共通の言語という観点から、芸術教科の充実をお願いしたい。
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音楽科では、演奏を通して皆が協力し、また、子どもは活動を通して変わっていく。美術の場合、対象に没入して一生懸命ものを作っていく。そうした活動を通して子どもが変わっていく場面をたくさん見てきた。これだけの内容が現行の授業時数で果たしてできるのだろうかという危惧がある。必修教科の中で可能な限り、授業時数を増やしていくべきではないか。
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国際化が進展するほどに芸術を重視していくべきではないか。芸術の授業時数減が現在の社会を生んでいるのではないかと私は考える。一方で、教科の内容や教科書に問題はないか見直す必要もある。
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芸術は大学受験と結び付かないため教師が肩身の狭い思いをしている。感性教育は非常に大事なので、教師のステータスの向上が与えられる配慮がぜひ必要である。
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芸術教育は何を教えるかというカリキュラムの問題とともに、誰が教えるかということが大事である。芸術の教師には、芸術教育のコーディネーターとしてふさわしい人材を充てる必要がある。
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理科や社会科など、教科に様々な分野がある教科については、教科全体の視点で、科目構成等を考えるようお願いしたい。 |
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唱歌があまり歌われていない。どのくらい歌われているのか。例えば、「赤とんぼ」の歌詞の意味を知らない大学生もいた。
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日本の伝統音楽重視は大事であるが、一方で、教育としては、ヨーロッパ近代の総合芸術もきちんと教えることが必要である。
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雨の音、水琴窟の音などのいわゆる環境音を聴いて音の感覚を研ぎ澄ます体験が、感性を磨くためには重要であり、幼児教育から取り入れるべきである。
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音楽について、子育てなどのいろいろな観点から日本の子守歌はどうなっているのか。また、盆踊りは大事な音楽・芸術であり、音楽の授業で扱うべきではないか。また、現在の子ども達は、描写力がないので、このあたりを図画工作・美術で補う必要がないか。
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音楽について、リズム、旋律に加えてハーモニーが重要ではないか。文部省唱歌の「ふるさと」など、歌詞が実体験と合わないものが多い。あまり固執しないで、新しい感覚の新しい歌が必要ではないか。
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「表現」を重視することに賛成であるが、郷土や我が国の音楽に限らず、もっといろいろな分野や材料・活動ができるように、人的・物的に、財政上も援助を強化すべきである。
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和楽器だけでなく、能や歌舞伎などの文化遺産も学ばせるべきである。子どもが分かるものばかりではなく、伝えていく価値のあるものについてはしっかり教えていく必要がある。
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ものづくりに関連して、同じ素材、同じ技術でも音は同じではない。個性が表れる。また、流れてくる音は感銘を与え、将来心豊かな生活を送る素地となる。
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国民生活の中で生きている音楽は何だろうか。その中で、ハーモニーを大事にし、特に、鑑賞を大事にして欲しい。
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音楽の内容として、伝統音楽を子どもたちに無理に指導してよいものか。子どもの選択に委ねてもよいのではないか。さらに、郷土音楽を聞かせることは大事である。根本を考えていく必要がある。
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日本の伝統文化に愛着をもたせようというが、一面的に伝統文化に偏しないようにする必要がある。芸術に価値の上下はなく、伝統音楽だから学ばせる価値があるというのは大人の論理であり、何に興味を持つかは子どもに任されるべきである。そのためにも、全体のバランスを考えて充実することが必要である。 |