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家庭科、技術・家庭科は、各論を扱う分野であり、今の生活に適応したものを常に考える必要があるのではないか。
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今回の学習指導要領改訂においても、子どもたちの「生きる力」を育成する上では、家庭科、技術・家庭科は重要な役割を果たしていくのではないか。
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持続可能な社会の構築ではなく、持続可能な開発教育の視点を明確に打ち出し、技術・家庭科の柱として児童生徒の学ぶ意欲を増進すべきである。従前、科学技術の進展がマイナスの影響をもたらすとの誤った考え方が強く出ていた中で、この考え方は、日本発の新しい考え方であり、この視点をはっきりしていくべきである。
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家庭科、技術・家庭科は、今の社会に求められる人間形成について一番重要な教科であることから、今、何が人にとって求められているのかという根本的な議論がなされなければならないのではないか。その中で、たくさん出てくるであろう必要事項を限られた時間で教えるためには、何を子ども達に教えるのかをドラスティックに組み替える作業が長期的には必要である。
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97パーセントが高等学校に進学している現状において、卒業時に自立し、社会に出て生活ができることを目指すためには、小学校段階から家庭や技術をしっかり教えていくことが重要である。先ほどの意見にもあったように、個人的な生活に目が行き過ぎて、社会とのかかわりが軽視されている、その意味でも、家庭科や技術・家庭科において、実体験として様々なことを学び、実社会で生きていく時の考えるきっかけになるようにすることが望ましい。
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必要な内容を全部技術・家庭科の中に押し込めるのではなく、例えば、食育などを扱う場合に、指導全体計画を作成して指導すべきことや、関連教科を体系的に整理し、中核となる家庭科でどのようにリードしていくのかを考えたり、情報教育で、意味のない重複をできるだけなくし、学校段階や学年ごとのつながりや教科との関連を考えることが重要である。
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中学校第3学年の技術・家庭科は、年間35時間であり、家庭と技術を半々の時間で行うならば、現場は学校行事などで1学期3時間しかできないという声も聞く。このような状況で、実践的・体験的な活動はできるのか。また、そのような中でいろいろなことを盛り込みたいという意見が出ているが、可能かどうかをよく考えてみる必要があるのではないか。 |
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家庭科では、社会で生きていく人間を育てていくということを考えると、中身の充実や時間の確保、専門的な知識やそれを伝えられる人材の育成が重要である。また、家庭生活を通して社会を見るため、社会生活との深いかかわりをもつということを観点として考えていただきたい。
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社会の変化により、家庭教育の場では、自分のことは自分でやるといった実践的な生活の力を身に付けることよりは安全に対する配慮が中心になっていることから、家庭科の指導において、実際的な家庭での実践力と結びつきにくくなっているのではないか。家庭科を実践的なものにする必要があることから、土曜日や総合的な学習の時間などを利用して、地域社会の参加や家庭の協力を得ながら、それを実践的に利用し、身に付けるような教育としていく必要があるのではないか。
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家庭生活が30年前と現在では大きく異なるため、昔との比較を考えながら、現在、何が必要かを考えさせることが重要である。
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共通の考え方として、現代の家庭では、父母が揃わない家庭や兄弟が少ない家庭が多く存在し、個の概念が浸透していることから、周りをおもんばかる教育ではなく、相手に気を付けるという教育が先行している。個の視点ではなく、もう少し広い視野から、社会で共に生きることを考えた教育を考えるべきはないか。
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今の家庭を考える上で重要なこととしては時間があるが、家族みんなが集まる時間が遅く、また、時間が少ない現代社会においては、家庭自体をマネジメントする概念も取り入れていく必要がある。
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子どもの生活における睡眠の重要性については、学問的には十分研究されていないが、実態面からは大きな影響を持っているため、分かる範囲内で盛り込むことはできないか。
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食育については、子どもに指導しても、親が家庭で食べさせないといった実態がある。子どもだけでなく、親と共に共同体験を行うことが必要ではないか。また、このことは、小学校からでなく、幼児教育から行っていくべきではないか。
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食育の充実などについては、保健体育との関わりがあるところであるので、そちらとの関連も考慮していく必要がある。
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小学校の場合、国語・社会・算数・理科は担任が行っているが、習字、図画工作、家庭などは、専門家でない教頭や教務主任が行っている現実がある。このような前提の中で、中学校教育への円滑な移行ができるのか。 |