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資料1

第4回専門部会における主な意見の整理(「性教育」関係部分)

1 「性教育」の位置付けについて

〈性教育として求められる内容について〉
 我が国では性に対する捉え方が様々であり、学校における性教育の捉え方も教師によってもかなり異なるが、学校における性教育はどうあるべきかということについて共通理解を図ることが重要ではないか。
 学校における性教育として、今、現場で対応しなければならないことは大きく2つに分けられるのではないか。1つには、10代の人工妊娠中絶や性感染症の増加などの問題を考えた時の対処療法的な指導である。しかし、それだけでは目的は半分であり、行動選択させるための基盤となる自己肯定感や自尊感情を育てる必要がある。コンドームをつけたらうまくいくというような問題ではないということを教える必要があるのではないか。
 科学的な知識をしっかり教えた上で、相手を大事にすることや、人とかかわるためにはどうしたら良いかということを学ばせることが必要ではないか。
 自分や他者の価値を尊重し、相手を思える心の醸成や、基本的コミュニケーション能力の育成、情報を取捨選択する能力の育成などは、学校で行う性教育で基本にすべきことではないか。性教育はまずこうしたことを基本にしながら全ての子どもに指導し、その上で個別に具体的な指導を行うというアプローチが必要ではないか。
 人間は文化を発達させて、本能の営みを理性、感性でコントロールしており、その点が動物とは根本的に異なる。理性で本能は制御できるということをしっかり教える必要がある。しかし、リスクに対する問題は大きな課題としてあり、その部分の対応も欠かせないのではないか。
 命の大切さという観点から、今後、中学生であろうが、高校生であろうが、性的行為をしてはいけないのだということについては、きちんと教えていく必要があるのではないか。
 しっかりとした倫理観を持たせ、性行為や性衝動についてはある程度の抑圧的な教育・指導が必要ではないか。
 「保健」の中で、自分の体がどのように変化して、大人の体になっていくのかということを、科学的な知識としてしっかりと理解させることが重要ではないか。
 若年期における性行為のリスク等をしっかりと教える必要があるのではないか。
 人間の持っている性の能力については基本としてしっかりと教えるべきではないか。
 子どもの周囲では情報が氾濫している。そうした情報を判断する能力を身につけさせることが重要ではないか。
 だまされないということを、特に中学生にしっかり教えるべきではないか。
 人とのかかわりの問題や、人間にとって性がどういうものかということを教えていくことが重要ではないか。
 性教育は、豊かな人間性をはぐくみ、自分の生き方を充実させることにねらいがあると考えている。性教育は、心の健康と深くかかわっており、学習した内容を行動に移すためには自尊感情が重要ではないか。
 性教育は、全人的教育である。人間尊重がテーマであるが、特にかけがえのない生命は絶対に尊重されるべきである。
 生、命、愛の大切さを理解させた上で性教育を行うことが重要ではないか。本来であればこうしたことは、家庭教育における課題としてとらえるべき内容であるが、性教育を考える上での前提となる内容であり、重視すべきではないか。

〈集団指導と個別指導について〉
 集団指導とともに個別指導も必要に応じて行う必要があるが、集団指導と個別指導は内容が異なるのが当然ではないか。
 発達段階に応じて指導することは当然であるが、心身の発達の状態には個人差がある。したがって、一律に指導すべきものと、個別に対応しなければならないものの区別を明確にする必要があるのではないか。
 個別指導は一律で教える教科の指導とは異なる。個別指導においては学校や地域の状況によって対応をある程度変えるなど、柔軟性を持たせた方が良いのではないか。
 学校現場では、性病にかかったかもしれないという相談や、出会い系サイトをきっかけとした援助交際にまつわる相談を受けるなどの実態がある。このような実態に対し、個別に対応できるようにしておく必要があるのではないか。

2 性教育に関する指導内容の体系化等について

〈保健の指導内容について〉
 現行の保健の学習指導要領では、小学校の4年で精通や初経を扱うこととなっているが、これについては議論が今でもある。発達段階を踏まえた指導内容にすることについて、もう一度検討を行うべきではないか。
 現行の保健の学習指導要領で位置付けられた、小学校3、4年生の「育ちゆく体とわたし」の内容については、現場の教員から肯定的な意見を多く聞く。これらの学習内容と時期については妥当なのではないか。
 中学校では、性交とコンドームの扱いについて特に問題になるので、今後検討が必要ではないか。

〈関係する教科における役割分担の明確化について〉
 性教育は保健だけでは完結し得ない分野ではないか。関係する教科が連携して取り組むことが必要ではないか。また、小・中・高等学校間の連絡や申し送り等の連携を伴った学校・学年間の統一した課題として取り組む必要があるのではないか。
 学校教育の中でも、教科の部分とそれ以外の部分、あるいは教科間で役割分担を明確にしておく必要がある。特別活動や道徳などとの関連性を検討しないと、「保健」の分野だけで解決できる問題ではないのではないか。
 性教育の内容というのは広範にわたっているので、学校教育全体を通して身につけさせるべきものと、特定の教科の中でしか扱えないものを峻別する必要がある。
 道徳や特別活動など他教科との関連性をしっかりと洗い直することが重要ではないか。

3 指導計画の作成や授業の実施等に当たっての留意点について

〈学校における性教育の指導体制について〉
 性教育は職員全体が共通理解の下、計画的に行う必要がある。
 性教育の取組について、学校間で差があるようであるが、共通する基盤づくりをする必要があるのではないか。
 現在、学校現場は両極端である。引いてしまって、取組が行われていないところがある一方で、どうしてこのようなことを子どもに教えなければいけないのかと疑問を持つような内容を教えている事例もある。

〈指導方法の工夫・改善について〉
 子どもが共通に持っている不安を探って、一斉指導の中で生かしていく必要がある。ロールプレーや事例の紹介などを多く取り入れた指導が重要ではないか。

〈学校と家庭・地域との連携について〉
 子どもの心身の発達には差があるため、性行為や性行動等についていつ子どもに教えるべきかは個々人によって異なるはずである。したがって、こうしたことは、本来家庭で教えるべきではないかと思うが、家庭の教育力がそれぞれ異なることもあり、足りない部分について学校で把握して補完することが重要ではないか。
 これまで、性教育を主に担当してきたのは、保健体育の教諭や養護教諭ではないかと思うが、性教育についても、専門家である産婦人科医や助産婦などを学校に招き、保護者とともに講演会を開くなどして共通理解を図ることが重要ではないか。

〈集団指導と個別指導について〉(再掲)
 集団指導とともに個別指導も必要に応じて行う必要があるが、集団指導と個別指導は内容が異なるのが当然ではないか。
 発達段階に応じて指導することは当然であるが、心身の発達の状態には個人差がある。したがって、一律に指導すべきものと、個別に対応しなければならないものの区別を明確にする必要があるのではないか。
 個別指導は一律で教える教科の指導とは異なる。個別指導においては学校や地域の状況によって対応をある程度変えるなど、柔軟性を持たせた方が良いのではないか。
 学校現場では、性病にかかったかもしれないという相談や、出会い系サイトをきっかけとした援助交際にまつわる相談を受けるなどの実態がある。このような実態に対し、個別に対応できるようにしておく必要があるのではないか。


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