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教育課程部会 健やかな体を育む教育の在り方に関する専門部会(第4回) 議事録

日時   平成16年12月21日(火曜日)10時~13時

場所   東京會舘 シルバールーム

議題  
(1)   「保健の授業」の目的(3)・議論の整理
(2)   性教育について
(3)   食育について

配付資料
資料1   第2回及び第3回専門部会における主な意見の整理(「保健」関係部分)
資料2   議論のまとめ(たたき台)〈保健〉
資料3   「性教育」に関する主な検討課題等について
資料4   「食育」に関する主な検討課題等について
参考1   健やかな体をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会(第1回)議事要旨(案)
参考2   健やかな体をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会(第2回)議事要旨(案)
参考3   健やかな体をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会(第3回)議事要旨(案)

出席者
(委員)
  浅見主査、衞藤主査代理、伊藤委員、牛山委員、甲藤委員、勝野委員、川畑委員、久慈委員、三枝委員、斉藤委員、高橋委員、辻委員、中村(和)委員、中村(康)委員、成田委員、野津委員、ヒックス委員、星委員、堀内委員、増田委員、三木委員、和唐委員
(事務局)
  尾山スポーツ・青少年総括官、岡本企画・体育課長、山口学校健康教育課長、宮内健康教育企画室長、戸田体育官

議事
(1) 事務局より、資料1、資料2、資料3、資料4について説明が行われた。

(2) 「保健の授業」の目的(3)・議論の整理及び性教育、食育について審議が行われた。主な発言は、以下のとおり。
 (◎=主査、○=委員、△=事務局)

【「保健の授業」の目的(3)・議論の整理】
主査  資料2の1について、ご意見をいただきたい。

委員  「知識を行動に結びつける力の重視」の「健康や安全に関する情報を主体的に収集・選択し、それを正しく判断できる能力」について、2ページにも似た記述があるが、どう考えれば良いのか。

事務局  健康のみならず安全についても主体的に情報を収集・選択する重要性についてご意見いただいた。健康、環境、安全といったそれぞれの事項について、このような力が重要と考えられるため、目的の検討に当たっての留意事項として整理した。

委員  「健康、安全に関する情報を主体的に収集する」という中に、自他の健康状態を含めて良いのか。

事務局  自分の状態を正しく判断するということも入るのではないかと考える。

主査   1で全体を抽象的に述べ、2ページ以降で具体的になるというイメージか。

事務局  その通りである。

主査   1では基本になる事項をまとめ、あまり文言の重複がないようにしてもらいたい。

事務局  工夫させていただく。

主査   2は具体的に書き込んだ方が良いのではないか。

委員  1ページの3の「『命の大切さ』という視点」という表題についてだが、この項目の具体的な内容は、「自他の命を大切にしなくてはならない」ことだと思われるので、例えば「『命を大切にする』という視点」という表現の方が良いのではないか。

主査  「『命の大切さ』という視点」についてだが、自分の行動で命の中身を充実させ、より長い命にしていくという視点が重要ではないか。

委員  「知識を行動に結びつける力の重視」についてだが、健康に関する知識の理解も重要ということを表現できないか。「科学的な知識の理解とともに」あるいは「知識も重要である」というニュアンスが伝わるようにしてもらいたい。

委員  「人生の質」を高めるための健康だということが盛り込まれると、より多くの人が健康問題に関心を持つのではないか。

主査  「豊かな生き方につながる」という視点か。

委員  その通りである。

委員  共通的な道徳、モラルとして「命の大切さ」は重要である。例えば、薬物の問題についても、自分の命を大切にすればそのようなものは使うわけがなく、人に薦めもしないはずである。

委員  将来親になる子どもに、親の準備教育をする理由として、親にアプローチする機会が少ない現状を挙げるのはしっくりこない。子どもに知識を行動に結びつける力を身につけさせるためには、親に対するアプローチが必要ということと、それとは別な観点で子どもに対しても親の準備教育をしていくのだということの2つの事柄がまとめて記述されているように思われる。

委員  「『命の大切さ』という視点」についてだが、人の命の大切さだけでなく、植物や他の動物の命の大切さという視点を教えることも重要ではないか。

委員  「命の大切さ」という視点は大事だか、「保健」ではどのようなアプローチができるのかを具体的に表現しないと拡散してしまうのではないか。

主査  内容を精選する必要がある。
 資料2の2に移る。「体の健康」と「心の健康」についてご意見はないか。

委員  「できる」という表現は、「保健」の学習の場で直接的に求める子どもの姿ではないという前提であると理解して良いか。

事務局  「知識を行動に結びつける力」を重視するという前提に立って、すべての子どもが身につけるべきことは何かと考えた場合、すべての子どもがあることをできるという状態にすることを目的にすべきだろうと整理し、表現としては統一的に「~ができる」と記述している。

委員  理解としては齟齬はないと思うが、例えば、資料2の2つ目のまるについて、「食事を摂ることができる」こと自体が直接的な目的となると、子どもたちは自分自身で食事を作って食べるわけではないため、いかがかと思われる面もある。指導者の立場からは、「できるようにする」と読み取れば良いか。

事務局  確かに子ども自身が自分の年齢や生活に応じて自分で必要な量や質の食事をとることができるということは無理ではないかというご指摘はあると思うので、この部分については記述を変更していただいても結構だが、子どもが、大人になる前に、自分で考えて必要な量や質の食事を摂ることができるようする必要があると考えて整理している。

委員  こうした方向性がないと、個々の具体的な授業を通して、どのようなことを目指すのか見えにくい。目指すべき方向性を示していると理解すれば良いのではないか。

委員  人の発育、発達について、もう少し盛り込んだ方が良いのではないか。

主査  3つ目のまるをもう少し膨らますイメージか。

委員  「体育」と「保健」との一体化を図るという意味からも、人体の構造とか機能を扱うことは重要ではないか。
 また、「できる」ということが達成目標になって、評価に入ると厳しくなる可能性があるので、これは一つの方向を示しているという理解が良いのではないか。

委員  2ページ目の3つ目のまるについて、「適切な意志決定や行動選択ができる」前提として、思春期を迎えた体がどのように成熟していくかを学ばせることが重要である。
 1ページに戻るが、「『親になる準備教育』という視点」について、今の時代に「親になる準備」ということを前面に出すのはいかがかと思う。

委員  発達について教えることは重要である。また、その前提の知識として、赤ちゃんはどういうものだということを教えるべきである。

委員  知識を行動に結びつける授業を展開することは容易ではない。子どもが何かを感じる展開がないと、行動に結びつかないと思う。
 もう少し記述の具体性について整合性を図った方が良いのではないか。例えば、2ページの下から3番目のまる「~薬物乱用などの誘惑を断ることができる」と、上から3番目のまる「~適切な意志決定、行動選択ができる」とは記述の具体性が異なる。意志決定や行動選択という言葉を使わない方が、整合性を図ることができると思う。

主査  2ページの下から5つ目のまるに「働く人の職場において」という記述があるが、「家庭」もそのような場になるのではないか。

委員  学校の保健室等に訪れる子どもは、心の問題を様々な体の症状で訴えることがある。体の影響が心にも現れるという内容を学ばせる必要があると考える。生活習慣とのかかわりに気づかせることも重要ではないか。

委員  「心の健やかさ」は別の委員会が議論していることもあり、仕分けが難しい。「心身の」としてしまうのも一つの方法かもしれない。

委員  心と体は一体のものであり、「体の健康」と「心の健康」は車の両輪である。また、自尊感情や自己肯定感、自他を大切にする気持ちが十分に育まれてなければ、ストレスに対する対処や、良い人間関係を保つことなどはできない。「心の健康」を考える時は、自尊感情を高めることにも視点を置く必要がある。

委員  自尊感情や自尊心を育てることに関して、「保健」で何ができるかということを検討する必要がある。このようなことは、問題行動の防止という観点からも重要である。

委員  資料2の3ページの4項目について基本的に賛成だが、これらが健康に関わるという視点を明確にしておかないと、他の教科との違いとが分かりにくいのではないか。
 心の問題について新しい科学的知見が集約されている。「全ての子どもが身につけるべきこと」として何を盛り込むかは難しい問題だが、そうした知見を何らかの形で盛り込むと「保健」の中で心の問題を扱うことの意味がより明確になるのではないか。

委員  心理学のテキストのように、病名まで教えることは好ましくないが、「保健」の中で、心理的、精神的な問題について、もう少し子どもに理解させるようにすべきではないか。

委員  教育課程審議会の教育課程の基準の改善に関する答申では、「教育課程の基準の改善のねらい」として「豊かな人間性」を挙げているが、その中で挙げられている事項の中で「保健」は何を担当できるのか。
 また、現行の小学校の学習指導要領では、5、6年生で「心の健康」を扱っているが、資料2の3ページの内容と、どのような整合性があるのか。

主査  資料2の4ページ「環境と健康」、5ページ「安全」についてご意見をいただきたい。
 「環境と健康」について、4ページの2番目のまる「温度、湿度、明るさ、換気など、必要に応じて調整する」に関連して、人間の快適性を求めると環境破壊につながるため、バランスをとる必要がある。このページの最後のまるで「ゴミの減量化やリサイクルの推進」とあるが、環境に負荷を与えるような生活は考え直す必要がある。

委員  現在の我々の生活環境は機械任せにしている側面が大きい。寒いときは寒いんだ、暑いときは暑いんだという、自己で環境に慣れていく指導が必要ではないか。

委員  子どもたちは、グローバルな環境問題に関わる法律や施策を支持することに関連して何か目標が立てることができないか。

委員  4ページの3つ目のまる「安全性が確保された水や食品を適切に選択~」について、「安全」の捉え方が人によって様々だと思うので、この表現でいいのか気になる。
 また、5ページの2つ目のまるに「災害等が発生した場合に」とあるが、被害を最小限にするための適切な行動の例が応急手当というのはいかがか。まずは「逃げる」ことだと思うので、記述を工夫する必要がある。

委員  脳を外傷から守るということは非常に重要なことである。実際に中学生ぐらいの年齢で、自転車に乗っていて死亡した事故のほとんどが脳の損傷である。脳を守るという視点を「安全」で盛り込めないか。

委員  「環境」については、温度、湿度、環境の改善問題、水の安全性などについて、もう少しわかりやすくすれば、特に問題はないのではないか。
 5ページの1番目のまるに「潜在的な危険を予測し」とあるが、これを学校でどのように教えていくのか。オール・オア・ノンではなくて、ある確率を超えると問題が多発するということをどのように教えるということだと思うが、今後、学習指導要領を検討する際に検討する必要がある。

委員  人間の体のすばらしさのようなものを教え、自己防衛能力、例えば体温調節や免疫機能などの限界を超えた時に対処が必要だという意味の環境と捉えた方が、子どもには理解しやすいのではないか。

主査  人間の適応能力は大きいという視点を、しっかり教えるべきだということか。

委員  その通りである。

委員  先ほどから、「全ての子どもが身につけるべきこと」について多くの項目が挙られているが、学校では、こうした課題を学習課題に切りかえて、再組織することが重要であり、それなくしては、多くのことを教えることはできないと思う。校長のリーダーシップの下、学校を挙げて取り組みむことが重要である。

【性教育について】
主査  自由にご意見をいただきたい。

委員  先日、田舎の小さな小学校の中学年を対象にした性教育の授業を参観した。男女一緒に、親も参観しながら授業が行われていた。私が学校に通っていた時には、性教育は全くなかったに等しく、女子に対して生理の指導があった程度だった。命という大切さという観点から、今後、中学生であろうが、高校生であろうが、性的行為をしてはいけないんだということについては、きちんと教えていく必要がある。ただ、学校間で差があるようであり、基盤づくりをする必要があるのではないかと感じている。

委員  子どもは、心や体の発達、育った環境、考え方などが一人一人異なっている。そのような子どもの集団において共通に勉強することは何かということ念頭に置いて、学校で性教育を行っている。性教育は、職員全体が共通理解の中で計画的に行う必要がある。集団指導とともに個別指導も必要に応じて行っているが、集団指導と個別指導は内容が異なるのが当然だと考えている。
 「性教育」は、豊かな人間性をはぐくみ、自分の生き方を充実させることにねらいがあると考えている。性教育は、心の健康と深くかかわっており、学習した内容を行動に移すためには自尊感情が重要である。

委員  我が国では性に対する捉え方が様々であり、学校における性教育の捉え方も教師によってもかなり異なることを認識しておく必要がある。学校における性教育として、今、現場で対応しなければならないことは大きく2つに分けられるのではないか。
 1つには、10代の人工妊娠中絶や性感染症の増加などの問題を考えた時の対処療法的な指導である。しかし、それだけでは目的は半分であり、行動選択させるための基盤となる自己肯定感や自尊感情を育てる必要がある。コンドームをつけたらうまくいくというようなハウツーを教えるだけでは不十分である。いざとなったときにそのような対応をすれば良いという問題ではないということを教える必要がある。
 また、発達段階に応じて指導することは当然であるが、心身の発達の状態には個人差がある。したがって、一律に指導すべきものと、個別に対応しなければならないものの区別を明確にする必要がある。
 また、「保健」の中で、自分の体がどのように変化して、大人の体になっていくのかということを、科学的な知識としてしっかりと理解させることが重要である。
 道徳や特別活動など他教科との関連性を、しっかりと洗い直することも重要である。

委員  教科の中で扱うということは、一律に集団全体に働きかけるというスタンスである。一方、保健室での指導などは、個人を対象とにした現実に合わせた指導である。学校教育の中でも、教科の部分とそれ以外の部分、あるいは教科間で役割分担を明確にしておく必要がある。現行の学習指導要領に基本的に書かれていることは、オーソドックスな良いスタンスだと思う。
 「保健」で、体の発育、発達についてしっかり教えることは重要である。
 現在は、小学校では「体育」で、中学・高校では「保健体育」で指導しているが、そのすみ分けについても将来的には考える必要があるのではないか。
 一律で教える教科の指導とは異なる個別指導においては、妊娠や性感染症などの問題について学校や地域の状況によって対応をある程度変えるなど、柔軟性を持たせた方が良いのではないか。その点を明確にすれば、学校で性教育として何をすべきかが明確になるのではないか。

委員  学校現場では、性病にかかったかもしれないという相談や、出会い系サイトをきっかけとした援助交際にまつわる相談を受けるなどの実態がある。このような実態に対し、個別に対応できるようにしておく必要がある。
 私の学校では、世界エイズデーに際し、養護教諭が保健だよりを作成した。その中で、性交渉で感染するからコンドームの使用が必要だという記述があっが、何人かの先生から「寝た子を起こすな」という意見があった。
 女性が一生のうちで排卵する卵子の数を計算し、あなたたちの命は多くの可能性のうちのたった一つの卵子と精子が結びついた大切な命なのだという授業をした後に、肉親からの虐待が疑われる子で、「僕なんて生まれてこなきゃよかった」が口癖だった子が、「僕っていてもよかったかもしれない」という発言に変わった。この時、授業で性を扱うことはとても重要だと実感した。

委員  参考資料の「性教育に関する有識者の意見」のA委員の3つ目二重丸の中の3つ目のまるが、私の「性教育」に関する考え方と非常に似通っている。「相手を思いやる心の醸成」の前に、例えば「自分や他者の価値を尊重し、相手を思える心の醸成」と変えると、学校で行う「性教育」で基本にすべきことではないかと考える。
 ここに書かれていることは、「心の健康」や「体の健康」についての情報に関する判断能力と重なっている。性教育はまずこうしたことを基本にしながらすべての子どもに指導し、その上で具体的な知識を指導するというアプローチが必要だと思う。個々の危険行動にだけ目を奪われるのではなく、危険行動の根底にある、自尊感情や対人関係の能力の問題などにまず目を向けることが、これからの方向性ではないか。

委員  だまされないということを、特に中学生にしっかり教えるべきである。また、性感染症に関してしっかり理解させる必要がある。妊娠についても理解させなければならないが、基本的には、簡単にだまされないという教育が非常に重要であると思う。

委員  性の問題を抱えている中・高生がいる一方で、人とのかかわりがうまくいかず、同年齢の子どもと対等につき合いができない子もいる。人とのかかわりの問題や、人間にとって性がどういうものかということを教えていくことが重要ではないか。
 今、現場は非常に両極端である。引いてしまって、取組が行われていないところがある一方で、どうしてこういうことを子どもに教えなければいけないのかと疑問を持つような内容を教えている事例もある。
 科学的な知識をしっかり教えた上で、相手を大事にすることや、人とかかわるためにはどうしたら良いかということを学ばせる場が必要だと思う。特別活動や道徳などとの関連性を検討しないと、「保健」の分野だけで解決できる問題ではないのではないかと考える。

委員  現行の学習指導要領では、小学校の4年で精通や初経を扱うとなっているが、これについては議論が今でもある。発達段階を踏まえた指導内容にすることついては、慎重に検討を行うべきである。
 性教育は議会でも問題になっている。
 中学校では、性交とコンドームの扱いについて特に問題になるので、今後検討が必要ではないかと考える。

委員  「性教育」の内容というのは広範にわたっているので、学校教育全体を通して身につけさせるべきものと、特定の教科の中でしか扱えないものを峻別する必要がある。
 また、すべての子どもが身につけるべきことが、性教育の中にもあると思うので、本当にそれがすべての子どもが身につけるべきことなのかという精査も必要ではないか。

委員  私が勤務している県では人工中絶の低年齢化が進むなど深刻な状況にあるため、県教委では、性教育の指導書の作成作業を行っている。昨年度発行する予定だったが、様々な意見が出されたため、性教育は人格の形成と豊かな人間性を育むことが目的であるという原点に立ち返って、現在審議を続けている。
 子どもの周囲では情報が氾濫している。そうした情報を判断する能力を身につけさせることが重要である。
 これまで、性教育を主に担当してきたのは、「保健体育」や養護教諭ではないかと思うが、性教育についても、専門家である産婦人科医や助産婦などを学校に招き、保護者とともに講演会を開くなどして共通理解を図ることも重要であると考える。また、このような専門家に個別相談や乗ってもらうことも重要である。

委員  人間の持っている性の能力については基本としてしっかりと教えていくべきである。子どもが共通に持っている不安を探って、一斉指導の中で生かしていく必要がある。ロールプレーや事例の紹介などを多く取り入れた指導が重要ではないか。

委員  人間も動物と同じように雄と雌があって、生殖のために性行為をするという動物的なところがあり、それは本能によって支えられている。しかし、同時に人間は文化を発達させて、本能の営みを理性、感性でコントロールしており、その点が動物とは根本的に異なる。しかし、今は本能が優先されているのではないか。理性で本能は制御できるということをしっかり教える必要がある。しかし、リスクに対する問題は大きな課題としてあり、その部分の対応も欠かせない。そのようなことを踏まえると、学校で何を教えるかが明らかになるのではないか。

【食育について】
主査  「食育」の用語は、江戸時代にも使われていて、子どものときから教えなければいけない重要なことと言われていたようだ。「食育」も今日の学校教育の重要な課題の一つである。

委員  「健やかな体を育む」という視点から考えると、スポーツに比べて、食育は取組の歴史が浅いのではないか。教員の養成課程においても、組織的に食に関する事項を扱っているということは少ないのではないか。栄養教諭制度が創設されたこともあり、食に関する指導は様々なメリットがあることを十分に認識した上で、早急に体系化を図っていく必要がある。

委員  人間の食行動は、心理的、社会的な影響を受けている。そうした事項に対する対処能力を育てるという観点も必要ではないか。

委員  食は、知・徳・体の基本である。学校教育の柱を、今までは「知育」・「徳育」・「体育」の3領域としていたが、「食育」を加えて4領域にすることが重要ではないか。
 学校給食が始まって100年を超えるが、今まで教育の一貫であるとの扱いをしてこなかったことを反省すべきではないか。そもそも「保健体育」や「家庭科」が軽視されていなかったか。

委員  我が国の学校給食において、食に関する指導が十分でなかったことは事実であろう。
 特に、小学校の場合、「保健」の中で食に関する事項は扱うが、体育の中に「保健」があり、体育とセットで健康を考えるとの位置づけになっていたため、食に関して系統的に教育課程の中に位置付けられていなかったのではないか。教育課程の中に食に関する事項を適切に位置づけるとともに、学校教育全体で食に関する指導を行う必要がある。教科間の整理も必要かもしれない。

委員  特別活動の時間が70時間から35時間に減っている。配付資料の中に、佐賀県の小学校の例があるが、これは研究指定校の取組であり、時間の確保がないまま、重要だからといって様々なものを受け入れるのは困難である。

委員  学級活動の35時間は、現行の学習指導要領においても減ってない。様々な課題を学校の中でどう体系化していくかが問題ではないか。

委員  栄養教諭制度が創設される意義を理解して、食育について、学校教育の全体の中に適切に位置づけていくことが重要ではないか。

委員  学校現場は大変忙しく、教科の再編成まで考えないと、食や性などの問題は扱えないのではないか。

委員  食の問題は社会的要素が大きい。子どもの肥満傾向の問題などを見据え、今の食の乱れに対して警告を与えるようなものが必要ではないか。そのためには、家庭との連携を重点的に行う必要があるのではないか。
 健康3原則は、ばらばらに扱うべきものではなく、食育も総合的に扱われるようにする必要があるのではないか。

委員  ある学校で、「早寝・早起き・朝ご飯」を学校のテーマにして、保護者にも協力してもらい取組を徹底している例を視察した。子どもにとって食べることは、選択したり判断したりというよりは、その環境を与えられることの方が多い。このため、保護者と連携して、学校ぐるみで取り組む必要があるのではないか。

委員  日本では、健康について、教科としては「保健」、「保健体育」で扱っているが、この括りでは、食の問題や性の問題がどうしてもはじかれる。もう少し現実に合った括り方にすると、教科の位置づけや中身について、もう少し整合性がとれるようになるのではないか。

委員  食生活に関しては、家庭の果たす役割が大きいと思うが、一方で、家庭のプライバシーを保護するとの観点にも注意しないと、過干渉になる恐れもあることに留意すべきである。

委員  「食育」に関しては親の教育という側面が重要であり、それが一つの理由となって栄養教諭制度が創設されたのだと思っている。親に対して先生が指導するというの項目が欲しい。

委員  家庭のプライバシーは保護する必要があるが、友人との団らんや準備・後片づけなどの学校給食の時間などでの経験は、家庭で応用して良いのではないか。

委員  基本的には、学校給食の時間での経験は家庭で応用できると思うが、これからの社会は、個性を持った家庭が増えてくると考えられる。このため、学校からの情報発信も、柔軟性を持ったものとすることに留意する必要がある。

主査  栄養教諭制度も学校の中での食についての教育を発展させる一つの形態だと思う。給食は生きた教材であり、給食の時間で一緒に食べる先生が一言何を言うかが、食育にとっては大きい。かつては家庭及び地域で食文化が伝承されていたが、現在は崩れているという現実がある中で、食育をどのように推進していくかは難しい問題であるが、食の文化をいかに継承し、発展させていくかが「食育」の一つの目的と思う。
 今後、続けて議論していくが、何か御意見があれば、遠慮なく事務局にメールでもファクスでも電話でもお手紙でも結構ですから、寄せいただきたい。事務局ではそれをまとめて、次回までにたたき台を出していただけると思う。

(スポーツ・青少年局学校健康教育課健康教育企画室)