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10年前の子どもとの違いや子どもを取り巻く環境の変化を踏まえて,生活科の内容の見直しを行うべき。
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異年齢の子どもで学べるのが生活科の特色の一つ。地域でも異年齢で学んだり遊んだりすることができなくなっており,生活科での異年齢で学びあったり,教えあったりする中で生まれる学びが大事である。
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生活科は人間がどう生きるかという問題のすべてにかかわっており,低学年だけの問題ではない。
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生活科に理科的な内容が不足しているという指摘があるが,生活科の内容の量的な面から見てもバランスはとれている。
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生活科は,子ども自身が体験し,気づいていくことに意義があるので,上から下へおろしてこれをやらなければならないという見方は違うのではないか。
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理科的な内容については,動植物の飼育栽培など生物にかかわる内容はあるが,物理にかかわる内容が少ないという指摘がある。
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「家庭と生活」の内容は,家庭環境の変化を踏まえて見直すべき。(例えば,家族の温かさや家族に守られているという気持ちを育てる指導など)
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「家庭と生活」については,家庭にあることを学校で学習するなどのやりにくさがあるが,内容的に非常に重要である。
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低学年でも,生活の中の道具としてのお金について,その仕組みや働き,生活における位置付けに関する基礎的な知識を学ばせてもよいのではないか。
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お金は使う機会は生活科の授業でもあるが,お金そのものの価値についての学習は低学年では難しいので,高学年以降などで行うことが考えられる。
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子どもを取り巻く環境の変化で考えると,メディアから子どもが随分毒されている。小さい頃から,情報の光と影の部分についても指導が必要ではないか。
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人とのコミュニケーションが希薄化している中で,生活科での人とのかかわりについての学習はますます重要。
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学習指導要領で内容を2学年まとめて示されたことで,各学校で指導計画を見直し,1年生と2年生の学習の連続を考えて指導することができた。
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1年生と2年生では,個々の児童で発達に大きな違いがあるので,内容を2学年まとめて示されたことにより,一人一人の子どもの実態を踏まえた指導が行えるようになった。
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この10年でインターネットと子どものかかわりは大きくなっており,低学年の子どもから入ってきている。そういうものを扱う教科領域がないのであれば,生活科で扱うことも検討する必要がある。
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子どもを育てる保護者に問題があるという意見をよく聞く。家庭生活の問題は子どもにとって大きな問題なので,生活科を家庭と学校を結ぶような教科としていくかどうかを含め内容を検討していく必要がある。
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生活科を3年生以上にあげることについて検討したらどうか。子どもに聞いても上の学年でもあった方がよいと聞くし,教員に聞いても10才くらいまであった方がよいと聞く。
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生活科と社会科は構造的に違う。生活科は自分とのかかわりだが,社会科は自分とのかかわりではなく客観的に社会を見ていくことが必要。1、2年で生活科,3年生から社会科をはじめる現状の形がよいのではないか。
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例えば家族や他人を傷つけてしまうことなど子どもは大きく変化している。そうしたことを考えると,命や家族についての指導を含め,3年生まで生活科を指導してもよいと思う。
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現状のように,生活科は2年まででよいのではないか。例えば,生活科での地図の学習体験は,3年生の社会科での学習に十分つながるし,子どもの発達段階からみて十分学習は成立する。
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生活科は具体的な活動を通して思考するという低学年児童の発達上の特性に即してつくられた教科なので,生活科を3年生以上にあげるのであれば,中学年以上の子どもの発達に即したものをつくる必要があるので単純にはいかない。
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生活科が教科で,総合的な学習の時間が教科でないのかということに疑問である。生活と総合に大きな違いはないのではないか。また,多様な子どもがいるのであれば,それに応じた学びができるような自由度をもっと大きくしたらよいのではないか。
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国は生活科の目標を示し,内容までは示さなくてもよいのではないか。
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生活科と総合的な学習の時間の違いは,生活科は教科としての構造論を持っていること。生活科の内容を考える際は,生活科をつくっている基本的な視点や具体的な視点を見直すことが必要。
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生活科は,理科と社会科から離れられないという意識が現場では強いのではないか。行動的なこと,コミュニケーション能力の育成ということを言っても現場はやらないのではないか。
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生活科は,理科と社会科が合体したものではない。自分とのかかわりということで,幼稚園教育との接続や学校への適応を図る観点から内容を検討している。
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「公共物と公共施設」の内容は,指導が難しくないか。公共の意識や精神を養うのは社会科でもなかなか難しい。
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低学年の子どもが社会を考えるのはどういう姿であらわれるかということであり,低学年児童であれば決まりやルールがあることや自分勝手なことをしないということが自覚されてきたときに社会を意識しているということがわかる。
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公共物との関連で言うと,電車に乗ってどこかへ行こうという学習活動をしたときに,子どもが自分たちで実際に体験したことから,白線の意味や駅員のアナウンスの意味に気づいてくれたと思う。生活科は具体的な体験を通して,そこにあるものの意味を子どもたちが気づく,感じ取るということが重要と考える。
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| ○ |
進路を考えるという視点で言うと,生活科の中で,いろいろな仕事や自分がどう生きるかという問題をもっと教えることも重要ではないか。
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小さい頃に,いろいろな体験を通じて,自分を肯定的に見ることができる,自尊感情を育てることが重要。自分という軸がしっかりないと,人や自然や社会と関係もうまく育たない。
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小さな頃から豊かな社会で生きているせいで,今の子どもにはハングリー精神が足りない。そうした気持ちも大事だということをどこかで身に付けさせていくべき。
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生活科は自分とのかかわりが強調されているところが,他の教科との違いと考える。動植物の飼育栽培にしても,自分とのかかわりで見ていこう,その中で気づいたことを大事にしていこうということだと思う。
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生活の目標の中に「集団や社会の一員として」という文言があるが,家庭生活の単元で単なるお手伝いとう発想の取組が多く見られるので,もう少し広げた発想がいると思っている。
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「自分の成長」にかかわる内容については,生活科の学習の評価にかかわる問題だと思う。現状は,1年,2年の最後にやる単元という発想が強いが,どのような活動においても自分の成長というものをその単元において感じて残して,そして年度終わりに振り返るということが大事なので,生活科全体を通じて大事にすべきと考える。「内容の取扱い」あたりで入れ込むことも検討する必要がある。
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| ○ |
生活科の教科書は,各学校でカリキュラムをつくるという観点からは必要ないのではないか。
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生活科の教科書については,教科書があったおかげで生活科が10年あまりで浸透したという成果があったと考える。
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生活科の役割は、人との関係を持つ技能をしっかり身に付けさせることではないか。
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体験や気付きは、小学校低学年だけの問題ではなく、人の一生にかかわる問題であり、非常に重要な要素。
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相互扶助の共存社会であるという仕組みと考え方を理解させることが生活科の軸となるべき。
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社会や自然、自分自身とのかかわりに対して、どういう気付きをもたせていくのかが生活科の基本。
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体験を通して学ぶことが重要であり、そのことにより、生活科の目標である気付きを子どもが持てるような指導が重要。
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ただ活動すればよいのではなく、活動の価値付けをしたり、一人一人の子どもの発見を大事に位置付けたり、伸びるように支援したりすることにより、豊かな学びになる。
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子どもが体験しても気が付かない場合などに、子どもに気付かせたり、子どもの気付きを明確にしたりするような、教師の言葉がけにより、科学的な見方につながるような気付きが可能。
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コミュニケーションは直接対話だけではない。手紙やメールなど様々なコミュニケーションメソッドがあることに対応すべき。
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伝えたい、上手くなりたいなど、それに向かって自ら努力していく気持ちを育てることが大切。
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学ぶことは楽しいという関心や不思議だと思う疑問をもてるようにすることが大事。
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学習環境の構成や道具の用意などを工夫することにより、子どもは考え、工夫し、気付いていく。
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自分で発見したことを話したり絵にかいたりして表現し、その表現を友達など他の表現と比較していく。それがコミュニケーション能力を高めていく。
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生活科において、異年齢の教育活動を一層促進するとなると、生活科の幅を越えてはいないか。異年齢活動などは小学校低学年全体で取り組むべきことではないか。
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異年齢活動について、活動そのものは否定しないが、年長児と一緒に活動することが幼・小の連携という短絡的なとらえ方があり、幼児教育と小学校の学校文化の違いや、教員の意識の問題も配慮して実施する必要がある。
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生活科は教科としての目標・内容を持っているので、入学当初における適応指導ではなく、単元構成の工夫によって、幼児からの学びや発達の連続性に配慮し、幼・小の連携に対応していくという案は非常によい。
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異年齢活動、特に年長児と一緒に活動を行うというのが果たして全国で本当にできるのかという疑問がある。本当にするのであれば、それだけのシステムをつくっておく必要がある。こうしたことは、あくまでも学校に任せておくべきであって、こういうところに例示として書くべきことではないのではないか。
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異年齢活動については、年長児をターゲットにした表現なのか、あるいは入ってきたばかりの1年生をターゲットにしているのか、うまく整理しないとわかりにくい。
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異年齢活動については、対象学年の児童について、それぞれ学習活動のねらいということを明確に持っていないと、小さな親切、大きなお世話になってしまう。
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生活科は合科的に教科学習を進める教科として出来たので、科学的な見方・考え方の基礎を育成するというような、プログラム的なものも含めて内容的なものを示すことはよい。
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現状の生活科は、自然イコール動物・植物という感覚が強く、自然というものの理解が非常に狭いので、もっとその対象が広いことをメッセージとして示すべき。また、科学的見方・考え方の基礎の例示を示すことについては、ここに示されていることが、基礎なのかということの見識が問われてくる。例示として示すことには疑問がある。
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科学的な基礎の例示は、これをどう入れるかとか、入れるか入れないかという問題も含めて、これからいろいろ議論されなければならない。
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科学的な見方・考え方について、自然の不思議さやおもしろさを実感する活動については異論はないが、例の挙げ方として、ゴムや磁石を使ったという書かれ方をすると、一斉に各学校でゴムが飛んでいたり、それから磁石で何か車を走らせているとか、シャボン玉を使っているとか、そういったところに行ってしまう危険性がある。非常に魅力のある材ではあるが、この書き方では、そういった誤解が生まれる危険性を感じるので、十分検討が必要。
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| ○ |
気づきというのはあくまでもその質を高めていくということがあって、そのために体験と、それから発見したことということの組み合わせで、見つける、比べるなどということは大変いいことである。その上で、この気づきを日常の学習活動に生かすことを重視する、ことなどもつけ加えるべき。
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安全教育の充実、最近の社会の変化で安全な登下校というのは既に行われていて、これを充実することは異論はない。ただ、指導の充実ということで、ああしてはいけない、こうしてはいけない、これを気をつけなければいかんという「ねばならない」という羅列を避けるため、例えば、自分と周りの人とのかかわり、親密に感じるような部分と公共、パブリックな場での人のやりとりといったことを内容として起こしていくことが必要ではないか。
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安全教育については、交通関係や防災関係の安全についても必要ではないか。バリアフリー的なニュアンスのものも入れて、単なる不審者対策だけに終わらないようにしていただきたい。
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生活科も教育活動であるので、子供のどの能力を育成するのかということをしっかり明示することが必要。安全問題は心の安全と体の安全と身の安全とあるので、身の安全ばかり出してみても仕方がない。心の安全はどうするかというものも含めた安全教育の体系みたいなものをしっかり出すべきではないか。
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命ということに対して目を向けられるためにも、動植物とのかかわりの充実が必要。
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安全については「通学路の様子を調べるなど」の調べるというところから受けるイメージが弱い。やはりもっと人とのかかわり、スクールガードであるとか、いろいろな方とのかかわりを通してそのあたりが学べていけるという、生活科の特性を生かしたような表現がもう少し具体的に入るべき。
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「気付きの質を高めること」について、最後の部分が「体験と言葉とのかかわりを重視すること」で終わっているので、読むと何か違う感じを受けてしまうので、表現の修正する必要があるのではないか。
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体験と言葉としたことは非常によい。生活科は具体的な活動・体験を重視するので、例えば豊かな言葉や論理を持つことにおいて体験があるということが強みということを生活科のコンセプトにしていくとよい。これが、ある言葉を教えるために体験させるという逆の表現だと、生活科を矮小化していく。
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通学路の様子、安全な登下校と、通学路だけに限定しているが、子供たちは地域に、例えば友達と遊びに行く場合など子供たちなりの活動範囲がある。そういったところにも広げて考える必要がある。
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生活科は主観主義に陥ってしまって、自己満足で終わりかねないところが、今回是正され、かつより客観的に、知的に、科学的に見ていこうというところが出されてきた点、気づきをもっと見つける、比べるということで自覚化させていくという点は評価できる。 |