ここからサイトの主なメニューです
資料14

教育課程部会(第3期第28回)における主な意見(総合的な学習の時間、生活科関係)

(総合的な学習の時間)
 総合的な学習の時間において、教科横断的、総合的な学習を行うことを明確にするという方向は賛成。また、目標としては教科横断的な学力を育てること、方法としては、体験的、総合的な活動を行うことを明確にしてはどうか。さらに、内容的にも、各教育課題を例示として入れることが考えられるが、その際に幾つかの教科との関連を明確にすることを加えてはどうか。
 総合的な学習の時間において、子供たちが自由に、勝手に追究するのではなく、追究のための方法論のようなことはしっかり教えていくべきではないか。大学でもそうだが、例えば卒業論文で自分の自由なテーマを追究する場合、そこに至るまでにどうやって資料を集めるのか、どうやってまとめるか、いろいろな分析の方法論であるとか、発表の仕方、討論の仕方、論文の書き方などは、随分丁寧に教わっている。そういうことを生かしてこそ自由な探究ができるようになる。
 小学校3年生、4年生くらいの総合的な学習の時間は、混沌とした状態、分化する前の体験的な活動として下地となるようなものを育てていく、生活科の延長としての総合というイメージがある。逆に高校とか中学だと、卒論からおりてきたようなイメージがある。
 総合的な学習の時間は、学習指導要領の総則に位置付いている。このため、現場の教員が読んだときに、教科という位置づけでなく、道徳のように章立てにはなっていないということで、非常に埋もれやすく読みにくい、全体がどういうことなのかなということがわかりにくい指導要領になっていると感じるので、少なくとも章立てぐらいにして特出しにした方が、現場はよりわかりやすいのではないか。
 トピック的な今日的課題については、義務教育の中で、すべての子供が問題として認識していく、どの子もそうしたことに関心を持ち、認識を持って義務教育を終わることが大事だと考える。このため、総合的な学習の時間でどう扱うか、ある程度触れるべきではないか。
 発達段階から見て、小学校3、4年は、子供の興味、関心中心で、体験を通じて総合化していく学習でよいが、5年、6年から中学校も含めて、ある程度総合化された内容を持った、例えばトピック的な総合化された学習を行うなど重点化を図るべき。
 環境、平和、国際理解、福祉などのテーマを示すと、ほとんどの学校がそこに収斂していっている。このため、ねらいを余りにも明確化すると、逆に教科化していく可能性がある。
 総合学習の成果の1つは、地域に出て、地域での実際の生活や体験活動が可能という点。地域、商店街あるいは中小企業の実態を体験することを通じて、社会的な部分、算数や数学的な面、物を売ったり買ったりする金にまつわる問題、儲けの有無など経済活動の問題等、キャリア教育の側面を学習できる。これらが今後どうあるべきか、検討してはどうか。
 総合的な学習の時間を実施する際、各学校が非常に困っているのは、財政的な問題、子供たちの安全の問題、人的配置が非常に少ない点などである。
 総合的な学習の時間は、横断というが、教科横断と同時に、学校内における学年ごとの横断、あるいは学校を越えた、幼小、小中、中高連携といった縦の連携に一番ふさわしい時間である。
 総合的な学習の時間は、完全実施から既に4年が経過し、学校によって、また地域によって総合学習のねらいが必ずしも十分達成されていないという地域もあるが、十分達成されている地域もあるので、こうした実践を分析して情報提供するということは重要。
 現実社会の中ですべての教科の知識を動員して、その課題を解決する、そこに総合的な力、総合学習の意義は踏まえつつ、学び方とか目的などは、系統的に「この段階ではこうである」と示してもいいのではないか。
 現在、余りにも多くの教科内容が入ってきていて、教科の補充や発展学習に使われているという実態がある。総合的な学習の時間を推進するには、カリキュラムと教材開発を相当丁寧にやる必要がある。また、現場の自由という感じで任せてしまうと、範囲が際限無く広がる。さらに、教科内容との横断的な学習を行おうとするなら、教科内容がきちんとできなければならない。このため、学習指導要領全体として、基礎・基本と総合的学習のあり方をもう一度精査し、現場に即した提案をすることが重要。
 中学校長の多くは、総合的な学習の時間のねらいに賛成している。一方で、基礎・基本の定着が重要。このため、必修教科重視ということと、総合的な学習の時間の授業時数とのバランスはしっかり検討すべき。
 「中学校では仕事や自己の将来を考える学習などを例示として加えることが考えられるがどうか」について、賛成。例示として加えるべき。職場体験あるいは職業体験を通して考えさせることは、学校においては極めて重要。一方、どの時間でやるかというと、総合的な学習の時間を活用してやらざるを得ない。例えば、5日間の職業体験、5日間連続でやると30時間を要する。その30時間という時数をどこで生み出すのか。教科では無理、特別活動の中でも無理である。
 また、職業体験や職場体験等の日数、時数については、各学校の実情に応じた、あるいは受け入れ事業所があるかといった地域との関わりが大きいことから、学校や地域の実態に合わせて、それぞれの学校の裁量に委ねる方向で検討すべき。
 総合的な学習の時間をやればやるほど各教科の何が弱いのかが明らかになる。各教科を横断的にまとめた形でやるということは、何が弱いかが一層際立ってわかるため、課題が明らかになる。その際に一番大切なのは評価であるため、評価のあり方を研究して、いろいろな実践事例を提供することが必要。高等学校は多様化しているがゆえに、モデルをたくさん示すことが必要。
 総合的な学習の時間は、学習指導要領のような参考とするものがないことから、苦労するのは当たり前。多くの教員が単元を構想した経験がほとんどないことが問題。ねらいに即した単元構想力の向上や実践事例の提供が必要。

(生活科)
 幼小連携の観点から、生活科の中に、子供たちのグループが共通の目標を持って、長期にわたって協力しながら活動する「共同的な学び」といったことを取り入れてはどうか。
 生活科においては、気付きにも似た「感覚」を重視すべき。人間感覚、道徳的な感覚、平等感覚、自然感覚、社会感覚などを、低学年の時期に教える側がしっかり意識して育てていく必要がある。
 幼小連携の問題は、生活科の問題というより、幼稚園教育要領と小学校学習指導要領の問題ではないか。
 生活科の中では気付きとか関心だけに終わっているのではないか。もう少し「なぜ」ということを、生活の中で関連させたり自分の身の周りで考えさせる、生活に非常に関係あるものが何らか法則で成り立っていることを小学校1年の段階からやっていいのではないか。こうすることで、3、4年の理科に生きてくる。


ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ