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教育課程部会 豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会(第10回) 議事録

1.日時

平成19年10月15日(月曜日) 17時~19時

2.場所

丸の内東京會舘 「ゴールドルーム」

3.議題

  1. 豊かな心をはぐくむ教育の改善充実について

4.出席者

委員

 本田主査、山口主査代理、石川委員、石隈委員、伊藤委員、押谷委員、小林委員、曽我委員、中西委員、日比委員、檜山委員、藤永委員、掘田(力)委員、峯川委員、宮川委員、森委員、諸富委員、渡部委員

文部科学省

 布村審議官、高橋教育課程課長、木岡児童生徒課長、牛尾視学官、森友学校教育官、森嶋視学官、永田教科調査官、谷田教科調査官、杉田教科調査官、宮下教科調査官

オブザーバー

 田村教育課程部会副部会長、安彦教育課程部会委員、井上教育課程部会委員
国立教育政策研究所
 大槻教育課程研究センター長

5.議事録

【本田主査】
 まだおそろいにならないようでございますが、定刻でございますから、始めさせていただきます。
 本日は、第4期第3回(第10回)の豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会ということになります。夕方の時間、お集まりいただきましてありがとうございました。
 本日は教育課程部会から、田村教育課程部会副部会長、安彦委員、井上委員にご参加いただいております。よろしくお願い申し上げます。
 さて、まず初めに事務局から配付資料の確認をお願い申し上げます。

【森友学校教育官】
 それでは、配付いたしております資料の確認をさせていただきます。まず、資料1が本専門部会の委員名簿でございます。資料2から資料4は、本専門部会におきますこれまでの主な意見でございまして、資料2が第3期におけるこれまでの主な意見、3と4は、第4期第2回、第4期第1回における主な意見でございます。それから、資料5が本日、ご意見を賜りたいと考えております事項を示しました論点案でございます。資料6、7は、前回お配りいたしましてご議論いただきました「道徳教育の現状と課題、改善の方向性」の見え消し版と反映版、資料8、9は、「特別活動の現状と課題、改善の方向性」の見え消し版と反映版でございます。資料10が「言語力の育成方策について」の報告書案でございます。資料11は、現在、教育課程部会におきましてご議論いただいておりますこれまでの審議の概要(検討素案)でございます。最後に、資料12は、道徳教育と特別活動に関するデータ等を記載しております参考資料でございます。
 以上でございます。

【本田主査】
 それでは、議事に入らせていただきます。
 本日は大きく分けて2つ、論点がございます。1つは、これまでの指導内容の改善などの審議を踏まえまして、道徳教育の教材についてご意見を賜りたいと思います。教材に関するご議論は今までの専門部会でも散発的に話題として出てきておりましたけれど、「道徳教育の教材について」という形でテーマを絞ってご議論をいただいたことがございませんでしたので、今日は、それを中心にまとまった時間を取りたいと思いますので、どうぞ、十分にご意見をお出しくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
 それから、もう1つ、現在、教育課程部会で検討されております審議の概要の総論の部分に、本専門部会で関係の深い道徳教育、体験活動、キャリア教育についてどのような事柄を盛り込むようにすればよいかということについて、ご審議をお願い申し上げたいと思います。
 資料6から9までは、道徳教育、特別活動の現状と課題、改善の方向性に関する資料になります。これは、今までご審議いただいた中で、十分ご議論いただいている事柄を整理したものでございますから、ご参考までにご覧いただき、特段のご意見がありませんでしたら、これで進めさせていただきます。
 それでは、まず、道徳教育の教材の在り方について、ご意見を伺いたいと思いますので、事務局の方から関連資料の説明をお願い申し上げます。

【森友学校教育官】
 それでは、資料5「論点案」をご覧いただきたいと思います。論点1として挙げさせていただいておりますが、現在、本専門部会において検討している道徳教育の改善の方向性の内容を踏まえつつ、取り扱う題材等教材の内容について、どのような工夫が考えられるかというものを挙げさせていただいております。
 本専門部会におきます道徳教育の現状と課題、改善の方向性につきましては、資料6、7に記述しているものでございます。参考といたしまして、下の四角囲みの中に主なものを抜粋しております。
 例えば、1つ目の○ですが、道徳教育の指導内容について児童生徒の自立心や自律性、生命を尊重する心の育成をどの段階も通した重点として押さえるとともに、そこに掲げてある事項などを育成するといった観点から、学校や学年の段階ごとに取り組むべき重点を示すといったものでございます。
 あるいは、道徳の時間における学校や学年の段階ごとの指導内容の重点化の例といたしまして、小学校につきましては、低学年で、例えば、基本的な生活習慣や善悪の判断、きまりを守るなど日常生活や学習の基盤となる道徳性の指導等を重視する。中学年では、集団や社会のきまりを守り、身近な人々と協力し助け合うなど体験や人間関係の広がりに配慮した指導を重視するといったことです。高学年につきましては、相手の立場の理解と支え合い、集団の一員としての役割と責任などに関する多様な経験を生かし、夢や希望をもって生きることの指導を重視するといったことが記載されております。
 また、中学校につきましては、法やきまり、社会とのかかわりなどに目を向ける、人物から生き方や人生訓を学んだり自分のテーマをもって考え討論したりするなど、道徳的価値に裏打ちされた人間としての生き方について自覚を深める指導を重視するということが掲げられております。
 また、特に小学校高学年や中学校の段階で、法やきまり、人間関係、生き方など社会的自立に関する学習において、より効果的な指導を行うため、指導方法や教材などについて工夫することが必要と記載しております。
 この教材の関連でございますけれども、資料12の参考資料をご覧いただきたいと思います。37ページですが、現在、道徳の時間の指導で使用されている教材についてのデータでございます。こちらのグラフをご覧いただくとおわかりになりますように、一番使用されていると出ているのは、6「心のノート」でございます。上段の小学校で97.1パーセント、下段の中学校で90.4パーセントといった状況になっております。また、上から2段目の2ですが、「都道府県や市町村教育委員会において開発・刊行した読み物資料」とか、その下の「民間の教材会社で開発・刊行した読み物資料」などにつきましても多くの学校で使用されている状況にございます。本日の議論の参考にと思いまして、机上に民間の教材会社で作成している、いわゆる「読み物資料」、「副読本」と呼ばれるものを置かせていただいておりますので、適宜、ご参照いただきながらご意見をいただければと考えております。
 それから、直接、本日の議題の対象とはなっておりませんが、前回お配りしてご議論いただきました資料6、8になりますが、道徳教育と特別活動の現状と課題、改善の方向性の修正をいたしている箇所について、簡単にご説明を申し上げたいと思います。
 まず、資料6の道徳教育の現状と課題、改善の方向性についてでございますが、3ページ目をご覧いただきますと、幾つか修正を施しております。主な事項につきましてご説明申し上げます。例えば、○の2つ目、高等学校の2つ目のパラグラフでございます。高等学校の箇所に人間としての在り方生き方を考えるということが書いてあるけれども、もう少し具体的なことを入れるべきではないかといったご意見を踏まえまして、「社会の一員としての自己の生き方を探求するなど」といった例示を挙げております。
 また、下から4つ目の○、赤い○でございますが、道徳的価値観の形成を図る観点からの活動として、書く活動に加えて、語り合うといった活動も道徳については非常に重要な役割を果たすというご意見がございましたので、その旨、記載を加えております。
 それから、その下の情報化への対応についての記述でございますが、前回のご意見でも、1つの○として事項を立てて特立てするような形にした方がいいのではないかといったご意見がございましたので、そのような扱いにしているところでございます。
 それから、続きまして、資料8の特別活動の見え消し版でございます。2ページ目をお開きいただきますと、3つ目の○で赤字のところを加えております。「道徳や総合的な学習の時間などとの有機的な関連を図ったり、指導方法や教材を工夫したりすることが必要である」といったことを、ご意見を踏まえ、加えております。
 また、2ページ目の最後の2のところですが、「高学年では自己の生き方を取り上げるなど中学校における教育との接続」という記述につきましても、前回、このようなご意見がございましたので、そういった内容を加えさせていただいております。
 それから、その次の3ページですが、3つ目の○で、学校行事については、もともと学校への帰属意識という記述ぶりをしておりましたが、より適切な表現に改めるという観点から現行の規定も踏まえまして「集団への所属感や連帯意識」といった表現に修正しております。
 中学校、高等学校につきましても、小学校につきまして、今ほど申し上げました内容に連動するものを修正しているところでございます。
 以上でございます。よろしくお願いいたします。

【本田主査】
 ただ今ご説明のありました道徳教育、特別活動の現状と課題、改善の方向性の見え消し版の部分でございますが、これは前回、皆様がご議論くださったご意見を過不足なく取り込んであるというわけでございますから、ご了承いただければと思います。
 それでは、ただ今のご説明を踏まえまして、道徳の教材の在り方について、ご意見を伺いたいと思っております。前回も、「心のノート」のもう少し多彩な活用というようなご意見もございましたし、また、「心のノート」に限らず、民間などでも非常に面白い教材を出しております。あるいは、地方自治体などもいろいろな教材を出しているというご意見もございましたので、それらをめぐって、少し具体的にお話が頂戴できればと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 いかがでしょうか。学校現場の先生方、まず、何かご意見をお出しいただければと思います。

【森委員】
 資料8の特別活動の改善の方向性の3点目でございますが、改善の方向性の中に「その際、道徳や総合的な学習の時間などとの有機的な関連を図ったり、指導方法や教材を工夫したりすることが必要である」という文言を入れていただいて、本当にこれは先生方が指導を展開する上で何かの目安が出て指導し易くなるなという感想を持ちましたが、熱心な教員は、各自で指導方法や教材の工夫をしております。この際、この文言では、個々の教員が工夫しなさいという読み取りもできないことはないだろうと思います。やはり、国として、初任者にも、初めて学級を持った担任にも使えるような教材について、国としての支援が必要であるという記述があればありがたいという感想をもっております。
 例えば、道徳教育を実践的に支える特別活動としては、話し合う内容にはこのようなことがありますよとか、こんな手順で話し合って解決していくことができますとか、友達と仲よくなるなど人間関係をつくるためにはこんな方法がありますということが教材として具体的にあれば、新採用の先生方も、あるいは、特別活動にそれほど関心を示さない先生方にも何かの示唆をもらい、指導し易くなるのではないか、そういう感じをもっております。

【本田主査】
 前回、道徳教育と特別活動は相補的な関係にある、お互いが補い合って、裏と表の関係で動いていかなければならないというご意見がございましたが、そのようなことを考えると、道徳教育の理念を特別活動においても実践するためには具体的な教材があると大変わかりやすいというご意見でございますね。

【森委員】
 はい。

【峯川委員】
 私は、この「心のノート」を充実していけばいいかなという気持ちをもっています。「心のノート」は現在のものでも大変よくできていると思うのですけれども、使用する先生の声を聞きますと、子どもたちがサッと見て終わってしまうようなページもあるとか、それから、子どもたちが1回書くと、もうそれで書く場所がなくなってしまって終わってしまうようなページもあるとか、そういう意見がございます。私もそれに反論はあるのですけれども、そんなことで、中身をもう少し充実していくといいかなということです。
 それから、特別活動との関係で言えば、かつては学級活動をするときに、こういう副読本をよく使って学級の中で進路指導などを行っていました。そういうことが最近はあまり見られなくなっているのではないかと思います。この道徳的な実践というようなことから考えて、学級活動の中でも使えるような内容を組み込んでいく。例えば、これから職場体験などは多くの学校で実施するようになります。そういう具体的な体験活動の後にどんな印象を持ったかとか、どんな思いをしたかというようなこととか、行く前に、マナー、礼儀とかを指導しなければいけませんから、そういう具体的なものも「心のノート」の中に入れていくといいかなという思いをしております。

【本田主査】
 「心のノート」をもっと多方面に広げたような具体性を持たせた改訂が望ましいのではないかというご意見でございますね。

【峯川委員】
 はい。

【藤永委員】
 幾つか申し上げたいことがありますが、まず、「心のノート」に関しては、道徳の時間のためだけに作ったものではありませんので、その趣旨をきちんと踏まえた上で活用していただくというのは教師用の手引き書にも書いてあることなので周知はされているだろうと思います。しかし、まだまだ実際に使われている様子を見ますと、例えば、道徳教育の年間指導計画に「心のノート」のページ数をペタペタと張りつけているようなものすらあったりするような状況もあるので、趣旨をきちんとわかっていただいた上での議論しなければいけないと思います。
 もう1つは、「心のノート」の改訂ということになるのですが、どういう方向性で改訂するのかというのは、ここで議論するべきことなのかどうかはわかりませんが、相当、大幅な改訂を行うとなると大変だろうと思います。かつて作成協力者として経験したことから言いますと、もう乾いた雑巾を絞っても何も出てこないぐらいの知恵を現在の「心のノート」にはつぎ込んだつもりでいますので、大変だろうと思いますが、何とか、よりよいものにしたいという意欲は大いにかき立てなければいけないと思います。
 それから、資料と言いますか、私は、今まで「道徳の教材」という言い方はあまりしてきませんでした。基本的には、「資料」という呼び方がとても長く続いておりましたので、「教材」と呼ぶのか、「資料」と呼ぶのかというのもここで議論する話ではないかもしれませんので、とりあえず、「教材」というふうに主査が仰ったので申し上げますが、各民間の出版社も相当努力していると個人的には思っています。ただし、使いこなすというか、道徳の時間にきちんとそれを乗せる教師の指導力が非常に不足していると思います。机上にサンプルを出していただいているので見られたらわかるように、これらは、道徳の授業のためにつくってあるので、とりあえずは、何を言いたいのか、少なくとも、ここにいらっしゃる委員の方々だったらさっと趣旨がわかると思います。わかり過ぎて、俗に、「くさい」とも言われたりするのですが、くさいのをくさいままで指導をしたのでは何にもならないのです。子どもだって、一読すればわかります。もう低学年であっても、この資料を読ませてみたら、この授業で何を自分が発言したらいいのか、どういったら先生が喜んでくれるのかを見抜くわけです。ところが、それで授業を終わるのだったら何の新しい情報も子どもには入っていかない。やはり、1回ごとの授業で新しい学びを獲得してこそ授業は面白くなるし、学年が上がるにつれて道徳の時間が楽しくないというのは、資料をきちんと読みこまずに授業をいいかげんに流しているからそういうことが起きているのだろうと強く感じています。
 ですから、まず、読み方をきちんと、どういうふうにして先生方に力を付けていただくのかということの方が、教材の善し悪しを云々するよりは、緊急かつ効果的なことではないかと思っています。やはり、出版社にしても、非常に知恵と工夫は随分出しているのではないかと思います。
 この専門部会の議論する話ではないのでしょうけれども、やはり、教員の質をどのように上げるのか、今、現場で困っているというか、熱心な人と、熱心でない人があまりにも極端に離れていて、学習指導要領をどんなに工夫しても、教材をどんなに工夫して、こんな授業ができるんですというサンプルを提案してみても、やっても、やらなくても同じどころか、やるべきではないとか、中学校に至っては、放課後の部活の中で道徳教育をやっていますというようなところを見かけると、もう、何が肝心かというと、教材論をあれこれするよりは、もっと先にすることがあるだろうというのが個人的な意見で、ちょっと感情的な言葉に聞こえるかもしれませんが、日々、学校の先生方と接していると、そういうことをとても強く思います。とにかく、資料をきちんと読めるような力を付けたら授業は格段に変わると思います。

【檜山委員】
 今のご意見をお伺いしていて、同じようなことを思う部分があります。今日お配りいただいた資料6の3ページのところに高等学校の部分が出てくるのですが、教材ということですが、私は、高等学校の立場で言うと、道徳教育は非常に遅れていると思います。遅れているというか、まだ意識されていないという状況だと思います。今回、この資料6の3ページにありますように、「高等学校においては、高等学校の全教育活動を通じて道徳教育が効果的に実践されるようにするため、学校としての指導の重点や方針を明確にし、道徳教育の全体計画の作成を必須化するとともに」となっていますが、これは大変意義があると思います。必須化する、教育活動全体を通してやるという形ですけれども、全体計画を必須化する、もっと言えば、道徳教育を公開せよというところまで行けばいいと思いますが、まだ全体計画の作成の必須化の段階だと思います。そして、どのレベルでやるのか、どこでやるのかということについても、公民科の現代社会とか倫理とか、総合的な学習の時間とかがありますけれども、それが十分、教材として道徳教育の観点から、学習指導要領には書き込まれており、特に倫理などは明確になっていますが、その観点から教材がつくられて実践されているというのも、まだまだだと思います。
 そういう意味からすると、今回、道徳教育の全体計画を必須化するという中で、具体的にどのようにやっていったかという中身を積み上げていく、そういうことが必要だというふうに思います。
 そのような面で、進んで実践している県もありますけれども、まだまだこれからの県もありますので、こういうふうにここへ書き込んでいくことが、まず緒につくことだと思います。

【中西委員】
 多岐にわたる問題だと思いますけれども、主査の提案されているのは、教材等の内容についてということですね。ですから、それに限って発言をいたします。例えば、今、問題になっております「心のノート」ですが、これをずっと拝見しますと、ここに書いてある言葉は大人の言葉です。しかし、最後を見ますと、「○年○組○○」という子どもの名前を書くようになっているんです。そこで私は混乱いたしました。つまり、私が混乱すれば子どもも混乱するだろうと思います。これはやはり、今の状況では、先生方が「心のノート」を持っていて1つの指標にするといいますか、段取りをつけるというか、道徳教育の手助けとして大変有効な内容がずっと並んでいてすばらしいと思います。しかし、これを子どもに与えて、子どもがこれを読んでみて何を得るかというと、皆目わからないだろうと思います。
 例えば、今、小学校高学年用の「心のノート」を偶然開いておりますが、「生命を愛おしむ」というのがありますが、「生命を愛おしむ」という言葉は明らかに大人の言葉でありますし、疑問を感じます。ですから、暴論を申しますと、全部、このような形を改めてはどうか。やはり、「生命を愛おしむ」という言葉は入りにくい。だけど、ある1人の生き方としてストーリーがあったときに、それが命を愛おしんでいるような生き方だったらよくわかる、ビンビン響いてくるということだと思います。ですから、そのようなストーリー性をもった、子どもたちが直にこの中から何かを発見していくような教材をつくるべきではないかと思います。

【日比委員】
 日常的に教材を提供している立場から申し上げたいと思います。私の所属しておりますNHKでは、昭和34年に教育テレビが始まったときから学校放送としまして道徳の番組を放送しているわけですけれども、現在、小学校向けには、低学年、中学年、高学年向けに、それぞれシリーズを、年間20本の番組を1本当たり15分の時間尺で提供しております。やはり、時代に合わせて内容の変化もしておりまして、特に、低学年は人形劇、中学年は学園ドラマ風のつくりで、実際の子役の子どもが出てくるドラマ、5、6年生向けはドキュメントというふうになっています。前は、高学年もドラマだったのですが、先ほど、先生から、子どもの方が先読みしてしまうというお話がありましたが、子どもの認知というか、発達の実態に合わせて、ドキュメンタリーの方が心を打つということもございまして、数年前にモデルチェンジしました。
 そういう形で放送教材を提供しておりまして、やはり、学校放送の利用ということで言うと、道徳は非常に高い利用率がございます。平成18年度の全国の学校への抽出調査でも低学年で4割強、高学年でも2割を超える利用率で、学校で日常的に使っていただいております。もちろん、学校放送ですから、学習指導要領にすべて準拠するような形で出しておりますが、もう1つは、そういう映像教材を出すだけでなくて使い方ですとか、内容、あらましが教材研究として事前に先生方にわかるようにホームページでも情報を提供しており、事前の先生の授業の組み立てに役立つようなところまで情報提供するというふうに、もう2,000年ぐらいから取り組んでまいりました。
 もちろん、公共放送の学習教材ですから利用に関しての費用は全くかからないわけですが、私たちが発信している教材のほかにも、例えば、コンピュータ教育開発センターが数年前に開発しました「ネット社会の歩き方」というような情報モラルを扱った非常にいい教材などもありますので、時代時代に合わせた教材が社会のいろいろなところにあるわけで、これを、ここに行けば、これがあるという情報がまだまだ足りていないところもあると思います。まだ、私たちの学校放送にしても知らない先生がいらっしゃるような現状もございますので、そういう広報、PRも重要だと思っております。

【本田主査】
 ただ今、大変面白いご提案いただきました。今の時代でございますから、やはりメディアを活用することも非常に重要なことで、またやりやすいことであろうと思います。教材というと、どうしても私どもは教科書的な副読本をイメージしてしまいますが、そうではなくて、いろいろなところに多岐にわたって教材はあるのだ、それをリストアップして教員の方にわかりやすく提示していくことも、もしかしたら必要なのかもしれないし、あるいは先ほど藤永委員が仰ったように、それを使いこなす教員の能力を養うことは、またこれは極めて重要なことで、それはそれで考えなければならないかと思います。
 それから、「心のノート」が大人向けの言葉で作成されている。これは作成の段階ではいろいろ考えたのですが、やはり、でき上がってみると大人向けというか、大人の言葉で、大人の理念で語られているというところがあるようですから、もし、改訂を図るなら、ただ今のご意見を尊重して改訂を考えなければならないということになろうかと思います。

【諸富委員】
 今のNHKの道徳の放送の小学校の高学年用のドキュメントへの変更のお話がありましたが、あの改訂がこれからの道徳の教材の在り方の具体的ないい例だと思うんです。私の周りでも、前のときは、高学年の先生はNHKのテレビを誰も使っていませんでした。けれども、高学年がドキュメントになると、急に皆さん使い始めたのです。これなら使えると。つまり、大人が見ても頭を抱えるような難しい問題を提示したり、大人が見ても感動するような、つまり、いかにもつくりものじゃない、私が、制作している方に伺ったら、「子ども版プロジェクトX」というのをイメージして制作されたということなので、大人でもうならせるようなレベルの高いものじゃないと小学校高学年以上には通用しないということを示しているいい例だと思います。なので、是非、そういう方向でいろいろな教材をつくっていったらいいと思います。
 あと、2点ほど申し上げますと、「心のノート」なのですが、私も、これは、世間で言われているよりもはるかにできはいいと思います。これは結構使えるなと思っている点も多いのですが、もう少し使い勝手が、例えば、中学校版の49ページに、「きみにはあるよ、こんないいとこ」というページがあります。これはおそらくエンカウンターで一番使われている「いいところ探し」というエクササイズをイメージしてつくられたものだと思いますが、これだと2人分の記載項目しかないため、二人分しかいいところが書けないのです。2人にしかいいところを伝えないとなると、これはもう使えないということで先生方が敬遠する。ですから、これは書き込み式ということですから具体的な作業が伴いますので、現場での使い勝手を考えて、もう1回、作り直されたらすごくいいものになるのではないかと思います。
 それから、教材ということで言いますと、実は、この前、ある出版社から道徳教育の内容である『畏敬の念』を扱った授業に関する本を出させてもらったのですが、これは、先生方が道徳の内容項目の中で一番実施率が低い項目の1つです。「畏敬の念」とか「人間を超えたもの」となりますと、大切さはわかっているけれども、どうやって授業をしたらいいかわからない。このように、大切だけれども、やり方がわからないというふうに言われている項目について、できれば国の方でリードしていただき、こんな資料もあるよという資料集みたいなものを出していただけると大分、実施率が上がるだろうと思います。先生方は、大事だとは思っているのだけれども、どのように指導を行ったらいいかわからないというふうに思っている内容項目もありますので、具体的な教材を提示していくべきではないかと思っています。

【本田主査】
 以前もモデルになりそうな事例集をつくったらいいというご意見も専門部会の議論の過程では出ておりますが、そんなことでもあるわけですね。

【藤永委員】
 テレビ番組についての補足意見ですが、子どもは学校でテレビが観られるというのはとてもうれしいのです。とりあえずは、中身に関係なく嬉しいのです。さらに、テレビを観た後、それを使ってどう授業をしていくのかという意味では、読み物資料を使ってやるのと構造は基本的に同じで教員の資質にかかっております。一番多いパターンは、15分観せて、感想を書いて授業を終わりと、教師が一番楽な授業の仕方をやっている。制作している側の大変な責任と創意工夫というのはわかるので、かつてのものに比べると随分見応え、視聴応えがあるので、その点は大変いいのですが、じゃあ、それを使って教員が何を新しく学びとして授業に組み立てていくのか、そのトレーニングができていない教員がやったのでは、本当に、テレビのスイッチを入れて、紙を配って書かせるだけに終わっている道徳の時間が実は結構あるのだというのをどう乗り越えるのかということです。そこまで番組を提供される側に対して「何とかしてくださいよ」と言うのは、ちょっと情けない話なので、そういうことが何とかできたらいいなとは思いますが、なかなか足が重い先生が多いです。

【本田主査】
 藤永委員が繰り返しご主張なさるのは、結局、教員の問題であると、それは確かにそういう面があるであろうと思いますが、それに関してもまた別に、例えば、コーディネータをつける、そのための予算を要求するとか、いろいろな意見が今まで出ております。そういうものを少しまとめて提示することも必要であろうかと思います。教材というのは、教材そのものよりも使い方が基本であるということになりかけておりますが、それでも多様な資料が浮かび上がってきて、選択の余地が広がってくるということは必要であろうかと思いますので、そういうことでご意見があったら伺いたいと思います。

【曽我委員】
 今、いろいろなお話を聞かせていただいて、PTAの立場では、各学校で授業参観等でいろいろな先生が授業されるのを見ています。その中で逆に不安感をもったり、安心をしたりという部分の中では、先生の資質というのはとても大事な部分には映るのですが、一番大事な部分は、先生方の資質を高めることができる教材をどこまで提供できるかということで、それを含めた中で教員の資質向上に対する付帯的な策を練っていくことになると思います。
 私は、「心のノート」がかなりの学校で使用されているということは、「心のノート」の改善案を学校に求めればかなりのデータを集めることができると思います。どのように改訂していくかを受けとめてきちんとまとめれば、よりよいものになっていき、それがまた道徳教育の発展につながっていくと考えます。これだけ多くの学校で使用している「心のノート」をどのように改訂すればもっとよくなるのかということに力点を置くことはとても大事なことではないかと思います。様々な教材を導入することはとても大事なのですが、まず1つ、できることをきちんとやっていき、そしてそれに付帯してメディアの教材を関連させると、もっとよりよいものになっていくのかと考えていただければ、どの教員でもできるものに近づいていき、そして、それは保護者が安心感をもってくることにつながります。
 あまりにも教員の力量にかかわるとなると、保護者は、すべての教員に不安感をもたなければいけなくなります。それでは、PTAとしては、安心して教育を任せることができませんので、是非この「心のノート」がものすごくよりよいものに発展することにより、教員が補わなければいけないものまで補うことができるということになればとてもありがたいと思います。「心のノート」の改善について現場の先生からご提言をいただけると大変ありがたいと思います。

【押谷委員】
 今、「心のノート」の話題が出ておりますが、本来、「心のノート」は道徳の時間だけに使うということを意図するのではなくて、全教育活動、あるいは個々の子どもだけでも使えるようにということであったかと思いますが、今のお話の中で、道徳の時間にこれを使いましょうというようなものを幾つか重点的な項目として開発して、「心のノート」に開発した項目を含めていくというのも1つ、手立てとしてあるのかなという気はいたしました。
 それと、今の重点化にかかわる教材開発ということですが、基本的には、ここに書かれてあることは、集団性といいましょうか、社会的自立にかかわって基本となるようなところかなと思うんです。こういったものは、道徳的な意識を高めると同時に、やはり、実践できるというところも重視しなければいけない。となると、やはり道徳と特別活動が響き合うような、そういう指導が必要であろうと思います。そうなったときに、ここでは、道徳の教材開発ということになりますけれども、これにかかわって何か響き合える、特別活動での道徳教育の資料開発も必要になるのではないでしょうか、そういうものも含めて考えていただくと、より効果的なのかなという気がいたします。
 それと、やはり重点化ですので、道徳の時間だけではなくて、1つのテーマにかかわって1カ月とか、長期的にいろいろな教育活動にかからわせて指導していく、そういう視点から教材を幾つか考え、メニュー化していくということも考えられるのかなと思います。

【堀田(力)委員】
 的確かどうかわかりませんが、少年院で生まれた教育方法で、一般の小学校、特に中学校、高等学校あたりで採用され、いじめをなくす点等で非常に効果を上げているロールレタリングという技法があります。なぜ、ロールレタリングが道徳教育や人間性の育成に効果を上げるかといいますと、徹底的に相手の立場を推測させ、考えさせ、それも具体的事例で、自分の身の回りの事例で考えさせるという、そこに大きな効果を上げる原因があるのだろうと思います。
 結局、道徳を破る、あるいは法律を破る、非行をするということは、いろいろな原因がありますけれども、自分の欲求、衝動に従うのみで、関係者や相手の気持ちを察することができない、全くわかっていないので、法律などを破る行為が出てくる。そういう子どもたちに、こうあるべきだとか、いい例はこうだとか、そういう表側のといいますか、そういうルールを教えても、頭では理解するのでしょうけれども、体で理解しない。だから、現実の行動になってしまうと自分の衝動、欲求に負けてしまう。それが原因だと思いますので、そこのところに一番しっかり食い込んで教えているというのがロールレタリングの手法になります。教えているというか、考えさせる。これは道徳の指導が苦手な先生でもできます。問題を与えて待っていればいいわけです。ですから、そういう、自分の体、体験で考えさせるというところが、「心のノート」、あるいはほかの教材の中にもあれば先生もやりやすいし、効果も上がるのかなと感じました。

【峯川委員】
 「心のノート」については先ほど申し上げたとおりなので、道徳の教材ということで、視聴覚教材、特に映像のことについてお話ししたいと思います。
 私もかつて子どもたちを教えていたときには、NHKの放送番組のお手伝いをしたこともあり、よくNHKを使わせていただきました。あの番組は生の人間の生き方が描かれていて、本当に子どもたちに訴えるものがあります。もう1つ、私がいいなと思うのは、自然に対する畏敬の念、これは幾ら、どんなにいい表現の文章であっても、やはり映像の方がいいと思います。あの映像を見せれば、子どもたちは畏敬の念を感じるのではないかという思いがあります。
 かつて私が子どもたちに教えるときに、大体、NHKの放送番組は午前中に放送しておりましたから、自分でビデオを予約して撮って、それで後で観て使っておりました。それから、旧文部省でも、ビデオ教材は4本か5本つくっており、それに私も携わったこともありますし、今でも学校にあります。映像教材は実際に買うとなると、1万円以上もして、非常に高価でなかなか手が出ませんでした。今は、DVDなどもあるので、もしかしたら安くできるのではないかと思います。
 そういうことで、例えば、NHKなどで制作されたものとか、もし、これから文部科学省でつくるとしたら、DVDなどを安い値段で各学校に配れるのであれば、映像資料はとても子どもたちに訴えるものがありますから効果的なのではないかと思っていますが、なかなか高価で買えないのが実態だと思います。

【森委員】
 先ほどの補足のようになりますが、特別活動は、道徳教育の実践部分ということで押谷委員が仰っていただいたように、重要な役割を担っていると思います。その活動を生み出して、望ましい集団活動を通しながら道徳教育を進めていくことは、皆さんご存じのように、大変手間暇がかかることなんです。テレビを観せて感想を聞くというだけで授業が成立することは当然考えられないことですし、道徳教育もそれだけでは成立しないわけです。子どもが手間暇かけて活動を進めていって、実践を通した喜びの中で一緒に汗をかきながら友達の存在を実感し、好ましい人間関係を築いていくという指導は時間がかかるために、担任の教師が敬遠しがちなんです。
 例えば、4月から15週たった時点で、学級会が、あまり行われていない学校もあります。それほど、あまりやられていない活動なのです。子どもたちも何をしたらいいかわからない活動であるということからすれば、何かしらのヒント、あるいは教材として、こういうふうに進めていくものだというようなものが、ないと、これまでと変わらないのではないかと思います。是非、特別活動に関する活動のヒントとなるような教材については、教科書がないだけに、欲しいという気がいたします。

【宮川委員】
 先ほど日比委員からご紹介された、使う能力、使いこなす能力、こういったお話をいただき、また、藤永委員から、教員の力量というお話をいただきました。これは本当に教育委員会の立場から見ると、日々、大変な問題だと受けとめています。
 そこで、道徳教育の全体計画の作成というお話がございました。これはとてもよろしいことではないかと思います。その際、また教材について検討する上でも、これまでの道徳教育の内容としての4つの視点におけるそれぞれの項目をどういうくくりにするのかということと、参考として枠の中にございます、例えば、2つ目の「道徳の時間における学年や学校の段階ごとの重点化の例」、こういったところをどうするのかということを整理していかないと、学校でつくる指導計画というのは単なる形式知に終わってしまうと思います。この形式知を暗黙知として内面化させるプロセスを学校でどう図るのかということがとても今、重要になっているだろうと思います。
 ですから、先ほどご提案いただきましたが、押谷委員からお話がありましたように、道徳の時間というと、どうしても1題材、1時間で終わってしまう。また、ここに映像資料等も観せっ放しということもあり得るわけですので、こういったものをどういうふうに関連させて子どもたちの心の中に迫っていくか、そういう事例を是非入れていただければ、この「心のノート」はすばらしいものになるのではないかと思って期待しております。
 そういうことで、申し上げたかったことは、やはり、教材について論議する上で、基本的に、こういった内容の整理、総括がもう一度必要ではないかという点を重点化ということとあわせてご検討いただくことが必要だと考えております。

【小林委員】
 私は、昭和57年から13年間ほど中学校の教員をやっておりましたが、そのときはもちろん「心のノート」は無く、副読本が中心でした。「心のノート」は、いわゆるワークシートと言うか、昔、子どもたちに副読本を読んで作業させるために自作した資料によく似ています。書店に行くと、「小学生に社会性を身につける事例集」みたいなものが出版されていますが、学校の先生たちは、そういった本に飛びついてしまい、自分で工夫して作っていくという力が弱まっているのかなと思います。しかし、一人で教材や資料の作成をするとなると難しい面もあるので、校内の研究体制や経験の浅い先生たちに指導していく体制を整備していくことも必要だと思います。
 それから、「心のノート」にある題材と体験とをどう結びつけているのか疑問に思うところがあります。道徳の時間にこれを取り上げるだけでは、子どもたちに興味・関心が湧かないのではないでしょうか。日常の学校生活の中で起こっている問題を取り上げ、その問題に応じた教材を使っていくというように活動と教材を結びつけることや、あるいは、体験と結びついた教材を作成していくことも必要ではないでしょうか。

【石隈委員】
 先ほどから出ているように、道徳の教材を考えていく上で、「心のノート」には、大事な点が盛り込んであると思います。今の子どもたちとつき合っている中で思うのは、「心のノート」に書いてあることがピッタリ来る子どももいるでしょうし、ピンと来ない子どももいると思うんです。例えば、小学校5、6年生用の「心のノート」の最後に「道はつづく」という詩があって、「小学校での6年間 いっぱいの友だち いっぱいの思い出 いっぱいの感謝」と書いてあるのですけれども。道徳の時間で本当に心に響いてくれる、優等生と言ったら変ですけれども、いい先生がいて、授業についてきてくれる子どもたちがいると良いと思うんですけれども、例えば、学校を休んでカウンセリング等で私が出会う子どもは、「この小学校のことは忘れたい」と言う子どももいるし、感謝するゆとりもない子もいるわけです。つまり、私が言いたいことは、いろいろな家庭状況や育ちをしている子どもがいるという、多様な文化や多様な育ち方というのを基盤にして、そういう、特につらい子どもが読んでもそこでふたをしないような表現を工夫する、そういう必要があるのではないかと思います。
 そういった意味では、私は「心のノート」は響くところはあるのですが、書いてある言葉を少し減らして、多様な受けとめ方ができる使い方ができるものにするというのも1つの視点かなと思います。

【渡部委員】
 今、お話がもう出てきてはいるのですが、こういった道徳教育の資料はいいことが書いてある、そのとおりである、仰るとおりというのは子どもたちにはわかるわけです。今、石隈委員が仰ったとおり、やはり、これが実践と結び付く、具体的な日々の実践、生活と結び付いてこそ本物になるわけです。そういった意味で、先ほど押谷委員が仰ったように、特別活動は、まさに集団による活動とか、多くの多様な人間とのつながりを大事にする実践活動です。だから、そういった意味では、まさにこういうすばらしい資料を肉付けするといいましょうか、子どもたちに本当に内面化していくためには、子どもたちの日々の生活、学級生活を含めた特別活動との関連を意識した資料を目指してみてはどうだろうかと思います。そうすると、仏をつくっても、ちゃんと魂が入るような気がいたします。そんな印象を持っております。

【諸富委員】
 「心のノート」の一番の強みは書くことができる点だと思います。書くという作業は人間を変えるものすごい力を持っています。先ほど堀田委員が仰ったロールレタリングもそうです。そういったことをもっと大胆にできるような内容に変えていったらいいと思います。今の「心のノート」は、どうしても形式主義といいますか、内容項目をバランスよく分けていこうということで、形式的過ぎるように思うので、それこそ内容項目の重点化を進めるだけではなくて、書くことによってできることがありますので、書くという教育方法を通してできる内容を増やしていく。逆に、書くということができにくい内容はどんどん減らしていくというふうに、あまり形式に縛られずに、実際に書くところをどんどん増やしていくと、今の子どもたちは書くのが大好きですから、書いているうちに自分を見つめて育っていくことができるように、大胆に変えていけたらいいなというふうに思います。
 ロールレタリングもそうですし、内観法とか、いろいろな心理学やカウンセリングの方法で書くことを応用した方法がたくさんありますので、是非、そういった心理学の知恵を生かしていただけたらと思います。

【山口主査代理】
 簡潔に申し上げます。大学で「道徳の指導法」という2単位の授業を担当いたしまして、改めて日本の道徳教育がどういうふうに今まで発展しているかということを調べてみたわけです。その中で私が1つ、感じていることは、日本の道徳教育を教材という点から見ますと、人物教材が非常にうまく使われているということ、それは1つの特色ではないかと思います。修身の時代から今まで見ましても、人物教材がふんだんに取り入れられているわけです。しかも、それが、子どもたちが非常に身近な生活と関連するような人物のエピソードと結び付いて、非常に親しみが持てるような取り上げ方をしていると思います。この人物教材というものを道徳教育の中でどういうふうに扱ったらいいのかということも、これからの教材研究の新しい視点になり得るのではないかと思っています。
 これは、例えば、人物だと歴史教材とも結び付くし、それから、国語の文学教材とも結び付くなど、いろいろなところでこれを結び付けながら、ある人物の全体像を子どもたちにつかませることができます。ただ、道徳の時間だけに限って何かをやるというのではなくて、やはり、他の教科とか、他のものとも結び付けていくような、そういう総合的なとらえ方も必要なのではないかと思います。人物教材を見直していくということです。

【押谷委員】
 一言だけなのですけれども、私は、道徳の教材も当然大事ですけれども、教科の教科書などにおいても、もっとその分野で心を引きつけるような生き方をしている人物はいるわけですから、そういう人たちを教科書などに散りばめていただきたいと昔から思っています。

【本田主査】
 実は、この専門部会が始まる前に、山口主査代理と少し雑談をいたしまして、私は修身教育を受けた年齢でございます。昔の修身教育を考えますと、例えば、修身で出てきた人物は、国語にも、歴史にも、音楽にも出てきて学芸会のドラマの主人公になったりするわけです。ですから、総合的に扱うという意識があったのかどうかは別ですが、そのような形で何となくしみ込ませるような形で教育が行われていたということがございます。
 確かに、道徳の時間を教科にするということではなくて、むしろ、何か人物なら人物を使って全体の生活を豊かにしていく、それから、物の考え方とか価値意識とかを明確にしていくのがやはり必要だろうと思います。そう考えますと、教材というのも、道徳の時間のための教材というふうに考えるのではなくて、もう少し緩やかに、多角的な考え方で使われることが望ましいということになります。こうなりますと、この前から話題になっておりますコーディネータのような、何か全体を統括して上手にアレンジしながらまとめたり、つないだり、ネットをつくっていったりするような人がやはり必要になってきて、その人を核にしてグループをつくって担任の先生が研究を進めていらっしゃるとうまくいくのかなという気もしたりしております。
 次の話題に入らせていただくようにいたします。続きましては、資料5の論点案をご覧いただきますと、教育課程部会におけるこれまでの審議の概要(検討素案)に「道徳教育の充実」、「体験活動の充実」、「キャリア教育」について盛り込むということでございますから、それについてご審議いただきたいと思います。このことについて、論点2のご説明を事務局からお願い申し上げます。

【森友学校教育官】
 それでは、資料11をご覧いただきたいと思います。資料11「教育課程部会におけるこれまでの審議の概要(検討素案)」という資料がございます。これまで本専門部会におきましてご審議をいただいてきております道徳教育と特別活動の改善の方向性の内容を踏まえた記述については、8の各教科・科目等の内容に全て網羅的に教科等の項目が書いてありますが、そこの中に盛り込まれていくことになるわけでございます。特に7の教育内容に関する主な改善事項といたしまして、言語活動の充実とか理数教育の充実、(7)の社会の変化への対応の観点からの整理事項として、情報教育等、今回の改訂で充実すべき重要事項とか、そういったことにつきまして特出しをして記述しているところでございます。その中でも、(4)道徳教育の充実、(5)体験活動の充実、さらには(7)の社会の変化への対応の観点から教科等を横断して改善すべき事項のうちのキャリア教育につきましては、本専門部会にかかわりの深い事項でございますので、それらの中に盛り込むべき事項についてご意見があればお伺いしたいと考えております。
 これまでこの専門部会でご議論いただきました検討素案がベースになるわけでございますので、それをベースに1つの事項について考えられるものの2枚目に資料にを掲げさせていただいております。例えば、道徳教育の充実ですと、まず最初に重要性とか現在の課題、そして今後の改善の方向性。○の4つ目につきましては、道徳の時間の位置付けということで、前回、ご議論をいただきました、いわゆる、教科とすることについてのご議論、さらには本日もご議論をいただいておりますが、教材の充実とか国や教育委員会等による支援、道徳性の育成に資する体験活動の推進などの体験活動の充実に関する事項、さらには、学校・家庭・地域社会の連携として社会全体での道徳教育の推進にかかわる事項などを盛り込むことが考えられるのではないかと考えております。
 さらに、その下の体験活動の充実につきましても、基本的には同様の観点から事項を考えているところでございます。特に学校段階ごとの重点的な推進などにつきましては、資料12の道徳教育、特別活動に関する参考資料の15ページをご覧いただきますと、教育再生会議の第2次報告で、小学校で1週間の集団宿泊や自然体験等々の体験活動、あるいは中学校では1週間の職場体験活動の実施などについて提言がされているということでございます。
 さらには、体験活動にかかわりますデータといたしましては、資料12の55ページ以降に、ちょっとデータが古いですけれども、各学校で、どういった活動にどれくらい取り組まれているのかといったことにかかわりますデータなどを記載しているところでございます。
 また、最後、キャリア教育につきましても、重要性、現在の課題、あるいは充実方策について事項を立てているところでございます。以上でございます。

【本田主査】
 今までたくさんのことをご議論いただきまして、いろいろ多岐にわたるご意見を頂戴しております。それを整理いたしましたのが、今、報告されました資料6とか、資料6の反映版である資料7、あるいは、資料8の反映版である資料9でございますが、この資料7とか資料9とかに表現されているものでございます。それらを踏まえながら、こちらの教育課程部会で審議しております教育課程部会における審議の概要をご覧いただきますとおわかりなるように、56ページをお開きくださいますと、(4)道徳教育の充実、(5)体験活動の充実という項目だけが出ております。ここの内容を、今日ご議論いただくことになろうかと思いますが、今までご議論いただいたことを踏まえて、どういうことを特にここに入れていくかということについてご意見を頂戴できればと思います。特に道徳教育と体験活動が別立てになっておりますけれども、これは別立てではなくて、非常に有機的につながるものであるというご意見が繰り返し出ておりますから、そういうものを非常にはっきりと打ち出すべきであるとか、いろいろなご意見があろうかと思いますので、それについて、それからキャリア教育の問題も、この専門部会と大変関係が深いので、少しご議論をいただきたいと思います。

【伊藤委員】
 それでは、キャリア教育について意見を述べさせていただきたいと思います。他の都道府県のことはよくわかりませんが、神奈川県におきましては、キャリア教育を全県を挙げて推進するということで、3年計画でキャリア教育の推進年間計画を策定し、そして実施ということで動いております。私もこれにかかわって思いますことは、今までは、どの大学に何人、あるいはどの企業に何人就職というような出口指導のみで学校は動いていたわけですけれども、やはり、もっと在り方生き方にかかわってというレベルで教員も子どもたちにかかわっていかなければいけない。生徒1人1人の在り方生き方を考え、お互いに考え合う中で、その1つの方向として、どの大学を、どの学部をというようなことを考えていくのだと、そういう認識が、これを推進する中で非常に深まってまいりました。
 高等学校における心の教育の在り方は非常に難しいところがあります。道徳教育の全体計画を策定するということがありますが、あれで1つ前進だとは思いますが、キャリア教育という、非常に奥行きの深い広がりのある教育について何か宿題のようなものをもったなという感じが現場ではしております。
 インターンシップをすることによりまして社会とかかわっていきます。これは生徒がかかわっていくだけではなく、教員も、そのインターンシップ先を探すために様々苦労して、そしてコーディネータ的な役割を果たしながら教員自身も社会の風に当たって成長するといった側面もございます。まだ、緒についたところというところもありますが、本当にキャリア教育の意義をきちっと認識して高等学校で推進していくならば、心の在り方生き方を考えさせる非常にいいものになっていくのではないかと思います。
 私は、やはり、全国でもキャリア教育をきちっと推進していくために、その学校でどう生徒を育てるか、向かい合っている生徒はどういう生徒なのか、その生徒をどう育てるかという観点でキャリア教育の年間計画を立てて実施していくという方向が望ましいのではないかということを、今、神奈川県で実践していて強く感じるところです。
 なお、就業体験ですから、体験的な学習にもなります。ただ、非常に難しいことは、今、授業の時間数の確保が至上命題ですので、どうやってそういった時間を保証していくのかというところです。本校では、総合的な学習の時間を主に使っておりますけれども、やはり、非常に時間の捻出が難しい。夏季休業中に就業体験ということになりますので、どうしても対象が限られるとか、受入先の問題等がありまして、実際はいろいろ問題がありますが、やはり、追求する価値はあるのではないかと考えます。

【曽我委員】
 道徳教育とキャリア教育とのかかわりについてですが、私は熊本県のPTAの会長をしております熊本県のPTAの会議でもよく申し上げるのですが、子どもたちというのは、小学校から中学校、中学校から高等学校、高等学校からと、大人になるに従って、だんだん社会のルール、マナーをきちんと覚えていかなければならないということになれば、一番ルールが緩やかなのが小学校なのです。そして、だんだん大人になるに従って、いろいろなルールを知りながら、その中で学んでいき、社会で生活していかなければいけない。それは、子どもたちがたくさんの失敗をしながら成長していくことになります。だから、小さなころは非常にルールが厳しいのではなくて、逆に一番緩やかなんですよと、これは子どもたちにも話しています。今から君たちは、社会に出ていくに従って、いろいろなルール、いろいろなマナーを学んでいき、社会で生きていかなければいけない。そのルールを学ぶ場が学校であり、小学校には小学校のレベル、中学校には中学校のレベル、高等学校には高等学校のレベルで様々なキャリア教育の体験をしていき、社会に出るといろいろなルールがあるから、学校ではこんな学びをしておかなければいけないと繰り返してくる。そういう体験を得てキャリア教育というものを学びながら、もう1つは社会のルールというもの、道徳心というものをもっていないと社会の中で生きていくのに大変な問題がある。これを学んで、逆に、社会に出ると、もう1つ、権利も得てくる。だから、権利としていろいろなことができるということも、逆に、自己判断でできるということもあるのだということを学んでいくのがキャリア教育の入り口だと思います。それを小学校の児童には小学校の児童のレベルに対してのキャリア教育をどういうふうにつないであげるかという部分で、保護者として様々な役割を社会の知識人としてもやっていくという部分があります。
 その部分と道徳はものすごく大事な連携があって、そこをどのようにしていくかという中で、先ほどから何度もお話ししている先生の能力にも大変関係があるのですが、社会の流れというものを、きちんと軸をつくっておいてあげれば、先生方も、その方向に向けていくことができる。つまり、小学校ではこのレベル、中学校ではこのレベル、高等学校ではこのレベルを求めましょうということがきちんとおさえておかないと、とりあえずとやってしまっては、多分何も子どもに植え付けることができないのではないだろうかと思います。
 その意味では、是非、キャリア教育に関しても、小学校でどこまで求めているのか、中学校でどこまで求めているのかということを少し明確にしていただくことが大事で、それと道徳とがどう連携しているかということも、大ざっぱに言うのではなく、こういう連動の中で、是非植え付けてほしいということが、教科化なのか、そこが明確化なのかちょっとわかりませんが、是非先生方に、今までの体験の中できちんとした方針と軸を示していただければ大変ありがたいと思います。

【森委員】
 今の曽我委員の意見に全く賛成というか、感じることが多くあります。キャリア教育の2ページの一番下の方、進路指導の充実、職場体験活動、就業体験活動、これは確かに社会に出ることが目前の生徒には必要なことだと思いますが、今、曽我委員が仰ったように、小学校の段階でも係の活動をしっかりとやり遂げていく、あるいは当番の仕事をしっかりとやり遂げ、自分の役割を他者のために果たしていくという小学校段階からのキャリア教育の芽というものを重視していただく必要があるのではなかろうか。あるいは小学校の学校行事の中でも、学校内外における勤労生産・奉仕的行事でも勤労観を育てています。あるいは遠足・集団宿泊的行事の中で、子どもは地域や社会のルールやマナーを学んでいきます。この記述の中に、是非、小学校段階からのキャリア教育と中学校、高等学校へ行く見通しのようなものに触れていただくことが必要かなと思っております。

【石隈委員】
 道徳教育とキャリア教育とを一緒に議論することはとても重要だと思います。実際に学校現場で先生方と教育相談、あるいは生徒指導ということでいろいろな子どもとかかわってきますと、ある側面では言えば、社会のルールを教える道徳教育とも言えるし、ある側面で言えば、これからどう生きていくかというキャリア教育とも言えるわけで、道徳教育とキャリア教育は内容的にかなり重なっていると思うんです。どちらも、自分と社会をどう扱うか、自分と社会について考える時間を学校教育の中でどう確保するかということで重なっていると思うんです。その辺をこれから、道徳教育の見直しのときに、是非視点に入れていく必要があると思います。
 教育相談や生徒指導の先生方といろいろな子どものサポートをしていると、生徒指導という領域はどこに行くのだろうといつも思っています。生徒指導で行っている子どもとのかかわりと、道徳教育やキャリア教育というのはとても重なるところが多いわけです。ですから、これから先生方の力量のアップやコーディネータを考えているときに、道徳教育はこういうことで、キャリア教育はこういうことで、生徒指導はこういうことですよというふうに分けて議論する以上は、有機的な結合といっても、多分前に進まなくて、何をやれば道徳的なことが確実に確保されるのかという議論が大事だと思います。それから、実際には、特別活動で豊かな実践がたくさんあるわけですから、特別活動の中では、そういう自己の社会についてどう指導するのかということ、つまり、道徳教育、キャリア教育、生徒指導の重なりと特別活動の実践化というところの整理が、やはり一歩進めるためにはとても重要なのではないかと思います。

【藤永委員】
 私も体験活動の充実に関してはとても大事なことだと思っております。とにかく、子どもたちが夢とか希望とか思いを膨らませていくためには素材になるものがないと話にならない。だから、とりあえず素材を収集しなければいけないということはとても大事だと思います。プラスして、今度は集めた素材をどのように処理するかという処理技術をきちんと伝えていかないと、いっぱい集めたけれども、立ち尽くすということでは困ります。そこに学校教育がかかわってくることに大きな意味があるだろうと思います。ただ、そうなると、小学校、中学校、高等学校と学校段階に応じて体験活動の中身はそれぞれ学校種に応じたものを考えていく必要があるだろうと思います。
 キャリア教育との関係もそこに出てくると思いますが、キャリア教育に関して言うと、私が考えているのは、前に申し上げたのですけれども、やはり子どもから大人になるという境目をどういうふうに本人がきちんとつくっていかれるのかということだと思います。例えば、村の祭りに大人として参加できるということで社会の一員として認められる通過儀礼のようなものがなくなってしまっていて、いつまで子どもなのか、大人なのかわからないような大人がいるということになると非常にけじめがつかないので、そこのところが1つです。今の社会の問題であるし、早く大人になりたいと思うような大人社会をつくっていくということは、もう一つで、是非言わなければいけないと思います。
 実際にこのことについて、学校教育の中でどうするのかというと、当然、カリキュラムの中に、どんな形はともかく組み込まなければいけない。ところが、伊藤委員が仰ったように、時間数がいっぱいいっぱいなので、下手をすると、すぐにまた未履修が起きかねないわけです。そうなると、未履修をどうやって避けるのかという非常に面倒なことまで考えなければいけないところはあると思います。本当に要るものを残してということなのですから。
 例えば、夏季休業中と言いますが、私が行っているところは夏季休業中に何かしようとすると、保護者からの反発は、塾へ行く時間をどうやって取るのかということになります。そこまで学校側が考えなければいけないのかということになると、いかに体験とかキャリア教育というのが本質的に大事なことなのかということを納得できるような形でわかりやすく説明していかなければ、ただ単に学校でこうなりましたという話では、まず無理なことになるのだろうと思います。
 ついでに、道徳教育の充実に関して言うと、すぐできることと、お金を掛けないとできないことがあると思います。すぐできることは、例えば、道徳の時間を年間何時間やったかという記載を指導要録に義務付けて、通知表に書いて渡すというのは、お金がなくてもすぐにできるし、ものすごく効果的だと思います。お金を掛けてうんと効果的なのは、道徳教育の検討素案にありますが、道徳教育主担当というのを、本当にこれは予算化してつけると、これは檜山委員にお伺いになるといいと思いますが、広島県ではそれで大変顕著な成果を上げていますので、歴然と変わると思います。
 あと、先ほど議論されていた道徳教育の資料ですけれども、これは無料で配らないと、今の副読本は有料ですので、採用しているところと、していないところのばらつきがとても大きいです。これはきちんと保証して、選択はそれぞれに任せるけれども、財政的な保証はきちんとしますという形でやると実現性は高い。いずれにしても、ある程度のことをやろうと思ったら、僕はお金をかけないと、できないものはできないというふうに言い切っていいのではなかろうかと思います。

【本田主査】
 今の財政的な支援の問題、これはきわめて重要なことでございますから、きちっと考えていかなければならないと思います。

【渡部委員】
 体験活動についてなのですけれども、今、体験活動は非常に重要だと言われましたが、そのとおりだと思います。今、特に仮想現実とかバーチャルの世界と現実との区別がつかない子どもが増えている。これはもう言われて久しいわけです。そういう中にあって、子どもたちは自分の体、五感を通して対象となる人や物や事に対して、体を丸ごとぶつけていって、臨場感あふれる中で、そこから何かを実感する。そういう繰り返しが今、非常に求められているのではないかと思うんです。これこそ体験だろうと思います。そういう、汗をかいたり、痛かったり、暑かったり、喜んだり、心が揺り動かされたりする、こういう場をできるだけ保証することが、非常に実効性があるし、大事なことだろうと思っています。
 ですから、体験の重要性については誰も否定していないと思うんです。あとは、それをどういかに保証するか、担保するかということです。だから、学校生活を考えると、「どこで、いつやるんですか」となります。そうなってきますと、今から、休みにやるとか、放課後にやるとかいっても、もうあちこちから苦情が来たりする世の中です。子どもの学校生活を見てきますと、昼休みとか放課後とか夏季休業中とか、学校行事とか、そういう場でもって、様々な体験ができる。体験は人間をつくると言います。そういった意味で、私は、何とかこれを少しでも知恵を絞って、その場を多数セットしていきたいと思っています。
 それと、そういう体験の重要性は、先ほどの道徳教育も含めてそうですが、学校の先生方に十分にご理解をいただき、指導実践に生かしてもらわなければいけないわけです。そういう点で、総合的な学習の時間の反省もあったとおり、正直言って、趣旨が徹底していないのです。ですから、よい学習指導要領を幾らつくっても、学校の先生方まで趣旨が徹底していないのです。そういった意味で、私は、お金がかかるかもしれないけれども、せめて都道府県教育委員会レベル、市町村教育委員会レベルとか、あるいは指導主事とか、あるいは管理職レベルで結構ですから、何とか趣旨を徹底する、お伝えする、ご理解いただく、そういう場や機会をもう1回、考えてみる必要があるのではないか、そのように思っております。

【堀田(力)委員】
 私どもは、子どもたちのボランティア、あるいは社会とのかかわりということで、まちづくり、商店街おこし等々、商店等での体験等、活動を展開しておりますので、この体験、あるいはキャリア教育により、子どもたちが非常に成長することを実感しております。ですから、体験を通じて子どもたちの人間性、職業観を身に付けることは大変に効果が高いことは確信できます。
 ただ、キャリア教育について言いますと、子どもたちというのは多くの子どもたちがキャリアについて非常にマイナスの感覚を持っている。そこからスタートするということを、このキャリア教育の課題としてしっかり考えておかなければいけないのではないか。要するに、親父が深夜しか帰ってこない。帰ってきたら酒を飲んで寝るだけで、子どもたちと全く遊ぶことがない。お母さんがいつも、親父のあの働き方は何だということでブウブウ言っている。これはもうキャリアはけしからんことで、家庭を壊すことであり、子どもの楽しみを奪うことであり、しかも、親父が仕事で何をしているかということは伝わらないわけですから、家庭のスタート時点で既にキャリアはマイナスであると、そういう強い感覚を植えつけられてしまっている子どもたちが非常に多い。
 そこからスタートしなければいけないので、これを解きほぐしていくのはなかなか大変だろうと。ですから、親父のあの働き方がいいモデルでは決してない。ワーク&ライフバランス、これがきわめて大切で、日本の現状はその点で非常にマイナスであり、あなた方が大人になって働くときは、あんな働き方ではだめなんだよということを教えておかないと、マイナスを取り去るのは非常に難しいと、そこが私はキャリア教育の課題ではないかと思います。

【檜山委員】
 先ほどからありますように、教える先生の問題があるということがあるのですが、広島県の例を先ほど藤永委員が出されましたが、広島県では、道徳の宣言を出して、地域指定をしながら3年ぐらいで全県的に広げていきました。実際やっていくと、そのすばらしさというものが伝わって、今、全県的な広がりになっています。そして、各小中学校には担当者を置き、そして、市町の教育委員会にも担当者を置いて、それが全県的なつながりの中で新しい教材もどんどん生まれてきているという状況に今あります。それは、やっていく中ですばらしさがずっと伝わっていくという側面と、行政的な支援の中で、それができていったという側面もあろうかと思います。そういう意味では、担当をはっきりさせることは非常に大事だと思います。
 それから、どうしても高等学校の道徳教育にこだわってしまうのですけれども、各学校の置かれている現状の分析から、各学校において、この「改善の方向性」にもありますように、「指導の重点や方針を明確にして全体計画を作成する」、これは大変いいことだと私は思います。今、多くの高等学校では、自分の高等学校が置かれている状況から、その特色づくりということでミッションを明らかにし、さらにビジョンを明らかにして学校経営を行うというふうになってきています。そういう観点からしても、自分の学校にはどういうことが必要なのかということを明らかにして、それとあわせて全体計画で道徳教育を行っていくということは非常になじむのではなかろうかというふうに私は思っています。
 さらに、今までの学習指導要領総則の道徳教育に関して言うと、「各教科に属する科目、特別活動及び総合的な学習の時間のそれぞれの特質に応じて適切な指導を行わなければならない」とあったのが、今回の改善例で言うと、「特質を踏まえて、担うものについて明確にする」というふうになっています。これは非常に大事だと私は思います。以前は曖昧で、「適切な指導を行わなければならない」とあるのが、今度は「特質を踏まえて、担うものについて明確にする」というふうにありますから、それぞれの教科の担うものについて明らかにしなければいけないということになろうと思います。それと学校の全体計画が重なり合っていくということで、今の部分は私は大変大事だと思います。
 さらに、高等学校学習指導要領総則のところで道徳教育について触れられていますが、これももう少し目標と内容と内容の取扱いというところで明確に整理をして、高等学校ではどういうことをどういうふうにやっていくのか、そして配慮するのはこの点なのだということを、もう少し明確にしていく必要があろうかなと思います。

【曽我委員】
 これは多分お願いになると思うんですが、道徳教育がこれだけ大事だということになれば、教科の中で、これがきちんと時数が確保されて、学校の中できちんと実施される環境は文部科学省でつくり上げないと、時間数が足りないために道徳教育ができないとなってしまったら、目的に絶対に到達することができないと思います。
 つまり、先ほど堀田委員が仰った部分の、今の保護者の背景を見て、とても失望するキャリア教育にならないために、この道徳教育が取り入れられて、そして日本の未来の大人の構図を変えようというのが大事な力点になるわけですから、それは、この道徳教育がきちんと学校の中で実施されないとできないということが明確になるならば、学校も、保護者から言われて、時数が足りないということではなくて、これは絶対にやらなければいけないことなのだというふうに断言できる環境を文部科学省が整えておかないと、昔の未履修の状態が、またできてしまい、そぎ落とされる内容の1つになってしまう。そぎ落とした内容によってこのような事態が生まれたということをもう一度明確にしておかないと、これがどんなに実施されても、また同じことに戻ってしまう。戻させないのだということにならないとだめだと思いますので、そこはこの道徳を担当する我々の専門部会の委員としては強く文部科学省にお願いをしておかなければならないし、背景もつくっておいていただかないと、キャリア教育や総合的な学習の時間等と様々な教育との連携を図れなくなってしまうということを、私どもが明確にしておかないと保護者によって崩される可能性がありますよという助言をしておきたいと思います。

【中西委員】
 例えば、資料11などにありますような全体の中から見ますと、「キャリア」という言葉がきわめて浮き上がっているような気がいたします。これが何だろうということを考えますと、結論的になりますけれども、人間におけるキャリア、あるいは、教育におけるキャリア教育というのは何かということについてまだまだ議論が未熟なのではないでしょうか。ですから、そういうことでいろいろな試行錯誤があったり、いろいろないいご意見が出たりすると思うんです。つまり、キャリアというのは社会的に求められる能力でありますけれども、道徳というのはきわめて自己完結的な内向的な能力でありますから、そういうところにも反対のベクトルがある。具体的な方法であるのと、あるいは内面的なものであるというのは全く逆のベクトルです。しかし、それが実は大事に1つになっているのだということが一番大事なところで、その辺の議論をしていくと、やはり、自ずから「キャリア」という言葉が消えていくのではないかという気がします。まず、そういう段階まで十分議論をする必要があるのではないか。
 それでは何といったらいいのだというふうなことを言われれば困るのですが、限りなく社会において、自己を支配する能力、そういうふうな社会的な能力であり、実践的な能力であると、そういうことを、ただ単に、空理空論ではなくて、やはり教育の中で汗水垂らして何かをするという、昔は「労働」という言葉がありました。あるいは、「農作」という農業を課した学校もかつて大正時代にあったと思います。そういうようなことを心がけると、やはり、これは大きな道徳教育の中で、自分の引き受けるべき勇気のある覚悟といったようなものも実践的に植え付けていこうではないかというようなことをもう少し考えて、その道徳教育との関係をつけたときに、初めて審議の全体が完結するのではないかという気がいたします。

【日比委員】
 今、中西委員が仰ったように、道徳とキャリア教育はすごく根源的なところで結び付いていると思うんです。私が非常に気になるのは、下地づくりのところなんです。中学校や高等学校での実践も大事なのですけれども、子どもたちにどういうふうに意識の芽生えを持ってもらうかというところで、例えば、小学校低学年の生活科とか、小学校3年生から始まる社会科のところで勤労観とか、生き方の価値観、知識理解ではない、そういうもっと深いところをまぶしていくストラテジーみたいなものがあってもいいのではないかと思います。
 以前、この部会で道徳教育というのは領域で、教科よりも上の概念に位置するものだというお話があったのですけれども、もしそうだとすれば、例えば、学習指導要領の、今、総則の後に各教科が始まっていますけれども、総則の後に道徳、特別活動と始まって、レイアウトを思い切って変えるというような意思表示があってもいいのではないかというふうに感じます。

【本田主査】
 今、キャリア教育は非常に表面的で、職業教育のちょっと真似事をするみたいに使われているけれども、そうではない。例えば、大正時代などに「労作」という概念がございましたが、あれに類するような、もっと人間が体を使って何か働きかけて物を変えていくというような営みも全部含んだものがキャリア教育であって、そうなると、体験活動や道徳教育と非常に密接にかかわってくるのだというご指摘、これはキャリア教育というのが、浅薄な概念で一人歩きしかけておりますから、非常に重要なことではないかと思います。
 キャリア教育を一生懸命おやりになっておられる伊藤委員などは、今のことをどのようにお受け取りになりましたか。

【伊藤委員】
 今、中西委員が仰った点につきましては、やはり、本当にいつも立ち戻らなければいけないものだと思います。ただ、何といいますか、高等学校におきまして、本当に在り方生き方を考えさせることの重要性は一方であるわけです。それが非常に形式的な方法論に依拠して流れていっているのではないかというところについては、やはり自戒しなければいけないと思いますが、それを検証しつつ、そこを踏まえながら、でも、やはり、やっていかざるを得ないといいますか、やっていくことに意味があるのではないかと考えます。
 ただ、教員が考えている以上のものを生徒たちが教育の中で本当に学び取っていく、そういう手応えは感じております。ですから、社会の中で今、非常に印象的な言葉ですけれども、いろいろなものを引き受けるべき覚悟をどう持たせるかというところまでは現状では至っておりません。それはよく認識しております。そこを含めて、いろいろな社会の大人の人にかかわらせる、お話を聞かせる、あるいは職場を見させていただく、インターンシップを行う、様々な機会を通して、言ってみれば体験活動ですけれども、それを通して、「働くこととは」というようなことを少し考えさせる、感じさせるという機会は、現在のところ、高等学校においてはキャリア教育でということになっております。非常に本質的なご指摘で、私も身の引き締まる思いですけれども、そこに戻りながら、でも、1つ1つ実践を重ねていきたいと思っております。

【石隈委員】
 今、議論が出ているように、キャリア教育と道徳教育というのは本当に重なるし、根源的に一致するところが多いと思います。今、キャリア教育というのが、教育の中ではまだまだ新しくて、十分共有されていないところがあると思いますが、何が背景にあるかというと、子どもたちが学校に来たり、勉強することと、将来どう生きていくかということの距離が非常に大きくなってしまったということが根本にあると思います。ですから、今の自分をどう生きて、将来どういう大人になるのかということをキャリアという縦のラインというか、発達支援ということで考えましょうというところがキャリア教育のねらいですので、ここで道徳教育で議論していることが非常にキャリア教育にとっての重要な基盤になると思います。
 もう1つは、キャリア教育で目指しているものは、まさに先ほど堀田委員が仰ったように、仕事だけではなくて、ボランティアとか趣味も含めて、どう社会とかかわるかというので今まで職業教育、進路指導ではなくて、キャリア教育という名前にしてきたわけですから、まさに、キャリア教育で通っているものはどう社会とつながっていくかということで、この辺も道徳教育とつながるところがたくさんあります。そういった意味では、道徳教育という名のもとでキャリア教育は今まで既にいろいろ行ってきたわけで、その辺の重なりを検討する必要があると思いますし、進路指導の場面ではなくて、小学校、あるいは幼児の時期から、家庭や地域との連携でキャリア教育は進んでいくと思います。

【渡部委員】
 キャリア教育についてですけれども、これは実は、昭和60年ごろに既に東京都などでは「キャリア教育」という言い方をしながら指導してきました。その10年ほど前にアメリカでも行われていた。そういう点で歴史があるわけです。そして、実践の蓄積もあるわけです。ですから、そういうものを何とか生かしながらいいところを伸ばしていったらどうかと考えています。
 キャリア教育については単なる進路指導ではない生き方指導としてとらえていこうじゃないかということで、既によい実践があると思っております。そんな意味で、望ましい職業観、勤労観の育成を含めて、子どもたちのキャリア発達をどうやっていくのか、自己啓発とか、自己指導力とかをどのように指導していくかを考えていきたいと思います。キャリア教育というのが表現として云々であれば、何とかまた別の表現もあるかなというふうには感じております。

【押谷委員】
 今回の学習指導要領改訂の基本的な考え方の大きな特徴として、改正教育基本法の趣旨を生かす、それと同時に「生きる力」という理念を共有化しつつという2つがあると思います。そのときに、改正教育基本法、そこで何が強調されているのかと考えたときに、私は、一番は、人格の形成ということが強調されていることがあると思います。11条の幼児期の教育におきましても、「幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることをかんがみ、」とあるわけで、そして第3条の生涯学習の理念の中にも「自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう」とあります。こうなったときに、人格の根本は道徳性の育成ですから、そうなったときに、もっと道徳教育というものを前面に出していく必要があるのではないかと思います。そして、「生きる力」という、この概念におきまして、たしか、以前の教育課程部会の配付資料の「生きる力」の3要素のあらわし方が、「豊かな心」というのをベースに置きながら、そこに「確かな学力」、そして「健やかな体」という位置付けだったと思います。
 そういうことから考えますと、資料12の構成の22ページ、23ページ、24ページと見たとき、7番目に「豊かな心や健やかな体の育成のための指導充実」というふうに挙がってまいります。何か少し違和感があるかなと思います。つまり、趣旨から言って、「改正教育基本法」、そして「生きる力」、そういったものをベースとしながらといったときに、少しいかがなものか、これは1つ、道徳教育の充実というところの道徳教育の重要性を書くときとおそらく関係してくると思います。
 今度は授業時数のところになりますが、32、33ページというところで、小学校の各教科の授業時数のところで、国語、社会、算数、理科、体育の時数の充実、増加の必要性が書いてあります。そういう「改正教育基本法」、あるいは「生きる力」の根本ということで考えるならば、もう1つ、やはり心の面、道徳性の部分、道徳にかかわって時間を増やすという提案があってもいいのかなと思います。ちょっと全体にかかわるわけですが、道徳教育の充実というところと重ねれば、そういうところも検討いただく必要があるかなと思いました。
 それと、先ほど曽我委員、あるいは日比委員の方からも出ておりましたが、道徳教育を確実に実施できるようにするためには道徳の時間を確実に実施できるようにという話があったかと思います。こういう形で「改正教育基本法」、あるいは「生きる力」において道徳性の育成というのが強調されたときに、どの学校においても、基本的な指導が保証されていなければいけない。そう考えたときに、私はやはり、学校間格差とか、もちろん教師間格差みたいなこともあるかもしれませんので、そういったところを勘案して、先ほど、藤永委員からお金を掛けるということがありましたが、ここで言えば教材の充実、あるいは国や教育委員会等による支援、そういったことも含めて、道徳の時間を、やはり現在の位置付けで基本的な構造はそのままにしつつも、道徳の時間を確実に実施していくようにしたい。つまり、各先生方が道徳の時間の大切さの意識をより高めていかれるような、そして学校間格差とか教師間格差等がなくなっていくように特別の枠で特別教科というものを考えていく必要があるのではないかと思います。
 それと、体験活動につきましては、私は、やはり生活体験がベースかなと思います。生活において、つまり、共同生活体験をさせたいと思います。そういうときに、ここで集団宿泊というのもありますが、もっと学校で、例えば体育館に泊まるとか、学校で宿泊するというようなことをもっと進めてもいいのかなという気がするのであります。そこで集団生活を通して、いろいろな道徳性も含めて、習慣も含めて学んでいく。それと同時に、学校への愛着心も出てくるので、そこにボランティアもできると思います。
 キャリア教育についてですけれども、先ほど出ておりましたように、人生設計というのでしょうか、生き方にかかわって大変重要だと思います。もう1つ、どんな仕事も価値があるのだという意識を子どもたちにもたせたいと思うんです。どんな仕事でも、そこに夢を持つことができますし、そしてそれが生きがいとなって本当にすばらしい人生を送っておられる方がいろいろおられますので、キャリア教育の場合、自分の興味をもっていろいろなものを追求していくという人生設計的な生き方、教育と同時に、もう1つ、どんな仕事にも価値があると、そういう部分の指導もしっかりやれるようになればなと、そういうところに道徳教育が関係すると思いました。

【本田主査】
 今、押谷委員が言われておりましたことで、例えば、道徳の時間を確実に確保することになります。前回の本部会でも議論しました教科化の問題とも重なってこようかなと思います。それで、もし、これに関してご意見があれば頂戴したいと思います。

【石川委員】
 道徳の時間だけではなくて、これだけキャリア教育、あるいはキャリア教育における体験活動は非常に大事だと思いますので、これについて時間が担保できるような方法を何かとれないかなということを考えているわけです。そうしますと、やはり、発達段階に応じて、目標とか、どこまでやるべきかということを明確に示さないと時間数が出てこないということがあるのですか、やはり、時間がないと体験活動とか、そういうことも基本的にできませんので、そのための時間を確保する必要があるのではないかと思っています。

【諸富委員】
 今、押谷委員も仰いましたが、私は、基本的に道徳の時間を増やすのは大賛成です。と申し上げますのは、何か、このままでうたい文句だけに終わってしまうことにすごく危機感を持っています。道徳の時間をきちんと増やす、あるいは教科化するといった具体的な何かがないと、結局、道徳教育は大事だと言っているけれども、本音のところでは何もしないじゃないかということが見えてしまうような結果には終わってほしくないという気持ちがすごく強いです。そういう意味では、私も焦りがあるんです。
 例えば、道徳の時間を増やすこともそうですし、教科にすることもそうなのですが、教科にすることが一番必要だと思っている理由は、前回も申し上げましたけれども、例えば、中学校で、この前の専門部会に市川教育課程部会委員が来られまして、例えば「生き方学習」のような、うそをつかざるを得ないような人間の深い心についてあらわしていくと、ああいった深い内容を今の学級担任に、かなり高いレベルのものを全員にやれと言われてもとてもできないと思うんです。そうしますと、かなり専門的に学習した教科担当の中学校教員、私は、できれば小学校の高学年からそれが必要だろうと申し上げましたが、先ほどの道徳のドキュメントもそうですが、うそっぽい話はもう通用しませんから、小学校高学年から専科の教員が必要ではないかというふうに思っています。そういう意味では、是非、道徳の教科化をと思っているわけです。
 それと重ねて、道徳の時間数を増やすことも是非必要だと思います。例えば、私学の場合は、最近、私どものところにも、心の教育や人間関係を教えるためのプログラムを外部に発注するという私学の学校がすごく増えています。今日も実は、ある中学校から来たのですが、それくらい、今の教員の力だけではちょっと無理だ、外部のプロの力を借りようというふうなことがかなり行われています。そこのところをよく考えてみますと、やはり、専科のプロが欲しいなというのが身に沁みて感じるところなのです。
 私は決して、今の中学校教員のレベルが低いと言っているわけではありません。ただ、今の現状を考えると、部活もしなければいけない、生徒指導もしなければいけない、教科もしなければいけないということで、ある私の教え子に聞きましたら、教員の平均寿命は一般国民より10歳短いのです。これ以上、生き方学習というような深い内容のことを責任を持って全教員にやれというのはとても無理で、結局、掛け声倒れに終わってしまう。そうならないためにということを考えますと、是非教科化をということをもう一度お願いしておきたいと思います。

【藤永委員】
 道徳教育を何とかしなければいけないということで、その中で教科化というのは非常に可能性がある選択肢の1つであろうと思います。ただ、誰でもが直感的に思うように超えなければいけないハードルが幾つかあると思います。ただ、メリットとすれば、今日最初から議論していたようなことで、要するに、量と質の確保という意味ではとても大きなメリットがあると思うんです。しかし、一方で、デメリットとすれば、ずっと言われているように、良心の自由、思想の自由にどれだけ抵触しないような形の実現化を図るのかということをクリアしなければいけない。したがって、教科書検定というのはそこに一番ひっかかりますし、評価をどうするのかということもある。ただし、評価、評定はしないにしても、今の総合的な学習の時間のように文章表現によって各学校で決めた評価の観点でやるという意味では、英知を集めれば可能であろうし、テキストも、そういうことも可能であろう。
 ただ、もう1つの問題は、それを今、諸富委員が仰ったように、指導を仕切る教員がいるのかという問題が残るのです。これに関しては、根底的に教員養成のシステムを考えなければいけないということがあろうかと思います。
 1つだけ、これは、どういう形になったとしても崩してはいけないと思う前提は、道徳教育は教育活動全体を通じて行うと、決して、この枠組みをないがしろにして道徳の時間を教科にすることがあってはならないと思います。道徳の時間にしても、すべてのことを網羅的に授業内容として設定するのではなくて、言ってみれば、道徳の時間に授業はしない方がいいような内容も実はあるのではないかと思います。そういう意味では、非常に限定的に、これは授業として成立するというようなものに関しての道徳の教科化というのは非常に可能性があるのではないかと思います。ただし、少し時間をかけてやらないと拙速のそしりを免れないことはあろうかと思います。原則は、僕は、有力な選択肢として考えていくべきであろうとは思います。

【本田主査】
 確かに選択肢の1つとして考えておく必要はあろうかと思っておりますが、ただ今のことをめぐってご意見があればお出しください。どうぞ。

【諸富委員】
 私はもう、大胆に言ってしまえば、教科書も要らないと思います。だから評価もしなくてもいいと思っているのです。基本的な考えは藤永委員とほとんど同じで、小学校高学年や中学校できちんと道徳の時間を行おうと思ったら、かなり高度な内容のものをやらないと、もう子どもたちはついてこないです。答えが見えているような授業をやってもついてこないです。かなり高度な内容の授業をやらなければいけない、じゃあ、できる教員がいるのかというと、残念ながら、ということになるわけです。そういった力量のある教員をつくっておくためには、まず、教科にしないと、その養成もできない。今の段階で、教員養成をどうするのかという大きな問題はあります。けれども、まず、最初の一歩を踏み出さないと、この問題は永遠に解決しないまま続いていくのではないのかと思っております。

【本田主査】
 ただ今の問題は、簡単にここで拙速には避けた方がいいというご意見もございますから、簡単に結論を出してしまって、右か左かというふうにはしない方がいいのではないか。ただ、1つの有力な選択肢として考えていく必要はあるだろうと。そして、そのねらいというのは、例えば、教科にしたからといって子どもが突然よくなるとか、心が豊かになるということはないわけで、子どもの心を豊かにするのは、やはり、学校教育全体、あるいは地域、家庭、三者一体となって子どもを育んでいくことがなければあり得ないことでございますから、教科にした途端に子どもの心がとても豊かになってしまう、こんな簡単なことはございません。ですから1つの選択肢としてです。
 子どもの心を豊かに育んでいくためには、現状の中で何ができるか、何が一番欠けているかということを少し考えて、例えば、豊かな心を育てるためには、学校教育全体の豊かな心を育てる時間をどうしても確保しなければならない、これ以上、時間が削られて学力一辺倒にならないことです。例えば、父兄から、「受験に役立たないではないか」と言われたときに、それをきちんと押し返すだけのポリシーなり、プリンシプルを校長なり、教育委員会なりがきちっとおもちになること、そのことはやはり必要であろうと思いますし、そういう心を育てるということに本気になれるような人が教師の中から、現にいらっしゃるように思いますけれども、そういう人たちがもっと増えていくことを考えるためには何をすればいいかというようなことも必要になってくるであろうと思っております。

【渡部委員】
 教科化ということについてではないのですけれども、何と言ったらいいでしょうか、新しい枠組みとして、教科的なといいましょうか、何かそういうものは構築できないだろうかと思います。なぜこういうことを申し上げるかと言いますと、実は、ご案内のとおり、幾ら学校で道徳の時間に立派な教師が教えても、家に帰る、社会に戻る、そこでみんな壊されています。つまり、地域社会の問題、また家庭教育の問題、これが実は一番根深いところがあるわけです。学校というサンクチュアリみたいな中だけで幾らやっても、現実世界というのは、子どもたちは学校だけで生活していないわけです。家庭や地域社会でいろいろな情報も手に入れます。
 そういう点を考えますと、教科とか、教科ではないとかではなくて、何とか実効性のあるような枠組みみたいなものが構築できないだろうか。これは、指導方法、指導計画も含めて、あるいは指導体制、つまり保護者とか地域の方とかマスコミの方とか、そういうお力も借りながら何かやる。つまり、学校という狭い中だけで、コップの中でガーガー言っているのではだめだと思うんです。そういう意味での何か方法もこれから検討課題の1つとして見てはどうだろうかと、そう思っております。

【宮川委員】
 教科化については、今のお話のように、選択的とか、十分検討をいただきたいと思っております。と申し上げますのは、先ほど来、教員の資質、能力の話題が出ました。私が今、一番、指導主事や課長にお願いしているのは、まず、先生方が本当に学習指導案が書けるのかということです。特にその中で、単元についての見方、考え方、あるいは、子どもに対する見方、考え方、あるいは、自分はどういうふうにそれらをひっくるめて指導するのかといった教材観とか、単元観とか指導観、こういった観が書けるのかどうか。書けるようにするには、やはり大学の教職課程において十分な指導が必要だろうと私は思っています。こういったところが十分なされない中で、養成だ、あるいは、教科化だということが、果たして今の先生のお話のように、解決し得るのだろうかと思います。
 それから、今日の議論の中で、本当に私も勉強させていただきましたが、例えば、押谷委員のお話の中で、他の教科というお話が出ました。今の学校の先生方を見ていると、例えば、特に中学校や高等学校は、自分の教科のカリキュラムしか考えない。これをもっと他の教科との関係をどう自分で押さえて子どもたちの目の前に臨むのか、このあたりについてもっと働きかけないと、いわゆる、カリキュラムを使う、カリキュラムをつくる教師といった本当の専門職としての教師は育てられない日本というのが現実になってしまうのではないかと思っています。ですから、ここを1つ、そういうことを考えていきたいと思っております。それから、やはり、考えていることは、わかりやすく、どう伝えるか、見せるかということを今後の学習指導要領や解説書の作成の際にご努力いただきたいと思っています。
 例えば、改正教育基本法の第2条2項に「創造性」という言葉が出てきます。この創造性という言葉をとったときに、ほとんどの教員は新しいものを創造することととらえます。しかし、マズローの論を持ち出すまでもなく、いかに自分があるかということをつくり出していくことも創造性です。そうしたときに、今、日本の子どもたちにとって何が足りないのか、やはり、自分がどういう人とも対等に物を言っていかれるとか、自尊心とか、自尊感情、自信とかそういうことと創造性ということはどう関連しているのか。そのことと体験活動はどう関連しているのか、このあたりの突っ込みというか、論及が必要なのではないかと私は思っています。

【小林委員】
 先ほど、道徳の教科化ということは、社会的なインパクトを与えると言いますか、道徳教育を充実させていくための一つの方向性というお話がありました。これと同様に、体験活動の充実についても、学校教育法と社会教育法が改正され体験活動を推進することとなりましたが、法律の改正後、初めて学習指導要領が改訂されるわけですから、教育再生会議や「骨太の方針」で一週間という日数が明記されたことをもう少し深く考えられないでしょうか。
 これまでも集団宿泊活動として、一泊二日や二泊三日の日程では行われてきましたが、そうした経緯があって、一週間という日程が示されました。確かに、一週間の集団宿泊活動を進めていくためには、授業時数の確保の問題、保護者の経済的な負担、あるいは、学校の先生たちに一週間子どもたちを自然の中で活動や生活させていくだけの指導力があるのか、また、何をさせるのかといったプログラムの問題などがあります。
 しかし、だからこそ国や教育委員会等による支援を行い、財政的な保証をすることや教員に代わって非日常的な集団宿泊活動を指導する指導者を育成すること、あるいは、一週間の授業時数の確保ということであれば、教育課程、教科や特別活動等と連動した体験活動のカリキュラムを開発する。そうしたことが、国や教育委員会の役割ではないかというふうに考えます。

【本田主査】
 道徳教育と体験活動、特別活動、それとキャリア教育、それを一緒に議論してしまいましたので、1つ1つに関しての整理はこれからしていただかなければならないのですけれども、今、小林委員が、体験活動に関してあまり話題にならなかったことを整理してくださいましたので、それは大変重要な指摘でございました。
 ただ、これらは1つ1つ整理してそれらの重点化をし、目標を明確にすることが重要であると同時に、連動して一緒に、これは厄介なことに子どもにとっては一緒の体験として行われることに大変意味がある。学習指導要領とか、教育課程の方で別々に扱われているものを実践のレベルでは、もっとコーディネートして一緒に扱っていく。例えば、先ほどからキャリア教育を一生懸命にやっていけば道徳教育もできるのだというお話がございましたが、そのような実践の場所での在り方があるということも1つ、考えに入れておいて整理をしていかなければならないと思っております。

【井上委員】
 今日初めてこの専門部会に出席させていただきまして、皆様方、それぞれの専門的なお立場からのご意見を聞いて、道徳教育、あるいは体験活動、キャリア教育全体についての真摯なご議論を重く受けとめさせていただいたわけでございます。
 教育課程部会でも、皆様方のご報告を踏まえて、もう一度議論し直すことになるかと思いますが、私が今まで、道徳教育、体験活動、あるいはキャリア教育全体について、教育課程部会はもう3年ぐらい議論しておりますので、その中でいろいろ議論が出てきておりまして、今日、皆様方のご意見もかなりその中に含まれていたのではないかと思うわけでございます。
 したがって、道徳教育、あるいは体験活動というような全体を考えてみますと、やはり、改正教育基本法の中で言っている人格の完成と社会の形成者としての人間育成、そういう目的を考えながら、今回、特に言われている公共の精神をはじめ、規範意識とか、そういうところとの関連でどうやって子どもたちが社会人として実質的、また創造的なそういう生活をしていくかという場合に、最低限、道徳教育というものの充実、先ほどから教材の充実で、「心のノート」をはじめ、各県でそれぞれ副教材がつくられていて、そういうものを活用した教育活動が現に展開されております。あるいは、民間の教材もここで提示されておりますように、それらの教材の充実、それはやはり十分、学習指導要領など、それぞれの論点1で示されているような、そういう目標を具体的に、ある程度もっと明示していくという必要性、それから、それに伴って、やはり、時間数の確保、これは従来から、道徳の時間は、必ずしも、定められた時間数どおりではないというお話があります。
 そのような点と、やはり、道徳教育、そういう教育の中で体験活動との関係、それを体験活動で実感させる、そういう教育の重要性は従来からも言われており、また、道徳教育は、ある意味では言語力の充実と同じで、すべての教育活動の中で、それを子どもたちに本当に身に付けさせていくという教育活動の在り方ではないかという基本的な方針というのは、今後も尊重していくべきではないかと思うわけでございます。
 そういう意味で、当面は現在のそういう道徳教育の在り方を中心として、さらに検討を重ねて、そして、今後の課題としては、先ほどからお話が出ているような問題も確かにございますが、それらは道徳教育をさらに充実することによって視野が開けてくるのではないか、このように考えております。
 今日は非常にいろいろなご意見を聞かせていただいたことを感謝いたします。

【安彦委員】
 それでは、私の方からも2つだけ申し上げます。1つは、道徳教育が重要だということは皆さんが仰ったとおりだと思います。改正教育基本法との流れでということを仰いますけれども、教育基本法は教育一般の目的規定をしておりまして、必ずしも学校だけのことというわけではありません。したがって、人格の形成、あるいは完成ということについても、学校も一部を担いますけれども、学校の外も、当然それはやらなければならないという前提でありまして、学校で何もかも引き受けるということは到底無理な話だと思っております。
 その辺で、先ほども渡部委員が仰ったこと、あるいは宮川委員が仰ったこととかなり重なるのですが、そういう道徳教育が重要だということは私も思いますけれども、それを、どうでしょうか、学校だけでやることに対して、これほどやってきてもというか、ある意味では、やりながら、なかなか成果が出ない。なぜかと言えば、教科で、学問の分野であれば、これはあまり社会的な影響を受けないわけです。ところが、道徳という分野は、もう社会的に直接の影響を受けて、学校で教えられたことをすぐ壊されていくという状態が生まれます。やはり、そういう意味では、社会の協力が得られなければ、道徳教育は非常に難しい。同時に、これは学校だけでやるということの限界といいますか、無理があったということを認識しなければいけないのではないか。
 そういう意味では、もっとほかの方々、学校の外の方たちと本当に一体となって子どもたちを育てる、そういう姿勢がないのだったら、学校の先生だけが幾ら一生懸命やっても、到底、今の社会状況その他の状況では無理なのではないかと思います。そういう意味では、中央教育審議会でも、当初、割合にそういう意向があったのですけれども、社会からも力を借りて、実際の例を諸富委員も出されましたが、外から入ってくる人たちにもっと入っていただいて、そして一緒に育てる、そういう相互乗り入れ、そういうことをもっと道徳教育の部分については入れてほしいです。学校だけでやること、学校でこそできることはもちろんやりますけれども、学校でやる必要もないことまで学校でやるということは、決して子どもの満足は得られないと思っておりまして、そういう意味では、1つ、重要性はわかりますし、教科化ということも、今日伺って、ああ、そういう意味だったかという面もあります。しかし、それはいかにも安易な言い方だなと、教科を簡単に考えていただいては困る、そういう筋から教科化するということを言われるのだと、ちょっと私はあまりストレートに賛成できないというところがあります。
 もう1つは、それと絡んで、むしろ、教科にする前の、今の道徳の時間そのものの実践が十分にまだやられてもいないのに、すぐに教科にして行くというふうに行ってしまうことについては、改めて、その前にもう一度、先ほども藤永委員とか、そのほかの委員が仰ったようにきちっとこの時間を確保し、それをきちんと記録に残させるような形で実行していただく。すると、それなりの、いわば効果が出るのではないかと私も思いますので、そういうことについてきちっとシステムをはっきりさせる。
 高等学校については、年間指導計画の必須化がなかったかもしれませんが、小学校や中学校については既にあるわけです。そういうことについてもっと徹底して小・中・高とも、今の状況を少しでもきちっとするところまで、まずやってみるということを、是非、そのために広島の例などが、1つの例で何らの人的、あるいはシステム的な改善がなくても具体的な効果があるのであれば、本当にそこから学んで全国に展開していただけたらいいわけで、そういう意味でも、この部分の担当の明確化、その他のことも含めて、今の状態に対する対応を強化する。正直言って、この分野については、私は、先ほどからお話があったとおり、保護者も学校の先生もみんなどこか逃げているんです、腰を引いている。結局は誰も本気になって正面から子どもの前に向き合っていないわけです。こういう部分について、大人が正面から向き合うことをやらない限り、受験とか、そちらにみんな逃げてしまうようなことをやっている限り、子どもは本当の意味で自立できませんし、それを非常に不安に思いながら育ってきているというふうに思います。
 この点は、是非、そういう意味でも、システムそのものを、今の状況を少しでもきちっとするという、正面から責任を持った態度を示していただくことがまず大事で、教科化などその後のことは、また先の話ではないかと思っております。

【本田主査】
 それでは、多分、皆様、今のお話を伺って、さらにまた何か言いたいことが出てきたというお顔をしていらっしゃいますが、今日は時間でございますから、ご意見がございましたら、いつものようにメールなり、FAXなりでお寄せください。それらも勘案して整理させていただくことにいたします。
 それでは、今後のことについて、事務局の方からご説明がございますか。

【森友学校教育官】
 本日は大変遅くまで長時間にわたりご審議をいただきましてありがとうございます。主査からもございましたとおり、本日、ご議論をいただきましたことなどを踏まえまして、主査とご相談の上、整理をさせていただきまして、全体を取りまとめた上で事務局より教育課程部会に報告させていただきたいと考えております。
 また、先ほど、これも主査から話がございましたが、ペーパーによります意見なども頂戴したいと考えております。論点の要旨を整理してまいります都合上、まことに短期間で恐縮でございますが、今週末、19日(金曜日)を目途にFAX、あるいはメール等々で頂戴できれば幸いでございます。

【本田主査】
 どうもありがとうございます。それでは、本日はこれで閉会といたします。大変長い時間、たくさんのご意見を頂戴いたしましてありがとうございました。

─了─

お問合せ先

初等中等教育局教育課程課

-- 登録:平成21年以前 --