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免許法上の問題も検討の中に加える必要がある。現在、小・中学校で特殊学級等を担当する教員は、基準となる免許の他に特に必要な免許はない状態である。なかには盲・聾・養護学校の免許を持っている教員もいる。特殊教育免許の総合化に関するワーキンググループで議論されていることではあるが、担当する教員は免許法上、何らかのプラスアルファのものを持つべき。
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「柔軟な運用」ということが何度も言われるが、具体的には何か。
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現行の制度の中でも、各都道府県によって考え方が違う。特殊学級については、幾つかの学校に集中して学級を設置しているところや、1人でも学級を認めて数多く設置しているというところがある。また、通級による指導になると、さらに条件が違う。特殊学級の設置と通級による指導の設置の仕方も随分違う。そのため、今後、LD、ADHD、高機能自閉症等を加えた軽度発達障害の児童生徒の教育を行う場合には、各都道府県がそれぞれの実情に応じた設置の仕方ができるようにする必要がある。
もう一つは、教員配置について。通級による指導の場合には、加配教員が配置されており、定数による配置とは考え方が違う。本当は現在の3倍ぐらいの人数が通級を希望すると思うが、現行の制度を前提にすると、通級はこれ以上教員を増やすことができないと思う。
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各都道府県によって実態が異なるのは、子どもの障害の状態に応じてどういう環境を準備するのかという教育面での考え方の違いが都道府県の違いになっているのか。それとも、ある市町村の中でも学校が点在し、固定学級を設置してもそこへ通級することができないというエリアの問題か。
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各都道府県での対応の違いについては、これまでの施策あるいは経緯等に加え、地域の実情というものもあると思う。それから、特別支援学校、特別支援教室などの制度が定まっていないため、最終的にそれぞれの都道府県が新しくどう転換するところまではなかなか踏み切れずに、国の制度が定まるのを見ている状況であると理解している。
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各都道府県の対応の違いについては、教育についての考え方の違いではなく、保護者の要望等を踏まえた現実的な対応の結果が違いとして現れている。保護者の意識の問題もあり、設置の形態を含め、各都道府県あるいは区市町村における対応は実態を踏まえた現実的な対応であるので、画一的に決められるものではない。
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特別支援教育という理念を基本としても、都道府県、市区町村の最大限の歴史、蓄積も生かし、今後をどうするかといった場合には、かなりの幅が出てくる思う。
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院内学級は、様々なかたちで設置されており、一律に論じられるものではない。それぞれの子どもの抱えている問題も違い、様々な運用がなされている。現実の問題として私立学校の子どもは入れないし、それぞれの子どもが在籍している学校によっても考え方が違う。また、子どもの生活的な学年と学力的な学年は全然別であり、一律に授業ができないこともある。現場の先生方が非常に苦労して工夫をしているのが現状。「柔軟な運用」というのは、子どもの利益を前提に置いた柔軟性として考えなければならない。
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院内学級には、広域的な範囲から設置主体を問わず、子どもが通ってくる。子どもの在籍状況は流動的であるため、設置認可の際に、定数を確定させるのは非常に困難。例えば都道府県単位などで、かなり広範囲のエリアを前提として、病院と提携しながら設置形態を考えていく必要がある。病院と連携して、教育と医療がタイアップして子どもの学ぶ意欲の充足を可能とする条件整備が必要である。
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この問題については、一つは養護学校を中心とした訪問教育の枠内で考えていくことができる。あるいは、小学校、中学校の特殊学級の一つ、さらには、養護学校の分教室として位置づける等、いろいろなタイプがあり、それぞれの自治体が一番やりやすい方法が望ましい。各々のケースに応じ歴史的な経緯もあると思うが、訪問教育は比較的容易なシステムだと思う。
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「特別支援教室(仮称)」については、固定的な学級を廃止することへの保護者の不安を取り除くための方途が望まれる。固定的な学級のメリットは生かしたい。しかし、考え方としては現行の制度の姿というものをかなり変えていきたい。中間的なところでそれぞれの良さを活かした仕組み、あるいは現行の制度の弾力化を進め、最終的には特別支援教室を創設していく考え方もある。
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(机上に資料を配付した上で)特殊学級は、そこに学籍がある。また、通級による指導の場合には、学籍は通常の学級にあり、児童生徒が特別支援教室へ通う。一方、いわゆる「巡回による指導」においては、教員が動く。これは現行の制度では名称はないが、通級指導教室の教員が一部実施しているものである。通級による指導においては肢体不自由と病・虚弱も対象にしているが、肢体不自由、病弱の子どもが通級による指導は受けない。教員が動けば、「巡回による指導」が出てくる。特別支援教室には、それぞれの学校が持つ教室の機能として、以上の3種類のものを考えて良いのではないか。付け加えて言うと、知的障害とLDを同じ教室、時間に指導する特別支援教室はつくってはならない。
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現在、自校通級、他校通級、それから巡回指導という形態の指導がある。通級による指導が一番充実されつつある。特殊学級については、各県の状況により、拠点校方式をとり、幾つかの学校がまとまって学級をつくっていることもある。特殊学級の位置づけは工夫する必要がある。
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保護者からすると、在籍、通級という言葉と学級、教室という言葉は連動している。在籍は、レッテルを張られてしまったというイメージが強く、在籍という概念と学級はつながっている。通級は、個別指導のイメージであり、指導が行われるのは教室のイメージ。現在、固定の特殊学級に在籍している子どもの保護者にとって、そこの籍がなくなることへの不安は十分わかるが、今後とも学籍を通常の学級から外すとすると、今までとあまり大きな差がなくなる。できれば、在籍は原則通常の学級という中で、通級のよる指導を柔軟に考える仕組みを考えたい。通常の学級に在籍するが、個別のニーズに応じて必要な教育を受け、通級であったり、教員が巡回することもある制度はどうか。
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「学級」は法令用語として定着している。「教室」は、法令用語として例はないが、通達等で行政用語としては使われている。「特別支援教室」と呼ぶか「特別支援学級」と呼ぶか、「教室」という法令用語がないとすれば「学級」でもいいのではないか。
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中学校において、卒業後の進路をどうするかは非常に大きな問題。成功事例も見たいが、指導上困難であった事例も提示していただきたい。また、指導要録においては、観点別評価のところと評定のところがある。中学校も同様な形式だが、そこにどのような判断でどのような数字を入れるかということは、現場に任せるのは困難。モデルや事例を何らかの形で示す必要がある。
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これまでの継続を前提に新しい発展を考えた場合、大枠ではこれまでの障害区分、それぞれの学級、通級による指導のいいものを残し、現在の障害区分を前提とするというのはよい。ただ、新しく対象となる子どもについて、現在の事業を評価しながら、時間をかけた検討が必要。
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通級による指導と巡回による指導については、昭和53年(1978年)に「軽度心身障害児に対する学校教育の在り方」という調査研究協力者会議の報告の中で述べられている。通級による指導は、平成5年から制度化されている。巡回による指導は、通級による指導の一部として展開されてきている。今後、軽度発達障害児の教育的な支援を考えていく場合、巡回による指導を新たに加えていくことが必要。通級による指導と巡回による指導という、かつてセットで出されていた概念を改めて考えてみる必要がある。通級による指導は児童生徒が動く。しかし、地域によっては児童生徒が動くというのは実質的に無理。巡回による指導は、教員が動くから、現在の交通事情を考えれば、かなりの距離を移動できる。
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武蔵野市では、今、通級指導学級に通級している子どもたちの中に、LD、ADHDの子どもの中に、通級による指導の日数が比較的少ない子どももいる。学級になかで支援したり、観察したり、あるいはその学校の中の特別室で教えたほうがいい子もいる。通級しないが、LD、ADHDの子もいる。現在、可能な範囲で通級指導学級のスタッフが巡回指導する体制をとっているが、かなり大変である。今後、巡回指導の教員をどのように確保するかという問題がある。
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特別支援教育ということで、大きな変化を期待している。小・中学校においては、普通学級に在籍した上で、特別に支援が必要な子どもを支援する仕組みをつくるものと理解している。将来に向け、あるべき教育の姿を見据えて、考えていく必要がある。
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(机上に資料を配付した上で)通級による指導、在籍校での指導ではどちらも非常に必要。まず、現場の学級担任としては、直接子どもの傍らにいて指導を一緒にやるような人的な措置がとられないものかどうか。LD、ADHDが発見され、もう20年以上も具体的な行政措置を講じてこなかった。これは行政上の不作為である。在籍率の高いところから年次計画で計画的に人的な配置をしていく。直接傍らにいて指導に当たれる教員の配置を、5ヵ年計画などで長期的に、計画的に、段階的に配置してもらえることを現場の教員たちは強く望んでいる。
また、特別支援教育体制のもとでの特殊教育の役割を明確にし、強化する必要がある。就学指導委員会という機関で適正就学を指導するが、保護者の意思を考慮する必要がある。平成13年度の学校教育法施行令で認定就学制度が創設されたが、趣旨の正しい理解が保護者に伝わっていない。個に応じた適切な指導が行われていない場合や他の子どもの学習・成長権保障といった意味でも問題がある。
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特殊学級か、通常の学級かという議論ではなく、学校内にチーム支援の体制をどうつくるか、さらには外のネットワークをどう広げるかの視点が必要。子ども自身をしっかりサポートしていくということにもなり、ひとりで抱えて困ってしまっている担任の教員を支えるという意味もある。その中に、専門的な立場の人をどう入れるのか、あるいは、コーディネーター役の先生方をどのように育てるか、さらには、全先生方にそういった認識を広めていかないと、対応できない。学校全体の意識改革も含めて大きな問題。
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教員への支援という発想は大事。コーディネーターは、単なる校務分掌的な位置づけでよいのかどうか。コーディネーターの資質・能力をどう考え、資格や免許状はどうするのか検討する必要がある。
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この委員会は教員のための会議ではなく、国民の教育をどうするかを審議すべき。教育を受ける子どもを前提に考えていかなければいけない。この点からも、就学判定業務は非常に重要な問題。今課題になっている子どもは、ディスオーダーであって、固定した障害ではない。LDは途中で支援が不要になることもある。LDでなくても、ADHDでも非常に落ちつく人もいる。広汎性発達障害でもそういう場合があるので、その対応については、教育側もフレキシビリティーが必要である。
保護者の不安があるから、固定的な学級を廃止できないということではなくて、別の制度を提示すればよい。昨今、すべての場面でフレキシビリティーを求められる。就学判定会議でこの学級に決まったのだから、どんなことがあっても行かなければだめですよというような時代ではない。子どものためにできる教育を実現するために教員と保護者が協力していかなければならない。
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なぜ元気な子が歩いて5分、10分の学校に通い、ハンディキャップの子どもが1時間かけて通うのか。環境整備は最初からは備わっているものではなく、後からできるものである。学校教育においても、現時点で環境整備が整っていないことは理由にならない。また、障害のある子どもが特定の学校に集まって教育を行うのは、学校を卒業してから困るのではないか。特別支援教育の在り方については、国民全体で支える教育として大いに期待している。
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子どもにとっては「一人一人のニーズに応じた」ということと「柔軟性」ががキーワードである。行政にとっても、「弾力性」、「柔軟性」というのがキーワード。最終報告の理念年度計画で到達していくというような、そういう方向で検討をすすめることが大事。今後、市町村で教員が採用できるという話もあり、特別支援教育にもそういう枠ができると、まさに地域の実態に応じた弾力性、柔軟性が実現される可能性が出てくる。
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現在、特殊学級の教員は、通級による指導を行っている場合もあり、巡回による指導も行う場合もある。自閉症であっても、言葉に問題があれば、情緒学級と言語学級の両方で支援を受ける子どももいる。子どもによかれと思うような支援方法は、既に一歩も二歩も進んで現実にとられている。その部分を法的に位置づけて、支援しやすくするのが、特別支援教育の役割。
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障害のある子どもについては、できるだけ家の近くの学校に通いたいのだと思う。距離的に遠いと、保護者が特殊学級に行くために送迎する必要が生じる。公的なサービスを受けられる人、受けられない人、家庭の事情で差が出てきている感じがする。すべての子どもが通常の学級に在籍し、すべての学校に特別支援教室があり、いろいろなスタッフがコーディネーターによって応援に行け、通常級に巡回に行ったり、周りの大人が動き、そして子どもは近くの学校に通うとことが実現できたらと思う。
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大部分の保護者は自分の子どものために一生懸命やっている。特殊な例をもって全体を推し量ったような議論にならないように注意されたい。
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コストについて、中間まとめにどう反映すべきか。また、現在の特殊教育にかかる総コストというのはどれくらいなのか。日本の国全体で支援が必要な子どものために学校教育のコストをどう考えるのかという視点がないまま、「一人一人のニーズ」を強調しても、本当に実現可能なのかどうか。同時に、学校教育のコストと福祉にかかるコストとは明確に分けるべき。現行の制度のコストと、今度、どれくらいかけるつもりなのかが明確でないまま、理念だけ現場におりてくると、混乱を生む。中間まとめの中で少なくとも方向性だけは示す必要がある。
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一方で、コストの問題については、福祉、医療、労働などの関係機関を一体として考えるべきだというような議論もある。さらに議論を深めなければならない。
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特殊学級制度、通級による指導においては、現実的に弾力的な運用がなされているが、通級による指導は制度としては大変脆弱。やはり一体化して整備をする必要がある。そのことを受け、特別支援教室の構想には、2つの意味があった。全く分けないで教室をどう運営するかという方法論と、ある程度、現状を念頭に入れながら障害区分を明確にして対応する必要があるということ、もう一つは、LDやADHDや高機能自閉症等をカテゴリー化するかどうかといった問題。
特別支援教室と通常の学級の関係の中で、学校教育法上の位置づけについては、小・中学校及び高等学校の学習指導要領上にどう位置づけるのかが大きな課題になる。
また、「交流教育の意義と教育上の効果について」は、障害者基本法の関連もあり、今後もう少し論議を詰めておく必要がある。
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本日の議論をお聞きし、エンジニアの立場からすると、様々な実験、運用がなさている状況のなかで、一度徹底的に事例をまとめ、グッド・プラクティスかバッド・プラクティスをたたき出すことも必要なのかもしれないと感じた。これは非常に重要な問題であるので、文部科学省一体となってやっていただきたい。 |