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特別支援教育特別委員会(第4回)議事録・配布資料


1.日時: 平成16年5月11日(火曜日) 14時〜17時15分

2.場所: 都市センターホテル「オリオン」
(都市センターホテル5階)

3.議題:
(1)  特別支援教育の在り方について関係団体からのヒアリング
(2)  その他

4. 配布資料
  資料1   中央教育審議会初等中等教育分科会特別支援教育特別委員会(第1回)
議事要旨(案)
  資料2   (社)全国肢体不自由児・者父母の会連合会提出資料
  資料3   社会福祉法人 全国重症心身障害児(者)を守る会提出資料
  資料4   難病のこども支援全国ネットワーク提出資料
  資料5   財団法人 全日本ろうあ連盟提出資料
  資料6   全国難聴児を持つ親の会提出資料
  資料7   全国言語障害児をもつ親の会提出資料
  資料8   社会福祉法人 全日本手をつなぐ育成会提出資料(PDF:830KB)
  資料9   社団法人 日本自閉症協会提出資料
  資料10   NPO法人 えじそんくらぶ提出資料
  資料11   全国LD親の会提出資料
  資料12   特別支援教育特別委員会の今後のスケジュール(案)

5. 出席者
委員)
高倉委員(委員長)、宮崎委員(委員長代理)、今井委員、阿部委員、市川委員、大南委員、川邊委員、佐藤委員、瀬戸委員、中島委員、藤田委員、藤原委員
事務局)
結城文部科学審議官、金森初等中等教育局担当審議官、辰野初等中等教育企画課長、宍戸視学官、山下特別支援教育課長、内藤特別支援教育企画官、細村国立特殊教育総合研究所理事長、中山国立特殊教育総合研究所理事、その他関係官


6. 概要
(1 )特別支援教育の在り方について関係団体からの意見聴取
 意見聴取の後、各団体について質疑応答。主な発言は以下のとおり。

 ○:意見発表者、●:委員

1 日本盲人会連合

委員  様々な障害のある子どもが同じ学校で学ぶことについてどのようにお考えなのか。例えば、字が読めない子どもと字が読める子どもを同じ机に並べて、同じ教材で学習をするというようなことについてはどうか。

意見発表者  私は、障害が違う者を集めて教育するということの難しさということを痛切に感じている。現実の問題として、障害の違う方々とのコミュニケーションについては大きなギャップがある。
 したがって、さまざまな障害のある子どもを統合した教育がどういう形で行われるのかが気がかりでである。よほど優れた教育技術、専門性がない限りは不可能ではないかと考えている。

意見発表者  目の悪い者と健常者とが一緒に学習することは、条件さえ整えば非常に優れた結果を招くのではないかと考えている。

委員  条件が整えばというのは、具体的にはどんなことか。

意見発表者  まず、障害は障害として、人間を人間として認めるという周りの理解があるということ。
 さらに、障害のある者の障害をどう克服させるかの手だて、例えば全盲の者であれば点字の指導とか、歩行の指導がそれなりにきちんと行われるのであればやっていけると考えている。ただ、重複障害のお子さんについては、重複した障害を抱えたまま普通学級に入っていくことは、ちょっと無理があるのかもしれない。例えばこの子たちの指導には、視覚障害の専門の技術を持ち、さらに知的障害の教育技術を持った方が必要だということになるのではと考えている。

委員  さまざまな障害のある子どもを統合して教育を行うことについて、障害を克服して最大限の自立を獲得していくということとの関わりという観点からお聞きしたい。

意見発表者  いろいろな障害のある子どもを1ヵ所に集めて教育する場合は、本当に一人一人の障害のある子どもに合った教育が必要である。ただ1ヵ所に集めただけという教育では、今よりもはるかに質が劣ることになると考える。

意見発表者  先天盲の教育の中で大切なのは、できるだけ早期に専門家が直接又は親を通じて子どもの指導に当たっていくこと。そうしないと社会的な自立に遅れがでてくる。

2 社団法人全国肢体不自由児・者父母の会連合会、社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会及びNPO法人難病のこども支援全国ネットワーク

委員  保護者の立場から、肢体不自由養護学校や、肢体不自由教育に求める専門性についてどのように考えるか具体的にお教えていただきたい。

意見発表者  肢体不自由のみならずどの障害種についても、現状では、学校にはその障害に対応できる先生がいるわけだが、今後特別支援学校になって、一つの学校でいろいろな障害者を教育する場合には、それぞれの障害のある子どもに対応できる教員の配置が必要ではないか。
 ただ、現在、医療的ケアを必要とする子どもが大変に多く、常に医療を必要とする子どもがいるが、医師法という法律があって、普通の先生では対応ができない。
 現在、肢体不自由養護学校の場合、1学級で担任の先生がが3人、4人配置されている重度の障害のある子どもが学校で教育を受けるときには、担任の先生のうちの1人を看護師にしてもいいのではないか。
 そうなれば、医療的ケアは医師の指導によって行える。
 学校に子どもがいる間ずっと親がついていることもあり、負担になっている例も見られる。

委員  院内学級について医療的ケアの観点から補足することはあるか。

意見発表者  医療的ケアについては担任にしていただきたいという希望を持っている。
 というのは、子ども自身が安心して自分を預けられるという方にやってもらうことで、子どもの成長発達に非常に有効なのであると考えるからである。

委員  コーディネーターの専門性について考えを聞かせてほしい。

意見発表者  コーディネーターについては、ただ表面を見てこの子はこの程度だなという判断ではなく、きめ細やかに、この子がどういう表現をしているのか、そこまで深く見る目を肥やしていただきたい。

委員  この特別支援教育の新しい体制については、障害のある子どもに対する支援ということにとどまるものではなく、すべての子どもに対する発達の支援という考え方が必要だろう。

意見発表者  特別支援教育の中でも、超重症児は医療的ケアが要るので、差別ということでなく、ある程度この子たちには区別して、特別の支援を行うのが子どもの幸せにつながると考えている。

委員  医療的ケアの必要な子どもへの対応については、医療の専門職が学校に入って対応したほうが良いのか、あるいは現在の教育関係者がもっと医療的なトレーニングを積み対応したほうがいいのか。

意見発表者  看護師が必ずいて、そしてそばにいる教員がそれを補助するような体制になると、随分看護師も楽ではないかなと思っている。看護師を教師のかわりに入れ、その方を中心にして医療体制がそこに生まれてくるというようになればありがたいと思っている。

意見発表者  ケース・バイ・ケースだと思うが、経管栄養や、たんの吸引の場合は、担任が十分トレーニングを積んでいただければいいのではないのかと思う。
 また、小児糖尿病のお子さんのインシュリン注射とか、二分脊椎症のお子さんが小さいうちから訓練を受けて自分で導尿するとか、こうした行為が一般的に行われるようになってきた。学校現場で安心してこうした行為ができるような受け入れ体制も一方で必要と思っている。

3 財団法人全日本ろうあ連盟

委員  口話、リップリーディングは今あまり使われていないのか。

意見発表者  私がろう学校にいたころは、口話が中心だった。今は、障害者や障害に対する理解も広がっており、聾学校でも手話が見直されて、幼稚部から手話を使う学校も増えている。そのようなときに特別支援教育との関係の中で聾学校の統廃合が進んで、ほかの障害のある子どもと一緒になることを私たちは非常に心配している。

委員  ほかの障害のある子どもと一緒になることについて、同じ教室で机を並べて障害の違う子ども達が学習をする、そういうことを考えているか。
 また、特殊教育総合免許を仮につくるとすれば、聾教育としてはどういうことを絶対にその中に盛り込んでほしいのか考えを伺いたい。

意見発表者  統合によって聾児とほかの障害のある子どもが同じ教室で机を並べて勉強するということは考えにくいのではないかと思う。やはり聾学校の機能は統合化の中でも残してほしい。ただ、その場合でも、集団的な交流とか、障害児同士の活動の中で、聞こえない子どもたちとほかの障害を持っている子どもたちとの共通のコミュニケーションができないという問題が出てくる。そういう意味で、もし統合化される場合でも、それはほかの障害のある子どもと一緒に学ぶのではなく、普通の小・中学校の中で聾学校の機能というものを入れ込むほうが適当ではないかと思う。
 特殊教育免許の問題だが、教員免許の中で聾教育に携わる者の絶対的な条件として、聞こえない子どもときちんとコミュニケーションができることを入れるべき。手話を言語として認めて教員免許の中で位置づけていくということを願っている。

委員  最近、聾学校で学んでいる児童生徒の数は少ないとのことだが、聾学校に在籍していない聴覚障害教育の対象になる児童生徒の数はもっと多いのか。

意見発表者  通常の学校で勉強している聴覚障害の子どもが多くなっている。私が聾学校で勉強していたころは、県内の聾学校の児童生徒数が、300名近くいた。その時代と現在とは非常に違っている。

委員  聾学校以外で勉強している子どもたちは、現在、十分な手話教育や、コミュニケーション能力の教育がなされているのか。

意見発表者  そういった子どもたちには、ほとんど手話教育は行われない。手話も配慮されていないし、要約筆記などもほとんどない。聴覚障害児を持つ親の努力とか、先生たちの努力にゆだねられている。

意見発表者  聞こえない子どもにとっては通常の学校では情報保障されない。でも、学力は求めたいから通常の学校に行く。一方、手話で学びたいと思う子どもは、聾学校に入る。でも、聾学校でも手話の保障はない。聾学校で手話で教え、聾児の選択できる幅を広げるということは大切ではないか。学力だけを求めるならば、通常の学校において、情報保障をする方法も考えられるが、基本的には、聾学校できちんと学力をつけられる条件をつくるのが一番いいと思う。

意見発表者  以前は、聾児を持つ親の中には、聾学校が障害児学校なので、親としてその子どもを障害児と認めたくないために聾学校に子どもを入れたくないと言われる方もいた。今はそのような差別的な見方はなくなってきているが、普通の小・中学校の学力と聾学校の学力の差があり過ぎて、聾学校で学ばせることは親として心配なので、普通の学校に入れたいという気持ちもある。けれども、今の普通学校の中で、聴覚障害者がひとり入っても、他の児童の勉強についていけず、高校に入る時点になって、また聾学校に戻ってくるというような例もある。特別支援教育の中で、普通の学校に入っている聴覚障害のある子どもたちの教育的な保障がどうなのかという問題まで広げて検討する必要があるのではないかと思う。

意見発表者  障害別の学校を統合するとした場合、聞こえない子どもと見えない子どもでは、コミュニケーションがなりたたない。こういう状況があるのに、障害種別にかからわず一緒にするのは非常に難しいと思う。

4 全国難聴児をもつ親の会及び全国言語障害児をもつ親の会
(全国難聴児をもつ親の会:資料から離れて以下の要旨の意見を発表)

意見発表者  聴覚障害のある子どもにとって、集団で教育を受けることが不可欠。そのために、固定制の難聴学校の制度はぜひ残してほしい。
 それから、通級については、個別の指導ということではなく、集団で通級指導を受けることができるようにしてほしい。
 また、集団の力をうまく発揮して、子どもたちの能力を開発していく指導者が重要になってくる。
 総合免許状については、どちらかというと賛成の立場。専門的な知識を薄く広く持つことが大切だが、総合免許状の上に聾免許を取得した先生方が聾学校あるいは難聴学級を担任するということで、しっかりと指導の底上げをしてもらいたい。

委員  特別支援教室には、いろいろな形態のものがあっていいと思う。しかもそれは、国が考えるのではなくて市町村が考える、あるいは都道府県がその方向を出して考えていけばいいと思うが、どうか。

意見発表者  それぞれの地域でやり方が違う、それぞれの学校でも違う。さらに、担当の先生の考え方、校長先生の考え方も違うと思うが、願わくば、あまり地域や学校間のレベルの格差が広がらないようにしてほしい。公教育という意味で最低限度は確保するということを堅持してほしいと思う。また、いろいろな障害のある子どもがいる中で、全部の障害について指導ができる先生はいないと思う。
 従って、理想を言えば、教室担当者よりさらに高度な専門性が必要な場合は教育委員会等から先生を派遣するとか、あるいはそのときにだけ子どもが相談に行くとかという、柔軟性がなければ、この教育はとても進展していかないと思う。

委員  難聴の通級指導教室について、現在、個別指導であるのを、今後、集団で教育をする方向性をぜひ検討してほしいとのことだが、現在、地方では聾学校の子どもたちが大変少なくなっており、難聴学級でも大変少ない状況であるが、どういった対応をすべきかお考えを伺いたい。

意見発表者  過疎地の通級や固定制の難聴学級において、低学年の発音とか、聴能の訓練とかという、自立活動的なことでは1対1の指導もいいとは思うが、学習となると、集団で勉強するという時間がないと、自分がどう思っているかとか、人の意見を聞いてどうするかというようなことが全く育たない。
 聴覚障害については、個別ではなくて集団が必要だということを考えていただきたい。

委員  例えば、校長の校内人事で、全く専門性のない先生が難聴学級や言語障害の指導をする例は多いのか。
 また、通級指導は、個別に支援するという面と、何人かが集まってお互いにコミュニケートするという機会もつくりながら指導するという面、個別と集団をあわせてやっているのが、これが通常の在り方かなと思っていた。しかし、お話によると、どうも一人一人の指導になってしまっているようだ。全国的な状況なのか。

意見発表者  自分の経験では、やはり大体60%ぐらいの教員が経験年数3年未満というところが全国的にかなり多い。業務命令で担当をさせられるので、その際に3年たったらまた通常学級の担任にするという約束を交わすということもある。
 もう1点については、障害種別にもよるが、言語障害については、徹底した個別指導も必要であるし、やはり集団指導もどうしても必要である。

意見発表者  集団で通じ合う方法で教育を受けた経験があまりないのは大きな問題だと思っている。
 お互いが今何を言っているのかわかる方法で育っていないと、大人になってから、手話を覚えても、他人の話を聞くという習慣が身に付いていない。

委員  特殊教育免許総合化について皆さんの意見を伺ったところ、トータルとしては賛成だが、それに加えて、現在のような聾免許のようなものを残し、専門性を高める必要があるのではないかという意見。それに対し、総合免許状というよりは、むしろ各種別ごとの免許状を重複して取得する方がよいという意見。さらに、特殊学級についても免許状をつくったらどうかという意見と、かなり際立った違いのある御提言をいただいた。

5 社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会

委員  障害のある子どもが学校を卒業した後の生活、これこそが障害のある子どもにとって大事だというのは、私もそうだと思う。障害のある子どもたちに最低これは教えておかなければいけない、これは指導しておかなければいけない、教員としてはみんながここは知っておかなければいけないという点あったら教えていただきたい。

意見発表者  これは障害のある子どもだけではないが、最低限のものとして三つのしつけがある。「あいさつ」、「返事」、「後始末」。これが人間関係をつくるもとだと思う。「あいさつ」は明るいあいさつ。「返事」については、正確な返事。できないことはできません、わかりませんから教えてくださいという、肯定、否定、それから疑問。この3種類の返事がきちっとできるということ。「後始末」については、靴とかをきちっとするということが大事と思う。
 また、基本的生活習慣も重要。「喫食」、「排便」、「睡眠」。この三つが基本的で、あと、「衣服の着脱」と「整理」の二つ。この五つが基本的な生活習慣である。こうした習慣については、大学を出た人も結構できない。
 基本的な人間関係は学校と家庭で教えてほしい。それさえできれば、技術的なことは企業が教える。

委員  特別支援教育の中で特にどの部分で保護者の参加を明確にしたいと考えているか。

意見発表者  個別の教育支援計画については、生育歴と現在と将来に向かってということで、この子にこういう人生を送らせたいという親の願いもあり、本人の力もある。これは毎年修正しないと意味がないと思う。
 個別の教育支援計画を作る際に、本人を挟み、親と先生と、就労とかそういう社会生活をみるコーディネーター的な人がいる。そうしないと、当事者でやっていくと、保護者のほうがやはり圧力を感じ、言いたいことを言えない。ほとんどの保護者の場合は、やはり先生にお世話になっているということで、思い切ったことが言えない。そのときに第三者がサポートしてくれるといいのではないかと思う。

委員  特殊学級がなくなるということについてどんな考えをお持ちか。また、特別支援教室がどういう教室であったらいいと考えているのか。

意見発表者  結局、そのそれぞれが持っている個人のニーズに対する特別支援教室があればいいのではないかと思う。
 本当は、何か固定的にあったほうが、職員の配置や財政面で安心感がある。しかし、これからはハードよりもソフトが大事な時代になってくるので、その点は説明責任をきっちり果たしてもらえれば、固執する必要はないと思う。
 障害児教育において、私は啓発が非常に大事だと思う。地域に対する啓発とともに、普通学校の場合は、一般教員や一般の保護者の理解、これが進まなかったら、幾ら特別支援教育ということで通常学級の中に入れても、孤立してしまうと思う。

6 社団法人日本自閉症協会、NPO法人えじそんくらぶ、全国LD親の会

委員  総合免許状化についての考えをもう少し説明いただきたい。

意見発表者  自閉症に関して申し上げると、先生について一番重要なのは、個別にきちんと子どもの行動を理解して、その内面の状況が把握できるということ。
 そこで、スクールカウンセラーのように、ある程度相手の言い分を聞いて、相手の感情や考え方を整理するというような教育を受けられる課程を経て教員免許を授与することも考えてほしい。

意見発表者  LD、ADHD、高機能自閉症については、その障害がわかりにくいために、「この子はふざけている」とか、「やる気がない」とか、「家庭での教育が悪い」というように誤解をされ、それが子どもたちの二次的障害につながったりするケースがある。まず子どもたちの特性をすべての教員が理解をすることが大事。
 すべての教員にLD、ADHD、高機能自閉症に対する基礎知識、正しい知識を身に付けてもらうため、実践研修などを行えば随分違うと思う。

委員  「学校は何をするところ」というのをどういうふうに理解されているかを教えていただきたい。
 また、医療と教育とか、福祉と教育がどの程度連携することが望ましいと思っているのか。

意見発表者  従来、通常の学級では、基本的に障害や困難を持つ子はいないという前提で、教員が一斉、一律の授業で普通にやっていく、特別扱いはしないというのが当然という世界であった。しかし今は、軽度発達障害のある子どもたちの存在が明らかになったので、そういう子ども達も含めて、一つの社会であり、クラスであるという考え方で運営していくことが求められているということだと思う。
 「学校は何をするところ」という点については、もちろん勉強をするのも一つであるが、今は、世界的に見ても、障害者と一般の人たちが、ノーマライゼーションということで、一緒助け合っていこうとしており、一人一人の違いを認め、障害あったり困ったりしている人がいれば、助け合うということを子どもの時から身に付けていくことも大切。

意見発表者  医療と教育について、ADHDは中枢神経系の疾患と言われており、日本では現在、保険適用薬はないが、一応効くと言われている薬がある。確かに、服用すれば一次的な症状、不注意、多動、衝動性はおさまるケースがある。そうした症状がなくなった段階で学習のスキルを学び、対人関係を学ぶ。医療的な介入でやっと学ぶ準備がでるというだけなのだが、従来の医療モデルだと、診断名がついて、薬を処方してそこで終わりということになる。しかし、支援がそこから始まる。
 また、副作用や、薬が効く効かないとかを判断してもらうのも、実は学校の先生。学校にいるときに子どもたちが薬を飲んでいるので、効いているかどうかは、学校の先生の協力を得てよく観察し、そのフィードバックが主治医にいかないと、有効に使えない。
 さらに、せっかく薬が効いているのに、忘れるのが主症状なものなので、よく飲み忘れる。そこで「今日飲んだ?」という一言を誰かに言ってもらうことによって、その薬を飲んで、学校で有意義な生活ができるということになる。これらから、相互の連携、相互の情報交換が非常に重要になってくる。
 また、診断基準上で、学校の先生の授業中での観察とか、学校での状態の情報が診断の重要なデータになってくる。診察室だけで、血液検査とか、脳波検査によってわかるものではない。この面からも、医療と学校の教育との連携が重要である。

意見発表者  学校は社会の文化と大変関係を持った教育を行う場所であるから、社会の文化の状況に過敏に対応することが求められていると思う。
 その中で、特に、医療については、障害の診断をきちっと医療のほうでしてもらわないと、いわれもないいろいろな意味のひずみを地域社会にもたらしてしまうという状況がある。
 また、福祉と教育の関係については、福祉は地域社会を再生させるという方向で福祉改革を進めているので、教育改革も福祉改革との総合的な関係をもって進めていくことが、これから必要ではないかと考えている。

意見発表者  医療の問題に関連して、今、児童精神医学界では自閉症の人のために有効な薬というものが出しているが、高機能自閉症で知的に高い人たちは、うつになりやすい傾向がある。こういう時期に、医療関係者とともにその子どもの状態を見て、判断していかないと、学校の先生ではそこまではわからない気がする。
 教員に、やはり教員免許を持つ前の、大学時代に全般的な障害のある子どもの教育をしっかりと理解して、1年間でもいいから実習をさせることによって、健常者の心の在り方なども含めてよく理解できる制度にしていただけたらと思う。


(初等中等教育局特別支援教育課)

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