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私は昼間は英語教育を,夜間は現場の小・中・高の教員を中心にした国際理解教育行っており,英語と国際理解教育をいかに17時ぐらいから結んでいくかということを毎日やってきた。英語を学ぶということは,もちろん狭い意味のコミュニケーション能力ということだけでなくて,広い意味でいかに面白い人生というか,生きる力に英語を学ぶことがどう結びついていくのかということを非常に重視してやってきた。例えば,「面白い」という言葉は,なぜ日本語だったら「面が白い」と書くのか。これは国語の勉強をしていったら,国語教育にきちんと結びついていくし,あるいは英語を単なる「interesting」という英語しか知らなかったら,これは大変薄っぺらな英語学習にしかならないが,学んでいく中で,「amuse」という英語にぶつかる。英語の文化や国際的な観点,あるいは日本人であることの意義,英語を学ぶことを通して広がっていく世界をとおして,生きる力とどう英語学習が結びついていくのかということを重視していけば,当然,英語教員の知識よりも意識をという意識改革が前面に出た英語教育改革をしていかなければいけない。
なぜ,今の時代に,英語教員だけがこんなにいじめられなければいけないのかということがあるかもしれないが,率先して面白い人生を,生きる力を英語教員が示していく,モデル教員としての使命を与えられているのだという気持ちで,英語教育をやってほしいと思う。そういう英語教育を考えて行きたいということで,英語教育研修プログラムの開発をした。
この5ヵ年計画による全員研修というのは,英語で授業が出来る力を育てましょうということがねらいである。もちろんオールイングリッシュとは思わないが,日本語は効果的に活用し,英語できちんと生徒の自己表現へと結び付けられるような授業改革が出来ればと考えている。
例えば具体例を挙げると,京都市教育委員会の教育研修プログラムは,研修後に教員の授業がどう変わっていくのかということを,指導主事が逐一学校を回って指導している。研修は,単に形式ではなく,それがどのように前後の自己研修,授業改革,英語教育改革に生きていくのかということが非常に重要なことであり,その大きなきっかけになればそれで十分であるが,その大きなきっかけになり,一生その教員の力になり,授業改善につながるようなものを具体的に示すことが教員研修の中心的な課題であろうと考えている。
事務局からの説明にあったが,学校の場にネイティブスピーカーが一定数いるのは当然であるが,出来るだけ減らしたいと思っているので,日本人の教員がネイティブスピーカー並みの力を付けられるような,研修を組んでいきたいと考えている。
だから,英語教員に求められる資質能力で,一番大きいのは英語を学ぶ面白さとか,意義の問題だと思う。言葉というのは文化のコアにある問題であり,コアをきちんと学んでいれば,小学校からの英語教育もどんどん前進していくはずである。小学校英語の教科化という問題は,いろいろ問題点があるのはわかるが,早く結論を出して,早く教員研修や養成などの準備をしていくべきだと思う。
中学校,高校における英語教育に関する研修について研究をしてきたが,モデルプログラムは,英語教員研修ガイドブックというものでいろいろなものを示したが,これを全部やれというつもりはなく,やろうと思えば出来るという事を具体的に中身を示している。1コマ2時間程度でやる場合とか,基本的には集中的にやるというよさを感じているので,例えば,集中的に前期・後期で1週間ずつ,あるいは2週間集中でやったりというタイプなどがあるが,ばらばらにあちこちでやったことがつまみ食い程度で,どこで何を学んだかわからないような形になるのは望ましくないだろうということで,集中研修という形を考えているわけである。
英語が小学校で事実上始まっており,中学,高校,大学と進んでいくが,学力というのはコアがあって,それからどのように広がっていくかというのが,英語学力の広がりだと考えており,小学校ではここまでやり,中学校ではここまでやるという言語材料を中心にしたステップアップだけに流れ過ぎないようにしたいと考えている。コアになる力は何で,それを小学校の段階では,そのコアをどのようにつかんで,どこまで使うのか。中学校はそのコアを中心にしながら,どのように広げていくのか。高校は,大学はどうかという,そういうコアの広がりでなければ,いつまでたっても最上階まで上がっていかないというようなステップ学習が大切になるので,ぜひコア的な観点から教育課程,その他を考えていってほしいと考えている。
英語の教員の研修についてさらに,いくつか述べたいと思うが,中学,高校,大学で,文検出身の英語教員が,1885年から1943年まで78回にわたって,文部科学省を中心にすばらしい検定試験を行ってきた。その検定出身者が英語教育を頑張って引っ張ってきたという経緯もあるので,そのような歴史や先輩にも学び,ぜひ教員研修において,検定というような面も考えてほしい。
それから,養成の面では,英語教員養成のカリキュラムを作成しているが,現在,これは免許法とも関係するので,大きな問題なのであるが,一言で言うと,あまりにも学問中心の教科・科目制になっており,例えば英語学の専門が何単位とか,英米文学の専門が何単位というような,英語学,英米文学中心の英語教育内容になっているところに非常に大きな問題がある。というのは,内容が英語教育内容学に残念ながらなっていない。英語学,英米文学の研究や教育はされていても,英語教育の内容学になっていないのである。音声学や文法学は,それではどのように中学校,高校の英語教育に結びついていくのかについては,教材論,指導の問題にしろ,そういったところが大きな問題であり,英語教員養成の在り方は,英語学,英米文学という学問体系の中での免許法の枠組みでなくて,もう少し英語教育の内容,実態に合った方向に改正すべく検討をお願いしたい。そういう第1次案を,このハンドブックにまとめている。
教員が中心になって,教員の意識改革と授業改革をしていかなければ,教育は改革されないと考えている。いろいろな意見があるのはよくわかるが,まず,教員から変わっていこうということで,いろいろな面から努力していきたいと考えている。
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一つのモデルとして作成された研修ガイドブックについてであるが,いろいろな改革があるが,改革といっても名前,器を変えるだけというものあるが,このガイドブックはその中身を世に問うているのだと思うのだが,実際行われている研修は,中身に沿ったものとなっているか。
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このハンドブックは,いろいろなタイプ別にメニューを具体的に示してまとめている。実際の研修の場でどの程度生かされているかについては,私も実際に全国で10箇所程度の研修に参加し,そこではよく出来ていたが,悪い例についても報告は受けている。しかし,何かをしなければいけないということで,どんどん変わっていこうとする流れは出来ていると思うので,その流れを加速させていけたらと思っている。
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京都市では,夏休みの集中研修10日間の他に,2学期に授業研修を1日実施し,指導主事等が直接指導を行っている。昨年度は,中学校・高校合わせて110名の対象者であり,指導主事が全部回るというのは無理だったので,授業をビデオに撮ったものを提出させ,研修後の授業がどのように変わったかという部分に焦点化し,指導主事がコメントを付けて返している。
これまで,集中研修を受けても,日々の忙しさの中で,なかなか授業改善が行われてこなかった。やはり実際の授業に携わる部分で,具体的な指導・助言をしていかないと授業改善は進んでいかないと思う。我々としては,今後も授業改善に力を入れて行き,授業改善の方策について考えて行きたい。また,教員も意識を着実に変えていかなければという,方向には向いていっていると思う。
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いろいろな教員のニーズに応じて,どういう研修をしたら良いのかということが分かって,良いものを示してもらったと思う。特に第5章の自主研修というアイデアだが,受身的な研修を受けながら,それを発展させて,自主研修をしていくというものだが,実際に,こういった事例があったのか,それとも独自の考えなのかを聞かせてほしい。
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自己研修するために集中研修があるという発想で,ポートフォリオの活用を重視している。教員自身が自分のポートフォリオを作成し,研修のプロセスのなかで,自分自身の意識や能力がどのように変わったのかを見つめ直し,指導もあわせて受けながら研修を進めていくという体制が,10日間の集中研修を受けること以上に重要なのではないか。
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教育の問題を議論するときは,指導者や研修の問題が出てくるのは仕方がないと思うが,今回の英語の問題に関して,コミュニケーション能力の育成を目指すことということが言われ始めてから20年程度たっており,その間,研修に関しても様々なものが行われてきたと思うが,今回のガイドブックは過去の研修プログラムとどこが違うのか。また,研修自体の問題よりも現場の事情により,今まで行うことが出来なかったということがあるのか,といったあたりについて教えてほしい。
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1点目として,これまでは研修というと積極的で意欲ある教員だけが受けていたが,今回は,全員が受けるため,研修内容と受講者のギャップが少なくなるということに意義がある。2点目としては,それぞれの地域で実施するということで,これにより地域や生徒の実態に応じた研修内容とすることが出来る。また,それぞれの教員が積極的に自らの実践的なアイディアを発信していくことを重視している。
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研修を地域で行うメリットがあるということだったが,地域で行われている研修をいくつか見に行ったが,いわゆる筑波研修と言われた英語教育指導者講座と比べて,時間数,内容,密度などかなりレベルが落ちたように思うのだが,それでも地方で行っている研修の方が良いと考えているのか。
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確かにレベルが落ちたことは感じているが,全員がある程度のレベルからでも積み上げていくことが,重要だと考えている。レベルの問題は,これから頑張っていけば良いと思う。
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筑波研修は,なぜ廃止されてしまったのか。
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教員研修センターの改革の中で,中学校,高校の教員全員を対象とした集中研修という形で実施することとなった。従来のリーダー養成研修も維持したかったが,予算の関係もあり,両方を実施出来ていない状況である。研修については,今後も検討は続けて行きたいと考えている。
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研修は生涯研修にならなければならないと考えているのだが,現状は,そのときだけ一生懸命やって,暫くすると失われてしまっている。なぜ,生涯研修にならないのかというと,教員養成系大学の教授は,文学や言語学の専門で,現場でどういった英語教育が行われているかには興味はなく,現場のこともわからないので,卒業生の相談も受けることが出来ない。それでは,生涯研修につながって行かないので,教員養成の段階を見直し,教員の自己研修に役立てることが出来るようなシステムにして行く必要があると考える。
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本校の教員も既に昨年度研修に参加しているが,非常に良い刺激を受けて帰って来ており,現場でもそれを活かそうと頑張っている。参加した教員全員が意識改革というのは,正直難しいだろうが,これまでの選ばれた人が参加する研修とは異なり,全体の意識レベルを上げていくと言う意味では,非常に効果的だと思う。
また,SELHi(スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール)の学校などでも,核となった教員が校内で引き続き研修を続けていくことが大事で,本校でもいろいろな講師を招き研修を行っているが,教員は,外的なプレッシャーを与えないとなかなか研修を継続していくことが難しい。研修を続け自信を付けることで,授業改善にも大きく繋がると思うので,この研修が終わった後,いかに学校レベルで研修を続けていくかということが課題だと思う。
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教員の意識改革の重要性という点は,非常に印象深かったのだが,意識改革が進むことで,ネィティブスピーカーは今ほど必要なくなるとのことだったが,異文化交流の立場からは,逆に増やすという考え方もあるのではないか。
次に,大学の英語教育の課題について触れていたが,大学というのは,英語学や英米文学を中心にしていることに意味があるのだと思う。むしろ日本の大学改革全体の中でコミュニケーションを中心とした英語に変えていくことが大事だと思う。
次に,教員の免許についてだが,英語環境が大きく変わってきている中,免許の取得方法なども,環境に合わせて変わって行っているのかについて教えてほしい。
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ネィティブスピーカーについては,ご指摘のとおりだと思う。ただ,コミュニケーション面については,その人たちに任せて置けば良いのだというのではなく,ネィティブスピーカーがたとえ来れなくなっても,自分たちがいつでも出来るという力を付けることが重要だと考えている。
免許制度については,異文化コミュニケーションなどの文化論的な面が入ってきたりと変わっては来ているが,枠組は変わってないと思う。
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免許制度の詳細については,この場で答えられないが,英語学や英米文学は,履修が義務付けられており,英語コミュニケーションや異文化理解なども選択必修で位置付けられている場合が多いのではないかと思う。教育免許法に関する省令に基づき各大学で教職養成課程を編成しているので,いくつか例を確認をしておきたい。
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英語という教科は,社会の変化に一番追い付いていない教科だったのだと思う。英語の必要性に関しては,保護者の方が明確に意識してきており,公開授業などで授業評価をしてもらうと,他の教科に比べ,本当に具体的な注文があがってくる。実際,英語の教科書などは,英語学の専門家が作っているので,社会のニーズとずれてしまっているのではないかと思う。そういった注文が教員の研修意欲を高めるのだと思う。こういったことで研修をしなければという気持ちが,自己研修,校内研修をさせ,外部からの情報もしっかり集める,ということに繋がっていくのだと思う。
朝日新聞とベネッセの調査では,保護者の8~9割が授業内容を知りたいと答えているが,授業の改善に協力するかについては,1割程度しか答えていない。文句だけは言うということなのだが,改善の第1段階として,そういった声にも対応するという意欲を高め,自分たちだけではなく,外部の声も聞いていくことで,社会の変化にも対応した授業,研修となるのだと思う。そういったことから,保護者や地域から意見を言ってもらう仕組みを作ることが,大切なんだと思う。
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研修は大事だという方向の議論なのだが,最近の学校現場では,積極的に研修参加するように,という雰囲気がなくなってきており,そういった部分についても検討が必要ではないか。
校内研修をすれば良いではないかという意見もあるかとは思うが,英語の研修は,いろいろな団体がセミナーなどを行っているので,決められた研修以外にも良い研修があればどんどん機会を与えていくという方向に向かっても良いのではないかと思うが,逆行しているように感じる。
教員養成の話が出たが,本大学の教員養成課程では,卒業生のケアをしっかり行っており,私の場合は,毎年,卒業生の授業のビデオ撮ったりしてプレッシャーをかけているが,免許法については,決められてしまったら従わざるを得ず,設置科目と授業内容のチェックが行われていないという問題点がある。また現在は採用時に,小・中両方の免許を持っている,あるいは複数教科の免許を持っている方が有利といわれており,英語だけに集中出来る環境ではなくなっている。
教員研修や教員養成をしっかりすべきだということについては,そういった現状を踏まえて議論してほしい。
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全員の研修というのは,英語教員全体の底上げには一石を投じているはずであり,TOEIC(トーイック)などの受験者数が増えている県もあり,英語力がどれだけ向上したかは別として,意識が変わってきているという実態はある。
ただ,各県で行われている研修は,それぞれの予算的なこともあるだろうが,近場の講師でプログラムを埋めていくという実態もあり,底上げにはなるが,レベルはそんなに高いものではない。筑波研修は,受講者の殆どがその後に海外研修を経験し,地域の英語教育をリードしてきた経緯があった。やはり将来の指導者的立場の教員を養成するという観点も一方では大切だと思う。
また,教員養成課程において,英語教員を目指す学生は,国が援助するなどして,1年くらい海外で学ぶ機会を全員に与えるべきだと思う。
最後に,これだけ外国語によるコミュニケーション能力を高めようと言っているのだから,外国語教育振興法のようなものを作って,外国語能力をいかに高めていくかというようなビジョンが必要になってくるのではないか。
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教員の資質向上という観点からは,インサービストレーニングはもちろん重要だが,それ以前に教員養成課程の方が,絶対的な量としても重要である。中高とも英語の教職免許(一種)を取得するためには,教科に関する専門科目の単位を最低20単位,10科目程度取れば済む。私が大学に勤め始めた30年位前には倍の40単位あった。この差は英語教員に限らず他の教科も同じだが,教員の資質の問題としては,大きな変化だと思う。その減った分は,学級経営など教育諸課題に対応する科目になっているのだが,そういったあたりが,根本的な問題としてある。
英語の教員としては,自分自身の英語運用能力を高めることと,英語の教授能力を高めることの2面があると思うのだが,現行の免許法では,両方不完全だと思う。その両面を高める手段を抜本的に考える必要がある。
また,現在は,4年制の学士レベルで免許取得が可能だが,6年制にしていくことが必要ではないか。
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教員免許について,検討していこうという予定はあるのか。
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現在,中央教育審議会初等中等教育分科会教員養成部会において,英語だけに限らず,免許制度を含め,教員養成の在り方を議論しており,4年制が適当なのかといことについても,河村大臣が中央教育審議会とは別に,4月以降設置している賢人会議において,議論が出ていると聞いているところである。いずれにしても,他の教科とも関連することなので,それらの議論の方向性を見ていく必要があると思う。
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先ほど取り上げたベネッセと朝日新聞の調査では,小・中学校の保護者が学校教育に期待するものとしてあげているのが,複数回答ではあるが,まず,生活習慣や,モラル,カウンセリングに関わることで,基礎学力はその次で,専門はその次あたりである。つまり,保護者は教科の教育ばかりに期待しているわけではない。そういった意味では,専門が削減され,その他の教科が増加している今の教員養成課程は,社会のニーズに応じているとも言える。
ただ,現在は殆どの子どもたちが高校までは行くので,小・中・高でどのような英語教育を行っていくかについては,提案していく必要があると思う。
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中学校,高校の英語教員が全員TOEIC(トーイック)やTOEFL(トーフル)で何点以上もっていることというようなことを,教員免許と関係させることは出来ないのか。
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現行の免許法などではそのようにはなっていないが,「英語が使える日本人」の育成のための行動計画では,教員へそういったことを期待する内容も入れられているし,都道府県の採用試験においても重視するところもあると聞いている。
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小学校の英語教育を考えた場合,他の教科とは異なり,小学校の教員自身の英会話能力の問題,指導方法の改善の問題の両方が必要になるのだろうと感じた。
ネィティブのような英語にこだわるべきとの意見も出ているが,本校の教員は,ALTと授業の打ち合わせを行う際に英語も交えて行っているのだが,それが良い練習になっているようである。英会話研修として実際に一般の外国人と話してみるということをやっているが,これが割合通じており,外国人と意思疎通が出来るという教員が6割程度いる。どちらが適当なのかというのが,なかなか判断つきかねている。
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アジア諸国の英語教育の場合はトップダウンで画一的に,日本の場合はボトムアップで多様性をもって各学校の創意工夫により行われている,という違いがあるのかなと思う。しかしボトムアップの場合には,リーダー養成が重要であり,各学校に1人くらいは養成していくべきと考える。研修についても,研修を受けた後のフォローを学校の中で独自に対応出来るシステムが必要だと思う。
SELHiで学校を回るが,授業研究に熱心な学校とそうでない学校に非常に差がある。そこで感じるのは,教員というのは,組織力というものの活用方法が分かってないのではないかと思う。組織力を最大限に活用して,出来ないところを補完し合うというチームワークの活用に関する研修も必要ではないか。そして,その中でマネジメントを担当する教員を積極的に評価するようなシステムを整えていくことが大切である。
また,英語教員を目指す学生の海外留学についてだが,英語圏だけでなく,第三国でも英語で学部の授業を行っている大学は多いので,第三国を視野に入れることが大切である。
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私立大学では,TOEIC(トーイック)やTOEFL(トーフル)で何点以上でなければ教育実習に出さない,というところもある。そういった全国的な指針を出せば,それまでの大学1,2年のうちに英語力を付けるように努力するようになるのでないか。
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国際言語としての英語と関係があるのだが,英語の教員が持っている発音に対する意識というのがあり,研修ガイドブックでも一番少ないのが,オーセンティックな発音についてである。日本人というのは,美学的に上手に話さなければならないというのがあるのだが,発音を大事にすれば,型が出来,わかりやすさが出てくるのである。型といってもアメリカで住むからアメリカ英語の型をもつ必要などはなく,分かる英語であれば良いと言われている。
分かる英語とはどういうものかというと,英語の発音にはコアがあり,コアである子音が出来れば,オーセンティックな発音が出来るのである。今,世界で20億の人が英語を使っており,そのうち,第二,三言語を使う人は,みんなそれぞれの母音を使って話しているが,きちんと通じている。教員が持っているネイティブスピーカーのように話すことが大切だという意識を,母音ではなく子音が大事なんだというような意識に変えていく必要がある。
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私も賛成である。英語の子音はたった26程度で,子音の発音をしっかり身に付けさせて行けば,発音もきれいになっていくし,子音を身に付けるには,それほど時間を要さないと思う。その後にALTをモデルにして学習していけば,子どもたちの発音訓練は問題なく解決出来る。
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文部科学省で都道府県ごとの研修に関する情報は集約しているのか。
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研修の結果についての概要は把握しているが,細かいフォローアップまでは把握出来ていない。
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ALT約8,000人の活用方法も大切だと思う。ALTとのティームティーチングの時間数だけでなく,その実態や,ALTの評価等についても資料があれば出してほしい。
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JETプログラムでは,ALTに対する研修などもしているが,中身,実態の整理まではしていないので,今後の課題だと思っている。 |