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事務局より資料についての説明の後,議題について,自由討議が行われた。主な発言は以下のとおり。(○=委員,△=事務局) |
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2点,質問をしたい。1点目は,中学校の選択教科での数学の実施状況がどの程度あるか文部科学省で把握しているか。そうであれば,どのくらい実施されているか。
2点目は,高校では学習内容が本質的に減っていない一方で,中学校ではかなり減って高校に先送りされ,その分高校がきつくなっているという印象がある。現在の段階でどのように実情をとらえているのか。
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文部科学省の平成15年度公立中学校における教育課程の編成・実施状況調査をして,この中で選択教科の開設状況を調べている。各学年ごとにどの教科を開設しているかということを調べているが,時数までは調査していないので,実際に数学が何時間実施しているかということはわからない。しかし,1年生で見ると,補充的な学習をするための選択教科「数学」を設けている学校が20.4パーセント,発展的な学習の場合が1.9パーセント,補充と発展両方の選択教科「数学」を開設しているというのが19.1パーセント,これを足し合わせると,少なくとも4割以上の学校が数学は開設している。2年生では,補充的な学習が23.8パーセント,発展的な学習が5.4パーセント,両方設けているというところが53.3パーセントであり,8割以上の学校が開設していることがわかる。3年生では,補充的な学習が17.2パーセント,発展的な学習5.3パーセント,補充・発展両方というのが73.1パーセントであり,9割以上の学校が数学について選択教科を設けている。
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今年は学習指導要領がまだ高校2年次までしか行われていないので,先生方がどのようにお考えになっているのかはまだよくわからない。例えば,数学Aが,標準単位2単位で3つの内容をするのは厳しいという意見は聞いたことはあるが,あまり大きな声にはなっていないように思う。
それから,数学Aについて,平面図形のところの指導をどうしたらいいかわからないというのが率直なところで,その指導をどうしようかで悩んでいるという声はよく聞くが,時間数の面については特に聞いていない。
また,よかったという意見もある。例えば,今,二次関数をやるときに,平方完成をしてグラフを書かせる。中学校で解の公式をやらずに,平方完成をして解くというのがある。そこでかなり指導されるのだと。だから,平方完成のところについて言えば,今までよりも指導がしやすくなったというような意見を伺っている。
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昭和33年は中学校では3年生が105時間となっているが,選択で70時間充てられていた。高校への進学率が当初60パーセント台だったのが80パーセントを超える事態が起こっていて,高校進学のための学力補充的な意味で選択が開設されたように理解している。それから,それを受けて高校に進学した場合,高校の数学 等の科目との接続,この辺がどのように評価できるのか。現在の選択教科の枠が大変広がってきているという状況から見たときに,そこでの対応に学ぶことはあるのかないのか。
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私もそのときに勉強した1人であり,当時,三角比が中学校3年生で学習されていたが,この選択は,学校が自分の学校では数学を5時間とるというような選択だったと記憶している。現行学習指導要領の選択の時間については,子どもたちみんなが当然とっているというわけではない。興味なり,受験か何かの必要に応じてとっている。例えば,中3であればとるチャンスがあるということであり,実際にとっているかどうかというのは全く別の問題であると思う。
それから,新課程に入る直前になされた教育課程実施状況調査と直後にしたものを比較しながら,例えば,中3の105時間がどうであったのかということを考えながら次の改訂に向けての作業を行うのがよい。
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中学校と高校では空間認識が非常に弱いと言われている。実際,物をつくるのは,立体のものをつくるのがほとんどで,そのときに,小学生の具体的な事物に対する活動が非常に貧弱なのではないか。そのため,高学年になって抽象的に扱おうとすると,経験したことがないので,それを自分でイメージすることすらできない。実は小学生はいろいろな経験をさせれば,もっと豊かな感覚が育つのではないかという指摘が先ほどもあったし,実際にいろいろな概念を言葉で切り取るような作業がもっとあってもいいのではないかという指摘があるが,現場の先生に特にお聞きしたい。
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現在の学習指導要領において,算数・数学以外は2学年をくくった目標の提示がなされており,算数・数学は各学年ごとに,目標が示されている。これは,ある種,教科の指導内容の系統性を考えれば,やはり学年ごとに縛っていかないと仕方がないのではないか。今回もそういう形で行った方がいいのではないか。
また,現在は領域ごとに項目を立てているが,指導の結果として子どもたちが項目についてどこまで理解できるかということが実は大きな問題で,それが8割ぐらいできるものだけをよりすぐってしまえという議論もある。その一方で,問題を解いてみた経験があるという程度でも意味があるから,正答率として5割を切るようなものがあってもいいのではないかという議論もある。私はかなり低い正答率の問題があっても,そういうことをみんなで考えてみるという経験がある方がいいのではないかと考えるが,その辺が議論としては必要な事柄ではないか。
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今回の学習指導要領で,内容を厳選したということがあると思う。そうしたことにより,学習指導要領の内容に基準性が出てきて,基礎・基本ということがはっきりしてきたと思う。今回の学習指導要領の方針をどう考えるかということが大事ではないか。今回のように,学習指導要領は基礎・基本に限定して,今の内容をまだ増やしたらいいという意見がかなり出ているような気もするが,大体今ぐらいの程度で厳選して,小学校であれば,子どもによって,発展的な学習をする子どもと,基礎・基本を定着するために補充的な学習をする子どもがいてもいいし,中学校であれば,選択するというように幅を持った形で全体構成をしていくのかどうかが非常に大事になるのではないか。
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今の御意見に基本的には賛成であるが,数学の場合,積み上げて次第に高まっていく教科の性質を考えると,高校段階である程度将来の職業選択をかけて選択科目を増やすということはいいと思うが,中学校段階までは,やはり選択科目でなくて,数学の時間としてある程度確保して,その中で発展的な学習の内容とか,補充的な学習の内容を考えていく方向の方が,教科の性格としてはより充実するのではないかと私は考えている。
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その考えを基本的に堅持する方向で行ったときに,中学校2年生,3年生では学習状況に開きが出てくるので,学年という枠で絞ることが適切であるかどうか。中等教育の前期,後期の間で少し柔軟な対応ができるような仕組みを工夫できないか。
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内容をどう考えるかということであるが,例えば,アメリカのカリキュラムの場合には,コンテンツ・スタンダードとプロセス・スタンダードが設けられている。過程(プロセス)に関する目標や内容を学習指導要領に明示すべきかどうかについて,検討する必要があるのではないか。また,特に高校ぐらいになると,非常に学力の差が激しくなったり,それからニーズが多様になってくるので,高校以降と,義務教育段階の小学校,中学校の学習指導要領の記述の仕方についても特に高校などの場合には見えやすくすることも大事ではないかと個人的には印象を持っている。
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大幅な変更は混乱をもたらす可能性があるので,部分的に,例えば,問題解決などを学習指導要領の記述の中に入れることができるかどうかを少し議論してもいいのでないか。
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小学校,中学校,高校には,大きくは「数と式」「数と計算」「図形」「数量関係」「解析」「統計」の大枠の中で,それがどこへ行くか,変わるか,移動等々も含めて検討することはあるかもしれないが,例えば,小学校の「量と測定」が高校の「図形と計量」につながっていくというように,この事柄がどこへつながっていくかということがきちんと示せるとよい。全体の枠組みで考えたときに,それぞれの学校段階で基礎・基本としてどこまでを学ぶかを明確にした上で,内容に柔軟性を持たせていければいいのではないか。
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コンピュータが高校になって初めて出てくることが少し疑問に思っている。なぜかと言うと,かなりの御家庭や社会の中にもコンピュータは入っており,数学を使えるような環境道具などがたくさん出ているので,小学校から扱うようにした方がよい。ある種専門化された高校で初めて出てくるということに疑問を感じる。
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コンピュータについては小学校段階から,発達段階に応じて利用されており,小学校の段階では,総合的な学習の時間や各教科の学習の中で活用されている。中学校については,技術・家庭科の技術分野の中で必修項目になっていて,生活や産業の中で情報手段の果たしている役割やコンピュータの基本的な構成と機能・操作,コンピュータの利用,情報通信ネットワーク,コンピュータを利用したマルチメディアの活用,プログラムと計測制御などについて,取り扱われている。
高校では,一部「数学B」の中に簡単なプログラムとアルゴリズムが出てくるし,数学とは別に必修教科で「情報」という教科があり,コンピュータの活用を主にした「情報A」という科目,それからコンピュータの数理的な理解を中心とした「情報B」という科目,それから社会におけるコンピュータの役割を中心とした「情報C」という科目から選択して,必修科目として課されるという構造になっている。
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1つ考えておかなくてはいけないのは,我々はある意味で自然に育った感覚があって,それでコンピュータを使うのはいいが,子どもがコンピュータを使うことによって,本来育つべき能力が阻害されているという危険性もある。
そこのところを考えないと,ただたくさん出てきたからやるのではなくて,やることによって子どもにどういう能力がさらに付加されるのか,逆に,そういうことをすることによってどういう能力が阻害されるかなどよく考えなければならない。
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今までの学習指導要領は,目標と内容とその取扱いで構成されている。そして,算数・数学の教科の背景にある純粋数学を意識したネーミングで内容が整理されている。それに対して,評価の観点は,目標あるいは内容の記述の文章の中に要素が埋め込まれている。ところが,実際に指導される先生方や一般の関心は,知識的・技能的なことにかなり偏ってしまっているという現状がある。国立教育政策研究所教育課程研究センターで評価規準の具体例にかなり精力をつぎ込んで,構造を明らかにしていただいているように思うので,それをうまく生かして,第2の軸としての新しい内容を整理する視点をうまく設けられないか。
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現行の学習指導要領に,例えば,「面積の求め方を考え」とか,「計算の仕方を考え」という文言が入った。現場に対しては,4観点のすべてを網羅している1つの証拠であるというが,なかなかそこに気付いてもらえないということもあった。ただ,入ったことで,かなり意識は強くなったと思う。例えば,関心・意欲・態度にかかわって,「よさ」という言葉が目標にも出ているが,授業の中では,やはり何のよさなのかについてが明確になっていないところもある。それで学習指導要領の中に,例えば,「よさ」というのは何なのか,「考える」というのはどういうことかがもう少し具体的に入ると,よりわかりやすいのではないか。理科には科学的な考えのところが,ちょうど3年生,4年生,5年生,6年生と違いがはっきり分かれているように記述されているが,プロセスに当たる記述が学習指導要領の中で明確に示されると,より現場に普及するのではないか。
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中学校の数学は週3時間ずつで,成績がトップクラスの国々と比べたときに,時間数があまりに少ない。週4時間ぐらいが標準で,決定的に足りない。
日本の算数・数学の学習指導要領は,世界的に見ても非常に優れていると思う。これは日本がむしろ誇っていいことだと考える。ただ,現在数の計算が小学校で完結しないで中学校にまたがっているが,これは非常に望ましくないことであり,考え直す必要がある。さらに,高学年での内容選択の柔軟性や,そこで教えられるべき最低基準と標準的な内容とを区別して提示することも加えていいのではないか。
さらに,他教科との関連性であるが,小学校の場合には,先ほどあまりやっていないという御意見があったが,私は逆に,作業的なものは結構努力して取り入れられていると思う。しかし中学校では,理科,社会の実験やデータ処理などと数学が離れてしまっている。それらの教科で時間がなければ,例えば総合的な学習の時間を使って,実際に測量を行ってみるなどの例示を書き込んでもいいのではないか。
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時間数は現状のままでやるとすれば,6年生までで有理数の四則演算をすべて終了することを基本とすると,当然ほかの領域が,少なくなるのは当たり前で,それを中学校に移行させるのかどうかという話になってしまう。昔の子は,いろいろな経験をして小学校に入ってきたのに,今の子どもはその経験がより少なくなっている。「数と計算」領域を現在の時間数で行うとすれば,やはり他の領域を減らしてという問題点が出てきているのを改善するためにも時間数が必要だと考える。
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ある意味で教科書は基礎・基本だと思うが,基礎・基本と言うあまり,基礎・基本を融合させて,一連のパフォーマンスとして数学の問題を解くということのアピールが非常に少ないと感じている。基礎・基本が大事だというのだが,基礎・基本をやって楽しいかと言われたら,何と答えるのか。だから,基礎・基本は大事であるが,基礎・基本をこのように融合的に使うとこういう問題が解ける,こういう経験ができるというメッセージがないのではないか。学力低下のあおりで,基礎・基本ばかりに走り過ぎていないか。
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イギリスのナショナル・カリキュラムの領域のところで,数学の応用とか,数学の活用とか問題解決というような1つの領域があると思う。日本の場合の問題解決というのは,ある数学的な知識をいかにうまく教えるかという,その教えるための方法的な問題解決になっていると考えるが,もう少し本当の意味の問題解決,問題からそこにいろいろな知識を総合して活用するという意味での具体的で,実践的な問題解決という視点での教育課程の編成になっている。
今回の改訂のときに,実生活との関連を重視するということが言われた。それも導入のところでは何となくそういう雰囲気があるのだが,もう少し学習した知識の活用という面でも何か工夫ができないかなというふうな考えを持っている。
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時間数についてこれから考えなければいけないのは,例えば,義務教育9年間で学ぶ数学の標準的な内容が決められたとして,正規の時間たっぷりかけてちょうどわかること,それから少し急いでもわかること,余分に時間をかけないとわからないこと,やはり大きく3通りの生徒が想定されるべきだろう。少なくとも全員が標準として期待される内容は,高校に入り込んだとしてもしっかりと勉強できるように保障する。それから,進んでいる子については,興味・関心に合わせていろいろなことに挑戦させて,実質的にそれぞれの子どもが最低限を確保し,より進んだものに挑戦できるようにしてはどうか。
今,中学校では,選択の時間というのは枠組みとして大変多く確保されている。学年の輪切りでいつも前進して,バックでは効率が悪い。その辺の枠組みを中3で切るか,高1で切るかは,いろいろだと思うが,国民としての数学的素養はどこまでかということを設定すること。みんな同じペースで勉強するという前提に立ってしまうと,必要のない子どもにも時間をつぶさせてしまうという事態が起こり得るので,その辺の枠で新しいアイデアを出していけば,かなり可能性が出てくるのではないか。
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今回,内容的にも立体なども減っているが,小学校では,かなり実際のものを使っての活動はやられていると思う。ただ,実際に活動はやるが,それがペーパーテストになったときに,面の平行とか,垂直についてとらえられないということが多い。だから,活動していることと,それが定着するということが非常に難しいような気がする。
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図形では,立体を扱うのは例えば1年生である。2年生で立体から平面を抜き出しては見ているとは思うが,ずっと2年生,3年生,4年生,5年生まで立体がなくて最後,6年生になって立体が出てくる。それだけ見ても触れる機会が非常に少ない。
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私が大学生に平行六面体の展開図をかかせたりするとまともにかけない。それから,中学校の139ページにある問題を大学生にやらせてもなかなか鉛筆が動かない。大学生でもやらなければ,できないということである。
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210時間が150時間に減ったことで学習の中身も減っている。図形については,私は,空間図形よりも前に平面図形を学習すべきだと考えている。「図形」の領域では,物の形の特徴をとらえて図形の分類をすること,基本的な図形の作図や構成をすることについての指導に重点を置き,例えば,図形の合同,図形の対称,縮図や拡大図などが中学校へ移動し,それから正多角形の内容などを削除したりとある。これにそって,小学校の「図形」の中身は大変薄くなった。小学校の特に「図形」の中でも,例えば,合同や正多角形が学習指導要領に記述されれば,それで教科書がつくられるわけであるが,特に図形に対する感覚を豊かにするということについては,扱う素材,材料が少ないので文言としては記述されているが,空間図形と同じようなことが,平面図形についても起こっているのではないかと思う。だから,少なくとも合同や正多角形はどうしても小学校で扱う必要がある。
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私も同じような考えを持っており,今,指摘があったように,図形のところが全体的には非常に少ない内容になっており,個々の長方形や平行四辺形などの名前や性質は学習されるが,図形の関係的な見方が全部中学校の方へ移動せざるを得なかった。だから,小学校に図形と図形を関係的に見るというような視点,すなわち,形も大きさも同じという合同の見方や対称性は,ぜひ戻してほしい。
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算数・数学だけでなく,理科や社会など他の教科でも,移行の影響が出ている。社会であれば,地図の縮尺などは相似形と関係しているし,反比例が中学校に移行されて,てこの原理に対応する算数がなくなっている。他の教科で基本になる数学的な概念が同じレベルで提示されていることは非常に大切だと思う。
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1点目は,相対的に「数と計算」あるいはその関係についての学習が増えることはやむを得ないと思うが,それと「図形」との極端なアンバランスは,前提としてしっかりチェックしておいた方がよい。現行学習指導要領は平成元年のものと比べても,「数と計算」の比重が相対的に膨らんでいるのではないかと思うので,「数と計算」の中の大事なことをなくさなければいけないという話にもなり得る。基本的なスタンスとしては,やはり数量と図形の数と量を分けてもいいのではないか。
2点目は,拡大図・縮図,対称性の場合は,線対称は活動を伴えば必ず表れる内容である。小学生がいろいろなところで活動しているものを算数の言葉で束ねていかないと,活動自体が豊かなものになっていかない。算数的活動等との関係から見ても,位置付けを見ていく必要がある。
3点目は,スパイラルの見直しについてである。算数・数学は系統性が強いので,スパイラルを見直して重複を避けるというのも理屈かもしれないが,系統性が高く,しかも新しい視点で再構成するという立場に立てば,必要な繰り返しを意図的にスパイラルにしていかなくてはいけないと思う。
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「数と計算」1つとっても,例えば,今の「数と計算」は,桁数で各学年を区切っているが,小学校1年生で「12 9」と「50 40」の計算を比べると,ずっと「50 40」の方が簡単であるという事例もあるので,仕切り方をもう1度検討する必要があるのではないか。「量と測定」に関しても,例えば,割り算で「分ける」という操作をするときに,なかなか3年生の段階で「分ける」という操作ができない子どもも結構多いというような話を聞く。このようなことから,幼稚園教育との関連を視野に入れて,算数につながる低学年での素地経験的なものについても検討する必要があるのではないか。
最後に,基準性の問題は私はいいと思う。ただ,例えば不等号は発展である。やっている子とやっていない子が将来何か不利益を被るようであれば,それは全員が共通に学ぶ内容にした方がいい。今は発展がまちまちなので,発展についてももう1度,本当に発展が一部の子でいいかという,その辺をしっかりと見直す必要がある。
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今,図形の方が大事だという話が出ているが,現行の学習指導要領の中身をつくるときも,そういう論議があったように思う。ただ,厳選ということで,そのバランスをとるときに,やはり「数と計算」の方が重要ではないかという動きがあって,図形の方が随分削られたことを思い起こしている。
今,一から論議をしているということなので,何が大事かということを考えていく枠として,時間数については増やすという方向があるという前提であれば,その話はいけると思うが,今の枠組みの中で,例えば図形を増やさなければいけないとなったときには,今度は何が基礎・基本かなどについて考えなければいけないのではないか。
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図形について,小学校の先生から御意見を聞いてみると,それ以前の学習を一旦離れても,題材を見ながらいろいろ考えて,楽しめ,いろいろな発想を出し合えるような教材であった部分が削られたという指摘があり,それは重大な問題点としてとらえておくべき事柄ではないかと考えている。つまり,図形の場合,計算の何桁の繰り上がりはこうだという,アルゴリズムをマスターしなければ次ができないというものではないので,いろいろな発想が出てくることによって,また,それはそれなりに図形の性質を考えていくことができるという意味合いも含めて,大事ではないか。
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子どもの素地体験がいろいろあるが,それと内容とをどううまく結び付けるか。その辺は適時性との関連にもなろうかと思う。
それと,スパイラルも大事な手法であると私も考える。何回でも繰り返せばいいというわけでは決してないが,必要なスパイラルはなぜ必要か,何が必要か,そういうことはきちんとした検討が要るのではないかと思う。
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先ほど単なる練習問題はという意見があったが,小学校の特に低学年では,習熟訓練は非常に大事であって,単なるドリル的な学習の弊害とはっきり区別して考えるべきだと思う。
もう1つ,小学校段階から注意していただきたいのは,解答の書き方やノートの取り方の訓練である。先ほどプロセスという言葉が出てきたが,立式や式変形をきちっと書くことが大事である。その辺のところを,最初はやっているようだが,応用問題になったときの記述の仕方の指導が,十分なされていないように思われる。
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三平方の定理は,中学校3年生の3学期に学習するので,先人が三平方の定理をつくってきたすばらしさに触れる部分においても,つくるという観点から,先人の偉大さや苦労に触れるという部分や活用においても薄くなってしまうのではないか。現行学習指導要領では,2年生で合同条件を,3年生で相似な図形をやっている。子どもたちが持っている経験が不足すると,相似な図形,三平方の定理は本当に差が開いてしまって難しい場面がある。ここで経験不足を補うためにも,子どもたちに数学的活動を十分保障していきたいが,それが3年生の2学期以降ということで,なかなか時間が確保できない。
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本県では,小学校4年生から中学校3年生まで,約6万3,000人で悉皆調査を行い,各学校別で設問ごとの正答率を全て公表した。その結果,中学校3年生の図形の部分の定着が本当によかった。
というのは,現行学習指導要領では,2年生で「合同」,3年生で「相似」をやるようになった。以前は,「合同」をやって「相似」と量がたくさんあったが,3年生へ「相似」が行った部分で,2年生で「合同」を,拡大とか同じということから始まって,小学校の内容までを続けて学習できたことによって,力が付いたのではないか。
少し先ほどの内容に戻りたい。現場で一生懸命頑張って教員が教えてくれているのだが,中学校になると習熟の程度の差はかなり出てくる。だから,教える基礎・基本というのは今までの状況で私は賛成である。そして,本県でも発展的な学習をもう少し取り入れていって,数学をかなりやりたいという生徒に対しては,その部分を伸ばしていけばいいのではないかと考えている。
そのためにも,今の状況では,1教科当たり70単位時間しかとれない。数学が好きな子どもは必修で3単位時間,選択で2単位時間とれるが,この70単位時間という教科の枠組みを少し甘くしていただきたい。というのは,現場で数学をやりたい生徒が,中学生であれば週2コマしかとれない。これを3コマとりたい,あるいは中学校の3年生になれば,多いところでは5コマ以上選択教科が開設できる。そのときに2コマしか数学がとれないという状況になるので,この辺を考えていただきたいと思う。
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証明も含めて,表現すること,書くことが大変嫌われている。重要性は指摘されているが,実際はそうなっていない。教育課程研究センターの調査でも,問題文が長いものは,問題を読んであきらめているのではなくて,読むことをあきらめているのではないかと思われることもある。これは,ややもすると数学のせいになってしまうことが多いが,そういうことに役に立つ日本語の読み書きをしっかりやってもらう仕組みが必要である。その辺を各教科間でどのようにリンクさせていくのか。そうすると,数学の論証も含めた表現,読解がかなり変わってくるのではないかと思う。
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数学がわかるための要素は,例えば「y x2(エックスの2乗)」という式,図,それから放物線という言葉の三位一体がうまく機能していることであると思う。ところが,今の生徒を見ると,言葉と式はあるが,図をかかないなど,3つの情報の変換がうまくいっていないことを非常に感じている。目に見えるものだけしかやらない。私は幾何をロジックに入れたいと考えている。それは,図形の証明問題の中において,どう図形が変容していったかを記述させることから始めても,あるいはそれを語らせることから始めても,いきなりは証明が書けなくても,まず言葉の使い方にも慣れるであろうし,それからロジックの練習にもなるのではないかと考えるからである。そういう意味で基本的に図形は賛成である。
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数学の得意な人は,とりあえず自分で答えを出せば納得してしまう。そうではなくて,社会では,数学の不得意な人あるいは全然領域の違う人に納得してもらわないといけないということがある。確かに,数学の領域で論理が成り立っていないといけない部分と,人から人に伝えて相手が「わかった」というコミュニケーションの2つの領域があるのだろうと思う。なかなか中学校の段階でコミュニケーションをしっかり教えていくのは難しいだろうと思うが,少しずつでも取り入れていき,最終的には論理立てて相手を納得させるということができるようにしてほしい。
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私たちの中学校の場では,やはり個人の中で振り返る,それからみんなの中で振り返っていくという場面が非常に少なく,やりっ放しに終わってしまう。振り返る時間を確保していくことは,子どもたちの人格形成の上でもとても大事なことではないか。
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繰り返しになるが,証明は一種のディベートであり,そこで主張されている命題の正しさを読者である相手に納得させることだという姿勢が大事だと思う。同じ知識を持つ友だちを説得することが証明の解答である。子どもたちにそのことがわかれば,随分証明の書き方が違ってくると思う。
また,今の子どもたちにとって,式は何かの記号の羅列でしかなく,式も1つの文章だという意識がないのではないか。
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前回の学習指導要領で中学校の部分でも,統計と標本調査の部分がなくなった。私なりに見ていると,世の中で統計や標本調査が至るところで使われている。子どもの計算など意味のあることをやろうとしたときに時間の制約でなくなったのだろうとは思うが,実際は小学校で少しやって,中学校でほとんど行われず,高校でもそれが入っている科目を選択しなければ,なしのままいってしまうという状況が果たしていいのだろうか。
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時間数の問題は,算数・数学先生のマンパワーだけでは解決できない。また,図形と計算についてはバランスを見て,両方とも大事にすべきだと思う。そうなると,当然,時間が足りなくなるので,他教科の先生と連携して,例えば,算数・数学はすべての教科の基礎であり,当然,社会科にも数学的な思想が必要になってくるので,算数・数学でフォローできない分は他の教科でフォローしてほしいというようにスクラムを組んでやることも,むしろ考えた方がいいのではないか。
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数学Aの「場合の数と確率」は扱われると思うが,「身近な統計」「統計とコンピュータ」「確率分布」「統計処理」は数学Bや数学Cを選択をしたとしても,その中で内容項目選択なので,大学入試との関係で省かれるのであろう。そうすると,数量関係にかかわる部分の統計関係が抜けていると改めて感じる。統計については,中学から上がってきてしまい,高校でもやれない状況があるが,世の中では必要な状況であるので,基本的なことは教える必要があるのではないか。
また,中学校までの義務教育段階では一律に内容を取り扱ってもらう方がよい。というのも,中学校で選択教科を勉強して内容に差が出ている。これが本当にやられてきていたら,高校の授業はどのようにしたらいいのかと思うことがあるからである。
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私も内容的には,高校で資料に表として挙げられているような内容が十分理解できれば,ある程度目的を達成できるのではないかと思う。
その一方で,高校の教育課程実施状況調査の結果などを見ると,生徒質問紙の結果の中で,「算数・数学が実生活の中で活用されているか」あるいは「役に立つか」という質問に対して,高校の数学の場合もあまり活用されていないとか,役に立っていないという結果が出ている。これについては,つくる数学の体験というか,数学的活動をカリキュラムとして明確に位置付けることが難しくても,記述の中や内容として入れることが高校の部分にもできないかなと思う。
また,今回からは「数学基礎」ができて,中学校と関連付けながら,数学をつくる過程を大事にするような内容が入っている。そういった部分には共感を持っており,そういったことを少し他の6科目, から ,AからCの中にも部分的に取り入れることができれば,もっとそういった点の改善につながるのではないか。
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つくる数学,数学の応用という部分は,「数学基礎」がまさにそれなのだろうと思う。この「数学基礎」が,いわゆる数学の応用であり活用であり,この内容を数 ぐらいまで修めた子どもが,発展としてやってくれたら,本当におもしろいと思われる。それが実際,明日からの生活に役に立つということではなくて,頭を働かせるということにつながっていけるのではないかと考える。
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日本アクチュアリー会でアクチュアリーの資格試験をやっている。全科目合格して正会員になっている者は,およそ1,000名いるが,そのうち,文科系の学部を卒業した人がおよそ4~5パーセントいる。
将来の職業をいつ選択するのか,あるいは将来進む方向をいつ決めるのかということを考えると,高校時代に文科系を志望し,大学もたぶん文科系に行く生徒もいれば,文科系出身者でありながら,数理に興味があるのか,アクチュアリーの試験に合格する人もいる。今,高校の数学の教える中身は相当多様化していて,それほど勉強しないでも済んでしまう。それが必ずしもその個人にとって,いいことなのかどうかということも考えていく必要がある。
したがって,将来進む道を選ぶに当たっては,十分な指導が必要であるが,また,戻ろうと思えば戻れるような道も必要なのではないか。
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お願いが2つある。1つ目は,先ほどから話題になっている「数学基礎」の「数学と人間の活動」「社会生活における数理的な考察」という項目であるが,趣旨からすれば,まとめて後で振り返るということも大事だと思うが,各科目の主要な内容について,この視点から科目の教科書にも内容としてふれていくような仕組みが必要である。それは高校だけの問題ではなくて,中学校の数学や,場合によっては実生活とのかかわりなどが強調されているので,理念だけでなく,数量関係,図形,数と式と対等な意味を持つ事柄として位置付けることは可能ではないか。
2つ目は,最近,いろいろなメディアの発展があり,関数電卓のようなものを上手に使うようなことは,数 だと大変かもしれないが,数 くらいのところで選択肢の1つとして,そういうタイプの科目を検討してみることが必要ではないか。
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高校での内容的な面については,先ほどからこれでいいのではないかという御意見が出ていた。確かに内容としては,それらが身に付くならばそれでいいのだが,高校の場合には,実はそこが1番の問題点である。小・中・高と進むにつれて,内容の定着度が落ちてくる。一方で授業態度が受け身であって,自分から積極的に向かっていこうとしない,あるいは自分から問題を考えようとしない傾向が強くなる。これらをどう解決していったらいいのかということが,高校での非常に大きな問題だと思う。
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書かせることは大事であるが,書かせる前に話すようにするということで,セミナー形式などの授業の段階的な導入も考案されてはどうかと思う。知り合いの先生から,セミナー形式で学生を集めて,授業が終わってから,学んだことを黒板の前に出て語らせるということを繰り返してやったら,非常に効果があって,学生の気持ちが変化したことを伺った。高校では,中学校のように与えるだけではなくて,もう少し学生に話させるようなことを取り入れてはどうか。
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文部科学省の調査で,授業の理解度の調査があったと思うが,小学校で「大体わかる」と「わかる」が7割,中学校が5割,高校が3割ぐらいだったのではないか。そういう実態を踏まえて,確かに内容は大事であるが,算数・数学の総量を増やすことについては慎重にやる必要があるのではないか。小学校の教師は,国語,算数,社会,理科と全部やっていかなくてはいけないこともあり,総量については,あまり増やす方向ではなくて,重点化を図り,すべての子どもに定着するという方向で内容を考えていくのがいいのではないかと思う。
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特に高校の段階では,教科科目として設定していても,生徒が実際に選択できるかどうかとなると難しい問題がある。今の進学を希望している子からすれば,常に英語はつきまとってくるので,英語はしっかりと確保しなければいけない。例えば,高校の数学の教科書1社ぐらいは,日本の数学の教科書を英文で書いたものが許可され,必修でそれをとりたい子どもに数学の時間はそれでやる。それを選択する子どもは,理系で大学入試,英語も勉強しなければならないので,そのようなこともできる道があれば,英語の学習時間を少し減らして,その分を数学に充てるということもあると思う。
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海外に行くと日本人は算数・数学がよくできる。ということは,日本の算数・数学教育はかなり進んでいるのではないか。数学というのは世界共通であるので,各国間の比較ができる。基礎というのが世界の他の国々と比べて,本当に基礎なのか,それとももっと進んだ基礎なのかどうか。
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諸外国との比較ということで,諸外国でも算数・数学をやられているので,教育内容について調べるということが1つある。それは教科書を見て,大体何年生でどういった内容を勉強しているかという点で比較ができると思う。併せて,我が国でも教育課程実施状況調査をしているが,現在,国際到達度評価学会で国際調査をしているので,その結果と比較をする。どれぐらい実現できたかどうか,実現の状況をそれで比較することできると思う。
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不等式を解くことばかりをやることは控えればいいと思うが,やはり等しいということの理解をしっかりさせるためにも,大小についての表現をもう少し早めから,等しいということとの関係でとらえられるような仕組みを工夫できればよい。
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事務局から今後の日程について説明があり,閉会となった。 |