ここからサイトの主なメニューです
教育行財政部会(第11回)議事録・配布資料


1. 日時  平成15年11月7日(金曜日)15時〜17時

2. 場所  文部科学省別館第5,第6会議室(日本郵政公社庁舎10階)

議題
  (1) 学校の管理運営の在り方について
  (2) その他

4. 配布資料
  資料1   地域が参画する新しいタイプの学校運営の在り方について(検討メモ)(再改訂版)
  資料2   公立学校の包括的な管理運営の委託の在り方について(検討メモ)(改訂版)
  資料3−1   構造改革特区における緩和措置(PDF:23KB)
  資料3−2   株式会社による学校設置について
  資料3−3   平成15年10月に申請された特区計画(学校の設置主体の特例)
  資料3−4   株式会社等の参入に係る閣議決定(抜粋)
  資料4   教育行政部会第6回議事要旨
  資料5   今後の教育行政開催日程(案)
  参考資料1   学校の運営形態として想定し得る例について(PDF:13KB)
  参考資料2   評価について想定される事項等の例について
  参考資料3   「新しいタイプの学校運営の在り方に関する実践研究」
実施教育委員会における主な意見(概要)
  参考資料4   教育行財政部会における部会委員の主な意見の概要
  参考資料5   教育行財政部会における有識者及び関係団体の主な意見概要

5. 出席者:
(委員)鳥居会長
木村部会長、國分副部会長、渡久山委員、横山委員、小野委員、河邊委員、宮委員、矢野委員、吉野委員

(文部科学省)
矢野文部科学審議官、結城文部科学審議官、近藤初等中等教育局長、玉井総括審議官、加茂川私学部長、金森初等中等教育局担当審議官、樋口初等中等教育局担当審議官、辰野初等中等教育企画課長、久保私学行政課長、森初等中等教育企画局企画官 その他関係官

事務局より資料1の説明が行われた後、意見交換。(○=委員、●=事務局)

委員 「コミュニティ・スクール」という用語の定義については、教育改革国民会議で最初に提案されてから変わってないのでしょうか。

事務局 「コミュニティ・スクール」という用語そのものは、国民会議の提案のときにあり、それを今も使っております。
 内容をみると、国民会議の提案のときも具体的なところまで決まったわけではございませんけれども、一つのポイントとしては、保護者や地域住民の代表などが学校運営に参画をする、そのための組織をつくっていって、そうすることによって、学校の権限といいますか、それを広げていく。という形にとらえているところでございます。そういったとらえをして、文部科学省でも実践研究校を指定いたしまして、研究をしていただいているというところでございます。

委員 国民会議で最初に提案をしたときは、教育委員会のコントロールを完全に排除するという発想があったかのごとくに言っている人が―本人、自称提案者が言っているわけですけれども、そういうことはなかったんですよね。

事務局 国民会議の提言そのものには、文章にはそういうことはあらわれておりませんし、また先般、その当時かかわった先生においでいただきまして、ヒアリングを当部会でいたしましたけれども、そのときの御説明では、現在いろいろ進められている教育改革の取組、開かれた学校づくり、そういったものをさらに1歩も2歩も進めるような形の取組というふうに考えているという御説明だったかと思います。

委員 教育改革国民会議では、御承知のとおり、最初はチャータースクールということから議論が始まったのですが、地域住民を学校のマネジメントにもっと加えようという発想が本旨であり、確かに教育委員会云々の議論は、議事録を見ると出ているかもしれませんけれども、全体的な合意ではなかったと思います。

委員 今の話の確認ですが、資料1の四角で囲ったところの3行目に、「(いわゆる『コミュニティ・スクール』)」というのがあります。つまり、それ以前のところが、ここで言う「コミュニティ・スクール」のいわば定義みたいになっているわけですね。言うならば、これの是非であるとか、在り方であるとか、いろいろなバリエーションであるとか、ということをここで議論しているわけですけれども、先ほど来お話のように、国民会議その他から提言があったことと同じでなければ、あさっての議論をしてしまうことになるのではないでしょうか。

事務局 その点については全くそのとおりございまして、教育改革国民会議の提言を受けて、さらには「規制改革推進3か年計画」を受け、こういった学校運営協議会というようなものを学校に置いて、その権限の在り方を検討していくということで提言等がなされておりますので、それを受けて御検討いただいているというものでございます。

委員 基本的には、コミュニティ・スクールは「学校の管理運営の在り方の改善方策の一つとして」提起されているわけですね。ですから、現行の学校の管理運営の改善をするために、少なくとも一部考え方を変えようという感じにも受け取れるのです。だが、チャートを見ますと、全く新しい感じにも受け取れるのですね。
 ただ、一つ、例えば今のように在り方の改善方策だったら、趣旨・目的の例のところにありますように、公立学校教育の活性化。特にこれは公立学校ですから、全般的な話であって、そういう観点から見れば、この部分は別に特化する必要もないわけです。
 そういう意味では、ここに出ている学校協議会をどのように考えるか。
 今の評議員制度は、場所によって違うかもしれませんが、多くの場合、校長の諮問機関的なものになっているのですね。ですから、こんなことを言っては悪いけれども、イエスマンが多い。異なった意見できちんと学校に物を言うというような立場にはない。そうであれば、今の評議員制度をこのような考え方で、一定程度協議会に変えていくという方法もあると思うのです。
 だがしかし、もう少しコミュニティ・スクールというか、イギリスあたりのシティーアカデミーみたいな感じで、三権分立で言うと、協議会を立法機関のような感じでやっていく。
 例えば、この程度までやっていかなければ、国民会議で提起されていたコミュニティ・スクールみたいなものの味が出てこないような気がするんですね。しかし、これは両方の考え方があるかと思います。
 もう一つは、今ありましたように、近いうちに、これをもしも中間報告のドラフトにするのだったら、「コミュニティ・スクール」という言葉そのものをきちんと変えなくてはいけないと思いますね。私の感じでは日本語でやるべきだと思うのです。
 今、議論しているのは、チャータースクールでもなく、国民会議で提起されたコミュニティ・スクールでもなさそうだということであれば、将来的にはきちんとした定義を含めた新しい言葉でやられたほうがいいのではないかという気がします。

委員 これはちょっと難問ですね。うまい言葉を考えなければいけない。「新しいタイプの公立学校」?

委員 「新しいタイプ」と聞くと、全く別な概念みたいに聞こえるのですよね。新しいタイプですから。

委員 地域のお年寄りから、「コミュニティ・スクールって何ですか」と聞かれたので、地元の人から愛される学校を作るときに、それが一体何を意味しているのかが広くいろいろな年齢層の人にわからなければ意味がないなと思います。

事務局 ちなみに、「コミュニティ・スクール」という言葉は、国民会議で出てきた言葉でございますが、英語でそのまま使いますと、イギリスでは「普通の公立学校」が「コミュニティ・スクール」ということで、公立学校のうち、もともと宗教関係の母体でない普通の地方公共団体が設置して管理している学校を「コミュニティ・スクール」と呼んでおります。そういう観点からしますと、ここでの一番のポイントは、保護者、地域住民等が参画していく学校ということだろうと思いますけれども、その辺については、また御相談させていただきながら、適当な言葉を考えていきたいと思っております。

委員 前回でしたか、前々回でしたか、「地方都市においては、学校はみんなコミュニティ・スクールだ」という発言もありましたので、どういうふうに……。極めて多義的な用語ですからね。「ここで言うコミュニティ・スクールは」とか、あるいは「コミュニティ・スクール」をもう少し具体的に日本語でやるか。私も今、知恵があるわけではないのですけれども、何かやらないと、確かに……。

委員 そうですね。教育改革国民会議では、チャータースクールの次に出てきたコミュニティ・スクールの議論をしている最初のときは、設置の仕方はともかくとして、学校運営協議会になるのか知りませんが、それが校長も先生も決めるというふうな議論からスタートしました。それがだんだん我々が議論しているような形に近くなってきた経緯を今思い出しましたけれども。いずれにしても名前の問題は容易ではないですね。

委員 私自身は部会を通しまして、全く新しいタイプの学校という認識がまるでないんですよ。従来の学校の運営形態の中で、まだまだ開かれた学校というものが実質的に担保されていない。そういう意味で、さらに強化する一つの運営形態の方式、そういうふうに考えていたんです。
 そうすると、あえてコミュニティ・スクールという、新しいタイプの学校としての名称にこだわる必要は、全くないのでないかという気がしますが。

委員 理念の問題で言えば、名前にこだわることはないかもしれませんけれども、新しい制度を導入するということで、制度となってくると、やはり名称は大事かなというふうに感じます。

委員 これは制度までいくのですか。私もこういう議論をするときに、法律を変えるのか、運用でいいのか、いつもわからなくなるのです。全く門外漢ですから、よくわからないのですけれども、その辺はどうなのでしょうか。

事務局 どういう形になるのかというのは、さらに具体的に検討しないといけないと思いますけれども、少なくとも学校運営の方式としては、いわば一つの新しい制度といいますか、そういう形になるのではないかと考えております。

委員 いずれにしてもそういうものを進めるに当たって、どういう進め方をするのですか。制度というのはわかるのですけれども、ただ、中教審の答申だけでは動かないわけでしょう。具体化する手段としてはどういう手段があるのでしょうか。

事務局 答申なりが出されれば、それを受けて、その実現に向けて、必要な法令等どういった点を整備する必要があるかということを検討した上で、それを考えていく。事項によって運用でできる部分もございますし、その法令等の手直しの必要な部分、追加する部分等があれば、それを考えていくという手続になろうかと考えております。

委員 そこなんですけれども、今、普通の公立学校の学校評議員は、学校教育法上、どう位置づけられているのでしたっけ。

事務局 学校評議員につきましては、これは学校教育法の施行規則に、校長が学校運営についての意見を聞くことができる機関ということで規定されています。

委員 そうすると、その施行規則の記述が、保護者、地域代表等の参画によって成立する学校運営協議会に姿を変えていくような中間報告なり答申が出たとすると、学校教育法の施行規則のその部分が書き換えになるということですよね。

事務局 そこは、地方自治体の判断で導入するということになりますので、学校評議員という形で置いていくということも今後もありますでしょうし、学校運営のより権限が強くなった運営協議会を置いていくということもあろうかと思います。
 選択肢が増えるということになりますので、法令上といいますか、規定上は、書き換えではないという形になろうかと思います。学校評議員は学校評議員としてあって、運営協議会も選べるという形もあろうかと思いますし、地域の判断によっては、学校評議員を置くことはやめて運営協議会の形にしていくという形もあり得るわけです。
 全部が全部、現在の学校評議員の制度そのものをなくしてしまって、この運営協議会の制度に取りかえますということでは必ずしもないのかなという気はいたしております。

委員 それはよろしいのですが、そうではなくて、現在の学校評議会は、施行規則上、教育委員会との力関係は一切記述されてないですよね。
 すると今度は、学校運営協議会の構想を入れると、これこれの事柄については教育委員会に対してどうこうすることになるとか、例えば校長の候補者を教育委員会にお願いすることができるとか、それから教育委員会は学校運営協議会にこれこれの判断をゆだねるとかというたぐいのことがはっきり書かれないと、この構想にはなりませんよね。そうなるのでしょうか。

事務局 それは具体的にさらに検討する必要があろうかと思いますけれども、おっしゃる方向ではないかなという気はいたします。

委員 例えば、これからの議論ですが、教育委員会の権限、あるいは校長の権限というよりも、法律上の権限というものをこの協議会あたりが分担する。いい悪いは別として分担するとなると、それは当然法律改正だと思いますね。そうでないとそういうことはできないわけですから。しかし、そこまでいかないものもあるかもしれない。それから省令レベルのものもあると思います。それから、省令レベルではなくて、もっと下の運用や通達レベルのものもあるかもしれない。いろいろなものがあるのではないでしょうか。

委員 確かなのは、今の施行規則、学校評議員は校長の諮問機関。それよりは選択肢が広くなり、もっと義務的なことが書き込まれる可能性はあるということですね。たぶんそうじゃないと、全然変わらないですね。

委員 学校運営協議会方式による学校を仮に中教審答申で出した場合、これを義務設置にするのか。義務にするのか、任意なのか。
 将来的に、義務設置になるかもしれませんが、スタート段階はたぶん任意設置だと思います。そうなると、法の段階では、「できる規定」になるのですね。具体的な細目でどういう権限を与えて云々というのは、それぞれの自治体の学校管理運営規則で定めるんだと。今の評議員制度もそうですから。

委員 今の話で、評議員制度が諮問機関に終わっていないところはあるんですね?現実に存在するのですか。今は諮問機関でしょう。それよりもさらに運用で、ただ意見を聞くというのではなくて、実際に……。

委員 諮問機関というのは、機能としては校長の支援組織なのです。学校評議員、あるいは高等学校でやられている学校管理運営協議会というのは、全くそれぞれの自治体でばらばらだし、自治体の中でも個々の学校によって全くばらばらです。

委員 だから、ご指摘のあったように、諮問機関とか、あるいは支援組織といいますか、それを超えて例えば校長の権限を縛る、あるいは教育委員会の権限を縛るようなものをやったら、それは法律違反だと思いますね。今は。

委員 だから必要に応じて法律を改正しなくてはいけないということになるのではないですか。例えばこのチャート、資料1の参考の「イメージ図」によると、教育の基本方針の策定とか、カリキュラム編成への参画、校長候補者の選考、それから学校裁量経費使途の決定などがあります。そうすると、これは今の評議員では全くできないです。
 だから、これは新しくやっぱり協議会という形で、権限を持っている形になります。ただ、これでも下の協議会の構成図を見ますと、イギリスのアカデミーほどまだ権限は持たせてないんですね。ですから、これは日本風のアカデミーなんです。コミュニティとはちょっと違います。だから、教育委員会の裁量といっても、ある程度国の法律を変えて、そして県あるいは市町村の教育委員会で選択権を与えるというならまだわかるのですけれども、全く法律はいじらないでという話は、ちょっと厳しいのではないですか。

委員 今、学校を変えようという動きは、いや、私がそうしたいと言っているのではないのだけれども、株式会社、あるいはNPOの参入でしょう。結局、現在の公教育に対して一定程度そういう形で、もっと経営や運営の規制緩和をしようという考え方です。
 そういう考え方の中で、今の株式会社やNPOまではいかなくても、現在の地方教育委員会、あるいは学校の権限を維持しながらも、なおかつ変えられる、変えたほうがいいという感じで出てきているイメージが、これではないかな、という気がするんですよ。そうであれば、特区にするのかどこにするのかは別としても、大胆にこれを進めていかないと、今出ている幾つかの問題に、公教育システムとして応えられないような感じがするのですけれども。

委員 新しいタイプの学校運営ということで、現状を見ますと、このイメージ図では、ほとんど今目指しているものと変わらない面が出ている。一番どこが変わっているかということは、人事に関するところだと思います。校長を選考、具申できるか、そこだと思うのです。あと教員をかえることができるか。
 そのあたり以外は、教育の基本方針の策定については、現在でも校長が主体になって学校評議員の理解を求めて、賛同を得ているという点からすれば、このイメージとさほど変わらないと思うんです。それから、カリキュラム編成にしても、学習指導要領の趣旨に従って策定していくわけですから、何ら変わらない。それを自由にやっていい公立学校というのは、私には考えられないんですね。
 だから、人事権だと思うのです。これをどういうふうに扱うかによって、学校づくりのイメージがうんと違ってくると思います。

委員 個人的には、今の開かれた学校づくりというのは、絶対強力に進めなければいけないと思っています。
 今の学校評議員会制度、校長の諮問機関あるいは支援的な機能しかない学校評議員会をどう活用しても、これは権限がないわけですから、改革は進まないです。だから、ある意味では、どういう権限を付与するかという焦点がございますが、やっぱりある程度の権限と責任を持った学校協議会、こういうものはやっぱり必要だと思っています。
 ただ、これをいきなりスタート段階で、義務設置で一斉にやっていくのか、経過的にやっていくのか、この導入の手法は違うと思います。

委員 今、いろいろな委員のお話を伺っていまして、学校の現場にいた人間としてちょっと危惧することがあるのですが、今回、学校運営協議会を設置して、そして学校運営に当たるのだという考え方だと思うのですね。今の学校評議員制度は、いろいろありましたように、校長の諮問機関ですから、そんなに細かいクレームがつくわけでもありませんが、評価は着実に出ていまして、改善の方向にあります。
 今回のイメージ図でいきますと、教育の基本方針の策定、カリキュラム編成への参画、それから人事に関すること等、かなり突っ込んだ、いわゆる理事制にも匹敵するような具体的な協議会がされていて、校長と同格、あるいは校長も一緒になって考えるということなのだろうと思うのですが、これまで日本の教育、学校運営の中で、カリキュラム編成、そのほかに一般国民がかかわってきたことがまるでないんです。そういう土壌ができていないんですよ。ですから、学校経営をしていくには、私はそこをどうするかというのが一番ポイントになると思っています。
 今、評議員制度を実施していまして、いろいろな御意見はちょうだいして、これまで学校が開かれていなかったということを何度も言われていて、私もそのとおりだと思いますが、現実になかなか難しいのは、そういった具体的な教育の中身についての議論の中で、十分な論議がなされ切れていない問題があるんですよ。そこをやっぱりどうかしなければいけない。
 これを規定として、学校協議会制をどういう形であれ、規則や、あるいは学校教育法等に盛り込んだら、できる規定にしたら全部広がっていくと思います。そういう意味では、方向性をきちんと見定めておかないと、混乱したまま走ってしまう危険性も出てくるような気がしている。
 悪いことではないのですが、現在の土壌がそこまでなかなか行き着いていない問題をどうしていくかということを考えなければいけない。幾ら歯どめをかけて―今後、いわゆる評価、モニタリングの話もされるわけですが、なかなかそこのところが追いつかないのではないかという危険性もはらんでいるという気がしていて、これはもう少し学校評議員制度そのものの充実を図っていくほうが、意味があるのではないかという気はしているのです。
 もう一つ言えば、もしどうしてもやるのだったら、協議会の構成メンバーについて、かなり限定的に制度を決めて、お金もつけてきちんとやらないと、中途半端な形でやったら問題が残るのではないか。今の評議員制度の問題は、お金が何もついてないのです。ほとんどついていない。中途半端に出させているところにも問題があると思うんです。
 せいぜい年に3回ぐらいで、何が学校の中身が見れるかという問題もありますから、やっぱりきちんと出てきてもらって協議をしてもらうというシステムをとらないといけない。
 今、中途半端なんですよ。私どもの立場、要するに学校経営をする立場からも中途半端だと思うんです。だから、参加している人も学校に十分参画していないとか、関与していないという思いも出ているのではないかという危惧があります。

委員 どうも日本は、一つ新しい制度をつくっても、その結果が出るまでゆっくり待つという社会ではなくなってしまいましたね。これではだめだ、今の制度ではだめだという批判が出てきて、こういうことになっているのではないかなと思いますけれども。

委員 義務教育の問題と、義務教育外の問題と分けて考えようという意見が多く出されています。幼稚園と高等学校は義務教育じゃないので一括で論じられていますけれども、幼稚園と高等学校では意味合いが違うと思うんですね。
 高等学校の場合は、義務教育を終えた後、青年期に向かって多様性が求められるので、何らかの形で新しい方向性が示されることも必要かと思いますけれども、幼稚園の場合は、学校教育の第一歩として、どこの幼稚園に行ったとしても、そこから出た子どもたちが小学校に上がったときに、きちんと義務教育を受ける態度や姿勢が身に付いているかということがとても大事なことだと思うのです。なので、ひとくくりに義務教育じゃないからといって、幼と高を一緒に論ずるべきではないというのが意見です。
 そのときに、幼稚園の特性などを考えますと、学校の安定性、公平性の確保というのは、幼稚園の場合も、学校教育の一歩ですので、必要だろうと思われますし、教員の資質向上というのも、同時に必ず求められるべきものだと思います。
 実際に公立幼稚園の場合は、市の場合には市の職員として採用されているところもありまして、幼稚園の先生として採用されながらも、次の異動先が児童館だったりするケースもございます。そうしますと、専門性としての意識がなかなか保たれにくいという現状もございます。現実にそういう問題が起きていますし、教員の資質向上の面から考えましても、今のところはまだきちんと教育委員会管轄の研修体系にも組み込まれていますが、それがなくなると教育の質の維持は難しくなる。、それから、今、東京都の場合は、250園近く公立幼稚園があるかと思いますけれども、毎年1割ぐらいの幼稚園が研究奨励園として指定されていて、きちんと研究・研修を積み重ねていて、日本の幼児教育のオピニオンリーダーとしての役割を担っている。こういう質の高いものが、例えばどこかに委託されたことによって損なわれてはならないと、そんなことを強く感じています。以上です。

委員 例えば、1ページの制度導入の目的・意義からしますと、「既存の公立学校では対応できない、特別な必要性があると判断する場合」。では、どういう場合だと言われると、非常に困るのですが、私は、これはあり得ると思うのです。
 あり得るから、当然、受け皿としての選択肢というのはやっぱり広げておく必要があるだろう。
 次の義務教育とその他の学校については、私は両方あり得ると思いますが、物の考え方はおのずから違うだろう。片一方は、憲法上の要請からして一定のレベルは必要ですから、高等学校と義務教育は違うだろう。では、委託先はどうかというと、たぶん学校の場合には、既に公の施設の場合には、地方自治法が改正されて、指定管理者制度が入っているわけですね。当然、学校教育法で地方自治法の特例規定があるから学校は外れているわけですね。したがって、この場合でも、委託先はたぶん地方自治法の特例規定が解除されて、指定管理者制度になるのだろう。
 そうすると、指定管理者制度というのは、これは個々の公の施設の設置条例に委託先が書かれるんですよ。これは議会の審議も経るのです。その結果、それが株式会社だろうが、少なくとも議会で議論をされ、議会の議決で決まる話ですから、その結果はそれぞれの自治体が負う話であって、私自身は委託先について株式会社が入ろうと、教育の実質的な担保の議論というのは議会でなされればいい話であって、それほどこだわる必要はないのではないかと考えています。
 一つ事例を挙げますと、例えば、今、私立では芸術関係の学校は結構あります。ただ、授業料が非常に高いです。それほど授業料が高くなくて、公立で芸術的な高校、あるいは芸術に特化した高校をつくってくれという要望は非常に強いんですよ。仮にそれを都立で作るとしますね。そこだけの話ですから、そういう教員は集められないですよ。そうすると、そういうものを包括的に委託することは考えられるわけです。だから、どういう場合に考えられるかというのはケース・バイ・ケースで、不登校対策専門の学校というのは考えられるんですがね。

委員 院内学級でありますとか、ディスレキシアのお子さんたちについての対応という観点でいきますと、今の特殊教育の中では、養護学校等から派遣をして教育をするという対応は、一応できるシステムになっておりますので、むしろ私は公立の中できちんと対応していくことが、現状も通級による指導体制ができ上がっておりますので、そういう点で、そこを充実させていくほうがよろしいのではないかと思います。
 特別な必要性があると判断する場合というその判断の仕方が、非常に難しいのだろうと思うんですね。今おっしゃったようなこともあろうかと思うのですが、ここは慎重に対応しておかないと、難しい問題だから公立では対応できませんよということになってしまうと、それは難しいというか、せっかくのいわゆる義務教育で規定されている子どもたちに、別の要素をつけてしまうような気がするものですからね。そこは今の新しい教育の流れなどとの整合性を、ノーマライゼーションとか、インクルージョンという新しい流れ等もきちんと念頭に置いた対応をしておかないと、間違ってしまうというか、誤解を与えてしまうような対応になってしまいかねないというのがありますので、その部分だけはきちんとしておいたほうがいいと思います。

委員 しかし、義務教育だと、そういう議論はできないですね。一般論として、特別に必要があると判断する場合というのは、義務教育について考えると、ちょっと考えにくいんですね。なぜ公立で対応できないか。そんなことはないので、例えば教員の配置に余計かかるとか、いろいろな制約があるでしょうから、なかなかできないので、これが民間になったら、そういうことはなおできないわけですね。そういうのが一つあると思います。だから、義務教育と、そうでないところとちょっと違うだろうと思います。
 もう一つ、先ほど委員が言われた、議会がチェックして議会が責任を負うのだから最終的にはいいのではないかということですが、どこまで議会に責任を持たせるかというのは、もちろんあると思います。そうだとするならば、議会が全部責任を負うんだということならば、これは極論ですけれども、義務教育に対する法令なんか要らないわけですね。議会が全部責任を負うからということで。そうでなくて、議会がどう思おうと最低限これは困ります、あるいはここはきちんとしてもらわなければ困りますというのが法律で決まっているので、その範囲内で議会が責任を負うということだろうと思います。ただ、その範囲内というのが、今言ったように、その程度はいいじゃないかという範囲に入るかどうか、それはまた別の議論だろうと思いますけれども。

委員 私は、義務教育段階で果たしてどういう形の、これは民間委託、特別な委託を必要とする場合が、今の感じであるだろうかということを考えていきますと、ご指摘のあったように特別に支援を必要とする子どもたちに対してどうするのかというようなことも一つあるし、また、今、学校でも教科の指導等でついていけない子どもたちがいるわけです。そうすると、学校を丸抱えに委託するというものではないような気がするんですね。
 そうしますと、そういう子どもたちのために今でも手だては講じられているけれども、十分ではないという面が出てきていると思うのです。ですから、NPOが不登校の子どもたちを集めてやっているということもあります。ただ、それを思い切って、例えばアメリカのチャータースクールみたいに、極端に言えば、一つの建物の中に一つ部屋があれば一つの学校だという感じのものになるのか。学校丸ごと委託ということであれば、学校法人に委託するとか、そういうふうにしていけばいいのだろうけれども、日本の場合に果たしてそういうニーズがあるのか、というような感じがちょっとしますけれども。

委員 これまでの論議の中でも出てきていることなんですけれども、なぜ委託なのかというのがはっきりしていない面があるのと、メリットというのはあまりないのではないかと思うんですね。義務教育では特にそうだと思います。
 義務教育でニーズがあるとしたら、私は今一番欠けているのは、特別支援とか、身体障害者とか、そういう面もそうなんですけれども、能力のある優れた子を育てるという面が欠けているのです。そういう意味では、英才教育をどこかに委託するとかなんとか、そういうものはあってもいいかと思っています。今の私立学校でやっているかもしれませんので、それでは私立学校とどこが違うのかという疑問も持ちながらも、もしそういうところがあれば、今の公立では足踏みさせているような子どもがいっぱいいると私は思っていますので、そういう点は可能かなと思っています。

委員 私は、この議論はよくわからないので、困るのですけれども、まずわからない理由は、「特別な必要性がある」という言葉の意味がまずわからない。文章を読んでいますと、「特別なニーズ」というのが出てきますけれども、「ニーズ」とデマンドの「需要」は、基本的に全く違う言葉なわけですね。例えば、資料の3−1のNPOの上に、「不登校児童等を対象とした特別の需要」と書いてあります。ここでは「需要」という言葉を使っております。ほかのところでは「特別なニーズ」というふうに使っています。社会政策的に「ニーズ」と「デマンド」というのは全然違うコンセプトであるので、それを混乱して、両方とも「特別な必要性」という言葉で当たると、論理的に混乱するんですね。
 では、需要とは何かというと、デマンドというのは、簡単に言えば、お金を払ってでも手に入れたい欲望のことです。ここで、既存の公立学校では対応できない特別な必要性があるという場合に需要と考えますと、既存の公立学校が対応できない特別な需要、つまり特別な需要というのは、お金を払ってでも手に入れたいと考える市場の力、つまり市場が発生する。その需要がある場合は、これは市場が供給する、つまり株式会社が供給するものである、と考えるのがロジカルです。
 ただ、その場合に、特別な需要がある場合に公立学校以外のところでもその需要を満たして結構です、というロジックを考えた場合に、誰がそれを供給するかといえば、民間株式会社か、あるいは私立学校となっているわけですね。私立学校も、これは特別な需要があるから発生している部分も多々あるわけです。
 ですから、例えば芸術関係に特化した学校というのは、そういうものが欲しいというのは、金を払ってでも特別そういう教育を受けたい。それは需要なのであって、その需要を誰が受け取るか。その需要を受け取るときに私立学校であるのか、あるいは株式会社でなければならないかというのは、これは次の段階の話で、まず需要の話をする場合のロジックと、必要と考えるロジックを区別してほしいと思いますね。
 「特別なニーズ」というのは、お金を払ってでも手に入れるものではなくて、社会的に必要なのだという価値判断に支えられているので、それが例えば不登校の問題であるとか、このケースに出てくる注意欠陥学習障害の問題であるとか、こういう対象というのは特別に社会的に必要なことです。これは、その人が金を払ってでもそういうものが欲しいんだというのではなくて、社会的にこういう必要性を認めて、それを社会がサポートしなければいけないという判断によって必要性が支えられている。こういう場合は、政府が行うというのがロジックなわけです。そういう場合は、市場に任せるのではなくて、市場に任せたら、そういう人が特別余分なお金を払わなければいけないということは社会的に必ずしもよろしくない。したがって、そういうニーズに対しては、公共的に担保しましょうと、それがロジックです。
 そのように考えますと、不登校児童を対象とした特別な需要というのは、言葉が間違っていると思いますけれども、これは明らかにニーズですから、こういう社会的な必要なものは、社会の成員がみんなでサポートしましょうという考え方です。こういう場合は政府がやらなければいけないわけであって、それがここの場合はNPOになっていますけれども、その場合は政府がやるべきなんですか、それともNPOなんですかと。NPOは社会的な公共性なものを担保する組織としてあるわけですから、ニーズというものに対応するのは、政府かNPOかという話なんです。需要に対して対応するのは、学校法人ですか、民間ですかというふうに、強引といえば強引だけれども、ロジカルにはそのように考えるのが筋であって、そういう意味では、「ニーズ」と「需要」を混乱して、「特別な必要性がある」という言葉で議論されている。これがまず第1に私は問題だと思います。
 第2の問題は、それを需要として分けたときに、では、株式会社なんですか、そうではないんですかというのは、また別のロジックで考えないといけない。だから、特別に必要な需要の場合に、株式会社だというロジック、これも私はわからないです。なぜそれが株式会社でなければいけないのか。
 同時に、なぜ学校法人が生まれてきたのかということを考えれば、なぜ株式会社でなければいけないかというロジックは、私はわからないのですけれども、いずれにしても株式会社であるという必要性が言われている理由は、私の理解では、根本的には供給側が独占的に教育を提供している。つまり、独占的状況はよろしくないから、もう少し自由に参入するようにしましょうということなのです。株式会社を導入すれば競争的環境がつくられて参入がしやすくなりますから、やりましょうと。つまり問題なのは、供給独占であるかどうかということが規制緩和から出てくる株式会社問題だと思うんですね。
 この論理が正しいかどうか、私は疑っていますけれども、少なくとも供給独占がもたらしている問題をまず先に考えて、そこで果たして本当に供給独占がもたらしている弊害があるのかないのか。あったとしたらそれをなくすために、株式会社を導入しなければいけないのかという話に持っていく必要があると思います。それは需要側の話です。
 一方、必要側の話からいくと、これは社会的にサポートしなければいけないので、政府が行うか、NPOが行うか。NPOのほうがいいというロジックが、またこれも私はわからないです。なぜNPOのほうが、政府がサポートするよりもベターなんですかというロジックは、特別なニーズがあるからNPOだなんて何の説明にもならないと思うんです。
 特別なニーズに応ずるために学校法人でなければいけないという理由はほとんどないわけだし、あるいは先ほど出ているように、NPOと学校が協力すると考えるのがオーソドックスな考え方であって、こういう特別なニーズに対応するためには、既存の政府システムのある程度一定のニーズに合わせて供給しなければいけない義務教育のような場合においては、特別なニーズに対応する能力が欠けるので、その部分についてはNPOと協力するとか、そういう部分的な連携はあると思います。
 いずれにしても基本的なところからここに至るまでに、今の説明はちょっと短絡的に説明しているかもしれないけれども、やはりロジックがないといけないと思うのですけれども、これが飛んでおりまして、特別な必要性がある場合は認めましょうと。これは何回聞いても私にはよくわかりません。

委員 非常に明快なロジックだと思います。
 私も大体考えているのは似たようなことで、特別なニーズというのは、公共が見る必要があるものだと思うんですね。先ほど非常に引っかかったのは、芸術に特化した学校とか、先ほどご指摘のあった英才教育、これはちょっと話が違うだろうと思いますね。これは、今、言われた表現をすると、デマンドの問題で、要するに先ほどの話で引っかかったのは、芸術に特化した学校を、私学が高いからパブリックでつくれというのは、ちょっとむちゃな議論かなと思いますね。

委員 私、この問題は、実は二つの側面があるという気がするんですね。今の公教育の中で起こってきているひずみ、あるいは困難な状況、例えば不登校の問題などもそうですね。高等学校だったら10万人近い中退者もそうなんです。そのような中退者を出している公教育、あるいは不登校を出している公教育、そういうものに対する一定程度の批判とか、あるいはそういう子どもたちを、特別なニーズとして株式会社なりNPOなり何かで見ようではないかという考え方が一つ出てくると思うんです。ですから、これは何かというと、もっと公教育がきちんとしていたら、そういうことはならないかもしれない。
 もう一つは、今、学校の設置者は、国と地方自治体と学校法人です。その設置者というのはこれだけだから。だから、もっとそれを自由にすべきではないかという考え方が一つあると思うんですよ。ですから、そういう考え方があって、規制緩和をし、あるいは全く新しく株式会社でも何でもいいから、何しろ今の学校設置者の規定をもっと広めていったらどうかという感じのものが出てきているような感じがします。
 しかし、その場合でも、利潤追求のために教育産業が、あるいは教育が利用されるということであってはいけないと思うんですね。やっぱりそこはきちんとした営利を目的としないような参入でなければならないだろう。ある経済界の人に聞いたら、自分たちの経済活動の一つの責任として、そういう社会的責任を果たすということも考えられるんだ、あるいは考えているんだという言い方もあることはあるんですね。ですから、両方の面からこれは考えなくてはいけないだろうという気がするんですね。
 ただ、営利を全く目的としない、それでいて、なおかつ学校経営に参加をしたいという場合に、公設民営の部分が出てくるのではないだろうか。いいかどうかは別として、あるいは果たしてそれが成功するかどうかは別として、考え方としてはそういう面が出てくるのかなという気がしているのですけれども、いかがですか。

委員 ここで考えなくてはいけないのは、今までの話のように不登校とか、中途退学とか、既存の公立学校で対応できない部分が現状にあるということですね。それに対して、公立学校のままで、我々の今までのヒアリングでは、定時制の高校などで努力をされているところもあったわけです。
 そうすると、これまでどういう努力がされ、その中で、まだなかなかそれが解決しないのは何かということがまず明らかになりませんと、外から例えば参入が自由化で株式会社が入ってきたとしても、その問題が解決できない限りは、やっぱり解決策にはならないと思います。
 それから、独占による弊害というのは、どんな職業でもそうですけれども、独占である限りはそこで甘んじてしまって、いろいろな経営努力が足りなくなり、あるいはコストの削減ができなくなる。ですから、外からいつでも参入ができるという脅威がありますと、やはりそこで競争が働くということだと思います。
 そういう意味では、参入が外からできるということは大切ですけれども、ただ現状の問題点をどういう形で解決できればいいのかということがよくわかっていないのであれば、そこは幾ら参入が行われても、なかなかいかないかもしれませんし、またそこでも競争してくださいというのであれば一つだと思います。
 それから、ニーズとか、需要ということはあると思いますけれども、とにかく現にどういう子どもたちが何人ぐらいいて、それが社会全体として今後大変な問題だという、そこがやっぱりはっきりしないといけないのではないかと思います。

事務局より資料3の説明が行われた。

事務局より今後の日程の説明が行われた後、閉会となった。


(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)

ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ