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資料4 教育課程部会等におけるこれまでの主な意見(到達目標、学習評価関係)

到達目標

基本的な考え方

  • 到達目標は、保護者をはじめとした国民に対し、義務教育修了段階で身に付けるべきものを示すといった説明責任を果たす役割もあり、ある程度具体的な項目を例示する必要がある。
  • 到達目標の項目は、読み・書き・そろばんなど、義務教育の最終段階として、また、社会生活をしていく上で最低限必要なものにとどめるべき。
  • 到達目標の項目は、到達目標として示し易い、あるいは、評価し易いものだけに限定すべきではない。
  • 知識・技能については目標を示しやすいが、それ以外の心や体に関する部分は抽象的な理念として示さざるを得ない。
  • 「自ら学び自ら考える力」などペーパーテストでは計りにくい力を評価する仕組みを作ることも必要。
  • 例えば、プレゼン検定やレポート検定などがあって、専門家によりしっかり評価できるならば、子どもが必要に応じてそういう検定を受け、自己アピールという形により、入試などにおいて評価される仕組みがあってよいと考える。
  • 特別支援教育を受ける子どもたちにも十分配慮したものとする必要がある。
  • 自分の健康は自分でという身辺自立は必要。必要な物が揃ってないのは親のせいではなく、自分でやるのだ、という自立が必要であり、家庭教育に対して学校はリードしていく必要がある。

到達目標として示すべき項目

基礎的・基本的な知識・技能の確実な定着に関する項目

  • 到達目標の明確化という方向性は、他の教育行政の方向性とも整合性があり、必要である。内容項目やレベルなどについては、学力調査や学校評価などと連携し、整合的に進める必要がある。
  • 到達目標を設定することで意図していない結果を招かないようにする必要がある。具体的で測定可能な目標のみが強調されてしまう可能性があり、発展的な学習が制約を受けたり,表現しにくい内容が軽視される可能性があるので、その点については配慮しなければならない。
  • 「義務教育修了の段階で、すべての生徒が必ず」という基本的考え方はよい。日本は6年単位、3年単位の目標しかないので、9年間を見通した目標が必要である。
  • 到達目標として、実生活に直接に関わる内容項目とすることについては賛成。ただし、時代の変化によって実生活も変化するので、実生活というものをどのように捉えるかは大きな課題。

自ら学び自ら考える力」の育成に関する項目

  • これまでは知識の習得が目標とされていたが、社会の変化により習得した知識をどう活用するかが大切になってきている。
  • 「自ら学び自ら考える力」は、基礎的・基本的な知識・技能とそもそも質が違うものであり、抽象的なものとして例示することにならざるを得ない。

豊かな心の育成に関する項目

  • 基本的な規範意識については、最近の善悪の判断の乱れや風潮からしても明確に教える必要がある。
  • 豊かな心の育成に関する課題は、地域や家庭との連携を推奨し、学校がリードしてでもやらなければならない。

健やかな体の育成に関する項目

  • 「早寝早起き朝ごはん」などが教育に直結しているという意識は重要。
  • 基礎的身体能力レベルについて、今の子どもたちは運動量が少なく、あらゆるところで運動・スポーツによって体を動かすということを明示していくべき。
  • ストレス耐性やストレスとの付き合い方など、心のコントロールに関することについては、今の時代必要。
  • 健やかな体の育成は、家庭・学校・地域との連携が欠かせない。それぞれの役割について、整理が必要であり、保護者や地域をどう位置づけるかが重要。
  • 健康に関する項目は、感染症の流行が抑えられているかなど、統計等により評価するということも考えられる。

学習評価

総論

  • 現行の観点別評価は、それぞれの観点の関係が分かちがたく、個々の観点ごとに評価することが困難。
  • 意欲や態度などは家庭の事情等により様々である。評価に当たっては、1人の教師の主観的な評価は避け、できるだけ多面的な評価を加える方法を考えるべきである。また、教育活動に加わった社会人の声や子ども同士の評価も参考にしていくべきではないか。

関心、意欲、態度

  • 学校は、それぞれ到達度をつくって評価を行っているが、「関心、意欲、態度」の評価方法をどのように行うかが一番悩ましい問題である。
  • 「関心・意欲・態度」に関する評価については、教員の主観に頼りがちであるという指摘があるが、評価の客観性を保つために行う提出物や発言の回数などの表層的な評価はさけるべきである。
  • 目標準拠評価に「関心、意欲、態度」をどの程度入れ込むかという問題と、これらの評価を評定全体にどう加えていくかというのは別の問題であり、目標準拠評価をするが、関心、意欲、態度をそこに入れないというやり方は当然あり得るのではないか。

思考力、判断力、表現力等

  • 思考力や判断力、表現力等の評価の工夫については、PISA型の学力との関連について、学校や教師が共有しておく必要があるが、思考力や判断力等を客観的かつ的確に評価する手段や方法論はまだ整備されていない。
  • 表現力やコミュニケーション力,論理的な思考力を付けるということが言われるが,自分が考えた道筋を論理的に表現することの指導や評価方法が実施されていないのではないか。
  • 思考力・判断力・表現力についての評価は,小学校の現場では,評価規準をどう考えたらよいかという悩みを持っていて,実際のところ担任任せになっている現状を懸念している。
  • ペーパーテストで定量的に評価することは簡単であるが,問題とすべきは,個人の評価を定性的にどう考えるかという点である。思考力、判断力、表現力といったものが判断されないという傾向はおかしく、定性的な評価は大切であると明確に打ち出す必要があるのではないか。
  • 基礎的な評価問題集をつくって、それをもとに教員が創意工夫を生かして評価をするようなことも考えてはどうか。
  • 思考力、判断力、表現力等に関する評価など、目に見えないものをどう評価するかは難しい問題である。目に見えないところの評価は、文科省の学びんピックの認定や民間のコンクールなどを活用してはどうか。
  • 評価に当たっては、よい面をみて伸ばす評価であって欲しい。また、日本人は表現力が弱いので表現力を伸ばしていく必要がある。

入試との関連

  • 高校入試では、観点別評価の導入により、同じ評定でも学力差の幅がかなり出てきている。調査書と入試結果の扱いについて、その比重を6対4もしくは4対6としている地域もあれば1対9もしくは9対1としている地域もあり、高校から見ると中学の調査書はある意味信頼性を欠いている。
  • 入学者選抜でも使うことのできる評価方法につなげていくことがある意味大事。総合的な学習の時間を通して身に付けた力を評価することは可能である。例えば、大学入試センターのアメリカのL-SATをもとにした法科大学院の試験などは、批判的思考力を見る上で非常におもしろい客観テストである。このようなものを活用した入試というものが考えられてもよいのではないか。また、入試では、プレゼンテーションやディベートに関する能力は、測りにくいので一種の検定を活用することが考えられる。
    意欲や態度は直接測ることはできないので、どのような社会的活動を行ってきたかということを何らかの形で証明・認定し、客観的な資料として高校や大学が評価するということが考えられるのではないか。

その他

  • 学習指導要領における評価の記述や考え方の提示は、指導のための評価機能というものが最も重視されるべきであり、選抜のための評価などとは区別するべきである。
  • 社会科について、定期テストは暗記中心で評価が行われ、そのような教科と思われている。普段の授業の中で確かな知識をレポートで論述させ、それを評価していくことが求められるのではないか。
  • 総合的な学習の時間がうまくいっている学校では、その活動から身に付けるべき力と評価規準が共通理解されている。そのような学校では、総合的学習の時間と教科学習での基礎・基本の定着がうまくやられている。学校全体として、どういう方向に引っ張るべきかということをある程度決めて、その上で評価規準も落とし込むということを共有するということが大事である。

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初等中等教育局教育課程課教育課程企画室

(初等中等教育局教育課程課教育課程企画室)

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