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教育課程部会(第70回) 議事録

1.日時

平成19年12月13日(木曜日) 16時~18時

2.場所

学士会館 「210」

3.議題

  1. 「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」に係る意見募集の結果について
  2. その他

4.出席者

委員

梶田部会長、木村副部会長、田村副部会長、安彦委員、天笠委員、荒瀬委員、石井委員、井上委員、梅田委員、陰山委員、草野委員、黒須委員、甲田委員、佐々木委員、角田委員、土井委員、渡久山委員、無藤委員

文部科学省

 加茂川生涯学習政策局長、金森初等中等教育局長、布村審議官、石野スポーツ・青少年総括官、川上政策課長、常盤初等中等教育企画課長、鬼澤企画・体育課長、高橋教育課程課長、牛尾視学官、合田教育課程企画室長
国立教育政策研究所
 大槻教育課程研究センター長

5.議事録

【梶田部会長】
 それでは定刻となりましたので、ただいまから第4期第17回教育課程部会を開会したいと思います。委員の皆様におかれましては、ご多忙のところをご参集いただきまして誠にありがとうございます。
 まず、事務局から配付資料の確認をお願いいたします。

【合田教育課程企画室長】
 本日は、大変お忙しい中ご参集をいただきまして、誠にありがとうございます。
 配付資料でございますが、お手元の封筒の中、1枚ものの議事次第。資料1といたしまして、本教育課程部会の委員の先生方の名簿。資料2といたしまして、1カ月間行いました意見募集の結果の概要。資料3-1といたしまして、前回の部会でお目通しをいただきました、「関係団体からのヒアリングの状況について」。資料3-2といたしまして、「関係団体ごとのヒアリング結果の概要」。それから、資料番号を振ってございませんけれども、佐々木かをり先生からご提出をいただいております、佐々木かをり先生が主催しておりますサイト上の意見募集の結果の資料でございます。配付資料は以上でございます。
 なお、机の上に、学習指導要領等の束のほかに紙ファイルを置かせていただいております。この紙ファイルは、意見募集でいただいたご意見がすべて入っておりまして、300ページほどでございますが、それに関係団体からいただいた資料が200ページほどで、全部で500ページほどのものになっておりますが、意見募集に寄せられた意見、それから関係団体のヒアリングにおける各団体の提出意見でございます。適宜ご参照いただければと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。
 11月7日に「審議のまとめ」を決定して、これを公表したわけですが、その後、ご承知のように、42の関係団体からヒアリングを行いました。これにつきましては、前回の12月7日の初等中等教育分科会との合同会議でヒアリングの結果を報告していただき、皆さんで意見交換したところであります。
 ちょうど12月7日までが、広く国民の皆さんからの意見募集をするという期間になっておりました。本日は、多くのご意見が寄せられているということでありますので、この意見募集の結果を事務局で綿密に整理していただいておりますので、その概要を報告いただいて、そして、前回、佐々木先生からご発言がありました、佐々木先生が主催しておられますサイトでの意見募集の結果もあわせてご紹介いただきたいと思っております。その上で、皆さんで意見交換をしていきたいというふうに思っております。
 まず、「審議のまとめ」決定の翌日から1カ月間ということで、11月8日から12月7日ということでありますが、これにわたって実施いたしました意見募集の結果につきまして、合田室長からご報告をお願いいたします。

【合田教育課程企画室長】
 それでは、資料2に基づきましてご報告を申し上げたいと思っております。資料2「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」に係る意見募集の結果(概要)という資料でございます。
 今、部会長からもお話がございましたように、11月7日に本教育課程部会で審議まとめをご決定いただいた後、直ちに11月8日から12月7日、先週の金曜日まで意見募集を行ったところでございます。郵便、ファクス、電子メール等でご意見をいただいたものでございます。
 頂戴したご意見の総数は1,140件でございます。頂戴したご意見を、先ほどご案内申し上げましたように、お手元の机上の紙の青いファイルに、すべてエクセルで取りまとめましたものを置かせていただいております。適宜ご参照いただければと思っております。
 意見をご提出いただいた方々の属性に関する分類についてご報告を申し上げたいと思っております。まず、性別による分類でございますが、男性が655、女性が378、それから、団体名のみを記載して提出いただいたご意見が31でございます。不明が76ということで、6割弱が男性からいただいたご意見ということでございます。
 また、年齢による分類ということでございますけれども、ここに書いてございますように、40代の方から頂戴したご意見が、最も多い377、次に50代の方からいただいたご意見、その次に30代の方からいただいたご意見ということで、40代、50代、30代の方々からいただいたご意見が68.2パーセントということで、ほぼ7割を占めているという状況でございます。
 それから職業による分類でございますけれども、教職員、学校の教壇に立っておられる先生方が655ということで、57.5パーセントでございます。それ以外は、以下お手元の資料にあるとおりでございますが、「団体」とございますのは、団体の長としての意見を提出いただいたもので、これが49でございます。
 このように、意見を提出いただいた方々の属性には一定の傾向がございますので、以下でお示しをする概要も、頂戴した意見の件数よりも、どのような意見を頂戴したかということに着目してご報告させていただきたいと思っております。
 1枚おめくりいただければと存じます。2ページでございます。「主なテーマについて」ということでございますが、前回、12月7日の教育課程部会でお示しいたしました関係団体のヒアリングの概要も、主なテーマについて、それぞれの観点からお示しをさせていただきました。今回も同様の観点から整理させていただいたものでございます。主なテーマごとに、提出された意見を事務局の責任において整理、取りまとめたものでございます。
 まず、1つ目の○でございますが、学習指導要領の基本的な考え方、「生きる力」をはぐくむといった理念の継承等については、賛成の意見が多かったということでございます。なお、教員、教師の方からは、理念が実現しなかった原因について、後ほど詳しくご紹介申し上げますように、様々な見解が指摘されたほか、今後の教育の改善に関する意欲を示すご意見もございました。
 次の○でございますが、理数や国語等の授業時数の増加につきましては、賛成との意見のほかに、単に授業時数を増やすだけでは直ちに学力向上にはつながらず、教育内容や指導方法の改善・充実、条件整備が必要とのご指摘がございました。また、実際に教壇に立っておられる先生方からは、例えば授業時数を原則として年間授業週数である35の倍数にするということを評価をするというご意見などが出されたところでございます。実際に教壇にお立ちの先生方の観点からのご意見もいただいているところでございます。
 次の○でございますが、授業時数につきましては、音楽や図画工作、美術、小学校の家庭科、中学校の技術・家庭科については、その増加を求める意見がございました。
 総合的な学習につきましては、時数を縮減しつつ内容の充実を図るべきとするご意見、廃止することも一方策であるとするご意見、成果を見極めるべきとするご意見、現行の授業時数を維持すべきなど、様々なご意見がございましたが、その中でも、条件整備の必要の指摘が多かったということでございます。
 中学校の選択教科につきましては、廃止すべきとの意見と、総合的な学習の時間の一部を学校の判断で充てることを可能にすべきとの意見の双方がございました。
 小学校における外国語活動の導入につきましては、条件整備の必要を指摘しつつ、賛成するという意見がございました。
 高等学校の必履修科目の在り方につきましては、特に地理歴史科及び理科において、様々な立場からのご意見がございました。後ほどご紹介させていただきたいと存じます。また、理科の新しい科目としてご提言いただいております、「科学と人間生活」に対する期待を指摘するご意見がございました。
 学校週5日制につきましては、維持を求める意見のほか、保護者や地域の人々との体験的な活動をするなど、土曜日の活用を求める指摘がございました。
 道徳教育の教育課程上の位置付けにつきましては、教科化すべきとのご意見、あるいは現行の位置付けを前提に地に足のついた取り組みを進める必要があるとのご意見、社会がきちんと道徳、モラルについての模範を示す必要があるといったご意見がございました。
 関係団体等のヒアリングと同様に、条件整備を求める意見が多くございまして、その中では、特に教職員定数の増加を求める指摘がほとんどでございました。
 以上が、「主なテーマについて」の動向でございます。
 次に、1枚おめくりいただきまして3ページ目からでございますが、頂戴したご意見をもう少し細かくご紹介申し上げたいと思っております。これも、ご提出いただいたご意見を事務局の責任において取りまとめて、整理したものでございます。内容や趣旨の明確化の観点から、頂戴したご意見の文言等を整理しているものも一部ございます。
 まず、1といたしまして、学習指導要領改訂の基本的な考え方でございます。これにつきましては、3ページ目の上から3つ目までの○にありますように、例えば、何よりも基礎学力を「習得」させることに主眼が置かれ、子どもたちの発達段階に応じて「活用型」「探求型」の学習を取り入れながら進めなければならないとの指摘は、これからの子どもたちにまさに必要である。
 次の、「生きる力」の育成を継承しながら、その具体的な手立てについて考え、適切な修正を加えながら全体のバランスを図っていこうという新学習指導要領の基本的な方向性に賛成。「ゆとり」か「詰め込み」かの二者択一ではなく、基礎的な知識・技能の充実の上に立った幅広い思考力・表現力・コミュニケーションを高めていく必要性は、日々の教育現場で痛感しているという教師の方からのご意見でございます。
 また、「生きる力」として掲げられている力というものが今後の時代において必要であるという考え方には賛同する。しかし、その育成の具体的な方法論の蓄積が日本の学校現場にはない。美しいスローガンに終わらせないための現場への具体的な提言が必要であるというご意見などをいただいております。
 また、先ほど申し上げましたように、その次の○としては、教育改革は、学校あるいは教室から進める必要があるので、今回の新しい学習指導要領の改訂、理念などを踏まえて、現場としては精一杯やりたいというようなご意見もいただいております。
 他方、次からの○でございますけれども、基本的な方向性については肯定するけれども課題があるという観点からのご意見もいただいております。現場から言えることは、「総合的な学習の時間」の取組が不十分であった最大の要因というのは、教師の側に、多忙な教育現場で新たなことに取り組むための「ゆとり」がなかったことであるというご指摘。
 あるいは、理念は正しくても、次の○にありますように、2行目でございますが、入試改革が進まない現状では、幾ら「共通理解」の必要性を訴えても極めて難しい。「受験学力」「点数学力」「学歴社会」からの脱却を図る具体的な施策が必要である。
 それから、「子どもの自主性を尊重する余り、教師が指導を躊躇する状況があった」という課題については、むしろ「教職員の自主性」が確保されていないことが課題であったというご指摘もございました。
 なお、3ページ目の下から2つ目の○でありますけれども、学校現場の混乱の原因は文部科学省の指導によるものが大きいというご意見がございました。「審議まとめ」で、あたかも現場教師の力量不足が原因であるかのような分析・提言がなされているのは問題であるというご指摘がございました。
 他方で、一番下の○でございますけれども、教師の立場からも、「生きる力」をはぐくむという理念を現実化するために、それを徹底できなかった教師の側の資質が問題だったと考えるというご意見もあったところでございます。
 次のページで、「教育課程の基本的な枠組み」でございます。小・中学校の教育課程の枠組みにつきましては、1つ目の○にありますように、授業時間の強化、基本的な国語力、言語力の強化、基礎的な数学力の強化、論理力や文章力を上げること、これらについては賛同するというご意見がございました。
 また、2つ目の○にございますように、先ほどご説明申し上げましたように、年間授業週数である35の倍数で授業時数が組まれているということは大変重要であるというご指摘がございました。
 また、3つ目の○にありますように、現場で悩み、苦労していることに対しての改善策が随所に織り込まれていることは評価している。しかし、現場では途中で様々な制約が増え、結果的に理念を生かし切れない現状もある。例えば、授業時数増については朝学習の時間を時数に盛り込むと提言されているが、いわゆるモジュールの時間を設定するとなると膨大な資料の作成が求められる。そのために朝学習をしても授業時数に組み入れない学校もあるといった、教育行政の在り方に言及するご意見もございました。
 なお、(1)の一番下にありますように、保護者の立場から、今回の改正の方向について、これを進めて内容を増加し、質を高め、授業中に実力を育成することが重要であるというご指摘がございました。
 総合的な学習の時間につきましては、先ほどご説明申し上げましたように、4ページ目の<総合的な学習の時間>の1つ目の○にありますように、1時間削減という点については賛成するというご意見。他方で、総合的な学習の時間を廃止する、教科間の連携の中で「生きる力」をはぐくめるということも、考え方としてはあり得るのではないかというご意見をいただいております。
 また、2つ目の○にありますように、人・物・金がない中、試行錯誤しながら「総合的な学習の時間」というものをやって、やっと形になってきたところである。これらの成果があらわれてくるのにはもう少し時間がかかるので、そういったものを見極めながら、「総合的な学習の時間」の大切さというものを大事にしたいというご意見。
 それから、4ページ目の一番下にありますように、現行の授業時数を確保なされるべきであり、同時に、人的・物的な条件整備が必要であるというご意見をいただいているところでございます。
 また、5ページ目でございますけれども、中学校の選択教科につきましては、1つ目の○にありますように、教科の授業時数の削減は予想以上に生徒の学びを圧迫している。そのため、選択教科の授業はなくすべきであるというご意見。
 他方で、2つ目の○にありますように、中学校における授業時数について、2、3年生の「総合的な学習の時間」の一部を選択授業に充ててよいこととし、今回、授業時数の増えなかった「美術」「音楽」の授業が選択できるようにすべきであるというご意見をいただいております。
 各教科等の授業時数につきましては、1つ目の○にありますように、芸術教育、とりわけ図画工作や美術などの造形教育の時間を拡大すべきである。
 あるいは、2つ目の○にありますように、中学校3学年では技術・家庭科は35時間となっており、これを70時間にすべきであるということでご意見をいただいております。
 これらにつきましては、このような教育に携わっておられます教職員の方々から、まとまった形でご意見をいただいているところでございます。
 (2)として、高等学校の教育課程の枠組みにつきまして、「審議まとめ」では世界史の必修を打ち出しておりますが、それに対するご意見としていただいておりますのは、1つ目の○にありますように、世界史、日本史及び地理をすべて必修化すべきであるというご意見。2つ目の○にありますように、地理、世界史、日本史を平等に学べる体制が必要であるというご意見。3つ目の○にありますように、地理を必履修にすべきであるというご意見。最後の○にありますように、日本史を必修化すべきというご意見。それぞれの立場から意見をご提出いただいたところでございます。
 また、理科につきましては、先ほど概要でも申し上げましたように、日本はもっと科学力を強化する必要があるにもかかわらず一般の興味は薄れていく一方である。そこで、「科学と人間生活」は今の時代に最も必要な科目であるということで、その内容について期待をするというご指摘がございました。
 6ページ目で、(3)として、学校週5日制についてでございますが、1つ目の○、それから2つ目の○にありますように、学校週5日制というのは基本的に維持する必要があるというご意見があったところでございます。
 また、3つ目の○にございますように、授業時数が増えるのはとてもいいことだが、子どもはとても長く学校にいなければならず、教師の負担も大きい。保護者や地域の人たちと体験的な活動をするなど、土曜日に行うことが有意義な活動もあるのではないかというご意見。それから高等学校について、土曜日の授業を可能にするということを検討してはどうかといったようなご意見もございました。
 3番目といたしまして、「教育内容に関する主な改善事項」でございます。
 まず、先ほどもお話がございました、「言語活動の充実」につきましては、1つ目の○にありますように、国語教育にかかわる者として評価したい。「国語力」を国語のみでなく、すべての教科等において強め、強化することの意義は繰り返すまでもないことであるが、それは国語学力を育成するための中核である国語科の授業が十分に行われてこそ、その真の意味を持ち得るというご意見。
 それから、全教科で言語力を育成することに賛成。そのためには、特に新聞の活用が重要である。新聞を授業で活用した結果、読解力が向上したり、「考える力」の育成にも貢献したといったような、実際に新聞の活用について、ご活動なさっておられる方々の立場から幾つかご意見をいただいております。
 また、6ページ目の一番下でございますが、「理数教育の充実」につきましては、授業時数の増、それから「観察・実験が重視された」ということについて、大学で物理実験を専攻した者として大変喜ばしいという立場のご意見。
 それから、7ページ目でございますけれども、理科教育の充実のためには、特に小学校の教員の理科の教育力の向上が必要である。そのためには、理科教育寺子屋と称して、教員に対して、優秀な高校教師などを指導者として、夏休み等に児童や父兄も参加させて、そういった寺子屋のような教育活動を行ってはどうかという具体的なご意見もいただいたところでございます。
 理科教育については、その次の○でございますが、「ヒト・モノ・カネがバランスよく十分行き渡ることが重要」であるという観点から、「ヒト」、「モノ」、「カネ」といったそれぞれの充実方策について、具体的なご意見をいただいたところでございます。
 なお、一番下の○にございますように、今後の科学教育の在り方として、明らかな非科学・非合理を判断できる「クリティカル・シンキング」の教育内容を中等教育のカリキュラムにきちんと用意すべきであるというご意見をいただいているところでございます。
 (3)の「伝統や文化に関する教育の充実」につきましては、伝統音楽の重視ということについて評価をする意見。それから、中学校における武道の必修については、けがの防止、指導者の確保、施設の整備など、人的・物的な条件整備が必要であるというご意見をいただいております。
 (4)といたしまして「道徳教育の充実」につきましては、1つ目の○にありますように、3行目でございますが、「従来の「教科」的な指導にはなじまない。生徒の日常の生活の中で直面する問題や心の動きに即して、相互のやりとりの中で少しずつ形づくられていくもの」であり、「生徒たちの日々の営みに添った、地に足のついた取り組みを粘り強く続けていくこと」が必要であるというご意見。
 それから、2つ目の○にありますように、教師の立場から、道徳教育をしっかり行い、子どもたちも真剣に考えているけれども、社会にはあまりにも反道徳的な事件や現象が多過ぎる。社会がきちんと模範を示さないと道徳教育などできない。学校教育での道徳強化には無理があるといったご意見もございました。
 他方、道徳の新しい枠組みの教科化が必要ではないかということで、すべての教育活動の基盤となるべき道徳が相対的に曖昧に置かれている状況というものを変えていく必要があるというご意見もいただいています。
 7ページ目の一番下、(5)として、「体験活動の充実」につきましては、例えば一番下の○にございますように、大工、伝統工芸などの職人といわれる分野で、実際に体験を行うことが必要であるというご意見をいただいております。
 8ページ目でございますけれども、(6)として、「小学校段階における外国語活動」について、1つ目の○にありますように、グローバル化が進む世の中、英語ができなければ将来の選択肢が狭まる。格差解消といった観点から有効であるというふうなお立場。
 それから、小学校段階の英語教育に賛成という立場から、指導員の育成や雇用条件など課題は残ると思うが、早期導入を求めたいというご意見。
 それから、小学校段階の外国語活動を歓迎するという観点から、とにかくトライアル・アンド・エラーでも、取り組むということが重要であるということが指摘されております。そのご意見には、言葉の勉強だけではなく、国際理解、国際交流の素地を柔軟な小学生のころからつくるのは大変有効であるというご意見をいただいております。
 他方で、これについては、子どもたちに必要な教育は、美しい日本語を学び、正しい日本語で考えるという観点から、反対であるというご意見もいただいているところでございます。
 (7)の「社会の変化への対応の観点から教科等を横断して改善すべき事項」につきましては、「情報モラル」の育成の問題、食育の充実の問題、それから、学校歯科医として子どもたちの健康診断を行う中で、自分の体のことをよくわかっていない児童生徒の割合が以前よりも増加しているのではないかという観点から、健康が大切だと思う気持ち、他人を思いやる心など、体力面だけではなく保健面での教育の充実や教員自身の意識の確立が必要であるというご意見をいただいたところでございます。
 8ページ目の下のほうでございますが、「幼稚園教育と特別支援教育」でございます。
 「幼稚園教育」につきましては、8ページ目の一番下の○でございますが、小学校での適応という観点だけで幼稚園教育は行われるものではないという観点からのご意見。
 「特別支援教育」につきましては、学校では、2~3人が特別支援を必要とする子どもたちが在籍している学級もあり、大変混乱しているという観点から、人的保障、予算処置という観点から条件整備を早急に求めるご意見をいただいているところでございます。
 最後でございますが、これにも関連いたしますけれども、「教育条件の整備等」ということでございまして、1つ目の○、2つ目の○、3つ目の○に具体的に書いてございますように、国際的な比較の中でも、日本の教育の条件整備というのが少ないという観点。それから、2つ目の○にありますように、新しい指導の充実を図っていく観点には、30人以下の学級の実現等の条件整備を優先すべきであるというご意見。それから、教員の教室実態調査から出てくる先生方の実態に応じて、先生方に真にゆとりがあって、子どもたちが楽しく学べる環境をつくるためには、教職員定数の改善が必要であるというご意見をいただいたところでございます。
 下から2つ目の○と一番下の○につきましては、それぞれ大学入試について言及いたしておりまして、根本的な入試あるいは卒業制度の改革がなければ、学校教育の質も、保護者の意識も、企業の採用方針も、旧態依然とした状況を変えることは困難である。あるいは、一番下の○でございますが、大学進学率が45.5パーセントに上ることにかんがみ、学力の担保のためにも、学習指導要領の改訂と大学入試の整合性を図る必要があるといったご意見をいただいたところでございます。
 私どもの責任において取りまとめさせていただきました、賜りました意見の概要は以上でございます。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。この青いファイルいっぱいに千何百人からのご意見を全部整理していただいて、その上で、今のような大きな要点となるものをご紹介いただいたわけであります。
 続きまして、本部会の委員の佐々木先生が、前回の会議でご発言いただいた際にお触れになったわけですけれども、ご自分の主催されておりますサイト上で、「少子化でも教育予算を増やすべきかどうか」というアンケート調査をやっておられます。この問題は、本部会の大きな課題としてきました条件整備に非常にかかわるところだと思いますので、佐々木先生のほうから、改めてこの調査結果につきましてご紹介いただきたいと思います。よろしくお願いします。

【佐々木委員】
 佐々木かをりです。ご指名をいただきましたので、ご説明させていただきたいと思います。
 この背景というか、どういう環境でやったのかということを説明させていただきたいと思います。ewomanのサイト上では、公開のオープンのサーベイと、それから正確なきちっとしたデータを取る調査がございますが、こちらは調査ではなくてオープンサーベイ、サイト上での公開で、1週間にわたってキャスターとなってくださる方、会場にいらっしゃる陰山先生に今回キャスターをお願いしたんですけれども、キャスターの先生にテーマを投げかけていただいて、サイトに訪れる方々がどなたでも自由に参画して、発言をすることができるという形で実施しているサーベイでございます。
 どなたでも、過去のものも閲覧することができまして、現在2,300テーマほど、無料でデータベースが公開されている状態です。同時に6人の専門家が、サイトで様々なご自分の専門の分野の問いかけをいたしまして、サイトを訪れた人が、好きなテーマにイエス、ノーの投票を投じたり、自分の意見を投稿するという形をとります。
 投稿されたものがすべて掲載されるのではなく、イー・ウーマンの社内で編集スタッフが目を通しまして、読みやすい形にまとまっているものや、なるべく様々なタイプの意見を選び、大体5件から8件ぐらい、毎週月曜日の朝に問いかけが投げかけられますので、火、水、木、金と4日間にわたって投稿を選んで、午前11時にサイトアップをいたします。その際に、キャスターの方から、選ばれた投稿に対してさらにコメントを追加していただくという形をとりますので、同じ今回の少子化でも、教育予算は増やすべきかという問いかけは1週間同じですが、ディスカッションに関しては、一般的にディスカッションがナビゲートされるように、キャスターの問いかけによって日々様々な意見が集められていくという形をとります。
 今回は12月3日から7日まで、ちょうどパブリックコメントの締め切りが7日だったものですから、ぜひそれに合わせて一般に生活している方にも、こういう話題でパブリックコメントを募集中であることも知っていただきたいと思いまして設定させていただき、陰山先生にお願いしたという次第です。
 お手元に配付させていただいているものの見方としては、ページをめくるごとに、左に「1日目」とか「2日目」と書いてありますが、「1日目」というのは、1日目の月曜日に問いかけだけが投げられていて、それを見て投稿が来たものに対して、「2日目」というところでは、下のほうに「Yes!」と書いてある人や「No!」と書いてある人のコメントがそれぞれ寄せられたコメントで、それを読んで、陰山先生がまたコメントを出してくださっている。「3日目」も同じように繰り返されていくので、進んでいく様子を読んでいただけると思います。
 結論が「5日目」のところに、数字的にはまとまっております。「5日目」を見ていただくと、予算は増やすべきと答えた人が、初めは79パーセントでスタートしたんですけれども、最後の日には80パーセントになっています。
 内容の「Yes!」あるいは「No!」で、それぞれ投稿されて掲載されている人たちの意見を見ますと、ちなみに80パーセントは、お手元に数字があるように、699人の方が増やすべきと「Yes!」のボタンを押されていて、「No!」というのは175人です。ちなみにこれも、システム上お一人の方が1回しか投票できないように制限されておりますので、かなり正しい数字でとれているはずです。
 ご意見、投稿を私も読んでおりますと、やはり一番多いのが、「Yes!」というところで来ているものには、少人数教育にしてほしい。2日目のところに出ている東京の47歳の方も、「もっと少人数教育に」してほしい。「日本にはヒトしか資源が無いのですから、そこに何よりも財政を投入するのは当然」だと思います。また、次のページの37歳の方も、「せめて30人程度にしてほしい」。あるいは真ん中辺のところのattiさん、パートナーがいる45歳の方は、「教育予算は増やすべき。そして、きちんと使われるべき」というふうに言っていらっしゃいます。
 このように基本的に毎日、海外からの投稿もありますが、やはり1クラスの定員が40人というのは、「先進国では最低レベルです」。「本気で教育に力を入れようと考えてない」ように見えてしまいますという投稿が来るなどです。サイトには海外からの投稿がございますので、読んでいただけたらいいかなと思います。
 4日目の2人目のところにも、43歳の方が、欧米では18人学級を目指していますねと、アシスタントを増やすことなどを書いていらっしゃいます。
 「Yes!」の方は基本的に、予算を増やして、何よりも少人数制にして教員を増やしてほしいという投稿をされているように思います。
 それから、「No!」の人も「Yes!」の人も、一番多いものが、使い方をきちっと明示してほしい。正しい使い方、ただ増やせばいいのではなく、あるいは今の予算も含めて、使われ方をきちっと明確にする。公表してほしいということです。
 2日目の後ろのほうに「No!」の方が2人いますが、「予算が増えても、意識が同じなら、意味のないことです」というふうに愛知県の方がお答えですし、兵庫県の方も、「勤続年数が上がったための記念品」とかそういった様々なところが、「おかしいことがいっぱいだと思います」、「切り詰めるところは切り詰めてほしいです」というご意見。
 それから3日目のところでも、「Yes!」の方の中にも、きちんとお金が使われているように明示をしてほしい、「見える化」をしてほしいということを書いていらっしゃいます。また、3日目の一番最後の方は、もちろん予算がかけられるのにこしたことはないですけれども、小さな無駄を省くということも大切だ。教科書や教材は毎年新品をそろえないといけないのでしょうかというふうに、神奈川の37歳の方は書いていらっしゃいます。海外では、教科書は学校に戻して次の人が使うというようなことがあることを知っているかと思います。
 4日目の方も、一番最後の方は、予算としてきちっと明示してほしいということで、読んでいただくとわかっていただけると思いますが、基本的には、予算を増やしてきちっと教員の人数を増やし、子どもの1学級の人数を減らすということ、それから使い方をきちんと明示して、正しく予算を使ってほしいということです。
 投稿を掲載されていない方の中にも、学校の担任の先生が授業だけに専念できる環境を整えてあげてほしいということを書いていらっしゃる方が目立ちました。
 以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。非常に詳しく、これを読みふけっていると、とてもおもしろいなと思って見せていただいておりました。
 今、いろいろと生のご意見もご紹介いただきました。「審議のまとめ」の決定から1カ月、全国から寄せられたご意見をまとめていただき、同時に今、佐々木先生から、非常に絞った形で、少子化でも教育予算は増やすべきか。これに関連しても幾つか、ここの部会でも出たような、いろいろな論点をめぐってのお話も出ていたと思います。
 そういうことを念頭に置いていただきながら、本日、残された時間で意見交換をしたいと思っております。どなたからでも結構です。いただいたご意見、それからこの部会で出たご意見をもとにして答申案をつくっていくということになりますので、そういう意味で、ぜひご意見をいただきたいと思います。いかがでしょうか。
 無藤先生。

【無藤委員】
 5ページのところで、前回議論いたしましたけれども、中学校の総合的な学習等のところのご意見がありました。たしか前回もこういう意見がこの場でも出たと思いますが、そのときに私が申し上げたことを繰り返すことになるんですけれども、基本的に中学校の2、3学年は、総合というのは年間70時間にして、そこに選択を部分的に充てるか、充てないかということについて前回議論がありました。
 私としては、総合的な学習の時間というものが特に探究力を育てる中心的な時間であるということを考えてみると、70をしっかり総合的な学習に充てるべきであるということが1つと、それからもう一つは、中学校教育というものが、学校教育法上の義務教育としてさらに強化するという意味では、共通性に重きを置くという意味では、選択的な部分をむしろ高校教育のほうにお願いして、中学は共通に育てるべきところに集中させたほうがいいという意味で、選択ではなくて、総合をしっかりとるということを前回も申し上げましたが、もう一度その点を繰り返したいと思います。
 その際に、美術、音楽の授業は時間が足りない。多分そこのご意見は、選択の時間をその場に活用しながら補っているのでという背景があるのかと思います。そういう意味で言うと、もう一つ、○を置いた下の意見で、技術・家庭科についても、中1、中2が年間70時間であるのに対して、中学3年では35時間というのが現状のようです。そして技術・家庭科というのは、実際には技術科と家庭科に分かれているわけで、35時間をさらに半分に分けなければならない。確かに非常に不都合があるだろうと思いますし、また、技術科、家庭科の趣旨に照らして、中3は不十分になる可能性があるということは私もわかります。
 ですから、そこら辺も多分、現在、選択科目の活用などで補うということを行っている学校もあるのかなと推察しているんですけれども、その点についても、他の教科等について、以前の案の中で、どこかの教科時間を減らすとかいうことは、「審議のまとめ」全体の趣旨から照らすと難しいように思いますし、また先ほど申し上げたように、総合的な学習については、私は年間70を確保していただきたいというふうに思っております。
 そういう意味で、上記の美術、音楽、あるいは技術・家庭科としての要望に非常にこたえにくいと私は判断いたしております。それぞれ主張はもっともな点が多いと思いますけれども、教育課程全体の趣旨に照らしたときに、残念ながらそこまで十分に応じ切れないのではないかなというふうに思うわけです。
 ただ、総合的な学習の時間のとらえ方にもよると思いますけれども、総合的な学習の時間というものが、現在のところ例示という形で、環境教育とか、福祉教育とか、国際理解教育ということが中心に、大体どの学校もなっているのかと思いますけれども、本来、総合的な学習というのはもっと広いもので、生徒自身が自分たちの課題として考えたいことを追究し、調べていくものだと思います。
 そういう意味では、例えば美術、音楽について、一部の学校では総合表現と称したり、それに類したことで、例えばミュージカルをみんなでつくって、美術は大道具とかの部分、小道具の部分、音楽は当然音楽をつくる。さらに、劇の部分は国語の部分というような横断的、総合的指導というのが、中3あたりで成功をおさめている学校を見たことがございますけれども、そういうやり方もある。
 あるいは、ものづくりというものをもっと強化したほうがいいのではないかというのは、これまでこの部会でも議論があったと思いますけれども、そういう狭い意味での技術・家庭科の中身かどうかは、私よくわかりませんけれども、広く考えれば、ものづくりとかいう形で、総合的な学習でももっと展開していいと思いますし、また、例えば環境教育の問題にしても、家庭における消費生活の在り方まで含めていけば家庭科の問題になるでしょうし、あるいは子育ての問題、出産、育児の問題というようなものを考えれば、家庭科のことを含みながら、総合的な学習として展開できるわけです。
 そういう意味では、総合的な学習の時間というものをもう少し十分に活用しながら、技術・家庭科のある部分、あるいは美術、音楽のある部分を横断的、総合的に生かすということも考えながら、部分的にはこういったご意見を組み入れて、総合的な学習の解説書あたりでそういうことも入れていただいて、基本的には「審議のまとめ」の時間配分を守るという方向をお願いしたいと思います。以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。
 それでは、すぐ関連しますから、まず草野先生からいって、渡久山先生、角田先生、天笠先生といきます。

【草野委員】
 ただいま無藤先生が言われた内容について、私も若干意見を述べさせていただきたいと思います。
 私は、選択教科を全く切るというのは実は反対でございます。総合的な学習の時間の中に、上限35として音楽や美術、あるいは技術・家庭といった教科の履修を生かすチャンスを残していただきたいというふうに考えております。これは学校の裁量でとるわけですから、必ずしもとらない学校もあるわけで、その場合は、総合的な学習の時間は70となるわけでございます。
 それで、実質をとりたいので、今の無藤先生の後半に言った部分は、方法論として、私は賛成でございます。例えば技術・家庭でも、食育やものづくり、あるいは情報教育等は横断的、総合的という位置付けでとられておりますから、これはかなり総合的な学習の時間の趣旨に近いというふうに考えます。また音楽、美術も、これは少しこじつけと言われてもやむを得ないかもしれませんけれども、総合的な表現という形でこれも位置付ければ、選択教科であるかどうかということはこだわらないし、要するに実質そのような学習ができる機会があればいいというふうに考えます。
 もともと私も、今回のまとめはすごくよくできたと思いますし、文科省、先生方に随分ご努力いただいたと思っています。評判もすごくいいと思っています。ただ、もしあえて難点を言うならば、今回、「生きる力」というのが前面に出て、これも大賛成でございますけれども、「確かな学力」については相当、対応策というか、具体的な案が盛り込まれた内容だと考えます。
 ところが、「豊かな心」については、前々いじめの問題とかかなり問題になったときに、「豊かな心」が大事だということをだれもわかっているんだけれども、道徳の教育の充実と言われているけれども、豊かな感性をはぐくむ音楽や美術の授業時間数が増えなかったことについては、若干私自身は疑問を感じていますし、ですからそういった意味でも、その機会をぜひ残していただけば、選択教科云々はこだわりません。内容をぜひとっていただきたいと思います。以上でございます。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。
 渡久山先生。

【渡久山委員】
 両委員の意見にも関係するんですが、理念の継承ということで、「生きる力」と言っていますけれども、それが大事なら何で総合的な時間を減らしたんだという単純な反応もあるんですね。そういう事柄を見てくると、「生きる力」を、そういう形で総合的な時間を減らしたことに対する批判というのは、批判しないところもあるんですけれども、廃止しなさいという。
 例えば受験中心の学校は、おそらく総合的な時間は従来からあまり力を入れていなかったかもしれませんね。それから、そうでないところはやっぱりきちっとやっていただろうと思いますが、ただ、教材とか教科書がきちっと示されていないというところで、逆に創意工夫もできるんだけれども、非常に面倒でもあるし時間もかかるというようなことで、手間暇をかけた条件整備が十分に整っていなかったと思うんですね。
 ですから、5年でまたやれるのかということで、おそらく現場には若干の混乱はあると思いますね。ですから、今後は非常に丁寧なPRが必要だと思います。これが1つですね。
 それと同時に、今度はやっぱり一つの学力観といいましょうか、基礎的な学力というものが一定程度合意を得たんじゃないか。そうであれば、今後の問題として、学習指導要領、あるいは教科の内容、教材の選び方など、具体的に教科書づくりの中では、応用力や活用力が生きるようなものにしていかなくちゃならないだろうと思いますね。
 ですから、「生きる力」や、あるいは基礎的学力をつけるための教材選びや教育内容ということをしていって、特に今後は、詰め込みや受験のためだけの学習にならないように、特に教材選びは必要だと思いますね。そのためには、体験とか実験、実習というのをより多く取り入れるようになっていますね。そういう面では非常に実学的になっていますから、そのためにも、教材準備のための条件整備というものをきちっとしていかないと、先ほど佐々木先生の意見もありましたけれども、きちっとしていかないといけないだろうと思います。
 ただ、今後の課題として、十分じゃなかったような気がして、また難しいなと思うのは小・中・高の連続の問題ですね。連続をどうしていくのか。小・中の学校づくりもあるんだけれども、連続をカリキュラムの中で、教育課程でどうしていくか。あるいは学年区分の問題をどうしていくのか。これは今後の課題としてあるんじゃないかと思います。
 それから日本史や世界史の必修の問題がありますが、ただ、高等学校を中心にして非常に教科の数が増えてきましたね。細分化してきていますから、将来はもっと総合的にやっていって、教科数を減らしていって、内容で勝負するようなものにしていくべきじゃないかなというように思います。
 最後は大学入試の問題ですね。ほとんど片づかないままにどんどんいっていますけれども、これは、いつかはきちっとしていかなければいけないんじゃないかという気がいたします。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。
 角田先生、お願いします。

【角田委員】
 2つ申し上げたいと思います。1つは、今の選択の問題なんですけれども、この前も話をしたんですが、私は選択云々ということよりも、総合的な学習というものがせっかく現行の学習指導要領に入って、そしてこれが小学校では7割以上の学校に定着している。中学校ではなかなか難しい部分がある。これはよく理解できますし、それから感性を育てる教育をするということもわかるわけですけれども、やっぱり総合の学習を今後も継続していきたいという気持ちから、中学校での総合の時間をきちんと確保してほしいというのが第1点でございます。
 第2点目は、ちょっと違いますけれども、道徳の教科化という問題についてでございますが、今回の意見にも、それから前回のところでも賛否両論ありましたし、本答申のまとめのところでも、引き続き検討する必要があるというふうに課題を残した表現になっているわけでございます。私自身として、結論としては、現在の状態の領域といいましょうか、道徳の時間から学校教育全体で行う道徳を具体的に充実していくという方向については、これを維持したいというふうに思っておりまして、教科化については慎重に扱っていかなければいけないのではないか。
 具体的に、その充実の方向なんですけれども、心の教育、『心のノート』というのが前回出て、かなり活用が深まってきております。まだ全国的にどの程度の活用が深まっているかということについてのはっきりしたものを、私自身は持っていませんけれども、資料等の充実をするということによって行う、充実するということがあるだろうと思いますし、東京では、例えば道徳の授業の地区公開講座といったようなことを開いて、いろいろな形態がありますけれども、学校が全員で道徳の授業を地域に公開して、地域の方々に、今、道徳の授業でこんなふうなことをしているんだと紹介をするというようなことがあったり、あるいは、区によっては道徳のコーディネーターのようなものを置いて、道徳の授業というのはこういうふうな形をとったらいいんだとか、道徳の授業のときだけじゃなくて、事前の指導案を立てる段階からいろいろとサポートをするといったようなことも出てきています。
 教科にするということよりも、今のままの状況の中でもっといろいろな形で充実する方策が、それぞれの地域の実態に合わせて、あるのではないだろうかというふうに思っておりますので、ぜひこの辺については、道徳について充実することは重要だけれども、教科化については慎重にやりたい。
 今年の漢字がいみじくも、偽りというか、「偽」というのは非常に恥ずかしいですよね。社会全体がそういうふうな状況にある中で、学校だけで教科をやれば何とかなるんだというふうな考え方は、ちょっと短絡的過ぎるのではないかな。学校ももちろんそうですけれども、社会全体で道徳に対する考え方というものをきちんとしていくといったことが大事ではないかなというふうに思います。以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。
 では、天笠先生。

【天笠委員】
 2つ話をさせていただきます。
 まず1つ目なんですけれども、「審議のまとめ」が出た後、先生方の前でそのことについて話す機会がありまして、そのとき私がその場で感じたことについて申し上げたいんです。いろいろな話題の中でさせていただいたんですけれども、その中で、授業時数の増ということについての話をさせていただいたんですが、先生方の受けとめ方というのは、授業時数増というのは必ずしも歓迎でない。消極的というんでしょうか、あるいは既にこの場でも意見が出たような意見がありますけれども、そのときの、なぜ消極的なのかって、いろいろな要因、原因、受けとめられ方があるわけですが、その1つの中には、言うならば内容の詰め込みがまた復活するんじゃないかという立場の受けとめ方というのがありまして、そういう立場の方に対しては、こういうふうに申し上げてみますと少し受けとめ方が変わってくる。
 どういうことかといいますと、例えばこれまで、ある単元を5時間で扱っていたのが、プラス1時間で6時間になることも可能性として出てくるんだと。5時間で扱って指導していたのを6時間で扱うとすると、どういう扱い方を先生はなさいますかという問いかけをしたときに、今回の授業の時数の増ということの持つ意味を、そこのところで察せられる方は察していただけるというんでしょうか、要するに増やしたことは即、内容がそのまま詰まるということでは必ずしもなく、言うならば授業のスタイルの工夫ですとか、方法上の工夫というふうなことがその中に入っているんだと。
 それはある意味で言うと、現場の先生方の単元構成の工夫の仕方ですとか、授業の展開の在り方についての期待がその中に込められているんだということを申し上げて、そこにおいて授業時数の意味、趣旨ということを受けとめていただくと、初期段階の消極的な受けとめ方から、先生方の受けとめ方は変わってくるということでありまして、そういう意味では、そのあたりの趣旨とか考え方というのを丁寧に説明していく必要性を改めて感じるわけですし、このメッセージをどういう形で先生方のところにお伝えしていくのかということ、これ自体がある意味では大変大きなテーマ、課題なのかなということを改めて思った次第であります。
 そういうふうに受けとめたときに、今日ご報告いただいたパブリックコメントとかそういうものは、必ずしもそこら辺の温度的なものとかそういう姿というのがここのところに表現されているのかどうか、あるいはそういう姿をここに吸い上げられているのかどうか。1点、そのあたりの私が感じたところと、このパブリックコメントの間にちょっと距離があるかなというのが、率直な今日の1つ目の印象でした。
 それから、もう1点申し上げますと、私も、確かにご指摘のように、条件整備の必要性、大切さ、あるいはこういう指摘というのは、意を同じくする方のものが随分多くあるという受けとめ方をさせてもらっております。ただし、前回も申し上げたんですけれども、ここまで条件整備の必要性というのが、多くの方々、様々な方々からのご指摘ということになってきたときには、もう少し条件整備の中身を丁寧に見ていく必要があるんじゃないかなというふうに思っております。
 先ほどご紹介していただいたインターネット等々における中にも、使い方の問題だとか意識の在り方というところ云々と、それから予算との関係をご指摘いただいた意見等々があって、私は大変大切なんじゃないかと思うんですけれども、ヒト・モノ・カネの整備と使い方、意識というのとどういうふうにリンクさせていくのかというあたりを丁寧に見ていかないと、せっかくの条件整備が生きていかない、生かしていけないというふうなことを思うわけでありまして、そういう意味では、カリキュラムの理念を含めた本体と条件整備とをどういう形で結びつけていくのかということでありまして、そうすると、これは私の考えるところでありますけれども、マネジメントの問題というのがより浮かび上がってこなければいけないんじゃないかというふうに思っているわけですけれども、パブリックコメントの指摘ですとかそのあたりのところが、どうも条件整備という言葉の中に一色に塗り込められてしまって、それぞれの学校、あるいは教育委員会と学校との関係におけるマネジメントの在り方ということをもう少し浮かび上がらせる必要があるんじゃないかなということを、このパブリックコメントですとか検討から感じている次第です。
 以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。
 そうしましたら、安彦先生、黒須先生、そして陰山先生、お願いいたします。

【安彦委員】
 3つばかり申し上げたいと思いますが、まず、冒頭に無藤先生のほうから、今回、教育基本法の改正で、義務教育の重視ということで共通という視点のほうに重きが置かれるようになったというご指摘がありましたけれども、私はもう少し、これは解釈の仕方によると思いますけれども、例えば共通という言葉の中にどこまで、どういう視点が入ってくるかちょっとわかりませんが、基本法の改正そのものの中に、義務教育が前面に出たことは確かですけれども、同時に、個の尊重ということも旧基本法から受け継がれておりまして、そういう意味で、共通ということばかりが一面的に、改正基本法の焦点だというのは、やはり一面的な見方ではないだろうか。もう少し冷静に、全体として読んだときには、そちらの部分が確かに入ってきているけれども、一応バランスもとってあるというふうに私は認識しております。
 そういう意味で、例えば義務教育という言葉一つとっても、だからすぐに共通というふうにいくというのはおかしいわけで、各国の義務教育を見ればわかりますように、その中に選択科目があるようなカリキュラムはたくさんあるわけでして、決して共通科目だけで義務教育がやられているわけではない。
 私としては、改めて、先ほども佐々木委員からのインターネットの声の中に、少人数教育ということについて、もっと丁寧にやってほしいというか、そのためにお金をかけてほしいという声があった。こういう部分について、もっと一人一人尊重して、個に応じて手厚い教育を施そうという側面というのは、単に共通という枠の中にも入りますけれども、同時に、もちろん外でも、その視点というのは非常に重要視される。全体としてバランスをとらないといけないというのが私の認識でして、かつてこちらで、前のときに少し個や個性に触れたから、今度は義務だと言って反対側に振り子が振れてしまうようなイメージですと、また次のときには反対側に振れる。こういう振り子に振り回されるような印象を現場に与えるというのは、私としては望ましいと思っておりません。むしろこの段階で、基本的に両方重視していますよ、個も重視している、共通も重視しているという視点をしっかりと入れておいていただきたい。
 先ほどからのお話の中で、いろいろな場面があるわけですけれども、総合にせよ、選択にせよ、それから各教科の発展的な学習の場にせよ、いろいろなところで、あるいは共通そのものの中でも、本当に一人一人を大切に、一人一人を重視して、子どもたちに沿って伸ばします。そういう意味の少人数教育の趣旨を生かしたい。それをぜひいろいろな形で、特定の形にこだわらないですけれども、その方向をもう少しはっきりと出せないだろうかというふうに思います。
 2番目が、先ほどの道徳教育のことですけれども、これも教科化ということが話題になっていますが、この点については、私も豊かな心の専門部会へ出ていったときに申しましたけれども、それがあくまでも目的であるかのように考えられては困るわけですね。そうすることが目的になってしまっているような議論はおかしい。もちろん専門部会での議論というのは目的としてじゃなかったんですけれども、これはむしろ現場の先生方の意識を変えるための手段みたいな、いい加減にやってもらっては困るのだという視点から、教科化にすればそういうことはなくなるだろうという議論もあったように記憶しております。
 そういうのではなくて、あくまでもこれは、本来子どもの道徳教育の成果を上げるためでありまして、そういう観点から考えたときに、どうしてすぐに教科化のほうへ行くのか。それはあくまでも手段の一つであり、ですから、ほかのアプローチが今の段階でできるのであるならば、先ほど角田委員からお話があったように、まずそういう手を尽くしてみるということがあり、私として前から申し上げていることは、学校で道徳教育をやることはやぶさかではありません。大事なことですけれども、しかし、学校ですべてやり切れるものでないということも明らかだと思います。
 前から申し上げているように、せっかく子どもに育て上げた道徳性を、今の社会はかえってどんどんはぎ取っていったり、突き崩していくような社会状況、社会情勢になっていること自体がおかしい。そういう意味では、むしろ学校がやっている道徳教育について、社会が、地域、企業、メディアやいろいろなところが協力してくれる、道徳教育の目指している、学校の努力をサポートしてくれる。社会人が入ってきて、もっと社会の実際の姿を背景にしながら子どもたちに接してもらって、その事実をもとにして道徳教育を、むしろ地域の人、保護者、企業の人やいろいろな人がかかわってくださるほうがずっと意味があると思います。
 いわば協働で、前に市川伸一委員が相互乗り入れと言いましたけれども、道徳教育を、もっと外の社会の人が学校に入ってきて、子どもたちに接して、具体的な社会状況から、いろいろな形で道徳性の教育ということを一緒にやってくれるという協力体制をとっていただくことのほうが、まずはやれることじゃないだろうか。そういう面をむしろ前面に出して強化する、強めていくというふうに進めていただきたい。これが2点目であります。
 3点目は、さっき渡久山委員のほうから小中一貫のことが出ましたけれども、先ほどの義務教育のほう、枠のほうが小中の視点よりも前面に出てきたということが基本法の一つの視点、あるいは学校教育法もそうですけれども、改めて小中一貫を今後どう扱うのか。ただ検討するというのではなくて、もう少し積極的に進めようと考えるかどうかということについて、もう一歩、方向性を出していただいてもいいんじゃないだろうか。
 現実にそれがカリキュラムのレベルであったり、それから制度レベルまで行くかわかりませんけれども、いろいろなレベルがあり得ますから、それを少なくとも義務教育という枠で考えるという発想でいけば、今よりはもう少し小・中の教育課程全体の一貫性みたいなものをつくれる。その方向は求めていっていいんじゃないかと思いますので、そういう方向をもう少しはっきり出していいんじゃないかというふうに考えております。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。
 それでは、黒須先生、お願いします。

【黒須委員】
 まず、総合的な学習の時間ですけれども、これは現実の問題として、やっぱり減らすのはやむを得ないんじゃないかと私は感じているんです。というのは、詰め込み教育だとか受験のためという視点じゃなくして、基本的に、「詰め込み」という言葉は適切かどうかわからないけれども、もっとしっかり教え込むというのは、私は賛成のほうなんですけれども、総合的な学習の時間については、実際にこれを趣旨に沿ってきちんと活用している学校がどれだけあるかということだと思うんですよ。
 私はそこまで、自分の町でよくこれを見ていますと、いろいろ話を聞いてみたりすると、約10パーセントですよ、総合的な学習の時間をその趣旨に沿って十分活用しているというのは。それを考えると、ですから10パーセントの先生方は、この時間がなくなるというのは残念なんですって。これからの目標を立ててやってきたのにと言いますね。ですけれども、それは極めて少数ですよ。そういう視点から、やっぱりきちんと教科化をして、それにかわるものを持つべきじゃないかなと私は思います。
 それから教員増のことなんですけれども、確かに今、40人学級と言われていますけれども、現実に40人ぴったりというのは少ないですね。私のところも、小、中108校あります。実際には31.7人ですね。ですから極端なことを言うと、41人になると20人と21人になるわけですね。これを30人学級にするというと、31人になれば15人と16人になるわけですね。これはなかなか教員の数からいって現実的じゃないというふうに思うんですね。
 それよりも、なぜ教員がそんなに忙しいのか、授業に専念できないのかといったら、事務量といいますか、授業以外の時間にとられ過ぎるということがよく言われますね。この前ちょっと記事にもありましたけれども、授業時間以外の割合というのは、日本は7割だというようなことがありました。それが雑用に忙殺されているという表現が出ていたわけですけれども、もしそうだとするならば、例えばやっている場所もあるし、私どももそれに取り組んでいますけれども、教科によっては少人数で習熟度別に、それには教員だけではなくして、外部からの補助教員を自治体で雇用するとかそういうことというのは、教科によっては当然考えられるわけであって、そういうことが1つ。
 それから事務量の問題については、私まだよくわからないんですけれども、実は小学校、中学校に各事務職員がいますね。それを、正規職員、事務職は区市町村の職員なわけですよ。それを今、嘱託化しようというようなことを。というのは、私どもでも事務職は学校事務職として採用しているものですから、簡単に異動できないわけですね。でも、実際にそこから離れようとしない職員も少なからずいるわけですよ。なぜかといったら、よく話を聞いてみると、仕事が楽だからと言うんですよ。ですから一般職になったらとても仕事に耐えられない、私はそう考えるという職員が少なからずいるんですよ。少なからずというより、かなりいるんですよ。
 そういう実態を考えると、雑用に忙殺されている、あるいは事務量が多過ぎるとかというと、事務職の職員は確かに先生、教員とは立場が違うけれども、そのためにある程度使えないのかと。いわゆるマネジメント、学校経営として、学校の職員であることは間違いないんだから、そういう面で補える部分はないのか、そういう工夫はしないのかということがよくわからないんですよ。よその地域でも、すっかり嘱託化しちゃっている市もあるんです。我々も今、半分ぐらいかな、嘱託化しているんですよね。それでも今の事務職は十分なんですよ。そういうところにちょっとわからないところがあるんですね。ですから、それは何も、教員増をどうしてもやらなきゃいけない理由になるのかどうかということ。
 それからもう一つは、小中一貫への取組ですね。今、私どもは不登校児対象の学校を特区で認めていただいてやっているんです。もう3年たっているんですけれども、今も120人ぐらいの子どもがいるんですが、いろいろ話を聞いてみると、小学校で不登校になっちゃっていた子が中学生になって、雰囲気が変わった、環境が変わったから中学校へ行かせよう。親もそう思って、本人も行きたいと思う。それで行ってみるけれども、小学校で不登校になっていたから、小学校を卒業するだけの学力はないから、中学校でもついていけなくなっちゃうわけですね。中学校で、少し戻って小学校の部分をやってやれないのかと言ったら、卒業証書を渡しているんだから、それは無理ですということなんですよ。あまりにも杓子定規ですよね。
 そういうことならばということで、小中一貫の不登校児対象の学校をつくって、八王子には当時600人の不登校児、不登校生がいたんですけれども、今は、東京都は増えているらしいですけれども、本市はかなり減っているんです。100人以上減っているんですよ。そういうことを考えると、やっぱり小中一貫校というのは、不登校児の学校じゃなくても、義務教育の中でももうちょっと積極的な取組をしていいんじゃないかというふうに感じているんです。以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。
 では、陰山先生。

【かげ山委員】
 全体を通して、皆さんの仰っていることはそのとおりだなと思うんですけれども、これを今度、現実問題として学校に当てはめていったときのことを考えてみると、ものすごい戦略性が要ると思うんです。おそらくこれをやってきて、内容は非常にいいんですけれども、やっぱり混乱すると思います。ただ、混乱するというのは、僕は悪い意味で言っているんじゃなくて、混乱したらいいと思っているんです。というのは、新しいものを生み出す段階に来ていると思うんですね。そういう点で、ある面、条件は非常に熟してきていると思うんです。
 それは、この間のPISAの結果ですね。非常に結果は悪かったんですけれども、ある面、非常に説明しやすくなったと思いますね。つまり日本型の、いわゆる知識習得型のA式はよくなっているんだけれども、PISAはBしか問題にしていません。Bの部分はもともと悪いというのがわかっていたわけだから、やっぱり落ちていますよねというようなところでね。今何が起きているかというと、教育もグローバル化を求められている。そうした中で、日本の受験体制の中で、隣の子より、また隣の学級よりも何点取ってというようなことをいつまでもやっていることが、果たして国際的にどうなのかということをはっきりメッセージとして送る段階だろうと思うんですね。
 そういう点で、私は、今回の統一学力テストもA、Bの2つに分けられたというのも大変すばらしい戦略だろうと思うんです。ただ、それが伝わっていないですね。もうちょっときちんとその辺をはっきりとメッセージされたほうが、ものすごくいいと思います。
 そう思います1つの理由は、先ほど佐々木委員さんのほうから説明していただきました、ewomanのサーベイの件なんですけれども、私もこれにかかわってみて非常に驚いたのは、一昔前にあった教師批判というのは全くと言っていいほどないんです。それから、かなり現場の実態についてお考えになっておられるというような点で、こういうところに投稿される方ですから、相当意識は持っておられる方だろうと思います。でも現実問題として、こういう方々が学校現場を支えてくださる中核部隊の方々ですね。そういう点で、そういう方々が80パーセント、教育予算の増額を求めておられるということは、大変大きな変化を生んできているわけだし、その点で、この間、文科省をはじめ中教審のほうでいろいろ努力されてきたことというのは着実に実を結びつつある。
 問題は、これが今度、現場に落ちたときにどうなるかということなんですね。これはかなり私は不安があります。といいますのは、先ほど何度も出ていますように、総合的学習について理解している、理解していないというようなこととか、一方、保護者の中には、うちの子どこの学校に入れてもらえるんでしょうかというのが教育問題になっちゃっている。いわゆる社会の教育問題と各家庭に落ち込んでいった場合の教育問題のベクトルというのは全然違っちゃっているということですね。その間に学校現場、教師は立っているわけですから、教師もそこのところについては相当の覚悟を持って臨まなければいけないというような点で、私はそこのところを何とかしなきゃいけないんじゃないかなと思います。
 1つものすごく気になっていますのは、これは実は内容もそうなんですけれども、どうしても今の日本の教師というのは方法論に走っちゃうんですね。どういう指導法をしたらいいですかとかというので、結果に責任を持たないんです。方法に責任を持っちゃうんです。そのときに、この方法がありますよ、ああいう方法がありますよとやっているうちはまだいいんですけれども、だんだん、この方法はだめです、私の方法がいいですというようなことで足の引っ張り合いが起きてきてしまう。
 私も随分たたかれてきて、またここのところ週刊誌にたたかれていて非常に嫌なんですけれども、そんなことをいつまでやっているんだろうか。昨日、そこにいらっしゃる荒瀬校長先生と話をしていると、堀川高校に対する批判がネット上いろいろ出ている。話を聞いてみると、これは間違いなく教師が書いているなと思うんですね。
 ですから、そこら辺も中教審の中ではっきりと成功例を示しなさいと。また文科省のほうも、全国統一学力で、これは何度もお願いしていることなんですけれども、よくやっているところは、なぜよくやっているのかということを示してあげてほしい。いい実践が公的に認められることによって不要な批判というものもなくなってくるでしょうし、次は自分が評価されるように頑張ろうかというような人も出てくると思うんですね。
 そういう点で、戦略性を持った説明責任というものをもう少し強く、文科省あるいは中教審のほうは打ち出していく、また打ち出していかれるべきではないかなということを強く思います。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。今の例で、本当にやっかみと嫉妬の世界、これは強いですからね。これを何とかしないと、せっかく今回、例えば時間数を増やすというのは、何も教え込みとかたたき込みのために増やすわけじゃなくて、習得、活用、探究という、この3つを大事にしていきましょうというようなことをちゃんとメッセージで出ているんですけれども、それを受けとめないで、何にでも文句をつけるというところがありますけれども、今、陰山先生が仰ったのはよくわかります。何とかPRをきちっとやっていかなきゃいけないと思います。
 ほかに。そうしますと、佐々木先生、土井先生、そして草野先生。

【佐々木委員】
 先ほどはありがとうございました。1つ付け加えますと、6テーマある中で、このテーマが何と3位を走ったということを先ほど言い忘れましたが、ほかにもいろいろなテーマがあるのに3位ということは、かなりの注目度だったということを付け加えます。
 2点あって、1つは、小中一貫というような中学校へのつなぎのことですが、最近私の上の子が中学1年生になったので、小学校6年から中学校1年へのつなぎというのを日々子どもの涙を見ながら感じておりますけれども、やはりここのところは、つながりをもう少ししっかりと考えるというプログラムが重要だなというふうに思っているということと、それと同時に、小学校もさることながら、難しくなっていく中学校での教室の空気のつくり方、つまり先ほどちょっとノウハウの話が出ましたが、ノウハウや教師の力量だの、いろいろな言葉が今までも出てきましたし、いつも使われる言葉ですが、私が感じるのは、学ぶことがおもしろいと子どもに思わせるような空気をつくることが重要だと先生があまり思っていないようなところを感じるんですね。
 ちょっとこれは言い過ぎかもしれませんけれども、教えることに精一杯、正しく教えることや内容を伝えることが役割で、その受け手になっている子どもたちに、どこまでそれをおもしろがらせるか、不思議がらせるか、もっと知りたいと思わせるか。今日はおもしろいことを学習したなとか、もっと勉強してみたいなと思わせるかという空気づくりということまでの、これは忙しいから余裕がないということにつながるのかどうかわかりませんが、教室というのが、教える場というよりも、もっと学びの心、健全な心をつくっていく場なのだということが、学年が上に行けば行くほど忘れられているような気がしておりまして、教員の教育であったり、いろいろカリキュラムの中に出てくるのかもしれませんが、教室の中の雰囲気とか伝え方を少し配慮する必要があるかなと思っています。
 あともう1点だけ、前回も言いましたし、いつも言っているんですが、企業の人々が教育現場に参画するというシステムをつくる。これは、同友会の方ともお話しする機会があったので、詳しく話していきましょうという話をしていたんですが、独身も含めて全社員が、例えば年間3時間は学校または学童にてボランティアをするとかそういったことを、企業が選択したならばできるようにしていくとなると、仕組みをつくる必要があって、どこに連絡すると受け入れてもらえるのかとか、クラブ活動を手伝ったときに子どもがけがしちゃったら、だれが責任を負うのかとか、多分そういう事務的なことに入っていくんだと思うので、多くの人が今、学校に参画したいとも思ってくれていて、それが健全な、あるいはオープンな、多様な目で学校を変えていく力にもなると思いますので、この仕組みづくりには早急に取りかかれるような動きがあるといいなというふうに思っています。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。
 土井先生、お願いします。

【土井委員】
 私のほうからは、2点申し上げたいと思います。
 1点目は、道徳教育のことで、人間としての在り方生き方に関する教育というのが非常に大切で、それを充実させるべきだということには私も賛成でございます。ただ、人間としての在り方生き方ということを考える上で、やはり互いに個人として尊重できるということが重要なんだろうと思います。
 個人として尊重ということを考えると、1つは、すべて人間は人として同じなのだから、人間としての尊厳があるのだということと、しかし、そうはいっても一人一人違うんだから、その個性を尊重しなければいけないという、場合によっては矛盾する2つのことを、バランスをとって大切にしていかないといけないということだろうと思います。
 その意味で、例えば良心というのは、人間としての尊厳、あるいは人間であることにおいて重要だと考えるから、「良心」ということを憲法の中に書き込み、しかし、同時に個性というものが重要だからということで、「良心の自由」ということも書き込んだわけです。道徳として、人間としての在り方生き方に関する教育を行う上には、やはりこのバランスというものをしっかり維持していただく必要があるだろうと思います。
 道徳を大事にするためということで、先ほど来出ているように、教科化する、あるいは教科書化だということになれば、それはわかりやすいといえばわかりやすいだろうと思います。しかし、道徳というのは人の心を取り扱うものですから、わかりやすいからといって画一化したり、単純化すれば、結局心が死んでしまうということになるのだろうと思います。正しい生き方というのはこういうものだと決めて、それを教えて、それが守られているかどうかを四六時中監視すれば、悪いことはしなくなります。しかし、結果として良心は死んでしまうでしょうし、人としての誇りは消えてしまうということなんだろうと思います。
 多様な生き方、在り方というものを包摂しながら、互いに尊重していく上で、共生していく上で大事な人の在り方ということを考えていく、それが道徳だと言うなら、実はこれは我々大人ですら答えを知っているわけではなくて、今の社会の中で我々大人自身が考えていることなのです。だから、与えられた、答えを教えればいいというのではないわけですから、それにふさわしい教育の在り方、教材の在り方というものを、先ほど来、角田委員や安彦委員が仰っておられるような形で充実していただくというのが本筋ではないかというふうに思います。
 それから第2点目は、先ほど来出ている教育の予算等の充実の問題で、佐々木委員からご紹介いただいた資料は、私も子どもが3人おりまして、親として見れば当然の結果だろうというふうに思います。生活が苦しくなってきていますけれども、しかし親として子どものことを考えれば、例えば教育費に手をつけるというのはやっぱり最後の最後なんですね。それはなぜかというと、子どもが大切だからです。予算というものは、ある意味において、この国が何を大切に考えているかということを示すものであれば、大切だと思うところに予算をつけるというのは当然のことだろうと思います。
 その意味で、親といってもいろいろあるのかもしれませんけれども、しかし、子どものことを真剣に考えている親であれば、学校にとっては最大のサポーターのはずだと思います。ただ、そういうサポーターを得るためには、先ほど来出ておりますように、無駄はなくさないといけないし、実際につけた予算が子どもたちのためにどのように使われているのか、どのように還元されているのかということをきちっと示していく必要はあるのでしょう。それがきっちり行われれば、通常親であれば、しっかりやってくれという話になるのではないかと思います。
 東京に来ていて、東京駅を降りますとクリスマスのイルミネーションが大変きれいなです。それはそれでいいと思うんです。ただ、私の地域の公立学校では、非常に灯油の値上げというのが非常に厳しいようで、暖房が十分入れられない。だから子どもに足かけブランケットを持たせてください云々という話が真剣に議論されています。しかし、私はこれは道徳的におかしいと思います。イルミネーションがきれいなのはきれいです。しかし、それが片方で行われていると同時に、なぜ子どもの学校の暖房費というのがそこまで問題になるのか。
 それは見過ごしていいものかどうか、それを考えるというのが本来道徳なのであって、その意味では、大切なものにしっかり予算をつけるのだ、しかし無駄は許さないという方針は、きちっと文科省のほうでご尽力いただければというふうに思います。以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。
 では、草野先生。次、梅田先生、お願いします。

【草野委員】
 先ほど言い忘れたというより、皆様の意見を聞いてちょっと言わなきゃいけないと思ったことがございまして、私も道徳のことを1つだけ言っておきます。
 私は、なぜ教科化という話になるか、全くその理由がいまだにわかりません。検定教科書を使った教科にすれば教員の関心が高まるとかいうのは全く筋違いな話で、今そんなに教員が道徳を軽視しているのかというと、そんなことは絶対ございません。例えばの話、うちうちのデータですけれども、250校ぐらいのレベルでやったところによると、校内研修として道徳の研究授業を行っている学校が全体の67パーセントで、講師を招いて研修会を実施したのは18ですけれども、これから、保護者を対象に道徳の授業を公開している、58パーセント。東京の場合だったらこれは100パーセントです。
 決して軽視しているわけじゃなくて、何とかしなきゃいけない。確かに大人社会の治安が崩れて、これじゃ幾らやってもという声はないわけではないけれども、でも、だからこそ道徳をきちんとやらなきゃいけないんだという声は今、学校では高まっています。これは確実です。
 あと、教材のことを言うと、生徒に買わせた副読本を中心に指導しているのが大体60パーセントです。『心のノート』または各県単位の教育委員会の作成した資料を使っているのが55パーセント、それから、学年ごとに担当者が特別に準備した資料を使っているのが50パーセント、まあ重複がありますけれども。というふうに、様々な教材を使っているし、教師がひとりで教えるんじゃなくて、中には、場合によっては保護者や、その場面に合った関係の人たちをお呼びしてチームティーチング、チームでやっている授業も随分増えております。ですから、決して教科化しなくても、学校は立派に道徳を推進していく自信はございますということは申し上げておきます。
 それから、少し学校、特に中学校に対して誤解もあるようですけれども、先ほど佐々木委員が仰いましたけれども、残念ながら、もしそうであれば本当に申し訳ないと思いますけれども、そういう学校ばかりではないし、でも、もしお子様のこと、学校が気になるんでしたら、ぜひ中に入っていっていろいろ見てください。学校はそうでないと思います。
 黒須委員が言われたんですけれども、暇なやつもいるということなんですけれども、事務量の問題じゃないんですよね、私どもが抱えているのは。事務職員に任せられる事務なんてたかが知れているんです。そうじゃないことがいっぱいあるわけですね。例えば昨今いろいろな調査が入ってきますし、これに対してすべて答えなきゃいけない。それから、特に一番気を使うのは生活指導関係で、例えば昨今の問題で言えば、ブログがどこの学校でも問題になっていますけれども、イタチごっこです。何ぼ指導しても、またぞろサイトが開いている。
 中には誹謗中傷が入ったり、自分の写真が入ったらいかに危険かということがわからない。それも親を呼んで、いろいろな場面で指導する。ところが親が、それがなぜ危険か、どうしてそういうことをしちゃいけないのかというのがわからない。またどうするとかそういう繰り返しで、例えば何か一度やると、学校というのは8時でも、9時でも、10時でも、教員って残るんです。これは当たり前なんです。
 そういうこともあるし、今一番、教員が多忙感というか、モラルが低下している原因というのは、言っても通じない。従来だったら絶対的価値観で誰が考えてもこれは正しいということが通じない子どもが増えてきた。もちろんその親は価値観が全く違うわけですね。そういう親を相手にしなきゃいけない。いじめがあっても、本当だったら大したことないいじめなんていうのは、親が入ってきて、本当に申し訳ありませんと相手の親に謝ればそれで終わりなんですよ。ところがそれが終わらないのは、その親が、どうしていけないということがわからないというか、認めたくない。だから、謝罪しても心からの謝罪ができない。かえってこじれる。これの繰り返しを今、学校がやっているんです。
 そういうことで、確かに教師の多忙感というのは広まったし、部活もありますし、いろいろな意味で格闘しています。一番冒頭に、授業時間の増というのはいかがなものかと私が発言したのはそのためです。でも、今は納得していますし、中学でも校長レベルでは、今回のまとめについては異議を挟む者はいないというふうに、またそのように私も努力して、皆に説明してこようと思います。全教員を納得させるのはまた難しい問題かもしれませんけれども、そういう方向で頑張っておりますので、そういうふうな暗いものではない。前向きに努力しているということは、中学校もお伝えしておきたいと思います。
 以上でございます。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。
 梅田先生。

【梅田委員】
 道徳教育に関しては、私も、7ページに書いてあるように、社会がきちんと模範を示さないと道徳教育はできない、まさにそうだと思います。以前も申し上げたと思うんですが、家庭や学校で精一杯子どもに教育を行っても、まるでざるで水をすくうようなものだというふうに感じております。
 学校を考えますと、道徳教育を行うためには、ある程度の人数が子どもの周りには必要なんじゃないかなと思います。となると、少人数学級というのと少人数指導というのは分けて考える必要があると思います。子どもにとっては、これから社会へ出て、いろいろ活躍するわけですが、一人でしなくてはならないことと皆で協力しなければならないことというのは、きちっと分けて教えていかなきゃならない。そのためには、少人数がすべてという考えでは少し疑問が生じるんじゃないかなと思います。
 また、少人数学級と少人数指導を分けてきちっと考えていくことによって、子どもの教育は優しいものになるだろうと思いますので、そこはしっかり分けて考えていただきたいと思います。
 そのためにも、やはり教員の数は必要です。ただ数だけということでなくて、優秀な先生方が必要です。となりますと、最終的にはそれなりの予算が当然発生してくるだろうと思います。以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。
 ほかにいかがでしょうか。甲田先生、そして角田先生。

【甲田委員】
 包括的な話がずっと続いておりますけれども、1月の答申に向けて、文案みたいなものも当然そろそろ固まりつつあろうかと思います。この1カ月の中でご意見をいただいてきているのですが、現場の先生方も、自分に関係のあるところ、あるいは興味・関心を覚えるところは非常によく読むんですが、そのほかについてはなかなか読む、あるいは読み込むということがないわけです。例えば私にしても、ほかの、例えば今言ったような領域のところをすべて読み込んで、すべて文言から見ているというわけにはなかなかいかないわけです。
 その一例を申し上げますと、例えば中学校の体育、先ほど武道がありましたので、これをとってみますと、実は高等学校は、選択の区切りといいますか、必修と選択を中1と中2で区切って、中3と高1で一緒にしているんですね、選択の幅が。高2と高3でその選択をもっと狭めてもいいよというふうにしているわけですね。そういったことがなかなか世の中ではわかっていないわけですね。つまり体育の場合は、中・高と系列性を考える場合には、2、2、2で切っているわけです。こういうことを1つ例に挙げてもいいと思います。
 その中で、武道の必修をして、その条件整備をしなければいけないということが言われて、大きく新聞にも取り上げられました。そこにかなり世間の目が行っているんですけれども、中3と高1の武道の扱いというのはどうなっているのかということに目を向けますと、実はこれを読んでみると、第3学年における種目の選択のまとまりについては、運動に共通する特性や魅力に応じて器械運動、陸上競技、水泳、ダンス及び球技、武道とし、それぞれから選択して履修することができるようにするという文案になっているわけです。この文案であると、中3ではもう武道を取らなくてもいいという理解になるわけです。
 そうすると、これだとほぼ高等学校も同じですから、中1、中2で武道必修になったんだけれども、中3と高1、高2、高3では武道をもうやらない子、全く取らない子がいるんですよねという話になってくるわけですね。そうすると今までの武道の扱いとは相当に違ってくるわけです。そうなると、基本法で言っている伝統のそういったようなものが中1、中2だけに集中しちゃっていいのかというような意見にどうしてもならざるを得ない。
 つまり私が言いたいのは、1月の答申に向けて、そういったような非常にわかりにくい、あるいはわかろうとしてもなかなかわかりにくいところがあるので、様々な場所で、できるだけわかりやすく、詳しく説明していくことが必要なのかなということをお願いしていきたいと思っております。

【梶田部会長】
 今ご指摘の点については、もうすぐ答申の素案を皆さんに見ていただいて、そこでもう一度検討していただきますが、今のように、解釈を、いろいろなものがあり得るようにならないように、はっきりするように事務局に整理していただくというふうにしたいと思います。ありがとうございました。
 では、角田先生。

【角田委員】
 先ほど天笠先生から、条件整備の中身を丁寧に説明する必要があるのではないかというお話がございました。私も全くそのとおりだなというふうに思っています。条件整備というと必ず、人をつけるとかお金をたくさん出すということになるんだけれども、それは当然大事なことだと思うんですが、人数がついたからといって教育の質が高まってくるのかどうかということあたりは、やっぱり教員養成だとか現職の教員の資質の向上というふうなこととリンクしていかなければ、なかなか条件を整えたといっても効果は上がってこないんだろうというふうに思うんです。
 今、私が学校現場で、少人数指導だとか、小学校で言うと教科担任にするといったようなことが必要だということはわかるんだけれども、同時に、現職教員の資質をどう上げていくかという問題は、非常に大きな問題だろうというふうに思います。そこには、現職教員の10年次研修であるとか、あるいは今度の免許の更新制であるとか、いろいろ入ってくるわけですが、何かもっと、制度ではなしに、普段の生活の中で高められるような弾力的なシステムというものを考えていく必要があるんじゃないだろうかというふうに思うんですね。
 つまり、かつて40年代というと教育の現代化の時代ですけれども、各地区にある教育センターが中心になって学校を結んでいったというふうな時代がありました。それから30年も40年もたっているわけですから、それをそのままやれといったって、今は教育センターがそれだけの力を残念ながら持っていないのが現実だと思うんです。ほとんどが教師の研修ということだけにいってしまっていますから、そこで研究をし、基本的な研究を公表するというふうな力を、研究所自体ではおそらく全国持っていないだろうと思います。
 そこのところを、学校と、それから大学と、研究センターでも研修所でもいいですけれども、あるいは企業だとか商工会議所、それぞれみんなやるのがばらばらなんですね。やる気はあるんです。だけれども、そういうことをつないでくれる組織だとかシステムというようなものがないんです。ここのところをちゃんとしていかないと、学校は学校、忙しくて手いっぱいだよ。企業は、一生懸命やりたいんだけれどもなかなか学校は協力してくれないんだよ。大学は大学で、研究しているけれども、なかなか現場の先生とうまく時間が合わないんだよ。お互いに押しつけ合いじゃないんだけれども、うまく絡み合っていないのが現実じゃないかなというふうに思うんです。
 これから条件整備というときに、ヒト・モノ・カネは当然のことでありながら、もっとそういった大きなところで網をかけるといいましょうか、その辺のところの条件整備をどういう形にしたらいいのか。文科省がやるということは難しいだろうと思いますから、地域の教育委員会になるのか。あるいはそれにかわる、かつての教育センターのようなものができるのか。つくるとすればどういうふうにしたらつくれるのか。その辺のところをきちんと整備し、そしてもう一回、指導主事というものが非常に大きな役割を果たしているということにきちっと照準を当てて、指導主事を事務屋としておしまいにするんじゃなくて、指導行政の、現場と行政をつないでいく非常に重要なポジションなんだということをもう一回認識して、条件整備をしていただけるとありがたいなと。ぜひその辺の条件整備の中身を丁寧にというところをさらに検討しつつ、議論していただければありがたいというふうに思っています。以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。特に今お触れになりました、教育センターにカリキュラムセンター的機能を持たせるということは、80年代にいろいろなところで芽が出てきたわけですね。だけれども、確かに、例えば東京都なんかも教育研究所がああいうふうに研修センターになっちゃいました。昔の80年代の夢を今実現しているのは、京都市の総合教育センターだと思いますね。そういうのを私、今見ていて、ご指摘のとおり、140ページから、これで言うと144ページまでのところですね。それはやっぱり入れていかないと、個人としての教師の問題、それから学校としての取組があるけれども、それをサポートする仕組みをもう少しやっていかなきゃいけない。
 こんな言うとなんですけれども、それを一番初めに始めたのは、私の住んでいる箕面市の教育センターですね。80年の初頭。それを大阪府の教育センターが取り入れて、大阪府がやった。それから大阪市の教育センターがやった。しかし、だんだんそういうようなことが、研修のほうに比重が行っちゃって、先生たちが自主的にいろいろな工夫をすることをサポートするような、例えば指導主事の働き、あるいは資料のそろえ方、あるいはいろいろな指導案なんかをすぐ取り寄せることができるとか、そういう働きがどこも薄れてしまっている。それを、くどいようですけれども、京都市の教育センターはこの数年、もう一度やっている。
 全国的にはそういう、いわば行政としての取組がありますので、これはやっぱり1行入れておかないといけない。1行というか、3行でもいいんですけれども、1つの項目を入れておかなきゃいけないなということを今見ていて思いました。ありがとうございました。
 ほかにいかがでしょうか。天笠先生。

【天笠委員】
 今のにかかわってなんですけれども、やはり私も、今ご指摘のあった138ページから144ページ、今のような観点でぜひもう一度、全体的に整えていただくというか、充実をお願いしたいと思うんですけれども、その中には、条件整備という中には、この種の情報をいかに先生方、あるいは学校にお伝えするかという、それもある意味では、条件整備の中の1つとして大きなウエートを持って位置付けるべきではないかというふうに思っています。
 前回の反省事項が5つありますけれども、もう一つ挙げるならば、情報の伝え方の稚拙さというんでしょうか、それを学校裁量という言葉の中にすべて塗り込んでしまったところに反省すべき事項が、私の見解からするとあるわけですけれども、それを踏まえるならば、条件整備のこの部分にこそ、それを踏まえて、いかにこの内容、中身を先生方、学校現場にお伝えするかという、それのまさに戦略ですとか、戦術ですとか、仕組みですとか、組み立てということについての言及が必要ではないかというふうに思います。以上です。

【梶田部会長】
 現場主義ということがうたわれていますから、本当に現場主義ということになるためには、今仰ったことが必要だろうと思います。
 よろしいですか。石井先生。

【石井委員】
 突拍子もないことを申し上げて申し訳ないんですが、日本は本当に先進国なのかと、日本人は一度考え直してみる必要があるんじゃないかということをこのごろつくづく感じるわけでございまして、先進国の中で教育の予算がこんなに低いとか、皆さんそう仰る。私もそう言います。高等教育の予算がGDP比0.5なんて、アメリカの半分、先進国の中で最低だということを、私は学術審議会では言いました。
 それはそうなんですけれども、実際に日本の社会、あるいは国家というのは、非常にプアな面がたくさんあるだろう。その具体的なことが、1つは、お金を何に配分するかということについての社会的な合意というものがきちんと成り立つような議論がなされていないということ。やっぱりきちんと社会的な議論というものが成り立つ、それで初めて教育の効果というものもあらわれてくるんだと私は思っております。
 その議論を成り立たせるのに一番重要なものは何かといえば、先ほど佐々木委員がご説明くださいました資料の中に出てくる、クリティカル・シンキングの要素というものをどうやって初等中等教育で身に付けさせていくのか、これが一番大きな問題ではないだろうか。私たちこの部会でずっとやってきたことというのは、やっぱり教育課程の改訂の問題である。ですが、教育課程というのは基本的に、これは学校とか先生方に対するアサインメントである。実際に、先ほどつらつら先生方のご議論を伺いながら、この学習指導要領というのを読み返してみたら、やっぱりアサインメントなんですね。そのアサインメントをどうやって実現するのか、それを支えるクリティカル・シンキングをどうやって身に付けさせるかという、それの条件をどう考えるのかというのが一番大事なことなのではないか。そうでないと、絵に描いた餅と申しますか、学習指導要領を幾らいいものをつくっても教育はなかなかよくならないのかもしれない。
 私が実は今一番心配していることは何かといいますと、京都大学の山中教授が開発されたiPS細胞をめぐって、直ちに足の引っ張り合いが学界の中に出てきているということと、もう一つは、あれに対してお金が出るだろう、出たらそこにぶら下がろうという研究者がいっぱい出てきている。その貧しさなんですね。これはもちろん予算が足りないということもありますが、やはり研究者のモラルみたいなものもプアなんです。足を引っ張っている。ES細胞だって必要なんだ、iPSが出てきたからES細胞の研究は要らないだなんてとんでもないと、大きな声でわめく研究者も既にいるんですね。
 それはそうかもしれない。しかし、そういうことを言う必要がないぐらいきちんと議論がなされているということが重要でありまして、iPSができたらすぐにでも血管が再生する、神経も再生する、そういう報道ばっかりで、何かこう、期待感がもてるといいますか、すばらしい研究なんだけれども、そこからすぐ具体的な再生医療の成果が、何でもできそうなことを言う。新聞もみんなそう書く。
 そういうところからくるミスリードといいますか、研究者に対する過大な要求であるとか、あるいは研究者がそれを目がけて、できもしないことをできたと称する。某国でES細胞で問題を起こした教授なんていうのも、実はそういう、日本ではないんですけれども、犠牲者の一人かもしれないですね。
 そういうクリティカル・シンキングというのがきちんと日本社会全体にしみ通っていくということを、どうやったら可能にできるのだろうかということを考えないといけないんじゃないか。これは教育課程部会の次元を超えるかもしれませんので、ぜひ総会のほうでご議論をいただいて、お願いしたいと思います。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。本当に日本の社会はいろいろと自省、自戒しなきゃいけない部分があるということを十分に念頭に置いた上で、次の学校教育のステップを、日本の社会の未来をつくるわけですから、考えなきゃいけないということを、もう一度原点に返って、石井先生にご指摘いただきました。
 今日は大体時間が参ったんですが、皆さんのほうで、これだけはという方はおられますでしょうか。
 よろしいでしょうか。もうかなり教育課程部会でも論議をいたしましたし、またいろいろな関係団体、それから国民の多くの方々からのご意見につきましてもここで報告をいただきまして、我々念頭に置いて、またそれについて意見を交わし合ったというふうに思っております。そういうことで、本日はこのあたりにしまして、そろそろ今度は最終の答申案に向けて、議論を収束させていきたいというふうに考えております。
 それでは次回以降のことでありますが、まず、今申し上げた、収束させていかなきゃいけませんので、皆さんこの場で必ずしも、まだこのことは言っていなかったな、あるいは、発言はしたけれども、再度このことは強調しておきたいなというようなこともおありになるんじゃないかと思います。これを「審議のまとめ」に即して、何ページのどの辺をどういうふうに直したらいい、あるいはこういうことを書き加えたらいいというようなことを、ご意見をいただきたいと思っております。
 ペーパーの形で、郵送かファクスで、申し訳ありませんが、12月17日月曜日までに、皆さんのほうで再度強調したい点も含め、もちろん今日カリキュラムセンター的な機能の話も出していただいて、ちょっと見落としていたかなというようなこともあるかもしれません。というようなことを教育課程課のほうにお送りいただきたいと思います。
 それでは、今後の日程等につきまして、事務局からお願いいたします。

【合田教育課程企画室長】
 本日は長時間にわたりご審議を賜りまして、誠にありがとうございました。
 教育課程部会の今後の日程につきましては、既にご案内申し上げておりますが、まず、来週12月21日の金曜日に、10時から12時の日程で、それから連休を挟みまして、再来週でございますが、12月25日の火曜日、15時から17時、ともにフロラシオン青山にて開催を予定いたしております。年末ぎりぎりまで、先生方には大変お手数をおかけいたしますけれども、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 また、先ほど部会長からもお話がございましたように、「審議のまとめ」に即しまして、ご意見等ございましたら、来週月曜日まで、これも短い期間で大変恐縮でございますが、その後の事務の整理等の関係で、月曜日までにご提出を賜ればと存じます。
 本当に今日はどうもありがとうございました。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。それでは、本日の部会はこれで終わりにしたいと思います。どうもご苦労さまでした。

─了─

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初等中等教育局教育課程課教育課程企画室

(初等中等教育局教育課程課教育課程企画室)

-- 登録:平成21年以前 --