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教育課程部会(第57回) 議事録

1.日時

平成19年6月25日(月曜日) 17時~19時

2.場所

学士会館 「210号室」

3.議題

  1. 到達目標の明確化、学習評価の在り方について
  2. 道徳教育と体験活動の在り方について

4.出席者

委員

 梶田部会長、木村副部会長、田村副部会長、安彦委員、天笠委員、荒瀬委員、市川委員、井上委員、梅田委員、衞藤委員、加藤委員、黒須委員、甲田委員、高橋委員、角田委員、土井委員、渡久山委員、中村委員、増田委員

文部科学省

 結城文部科学事務次官、合田初等中等教育局担当審議官、布村初等中等教育局担当審議官、辰野高等教育局担当審議官、村田高等教育局担当審議官、常盤教育課程課長、上月教育課程担当リーダー、合田教育課程企画室長、森友学校教育官、南野教育課程企画室専門官、望月生徒指導室長、瀧本特別支援教育課長、山下教科書課長、田中主任視学官
国立教育政策研究所
 藤田研究開発部長

5.議事録

【梶田部会長】
 委員の方、今、急いでいらっしゃる方がおられるようですけれども、定刻となりましたので、ただいまから第4期第4回教育課程部会を開会したいと思います。委員の皆様におかれましてはご多忙のところご出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 それでは、事務局から配付資料の確認をお願いいたします。

【合田教育課程企画室長】
 本日はお忙しい中、ご参集いただきましてありがとうございます。それでは、配付資料の確認をさせていただきます。お手元の封筒の中に資料として議事次第、1枚紙。そのあと資料1といたしまして、本部会の委員の先生方の名簿。資料2といたしまして、A3判で今後の検討課題をまとめたもの。資料3といたしまして、到達目標、学習評価の関連の1月にまとめました教育課程部会の審議の状況について。資料4といたしまして、教育課程部会における到達目標や学習評価関係の主な意見。資料5といたしまして、学習評価等に関する参考資料。資料6といたしまして、道徳教育等についての論点案。資料7といたしまして、豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会と関連する学習活動の例。資料8といたしまして、昨年秋にご議論いただきました道徳教育の現状と課題、改善の方向性。資料9といたしまして、同じく特別活動についての資料。資料10といたしまして、1月の審議の状況についての道徳・特別活動の関連部分。資料11として、道徳や特別活動のこれまでのご意見。資料12といたしまして、道徳教育等に関する参考資料。資料13として、今後の開催予定でございます。
 このほか、その次に、本日意見発表いただきます京都ノートルダム女子大学の加藤明先生にご作成を賜りました資料。それから、「こころを育む総合フォーラム」提言書ダイジェスト版。それから、一番最後でございますが、本年6月1日に教育再生会議から出ました第2次報告でございます。当部会に特に関連する事項といたしましては、一番最後の教育再生会議の第2次報告でございますけれども、3ページ目でございます。「1.学力向上にあらゆる手立てで取り組む」とございまして、提言1として「授業時数10パーセント増の具体策」、提言2として「全ての子供にとって分かりやすく、魅力ある授業にする」。飛んでいただいて恐縮でございますが、6ページでございます。2として、「心と体-調和の取れた人間形成を目指す」。提言1として「全ての子供たちに高い規範意識を身につけさせる」。提言2として「様々な体験活動を通じ、子供たちの社会性、感性を養い、視野を広げる」。このほか、飛んで大変恐縮でございますが、14ページには「「教育新時代」にふさわしい財政基盤の在り方」ということで提言がなされてございます。
 以上、本日の配付資料でございます。不足等ございましたら、事務局までお申し付けください。よろしくお願いいたします。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。本日の議事に入ります前に、非常にお忙しい中を、今日はこの会に結城次官にご出席いただきました。最初に、ご承知のように先日、学校教育法の改正、そのほか教育関係の3つの法律の改正が参議院を通りまして成立いたしました。この教育関係の合わせて4つの法律の改正案の成立につきまして、結城次官の方からご挨拶を兼ねてちょっとお話がございますので、お願いいたします。

【結城事務次官】
 事務次官の結城でございます。本日はお忙しいところ、また夕刻にもかかわらずご出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 本年の3月10日に中央教育審議会からいただきました答申を制度化いたしました教育再生関連3法案が先週の6月20日、参議院本会議におきまして可決・成立をいたしました。ここに改めてご報告を申し上げたいと思います。皆様方の大変ご熱心なご審議により、3月に答申をおまとめいただきましたことに改めて御礼を申し上げます。この法案の審議でありますけれども、衆議院・参議院合わせまして100時間を超す大変長時間の審議でございました。これらに関する国会審議の状況につきましては、次回改めてご説明をさせていただきたいと思っております。
 これからこの教育課程部会におかれましては、新たに義務教育の目標を定めるなど、今回改められました学校教育法の規定やこの法案の国会審議の状況を踏まえまして、学習指導要領の改訂に向けましてご審議を深めていただきたいと考えております。今後、皆様方には精力的なご審議をお願いすることになろうかと思いますが、引き続き格別のご配慮を賜りますように、よろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。今、結城次官からお話がありましたように、学校教育法が改正になりました。学校教育法は学習指導要領の親になる規定なわけです。ご承知のように教育基本法があって、学校教育法の中に小学校の目的が書いてあって、そしてそれを具体化するということで、例えば小学校では具体的に何をやるというのが学習指導要領になるわけです。国会の審議の経過を私たちは十分に受けとめさせていただきまして、これを受けとめた上で、教育課程部会には専門家の方々がこれだけお集まりなわけですから、これから具体的に学習指導要領の改訂に向けて議論を集約していく。こういう段階にこれから入りつつあるのかなと。こんなことを思っております。そういうことで、2001年2月からの第1期教育課程部会からずっと議論してきたことを次の学習指導要領という形で結実をさせなきゃいけないわけでして、その中で浮き彫りになってきた課題について一つ一つ意見交換をしてというふうに思っております。
 ただし、教育課程部会、この親部会で最終的には決めていくわけですけれども、ご承知のように16の専門部会でそれぞれ非常に熱心に、しかも専門的、多角的にご検討いただいておりますので、そこにまず最初の段階は投げかけるといいますか、私たちがいろんな視点からの議論をやって、そして専門部会でまたご審議いただいて、それを上げてきてもらって、ここでという形になるというふうに思っております。
 そういう流れの中で、先日、国語力の育成につきまして、言語力育成協力者会議で検討してきたことを報告させていただきました。それによって国語の教育の在り方の今後の工夫といいますか、課題といいますか、これと同時に、国語以外の教科、領域においても言葉の力を重視した取組がこれから不可欠であろうと。例えば算数の記述式の応用問題を解けない人が多いということがよく言われるわけですけれども、そういうことも含めてということでありました。もう1つ、この前、全体の教育課程の枠組みにつきまして、皆さんで意見交換をいたしました。無藤先生と市川先生にお話を出していただきまして、それをめぐって教育課程全体の枠組みについてお話をいたしました。
 本日はもう少し今度は踏み込んで、2つの検討課題を皆さんでご検討いただきたい、論議を交わしていただきたいと思っております。1つは到達目標の明確化、学習評価の在り方の問題であります。これはご承知の、学習指導要領はすべての子どもたちに指導するという最低基準という性格でいくという2001年からの流れがあって、2003年12月26日にはその趣旨に沿った学習指導要領の一部改正の告示があったわけですけれども、こういう中で改めて最低基準を示す目標、あるいはそれとずっとここで論議されておりましたPlan、Do、Check、Actionというサイクルの中に学習指導要領というものをきちっと位置付けていくという意味では評価の問題、Check Actionの問題、これも今日皆さんで意見交換したいことであります。これが第1点になります。もう1つは、これも以前から大きな問題になっておりました道徳教育と体験活動の在り方につきまして、意見交換をしたいと思っております。この問題はいろんな場で非常に多様な、非常に強い意見が出ておりますので、もちろん今日何かの結論を得るということではございませんけれども、豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会でずっと道徳教育と体験活動の問題につきまして議論していただいておりますので、これをもう一度ここで今日はおさらいをいたしまして、どのように焦点を結ばせていったらいいんだろうかということについて意見交換をしたいと思っております。
 本日はそういうことで、到達目標の明確化、学習評価の在り方ということが1点、もう1つは道徳教育と体験活動の在り方であります。この2点につきまして、皆さんで意見交換をしたいと思っております。
 それでは、まず最初に、到達目標の明確化、学習評価の在り方につきまして、皆さんで議論をしていただきますけれども、これまでの教育課程部会での審議におきましても、Plan、Do、Check、Actionという意味での評価であり、あるいはそのための到達目標の設定であったはずなんですけれども、評価者の負担が非常に増えているんじゃないかとか、それからどうしても評価というと知識・理解・技能のことに偏ってしまって、読解力とか、そういう総合的な力の評価が、探究も含めてですけれども、読解力とか探究につきましては目標の設定の仕方も評価の仕方もなかなか難しいのに、これをどういうふうに重視していったらいいんだろうかとか、そういうようなご意見がこの部会でありました。今日はその辺を踏まえまして、皆さんに考えていただきたいんですが、専門的にこういう問題をずっと取り組んでこられました加藤明先生に少しその辺につきまして提言をしていただきまして、それを1つ手掛かりにしながら皆さんからご意見をいただきたいというふうに思っております。加藤先生は教育課程企画特別部会で、この教育課程部会のもとにあります16の専門部会の1つですね、ここでこの問題をずっと議論してこられました。
 ということで、まず加藤先生からお話を伺い、今日は教育課程企画特別部会の主査の安彦先生もいらしておりますので、またその辺もお話ししようと思っております。
 それでは、加藤(明)先生、よろしくお願いいたします。

【合田教育課程企画室長】
 先生、恐縮でございますが、その前に資料をごく簡単にご説明させていただきたいと思います。恐れ入ります。加藤(明)先生の意見のご発表のご参考ということで本日配付させていただきました資料について、ごく簡単にご説明をさせていただきます。
 資料3につきましては、今、部会長から趣旨のご説明がございました。1月にまとめた審議の状況について到達目標、学習評価について、こういった検討状況であると。今、部会長からお話があったとおりでございます。
 資料4を飛ばしていただきまして、資料5をお目通しいただければと思います。資料5を1枚おめくりいただきますと、学習指導要領・指導要録等について一覧表にまとめてございますけれども、一番上が学習指導要領、これについてまさにご議論いただいているところでございます。その下が、法令上、作成・保管義務が学校に課されておりまして、在学する児童生徒の学習、健康の状態を記録するのが指導要録ということになってございます。その指導要録の様式は、その右に書いてございますように、設置者の教育委員会が決めるということになっておりますけれども、かつての教育課程審議会の答申を踏まえて、文部科学省として「指導要録の様式の参考案」というものを提示しているという仕組みになってございます。次の2ページ目が、指導要録の参考様式としてお示ししております、学習評価のフレームワークでございます。まず、観点別学習評価を各教科について1「関心・意欲・態度」、2「思考・判断」、3「技能・表現」、4「知識・理解」、この4つの観点ごとにA、B、Cで評価をするということになってございます。その積み上げの上に、「評定」となってございますけれども、各教科について、各学年末に小学校3年以上は3段階、中学校は5段階で評定するという仕組みになってございます。なお、下の※に書いてございますように、評定につきましては、現行の学習指導要領の施行に併せまして相対評価から絶対評価に改めたところでございまして、このため評価の規準というのがより重要になったことから、国立教育政策研究所で各学校における規準作成のための参考資料を作成して、提示をいたしてございます。
 飛んでいただきまして恐縮でございますが、例として挙げてございます7ページをお目通しいただければと思っております。小学校の社会科、4年生の「ごみのしまつと活用」という単元の例でございます。これは内容のまとまりとしては「地域の人々の健康を守るための諸活動」というものでございまして、上の四角がこの内容のまとまりについての評価規準でございます。この評価規準を踏まえて「ごみのしまつと活用」というもの、そういう単元についての具体の評価規準の例というのが下の四角囲みでございまして、単元の評価規準として、アの「社会事象への関心・意欲・態度」というところでは「自覚をもとうとする」、その横の右の「社会的な思考・判断」では「適切に判断をする」、「観察・資料活用の技能・表現」では「表現をする」、あるいは「社会的事象についての知識・理解」では「役立っていることを理解している」、というような形で、それぞれ単元ごとに評価規準を例として提示しているところでございます。さらに8ページ目には、4観点ごとにこの評価規準をブレークダウンしたものがございまして、「社会的事象への関心・意欲・態度」については、真ん中の欄の上の方でございますけれども、ノート記述や学習カード、発言内容の分析、行動観察などから、こういった関心・意欲・態度を判断するということで、ブレークダウンした規準を例としてお示ししているところでございます。9ページ目は「思考・判断」、10ページ目は「技能・表現」、下の方では「知識・理解」をそれぞれブレークダウンした規準ということで、国立教育政策研究所としてこのような規準例をお示ししているところでございます。
 次に、このような現行学習指導要領の実施と併せて評価の在り方を変更したことについての学校の受けとめでございますけれども、飛んでいただいて恐縮でございますが、23ページをお目通しいただければと思います。「評価方法に関する意識調査」ということで、私どもの方でまとめさせていただいたものでございますけれども、23ページの上に「評価の仕方が変わったことに関する感想」ということで、小中学校の先生方の反応でございます。そのうち2つ目、「日頃から児童生徒一人一人をよく見るようになった」というのが、小学校では右の欄にございますように65.7パーセント、中学校では61.8パーセントの先生方がそういうふうに思うと仰っておられますけれども、他方で、6番目にありますように「教員の評価活動が複雑になり余裕がなくなった」ということについては、小学校では69.4パーセント、中学校では78.1パーセントの方がそうだというふうにお答えになっておられるという現状がございます。
 最後になりましたけれども、25ページをお目通しいただければと思います。先ほど部会長からもお話がございましたように、6月20日に成立をいたしました改正学校教育法の中では30条の第2項という規定が置かれておりまして、そこでは小・中・高等学校等で重視すべきなのは、基礎的な知識及び技能を習得させる、2つ目にはこれら、すわなち基礎的な知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をよくはぐくむ、そして3つ目には主体的に学習に取り組む態度を養う、ということを規定されたものでございます。併せてご紹介申し上げました。
 以上でございます。

【梶田部会長】
 失礼しました。資料3、資料4、資料5、いろんな形でこの問題を考えていただくときのこれまでの資料が準備されております。これを念頭に置いていただきまして、そして加藤(明)先生の資料が出ておりますので、これをお手元に出していただきまして、それでは加藤(明)先生、お願いいたします。

【加藤(明)委員】
 準備した資料の2ページ目をご覧ください。先ほどの説明にもありましたが、先生方あるいは保護者はこのようにとっております。まず、学習指導要領はすべての子どもたちに指導し実現する最低基準、ナショナルミニマムだということであります。学習指導要領を具体化したものは教科書でありますので、教科書はどの子にも到達させなければならないレベルを示したものであり、それができていないときは先生方が責任をもって指導してくださる。そしてどの子にも到達させなければならないレベルに到達したかどうかを評価するために、各学校が評価規準を設定して指導するということになっております。この背景には相対評価から到達評価、いわゆる絶対評価へという流れがあります。そして、評価規準によって評価を行って、到達が不十分なら教え直し、あるいは補充指導をする。ここで指導と評価を一体化して行うということになっております。ただそれで満足せずに、必要に応じて発展学習を奨励する。学習指導要領から「はどめ」をなくしたということは、こういう趣旨であると思っております。そして、到達したかどうかを評価するために各学校が評価規準を設定するということは、言い換えれば、その右に書いていますが、評価規準というのは目標の裏返しでありますので、このような力を付けたい、ここまでは到達したいという目標でありまして、それに向かって効果的な指導が積み重ねられて、その結果を評価するという、先ほどのPlan、Do、Check、Actionですが、このように機能しないと実は意味がないわけです。このあたりがうまくいっていないというのが私の現状認識です。
 そういうことを背景に置いていただいて、1枚目をご覧ください。「評価からみた現状認識」です。まず、指導と評価を切り離してとらえて、評価は通知表の資料取りと。つまり、総括的評価のために行うという位置付けがまだまだ根強い。指導した成果を確かめるために評価を行って、それに応じて指導のフィードバック、あるいは指導の軌道修正を図るという意識がまだまだ弱いんじゃないだろうか。指導のための評価ではなくて、評価のための指導になっているという例もある。先ほどアンケートの結果にもありましたけれども、1時間に4観点すべてを評価するのは大変であるという声があります。4観点すべてではなくて、そのうちの2観点とか3観点というように絞って評価を行うこともありますが、この観点を絞る根拠も方法も明確に把握されていない。活動中に座席表を持って回って、子どもたちが考えている、あるいは操作しているのをチェックして回って、評価をし終えてから、前を向いてというように授業が始まる例も少なくないわけです。どうも通知表の資料取りのために行われているということです。そういう例がまだまだあるということです。
 その次ですが、評価した後の教え直し等がうまくいってない。これはどの子にもここまでといった最低限の学力を保障するという、到達評価、いわゆる絶対評価というのは説明責任ではなくて、実はしっかりどの子にも教えなきゃいけないという指導の結果責任が問われているんだというあたりを、もう少し徹底してもいいんじゃないだろうか。その次の「・」のところですが、「進んで○○に取り組もうとしている」、つまり、「関心・意欲・態度」ですが、それを評価する場合、導入の段階で子どもたちが進んで学習に取り組んでいないということは、言い換えれば、これは場の設定だとか、あるいは先生の揺さぶりも含めて、指導の在り方に実は改善の余地があるんじゃないだろうか。「進んで取り組もうとする」という評価規準を掲げるとすれば、それは言い換えれば、進んで取り組むようにしなければ、次の指導、次の段階に進んではいけないんだという指導の目標水準でなければいけないということであります。「関心・意欲・態度」の評価についても、導入よりは展開、展開よりは終了後というふうに、実は末広がり、尻上がりになっていくものであって、その最終的な段階を評価する。そのような成果を上げるために、それぞれのプロセスで子どもたちの見取りをしなければならないわけです。これは判断力とか思考力といった、いわゆる「○○力」ということについても同様で、1時間ということじゃなくて、見通しを持った少なくとも一単元の中の1時間、1時間を大切にして指導を積み重ね、学期等で区切って総括的な評価をする。その評価が思わしくなければ、また次の学期、あるいは次の単元に持ち越して、課題として認識しなければならない。私は10年研、20年研でアイデアを聞かれたときによく言うことなんですが、少なくとも単元末直前に評価規準、言い換えれば到達目標ですが、それを具体化したような評価問題を作成してもらって、その上で指導に当たってもらってはどうだろうか、評価を単元の指導計画に位置付けることの大切さ、そして、これは教育課程企画特別部会でも話題になっておりますが、評価が指導と切り離されてることをなくすために、学習指導要領とか解説書等に指導と評価の一体化を徹底しましょうということを記述すべきじゃないだろうか、このように思います。
 2枚目に戻ってください。先ほどの真ん中ぐらいですが「到達目標と指導要録の観点別評価」です。これは先ほどの説明にもありましたけれども、現在、教育の目標は「生きる力」だと言われております。文部科学省の方でも、3つの輪によって、知、徳、体を統合して調和した学力が「生きる力」だと説明しています。大変わかりやすくて、先生方もとらえやすいと思います。その中の知の部分を取り出して「確かな学力」と今は言っている。これについては自ら学ぶ力と観点別目標のバランスのとれた学力というふうな説明をずっとされてきました。その中で、その到達目標、あるいは到達目標化する意義は何かといいますと、目標が明確で具体的であればあるほど、その実現のための指導の見通しも立てやすい。単元計画、いわゆる授業設計もしやすい。そして、効果的な指導も行いやすいし、その指導の過程で成果を確認する。評価して、それを指導に生かすということが容易になる。できるだけ目標については到達目標化して、具体的で明確になる方が、それを評価からとらえ直したものを評価規準というふうに位置付ければ、スムーズにいくと考えます。
 ただ、その下に「現行の指導要録の観点と類型」と書いておりますが、現行の指導要録の観点はご存じのように4つありまして、関心・意欲・態度、思考力・判断力というのと、技能、知識・理解の4つに分かれております。いつも日本の教育にとって課題になりますのが、関心・意欲・態度と思考力・判断力、「○○力」というところであります。これは知識・理解、表現・処理と実は性格が異なっています。知識・理解、表現・処理、いわゆる「わかる」「覚える」「できる」というのは、共通にみんながここまではという到達点を設定しまして、比較的、短時間で成果が上がり、その成果が客観的に評価できる目標であります。そしてそれらの成果をあげながら、思考力・判断力、あるいは関心・意欲・態度をどう育てるかということです。これらについては、向上目標とか、方向目標とか呼ばれていますが、みんながここまでというよりは、一人一人の高まりとか広がり、深まりというものを大切にしないとなかなか成果が上がらない目標といえます。例えば作文や読書感想文を書く力等がこれにあたります。これらは本当に大事な力なんですが、漢字が書けるとか、言葉の意味がわかる以上にもっと複雑で高次の要素から構成されておりますので、なかなか成果は上がりにくい。しかしながら実は子どもたちにとっては将来の価値観のもとになるとか、判断力や表現力などの学力全体の根っこになる部分なんですがこれが後回しにされがちなわけです。成果が上がりにくいということと客観的に評価がしにくい。見通しを持って指導の積み重ねをしなければいけない。これは確か昭和33年の学習指導要領あたりから、算数においては数学的な見方、考え方ということが強調されましたけれども、それほど今もうまくいってはいないと思います。思考力・判断力というのはとらえ方が広いわけです。後ろに学問的な背景があって、それをもとにしながら今の目の前の単元の内容に即して、どういう思考力・判断力を育てれればいいかということを洗い出していかなきゃいけない。これが実はなかなか大変なわけです。算数における数学的な考え方にしても、例えば類推だとか、技能だとか、演繹だとか、そもそも数学的な内容をつくり出すような考え方ということもあれば、その結果としてでき上がる統合だとか、式化だとか、集合だとか、そういったもの、それも研究者によって諸説がありまして、それを背景にしながら目の前の子どもに、この単元内容に即して洗い出して、目標化していく。これは先生方にとってもなかなか大変な作業なわけです。そういうこともあって、この思考力・判断力、あるいは関心・意欲・態度というのは、どうもなかなかうまくいっていないと私は思っております。
 それでこの際思い切って、負担感もあるということですから、観点の内容を精選し、到達目標化しやすい、目標として設定しやすい観点に改めてはどうだろうかというのが3枚目であります。
 「到達目標化に向けての方策」ということで、次のような3観点にすれば、到達目標化をするのが容易になるのではないかという提案です。1点目は「学習に取り組む意欲・態度」です。これは自らの学びの力だということもありまして、外せないだろうと思います。もう1つは「知識・技能の習得」です。分けないで1つにしてしまおうということです。実際に指導の場面においては、分離するよりは一体として、統合してとらえた方が現実的であると考えられます。例えばかけ算の仕方がわかるというのは知識・理解ですが、かけ算ができるというのは表現・処理でして、わかっているけれども、できないということで放っておくわけにいきません。この辺のところは一体化し、統合的にとらえて、1つの観点にした方がよい。その次に、そういう知識・技能を習得した後に、それをどう活用するかということで「活用力」という観点にしてはどうだろうか。「活用力」には、思考力だとか判断力だとか表現力とか、あるいは読解力などというのが入りますが、そこに少し説明を書いておりますが、学んだ知識や技能をこのように活用して問題解決を図るんだとか、表現するんだといったように、活用力ととらえて到達目標化していってはどうだろうか。そうすると、指導する内容に応じて思考力・判断力・表現力が到達目標化しやすくなるというメリットがあります。ただし、その背景として、いろいろ学問的な思考力・判断力・表現力等の背景については十分知らなければいけないというのはありますけれども、こういう活用力とした方が目標として設定しやすいということは、指導の効果的な方策を講じやすい。そして、その途中、途中で、あるいは終末段階で見取るということも随分容易になるんじゃないだろうかということであります。
 最後に、それに関連しまして、日本の教科指導というのは思考力・判断力あるいは表現力、いわゆる活用力が伸びない1つの原因として私が考えておりますのは、内容によって系統化が図られているところがあるんじゃないだろうか。例えばこれは1年生の算数ですが、1年生の算数というのはこれ以上直すことができないぐらい大変よく系統ができておりまして、例えばこのようになっております。10までの数というのを教えた後に10までの計算を教えます。数と計算は並進性をとるということを基本としておりますので、ここは繰り上がり、繰り下がりなしであります。その後、数を20までに拡張しまして、今度は計算もそこまで拡張しますので、繰り上がり、繰り下がりが入ってくる。1年生では一番これが大変なところであります。例えば9+3とか、12‐8とかいう、このあたりで大体つまづいてしまって、これが後々尾を引くということであります。その後、今度は数を100、1,000までと拡張しますと、計算も拡張しなければいけませんので、当然そこで筆算が入ってくる。さらに、万、億、兆と、これは4年まで拡張しますが、一応ここで整数は終わる。その間に少数と分数を入れてくるとか、あるいはかけ算、わり算を入れてくるというふうに極めて論理的に系統が構成されているわけです。これはあくまで内容の系統なわけです。このように内容の習得が前面に出て、その内容に即してどういう力、どういう思考力を育てるかと考えていきますので、力そのものの系統が十分に立たない。一方で力の系統を立て、そして内容の系統とすり合わせを図るということも実は大事なことなんじゃないだろうかと思います。フィンランドの教科書を見てみますと、力の系統がうんと前に出て、内容の意味はあまりないんです。そのあたり、両方の系統の統合を図ることが大切だと思います。そして内容と活用力の系統の中でシークエンス、順次性を考えていくことが必要と考えます。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。この問題は皆さん詳しい方もおられるだろうし、それほどでもない方もおられるかもしれませんが、この領域はなかなか奥が深くて、大変な問題ですから、私たちが議論していくときに3つのことを具体的に頭に置いていただきたいと思います。
 1つは、学習指導要領に書くときにどういう言葉で書いたらいいかということです。今までは「○○を扱う」みたいに内容だけを考えていたわけですけれども、この内容を結局は覚えさせたらいいのか、わからせんといかんのか、これをもとに応用が、「活用」と今言われましたけれども、応用ができなきゃいけないのか、あるいはそれをもとにして分析や総合というのはもっと高次な思考までいかなきゃいけないのか、もっと上にまでいかなきゃいけないのかという、今日も加藤(明)先生の言われた3ページの下の方にありますね、こういう二次元で考えて、言葉をどうするか。アメリカだとご承知のように60年代に教育目標のタクソノミー(taxonomy)という形で、言葉をずっと分類しております。知識・理解だけでも200ページ以上、関心・意欲だけでも200ページ以上、技能でまた200ページ以上ということで、その問題が1つあります。学習指導要領の書き方の問題。
 2番目は、指導要録とか通知表は、どういう形でやると一番意味のある学習評価になるんだろうかと。つまり、ただ単なる帳簿をつくるんじゃなくて、子どもにも次の学習へのステップに役立つし、それから先生にも次の指導に役立つし、それから親御さんも子どもがどこまでできるようになったというのがわかるし、というものをどういうふうに考えていくか。これも実は今日の資料で幾つか触れられております。ただ、これは今、みんな先生たちは面倒だという形になっていまして、Plan、Do、Check、Actionの一環に指導要録や通知表がいってないということがあります。この問題、どうせこれもこの教育課程部会で、どういう指導要録の形にしたらいいかということを示さなきゃいけないわけですので、このことが2つ目であります。
 3つ目は、そういうことを全部あわせて、具体的に教育活動の中での評価の位置付けみたいなものです。評価を一生懸命先生方はやられ過ぎますと、毎時間、毎時間、評価、評価、評価となって、評価漬けといいますか、資料集めの授業になってしまう。日本の先生方はとってもまじめなものですから、文科省が評価を大事にしましょうと言うと、そういうふうになってしまう過去がありました。こうじゃないんだと。今日も加藤(明)先生の資料の1ページ目に書いてありますけれども、これは間違いなんです。毎時間やるのが評価じゃないんです。毎時間資料集めをするのが評価じゃないんです。アメリカ、ヨーロッパの今の評価理論の土台をつくったベンジャミン・ブルームなんかは、単元ということで最低限の資料集め、最低限の評価を得るということをずっと言ってきました。逆に言うと本人中心主義。1時間、1時間でどうだろう、こうだろうとこだわり過ぎたら、結局は伸びやかな授業ができないということをずっと言ってきたわけですけれども、この問題ですね。具体的な教育活動と評価の問題ということがございます。
 以上、3点にわたって、加藤(明)先生から主要な問題点を整理してお示しいただいたと思っております。ご質問とかご意見に入りますが、その前に教育課程企画特別部会の方で実はこういうことも議論していただいております。安彦先生の方から一言お願いいたします。

【安彦委員】
 簡単に申し上げます。と言いましても、お手元の資料5の参考資料がありますけれども、26ページのところに昨年9月の日付の配付資料があります。これは教育課程企画特別部会の資料なんですが、27ページの29日の論点に出ている、この部分で、口頭で私が教育課程部会に報告して以来、そこの時点から進んでおりません。
 梶田先生の方から一言おまとめがありましたので、大体それに沿って簡単に申し上げますと、まず1つは到達目標化という言葉、あるいは明確化という言葉につきまして、専門家の方々ですので、教育課程企画特別部会では今、加藤(明)先生からのお話のような目標の種類ですね、分類があって、到達目標という言葉もある意味では目標のタイプの1つであるという認識があります。そうしますと、言ってみれば今お話があったとおりで、目標化できやすい部分とそうでない部分がある。そういうときに到達目標にならない部分をどういうふうに扱っていったらいいのか。とりわけ、むしろ思考力・判断力等という、そちらにこれから目を向けていきたいという時点で、到達目標そのものがどちらかというと、そちらの目標としてなかなかはっきりした形で打ち出せないのでは意味がない。ということで、実はその時点ではこの4月の全国学力・学習状況調査がありましたけれども、そこでどういう問題を出されるだろうかということがむしろ参考になるのじゃないかということで、去年の秋の時点では話が終わっております。加藤(明)先生が先ほど仰られた活用力などは、ある程度そういうことを前提にお話しされたものだと認識いたします。そういう意味で言いますと、目標という言葉、あるいはその明確化という言葉は水準の明確化なのか、目標の種類分けをしていって、はっきりと到達度がわかるような記述にする、行動用語が多いんですけれども、その辺の問題なのかということを今後はっきりさせなければならないのかなということがあります。
 それで、2点目は、これは今、梶田先生が仰られた学習指導要領との関係なんですけれども、教育課程企画特別部会の中の委員の方の間には、学習指導要領そのものをかなり細かい到達目標で記述いたしますと、それを第三者が見たときに、むしろ大きな今までの規制緩和の流れ、目標を大綱化し柔軟にして、現場での裁量を大きくしていこうという方向に対して、逆の効果を生むんじゃないだろうか、あるいはそういうふうに見られはしないだろうかという懸念が出されました。この点は確かにそうでございまして、今、お話があったとおり、梶田先生の2番目の論点と関係しまして、むしろそういう意味では目標記述のところで細かく出すというのではなくて、評価のところで、つまり指導要録その他のところ、あるいはそれに関係する指導のところできめの細かさというものを出していった方がいいんじゃないだろうか。この点は、全体の方向はもちろん到達目標の明確化ということは望ましいし、それが求められているという点では意見が一致しているんですけれども、それのいわば示し方、この点については、学習指導要領の記述の仕方に対する留意を十分にそういう観点からすべきではないかというこえが挙がって、むしろある意味では裏からといいますか、評価の方からその厳密さを追求したほうがいいんじゃないかということが言われました。
 最後、3つ目ですけれども、こういうことを進めていく中で、ある意味では評価そのものの議論から外れるんですけれども、そういう作業をする以上は、教育課程部会で既に議論がされていますように、それを保障する、つまりそれに到達できなかった子どもたちに対する保障をどういう形で具体化するのか。そういうことをかなりはっきりと示さないでおいて到達目標を示したのでは、現場の先生たちもお困りになるだろうと。そういう意味では対応策といいますか、どういう形でどこまで具体化して示すか。その対応策を一方でちゃんと示さないと、目標の明確化をやることの、いわば、趣旨が子どもたちにまで完全に届きませんので、その部分に対する努力をきちっとやる必要があるという意見がありました。これはそのとおりであろうというふうに教育課程企画特別部会のメンバーは認めております。
 大体以上のとおりでございます。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。それでは、今、加藤(明)先生、安彦先生からお話をいただきました。皆さんの方でご質問でも結構ですが、いろいろとお考えのところをご意見等々、ご発言いただけたらと思います。いかがでしょうか。

【角田委員】
 ありがとうございます。大変悩ましい問題なんですけれども、学習指導要領がミニマムエッセンシャルであるということを、現場では非常に重い受けとめ方をしているわけです。先ほど来の加藤(明)先生、安彦先生のお話にあったように、例えば基礎・基本と言われるような、あるいは知識・技能といったようなところについては、目標も非常に明確に出しやすいし、評価もしやすいということは、それは指導もまた繰り返しでやることができるという形でいいわけですけれども、思考力・判断力といったようなところについて、指摘があるようにこれから非常に重要だと言いながら、そのことについてなかなか到達目標がしっかり書けないということと、本当に到達できるのかどうかという問題ですね。つまり、そこでCを付けてしまった子どもについての手立てをやらないで、今、手をこまねいているという状況のところがあるわけです。ですから、ここのところを、ミニマムエッセンシャルだということは言ってしまったわけですから、これは絶対やっていかなきゃいけないんだけれども、この思考力・判断力等についての到達目標の記述の仕方ということを相当工夫し、なおかつその後のフォローアップをしていかないと、「指導と評価の一体化」って言葉で言うと簡単なんだけれども、現場としてはそんなに簡単に一体化できない。ドリルだけだったらば、それはできるかもしれないけれども、思考力や表現力を伸ばすということはそんなに簡単にできることではない。Cの子どもという言い方をしてはいけないけれども、Cの評定をつける前の段階でどうそこをせめてBの基準のところまで持ってくるか。この手立てを考えていかなければならない。これがものすごく難しいところだなというふうに現場では感じています。
 と同時に、国立教育政策研究所の方から評価規準が出されたんですが、この規準がものすごい膨大ですよね。さらに、学校ではこれは1時間、1時間やる必要はないと言いながらも、しかしその授業でどこで子どもがつまづいているかということを考えていったときには、ある程度1時間、1時間の評価の規準みたいなものをつくらざるを得ない。そうしないと、すぽっと抜けちゃったのが、単元の終わりになってからやっと気が付くというふうなことになってしまうわけだ。この評価のことについては本当に時間はかかる、労力はかかる、そして先生方が責められる。非常に悩ましいところだということ。なかなかどうしてほしいということが言えないんだけれども、到達目標を特に思考力・判断力のところでどういうふうに具体的に示せるか。そして、それが到達できなかった子どもにどういうフォローアップのための条件整備ができるのか。その辺まで考えておかないといけないというふうに思いました。
 以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。これが本当に大事なところで、大体日本の教育というのはあんまり評価は考えない。成績は考えますけれども、何がわかったとか、どういう力が付いたというのはあんまり考えない教育なんです。一生懸命やればいいという感じがあったわけですけれども、これができるようになったかとか、こういう力が付いたかということにこだわるようになって、今度は逆にそれにこだわり過ぎてがんじらめになっちゃっているところがあるだろうと思います。国立教育政策研究所が出した参考資料で、今の学習指導要領についてどこまでやれればいいかというのを示したものがありますけれども、あれを例えば私の知っている長野県なんかの諏訪湖周辺の小中学校は、あれの5倍、10倍の厚さのものをみんなつくってやると。そうすると、それをつくるだけで疲れ果てるんです、授業どころじゃなくなるんです。ですから、そこのところの誤解をどうやって解くかということも含めて考えなきゃいけない。ですから、1時間、1時間ではないんだということが1つあります。それからもう1つは、知識・理解、技能と思考力とか表現力、関心・意欲とか、目標といっても目標のそもそもの示し方が違うんだと。ご存じのようにこれがわかったということについては、わかったかどうかについてきちっと目標はできますけれども、これについて例えば演繹的な思考ができるようになるということにつきましては、シンプトムといいますか、特徴は記述できますけれども、きちっとはこれはできません。だから、向上目標とか、そういう言葉で呼んでいるわけです。ですから、そこのところも、昔の第二次大戦の時の向上目標の考え方がまだ日本でははやり過ぎているんです。そういうことは60年代に本当は克服されたはずなんですからね。
 ですから、私は、この教育課程部会で現場ががんじがらめにならない、しかし、Plan、Do、Check、Actionというサイクルが回るような工夫、あるいは方向付けをやらなきゃいけないなと。どっちにもなっちゃいけないと思うんです。無評価、頑張ってやればいいという精神主義でもいけないし、片方で事実はきちっと確認しなきゃいけないというのでやり過ぎて、授業どころじゃなくなる、教育活動どころじゃなくなるという本末転倒にもなっちゃいけない。この中間のところにきちっとした在り方があるんだろうと思っておりますが、今、現場の悩みを語っていただきましたので、そういうことも十分念頭に置いて、この論議を進めなきゃいけないなと思います。

【高橋委員】
 ありがとうございます。加藤(明)先生のお話を承りまして、感想のようなことですが、全般的に3つほどお話をさせていただきたいと考えております。
 最初の1ページ目でございますが、確かにご指摘のようなことはあろうかと私は思っておりますけれども、いずれにしましても国立教育政策研究所から出されていることについて、これは国立教育政策研究所の専門的な研究家の方がここまで出されたわけですけれども、学校の教員という必ずしもここまでの専門家ではない者がこれだけのものをつくって云々ということについて言うと、これは事務量から考えても相当なことになってしまうんです。なおかつ日々の授業の中でそのことをやっていくということですから、これにかかわる負担というのは当然のことながら現実に相当な負担になっています。私は、指導と評価の一体化ということについて、教員がその趣旨について理解していないというふうには思っておりません。ただし、そのことをやっていくだけの時間、これをどういうふうに確保するのかというところが、私、校長としても極めて重要なことになっている、これは言えると思います。私は中学校でございますが、教員の持ち時数は、総合的な学習の時間などが入ってきておりまして、従前に比べますと明らかに増えております。しかし、一方で、学校週5日制になっているわけですから、週当たりのコマ数は減っているわけで、相対的にも増えてきております。そういう中でこのことをやっていくということは容易ではない。例えば補充学習、補充指導、または発展学習ということがありますけれども、これをいつ誰がやるんだということになるんです。本校は小規模校ですから、各教科は多くて2人、普通は1人です。その教員が3学年教えているわけで、そうすると体が1つで、これをいつどうやって教えるんだと。実際のところ、なかなか教えようがないわけです。1年生はいる、2年生はいる、3年生はいる。こういう状態なわけですから。そういうことについて条件整備は必要なところがありますので、ぜひお考えいただきたい。
 今、急に条件整備の話にいってしまったんですが、私はこのことについて学生のボランティアの協力を得て、教員が主担当となって、協力を得て補充指導に当たる、長期休業日とか放課後の指導に当たるということをしてきたことがございます。このことについて言えば、ボランティアということではあるけれども、何がしかの予算措置があって、そうした取組ができるというようなケースもありますし、現実には何の予算措置もなくて、校長と学校の創意工夫、才覚でやりなさいというところもあります。こういうようなことも実施に当たっては必要なところですので、まず時間を生み出すこと、それからその時間を使って指導に当たるということとそのための条件整備、こういったことをぜひお考えいただきたいというのが1つ目でございます。
 それから2つ目でございますが、2ページ目のことについてでございます。第3期教育課程部会の審議状況のまとめでしたでしょうか、冊子があるわけですが、その中で教育課程編成・実施に関する現場主義の重視ということがあって、そこに学習指導要領はすべての子どもに対して指導すべき内容を示す基準であるということが明記されております。指導すべき内容の基準という考え方なんだろうと思います。ただし、そうは言っても同じところで到達目標の明確化ということがあって、すべての子どもが必ず身に付けるべき項目の例をわかりやすく示す云々という記載もまたあるんです。そうしたことを考えたときに、到達目標というのは指導の方向性であるとか、努力の目標ということで考えていくべきで、学校には様々な背景、事情、それから能力というんでしょうか、そういったような生徒がいるわけでございますので、そうした生徒に対してどう指導するのかというところは極めて重要なことなので、そうしたところの配慮事項、あるいはそうした生徒に対する指導の在り方についてもあわせて記載していただきたいなという思いは強くございます。このことが2点目でございます。
 それから3点目ですが、3ページ目、到達目標化に向けての方策について、このようにお考えをいただいたことについては、私、大変勉強させていただきました。こうした形で進めていただければ、学校、教員としても大変ありがたいところが多いのではないかなと思った次第でございます。
 これは全く、今日お話を承っての私見ということになるんですが、同じくこれまでの教育課程部会の審議の中では習得型、活用型、そして探究型という3つの学習の型で考えていこうということがあったかと思います。このことについて当てはめて考えてみたときに、どうなるんだろうかというところが感想として思ったところです。できれば意欲や態度のことも含めまして知識・技能の活用力、あるいは探究力というところで整理できるのかできないのか。余りにも大胆な感想かもしれませんが、そういう様々な可能性等お考えというんですか、またご意見等を拝聴させていただければ、私としてはありがたいかなと思っております。
 以上でございます。本当にどうもありがとうございました。

【天笠委員】
 これまでのご説明と議論とちょっとトーンが違うことになるかと思うんですけれども、2点申し上げさせていただきたいと思います。
 私は今回の学習指導要領の改訂、全体としての私なりの問題意識は、複雑化したカリキュラムをどうシンプルにしていくか、単純化していくかということが大きなテーマだと思っています。ご承知のように選択教科ですとか、総合的な学習の時間等々が入ってきて、これをどう現場の学校生活になじむというんでしょうか、そういう形にシンプルにしていけるかということが課題なんだと思っております。そういう流れからしますと、学習指導における評価というのは、そういう観点から見たときにシンプルにならないものなのかどうかということで、既にご説明いただいた、あるいはこれまで開発された、そういう資料はそこに至るための途中段階という意味ではやむを得ざるものとして、そういうところを通過しなければそこへいかない、あるいは途中経過が今ご説明いただいた項なんだと。これらをもう少しリファインしたりしていくと、もう少し現場に届くときには、授業者の立場からすると見て大変使いやすいものになっていたりですとか、あるいは非常にやりやすいものになったりという、そういう視点が必要なんじゃないかと思います。例の分厚くなるとか、あるいはこの間の現場からのこの点に対するリアクションというのは、大変さということが私個人には伝わってくるようなところがあって、そこをどういうふうにしていくのか。そういう意味では、この場においてはもっと議論を複雑にしなくちゃいけないのかもしれませんし、もっと詰めていかなくちゃいけないのかもしれない。ですから、その複雑さはここではそれを受けとめるにしても、それを現場へ伝えるときには、もっとこのところはある意味でシンプルにしていくという課題を我々は背負っているんじゃないかというふうに思います。具体的に何をどうしたらいいかと言われるとちょっと困っちゃうんですけれども、それが1つあります。
 それからもう1点は、今日の話は授業における評価、あるいは単元における評価、指導計画におけるということですけれども、それはさらにカリキュラムの評価であるし、さらに学校評価という、ここら辺まで見通した全体の構造の中での1時間の授業なら授業の評価という問題意識を持っておくことが、改めて問われているのかなと思うんです。これまではどちらかというと1時間の授業の中、1つの単元の中、あるいは内容とか、方法というところで、この話を詰めてきたところがあるんじゃないかと思うんですけれども、もう少し学校全体の組織運営とか、カリキュラム全体とのかかわりということも大切にする必要があるんじゃないかというふうに思います。
 以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。非常に大事な点をご指摘いただきました。非常に誤解があって、評価というと項目がわあっと出てくるんですね。今、大学の中期目標、中期計画の評価をさせられて、何百もあってという、どこか日本の評価というのは今間違ってとらえられているなと思う。ミニマムなもの、エッセンシャルなものなんですね。ですから、現場に届いたときはいろんなことをやるんだけれども、活動としては。あるいはいろんな指導の思いを持ってやるんだけれども、最低限、最小限、これだけのことはどうしても欠かすことができないな、これはどうだろうかということだけを問うのが評価のはずなんです。ですから、そういうミニマムで、エッセンシャルなものということで、今、天笠先生が仰ったように、現場に届くように何とかしたいなと思います。

【中村委員】
 これは子どもに対してといいますか、子どもが到達したかどうか、習得したかどうかということで、片方では教員がやっているわけですから、個人差がありますけれども、A先生は非常に指導がいい、B先生は悪かったと。これは結果的にどこまで保障するかという問題はありますけれども、教員評価に最終的にはつながっていく。今、お話があったように、学校評価にもつながっていく。そういう観点をぜひ入れていただいて、あまり細かく具体的にやると、あの先生はだめなんだと。例えば通知表でCがついた、こういう指導をしますよと言うけれども、2学期になっても全然よくしてもらえないと。こういうことになりますので、その点もぜひご検討いただきたいなというふうに思います。

【甲田委員】
 質問でもあるかと思うんですけれども、それぞれの学校で行うというのがいわゆるナショナルミニマム、あるいはスタンダードになり得るのかということがございます。そこが一番大きな疑問であります。例えば増田先生はお走りになりますけれども、A校で50メートルを男子は7秒8で走る、みたいなふうに決めますね。B校は一定のリズムを保って50メートルを走ることができること。C校は、自分のトップスピードで安定して50メートルを走り切ることができる。例えばこういうA、B、Cをやる。これはミニマムになっていかないですよね。それが1点です。
 もう1点は、単元ごとに単元が終わる前に定性的な評価のためのテストを行う。これをやると、例えば5から8ぐらいの時間数を設定していただくとして、そのテストの期間、あるいはその後の補充の時間、これは単元計画の中には入っているものの、計画はできるんですけれども、単元そのものの学習は圧迫されるわけです。そうすると、内容を少なくするか、あるいは時間数を増やすか、どっちかしかないわけです。この辺についてお教えいただければと思うんですけれども、あるいはお教えいただけなければその辺を考えていかないといけないということでございますが、どうでしょうか。

【加藤(明)委員】
 カリキュラムの最小単位は単元ですから、単元で積み重ねていかないと力はつかないと思っております。先ほどの話、私はそういう単元終了直前のテストとその後の補充及び発展は、単元計画の中に組み込まなきゃいけないと思っています。組み込んでいくとどうなるかというと、時間数が足りなくなるじゃないかという心配がありますが、現行のどの社の教科書を見ても随分少なめにつくってあります。精選してあります。したがって私は足りないということはないと思います。仮にそういうことになれば、今度は私たちが年間計画を見てたっぷり時間を使うところと、少しかけ足でいいところを判断していけばいいわけです。教科書というのは商品ですので、1ページ、1ページが単位になっていまうす。だから、よくよく見れば1時間がスカスカのところもあれば、うんと詰まっているところもあるわけです。この辺は、本当は単元単位に私たちがもう一度単元計画を立案する力を付けなきゃいけないと思います。そして単元計画を組んでいって年間計画になり、天笠委員が仰るようなカリキュラムになっていく。この辺の見通しを立てれば、私は十分できると思っています。また一緒に考えていきたいと思います。

【梶田部会長】
 ちょっと今の甲田先生のご質問で、ナショナルミニマムとの関係だけ申し上げておきます。
 私は本当に最小限のものしか学習指導要領では、今の50メートルをどう走るかで、例えば3つの考え方があって、もしどこの学校でも北海道から沖縄までこういうことだけは欲しいよねということがあれば、それは学習指導要領に書き込んでおかないといかんと思うんです。ただし、そういうことは踏まえながら、あと非常に体育に一生懸命力を入れている学校があれば、プラスアルファの目標があり、プラスアルファの活動がありというのが自然じゃないか。これが最低基準ということの意味じゃないかなと。したがって、国が示す一番ミニマムでエッセンシャルなものと、それから都道府県もいろんな形で指導のための指針を出されます。その中に若干それを膨らませたような本県独自のというのがあったりして、あるいは市町村で本市独自のというのがあって、そして一番最後、一番具体的なものは学校だろうと。学校が自主的に目標を設定していく。ただ、そこに国が示したものはきちっと踏まえられているということにならなきゃいけないのかなと思っておりますが、ここで一番大事なのはたくさんにならないようにと。いずれにせよ学校に届いたときにたくさんになると、これを追っかけているだけで大変になりますので。と思います。
 今日は先ほど安彦先生も仰ったように、久しぶりにこういう問題について議論しましたので、なかなか議論が尽きませんが、今出てきた皆さんの幾つかのご意見は本質的なところにかかわってきたと思っておりますので、今日はある種第一読会みたいなもので、また改めて議論をしていきたいというふうに思います。
 それでは、引き続きまして、道徳教育と体験活動の在り方について審議していきたいと思います。道徳教育につきましては、第3期教育課程部会の審議の状況にいろんな提言がされておりまして、これは今日資料としてまとめられておりますので、後で事務局から少しそれをおさらい的にご説明いただきます。
 その前に、「こころを育む総合フォーラム」というのが皆さんのお手元にあると思いますが、遠山元大臣が主宰されました会がございまして、ここでこの道徳教育あるいは体験活動について提言をしておられます。これに関係されました市川先生の方から、まず最初にこの内容についてご説明いただきまして、そして先ほど言いましたように、事務局から第3期の状況についてご説明いただいて、そして皆さんからご意見をいただくというふうにしたいと思います。
 じゃ、市川先生、お願いいたします。

【市川委員】
 「こころを育む総合フォーラム」ということで、提言書ダイジェスト版というものと、それから「こころを育む総合フォーラムからの提言」という、本の形になったものがお手元にございますでしょうか。これは今、梶田先生からご紹介がありましたように、元文部科学大臣の遠山敦子先生が呼びかけ人となって主宰されているフォーラムです。現在は松下教育財団の理事長という立場から、この活動を主宰なさっています。私自身はこのフォーラムのメンバーではなくて、事務局のお手伝いをしているというような立場です。全部の会に出席したわけではありませんけれども、この議論をまとめたり、それから私も1度だけ地域教育に関することで、ゲストとしてこの会に呼ばれて発表したことがありますが、全体としてはこのフォーラムの裏方の仕事をやっていたということになります。遠山先生は私がお会いしたときに、どういう趣旨でこれを始めたかということを仰っていました。お手元のダイジェスト版に「設立趣旨とその活動」ということが書いてあります。現代社会では「こころを育む」環境づくりに取り組むために、広く意味ある提言を行っていきたいという趣旨で、平成17年4月18日にフォーラムが成立されたということがあります。遠山元大臣は自分が大臣をなさっていたころ、2つ大きな問題があって、1つは学力向上という問題。それについては随分、「学びのすすめ」をはじめ、もう一度学力向上ということを基本的なところから考えたいということで、いろんなプランを立ててこられました。もう1つの柱がこの「豊かなこころを育む」ということだったんですが、どうもこれが自分としても少しまだ足りなかったような気がするということを仰っていました。非常に難しい問題ですし、どうも十分手が届かないという面があって、また国の立場、公の立場ですと、どうもやりにくいこともたくさんある。むしろ民間の立場に立っていろんな企業とか、社会のいろんな方々に呼びかけて、そこからいろんな活動をしていく方がやりやすい面もあるのではないかということで、あえてこのテーマを追求したいんだということを仰っていました。ここに、今の第2段落にありますけれども、経済界、学会をはじめ民間における英知を結集して、遠山元大臣の呼びかけで各方面からのメンバーに参加を求めた。16名のメンバーの方はここの写真にありますけれども、呼びかけて入っていただいたということです。メンバーも実にいろんな考えの方がいらっしゃって、あまり1つの考え方に基づいて、そういうある立場の人だけを集めるという形にはむしろしたくない。いろんな方面の方々、いろんな考えを持った方々に来ていただきたいということで、声をかけたということがありました。それから、第3段落ですけれども、ブレックファースト・ミーティングという形で、合計18回の会議が行われています。要するに朝御飯の時に集まってほしいということで、朝8時から、その前に食事をさっと済ませて、その後にこのミーティングで議論をして、忙しい方々が多いので、大体10時とか10時半には解散して、その日の仕事へという形で会合が開かれました。最終的にこのブレックファースト・ミーティングと2回の大きなシンポジウムを開いて、提言としてまとめたということがあります。
 「提言の要旨」というのはここに出ていますが、側面としては家庭・学校・地域、さらにもう少し広く企業、メディアとか社会一般それぞれに対しての提言をまとめたというものになります。家庭については家庭という場所を見直そうと。家庭の中で心が育まれるというのはもちろん一番重要な基礎となることですので、まず家庭について。これについては議論と、それから専門家をお呼びして、いろいろな新しい知見なども伺った上でまとめています。大きな方針が5つ、具体的なものが7つ、こういう形にほかの提言もなっています。詳しくはもう1つの本の方に出ています。学校ですけれども、学校についてということで、また5つの基本的な考え方と7つの問いと。「問い」という形にしているのは、あまり提言という形で、こういうことをしましょうということよりは、こういうことができているのかどうかを一緒に考えていきましょうという趣旨にしたかったので、「問い」という形で、あまり押しつけがましくならないようにという配慮だと思われます。それから、3番目が地域社会ということです。地域社会でどういうことができるか。4番目に、社会における企業とかメディアということについても、ぜひこういうことを考えていただきたいと。
 詳しくということになりますと、提言書の方を見ていただければと思いますが、どんな形になっているかというところだけざっと見ていただければと思います。提言書の方は目次があります。目次が4ページに出ています。
 「はじめに」と「序文」がありますが、ここには趣旨というか、全体のトーンですね、これをまとめるのに座長の山折先生は非常に苦労なさったと思います。かなりいろんな考え方がある中で、どうやって全体のトーンをつくるかと。特に13ページを見ていただきますと、要するに日本人としてのアイデンティティーといいますか、思いやりのある日本人とか、こういうことがいろいろ出ています。改めて私たちが日本人であるということを誇りに思って、考え直そうというトーンがあります。今、忘れられそうになっているようなことも、改めて日本のいいところとして考えていきたいと。しかし、かといってあまり復古調にはしたくないと。ここら辺が難しいところで、日本人としての在り方を考えながらも若い人にも十分響くような提言にしたいという趣旨が1つあります。そして、全体としては、15ページから出ていますが、15ページから一、ニ、三というのがあります。「こころを育む」ということを考えた場合、ここに「殺すなかれ、盗むなかれ、偽るなかれ」というような、どこの国でも基本的な規範として出ているようなこと、これをしっかりということはもちろんなんですが、2番目には人間が人間らしさを取り戻すための普通の生活を大切にする。生活習慣にかかわるようなことがあります。そして、16ページに三というのがありますが、社会とか他人とのつき合い、あるいは公共というようなことですね。そのようにだんだん広がっていくようなことを考えていきたいということがあります。規範と基本的なライフスタイル、そして生きるための知恵と社会の中でそれをどう生かすかということで、提言の骨子をまとめました、ということが書いてあります。
 あとは本文として22ページから、先ほどの家庭・学校・地域、あと企業、メディアなどを含めた一般社会ということで詳しく書いてあります。これが74ページまでずっとございます。
 75ページからですが、それまで全体としての意見といいますか、最大公約数的なことをわりと書いてきたので、各委員としてはもう少し自分ではこういうことを強調したかったんだということがきっとおありでしょうということで、それぞれの委員としてはこういうところにこだわりたいということを2ページずつ書いてあります。16人の方それぞれの自分の主張ということが出ています。これが106ページまであります。
 このメンバーを見ていただきますと、教育再生会議に入っている方がぽつぽついるなということもお気付きになるかと思います。実際にはフォーラムができた方がずっと先です。再生会議の方が後からできてきたので、何も再生会議に入っているメンバーをこのフォーラムに呼んだということではありません。むしろ逆にこのフォーラムの中から何人かの方が再生会議の委員としても、別にフォーラムだからということには全然関係ないと思いますが、共通する方、メンバーも出てきたということです。
 110ページからはフォーラムの設立から提言までということで、毎回のブレークファースト・ミーティングでどんな議論があったかということがまとめてあります。特に途中からは少しその分野の専門家をゲストとして招いて、第8回は家庭のこと、第9回は学校のこと、第10回は地域教育のことということで、ゲストを招いて話を聞いた上で議論を進めたということがあります。その後まとめをつくって、まとめについてまたいろんな議論を行ったと。シンポジウムというのは数百人の方が来てくださる大きなシンポジウムでしたが、そのことが123ページ、124ページあたりに書いてあります。それで、最終的にこの報告書を発信したということになります。
 現在ですが、この報告書をぜひ出しっ放しにしたくないということで、一番力を入れられそうなところはどこかということで、地域教育ではないかという話が出ています。家庭の話というのは大事なんですが、なかなか外から入っていくことがしにくい。これは多分、文部科学省も同じだと思うんですが、家庭は大事だと言っても、なかなか親を変えることは子どもを変えるよりある意味では難しいので、入っていきにくい。それから、一般社会を変えるというのも非常に難しいことです。それからまた、学校は行政がかなり中心になって考えていらっしゃる。そういう点からいうと、地域教育のことというのがあまり予算も十分つかなかったり、それから入っていきにくかったけれども、入ろうと思えば入れるということで、地域教育についてすぐれた実践をいろいろ集める、ホームページなどを通じて紹介する。そこにこのフォーラムとして財政的な支援なども考えていきたいということで、今、活動がまず地域教育からということで始まっているところです。
 私の方からの報告は以上なんですが、こういうものがある意味では「民」からも出てきて、こういうものとうまく連携しながら国のやる道徳教育というんですか、こういう「こころを育む」ということとうまく連携がとれて、子どもにとって「こころを育む」環境ができればという趣旨だと思いますので、以上、私の方からこういう動きについてご紹介させていただきました。ありがとうございます。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。この問題は、教育というとまず道徳が語られるということ、これは江戸時代からなんですけれども、特にこの60年はずっと教育問題、いつも道徳が語られて、にもかかわらず企業による偽装や国民を欺くような事件が起こってくるわけだし、あるいは年金の問題もあるわけだしという、こういう中で随分、第3期教育課程部会の豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会にご苦労をいただきました。ただ、道を説けばいいというわけではなくて、どうやったら子どもたちが本当に実感に基づく規範意識を育てていくんだろうかという、人前で上手に物を言うのでなくてということで苦労していただきまして、以前にもこれについて一応ご報告はいただいておりますけれども、もう一度我々の教育課程部会で、今日はもちろん結論を出すわけではありませんが、この問題は非常に重視して取り組んでいかなければいけませんので、これのおさらいということも含めまして、事務局から第3期の教育課程部会での論議のまとめを、すみません、お願いいたします。

【森友学校教育官】
 それでは、ごく簡単にご説明をさせていただきたいと思います。
 道徳教育の在り方などにつきましては、これまでも教育課程部会におきましてご審議をいただいてきております。その主なご意見につきましては、資料11におまとめをしております。例えばその中では小学校低学年でのしつけ、高学年になるに従って自己と他者の価値観をすり合わせて社会における判断力を養っていくこと、これは1つ目の○でございますけれども、そういったご意見ですとか、あるいは道徳教育の内容につきましては、4つ目の○にありますように、倫理を規定する法を体験的に学ぶこと、コミュニケーションスキルなどを含めた心理学的な内容の理解があってもいいのではないか。あるいは2ページ目の3つ目の○にございますように、道徳の時間が形骸化をしており、発達に即した指導をどうするのかが課題といったようなもろもろのご意見があったわけでございます。
 資料6に論点案としてお配りをさせていただいておりますけれども、これにつきましてはこのようなこれまでの教育課程部会におけるご意見、あるいは昨年9月に豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会から教育課程部会に報告されました道徳、あるいは特別活動の改善の方向性に係る検討素案の資料、本日の資料8と資料9の内容でございます。あるいは先ほど来、部会長が仰っておりますけれども、資料10の審議の状況についての道徳教育関係の抜粋がございますが、そういったものを踏まえまして、論点案としてお示しをしているものでございます。
 論点につきまして読み上げさせていただきますと、四角囲み内でございますが、「道徳教育の現状と課題、改善の方向性(検討素案)」においては、道徳教育の課題として1道徳の時間の指導が形式化して実効が上がっていないとの指摘、2学年が上がるにつれ児童生徒の受け止めがよくないことから、発達に即した適切な指導が行われるよう改善することが挙げられている。「検討素案」においては、例えば、1小学校では、基本的な道徳的価値観の形成を徹底、2中学校では、人間としての生き方についての自覚を深める指導を重視、3高等学校では、人間としての在り方生き方に関わる問題について議論し考えなるどしてその自覚を一層深める指導を重視など、指導の特色を学校・学年段階ごとに明確に示すことが、挙げられている。「第3期教育課程部会の審議の状況について」(第3期の審議状況)では、改正教育基本法等を踏まえ、規範意識の確立の根底となる道徳教育の内容・形式両面にわたる見直しについて検討を進める必要があるとしている。
 その上で論点1といたしまして、「検討素案」の指摘を踏まえて、より効果的な指導を進めていくためには、例えば、1基本的な道徳的価値観として徹底をする内容(約束を守る、人を傷つけないなど)、2指導を通じて自覚を深めていく内容(自己の向上を図るなど)の内容の性質に応じて、指導内容・方法の充実を図るべきと考えるが、どうか。
 論点2といたしまして、「検討素案」や「第3期の審議状況」の指摘を踏まえて、より効果的な指導を担保していくためには、教育内容の設定、教材その他の推進体制の整備の面で次のような改善が求められるのではないか。1といたしまして、約束を守る、人を傷つけないなどの基本的な道徳的価値観については、指導を徹底するために教育内容を重点化して示していく必要があると考えられるが、どうか、というものでございます。また、2といたしまして、教育の専門家に加えて、法や心理などの専門家の協力を得て、例えば、次のようなプログラムや教材を提供していくことが考えられるが、どうか、といったものとして3つお示しをしております。1つが法に関する理解、人間関係の形成、キャリアの形成など、社会的自立に必要な基礎的技能と道徳との関わりを学習するプログラムや教材。人物から生き方や人生訓を学んだり、それに基づき対話や討論をすることを通じて、自己を見つめ、自覚を深めていく学習プログラムや教材。そして、伝統文化の学習を通じて、例えば、自然との共生などの我が国の伝統的な自然観などを学習するプログラムや教材といったものが考えられないかということで、お示しをしているものでございます。
 これらの議論の材料になるものといたしまして、資料7をご覧いただきたいと思いますが、資料7につきましては、先ほど申し上げました豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会から教育課程部会に報告をされました「道徳・特別活動の改善の方向性(検討素案)」でございますが、それらをもとに基本的に表に整理した資料でございます。資料8の道徳の検討素案の6ページをご覧いただきたいと思いますけれども、ここでは重点や体系を明確にした道徳教育の改善ということで、小学校の低学年、中学年、高学年、そして中学校ごとにそれぞれ重点を置く内容の例を挙げております。このそれぞれの内容につきまして、資料7は上の欄の自主・自律、協同、規範意識、公正な判断力、公共、生命・自然・環境といったものを挙げておりますが、これらは改正学校教育法の義務教育の目標に掲げられている事項でございますけれども、その事項ごとに整理をして、表に落とし込んだものでございます。また、下の欄の体験学習プログラムですとか体験活動につきましては、例えば協同の欄を見ていただきますと、ソーシャルスキルなどの人間関係の学習のようなものが考えられないかとか、決まりを守るなどの規範意識的なものについては、法に関する学習などが考えられないかといった観点から、議論の材料として整理をしてみたものでございます。さらに下の体験活動につきましても、それぞれ、例えばどのような体験を通じて主として養うことができるのか。例として、特別活動の検討素案の内容表に整理をしてみたものでございます。
 それから、すみません、また論点案の資料に戻りますが、2ページ目の体験活動についてでございます。これにつきましても四角囲みの中でございますが、「特別活動の現状と課題、改善の方向性」においては、自然体験、職場体験、奉仕体験等の体験活動について、児童生徒の発達の段階を踏まえ、例えば、自然の中での集団宿泊活動を小学校で、職場体験活動を中学校で、奉仕体験活動を高等学校でといった学校段階ごとの重点化を図り、道徳性の育成に資する体験活動を推進する方向性が挙げられている。また、「検討素案」においては、この点に関連して、体験活動の内容に即して一定期間の確保が必要ではないかと指摘されている。
 その上で、論点1といたしまして、児童生徒の経験の幅の狭さが課題となる中で、発達段階に応じて体験活動をより効果的に推進していくためには、「検討素案」の指摘を踏まえて、各学校段階ごとに、例えば、小学校で集団宿泊活動、中学校で職場体験活動、高等学校で奉仕体験活動といった活動を重視して、学校行事の構成等を見直すことが考えらるが、どうか、といったものでございます。また、論点2といたしまして、一定期間、例えば1週間(5日間)程度にわたって体験活動を行うこととする場合に、教育内容・方法その他の条件面など、どのような点に留意することが必要か、といったものを論点案としてお示しをさせていただいているものでございます。それぞれにつきまして、既にある取り組みといたしまして、参考として東京都武蔵野市の「セカンドスクール」ですとか、兵庫県の「トライやる・ウイーク」、東京都の「奉仕」、これはそれぞれの参考資料の64ページから66ページに概要につきまして整理をさせていただいております。
 時間もございませんので、簡単でございますが、説明は以上でございます。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。第3期の教育課程部会、特に豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会でかなり詰めた論議をしていただいて、今、ご説明いただいたようなたたき台ができております。今日は本当に時間がありませんので、これももう一度おさらいをして、またということになりますが、最初に土井先生が法の教育につきましてずっとご発言をしてこられましたので、その点につきましてお話をいただいて、それから皆さんからご意見、あるいはご質問をいただきたいと思います。
 お願いいたします。

【土井委員】
 どうもありがとうございます。道徳や法について少しお話をさせていただきます。人間、あるいは社会の在り方の問題を自らの問題として受けとめて考えて、その成果を自らの生き方の中に生かしていく。そういう力を子どもに身に付けさせていく教育を充実すべきだということについては大賛成で、その方向が求められるべきだろうと思います。ただ、その際に留意していただきたい点がございますので、その点について2、3お話をさせていただきます。
 まず第1に、これは今日お示しいただいた論点1にかかわる問題ですけれども、従来、道徳として括られてきたものというのは非常に様々なものが含まれております。例えば挨拶、食事の仕方というマナー、しつけの問題から、人を殺したり傷付けてはいけないという社会の基本的な規範の問題、あるいは人間としての理想的な在り方まで多種多様のものが含まれてきました。しかしながら、それぞれ次元がかなり異なることから、子どもたちにどこまで確実に身に付けさせなければならないのか、あるいはある意味で子どもたちの自己決定といいますか、あるいは良心に任せられるべき事項といったものが混在して存在しているということになります。ただ、例えば我々が個性を大切にする、自由で公正な社会を目指すのだということを前提にすれば、正しい生き方、みんなのモデルになる生き方が1つあるのだという前提はもはやとれないということになろうかと思います。その意味では人間の理想的な在り方とか、人としての徳の問題というのは多様化せざるを得ないということだと思います。しかし、だからといって、そういう多様な人々がともに生きていくために必要な社会的ルールの問題が個人の勝手だとか、好き嫌いの問題になるかといえば、それはそうではないということだろうと思います。もしそういうものを破れば、それは自分自身の基礎自体を掘り崩していくということになるわけだから、そこのところは強制力を持ってでも担保していく必要が社会にあるのだと。そういうことをそれぞれの次元を区別して、学校教育と家庭、地域教育の役割分担、あるいは子どもたちの発達段階に応じて、それぞれにふさわしい目標とか教育方法を選定して、議論をしていただく必要があるんじゃないだろうか。そういう意味で、論点1については十分ご検討いただく必要があるだろうと思います。
 第2には法にかかわる問題で、論点2にかかわるんですけれども、現在の中学校の学習指導要領などでも法や決まりは自分たちの生活や原理を守るためにある。それを遵守することの大切さについて、自覚を促すことが求められるといったことが既に書かれておりまして、これも非常に大事なことだろうと思います。ただ同時に、法や決まりは、逆に自分たちの生活や権利を守るように定められなければならないのであって、それが人々が法を守る前提条件だということもしっかり教えていく必要があるんじゃないだろうかと思います。昨今、国民投票制度や裁判員の問題もございますが、国民というのは定められた法の遵守を求められるだけの存在ではなくて、同時に守るべき法を自ら定める責任を負うという存在でもあって、それが主権者教育等の問題だと思いますが、その辺をしっかり学ばせていく必要があるだろうと思っております。確かに問題がある法がある場合もございます。ただ、法に問題があるときには、それを守らないというやり方ではなくて、自らの責任でそれを変えていく。それが一人一人の責任なんだということが、規範意識ということを教える上でも重要だろうと思いますし、そのためには単に法を守るというのではなくて、法自身を合理的に、あるいは批判的に考えて判断していく力というものをしっかり身に付けさせる必要があるだろうと思っています。その意味で法教育というのは、何も既存の民法や刑法の条文を事細かに教えるというものではない。もしそんなことを子どもの頃から絶えず教えるということになりますと、規範意識を持つ子というのは六法全書どおりといいますか、分厚いマニュアルどおり生きる人間を育てるだけになって、それは意味がない。そうではなくて、そういう根底にある基本的な考え方、価値といったものを理解できるようにするというのが本旨だろうと思っております。
 その意味で第3、最後になりますが、道徳という問題はそういう意味で見ていけば、道徳的心情ですとか、習慣の問題というのも重要なんですけれども、様々な知識や判断力というのが重要になってくると思います。その意味では国語、社会等関連する教科との連携ということも重要ですし、あるいは具体的な在り方にそうした判断を生かしていくということになると、特別活動というのは非常に重要なんだろうというふうに思います。とりわけ生きた言葉、きれいごとではなくて、自分自身の言葉で道徳を考えて語るという意味では特別活動というのは大変重要なんだろうと思います。それゆえ、道徳を生きる力の教育の一環として教育課程全体で学ばしていくという方針は、基本的には正しいのだろうと思います。その意味では各教科とか、各時間の目標とか、本来の役割というのを十分明確にして、本来の趣旨を損なわないような形で教育課程全体の中に道徳を位置付けて、全体像を議論していただくのがよいのではないかというふうに思っております。
 以上です。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。非常に大事で、本質的な点を整理して、お示しいただいたように思います。ありがとうございました。
 それでは、もうほんとうに時間がなくなってまいりましたが、皆さんの方でいろいろとお考えをお願いして、加藤(裕)先生。

【加藤(裕)委員】
 すみません。ありがとうございます。今、土井委員の方からちょっとお話があって、全くそのとおりだと思うんですが、少し似た意見として私が申し上げたいのは、日本の社会が求める人間の規範意識といいますか、そういうものが先ほども出ました裁判員という制度が始まることで、1つは非常に高いレベルのものを求められるようになってきているという変化を、この道徳教育の論点案を読ませていただいて付け加えていく必要があるんじゃないか。つまり自分が正しく生きていくということだけではなくて、人を裁くということが国民の義務に入り込んでくるということですよね。ですから、そのことはそういう視点で道徳なり、先ほど言った主権者教育も含めて、規範意識というものを考えていかなければいけない時代に来ているということは、これから考えるに当たって1つの新しい視点として必要なんじゃないかなというふうに思いましたので、そのことを1つ申し上げておきたいと思います。
 先ほどの指導要録の関係で一言だけよろしいですか。私は門外漢といいますか、素人なものですから、発言をするチャンスが難しかったんですけれども、さっきの資料の中で資料5の4ページのところを見ておりまして、おそらくこの指導要録そのものは父兄がそのまま見るとか、子どもたちにこのまま説明するというものではないだろうと思うんですけれども、現実に例えば親に対してその子どもの今の現状を説明しようとしたときに、このようなある意味では4ページの例えば地域の人々の健康を守るための諸活動のところの「社会的な思考・判断」のところに書いてあるような内容を見て、果たしてこうした状況で判断をさせていただきましたといったときに、親はこれを理解できるかどうかという目で先ほど読ませていただいたんですが、これは説明責任を果たせるようなものにはなってないんじゃないかなと。先ほど天笠先生からもシンプルにしなければいけないというお話がございましたので、全くそのとおりだと思います。そこのところの親たちもこれは必要としている資料なんだということも少し観点に入れていかないといけないんじゃないかと思いましたので、一言申し上げさせていただきました。ありがとうございます。

【井上委員】
 道徳教育につきまして、規範意識との関係から土井委員から今お話をいただいて、全体的にはそのとおりだと思いますし、従来も道徳教育を中心に各教科、特別活動と学校教育活動全体で、道徳教育が展開されてきたということは仰るとおりだと思います。その中で道徳教育を実りあるものにしていくためには、従来から心のノートとか、教材がつくられて、それに基づいて学校現場で実際に道徳の時間では道徳教育が行われてきたわけですし、またそういう実際的な子どもたちの行動の上で特別活動とか、規範意識の点では社会科、公民、低学年では生活科、そういうものとの連携の上で成り立ってきていると思うわけでございます。ただ、中心的には道徳という領域の中で教材をさらに充実させて、そういうものを基本として他の教科なり、特別活動との連携のもとに展開していくことが、道徳教育を実質的に効果あらしめるものではないかというようにも思っているわけでございまして、道徳と法との関係については従来からもいろいろ議論があるところですから、その中で基本的な道徳の最小限としての法、そういうものを考えた場合に、道徳によって法の在り方自体についても、合理的にそういうものを批判したやり方について改正するというのは土井委員が仰るとおりだと思います。そういうような批判力というのは学校教育全体で培われてくるものだと思いますので、そういうものを含めて道徳教育を実質化するという取組は、今後、今回の学習指導要領の見直しの中で検討していく必要があると考えております。

【天笠委員】
 失礼いたします。この議題は道徳教育とか体験活動の在り方ということですので、体験活動というのは特別活動ですとか、学校行事とか、それに限定されるものではなく、すべての教科を通じて達成というんでしょうか、目指すものじゃないかというふうに思うわけです。まず1つ、その点が申し上げたいことで、私はこれは教育課程全体を通してというところが1つ大切なんじゃないかと思っています。ですから、そういう点で先ほど土井委員がご指摘された全体像をはっきりさせて、それを教育課程のそれぞれのところでさらに具体化という、このところが非常に大切なんじゃないかと思っています。どうしてもこのテーマを議論していくと、いろんなところが錯綜してくるというんでしょうか、あるいはいろんなものが絡みながら進んでいくということになるかと思いますので、そこら辺のところの交通整理等々が大変必要なのかなと思っています。ですから、例えば体験活動については、この資料でいきますと特別活動の現状ということなんですけれども、教科等々というのはそういう場合の体験活動の現状には当たらないのかどうなのか。私はそういうものも組み込んでということになるんじゃないかと思いますし、あるいは資料7を見ますと、キャリア教育の位置付けというのは実態としてはこのところにおさまり切れないような位置付けに既になっているんじゃないかというふうに思いますし、あるいは学校行事の位置付けということをそれぞれ考えた場合に、教育課程全体を通してということと、その具体的な活動をどこの受け皿で展開していくのかという、教育課程全体とそれぞれの受け皿というんでしょうか、それとの関連というものをかなり意識しながら、この議論を今後詰めていく必要があるんじゃないかと思います。
 以上です。

【高橋委員】
 ありがとうございます。私は、例えばご発表があった資料6の論点案の基本的な考え方については賛成でございます。併せて現行学習指導要領の道徳の目標にあることについても私は賛成、この趣旨をより徹底していただきたいということを思っております。目標には、道徳については学校の教育活動全体を通じて行うということと、さらに道徳の時間については各教科との関連を図りながら補充、深化、統合するということになっているわけですが、私はこの道徳の時間と各教科等との関連をきちんとやっていくということが、道徳教育をさらに充実していく上で極めて大切なことだと思っています。そこで申し上げたいのは、体験のことも併せて提案されているんですが、私は道徳の時間等で行ったことを子どもにとって一番身近な学校生活の中でもう一度確認していくというような往復の場面を意図的につくっていくことが必要であると思いますので、そういう点から体験というのは極めて重要な意味を持っていることだろうと思います。なおかつ言えば、ここに述べられている体験だけではなくて、学校の教育活動として行われている自主的・自立的な活動、生徒会であるとか行事の取組であるとか部活動、そういったようなことも含めて往復をさせていくということで、私は道徳教育がさらに子どもに定着していくと考えております。それが子どもに生きたものとして身に付いていく。そのことが、豊かな心もそうですけれども、いじめの問題であるとか、不登校の問題の解決につながっていくというふうに思っております。よろしくお願いいたします。

【梶田部会長】
 ありがとうございます。今日は時間が来てしまいまして、本当はこの問題については皆さんご意見があると思いますが、申し訳ありません、今日はここまでにしたいと思います。
 それで、今日出てまいりました道徳と体験活動の問題ももう一度豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会で、かなりこれから詰めていただくことになると思います。それをまたここに出していただきまして、皆さんのご意見を伺いたい。本日出ました皆さんのご意見は専門部会の方にお伝えして、これをまた審議の参考にしていただく。こういうふうにしたいと思っております。
 それでは、最後に、事務局から今後のことにつきましてお願いいたします。

【南野専門官】
 長時間にわたりご審議いただきましてありがとうございました。次回の日程は、資料13にございますとおり、7月2日、月曜日、13時から15時、場所はフロラシオン青山での開催を予定しております。何卒ご出席くださいますよう、よろしくお願いいたします。

【梶田部会長】
 ありがとうございました。それでは、遅くなりましたが、19時ちょうどになりました。これで本日の会議を閉会したいと思います。
 では、また次回からよろしくお願いいたします。

─了─

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