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教育課程部会(第31回) 議事録

1.日時

平成17年11月7日(月曜日) 10時~13時

2.場所

丸の内東京會舘 「シルバールーム」(11階)

3.議題

  1. 教育課程部会の当面の検討課題(例)についてのヒアリング
    ・全日本中学校長会
    ・全国高等学校長協会

4.出席者

委員

 木村部会長、梶田副部会長、阿刀田委員、荒瀬委員、石田委員、市川委員、植木委員、宇佐美委員、大橋委員、田村委員、渡久山委員、深谷委員、無藤委員

文部科学省

 結城事務次官、布村初等中等教育担当審議官、根本主任視学官、常盤教育課程課長、合田教育課程企画室長、井上教育課程企画室長補佐、田中視学官、吉野視学官、廣瀬視学官、小串視学官、平田視学官、板良敷視学官
国立教育政策研究所
 惣脇教育課程研究センター長

オブザーバー

全日本中学校長会
 高橋総務部長、谷合生徒指導部長
全国高等学校長協会
 甲田会長

5.議事録

(1)事務局より資料についての説明の後、高橋氏から中学校における教育課程部会の当面の検討課題についてヒアリングが行われた。

1.はじめに、高橋氏から教育課程部会の当面の検討課題について説明が行われた。主な概要は以下のとおり。

 「生きる力」をはぐくむ教育の推進については、(1)「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」をバランスよく育成し、「生きる力」をはぐくむという基本的な考え方を、今後も継続する方向で検討してほしい。都道府県の教育目標をみると、3分の1程度は「生きる力」が明記され、それぞれに具現化に向けて努力している。
(2)「生きる力」の概念に関し、その内容の明確化や目標及びその評価について検討をしてほしい。「生きる力」の目標については、体系化して、各校種及び各学年ごとに具体的なレベルで設定し、学校において評価できるものにしてほしい。「生きる力」の内容については、中学校が義務教育の最終段階であり、中等教育の前期に当たることを踏まえるべきである。平成10年7月の教育課程審議会答申に示された、中学校段階の役割が確かな学力、あるいは豊かな心、健やかな体とどのように結びついてくるのかが明らかになれば、学校においては指導しやすいと思う。
 また、各教科等の目標・内容についても、「生きる力」をはぐくむ観点から、各校種間や各教科間の関連を考慮して検討してほしい。
(3)「基礎・基本の徹底」と「自ら学び自ら考える「力」の育成」については、学習意欲を高め、学習習慣の定着を図る観点から、学校と家庭、地域社会との関係の在り方について検討をしてほしい。これらは、確かな学力の定着、向上と結びついており、この確かな学力の定着、向上のためには、生徒が各家庭において心身を安定させ、食事、睡眠、運動、整理整頓などの基本的生活習慣を身に付けていくことが重要である。このことは家庭の重要な役割ではないか。
(4)「生きる力」をはぐくむ教育を推進し、学校の教育活動を一層改善・充実する観点から、教員の授業時数の軽減を視野に入れた教員の定数についても検討してほしい。教員の授業時数の軽減については、本部会の検討事項でないことは承知しているが、「生きる力」をはぐくむ教育を推進する上で必要であると思い、あえて指摘した。教員の意欲だけでは教育活動の質の向上はないと考える。
 2
 (1)標準授業時数について、学校週5日制のもとで、現行の総授業時数980時間を確保する観点から検討をしてほしい。
 (2)豊かな情操や感性を育て、学習内容を確実に定着させる観点から、必修教科の音楽、美術、保健体育及び技術・家庭の授業時数の確保についても検討してほしい。
 (3)通年の時間割を作成して、生徒の生活リズムの安定を図る観点から、各教科等の授業時数を可能な限り35で割り切れる数字とするように検討してほしい。
 (4)すべての生徒に基礎的・基本的な知識・技能の定着を図る観点から、必修教科の授業時数を増やす方向で検討してほしい。
 (5)選択教科及び総合的な学習の時間の授業時数については、その意義を踏まえつつ、必修教科等の授業時数とのバランスをとる観点から検討してほしい。また、各学校の裁量で授業時数を決めることができるようにすることや、各学校の創意工夫を引き出すための支援体制について検討してもらえればありがたい。
 必修教科においては「基礎・基本の徹底」を図り、選択教科においては課題学習や補充・発展の双方の学習をもって開設をしているが、必修教科と総合的な学習の時間、及び選択教科の授業時間とのバランスに配慮が必要である。
 また、「自ら学び自ら考える「力」の育成」には、各教科の授業とともに総合的な学習の時間の果たす役割が大きいので、その意義を踏まえ授業時数を考えてほしい。なお、各学校の特色は、主に総合的な学習の時間及び選択教科の取組において発揮されているのが現状である。
 3 「子どもたちの変化への対応」と「社会の変化に対応」した教育内容の改善については、前者はキャリア教育や食育など、また、後者は法教育、金融・経済教育、環境教育などの内容を加える方向で教育内容の改善を図ることとし、そのため、現行の必修教科の内容を一層精査するとともに、各教科間の関連を図りながら、学習指導要領の内容として位置付ける方向で検討してほしい。
 4 今後の部活動の在り方については、部活動がこれまで中学校教育において果たしてきた意義や役割を踏まえ、部活動を学習指導要領の中に位置付ける方向で検討願いたい。
 ある教育委員会では検討委員会を設置し、その報告書の中で部活動の位置付けについて、都の教育目標や教育方針に学校における部活動振興を明示することを揚げている。
 なお、部活動を学習指導要領に位置付けることが困難な場合には、将来、社会体育に移行することとし、その制度設計について提言をしてほしい。
 最後に、生徒指導上の問題については、家庭の果たす役割が極めて大きいと考えられるので、家庭が教育機能を発揮できる支援のネットワークについて考えてほしい。暴力行為やいじめ、不登校といったことが中学校1年の段階で急増していることは紛れもない事実である。そのような問題について感じているのは、保護者自身が悩んだり、どう対応していいのか困っていることである。

2.次に質疑応答等が行われた。概要は以下のとおり。(○=委員、△=発表者)

委員
 「子どもたちの変化への対応」に ついて、キャリア教育、その他いろいろな教育課題を積極的に導入することは貴重な考えだと思う。ただ、実践は総合的な学習の時間を活用すれば可能なような気もするが、ここでの提言は、総合的な学習の時間の中身として何かを書き入れたらどうかという趣旨なのか。

発表者
 総合的な学習の時間では、例示として示されている環境教育、福祉教育などは既に行われている。確かにキャリア教育についても就労体験などを含めて、総合的な学習の時間で行われている。
 それと同時に、各教科の内容として位置付けることも重要なことだと思う。発表した事柄は、今の社会、あるいは生徒を取り巻く実生活の実態から考えても、必修教科の内容として基礎・基本として取り上げていくことが重要である。

委員
 学習指導要領に書かれていることは基礎・基本の最低ラインで、これをきっちり定めることが重要である。この点での地方分権はあり得ない。いかにすればこのレベルを達成できるかを考えるのが地方の役割であり、このレベルを越えることについて地方に任せることが地方分権だと思う。だから、新しい学習指導要領においては、到達目標を明確化し、数値を設定した上で、その実施を地方に任せるということがいいのではないか。
 また、解説書を以前のような指導書に戻し、例えば、拘束力を持たせることを考えてもよいのではないか。
 なお、基礎・基本の目標設定については、各発達段階で細かく設定してほしい。
 今、中学校では、教員の配置等の関係で授業時数の平準化が行われた結果、コマ数の少ない先生だけが総合的な学習の時間を担当している。その結果、例えば芸術系や技術系などの先生が総合的な学習の時間を担当し、広がりがないという批判もある。技術・家庭については、社会の変動に合った内容にすべきだと考える。そういう意味で、これこそ生きる力の教科だと思う。
 家庭教育については、わが市では組織を設け、検討している。これについては、基本的には地域との連携が必要である。
 地域の中には、「早寝 早起き 朝ご飯 、8時だよ全員登校」など標語をつくり、朝、子どもを送り出しているところもある。
 また、小学校区毎にある公民館を母体に自治協議会が活動している。PTAだけではなく、この自治協議会が学校を守る学校サポーターにもなっている。わが市ではこういう人たちを活用して、家庭教育も実施しようと考えている。
 家庭教育を放棄し、すべてを学校に任せ、気に入らないと文句を言う親に対しては、学校の負担を減らすために第三者機関を設置している。
 マスコミに期待することとして、教育の第一責任者は親であることなどをうまく伝えてもらい、家庭教育を盛り立てて欲しい。
 部活動は生徒指導のかなり大きい部分を占めており、これを今すぐ学校からなくすのは大変困難である。ただ、部活動に先生方がかなりの時間をとられたり、顧問不足であったり、勝つことを意識するあまり、本務との関係が問題になることもある。そういう意味では、部活動を学習指導要領に位置付けるか、社会体育に移行するかを真剣に考えるべきである。また、移行する場合には、どのように移行したらよいか経過措置を考えるべきである。

委員
 (3)の「基礎・基本の徹底」について、学習指導要領の内容と実際の到達度の乖離が問題である。十分に達成させないで中学校を卒業させている。このことが生徒の学習意欲をそいでいる。現場として、どうしたらこのことが解決できるのかを教えてもらいたい。
 標準時数については、学校週5日制では、週5日間とも6時間行うと1,050時間になる。週4日間は6時間、1日だけ2時間減らすと週28時間で、これで目一杯行うと、今の学習指導要領の総授業時数980時間になり、学校現場では非常に時間的に窮屈になっているといえる。そこで、各学校の創意工夫を引き出すことについては、合科制、つまり音楽、書道、美術などを一緒にして芸術に関する科目としたり、技術・家庭などを家庭生活に関する科目として、学校が創意工夫を行うことが考えられる。
 キャリア教育、法教育などには賛成である。日本の教科書を中心とした教育内容には、リテラシーに関する部分が非常に少ない。PISA調査でも、日本はリテラシーについては非常に遅れているという結果が出ている。それは、学習指導要領の中に法教育などの内容が少なく、リテラシーの部分が削られているからではないか。
 部活動はもう社会体育に移行すべきだと思う。
 中学校では今、保健体育の時間が2、3時間あるが、果たしてそれで学校体育が成り立つのか。子どもたちの体力がどんどん落ちていることを考えると、中学校では、保健体育は基礎体力を付けるためにほとんど存在していないとも思われる。そうであれば、体力づくりは社会教育の分野に位置付けたり、部活動を含めて活動時間を午後に回したりするなど、新しい体制で実施していく方法も考えられると思うが、いかがか。

発表者
 学習指導要領は、学校にとっては教育課程編成の基準であり、当然その内容には、法的な拘束力があるものと考えて、重く受け止めている。到達度や最低基準の話があったが、学校では生徒に基礎・基本を習得させようと様々な取組を行っている。
 選択教科では課題学習を設けたり、発展的・補充的な内容の講座を開設して、生徒を少人数で指導しようと工夫している。また、補充的な学習を放課後や長期休業を活用して行い、子どもたちが最低基準のところに到達できるよう努力している。
 なお、地域により生徒の実態が様々であり、各学校では、家庭の実情などに配慮しながら取り組んでいる。目標の設定に当たっては、一定程度学校の実情も反映できるような柔軟性を認めてもらえるとありがたい。
 980時間の確保は、現在の基礎・基本を徹底するためには必要ではないか。そのことについても、各学校では、創意工夫しながら様々な取組を行っている。
 各教科については、合科という考え方や芸術などという括りという考え方などがあると思うが、学習指導要領においてはそれぞれの目標が定められ、内容とその取り扱いが示されてきている。歴史的な経緯や保護者の理解、認識があるので、教科の扱いについては相当に慎重を期することが必要ではないか。
 リテラシーに関することとして、総合的な学習の時間で取り扱う内容は、様々な体験や活動を通して人としての生き方、在り方を考えさせるものである。総合的な学習の時間は、各学校において地域や子どもの実態を踏まえて創意工夫を持って実施され、実績も上がっている。
 最後に、部活動の社会体育への移行については、現在学校において部活動が果たしている役割は非常に大きく、それを社会体育へ移行するとなれば、どうやっていくのかについても提言してもらいたい。

委員
 資料6の1(4)に、生きる力をはぐくむ教育を推進し、学校の教育活動を一層改善・充実する観点とある。何を改善し、何を充実するのかが明確でない限り、このことが授業時数の軽減につながるのか不明である。
 次に、資料6の2(5)で、各学校の裁量で授業時数を決めることができるようにすることや学校の創意工夫を引き出すためとあるが、中学校の教師に直接話をすると、選択教科も総合的な学習の時間もあまり好んでいないようである。また、きちんと実施されていない学校もあるのではないか。そのような現実をしっかりと認識し、そのことに関するポリシーがなければ裁量を広げても効果がないのではないかいけないと思う。
 また、創意工夫を引き出すための支援体制について、具体的に何を支援してほしいのか不明である。
 部活動については、学習指導要領に位置付けるとの希望であるが、それは学校の重荷にはならないか。部活動を勤務時間に組み入れることについて論議が煮詰められているのか。
 最後に、生徒指導については、中学校にはいじめや不登校という問題がある。子育てのネットワークや老人の問題は話題になるが、青少年の問題はあまり話題にならず、青少年には十分な支援がないのではないかと思う。それでいて何か問題があると、すぐ学校教育ばかりに批判が来るのはいかがなものか。教師は授業後、勉強のできない子に対したり、不登校の子の家に行ったり、問題行動のある子に話をしなければならなかったりする。授業後の在り方について、例えば、地域を指定して研究し抜本的にどう改善したらいいのか考えてはどうか。

発表者
 総合的な学習の時間の取組については、校長会としても、様々な研究協議会の場で、経営上の重要な課題として位置付け、その定着に向け取り組んでいる。
 総合的な学習の時間については、生徒の実態や地域の実態等を踏まえ、どういう内容構成とするのかを考えるとか、事前の学習、当日の授業、事後のまとめをどのように進めていくかを考えるとか、その準備をすることは大変である。
 教員が部活動の指導をやりながら授業を行い、一つ一つ授業の準備を進めていくことには、大変な困難がある。自宅に持ち帰って仕事をせざるを得ない。
 総合的な学習の時間の内容として福祉や国際教育を扱うときに、講師への依頼やその授業の進め方の段取りをいつ行うかが問題である。本校においては長期休業中に、関係団体に依頼を行っている。キャリア教育についても、地元商工会と何度も話し合いを重ね、実現にこぎつけている。このため、資料においては団体や講師の紹介、予算的な措置を念頭に置き、「支援体制」と表記した。このようなことがあれば学校の取組は一層充実し、内容の濃い取組が展開できると思っている。また、このこととの関連で、教員定数についても話題にさせてもらった。
 部活動が適正に継続して実施されるか否かが、学校等でも重要な課題になっており、このためにも、学習指導要領への位置付けなどによる条件整備、環境整備等をお願いをしたい。
 生活指導については、例えば本校では、不登校生徒に関する保護者の会を実施している。相当に悩まれていた保護者が、この会に来ることによって他の保護者と同じ悩みを共有し、克服した。先輩の保護者がいることや互いの心情を吐露することで、相当その保護者の心情が和らいで、子どもへの接し方も変わってきた。そういうことが地域においても行われれば、学校としても非常にありがたいと思う。

委員
 部活動は、スポーツ活動ばかりなのか。音楽や演劇などいろいろな部活動があって当然だと思う。もし体育だけに限られるのであれば、スポーツ部活動というふうにはっきり言ったほうがよいと思うが、部活動の実態はどうなのか。
 それから、スポーツを中心とした部活動という視点から、体育を部活動に滑り込ませてはどうかという意見があったが、甲子園や県大会優勝を目指すスポーツの部活動と、体の弱い子どもや野球などできないような子どもが行う体育では、かなり異質のことではないかと思う。
 いじめる側になる人が息抜きのできる演劇部や音楽部などの文化系の部活動も重要である。

発表者
 今のご指摘は全くそのとおりで、部活動と体育は同じではでない。
 全日本中学校長会の調査では、体育系の部活動に加入している生徒数は、およそ7割である。一方、文化系の部活動については、開設数が学校平均2つである。しかも、これは学校規模によって、開設できる部活動の数は相当に違ってくる。このような現状なので、まず体育系の部活動について触れたわけだが、大きな役割を持っている文化系の活動もあり、双方とも学校の教育活動においては重要な意味合いを持っている。
 部活動が学校の教育活動のように位置付けられているのは、生徒の教育上、好ましいものがたくさんあるからだ。中学校を卒業する生徒に、何が一番思い出に残ったかと聞くと、行事のこと、部活動のこと、友人と一緒に取り組んだこと、いい先生にめぐり会えたことなどを挙げている。

委員
 地方分権についてだが、いくら制度等に手をつけても、現場に自立心がなければ制度等は生きてこない。一人一人の教員が自分の頭で考え、自分自身の言葉で話すことが大事である。
 教員にアンケートをとると、教育改革などをやらされている、管理されていると思っている教員が8割近くいることが分かった。これではいくら制度等を変えても自立心が育たない。校長会や教育委員会が教員の潜在力を引き出し、自立心を育てることを考えなければ、いつまでたっても空理空論に終わるのではないか。

発表者
 教員の人材確保は非常に重要である。だから義務教育費国庫負担制度堅持は、教員の人材確保という点から外せないことである。
 現在、様々な教育改革をやらされているという意識をもつ教員はいると思う。その一方で、現状を真摯に受け止めて、悩み、考え、どうしようかともがいている教員もいる。
 教育改革を行うため、学校として具体的にどう取り組むのかを考えることにより、教員は変化し成長している。教員自らが実際に取り組み、そのことによって子どもが変わり、よい成果があったことを身をもって経験したときに、教員はまた一歩成長していくのだろうと思う。

委員
 部活動については、これまで中学校において非常に大きな役割を果たしてきたし、現在でも子どもたちが中学校の部活動に期待していることは承知している。部活動は学校から絶対に離すべきでない。
 そこで、部活動を学習指導要領に位置付けるとは、どういうことか。必修の内容としてすべての子どもに部活動をさせるとなると、かえって形骸化する可能性があるし、学校としても実施できないだろうと思う。一方で、全面的に社会体育に移行することもできないところもあるし、学校の先生の中にも部活動は学校にとどめておきたいと考える先生もいる。だから、学校ができるところは学校でやる、あるいは社会体育でできるところは社会体育でやるなどの混在案や移行案などを、中学校現場の方からモデル案として示してもらうことが大事だと思うが、何か検討されているのか。

発表者
 部活動は現状においても十分重荷になっている。きちんと学習指導要領に位置付けてもらう方が、その重荷に対する取組も決まってくると思う。今は位置付けが曖昧で、教員はボランティアで取り組むような環境でしかない。何らかの形で学習指導要領に位置付け、その上で条件整備をし、それに向かって取り組む方が、校長としてもやりやすい。それによってすべての課題が一気に解消するとは思っていないが、少なくとも教員の自己犠牲の上に成り立っている現状からすれば、状況は違ってくるだろう。
 全日本中学校長会としては当初、体育系の部活動を社会体育へ、あるいは文化系の部活動を社会教育へ移行することも考えていたが、なかなか円滑な移行はできていない状況にある。

委員
 今、スポーツの種類が非常に増え、学校での対応が難しくなっている。スポーツによっては学校で指導できないので、生徒個人がコーチについて習うことが増えている。
 例えば、スキーの場合は全日本中学校長会の主催で大会が開催され、大会には引率の教員が行かないと参加できないようになっているが、この仕組みは変えた方がよい。スキーの大会は年6回ぐらいあり、1回行くと何日もつぶれてしまう。その全部に教員が引率していくとなっても、教員はそんなに学校を空けられない。
 引率は、学校と親が了解していれば必要ないのではないか。大会には教員が行かなくてもよいのだとすれば現場の負担は随分変わると思う。
 世の中は学校にすべてを期待していないところがある。教員にお願いしたいという層とそうでなくてもよいという層があり、今は後者の方がだんだん増えている。

委員
 中学校の教員が指導すると、やはり勤務時間が問題になる。早朝、放課後、土曜日の午後、日曜日、あるいは長期休業中などの部活動の指導を勤務時間として認めるか、そして、勤務時間として認める場合、休日の振り替えをどうするかという問題になる。そのことについて、もう少し弾力的なやり方を学校レベルの裁量として認めていくことで、部活動も柔軟に取り組めるのではないか。

委員
 中学校の部活動のうち運動系は7割とのことだが、文化系をもっと育てなければならない。運動系クラブは大会という目標があるが、文化クラブにはあまり目標がない。文化系クラブでは、全国的に目標を立てることができるのが吹奏学部と合唱部だと思う。そこは文部科学省や文化庁が将来の文化をどうしていくかということで手を組んで、目標を持たせる手だてを考えてほしい。また、産業界からの支援も期待したい。

発表者
 現在、地域のクラブで活動している生徒が相当数いる。その生徒が中体連の大会参加を希望した場合、教員の引率があることや一定の手続を踏めば、参加は可能である。学校としては現時点でできる限り、保護者、生徒のニーズをとらえながら取り組んでいる。

(2)続いて、甲田氏から教育課程部会の当面の検討課題についてヒアリングが行われた。

1.はじめに、甲田氏から教育課程部会の当面の検討課題について発表が行われた。概要は以下のとおり。(△=発表者)

発表者
 平成17年度の高等学校基本調査、速報値等によると、高等学校には義務教育修了者の97.6パーセントが進学している。生徒たちの高等学校への進学の目的は多様化しているため、高等学校の多様化が非常に進んでいる。しかし、生徒たちは、入りたい学校よりも、入れる学校を選択している。このため、学びたい学習ではなく、仕方なく学ぶ学習になりがちである。一部の進学校や進学中堅校を除いた高等学校では、生徒の学習意欲の希薄さへの対応と学校で学ぶことを軽視する状況への対策の2点が最大の課題である。
 平成17年3月の調査によると、大学、短大への進学者は51.5パーセントである。現役の高校生の大学等への進学率は55.9パーセントという状況にある。生徒の実態は多様化しているが、大卒の資格、あるいは専門的な資格取得の志向が非常に高まっていることと高卒時での就職難を回避する傾向があることで、専修学校を含む高等教育への進学希望者は、全高校生の70パーセントを占めている。これは、普通科高校の在学生ばかりでなくて、専門学科高校の生徒にも共通して見られる現象である。
 平成17年4月から旧大学検定試験にかわり高等学校卒業程度認定試験が実施されている。高等学校卒業には、体育、家庭科、芸術の実技科目を含む最低74単位の修得と生きる力の育ちが求められている。しかし、この高等学校卒業程度認定試験においては、実技についてはペーパー試験で約30単位を取得するだけで大学受験資格が得られることになっている。また、就職の際には高等学校卒業と同等に扱うことになっている。不登校傾向の生徒、あるいは中退せざるを得なかった生徒を救う制度としては非常に高く評価しているが、受検資格が高校生全体に拡大されたことにより、高等学校教育に関する課題も生じている。
 「基礎・基本の徹底」、「自ら学び自ら考える「力」の育成」については、現在、案に示されている事項に論を挟むものではなく、全面的に支持したい。各教科等で学ぶべき、はぐくむべき力の例として示されている事柄のうち、特に高等学校において重要なものは、言葉や文字を理解し、的確に表現する力、そして代数・解析・幾何の理解、社会・自然・人間や文化の学習など知識・技能の体系的な理解、概念や原理、法則の理解などである。加えて、知への探求、あるいは技能の習得、それにかかわる創造性に向けたアプローチの仕方を学ぶことは、特に高等学校で重要なこととして強調していきたい。
 生きる力の主要例としてまとめられている主体性の部分について、高校生においては、人生を設計する力や課題解決力が特に重要である。そして、自己と他者との関係においては、人間関係維持・構築力が重要である。特に礼儀・節度をわきまえた意思の伝達能力をいかに育てるかが重要である。そして、個人と社会との関係については、生徒にいかに社会貢献する自分をイメージさせながら、学校生活を送らせるかが重要である。このことが、学校の大きな目標となりつつある。学習内容が高度化し、学習負担が一気に高まる高等学校においては、自分の目標を持たないと日々の学習の継続が大変困難な状況にある。
 指導上、教科・科目・単元に到達目標を設定する考えがあるようだが、大変大きな改革になると思う。到達度を測定した後どうするのかについて、具体的な手だてをある程度示してほしい。ここ50年、学習到達度は、学校に任せてきたのではないか。
 なお、到達度の測定による結果だけではなく、プロセスの評価が必要ではないか。小・中学校では到達目標を明示して、授業改善に加え、自分で学ぶ時と場所をどう確保していくかを考えることが、高等学校教育にもよい影響を与えるものと確信している。
 その際、未達成の児童生徒に対し、未達成部分をどのようにクリアし、また、学校としてどういう働きかけをしていくのかについて、学校は保護者も含めて責任をもって明らかにしていく必要がある。
 小・中学校を通じて、児童生徒や保護者が到達水準を常に見据えることによって、学習に向かう力や学校に向かう力が強まっていくのではないかと考えている。これは学習面だけではなく、基本的な生活習慣、あるいは社会的に必要な基礎・基本についても同様である。
 ただ、学習力や学力差の幅が大きくない小・中学校においては、到達目標の設定やチェックのためのテスト実施は可能かもしれないが、高等学校ではどうか。学習指導要領は最低基準なので、その達成度のチェックはできるかもしれないが、学力差の幅が拡大する高等学校における各科目の到達水準の設定、測定には、学校格差が大きく介在することが考えられ、相当工夫しなければならないことが予想される。
 高等学校段階においては、学力が十分に備わっていない生徒の学ぶ場所として、定時制、通信課程があり、そのほか東京の場合であればエンカレッジスクールがその役割を担っているのが現状である。各学校現場では小学校段階にまで戻った内容を扱うなど、集団による教育をして単位認定している。そういう意味では、高等学校修了という内実がないままに卒業していくのが現状である。このままでよいのか、さらに議論を深めていくつもりである。
 義務教育の改善にあたっては、高等学校への連結を考慮してほしい。
 これまでの義務教育は理想完結型になっている。高等学校は入り口で教育内容減の中学生を迎え、出口では大学入試で5教科7科目の受験に対応することが求められている。高校生に出口で求める学力はほとんど緩んでいない現状に、高等学校は悲鳴を上げている。特に公立進学校においては、生徒たちの多様な進学希望に応えきれない教育課程編成になっているという印象もある。大学進学者が55パーセントになった現状で、さらにこれから教育のポスト2007年問題に向けて、義務教育と大学をつなぐ高等学校教育課程の検討は、高・大の関連や課題に対応した検討をお願いしたい。
 数学の授業について、今の中学生は基本的な知識の定着率が低下しているときく。基本公式の使いこなしにも問題があるようだ。教師の板書をノートにとっても、見直して自分の中で知識をまとめることをしないし、手で書いて計算を繰り返すこともしないような生徒が増えてきた。特に分数や比例式、文字式について、小・中学校での計算力の訓練が不足しているのではないか。このことについては、以前と比べて大変大きな違いである。
 各学校の特色を生かす教育の在り方について、学校の再編成、多様化、特色化を真に生かして学力差に対応し進路の実現を高めるためには、必修科目における学校裁量幅の拡大が不可欠である。
 今、高等学校は多様化、特色化に取り組んでいる。少子化、生徒の多様化が一層進む中で高等学校を論ずる場合、「高等学校は」というまとめた論じ方ではできない。
 公・私立とも進学校では、恵まれた教育環境にあって着実に成長してきた生徒を相手に上位の学校を目指して、高い水準の教育内容を行っているが、理科総合の必修は負担感が多いと漏らす学校が多くある。理系の生徒には理科2科目が必要であるが、文系の生徒には理科2科目は負担が大き過ぎるという。
 中堅の学校の生徒はあまり努力やチャレンジをしない傾向があり、挫折感を伴わない大学を選ぶ傾向がある。したがって、学校もあまり難しくない科目設定を好むし、推薦をねらう者も少なくないので、教育課程もそのように編成せざるを得ない。
 指導困難な学校では、挫折と自信喪失を連続して経験してきた生徒に、小さな成就感を積み重ねさせることを中心に据えた教育計画を作成している学校が多い。
 総合的な学習の時間については、別建てにしないで、教科で吸収してもよいように検討願いたい。高等学校では、総合的な学習の時間の趣旨を生かした学習について、キャリアプラン、ライフデザインといったキャリア教育と関連付けた学習等で成果を上げている学校が多いが、その時間に改善を望む強い声が依然としてある。他教科との合科により他教科の単位数を増やし、生徒の主体的な学習を促す手法を導入することを可能にするよう検討をお願いしたい。
 教育課程の改訂に当たっては、改訂によるリスクをきちんと明文化し、国民全体にそのリスクへの対応やそれぞれの役割を担うことをきちんと要請すべきである。
 学校週5日制の導入においては、学びからの逃避層が出ることは想定できていたと思う。この解決には、自宅等における学習が欠かせないことが明らかだったのではないか。私どもも大きな課題として取り組んだが、ある調査によると、全く家で勉強しない児童生徒が小学校では8パーセント前後、中学校では格段に増えて2年生で28パーセント、高等学校においては学年が上がるにつれて増え、3年生では32パーセントにものぼるという結果がある。
 確かな学力の育成については、各学校の教育課程の工夫、授業内容・方法の改善という努力とともに、学校以外の、特に家庭における予習・復習という学習者の側の努力が必要である。家庭の教育力低下を嘆くのではなく、段階に応じた学習習慣の定着に向けた具体的な取組について配慮されたい。

2.次に質疑応答等が行われた。主な概要は以下のとおり。(○=委員、△=発表者)

委員
 1点目は、大学は法人化で揺れて、義務教育も揺れているが、高等学校は話題にならない。このことをどう考えるか。
 2点目は、資料の中に基礎学力という言葉があるが、高等学校の基礎学力とは何か。
 3点目は、授業改善と言うが、高等学校では先生方は授業研究をしているのか。また、高等学校に研究指定校があるのか。授業研究で成果を上げた場合、それは義務教育でも使えるのではないかと思う。授業改善で何を変えようとしているのか。

発表者
 高等学校が若干据え置かれているようだが、次は高等学校の順番だろう。また、高等学校は焦点が非常に多様で、高等学校という括りで改善に取りかかりにくい面がある。その代わり、特色ある学校づくりついては、文部科学省の政策とともに、各都道府県が前向きに取り組む姿勢がある。
 それから、高等学校における基礎・基本については、あくまでも学習指導要領の内容である。ただ、多様化している生徒の各層によって、基礎・基本とは何かということを各学校でホームページ等を通じて独自に示している。
 最後に、授業改善については、高等学校でも行っている。例えば、国語等の教員が、言語力の涵養のためには国語だけでは追いつかないことから、教育活動全体を通じて行うことを提案し、国語だけではなく他の教科のレポート等について指導し、国語力向上に取り組んだという例もある。

委員
 高校入試を中学校の授業の正常化のために使いたいと考えている。
 そのために、推薦枠を増やそうかと考えているがその場合、競争という視点が抜け落ちることになる。競争と推薦について、高等学校全体としてはどのように考えるか。

発表者
 高校入試は何を一番重視し、どういう力にどのように配点するのかを工夫することが鍵になると思う。
 中学生の上位層にある子どもは、できるだけ入試を受けてもらいたい。推薦されて高等学校に入学した子どもたちも、必ずしも高等学校では上位層を形成するとは限らない。生徒の個性、伸びは、中学校と高等学校では相当違いが出てくる。子どもは単純ではなく、高等学校教育の在り方が、その子どもたちにどれだけうまくマッチするかが、非常に大きな課題であると思う。
 高い内申をとっている子が必ず推薦で合格するというシステムはとらない方がよいかと思う。ただ、子どもたちは競争という環境に置かれても、競争意識をどれだけ持つのか。むしろ親がそのような意識を持つことによる弊害を勘案すべきではないか。

委員
 今、高等学校が全入近くになって、学力差が大変ある。それに加えて、学習内容が削減され、中学校までに習得すべき内容がやや減っているのではないか。しかも小学校、中学校での指導が少し緩んでしまい、必ずしも基礎・基本が徹底されていない状態で高等学校に子どもたちがたくさん来る。それなのに、高等学校を出るときにはこれまでと変わらないようにするために、多くのことをやらなければならなくなった。
 学習指導要領やそれに基づいてつくられた教科書があまり機能していないのではないか。小学校の内容に戻ってやらなくてはいけない学校も随分あり、その子どもたちは高等学校の教科書を購入しても、実質的には使えないのである。
 そういう場合に、これまでのような編成の仕方で示していく方が妥当なのか。例えば、英語や数学は、非常に系統性が強い教科である。英会話学校であればグレードを示すとき、各グレードの説明があり、年齢にはこだわらずに下から積み上げていくような示し方をしているが、数学についてもそういう示し方は可能だと思う。これだけの学力差がある中で、今の学習指導要領のように高等学校ではこういうことをやるという示し方で大丈夫なのか。

発表者
 高等学校がいくら多様化しても、高校生が一つの基準を持って安定した公教育を受けることは、国家の安定性を高めていくのではないかと考える。
 したがって、小学校の段階に戻ってやっている子たちでも、高校生としてはこういうことが必要なのだということをいつも意識することが大事なことである。また、少し学校から外れたとしても生きていけるし、学校にいつでも戻れることを意識していくことが大事だと考えている。

委員
 教育界ではずっと、義務教育は理想完結型で考えられてきたという感じはある。一方、高等学校教育は都道府県によって大変差があるし、考え方にも違いがあるので、一括りには言えない。地方によっては、中学校まで一生懸命教えて、高等学校へ行かせないほうがよいという感覚もある。
 高等学校への進学率が高まることはよいことだが、学力差の多様性がひど過ぎると思う。一部では、高等学校ぐらいは卒業しておかないと社会に出てから困ると言う声もあるが、それが高等学校に進学するモチベーションとなっている場合もある。
 最近、大学は地域へ入ってきていて、大学が地域でできることは何かを感じとっている。一方、高等学校は地域から疎外されているようにみえる。高等学校教育はもう少し頑張ってもらわないといけない。例えば、中高一貫教育について、ぜひ推進してほしい。

委員
 学力の多様化は確かに進んでいる。一方で、興味・関心の多様化も大変進んでいる。学力と興味・関心の多様化は、必ずしも学力が高まり、興味・関心が幅広くなるというものではないことを次第に社会や学校、親が認めつつある。こういう状況に学校は対応していかなければならない。
 多様化に対する社会の理解の中には、上中下という見方があって、下の学校であれば、どの学校に行っているかを言いにくいような状況もある。このことについて社会の理解がもっと進めばいいと思っている。
 生徒たちは未来のこの国を担っていく若者である。彼らにきちんとした指導をし、希望を与え、そして社会へ参画していくという意思を培っていくために、多様化は認めるべきである。学習指導要領には、義務教育で身に培われるべき基礎・基本を前提として、設置者である都道府県や市区町村、あるいは各高等学校が何をしていくのかを考えていけるような幅を持たせておく必要があるのではないかと思っている。

発表者
 地域への働きかけについては、現在、努力している。ただ、高校は通学範囲が広く、地域の課題と直結した教育課程の編成がしにくい。
 次に、中高一貫は国の政策でもあるが、社会の要請として、公立学校に中高一貫校を設置することについては、高等学校教育の活性化に向けた選択肢の一つとして大きな意義がある。

委員
 高校入試を通じて自分には人生などないと思い込み、非行に走ってしまう場合もある。高校入試は慎重に考えなければいけない。
 高卒資格試験について、大学入学資格はもう高等学校の専売特許ではなくなったということだ。今は、高等学校へ行くことにどんな価値があるのかを、高等学校自体が証明しなければいけない。国が高等学校という制度を保護する時代は、もう終わったのである。
 アメリカでは高校卒業認定試験を受けるよりは、実際に3年間学校生活を送ったことを社会的には評価される。日本の高等学校も、頑張って高等学校へ行った方がいいと評価されるような実績を上げる必要があり、それが社会の要請だと受け止めてほしい。

委員
 中学校卒業者の97.5パーセントが高等学校へ行くとなると、その子どもたちへの対応も多様化しなければならない。子どもたちの中には中学校の内容を未消化の子どもたちが入ってくる場合があるが、上中下というような多様化ではなく、質的に違ったコースという観点で考える必要がある。
 高等学校の学習指導要領で外国語は英語しかないが、英語だけをやっていていいのか。学校によっては英語以外の外国語を教えているところもあるが、このことを踏まえ、学校設定科目を考えるとすれば、どのようなことを考えるのか。

発表者
 まず多様化の方向性については、生徒や社会の要望として、学ぶ内容の多様化と学び方の多様化の2つがある。前者としては普通科高校、専門学科高校、その他総合学科高校などがあり、後者としては単位制や総合学科、3部制、昼夜間定時制などを用意している。
 ただ、生徒は何によって学校を選んでいるのかが問題である。「自分の学力で入れるところはどこか」ということで、いくつかの高等学校が示されて、その中から決めるという進路選択の仕方が一部にある。学校選択の力を中学校で付けることや高等学校が学校選択の仕方を知らせることをやっていかなければならない。
 学校設定科目は非常に多様である。特に「産業社会と人間」については、多くの学校が設定している。また、総合学科等においては、160の講座を用意している。したがって、総合的な学習の時間や情報等も含めた形で学校設定科目を柔軟に編成できるようにすれば、各学校が30時間の中で組むことができるのではないかと思う。

委員
 先ほど、高等学校は全然話題になっていないという話があったが、東京都の教育委員会は月に2回定例会議を行うが、そこでの議論の多くは高等学校改革についての議論である。そのような状況がクローズアップされてはいないが、都道府県レベルでは相当真剣に考えられていると思う。
 東京都では困難校とエンカレッジスクールとに指定し、基礎的なことを反復学習させるという試みをやっている。対象校は指定前は初年度の中退者の割合が非常に高く35~40パーセント程度もあったが、エンカレッジスクールにしたところ、途端に中退者が減った。程度の問題はあるが、勉強しようという子が増えてきたことは確かである。このことは社会にとって非常に大きな意味を持つのではないかと思っている。

(3)事務局より今後の日程について説明があり、閉会となった。

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