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教育課程部会(第20回) 議事録

1.日時

平成17年7月11日(月曜日) 10時~13時

2.場所

如水会館 「スターホール2階」

3.議題

  1. 各教科等の成果と課題の検証(道徳、特別活動、体育、保健体育)
  2. その他

4.出席者

委員

 木村部会長、梶田副会長、浅利委員、阿刀田委員、安彦委員、荒瀬委員、石田委員、市川委員、猪口委員、植木委員、宇佐美委員、加藤委員、田村委員、角田委員、渡久山委員、深谷委員、藤崎委員

文部科学省

 結城事務次官、近藤文部科学審議官、山中初等中等教育局担当審議官、根本主任視学官、常盤教育課程課長、木村教育課程企画室長、吉冨教育課程課学校教育官、坪田児童生徒課長、片山教科書課長、嶋倉企画・体育課企画官、戸田企画・体育課体育官
国立教育政策研究所
 折原教育課程研究センター長、永田教科調査官、森嶋教科調査官

オブザーバー

 鳥居会長

5.議事録

(1)事務局より資料について説明の後、道徳、特別活動、体育、保健体育の成果と課題について自由討議が行われた。主な発言は以下のとおり。(○=委員、△=事務局)

(道徳、特別活動の成果と課題の検証について)

委員
 「心のノート」については、授業での活用だけではなく、家庭との連携にも効果が上がっていると思う。あまり使われていない地区があるという話も聞いているが、全国的にどのような使われ方をしているのか教えてほしい。
 道徳については、学校の中での取組みだけではなく、学校が地域や家庭と連携していくことが重要である。子どもたちだけ変えようとしても難しい。東京では道徳授業地区公開講座などをしているが、よい取組みをさらに継続し、深めていく必要があるのではないか。

委員
 「心のノート」の位置づけが中途半端である。使っている学校もあれば、子どもに渡っているかも疑わしい学校もある。内容は良いので、もっと積極的に使ってもらえるようにすべきである。また、国が一律に作成するよりも、民間でさまざまなタイプをつくる方がよいと思う。
 道徳には、心のしなやかさを養う教育など従来の徳目中心の道徳とは違った要素が入ってきている。週1時間では時間が短いので、最近のさまざまな要素を盛り込んだ上で、総合的な学習の時間と連携して行うべきである。
 学校行事などの特別活動については、何時間という形でなくても、時間割上位置づける工夫が必要である。また、特別活動は体験そのものを重視し、総合的な学習の時間は体験を通した思考力や探求力、問題解決力を育成するという違いがあるので、その違いを明確にしてほしい。また、総合的な学習の時間について、教科から発展した総合的な活動というものをもっと明確にすべきである。
 生活科は、幼児教育から3年生以降の総合的な学習の時間につなげるものである。そのつながりを重視し、低学年教育のあり方をどうするかも検討が必要である。生活科を核とした合科的・総合的な低学年教育というものが一つの可能性として考えられると思う。

事務局
 「心のノート」の使用状況についての調査によれば、道徳の時間においては小学校97パーセント、中学校93パーセントの学校が「心のノート」を使っている。また、特別活動や総合的な学習の時間、家庭や地域との関係の中で使うということもある。
 「心のノート」は、小学校低学年、小学校中学年、高学年、中学校の4冊制作されている。その中でそれぞれ内容項目があり、子どもたちにわかりやすく、具体的に理解してもらえる資料として作成している。
 地域との連携について、家庭や地域社会の理解と協力を得る方法を各学校でも工夫をしており、学級・学年保護者会、PTA総会等の諸会合で議題としたり、全校的な授業参観で道徳の授業を公開する取組みをしつつあるという現状である。

委員
 「心のノート」はよくできている。また、私の県の場合は、県独自で資料をつくっている。
 ここではよいデータが出ているが、ある校長に聞くと、道徳については、ほぼ標準授業時数行っている学校から、年間数時間足らずしか行っていないところもあるとのことである。
 本当に生命についてどのように指導をしていくのか。このことについては、学習指導要領が悪いわけではなく、現場において、教材をどのように活用するか考えなければならない。例えば、生きたカニを食べるためには子どもたちの目の前で殺さざるを得ないという実体験から学ばせない限り、生命は大事だと言っても、本当に子どもの心の中に響いていくのか。
 子どもたちの生活の根本である衣食住が昔とは大きく変わっていることを考えないといけない。私が子どもの頃は、落ちた御飯は拾って食べるものだったが、今は不衛生だと言われる。私たちが育った頃とは道徳観念も違うので、日常生活の具体的な内容に照らし、指導する内容を新たに構築しなければいけないと思う。

委員
 「心のノート」はとてもすばらしいと思うが、他の市町村長に聞くとほとんど知らない。私は文部科学省行政の基本的制度に問題はないと考えているが、その制度の運用の仕方に改善する余地があるのではないか。上意下達なので、首長たちは何も知らない。私の市では教材開発に力を入れており、教員たちでつくっているが、現場で議論をするプロセスがないといけない。特に道徳は、地域の首長も入れて議論をし、自分たちで教材をつくるというプロセスこそが大切である。
 教育改革の原点は、市町村や教育委員会が持っている学校管理権を使って、教材開発や少人数授業などを通じて現場の教育課程の編成や授業づくりを支援することだと思う。
 道徳について、総合的な学習の中にあるふるさと論こそが道徳のエネルギーになっていくと考える。豊かな心、確かな学力は、生きる力の両輪になるものだが、この生きる力は、内発的に判断する力であり、教えられるものではないが、そういう生きる力がふるさとの中にはあり、国を愛する感情もふるさとに対する愛情が元である。ふるさと論が心の問題の原点にあると思う。

委員
 「心のノート」について意図はよいが、生徒たちはもっと感動のある知識を求めている。道徳は、概念そのものを教えても理解が難しく、歴史を担った人、新しい正義を社会に位置付けてきた人などの足跡を教えることで、感動のある知識として教えることができる。その際、偉人ではなく、無名であっても苦労を乗り越えた人や女性にについても取りあげるべきである。今の生徒たちは、道徳的な教訓を受けとめる力が弱いが、感心や感動する心がないわけでもないので、もっと具体的な人間が出てくる話がよいと思う。
 道徳は、歴史や公民などの観点とは違い、教科書の中では扱えない部分がある。もっと感動のある実話を道徳の教科書や教材の中に生かせばよいと思う。また、国語と道徳をセットにして、国語の中で感動のある実話を教えていくということも一つの方法になるのかもしれない。
 日本の学校は、一般的に教科以外の時間が多過ぎ、教科に割く時間数が少ない。ホームルームや道徳、学級活動などそれぞれ本当に意味があるように実施されているのならよいが、十分に実施されているか疑問がある。
 小学校の低学年の児童を必ずしも早く帰す必要はないので、時間数について一度議論してほしい。スクールバス制度のある先進国の場合、児童は一斉に下校するため3時ぐらいまで学校にいる。工夫をして教科の時間をもっと充実させれば、小学校の教育内容全体をレベルアップできるのではないか。
 学級活動について、例えばお昼の時間にかけて活動をするために、ゆっくりと食事の時間がとれないことがある。しっかりと食事をとれるような環境をつくる必要がある。
 地方の教育委員の話を伺うと、東京では塾に通うことがあるが、地方では公教育の中だけで水準を維持しなければならないので、何とか水準を上げてもらわなければ困るという意見を聞く。我々はそういう声に答えていかなければならない。

事務局
 道徳の時間において指導に用いる教材としては、各種読み物資料や、都道府県や公共的な機関、民間の教材会社や道徳教育の研究団体、あるいは学校自身が自作をした資料などがある。その中で、例えば郷土や国家、あるいは世界的な発展に貢献した人物などの読み物を読んで、道徳的な内容について深めていくという授業が多く行われている。
 「心のノート」については、むしろ道徳の授業に限らず、特別活動なども含めていろいろな場面で、折に触れて活用するという形が多いと思う。

委員
 学習指導要領では、低・中・高学年で目標と内容が分かれているが、教師はどう考えているのだろうか。人間として身に付けてほしい内容は、それほど多くなく、それが教科の目標だと思う。生命の大切さや自然の崇高さなどは最低限教えなければいけない。また、どう身に付けていくかについて、教師との関係や体験、考え方が大切で、教師の多様な価値観により教えられる部分がある。そして学習指導要領は、そのときに教えられるノウハウ集として整理をする必要があると思う。
 道徳は学校生活全体、他の教科でも教えていく必要があり、国語や理科、社会などで何を育てていくのかを、目標対教科のマトリックスで表すと、いろいろなヒントがその中に見られて、教師が教える内容をピックアップしていくことができると思う。
 人間として根源的に備える倫理以外に、実社会にはバーチャルな世界やITの世界、少子高齢化などがあり、大きな環境変化に対して、科目の中で何を教えていくのか研究が必要である。そして、それを教科とするのか、情報やノウハウとして出すのか検討してほしい。

委員
 資料3の現行学習指導要領における道徳教育についての4 3に、校長や教頭の参加というのがある。道徳教育は、全教職員で取り組むはずだが、わざわざ校長、教頭と出しているのはどういう意味か教えてほしい。
 学校給食について、スクールミーティングに行くと、小学校では、子どもたちはゆっくり食べているし、十分な時間は確保されていると思う。
 教科も含めて日本の学習指導要領はよくできているが、この学習指導要領のねらいや目標と、結果としての子どもたちの到達度との乖離が一番の問題である。特に道徳教育は一番乖離しているので、考えなけばならない。また、家庭でのしつけに問題もあるので、この問題について学校側もしっかり提起しなければならない。
 いろいろな家庭があるので、道徳の時間では特によりきめ細かにすることが大事である。道徳は実践哲学であり、具体的に行動に表れて初めて身についたといえる。そうすると、身近なところで教材をつくり、子どもと教師がしっかり話し合うことが非常に大事であり、道徳的な行為や行動が定着する過程を大切にしないといけない。

事務局
 校長、教頭の参加というのは、道徳の時間に校長や教頭が参画する意味である。道徳は、大変指導が難しく、学級担任が指導するだけでなく学校全体で取り組む必要があるので、いろいろな経験、見識を踏まえた校長、教頭などが参画する指導体制を整備していきたいと考えている。

委員
 学校現場では、学校行事を中心に年間計画を立てていくのが基本である。このため特別活動について、総授業時数等との関係でどこまで精選したらよいかが課題になっている。道徳、特別活動、総合的な学習、選択教科はどれも大事だが、週1時間のものが、行事等で抜けると、2週に1時間、一ヶ月に1時間という細切れ状態になってしまい、計画的な取組みが難しく、中途半端になる可能性がある。それぞれの教科でねらいや内容があるが、道徳的な部分や特活的な部分、総合的な学習的な部分は、必修教科の中にもたくさんあるので、それらについて、できる限り必修教科の中で、それぞれの教員が自信を持って計画を立て、ある程度時間を確保した上で指導してほしい。
 部活動について、特に中学校では子どもたちも楽しみにしており、保護者の要望も強い。部活動の中で技術の向上だけでなく、いろいろな人間関係を学び、勉強になると思うので、例えば授業時数としてカウントするなど教育課程上も明確な位置づけにしてほしい。

委員
 子どもの問題行動について、多くの場合は家庭にも問題がある。夜に親がいないとか、朝も親が起きてくれないので御飯も食べられないという子どもたちがたくさんいる。また、授業参観のときに後ろで携帯電話をしたり、おにぎりを食べている親もいる。この親の世代は、利己主義的な部分があり、学校で教える道徳とギャップがある。
 本当の意味での道徳教育が社会的に必要であり、家庭、社会といかに連携できるかが大切で、家庭の中での指導に入り込む手だてを考えなければいけない。また、マスコミの影響で先生と生徒が対等であることが理想のように言われるが、やはり生徒は先生を敬わなければならない。
 それから、自尊感情を持つことが強調されてきたが、その結果、利己主義が強くなり、わがままになっている場合がある。他人との距離感をとったり、希薄な人間関係が生まれ、結婚をしないなどということも増えたのではないか。人格教育や、豊かで密な人間関係のすばらしさを伝えることが非常に重要である。これに関して、最近は自分を伝えるというコミュニケーション能力に重きが置かれているが、人の言っていることを聞く能力も大切だと思う。
 最後に、自己反省するということをもう一度見直さなければならないのではないか。人間の特性や品性の教育が必要であり、道徳は教科にしてもよいと思う。

委員
 子どもたちの心理的な発展の流れを見ると、教育というのは依存の状態の人間が自立するのを手伝うことである。子どもにおいては、継続的な精神発達の段階が続いているが、個人差が大きく、義務教育という年代で区切ることは難しい。精神発達に影響のある道徳を、状況が違う子どもたちに教えていくには、工夫が必要だと思う。
 中学校では、反抗期、第二次自立期がはじまり、いろいろな問題が集中的に出ているが、そこでは人間関係をよく考えさせることが大切ではないだろうか。1年生では人間関係や社会的存在としての人間と生物としての人間という二面性を教え、2年生では自我の目覚め、即ち自分と他人は違うことに気づかせることに加え、自分の人生は自分で切り開く、自分の責任でチャレンジしていくということを教えていく必要がある。
 「心のノート」には、この項目はこの時期にこういうふうに教えると書いてあるが、ある教員が、これは教え切れないと考える場合には、積極的に扱わないとか、校長の話に入れてもらういうことにしないと今の子どもには対応できないと思う。

委員
 道徳で挙がっている項目はどれも重要で、反対する人は多分いないと思うが、一丸となってやろうと盛り上がらない一つの原因として、道徳という名称がある。学校の先生や保護者、また生徒の中には、道徳教育という言葉に抵抗があり、みんなで取り組もうとか、道徳の時間が好きと言えないような感じがある。社会生活のルールやマナー、自己理解などという言葉でならあまり抵抗がない。みんなが一丸となれる名称にしていく必要があると思う。
 道徳の中身については、まず、例えば心のメカニズムについて、精神医学や心理学の領域を入れたらよいと思う。「心のノート」は非常によいところを狙っているが、こう生きるべきという結論を押しつけられているように感じるところがあるので、そこに心のメカニズムに関する客観的な調査や、科学的事実などがあるとよい。二つ目に、犯罪や非行などの問題について、現実的な話を入れると、単にしてはいけないというだけでなく、どのようにすれば巻き込まれないかなどについても知っておかないといけないという気持ちになれる。三つ目に、社会の中での法律や法律の裏にある考え方をもう少し入れたらよいと思う。

(体育、保健体育の成果と課題の検証について)

委員
 体力低下については憂慮すべきで、もう少し鍛えるという視点で強く打ち出す必要がある。
 保健、性教育、食育について、これらは特別活動でも同じことをしており、特別活動や技術・家庭科、保健なども含めてしていかないといけないと思う。

委員
 体力低下については、学校体育だけで解決できる問題ではないが、学校教育においても、体育の授業時数が年間105時間から90時間になり、今まで週3回であったのが週2時間しかできなくなったことが一つの原因である。
 特別活動についても年間70時間が35時間になり、学級会や話し合いなどの学級活動をすると、特に小学校ではクラブ活動がほとんどできなくなってしまった。子どもたちの興味関心に関する調査では、体育の次に好きなのは特別活動、クラブ活動なので、特別活動の時間についても見直していく必要があると思う。
 道徳は価値観が入るので難しい。例えば鶏を食べるとして、殺して食べるという授業をすれば必ず反論が出る。教師も子どもも家庭も価値観が多様化した中で、道徳を教えていく難しさがあるので、指導内容はある程度抽象的にならざるを得ないのではないかと思う。

委員
 体育の運動能力、体力の低下について根本的な原因は、子どもたちの生活の変化である。子どもたちの生活状況の調査を見るといろいろ変化しているが、大きな変化として、夜遅くまで起きていること、外遊びが減っていることがあり、1日の消費カロリーは相当減っている。
 その手立てとして、体育の時間を増やすこともあるが、それよりも運動を毎日、日常的に行う機会をつくることが重要である。特に小学校では、休み時間を長くするなど工夫をしているが、基礎学力の問題から減らした学校もある。授業時間の拡大をもう少し広くとらえ、登校時間や下校時間について融通をきかせて、例えば毎日15分間マラソンなどをできるようにした方がよいと思う。
 保健について、特に心身のつながりのある性教育や薬物乱用防止教育については、特別活動や総合的な学習でも取り上げられている。これらについては、学校全体で構想し、ある部分は保健の見直しの中で改善していく必要がある。また、教員が十分に指導し切れない部分もあるので、スクールカウンセラーなどの専門家の援助を得る必要があると思う。

委員
 体力について、トップクラスの子はそれほど下がっていないが、平均としては下がっているとのことである。つまり、体力を付けるような暮らしや日常生活をしていない子が増えてきており、それが平均を下げている大きな要因になっている。学校以外も含めて体づくりの在り方を考えていく必要があり、普通の子どもたちにとって、体を動かし、鬼ごっこや遊びをすることが非常に楽しいとわかるきっかけをどのようにしてつくるかが重要である。
 さらに、競争や達成感については、義務教育でも強調するべきである。会社が採用時に運動部の学生を優先して採るのは、豊かな人間関係に加え、競争の大切さを味わってきた人の方が、社会人として鍛えがいもあり、仕事もできるという感覚があるからである。競争は決して悪ではないし、弱者を思いやる気持ちも競争を経験してこそ育つものである。また、スポーツにおける達成感は、レベルに応じて誰でも味わえるものである。

委員
 体育の授業以外、例えば朝にランニングをするなど、毎日運動する機会をつくることは支持できる。また、朝に読書をするという取組みも一方で行われている。体調を考え子どもたちに選ばせて、週のうち半分は走る、半分は読書するという時間の使い方ができれば、少ない時間でも充実させることはできる。
 義務教育は、その子が生涯にわたり必要な教育を受けることができるようにしなければいけないので、保健の内容には、生涯にわたる健康についての医学的な知識を網羅的に入れる必要がある。例えば、牛乳を飲まなければいけないと書くよりも、飲まないとどういう問題が後に生じうるかなどについて書く。知識に裏打ちされた、納得を引き出せるような書き方が重要であると思う。
 クラブ活動について、少子化により学級数が減り、指導できる先生も少なくなっている。何らかの基準を設け、地域の人材が積極的にクラブ活動に入り、指導できる仕組みをつくらないといけない。
 私は、地元の教育委員をしているが、健康が優良だとか、歯科の水準が高いといって学校単位などで表彰しているが、そういうことを他者との比較で、しかも表彰まですることについて見直す必要がある場合もあるのではないかと思う。
 運動のための基本的な設備が不十分なので、整備する必要がある。例えばマラソンした後は、水分補給をしなければならないが、冷水機が整備されていない公立学校はたくさんある。日本の社会の全体の発展水準と比較して、学校が取り残されてしまっていることについて考えてほしい。

委員
 式典で話をしている間に、生徒が最高で8人倒れたことがあった。15分の話が立って聞けないというぐらい生徒の体力低下は甚だしい。
 生徒は体育の授業は楽しく、一番好きだと口をそろえて言う。単なる楽しさではなく、その中で、健康で安全、より豊かな生活をしていく基礎を育むことが重要であり、持久力や持続力などを伸ばしていくことが必要である。
 基本的に教科の学習というのは領域の学習であり、機能の学習をしたり、総合的な知識を活用する能力を生かす場がなかなかない。学校行事は、さまざまな教科等を学習した生徒たちが、身に付けた力を実践的に試す、失敗の体験も含めて経験してみるという重要な内容になっている。学校行事が精選されているが、それぞれの行事がどういう意味をもっているのか、どういう力を子どもたちに付けていくのか考える必要がある。

委員
 教科書や、指導書について一番人気があり売れるのは、教師たちが努力しなくてもよく、わかりやすく、考えないようなものだということである。日本は教師に対して親切過ぎであり、教師に生きる力、考える力が重要で、内発的な力がなければ、子どもたちに生きる力がついてくるわけがない。フィンランドでは、担任にすべての授業を構成する権限があり、それが現場の教師の判断を促し、生き生きとした授業ができるという良い結果を生んでいると思う。

委員
 体力の問題について、授業の時間だけでこの力をすべて付けるのはとても難しい。日常の活動の中で体力を付けることが必要で、そのための動機づけをするべきである。学校ができることとして、一つは、生徒を生涯スポーツ、あるいは社会体育への参加を促すことを奨励し、地域の人にも来てもらえるようにしてほしい。もう一つは、子どものころからしっかり体を動かすことが大人になってからどう影響するのかについて、医学的な知識やデータを示して自分の体に興味や関心を持ってもらえるようにすることが大切である。

委員
 体育、保健体育というのは、企業で言えば安全衛生という分野に属するものであり、企業活動にとっても非常に重要なので、学校教育でも力を入れてほしい。
 道徳や特別活動に関連して、最近、企業ではコンプライアンスというのが非常に重要になっており、法律や就業規則などルールを守ることを身に付けさせることは大切である。「心のノート」の中でも、法律について載っているが、法律やルールを教育していくことを盛り込むべきである。

委員
 私の市には島があり、海で泳ぐことができるが、同一の条件整備ということで島の狭いところに必ずプールをつくらなければいけないということがある。施設整備について地域による違いというものを考えてもよいのではないか。
 また、体育を通して生徒指導や統率力を学ぶことができるので、すべての教師が体育、体力に関わる指導をしてもよいのではと思う。

委員
 子どもたちの体育離れ、二極化が非常にはっきりしている。中学校から部活動もしない子どもが増加する中で体力低下は起こっているので、その層に焦点をあてて、学校における青少年の体力づくりはどうあるべきか考える必要がある。
 朝に少し運動すると疲れてしまい、授業が成り立たない。学校における体力づくりを徹底するためには、午前中は教科の学習をして、午後を体育に充てるなどの整理が必要だと思う。
 現行の学習指導要領は細分化されすぎており、カリキュラムの在り方をどう考えるかは抜本的な課題である。教科と教科外に分けて整理し、そして教科外には特別活動や総合的な学習、道徳教育を入れてはどうか。だんだん特化が進み、教科が減らされていくことになれば悪循環になってしまうと思う。

委員
 保健体育について、中学校では、教科書を使って授業をするのは、雨の日か定期テストの前である。保健の目的はきれいに書いてあるが、実態がどうかなっているのか踏まえてほしい。
 特別活動に関連して、学校行事の時間は、中学校では平均100時間を超え、小学校高学年でも100時間近くあるが、それにより教科や道徳の時間が削られており、特別活動そのものをどうしたらよいか考える必要がある。
 また、特別活動でやるべき内容が多過ぎる。例えば、地震・防災を組み込む場合もある。いろいろ入れるとパンクしてしまうので、一部を学校の外に出し、家庭教育や社会教育、生涯学習でやることとして整理するべきではないか。
 現行の学習指導要領は体験学習が多すぎる。ゲストティーチャーを招くことがあるが、実態は丸投げになったりしており、教師の教材開発能力が低下している。体験学習は大変よいことだが、安っぽい活動だけが行われてはいないか考え直す必要がある。

委員
 小学校、中学校とも、今回の学習指導要領について、心と体を一体として捉えることを重視しているが、その成果と課題はどうなっているか調査し見直すべきである。オリンピックを目指すような子どもと、何にもせず、我慢したり、耐えたりできない子どもに二極化している。
 体育、保健体育の学び方について、どういう気持ちで学んだらよいのか。楽しいのはよいが、自分を乗り越えたときに、本当の楽しみがあるのだが、体育が苦手な子もいれば、得意な子もいるので、その子の能力や特性を大事にした学び方や楽しみ方でないといけないと思う。

委員
 体力について非常に二極化しているが、その向上を学校だけでするのは無理であり、地域が子どもたちの体力作りのために働く必要がある。英国では、70年代に多くのニュータウンを作ったが、そこで最初につくるのは体育館、グラウンド、ゴルフ場などコミュニティのための体育施設である。また、ヨーロッパでは公園でサッカー、ラグビー、クリケットなどができる。子どもたちが体を動かすための社会的インフラを整備する必要があるのではないか。

(2)事務局より今後の日程について説明があり、閉会となった。

お問合せ先

初等中等教育局教育課程課教育課程企画室

(初等中等教育局教育課程課教育課程企画室)

-- 登録:平成21年以前 --