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教育課程部会(第1回) 議事要旨

1.日時

平成13年6月15日(金曜日) 10時~13時

2.場所

霞が関東京會舘 「シルバースタールーム」

3.出席者

委員

 荒木委員、市川委員、浮川委員、木村委員、國分委員、齋藤委員、若月委員、田村委員、千田委員、野村委員、宮崎委員、横山(英)委員、横山(洋)委員

文部科学省

 御手洗文部科学審議官、結城官房長、矢野初等中等教育局長、田中大臣官房審議官、 玉井大臣官房審議官、江田主任視学官、布村教育課程課長、小松幼児教育課長、池原特別支援教育課長、大槻教科書課長、久保施設助成課長、芦立教育課程企画室長
国立教育政策研究所
 月岡教育課程研究センター長、三宅基礎研究部長

4.議事要旨

児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について

(1)委員紹介の後、互選により部会長に木村委員が選出され、部会長より田村委員が副部会長に指名された。

(2)本部会の議事等の取扱いについて諮られ、会議及び議事要旨を公開することとされた。

(3)木村部会長から就任の挨拶があった。

(4)芦立教育課程企画室長から資料説明があった。

(5)次のような自由討議があった。(○……委員、△……事務局の発言)

○ まとまった学力の調査の概要というものを紹介されたのは、多分初めてではないかとに思います。そういうことで、ご質問、あるいはご意見等ございましたら、お願いをしたいと存じます。

○ 先ほど、事務局から説明があった「当面の審議事項」との関連なのですが、一方で、中央教育審議会の第一次答申に、「教科の再編・統合を含めた教科等の構成の在り方について継続的に調査審議する常設の委員会を設ける」ことというのがあります。私も当時、この議論に参画していて、思い出しますと、この中教審で議論したときに、近々、教育課程審議会で次の教育課程の審議を行わなければならない。それについて、大まかな方向性を中教審として出すべきではないかという前提に立って議論がされたと記憶いたしております。
 その際に、多くの委員から、単に授業時間数を減らすとかというだけでなくて、いろいろな教科を再編・統合すべきではないか、あるいは、廃止する教科があってもいいではないかという議論が出されました。
 しかし、時間的にそういうことを急に議論して、近々、教科の中身をどうするかというときに、とても混乱が生ずるし、そうそうの間にやるわけにいかない重要な課題であるということで、こういう形で答申がまとまったと記憶いたしております。
 そのことを考えてみますと、通常であれば、10年に一遍教育課程が変わるとすれば、審議はもっと前からなされるわけで、この教科の再編・統合といったような問題について、もし議論するとすれば、今からやっても、もう遅いくらいの感じになるだろうと思うわけです。
 そこで、ここまで踏み込んでやるつもりがあるのかどうかということを、ひとつお尋ねしたいと思います。
 それからもう1点は、これは感想ですが、ただいま各種調査のご報告がありました。私は、正直言って、意外に思っております。
 というのは、ここ数年来というか、十数年来といいますか、教育内容の精選ということを言ってきております。また、来年からの教育課程については、厳選というふうに言っております。
 したがって、教える内容というのは、当然、知識という点では少なくなってきており、今後も少なくなっていくであろうということが予想されるわけで、それについて、学力低下論というものが言われております。私は、そんなものは知識そのものの量が落ちるのは当然のことであって、ほかに、やはりものを考え、事柄を解決していく、そういう能力を身につけるということが、特に生涯学習社会においては重要であろうというので、そういう議論にはくみしないわけですけれども、それにしても、知的な学力が落ちていないというのは、ちょっと不思議な気がします。

○ 2番目の点については、私も委員と同じ立場をとりますが、確かにちょっと不思議な現象ですね。局部的なデータをお集めになった方は、学力が確かに落ちているとおっしゃるんですが、こうやって見ると、どうしても落ちているというところが出てこない。非常に不思議だなと思っています。
 それから、最初の件でありますが、非常に重要なご指摘でありまして、どうしても今までの中央教育審議会、時間が区切られていたために、委員がご指摘のような、いわゆる根本的な議論ができなかったというところがあると思います。そういうことで、今回、この教育課程部会、常設されたわけですから、ご指摘のような根本的な問題についても、今後議論をしていく必要があるのではないかと思っています。

△ 当面の審議事項につきましては、来年度からの小・中学校で新しい学習指導要領の実施に向けての課題という形で整理させていただいております。根本的な教科の再編・統合も含めまして、教育課程の基準の改善につきましては、この議論と並行して、学力調査の結果でありますとか、研究開発学校等の研究成果を、教育課程研究センターと協力して、審議会の方にデータを提供させていただきまして、進めていただきたいと存じております。

○ この部会でこういうことをお願いしたいというようなことが、教育課程研究センターに対して言えるのかどうか、その辺もちょっと気になるところなのですが、その辺はいかがでしょうか。
 といいますのは、臨時委員がお入りになる前の初中の分科会でも、冒頭、学力の議論が出てまいりました。世の中には学力低下論があふれており、それを主張されている方々の多くは、基礎・基本を徹底してやれとおっしゃる。しかし基礎・基本とは何かについてちゃんと議論がなされていないんですね。英国では、そういう議論を聞いたことがあるし、したこともあます。英国の場合には、基礎・基本の考え方については割合割り切りがあるのですが、その辺のところについては、日本としてもきちんとやっておく必要があるのではないかと思います。
 それから、教育課程審議会の委員でいらした東海大学の秋山先生と話しておりますと、子どもたちが算数でつまずく箇所というものが、ある程度、先生のような方にはわかっているようですね。ですから、学力が落ちた、落ちたというよりも前に、そこをどう突破するかについての議論をした方が手っ取り早いのではないかと、私は思っています。
 そういうことで、各教科について、子どもたちがどこで引っかかるのか、その辺のところも、研究者によっては、ある程度、おつかまえになっているようでありますので、是非そういうところを出して頂くとともに、関係者の皆様と教育課程研究センターと協力の下に、その辺を少し息長く研究していただくようお願いしたいと思います。

△ 教育課程部会でのご審議を踏まえて、文部科学省と教育課程研究センターで協力しながら、できるだけいろいろなデータを提供してまいりたいと思っております。

○ これまでは、ある問題に対して、すぐデータを出してもらうということを期待していたのですが、1年とか2年、もっとかかってもいいと思うんですが、ある決めたテーマについて研究をお願いして、その結果を出して頂いて、ここで議論していくという事も考えて良いと思います。常設で長い部会になりましたので、そういう体制をつくっていただきたいと思っております。

○ 先ほどの文部科学省から説明のあった藤沢市の調査については、私も別途入手して、拝見していたのですけれども、ある意味ではショックでした。
 というのは、確かに表面的な学力は全体的に見ると、それほど落ちているという印象はない。しかし、それでは、文部省も目指していたはずの「新しい学力」であるとか、「生きる力」といったようなものについてはどうだったのだろうか。これで見ると、明らかに勉強の意欲は、非常な低下を見せている。ほかのデータでも、例えば、家での学習時間はどんどん減っているというデータもありますし、例えば、読書量など、そういうのもどうなのだろうか。
 そういうことを見たときに、確かにペーパーテストではかられるような学力は余り落ちていない。一方では、意欲とか学習時間が落ちている。ということは何を意味しているのだろうか。
 そのときに、結局、もしかすると日本では入試というのがあるので、塾その他の受験産業の力をかりて、とりあえず表面的な学力はキープされているだけかもしれない。学校が十分学力をつけるということで機能しているかどうかということについては、もっと慎重に見ていく必要があると思います。
 というのは、この藤沢市のデータを見ますと、例えば、学校は何をするところかと、子どもたちが見ているかといいますと、要するに、友達つき合いの場というふうにとらえている傾向が高い。
 それから、塾に行く子はどんどん増えていて、学校と塾とでどちらの授業がわかりやすいですかという質問に対しては、塾の方がわかりやすいという子どもが、かなり多い。
 すると、学校というのがだんだん、ゆとりということも含めて、学習に対するプレッシャーを弱めていく中で、子どもたちは塾に頼ったりしながら、何とかかろうじてトータルとしては一応の学力をつけているだけかもしれないということを、学校としては考え直さなくてはいけないのではないかというふうにも思えます。やはり、塾に行かなくても、公教育として学力保障をしっかりやるべきではないか。
 特に、最近の塾の動向を見てみますと、いわゆる自己教育力に当たるようなことに、かなりてこ入れをしていると思われます。例えば、家での学習計画の立て方であるとか、それから、自己評価力であるとか、あるいは学習技能であるとか、こういうことをかなり塾がやっている。本来は、それは公教育である学校が、むしろやるべきではないのだろうか。それ以上のものを求める子どもたちが塾に行くということは結構かと思いますけれども、学校がむしろ、そのあたりをやらずに、塾に頼っている子どもが多いとすると、むしろ問題ではないかという気もしています。

○ 新しい学習指導要領に基づいて、いよいよ教育課程を編成して、来年度から実施していくわけですが、内容を厳選し、そして、完全学校週5日制が実施される教員が子どもと接する時間も6日から5日になったわけでございます。そして、1日の時間編成は、週に6時間が2日、あとは5時間設定するという形になります。
 それで、子どもと教師が接する時間というのは、6時間授業を3時20分くらいまで行いました後が自由に接する時間ですけれども、3時55分には下校していくわけです。そうしますと、当面の審議事項の中の「発展的指導、補充的指導などの個に応じた指導について」というところなのですが、基礎・基本を確実に定着させるということは一斉指導だけでは、個々の能力の違いもありますので、なかなか徹底しない部分があるわけです。
 個に当たる時間の保障というものが、どれだけあるかといいますと、今現在、この移行期間をずっと振り返ってみますと、本当に指導者は時間がないんです。個に対応する時間がない。
 それで、1つ1つの学習は、体験的な学習を進めなさい、「総合的な学習の時間」等も週2ないし3は取らなければということでやっていきますと、体験的活動を設定するということは、準備のために大変時間を要しますし、それから、ゲスト・ティーチャーなども入れていくということになりますと、あるいは校外に出るということとかも考えますと、多面にわたって緻密な計画が必要なんです。教室の中で学習を進めていくという進め方とは、教師が使う精力は随分違うんですね。その保障を一体どこにとるかといいますと、週5日制になって、土曜日と日曜日は休みになったから、教師はしっかり研究、研修する時間があるというふうに考えては、これは間違いだと思うんですね。これは週休なので。としますと、なかなか個に応じて能力をしっかり定着させていく時間の保障に苦慮するところがたくさんあるということなんです。これは、私ども現場にいる者が工夫をしなければいけないわけですから、現在、その工夫を懸命にしているところです。それで、できるだけ会議の時間も少なくして、子どもに接する時間を多くとるようにしようと懸命に今努力をしているところでございます。

○ 教育委員会を含め今の学校が、どういう方向にいるかというと、これは文部科学省の指導もございまして、特色ある学校づくりというのが1つの方向になっているわけですね。特色ある教育によって、特色ある学校づくり。それはおのずから、保護者から見れば学校の選択性にいく。つまりは、学区の弾力化あるいは学区の廃止にいく。これは、現在いっている方向だろう。
 それでは、特色ある学校づくりはどうやるかというと、校長のリーダーシップの下に創意工夫をする。創意工夫する余地が、今、本当に小学校にあるのだろうか。教育課程で非常にがっちり決められている中で。確かに、「総合的な学習」の中で創意工夫がありますが、ほとんど創意工夫をする余地がないのが、現状の教育課程だろうと考えています。
 そういった意味では、ぜひとも特色ある学校づくり、そのためには創意工夫のある教育課程の編成、そういう視点から教育課程がどうあるべきかという議論を、ぜひともお願いをしたいと考えています。

○ 今、創意工夫の余地をという話がありましたが、私も今、さまざまな試みをしておりまして、ぜひ、ここでそうしたご検討をしていただければということで、この会に参加をさせていただいているわけでございます。
 それから、先ほど来、まず学力の問題が出ておりました。ご指摘がありましたように、よく教員の指導力が低下していると盛んに言われます。これは、教科でも、生活指導でもそうです。
 私も現実に、いろいろ見ておりますけれども、指導力が低下しているという批判については、私は、これは感覚的でありますから、定量的には証明されていないけれども、やはりかなり低下していると、肌で感じます。子どもは、よく我慢して聞いているなという部分が現実にあります。
 しかし、学力が落ちていないデータが出ているということは、先ほどご指摘があったように、どこかでそれをかなり支えているという厳然たる事実はあるだろう。これは、やはり押さえておかなければいけない1つの大事な視点だなと感じました。
 それからもう1つ、子どもたちに学習指導要領に示す基礎的・基本的な内容を確実に身に付けさせることはもとより、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」をはぐくむと言う表現は、非常に現場に対しては混乱を与えていると、私は思っています。
 これはどういうことかといいますと、いろいろご議論があると思います。先ほど、学力を語るときに、基礎・基本といったようなものを、もう少し明確にしたらどうだろうかというご指摘がありました。まさにそのとおりだと思うんです。
 学力観についても、あるいは基礎・基本をどうとらえるかということも、さまざまな考え方はありますが、今、この子どもたちの現状を踏まえたときに、定義をするより、学者の方もいらっしゃいますから、とにかく仮の定義をいろいろいただいて、具体的な形で実践していかなければ、もう間に合わない、そういう意識を持っています。
 簡単に言いますと、学習指導要領に示されているもの、すべて基礎・基本である、これはそうなのですが、基礎と基本というものを明確に分けました。簡単に言いますと、基礎というのは、かなり知識、技能といったようなものに、はっきり限定しようではないか。そして、基本という部分は、まさに今、例えば総合的な学習で求められている、自ら考える力だとか、「生きる力」だとかといったその学力、これは基本なんだというような一応の整理をしているわけです。
 ところが、学校現場、我々がそういう説明をすると、学校現場の校長あるいは教員は、基礎・基本の内容とともに、また「生きる力」といって、基礎・基本と「生きる力」というものを別に考える。ここに、今の総合的学習の、ある意味での停滞があると思うんですね。それからもう1つは、基礎・基本といったものを、もっとしっかりやろうという不安感を社会に醸し出している。私はそう思うんです。
 基礎・基本といったときには、既にこの「生きる力」そのものが、基本なんだというような明確な姿勢といったようなものや、方針といったようなものを出していかないと、これは現場が、あくまでも基礎・基本と「生きる力」は別のもので、さあ、その両方をどう調和をとっていったらいいのか何とかというような、二項対立的な思考がいつまでも続いてしまう。ぜひ、その基礎・基本といったようなものの議論を深めていく必要がある。それがないと、学力論になかなか結びついていかないだろうと感じております。

○ 小学校、中学校、高校と来るにつれて授業の理解度が下がっていることには、何か非常に寂しい思いをし、これが現実だろうなということも実感し、これを何とか解決しなければ、日本の教育の未来はないのかな、大げさにいいますと、そんなふうな感じもするところであります。
 現実に高校生を見ていますと、特に学ぶ意欲が落ちていると実感します。学校によりましては、そこそこ学力を持って入ってくる生徒もおりますでしょうし、そうでない生徒もおりますでしょうけれども、学力を一定程度持って入ってくる高校生でさえも、学ぶ意欲、言ってみれば、内発的な学習意欲の低下が見られます。
 これが端的にあらわれますのは、思考力あるいは論理的な、抽象的な思考力、そして、連動するわけですが、表現力が衰えています。これは、小学校、中学校、そして高校と、学年が上がるにつれて、やはり本離れがあらわれているなということを実感しているところです。
 その背景には、いろいろあるのだろうと思いますけれども、高校生に中学校時代の学習状況等を聞きますと、本当に自宅での学習時間は少ないですね。かなりの学力を持って入ってくる生徒でさえも、自宅での学習時間は驚くほどありません。
 では、何をしているのか。多分、外で友達と遊ぶということも余りないでしょうから、まじめな子は塾へ行って勉強しているでしょうし、あとは、テレビ等視聴覚文化というのでしょうか、そういうところで時間を使っている。それでは、やはり本当の意味での学ぶ意欲とか思考力は育たないだろうなと感じておるところです。
 では、どうしたらいいのかということですが、来年から完全学校週5日制になる中で、学力を低下させない、学ぶ意欲のある生徒を少しでも育てたい。そのためには、やはり授業時数を確保する必要がありますが、なかなかそれができない。多くの高校では、7時限目を週1回あるいは2回、あるいは学校によっては0時限目を設定するなどして、授業時数の確保をしなければ、特に高等教育を目指す生徒たちの希望に沿うことができない。そういう無理をしなければ、結局、その高校生たちは、予備校とか塾へ行くわけですね。そうすると、ますます公立学校に対する信頼度が薄れていきます。学校も、公立学校は特に、生徒や保護者の期待にこたえるためには、相当頑張らなければいけないだろう。
 さらにもう1つ申し上げますと、高校生になりますと、部活動というのが人間形成の上で非常に大きな役割を持っているわけですが、先ほど申しましたように、0時限や7時限目をつけますと、部活動ができなくなってまいります。そうしますと、結局、土曜日とか日曜日に部活動を多くすることになっていかざるを得ないわけですが、この部活動の引率等について、先生方が指導されるわけですけれども、週休日という中で、果たしてどこまで顧問教諭が指導に当たることができるか。
 いろいろなところで、実は、学校の個性化、特色化のための工夫、努力をしなくてはいけないことは非常に切実にわかっていますが、時間的にも、枠の狭さの中でどうするか各学校長は非常に苦慮しているところではなかろうかと思っておるところです。

○ 今おっしゃった授業の理解度が下がっているという調査結果は、平成10年の2月のものですけれども、これは最近の傾向ですか、それとも、昔からある傾向ですか。何か、昔からあるような傾向のような気がするんですけれども。

○ 私は、資料を持っておりませんけれども、大まかな傾向としては、そうだと思います。「7・5・3」という言葉が、かなり前から言われておりますので、そうだと思います。
 ですから、それに対して、やはり本当の意味での考える力、自分で問題解決する力、それをどう育てるか。やっぱり一方的な詰め込み教育ではなくて、ゆとりの中での教育が必要だろうということで、この方向は正しいだろうとは思いますけれども、しかし、その一方で、学ぶ意欲が衰えていく、それをどうするのかとかいったことについては、また、別の視点で考えていかなければならないだろうなと思っております。

○ ある地方で同じ高校について調べたところ、20年前は学校に不満があるけれども楽しいという子どもたちがたくさんいたんのに、最近はそのような子どもたちが減って、逆に、楽しくないけれども不満もないという生徒がものすごく増えているという結果が出たという報告を目にしたことがあります。これに対しては、アパシー現象が広く蔓延してきたためだという解説が記されておりました。

○ 初中の最初の分科会のときに、各県から出てきた資料について全体的な印象としては、我々が予想した以上に妥当な水準を維持していると受け取れるのですけれども、藤沢市の例をもとにして指摘された点については、もう少し実態を細かく分析する必要がある。特に学習意欲が非常に低下してきているというのは、他のいろいろな資料でも指摘されているし、それに伴って学習時間が、教育制度分科会で、京都大学の学生でも、びっくりするほど学習時間が少ないというような報告がありまして、今後の課題として、どうやって学習意欲を持たせるのか、あるいは家庭での学習時間、何も詰め込みでがむしゃらにやるということではないのですけれども、そういう点を少しじっくり時間をかけてやる必要があると思います。
 たしか去年の2月か何かに、文部省がどこかに委託されて、主要5カ国の子どもたちの生活の調査とかされた中では、1日の平均的な子どもたちのテレビを見る時間が3時間というので、これは諸外国、アメリカとかイギリス、フランス等に比べて、相当程度、テレビを見る時間とか、テレビゲーム等をする時間が長いというのが特徴的だという見出しで出ていたのを、今思い出したのですけれども、なぜそういう状況になっているのか。以前に比べて勉強しろという親も非常に少なくなっているという傾向があるというようなことも、新聞記事に出ておりましたので、なぜ、学習意欲が、日本の子どもたちに、それほど急激に衰えてきているのかというところは、非常に気がかりなことなので、少し時間をかけて、議論する必要があるのかなという印象を持ちました。
 また、質問は、IEAの調査結果に平成7年のものと11年のものがあって、11年のものは7年の追跡調査ということになっているのですが、どういう調査なのかと教えていただきたい。
 それから、中央教育審議会第一次答申のときの議論は、教科の再編・統合ということを時間がなくて、教科というのは大体明治以来同じような教科、コースになっているので、環境問題などを考えても、今の教科構造で本当にいいのかどうかということについて、少し時間をかけて議論をする必要があるということだったので、当面の議論と関連させながら、じっくり議論をするのがいいと思います。
 また、完全学校週5日制が来年4月から施行になるわけですけれども、公立学校は学校教育法施行規則に基づいて全国的に実施されると思うのですが、私立学校の場合、特に中高一貫の学校では、比較的、完全に実施される状況にないのだということが、去年あたりの新聞に出たようなことを記憶しています。その後、私学がどういう状況にあるのか、教えていただきたい。また、「総合的な学習の時間」について、ほとんどの学校で新学習指導要領への移行期間に入っているので、研究指定校になっている学校の取組も発表されていますけれども、実態として、今の段階で、例示されている4つの課題を含めて、「総合的な学習の時間」が具体的に来年4月から、全国的にはどういう形になるのか、データがあれば是非お示しいただきたいと思います。

△ IEAのことに関してお答えさせていただきますと、IEAの第3回の調査は平成7年に行われたのですけれども、平成11年には、数学162問、理科146問の中で、7年と全く同一の問題は、数学48問、理科48問ということで調査が実施されております。ただ単なる追調査というわけではなくて、実際の目的は、小学校4年生が4年後に中学校2年生になったときに、どれだけの伸びがあるかという目的が1つありまして、そのために4年後に実施しました。また、7年と11年の中学2年生を比べて、全く同じ問題で行った48題の正答率の比較を行っています。
 第3回の追調査では、例えば、新たに台湾が参加したというような参加国の変化もあります。多くの国は平成7年と平成11年両方に参加しているという状況でございます。

△ 私立学校の週5日制の実施状況については、来年度から5日制にする検討状況について、小学校の数字をご紹介したいと思います。私立の小学校につきましては、現在、完全5日制を実施している学校が35%です。来年度から5日制を完全に実施しようとする学校が20%、合わせまして55%。そして、14年度から実施することについて検討中というのが30%、合わせて85%で、残りの15%が、そういう動きにはないというのが小学校の数字です。

○ 「総合的な学習の時間」の状況については、次回でもよろしいですね。では、次回にでも出していただきたいと思います。

○ 盲・聾・養護学校の現状について、少しご紹介をさせていただきたいと思います。
 現在の学習指導要領、新しい学習指導要領で、個別の指導計画というものを導入することになってございます。特に自立活動という、障害の状態の改善克服の面と、それから、重度重複学級については個別の指導計画を作成して、一人一人の障害の状態に応じたきめ細かな指導をするようにということになってございます。全体として、学級の人数が少ないことと、それから、全体の教育課程上のさまざまな課題を勘案すると、教育課程全般について個別の指導計画を作成して、教育内容を子どもたちに指導していくという方向が望ましいだろうというようなことで進めているわけですが、東京都では、平成8年から個別の指導計画についての冊子をつくりまして、この啓発に努めてまいったわけです。
 個別の指導計画の中で大事なことは、教員が教育内容について十分理解をし、そして、生徒の個別の課題について検討していくことはもちろんですが、家庭と連携をして、保護者がどんな考えで子どもの教育内容を望んでいるか、また、特に家庭で困っているような問題、これから伸ばしてもらいたいような内容について、個別の指導計画を立てるときに協議をしながら作成をしていくというような手法をとっているわけです。
 これまで、日本の教育において、教育課程について、余り保護者の意見、あるいは本人の意見を取り入れられてきませんでした。そのあたりについて、少し考えていく必要性があるのではないか。
 先ほど、お話があった、学校生活の満足感ということと同時に、学校の授業の理解度というものを見たときに、特に高校生あたりになりますと23%が、ほとんどわからない、あるいはよくわからないと回答しておりまして、大体4分の1の子どもたちが、ほとんど教育内容に関心も示さなくなっているという傾向にあるのではないか。
 先ほどご指摘があったように、どの教科でもつまずくところというのは、ある程度わかっているのであり、そこを越えなければ、次はもうずっとわかっていかないわけですよね。それで、学校にいるだけというのは、余りにもかわいそうな状態ではないか。私が申し上げたいのは、そういった各教科の到達度で一番つまずいているところを、各教科ごとに洗い出して、個別に支援の手を差し伸べる、そういったことができなければ、なかなか意欲にもつながっていかないし、学力論争の中でも、ただそこだけほじくることになってしまうのではないかなというふうに考えております。
 この点が、例えば不登校、そのほかにもつながっていく可能性が高くなっているのではないか。特に高等学校の場合は、進路変更というような問題がたくさん出ていくわけですけれども、そのあたりについて、今後、検討していく必要があるのかなと思いました。
 もちろん、盲・聾・養護学校が十分な教育をしているということではありませんで、私ども、課題がたくさんあると考えております。特殊教育から特別支援教育へという名称の変更を文部科学省の担当課がしたわけですが、つまり、支援をする、個々のニーズに応じた教育をどう構築していくかということが求められるのかなという気がいたしております。かなり、1学級の人数が少なくなってきている現状でもありますので、何らかの形で一人一人の個別の課題を明らかにしていくようなシステムをつくり上げていくことが望まれるのではないかと思いました。

○ 就学前の幼稚園教育の方から、実情を踏まえまして幾つか発言したいと思います。
 幼稚園の教育要領につきましては、平成12年度より既に実施されておりまして、各幼稚園では、新幼稚園教育要領に基づく趣旨を生かした実践というものが、今進められているところでございます。「道徳性の指導を充実」については、幼稚園教育の場合は、道徳性の芽生えを培うということで、具体的に芽生えを培うということはどういうことなのかというようなことについて、実践を積み重ねながら、今解明しているという状況にございます。
 特に、新しい幼稚園教育要領での大きな特徴の中に、小学校以降の生活や学習の基盤をつくっていくということが述べられておりまして、幼稚園教育から小学校教育への段差というものは必要なのだと思いますが、教育課程を考えていく上での滑らかな接続ということと、2つの側面から考えなくてはいけないのではないかということで、幼・小で相互にそれぞれの教育課程をどのように理解し、とらえて実践していくかということが1つの課題になってきているのではないかと考えております。
 先ほどから、学習意欲の問題が、かなり問題になっておりますが、幼稚園教育の目標というのは、いわゆる到達度の目標ではなくて、心情、意欲、態度ということで、情意面といいますか、意欲的な側面が大変強いわけです。そういう意味からいいますと、幼児期から今の子どもたちの実態を見ていきますと、遊びを中心にした指導といいますか、教育の中で、本当に意欲的に遊んでいるのかどうなのか。遊びや生活に取り組む意欲というようなことについては、いろいろな課題があるようにも感じております。そういう意味からいいますと、幼児期から子どもたちがどういう生活をしていくことが大切なのだろうかということを、幼稚園教育の立場からは改めてとらえ直していきたいというふうに考えているところです。

○ 私自身は周りに子どももおりませんし、教育の専門ではなく、企業を経営しておりまして、中国とかアメリカの方の人たちと比較しまして、私たち日本人がどうあるべきなのだろうなということを、最近よく考えます。これから、私ども日本の会社というのは、グローバリゼーションでやっていかなくてはいけないというのが、目前の目標でございまして、国際競争力をつけた日本人をつくり出していかなくてはいけないと思っております。そのときに、確かに英語力というのは重要な要素なのですが、英語力だけではなくて、やはり、国際競争の中で、人とコミュニケーションをとって、自分の考えていることを積極的に説明ができて、場合によっては他人を論破していけるような人間というものが必要とされていると思います。
 日本の10年先を考えますと、やはり中国の大きな人口の中から、非常に優秀なリーダーシップをとれる人たちが育っておりますので、ぜひ日本人は、今までは非常に優秀な日本人というもののクォリティーの高さを私自身も感じているのですけれども、それだけではなくて、もう少し上流工程、企画力、発想力、それから、自分たちの考えをしっかり述べられる日本人という、本当に基礎体力のような日本人の底上げというものを切に望んでおります。

○ いろいろな調査の報告がある中で、僕が一番気になったのは、先ほど、先生という存在自体や、その指導技術のレベルが落ちているというご指摘がありましたけれども、学校というのは、基本的に生徒と先生で構成されているなら、先生という存在は生徒にどういう評価を受けているのか。子ども側の意識調査として、勉強が好きか、嫌いかというようなことや、学力に関することの調査はありましたけれども、生徒は先生をどう思っているのかなということを、単純に思いました。
 芝居の世界でいうと、お客さんのことばかり考えては、お芝居はつくれなくて、役者と観客の相互作用によって劇的空間というものは作られるわけですね。いい役者がいれば、必ずいい作品ができるわけでもないし、その人が伸びるわけでもなくて、いい役者がいい客を育て、いい客がいい役者を育てるという、そういう相互作用だと思うんです。
 それで、そのことを考えていくと、今、子どもに表現力が足りないと言われたときに、ああ、そういえば先生に表現力ってあったかなという疑問を感じました。
 我々が小学生、中学生に狂言を見せたりする時に、引率の先生が来るのですが、お忙しいのか、先生、つまらなそうな、早く寝たいような顔をしているんですね。全くそこの場で楽しもうという意欲を見せてなくて、先生に対してケアをするという考え方をした方がいいのではないかと思います。生徒、児童ばかりのことではなくて、先生の方の理論ということの必要性を感じます。
 塾と学校教育の現場の温度差は、僕は余りよくわかりませんが、何か塾というのは、すごくデジタル的に、マニュアル的にものを教える。子どもとしては、何かやり方を覚えていって、行動するという方が簡単だろうなとは思うのですが、僕の印象では、学校というのは、デジタル的な技術も教えるのですけれども、何かアナログ的な部分で引っ張っていくんだろうなと思うのです。例えば、僕、国語がおおむね良好というので、大変びっくりしているんですけれども、読解力は上がっているという言い方は、多分、デジタル的に国語を消化することには、非常にたけてきているんですけれども、いわゆるそれをアナログ、表現としての単位としてとっているのかどうかということには疑問を感じます。
 例えば、私の考えでは、言葉というのは、意味を伝える道具であるのと同時に、特にしゃべり言葉としては音で構成されているというふうに思うわけですね。もちろん、耳で聞くと、読むのと同じで意味で聞けばわかるのですが、音で聞くと、例えば単に「青い」、「赤い」でもいいんですけれども、「青い」のか、「青い!」のか、「あ・お・い」、例えば言い方を変えるだけで、随分印象が変わったりするわけです。それが表現力というものだと思いますけれども、そういう音を使うことで言葉のイメージ、浸透率が上がるというようなことが現実にあると思うんですね。
 ですから、ただ単にマニュアル的に教えることだけではなくて、いかに先生が、その上で自分のアナログ的な表現力を上乗せするかによって、子どもにとって何かもうちょっと浸透率が上がったり、また、子どもが表現しながら生きていくというようなことにつながらないかなと感じました。
 とにかく生徒に表現力がないという前に、先生にどれだけ表現力があるのかなということが、非常に、私にとっては気がかりであります。
 それと、個性に合わせたという言い方を、割合この資料の中で拝見いたしますけれども、まず、僕らは型というものを勉強させられるわけですが、型という、一種の表現するための方法論は、自分に合った方法論だけを積み重ねると、やれることって少ないんですね。それで、600年、洗練された型というのは、基本的には、自分の父も祖父も、その前の人も、いろいろな人が通ってきて、そういう方法論ができた。それを、完璧にマスターするのは、自分の能力だけではなくて、ほかの人がやったこともやれるようになるというか、自分のサイズだけではないところに身を置くというのが、型を身につけることの意味だと考えます。ですから、あながち個性、個性といって、その子のサイズだけでおさめるというようなとり方にされると嫌だなと思いました。
 それから、型を身につけるということは、勉強するということに非常に似ていると思うのです。ある技術を身につけて、明らかに自分が表現する世界観が広がるという実感を持つと、なお学びたいと思う気がするんですね。
 例えば、車の免許をお持ちの方が、車を運転し始めて、免許を取って、自分で車を運転するようになったときに、明らかに歩いているだけではない1つの世界観というものが広がるのではないでしょうか。あなたは、とにかく歩けるからずっと歩いていなさいというのではなくて、車に乗ることで、自分で長距離を行けるようになったり、スピード感というものの実感を身につけることで世界観が広がる。
 そういう覚えた技術で何かを達成したという実感が、必要なのではないか。マニュアルをマニュアルとして覚えて、マニュアル通りにしていれば試験も通って、高得点であるという、そういう、ちょっとゲームと同じような感じになってしまっているのかなと思っております。
 それと、最後に、国際性ということで、今、大リーグが非常に注目されていますけれども、大リーグというと、ちょっと前まではホームラン争いなんかが、すごく過熱していたときに、注射を打ってまでホームランを打っている人がいたりして、それがアメリカの野球だと思っていたら、まさにイチローという日本人の体型と自分に合った技術を持った非常に日本人らしい人が、日本人らしい野球をして、世界に通じている。これから狂言というものを世界に発信しようとは思っておりますけれども、単にかたくなな日本というわけではなくて、土俵は世界だけれども、決して無理して世界に合わせるのではなくて、あくまで自分の個性に合ったやり方というもので世界に出ていけたらいいんだろうなと思います。

○ 以前、中教審でのある方のヒアリングにおいて、型を教えることの意義や重要さについては理解できるのだが、今の子どもたちは、なかなかそこを受けつけない、その点をどうしたらいいのかいう質問をさせていただいたことがあります。そのときには、やはりおもしろくやるというふうなことが、1つの答えだろうとおっしゃったように記憶しています。とにかく、子どもたちが食べなくなったので、何とか食べさせるという工夫をしなきゃいけないのではないかなと、そのときも思いました。
 いろいろ貴重なご意見ありがとうございました。今後の議論につなげていくことができると思います。
 次回以降の審議についてでございますが、ほかの部会、あるいはほかの分科会でも同じことをやっておりますが、本日の議論を踏まえまして、有識者の方から児童生徒の学力についてのヒアリングをさせていただいてはどうかと考えますが、いかがでございましょうか。異議がないようですので、そのように取り進めさせていただきたいと思います。
 今ご指摘があった、先生方の評価の問題ですが、これについては、かなり前向きに進むと思います。まず、学校の自己点検・自己評価から始めて、第三者評価、その方向へ踏み出す準備は整いつつあると申し上げてよろしいかと思います。大学については、私どものところがそれをやることになっておりますので、高等学校、中学校、小学校にも、おいおい、評価という問題が現実の問題として出てくるのではないかと思います。

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