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教員養成部会(第15回) 議事要旨

1.日時

平成14年1月29日(火曜日) 10時~12時

2.場所

霞が関東京會舘 「ゴールドスタールーム」

3.出席者

委員

 荒木委員、宇佐美委員、大南委員、岡本委員、小川委員、川並委員、斎藤委員、田村委員、永井委員、野村委員、平出委員、松尾澤委員、山極委員、横山英一委員、渡辺委員、鳥居中央教育審議会長、木村分科会長、高倉部会長

文部科学省

 結城官房長、矢野初等中等教育局長、加茂川審議官、名取主任社会教育官、辰野初等中等教育企画課長、竹下教職員課長

4.議事要旨

(1)中間報告に対する関係団体からの意見

 事務局より配布資料に基づいて説明。

(2)答申案についての審議

 各項目について質疑応答。主な発言は以下のとおり。

1.教員免許制度の総合化・弾力化

○ 私立短期大学協会の「開放制の堅持」という意見の趣旨はどういうことか。

○ 短期大学卒業レベルの二種免許状が廃止され、短期大学から教員養成が取り上げられるべきではないということである。

○ 盲・聾・養護の免許の総合化には、一般からも専門性の低下を危惧する意見がかなり多い。各免許が従来持っていた専門性を勘案しつつ、取得単位が増えるだけではない総合免許状を検討しなければいけない。また、弾力化で小学校の専科を安易に拡大するのは、教科の専門性は向上しても発達段階への配慮が不十分になると危惧している団体があった。

○ 総合化の方向は賛成だが、中学免許で小学校を担当する場合、一定の研修をする必要があるのではないか。専門性は、教科だけでなく教職についても総合的に考えなければならない。社会人活用も同様で、ある特定領域の専門性だけでなく、子供の発達段階について理解が深まるような研修の方法を考える必要がある。また、特殊教育の免許状の総合化については賛成だが、その専門性には留意して欲しい。専修免許はその専門領域を明示したほうがよい。

○ 専修免許状に規定する専攻分野は大学のカリキュラムに影響を与えるため、その内容を検討するはずだったが、今度の通常国会で出される免許法の改正案にそれが含まれるなら、最終答申前に部会で検討する必要があるのではないか。

△ この部分は法律ではなく、教育職員免許法施行規則であるので省令改正事項である。時期は法改正より後の夏頃になる。当然この場で議論することを考えている。

○ あくまで例示であること、またその例示が適切かという検討はこれからである。

○ 中学や高等学校の免許で小学校教員になれるとしているが、教員養成のカリキュラムが小学と中学・高校では違う。高校の教職のみで小学校教員になれることを認めていいのか。それとも何か計画されているのか。

○ そうではなく、専科教員(教科指導のみ担当)としての活用を促進することである。

○ 教職課程、生徒指導の内容などが小学校と中学・高校は違う。中高しか教えていなかった教員には小学校で教えるための研修の機会を作ったほうがいい。

○ 弾力化について、これまでの委員会で、中学校の教員が小学校の授業を、高等学校の教員が中学校の授業を担当するという流れだけではなく、逆に小学校の教員が中学校の授業を、中学校の教員が高校の授業を担当するという、双方向性の意見があった。優れた小学校の教員の中には、教科によっては中学校の授業ばかりか、高校の授業もできる教員がいる。双方向性を内容に盛り込むべきである。
 また、教員の専門性については、教科の専門性だけが強調されているように思われるが、それだけでなく、学校種それぞれに専門性があるべきである。これまで小学校教員の専門性だけが問題とされてきたが、現在、中学生や高校生の間に様々な多くの問題が生起しており、特に最近では、「新しい荒れ」が起こっている。それに対応できる中学校教員、高等学校教員の専門性が追求されねばならないし、その上に立つ免許状の総合化・弾力化を構想すべきである。

○ 総合化・弾力化は、学校を活性化し、子供によい教育を展開し、さらに教員の意識が変革されてよい結果を生むと思う。事実、自分の中学では周りの小学校、高校と交流しているが、教員自身の意識や言葉遣いが変わり、日ごろの授業が変わっていく。双方向での交流を受け止める素地が学校にできれば、現在危惧されている問題が改善されるのではないか。

○ 今の意見に賛成である。幼稚園の年長の子供は非常に成長するのに、小学校へ行くと扱いが変わるため幼稚化してしまうのが問題である。また、中学校の教育を経験して高校へ来た教員は、生徒を掌握して教育する能力が高く現場でとても役立つ。高校だけの経験では、専門性はあっても今の子供にはうまくいかない場合がある。今の免許の仕組みや、大学の養成カリキュラム、教官の意識に、現場の意見を反映する工夫が必要である。

○ 校種を超えた指導や子供達の交流は進んでいるが、現状では、教員同士が同じテーブルでそれぞれの発達段階や教育課題について論議する土壌はまだこれからである。総合化・弾力化の趣旨を生かすには、隣接校種免許の取得を促進する制度の創設だけでなく、現場で生かせる実質的な連携方策が必要である。それが双方向の交流を一層促進する。

○ 学生だけでなく、特別免許状の社会人の研修や弾力化に伴う単位習得などを含めた、全体的な大学における養成の具体的なカリキュラムを早急に提案する必要がある。社会人の教員には教職に関する知識を必ずつけてほしい。現職教員も弾力化に伴い知識や体験をリニューアルする必要がある。更新制をしないという結論は、大学での教員養成が非常に信頼されている証拠である。ならば、養成側はこれを真剣に受け止め、公費を使わないで研修機会だけを与えられるといった積極的な方針を出さなければならない。また、免許を取る学生の負担を軽減するという発想は受益者負担の観点からどうかと思う。専修免許の専攻については、実際にこの例示に従おうとする大学があったようなので記述に気をつけたい。

○ 盲・聾・養護の総合免許で専門性の低下がないようにしたい。ワーキンググループで現在議論しているが、各障害間の調整が必要である。聴覚障害だけでなく、視覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱の立場でも意見があるだろう。障害教育に共通の資質、専門性を検討している。各障害で固有の、また二種免、一種免、専修免それぞれの専門性がある。障害に対する考え方は10年くらいで変わる。1度免許を取れば終わりということはありえない。医療技術や教育方法の進歩、先端技術等、時代に応じた変化には現職研修で対応するとし、免許取得時に必要なことはこれから検討したい。

2.教員免許更新制の可能制の検討

○ 更新制は今後も検討すべきという意見に配慮が必要である。また、適格性確保のため免許状取上げ事由を強化するとしているが、平成11年度の懲戒処分による92名の免職者のうち、事由の大半は教え子に対するわいせつ行為であるのに、免許取上げになったのは2名とある。そのあたりの実態を知りたい。取上げ時に恣意的になったり、公正を欠くことがあってはいけない。また、私立学校は労働基準法の適用なので、解雇について法的整備のある公務員と違い、少子化による統廃合などで学校法人が破綻した場合などに争いになることも考えられる。それに、免許取上げは失職を意味するので法制化した際の運用には留意が必要だろう。取上げ後の再交付期間の延長については慎重に検討すべきである。また、10年目研修の構築は積極的に進めたいが、かなりの教員は現場が忙しいとして反対しているようである。これまでは画一的研修で受講者のニーズに対応していなかったので、受身でなく意欲的に参加できる研修プログラムを開発しなくてはならない。この10年研修は、任命権者や市町村の教育委員会が全面的に協力し、国が条件整備をして成功させなければ、更新制を見送った結果が出ない。また事前事後の評価が決め手なので、その点で県教育委員会を指導してほしい。部会としても数年後にフォローする議論が必要である。

△ 11年度のわいせつ行為による懲戒免職は50人程だったが、その場合起訴されて禁固以上の刑事処分を受け、免許状が失効するため、県は取上げをしないと聞いている。現行では、取上げには聴聞の手続きがある。私立の場合は公務員に相当する基準がないので、その教員が公立でいう懲戒免職になった場合の同等性の保持、かつ不利益に対する救済、聴聞のような機会について検討している状況である。再交付までの期間は、他の制度との関係も見ながら3年以上で検討している。

○ そうした適格性確保に対する公立と私立との対応は制度的にどう違うか。

△ 公立では授与権者と任命権者が一致するが、私立では異なるため、授与権者として行った免職が公立でいう懲戒免職に当たるかの判断が難しい。また処分が適性かどうか、救済するのならその仕組みはどうあるべきかなどを検討しているが、同じ取り扱いにはならないと考える。

○ 現在二種免許状を上進させるには単位取得が必要だが、それは免許法認定講習等によると規定がある。この点について、各県の国立大学や教育委員会で配慮してほしい。

○ 研修に意欲的でなく、懲戒処分にならないまでも実力がない、あるいは消極的な教員に担当された子供が被害を受けている。そこで積極的に研修させるための手段が更新制だった。社会だけでなく、教師の専門性に関わる子供理解や障害に対しての学問・研究の変化を、おそらく現場の教員は日常で感じている。10年研修により、自分の実践内容を確認でき、それらに対応する能力をつけられるが、新しい評価システムのための科学的な研究の必要性も強調するべきだろう。

○ 従来の分限制度を今後は十分機能させ、人事管理システムとともに構築するものと認識している。今機能していない原因は組織的対応の不足とあるが、校長等にも同様の意識がある。現場と県の教育委員会との組織的連携を保って実施することが読み取れるように書きたい。10年研修の内容や運用についても大学との連携を含め、教員が新しい視野を開ける研修にしたい。

○ 認定講習について誤解があると思う。これは都の教育委員会でも、制度ができて以来毎年教科を決められて実施している。どこの県でも国立大でも同様だと思う。

○ 私立学校の教員には参加の機会が与えられていないと思う。幼稚園は私立が圧倒的に多く、現状では私立大の通信教育で行う以外にないので、各県で充実してほしい。

○ 学校、教員に対する支援が少し足りないと思う。教員性悪説ではないが、教員に要求されることが多く、負担と受け止められるのではないか。教育改革により裁量権の拡大や規制緩和が進み、学校や教員の自己責任や高いモラルが求められる。それには行政のサポートが必要になるので、教育委員会の役割として教員に対する支援を入れたい。また、信頼される学校づくりの部分に、NPOやボランティア、企業、NGOを含めるべきではないか。環境問題や海外支援に携わり、様々な教育のソフトやスタッフを派遣しているNPOやNGOが増えている。教育委員会は社会教育を管轄し、図書館や生涯学習センター等多様な施設を持っているが、実質的に連携していないので、教育委員会自ら活用する趣旨を盛り込みたい。さらに、これで指導主事の役割と機能が変わると学校現場はさらに良くなると思う。

○ 更新制の前にやるべきことは評価システムである。更新制のあるアメリカにも厳しい評価がある。ただ、国の裁量行政を学校や教育委員会に任せる場合、教育委員会の力量、ローカルポリシーが弱いと感じる。総合学習では教育委員会は現場の実践を集めて配っているだけで、学力問題などでも積極的にできる部分があるのに動きが見られない。全て文部科学省に責任が来ることを是正したい。また、報告は資質向上が大きな目的になっており、現職教員に対する非常に重要な内容があるのにそのアピールが弱いので、副題でそれを表現してもよいと考える。

○ 総合化は自分の持つ免許にプラスする考えで行うべきである。また、教員はどうしても学校というエリアで育てられるのでそれに固定されてしまい、学校現場でも組織として教育効果を上げるための視野が抜け落ちやすい傾向があるので、マネジメント能力をもっと強調したい。養成段階である大学の講義に含める必要性も感じる。また、教員は自分が評価される経験がないが、今後は自分の能力をまず認識し、他からも評価されるのが当然としなければならない。都の人事考課制度は、校長にとっても、授業を見てそれについて教員と話せる点で大変効果的である。教育委員会はこれからは学校と社会とで教育を行うという認識を持つべきである。完全週5日制の開始もあるので、これらを総合的に実施しなければならない。

○ 教員の問題行動などへの対応が更新制の経緯であるので、あくまで更新制の可能性については長期的展望に入れると改めて確認する必要がある。また、校長の役割として教員を指導するリーダーシップの発揮が重要なので、それを説得力ある表現にしたい。校長の能力とは、教育課程編成能力、地域経営を学校に生かす能力、予算編成能力、マネジメント能力であると考えるが、それらが問われているのが今の時代である。また、取上げについては重過ぎるという意見もあったが、相手が子供なので問題が起きたとき厳正に指導できる方が重要であろう。

○ 教育改革国民会議やマスコミなどで、更新制が教員の資質向上や不適格教員排除の決定打のように語られ、また部会でも評価制度や10年研修が機能しなかった場合の最終手段としているが、大きな誤解である。先進国ではアメリカしか更新制を導入しておらず、その理由はアメリカが25%ほどの離職率がある流動性の高い社会であり、民間でも行政でも企業内教育のようなものがないことである。そうした状況で、個々人の教師の自主的研修を促すアメリカ的な仕組みとして導入された。多くの州の更新制の仕組みは、5年間で教育委員会主催の行政研修やワークショップで5~7単位取得すると次の5年間更新がないという程度で、最小限度の研修を受けさせるための制度に過ぎない。それ以上の、教員一人一人の能力を評価して不適格者を排除する機能はなく、それは教員評価や学校評価で行っている。そう考えると行政研修を整備する日本の制度の方が、アメリカに比べて密度があるので、これを教員評価等にリンクさせる方が効率的である。

○ 更新制の考えが世の中に受け入れられた背景には、就職したら一生そこで仕事をするという日本社会の変化がある。今の情勢ではそうした日本的慣行が続くとは思えない。例えば、イギリスでは教員採用のためのリクルートのマーケットがある。教員は自分の能力を自己評価してマーケットに提案し、それを見て教育委員会や私立学校が採用する仕組みになっている。そこで交流が生まれ、社会に流動が起きる。これからは、一度教員になっても一生続ける必要はなく、教員を志望して教育学部に入っても向いていないと思ったら他の選択ができる社会を作るべきである。更新制はそれを支える1つのシステムと考える。この10年研修も、法律に書いてあるから教員になった以上研修しなさい、という従来の方法でしか書いていないが、これが更新制に変わるものなら、10年経って教員への適性や自分の特徴を確認する自己評価に意味がある。これを基礎に10年研修を構築してほしい。また本来は自分で負担して受けるべき研修である。忙しくて研修を受ける暇がないという教員の意見が多いが、今していることが本当に教員として適切か、子供のためになっているのか自己評価をするべきである。更新制は将来検討する、と報告に残してほしい。

3.特別免許状の活用促進

○ 社会人に特別免許状を与えるのに、社会経験で教職科目の履修に換算してしまうのが妥当なのか。起用するのはいいが教員としての資質向上の手段を考えるべきではないか。

○ 今の現場では、社会人の教員は免許を持つ教員と組み、ティームティーチングで教えているが社会人経験者の効果は非常に高い。実際の体験から見ると、社会人に教職の単位を取得させる必要はそれほどない。単独で指導させるのは少し不安だが、社会人はティームティーチング形式での活用でいいと考える。

○ 社会人を学校で活用するのは大変意味があるが、定数に含めるなら、特別免許状の授与の際、子供の教育に対する情熱、教育課程等の基礎知識を持っていることは必要なので、それを勘案するべきである。

○ 十分に審議は尽くされたと考える。次回2月4日の予備日は開催せず、本日をもって答申に向けての本部会での議論を最終える。本日の意見等を踏まえ、初等中等教育分科会及び総会に委ねることとなる。部会としての答申の原案作成作業については、部会長に一任いただきたい。

○ 文章全体で、「~と考えられる」という表現が多いので、言い切れるところはそうした表現で書いてほしい。

○ 全体的に、関係団体からも賛成が多いのでコンセンサスは得られるだろうと思う。だが特別免許状について意外と反対が多い。日本社会が今のように閉塞した状況にある原因は、人材活用の不足と考える。政治家や官僚をはじめ、極めて閉鎖的な社会を造ってきた。国立大学協会の意見は完全に利権を守るためのものでがっかりした。日本の将来への発想が全くない。大所高所から教員の制度を考えるべきである。

(3)今後の日程について

 事務局より、2月4日の予備日は開催せず、次回3月11日の予定について連絡。

5.閉会

以上

お問合せ先

総合教育政策局教育人材政策課

(総合教育政策局教育人材政策課)

-- 登録:平成21年以前 --