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2   今後の生涯学習振興方策の基本的方向

1.生涯学習を振興していく上での基本的考え方

   我々は,「人々が,生涯のいつでも,自由に学習機会を選択して学ぶことができ,その成果が適切に評価される」ような「生涯学習社会」の実現を目指すということを共通認識とし,生涯学習が,学校教育,家庭教育,社会教育など人の生涯を通じた幅広い学習機会の場で行われるものであることを確認した。
   そのような生涯学習社会は,1教育・学習に対する個人の需要と社会の要請のバランスを保ち,2人間的価値の追求と職業的知識・技術の習得の調和を図りながら,3これまでの優れた知識,技術や知恵を継承して,それを生かした新たな創造により,絶えざる発展を目指す社会である。

(1)「個人の需要」と「社会の要請」のバランス
   個人的な興味,関心,希望などを充たすべく,教育・学習の機会を活用する場合には,個人的要求が中心となりがちであり,ともすれば,社会にとって必要なことへの関心や対応が欠如しがちである。
   社会の存続を図るためには,社会に共通の課題に取り組む必要がある。しかし,それは,必ずしも個人の興味・関心に合致しないことが多いが,それへの取組を怠ると,社会的に様々な問題の発生につながるおそれが生ずる。
   したがって,生涯学習振興にあっては,個人の需要と社会の要請の両者のバランスを保つことが必要である。

(2)「人間的価値」と「職業的知識・技術」の調和
   21世紀は,これまでになく変化の激しい時代になると言われ,誰もが生きがいを持ち,働くことに意味を見出して充実した人生を送るためには,生涯を通じての学習がより一層重要な意味を持つようになる。その場合には,芸術・文化・スポーツ,趣味,教養,生きがいとなるもの,人間的なつながりなどの人間的価値(人間の持つよさ)を追求する学習と,財やサービスなどの経済的価値を生みだすための職業的知識・技術を習得する学習が調和的に行われる必要がある。

(3)「継承」と「創造」
   いつの時代でも,伝統を継承しつつ,新たな創造をしていくことは必要であるが,これからの知識社会,高度情報通信社会にあっては,蓄積された知識・技術,情報を生かして新たな創造や工夫につながる生涯学習が求められている。
   継承が必要なのは,学問,芸術,スポーツなどが生み出した成果だけではない。我が国が長年にわたって培ってきた優れた文化などもそうである。新たな創造という場合も,科学・技術に限らず,生活全般にわたっての創造である。
   21世紀の我が国は,このような継承と創造によって社会の発展を図る必要がある。


2.生涯学習を振興していく上で今後重視すべき観点

   上述の3つの基本的考え方に基づき,現在の状況を勘案すると,本分科会では,今後,生涯学習を振興する上で特に重視すべき観点として,次の5つの観点を取り上げることとした。これら5つの観点は,3つの基本的考え方のいずれとも深いかかわりをもっている。

基本的考え方と今後重視すべき観点の関係図

(1)国民全体の人間力の向上
   平成14年に出された政府の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2002」においては,「経済成長も,社会の安定も結局は「人」に依存する。能力と個性を磨き,人と人の交流・連携の中で相互に啓発されることを通じて,一人一人の持つ人間力が伸び伸びと発揮され,活力あふれる日本が再生する。人間力の向上のために,一人一人の基礎的能力を引き上げるとともに,世界に誇る専門性,多様性ある人材を育成し,国としての知識創造力を向上させる。また,職場,地域社会等での交流や対話を深め,人を育む豊かな社会を構築する。」とされている。
   生涯学習は本来個人の領域に属するものではあるものの,こうした自立した個人の資質・能力の向上を通して,国民全体の資質・能力の向上を図っていくためには,学校教育で培われる基盤の上に,各人が生涯を通じて学習していけるような環境づくり,すなわち,あらゆる人々が,いつでも,どこでも生涯学習に取り組むことができるよう環境を整備していくことが必要である。
   また,現代社会を不安定にしている要因の一つとして,経済的格差の拡大,それによる社会階層の二極分化とその固定化という問題があると指摘されている。すなわち,内容の充実した学習や事業への参加の機会を提供してもそれを活用しようと思わない,あるいはできない人々の問題があることが指摘されている。例えば,子育てを放棄しているような親,働く力はあるのに働こうとしない人など,かつての貧しい中から国民が豊かさを求めて立ち上がろうとしていた時代には大きく問題にならなかった人々が近年増加し,これが社会の不安定感,閉塞感を助長している。こうした人々の人間力の向上について,国や地方公共団体は十分に留意しつつ,国民全体の人間としての資質・能力の向上を確保することが求められていると考えられる。
   さらに,国や地方公共団体の資源が財政面を含めて著しく制約されている中で,生涯学習振興を考える視点として,国民の生活の質の向上をできるだけ少ないコストで向上させるという視点も重要である。

(2)生涯学習における新しい「公共」の視点の重視
   平成15年3月の中教審答申の柱の一つとして,新しい「公共」の創造,国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成ということが提言された。このように,現在,社会を形成する自立した個人の育成が課題であると同時に,自らが社会づくりの主体となって社会の形成に参画する「公」の意識を持つことが重要になっている。こうした「公」の意識は,個人の人格形成のすべての段階において,あらゆる機会の中ではぐくまれることが期待されるものである。生涯学習にあっては,個人の需要に基づく学習を進め,学習の成果を社会で生かそうとする中で,そのような意識を持つようになることも期待される。
   また,社会の現状を見たとき,「行政が主導して住民に学びの機会を提供する」ということよりも,個人が主体となって社会に働きかけていくということが重要になってきている。
   したがって,国,都道府県,市町村をはじめ,関係機関・団体等が生涯学習の振興を進めるに当たっては,国民各個人が可能な限り,職業を持つことなどにより,自立し,社会において健康で文化的に生涯を送ることが重要である。それとともに,社会を構成する国民として社会に主体的に参加・参画することにより,新しい「公共」を形成するという視点により社会をつくり,社会の活性化を図るということを目的とすることも重要である。すなわち,これまでの,ともすれば行政に依存しがちな発想を転換し,個人やNPO等の団体が社会の形成に主体的に参画し,互いに支え合い,協力し合うという互恵の精神に基づく,新しい「公共」の観点に視点を向けることが必要である。

(3)人の成長段階ごとの政策の重点化
   国や地方公共団体,関係機関・団体等は,人が成長する各段階,すなわち,出生から乳児期,幼児期から就学前,小中学校,高校,大学から大学院,社会人,中高年,老年期などにおける課題を明らかにすることが求められる。その上で,実施主体間の役割分担を明確にし連携を図り,緊急かつ重大なものに対して,現有の教育関係の資源をどのような形で有効活用するかということについて,重点的に対応することが求められる。例えば,1乳幼児期から小学校期における,子ども同士の交流のみならず,大人たちとの交流の場づくり,2若者,中高年層の職業能力の向上,3子育て期の親に対する家庭教育支援,4社会保障制度を維持していく観点からの中高年期から老年期の健康づくりなどに力を入れることが重要ではないかと考える。
   すなわち,国や地方公共団体等が,国民が生涯の成長段階において最低限持つべき「人間力」が何かを認識することと,国民が各段階において人間力を高めていくための契機となる場を提供することなど,何をすべきかを共通理解していくことが求められる。さらに,国はそのための広報活動等を行っていくことが必要と考えられる。

(4)国民一人ひとりの学習ニーズを生かした,広い視野に立った多様な学習の展開等
   1    特定の世代の人だけではなく,若者を含むあらゆる層の学習者の多様なニーズ(需要)に対応し,人間的価値の追求と職業的な知識・技術の習得の実現に資するようにすることが必要である。特に,働き盛りの世代,中でも,職業生活,地域生活等の様々な活動と家庭生活との両立等の課題を持つ人々に対応することが重要である。このため,誰でも,いつでも,どこでも学べるように,大学や公民館,図書館等の改善を図ることが必要である。また,国民一人ひとりの学習ニーズを生かした,個々人が利用しやすく,学習意欲が高まるような学習機会の提供等を図っていくことが必要である。
2    市町村等において,あらゆる資源の把握と有効活用を図ることが必要である。学習の資源としては,学校,公民館,図書館,博物館,生涯学習推進センター,青少年教育施設,文化施設,スポーツ施設等の教育施設のみならず,児童館等の福祉施設,さらには,商店街や神社・寺院,公園などの地域にある身近なものや,山林,河川などの自然なども活用することができる。
   また,地域の様々な学習情報や,高齢者や大学生,保護司,PTA,青少年関係団体,スポーツ指導者などの地域の人材を把握し,積極的に発掘することにより,学習者に提供することが重要である。
3    学校教育におけるやり直し,学び直しができる体制づくりを図ることが必要である。また,廻り道や試行錯誤が許容される社会づくりを図ることが必要である。日本の社会は,年齢主義による入学・就職システムがいまだ主流となっており,学校教育における学び直しや職業生活の再チャレンジができにくいという面がある。したがって,生涯学習の振興を進めていく上で,高等学校段階を終了した後での入学留保制度の導入,海外留学,ボランティア休学,労働体験,社会体験などの「自分探し」や,進路の試行錯誤をすることが許容される社会づくりと,学歴社会から学習歴社会への移行が必要である。
4    生涯学習の振興を考える場合,新たに教える,学ぶという視点だけではなく,人生の各段階の活動・体験の中に人格形成に当たって有益に働く面と不適切に働く面の両方があることに配慮するという視点を持つことが必要である。例えば,テレビが提供する情報には有益なものも多い反面,幼児期にテレビを見る時間が長過ぎると,それ以降,対人関係をつかさどる感情が阻害されるといった知見が発表されていることもその例と言える。情報化社会には光と影の両面があり,情報を活用する力とともに批判的に読み解く力を身に付けさせることが重要である。
5    人格形成にあたって,「子どもの姿は,大人の姿を写した姿である」と言われるように,大人の社会規範の低下についても十分留意することが必要である。

(5)ITの活用
   情報通信技術の急速な発展を踏まえ,ITの活用を大幅に拡充することにより,時間的・空間的な制約を越えて,いつでも,どこでも,誰でも学べる生涯学習社会の実現に向け,大きな発展を図ることが期待される。

1生涯学習へのアクセス
   現在,政府全体で,情報インフラ(社会基盤)の整備を全国規模で着実に進めているところであるが,ITの活用については,国民に等しく学習機会を提供するという学習機会の地域格差を是正するという効果がある。富山県などの一部地域で発展してきたインターネットを活用した市民講座の活動としての「インターネット市民塾」のような先進的な事例によれば,ITを有効に活用することにより,働き盛りの世代など幅広い層の学習参加が促進されている。また,市民の生涯学習への意欲や興味・関心が高まり,積極的に地域の公民館等における集団での学習に参加するきっかけづくりにも寄与している。そこで,今後,こうした取組を全国,各地域に普及・定着させていくための,国や都道府県の支援の充実を図っていくことが必要と考えられる。
   なお,職業教育を含む日本の教育においては,不登校の児童生徒や,高校中退者,フリーター等の再教育の場があまり多くない実態にある。今後の生涯学習社会においては,やり直し,学び直しができる教育が求められていると考えられるため,今後,情報化が進む中で,学び直しの手段として,対面による教育のほか,インターネットや,テレビ等のメディアを活用した教育も重視することが必要と考えられる。

2学習資源の創造・蓄積・共有・循環
   各地域には,学びの対象となる特色ある地域の「知識財」が豊富に存在している。これらを把握した上で発掘し,学習資源として広く共有していくためには,都道府県や市町村における生涯学習推進センター等において,歴史的背景や学術的価値に関する情報,関連する生涯学習の講座の情報等を付加した上で,体系的な収集・蓄積を推進していくことが重要である。
   また,各地域や個人が自ら創り上げ,自ら探した学習資源を発信することや,これらの学習資源を利用した学習者が更に自らの学習成果を付け加えていくことにより,創造,発信,蓄積,共有の循環が生まれ,より深みのある学習資源が形成されることが期待される。そこで,こうした循環を促進するための方策について,著作権に関する事項も含め検討することが重要である。
   さらに,インターネット上での学校教育をはじめとした生涯学習関連情報を収集・提供している「教育情報ナショナルセンター」等の機能を充実させ,利用者の立場に立って学習内容を提供していくことも重要である。

3ネット・コミュニティの形成
   ITの活用は,個々の学習者の利便性の向上に資するのみならず,地域や個人からの情報発信が活性化することにより,ITなくしては実現しなかった,人と人との交流を促す媒体としての役割を担うものである。また,同じテーマについて関心を持ったり悩んだりしている他地域の学習者との接点が生まれたり,思いがけない才能を持った隣人の発見につながることもある。ITの活用により,全国や各地域における「ネット・コミュニティ」が形成され,人と人との交流を通じた学習の深化が促され,新たな価値観が創出されることが期待される。
   また,成熟した情報化社会を構築していくためには,ITを利用した学習活動を振興することはもとより,ITそのものの可能性や成り立ちを理解することや,ITを活用した効果的なコミュニケーションの在り方の学習を充実することが必要と考えられる。



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