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参考資料 髙田委員提出資料

新しい学芸員養成課程の運用への期待と課題 -動物園、水族館において求められる学芸員像

博物館研究 平成22年12月号 特集「新しい学芸員制度」

海の中道海洋生態科学館 髙田浩二

 

わが国における動物園水族館の設置背景と社会意識の遷移

 わが国の近代動物園、水族館の文化は、江戸末期から明治初期の文明開化の大きな流れの中で、西洋から導入されたことは多くの専門書に記されている。また、初の動物園水族館は、東京の上野において、明治15(1882)年に誕生しているが、両者とも自然博物館の附属施設として位置づけられていたことは興味深い。当時、これらの所管が、農商務省や文部省、宮内省などと二転三転しているが、「博物館」という冠の中で運営されていたことは、少なくとも誕生時点では、西洋の博物館と同様に、資料の収集、保管、展示を通して、国民の科学教育などの役割を担うことが期待されていたのだろう。

 一方で、明治から大正時代にかけて、全国各地で産業振興を目的とした博覧会開催がブームとなり、その中で動物園水族館が集客を目的とした「見世物施設」として続々と設置されていく。さらに動物園では、様々な動物が“戦利品”として諸外国から持ち込まれ人気を博することで、運営者や国民の意識を娯楽性に傾注させ、調査、研究、教育の場としての博物館からはやや距離を置かれるようになった。

 そのような中で特筆できるのは、水族館において、大正時代後半から昭和10年頃までの間に、東北大学、京都大学、北海道大学、東京大学など、国立大学の理学部附属臨海実験所水族館として誕生していることだ。これは当時、生物研究において分類学が最も注目されていたからで、島国として多様な海洋環境を有する日本には、未知の水族種が多数出現するため、海外からも水生生物研究の最前線に位置づけられていた。このように、当時の大学附属水族館は、調査、研究のみならず、自然教育の場としても役割を果たしており、この実績が後の博物館法制定の布石になったと言っても過言ではない。

博物館法制定における動物園水族館

 その後日本は、戦火著しい不幸な時代を経たが、戦後の復興期に、疲弊した国民へ余暇や娯楽の場の提供を目的にした動物園や水族館が次々と誕生する。そして、その真っ只中の昭和26(1951)年に、初の博物館法が制定された。同法の制定にあたっては、動物園水族館を文部省管轄の博物館法に収めず、時代を反映し国民の娯楽休養施設として厚生省の管理下に置くべきとの意見も強かったが、博物館研究の一人者である棚橋源太郎と上野動物園長の古賀忠道が、社会教育機関、研究機関としての博物館と強く提唱してきたことが功を奏し、同法の成立時点から科学系博物館の範疇に置かれた。このことは、振り返れば我々にとって大きな分岐点であり、この二人は動物園水族館界の重要な功績者と言えよう。

社会における動物園水族館の位置づけの変化

 このように動物園水族館は、博物館法制定時から博物館であったにもかかわらず、その後に設置される施設は、風光明媚な観光地、温泉地などに立地し、広大な緑地公園や遊園地と併設がなされ、遊具の設置や華美な演劇、イルカやアシカなどの動物ショー、海女や水着姿の女性による餌付けなど、より娯楽やレジャーを目的とした集客施設の色を濃くした。自ずと生物の展示解説も教育的な配慮に欠け、調査研究や資料保存など、博物館としての機能も不十分であったと言えよう。このため、そこで勤務する飼育業務を中心とした技術職への社会的な位置づけも、博物館の学芸職、研究職というよりも、動物を相手にした給餌や清掃などの現業職を本務とする、やや蔑まれた職業として扱われた時代もあったことは否めないだろう。やがて今日のように、社会教育機関としての位置づけや、学芸員、獣医師等の職務が注目されるようになるが、これは、ここ十数年の社会環境の変化や制度改正だけでなく、長年の現場の地道な努力の積み重ねによる成果でもあり、何らかの劇的なきっかけがあった訳ではないだろう。

明確でない社会意識の変革ポイント

 上記のように、動物園水族館に対する社会意識が明確に変わった出来事は思いつかない。しいてあげるとすれば、水族館において、海洋博物館、水族博物館、海洋科学館、生態水族館などという博物館的な名称が付けられ始めたことや(明治、大正期に教育水族館という名称もあったが)、また公立の水族館においては、教育委員会に籍を置く施設が多いのも理由の一つだろう。一方、動物園では、平成10(1998)年頃から、遊園地型、観光型の民営動物園が相次いで撤退し、公立動物園(所属は公園緑地部などが多いが)が残されていったこととも符合するかもしれない。いずれにしても、多額の投資と運営費を必要とする動物園水族館が、民営のレジャー産業としては経営が成り立ち難くなった経済的背景もあり、さらに、野生動物保護や動物愛護、環境教育などの社会ニーズの高まりが、教育機関、研究機関としての役割を求めて(認めて)、ようやく後押しをし始めたのだろう。

教育行政の追い風

 昭和50(1975)年のベオグラード憲章をきっかけとして環境教育の推進が世界的に拡大し、野生動物や自然環境を取り扱う動物園水族館に大きな期待が寄せられるようになった。またわが国において文部省は、平成8(1996)年の生涯学習審議会の答申で、これまでにあった「博学連携」をさらに一歩進めた「学社融合」という考え方を提唱した。さらに、平成9(1997)年に改訂した教育改革プログラムの中では、学校完全5日制や総合的な学習の時間の導入を発表し、この中で学校外の社会との積極的な連帯に、博物館と学校教育の連携例を数多く提唱している。これらを受けるように、文部科学省では「親しむ博物館づくり事業」や「科学系博物館活用ネットワーク推進事業」「科学系博物館教育機能活用推進事業」などなど、毎年のように、動物園水族館が関われる博物館教育の推進に向けた、委託委嘱事業の公募をしている。また、平成20(2008)年に告示された新学習指導要領に学校教育における博物館の活用が盛り込まれ、さらにこの他の機関にも、動物園水族館の教育機能に注目した法制度の整備や助成事業は数多く、これらが動物園水族館の博物館化に向けた「追い風」を与え続けている。

博物館法改正における動物園、水族館への期待

 昭和26(1951)年に制定された博物館法の改正は、このような教育行政の改定や社会環境の変化、博物館側からの要請も反映して、必然的に取り組まれるようになってきた。その一つのきっかけとなったのは、平成15(2003)年に博物館の健全な発達を図ることを目的に告示された「公立博物館の設置及び運営上の望ましい基準」である。また、平成18(2006)年からは「これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議」が始まった。この委員会の主査に、元上野動物園長の中川志郎が務めたことは、動物園水族館にとっても大きな力になった。続けて、平成19(2007)年には「学芸員の養成に関するワーキンググループ」が設けられ、このグループ委員の一人に本稿の筆者が務め、動物園水族館における学芸員のあり方や養成制度そのものの見直しの議論にも加わった。このような過程を経て平成21(2009)年4月の博物館法改正は、これらの委員会の答申や報告を反映したものである。博物館法改正の詳細については他書に譲るとして、動物園水族館においても、科学系博物館の一翼を担うべく、組織そのものに対してだけでなく、そこにいる学芸員や飼育技師にも新たな役割やさらなる機能の発揮が大きく期待されていることは申すまでもない。

 ところで、今回の学芸員養成における制度変更の最大のポイントは、大学で資格を得るために必要な科目と単位数の増加だろう。この中で、注目すべき点は、博物館資料保存論、博物館展示論、博物館教育論の3科目が新たに設けられ、単位数もそれぞれ2単位に増加したことだ。博物館資料保存論は、人文系博物館における考古資料の保存学と思われがちだが、美術工芸、自然史、科学史、産業技術史でも先端的に取り組まれており、特に動物園水族館における資料は命ある生物であって、日常の飼育や繁殖の業務も資料保存と言える。さらに、絶滅が危惧される生物の種の保存、生息域内及び域外での保全、緊急収容された動植物の保護飼育など、動物園水族館には、これまでの経験や人材、施設を活用した資料保存機能がすでに備わっており、これらをさらに活かす人材育成、組織の充実、予算の確保も求められよう。折りしも、平成22(2010)年は生物多様性年として、わが国が議長国になって国際会議が開催された。今後も、野生動物の保全、育成の機能を備えた動物園水族館にその役割がさらに求められることは間違いない。もはや、動物園水族館の資料保存は国内だけの課題ではないことは自明であり、相当の国際貢献を担うことも責務となるだろう。

 2つ目の博物館展示論において、これまでの動物園水族館の展示は「飼育すること」と位置づけられてきたと感じる。しかし近年の動物園における「行動展示」のブームや、また生息環境を再現する「ランドスケープ・イマージョン」も、見せるものはもはや動物だけでないという証拠だろう。また水族館では、これら以前にも「生態展示」や「実験展示」と称して、水族の能力を実験などで紹介した展示手法もあった。動物の安全で健康な管理はもちろんのこと、その容姿を見せ、和名や分類、生息地を伝えるだけではすでに展示とは言えない。つまり、動物水族の飼育展示を通して、園館の利用者に何を伝えたいのか、どのような方法で伝えるのかを考え、実行できる能力を備えることも重要である。また、動物や水族の生き生きとした姿や安息の姿を見せ、彼らの通訳者となって情報を発信することは、動物福祉の視点からも求められる展示手法であり、それらに「環境エンリッチメント」という言葉が充てられることもある。

 これらのことは、3つ目の博物館教育論にも関連している。博物館が社会教育機関であることは新たな概念ではなく、改正以前の科目「教育概論」の講義の中でも触れられてきた。また、日本動物園水族館協会も4つの役割の一つに教育を掲げており、動物園水族館に教育機能があることは当然の役目として認識されてきたことは明確だ。ところが、展示や解説、生物資料に備わった情報を、学芸員や飼育技師が一方的に発信するだけでは、効率的、効果的に利用者には伝わらない。情報量が少なすぎたり、逆に難解な場合もあり、それらをどのように具象化し、教材化、プログラム化すれば、楽しく分かりやすく利用者に活用されるかという技量や知識は、カリキュラム化された講義や指導、経験で修得する必要がある。これらのノウハウを得ることで、学校教育の児童生徒だけでなく一般の利用者に対しても、感動と理解を伴って情報交流ができ、これが学芸員の最も重要な役割にもなろう。そもそも博物館は、各館の専門性を発揮した情報発信の場であり、それこそが教育機能である。従って動物園水族館の職員は、すべて教育者としてあるべきで、そのために博物館教育に特化した科目の履修は必須と言えよう。

 このように、新たに設けられた科目は、博物館(動物園水族館)がより一層、利用者主体にあるべきという考え方が盛り込まれたものであり、けっして学芸員個人の興味関心を埋めるものではないことが分かる。自分の好きな専門性に、多くの理解者とファンをつくることが博物館(動物園水族館)の発展に繋がるものと考える。また特に、動物や水族の命を預かる動物園水族館では、飼育されている生物への「礼」も忘れてはならない概念と言えよう。

動物園、水族館の学芸員(技術職)のあるべき姿

 平成18(2006)年、環境省が管轄する「動物の愛護及び管理に関する法律」が改正・施行された。この改正は、動物園水族館にとっては由々しき事態になったと言ってもいい。その理由は、本法において、劣悪な飼育環境下で営業していたペット店を是正することを主目的に施行された「動物取扱業」の登録や規制の制度に、私ども動物園水族館も、「動物を飼育、展示、販売、貸し出しする生業」として同等の業種にまとめられたものである。私どもが、この法律で規制を受けることは、改正された博物館法や新たな学芸員の養成課程を通して、博物館機能をさらに高めるべく活動している動物園水族館に対して冷や水を浴びせる処遇と言える。省庁が異なれば、求められる役割や解釈も異なるのかもしれないが、こと環境省に関しては、希少動物の繁殖や種の保存事業でも動物園水族館は大きな貢献をしているにも関わらずこの処遇なのである。

 一般の方に「レクレーション施設」との認識が残るのならまだしも、この事態は容易に受け入れ難いことである。しかし、なぜこのような規制を受けたのかも同時に考えねばならないだろう。正直なところ、日本動物園水族館協会に加盟している約160余りの園館すべてに学芸員や獣医師が整備され、科学系博物館としての活動を展開しているわけではない。また、まだまだ娯楽施設としての顔を前面に出したり、不十分な飼育環境や擬人化した飼育展示がなされている場合も散見する。これらは、私どもが是正すべき反省点として受け入れ改善していかねばならないだろう。

 このような猛省を促さねばならない中、私にとってはやや憂慮すべき事も起きている。それは、平成21(2009)年に、日本動物園水族館協会が4月19日を「飼育の日」に制定したことだ。私たち動物園水族館の技術職は「飼育係」で納まっていてはならない。これでは、動物や水族を飼育することが本務であり、好きな生物を飼育し自分の興味関心を埋めているともとれ、旧態依然の学芸員と同じではなかろうか。少なくとも私ども動物園水族館の技術職は、科学系博物館に勤める職員(飼育技師・学芸員・獣医師)として、高い意識と使命を心に掲げ、飼育展示だけでなく生物保護や環境教育などにも力を注ぎ、他館の規範になるべきだろう。名実共に博物館として胸を張れる機関になるにはハードルは高い。

 

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(生涯学習政策局生涯学習推進課)

-- 登録:平成23年10月 --