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生涯学習分科会(第58回) 議事録

1.日時

平成23年9月8日(木曜日) 10時~12時

2.場所

学士会館 202号室 (東京都千代田区神田錦町3-28)

3.議題

  1. 地域における生涯学習・社会教育の推進体制について(グループ討議1)
  2. 生涯学習社会の実現に向けて高等教育機関に期待される役割について(グループ討議2)
  3. その他

4.議事録

中央教育審議会生涯学習分科会(第58回)(全体会)

【大日向分科会長】

 皆様、おはようございます。定刻となりましたので、ただいまから第58回中央教育審議会生涯学習分科会を開催させていただきます。お忙しいところ、お集まりくださいまして、ありがとうございます。
 それでは、まず、本日の議事について確認をさせていただきます。お手元の議事次第をご覧ください。
 本日は2つのグループに分かれてのグループ討議となります。1つ目のグループテーマは、「地域における生涯学習・社会教育の推進体制等について」、2つ目のグループのテーマは、「生涯学習社会の実現に向けて高等教育機関に期待される役割について」でございます。それぞれ各テーマについて現状の説明があった後、ご自由にご議論をいただければと思います。1つ目のグループのファシリテーターは貝ノ瀬委員に、2つ目のグループのファシリテーターは山本委員にお願いしたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 なお、時間については、予定では12時までとしておりますが、必要に応じて多少の延長は可能ですので、そのため、今回は各グループごとの解散といたしまして、次回の開催予定についても初めにご案内をさせていただきたいと思います。
 なお、本日いただきましたご意見は、事務局にて整理をし、次回の分科会にて結果の報告を行い、さらに全体でご審議をいただくこととしております。もう一つのグループに属しておられた皆様からのご意見も、その際に頂戴したいと思います。
 以上が本日の議事となりますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、事務局から、グループ討議に入る前に、事務局の異動のご紹介と資料の確認及び事務連絡を、よろしくお願いいたします。

【藤野生涯学習推進課長】

 まず、事務局の人事異動についてですが、9月1日付で、生涯学習総括官として杉野が着任しておりますので、ご紹介させていただきます。

【杉野生涯学習総括官】

 生涯学習総括官に着任いたしました杉野でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

【藤野生涯学習推進課長】

 また、7月29日付で、男女共同参画学習課長として笹井が着任いたしております。

【笹井男女共同参画学習課長】

 7月29日付で男女共同参画学習課長を拝命いたしました笹井でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

【藤野生涯学習推進課長】

 また、情報教育等を担当する参事官として、新井が着任しております。

【新井参事官】

 生涯学習政策局参事官を拝命いたしました新井でございます。よろしくお願いいたします。

【藤野生涯学習推進課長】

 以上が事務局の異動です。
 それでは、お手元の資料の確認をさせていただきたいと存じます。
 お手元には、議事次第、座席表、資料1から3までを配付しております。
 資料1はグループ討議のテーマ、それから、分属についての資料です。
 資料2は、グループ1の「地域における生涯学習・社会教育の推進体制」の関係資料です。中には、資料2−1から資料2−5までございます。
 また、資料3は、グループ2のテーマ「生涯学習社会の実現に向けて高等教育機関に期待される役割について」の資料です。資料3−1から資料3−5までございます。
 また、これ以外に、グループ2の白井委員提出資料、「生涯学習社会における放送大学の取組について」がございます。
 また、高田委員からの、「新しい学芸員養成課程の運用への期待と課題」という資料を、グループ1の関係資料として配布しております。
 そのほか、チラシを2枚配っており、その中で、「まなびピア2011 全国生涯学習ネットワークフォーラム2011」というビラがございます。こちらは、従来、生涯学習フェスティバルとして開催してきたものを、本年度からネットワークフォーラムとして開催いたします。見直し後の第1回目であり、岩手県で開催する予定でしたが、震災等の影響により東京で11月5日、6日に開催する予定です。こちらの詳しい日程等については、また後日、委員の方々にもご連絡申し上げたいと思います。ぜひご参加いただけますようお願い申し上げます。
 以上が資料の紹介です。
 また、次回の第59回の分科会は、9月29日木曜日、10時から12時半に、文部科学省内での開催を予定しております。ご出席のほどどうぞよろしくお願いいたします。
 また、先ほど大日向分科会長からございましたように、今回はグループ討議という形で変則的な席をとらせていただいております。全体での打ち合わせ以降は、マイクを使わない形で実施させていただきたいと思います。また、録音等もしっかりさせていただきたいと思いますので、机上に録音のマイクにあまり触れませんよう、よろしくご配慮いただきますようお願いいたします。
 以上です。

【大日向分科会長】

 ありがとうございました。
 それでは、これからグループ討議に移りますので、あとはそれぞれのファシリテーターにお任せいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

(グループ討議1)「地域における生涯学習・社会教育の推進体制について」

【貝ノ瀬副分科会長】

 貝ノ瀬と申します。よろしくお願いいたします。第1グループ分科会を、早速始めさせていただきたいと思います。
 第1グループ分科会は、前半、後半と分けて考えておりまして、前半は、二、三十分ぐらいで、社会教育の意義、役割ということで、今なぜ社会教育なのかということをご議論いただきたいと思います。
 明治以来、学校教育中心で大体来ているようなところもあって、社会教育が大きく取り上げられたり、また存在が薄らいだりという、いろいろな状況がございますけれども、特に3・11以後の状況にもあって、社会教育の果たす役割というのもまた少し違ってきているんだろうと思います。ぜひ現代的な意義についてお話し合いをしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。最初に萬谷企画官のご説明をお願いします。

【萬谷社会教育課企画官】

 社会教育課の萬谷と申します。よろしくお願いいたします。
 それでは、本日のグループ1の配付資料についてご説明を申し上げます。
 まず、資料2−1をご覧いただければと思います。この横長のペーパーは、本日のグループ討議をいただく内容について、現在の課題や論点の例を簡単にまとめたものです。
 本日のテーマは、「地域における生涯学習・社会教育の推進体制について」です。このテーマについては、3年前の中教審答申や、第5期の活動においても、昨年10月にグループ討議をいただいたり、また、本年1月にまとめていただいた検討課題の中でも、行政のあり方、施設のあり方、人材のあり方等についてご指摘をいただいたところです。こうしたことを踏まえて、本日はもう少し根本的なことも含めて、さらにご議論いただければということで資料を作成しております。
 資料2−1は、大きく4つの項目について整理をしております。まず最初に、「社会教育の意義・役割」です。改めて釈迦に説法かもしれませんけれども、社会教育という用語そのもの、また活動内容についても必ずしも十分に理解が広がっていないという状況があり、その裏腹として、社会教育関係の予算なり人の配置についても近年削減されているというような実態がございます。
 関連のデータを少しご紹介させていただきますと、資料2−5として基礎データ集をお配りしております。8ページは、地方公共団体における社会教育費の推移についてのグラフです。右下に、ここ10年ほどの推移のグラフを載せておりますけれども、地方教育費全体に関する棒グラフでは、平成20年度は16兆2,168億円ということで、11年度に比べますと約12パーセントあまりの減少です。
 そのうち社会教育費については、濃い青色の折れ線ですが、20年度が1兆7,109億円であり、これは11年度に比べると33パーセントあまりの減少です。従いまして、地方教育費全体も減っているんですが、その中で社会教育費が、特に減少しており、20年度においては全体のうち約10パーセントを占めております。
 また9ページは、社会教育の関係職員のうち社会教育主事の人数、配置率の推移をグラフにしております。社会教育主事は、教育委員会に置くことと社会教育法で規定されている専門職員ですが、その人数は平成8年の6,700人あまりに対して、20年度は3,000人ということで半数以下に減っております。また、市町村教育委員会における配置率も全体の7割程度と下がってきております。10ページをご覧いただきますと、先月、こうしたことについても一部報道で記事が掲載されております。
 11ページは、公民館における活動の内容ということですが、学級講座のうち最も多いのが「教養の向上」ということに関するテーマです。こうしたことからも、公民館というと趣味、教養的なイメージを持たれていることがうかがえます。ただ、一方で、それにとどまらない活動も当然あり、公民館の活動がまちづくりに貢献しているという事例もございます。12ページは長野県松本市の事例ですが、公民館が「福祉ひろば」という、福祉の公民館のようなものと併設をされているケースがかなりあり、従って、公民館と福祉分野の取組が連携を図りやすい環境にあるということです。そうしたことから、地域づくりの活動を積極的に進めております。昨年6月にまとめられた市の行動計画においても、公民館が地域支援の核の1つとして位置づけられ、地域づくりを推進する取組を実施しているということです。
 13ページは、島根県松江市の例ですが、ここでも公民館が地区社会福祉協議会の事務局を兼ねることで、福祉分野との連携を図りやすい位置づけになっております。また、松江市は、ブロックごとに「公民館地域活動コーディネーター」というものを配置したり、また、島根県としても、「地域力」醸成のモデルとなる事業を選定・支援する取組をやっております。県と市が、そうしたまちづくりの活動をバックアップしているということがございます。
 また、14ページは、学校・家庭・地域の連携という観点から社会教育の取組も最近行われているということで、学校支援地域本部による学校の支援活動や、放課後子ども教室によって放課後の子供の活動をサポートするという取組がございます。また、家庭教育についても、家庭の支援活動ということでサポートが行われているように、社会教育の側から学校、家庭に対してアプローチを行うといった役割も、近年、相当程度定着してきております。
 そうしたことを踏まえて、資料2−1にお戻りいただきますと、課題がさまざまにある中で、社会教育の現代的な意義や役割についてどのようにとらえ直すのかということを論点の例として掲げさせていただいております。
 また、次に、「教育委員会と首長部局との関係」を掲げさせていただいております。資料2−2は、3年前の中教審の答申ですが、首長部局との関係についても指摘をされているところです。アンダーラインの部分は、社会教育に関する事務については、政治的中立性や継続性・安定性の確保、またさらに、先ほどの学校、家庭、地域の連携というところから、学校教育と社会教育が密に連携する必要があるということで、教育委員会が所管することが適当というご指摘をいただいております。
 また、資料2−5のデータ集の21ページをご覧ください。「社会教育行政の所管に関する法律上の位置付け」として関連の法律の規定を抜粋しております。地域教育行政の組織および運営に関する法律(地教行法)の第23条で、社会教育に関する事務は、教育委員会が管理、執行すると規定をされております。ただ、別途、地方自治法の中で、首長部局に委任したり補助執行することができるということになっております。
 こうしたことを受けて、22ページの「都道府県・市町村における生涯学習・社会教育担当部局の状況」をご覧いただきますと、一番上の都道府県レベルでは、教育委員会のみに設置という青色の折れ線グラフがだんだん減少しており、22年には6割少々となっております。その一方で、教育委員会と首長部局の両方に設置するという緑の折れ線が、だんだん増えておりまして、4割弱になっております。
 一方、指定都市の状況については、むしろ両方に設置するというところが大半を占めております。また、一番下の市町村の状況については、教育委員会のみに設置するというところが9割以上という状況になっております。
 また、予算の関係もご紹介させていただきますと、25ページは、知事部局が所管する施設に係る生涯学習関連費の推移のグラフです。先ほど、教育委員会の社会教育費をご紹介しましたが、知事部局でも類似の施設がございます。そこに係る施設については、ご覧のとおり、大まかには減少傾向ではありますが、年度によって増えたり減ったりということを繰り返しており、20年度には1,690億円となっております。
 26ページについて、先ほどの教育委員会の社会教育費と対比すると、水色の社会教育費は、一貫して減少傾向です。その一方、知事部局の生涯学習関連費は、規模は非常に小さなものではありますが、増減が見られ、近年はむしろ少し増えている状況になっております。
 先ほどの資料2−1の論点ペーパーにおいては、ご覧いただいたように、教育委員会と首長部局との関係、また、その連携が進展しない現状等々を踏まえ、連携を進めるためにはどうすればいいのかといった論点、また、制度的なことを申しますと、社会教育行政を首長部局が担えるようにすることについてどのように考えるのかといったことを論点の例として掲げさせていただいております。
 また、3つ目の事項は、「社会教育の専門的人材の在り方」です。 資料2−5の28ページには、専門的人材である社会教育主事・司書・学芸員について、それぞれ職務の概要と資格要件を簡単にまとめております。
 まず、社会教育主事は、社会教育法に基づいて教育委員会事務局に置くこととされております。役割は、社会教育に関する企画・実施、及び社会教育を行う方に対して、専門的、技術的な助言や指導を行うということになっております。
 資格要件は、大学で所定の科目単位数を取得することのほかに、社会教育主事講習という、国や大学が実施している講習を受講して修了することとなっております。
 また、司書は、もちろん図書館における専門職員ですし、学芸員は博物館における専門職員ですけれども、それぞれ所定の科目、単位数を取得して、大学を卒業することがメインのコースになっております。なお、この科目単位数については、平成21年に見直しを行いました。詳しくは30ページ、31ページに載せております。来年4月1日から、司書については、現在の14科目20単位から13科目24単位、学芸員についても、現在の8科目12単位から9科目19単位に、それぞれ単位数を増やしております。これによって資質、能力の向上を図るという改正を、まさに来年度から実施しようとしているところです。
 また、それぞれの専門職員の人数は、32ページにグラフを載せております。濃い青い色は社会教育主事であり、人数がだんだん減ってきており、20年度は3,004人となっております。黄色い線が司書ですが、人数が年々増えると同時に、非常勤の割合がだんだん増えてきております。従って、20年度においては半数以上が非常勤であるという状況です。また、水色の線が学芸員でございまして、施設が増えておりますので、人数もだんだん増えて、20年度は3,981人となっております。ただ、博物館は、登録施設や相当施設、類似施設と幾つかの位置づけがあるものですから、それによって館に配置される人数がまちまちであるという実態があります。
 それから、41ページをご覧ください。専門的人材のうち社会教育主事に関するデータをご紹介いたします。社会教育主事が配置されているかいないかによって公民館の活動がどのように違っているのかというデータです。一番上の1は、対外的な情報提供をどんな方法で行っているかということです。公民館のホームページをつくっているかどうかというところでは、社会教育主事の資格を持っている方が配置されているところでは40パーセントということで、配置されていないところに比べて10ポイントあまり差がついております。
 また、2の「公民館が連携・協力している関係機関・団体」というところをご覧いただきますと、資格を持っている方が配置されている公民館は、そうでない公民館に比べて、それぞれ連携している割合が多いということです。大学、NPO、また他の部局というところについては10ポイント程度の差がついております。
 また、3の「1公民館当たりの学習・講座等の年間実施事業数」についても、資格を持っている方がいらっしゃるところでは、そうでないところに比べて事業の数自体が少し多くなっております。その内訳を4でご覧いただきますと、育児・保育・しつけ・環境・ITといった、近年いろいろ重視されている事柄について、資格を持っている方がいらっしゃるところでは、そうでないところに比べてかなり取組がなされているという実態があります。
 また、42ページは、今後の実務上の重要度について教育委員会と社会教育主事の方のご意見を調査した結果です。教育委員会と社会教育主事は、それぞれ重視するものが多少異なってきております。下から3つ目のところで、首長部局との連携というところでは、教育委員会はゼロとなっております。社会教育主事の方もそれほど高くないということで、実際連携してないわけではないですけれども、今後の重要度についてはほかのところが優先されているという実態もあります。
 43ページは、社会教育主事の有資格者を活用する工夫・仕組みがあるかということです。先ほどの公民館のように、発令されていなくても、資格を持っている方がいらっしゃるかどうかで異なってきますけれども、そうした工夫・仕組みがあるところは、都道府県では全体の2割程度、市町村では7.8パーセントというのが実態となっております。
 また、44ページで、社会教育主事についてのご自身の自己認識というところをご覧いただきますと、仕事についてやりがいがあるとか楽しいとかいったところでは、「そう思う」という回答が多いのですが、周りから、特に教育委員会内部や学校、首長部局から評価されているかというところについてはかなり低い回答になっております。
 また、これについては、資料2−3を別途お配りしております。昨年度、文部科学省で委託調査をした中で、社会教育主事の経験を持つ方の自由記述の回答をまとめたものです。
 1ページの上のほうには、社会教育主事の職務への理解がなかなか得られないという記述がございます。また、真ん中から下のほうにかけましては、職務を遂行するための環境について、日常業務に忙殺されていて、なかなか役割が果たせないとか環境が十分でないといったような記述が見られます。
 また、1ページから2ページにかけては、社会教育主事の専門性の向上や位置づけについて、専門職としての位置づけを法制度として強化する必要があるという声や、首長部局にも発令できるような仕組みに変えるべきではないかといったような声が書かれております。
 また、その一方で、2ページの中ほどから下にかけては、むしろ制度を見直すのではなくて、今こそ社会教育本来の役割を発信して取組を強化すべきだといった声も並んでおります。
 また、3ページでは、現在の社会教育主事の職務に対して、生涯学習にかかわることにお金をかけることを、あまり市民は望んでいないのではないかという否定的な声もございます。資料2−1の課題には、社会教育主事の人数が減ったり、司書、学芸員は非常勤の割合が増えており、また、資格を取っても活躍する場が十分でないとか、専門性に対する評価が十分でないということを挙げております。また、コーディネーターが必要だという課題については、これまで繰り返し指摘されております。論点の例としては、資格制度についてどういった点を改善すべきなのか、社会教育主事を公民館や首長部局でも発令できるようにすることについてどのように考えるのかということを記載しております。
 最後、4つ目は社会教育施設のあり方についてです。資料2−5の51ページは、社会教育施設の所管に関する法律上の位置づけについてです。地教行法の第30条に、地方公共団体は、学校、図書館、博物館、公民館、その他の教育機関を設置するという規定がございます。また、第32条で、これらの教育機関のうち大学は地方公共団体の長が、その他のものは教育委員会が所管するということになっております。また、先ほどご覧いただいたように、地方によっては、首長部局でも類似の施設を所管しているといった現状がございます。
 なお、平成21年5月に構造改革特別区域法というものが改正され、社会教育施設の管理、整備に関する事務については、特区の認定を受ければ地方公共団体の長が実施できるということになりました。現在、岩手県遠野市がこの特区の認定を受けております。
 それから、53ページをご覧いただきますと、社会教育施設については、地方公共団体みずから管理するところ以外にも、第三者に対して管理を委託するという指定管理を行っているところもあります。公民館は全体の8.2パーセントが指定管理の制度を導入しており、図書館は6.5パーセント、博物館は19パーセントが指定管理を導入しております。これについては、民間の創意工夫を活用できるというようなメリットもある一方で、長期的な視点に立った運営がなかなか難しいとか、専門的な人材のキャリア形成が難しいといったような弊害も指摘をされているところです。
 また、54ページは、施設の関連ということでご紹介させていただきますと、地域主権の関係の第2次一括法というものがさきの通常国会で審議をされて、社会教育に関する規定についても改正をされております。
 具体的には、公民館に置かれる公民館運営審議会や図書館協議会、博物館協議会について、これまでは委員の構成に関する規定がそれぞれ法律で定められていましたが、これを削除して、かわりに条例において定め、その場合に参酌すべき基準を文部科学省令で定めるという改正がなされております。法律は、8月30日に公布されまして、規定は来年4月1日に施行されますので、これから必要な省令を整備してまいります。あわせてご紹介させていただきます。
 55ページからは、公民館や図書館、博物館についていろいろなデータを載せております。公民館は、施設の数、職員の数、予算について、いずれも減少傾向となっている一方で、図書館、博物館については、施設の数、職員の数は増加しておりますが、予算は減少傾向にあります。
 59ページは、公民館の使用頻度に関する資料です。公民館は、年代別では、20代、30代といった若い層よりも、4、50代といった中年層、また60代以上の高齢者がより使用するという傾向が見られます。また、都市の規模別では、大都市よりも中小規模の都市、また農山漁村でよく使われるという傾向が見られます。
 博物館については、64ページをご覧ください。博物館制度の概要に関する資料です。世間的には、いわゆる博物館と呼ばれているものの中でも、実は法律によって登録されている登録博物館や博物館相当施設、また、それ以外の類似施設といった3つに分かれております。従って博物館法に基づく博物館というものはごくごく一部に限られております。
 70ページに、登録博物館としてメリットがあるかどうかということを博物館側に調査をしております。社会的な信用が得られるというメリットが指摘されている一方で、特にメリットは感じていないといった回答も相当程度あり、登録制度が形骸化しているという指摘がなされているところです。
 こういった現状を踏まえ、資料2−1に戻ります。社会教育施設について、首長部局でも類似した施設を所管していることや、指定管理者制度の導入による弊害が見られること、各施設における運営の問題、あるいは他機関やほかのNPOなどの団体との連携が十分なのかどうかといったことですとか、また、博物館登録制度は形骸化しているのではないかといったような課題が見られます。そこで論点の例としては、施設の運営について具体的にどういう点が隘路になっているのか、また、このような施設を首長部局が所管できるようにすることについてどのように考えるのかといったことを記載させていただいております。
 また、昨年10月のグループ討議でも、こうした問題についてご議論をかなりいただいておりますので、資料2−4として、その議事録の抜粋したものをつけておりますが、説明は時間の都合で省略させていただきます。
 配付資料の説明は以上です。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 資料説明、背景説明をいただきましたが、社会教育のあり方については、かつてのような存在感がだんだん薄れている面も相当あるようで、再度、社会教育の考え方それ自体も再定義しなければならないということもあろうかと思います。まず、皆様方からご意見をいただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【中曽根委員】

 社会教育主事ということで、いつも現場にいるところから、説明していただいたところを含めて感じていることや社会教育って何だろうかということをお話しさせていただきます。
 私としては、社会教育の機能としてまずは、個々人の問題意識が集まって、それが共有化されて、やがて社会の問題になっていくという流れをつくる役割があると思います。それは、行政の枠の中に納まるというよりは、個々人の思いの中から生まれていくような新しい価値や文化をつくっていきます。
 国際寛容年というのが1995年にありましたが、ますます人と人の関係は寛容ではなくなっているような中で、改めて講座で人と出会って、他人は自分と違うということに気づいていく。そういう当たり前の風景が実感を伴う学びの場で積み重ねられることが、たとえば、多文化政策というものを下支えしていく人々の力になるのではないかというようなことも考えております。
 もう一つは、社会教育は、公民館や博物館や図書館という場の中に設定しがちですが、それは社会教育行政が置いている施設です。実は、社会教育とはあらゆる場所で行われていて、講座という形をとらなくても、例えば、公民館運営審議会で話し合っている中でも、住民同士は学び合っている。そういう意味で、講座よりもむしろプロセスというところが、本来的には社会教育の注目すべきポイントなんじゃないか。そうしてみると、もしかしたら居酒屋でも社会教育の場になっているのかもしれないというぐらい、外に目を向けて社会教育の場を見つけていく必要というのがあるのではと私は思っております。
 最後に、配布資料に関連してですが、社会教育が取り組んでいる中身として、教養の向上が一番多いとのことでした。私もかつて上司と話していて、意識の中に、社会教育の講座イコール教養の向上という染みついたものがかなりあると感じたことがあります。公民館の講座は人が来てくれて初めて成り立つところがありますので、人々が魅力的に感じるテーマを設定しようとすると、どうしても教養向上的な打ち出し方になりがちです。しかしその中には、地域的・社会的な課題というものが盛り込まれています。参加した人たちの横のつながりをつくるということをとても意識した運営をしている場合も多いです。そういったことをもう少し丁寧に見ていくと、教養の向上に隠れている講座の実態というのが出てくるのかな、とも考えております。
 いろいろ話が飛びましたが、とりあえず現場からの感覚で、お話しさせていただきました。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。現職の社会教育主事のお立場でのお話でございました。
 ほかの方はいかがですか。どうぞ。

【高田委員】

 高田と申します。委員の中では、博物館という立場での委員として来ておりますけれども、最初のディスカッションに関しては、広く社会教育のあり方ということで大きなテーマになっておりますので、そういう視点でお話ししたいと思います。
 今日いただいた資料を読んでいくと、「コーディネーター」という言葉がたくさん出てきます。私は、ここのコーディネーターというところを、コーディネーターでなく、マネージャーと考えていますが、マネジメントする人を育ててきていないというか、公民館や図書館や博物館を自分はマネジメントしているんだという意識が、非常に希薄になってきていると思います。周りの環境のせいばかりにして、周りが悪いから、金がないから、組織が変わったからということで、自分たちの施設、組織を囲む周りの環境の変化のせいについついしがちです。それも1つの大きな要因ではあるでしょうけれども、やはりそこで、その施設を管理運営して引っ張っていく人のマネジメント力が問われているのではないかと思います。
 折しも、皆さんよくご存じの『もしドラ』という小説、映画、テレビが有名になっています。「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という本で、ドラッカーの存在はご存じの方が多いと思うんですけれども、ドラッカーの『マネジメント』を読むと、結局、野球部でさえも社会の公器であり、公益性に重きを置いて、チームとしてマネージャーがマネジメントしていくわけです。ドラッカーの言葉の中のキーワードを拾っていくと、「顧客」とか「ミッション」とか「強みを生かす」「マーケティング」「目標」「感動」「イノベーション」といったような言葉が出てきます。まさにドラッカーの言うマネジメントが、この社会教育機関、社会教育施設にさらに重要になってきているのではないかということを最近感じております。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 ほかの方。久住委員。

【久住委員】

 首長をやっておりますので、その面から言いますと、社会教育というものがシュリンクしたのではなくて、社会教育というのが、まちづくり全体、国においても一番重要な位置に広がったということなのだと思います。だから、首長部局でやらなければいけないということを、今、多くの人が感じ始めたということなんだろうと思います。 災害においても、またはまちづくりにおいても、職員も少なくなっている。社会活動や災害復旧などの活動、ボランティアも含めて、社会性だとか地域に対して参加することに価値観を持つ国民をいかに広く持つか、また市民をつくるかというのが、今、まちづくりの政策の第一歩であって、それがソーシャルキャピタルの高いまちであるということです。逆にソーシャルキャピタルの高い国をつくるというのが、国家理念である。そういう市民をどうつくるかというのが、最大のまちづくりの重要性であって、それは一社会教育主事でできるものではなくて、本当に何十年も社会生活をした経験のある人たちがかかわって、市民にそういう道づけを持っていくという時代なんだろうと思います。
 だから、社会教育自体は小さくなくて、その重要性が大きくなって、首長部局も教育を語らなければ選挙に落ちるという時代になる。逆に、語らなければいけないし、まちという雰囲気とかアトモスフィアが変わってくるというのが、今の時代背景なんだろうと思います。そうじゃないと、まちは守れないし、活動もできてこない。環境や健康ということについても、目の前の損得よりも、自分を自律して、5年後、10年後のために、今の自分たちをどうコントロールできるか、そういう国民だとか市民をつくらなければいけない。それが一番不足している。それが多分教育なんだろうと思います。
 そのためにはどういう仕組みがあるかというのを、私どもはいろんな手を使って、悩んだりしているわけです。それは、まち全体でかかわらなければできないように簡単なものではない。だから、生涯学習自体がもっと広い意味で、人材づくりにどうかかわっていける役割を持つか、その方策は今どういうふうな形でつくられるかというのが、今、国においても一番大事なんじゃないかと、首長としては思っています。個々にはいろいろありますけれども、全体像としてはそういう時代認識でいるということです。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 では、今野委員。

【今野委員】

 大学で教員をしております今野といいます。私も久住委員と全く同じ意見です。資料の中でもたくさん出ていましたけれど、現場の社会教育主事からは、最近は予算が取れない、人もいなくなる、このままじゃどうなるんだ、大変だという声が随分出ています。財政事情が厳しくなっているだけに、それぞれの行政のやっている仕事の公共性が問われていると思うんです。
 我々は、社会教育にかかわっていますと、これだけ立派なことをやっているのに、なぜ予算が削られるのかという思いだけが非常に強くなることがあります。しかし、もう少し考え直して、社会教育の持っている公共性が何なのかというところをもう一回とらえ直して、予算をかけてやる事業というものについても、公共性の高いものから優先順位を定めてやらなければいけないと思います。
 先ほど、社会教育の活動の内容の報告がありましたけれども、やはり依然として、趣味、教養、娯楽的なものが非常に大きいということです。これは、私は公共性がないとは思いません。それぞれの市民が好きなところで学習して活力を高める、そしてそうした 活動をしながらほかの人々との人間関係を作り・深めていくということで、これも公共性があることと思います。しかし、限りある予算の中では、もっと公共性が高い事業、社会教育のあり方というのを追求していかなければいけないという意味では、公共性についての議論を、我々も、もう少しやっておくべき、現場でもやられるべきだったんではないかと思います。
 我々が今までやってきた中で、何が公共性が高いと言えるのだろうかということで言うと、今、お話が出ていました、社会教育の中で行っている市民性の涵養といいましょうか、国民全体の市民性のレベルを上げていくこと、ガバナンスの基礎となる市民としての力を高めていくということではないか。このことに対して、一番力を発揮できるのが社会教育だろうと思うんです。これからは、例えば、まちづくりだとか市民性の涵養だとかいうことで、特に公共性の高い課題にターゲットを絞って政策化していくことが必要ではないかと思います。
 そのように考えてみますと、社会教育活動というものが、施設の中での学習というものから離れて、学習を含んでより広く行われる社会的活動と捉えられる必要があるのではないか。市民をつくるということですから、ただ知識を聞いて得るだけではなくて、いろんな活動の実践の中からそれは養われていくとすれば、環境だとか健康だとか地域づくりだとか、さまざまな場での活動が社会教育の対象となるべきです。そうした活動には現に教育的な機能が起こっているはずです。社会教育も従来の行政の枠にとらわれないで、教育の機能というものを少し実態に即しながら、対象を幅広く考えていく必要があるのではないか。そうすると、一般行政部局でやられている活動・事業というのも、社会教育の範囲として考えていいのではないか。連携ということよりは、むしろ一般行政と一緒になった形での教育機能の促進というのが位置づいてくるのではないかという感じがいたしております。
 学習というイメージも、範囲も質ももうちょっとダイナミックなものに変えていくと、いろんな活動が出てきはしないだろうか。そういう意味では、今、久住委員からも話がありましたけれども、社会教育行政の可能性というものを、市長、村長のほうが非常に評価をされていて、むしろ教育委員会のほうが、なかなか社会教育行政の可能性に気がついていないところがあるんじゃないか。非常に活力のある市町村長たちの集まりで、全国首長連携交流会というのがあります。久住委員もリーダーのお一人で、うちの大学でも一緒に連携させていただいて全国の研究集会をやったりしているんですけれども、お話を伺っていますと、社会教育は教育委員会でなければできないということであっていいのかなという気がします。社会教育を非常に狭い範囲のイメージでとらえるのではなく、もっと幅広い、今出たまちづくりのような観点から、もう一回社会教育——社会教育そのものというよりは、社会教育行政なんでしょうか、行政と教育活動が一緒になってしまう場合があるんですけれども、行政のあり方も変えながら、社会教育の可能性というのを引き出すようなことを考えていくのもいいのではないかと考えております。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 糸賀委員。

【糸賀委員】

 初めに確認ですが、今日の進め方は、こうやってそれぞれが発言をしていくと、当然、それぞれ4つのテーマについて意見の集約ができるとも思えないんですが、どういう論点があるかということを洗い出すというだけなんでしょうか。

【貝ノ瀬副分科会長】

 論点を出されていますので、それを参考にして、今までの考え方から新しい社会教育の考え方ということについて、またどう振興策につなげていけるかということについても、皆さんのある程度の合意ができればと思います。

【糸賀委員】

 そうであれば、これは、時間が限られていますから、4つについて、皆さんが発言するのは難しいと思います。前期のときには、それぞれがカードに書いて、それをホワイトボードの上で整理して、ある程度皆さんの意見がわかったところでそれぞれ発言したので、そのほうが意見は収れんしやすいと思います。私は、限られた時間でやるんでしたら、やり方をもう少し工夫したほうがいいだろうと思います。
 問題の社会教育の意義・役割ということですが、これについては、私は平成20年に出た中教審の答申の中で、既にかなりのものが書かれていると思います。先ほど、資料説明でも言及されていましたけれども、この中に生涯学習の振興と要請で高まる必要性と重要性ということを言っています。今もいろんな方が言われましたけれども、日本は少子高齢化がこれからますます進んでいく中で、すべてを行政が担うわけにいかないわけです。地域社会の中で、地域住民も行政と一体となって地域の課題の解決を図っていくというのが、当然求められる話だろうと思います。
 一方で産業構造が変化してきて、かつてのような大企業中心で、その系列下に中小企業、あるいは零細企業があるという位置づけではもはやないんです。若手の労働力などは、もう海外に求めていくということです。従って、かつて労働教育の中で学んだことが、そのまま10年後、20年後に使えるわけではなくなってきています。つまり、新しい技術や新しい労働力を育成していかないと、この国はもう立ち行かないんです。それだけに、その力をどうやって地域社会の中につくっていくかということが求められていますから、社会教育の行うべき役割というのは、いささかも減少してない。むしろ重要性は増すだろうと思います。そのあたりのことは、平成20年の答申にも「自立した個人の育成や自立したコミュニティの形成が重要だ」と既にうたわれております。私は、3年経った今日でもそれは変わらないだろうと思います。先ほど、久住委員も言われたように、ソーシャルキャピタルの形成をこれからどうやっていくのか。地域の中で行政と一体となって、さまざまな産業、福祉、教育、日常生活の中での課題の解決に、みんなが一体となって取り組んでいく。そういう人材を育てなければいけないわけですから、これはまちづくりと同時に、当然、人づくりということを視野に入れるべきだろうと思います。
 そう考えたときに、問題は、学校教育以降の、あるいは学校教育以外の教育の場、学習の場、学びの場、これを教育委員会が中心に担っていくべきなのかどうかが問われるわけです。そういう学びの場が必要なことは言うまでもありません。それを地域の中で最も効率よく成果が上がるような形で形成するには、教育委員会が中心になってやっていくのがいいのか、それとも首長部局で、首長が一体となってやっていくのがいいのかというのが次の論点になっていくんだろうと思います。
 経済成長という点に関して考えても、これからこの国は、かつてのような右肩上がりにならないわけです。新政権が増税ということを言っておりますけれども、その増税もかなりの部分は震災復興に回ります。そうしたときに、限られた資源、限られた予算の中で、どのようににまちづくりを支えるような人材を育てていくのか。そう考えたときには、社会教育の役割というのはますます大きくなるだろうと思います。問題は、それを自治体の仕事の中のどこが担って、どこがリーダーシップを発揮してやっていくか、そこが問われているんだろうと思います。

【貝ノ瀬副分科会長】

 そこが問われているところについて、ある程度いろいろ提案が出てくれば、なおいいですね。
 今、求められている社会教育に必ずしもなっているわけではないので、背景説明がありましたけれども、その中で社会教育の役割を皆さんで確認をしつつ、そして、次の段階に移っていければと思いますので、よろしくお願いいたします。
 高橋委員。

【高橋(正)委員】

 田舎町で行政をやらせていただいています。久住委員もおっしゃっていたとおり、社会教育というのは、とても大事なところなのですが、小さなまちでも、住民に認知されているかというと、なかなかしっくりいかないというか、あまり大き過ぎて存在感がないというか。表現の仕方はちょっとわからないですが、何となく教育委員会でやっているからというような意識が、結構強いというところもあるかと思います。資料の説明や皆さんのご意見にもあったように、予算がなくなったとか、いろいろ背景はあるのですが。
 ただ、私どもは、こうやって行政をやらせていただくには、社会教育がなければ、まちづくりはできないと思っております。言ってみれば、まちづくりには社会教育が必要であり、さらには、町民一人一人が自分達のまちをつくって支えていくとなると、生涯学習が必要なのです。
 今までお話がありましたように、教育委員会部局に任せるだけではなくて、特にまちづくりは人づくりと考えますから、そういう意味では、社会教育も生涯学習という全体の位置づけの中で取り組みをさせていただいております。地域の中で、このことがしっかりと認知をされ、それぞれ様々な社会教育活動の中で一人一人が高まり、それでまちをつくっていくという意識が大切であると思いますが、自治体によっては社会教育ということになるとまだまだ浸透していかないところもあろうかと思います。特に少子化や高齢化社会の中、社会教育や生涯学習の必要性というのは今非常に高くなってきているだろうと思いますし、これをもう一度、まちづくり全体にしっかりとした中心の柱として据えていかなければならないと思います。
 特に東日本大震災の後で、人のつながりやきずな、地域に対する思いというのは非常に見直されてきています。大事なものは何かということなのですが、そういう中で歴史や文化や人といった、今の社会にとって、本当に大事なところが何なのか、そういったことを学んでいくことが、社会教育の意義ではとも思っています。
 昭和24年に社会教育法ができたということだったと思いますが、もう60年が経ち、社会も多様化してきました。社会教育の現代的な意義というものをしっかりと踏まえた中で、これを実現するためには、一番は、国としてなすべきところは何なのかという議論もしっかりしていただければと思います。特に社会教育をめぐる制度面においては、田舎にいると、非常に制度に縛られたり、義務があったり、いろいろなことがありますから、より多くの地域が活用できるような、柔軟な制度設計が必要と感じています。
 また、社会教育主事の役割というものは、私どもも重要だと思っています。田舎の小さな行政というのは全国にたくさんあるのですが、公民館や社会教育活動の推進のため必ず社会教育主事を置くという意識の中で、相当数の自治体が苦労しながら養成をしたり、また資格を有した人を採用し、それぞれの地域において大事な取り組みをしています。先ほど久住委員も言われたように、教育委員会だけではなくて、それを行政が、首長部局がまちづくりとしてしっかりと担っていかなければならないという時代に入っているということだと思います。そういうことを私どもは現場の中で実感しながら、今進めさせていただいているものですから、そんなことを含めて意見とさせていただきます。
 以上です。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。今まで出てきたご意見は、社会教育の存在が、認識も薄らいできてはいるけれども、しかし、やはり社会教育は大変現代的に意義があるというお話だったと思います。それは、一人一人の学びというようなこともあってもいいけれども、しかし、それを超えて、その学びを生かしていく。その生かし方も、まちづくり、または人づくりということでの役割、意義を大きく重点化していくことが必要だろうというご意見が出て、確認されてきていると思います。
 もう既に振興策についても出てきていますので、生重委員も、ぜひその次の段階の、どうしたらいいかというような点も触れながらご意見いただければと思いますが、よろしくお願いします。

【生重委員】

 もちろん皆さんがおっしゃっていることはすべて正しいし、首長や教育長や、トップに立っている方たちのご発言は常に前向きであり、ビジョンを示されているんですが、そこの下で働いている地方の行政マンは、市民を信じているなんて思えたことは一度もないですね。辛らつなことを申し上げますけれども、何がNPOとの協働で、何が市民づくりで、何がソーシャルキャピタルで、何が前向きにみんなでやっていきましょうということなのか、そんなことを全然感じることはないです。
 極端に言えば、下働きで安くやっている人間は、上から物を言われているということを常に感じているのが実態ですし、そうじゃない人もいるんですが、多くはそうなんです。それは、お上を信じて、そのままついていくという市民の自立性のなさというものもすごく大きな課題にあるんだけれども、もし美名のもとの協働というのを本気でやっていきたいんだったら、やはり一緒に汗をかくという気持ちに行政の末端までがならなければいけないし、そういうことを前向きに実践していける現場をつくっていかなければいけない。安かろう悪かろう、適当に働いとけよというようなことを示されることがすごく多いんです。
 皆さんのおっしゃているとおり、社会教育が必要だ、3・11以降、市民が自立して、みんなで助け合いながら、きちんと自分のまちのコミュニティを再編成して見直していかなければいけないと、私も本当に心からそう思っています。子供の、次世代に向けての発信も含めて、他世代が寛容な気持ちでかかわっていき、自分たちが明日を担う子供たちのために何らかの形でみんなで責任をとっていく。絶対にそれはやっていかなくちゃいけないし、一番それを発信しなければいけない。トップの人たちは皆さんそう思ってくれているんだけれども、それを受けている人たちは本当にそう思っているの? というのを、日々感じているんです。そこが全部変わらない限り、真の市民性とか目指すべきソーシャルキャピタル、ガバナンスを形成していくところにはなかなかいかないんじゃないかというのが、私が日々、地域ではいつくばってやっている中で感じている実態です。
 だから、教育委員会がやる、首長がやる、両方やってくださいと。地域の課題を解決するという意味で、まちづくりという意味の視点では、首長部局が合っているんです。でも、それだけではないですね。人間がともにつながり学んでいく中で、図書館の役割は大きいですし、アートに関しても何にしても、専門性の高い人間がいて、そういうところで一緒に学芸的に学んでいける場をつくっていくということだって重要です。それこそが社会教育が教育委員会にあった理由だったわけですから。教育委員会が担うべき社会教育のこれからと、まちづくりという視点で市民性を高めていく首長部局の役割というものが明確にならないと、地方では結構そういうところで混乱していると実際感じることがあります。
 これからのまちづくりをどうしていくという大きなビジョンのもとで、担うべきものを分けていく、でも、それを分断してしまってはいけなくて、協働しながらお互いに担っていく。そっちでやっているからこっちは知らないというのもよく感じることなので、それはぜひ協働しながら連携をしていくことです。
 まず、行政こそが連携ですね。学校教育の現場でも、学校支援地域本部に携わって、いろんなところに伺いますけれども、うまくやっている実践事例を示せているところ以外は、学校の先生からは、何やってんだろうねあのおばさんたち、という雰囲気のところが大半を占めています。それを小さなところからこつこつと両方が理解し、意識し、協働しという、その土台ができない限り、いくら偉い人が美しいことを語っても、市民である我々は苦しいままだなという気がいたします。
 以上です。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。実態論の一側面を語っていただきました。
 では、高橋(興)委員、どうぞ。

【高橋(興)委員】

 私も前段のお話は、「べき」論としてはそうだと思います。私はこの会議に参加させていただくようになってから、この問題、とりわけ社会教育主事や公民館職員の問題について、うるさく、皆さんがおそらく辟易するぐらい話をしてまいりました。私が申し上げてきた状況は一層進行して、もう限界値をはるかに超えたと思っています。もう危機的な状況をはるかに超えて、そのことが負のスパイラル現象をおこしています。人がいないから確たることができず、市民にもアピールできない。そうすると、社会教育は何をやっている、公民館は何をやっているんだという評価となり、次の年、また人が減り、そして予算も減っていく。こういう状況に数年前から完全になっている市町村が圧倒的に多いと思います。
 その中で、やるべきことははっきりしていると思うんです。それは、人の問題をどうするかということで、私は予算の問題ではないと思います。というのは、市長・町長もおられるけれども、私も県の教育行政の中でずっと仕事をして、事業もやってきましたけれども、予算額の丸1つ2つ違っても、首長部局でやるのと同じぐらいの仕事ができると自負してまいりました。それは、社会教育には人がついているからです。すそ野の広い人とつながっているからです。だから、できたんです。  
 ところが、それは社会教育に職員がいたからです。最低限のところは、少なくともきちっと人がいた。だから、仕事ができ、ある程度の評価を維持できた。今はもう完全に逆です。なすべきこともほとんどできていません。もううめき声を出す力もなくなっています、ほとんどは。その中で、先ほど、企画官から島根県の資料の説明がございました。最近有名になっている、地域力醸成プログラムという事業は、公民館事業で、県単独経費で1,400万を投じている。けれども、あの事業のねらいは、個々の市町村でやる公民館事業そのものじゃないんです。政策の立案者が公民館の重要性に対する世論の喚起のための事業だと一貫して言っています。
 そうしたら、効果てきめんです。昨年、この事業のメインともいうべき各公民館による企画プレゼンテーション大会に、教育委員会で格別なお誘いもしないのに、知事が、「こういうのをやっているそうだけども、僕もちょっと出てみたい」と言われてお出でになり、今年はちゃんとした形でごあいさつに見えました。そういった形で県民に広がっているわけです。世論喚起と同時に、島根県がやっていることは、人の手当てをきちんとしていることです。派遣社会教育主事制度を維持して、市は2分の1持ち出しです。町村もかつては2分の1だったんですけれども、きついと町村から言われたら、4分の1まで負担額を下げたんです。そして、こういう財政状況のもとで、市からも2分の1ではきついと言われているのを受けて、それを来年度以降下げる方向でやっているということです。常に前向きですから、こういう時代ですけれども、島根県の場合は派遣社会教育主事が増えているんです。
 だから、ただ単に、社会教育は大事だと言うだけではだめだし、そんなことが通用する状況では全くないと思っています。きちんと、最低限の人を手当てするために国としてどう支援できるか、というところに政策の力点を置かないとだめだと思うんです。
 派遣社教主事制度を維持するために、もう一つ条件があります。例えば私が住む青森県は、派遣社教主事制度を細々と維持しているのですが、人事の担当者に言わせると、派遣社教主事として登用して派遣する教職員探しに躍起となるわけです、人事の時期になると。そこまで実は落ちているんです。島根はそこのところにいち早く気がついて、派遣社会教育主事制度を含めた人の手当てをきちんとするために、今までは、30歳以上の教員でなければ、広島大学でやる社教主事講習に派遣しないという制度を持っていたんですけれども、こういう時代ですから、近年は教員自体からなかなか希望者が出ません。そこで、今年から30歳という制限を撤廃し、さらに、学校側への説明では、将来、社会教育職員に登用するんじゃなくて、学校教育職員としても、社会教育に対する見識を深める必要がある時期だと。先生方のスキルアップという視点で考えてほしいというアピールの仕方をしているわけです。
 今、20人ぐらい、社教主事講習に送りたいということで頑張っていて、徐々に増えてきています。ただ大事なことは、広島大学には、ほとんどの市町村から通学できないわけですから、旅費は全額県費負担であることです。そういった手当をしながら人を考えていかなければ、もう社会教育は存続できないと思っています。前段で、社会教育の大事さ、あるいはすばらしいんだという話がありましたが、ならばその大事なものをどうやって守っていくのか、拡充発展させていくのかという具体論が大切であり、私はまず職員だと考えています。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 今、社会教育のあり方を考えたときに、人の問題の1つの指標として、社教主事の配置ということも振興策の1つということにもなるんでしょうけど、しかし、それがすべてかどうかということもまた議論が分かれるかもしれません。首長との関係もありますので、その辺についても議論を広げていただきたいと思います。
 では、宮本委員。

【宮本(み)委員】

 私は、この10年間、若者の問題にかかわってきて、子ども・若者育成支援推進法の実施過程では子供から若者までを広く、政府の施策と全国の現場の取組を見てきました。これらの動きが社会教育とどうかかわるかという点では、いろいろ考えるところがあります。答申の中にも記載されていましたが、社会教育の新しい役割として、社会から排除される人々に対して社会教育は何ができるのかという問題提起が出ています。これは適切なことだと思います。
 例えば、子供の貧困の拡大という問題をみると、それがために中退をしていく若者の増加、不安定就労やひきこもりというような一連の現象が広がるなかで、その若者たちを救済する取組というのがいろいろあるわけなんですけれども、この10年間の流れというのを私の立場から見ると、社会教育はほとんど無力だったと思います。
 もともと社会教育というのは、学校教育とは異なる独自の立場、つまり、地域の中で多様な教育的課題に取り組むという役割を持っていたはずなのですが、ある時期以降、新しい時代の状況に対して、社会教育は、予算や人員削減という現実的な問題もありますけれども、理論的にも遅れたのではないかという気がしております。
 具体的に申し上げますと、学校を早期に去っていく、あるいは学校を出たけれども、うまく仕事につけないでそれを20代、30代と引きずっているような人たちが全国に相当数いるような状況になっているんです。これは、時代の変化の中で起こっているのですが、これに対する取組がある程度は進んでいます。幾つかの省庁でのそれぞれの取組、そして、具体的な現場の多くはNPO等が動かしています。何をやっているかというと、つまずく若者に対して教育・訓練を提供し、生活の基礎訓練をやり、社会に参加していくためのいろいろな社会的なトレーニングをやるというようなことです。トレーニングを、今までのように企業の中では十分に果たせない、それから、学校教育のなかでもそれが十分に果たせない状況にあり、新しいトレーニングの場が必要になります。新たなトレーニングは、先ほどからも出ておりますけれども、まちづくり活動とも重なっていくわけです。つまり、まちを作る人々のいろいろな営みの中に、つまずいている青少年や若者たちを参加させていくということを進め、そこからさらに仕事につなげていくという一連の流れの中にうまく乗ったときに成功するんですが、課題は山積みです。学校教育と地域社会の連携できていない。それから、地域の中のいろいろな試みと、企業というような雇用の場との連携もうまくとれない。これらをつなげるということが非常に重要でありまして、その点で、先ほどの話に戻れば、社会教育は一体何ができたのか。
 例えば、全国に公民館がありますけれども、つまずいている若者たちの再教育、訓練の場として公民館が使われたか。公民館は全然使われなかったのです。なぜかというと、公民館が持っている問題意識と新しい課題とが全然つながらないわけです。けれども、原理原則に立ち戻って考えますと、地域の課題、それから、地域に住む人々のいろいろなニーズに応える機能をもともと社会教育は持っていたわけで、その点で今でもそれは必要であると思うのです。
 ただ、今一番課題になっているのは、つまずいている若者たちの課題を解決するうえで、教育委員会、学校教育現場との接続が非常に難しい。意識があまりにも違っているのです。それを破る試みというのをたくさんしていますけれども、大変なエネルギーが必要という状態があります。教育委員会の中の学校教育部局でなく、社会教育部局が地域とつながりながら、いろいろな困難を抱えている人たちの再教育と、そして、仕事につくというあたりの機能は、社会教育を検討するうえで、非常に重要なものがあると思っているところです。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 では、大日向委員。

【大日向分科会長】

 私は、先ほどの糸賀委員と高橋(興)委員がおっしゃったことを、それぞれ大変興味深く伺いました。社会教育は非常に大事であり意義は大きいことはこの場ではみなさんおっしゃいますし、意義は共有されていると思います。でも、現場に行くと、予算はどんどん削減されて、人員も削減され、一番つらいのは認知度が低いわけです。一体どこにそのギャップがあるのかということを、私たちはしっかり検討することが必要だと思うんです。
 そのときに、糸賀委員が言われたことに、私は、非常にヒントをいただいた思います。つまりそもそも社会教育とは何か、その立ち位置を再検討することが必要なんではないかと。例えば、手元に8月11日の朝日新聞の記事が配布されていますが、社会教育主事の仕事の例として、子育てサークルの育成があげられていますが、果たしてこれは社会教育が、行政がやるべきことなのでしょうか。中橋委員もやっていらっしゃると思いますし、私のNPOでもやっているわけです。行政がやらずとも、民間が草の根的にやっていることがたくさんあるわけです。そこに公民館なり社会教育が何かしようとしても、上から目線でやられても意味がないと思われても仕方がない面があるのではないでしょうか。
 一方、糸賀委員が言われたことですが、日本の社会は、まちづくりをどういうスタンスでやっていくかという点では国や公的なものの関与が必要でしょう。国は今、成長戦略と人材育成を両輪で進めていこうという方針を打ち出しています。それを一NPOとかそれぞれの団体だけが個別にやっていいのか。むしろ、そこにどうやって社会教育、あるいは行政が軸足を持ってかかわっていくかということが必要だと思います。そういたしますと、どの部局がやっていくべきかという組織論のほうに話を進めていく必要があります。個別の話だけを積み重ねていっても、負のスパイラルで本当に元気がなくなると思うんです。やはりここはドラスティックに、社会教育の意義、役割は今、どこにあるのか、これからの時代に合わせて再定義していくということも必要だろうと思います。
 また冒頭、中曽根委員も言われたことですが、施設だとか講座の中でやることだけではなくて、居酒屋だってできることがあるわけです。施設にとらわれないで、それから、学校教育の枠にとらわれない社会教育のあり方をもっと模索することも大切でしょう。学校教育以降の学びの場の開設を、もっと積極的に進めていくということも考えていく必要があるでしょう。そもそも社会教育を考えるに際して、人づくりや成長戦略との連携を持って議論していかないと、確かに予算も取れない、人も減らされていくという負のスパイラルに落ちていくだろうと考えています。今まで私たちが考えていた社会教育とは何かということが、それぞれ全部、もしかしたらイメージが違うのかもしれない。
 糸賀委員が最初に紹介してくださったように、平成20年度の答申の中に書かれている社会教育というのは、非常に新しい視点の社会教育というのをせっかく打ち出しているわけです。私たちは、そこに視点を共通にして議論を展開していくことが必要ではないかと考えております。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 では、柵委員。

【柵委員】

 私から5つほど整理して話したいと思うんですが、1つは、社会の変化に伴って非常に範囲が広くなった、あるいは再定義が必要だという話、これは私もとても感じることです。
 2つ目は、情報接点が非常に薄くなってきているということと、情報発信の力も非常に弱くなっているんじゃないかということです。
 3つ目は、せっかくいい活動をしていらっしゃっても、それがつながっていかない。諸外国では、学ぶ場と活躍できる場を連携していくという取り組みで、非常に大事だと思うんです。EUの中で成人教育は、教養教育と職業教育という体系になっていて、その場合の職業というのは、私たちが考える会社に勤めるということだけではなくて、地域で働くということを含めているようですが、そういうことを両輪のように進めている例はよく聞きます。
 4つ目は、そういうことを進めていくためにも、きちんとベンチマークをとっていけるような仕組みが必要じゃないかと思います。
 最初の話に立ち戻りますが、社会教育の範囲が広くなっている、あるいは社会の変化をとらえて取り組んでいかなければいけないということは、社会教育関係誌などさまざまに論じられています。例えば、企業の中でも家庭教育の問題が最近取り上げられていますが、そういうところと社会教育との連携のあり方も、今、変わってきていると思います。例えば、忙しい社員がなかなか学習施設に行けないので、働く人のためのインターネット家庭教育講座というのを富山で取り組んでいます。社会の変化に合わせて取り入れるなど、連携の仕方も変えていく時期に来ていると思います。
 それにしても、情報接点が非常に弱いということを常々感じます。私が少しアドバイスをしている県では、市町村と県との間の学習情報のネットワークが、希薄になってきていて、市町村は市町村、公民館は公民館でどんどん情報発信できるようになってきた時代に、県に全部集めて情報発信するということが難しくなってきている。しかし、大事なことは、市町村や県で行っていることの連携をどう図っていくか、マネジメントしていくかということだと思います。その意味で、情報の連携、情報の接点が非常に大事であるにもかかわらず、弱くなってきています。
 これを解決する方法は、いろいろあると思いますが、例えば、ある県の学習センターでは、「試しにフェイスブックでもやってみますか」と話をしたんですが、今、所長みずからやっていらっしゃいます。すると劇的に情報量が増えます。つまり、学ぼうとする県民が今どんなことで悩んでいらっしゃるか、あるいは、どういう活動でつまずいていらっしゃるか、そういう情報の接点が非常に増えます。そういうことから、新しい取り組みを考える必要性がどんどん見えてくると思います。
 それから、3つ目にお話ししたいのは、社会教育現場で非常にいい活動をされている方を見ますが、参加されている住民の活躍できる場をつくっていく必要があると思います。これについてはいろんな取り組みを最近見るんですが、富山でもやっていますのは、学習の現場と仕事や地域、社会活動、まちづくり活動とのつながりを情報でつないであげるということです。たまたま、グループ2の資料の中に富山県の資料が入っており、また後ほど見ていただければと思うんですが、従来も教育委員会・市長部局が違う、産学官の間でも縦割りになっているということはどうしてもあります。情報をつないでいくことによって、学んだことが社会に生かされるような仕組みづくりに取り組んでいく必要があると思います。
 最後に、それにはやはりベンチマークをとり、その中できちんと評価を示すことが大事と思います。これが、予算要求とか、あるいは人の確保とかいうことには一番必要なことだと思うんです。ベンチマークは、1つは市民参加というインカムの問題も大事でしょうし、1つは、アウトカムとして活躍できる場に対する連携がどこまでできたかということが、その評価の大事な視点ではないかと思います。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 中橋委員。

【中橋委員】

 私は、子育て支援の現場で活動しています。公民館や図書館だけが社会教育の施設としてあるわけではなくて、私たちのやっているような、親子が来るところに、おじいちゃんもおばあちゃんも、学生たちもたくさん来ます。そういったところでも、社会教育の視点や男女共同参画の視点を持ってかかわろうということで、スタッフの研修をしています。私たちの施設は子育ての広場で、知事部局の福祉の予算でやっているんですが、そのような施設が行政に社会教育としての機能も一部ある施設だと認識されていないんです。地域の社会教育施設の連携というのも、会場を借りたりということはありますけれども、事業として一緒にどうやっていくかというような話し合いの場に出るということも、ほとんどありません。
 こちらとしては一生懸命やっているつもりなんだけれども、そういうふうに見ていただけない。多分、社会教育施設で今までやっていることでいっぱいいっぱいなので、現場にもっと出てきてくださいと言っても、そういう人もいない。地域に数々ある、子育てや福祉、環境といういろんな団体や、場を持っているところと、社会教育施設が、上手にネットワークを形成して、団体を活用していくというようなことをしていったらどうなのかと思います。言い方はちょっと悪いですけれども、地域の核となっている社会教育施設の子分のような感じで、つながりがあるネットワークがちゃんとできればいいのにと思います。
 そんな中で、私は、香川県社会教育委員会の委員をしております。他県の様子はわからないですが、社会教育委員の会を年に数回開いて、今年度の我が県の社会教育でこういう事業をしますということを話し合います。そのときに毎年言うんですが、予算は出てきていなくて、事業の内容だけが出てきています。事業のいいか悪いか、もっとこうしたほうがいいとか、これはどうだったというような話は会の中でされるんですが、それに幾らお金がかかっているのかというような話がありません。
 例えば、新規の事業だとマル新ということで書かれてはいるんですが、それがどういった種類の予算なのかということも書かれていません。例えば、子育てのことで言うと、我が県の教育委員会も、知事部局というか、厚労省の予算で、安心こども基金を使って、社会教育の家庭教育であるという事業を大きく打ち出しております。それが単年度のものでしかないということを考えて、予算の性質を見て話をしないといけないのに、今年はこういう新規の事業をしますというような事業内容だけで話をするんです。社会教育委員の会は、教育委員会の人ではなくて一般の人たちですから、それを継続していくためにはどうしたらいいのかとか、もっとここは本当は予算が要るんじゃないかというようなことを私たちが言わないと、どこで言うんだというふうにも思います。
 もっと言うと、民間の現場でやっている私たちがもっと働きかけて、社会教育の必要性、家庭教育の必要性ということを理解してもらえる地元の議員や市民団体をもっと増やして、だから、予算が必要なんですと言わなくてはいけないんです。人で何とかなるわけでなくて、人が動くにはそれなりの予算もかかってくるということもわかってもらいながら、いい人を育てる。それをたくさん広げるんだったら、最低限これだけの予算はかかるんだから、ここに予算をつけてくださいというような話をすると、中橋さんはいつもお金の話をするというようなことを言われます。でも、そこはすごく大事なことなので、地方や県、市などの会でも、表面的なことだけでなくて、もっと深く話ができるような場をつくっていくということも大事なのではと思っています。
 以上です。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 大体、今、一巡してご発言いただいたんですけれども、確かに、学びがまちづくりや人づくりにつながっていくという広がりを持ってきているということは、皆さん、大体共通理解しているだろうと思います。ただ、その中で、枠を超えて広がりを持っていくということになりますと、所管も、必ずしも教育委員会ということに限らず、首長部局にも広がって、協働していくということになってくるとは思います。これは言うは易く、案外簡単なことではなくて、それを担う方に相当な力量がいる。私も現場にいるんですが、ちょっと想像しただけで、うちの職員でだれがこれをやれるかといろいろ考えたときに、社教主事ではないとだめなのか、また、学芸員ではないとだめなのかと。そういうことも含めて、人づくりというか人材育成というか、担い手は、やはり専門職ということも考えるべきなのか、または、もっと違う考え方があり得るのかというようなことの論点もお願いします。
 では、高田委員、お願いします。

【高田委員】

 高田です。今日の配付資料2−4の3ページ目の上から4行目に、「社会教育『施設』を『機関』と言い換えるだけで意識が変わってくる」と書かれてあります。これは多分、私が何回か前の中教審のときに発言させていただいたような記憶があって、それで書いていただいているかもしれません。実は、今日、ある論文を持ってきました。これは、何と今から80年前に出された日本国内の機関誌で、『教育論叢』という本で、このときのテーマが、まさに「社会教育の諸問題」です。昭和5年に出された冊子です。
 博物館研究で非常に有名な棚橋源太郎という先生がおられて、棚橋源太郎は、最初の彼の論文のテーマに、「社会教育機関としての博物館、動物園、水族館」というふうに書いています。既に昭和5年の段階で、棚橋は「社会教育機関」という言葉をここで使っています。それがいつの間にか、「社会教育施設」という言葉のほうが大きくひとり歩きしてきたような気がしていて、その弊害として感じるのは、公民館と社会教育主事、司書と図書館、学芸員と博物館という、そういうセットで、社会教育している立場が縦割りになっているんじゃないかということです。お互いに社会教育を目指して、地域の人々のためにということを、学びのためにとか人材育成のためにというふうにやっている機関でありながら、自分のところの問題は自分のところだけで何とか解決しようとしている。そういう課題があるんではないか。社会教育機関であれば、今から同じ機関として横の連携もしていくといいのではないかと感じています。
 例えば、学芸員の資格取得者というのは、1年間に実は1万人近い学生が学芸員の資格を取得して卒業しています。ところが、彼らが現場の博物館に就職できるのは2パーセントもありません。毎年1.何パーセントしか就職していない。ということは、99パーセント近い学生たちが、学芸員の資格を取りながら一般社会に出ていっている。多分、司書の資格もそうだと思います。社会教育主事の資格も同じような状態だと思うんです。資格を持ちながら、そういう施設に勤務できずに社会に出ていっている。そういう人材をなぜ活用しないんだろうと私は思います。
 大学で専門的な知識や経験を教わっている、地域のそのような人材を縦割りでなく横同士で大いに活用し合う。博物館は博物館だけで何とかしよう、図書館は図書館だけで、公民館は公民館だけで何とかしよう、金がない、人がないということであれば、いつまでも問題は解決しないのではないかと思います。
 繰り返しますけれども、社会教育施設という縦割り的な考え方でなく、社会教育機関ということで、皆さんがお互いに施設や組織を超えて連携し合うような仕組みづくりとかインフラとか制度とか行政の支援とか、そういったことが必要だと感じています。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 高橋(興)委員。

【高橋(興)委員】

 私は今日は、一貫して人の話をしたいと思っています。先ほどの話にも関連するんですが、私が派遣社会教育主事制度というのになぜこだわるかというと、学校教育の問題でもあるからです。今、私も学校支援地域本部事業にかかわらせていただいて、ずっと自分なりに一生懸命やってきたんですけれども、その中で痛切に感じることがあるんです。それは、全く社会教育に縁のなかった先生方が、たまたま校務分掌でこの事業を担当して、見事に変わっていく例がいっぱいあるんです。これは、今、貝ノ瀬委員が一生懸命やっていらっしゃるコミュニティスクールだとか、そういったいろんな取り組み、国の施策ですと初中局のほうでも、地域住民の意見を聞きながら、あるいは地域住民の持つさまざまなパワーを活用しながら学校の運営をしていこう、子供の教育をしていこうというのが大きな流れとしてあります。だけれども、現在の制度の中で、一体現場の教員がそういった感覚を持ち得るのか。そういう研修の機会が、全国的に見て圧倒的に少ないということもはっきりしています。教職員が実地にそういったものを学ぶ機会としても、派遣社会教育主事制度が大事な役割を果たすと私は思うんです。
 私も若いころ、現場の教員をしておりましたが、常に学校の中に派遣社教から戻ってきた先生がおられて、その方が生涯学習や地域連携担当などとして学校と地域をきちんと結んでいたし、若い先生にアドバイスしていたんです。そういった仕組の1つとして、学校教育側にも非常に利点があったのが派遣社教主事制度だと思うんです。
 ところが、先ほども申しましたけれども、今、現場では社会教育について学んだ社会教育主事任用資格を持った職員が激減しているという状況です。その中で、栃木県は、現役の教職員で、社会教育主事任用資格を持っている人が1,000人を超えているというんです。これは全国的にも突出しています。私は、これが学校教育に与える影響はどうだろうかということで、2年ぐらい前から栃木に出かけて勉強させていただいているんですけれども、大変興味深い取り組みだと思います。
 ここは、宇都宮大と茨城大と2年ずつ社会教育主事講習をローテーションでやっていて、自分の県でやるときは、栃木県の場合は、80人を原則に、旅費だけですけれども全額県費負担で出しています。それをずっと続けてきたから、今、そういう状況になっているんです。こういった方々は、学校の中でさまざまな取り組みをして、地域とかかわりを深めています。そういったことを考えますと、私はこの派遣社教主事制度というのは、社会教育だけではなく、学校教育のためでもあるということを、もう少し国のほうでもアピールできないものか、ぜひアピールしていただきたいということを強く申し上げたい。
 以上です。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。そろそろ時間も迫ってきていますので、ご発言のある方は、名札を立てておいてください。
 では、糸賀委員、どうぞ。

【糸賀委員】

 ありがとうございます。論点が4つ用意されているんですが、行きつ戻りつでいろいろと話題は輻輳していると思いますが、私から3点申し上げます。
 初めの社会教育の意義と役割で、先ほど、高橋(興)委員からも、日本の社会教育はもう壊滅状態だというお話がありました。この問題を考えるのに、今日まで社会教育が果たしてきた役割とか機能というのは今後も続くでしょうと。ただし、現場の今の社会教育は、職員の配置や公民館の数にしても、これは確かにどんどん減ってきています。それから、地方自治体の中で、先ほど大日向委員も言われたように、社会教育そのものの存在意義がどう評価されているか、「社会教育」という言葉はどれだけ知られているかということになると、これはかなり悲惨な状況にあるだろうと私も思います。
 問題は、機能は今後もやはり必要なんです。私が先ほど申し上げたように、いささかも減じてないと思います。地域社会の中や学校教育以外の場で、地域住民が、自分たちの地域に対して自分は何をやったらいいのか、どんなことができるのか、そのために必要なスキルや能力をどうやって身につけるのか、そういう場面は必要なんです。それを今までの社会教育という枠の中で、社会教育主事を中心とし、公民館を中心とした社会教育が担うのがいいのか。そうではなくて、首長部局で、例えば、地域振興だとか産業活性化だとか、あるいはまちづくりを担っている、さらに、社会福祉というようなところと連携を考えていったほうが、その機能は十分発揮できるのではないだろうかという提起です。
 言ってみれば、今までの組織、つまり、教育委員会社会教育課という組織が中心でやっていくのか、その機能を別の組織の中で考えていったほうがいいのか、そういう問題設定だろうと思います。そういう意味では、先ほど大日向委員も言われたように、私は、言葉としては「社会教育」という言葉を使いますけれども、役割は社会教育という言葉でくるむのがいいのかよくわかりません。もっと違う適切な言葉があるのかもしれません。ですが、一応、言葉として社会教育を使うと、社会教育のグランドデザインというものをもう一回見直さなければいけないんです。どこが所管するか、何をやるか、そこで地域住民との関係です。
 あるいは、NPO含めた民間の団体、住民グループがある。そういうものとの関係というのは、もう一回よく考えていかなければいけないでしょう。やはり教育委員会制度が戦後日本にできてからは、当初は教育委員も公選制だったわけです。でも、そういう制度もなくなり、どうやって住民の意思をそこに反映させるのかということを考えたときには、首長と議員が選挙で選ばれるわけですから、そことの連動を考えていかなければいけないだろうという意味です。
 それから、2番目の論点の教育委員会と首長部局との関係は、今も若干触れましたけれども、そこでの問題は、既に幾つかの自治体が、これをもう首長部局に移しているわけです。何がそこで発生して、どういう問題が起きているのかということが、今日の話の中では出てきていません。つまり、数字の上で移管されている、部局が移動したというのはわかっても、では、そこでどういう問題が起きたのかということを明確に出していかないといけないだろうと思います。
 今日の資料2−4の中で、これも結局、昨年10月にやったグループ討議のときの資料だと思いますが、1ページで、教育委員会と首長部局との関係とあります。それの4番目の項目です。ほかにもいろいろありますが、もう時間が限られているので1点だけ。ここに教育の専門性や教育の政治的中立性の指摘があります。私も、首長部局に持っていった場合に、例えば、社会教育自体が政争の具になってしまう、政争に取り込まれてしまうということは大変心配します。小さな自治体であれば、首長選挙1つをとって住民の中が割れてしまうなんていうことをよく聞きます。政治的中立性、あるいは教育委員会が持っている独立性が危うくなるという懸念は確かにあります。それが実際に移したところでどういう問題が起きているかということをきちんと整理してみないと、直ちにこれは教育委員会ではないほうがいいという決定はしにくい。その辺の現状の見きわめというのは必要だろうと思います。それが2番目です。
 3番目に人材です。これは先ほど貝ノ瀬座長が言われたように、では、こういうことを担っていける人材が今いるのか。それは、直ちには育たないと思います。これは自治体の中でいろんな仕事をやらせていく中で、もちろん公民館の仕事も、学校事務というのも見なければいけないだろうと思います。そのほかに、社会福祉やまちづくり全体を見ていく中で、人材を育てていくことが必要だろうと思います。そのときに、既にある社会教育の専門的職員、つまり、社会教育主事であり司書であり学芸員、これがかなりの候補にはなると思います。
 でも、現状、それが直ちに首長部局で活躍できるとは思わない。私も大学で司書の養成をやっていますけれども、これに期待するのはもう無理です。というのは、先ほど言われたとおりで、実際に図書館とか博物館、美術館の現場に入っていくのは、せいぜい1パーセントか2パーセントなんです。残りの9割以上は、全然違う仕事にいってしまう。ここにエネルギーを割くよりは、現に図書館で働いている司書、現に博物館、美術館で働いている学芸員、現に社会教育の現場にいる社会教育主事、この人たちの意識を変えて、それなりの能力を身につけさせて、首長部局なら首長部局に送り込んで、そこで十分太刀打ちできるだけのスキルと能力を身につけなければ、社会教育は埋没するだけです。
 これは言ってみれば、自治体の中での一種の競争原理でして、首長部局の人たちよりも、自分たちのほうが地域社会のことはわかっている、住民との接点もある、どういう学習が求められているかに即応できるのは自分たちだという自信があるんだったら、堂々と打って出るべきです。そういう人材を育てなければ、一方、我々も職を失うことになります。人材を育てていくためには、現に働いている人たちと連携をして、今、地域社会の中で何が求められているのか、そのときに社会教育主事や学芸員や司書の持っている基本的な能力がいかに発揮できるのか、そこにプラスアルファで新しい能力を身につけさせる。つまり、付加価値をちゃんとつけて現場に送り出すことで、十分首長部局との太刀打ちができるんだろうと思います。
 そして、行政職員も地域住民も、あの人、あの職員がまち全体のまちづくりや人づくり、社会教育、生涯学習をコーディネートするから、これだけ自分たちも地域社会のためにいろいろと仕事ができるんだと感じます。これからもこのまちに住もう、このまちのために何かやろうという人材を育てるためには、そういう職員が育ってきて、初めてお互いのパートナーシップでできるんだろうと思います。そういう人材育成は当然考えなければいけない。そのときの出発点は確かに今の資格かもしれないけれども、私はそれで十分だとは思っていません。現職者研修ということをきちんとやっていかなければいけないだろうと思います。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 では、あと、中曽根委員、久住委員ということでいいでしょうか。

【中曽根委員】

 先ほど高橋(興)委員がおっしゃっていた、教員にとって社会教育主事経験がその後生きてくるというのと同じで、自治体の職員も、先ほど生重委員が住民のことを信用していない職員が多いという話でしたが、社会教育職場を経ていろんな部署に行くのが有効ではないかと考えています。社会教育職場だから持ちうる、住民参加とか学び合いを肌で感じ、住民とのかかわり方というものを体得しながら、自治体の職員として育っていくということがあるのではないかと思います。
 行政部署は、分掌事務というのがあって、当然社会教育行政にもあるわけですが、自分の分担する仕事以外に手を出す必要がないのです。そんななか、社会教育というのは、「求めに応じて」とか「相談」という関わりから、住民の実情を聞き取って、それを事業に生かしたり、あるいは力のある住民をそのまま生かして事業を発展させていくということのできる部署なんです。
 当然、首長の方々のご理解があって社会教育職場が安定し、長い目で見ることができる職員も配置し続けられるわけですが、まちを挙げて首長のリーダーシップでという状況にはまだなっていないように思います。生涯学習はまち中、首長部局含めて取り組まれていますが、それを持続・発展させていくためには、新しい枠組みということを含めて次の時代の価値をつくり出していく可能性のある教育という観点を外して、まちづくり全般の首長部局に持っていくというのはどうかと思います。同じように、法で「社会教育を行う者に専門的技術的な助言と指導」をするという、分掌事務に縛られにくい社会教育主事という職務が持っている可能性というものをもう少し持続させ、検証していったほうがいいのではというところを一言付け加えさせていただきます。
 以上です。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 では、久住委員、どうぞ。

【久住委員】

 今、お話を聞いていて、幾つか論点が整理できない点があると感じています。私なりの、首長として聞いている中で整理したいと思うんですが、資料にあるように生涯学習を、市長部局にしたり両局にしているというのは、司書とか学芸員というのを市長部局にしようという発想では多分ないんだろうと思います。社会教育主事というような立場でやっているものは、市長部局の全体の中で人も育てなければならない。逆に、宮本委員が言われたように、排除された人たちというのは、社会福祉という専門性の部門が加わる。今の課題を解決するには、総合的な窓口部局と専門部局と2つの部局があって、それが重なって初めて解決できるというような形で考えているので、それを同一に議論されると、この議論の整理はできないんだろうと思います。
 市長部局というのは、社会教育主事が今後必要であろうかということについて、生重委員が言われたけれども、市長はいいけれども、自治体に持っていくと、窓口は全く相手をしてくれない。すなわち、市民のソーシャルキャピタルではなくて、市の職員のソーシャルキャピタルをどう上げられるかというのが課題なわけです。それが今、私どもがかかえている大事な問題であって,こういう生涯学習が本当に重要になったという理論のもとには、極端に言えば、今のままであれば社会教育主事というのも要らないというわけです。その裏返しで重要になったということです。それを担うのは、市長部局全体でしなければならないと。だから、学校支援地域本部のモデルという形となっていますが、500人だったのが、4,000人に増えて学校にかかわる市民が増えました。
 例えば、今、コミュニティというのを5年間かけて7カ所でやっている。それは、地域活動が横ぐしで全部やっている。これも職員が入ってやっていますが、取りまとめ役は民間のNPOの人や専門の人たちが育っているので、その人たちにコーディネーターになってもらっている。そして、ファシリテーターに市民が入って、1年かけて、この地域をどんな形にするかを、学校教育も民生委員も消防団も全部入ってつくっている。こういうのもあって、そこで職員が育っている。
 イベントカレンダーといって、今、毎月90事業ぐらいやっているけど、これは、家庭に張ってあるんです。こういうものは、公民館以外にもかなり増えてきて、まちづくりに参加している。こういうことをやるからこの指とまれというのが増えてきている。こういう人たちをいかにつくっていくかというので、首長というのはいろいろ考えている。だから、首長部局のほうに任せられていいんじゃないか。
 逆に、社会教育主事の教育制度が、まさにソーシャルキャピタルの高い職員を具体的に上げるような施策になるような仕組みをつくらないと。今は、政策大学院大学へ送って、1年かけて人を育ててくれというお願いをしているぐらいなものですから。例えば、生涯学習局のほうで、人材を受け入れて、育てて、またフィードバックしますというのがあれば、多分、もっと申し込みが上がるだろう。今の社会教育主事の仕組みだと、数日間、1カ月で育つようなもので、今の5年かけて、10年かけて力をつけなければならないような難しい仕事のレベルの中ではなかなか難しいというのが、聞いている中での整理ということです。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 では、宮本委員。

【宮本(み)委員】

 時間もないところですので簡単に。今、地域の中で起こっている複雑な諸問題に対処できる人材、官民両方ともですが、どういう共通性があるかです。議論としては、かなり共通性があると言われていると思います。それは、教育に特化するとか福祉に特化するというのではなくて、全体を見渡せる高い専門性を持った人材がいないと解決できないということではないかと思います。
 例えば、ユースアドバイザーの養成、これは内閣府の事業ですけれども、もう3年以上、各地のモデル事業として実施していて、私もかかわっています。いろいろと困難を抱えている子供、若者に対して包括的な視野を持ち、その地域の社会資源をコーディネートしながら計画を立てながら取り組んでいく人材ですが、このような人材が、今、あらゆる分野に必要になっているわけです。そういう点で、教育、福祉、就労、保健、医療、それから、まちづくりでしょうか。そこらに広く目配りができる人材が、官にも要るし、今、NPOのお話が出ましたけれども、現場を担っているNPOに必要な資質もまさにそこにあるわけなんです。新しい課題に対処するうえで、社会教育というところだけに特化して議論する必要があるのか、というよりも、それでいいのかという問題を強く感じます。
 ですから、社会教育的な機能というのが今後とも必要であることは、これはもう否定しがたいことでありますが、社会教育をどんなに拡大解釈しても、やはり教育です。しかし、それ以外の分野とかかわるというところを十分に理解して、かつ、手法としても、それができる人材をいかに作っていくかということです。以上です。

【貝ノ瀬副分科会長】

 ありがとうございました。
 12時になりました。たくさんご意見を出していただきましたが、おおよその方向性といいますか、押さえたところは出てきているんじゃないかと思います。特に社会教育の考え方については、いわゆる個人の学びとか趣味とかそういったことでの自己実現の場というよりも、ともに学び合いながら、その学びを生かしていく。その生かし方も、社会的にキャピタルをしっかりつくっていくということにつなげていけるような学びにしたいということです。そのために、コーディネートする役割として、社教主事だとか学芸員だとか司書というような存在があるんだと思います。
 ただ、やはり一方で、そういう方たちの力量を高めるということで、例えば、学校教育で言いますと、指導主事というのがいまして、これはまさに専門職として、教員たち専門職を相手にして指導しますので、相当に鍛えられて、自分も成長していくというプロセスを通ります。社教主事も、さまざまな講習を受けて、単に単位をとって現場に出てもなかなか厳しいだろうと思います。相当ないろんな研修や体験的な活動というのは必要になってくるんだろうと思います。
 しかし、あまりスーパーマンを求めてもとも思うんです。ですから、学校がコミュニティスクールを志向し出しているというのは、地域ぐるみで子供を育てるということでありまして、学校づくりは地域づくり、まちづくりにつながるんだということです。ですから、学校づくりに活躍していただいている市民の皆さんが、そこでご自分の力量を高めていただきながら、その力を地域社会の問題解決にも力を発揮してもらって活躍していただくという。相当時間はかかると思いますけれども、そんなことを願ってのことなので、社会教育も、対象も広がっていって大変な仕事にはなると思いますが、それを1人でとか社教主事だけとかということではなくて、多くの市民がその中で活躍できるようにコーディネートするということであってもいいのではないかと思うんです。
 ですから、人を動かして学びに導いていく、そして、活躍できるような舞台づくりをしてあげるというようなことでもいいんじゃないかとは思います。しかし、力量も当然必要になってきます。強い市民社会をつくっていくということのためにも、社会教育の機能というのはさらに必要になってくるでしょうし、教育委員会がやるべきか、首長部局がやるべきかということにあまりこだわった議論よりも、それは融合的に考えてもいいのではというご意見も出ていたように思います。その辺りはもう少し検証しながら議論が必要かと思っています。
 まとまりませんけれども、しかし、一定の方向性は出てきていると思います。社会教育の現代的な意義というのも再認識されたと思いますので、これからさらに具体的な施策ということに移っていって、そして、先にいけば、教育振興基本計画などにもそれがきちんと明記されていけるようになってくれば、さらなる社会教育の振興ということにもつながっていくんだろうと思います。ここで一応、分科会は閉めさせていただきまして、事務局から今後の進め方等について確認をお願いしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【萬谷社会教育課企画官】

 2時間にわたりまして、ありがとうございました。冒頭お話にありましたように、本日いただいたご意見につきましては、事務局で整理をさせていただきまして、次回の生涯学習分科会においてご報告をさせていただきます。また、その際には、もう1つの第2グループに所属しておられる委員の方々も交えながら、さらに審議を深めていただければと考えております。
 最後に1点、細かな事務連絡ですけれども、本日の会議で交通費の発生する委員の方におかれましては、手続の書類を机上に置かせていただいております。今まで事後に手続をさせていただいておりましたけれども、支払い迅速化ということで、できれば本日、捺印いただければと考えております。
 また、航空機ご利用の方におかれましては、返信用封筒を置かせていただいておりますので、後ほど半券を事務局まで送り返していただければと思いますので、よろしくお願いいたします。
 以上でございます。

【貝ノ瀬副分科会長】

 では、これで終了いたします。皆さん、お疲れさまでした。ありがとうございました。 —— 了 ——

(グループ討議2)「生涯学習社会の実現に向けて高等教育機関に期待される役割について」

【山本委員】

 それでは、グループ討議を始めさせていただきます。
 昨日急遽、ファシリテーターを頼まれまして、あまり心の準備ができておりませんが、資料に基づきましてやらせていただきたいと思います。
 それでは、まず事務局から、グループ2の関連で資料を準備していただいておりますので、藤野課長から説明していただきます。
 藤野課長、よろしくお願いいたします。

【藤野生涯学習推進課長】

 お手元の資料ですが、資料3をご覧ください。
 最初の1枚目は資料構成を書いております。順次ご説明をさせていただければと思います。資料3−1は、事務局で用意させていただきました一つの論点の例です。今回は「生涯学習社会の実現に向けて高等教育機関に期待される役割について」ということでご議論いただきますが、事項として5つに分けて、課題、あるいは論点例を示させていただいております。
 1点目の「生涯学習機能充実の意義等」ですが、「課題」としては、高等教育機関の生涯学習機能の意義・必要性の意識が十分でないのではないか、あるいは、生涯学習の取組が形骸化している、取組に温度差があり、例えば、一部の教員に限定されがちなのではないかというご指摘がございます。
 このようなご指摘を踏まえまして、「論点例」として、社会状況等の著しい変化の中で高等教育機関が生涯学習機能の充実に取り組む意義や必要性をどうとらえ直すのか、あるいは、学内外を通じた共通認識を得るためにはどうすればいいのか、生涯学習の取組を活性化するためにはどうすればいいのかというようなものを設定させていただいております。
 また、2点目の「ライフステージ等に応じた学習機会の充実等」ですが、「課題」にあるように、社会人入学の割合が諸外国に比べて日本はかなり低くなっています。また、ライフステージ等に応じた学習機会の整備、あるいは、さまざまな制約に対して、学びやその継続に課題があったり、実際、継続的な学習が必要な状況にありながらも、自己啓発を行っていない割合が高い状況が見られます。
 これに対する「論点例」ですが、学習内容の一層の多様化や履修形態の柔軟化に積極的に取り組むためにはどうすればいいのか、さまざまな制約を克服し、アクセスを確保・拡大するためにはどうすればいいのか、あるいは、社会に出てからも必要な学習を継続するために高等教育機関に求められることは何かということを論点として設定させていただいております。
 3番目は「学習成果の評価・活用」です。これは生涯学習全般ですが、学習成果の評価、あるいは、その社会的通用性に課題が見られます。また、具体的な活用に結びついていないという状況が見られます。一方、高等教育機関は、学習成果の活用に対する取り組みが相対的に弱いという状況も見られます。
 これに対する「論点例」ですが、学習成果の評価、社会的通用性の向上のためには高等教育機関はどのような役割を果たすことができるのか、あるいは、どのような形で具体的な活用に結びつけることができるのか。その役割は何かということで設定させていただいております。
 4点目は、「地域・社会との共生のための関係づくり」ということで、「課題」として、高等教育機関と地域の多様な主体とが連携することの必要性や効果が認識されていない、あるいは、高等教育機関が持つ資源が地域で十分に活用されていない、高等教育機関の一方的な地域貢献にとどまっている。学生と地域とのつながりが希薄、ということがあげられます。
 これに対する「論点例」ですが、学生の教育や地域で必要とされる人材の育成、地域課題の解決について、ウイン・ウインの関係をもって取り組むためにはどうすればいいのか、あるいは、ネットワークの形成の要としてどのような機能を果たすことができるのか、学生が地域をフィールドとしたさまざまな活動を行うことを促進するためにはどうすればいいのかということを設定させていただいております。
 最後に「体制の整備」です。「課題」として、高等教育機関における生涯学習の取組の中核となる部分が十分に機能していないところがあり、「論点例」として、その整備・充実のためにはどうすればいいかということを設定させていただいております。
 次の資料3−2の最初の10ページは、第5期分科会の検討状況についてです。これについては、グループ2の議論と関係が深いところに線を引いております。2ページの中ほどですが、先ほどの意義という話にもあったように、この中でも「多様な主体がそれぞれの立場から生涯学習・社会教育の振興に取り組むことの意義を明確にした上で、今後、重点的に取り組むべき事柄等を明らかにする必要がある』としておりますので、そのような観点からご議論いただければと思っております。
 また、5ページの一番上、4「地域と共生する高等教育機関づくりの促進」という項目もございます。
 次の資料は、第56回の分科会において、大学の役割等について出た意見を抜粋したものです。
 その次の資料は平成20年の中教審の答申です。この中でも「多様な学習機会の提供」、「学習支援システムの構築」、次のページの「生涯学習プラットフォームの形成」、「キャリア形成支援等」、「学習成果を生かす機会の充実」、「高等教育機関と地域の連携」といった、いろいろなご提言をいただいております。
 次の資料は、平成8年の生涯学習審議会の答申です。高等教育機関の部分を抜粋いたしましたが、この段階からもいろいろな事項についてはご指摘をいただいてまいりました。
 次の資料は、平成17年の「我が国の高等教育の将来像」という中教審の答申です。これは、大学分科会を中心にして議論したもので、これからの高等教育の将来像についての基本的な方針となっているものです。2ページの点線の囲みの部分は、関係するような本文を抜き出したものです。中央の囲みの中ほどですが、社会貢献の役割を、いわば大学の第三の使命としてとらえていくべき時代になっているというご指摘もございます。
 また、教育・研究機能の拡張としての大学開放の一層の推進等の生涯学習機能や地域社会・経済社会との連携も常に視野に入れていくことが重要であるというご指摘もございます。
 5ページをお開きください。「高等教育と生涯学習との関連」という、まとまった形でのご提言もいただいております。
 次の資料の「大学における社会人の受入れの促進について(論点整理)」は、平成22年の大学分科会の部会の論点整理です。社会人向けに設立するための問題意識、あるいは現状、これに対する検討の方向性、具体的方策について取りまとめが行われたものです。
 その次は、平成22年6月の新成長戦略ですが、これは閣議決定をされています。1ページ目の枠囲いの中でも「2020年までの目標」として、大学への社会人入学者数9万人、専修学校での社会人受け入れ総数15万人、自己啓発を行っている労働者の割合は、正社員70パーセント、非正規社員50パーセントという目標なども設定されております。
 続きまして、資料3−3は、関係するようなデータを事務局が集めたものです。 最初のほうは大学をはじめとする高等教育機関の学校数、あるいは学生数の推移等をまとめたものです。
 6ページは、大学の社会人入学者数の推移で、通学による入学者数は平成10年をピークとし、通信制を含めても13年をピークとして減少している状況が見られます。
 10ページは、25歳以上の入学者の割合の国際比較です。もちろん、これはどういう年齢段階で大学に行くかという状況が社会的に違う部分はありますが、OECD全体では約2割の方が25歳以上の入学者であり、これに対して、日本では2.0パーセントという状況が挙げられます。
 11ページからは、大学における社会人受け入れの推進に対するさまざまな制度の概要とそれぞれの状況について資料を掲載しております。
 15ページからは放送大学について幾つかの資料等を掲載しております。
 19ページからは、公開講座の実施状況です。公開講座も基本的には順調に増加をしております。開設大学、開設講座数、受講者数も伸びてきていますが、最近やや横ばいという状況になっております。
 21ページ以降は、国民の皆様方の意識的なものを中心として載せております。その中で、33ページは、自治体、教育委員会、大学、短大に対して悉皆で調査をしたものです。人材認証制度は一般的な定義はありませんが、何かの形で資格を出したり、あるいは修了証を出したりするようなものを認証制度としてとらえてやったものです。比較的新しく開始したものが多いという状況や、認証者数が少ない、比較的小規模のものが多いという状況も見られます。
 34ページの左下は、「活躍の場を提供するマッチング事業の取組」についてであり、自治体、教育委員会が非常に熱心です。それに対して、学校サイドは、必ずしもこれについて視野に入っていないことが、右横の「今後重視すべき課題」の状況からも見られます。
 35ページはボランティア等の様子です。
 40ページ以降は、大学への期待等がいろいろとございます。
 44ページからは、大学生涯学習系センターの状況について掲載しております。
 資料3−4は、事例を掲載しております。一つ一つご説明いたしませんが、いろいろな取組の例、先駆的な例がございます。これをどう広げていくのか、あるいはどう新しく改善していくのかということが課題になると思っております。
 資料3−5で、山本委員にプレゼンテーションしていただく関連資料について載せております。
 また、関連資料として、白井委員から、「生涯学習における放送大学の取組について」という資料をご用意していただいております。
 以上、資料の構成等の確認をいたしました。

【山本委員】

 資料についてのご質問は何かございますか。よろしいですか。
 今、膨大な資料を説明していただきました。私はこれを見ると、結構やっているからこれでいいのではないかというところがあるんですが、きっと今やっているようなことでは日本の社会の今後の展望にとってまだまだ不足なのではないかという問題意識があって、この課題になっていると思います。
 それでは、もう少し時間をとらせていただきまして、依頼がありましたので、資料3−5に基づきまして、私なりの経験とそこから考えることを申し上げたいと思います。
 私は国立大学法人和歌山大学ですが、私立大学でのレポートをまとめられました白井委員もおられますし、国立大学全体でいいますと、法人化の移行過程で全国を奔走され、この間まで国立大学を所管していた杉野総括官もおられますので、大学の問題全体が大体カバーできるような議論はできるのではないかと思います。大学に籍を置いておられない方も、ぜひ外からのいろいろな視点でご発言いただければと思っております。
 私は、資料で6点挙げておりますが、最初は簡単にさせていただきまして、5と6のところを少し詳しく申し上げたいと思います。
 中央教育審議会の作業ですが、いろいろな部会がつくられて、いろいろなレベルの制度改善が行われていると思います。私なりにずっと外から見てみまして、それぞれのレベルの制度改善はやられていると思うんですが、私の言葉で言うと、全体として現在、ヒトという動物が劣化しているというか、なかなか人間というものになりきれない、それをどうするのかというプロセスの制度化という出発点が非常に重要なのではないかと思います。それぞれの制度をどれだけ改善しても、全体としてはなかなか人間は育たないというところに何十年も直面しているのではないかと思っております。
 今たまたま同じ時期の作業で、家庭教育支援室の家庭教育支援の推進化をする検討委員会にも属しております。私は研究者のほかに、この20年、保育所という現場でその運営をし、人の育ちを見てまいりました。子どもとその親がともに人生を始める最初の五、六年は悪戦苦闘で、この状況からの脱皮を考えるということが重要ではないかと思っております。
 2つ目は、生涯学習に大学はなかなか熱心ではないというか、こういうお話も資料3−1の説明の中でありましたが、生涯学習という考え方は、ほぼ半世紀前、教育の再編成、あるいは教育改革のアイデアとして出されたと思います。特にこの間は、教育と社会のミスマッチを経済の効率とか、そういう視点からの転換ではなくて、人間を主体とすることをベースにしてどう改革するかという基本政策の位置に躍り出ているのではないかと思います。今日、残念ながら欠席ですが、宮本太郎委員は、そういう視点から随分位置づけておられるのではないかと思っておりますので、心強く思っております。
 最近では佐藤一子さんのイタリアの研究なども出ておりますが、冒頭申しました「ヒトを人間化する」とか、教育と社会のミスマッチをどう転換するのかという基本原理の中にもう一度位置づけ直す必要があるのではないかと思っております。
 しかし、たどれば、1980年代の臨教審の議論は、既に21世紀になってしまいましたが、21世紀社会を意識して生涯学習をキーワードにどのように日本社会をつくりかえるかということであったように思いますが、90年の振興法制定の直後にバブルが崩壊し、その後、さまざまなレベルで迷走しているという中に、今日があるのではないかと思っております。
 その中で私の記憶にあるのは、2003年か2004年、地域づくり支援アドバイザー会議というものが文科省で行われました。この議論は今日紹介されておりませんけれども、その後の中教審や、大学分科会のレポートにはかなり反映されているかと思いますが、大変活発な議論でした。そのあたりも少したどる必要があると思っております。
 さて、大学と生涯学習の流れは、これまでの生涯学習分科会のレポート、あるいは大学分科会のレポートで論点は尽くされていると思いますが、それがなぜできないのかという問題に少し触れたいと思います。
 実は、大学の機能別強化というお話が先ほど出ましたが、高等教育の将来像の中で明確に言われたんですけれども、私の資料(山本資料2)にありますように、これは平成19年から20年あたりに高等教育局がいろいろな説明の際に使った図です。世界的な教育研究拠点というところをピークにして、一番ベースのところに地域の生涯学習拠点という理念的な位置づけがされております。
 もとに戻っていただきまして、今年の6月に、私も属している国立大学協会は、「国立大学の機能強化」というレポートを出しました。先ほども紹介しましたように、白井委員を中心に私立大学団体連合会は、「21世紀社会の持続的発展を支える私立大学」というレポートを出しておられます。実は、国大協の「国立大学の機能強化」の文書の中には、生涯学習という文言は一言も出てまいりません。
 一方、白井委員が中心となって作成されました私立大学団体連合会のレポートは、日経新聞掲載の白井委員の論考において見出しのところでも、生涯学習は私大が主役になるとなっております。その違いはなぜ起こるのかということも大きな問題だと思います。
 さて、臨教審が問題認識していたテーマ、それから、それがバブルによって消えていくといいましょうか、挫折していったことを私としては少し意識しながら、和歌山というエリアにおける、ある意味で衰退というか、取り残される地域の中でどう国立大学がコミットして地域をエンパワメントするかという問題意識で和歌山大学がやってきたかということをお話しします。和歌山大学は、1998年に生涯学習教育研究センターを設立し今日まで至っております。ここでの実践をお話しします。
 韓国で出版した出版物に紹介した文書を後の資料(山本資料3)で入れていますが、中心的な論点を2ページ目から少し紹介したいと思います。
 1は、本日の会議に文部科学省の高等教育局の方はいらっしゃるのかどうかわかりませんが、「大学と生涯学習にかかわる事業」はなかなか日本の高等教育の政策レベルでは位置づかない。中教審の大学分科会のレポートでは生涯学習の課題への対応が出ていても、現実の政策展開にはなってこなかった。先日も国立大学協会の学長会議のときに、当時の鈴木副大臣、磯田局長にそのお話をしたんですけれども、磯田局長は、「そうか、高等教育政策では履修証明制度ぐらいしかやっていないな」というふうに正直におっしゃっておりました。当時の鈴木副大臣は、各局をまたがって作業をするということはなかなか今までなかったように思うけれども、今後は生涯局と高等局が共同で作業することも必要かなということを会議でコメントされました。
 大学分科会に、何人かの学長が出ていますので、大学分科会と生涯学習分科会の大学のテーマを一緒に議論するような場があってもいいのではと、国大協のメンバーには私自身も申し上げてもおります。その辺りの政策的な位置づけが未成熟というか、なかなか難しいところではあると思います。
 したがって、2番目ですけれども、和歌山大学生涯学習教育研究センター(現在、地域連携・生涯学習センターと改称)の設立も、大学自身の内部的な経験から出てきたのではなくて、私自身が地域の社会教育や生涯学習という活動に1本の足を置き、もう一方では、地方国立大学としての和歌山大学を地域にどのように意味あるものにするかという問題意識の合わさったところで設計されたということで、大学の組織としての展開ではなくて、個人的な、あるいはそのネットワークでの展開というものが非常に重要な要素だったと思います。
 3、4、5は、そこにどういうスタッフを整備するかということです。第三の使命を現実化するスタッフの問題です。第一と第二の使命を担うものは、つまり教育や研究を担うものは、かなり歴史的に大学では想定されているのですが、第三のエリアは全く想定されていない、あるいは経験もないというところです。社会教育の学術的業績のある専門家が、例えばこういうことを担ったとしても、アカデミックなキャリアと実際のプロデュース作業は違いますのでうまくいかないということではないかと思います。
 今、別のレベルでいいますと、産学協同は次第に成熟していまして、産の側にもコーディネーターがいる、学の側にもコーディネーターがいる、双方に双方を理解するコーディネーターがいないとうまくいかないというのが、大体今日、成熟した到達だと思いますが、この点が<大学と地域・生涯学習>の関係ではまだあいまいであると思います。
 もう一つは、どういうニーズにこたえるかということですが、6、7のところに書きましたように、和歌山大学の場合、いわゆる公開講座というのはほとんどやらないということで運営は徹してまいりました。つまり、個別の市民ニーズにこたえるというところに精力を注ぐと、先生たちは大体そこで消耗してしまう、あるいはあまり魅力を感じない。むしろ地域の課題をはっきりさせて、その地域の課題に参加し、責任を持つというスタイルで研究も発展させるし、住民の学習にも寄与する、その間に自治体に入ってもらうという形のプロデュースをやってまいりました。私は、市民やNPOなど一定の公共的な性格を持つ団体のニーズに対しては、公序良俗に反しない限り何でもやるというふうに、少々乱暴なメッセージも言いまして、いろいろ事業をしてまいりました。
 地方国立大学の存在の根拠と生涯学習の意味については、8番、9番目に書いたことでございまして、今、国立大学、いや大学は、競争的環境の中でとても疲弊していると思います。しかし、地域の自治体は、例えば和歌山でいいますと、大学以上に疲弊し、衰弱しているという認識を持っております。その意味で、まだまだ安定的な財産や人材を持つ国立大学が、この段階で地域の再建にどう責任を持つかということは、大学の持続的発展にとっても、地域の存続にとっても重要だという問題意識で位置づけております。
 しかし、例えばそれを和歌山大学全体の組織としてどのようにコンセンサスにしていくかというのは非常に難しいところがございます。6番目ですが、なぜ大学は生涯学習ということにあまり関心が持てないか、位置づかないか、いろいろ理由があると思いますけれども、根本的には、研究者的側面を強く持ってきた大学教員は、いままで教育に熱心ではないと言うと怒られるかもしれませんが、大学では18歳から二十何歳までの学生を受け入れているんですが、その学生への教育の意識が弱かったと思います。そしていま、ようやく学生の教育について本格的に着手したところです。その段階ですから、それ以上に生涯学習・生涯教育というところにコミットするということは、大学運営上も、個々の教員レベルでも難しいことだと思います。ある意味社会が大学の経営者に、あるいは社会が大学に何を期待するかというメッセージ、政策というものがはっきりしないと進まないのではないかと思っております。
 和歌山大学では、昨年から第2期の6年間に入っております。基本的な目標の中に生涯学習力というものを入れ、「和歌山大学は生涯あなたの人生を応援します」という社会のメッセージを入れ、「あなたとは、学生も教職員も地域社会もあなたなのです」というスタンスで、すなわち現役の学生を中心に彼らの「生涯」を応援するというコンセプトを打ち出し、いまここでの議論となっている「生涯学習」を含めた事業を組み立てる意識づけをしているところです。
 特に学生の人生を応援するという場合には2つの人生があります。在学中の人生を応援するというのは当たり前になってきました。さまざまな困難を抱える学生を支援しようということになってきています。昨日も和歌山大学で近畿の工学部長会議が行われたので出席しましたが、そこでの第1のテーマは、例えば発達障害の学生にどう対応するかということでした。つまり18歳までの人生をしっかり踏まえない大学教育はもう成り立たない、ということがあります。また卒業した後の学生たちも、単に就職させればいいというわけではなくて、その後の学生たちをどうフォローするかという問題意識を組織として持たないと、大学は役割を果たさないということです。そういう学生への問題の関心の持ち方が定着し始めると、おそらく大学としても地域の人の生涯もイメージできるし、生涯学習への支援もイメージできるのではないかと思っております。
 冒頭申しましたような政策的な展開や大学の個々の先生方の意識改革というのはなかなか難しいのですけれども、最後に和歌山大学の資料を2つ入れました。1つの国立大学の地域での経験を、多くの大学経営者・学長にも共有してもらいたいと思いまして、例えば地域型大学サテライトの拠点の情報交換会や、今年の11月には大学改革フォーラムを開催します。「新しい公共」というキーワードの中で、あるいは震災復興という中で国立大学や、そこにおける生涯学習の役割は何かということを全国発信しながら、少しずつ経験を広めること以外には努力の手だてはないのかなということが私の今のところの感想です。
 少々時間をとってしまいましたが、具体的な質問などありましたら、またお答えするようにいたします。先ほど藤野課長からは資料3−1で課題について、あるいは論点の例についてご紹介がございました。私のレポートもかなりそれに触れた対応をしたところもございます。大学と生涯学習というフレームをしっかり社会の中で位置づけるというために、さらに何が必要か、あるいは、なぜできていないのかという議論について、それぞれのご経験からお話しいただければと思います。
 指名はいたしませんので、お考えのあるところからぜひ積極的にご発言いただければ。
 松浦委員、どうぞ。

【松浦委員】

 いろいろ興味深い資料をいただきました。私は、三重県で中小企業を経営しているんですが、3年前から三重大学医学部の大学院に通い出しました。なぜそんなことをしたかというと、私は、大学を出て20年ぐらいたつんですが、産学連携でいろいろ研究しているときに、もう一度勉強したくなったということで入りました。実際3年やって感じることは、私は経営者だからある程度時間の余裕があるので大学に行けるんですけれども、大学院のカリキュラムが働いている人向きのものがないんです。大体が昼間のものばかりです。もちろんそれは大学ごとの対応というのはあるんですけれども、2パーセントと世界で圧倒的に低いというのは、大学側にも、働いている人が働きながらもう一度大学で学習し直すというカリキュラムを持てていないのではないかというのが一つです。
 もう一つは、今日の資料でいただいた各大学の取り組みというものも非常に総花的で、トータリティーのあるような取り組みではないように思われます。このknowledge−based societyというものをもし文科省が提唱していくのであれば、もっと日本全国共通の、教養というものを社会に取り戻すようなカリキュラムを、普通の人が9時−5時で働きながら学べるような仕組みを全国の高等教育機関に持つと変わるのではなかろうかと思います。山本委員が大学はあまり生涯学習には関心がないとおっしゃっていて、非常に正直でいい発言だと思います。私のような一般的な社会人が大学へ行って、もう一度いちから勉強しようと思ったときに、あるべきカリキュラムが存在しないことに非常にびっくりしているというのが現状です。
 以上です。

【萩原委員】

 続きまして、よろしいでしょうか。

【山本委員】

 はい、どうぞ。

【萩原委員】

 私は立教大学21世紀社会デザイン研究科というところに専従しております。こちらはちょうど10年経ちますが、社会人を対象とした研究科です。ですから、8割は社会人です。
 今、松浦委員がおっしゃったように、社会人対応ですので、16時半から21時40分まで授業が設定されています。学部への社会人入学制度は立教も早くからやっていますが、社会人を対象とするために、どのような仕組みづくりをしたのかとか、あるいは大学の中でどのように位置づけられているのかとかそういうところの事例を挙げてみることは意味があると思います。ストレート組の若い人たちと社会人がいろいろ議論しながら新しいものを目指していくということもあります。
 それから、独立研究科のほかに、50歳以上の方を対象としたセカンドステージ大学があり、これは文科省の方も見学に来られたようなんですけれども、そういう仕組みは5年ぐらい前からスタートしています。そういう社会人を対象とした取り組みを集めていただいて、それを検討していくということは必要なのではないかと思います。

【山本委員】

 ありがとうございます。
 浦野委員、どうぞ。

【浦野委員】

 最初に山本委員がお話しされた中で、人の力が落ちているというお話がありましたけれども、私も産業界から見ていてまさにそうだと思うんです。今回のこの生涯学習というのは、根本的には文科省の初等中等教育の力が落ちている。要するに、二十数年前までの社会構造を前提とした教育が今も続いていて、ここ二十数年の変化に全く対応できていないと思うんです。それを補おうと思うと、山本委員が今和歌山でやっておられるようなことをどんどんやらないと、人の力ってやはり落ちてしまうんです。
 それはどういうことかといいますと、例えば、今、農業一つ、水産業一つとってみても、グローバル化との関連で物事を考えていかないと全く経営が成り立たない。あるいは、農業も今、マーケティングから始まって、さまざまな経営的な経済学的な要素を生かさないと対応できないのに、全くそういうことでできていないんです。これは一言で言ってしまうと、失われた20年の中でいろいろな危機があるのに、その危機そのものを認識できていない。その危機に対して何をするかではなくて、危機そのものが認識されていないというように思うんです。
 そういう意味で、やはり生涯学習政策局の最大のテーマというのは、初等中等教育で補い切れないほどの環境の変化が起きているときに、もう一度すべての国民にそういう新たな環境変化を知らせることで、その義務が文科省にはあると思うんです。極論ですが、そのことを大学の役割ということでごまかそうとするならば、それはちょっと違うだろうなと。根本的に文科省の仕事は、30年先にしか評価されませんよね。もう20年経っているのですから、今まさにその評価を受け始めている。そういうふうに考えると、今の日本の国力の落ち方がはっきりわかります。20数年前のときとGDPは全く変わってない。1人当たりはむしろ落ちている。そういう状況を見たら、文科省の成果というのは明らかにバッテンなんです。上がっていないんです。それが人の力が落ちているという言葉に象徴されていると思うのです。
 今、和歌山大学をはじめ、今日の資料にざっと目を通しましたけれども、やっておられたことは非常にすばらしいと思います。例えば、宇都宮大学で農業の方々と一緒に手を携えてやっているとか。それをもう少し体系的にとらえていくようなことが、松浦委員や萩原委員がおっしゃったようなことも含め、大変重要な課題だと思います。
 あらゆる仕事が、これは中小企業の方々も含めて、もう一度世界の社会経済環境の変化により、それはグローバル化という名のもとに、日本一国だけでは何もできないのですが、それぞれの産業が農業、水産業などの一次産業も含めて、やはり産業化していく。産業化していく上で、そこで必要とされる経営的なノウハウというのは、仕事をするすべての人がやはり熟知していく必要がある。そして、その上で、大学としてそういった鳥瞰図を常に地域の人たちにフィードバックしていく。そんな中で、それぞれこの仕事をやりたいと思っている人たちは地域の中でお互いに、まさに協同という言葉がありましたけれども、協同していけるような社会が実現できるのではないかと思っていまして、ぜひ大学には地域の司令塔ということでいろいろな知恵を出していただければと思います。

【山本委員】

 ありがとうございます。

【中島委員】

 よろしいですか。

【山本委員】

 はい。

【中島委員】

 まさに浦野委員に同感なんですが、考えてみますと、日本の教育はずっと、中学、高校でも受験型のための教育で、今でもそうだと思います。大学へ入ったら、大学は高校時代まであまりできなかったことをもう一度やり直しているような状況が続いているのではないかと。ある意味では、産業界が求める人材育成の教育観と、教育界の人材育成の考え方が、従来ずっと平行線で一致していなかったのです。今お話の中であったように、産業界は、社会のグローバル化の中で大きく変化してきている。産業界が求めている人材育成は、やはり即戦力になる人材であり、社会、企業で役に立つ人材ということでの考え方が非常に強く出ていると思います。
 特にバブルの1991年以降、20年経ちますけれども、それまでは、どちらかというと企業も右肩上がりで結構成長しておりましたから、若いという人材だけで産業界が成り立ったということはあったと思うのです。しかし、バブルがはじけてグローバル化の中でグローバルスタンダード等の導入があり、そして、金融機関含め、あらゆる産業がどんどん変化していかなければならない。その結果、合併、統合あるいは生き残りをかけて今日に至っているというようなことがずっとバブル以降ありました。一方、社会の変化が急激に起きたものですから、それに対応できる人材育成ということについては、産業界、社会が非常に強く求めてきたと思います。それが今、顕著にあらわれていると思います。そこに大学の教育が社会の変化に対応できていない。そういう意味では、大学と産業界・社会との求める人材の乖離があまりにもあり大き過ぎるということをつくづく感じます。
 そこへ来て、ヨーロッパ型、あるいはアメリカ型の教育スタンダードが求められてきている。特にヨーロッパ型の教育が求められてきています。大学への社会人入学生は2パーセントぐらいしか入っていないというのは、今日までの大学の教育実態を知っているものですから、産業界から自分の母校等々に再度勉強に行くことにならない訳です。ただ、大学院には社会人が大分入ります。大学院は4年制大学と違って、ある意味では、今おっしゃられたようなことの対応ができるのではないかと思います。4年制大学のほうが対応できる状況に全くなっていないということについては、一般の人はよく知っているものですから、もう一度勉強したいと思っても、なかなかそこに飛び込んでいくことができないというところが現実の姿としてあるのではないかと思います。そのようなことで今日は大変いい議論ができていると思っております。

【山本委員】

 専修学校はどんな感じですか。

【中島委員】

 私も産業界にいた者ですが、ちょうど今から25年前に2代目が亡くなったものですから、急遽私が引き継ぐことになりました。産業界の人材はこうあるべきだという考え方を強く持っていたものですから、専門学校を自分で引き継いでよかったということは感じました。
 それで、二十四、五年ほど前のときは、あまり学科コースはなくて、社会がそれ程変化していませんから、大学も経済学部か商学部か、あるいは法学部、一般的な学部で、出て来さえすれば産業界が育ててきてくれましたので十分対応できたと思います。専門学校もまさにそういう時代でした。
 しかし、バブルがはじけた以降については、社会が急激に変化して専門学校もその対応で変化しました。現在、当学園もトータルで約50学科コースありまして、それは全部職業に結びついた学科です。
 一つの事例で話しますと、携帯電話が出たのでドコモショップ学科という学科をつくると、その職場分野に就職できるわけです。それから、群馬県はヤマダ電機の本社があります。ヤマダ電機やケーズデンキやコジマは北関東3県から出ています。デジタル的な家電は非常に複雑になってきているので、デジタル家電学科というのをつくりました。そうすると、デジタル家電学科を出た人は、その分野に全部就職できます。このように社会の変化に対応した学科コースをつくることによって、社会から受け入れられる。大体中心は2年間ぐらいの教育ですから、ある意味では、受け入れる側もちょうどいいんでしょうね。そして、あとは産業界で育てていくということです。医療系もそうです。医者が外科の手術をする場合に、外科の執刀の先生と麻酔科の先生以外は、医療系専門学校の分野の人たちが周りで支援することによって手術ができる訳です。看護師はじめあらゆる分野すべてそうです。そのようにすべてにわたった分野が職業に合わせて学科コースができているということで、社会人が非常に多くなってきている。今、15パーセントから大体20パーセント近くになりつつあります。
 以上です。

【山本委員】

 浅井委員、どうぞ。

【浅井委員】

 大きく分けまして、高等教育に求められる生涯学習支援ですが、今お話が出てきましたように、産業界にこたえられる人材育成をどうするのかという問題が1つあろうかと思います。これは、国力とか将来の日本をどうするかという問題にかかわることだろうと思います。今までは、生涯学習というのは経済的な価値についてはほとんど文教政策の中ではどうしても取り上げられませんでした。人間的な価値のこと、人間性をどう豊かにするかというところは取り上げられても、経済的価値には切り込めなかったんですが、これからそれに切り込めるのかどうかは私にはわかりません。でも、そこの問題はどうしても残ってきます。
 それから、2番目は、今までどおり地域の方々の教養を向上させる機会を提供するということで、公開講座等を提供するという役割があるだろうと思います。
 3番目としまして、和歌山大学など多くの国立大学などがなさっていますように、地域活動とか市民活動とか、そういう地域の活力をどう盛り立てるのかを支援することで、高齢化していますので、それは地域の方々の生きがいにもなるわけです。ほかにいろいろあるかもしれませんが、差し当たっては3つの性格のものに分かれるのではないかと思うのです。それぞれ違う役割ですから、それを一緒くたに話していてもこんがらがるだけではないかと思います。
 私どもの大学は社会人対象の大学でして、20歳前後の学生と求められるものが、内容も方法も全く違います。はっきり申し上げて、違うものを提供していかなければ成り立たないだろうと思っております。だからといって大学ではないものをつくっても、社会人は大学にあこがれて入学して来ますから、やはり大学でなければならないのです。何が問題になるかといいますと、去年認証を受けましたけれども、質の保証のところで物の考え方が全然違うのです。20歳前後の方々を対象とした大学の質の保証と、社会人を対象とした質の保証は違いますので、評価委員の方と調整するのは非常に難しかったところが実際ございます。ですから、社会人を対象とした大学としての質の保証をどうするのか。3つの種類があるのでしたら、それぞれに考える必要があるだろうと思います。
 それから、それぞれ知識基盤社会といったときの知識は何なのか。それぞれに求められる知識が違うのだろうと思います。それをきちんと確定する必要があるだろうと思います。
 私どもの学会で、聖心女子大学の澤野由紀子先生が紹介しているのですが、これはいいかどうかわからないですが、ヨーロッパでは、レベルでもって学習成果の評価の体系をつくっています。レベルというのは学校教育の体系に基づいてつくられています。そこがいいのかどうかわかりませんが、ざっと見ますと、基礎的な知識、問題解決能力、創造的な能力、それから自分を革新する能力、ただ知識技術を革新するだけではなくて、自分自身を革新する能力。細かいことはわかりませんけれども、そういう知識技術をきちんと段階づけているように思います。そういうものを韓国もつくるそうですから、日本でつくるのかどうかという問題が学習成果の評価との関係で出てくるだろうと思います。
 それから、地域と関わりを持とうとしますと、山本委員もおっしゃったように、コーディネーターを置くとか、仕組みづくりの問題が出てきまして、お金がかかってきます。仕組みと経済的な基盤をどうするのか、そこのところを考える必要があろうかと思います。

【山本委員】

 今までの議論も整理していただいたと思いますが、その辺を念頭に置きながら、白井委員は私大のときの議論はどういう感じですか。

【白井委員】

 今、浅井委員が言われたように、生涯学習をやるためにはいろいろな環境を含めていかなければいけない。いろいろなプログラムの認証だとか、片手間なんですが、私自身は何年間かやってきて感じるところです。ですから、産業界や、職場に行って役に立つというような意味の講座を、私学でも国立でも大学がきちっとやるとすれば、いろいろな環境をつくらなければいけないですよね。そういう仕組みは、はっきり言ってほとんどないです。わずかにあるのが専門職の大学院で、これもそれぞれの自分たちのアイデアで、世の中でこういうことをやれば学生は一応来てくれて、それなりの啓発ができるというところは言っているけれども、ほとんど何もできていないんです。
 ここに書いてあるとおりで、何をやればいいかというのも書いてある。ずっと大昔から書いてあるんです。大学分科会もそうなんですが、20年ぐらい前の議論とほとんど同じことがいつもレポートに書いてあるので、あきれ果てるんですけれども、自分もそこに参加しているから自分も同罪なんです。
 山本委員のお話は大変感動しまして、そういう実行が今必要です。だけど、それをやれるような環境が、国立大学にしろ、私学にしろあるのかと言われると、これははっきり言っていない。それはまさに冒頭言われたけれども、生涯学習政策局と高等教育局というのは別です。生涯学習政策局は予算は幾らも持っていないんです。
 それから、一方で、地方が持っていた社会教育に関する予算というのは非常に減ってきています。ですから、全体にどういうふうに動くのかというと、現実的にはなかなか動けていない。今言われたように、経済的にこれをどう考えるのか、何をやるので、どのぐらいお金を講ずるべきなのかという、どこからどう回すのかということをしっかり組み立て直さないと無理だと思います。
 今、例えば私学が社会人教育を受け入れましょうと。受け入れるのは、今も受け入れているんです。何も拒否などしていない。来てくださるのは大いに結構と。それから、来てくれればそういうプログラムを幾らでも対応しますという大学は多いと思うけれども、高い授業料を払って、時間も使って社会人が来ますか。まず来ないです。卒業したら、ものすごく収入でも増えるならまた別だけど、そういうこともないですから、やはりそんな急に変わるわけではない。
 そうすると、社会人が大学に来るというときの、もちろん動機づけもあるけれども、費用の問題です。特に私学がそういう教育に取り組むとすれば、それは何なのか。ほとんどボランティアだからではないか。ほとんど持ち出してやっている。どこの大学も全部そうだと思うんです。専門職の社会人向けのものなどやっているのは猛烈な赤字を出してやっている。そのレポートでは大いにやるべきだという。やるべきだというか、しようがない、少しはやらなければいけない。一応格好はつけるけれど、それは全部どこかのだれかの負担です。それはみんな学部生の親の負担です。ですから、国立大学はなぜやらないかというのは、書いていないんだからやる必要がないんです。だから、国立大学はやりません。好きな人はちょっとやるかもしれないということなんです。だから、ちょっとそこの政策を変えなきゃいけないだろうと思います。大学の政策、特に予算等のところは大きく変えなければいけないでしょうけれども、大学間の格差の問題は多分、教育の問題と研究の問題をごちゃごちゃに議論して、補助金なり運営交付金を出している。そこが大問題なんです。そこをしっかり峻別しなければいけない。
 それから、国立、公立、私学は、その中ではどういうふうに位置づいて、どういうことをやっているところにどういうメカニズムでお金が行くのかということを明確にしなければいけない。そこのところをやる中で、社会人を受け入れる生涯学習というのは、どこがどんなふうに担っていくのか。ぜひ社会人の人はそれなりに大学や高等教育を受けてほしいけれども、それはどうやったら本当に可能になるのかというメカニズムをつくらないと、やはり幾ら何でも無理だと思います。そういうことが少し考えられれば、社会人は結構来るでしょう。
 ただ、4年制の、18歳から22歳の学生たちの教育方法が問題だというのは、これは問題だと思います。そのときに、先ほど浦野委員が言われたように、グローバリゼーションだから、産業ももちろん変わっていく。そうすると、地域における教育というものと、日本全体が競争力を持っていくようなところとの若い人の教育をどういうふうに結びつけて、どういう次元でやっていくかというのは極めて大きい問題です。そこは僕もちょっとまだ答えがよくわかりません。まず、地域のほうをつくらなければどうしようもないです。今そんなハイレベルにないですから。戸田委員はそういうことで苦労しているんだから、わかると思います。だけど、それは大した問題ではないのかもしれない。現実に動き出せばニーズに従って教育内容は幾らでも変わるし、若い人はどんどん適応すると思います。
 ですから、高等教育政策と生涯学習というのは、まさに生涯学習政策局が高等教育局も兼務して、両方やってくれれば非常にいいのではないかと思うぐらいです。勝手なことを言いましたけれども、極端に言うとそういうことだと思います。

【山本委員】

 平野委員。

【平野委員】

 先ほど山本委員から、大学の実態を包み隠さずいろいろ教えていただいたので、私も状況がよくわかりました。ありがとうございます。
 ところで、何人かの委員の方々から国力という言葉が出てきたので、私も国力ということについて一言まずお話しさせていただきたいと思います。地域で世代を超えて顔見知りになっているということ自体、連帯感が生まれて、例えば防災や防犯にも役立つなど身近なところから地域の力が強くなっていくと思うんです。そういうのが集合して強くなって、国全体の力も強まると私は思っております。
 今、私が教えに行っています大阪芸術大学と武蔵野大学の2カ所は、両方ともボランティア活動に学生が出ていくことについては大変寛容で、ぜひと大学側もおっしゃっているんです。私が教えているのは、物語を伝える力を培うということでやっていますので、そういう力がついた学生には、ボランティアに出ていってもらいたいと考えているんですが、最終的に、授業に差し支えなければというところにぶち当たってしまうんです。大抵学生は、授業やレポート、自主制作作業で忙しくて、結局、日ごろボランティアになかなか出ていけないという状況です。授業をさぼってまで行けないというのが実態なんです。何とかボランティアに出ていくということ自体も評価されるような仕組みが大学の中にできたらいいのではないかと思っております。既にこの会議で、以前ご議論が出たのかもしれませんが、そのように思っております。
 もう一つ、よく会社だと面接があって、今まで何をしてきましたかという質問がありますが、入学するときに、地域づくりに将来役立つ人材になるかどうかということを見てとれるような試験があるとか、あるいは願書でそういった資料を提出させるとか、そういう入学の制度ができないだろうかと思っております。従来の試験に加えて、例えば高校生までの間にボランティア活動をしていたかとか、または、さまざまな情報というものの情報源に触れてきたかどうか、ボランティアをしている人から直接話をよく聞いてきた生徒かどうかなども見て入学させるということも大切かなと思っています。
 例えば、宮沢賢治の詩というのは、農業体験や自然体験をしている人ではないとわかり切らないところがあるんです。詩のもとになった農業というものに触れたかどうかで、その解釈の仕方が随分違ってくると思います。それと、今回の震災のこともそうですが、情報だけでつかむ人というのは、東北3県のことばかりに目が向きがちな気がします。けれども、茨城や千葉のほうでも、エリアは狭いけれども、すごい被災状況なんです。そこにはなかなか目が行かない、足も向かないという状況がある。しかし、子供のころから情報のもとに触れていると、今回の震災でも、ほかの地域はどうだっただろう。さらにそこから、地震だけではない、台風のときはどうだろう。今、和歌山と奈良がすごい状態ですけれども、そういったところにも目がさっと向いてくるということで、津波だけではなく、津波が出たと同時に、夏になったら山津波だなということを連鎖的に考えることができる。そのとき自分たちはどういうふうに対応したらいいんだろうということを考えるようになるのではないかと思います。そういうことを積み重ねた人を評価して、大学に入らせることも必要なのではないかなと。となると、大学で最初からそれをやってもらおうというのではなくて、大学に入る以前に、どこかの段階で子供たちに何かをさせるという仕組みが必要ではないかと思っております。
 また、先人の方が、かつて悲しい出来事があったときに、将来この悲しみを少しでも少なく、喜びは少しでも大きくと思ってずっと伝え続けてきた大事なことというのがあると思うんです。そういったことにも子供のうちから触れさせるというような教育を大学に入る以前からなるべく取り入れていったらいいのではないかと私は思っております。
 以上です。

【白井委員】

 今のお話で、1つだけ問題は、高等学校と大学での教育のところのつなぎ方ですね。ほとんどの場合、高校生は受験しか今ないんです。ですから、大学生と高校生をもうちょっと一緒に扱うとか。特に地域の問題などは、そういうふうにすると意識が随分変わってくると思います。今、大学に半分以上来るので、試験を受ける人から言うと、相当な高い率ですから、もう高校生の頭の中には受験しかないですよ。

【山本委員】

 この間、国立大学協会の学長会議で、鈴木寛前副大臣が、15歳から18歳までの人生が衰弱していると。

【白井委員】

 衰弱していますね。思考停止しているから。

【山本委員】

 それは高校の責任だけではなくて、大学もちゃんと責任を持って発言するようにというようなご発言があったのが記憶にありますね。
 相川委員、どうぞ。

【相川(順)委員】

 確かに高校生にとっては、とにかく大学へ入ろう、大学に入りさえすればというような感覚が多いと思うんです。そのために、がむしゃらに勉強している子もいるし、また極端に言えば、あんまり目的がなくて、とにかく社会に出る前に、高校を出てすぐ就職がないから、とりあえず大学へ行こうとか、とりあえず専門学校へ行こうとか。ただ、専門学校へ行こうという子供たちは、ある程度自分の目的というのがぽんと決まっていて、そちらの方向に行くんですが、四大のほうに進むという学生たちを見ると、まずは入っておこう、そこから次のことを探していこうという空気があるのかなと思います。
 私は青森なので、地元の国立の弘前大学でも、地域に関連した生涯学習的なことを地域に発信して、地域のいろんな取り組みに大学から各地域に出向いていったり、また授業の相談を受けたり、公開授業をしたりという形で、すごく地域に関連したことに取り組んではいるということはわかります。しかしそれをより多くの国民に知ってもらうというところがまだ弱いのかなと思います。興味がある人が初めてネットや何かを調べて、あっ、こういうことしているんだなということで行くという。だから、オープンに、広くこういうことをしていますという発信が少し弱いのかなという感じがしています。興味も持っているけれども、なかなかそういう情報がなくて行けないという人もいるだろうし、先ほど言ったように、時間設定が日中だと、働いている人にとっては、行きたいと思っても行けないということがあると思うんです。
 だから、高校と大学との連携は、高大連携ということを最近言われていますけれども、高大連携といいつつも結局は大学へ入ってからの学習中心となってしまっています。大学の先生のお話を聞くと、高校の勉強のし直しからしないとだめだというような状況で、その辺りの連携というか、学習の部分で、生涯学習的な、体験学習的なものでの詰めというのはされていないように思うんです。いかがでしょうか。

【白井委員】

 全くそうだと思います。高大連携というと、ちゃんと理科系のことを勉強しなさいとか、理科はおもしろいとか、そういうのが今、高大連携の大部分ですから。勉強することがどういうふうに社会的に意味があるとか、産業とどう関係しているとか、将来、大学に入ったら、こういう意味で勉強していくとか、自分の住んでる地域でこんな問題があるとか、あるいは東北でこんなことが起こってとか、そういう種類の教育はほとんどないんです。時間の無駄だということになっている。だから、本当にそれが時間の無駄なのかどうか、これは大学自身が相当考えなきゃいけないことです。

【山本委員】

 教育方法の改革といいましょうか、先ほど萩原委員や浅井委員からも出ましたけれども、社会人の学習とは、プロジェクト型の学習というか、1つの問題意識、テーマをきっかけにして、さらに深めていくという。
 本年3月まで和歌山県の教育長だった山口裕市氏が校長をされた高校(和歌山県立粉河高校)では、大学も参加したプロジェクト学習の塾(KOKO塾)をやりましたが、高校生と市民と大学が参加します。そこで初めて高校生は学ぶ意欲と社会に対するコミットの仕方に対する意欲を持つ。それをまた大学に引きつけてみると、大学も目的意識を発揮しない学生をどう育てるかで、従来の教育方法ではなくて、いろんなプロジェクト型の学習をやっていくんです。これはこれで成功するんですが、大学の教師の評価は割れて、やはりちゃんと基礎からやらないとだめだという者と、いや、これで成功しているんだから、発展させようという者を、この双方の相互理解、相互承認の関係をつくるマネジメントをするのも、また大学教育上の大問題です。和歌山大学ではそれを大いに議論しながら、衝突しながらやっています。それは初中段階で、総合学習か基礎学力かという議論の延長線上の決着がついてないことがずっとあるとこととも重なります。
 戸田委員、どうですか。若い世代からして。

【戸田委員】

 いろいろお話しさせてもらいたいと思いますが、僕が多分、今一番若い世代と触れ合っていて、いろいろ感じるところがあるんです。山梨は深刻な人材流出の状態が続いておりまして、実は人材を山梨にとどめるということも非常に大事な課題なんです。実際僕らも活動しているんですけれども、今、高校生が大学生になると、4,000人が出ていって3,000人が入ってきます。昔は、4,000人はしかたないので、来た3,000人を大事にして、何とか選択的土着民になってもらおうという戦略でいってました。

【白井委員】

 今、選択しないでしょう。

【戸田委員】

 僕は実は、選択的土着民になってしまった人間であるんですけれども、それをいっぱい増やしたいんです。
 実際、小学校、中学校というのは、今のところ、ある意味、宿命的に地域で学ばなければいけなくなっています。山梨は高校は全県一区というふうになっておりまして、一応、県内だけれども、よそ者の学生がいるという状況です。僕らは、大学の学生と一緒に活動しているんですが、小中高連携というカリキュラムが教育委員会であるという情報を聞きました。そこに大学生も巻き込ませてもらおうということで小中高大を連携させて、地域の課題を調査研究しようということでやってみたんです。ねらいは、そのプログラムをやった高校生が、どれだけ山梨の大学に行ってくれるかというものでした。それは去年やりました。今年うれしかったことに、1年生の学生と出会ったら、あのときに僕たちと出会って、山梨に残ろうと思いましたよと。最初は県外の大学に行こうと思ったらしいんですが。自分たちにやれることがあることがわかった、と彼女は言っていました。それで、山梨県立大に行ったんです。大学生の生き生きとしている姿を見たというだけで、特に専門性を生かしたわけではないんですが、地域の課題の調査研究をやっていました。
 大学生たちを見ていると、結構悲しいんですが、やる気がないと言われるんです。何をしていいかわからないという感じですかね。何で学んでいるかわからない。僕は出身は山梨大学なんですけれども、あまり評価というのは——データを見ていただければわかりますが。僕は工業高校出身で、そこで学びたいから来たんです。でも、僕の同僚たちは、センター試験が微妙だったので来たという子たちがほとんどです。とにかく4年間過ごして、何か見つければラッキー。専門性が生かせれば、それもいいというぐらいの話です。そういう状況があるので、そこを、どうやっていくか。先ほどのお話の大学の質というところも、国公立、私立あると思うんですが、例えば県立大学の方々が言っているのは、県の課題を解決する若者を育てると言っていました。国立大学は、国の課題を解決する人材を育てる。僕は地域活性化のことをいろいろやっているんですが、それを持ちかけると、県立は大分乗ってくるんです。ああ、いいね、やりましょうと。国立大学は、それは我々がやることではないという感じに今のところなっています。

【山本委員】

 戸田委員には後で続けていただくとして、浦野委員がもう出られるそうです。もう一言、ご発言を。

【浦野委員】

 なぜ勉強するのかということや小中高大の連携等々含めて思うのは、これは誤解があると困るんですが、日本の国は、国全体としてエートスがないと思うんです。それを戦後の教育がどういうふうに見てきたかというのは、正直に言って、初等中等教育にはそのことが欠けていて、それを高校、大学で気づいた人は自分で勉強するんだけれども、気づかないままに社会に出てしまうと、失われた20年の中で、自分がどこに進めばいいかというのが全くわからない。
 綱領のない政党がどうとかと言われますけれども、ほかの国では、宗教が一定の役割を、よくも悪くも果たした部分がありますが、日本にはそれがないだけに、私は日本人としてのエートスという問題を文部科学省は逃げてはいけないと思うんです。それは、道徳教育とか何とかという形になると、何か横やりが入るというのがあるんですが、そこはしっかりしておかないといけない。
 その上で、先ほどの議論を聞いていて思うのは、大学は明らかに2つの役割があって、山本委員がおっしゃったように、和歌山で公開講座はやらないと。地域の問題に結びついている。これは、言ってみれば、帰納法的なやり方で正解に達しようということはあると思うんです。今までの日本の企業というのは、みんな帰納法的やり方で、ある意味特殊なやり方の中で自分の正解を見つけてきただけで、したがって、今、こういう時代になると応用がきかなくなっているんです。
 ですから、もう一回、一般的、汎用的な議論に戻る中で、演繹的にみずからのありようを探るというやり方も、特に企業にどっぷり漬かっている人の再教育には、私は非常に有効だと思っています。例えば私の属しているニチレイ独自のやり方でやっても物事は全く解決しなくて、むしろ一般的な、汎用的な知識が非常に要る時代になっていると思います。幅広く、いろんなことがあっていいと思いますので、ぜひさまざまな方法でチャレンジをさせていただきたいなと。我々産業界ももちろんいろんな形でチャレンジしていきます。
 ただ、冒頭申し上げたエートスの問題だけは、私は何度も申し上げましたけれども、産業界は社員教育で20年前まで強制的にやってきました。そのエートスに染まらない人は産業界は外してきました。だけど、ここ20年、エートスを産業界自身が社員教育の中でやっていませんので、何とか国全体としてそういったことを探っていただければというふうに思っております。
 すいません、勝手に申し上げました。

【山本委員】

 ありがとうございました。

【白井委員】

 浦野委員のおっしゃるとおりだと思いますが、日本の高成長期を、エートスは全部企業で、中小企業も全部含めて、日本株式会社ということでできてきました。最終目標は、そこを目指しているだけなんです。一方で地域というのは猛烈にどんどん崩壊して高齢化しています。そうすると、エートスを生むものは何もなくなっている。もともと宗教なんてないんですから。そうすると、今、回帰しなければいけないのは、いかにして新しい——「新しい公共」って言っていますが、公共がすぐにできるわけないんです。間違っていると思います。どういうふうにして人づくりから構成していくのか、システムからつくるのかというところに来ている。まさに言われたエートスそのものをどこに求めるのかということです。これは道徳教育とか何とかの時間ではできません。

【山本委員】

 かなり根底的な議論をちゃんとやらないと、それなしにいろいろつぎはぎしても同じことを繰り返すのではないかということはかなり共通していると思います。

【戸田委員】

 僕は、現場の話に尽きるんですが、地域と連携して大学も行政もいろんなところに加わってもらってやっていて、そこでの役割というのが、なぜ学ぶのかというのがそこに転がっている場合があると。先ほど申し上げたように、学生たちはなぜ学ぶかが明確ではないので、何で今自分が、例えば物理学を学んでいるのか、数学を学んでいるのかということがわからないんです。特に言語もわからない。
 僕らは商店街などに入り込んでやらせてもらっていて、そこに例えば外国の方が来たときに話をするというところで役立つ。役立ったことが、自分たちにとって非常にうれしいんでしょうね。うれしいと思うと、ちょっと勉強してみようかな、もっと学んでみようかなということがあるので、生涯学習が若い世代に対する影響というのは、そこかなと思っています。僕は各論をいろいろ切り出しています。
 例えば子育ての問題も、ギャルママと呼ばれる若い世代の方たちの支援をしていますが、我々よりも若いお母さんたちがたくさんいて、子育て術を学んでいないんです。そういう方たちと学生が触れ合うと、そういうことを学んでみようかなというふうになってくる。そこと大学の各論を洗い出す場というか、それを自分たちの学びにフィードバックするという役割です。大学にとっては明らかに新しいことで、負担というか追加されることだと思うので、先ほどの「新しい公共」じゃないですけれども、別に民間などがそういった機会をつくる。そこで大学の先生も入ってもらっていますけれども、学生にきっかけだけつくることができていくといいと思って、それは実践させてもらっているんです。
 だから、地域の課題を明確化する、その学びを地域の大学が知識や知恵を歓迎することで解決するようになってくるといいのかなと。とにかく今の若い子たちが生き生きとなるような目的がないといけない。明確なことが伝えられる大学の教員の方たちがどれぐらいいるのかとか。僕も研究者だったのですが、専門は微生物学なんです。これをやるとこんなに楽しいとか、将来の展望はこうなると語ってくれる教員がどれぐらいいるのかというのは、研究者と教育者、第3の機能と私は思うんですが、1つのかぎかもしれないですね。

【松浦委員】

 今、戸田委員が言っていたことと僕らは関係があって、医学部に入ったけれども、理系の人しか入られないということで、学長などと相談して、三重大学に地域イノベーション学研究科という新しい大学院を僕らはつくったんです。僕は50人ぐらい社長を入れたんです。三重大学は、名古屋大学に吸収されてなくなるかもしれないので、三重県のためにある大学というミッションに変えて、地域の人と僕ら経営者と大学やもちろん高校も入れて、学生もその中に一緒に入れて活動して、今年3年目で、大分変わってきたんです。大学という本来のアカデミアに、産官学の人を入れることによって、大学の発信力は確実に高まっていて、今年は地域イノベーション学会というのを三重大学はつくりました。11月26日に学会をやるのでぜひ見に来ていただけたら。

【白井委員】

 三重大の例のほかに顕著なのは熊本大や岡山で、そういう例は既に起こっているんです。しかし、国立大学の予算やミッションは一体何なのかということの整理は必ずしもまだ変わっているわけではない。だから、地方国立大学というのはどういう役割で、どこから予算をくれてという問題がある。
 例えば三重大学の運営費交付金のうち、これは国から来るのか、地方から来て、地方のためにやる大学なのかという考え方も変えないと無理なんです。

【松浦委員】

 それはそれぞれの大学、地域で自分たちの例を実践していって、公表していく中で新しいイノベーションが生まれるのではないですか。

【白井委員】

 もちろんそれは大事なんですが、日本全体のシステムで言うと、地方国立大学は、本当はそういう役割をしてほしいことはたくさんあるけれども、そういう意識にならないのは、それは国直轄だから。別に地方のために自分が存在していると思っていませんから。

【山本委員】

 いや、思ってます。

【松浦委員】

 本当は思っているんです。

【山本委員】

 杉野総括官、どうですか。

【杉野生涯学習総括官】

 白井委員がおっしゃるように、もともと国立大学は国立ですから、必ずしも県立であるわけではないので、山口大学は山口県のために仕事をしなければいけないとか、山梨大学は山梨県のために仕事をしなければいけないということでつくったわけではないです。ただ、つくるときに、法律でわざわざ「山口大学は山口県に置く」、「山梨大学は山梨県に置く」と書いた趣旨はどうかと言われれば、それはおそらく、国の目線で仕事をしてほしいけれども、同時に、山梨県にとっての山梨大学ということも考えてほしいという願いが込められていたと思います。
 そういう理念や制度論を離れて、では、実態はどうかという話になってくると、白井委員にもお伺いしたいんですけれども、多分、今の日本の状況で、地方で私立大学が十分にその県のためにいろんな仕事を請け負ってやっていくということが本当に可能か、あるいは自治体が自分で大学をつくって、赤字覚悟で運営していくことができるかというと、昔も難しかったけれども、昔以上に難しくなっているところが多分あるだろうと思われます。
 そういう意味では、相対的に地方における国立大学の役割を考えたときに、おそらく和歌山大学もそうですし、三重大学もそうですけれども、地元にとって自分たちは何が貢献できるかということを意識する先生が増えつつあるんだろうということは感じています。

【山本委員】

 お金の流れはどうですか?白井委員の言うとおりですよ。

【杉野生涯学習総括官】

 ええ。白井委員のおっしゃってるご趣旨はよくわかっているつもりで、今から申し上げることとも関連するんですけれども、私立大学では、立教大学なども含めて、おそらく大学の先生方の意識の中では、社会人を大学の教育の中心に据えたいと思われている先生方はそれほど多くはないと思うんです。大学もさまざまですから、社会人教育こそミッションに考えている大学も当然ありますが、多くの大学の経営者というのは、国公私を通じて、社会人のために大学をやっているんだという意識でやっていたはずではないと思うんです。ただ、最近、生涯学習と大学ということが問われていることの一つの背景としては、大学といえどもビジネスですから、経営ですから、経営という観点からしても、やはり社会人を受け入れるということは非常に重要になってくる。生涯学習というのは、基本的には都市のビジネスです。立教大学のように都心にあれば、当然、社会人の方々で大学に戻りたいというニーズは大きいですし、それにこたえていこうという気にはなってくると思うんです。
 その一方で、国立大学はどうかと言われると、今、収入の約4割が交付金でまかなわれており、危機感は、私学に比べれば全然違います。おそらく私学の危機感に及ばない感覚で運営されていますから、今、社会人を一生懸命獲得しなければいけないという意識にはなかなかならない。一部の先生方が意識を高めていただいて、一生懸命社会人の受け入れも頑張ろうということを学内でおっしゃっていてもなかなかうまくいかないというところが今の実態ではないかと思います。

【山本委員】

 それと、都市圏にある大規模大学、東大もそうですけれども、世界を向いていますよね。対極にあります。地域の大学は。世界に向かずに地域を向くというところがあってもいい。

【杉野生涯学習総括官】

 その関係でもあるんですけれども、今日、事務局のほうで用意してもらったデータ編の1ページに、文部科学省ではよく使うグラフで、非常に細かなことを書いていますが、大学へ入学する18歳人口や大学への進学率がどう変動しているかというグラフがあります。
 先ほど山本委員が、臨教審で生涯学習ということが1つ打ち出されたとお話されました。昭和59年とか60年当時です。昭和59年、60年当時というのは、実は18歳人口の棒グラフでいうと、第2次ベビーブーマーが大学に来る直前なんです。直前のころに生涯学習と打ち出したんですが、そのころ既に、18年後に18歳人口が何人になっているかということはゼロ歳児を見ればわかりますから、第2次ベビーブーマーの後は、18歳人口は激減するということはもうわかっていた。当時は、大学への進学率は、大体36.7パーセントでしたから、これは当面、数年は高校の新卒学生で大学は回るけれども、平成4、5年以降は、大学は新卒学生では回らない。その後は社会人と留学生をわんさと入れないとつぶれてしまうという意識が非常に強くて、文科省もそれ以降、20年、25年かけて生涯学習のための制度を次々と入れてきます。大学制度も、この資料にも入っていますので、後ほどご覧いただけばと思いますが、専門職大学院あり、科目履修制度あり、それから最近では履修証明あり、いろんな社会人受け入れのための仕組みをつくっていくんです。
 ところが、このグラフをもう一回見ていただきたいんですが、それ以降、実は大学への進学率というのがウナギ登りになってしまいまして、現在では、大学、短大合わせた進学率は56.9パーセントです。私は、その当時20代でしたが、さすがにそこまで進学率が上がるとは思わなかったです。意外と高校新卒者で大学にストレートに来る学生が猛烈な勢いで増えてしまったということもあって。
 ちょっと話が長くなりましたけれども、国立大学をはじめ、社会人にターゲットを絞って、もっとカリキュラムの見直しをして頑張らないと、大学はつぶれるという意識は、想像したほどには切迫感を持って共有できなかったというところがあったのではないかと思っています。
 18歳人口の推移は、ずっとデータがありますから、これから先、さらに厳しくなるのはわかっていますので、1つには、大学経営の難しさということを考えていくと、白井委員のご質問にありましたけれども、生涯学習は私学を中心と書いていますが、よりいろんな意味で危機感を持った大学が中心となって、生涯学習への貢献をこれからどんどん高めていかれるのではないかということを行政のサイドからは期待しているという状況です。

【山本委員】

 今日の議論としては、中教審ですから、大学経営の延長線上に議論があるわけではないので、今何が必要かという議論です。現在の日本の段階で、初中教育の性格などとも異なって、非常に急激な変化に直面する職業的・生活的課題を抱える成人を補う教育というか、教養や職業的能力を高めていくようなシステムを大学はどう位置づけて、どういうふうに本格的につくっていく必要があるのか。
 国力とかグローバルとかいろんな言葉が出ましたけれども、市民一人一人にとっても、日本という社会にとっても、非常に重要な問題なのではないか。そういう意味で言うと、生涯学習政策というものの考え方を、根本をもうちょっと明確に打ち出すべきではないか。そうしないと大学がはっきり位置づかない。

【松浦委員】

 ここ二、三十年、大学教育というのは、ハブと言い過ぎたんではないでしょうか。こうしたら社会の役に立つ、産業の役に立つ。でも、もうちょっと戻って、社会にとって役立つ力とは何かいうのをもう一回生涯学習の中で考えたらいいのではないでしょうか。それを共通カリキュラムをつくって、e−ラーニングでもいいですし、有名予備校はみんなそうやってるじゃないですか。そういうことを何かできないでしょうか。終身の教育とか、それこそベーシックな教養というのであれば。

【白井委員】

 それはそのとおりだと思いますし、先ほどから言われているように生涯学習のニーズは結構あるし、それをやると、学生たち、社会人も含めて結構レスポンスする可能性はある。だけど、それを支えるベースになるお金っていうのは一体どこにあるのかということです。

【山本委員】

 浅井委員がおっしゃったように、仕組みをどういうふうにするかということですね。

【白井委員】

 生涯学習というのは対象になっていないんです。18歳から22歳までの学生が来る大学は、私学でも補助金をもらったりしている。もちろん社会人が来たときも補助金をもらえます。もらえるけれども、社会人が払える授業料ではないから。そういうふうになっていないんです。もう全然合っていない。放送大学は別です。放送大学は、初めから社会人の生涯学習としてプログラムがつくられているから安いけれども、これは国の事業じゃなければできない値段なんです。そういうのをどういうふうに考えるのか。
 どこでどのぐらいの負担で、だったら現実に役に立つようなカリキュラムなり何なり。カリキュラムをつくることは、私学は幾らでも僕はできると思う。それから、やれる先生だっていると思う。それをファンクションだと思えば。それは財政的に支えられるならば、それを商売にするのは別に何でもないと言っていいと思うんですね。

【山本委員】

 仕組みと財源などかの面で、浅井委員、何かご感想は。

【浅井委員】

 コーディネーターを置いたりする組織が必要で、コンソーシアムの形態がよいのか、学校支援事業本部の大学版のようなものがよいのか、私はまだわかりませんけれども、何かそれは必要だと思います。
 それより、これだけ変化が激しい中で、統一的なカリキュラムをつくるのはちょっと不可能だと思います。むしろ、国民のコンセンサスが得られるかどうかわかりませんけれども、先ほど申し上げましたように、EUや海外では、あなたはこのぐらいの能力を持っていますというレベルの基準をつくっていまして、そういうものをつくりますかということです。ですから、三重大学のこういうものをやったら、このレベルに当たりますよ、和歌山大学のこれをやったら、このレベルに当たりますよと。外国はそれをやって、それで国力を乗り越えようとしているわけです。

【松浦委員】

 認定制度みたいなのを置くということですか。

【浅井委員】

 そうです。ですから、学習成果の評価をやりますかということが問われるだろうと思います。でも、日本の社会は、今まで生涯学習は、先ほど申し上げましたように、人間性の豊かさの追求で来ましたから、まずそれには国民の半分は反発するでしょう。だから、そこはうまく、グローバル化の中で本当に生き残ろうとするのですか、ということを問わなければならないのだろうと思います。
 もう一つは、外国のやっていることが正しいのかどうか、それも1つあるかと思います。日本が80年90年代の頃は、トヨタがどうのこうのと言われたころは、日本の教育が最高であると世界で言われていて、今失われた20年の後は、スウェーデン型だとかフィンランド型だとかいわれ、社会のほうも変わりますので、何がいいのか、それはきちんと私ども考えなければならないと思うのです。

【中島委員】

 こういう現象が今起きているんです。今、大学全入時代と言われているでしょう。小学生が勉強しなくても大学まで行けるんだということがだんだん浸透してきていて、予備校や塾がだんだん疲弊してきているんです。行かなくてもいいんです。親がそういう議論をしているから、子供が当然そういうことを聞いているわけです。現実問題、大学でもみんな大体、科目試験もやらない。どちらかというと、現実は推薦入学が大半でしょう。ですから、自分たちが学んだときの時代と全く違っていて、子供たちがそういう世の中と言っているんです。
 ですから、これは大きな問題だと思います。勉強したがらない、そういう子供たちに今なりつつあるということについても、ぜひほかのところで実態調査をしてもらうということは本当に重要だと思います。今、社会はみんなそう思ってますものね。正直言って、勉強しなくても大学へ行けると思ってますから。そして、センター試験で3割ぐらいが自分で希望した大学に行く人たちで、あと7割がそうではないんです。だから、違った大学へ行っているから、不平不満のまま、しようがない、卒業するかというところが、先ほどの話の中でもあちこちに出てきていると思います。どうも日本人は勉強したがらない、そういう傾向にある。

【白井委員】

 専門学校に来る子供たちはそれなりの目標を仮に持っていたとすれば、それはそれで勉強するんですよね。それから、勤めてからもそれなりの能力を発揮しているのは多いと思うんです。だから、勉強だけではないかもしれないけれども、やはりそれぞれの向き不向き、それから先ほど松浦委員も言われたけれども、興味を持ったら、それを一生懸命やるというやり方——指導者の問題もあるけれども、それはある種、可能なんでしょう。

【中島委員】

 何か目的を持たせてやればやるんですよね。

【白井委員】

 やるんです。ただ、そういう構造ができてない。

【平野委員】

 生涯学習というものを確かなポジションに高めていくために、啓発というのが必要だと思うんですが、今日、山本委員から出された資料の最後のページにあるシンポジウム(山本資料6)を見ると、震災のことについて、「生涯学習の役割を問う」というサブタイトルがついて、すばらしいシンポジウムだと思いました。ここには、国全体を考える視点と地域を考える視点が入っていて、さらに、きっとこのシンポジウムの結果、日本としてはこうなんだということを世界に発信できるような内容がここで出てくるんじゃないかとすごく期待しているんです。多くは都市部の大学のほうが世界に向けての視点がというお話しなんでしょうけれども、このようなテーマをしっかりと固めると、都市部でなくても——都心部ではないと言って申しわけないんですが——世界に向けてのことというのが、日本のものとして発信できるのではないか。そして、それが地域のためにもなるということができるのではないかと思い、このシンポジウムは、私は、時間があったらぜひ客席で参加したいと思っているところなんです。
 和歌山は、ちょうど稲むらの火だとか、エルトゥールル号だとか、そういった昔からの大きな災害を受けたことが学校教育の中でもずっと小学校から伝えられるなどしていて、地域の人たちも、大人になってもそのことを覚えていて、世代を超えて自分たちの土地のことをよくわかり、それが国境を超えたつながりにもなったりしているというすばらしい例もいっぱいあると思うんです。このシンポジウムを開くのにそれなりのお金がかかると思うんですけれども、例えば仕組みをつくるということが今後起こってきたら、こういったシンポジウムもどうやって仕組みの中に位置づけていくかということも大切なんじゃないかなと。内容のいい、教育に役立つ、生涯学習に役立つシンポジウムなり、そういったイベントなりということを考えていくときの予算だとかそういったものも今後考えられたらいいのではないかと思ったんです。
 せっかく山本委員がいらっしゃるので、これは、どのような思いで考えられたのか、稲むらの火とかエルトゥールルはNHKでも大きな特集番組にもなったくらいですし、その地である和歌山でこれを開かれるということの思いを教えていただければと思ったんですけれども。

【山本委員】

 和歌山は三陸沖と同じ風景が何年か後には必ず直面するという問題意識を強く持っています。それ以前の段階で、岩手大学はすごい役割を果たしていると思いますが、国立大学としてどういう心構えで、今本格的にテーマを真っ正面で受けとめるかということがもう一つあります。
 3つ目は、先ほど冒頭言ったことですけれども、国大協・国立大学の学長は86人いますが、その方々にすべてにいま「生涯学習」という課題を頭に入れてくださいなんて無理な話です。これまでのアカデミックな研究活動の延長線上にある学長・大学経営者が、生涯学習を考えるよう言われても、これはなかなか無理でしょう。これまでの延長線上ではなく、日本と世界の課題、そこでの新しい大学の役割についての学習、意識改革なくしてはできないことです。したがってできるだけ学長やいろんな大学の経営に加わってもらえるような場、フォーラムやシンポジウムを設定して、こういう経営や事業展開もあるという1つのモデルを学んでもらいたいなと思っているわけです。和歌山の地元の人向けでもあるんですけれども、国立大学法人で経営に携わっている人に、ぜひ新しい経験から学ぶ場をという思いが3つ目にあるんです。
 国立大学協会は、地域でこういうプログラムをやるときにお金を出しています。またよろしくお願いします。

【平野委員】

 ありがとうございます。

【白井委員】

 先ほど浅井委員が言われた、ジャンルごとにどうだというところですが、私学は、僕はかなりのところ、現実にはできると思う。だけど、それをやるとすると、どういうようなシステムと費用がかかるのか。杉野総括官が言われたとおり、確かに進学率が増えて、何となく維持してきているけれども、本当は生涯学習型みたいな、内容や年齢はいいとしても、ファンクションとしては、カリキュラムは整えてこなければいけなかったんです。そういう人たちが既に入学しているんですから。構成から言えば、地域を支えるような人が私学にたくさん入ってきている。そういうふうに人口が回っていかなきゃいけないんだけれども、必ずしもそうなっていなくて、中身は従来型の都会にもある大学と同じカリキュラムを地方もやってきたんです。これには大きな間違いが確かにある。だから、大学のカリキュラムは、生涯学習型だったらどんなふうに具体的に変えるんだというようなことを、そういう経験のある方に分析してもらって、少し言っていただいたほうがいいと思います。

【浅井委員】

 簡単に申し上げますけれども、アメリカで成人教育(andragogy)の研究が行われています。その中で、成人の学習というのは、子供の学習とは違うという観点で研究がなされています。生涯学習の概論的な文献をあければすぐ出てくることなのですけれども、例えばということで申し上げれば、大人の学習というのは、問題解決学習なのです。生活課題を解決するために学習しますから、それにこたえなければなりません。ですから、先ほど大学の質の保証について申し上げましたけれども、初年次に何を学ばせるかといったことは成り立たないのです。系統的な学習の中に押し込めようとしても、大人の人はそれについてこないです。内容的にはそういう違いがあります。
 それから、方法も同様です。常に自分の経験に照らして物を考えますから。そのかわり、子供よりずっと経験は豊富に持っていますので、経験したことに常に戻るような方法で教育を進める必要があります。教養的な内容は、哲学とかニーチェだとかは比較的よいのかもしれませんが、いえ、それでも自分の人生に照らしての理解や考え方をきっとするだろうと思います。ですから、基本的に子どもとは物の考え方とか問題意識とかが違いますので、そこにちゃんと押さえて大人にフィットするようなカリキュラムと方法をつくっていかないとうまくいかないだろうと思います。ですから、私は社会人のための大学の質とは何かということは検討する余地はあると思っています。

【山本委員】

 12時になったので、そろそろ収束していきたいと思いますが、ぜひというご発言があればお願いしたいんですが。

【浅井委員】

 もう一つよろしいですか。生涯学習ということが、社会で高齢者の学習だというように誤解されておりますし、人々がちょっと学習嫌いになってきている傾向がみられます。日本の国民はそうではなかったんです。江戸時代から学習が好きだった国民なのに、今は学習という言葉のみならず学ぶという言葉も嫌だという人も増えてきています。
 文科省のサイトに生涯学習という言葉がトップページに出ていないのです。いつごろからか、10年ぐらい前ですか——10年はたっていないかもしれません、消えているわけです。国の基本は教育や学習なのではないでしょうか。もちろん科学技術もそうです、文化もそうです、スポーツもそうですけれども、やはり学習も基本であるということを、文科省、国は発信していただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【山本委員】

 前川審議官、何かご感想をどうぞ。

【前川総括審議官】

  こういう時代、浦野委員がおっしゃったように危機感が足りない、危機を危機として認識することから始めなければいけないというのが、これはなかなか胸に突き刺さる言葉でした。おそらく、小学生から大人に至るまで、今の日本人は学ぶべきことがたくさんあるはずなんです。学ばないために、いろいろと危機が迫っているにもかかわらず、それに気づかずに、危機が来てから初めて慌てるみたいなことが起こるんじゃないかと。
 これは、国レベルで考えてもそうですし、地域ごとにいろいろな課題があると思うんですけれども、先ほど、浅井委員がおっしゃっている、成人の学習は違うというのは、そのとおりだと思います。ただ、問題解決型の学習というのは、実はもともと日本の学校に足りなかった部分で、だからこそ総合学習の時間を入れてたんですけれども、系統的な学習と問題解決型、あるいはプロジェクト学習というものの組み合わせをいかにうまくやっていくかというのが非常に大事だと思います。そのプロジェクト型ということで言えば、一番それに敏感に反応しておられるのは専修学校ではないかと思うんです。もっと直截的なのかもしれませんけれども。先ほど、このデータ集を見ても、社会人の入学が一番多いのは専修学校ですから。6万人でしたか、すごい数です。
 ですから、おそらくこれまでの、昭和50年代以来の専修学校、専門学校の経験に学ぶという部分はもっとあっていいんじゃないかという気がするんです。昭和50年代というのは、大学の設立を抑制した時代ですから。本当は進学率が高まるはずだったのに高めなかったんです。これは政策的に、大学の総量を規制しましたから。その間に、専修学校、専門学校はずっと伸びていったわけです。ただ、その後、18歳人口が減る時期になったら、今度は、専門学校に流れていた層が、もう一度、大学に戻ってきたということがあって、大学の進学率が伸びていったということがあると思うんです。ただ、そういう専門学校のほうも、全くゼロになるかというとそうではなくて、専門学校のよさがそこに定着したんだと思います。多少、専門学校の進学率は下がりましたけれども、一定の数は入っている。
 東日本大震災の復興でいろいろ考えている中では、実はあの地域は専門学校の進学率が高いんです。大学進学率はそれほど高くないです。大学進学率と専門学校の進学率の比はかなり違うんです。都市部と、東京あたりとは大分違って、専門学校への進学率は相対的に非常に高い。それもあって、生涯学習政策局のほうでは、専門学校に着目した復興人材の育成というプロジェクトをつくろうと考えています。
 社会人の学びの場であるという位置づけを大学に与えるというのは、ある意味当たり前のことだと思います。おそらく国際標準から言えば当たり前のことで、その当たり前のことがまだできてないというのが日本の大学なんじゃないかと思います。これはおそらく、もう少し職業能力開発行政とタイアップしなければいけない部分があると思います。職業能力開発行政のほうは、あまり高度の専門職のほうに向いていないんです。文科省はそちらをいろいろやっています。制度の仕組みはつくっていますけれども、お金があまりない。厚労省の職業能力開発のほうは、結構そのお金は専門学校に行っていると思います。もう少し厚労省と一緒になって、今の日本に迫ってくる危機を乗り越えていくような人材はどうやってつくっていくんだと。
 社会人の部分でもう一つ必要なのは、雇用です。非常に雇用状況が厳しいですが、これは、宮本太郎委員がいらっしゃれば、そういう話をされたと思いますが、モビケーションという言葉があって、モビリティーとエデュケーションを結びつけると。労働市場から労働市場へ移っていくに当たって、社会で再教育を経て、次の就職先を見つけていく。その間に経済人としての付加価値を高めていくということです。そういう仕組みを、労働行政とうまくタイアップする必要があるということは感じているんです。この場でもおそらく、今日の議論の中に欠けていたのはそういう部分だと。雇用との関係だと思います。

【山本委員】

 ありがとうございました。
 冒頭申し上げたように、生涯学習というものを日本の現段階でもう少しはっきりしたものとして主張するようなレポートが必要なんじゃないかと思いました。そのためには、今、前川統括審議官がおっしゃったけれども、厚生労働行政との分離は1990年の振興法のときに除くという話になったものを、これからまたどうするのかという問題がきっとあるんだろうと思います。それとやはり、文科省の中でも、白井委員もいろいろおっしゃいましたけれども、高等教育政策の事情と歴史と生涯学習政策をどうリンクさせるのか、あるいは整理するのか、これはぜひ行政レベルでもやっていただく必要があるんじゃないかと思います。今後の作業をまたよろしくお願いします。
 ご協力、どうもありがとうございました。(拍手)

【藤野生涯学習推進課長】

 どうもありがとうございました。
 初の試みでございましたが、今回はグループ討議という形にさせていただきました。
 事務的な連絡をさせていただきたきます。本日いただきましたご意見につきましては、事務局にて整理をさせていただきたいと思います。また、次回は、今回行ったこの2つのテーマについて、合同で全体会議としてご議論をいただきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。また、交通費の発生する委員の方々におきましては、交通費の伺い書を机上に配付しておりますので、ぜひ本日、ご捺印をいただきたいと思います。また、朱肉のほうはお持ちいたします。復路で航空機をご利用の方につきましては、返信用封筒をお持ち帰りいただき、帰着され次第、文部科学省まで航空機の半券とともにご郵送いただければと思います。
 以上です。

【山本委員】

 ありがとうございました。

【藤野生涯学習推進課長】

 どうもありがとうございました。

—— 了 ——

お問合せ先

生涯学習政策局生涯学習推進課

伊藤、本田
電話番号:03-5253-4111(内線3273)
ファクシミリ番号:03-6734-3281
メールアドレス:syogai@mext.go.jp

(生涯学習政策局生涯学習推進課)