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山本分科会長
平成10年の社会教育行政の在り方についての生涯学習審議会答申では,「社会教育活動の中で行われる学習活動が生涯学習活動の中心的な位置を占める」と記述されている。この審議の冒頭に,委員の方々から,各地で生涯学習と社会教育の混同が見られることについて議論してほしいという意見があった。「生涯学習」という言葉は定義されていないが,一般的には生涯学習社会を目指そうとする考え方や理念であったり,個々の学習活動やその地域における学習活動全体を指したり,人々が生涯に行うあらゆる学習のことであったりするなど,様々な使われ方がされているため,社会教育との関係が混乱していた。このため,社会教育の活動と生涯学習の活動に絞って考え,「社会教育活動の中で行われる学習活動が,生涯学習活動の中心的な位置を占める」ものであるというところで収まったという経緯がある。
また,生涯学習振興法ができる時も,生涯学習の概念は,国民一人一人が規定すればよいのであって,国が規定するべきものではないという答弁もあった。
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| ○ |
鎌谷委員
学校教育法において,専修学校の目的は,「職業若しくは実際生活に必要な能力を育成し,又は教養の向上を図ること」であることが定められており,「生涯学習のイメージ図」の生涯学習の趣旨にある「生活の向上,職業上の能力の向上」と同様の目的となっている。
このように,専修学校は,生涯学習に非常に大きく関わっているが,これまでの関連資料等の中には,専修学校に関するものが非常に少ない。イメージ図の中では,「学校外での組織的な教育活動における学習」として「大学・短大等の学校が行う公開講座」が記述されているが,この「等」の中には恐らく専修学校,専門学校は入っていないと思う。専門学校も公開講座等を実施しており,この項目に記述されるべきではないかと思う。
また,「職業若しくは実際生活に必要」なことは,生涯学習に直接つながると思う。職業教育と生涯学習を同時に実施している具体例として,緊急雇用対策としての厚生労働省からの委託訓練がある。これは3年程前から始まっているが,この講座を受けて実際に就職に結びついた人が何万人もいる。
さらに,厚生労働省が考えている日本版デュアルシステムのようなものは,まさに専修学校の担当分野である。例えば,「実際生活に必要」な正規の課程や,開放講座も実施しており,地方公共団体からの委嘱を受けた職業訓練的なことや,幼稚園から高校までの教員の研修のための講座,市民を対象とした講座,IT講習なども実施している。
資格関係では,ビジネス能力検定という文部科学省認定の検定もあり,高校や短大の教員,高校生,専門学校生など対象を幅広くして実施している。このように,専修学校や各種学校は生涯学習に多く携わっているため,専修学校関係の資料を用意していただければと思う。
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| ○ |
山本分科会長
資料1の「学校外での組織的な教育活動における学習」という部分の「大学・短大等の学校が行う公開講座」の部分は,「公開講座・開放講座」とした方がよいのではないかと思う。小中学校などでは「公開講座」とは呼ばず「開放講座」と呼んでおり,このように記述すれば小中学校での取組もすべて含まれる。
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| ○ |
糸賀委員
資料1のイメージ図では,生涯学習の例として,学校教育での学習と家庭教育での学習が挙がっているが,これら以外は,社会教育での学習ということになるのか。先ほどの山本分科会長の説明では,平成10年の生涯審の答申の際には「社会教育活動」という言葉を使ったということだが,イメージ図で「社会教育」あるいは「社会教育活動」という言葉を避けたのは何か理由があるのか。
また,学校教育や家庭教育のすべてが生涯学習という観点からとらえられるわけではないと思う。学校,家庭,社会という三つのフィールドを横断的に貫く観点が生涯学習なのだと思うが,そのような視点がうまく反映できているのか分からない。単に,三つの領域を合わせたすべてが生涯学習というわけではなかったはずであり,それぞれの三つの学習を,生涯学習という軸が違う観点から再編成していくところに,生涯学習という視点の意義があると思う。
さらに,生涯学習の趣旨の中の「必要に応じ,可能なかぎり自己に適した手段及び方法を自ら選びながら」という表現は,「手段及び方法」という言葉,「自己に適した」と「自ら選ぶ」という言葉が重複しているのではないかと思う。
このほか,これからの生涯学習にとって重要なことは情報化ではないかと思う。すなわち,時間的,空間的なというところに,これからの生涯学習の意義があり,その辺をもう少し反映させた方が,より生涯学習の趣旨が生かせるのではないかと思う。
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| ○ |
山本分科会長
平成2年には,「学校外での組織的な教育活動における学習」及び「自己学習活動」が社会教育であるかどうかという議論で,(中教審の)審議がストップしたという経緯がある。すなわち,文化活動すべてを社会教育だと言えば,文化庁は必要ないという話にもなり,大きな議論になった。そこで,平成2年の中教審答申において,「生涯学習は,学校や社会の中で意図的,組織的な学習活動として行われるだけでなく,人々のスポーツ活動,文化活動,趣味,レクリエーション活動,ボランティア活動などの中でも行われる」ものとされ,生涯学習はファジー概念であるとされた。文化庁にもこの記述で了解をいただいた。
また,生涯学習の趣旨の部分も大きな議論があった。「可能なかぎり」という文言を入れるか,小学校1年生に自己に適した手段及び方法を選ぶことができるのかといった話まで議論した経緯がある。
生涯教育と生涯学習の観点は,昭和56年にはすっきりしていた。その後,臨教審が,学習者の側から生涯学習という観点だけでいくとなったため混乱があったが,その後,大体おさまってきたと思う。国際的に見た場合でも,ユネスコで一度,生涯教育と生涯学習はインターチェンジャブルであると議論したことがあるが,そんなことはできるはずはないと学者は皆反対した。平成2年の中教審のときも,臨教審が提言した生涯学習体系への移行ということもおかしいとして,生涯学習社会における教育学習システムという言葉に置き換えて議論した。
したがって,生涯学習については,教育と学習の違いも含め,様々な角度から検討しなければならない。
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| ○ |
江上委員
時代の状況が相当変化してきているという認識を踏まえて,生涯学習のイメージ図をつくっていく必要がある。
これから,社会における自己責任や,市民主体の社会をつくるという方向に向かって,行財政改革や年金など様々な問題のスキームのとらえ直しが進んでいる中で,生涯学習が,個人の生涯にわたる学習意欲にこたえるだけではなく,学んだ結果を豊かな社会,豊かな地域をつくるために還元していく責務があるということをしっかりと押さえていく必要があると思う。
私も,公民館などで講座のお手伝いをさせていただいたが,現場では繰り返し同じ人が学んでいる。このような人たちは,もう十分知識を持っているし,そのテーマに関して習熟しているのだが,それを役立たせるというところには一歩を踏み出さない。知的資源を蓄積したら,次にそれを求めている人に還元するという,生涯学習の循環の仕組みをつくっていくことが必要であり,文部科学省主導で推進していく大きな役割であると思う。
また,生涯学習パスポートについては,ペーパー形式のものも大事であるが,最近は,ICタグなど,かなり高度なものができてきている。例えば,教育委員会から相談が多い,講座のテーマや講師,カリキュラムなどのソフト面の情報を,高度な情報通信手段によってどのように組織的に蓄積するのかという戦略が,今後の生涯学習体系をつくっていく上で,成功に結びつく大きな要因ではないかと思う。
さらに,生涯学習のイメージ図については,企業内教育や,企業外での職業上の能力形成を図る機関も踏まえた,有機的で循環的な図が描けると,よりアトラクティブになると思う。
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| ○ |
加藤委員
生涯学習については,根本的な部分から議論してきているが,今の時代にあった視点が欲しい。右肩上がりに日本が豊かになる過程で,教育基本法に規定している社会教育,あるいは生涯学習の概念が,戦線拡大したその頂点にある状況にあるが,この10数年財政も限られ,国も地方公共団体も相当財政を絞り込んでいるとともに,官から民に移ってきていると言える。
今後,生涯学習という分野に国や地方公共団体が関わっていく上での必要な視点を考えてみると,人間が豊かな人生を送っていく,自己実現を達成していくという視点と,国民生活のミニマムを保障するという視点の二つの視点があるが,自己実現の部分は,国の役割を後退させて民へ,あるいは自己責任の分野に移し替えていくことが必要である。
国民生活のミニマムを保障していくという視点で我々が非常に不安に思っていることは,雇用の問題である。雇用の問題を考える際には,雇用の仕組みに乗らない人,例えば高校を中退した人や退職した人たちが学び直せる仕組みをどのようにしてつくっていくのかという視点が必要である。
また,社会保障費をどのようにして低減していくかが課題であり,健康づくりや個人の生き様の問題を意識することが重要である。また,高齢者や障害者の方々をどうやって社会でケアし,生きがいを持って生きてもらうのかといった視点が重要である。
その点について,これからの時代をにらんだ生涯学習のビジョンや戦略がないと,このまま検討を進めても,従来の延長のものに終わってしまうのではないかと危惧している。なお,雇用や社会の安定や社会保障等の問題に対して,今後効果を上げていくためには,企業の人材を使うことが求められる。例えば,今,企業スポーツはどんどん後退しているが,そこには人材がたくさんいるわけであり,そのような人たちに社会の中で活躍してもらうことによって,健康づくりや本人の生きがいにも役立ち,雇用の場にもなっていく可能性があると思う。このような視点で整理し直すことが必要ではないか。
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| ○ |
横山委員
この分科会の冒頭で,行政関係者の間で生涯学習,学校教育,社会教育が混同しており,整理されていないという問題提起をしたが,これは生涯学習という言葉で区切ってしまうから混同するのではないか。生涯学習という言葉で区切ると,学校教育,家庭教育,社会教育という対置する概念が出てきてしまうが,これを昭和56年の中教審答申で言われた,生涯にわたって自ら学習する意欲と能力を養う「生涯学習社会の形成」という言葉に置き換えると非常に分かりやすくなる。こうした生涯学習社会を形成していくことが国家,社会にとって望ましいのであれば,そういう姿勢を培うフィールドとして家庭があり,学校があり,社会がある。そこで行われる教育が,学校においては学校教育であり,家庭においては家庭教育である。一方で,社会教育が,家庭,学校教育と全く違うのは,自ら取り組もうと思っても何らかの動機づけや,活動する場がなければいけない点である。学校や家庭は場がある。したがって,行政として社会教育を振興することは当然必要であり,生涯学習があくまでも社会の在り方の態様を示しているということを理解すれば,非常に分かりやすくなると思う。
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| ○ |
西村委員
生涯学習の趣旨として,「生活の向上,職業上の能力の向上や,自己の充実を目指し,各人が自発的意思に基づいて行うことを基本とするもの」とあるが,これからの生涯学習が目指すものは何かということをもう少し明確にしなければならないのではないか。
「生活の向上」と「自己の充実を目指す」ことは同様のことであり,職業上の能力を向上させれば,生活も向上していくと思う。また,今後の生涯学習に係る施策を進める上で,若者のフリーターや無業者の学習意欲,チャレンジ精神の喚起をどうするかということが大きな問題であり,これは職業上の能力の向上と密接に結び付いている。
すなわち,生涯学習の目標を,自己の充実や生活の向上という「国民全般の教養の向上」に置くのか,あるいは職業上の能力の向上という「高度で専門的な能力開発」に置くのかということを明確にしていく必要がある。恐らくこれは両方を目標にすべきであるが,これらを分けて考えていかなければ,これから生涯学習の施策を進めていく上で混乱が生じてくるのではないかと思う。
資料1の生涯学習の例を見ると,職業上の能力の向上に主として関わるのは,「学校教育での学習」や「学校外での組織的な学習」の部分であり,自己の充実や生活の向上に関わるのは,「家庭教育での学習」や「自己学習活動」の部分であると思う。こうした色分けをしていかないと,国は何をするのか,県は何をするのか,市町村の教育委員会あるいは市町村の部局はどのような分野を受け持つのかということが見えてこないのではないかと思う。市町村において職業能力の向上ということを目指すことはとても困難であり,その辺りをはっきり分けて,これからの施策を進めていく必要があるのではないかと思う。
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| ○ |
山本分科会長
職業上の能力の向上という部分について補足をすると,昭和56年の中教審答申には生涯学習の定義の中に職業上の能力の向上という部分は明記されていない。昭和56年の中教審で定義されて以後,定義は変えておらず,平成2年の中教審答申では,留意事項として「自己の充実・啓発や生活の向上のため」と記述し,何でも含まれることにしている。
また,平成2年当時はまだ日本は豊かで,生きがい追求ということを言っていたが,委員の中から,「もう日本は危ない。数年すれば倒れるだろう」という議論が出て,それが一過性のものではなく長期にわたるものであれば,留意事項として,職業上の能力の向上という文言を入れてもよいのではないかという議論があり,「職業上の能力の向上」という文言が入ったという経緯がある。
さらに,昭和56年の中教審答申の「自己の充実・啓発」の「啓発」という文言は,自己啓発という職業教育や職業に関する学習でよく使われているため,文章から落として「自己の充実」だけにしたという経緯がある。
こうした経緯でこれらの文章ができているため,単なる留意事項ではあるが,これがほとんど定義のように使われてきている。過去にこのような議論があったことも踏まえて,課題をこの留意事項に入れるのか,事務局と整理していただければと思う。
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| ○ |
浅井委員
生涯学習パスポートについては,3年間,文部科学省の調査研究を実施させてもらったが,かなり多くの都道府県が,国が生涯学習パスポートに関してどう取り組むのかということを期待している。平成15年度から兵庫県や岡山県が実施することになっているほか,富山県でも,県民カレッジにおいてパスポートのような取組を実施している。また,エルネット・オープンカレッジにおいて生涯学習パスポートのことについて触れた際には,十和田市や,富山県,青森県の受講者の方が非常に関心を持って下さった。行政の方が考えている以上に,学習者の方々は生涯学習パスポートに関心が持っており,できたらすぐ使いたいと考えている方が多いのではないかと思う。今後の課題としては,都道府県域を越えた生涯学習パスポートが必要になると思う。
さらに,これは既に生涯審の答申で提言されているが,生涯学習パスポートが,単に記録するだけのものではなく,学習したことをきちんと認めてもらえるものでなければ,学習者は満足しないだろうし,今後,その評価の主体についても検討していただきたい。
このほか,生涯学習の趣旨として,個人の観点だけ書いてあるので,「自己の充実」の後に「社会の発展」という文言を入れると,江上委員が指摘されたことなどが反映できると思う。「地域社会」は狭いため,「社会のためにも貢献する」という観点を入れることが必要であろう。
糸賀委員が指摘されたことについて,資料1における「学校外での組織的な」という部分について,右側に枠で囲んで「社会教育等での学習」とするなど,「社会教育」という言葉をできる限り残していただきたいと思う。
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| ○ |
山本分科会長
評価そのものはよいが,学習成果を評価したものを公的な機関でまとめて認める認証と,学習歴を普及するためのパスポートの問題があると考えられる。認証は,認証する機関をつくらないと無理であろう。
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| ○ |
横山委員
今の話は,パスポートにしても認証制度にしても,国の施策として実施すべき話なのか。生涯学習という観点で個々の事業をどう実施していくかということは,それぞれの地方公共団体が判断する話ではないかと思う。例えば,地方公共団体が一番知りたいことは,他の地方公共団体において学習成果の評価をどのように活用しているのかという事例であると思う。それぞれ地方公共団体によって事情が違うのであり,それをどう活用し,どう評価するかということは,それぞれの地方公共団体が判断すべきではないかと思う。
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| ○ |
松下副分科会長
パスポートについて,学習したという記録だけでは満足しなくなるという指摘があったが,一方で,高齢の方が楽しみながらいろいろな講座に参加し,点数が貯まると,生涯学習センターの所長や教育長,知事の表彰を受け,その賞状をお孫さんに見せて喜ぶ方もいる。生涯学習社会をつくるという理念に向かうのであれば,こうした生涯学習活動がキャリアアップにつながるような公的な機関での認証が必要であり,国家統一でなくてもよいが,県域を越えてその成果が生かせるような,幅を持ったシステムが必要になるのではないかと思う。
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| ○ |
竹内委員
生涯学習が自らの自己実現を目指し,自発的に学習することでありながら,結局,目指すものが点数制や賞状ということになってしまうと,最初の目的とのずれが生じるのではないかと思う。何かご褒美が欲しいという気持ちは分かるが,仮に実施しても,それはそれぞれの地方公共団体限りで実施するものであり,国が実施することではないのではないか。また,生涯学習は,自己の向上ということだけではなく,社会に還元させなければならず,その兼ね合いが難しいと思う。
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| ○ |
松下副分科会長
賞状みたいなものは,励ましの意味で県内で通用しているものであって,もし職業上の資格のようなものにつながることがあれば,ある県で取得したものが他の県などでも考慮されるようにしないと,県内だけの職業上の能力となるのではないかということを申し上げた。
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| ○ |
山本分科会長
学習成果の社会還元,社会的な学習成果の活用の事例としては,ニュージーランドが成功している。認証機構のような機関で,ある資格のある科目を別の地域でも使えるようにし,互換・転換を国として全部できるようにしたことにより,経済が活性化した例として,OECDが一斉に注目した。
日本では,資格が急激に増えているが,その中で通用するのはわずかである。したがって,日本社会の知的な蓄積をうまく活用するためにはどうすればよいのかという問題も,この分科会で考えなければいけないのではないかと思う。
以前,学習成果の評価の話が出たときに,文部科学省は,学校歴だけでいくのか学習歴までいくのか,さらに,職業知識・技術のところは還元して活用できるようにするのか,という指摘があった。
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| ○ |
横山委員
社会貢献の活用については,既に中教審の奉仕活動・体験活動等の答申の中で,社会教育サポートネットの形成ということが提言されている。現在,地方公共団体で一番力を入れていることは,例えば,中学校,高校の体育関係の部活動や,小中学校における総合的な学習の時間において,教師や指導者を手助けするような人材バンクをつくり,そうしたところに登録してもらうことである。一方で,社会貢献したいという意欲を持ちながら,どうしたらよいのか分からない個人に対しては,行政やNPO等が組織化して,社会教育や学校教育,家庭教育を手助けをしていくようなネットワークをつくることが重要であると思っており,それぞれの地方公共団体で熱心に取り組んでいるところである。
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| ○ |
加藤委員
日本の雇用の移動を困難にしている一つの要因として,外から見たときに,企業の中にどういうニーズがあるかということが非常に分かりにくいことが考えられる。同じ評価でも,純粋にネジが締められるようになったということだけではなく,実際のニーズとしてそれがどのように生かされていくのかは,企業でなければ分からない。もっと企業を巻き込んで,それらを結びつけるような業種別や分野別の仕組みを企業につくってもらうような知恵出しをしなければ,絵にかいた餅に終わってしまうのではないかと感じる。
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| ○ |
糸賀委員
生涯学習の成果を評価していく必要があるという全体の趣旨はよく理解できる。そのときに,努力目標を掲げて頑張ろうという意味合いの評価と,学習者が実際に学習した成果を,対外的にも,あるいは社会的にも認めるという評価の仕組みと,大きく分ければ二つあって,地域に還元できるという意味合いでは,後者を前向きに考えていった方がよいと思う。
しかし一方で,講座や学級の中身の品質がある程度コントロールされていないと,対外的,社会的な評価は難しくなってしまう。
それから,パスポートの例では,例えば一定以上出席した人には修了証なり単位を出す。そうすると,本当にその人の成果は上がっているのかということを,別の意味で評価しなくてはならない。これでは本来生涯学習というものが持っていた広がりや持ち味みたいなものが無くなり,学校教育の形を少しだけ変えたようなものになってしまうのではないかと危惧している。
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| ○ |
山岸委員
生涯学習は,自己の充実や自ら学ぶといった個人の領域が中心ではあるものの,NPOという団体の形をとって社会参加していくことがこれからの時代の流れだと思う。個人でできない部分を組織的に取り組んでいく,あるいは,組織に影響力を及ぼしていくという,社会貢献の面が前面に出てくると,NPOを軸にして取り組んでいくということが大きな位置を占めていくと思う。今,生涯学習において問われていることは,行政と,企業やNPOとの新たな連携ではないかと思う。
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| ○ |
柵委員
学習成果の活用,評価ともに,それを環流させるような,分かりやすい仕組みやモデルを示して,様々な地域で工夫をし,運用していくことが必要ではないかと思う。
富山県で実施している例として,例えば「自遊塾」や「インターネット市民塾」のようなスタイルがある。これは,学んだことを講師として生かすという方法であり,講師になろうとしたときに,新しい学びの出発点にもなり,今まで学習したことをもう一度確認する機会にもなる。教えることは最高の学習になると思うので,知識の還流を起こすことを,日本全体に向けて打ち出してもよいのではないかと思う。
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| ○ |
浅井委員
国の役割は少なくなってはいるものの,国の役割として,教育・文化水準の維持や,自立した個人の育成といった,国の利益に関わることが考えられる。また,都道府県域を越えてサービスしなければならないことについて,国の役割を検討する必要があると思う。
また,指導者の研修は,ある程度国において,一定の水準が保てるようにしていくことが大切ではないかと思う。
さらに,今のこの社会の流れの中で,過去50年,60年実施してきた画一的な平等というのはおかしいのではないか,そうではない公正とは一体何なのかということを考える必要があると思う。すなわち,努力している者,意欲のある者に対しては何らかの財政的なサービスが必要なのではないかと思う。
具体的には,文部科学省として,比較的実施しやすいことは,COEやCOLのような地域で実践プログラムをつくっていただき,それを助成していくことや,よい成果をインターネットなど様々な形で公表するなどの支援をしていくなど,地域が競争をしながら,それが評価されるような仕掛けをつくってみてはどうかと思う。
このほか,NPOの活動をしている中高年対象のニーズ調査によると,1位は相談事業であり,ITを利用するなどして相談に関わることも,これからの一つの方向ではないか。それから,先ほど館山市の事例にあったように,コンテンツをつくるなどいろいろな形で,学習成果を活用することを考えた方がよいと思う。
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| ○ |
杉原委員
青少年の教育では,大きくは,家庭での教育,学校での教育,地域社会での教育から成り立っている。その中でも,学校教育に非常に大きなウエートがあって,本来ならば家庭や地域が行うべきことまで学校がやらなければならなくなっている。学校教育というフォーマルな教育以外には,いつでも誰でも自由に勉強できる,インフォーマルな教育があり,公はそれを押し付けるのではなく,そのための場所さえ提供してあげればよい。もう一つは,その二つに属さないノンフォーマル教育で,ある程度の教育目的を持ちながら教育活動がある。そうすると,家庭と学校と地域社会とに分けたとき,社会教育関係団体はどのような役割を果たしていくのかということが問われており,団体の活動が実際に受け手になる人に対してどのようなサービスができるのかということが問われている。 国,地方公共団体が中心となるような方向の中で,民間がどのようにその役割を果たしていくかということは,我々自身にかかっている問題ではないかと思う。特に,生涯学習の中で,もしかするとインフォーマルの部分が無くなってしまうのではないかという心配を私自身は持っている。
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| ○ |
江上委員
生涯学習社会における国の役割は,自己責任,自主性の尊重であり,チャンスを提供し,社会への貢献努力を提示することで,日本におけるこれからの知識資源の高度化と有機的な循環システムをつくることが大きな目標となるのではないかと思う。地方公共団体が実施すべきことは,誰もが,どこでも,いつでも,楽しく,そして地域のニーズに合った形で役に立つような具体的な施策を展開していくことであり,国は,理念,原則を示し,それが適正に行われているかどうかの監視機能を持つようになっていくのではないかと思う。
もう一つの国の役割は,地方公共団体にインセンティブを与え,生涯学習の新しい形の活力をつくるための競争的資金を助成することであると思う。
また,地域の中で役立つ福祉,介護,教育,医療などの分野は,市場原理だけではビジネスはなかなか育たないため,その分野の教育基盤を構築するための助成金を組織,団体等に出すという仕組みもあると思う。
学習成果の活用についても,日本のように人口の多く歴史のある国では,一元的に管理するのはそぐわないと思う。しかし,職業に結びつくものについては,民間企業がいろいろな資格を活発に提供しているが,それらがいかがわしい教育ビジネスにならないように,監視機構を強固に機能させることが重要だと思う。
さらに,市民や民間ビジネスベースでいろいろな学びの情報流通のネットができているが,こういうポータルサイトはビジネスにならないが,情報の更新のために,極めて労働集約的な活動が必要であり,それをサポートするような仕組みが必要である。このため,こうした学びのポータルに対して補助することも活発化の一つにつながるのではないかと思う。
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| ○ |
江上委員
先ほど厚生労働省の施策の話があったが,フリーターから高齢者の職業継続についてまで,働くことに密着した学習の分野が逼迫していることを十分視野に入れるとともに,施策として長く通用する部分を押さえておく必要があると思う。
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| ○ |
浅井委員
厚生労働省では,次から次へ新しい資格をつくっている。国家資格ほど立派なものではないものの,その資格を取得した人には活躍する場ができる。そのつくり方の巧みさには感心している。生命にかかわる問題を扱っているためかもしれないが,なぜ文部科学省だけ後退していくのかという気がするほど,省庁によってかなり差があるという気がしている。
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| ○ |
西村委員
フリーターや無業者の増加は,特に深刻な事態である。中でも,何の目的や目標もなく,自分で職業に就く努力もしないような若者が増えている。以前,分科会で興梠委員が発言されていたが,学問を深く研究したり,将来の職業能力を向上させたりするために大学院へ進むのではなく,職業選択をもう少し先へ延ばそうと大学院へ進む学生が多い。
このような状況において,文部科学省は,関係省庁と連携し,若者自立・挑戦プランの作成に力を入れていく必要があると思う。
また,こうした若者が増えていることは,中学校や高等学校での職業観,勤労観の教育と深く関わっているのではないかと思う。職業観,勤労観の育成のノウハウは文部科学省がたくさん持っており,厚生労働省の施策の中に,それらのノウハウを提供していくことが必要である。
職業能力の向上という面で,市町村が果たす役割はそれほど大きなものはないと思う。しかし,福祉や環境の問題では,教育委員会と首長部局の関係部局との連携は非常に重要であると思う。
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| ○ |
糸賀委員
最近,日本の幾つかの図書館では,ビジネス支援のサービスに力を入れている。創業,起業,あるいは資格を取得する人たちのために,図書館が積極的に情報発信している。教育委員会に所管されている図書館が,首長部局の,例えば産業振興課や商工課,商工会議所,ハローワークなどと連携して,創業のためのセミナーを開くなど,役立つ情報を集めて,集中的に展示するコーナーを設けるといった,首長部局と連携した図書館のサービスが,千葉県の浦安市や東京の立川市,小平市などで実践されつつある。こうした取組は今後増えていくだろうし,職業教育と図書館での情報提供がうまく結びつく一例になると思う。
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| ○ |
鎌谷委員
西村委員が総括的な意見としてまとめてある資料の「その他の感想」(1)や(3)は全くこのとおりだと思う。
また,フリーターの問題は日本社会そのものが憂う事態になる恐れがあり,生涯学習を通じて早急に解消していく必要があると思う。
ある例として,フリーターが増えているのは,親がそれだけ今まで頑張ってきたからであり,息子は家を建てるために苦労して働く必要もなく,フリーター程度で生活できれば将来困ることもないから,フリーターが日本の社会に増えていることはよいことだと言う教養人がいたが,目先しか考えていない変な例である。
さらに,大学,短大を卒業してきて専門学校で学んでいる学生の中には,建築を勉強するのは,卒業後の職業に関係なく,大学でできなかった勉強をしたいからだと言う。私は教員に,卒業までに職業観をきちんと持つように指導すべきだということを言ったのだが,こういう例は枚挙にいとまがないほど,今の若者の多くがフリーターであったり,実際に学校へ行っているが無目的であり,真剣に取り組む問題ではないかと思っている。
そのためには,家庭教育から,小学校の低学年から,職業教育を位置づけて教育していくことにより,成人し,実際に社会に出ていくときに,自分の将来設計等を考えながら,きちんと対応できる人間が育つのではないかと思う。
さらに,猟奇的な事件や凶悪犯が異常に増え過ぎているが,それもやはり小さい頃からの生涯教育,中でも職業教育をきっちりしていく必要があろうかと考えている。したがって,厚生労働省と文部科学省は十分連携して,きちんとした対応を考えるべきであると思う。
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| ○ |
山本分科会長
抽象論は幾らでもできるが,具体的にというと,まさに都道府県とか市町村でどう連携していくかということが問題である。生涯学習社会の構築といっても,いつも抽象論で終わって,各論はちっとも進まないというのがこの10年であった。抜本的なところを考えなくてはいけないところが抜けていて,いつも生涯審の中でも委員からその指摘を受けるが,そろそろ抽象論から具体論へ,中教審の基本法の中にある生涯学習社会につなげていかなければならないと思う。
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| ○ |
加藤委員
省庁の連携について,特に職業との関連で言えば,厚労省との関係はもちろんあるだろうが,中教審で生涯学習社会の議論をしているのだから,どの省に関連しようが,文部科学省の責任において,骨太方針のようなものを出した上で,他省庁に関係がある部分には意見を出してもらうという方法がよいのではないかと思う。
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| ○ |
山岸委員
個人のライフスタイルをどのように実現し,どのような地域をつくっていくかというときに,文部科学省の意思として,そういう新しいコミュニティのつくり方の基本に,新しい学ぶ場,生涯学習の基盤となる土台(プラットフォーム)が必要であると思う。
既に私たちも文部科学省から委託金を受け取って,例えば大学とNPOが連携して,学ぶことと雇用を循環していくような実験を始めている。例えば厚生労働省では,フリーターの若者をどう就職につなげていくかというヤングジョブスポットの運営を任されたり,地域づくり,まちづくりに参加するという新しい大学の在り方を承認した大学を誘致することを任されている。そのような取組の基盤として,そこに新しい学ぶ場があるという意義を前面に出していった方がよいのではないかと思う。
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| ○ |
浅井委員
実は一番大切なのは,学ぶ場よりも学び方ではないかと思うが,これは抽象的なだけに,現場の人や学習者にもなかなか関心を持ってもらえないところがある。「総合的な学習の時間」が導入された頃も,社会教育や生涯学習には,「学び方があるのかと思ったら何もないじゃないか」と言われた。国がやるべきことかどうかは分からないが,学び方をきちんと開発しておく必要があるのではないかと思う。学校教育でも,学び方と言っている割には,先生は学び方を知らないし,それをどのように定着させていくかを真剣に考える必要があるのではないかと思う。
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| ○ |
山本分科会長
20年程前,生涯学習が推進された当初に言われたのは,地域格差が生じるということだった。生涯学習は強制力がないため,やるところはやるし,やらないところはやらない。分科会で議論していると,よい例ばかりが出てくるが,実際全国の市町村を見たときに,その差が非常に出ていると思う。したがって,その辺りも念頭に置いて,どうしたらよいのかを検討していただきたい。
また,社会的な活力,職業能力をどうするかという辺りも念頭に置きながら,生涯学習社会のビジョンをどうつくっていくのかということを整理していただきたい。
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| ○ |
木村副会長
私は,生涯学習が,このところ非常に下がってきた日本の社会のダイナミズムを取り戻すための一つの有効な方法ではないかと考えている。
英国は,70年代頃から盛んにライフ・ロング・ラーニング・ソサエティを掲げていた。90年代になり,高等教育の改革を行ったデアリング氏が,デアリング・コミッティを作成したが,その中の大きな柱として,ライフ・ロング・ラーニング・ソサエティの形成ということを掲げた。これは高等教育の改革であり,生涯学習社会に高等教育機関がいかにコミットするかということの提言である。
60年代の英国の大学は,日本と同じでほとんど若い学生ばかりだったが,90年代には,オックスフォードやケンブリッジは別だが,その他の大学では非常に年齢差が伸びた。さらに,一遍,高等学校からスクールリーバーで出たような人たちで学習意欲のある人たちが,どんどん入学してくる。これは,大学に入りやすいようなシステムにしていることが,英国の社会のダイナミズムが増した一つの大きな要因になっているのではないかと思う。したがって,日本も高等教育機関が積極的にコミットすることが重要ではないかと思う。
職業観の問題については,米国や英国の子どもたちが勉強しているカリキュラムの中に,職業観や教育観が入っている。日本ではこうしたことをほとんどやっていなかった結果,フリーターや無業者の増加という問題が出てきている。
英国はきちんとやっていたのだが,それでもフリーターや無業者の問題が出てきた。今,英国では高卒で就職するためにはOレベルという試験を受け,この結果に基づいて企業が採用するのだが,入ったときからOレベルに焦点を合わせて,絶えず成績をチェックしていくというシステムでやっている。もちろん,生涯学習の中で,職業上の能力の向上を図ることは大切だが,その前の学校教育の段階で,徹底的に勤労観を醸成していかなければならないのではないかと思う。私は,教育基本法の中で,ぜひこれは盛り込むべきだと主張している。 |