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野中委員 質問と意見だが、まず質問から。公民館の館長と副館長等の人的な事項についても条文があるということだが、文科省として公民館の運営にはどれぐらいの予算の配分がなされているか。
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折原社会教育課長 公民館については、地域に密着した施設ということで、予算も含めて、市町村に期待しているところが大きい。ただ、施設・設備面で整備する際に、国としてもそれを奨励しようということで、これまで施設については補助金を出してきたのだが、平成9年度に整備がかなり進んだということもあるし、当時の関係の会議からの答申等もあって、平成9年度で終了し、現在はその補助金はない。
それから、時代に合わせた設備については補助を行い、整備を促す必要があるので、パソコン等については現在も補助金を出している。
それから、お尋ねの実際の運営に当たっての人や、事業費については、現在地方交付税で、館長や一定の職員数分の給与等について措置されているという状況である。
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野中委員 それはどれぐらいの予算か。 |
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折原社会教育課長 手元に資料がないので、後ほどお答えする。 |
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野中委員 承知した。 意見を申し上げたい。たぶん社会教育法の第23条が担保になっているのだが、この時代背景、34年というとちょうど高度経済成長の始まりである。大変すばらしい法律で、国民はインフラとしても、あるいは機会ベースとしても、当審議会の生涯教育のはしりというか、学校現場とは違うコミュニティ・ベースのスペース、人材、設備の面で、機能を果たした法律だと思う。
でも、私個人の意見としては、これは交付税の問題が予算のほうからも出てくると思う。それから、人々の生活様式等のいろいろなことを考えると、第23条そのものをなくしていいとは思わないが、人の配置、あるいはNPOとの協力等々を含めて、自由にコミュニティ・ベースの意見を聞いて、それこそパブリックコメントをもとにしながら、必要があったときに申請ベースで、援助をこちらが喜んでしてあげるという形になっていくべき問題ではないかと思う。
従って、御検討いただいて見直し案が出てきているのは、それをどう変えていくかというロジックなのだが、寺島委員がどういう御意見をお持ちになっていたのか、勉強不足で伺っていないが、修正をしていきながら細くなっていくということよりも、なくしても、すばらしい形で公民館がコミュニティ・ベースで生きていけるような方向にするにはどうしたらいいかという形で、ぜひ最終的には持っていっていただきたいと思う。
そのときに、文科省がどのような役割を果たさなければいけないかというと、メンターというか、情報の集積地として、「うちのコミュニティは公民館をこういうふうにしたいという意見があるんだけど、どうしたらいい」という問い合わせに対して、「1、2、3、4、5、こういういろいろなやり方がある。おたくで考えたらどうか」という形で提案するのがよいのではないか。中央から津々浦々の公民館のピアノと何とか、何とかという規定が削られたというのは大変喜ばしいと思うが、それこそ「それはおたくの自己責任で行ってくれ」という形になっていく方向が望ましいと思われる。
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横山委員 1点確認したいのだが、公民館の設置主体が市町村というのはわかるのだが、公設民営的な運営形態が前提になっているのか。それは全く考えていないのか。要するに運営を委託することについては、どうなっているのか。
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折原社会教育課長 例えば清掃であるとか、警備であるとか、そういうものについては市町村で民間への委託というようなことが進んでいると承知している。
ただ、これが地方自治法でいう公の施設ということで、まるっきり民間に委託するということは、現行の地方自治法上はできないということになっている。ただ、せんだって経済特区の関係で、できるだけ自由にそういった委託も可能になるようにという提案をした地方公共団体の意見を受けて、これは独り公民館だけの問題ではないということで、総務省のほうで地方自治法の公の施設について、指定者管理者制度ということで、例えば民間であるとか、公共団体でもいいのだが、指定することによってすべて委託ができるようにしようということで、今度法改正をやるようなことで進めていると聞いている。
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横山委員 現実の地方自治体は公設民営的な方向にいっている。例えば民営といっても、NPOに運営を任せるとか、そういう方向があるので、今後、公民館の設置主体は自治体だとしても、運営についてはかなり弾力的な方向で、ぜひ検討願いたいと思う。
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山本分科会長 これは平成10年の社会教育行政の在り方の諮問のときに議論があった。設置主体としての公民館が丸投げをするのは、場所貸しみたいになってしまうからまずいだろう。そこら辺のところは、公民館側の意図を十分に入れて、民間にやってもらったらどうかという意見があって、そういう趣旨のことがちょっと答申に入っていることは入っている。
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加藤委員 今のお話と似ているかもしれないが、公民館を廃止と言うとあれだが、転用というか、昨今、市町村の合併やいろいろな行政区域が変化をしていくときに、恐らくほかのものとの重複とか、たまたま近在にあったとか、そういう事態が生じると思う。これを見ると、ひたすら増えているが、そのときにどういうふうになっていくのか。廃止をするときは廃止をする手続とか、あるいは転用――民間委託という方法にすれば、実質上は国あるいは地方自治体の手から離れるということなのかもしれないが、その辺の検討はぜひしておくべきではないかと思う。
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折原社会教育課長 手続的には、市町村の施設ということで、条例で設置したり、廃止したりしている。市町村によっては人口等が随分変わってきているということで、いろいろな施設をたくさんつくるよりは、転用も含めて複合施設とするのが一つの大きな流れになってきていて、公民館についても、学校と一緒になったり、保健施設と一緒になったり、そういう例が増えてきている。
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江上委員 今いろいろ議論に出ているアイテムは、10年前から過去の生涯学習審議会で話されていたことである。この課題については、アクションプランのあり方、今どう実施をするかという局面にきていると思う。そういう意味では、具体的に申し上げると、今回の設置及び運営に関する基準に関して、案の趣旨の第1条にある、「この基準は、社会教育法」云々に基づくという記述の2行目の部分である。「公民館の健全な発達に資することを目的とする。」というこの文言の書きぶりは、若干本来の改正の趣旨とずれているのではないか。公民館を残して、公民館というハード自体を発展させるということではなくて、公民館が地域住民により十分に活用されること、あるいは健全な活用に資することが目指すところである。主語と目的語が逆転しているのではないかと思う。
ネットワークでの利用や、情報の集積、公設民営など、いろいろな話が出てきているが、基本的にハードでなくて、ソフトが重要な時代になってきたとき、そのソフトをどういうふうにするのか。今、地方自治法では公設民営の運営形態は限定的なやり方しかないという話だが、ここの部分のアイデア・方法論をもう少しブレークスルーしていく議論は、まだ今後余地があるのかどうか。
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山本分科会長 この後の総会で出てくるが、基本計画について、例えば学習成果の評価・認証というのがあるが、今、日本の学習者はすごく多い。それで習得した地域、技術のかなりが休眠状態というか、死蔵されているわけである。それをうまく生かせるようにするのは、日本の活性化にとって非常に大きな課題ではないかと思う。その方法がないものだから、そのまま寝てしまっているので、その辺はこれから先、ぜひ御検討いただきたい。今日は総会にいる委員だけだが、いずれ臨時委員が入って、御検討いただけるだろう。そんな課題もあるので、いろいろ日ごろお考えいただければありがたい。
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野中委員 江上委員が御指摘になったように、基本的なスタンスとして、第1条の趣旨のところの書き方が、博物館が発達するのではなくて、これがうまくコミュニティ・ベースで機能するようにという表現のほうがいいかと思う。
それから、基本的に私自身の意見としては、公民館と同じように、これも御指導御鞭撻様式ではなく、地域に合ったものが独自性を発揮して、自由な形でやっていける時代だと思う。よって、かなりの部分で、面積であるとか、云々かんぬんが削除されたのは大変よいことだと思うが、例えば第2条、都道府県と市町村について、これは人文系、自然系といろいろなことが分かれていたときの区分であって、都道府県・市町村それぞれの事情に合ったものをしてくれという形でいいのではないか。
10ページの第3条で、「展示上の効果を考慮して」という表現がきちんとされているので、11ページの第4条、展示の方法というのは、ここは当たり前だろうという気がする。わざわざ展示方法等についてこんなふうに御指導御鞭撻の必要はないと思う。
同じように情報発信のインターネットについて、これが今までの文科省行政が批判を受けるところに対する答えとして、この文言を入れておけばお金を使えるという、そのやさしさだとは思うのだが、例えば情報発信でインターネットというのは、前の時代のピアノを書いてあるようなもので、言わなくても、これをやらなければ博物館としては非常に質の低いものになってしまうと運営主体が判断してやらざるを得ないインフラだと思うので、わざわざ書く必要はない。さらに、情報の発信とパンフレットの作成をしないところはあるはずがない。きちんとしたいいものをつくろうと思う自己努力の中で、13ページの開館日等についても、地区に合わせたものをやられるのだと思う。
最終的に、最小限の安全と安心、それからユニバーサル・デザインであることといったようなことはきちんと押さえておかなければならないかもしれないけれども、努力においてその個性が発揮される部分、展示の方法、インターネット、パンフレット等々についての御指導御鞭撻形はできる限り文言としても除いていくほうがよいと思う。
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横山委員 今の意見はごもっともなのだが、実際にこれを市町村が設置した場合、基準というのはあくまでも手引的なものである。現実には、やはりそういうものは必要だと思う。少なくともこういう方法でしてほしいということではなくて、こういう一つのマニュアル的なものをつくったという意味で。そういう意味では、実際の自治体行政の中では、これはあくまでも参考にしながら、創意工夫の中でやってはいくが、あくまでもここで決める基準というのは、私は現実には必要だと思う。
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江上委員 公民館と博物館というのは、やはりその設置目的・機能・性格が異なるというとらえ方をしている。博物館みたいな国の文化財を市場経済にゆだねていくと、例えば70年代、80年代に企業がつくった美術館などの多くが90年代に閉鎖していっている。やはり地域とか、県とか、国が持っている美術とか、歴史的なものについては、ある程度国が指導力を発揮して維持をしていくという一つの方向が重要だと思っている。
ただ、運用については、もう少し活性化させるための幾つかのアイデア・方法があるのではないか。例えばアメリカのモダン・ミュージアムなんかは、ファンドを企業から募る活動を積極的にやっている。そのような仕組みだとか、アメリカだとスペース・ミュージアムなどはパーティーに貸し出す。もちろん主催目的が明確で、主催団体がはっきりしたところのパーティーに貸し出すとか、そういったファンドをうまく活用したり、あるいはいい形での新しい活用の仕方を提案したりしているだが、そういう仕組みを盛り込めないか。
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折原社会教育課長 関係団体、あるいは関係県・市町村、また、ユーザーである一般の方々の意見を聴取して、それでまたお諮りしたいと思う。
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工藤文部科学審議官 たまたま今、江上委員からお話があったが、例えば上野に科学博物館というのがある。あそこが今、独立行政法人になっていて、以前から休館日が月曜日なのだが、例えばファッションショーにお使いいただくとか、いろいろな工夫はしている。それは国レベルだけではなくて、それぞれの地方でも力がついてきたから、先ほど野中さんがおっしゃったように、国があれやれこれやれと言わなくても、もうやるところはやっている。情報交換の中で、〈ああ、こういうことをやれる。おもしろい〉という。
ただ、基準としてどういう決め方をするかというのは、確かに兼ね合いの問題である。戦後、公民館もそうだし、社会通信教育とか、全般的に社会教育というのは、要は学校だけではなくて、社会の場でも新生日本を立て直そうということではないか。それがアメリカみたいに下から上がってきた民主主義ではないから、ではこういう仕組みでやろうではないかということから、安全弁を考えながら、かつ一定水準以上という底上げを気にしてきた。どんどん規制改革して、それぞれにお任せしようと。若干残滓が残っているので、そのあたりを気にしなければいけないとか、あるいは言葉遣いが「社会教育」というと、何か書いて、ポストに入れてというイメージだが、そもそも通信という概念がどんどん広がっていて、ITも含めて、実際にはその概念が入ってしまっているので、それを含めた新しい言葉がないのが現状だ。
「公民館」も古臭くて、随分前から議論しているのが、アメリカにおける「シチズン」という日本語がないので、「公民」と言っているのだが、これは実は一般名詞であって、固有名詞ではない。強制しているわけではないのである。個々のハウスでは、例えば「公民館」と使ったり、「市民館」と使ったり、いろいろな名前でいいのである。それは「小学校」でも、「学習院初等部」という小学校があったり、「慶應幼稚舎」という小学校があったりというのも、一般名詞と固有名詞との関係なので、その使い分けはいいのだが、表面だけ見るとえらく古臭くて、中身はどんどんリニューアルしているので、そこをもう少し明確化しながら、かつそれぞれの地域の特色なりアイデアが生きるような形のガイドラインをどうするか、いろいろ検討させていただきたいと思う。
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山本分科会長 御意見をいろいろいただいたので、先ほどのようなことで、これはまたお返しするということにしたいと思う。
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